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『杜少陵詩集』巻16~巻17

杜少陵詩集

巻16

16-1 《諸將五首 其一》 杜甫

漢朝陵墓對南山。胡虜千秋尙入關。昨日玉魚蒙葬地。早時金盌出人閒。見愁汗馬西戎逼。曾閃朱旗北斗殷。多少材官守涇渭。將軍且莫破愁顏。

《諸将五首 其の一》
漢朝の陵墓 南山に対す。胡虜 千秋 尚ほ関に入る。昨日 玉魚 葬地に蒙はれ。早時 金椀 人間に出づ。見に愁ふ 汗馬もて 西戎 逼るを。曽ては 朱旗の 北斗に殷きを閃かせり。多少の材官 涇渭を守る。将軍 且つ愁顔を破る莫れ。

※●胡虜:仇本は胡鹵に作る。この異同について豹軒の字解に言及なし ●玉魚:玉で作った魚形の佩びもの。埋葬の際に陵墓に一緒に入れる ●金盌:黄金づくりのお椀。これも陵墓に一緒に埋葬したもの ●出人閒:陵墓から盗まれて世の中に出回る ●見愁:見は現に同じ ●西戎:吐蕃をさす ●朱旗:紅旗に同じ。官軍の旗 ●材官:武芸にすぐれた武官 ●破愁顏:愁い顔を崩して笑顔になる。娯楽をなすことを指す。永泰元年9月に吐蕃・回紇連合軍の侵入があったとき、諸将は擊毬(ポロ)を楽しんでいたという話を念頭に置いたものだという

16-2 《諸將五首 其二》 杜甫

韓公本意築三城。擬絕天驕拔漢旌。豈謂盡煩回紇馬。翻然遠救朔方兵。胡來不覺潼關隘。龍起猶聞晉水淸。獨使至尊憂社稷。諸君何以答升平。

《諸将五首 其の二》
韓公の本意 三城を築き。絶たんと擬す 天驕の漢旌を抜くを。豈に謂はんや 尽く 回紇の馬を煩はして。翻然 遠く朔方の兵を救はんとは。胡 来たりて 潼関の隘きを覚えず。竜 起こりて 猶ほ 晋水の清きを聞く。独り 至尊をして 社稷を憂へしむ。諸君 何をか以て 升平に答へん。

※●韓公:張仁愿。中宗の景龍2年に左衛大將軍・同中書門下三品を拝し、韓国公に封ぜられた。神龍3年には河北に三つの受降城を築いた ●天驕:かつて匈奴は「天之驕子」と自称した。ここでは回紇を指す ●拔漢旌:漢の旗を抜きとる。漢はすなわち唐 ●煩回紇馬:安史の乱でも吐蕃の侵入でも、唐は回紇の援軍の力を借りた ●朔方兵:朔方節度使の郭子儀の軍 ●胡來不覺潼關隘:胡は吐蕃を指す。潼関は長安の東の要塞。吐蕃の長安侵入の際、さらに東進して潼関を突破する勢いを見せた。あるいは胡は安禄山を指し、哥舒翰を破って潼関を突破したことを述べたものともいう ●龍起:唐を建国した高祖李淵が立ち上がったこと ●晉水:李淵が挙兵した太原を流れる川

16-3 《諸將五首 其三》 杜甫

洛陽宮殿化爲烽。休道秦關百二重。滄海未全歸禹貢。薊門何處盡堯封。朝廷衮職雖多預。天下軍儲不自供。稍喜臨邊王相國。肯銷金甲事春農。

《諸将五首 其の三》
洛陽の宮殿 化して烽と為る。道ふを休めよ 秦関は 百二 重なると。滄海 未だ全くは禹貢に帰せず。薊門 何れの処か 尽く尭封なる。朝廷の衮職 多く預ると雖も。天下の軍儲 自らは供せず。稍(ヤヤ) 喜ぶ 辺に臨む王相国。肯へて金甲を銷して 春農を事とするを。

※●秦關:秦の地のとりで ●百二重:百二は百分の二の兵力で敵を防げる堅固な要害。史記高祖本紀に「秦形勝之國、帶河山之險、懸隔千里、持戟百萬、秦得百二焉」とあり。駱賓王の帝京篇に「秦塞重關一百二」とあり ●禹貢:尚書禹貢篇には禹のときの天下の行政区分と各地からの貢賦を記載することから、天子の支配領域を指す ●薊門:今の北京周辺。安禄山の根拠地 ●堯封:周のとき、堯の子孫を薊に封じた ●衮職:元来は天子の職、のち、三公の職を指す。ここでは後者の意にとる ●雖多預:仇本は「誰爭補」に作るが、豹軒は他本に従って「雖多預」を採り、当時の諸将(節度使)が中央の宰相職を兼ねることを言うとする。豹軒に従う ●軍儲:軍需品 ●王相國:王縉。王維の弟。広徳2年、黄門侍郎・同中書門下平章事、同8月には都統河南道・淮南西道・山南東道諸節度行営事、ついで永泰元年ごろ河南副元帥。大暦3年には盧龍軍節度使、ついで太原尹・北都留守・河東節度使に任ぜられた ●銷金甲:鎧の金属を溶かして農具にする。屯田をおこなって乱後の民の疲弊をやわらげることを指す ●肯:豹軒は「肯へて~せんや」と訓じ、「される考えがおありになるかどうか」と訳すが、「肯へて~せんや」と訓ずるときは反語であって「される考えがどうしてあるだろうか、あるはずがない」の意となり適切でない。ここは通常の肯定文であろう

16-4 《諸將五首 其四》 杜甫

廻首扶桑銅柱標。冥冥氛祲未全銷。越裳翡翠無消息。南海明珠久寂寥。殊錫曾爲大司馬。總戎皆插侍中貂。炎風朔雪天王地。只在忠良翊聖朝。

《諸将五首 其の四》
首を廻らす 扶桑 銅柱の標。冥冥たる氛祲 未だ全くは銷せず。越裳の翡翠 消息 無く。南海の明珠 久しく寂寥。殊錫 曽て大司馬と為り。総戎 皆 侍中の貂を挿む。炎風も 朔雪も 天王の地。只だ 忠良の聖朝を翊(タス)くるに在り。

※●扶桑:東海中にある仙山。ここでは借りて南海を指す ●銅柱標:後漢の馬援が国境の目印として建てた銅柱。南史に「馬援所植兩銅柱、表漢界處也」とあり ●越裳:今のベトナム北部にあった古代の国名 ●翡翠・明珠:カワセミの羽根と真珠。ともに南方からの貢物 ●殊錫:天子の格別の引き立てにより賜ること ●大司馬:漢の武帝が置いた武官の最上位の官。唐では副元帥、都統、節度使などが該当する ●總戎:軍を総べること、またその人。節度使など ●侍中貂:侍中・左右常侍・中書令は冠に貂のしっぽをさしはさむ。当時、節度使の多くが宰相の肩書を帯びたことをいう ●忠良:仇本は「忠臣」に作るが、豹軒は他本の「忠良」に従う

16-5 《諸將五首 其五》 杜甫

錦江春色逐人來。巫峽淸秋萬壑哀。正憶往時嚴僕射。共迎中使望鄕臺。主恩前後三持節。軍令分明數擧杯。西蜀地形天下險。安危須仗出羣材。

《諸将 五首 其の五》
錦江の春色 人を逐ひ来たり。巫峡の清秋 万壑 哀し。正に憶ふ 往時の厳僕射。共に中使を迎ふ 望郷台。主恩 前後 三たび節を持し。軍令 分明にして 数〻杯を挙ぐ。西蜀の地形は天下の険。安危 須らく仗るべし 出群の材。

※●錦江:かつて杜甫が住んでいた浣花渓のある錦江 ●巫峽:いま杜甫がいる夔州の近くの峡谷 ●嚴僕射:厳武のこと。没後に尚書左僕射を追贈された ●中使:宮中からの使者 ●望鄕臺:隋の蜀王楊秀が築いたうてな。成都の北にありという ●三持節:厳武は、東川節度使を一度、剣南節度使を二度つとめた

16-6 《八哀詩 其一 贈司空王公思禮》 杜甫

司空出東夷。童稚刷勁翮。追隨幽薊兒。穎銳物不隔。服事哥舒翰。意無流沙磧。未甚拔行閒。犬戎大充斥。短小精悍姿。屹然强寇敵。貫穿百萬眾。出入由咫尺。馬鞍懸將首。甲外控鳴鏑。洗劍靑海水。刻銘天山石。九曲非外蕃。其王轉深壁。飛兔不近駕。鷙鳥資遠擊。曉達兵家流。飽聞春秋癖。胸襟日沈靜。肅肅自有適。潼關初潰散。萬乘猶辟易。偏裨無所施。元帥見手格。太子入朔方。至尊狩梁益。胡馬纏伊洛。中原氣甚逆。肅宗登寶位。塞望勢敦迫。公時徒步至。請罪將厚責。際會淸河公。閒道傳玉册。天王拜跪畢。讜論果冰釋。翠華卷飛雪。熊虎亘阡陌。屯兵鳳凰山。帳殿涇渭闢。金城賊咽喉。詔鎭雄所搤。禁暴靖無雙。爽氣春淅瀝。巷有從公歌。野多靑靑麥。及夫哭廟後。復領太原役。恐懼祿位高。悵望王土窄。不得見淸時。嗚呼就窀穸。永繫五湖舟。悲甚田橫客。千秋汾晉閒。事與雲水白。昔觀文苑傳。豈述廉藺績。嗟嗟鄧大夫。士卒終倒㦸。

《八哀詩 其の一 司空王公思礼に贈る》
司空 東夷より出で。童稚にして 勁翮を刷(ハラ)ふ。追随す 幽薊の児。穎鋭 物 隔てず。服事す 哥舒翰。意は無みす 流沙磧。未だ甚だしくは行間より抜かれず。犬戎 大いに充斥す。短小 精悍の姿。屹然として 強寇に敵す。百万の衆を貫穿し。出入すること 由(ナ)ほ咫尺のごとし。馬鞍 将首を懸け。甲外 鳴鏑を控(ヒ)く。剣を洗ふ 青海の水。銘を刻す 天山の石。九曲 外蕃に非ず。其の王 転た深壁。飛兎 近駕せず。鷙鳥 遠撃に資(ヨ)る。暁達す 兵家の流。飽聞す 春秋の癖。胸襟 日〻に沈静。粛粛として 自づから適する有り。潼関 初め潰散し。万乗 猶ほ辟易す。偏裨 施す所 無く。元帥 手格せらる。太子は 朔方に入り。至尊は 梁益に狩す。胡馬 伊洛に纏はり。中原 気 甚だ逆なり。粛宗 宝位に登る。塞望 勢ひ 敦迫なり。公 時に 徒歩して至り。罪を請ひて 将に厚く責められんとす。際会す 清河公の。間道より 玉冊を伝ふるに。天王 拝跪し畢り。讜論に 果して氷釈す。翠華 飛雪に巻き。熊虎 阡陌に亘る。兵を屯す 鳳凰山。帳殿に 涇渭 闢く。金城は 賊の咽喉。詔せられて鎮し 所搤に雄たり。暴を禁じ 靖んずること無双。爽気 春 淅瀝たり。巷に 従公の歌 有り。野に 青青たる麦 多し。夫の哭廟の後に及びて。復た太原の役を領す。恐懼す 禄位の高きを。悵望す 王土の窄きを。清時を見るを得ざるに。嗚呼 窀穸に就けり。永く繫ぐ 五湖の舟。悲は 田横の客より甚だし。千秋 汾晋の間。事 雲水と与に白し。昔 文苑伝を観しに。豈に廉藺の績を述べんや。嗟嗟 鄧大夫。士卒 終に㦸を倒にせり。

※八哀詩は八人の故人に対する哀悼を述べた詩。魏の曹植などに「七哀詩」があるが、それらは七人への追悼を詠んだものではない。八首の冒頭に序があり、「傷時盜賊未息、興起王公李公、嘆舊懐賢、終於張相國。八公前後存殁、遂不銓次焉」という ●贈司空王公思禮:司空を追贈された王思礼、の意だが、実際は王思礼は生前すでに司空であり、没後は太尉を贈られた ●出東夷:王思礼は唐に滅ぼされた高句麗の遺民出身 ●哥舒翰:隴右節度使として吐蕃との戦いで軍功を挙げたが、安史の乱では潼関で賊軍に大敗し、賊に捕らえられて斬られた ●犬戎:吐蕃を指す ●靑海:隴右のさらに西、いまの青海省東北部にある湖 ●九曲:黄河が九回折れ曲がる地、河西九曲。哥舒翰が吐蕃から奪回した ●飛兔:日に三万里をいくという神馬の名 ●春秋癖:晋の杜預は春秋左氏伝を愛読し、「左伝癖」と称した ●偏裨:部将 ●塞望:世の人の望みを満たす ●淸河公:房琯。王思礼のために粛宗に助命を請うた ●玉册:蜀に逃れた玄宗による譲位のかきつけ ●金城:現・陝西省咸陽市興平市 ●從公歌:詩経魯頌泮水に「無小無大 從公於邁」とあり ●哭廟:粛宗の長安帰還をいう ●領太原役:王思礼が太原尹・北京留守・河東節度使となったこと ●就窀穸:亡くなることをいう ●田橫客:田横は戦国斉の王族。秦末漢初期に斉を復興し将軍・大臣として項羽・劉邦とわたりあい、一時は斉王を称したが、漢が天下を統一するに及び、かつて同格であった劉邦に仕えるのを潔しとせず自害した。食客たちはこれを傷んで悲歌し、後を追った ●文苑傳:文人の事績を記す列伝。後漢書以降の多くの正史に設けられる ●廉藺:廉頗と藺相如。戦国趙の名臣・名将 ●鄧大夫:鄧景山。王思礼没後、太原尹となって綱紀粛正をすすめるあまり軍の反感を買って殺された

16-7 《八哀詩 其二 故司徒李公光弼》 杜甫

司徒天寶末。北收晉陽甲。胡騎攻吾城。愁寂意不愜。人安若泰山。薊北斷右脅。朔方氣乃蘇。黎首見帝業。二宮泣西郊。九廟起頹壓。未散河陽卒。思明僞臣妾。復自碣石來。火焚乾坤獵。高視笑祿山。公又大獻捷。異王册崇勳。小敵信所怯。擁兵鎭汴河。千里初妥貼。靑蠅紛營營。風雨秋一葉。內省未入朝。死淚終映睫。大屋去高棟。長城掃遺堞。平生白羽扇。零落蛟龍匣。雅望與英姿。悽愴槐里接。三軍晦光彩。烈士痛稠疊。直筆在史臣。將來洗筐篋。吾思哭孤冢。南紀阻歸楫。扶顚永蕭條。未濟失利涉。疲苶竟何人。灑淚巴東峽。

《八哀の詩 其の二 故司徒李公光弼》
司徒 天宝の末。北のかた晋陽の甲を収む。胡騎 吾が城を攻め。愁寂 意 愜はず。人 安きこと 泰山の若く。薊北 右脅を断つ。朔方 気 乃ち蘇し。黎首 帝業を見る。二宮 西郊に泣き。九廟 頽圧せらるるを起こす。未だ散ぜず 河陽の卒。思明 偽りて臣妾たり。復た碣石より来たり。火焚 乾坤に猟す。高視して 禄山を笑ふ。公 又た 大いに捷を献ず。異王崇勲を冊せらる。小敵 信に怯るる所なり。兵を擁して 汴河を鎮し。千里 初めて妥貼なり。青蠅 紛として営営たり。風雨 秋一葉。内省して 未だ入朝せず。死涙 終に睫に映ず。大屋 高棟を去り。長城 遺堞を掃ふ。平生 白羽扇。零落す 蛟竜の匣。雅望と英姿と。悽愴 槐里に接す。三軍 光彩 晦く。烈士 痛み稠畳たり。直筆 史臣に在り。将来 筐篋を洗はん。吾 孤冢を哭せんと思へども。南紀 帰楫 阻まる。扶顚 永へに蕭条たり。未済 利渉を失す。疲苶 竟に何人ぞ。涙を灑ぐ 巴東の峡。

※●故司徒李公光弼:李光弼 ●收晉陽甲:晋陽は北都太原のこと。太原尹・北京留守となったことをいう ●薊北:安禄山の根拠地 ●斷右脅:至徳2年、史思明らの賊軍、十余万の兵で太原を攻め、李光弼はこれを防ぐこと五十余日、ついに出撃して賊軍を大いに破り、首級七万余をあげた。この功により検校司徒を加えられた ●二宮:玄宗と粛宗の二帝 ●河陽卒:郭子儀の配下の兵 ●思明僞臣妾:至徳2年12月、史思明が朝廷に降伏したが、まもなく再び叛いた。臣妾とは、越王勾践が呉王夫差に降伏したとき「身は臣と称し、妻は妾と称せん」と言ったことにちなむ ●碣石:渤海湾の秦皇島付近にあった石門の名。賊軍の根拠地の近く ●高視笑祿山:史思明の驕慢のさま ●公又大獻捷:乾元2年10月、朔方節度使・兵馬元帥となっていた李光弼は、河陽を攻めてきた史思明を撃破し、懐州を攻めて安太清をとりこにした ●異王:異姓の王。皇族でない王。宝応元年5月、李光弼は臨淮郡王に封ぜられた ●小敵信所怯:上元2年2月、李光弼は邙山の下で史思明に敗れた ●鎭汴河:上元2年5月、李光弼は河南副元帥となり臨淮に鎮した ●靑蠅紛營營:魚朝恩や程元振らが李光弼を讒言したことをたとえる ●風雨秋一葉:風雨にさらされる秋の木の葉のように危い形勢 ●死淚終映睫:広徳2年7月、李光弼、徐州にて卒す。太保を追贈され、武穆と諡された ●白羽扇:蜀漢の諸葛亮は白羽扇で軍を指揮したと伝わる ●蛟龍匣:蛟竜の紋様で装飾された箱。すなわち李光弼の柩 ●槐里接:槐里は漢の武帝の茂陵のあるところ。武帝に仕えた名将、衛青・霍去病の墓はその近くにある。同様に李光弼の墓は唐の高祖の献陵の近くにあることをいう ●洗筐篋:讒言の書を収めた箱を洗い清める。讒言による疑いを晴らすこと ●南紀:長江と漢水をいう。詩経の小雅四月に「滔滔江漢、南国之紀」とあり ●扶顚:顚れんとするを扶けささえる、李光弼のような人材 ●未濟失利涉:まだ川を渡らないうちに、渡るに利あるときを失う。李光弼のごとき人材に王業を助けしむる前に、その人材を失って機を逸したということ ●疲苶:疲労する、疲れ果てる

16-8 《八哀詩 其三 贈左僕射鄭國公嚴公武》 杜甫

鄭公瑚璉器。華岳金天晶。昔在童子日。已聞老成名。嶷然大賢後。復見秀骨淸。開口取將相。小心事友生。閱書百氏盡。落筆四座驚。歷職匪父任。嫉邪嘗力爭。漢儀尙整肅。胡騎忽縱橫。飛傳自河隴。逢人問公卿。不知萬乘出。雪涕風悲鳴。受辭劍閣道。謁帝蕭關城。寂寞雲臺仗。飄颻沙塞旌。江山少使者。笳鼓凝皇情。壯士血相視。忠臣氣不平。密論貞觀體。揮發岐陽征。感激動四極。聯翩收二京。西郊牛酒再。原廟丹靑明。匡汲俄寵辱。衞霍竟哀榮。四登會府地。三掌華陽兵。京兆空柳色。尙書無履聲。羣烏自朝夕。白馬休橫行。諸葛蜀人愛。文翁儒化成。公來雪山重。公去雪山輕。記室得何遜。韜鈐延子荆。四郊失壁壘。虛館開逢迎。堂上指圖畫。軍中吹玉笙。豈無成都酒。憂國只細傾。時觀錦水釣。問俗終相幷。意待犬戎滅。人藏紅粟盈。以茲報主願。庶獲裨世程。炯炯一心在。沈沈二豎嬰。顏回竟短折。賈誼徒忠貞。飛旐出江漢。孤舟轉荆衡。虛橫馬融笛。悵望龍驤塋。空餘老賓客。身上愧簪纓。

《八哀の詩 其の三 贈左僕射鄭国公厳公武》
鄭公は 瑚璉の器。華岳 金天に晶たり。昔在 童子の日。已に老成の名を聞く。嶷然たり 大賢の後。復た秀骨の清きを見る。口を開けば 将相を取らんとし。小心 友生に事ふ。書を閲して 百氏 尽き。筆を落とせば 四座 驚く。職を歴るは 父の任に匪ず。邪を嫉みて 嘗(ツネ)に力争す。漢儀 尚ほ整粛。胡騎 忽ち縦横。飛伝 河隴よりす。人に逢へば公卿を問ふ。知らず 万乗の出でしを。涕を雪(ヌグ)ひて 風 悲鳴す。辞を受く 剣閣の道。帝に謁す 蕭関城。寂寞たり 雲台の仗。飄颻たり 沙塞の旌。江山 使者 少なく。笳鼓に 皇情 凝る。壮士 血 相ひ視て。忠臣 気 平らかならず。密かに論ず 貞観の体。揮発す 岐陽の征。感激 四極を動かし。聯翩として二京を収む。西郊 牛酒 再びし。原廟 丹青 明らかなり。匡汲 俄かに寵辱し。衛霍 竟に哀栄。四たび登る 会府の地。三たび掌る 華陽の兵。京兆 空しく柳色。尚書 履声 無し。群烏 自づから朝夕。白馬 横行を休む。諸葛 蜀人 愛し。文翁 儒化 成る。公 来れば 雪山 重く。公 去れば 雪山 軽し。記室 何遜を得。韜鈐 子荊を延く。四郊 壁塁を失し。虚館 逢迎に開く。堂上 図画を指さし。軍中 玉笙を吹く。豈に成都の酒 無からんや。国を憂へて只だ細傾す。時に観る 錦水の釣。俗を問ひて 終に相幷す。意は待つ 犬戎の滅するを。人は蔵す 紅粟の盈つるを。茲の報主の願ひを以て。庶くは 世程を裨(タス)くるを獲ん。炯炯 一心 在り。沈沈 二豎に嬰る。顔回 竟に短折し。賈誼 徒らに忠貞。飛旐 江漢に出づ。孤舟 荊衡に転ぜんとす。虚しく横たふ 馬融の笛。悵望す 竜驤の塋。空しく余す 老賓客。身上 簪纓に愧づ。

※●贈左僕射鄭国公厳公武:厳武 ●瑚璉器:論語の公冶長篇に、孔子が子貢を評して「瑚璉の器」と言うのが見える。宗廟の供物を盛る貴い器 ●華岳:五岳の一つ。西岳。厳武は華岳のある華州の出身により、厳武をたとえる ●大賢後:大賢者たる厳挺之(厳武の父)の息子 ●河隴:河西・隴右 ●受辭:玄宗の命を受ける ●蕭關:現・寧夏回族自治区固原市にあった関。関中四関のひとつ。実際に粛宗に謁見したのは霊武であろうが、前句との対句の関係上で用いたものだろう ●凝皇情:粛宗の(即位の)気持ちがかたまる ●岐陽:鳳翔を指す。粛宗が行在所を置く ●牛酒再:粛宗と玄宗それぞれの長安帰還に際し、将兵に牛肉・酒がふるまわれたことをいう ●匡汲:漢の匡衡と汲黯。ともに切諫をもって斥けられた。厳武も京兆少尹のとき、房琯の事に坐して巴州刺史に貶せられた ●衞霍:衛青と霍去病。ともに武帝に仕えた名将 ●四登會府地:京兆少尹、京兆尹、および成都尹を二度で、合計して四度 ●三掌華陽兵:華陽は成都のこと。東川節度使と二度の剣南節度使で合計三度 ●羣烏:漢の時、御史府中に柏樹あり、数千のカラスが朝には去り暮れには帰ってくることから朝夕烏と言った ●白馬:叛軍の馬。梁の侯景が謀叛して白馬に乗ったことから ●文翁:漢代、蜀の教化に功績あった人物 ●雪山:西山に同じ。吐蕃との境をなす山 ●記室:書記官 ●何遜:梁の文人。建安王の書記官となった ●韜鈐:六韜と玉鈐篇。古来の兵法書。転じて兵法 ●子荆:晋の孫楚の字 ●失壁壘:必要がなくなって壁塁をなくす ●圖畫:地図 ●細傾:チビリチビリと飲む ●問俗:風俗を視察する ●紅粟:腐りかけて赤くなった古米 ●二豎嬰:「病 膏肓に入る」の故事に出てくる二人の豎子 ●顏回:孔子の門人。三十二で亡くなったという ●賈誼:三十三で亡くなったという ●飛旐:柩舟の旗 ●馬融:後漢の馬融は笛を吹くのを好み、長笛賦を著わした ●龍驤:晋の龍驤将軍王濬は呉を伐って功あり、柏谷山に葬られ、巨大な墓が築かれた ●

16-9 《八哀詩 其四 贈太子太師汝陽郡王璡》 杜甫

汝陽讓帝子。眉宇眞天人。虬髥似太宗。色映塞外春。往者開元中。主恩視遇頻。出入獨非時。禮異見羣臣。愛其謹潔極。倍此骨肉親。從容聽朝後。或在風雪晨。忽思格猛獸。苑囿騰淸塵。羽旗動若一。萬馬肅駪駪。詔王來射雁。拜命已挺身。箭出飛鞚內。上又回翠麟。翻然紫塞翮。下拂明月輪。從人雖獲多。天笑不爲新。王每中一物。手自與金銀。袖中諫獵書。扣馬久上陳。竟無銜橜虞。聖聰矧多仁。官免供給費。水有在藻鱗。匪惟帝老大。皆是王忠勤。晚年務置醴。門引申白賓。道大容無能。永懷侍芳茵。好學尙貞烈。義形必霑巾。揮翰綺繡揚。篇什若有神。川廣不可遡。墓久狐免鄰。宛彼漢中郡。文雅見天倫。何以慰我悲。泛舟俱遠津。溫溫昔風味。少壯已書紳。舊游易磨滅。衰謝增酸辛。

《八哀の詩 其の四 贈太子太師汝陽郡王璡》
汝陽は譲帝の子。眉宇 真に天人なり。虬髥 太宗に似。色 映じて 塞外 春なり。往者 開元の中。主恩 視遇 頻りなり。出入 独り 時に非ず。礼 群臣に見ゆるに異なる。其の謹潔の極まるを愛し。倍〻 此に骨肉 親しむ。従容 朝を聴くの後。或ひは風雪の晨に在り。忽ち思ふ 猛獣を格(ウ)たんことを。苑囿 清塵を騰ぐ。羽旗 動くこと一の若く。万馬 粛として駪駪たり。王に詔して 来たって雁を射しむ。命を拝して 已に身を挺す。箭は出づ 飛鞚の内。上 又た 翠麟を回す。翻然 紫塞の翮。下りて払ふ 明月の輪。従人 獲 多しと雖も。天笑 為めに新たならず。王 一物に中つる毎に。手 自ら 金銀を与ふ。袖中 猟を諫むるの書。馬を扣(ヒカ)へて 久しく上陳す。竟に銜橜の虞 無し。聖聡 矧(イハ)んや仁 多きをや。官は 供給の費を免れ。水には 在藻の鱗 有り。惟だ 帝の老大なるのみに匪ず。皆 是れ 王の忠勤なるなり。晩年 務めて醴を置き。門に引く 申白の賓。道 大にして無能をも容れ。永く懐ふ 芳茵に侍せしを。学を好みて 貞烈を尚び。義 形(アラハ)れて 必ず巾を霑す。翰を揮へば 綺繡 揚がり。篇什 神有るが若し。川 広くして 遡るべからず。墓 久しくして 狐免 隣る。宛たる彼の漢中郡。文雅 天倫を見る。何を以てか我が悲しみを慰めん。舟を泛ぶるも 倶に遠津なり。温温たる 昔の風味。少壮 已に紳に書す。旧遊 磨滅し易く。衰謝 増〻 酸辛なり。

※●贈太子太師汝陽郡王璡:汝陽郡王の李璡。没後、太子太師を追贈される。1-31《贈特進汝陽王二十韻》参照 ●讓帝:寧王李憲。玄宗の兄。皇太子の地位を玄宗に譲ったことから、没後、讓皇帝と諡された ●色映塞外春:春なき塞外の地に春が来るほど、その顔色温和であることをいう ●非時:日時の制限がない。いつでも出入りできる ●回翠麟:翠麟は玄宗の乗る駿馬。その向きを変えて王の射を助けようとする ●紫塞翮:紫塞は長城のこと。紫の甎を用いたことから言う。長城から飛び渡る翼、すなわち雁のこと ●銜橜虞:馬車がひっくり返る心配 ●供給費:狩猟のための出費 ●置醴:賢者のため醴を用意する。漢初の楚の元王の故事 ●申白賓:楚の元王が礼遇した申公・白生のような賓客 ●無能:杜甫自身をいう ●墓久:王が没したのは天宝9年。この詩の16年前 ●漢中郡:漢中王李瑀のこと。李璡の弟。11-46《戲題寄上漢中王三首 其一》等参照 ●天倫:兄弟をいう ●俱遠津:杜甫も漢中王もともに遠い渡し場にいる

16-10 《八哀詩 其五 贈祕書監江夏李公邕》 杜甫

長嘯宇宙閒。高才日陵替。古人不可見。前輩復誰繼。憶昔李公存。詞林有根柢。聲華當健筆。灑落富淸製。風流散金石。追琢山嶽銳。情窮造化理。學貫天人際。干謁走其門。碑版照四裔。各滿深望還。森然起凡例。蕭蕭白楊路。洞徹寶珠惠。龍宮塔廟湧。浩劫浮雲衞。宗儒俎豆事。故吏去思計。眄睞已皆虛。跋涉曾不泥。向來映當時。豈獨勸後世。豐屋珊瑚鉤。麒麟織成罽。紫騮隨劍几。義取無虛歲。分宅脫驂閒。感激懷未濟。眾歸賙給美。擺落多藏穢。獨步四十年。風聽九皐唳。嗚呼江夏姿。竟掩宣尼袂。往者武后朝。引用多寵嬖。否臧太常議。面折二張勢。衰俗凜生風。排蕩秋旻霽。忠貞負冤恨。宮闕深旒綴。放逐早聯翩。低垂困炎癘。日斜鵩鳥入。魂斷蒼梧帝。榮枯走不暇。星駕無安稅。幾分漢庭竹。夙擁文侯篲。終悲洛陽獄。事近小臣斃。禍階初負謗。易力何深嚌。伊昔臨淄亭。酒酣託末契。重敍東都別。朝陰改軒砌。論文到崔蘇。指盡流水逝。近伏盈川雄。未甘特進麗。是非張相國。相扼一危脆。爭名古豈然。關鍵欻不閉。例及吾家詩。曠懷掃氛翳。慷慨嗣眞作。咨嗟玉山桂。鐘律儼高懸。鯤鯨噴迢遰。坡陁靑州血。蕪沒汶陽瘞。哀贈竟蕭條。恩波延揭厲。子孫存如線。舊客舟凝滯。君臣尙論兵。將帥接燕薊。朗詠六公篇。憂來豁蒙蔽。

《八哀の詩 其の五 贈秘書監江夏李公邕》
長嘯す 宇宙の間。高才 日〻に陵替す。古人 見るべからず。前輩 復た誰か継がん。憶ふ昔 李公 存せしとき。詞林 根柢 有り。声華 健筆に当たり。灑落 清製 富めり。風流 金石に散じ。追琢 山岳のごと鋭し。情は窮む 造化の理。学は貫く 天人の際。干謁 其の門に走り。碑版 四裔を照らす。各〻 深望を満たして還り。森然 凡例を起こす。蕭蕭たる白楊の路。洞徹 宝珠を恵す。竜宮 塔廟 湧き。浩劫 浮雲 衛る。宗儒 俎豆の事。故吏 去思の計。眄睞 已に皆 虚しく。跋渉 曽て泥(ナヅ)まず。向来 当時に映ず。豈に独り 後世に勧むるのみならんや。豊屋 珊瑚の鉤。麒麟 織成の罽。紫騮 剣几 随ひ。義取 虚歳 無し。分宅 脱驂の間。感激すれども 未済を懐ふ。衆は帰す 賙給の美。擺落す 多蔵の穢。独歩 四十年。風に聴く 九皐の唳。嗚呼 江夏の姿。竟に掩ふ 宣尼の袂。往者 武后の朝。引用 寵嬖 多し。否臧す 太常の議。面折す 二張の勢。衰俗 凜として風 生じ。排蕩 秋旻 霽る。忠貞 冤恨を負ひ。宮闕 旒綴 深し。放逐 早く聯翩たり。低垂 炎癘に困しむ。日 斜めにして 鵩鳥 入り。魂は断ゆ 蒼梧の帝。栄枯 走るに暇あらず。星駕 安税 無し。幾たびか分かつ 漢庭の竹。夙に擁す 文侯の篲。終に悲しむ 洛陽の獄。事は近し 小臣の斃れしにし。禍階は 初めより謗を負ひしこと。易力なるに 何ぞ深嚌せるや。伊れ昔 臨淄の亭。酒 酣にして 末契に託す。重ねて叙す 東都の別。朝陰 軒砌に改まる。文を論じて 崔蘇に到り。指し尽くす 流水の逝くを。近くは 盈川の雄なるに伏すも。未だ甘んぜず 特進の麗かなるに。是非す 張相国。相ひ扼して 一に危脆なり。名を争ふ 古 豈に然らんや。関鍵 欻(タチマ)ち閉ぢず。例 吾が家の詩に及べば。曠懐 氛翳を掃ふてふ。慷慨す 嗣真が作。咨嗟す 玉山の桂。鐘律 儼として高く懸り。鯤鯨 噴きて迢遰たりと。坡陁たる青州の血。蕪没す 汶陽の瘞。哀贈 竟に蕭条たり。恩波 掲厲を延く。子孫 存すること線の如し。旧客 舟 凝滞す。君臣 尚ほ兵を論じ。将帥 燕薊に接す。 六公の篇を朗詠すれば。憂ひ来たるも 蒙蔽を豁く。

※●贈祕書監江夏李公邕:李邕。1-21《陪李北海宴歷下亭》に見える李北海である。文選の注で有名な李善の子。行書の名手として知られ、碑文の制作にすぐれ、謝礼によって巨万の富を築いたという。天宝6年李林甫に忌まれて殺された。代宗のとき秘書監を追贈された。本人は揚州の出身だが、祖先は後漢以来江夏にいたため、江夏の李公と呼んでいる ●陵替:尊卑の秩序を失う ●散金石:金石に刻して広められる ●追琢:追は雕に同じ。彫刻し磨く ●干謁:他人が求め謁する ●起凡例:一般原則を打ち立てる ●白楊:ハコヤナギ。墓地に植える樹 ●洞徹:珠玉のすきとおること ●龍宮:寺院や道観などのたとえ ●俎豆:まな板と高坏。祭祀で物を盛る器 ●故吏:転任して去る長官の部下である官吏たち ●去思計:上司たる長官が去った後にその人を思うための方法、顕彰の碑を建てるなど ●眄睞:(碑を)ながめること ●織成罽:毛織物の絨緞 ●義取:義にのっとって貰い受ける ●分宅:家を分かちて他人を住まわせる ●脫驂:驂(四頭立て馬車の外側の二頭)を解いて、それでもって他人の罪を贖い自由の身にし、上客として迎える。史記の晏子伝に見える故事 ●擺落:払い落とす ●多藏穢:財貨をため込むことによる汚名 ●九皐唳:詩経の鶴鳴篇に「鶴鳴于九皐、声聞于天」とあり。李邕の名声をたとえる ●宣尼:孔子。春秋公羊伝の哀公十四年に「西狩獲麟。孔子反袂、拭面、涕泣沾袍」という ●寵嬖:寵愛を受けた微賤の者。則天武后の寵愛をうけた張昌宗・易之兄弟など ●否臧:可否に同じ ●太常:太常寺。礼を掌る官署 ●面折二張勢:李邕が左拾遺のとき、中丞の宋璟が張兄弟を弾劾したが、武后は応じなかった。李邕は断固として宋璟を支持し、武后に弾劾を受け入れさせた ●旒綴:天子の冕冠の前後に垂れる旒の綴られたもの。天子の目が遮られて真実が見えないことをたとえる ●鵩鳥入:漢の賈誼が長沙に流されていたときの故事 ●蒼梧帝:舜のこと。南征して蒼梧の野で亡くなった ●漢庭竹:竹は竹符、地方官に与える割符。漢はすなわち唐 ●文侯篲:魏の文侯、孔子の門人・子夏に師事し、箒をかかえ道を掃き清めて迎えた。李邕が州の刺史として賢人を礼遇したことをたとえる ●洛陽獄:後漢の蔡邕、讒訴により洛陽の獄に下された。名が同じであるつながりにより李邕の冤罪をたとえる ●小臣斃:春秋時代、晋の献公の寵愛を受けた驪姫は、太子申生を陥れるため、申生が献公に奉った肉に毒を仕込み、このため毒味をした小臣は死んだ。李邕は柳勣に連坐して殺されたので、巻き添えになったという点で小臣と同じだという趣旨 ●易力:力を為し易し、容易になしうること ●深嚌:深く、歯のところまでもっていって舐める。食べ尽くす、深く害する ●臨淄亭:1-21《陪李北海宴歷下亭》に見える歷下亭 ●崔蘇:崔融と蘇味道。武后朝の文章四友のうちの二人 ●盈川:盈川県令だった楊炯を指す。初唐四傑のひとり ●特進:武后朝の文章四友のひとり、李嶠のこと。神龍3年に趙国公、特進・同中書門下三品 ●張相國:張説。玄宗のもとで尚書左丞相。李邕はもともと張説を軽んじていたため張説はこれを憎んだ ●危脆:張説が中書令のとき、李邕は陳州刺史時代の汚職が発覚して死罪になりかけ、孔璋に救われた ●古豈然:魏文帝の典論に「文人相軽、自古而然」とあるのを踏まえる ●關鍵:戸締り。ここは李邕の心の用心をたとえる ●吾家詩:わが杜家の詩。祖父・杜審言のことを指す ●嗣眞作:杜審言の《和李大夫嗣真奉使存撫河東》詩 ●玉山桂:崑崙山の片玉、桂林の一枝。杜審言の詩の素晴らしさをたとえる。晋の郄詵が武帝に答えた言葉にもとづく ●坡陁:高く広いさま ●靑州血:青州は李邕の任地、北海郡の郡治。血は李邕の血 ●汶陽瘞:汶陽は北海郡にある県名。瘞は李邕の墓 ●哀贈:天子が哀れんで追贈した官位 ●揭厲:裾をかかげることと、帯の上まで衣をまくり上げること。詩経に「深則厲、淺則揭」とあり。その具体的に指すところは諸説あり。豹軒は「取捨する、斟酌して定める」と解く ●舊客:杜甫のこと ●六公篇:原注に「公有張・桓等五王洎狄相六公詩」とあり、李邕には、張柬之・桓彥範・敬暉・崔玄暐・袁恕巳の五王(中宗の復位を実現した)と狄仁傑(武后朝の名臣)のことを詠んだ詩があったという。詩は現存しない

16-11 《八哀詩 其六 故祕書少監武功蘇公源明》 杜甫

武功少也孤。徒步客徐兗。讀書東嶽中。十載考墳典。時下萊蕪郭。忍饑浮雲巘。負米晚爲身。每食臉必泫。夜字照爇薪。垢衣生碧蘚。庶以勤苦志。報兹劬勞願。學蔚醇儒姿。文包舊史善。灑落辭幽人。歸來潛京輦。射君東堂策。宗匠集精選。制可題未乾。乙科已大闡。文章日自負。掾吏亦累踐。晨趨閶闔內。足踏宿昔趼。一麾出守還。黃屋朔風卷。不暇陪八駿。虜庭悲所遣。平生滿樽酒。斷此朋知展。憂憤病二秋。有恨石可轉。肅宗復社稷。得無順逆辯。范曄顧其兒。李斯憶黃犬。祕書茂松色。再扈祠壇墠。前後百卷文。枕藉皆禁臠。篆刻揚雄流。溟張本末淺。靑熒芙蓉劍。犀兕豈獨剸。反爲後輩褻。予實苦懷緬。煌煌齋房芝。事絕萬手搴。垂之俟來者。正始徵勸勉。不要懸黃金。胡爲投乳贙。結交三十載。吾與誰游衍。滎陽復冥寞。罪罟已橫罥。嗚呼子逝日。始泰則終蹇。長安米萬錢。凋喪盡餘喘。戰伐何當解。歸帆阻淸沔。尙纏漳水疾。永負蒿里餞。

《八哀の詩 其の六 故秘書少監武功蘇公源明》
武功 少(ワカ)きや 孤なり。徒歩 徐兗に客たり。書を読む 東岳の中。十載 墳典を考ふ。時に萊蕪の郭に下り。饑を忍ぶ 浮雲の巘。米を負ふは 晩に身の為めにし。食する毎に 臉 必ず泫たり。夜字 爇薪に照らし。垢衣 碧蘚を生ず。庶はくは 勤苦の志を以て。兹の劬労の願ひに報いんことを。学は蔚たり 醇儒の姿。文は包(カ)ぬ 旧史の善。灑落として 幽人を辞し。帰来 京輦に潜む。君が東堂の策を射る。宗匠 精選を集む。制可 題 未だ乾かざるに。乙科 已に大いに闡けたり。文章 日〻に自負し。掾吏も 亦た累りに践(フ)めり。晨に趨す 閶闔の内。足は踏む 宿昔の趼。一麾 出守して還り。黄屋 朔風 巻く。八駿に陪するに暇あらず。虜庭 遣る所に悲しむ。平生 満樽の酒。此の朋知の展を断つ。憂憤 病むこと二秋。恨み有り 石 転ずべし。粛宗 社稷を復す。順逆の弁 無きを得んや。范曄 其の児を顧み。李斯 黄犬を憶ふ。秘書 茂松の色。再び扈す 壇墠に祠するに。前後 百巻の文。枕藉するに 皆 禁臠なり。篆刻 揚雄が流。溟張 本 末浅なり。青熒たり 芙蓉の剣。犀兕のみ 豈に独り剸らんや。反って 後輩の為めに褻れらる。予 実に 懐ひの緬かなるに苦しむ。煌煌たり 斎房の芝。事は絶ゆ 万手の搴。之を垂れて 来者を俟つ。始めを正して 勧勉に徴あらしむ。黄金を懸くるを要せず。胡為れぞ 乳贙に投ぜるや。交を結ぶこと三十載。吾 誰と与にか游衍せん。滎陽 復た冥寞。罪罟 已に横さまに罥(カカ)れり。嗚呼 子が逝ける日。始めは泰にして 則ち終りには蹇たり。長安の米 万銭。凋喪 余喘を尽くす。戦伐 何(イツ)か当に解くべき。帰帆 清沔に阻まる。尚ほ 漳水の疾に纏はれ。永く蒿里の餞に負く。

※●故秘書少監武功蘇公源明:蘇源明。武功は出身地。秘書少監をもっておわる。14-21《懷舊》・14-22《哭台州鄭司戶蘇少監》参照 ●徐兗:徐州と兗州 ●東嶽:泰山 ●墳典:三墳(伏羲・神農・黄帝の書)五典(少昊・顓頊・髙辛・唐・虞の書)の略。上古の書籍 ●萊蕪:県名。現・山東省萊蕪市。泰山の東麓 ●浮雲巘:雲が浮かぶ山頂 ●負米:米を背負って運ぶ肉体労働。孔子の門人・子路が百里の外まで米をかつぎ、その労賃で親を養った故事をふまえる ●臉必泫:下まぶた(ないしは顔)が必ず涙で濡れる ●劬勞願:父母が苦労して養育して願ったこと ●京輦:天子のおひざ元 ●射君東堂策:君は天子、東堂は尚書省の東堂すなわち試験場、射策とは試験を受けること ●制可:天子の仰せにより可(及第)とすること ●乙科:甲第(全問得点)に次ぐ乙第 ●掾吏:属官 ●累踐:出世を重ねて次々と官職を歴任する ●閶闔內:宮門の内。太子諭徳の官についたことをいう ●宿昔趼:昔からの肉刺(まめ) ●出守:地方長官として外任する。東平太守となったことをいう。その後召し還されて国子司業となった ●黃屋:天子の車蓋 ●陪八駿:玄宗の蜀への出奔にお供する。八駿は周の穆王の八頭の駿馬 ●石可轉:石は転ずべきも心は転ずべからざるをいう。詩経の邶風・柏舟に「我心匪石不可転」とあり ●順逆辯:粛宗の長安帰還後の至徳2年12月、賊軍から官職を受けた者を集めて取り調べがなされ、有罪となったものは処刑された ●范曄:南朝宋の人。文・書・音律を善くし、『後漢書』の編者として知られる。太子左衛将軍に登ったが、謀叛を企てて誅せられた。処刑に臨んで、その子ともども酔っ払い、子に向かって「汝、我に嗔るか」と問うと、子は「今日、何に縁りてか嗔らん、但だ父子同じく死するは悲しまざる能はず」と答えた ●李斯憶黃犬:秦の李斯、二世皇帝のとき、趙高に陥れられて死罪となる。処刑に臨み、息子を顧みて「お前とまた黄犬を連れて狩りがしたかったが、それも出来なくなった」と嘆いた ●祕書:蘇源明のこと ●禁臠:天子の食するうまい肉。転じて良質で上等なもの ●篆刻:文字を雕琢して辞賦を作ること ●溟張:大海の潮がみなぎること ●末淺:倒押韻のため浅末を転倒したもの。浅く些末である ●芙蓉劍:蓮の花が初めて湖に生ずるような趣のある剣。越王允が作らせた名剣の「純鈎」が「如芙蓉之始生於湖」と評された話を踏まえる ●犀兕:一角獣。兕は犀の雌とも、犀とは別の一角牛ともいう ●褻:なれる、なれなれしく侮る ●齋房芝:斎房はものいみをする部屋。芝は霊草。粛宗の上元2年7月、斎房に芝が生じたという ●萬手搴:万人の手で芝を抜き取る ●懸黃金:一説に金印をぶら下げる高官となるの意という。豹軒は呂不韋の「一字千金」の故事を踏まえ、黄金を懸けて世評を求めるの意とする ●投乳贙:贙は猛獣の名。源明が寵臣の怒りを買ったことを指す ●滎陽:鄭虔のこと。滎陽出身 ●罪罟:人を罪に問う網 ●橫罥:道にはずれたやり方でからめとる ●泰・蹇:いずれも易の卦の名。順境と逆境 ●米萬錢:広徳2年秋冬、米一斗が千文であったというから、一斛(十斗)で一万銭である。蘇・鄭ともにこの年に亡くなった ●盡餘喘:わずかに余していた喘ぎの息を使い尽くして息絶える ●淸沔:沔水は漢水の上流 ●漳水疾:漳水は鄴を流れる川。魏の劉楨の《贈五官中郎将》詩に「余嬰沈痼疾、竄身清漳濱」とあるのを踏まえて、杜甫自身の病をいう ●蒿里餞:漢初、斉の田横が自害したとき、その食客門人が「薤露」「蒿里」という二章の挽歌を作った。後世、薤露は王公貴人の葬送に、蒿里は士大夫庶人の葬送に用いた。餞は酒食を供えて使者に手向けること

16-12 《八哀詩 其七 故著作郞貶台州司戶滎陽鄭公虔》 杜甫

鶢居至魯門。不識鐘鼓饗。孔翠望赤霄。愁思雕籠養。滎陽冠眾儒。早聞名公賞。地崇士大夫。況乃氣精爽。天然生知資。學立游夏上。神農或闕漏。黃石愧師長。藥纂西極名。兵流指諸掌。貫穿無遺恨。薈蕞何技癢。圭臬星經奧。蟲篆丹靑廣。子雲窺未遍。方朔諧太枉。神翰顧不一。體變鍾兼兩。文傳天下口。大字猶在牓。昔獻書畫圖。新詩亦俱往。滄洲動玉陛。寡鶴誤一響。三絕自御題。四方尤所仰。嗜酒益疎放。彈琴視天壤。形骸實土木。親近惟几杖。未曾寄官曹。突兀倚書幌。晚就芸香閣。胡塵昏坱莽。反覆歸聖朝。點染無滌盪。老蒙台州掾。遐泛浙江漿。履穿四明雪。饑拾楢溪橡。空聞紫芝歌。不見杏壇丈。天長眺東南。秋色餘魍魎。別離慘至今。斑白徒懷曩。春深秦山秀。葉墜淸渭朗。劇談王侯門。野稅林下鞅。操紙終夕酣。時物集遐想。詞場竟疎闊。平昔濫推奬。百年見存歿。牢落吾安放。蕭條阮咸在。出處同世網。他日訪江樓。含悽述飄蕩。

《八哀の詩 其の七 故の著作郎 貶台州司戸 滎陽の鄭公虔》
鶢居 魯門に至り。識らず 鐘鼓の饗。孔翠 赤霄を望み。愁思す 雕籠の養。滎陽 衆儒に冠たり。早くに聞く 名公 賞すと。地は崇し士大夫。況んや乃ち 気 精爽なるをや。天然 生知の資。学は立つ 游夏の上。神農も 或ひは闕漏し。黄石も 師長に愧づ。薬は纂む 西極の名。兵流 諸を掌に指さす。貫穿 遺恨 無し。薈蕞 何ぞ技癢なる。圭臬 星経 奥(フカ)く。虫篆 丹青 広し。子雲も 窺ふこと未だ遍からず。方朔 諧 太だ枉なり。神翰 顧 一ならず。体 変じて 鍾 両を兼ぬ。文は伝ふ 天下の口。大字 猶ほ牓に在り。昔 献ず 書画の図。新詩 亦た俱に往く。滄洲 玉陛を動かし。寡鶴 一響するかと誤らる。三絶 御題よりす。四方 尤も仰ぐ所。酒を嗜みて 益〻 疎放。琴を弾じて 天壌を視る。形骸 実に土木。親近するは 惟だ几杖のみ。未だ曽て 官曹に寄らず。突兀として書幌に倚る。晩に就く 芸香閣。胡塵 昏くして坱莽たり。反覆 聖朝に帰し。点染 滌盪 無し。老いて蒙る 台州の掾。遐かに泛ぶ 浙江の漿。履は穿たる 四明の雪。饑ゑては拾ふ 楢渓の橡。空しく聞く 紫芝の歌。見ず 杏壇の丈。天 長くして 東南を眺れば。秋色 魍魎 余る。別離 惨として今に至る。斑白 徒らに曩を懐ふ。春 深くして 秦山 秀で。葉 墜ちて 清渭 朗らかなり。劇談す 王侯の門。野に税(ト)く 林下の鞅。紙を操りて 終夕 酣なり。時物 遐想を集む。詞場 竟に疎闊。平昔 濫りに推奨せらる。百年 存歿を見る。牢落して 吾 安くにか放(ヨ)らん。蕭条たり 阮咸 在り。出処 世網を同じくす。他日 江楼を訪ひ。悽を含みて飄蕩を述ぶ。

※●故著作郞貶台州司戶滎陽鄭公虔:鄭虔。6-22《題鄭十八著作丈故居》、7-18《有懷台州鄭十八司戶》、8-24《所思》等参照 ●鶢居:海鳥の名。爰居に同じ。具体的な種は不明。荘子の至楽篇によれば、この鳥が魯に現れたので、魯侯はこれを廟に迎え、音楽でもてなし、酒食を供えたが、鳥は何も食わず何も飲まず三日で死んだという ●孔翠:クジャクとカワセミ ●赤霄:仙山の赤い空 ●名公賞:名公は世に名のある人。蘇頲のこと。原注に「往者公在疾。蘇公頲、位尊望重、素未相識、早愛才名。躬自撫問、臨以忘年之契。遠邇嘉之」とあり ●地崇:地位が高い。著作郎であったことをいう ●游夏:孔子の門人で文学に秀でた子游と子夏 ●藥纂西極名:原注に「公、著薈蕞等諸書之外、撰胡本草七巻」とあり ●貫穿:諸学を統一された原理で貫き、まとめる ●薈蕞:小さなものを集めること。原注によれば鄭虔が著わした書の名 ●技癢:自信のある技芸を試したくてむずがゆく感じること ●圭臬:圭は日影の測定に用いる道具、臬は日影と水平とで方位を正す道具 ●星經:天文のことを記した書物 ●蟲篆:書体の一つ。蟲書に同じ ●子雲:博学で知られた前漢の揚雄の字 ●方朔:東方朔。諧謔にすぐれた ●神翰:神妙なる文字 ●顧不一:顧野王一人だけではない。顧野王は南朝梁から陳にかけての学者。博学で諸事に通じ、字書『玉篇』を編纂した ●體變:書体のバラエティー ●鍾兼兩:鍾氏二人の両方を兼ねる。鍾氏二人とは魏の鍾繇・鍾会の父子。ともに書に巧みで、草書・隷書・八分などの書体に通じていた ●昔獻書畫圖:鄭虔は画にも優れ、山水を描き、詩を書して、玄宗に献上した。玄宗は自らそれに署して曰く「鄭虔三絶」と ●滄洲:東海中にあるという仙山。鄭虔の詩画中の仙境の趣を指す ●動玉陛:天子を感動させる ●形骸實土木:肉体を土木のごとく軽視する ●未曾寄官曹:役所の部屋に身を寄せない。広文館博士に任じられた当初、鄭虔は広文館がどこにあるのかも知らなかった ●晚就芸香閣:芸香閣は蔵書室のこと。晩年に著作郎に遷ったことをいう ●坱莽:大いなるさま ●點染:汚れに染まること。鄭虔が賊軍から水部郎中に任じられたことを指す ●滌盪:そそぎ動かす。ゴシゴシ洗う ●台州掾:台州の属官。鄭虔は死罪を免れ、台州司戸参軍に貶された ●四明:四明山。台州近くの名山。現・浙江省寧波市の西方 ●楢溪:渓谷の名。現・台州市天台県の東 ●橡:トチの実 ●紫芝歌:秦末漢初、商山に隠棲した四皓(四人の皓い髪の賢者)が紫芝(紫の霊草)を採りながら歌った歌 ●杏壇:孔子が杏の木が植えられた壇に坐り、弟子たちは書物を読んだという故事から、学問所や講堂、教室を意味する。ここでは鄭虔が博士をつとめた広文館を指す ●鞅:むながい。馬の胸からくらぼねにかける紐 ●操紙:詩をかきつけるために紙を取る ●遐想:古人に対するはるかな想い ●安放:どこに頼ればよいか ●阮咸:阮籍の甥。鄭虔の甥である鄭審をたとえる。原注に「著作。與今秘監鄭君審、篇翰齊價。謫江陵。故有阮咸江樓之句」という

16-13 《八哀詩 其八 故右僕射相國曲江張公九齡》 杜甫

相國生南紀。金璞無留礦。仙鶴下人閒。獨立霜毛整。矯然江海思。復與雲路永。寂寞想土階。未遑等箕潁。上君白玉堂。倚君金華省。碣石歲崢嶸。天池日蛙黽。退食吟大庭。何心記榛梗。骨驚畏曩哲。鬒變負人境。雖蒙換蟬冠。右地恧多幸。敢忘二疏歸。痛迫蘇耽井。紫綬映暮年。荆州謝所領。庾公興不淺。黃霸鎭每靜。賓客引調同。諷詠在務屛。詩罷地有餘。篇終語淸省。一陽發陰管。淑氣含公鼎。乃知君子心。用才文章境。散帙起翠螭。倚薄巫廬竝。綺麗玄暉擁。牋誄任昉騁。自我一家則。未闕隻字警。千秋滄海南。名繫朱鳥影。歸老守故林。戀關悄延頸。波濤良史筆。蕪絕大庾嶺。向時禮數隔。制作難上請。再讀徐孺碑。猶思理煙艇。

《八哀の詩 其の八 故の右僕射相国 曲江の張公九齢》
相国 南紀に生まれ。金璞 礦に留まること無し。仙鶴 人間に下り。独立して 霜毛 整ふ。矯然たり 江海の思ひ。復た雲路と永し。寂寞として 土階を想ひ。未だ 箕潁に等しくするに遑あらず 。君が白玉の堂に上り。君が金華の省に倚る。碣石 歳〻に 崢嶸たり。天池 日〻に 蛙黽。退食 大庭を吟じ。何の心か 榛梗を記せん。骨 驚きて 曩哲を畏れ。鬒 変じて 人境に負く。蟬冠を換ふるを蒙ると雖も。右地 多幸を恧(ハ)づ。敢へて忘れんや 二疏の帰るを。痛みは迫る 蘇耽の井。紫綬 暮年に映じ。荊州 所領を謝す。庾公 興 浅からず。黄覇 鎮 毎に静かなり。賓客 調の同じきを引き。諷詠 務屛に在り。詩 罷みて 地 余り有り。篇 終はりて 語 清省。一陽 陰管より発し。淑気 公鼎に含まる。乃ち知る 君子の心。才を文章の境に用ひしを。帙を散ずれば 翠螭 起こり。倚薄して 巫廬に並ぶ。綺麗 玄暉を擁し。牋誄 任昉と騁す。我よりす 一家の則。未だ開かず 隻字の警。千秋 滄海の南。名は繫る 朱鳥の影。帰老 故林を守り。恋関 悄として頸を延ぶ。波濤 良史の筆。蕪絶す 大庾嶺。向時 礼数 隔たり。制作 上請し難し。再び徐孺の碑を読めば。猶ほ思ふ 煙艇を理むるを。

※●故右僕射相國曲江張公九齡:張九齢。開元22年に中書令(=相国)、開元24年、尚書右丞相(=右僕射)。曲江(現・広東省韶関市)は出身地。名宰相・詩人として名高い ●南紀:詩経の小雅四月に「滔滔江漢、南国之紀」とあり。長江・漢水以南の南国を広く指す ●金璞:黄金やあらたま ●留礦:鉱石の中にとどまる ●仙鶴:張九齢の母は、九羽の鶴が天から下り庭に集まるのを夢に見て張九齢を生んだという ●矯然:高くあがるさま ●江海思:出仕せず自由に生きたいという思い ●雲路:雲上の路。出世して高い地位に登ることのたとえ ●土階:上古の聖天子の堯や舜は質朴を尊び、その宮殿のきざはしは、三段の土階のみであった ●箕潁:箕山と潁水。それぞれ、いにしえの隠者、巣父と許由の隠棲地 ●碣石:渤海にあった石門。安禄山の勢力をたとえる ●蛙黽:カエル。李林甫らの小人をたとえる ●退食:役所から退勤する ●大庭:上古の聖天子。一説に神農の別号とも ●榛梗:雑木が行く手を塞いで邪魔をする。小人の讒言などをたとえる ●骨驚:はなはだ驚くこと。江淹の《別賦》に「心折骨驚」とあり ●畏曩哲:先哲を畏怖する。一説に曩哲は西晋の王衍のことという。王衍は石勒(のちに後趙を建国)を見て、のちに天下の患となることを見抜いたという。しかし王衍は曩哲と呼ぶにふさわしい人物とは思えない ●鬒變:黒髪の色が変じて白くなる ●換蟬冠:開元24年、中書令を罷免されたことを指す。侍中や中書令は冠に金蟬と貂尾を挿む ●右地:中書令を罷免されて尚書右僕射に遷ったことをいう ●二疏:漢の宣帝のとき、疏広・疏受の二人(伯父と甥)は官を辞して帰郷し、都人士に大いに惜しまれた ●蘇耽:いにしえの仙人。母に仕えて至孝、仙去するに際し、「明年天下に疫疾あるでしょうが、庭の井戸水と簷辺の橘樹が我に代わって母を養うでしょう」と言い残し、果たしてその通りとなった。張九齢が母の喪中に中書侍郎・同中書門下平章事に任じられ、故郷で喪に服することができなかったことをたとえる ●紫綬映暮年:晩年、荊州大都督府長史に左遷されたことを指す。綬は金印につけるひも。大都督府長史(従三品)のそれは紫色 ●庾公興不淺:庾亮が月に乗じて南楼にのぼり、居合わせた配下の役人たちに向かって「諸君且住、老子於此興復不淺」と述べた故事。張九齢の風雅を庾亮にたとえる ●黃霸:漢時の宰相。潁川太守時の治績は天下第一と称された。張九齢の地方官としての手腕をたとえる ●引調同:趣味や志向の同じ人(孟浩然など)を招く ●務屛:俗務をしりぞける ●地有餘:有餘地に同じ。余裕がある ●淸省:清らかで無駄がない ●一陽發陰管:一陽は「一陽来復」の一陽、初生の陽気、陰管は陰律の笛。陰気きわまって陽気生じること。張九齢の詩の韻律に調和があることをたとえる ●公鼎:廟堂で羹を煮る鼎。張九齢の詩の味わい深いことをたとえる ●散帙:張九齢の詩文集の帙を開く ●巫廬竝:巫山や廬山に並ぶ高さである ●玄暉:南朝斉の詩人、謝朓の字 ●牋誄:手紙の文と、死者の徳を述べて悼む文 ●任昉:南朝梁の文章家 ●隻字警:一字でもって読む人を警しめること ●朱鳥:南方の七宿(七つの星座)の総称 ●戀關:宮門を恋う ●延頸:首を伸ばして遠く眺める ●良史筆:張九齢は中書令となったとき国史監修も兼ねた ●大庾嶺:現在の江西省と広東省の境をなす山嶺。開元17年、張九齢に詔して新路を開かせた。その道も今は蕪絶すとの趣旨 ●禮數隔:張九齢と杜甫とでは身分階級が隔たっていた ●徐孺:徐穉、字は孺子。後漢の高士。張九齢は開元15年にその徳をたたえて「後漢徐徴君碣銘幷序」を作った ●理煙艇:靄の横たわる舟を用意して、碑のある南昌に行く

16-14 《夔府書懷四十韻》 杜甫

昔罷河西尉。初興薊北師。不才名位晚。敢恨省郞遲。扈聖崆峒日。端居灎澦時。萍流仍汲引。樗散尙恩慈。遂阻雲臺宿。常懷湛露詩。翠華森遠矣。白首颯淒其。拙被林泉滯。生逢酒賦欺。文園終寂寞。漢閣自磷緇。病隔君臣議。慙紆德澤私。揚鑣驚主辱。拔劍撥年衰。社稷經綸地。風雲際會期。血流紛在眼。涕灑亂交頤。四瀆樓船汎。中原鼓角悲。賊壕連白翟。戰瓦落丹墀。先帝嚴靈寢。宗臣切受遺。恆山猶突騎。遼海競張旗。田父嗟膠漆。行人避蒺藜。總戎存大體。降將飾卑詞。楚貢何年絕。堯封舊俗疑。長吁翻北寇。一望卷西夷。不必陪玄圃。超然待具茨。凶兵鑄農器。講殿闢書帷。廟算高難測。天憂實在兹。形容眞潦倒。答效莫支持。使者分王命。羣公各典司。恐乖均賦斂。不似問瘡痍。萬里煩供給。孤城最怨思。綠林寧小患。雲夢欲難追。卽事須嘗膽。蒼生可察眉。議堂猶集鳳。貞觀是元龜。處處喧飛檄。家家急競錐。蕭車安不定。蜀使下何之。釣瀨疎墳籍。耕巖進奕棊。地蒸餘破扇。冬暖更纖絺。豺遘哀登楚。麟傷泣象尼。衣冠迷適越。藻繪憶遊睢。賞月延秋桂。傾陽逐露葵。大庭終反樸。京觀且僵尸。高枕虛眠晝。哀歌欲和誰。南宮載勳業。凡百愼交綏。

《夔府書懐四十韻》
昔 河西の尉を罷めしとき。初めて興る 薊北の師。不才 名位 晩し。敢へて恨まんや 省郎の遅きを。聖に扈す 崆峒の日。端居す 灎澦の時。萍流も 仍ほ汲引せられ。樗散にも 尚ほ恩慈あり。遂に阻つ 雲台の宿。常に懐ふ 湛露の詩。翠華 森として遠し。白首 颯として淒其たり。拙にして 林泉に滞せしめられ。生まれて 酒賦の欺(アナド)るに逢ふ。文園 終に寂寞。漢閣 自ら磷緇。病みて隔たる 君臣の議。慙づらくは 徳沢の私を紆らさるるを。鑣を揚げて 主辱に驚き。剣を抜きて 年衰を撥(ノゾ)く。社稷 経綸の地。風雲 際会の期。血の流るるは 紛として眼に在り。涕 灑ぎて 乱れて頤に交はる。四瀆 楼船 汎び。中原 鼓角 悲し。賊壕 白翟に連なり。戦瓦 丹墀に落つ。先帝 霊寝 厳かに。宗臣 切に遺を受く。恒山 猶ほ突騎。遼海 競ひて旗を張る。田父 膠漆を嗟き。行人 蒺藜を避く。総戎 大体を存し。降将 卑詞を飾る。楚貢 何れの年にか絶えたる。尭封 旧俗 疑はし。長吁す 北寇 翻るに。一望 西夷 巻く。必ずしも 玄圃に陪せず。超然として 具茨を待たん。凶兵 農器を鋳ん。講殿 書帷を闢かん。廟算 高くして測り難し。天憂 実に兹に在り。形容 真に潦倒。答効 支持する莫し。使者 王命を分かち。群公 各〻典司。恐らくは乖かん 賦斂を均しくするに。似ず 瘡痍を問ふに。万里 供給を煩はし。孤城 最も怨思す。緑林 寧ぞ小患ならんや。雲夢 追ひ難からんと欲す。事に即きて 須らく胆を嘗むべし。蒼生 眉に察すべし。議堂 猶ほ鳳を集む。貞観は 是れ元亀なり。処処 飛檄 喧し。家家 競錐 急なり。蕭車 安んずれども定まらず。蜀使 下りて何くにか之く。瀬に釣りて 墳籍に疎なり。巌に耕して 奕棋を進む。地 蒸して 破扇 余り。冬 暖かにして 更に繊絺す。豺に遘ひて 登楚を哀れみ。麟に傷みて 象尼に泣く。衣冠 適越に迷ひ。藻絵 遊睢を憶ふ。月を賞して 秋桂を延き。陽に傾いて 露葵を逐ふ。大庭 終に樸に反らん。京観すら 且つ僵尸なるのみ。高枕 虚しく昼に眠り。哀歌 和せんと欲するは誰ぞ。南宮 勲業を載す。凡百 交綏を慎め。

※●昔罷河西尉:天宝14年、杜甫は河西尉に任じられたが就かなかった ●薊北師:安禄山の反乱軍 ●省郞遲:省の郎官となるのが遅い。広徳2年6月、厳武の推薦で検校工部員外郎となったことを指す ●崆峒:現・甘粛省平涼市の西。霊武で即位した粛宗のもとへ駆けつける途中で通過した ●灎澦:灎澦堆。瞿塘峡口の難所 ●汲引:井戸水を汲み上げるように地位を引き立てる ●雲臺宿:宮中の台に宿直すること ●湛露詩:詩経の小雅に湛露篇あり、天子が諸侯を宴する詩 ●酒賦欺:酒と文学に人生を誤られる ●文園:漢の司馬相如、文園の令となる。自らを相如にたとえる ●漢閣:漢の揚雄が書を校した天禄閣 ●磷緇:すりへって薄くなることと、汚れて黒くなること ●揚鑣:馬を飛ばすこと ●主辱:天子が吐蕃など夷狄の侵寇に苦しめられたこと ●四瀆:黄河・長江・淮河・済水 ●白翟:白狄に同じ。春秋時代に陝西付近に居住した異民族。ここでは彼らが居住していた地域を指す ●宗臣:天下が宗とする重臣。郭子儀を指す ●切受遺:じかに遺託を受ける ●恆山:五岳のうちの北岳。現・山西省大同市 ●膠漆:にかわとうるし。弓を作る材料。その取り立てが厳しいことを嘆くという趣旨か ●蒺藜:草の名。ハマビシ。硬く棘のある菱形の実をつける。転じて、ハマビシの実に似せて作った武器をいう。撒き菱のように道に撒いたり、多数を連ねて鉄条網のように張り巡らしたりして、敵の進路をふさぐ ●總戎存大體:副元帥僕固懐恩が乱の平定という大局(および自身の保身)のため、細かい点を問わず賊将の帰順を誘って宥和的であったことを指す ●楚貢:地方からの貢納一般をいう。斉の桓仲が楚を伐つ際に、楚から周王室への貢物が止まっていることを理由に挙げた故事にちなんで楚と言ったもの ●堯封:周のとき、堯の末裔を薊に封じた。安禄山の根拠地である ●舊俗疑:堯の遺風を受け継いで旧俗が健在ならば、安禄山のような賊が出て来るはずがないので疑わしいという意味 ●北寇:回紇を指す ●西夷:吐蕃を指す ●玄圃:西方の仙山崑崙山にある空中庭園 ●具茨:山名。黄帝、大隗を具茨山に見んとして道に迷い、牧馬の童子に遇って道を尋ねたという話が荘子の徐無鬼篇にあり ●天憂:天が崩れ落ちるのではないかという憂い。杞憂の故事にちなむ ●答效:天子の恩に答えて力を致す ●羣公:節度使や地方長官 ●均賦斂:公平に税を取り立てる ●孤城:夔州の街を指す ●綠林:王莽の新のとき、緑林山を根拠にした盗賊。転じて盗賊一般を指す ●雲夢:雲夢沢。代宗の陝州への出奔を、楚の昭王が雲夢沢中に遊んだことにたとえるか。他にも諸説あり ●察眉:心情を眉宇の間に察知する ●元龜:大亀。亀の甲羅は占いに用いるもので、大きいほど霊力強く、吉凶を的確に教えるとされた。すなわち貞観の治とよばれる太宗の治世こそが未来への指針であるとの趣旨 ●競錐:錐の先ほどのわずかな利益を争うこと ●蕭車:漢の哀帝のとき、南郡に盗賊多く、蕭育を太守に任じ、特別に三公の使車に載せて殿に入り策命を受けさせた ●蜀使:漢の武帝のとき、蜀に動乱あり、司馬相如を蜀につかわして父老を諭し、民心を落ち着かせた ●釣瀨:後漢の光武帝の旧友だった厳子陵は、光武帝からの招聘を固辞して出仕せず、隠棲して釣をして過ごした ●墳籍:いにしえの聖賢の著わした書籍 ●耕巖:後漢の鄭樸、長安の谷口で巌石の下で耕し、賢を以て聞こえた ●纖絺:細い葛糸のかたびら。夏服 ●登楚:後漢末、中原の騒乱を避けて荊州にのがれた王粲のように、楚への道に登る ●麟傷:聖天子なくして麒麟があらわれたことを傷み悲しむ ●象尼:孔子のこと ●衣冠迷適越:章甫(殷代の礼冠)を売ろうと越に行くと、越では誰も冠をかぶっていなかったという故事 ●藻繪憶遊睢:藻繪は彩色、睢は唐代の宋州。魏の陳琳の「爲曹洪與魏文帝書」に「遊睢渙者、學藻績之綵」とあり ●大庭:上古の聖天子 ●京觀:武功を誇るため、殺戮した敵兵を埋め、土を盛り上げて作った塚 ●南宮:後漢の明帝のとき、南宮の雲台に功臣二十八将の像を画いた ●交綏:こもごも退却する

16-15 《往在》 杜甫

往在西京日。胡來滿彤宮。中宵焚九廟。雲漢爲之紅。解瓦飛十里。繐帷紛曾空。疚心惜木主。一一灰悲風。合昏排鐵騎。淸曉散錦幪。賊臣表逆節。相賀以成功。是時妃嬪戮。連爲糞土叢。當宁陷玉座。白閒剝畫蟲。不知二聖處。私泣百歲翁。車駕旣云還。楹桷欻穹崇。故老復涕泗。祠官樹椅桐。宏壯不如初。巳見帝力雄。前春禮郊廟。祀事親聖躬。微軀忝近臣。景從陪羣公。登階捧玉册。峨冕聆金鐘。侍祠恧先路。掖垣邇濯龍。天子惟孝孫。五雲起九重。鏡奩換粉黛。翠羽猶蔥朧。前者厭羯胡。後來遭犬戎。俎豆腐羶肉。罘罳行角弓。安得自西極。申命空山東。盡驅詣闕下。士庶塞關中。主將曉逆順。元元歸始終。一朝自罪已。萬里車書通。鋒鏑供鋤犂。征戍聽所從。宂官各復業。土著還力農。君臣節儉足。朝野懽呼同。中興似國初。繼體如太宗。端拱納誎諍。和風日沖融。赤墀櫻桃枝。隱映銀絲籠。千春薦靈寢。永永垂無窮。京都不再火。涇渭開愁容。歸號故松柏。老去苦飄蓬。

《往在》
往在 西京の日。胡 来たりて 彤宮に満つ。中宵 九廟を焚き。雲漢 之が為めに紅なり。解瓦 十里に飛び。繐帷 曽空に紛たり。心を疚しめて 惜しむ 木主の。一一 悲風に灰するを。合昏 鉄騎 排し。清暁 錦幪 散ず。賊臣 逆節を表し。相ひ賀するに 成功を以てす。是の時 妃嬪 戮せられ。連りに 糞土の叢と為る。当宁 玉座 陥り。白間 画虫 剝がる。知らず 二聖の処。私かに泣く 百歳の翁。車駕 既に云に還り。楹桷 欻ち穹崇たり。故老 復た涕泗。祠官 椅桐を樹う。宏壮 初めに如かざるも。巳に帝力の雄なるを見る。前春 郊廟に礼し。祀事 聖躬 親(ミヅカ)らす。微軀 近臣を忝けなくし。景従 群公に陪す。階に登りて 玉冊を捧げ。峨冕 金鐘を聆(キ)く。祠に侍するに 先路を恧じ。掖垣 濯竜に邇し。天子 惟れ孝孫。五雲 九重に起こる。鏡奩 粉黛 換はるも。翠羽 猶ほ葱朧たり。前者 羯胡を厭ひ。後来 犬戎に遭ふ。俎豆に 羶肉 腐り。罘罳に 角弓を行(ヤ)る。安んぞ得ん 西極より。命を申して 山東を空しくし。尽く駆りて 闕下に詣らしめ。士庶 関中を塞ぎ。主将 逆順を暁らかにし。元元 始終に帰し。一朝 自ら已を罪し。万里 車書 通じ。鋒鏑は 鋤犂に供し。征戍は 従ふ所に聴(マカ)せ。冗官 各〻業に復し。土著 還た農に力(ツト)め。君臣 節倹して足り。朝野 懽呼 同じく。中興 国初に似て。継体 太宗の如く。端拱 誎諍を納れ。和風 日〻に沖融。赤墀 桜桃の枝。隠映す 銀糸籠。千春 霊寝に薦め。永永 無窮に垂れ。京都 再び火あらずして。涇渭 愁容 開くを。故の松柏に帰り号せんとするも。老ひ去って 飄蓬に苦しむ。

※●往在:むかし ●九廟:天子の宗廟 ●繐帷:廟中の神座の帳 ●木主:天子の位牌 ●排鐵騎:鉄騎が排列する ●錦幪:鞍を覆う錦。賊軍が掠奪したもの ●當宁:礼記の曲礼下に「天子當宁而立」とあり。宁は門と門内の屏との間の、天子が佇立して朝を視る場所をいう ●白閒:門扉の青瑣の側を白く塗った部分 ●二聖:玄宗と粛宗(当時はまだ太子) ●楹桷:宗廟の柱、たるき ●禮郊廟:南郊と宗廟とに祀の礼を行う ●忝近臣:左拾遺を拝したことをいう ●景從:影のごとく従う ●玉册:祭告文を記した玉版 ●峨冕:高い冕冠 ●恧先路:先導の役を仰せつかり恥じ入る ●掖垣:左掖の垣を指す。宮殿から中書省へ下がるときに出入りする垣 ●濯龍:後漢の時、洛陽にあった園、また城門の名。ここは単に宮殿をいう ●鏡奩:鏡を入れる化粧箱 ●翠羽:カワセミの羽根飾り ●羯胡:安禄山を指す ●犬戎:吐蕃を指す ●俎豆:まな板とたかつき。宗廟の神饌を盛る祭器 ●羶肉:生臭い羊肉。異民族の食物 ●罘罳:宮門内の屏。もしくは鳥よけのため簷際に張る網。ここは前者か ●角弓:角で飾った弓。吐蕃のもの ●安得:豹軒はこの二字は「歸號故松柏」の句までかかると解するが、鄙見ではその前の「涇渭開愁容」までと考える ●西極:西の果て。ここは西京の長安を指すか ●山東:太行山脈以東、河北藩鎮の割拠している地方 ●元元:善良な一般人民 ●車書通:車輪の幅も書体も統一されて全国に通用する ●聽所從:各自の従事したいところに任せる ●宂官:仕事がなく手があいていた役人 ●繼體:先代の有り様を継承する ●端拱:正しい姿で手を拱く。天子が朝政に臨む姿勢をいう ●銀絲籠:銀の針金で編んだ籠。これに桜桃の実を盛る ●涇渭:涇水と渭水。吐蕃の侵入経路 ●故松柏:先祖の墓に植えられた昔ながらの松柏 ●

16-16 《昔遊》 杜甫

昔者與高李。晚登單父臺。寒蕪際碣石。萬里風雲來。桑柘葉如雨。飛藿共徘徊。淸霜大澤凍。禽獸有餘哀。是時倉廩實。洞達寰區開。猛士思滅胡。將帥望三台。君王無所惜。駕馭英雄材。幽燕盛用武。供給亦勞哉。吳門轉粟帛。泛海陵蓬萊。肉食三十萬。獵射起黃埃。隔河憶長眺。靑歲巳摧頹。不及少年日。無復故人杯。賦詩獨流涕。亂世想賢才。有能市駿骨。莫恨少龍媒。商山議得失。蜀主脫嫌猜。呂尙封國邑。傅說巳鹽梅。景晏楚山深。水鶴去低回。龐公任本性。攜子臥蒼苔。

《昔遊》
昔者 高李と与に。晩に単父の台に登る。寒蕪 碣石に際し。万里 風雲 来たる。桑柘の葉 雨の如く。飛藿 共に徘徊す。清霜 大沢 凍り。禽獣 余哀 有り。是の時 倉廩 実ち。洞達して 寰区 開く。猛士 胡を滅するを思ひ。将帥 三台を望む。君王 惜しむ所 無く。英雄の材を駕馭す。幽燕 盛んに武を用ひ。供給 亦た労せるかな。呉門より 粟帛を転じ。海に泛びて 蓬萊を陵ぐ。肉食 三十万。猟射 黄埃を起こす。河を隔てて 長眺せしを憶ふ。青歳 巳に摧頽す。及ばず 少年の日。復たとは無し 故人の杯。詩を賦して 独り涕を流し。乱世 賢才を想ふ。能く 駿骨を市ふ者 有らば。竜媒の少きを恨むこと莫し。商山 得失を議し。蜀主 嫌猜を脱す。呂尚 国邑に封ぜられ。傅説 巳に塩梅す。景 晏れて 楚山 深く。水鶴 去って低回す。龐公 本性に任す。子を携へて蒼苔に臥す。

※●昔者:具体的には天宝3年秋から冬 ●高李:原注に「高適李白」とあり ●單父臺:単父は県名。当時の宋州(現・河南省商丘市)にあり。孔子の弟子の宓子賤が単父の宰となり琴を弾じたという台 ●飛藿:散る豆の葉 ●共徘徊:仇本は「去徘徊」に作るが、豹軒は他本に従う。これについて豹軒の字解に言及なし ●大澤:孟諸沢を指すという。宋州の東北にあり ●洞達:道や門などが開かれ通じていること ●寰區:天下 ●將帥:当時、范陽・平盧節度使だった安禄山らを指す ●望三台:三公(太尉・司徒・司空)の地位を望む。安禄山は宰相になることを望んだが、楊国忠に阻まれ、これにより反乱を決意したともいわれる ●幽燕:幽州・燕州。安禄山の根拠地 ●盛用武:安禄山は朝廷に武功をアピールするため、契丹や奚に盛んに出兵した ●轉粟帛:穀物や絹を転送する。絹は現物貨幣として軍需物資調達に用いる ●肉食:贅沢な食事をむさぼる兵士 ●靑歲:青年期 ●市駿骨:駿馬の骨を買う。死馬の骨を買うの故事 ●龍媒:名馬のこと ●商山:商山の四皓と呼ばれた四人の賢者。秦末漢初、商山に隠遁し高祖の招聘にも応じなかったが、太子の招聘には応じてこれに仕えた。豹軒の字解は、代宗の信任篤かった李泌を指すとする ●蜀主脫嫌猜:劉備が三顧の礼で孔明を迎えてから、その親密ぶりに関羽・張飛が不平を鳴らしたところ、劉備は「我に孔明あるは、魚に水あるがごとし」と述べて二人をなだめた ●呂尙:周の太公望。斉に封ぜられた。汾陽王に封ぜられた郭子儀をたとえるか ●傅說:殷の高宗に仕えた賢臣。中書令(宰相)をつとめた郭子儀をたとえるか ●鹽梅:味をほどよく加減する。転じて臣下が君を補佐して調和ある政治を行わせることをいう ●商山以下の四句は、野にある人材(自身を含む)を適切に登用すれば、これらの歴史上の偉人たちのような活躍をするだろう、という希望を述べたものとする説もあり ●龐公:後漢のときの隠者・龐徳公。妻子を連れて襄陽の鹿門山に隠れ住んだ。自身をたとえる

16-17 《壯遊》 杜甫

往者十四五。出遊翰墨場。斯文崔魏徒。以我似班揚。七齡思卽壯。開口詠鳳皇。九齡書大字。有作成一囊。性豪業嗜酒。嫉惡懷剛腸。脫落小時輩。結交皆老蒼。飮酣視八極。俗物多茫茫。東下姑蘇臺。巳具浮海航。到今有遺恨。不得窮扶桑。王謝風流遠。闔閭丘墓荒。劍池石壁仄。長洲芰荷香。嵯峨閶門北。淸廟映廻塘。每趨吳太伯。撫事淚浪浪。蒸魚聞匕首。除道哂要章。枕戈憶勾踐。渡浙想秦皇。越女天下白。鑑湖五月涼。剡溪蘊秀異。欲罷不能忘。歸帆拂天姥。中歲貢舊鄕。氣劘屈賈壘。目短曹劉牆。忤下考功第。獨辭京尹堂。放蕩齊趙閒。裘馬頗淸狂。春歌叢臺上。冬獵靑丘旁。呼鷹皁櫪林。逐獸雲雪岡。射飛曾縱鞚。引臂落鶖鶬。蘇侯據鞍喜。忽如攜葛彊。快意八九年。西歸到咸陽。許與必詞伯。賞遊實賢王。曳裾置醴地。奏賦入明光。天子廢食召。羣公會軒裳。脫身無所愛。痛飮信行藏。黑貂寧免弊。斑鬢兀稱觴。杜曲換耆舊。四郊多白楊。坐深鄕黨敬。日覺死生忙。朱門任傾奪。赤族迭罹殃。國馬竭粟豆。官鷄輸稻梁。擧隅見煩費。引古惜興亡。河朔風塵起。岷山行幸長。兩宮各警蹕。萬里遙相望。崆峒殺氣黑。少海旌旗黃。禹功亦命子。涿鹿親戎行。翠華擁吳嶽。貙虎噉豺狼。爪牙一不中。胡兵更陸梁。大軍載草草。凋瘵滿膏肓。備員竊補衮。憂憤心飛揚。上感九廟焚。下憫萬民瘡。斯時伏靑蒲。廷諍守御牀。君辱敢愛死。赫怒幸無傷。聖哲體仁恕。宇縣復小康。哭廟灰燼中。鼻酸朝未央。小臣議論絕。老病客殊方。鬱鬱苦不展。羽翮困低昂。秋風動哀壑。碧蕙捐微芳。之推避賞從。漁父濯滄浪。榮華敵勳業。歲暮有嚴霜。吾觀鴟夷子。才格出尋常。羣凶逆未定。側佇英俊翔。

《壮遊》
往者 十四五。出でて翰墨の場に遊ぶ。斯文 崔魏の徒。我を以て班揚に似たりとす。七齢 思ひ即ち壮んなり。口を開きて鳳皇を詠ず。九齢 大字を書し。作 有りて 一囊を成す。性 豪にして 業(スデ)に酒を嗜み。悪を嫉みて 剛腸を懐く。脱落す 小時輩。交を結ぶは 皆 老蒼。飲 酣にして 八極を視れば。俗物 多く茫茫たり。東のかた 姑蘇台に下り。巳に浮海の航を具ふ。今に到るも遺恨有るは。扶桑を窮むるを得ざりしなり。王謝 風流 遠く。闔閭 丘墓 荒る。剣池 石壁 仄(カタム)き。長洲 芰荷 香し。嵯峨たる閶門の北。清廟 廻塘に映ず。呉の太伯に趨する毎に。事を撫して 涙 浪浪たり。蒸魚 匕首を聞き。除道 要章を哂ふ。戈に枕して 勾践を憶ひ。浙を渡りて秦皇を想ふ。越女 天下に白く。鑑湖 五月に 涼し。剡渓 秀異を蘊(アツ)む。罷めんと欲して忘るる能はず。帰帆 天姥を払ひ。中歳 旧郷より貢せらる。気は劘す 屈賈の塁。目は短とす 曹劉の牆。忤下す 考功の第。独り辞す 京尹の堂。放蕩たり 斉趙の間。裘馬 頗る清狂なり。春には歌ふ 叢台の上。冬には猟す 青丘の旁。鷹を呼ぶ 皁櫪の林。獣を逐ふ 雲雪の岡。飛を射て 曽(スナハ)ち鞚を縦ち。臂を引きて 鶖鶬を落とす。蘇侯 鞍に拠りて喜び。忽ち葛彊を携ふるが如し。快意なり 八九年。西帰して咸陽に到る。許与せらるるは 必ず詞伯。賞遊するは 実に賢王。裾を曳く 置醴の地。賦を奏して 明光に入る。天子 食を廃して召し。群公 軒裳を会す。身を脱して愛しむ所 無く。痛飲して行蔵に信す。黒貂 寧んぞ弊るるを免れんや。斑鬢 兀として觴を称(ア)ぐ。杜曲 耆旧 換はり。四郊 白楊 多し。坐ろに深くす 郷党の敬。日〻に 死生の忙しきを覚ゆ。朱門 傾奪に任し。赤族 迭ひに殃ひに罹る。国馬 粟豆を竭くし。官鶏に 稲梁を輸す。隅を挙げて煩費を見(シメ)し。古を引きて興亡を惜しむ。河朔 風塵 起こり。岷山 行幸 長し。両宮 各〻警蹕し。万里 遥かに相ひ望む。崆峒 殺気 黒く。少海 旌旗 黄なり。禹功 亦た子に命じ。涿鹿 親ら戎行す。翠華 呉岳を擁し。貙虎 豺狼を噉ふ。爪牙 一たび中らず。胡兵 更に陸梁たり。大軍 載(スナハ)ち草草たり。凋瘵 膏肓に満つ。備員 補衮を窃み。憂憤 心 飛揚す。上は 九廟の焚けたるに感じ。下は 万民の瘡を憫む。斯の時 青蒲に伏し。廷諍して 御床を守る。君 辱しめらるるに 敢へて死を愛しまんや。赫怒 幸ひに傷なはるること無し。聖哲 仁恕を体し。宇県 復た小康なり。廟を哭す 灰燼の中。鼻酸 未央に朝す。小臣 議論 絶え。老病 殊方に客たり。鬱鬱 展びざるに苦しみ。羽翮 低昂に困しむ。秋風 哀壑に動き。碧蕙 微芳を捐つ。之推 賞従を避け。漁父 滄浪に濯ぐ。栄華は 勲業に敵し。歳暮 厳霜 有り。吾 鴟夷子を観るに。才格 尋常より出でたり。群凶 逆 未だ定まらず。側(ホノ)かに佇(マ)つ 英俊の翔るを。

※●壯遊:壮年の遊歴 ●崔魏徒:原注に「崔鄭州尙、魏豫州啓心」とあり。鄭州刺史崔尚は久視2年の進士、豫州刺史の魏啓心は神龍3年に才膺管楽科及第 ●班揚:班固と揚雄 ●大字:漢数字の一、二、三などに対する壱、貳、参などの字を大字というが、そのことか。仇本は大字を大有に作り、次句の「有作」を「字作」に作るが、この異同について豹軒字解は言及せず ●脫落:眼中に置かない ●姑蘇臺:春秋時代、呉王闔閭が姑蘇山上に築いた台 ●扶桑:東海中にありとされた仙山 ●王謝:東晋の王導、謝安 ●劍池:虎丘(呉王闔閭を葬った丘)にある池。ほとりに高さ数丈の石壁ありという ●長洲:苑の名。姑蘇の南、太湖の北にあり。闔閭が遊猟の地 ●閶門:呉県城の西門 ●淸廟:呉の始祖である太伯の廟。閶門の外にあり ●匕首:呉王闔閭は前代の王・僚を暗殺して即位した。暗殺を実行した専諸は、僚に献上する魚の腹に匕首を隠して僚に近づき、刺殺した ●除道哂要章:除は掃除すること、要章は腰章すなわち腰に帯びる印章。漢の朱買臣は呉の人、栄達して会稽太守となり、ひそかに昔の身なりで郡の邸に向かったところ、役人がこれに気づき、民に道を掃除させて迎えたという ●秦皇:秦の始皇帝。統一後、全国を巡行した始皇帝は、始皇帝37年、銭塘に至り、浙江に臨み、会稽山に登って禹をまつった ●天下白:天下に知られた肌の白さ ●鑑湖:別名鏡湖。現・浙江省紹興市にあり ●剡溪:紹興にある山水の名勝 ●天姥:紹興にある山の名 ●中歲:中年 ●貢:地方試験に合格して、尚書省での試験に送り出されること ●屈賈:屈原と賈誼 ●曹劉:曹植と劉楨 ●忤下:試験管の意にかなわず、試験に落ちる ●考功:吏部の考功員外郎。試験官。のち試験官は礼部侍郎に変更になる ●叢臺:戦国時代の趙の都であった邯鄲にあった台 ●靑丘:山東の地名。春秋時代、斉の景公の狩場だったという ●皁櫪:通常は廐のことだが、ここは文脈に合わない。皁は櫟や橡などの実、櫪は櫟の意があるので、そちらの意味であろう ●縱鞚:馬を速く走らせる ●引臂:弓を引くために臂を後ろに引く ●鶖鶬:ハゲコウ類と思われる大型水鳥。8-41《乾元中寓居同谷縣作歌七首 其三》参照 ●蘇侯:原注に「監門冑曹蘇預」とあり、蘇源明のこと。16-11《八哀詩 其六 故祕書少監武功蘇公源明》等参照 ●葛彊:晋の山簡が目を掛けた武将。杜甫をたとえる ●許與:(杜甫の)文才あることを認め許すこと ●詞伯:文壇のリーダー。鄭虔や岑参など ●賢王:汝陽王李璡。16-9《八哀詩 其四 贈太子太師汝陽郡王璡》参照 ●置醴:賓客のため酒に代えて醴を用意し礼遇すること。漢初の楚の元王の故事 ●奏賦:天宝10年、「三大礼賦」を献上したことをいう ●明光:漢時の宮殿の名。唐の宮殿をたとえる ●會軒裳:(杜甫の試験を見に)高官たちが集まって来る ●脫身:官界から抜け出す ●杜曲:長安の南、樊川の水曲の名。杜甫の居宅のあったところ ●白楊:ハコヤナギ。墓地に植える ●傾奪:相手を傾け、その力を奪う ●赤族:一族皆殺しにする。この二句、李林甫や楊国忠らが政敵を粛清したことを言う ●國馬:玄宗が国費で養った馬 ●官鷄:官費で養った闘鶏 ●風塵起:安史の乱の勃発 ●崆峒:山名。現・甘粛省平凉市 ●少海:天子を大海にたとえ、太子を少海にたとえる。当時、太子であった粛宗を指す ●旌旗黃:黄色の旗幟は天子のもの。粛宗が即位したことを言う ●禹功亦命子:禹に功績あり、よってその子の啓に命じて位を継がせる。玄宗が粛宗に位を継がせた(事実は事後承認)ことを指す ●涿鹿:上古、黄帝は蚩尤と涿鹿の野で戦った。粛宗を黄帝に、賊軍を蚩尤にたとえる ●吳嶽:陝西の隴州の南の呉山。粛宗、鳳翔に行在所を置いていた至徳2年春、呉山を西嶽となした ●貙虎噉豺狼:貙虎は勇猛な官軍、豺狼は賊軍 ●爪牙:官軍の貙虎の爪と牙 ●陸梁:跳梁する ●凋瘵:(民力の)しぼみ疲れること ●膏肓:「病 膏肓に入る」の膏肓 ●備員竊補衮:杜甫が左拾遺の職を拝したことをいう。補衮は衮職(天子の職)の欠けたるを補うの意 ●伏靑蒲:青蒲は天子の御座のしきもの。漢の史丹、元帝の臥内に入り青蒲に伏して泣き諫めたという故事にちなみ、宰相房琯の左遷について杜甫が粛宗を諫めたことを指す ●赫怒:(粛宗が)真っ赤になって怒る ●幸無傷:杜甫は三司の推問に付されたが、宰相張鎬の助力で許された ●宇縣:宇宙と赤県(中国)。天下 ●未央:漢の宮殿名。唐の大明宮をたとえる ●之推:晋の介之推、文公に長年従って諸国を放浪したが、文公が帰国して即位した後も恩賞なく、文公のもとを去って山に隠れた。杜甫の現在の境遇をたとえる ●鴟夷子:越の勾践に仕えた謀臣の范蠡。勾践のもとを去り、斉に移って鴟夷子皮と名乗った。粛宗の謀臣で、魚朝恩に忌まれて衡山に隠れた李泌をたとえるか

16-18 《遣懷》 杜甫

昔我遊宋中。惟梁孝王都。名今陳留亞。劇則貝魏俱。邑中九萬家。高棟照通衢。舟車半天下。主客多歡娛。白刃讐不義。黃金傾有無。殺人紅塵裏。報答在斯須。憶與高李輩。論交入酒壚。兩公壯藻思。得我色敷腴。氣酣登吹臺。懷古視平蕪。芒碭雲一去。雁鶩空相呼。先帝正好武。寰海未凋枯。猛將收西域。長㦸破林胡。百萬攻一城。獻捷不云輸。組練棄如泥。尺土負百夫。拓境功未已。元和辭大罏。亂離朋友盡。合沓歲月徂。吾衰將焉託。存歿再嗚呼。蕭條益堪愧。獨在天一隅。乘黃已去矣。凡馬徒區區。不復見顏鮑。繫舟臥荆巫。臨餐吐更食。常恐違撫孤。

《懐ひを遣る》
昔 我 宋中に遊ぶ。惟れ 梁孝王の都なり。名は 今 陳留に亜(ツ)ぐ。劇は則ち貝魏 俱なり。邑中 九万家。高棟 通衢を照らす。舟車 天下に半ばなり。主客 歓娯 多し。白刃 不義に讐し。黄金 有無を傾く。人を殺す 紅塵の裏。報答 斯須に在り。憶ふ 高李の輩と与に。交を論じて酒壚に入る。両公 藻思 壮んなり。我を得て 色 敷腴たり。気 酣にして 吹台に登り。古を懐ひて 平蕪を視る。芒碭 雲 一去し。雁鶩 空しく相ひ呼ぶ。先帝 正に武を好み。寰海 未だ凋枯せず。猛将 西域を収め。長㦸 林胡を破る。百万もて 一城を攻め。捷を献じて輸けたりと云はず。組練 棄つること泥の如く。尺土 百夫に負(ソム)く。境を拓くの功 未だ已まず。元和 大罏を辞す。乱離 朋友 尽き。合沓 歳月 徂く。吾 衰へて 将に焉くにか託せんとする。存歿 再び嗚呼す。蕭条 益〻 愧づるに堪へ。独り 天の一隅に在り。乗黄 已に去りぬ。凡馬 徒らに区区たり。復たとは顔鮑を見ず。舟を繫ぎて 荊巫に臥す。餐に臨みて 吐いて更に食す。常に恐る 撫孤に違はんことを。

※●宋中:宋州の地。現・河南省商丘市あたり ●梁孝王:漢の文帝の子、景帝の弟 ●陳留:現・河南省開封市 ●劇:繁劇、事のしげきこと ●貝魏:貝州(現・河北省清河県)と魏州(河北省大名県) ●主客:地元の人も、外来の旅人も ●傾有無:有無にかかわらず傾けて使う ●報答:報復すること ●斯須:須臾に同じ。わずかの時間 ●高李:高適・李白 ●敷腴:喜ぶさま ●吹臺:春秋・晋の師曠が笛を吹いたという台。梁の孝王が増築したという ●芒碭:芒山と碭山。現・安徽省碭山県の南。漢の高祖かつてここに隠れたが、その居る所に雲気漂ったという ●先帝:玄宗のこと ●猛將收西域:王忠嗣や哥舒翰らがさかんに吐蕃と戦って武功を挙げた ●林胡:戦国時代、東北辺境にいた異民族。契丹を指す ●組練:組甲と被練。よろいかぶと。転じて兵士。豹軒の字解は「くみひも」と「ねりぎぬ」と解して、賜与の品の意味とする ●尺土負百夫:得られたのはわずかばかりの土地で、犠牲になった多数の兵士の思いにそむく ●元和:大いなるやわらぎ ●大罏:天地のこと。荘子に、造化は大冶にして天地は大罏と見ゆ ●合沓:あいつぐさま ●再嗚呼:宝応元年、李白没す。永泰元年、高適没す ●乘黃:神馬の名。李白・高適をたとえる ●凡馬:杜甫自身をたとえる ●顏鮑:南朝宋の顔延之、鮑照。李白・高適をたとえる ●荆巫:荊州巫山。杜甫が今いる楚の地方を指す ●吐更食:仇本は「吐要食」に作る。この異同について豹軒の字解に言及なし ●違撫孤:李白・高適の遺児の世話をしようという思いにたがう

16-19 《奉漢中王手札報韋侍御蕭尊師亡》 杜甫

秋日蕭韋逝。淮王報峽中。少年疑柱史。多術怪仙公。不但時人惜。秪應吾道窮。一哀侵疾病。相識自兒童。處處鄰家笛。飄飄客子蓬。强吟懷舊賦。已作白頭翁。

《漢中王の手札を奉ず。韋侍御・蕭尊師の亡するを報ず》
秋日 蕭韋 逝けりと。淮王 峡中に報ず。少年 柱史を疑ひ。多術 仙公を怪しむ。但だに時人の惜しむのみならず。秪だ応に 吾が道 窮すべし。一哀 疾病に侵され。相識 児童よりす。処処 隣家の笛。飄飄たり 客子の蓬。強ひて吟ず 懐旧の賦。已に白頭の翁と作る。

※●漢中王:李瑀。11-46《戲題寄上漢中王三首 其一》等参照。このとき蓬州から長安への帰途でなお荊州にいたようである ●韋侍御:侍御史の韋氏 ●蕭尊師:道士の蕭氏 ●淮王:前漢の淮南王劉安。漢中王をたとえる ●峽中:杜甫のいる夔州を指す ●柱史:柱下史。周代の官職でのちの侍御史にあたる。老子は周の柱下史であったとされ、長寿であったと伝わる。韋侍御は老子と同じ官職である侍御史にも関わらず若くして亡くなったことを訝るの意 ●怪仙公:蕭尊師は、鶴に乗って天に昇り仙人となった蕭史と同姓で仙術も多く習得されていたのに、長生せず亡くなったことを怪しむの意 ●吾道窮:春秋公羊伝の哀公十四年の「孔子曰、吾道窮」を踏まえる ●鄰家笛:晋の向秀、友人の嵆康・呂安の旧居を過ぎ、隣人が笛を吹くのを聞き、悲しんで思旧賦を作った ●懷舊賦:晋の潘岳、楊暨・楊潭のために懐旧賦を作った

16-20 《存歿口號二首 其一》 杜甫

席謙不見近彈棊。畢耀仍傳舊小詩。玉局他年無限笑。白楊今日幾人悲。

《存歿口号 二首 其の一》
席謙 見ず 近ごろ棋を弾ずるを。畢耀 仍ほ伝ふ 旧小詩。玉局 他年 無限に笑ひ。白楊 今日 幾人か悲しむ。

※原注に「道士席謙、呉人、善弹棊。畢耀、善為小詩」という ●存歿:存命の人と亡くなった人 ●席謙:道士。弾碁にすぐれたという。12-50《章梓州水亭》にも名前が見える。このとき存命 ●畢耀:畢曜に同じ。6-20《偪側行贈畢四曜》・6-21《贈畢四曜》参照。このときすでに死没 ●玉局:碁盤のこと ●白楊:ハコヤナギ。墓に植える

16-21 《存歿口號二首 其二》 杜甫

鄭公粉繪隨長夜。曹霸丹靑已白頭。天下何曾有山水。人閒不解重驊騮。

《存歿口号 二首 其の二》
鄭公の粉絵 長夜に随ひ。曹覇の丹青 已に白頭。天下 何ぞ曽て山水有らん。人間 解せず 驊騮を重んずるを。

※原注に「髙士榮陽鄭䖍、善畫山水。曹霸、善畫馬」とあり ●鄭公:鄭虔。16-12《八哀詩 其七 故著作郞貶台州司戶滎陽鄭公虔》参照。すでに死没 ●粉繪:描き彩る。また彩色画 ●隨長夜:亡くなること ●曹覇:馬を画く名手として知られた。13-68《丹靑引》参照。このとき存命 ●何曾有山水:鄭虔の死んでからは真の山水画はなくなった ●驊騮:周の穆王が用いた八駿のうちの一頭。ここでは曹覇の描く駿馬を指す

巻17

17-1 《贈李八祕書別三十韻》 杜甫

往時中補右。扈蹕上元初。反氣凌行在。妖星下直廬。六龍瞻漢殿。萬騎略姚墟。玄朔廻天步。神都憶帝車。一戎纔汗馬。百姓免爲魚。通籍蟠螭印。差肩列鳳輿。事殊迎代邸。喜異賞朱虛。寇盜方歸順。乾坤欲宴如。不才同補衮。奉詔許牽裾。鴛鷺叨雲閣。騏驎滯石渠。文園多病後。中散舊交疎。飄泊哀相見。平生意有餘。風煙巫峽遠。臺榭楚宮虛。觸目非論故。新文尙起予。淸秋凋碧柳。別浦落紅蕖。消息多旗幟。經過歎里閭。戰連脣齒國。軍急羽毛書。幕府籌頻問。山家藥正鋤。台星入朝謁。使節有吹噓。西蜀災長弭。南翁憤始攄。對敡抏士卒。乾沒費倉儲。勢藉兵須用。功無禮忽諸。御鞍金腰褭。宮硯玉蟾蜍。拜舞銀鉤合。恩波錦帕舒。此行非不濟。良友昔相於。去棹依顏色。沿流想疾徐。沈綿疲井臼。倚薄似樵漁。乞米煩佳客。鈔詩聽小胥。杜陵斜晚照。潏水帶寒淤。莫話淸溪髮。蕭蕭白映梳。

《李八秘書に贈りて別る三十韻》
往時 中の補右。扈蹕す 上の元初。反気 行在を凌ぎ。妖星 直廬に下る。六竜 漢殿を瞻。万騎 姚墟を略す。玄朔 天歩を廻し。神都 帝車を憶ふ。一戎 纔かに汗馬して。百姓 魚と為るを免る。通籍 螭印 蟠り。差肩 鳳輿に列す。事は 代邸より迎ふるに殊なり。賞は 朱虚を賞するに異なる。寇盗 方に帰順し。乾坤 宴如たらんと欲す。不才 同じく補衮。詔を奉じて 牽裾を許さる。鴛鷺 雲閣を叨りにし。騏驎 石渠に滞る。文園 多病の後。中散 旧交 疎なり。飄泊して相ひ見るを哀しみ。平生 意 余り有り。風煙 巫峡 遠く。台榭 楚宮 虚し。目に触るるは 論故に非ず。新文 尚ほ予を起こす。清秋 碧柳 凋み。別浦 紅蕖 落つ。消息 旗幟 多く。経過 里閭を歎ぜん。戦は連なる 唇歯の国。軍は急なり 羽毛の書。幕府 籌 頻りに問ひ。山家 薬 正に鋤く。台星入りて 朝謁し。使節 吹噓 有り。西蜀 災 長へに弭(ヤ)まん。南翁 憤 始めて攄(ノ)べん。対敡せん 士卒 抏(ソコナ)はるるを。乾没 倉儲を費す。勢ひに藉(ヨ)りて 兵 須らく用ふべく。功 無きは 礼 諸(コレ)を忽(ユルガ)せにせんや。御鞍 金 腰褭。宮硯 玉蟾蜍。拝舞 銀鉤 合し。恩波 錦帕 舒べられん。此の行 済(スク)はざるに非ず。良友 昔 相ひ於いてす。去棹 顔色に依り。沿流 疾徐を想ふ。沈綿 井臼に疲れ。倚薄 樵漁に似たり。米を乞(アタ)ふること 佳客を煩はし。詩を鈔するは 小胥に聴(マカ)す。杜陵 晩照 斜めなり。潏水 寒淤を帯びん。話する莫れ 清渓の髪。蕭蕭として 白 梳に映ずるを。

※●李八祕書:秘書省の官である李氏。八は拝行 ●中補右:中書省の右補闕 ●上元初:上(主上すなわち粛宗)が元号(至徳)を建てたばかりのころ ●行在:玄宗の行在所 ●直廬:侍臣が宿直している廬 ●六龍:天子の車駕 ●略姚墟:姚墟に巡幸する。姚墟は安原(現・陝西省安康市)の別名。玄宗が蜀へ向かって出奔したことをいう ●玄朔:玄は黒、五行で北にあたる ●神都:長安 ●一戎:一たび戎衣す。ひとたび甲冑を身に着けて ●汗馬:馬に汗をかかせ走らせる ●爲魚:死ぬこと。左伝に「微禹、其為魚乎」とあり ●通籍:禁中に本人確認用の名札を置く。禁中に出入りする官職に就くこと ●螭印:螭の形の取手のついた印璽。天子の玉璽 ●差肩:肩をならべる ●迎代邸:漢の高祖劉邦没後、専横を極めた呂氏を誅滅したあと、代王であった劉恒が迎えられて皇帝に擁立された。文帝である ●賞朱虛:呂氏を誅滅し文帝を擁立するに功のあった朱虚侯劉章は厚く恩賞を賜った。李八も同じく宗室の出身であり功績もあったが、劉章のような厚遇は得られなかったことをいう ●宴如:安らかなるさま ●補衮:天子の足らざるを補う。杜甫の左拾遺、李八の右補闕、ともに補衮の職 ●牽裾:天子の裾を引いて諫めること ●鴛鷺:百官の行列をいう ●騏驎:李八を指す ●石渠:漢代、宮中の秘書を所蔵した楼閣。秘書省を指す。李八は右補闕から秘書省の属官に移った ●文園多病:漢の司馬相如(孝文園令)は糖尿病を患っていた ●中散:嵆康のこと。魏の中散大夫を拝した ●非論故:昔を論ずる間柄の人ではない ●新文:李八が新しく作る詩文 ●起予:私を啓発してくれる ●別浦:支流の水辺、あるいは別離する水辺。ここは後者か ●經過:李八がこれから経過するところ ●羽毛書:羽檄のこと ●幕府:成都の杜鴻漸の幕府。このとき李八はその幕僚となっていた ●山家:原注に「山劍元帥相公。初屈幕府。参籌畫。相公朝謁、今赴後期也。又云秘書比臥青城山中」とあり。青城山は現・四川省都江堰市にある山 ●台星:北極星近くの三台の星。三公を表す。宰相を兼ねていた杜鴻漸を指す ●使節:剣南節度使である杜鴻漸のこと ●吹噓:(李八を)推挙する ●南翁:杜甫自身を指す ●對敡:王の下問に奉答すること ●乾沒:横領すること ●諸:「之乎」の二字に同じ。「これを~せんや」の意となる ●御鞍:御賜の鞍 ●金腰褭:黄金づくりの馬具で飾られた駿馬 ●宮硯:宮中より下賜の硯 ●玉蟾蜍:ヒキガエルの形をした玉製の水入れ ●銀鉤:巧みな書跡の形容 ●相於:相ともに親しむこと ●沈綿:病のなかなか治らないこと ●井臼:井戸の水を汲み、臼で米を擣く。日々の家事 ●倚薄:拙と疾とが相倚り相付くさま。謝霊運の詩に「拙疾相倚薄 還得靜者便」とあり ●乞:杜甫の自注に去声とありという。去声の場合、「あたえる」の意 ●佳客:李八を指す ●杜陵:長安郊外、杜甫の家のあったところ ●潏水:杜陵を流れる川 ●寒淤:冬の寒々しい中洲 ●淸溪:杜甫のいる夔州の清らかな渓流

17-2 《中夜》 杜甫

中夜江山靜。危樓望北辰。長爲萬里客。有愧百年身。故國風雲氣。高堂戰伐塵。胡雛負恩澤。嗟爾太平人。

《中夜》
中夜 江山 静かなり。危楼 北辰を望む。長く万里の客と為り。百年の身を愧づる有り。故国には 風雲の気。高堂も 戦伐の塵。胡雛 恩沢に負く。嗟(アア) 爾 太平の人。

※●危樓:高い楼閣。夔州の杜甫の寓居 ●高堂:富貴のやしき ●胡雛:胡人の蔑称。安禄山のこと。若いころの安禄山に会った張九齢は、「幽州を乱す者はこの胡雛ならん」と言ったという

17-3 《垂白》 杜甫

垂白馮唐老。淸秋宋玉悲。江喧長少睡。樓迥獨移時。多難身何補。無家病不辭。甘從千日醉。未許七哀詩。

《垂白》
垂白 馮唐 老い。清秋 宋玉 悲しむ。江 喧しくして 長く睡り少なく。楼 迥かにして 独り時を移す。難 多きも 身 何をか補はん。家 無ければ 病も辞せず。甘んじて従ふ 千日の酔ひ。未だ許さず 七哀の詩。

※●垂白:白髪を垂れること ●馮唐:漢の文帝に仕え、白髪頭になってから郎官となった ●宋玉:《九辯》を作り秋を悲しんだ ●多難:天下多難 ●無家:故郷の家がないことをいう ●千日醉:昔、中山に一酔すれば千日醒めないという酒があったという ●七哀詩:後漢末の王粲、中原の乱を避けて荊州に行くのを哀しんで七哀詩を詠んだ

17-4 《中宵》 杜甫

西閣百尋餘。中宵步綺疏。飛星過水白。落月動沙虛。擇木知幽鳥。潛波想巨魚。親朋滿天地。兵甲少來書。

《中宵》
西閣 百尋余。中宵 綺疏に歩す。飛星 過ぎて 水 白く。落月 動きて 沙 虚し。木を択ぶ 幽鳥を知り。波に潜む 巨魚を想ふ。親朋 天地に満つるも。兵甲 来書 少なし。

※●西閣:夔州での杜甫の寓居 ●綺疏:あやぎぬのように透かし彫りにした格子窓 ●擇木:宿る木を選ぶ

17-5 《不寐》 杜甫

瞿唐夜水黑。城內改更籌。翳翳月沈霧。輝輝星近樓。氣衰甘少寐。心弱恨容愁。多壘滿山谷。桃源何處求。

《寐ねず》
瞿唐 夜水 黒く。城内 更籌 改まる。翳翳として 月 霧に沈み。輝輝として 星 楼に近し。気 衰へて 寐ぬること少なきに甘んじ。心 弱くして 愁ひを容るるを恨む。多塁 山谷に満つ。桃源 何れの処にか求めん。

※●更籌:漏刻(水時計)の時刻を知らせる棒 ●多壘:たくさんの砦。礼記の曲礼篇に「四郊多壘、卿大夫之恥也」とあるを踏まえる

17-6 《送十五弟侍御使蜀》 杜甫

喜弟文章進。添余別興牽。數杯巫峽酒。百丈內江船。未息豺狼鬭。空催犬馬年。歸朝多便道。搏擊望秋天。

《十五弟侍御の蜀に使するを送る》
弟の文章 進むを喜び。余の別興 牽くを添ふ。数杯 巫峡の酒。百丈 内江の船。未だ息まず 豺狼の闘ひ。空しく催す 犬馬の年。帰朝 便道 多ければ。搏撃 秋天を望まん。

※●十五弟侍御:侍御史の官にある排行十五の従弟 ●別興:別れの感興 ●百丈:船を引く竹縄のこと ●內江:蜀の外江・内江については諸説あり。豹軒の字解は内江は錦江のことと言う ●犬馬年:自分の年 ●歸朝:使者の任を終えて朝廷へ帰る ●便道:間道、抜け道 ●搏擊:猛禽が獲物を撃つこと。侍御史は官吏の非違を糾弾するのが職務ゆえ、猛禽にたとえたもの

17-7 《江月》 杜甫

江月光於水。高樓思殺人。天邊長作客。老去一霑巾。玉露漙淸影。銀河沒半輪。誰家挑錦字。燭滅翠眉顰。

《江月》
江月 水よりも光り。高楼 人を思殺す。天辺 長く客と作り。老い去りて 一に巾を霑す。玉露 清影に漙たり。銀河 半輪を没す。誰が家か 錦字を挑し。燭 滅して 翠眉 顰むる。

※●思殺:激しく物思いさせる ●漙:露の多いさま ●沒半輪:月の半分を隠す。仇本は「半沒輪」に作る。この異同について豹軒の字解に言及なし ●錦字:錦に織り込んだ字。前秦の竇滔の妻・蘇蕙は、秦州に赴任した夫を思って、錦に「回文旋図詩」を織り込んで贈った

17-8 《月圓》 杜甫

孤月當樓滿。寒江動夜扉。委波金不定。照席綺逾依。未缺空山靜。高懸列宿稀。故園松桂發。萬里共淸輝。

《月円》
孤月 楼に当たりて満ち。寒江 夜扉に動く。波に委ねて 金 定まらず。席を照らして綺 逾〻 依る。未だ欠けずして 空山 静かに。高く懸りて 列宿 稀なり。故園 松桂 発かん。万里 清輝を共にす。

※●當樓:楼の真正面に向き合う ●動夜扉:江水の影が動く ●金不定:金は金波、月光に照らされる波 ●綺逾依:あやぎぬがますます美しく映える ●松桂發:松は変わらずあり、木犀の花は咲いているだろう。発は桂のみを受ける。無理な句法である

17-9 《夜》 杜甫

露下天高秋水淸。空山獨夜旅魂驚。疎燈自照孤帆宿。新月猶懸雙杵鳴。南菊再逢人臥病。北書不至雁無情。步簷倚仗看牛斗。銀漢遙應接鳳城。

《夜》
露 下り 天 高くして 秋水 清し。空山 独夜 旅魂 驚く。疎灯 自ら照らして 孤帆 宿し。新月 猶ほ懸りて 双杵 鳴る。南菊 再び逢ひて 人 病に臥し。北書 至らずして 雁 情 無し。歩簷 仗に倚りて 牛斗を看れば。銀漢 遥かに応に 鳳城に接すべし。

※●自照:灯火自身のみを照らす。明かりが弱くて近くにしか届かないことをいう ●南菊:南国楚の菊。この詩の前年(永泰元年)は雲安(現・重慶市雲陽県)で、そして今は夔州で、合わせて2回、南菊を見ている ●步簷:歩廊。遊歩する廊下。「簷に歩して」と読むこともできる ●牛斗:牽牛星と北斗星 ●鳳城:長安の宮城

17-10 《草閣》 杜甫

草閣臨無地。柴扉永不關。魚龍廻夜水。星月動秋山。久露晴初濕。高雲薄未還。泛舟慙小婦。飄泊損紅顏。

《草閣》
草閣 無地に臨み。柴扉 永く関せず。魚竜 夜水を廻り。星月 秋山に動く。久露 晴れて初めて湿ひ。高雲 薄くして未だ還らず。舟を泛べて 小婦に慙づ。飄泊して紅顔を損ずるを。

※●草閣:茅葺の建物。既出の「西閣」とは別に建てた書斎らしい ●臨無地:地面のないところ、すなわち水面に臨む ●小婦:若い婦人。一説に、杜甫の息子(宗文もしくは宗武)の妻を指すといい、あるいは杜甫自身の妾を指すともいう。これらの説に従えば、次句の主語は「小婦」となり、杜甫に従って飄泊したために紅顔を損なったことを杜甫が慙じるという意味になる。一方、小婦を地元の女船乗りとするなら、杜甫自身が飄泊のうちに年老いたことを、若々しい娘に対して慚じる、という意味になる(仇氏はこの解を採る)。豹軒は小婦を地元の娘としながら、「飄泊損紅顏」をその娘のことだと解する。地元の娘が飄泊しているとは思われず、この解は無理であろう

17-11 《宿江邊閣》 杜甫

暝色延山徑。高齋次水門。薄雲巖際宿。孤月浪中翻。鸛鶴追飛靜。豺狼得食喧。不眠憂戰伐。無力正乾坤。

《江辺の閣に宿す》
暝色 山径に延び。高斎 水門に次(ヤド)る。薄雲 巌際に宿し。孤月 浪中に翻へる。鸛鶴 追ひ飛ぶこと 静かに。豺狼 得て食ふこと 喧し。眠らずして戦伐を憂ふも。力の乾坤を正す無し。

※●江邊閣:前詩にいう草閣 ●薄雲・孤月の句:南朝梁の何遜の「薄雲巌際出 初月波中上」をもじったもの

17-12 《吹笛》 杜甫

吹笛秋山風月淸。誰家巧作斷腸聲。風飄律呂相和切。月傍關山幾處明。胡騎中宵堪北走。武陵一曲想南征。故園楊柳今搖落。何得愁中卻盡生。

《吹笛》
笛を吹く 秋山 風月の清きに。誰が家か 巧みに作す 断腸の声。風は 律呂を翻して 相ひ和すること切に。月は 関山に傍ひて 幾処か明らかなる。胡騎 中宵に 北走するに堪へ。武陵 一曲 南征を想ふ。故園の楊柳 今 揺落するに。何ぞ得たる 愁中に却って尽く生ずるを。

※●律呂:音調の基準を示す十二本の竹の管。転じて、音階、音楽のしらべ ●胡騎中宵堪北走:晋の劉琨が并州刺史のとき、城を胡騎に包囲されたが、劉琨が真夜中に胡笳を吹くと彼らは望郷の念で涙を流し、明け方にもう一度吹くと、包囲を解いて逃げ帰ったという故事を踏まえる ●武陵一曲:「武渓深」の歌。後漢の馬援が武陵五渓の反乱を討伐した際、門下生で笛の名手だった爰寄生の笛に合わせて作った歌。その歌詞に「嗟哉武溪一何深。飛鳥不敢度。走獸不敢臨。嗟哉武溪多毒淫」といい、南征の困難を歌う ●卻盡生:笛の曲に「折楊柳」あり。この曲を聞くことで、現実には散り尽くしている柳が我が愁いの中に生ずるということ

17-13 《西閣雨望》 杜甫

樓雨霑雲幔。山寒著水城。徑添沙面出。湍減石稜生。菊蕊凄疎放。松林駐遠情。滂沱朱檻濕。萬慮倚簷楹。

《西閣の雨望》
楼雨 雲幔を霑し。山寒 水城に著く。径 添ひて 沙面 出で。湍 減じて 石稜 生ず。菊蕊 凄として疎放。松林 遠情を駐む。滂沱 朱檻 湿ひ。万慮 簷楹に倚る。

※●雲幔:雲のかかるほど高いところの幔幕 ●山寒:山の寒さ ●水城:水辺の町。夔州のこと ●徑添沙面出:水位が下がって砂地があらわれ、水を汲むための径が長くなる ●疎放:疎らに花開く ●簷楹:軒下の柱

17-14 《西閣三度期大昌嚴明府同宿不到》 杜甫

問子能來宿。今疑索故要。匣琴虛夜夜。手板自朝朝。金吼霜鐘徹。花催蠟炬銷。早鳧江檻底。雙影謾飄颻。

《西閣 三度 大昌の厳明府の同宿するを期するも到らず》
子に問ふ 能く来りて宿すかと。今 疑ふ 故らに要ふるを索むるかと。匣琴 虚しく夜夜。手板 自づから朝朝。金 吼えて 霜鐘 徹し。花 催して 蠟炬 銷ゆ。早鳧 江檻の底。双影 謾りに飄颻たり。

※●大昌:県名。夔州に属す。現・重慶市巫山県 ●嚴明府:大昌県令の厳氏 ●故要:ことさらに待ち受ける。何としても来ていただきたいと願い出る ●手板:(厳明府の)笏。県令としての公務を象徴する ●霜鐘徹:厳明府を待って夜が明け、鐘の音が響き渡る ●花催:花は灯花 ●早鳧:朝方のカモ ●雙影:王喬双鳧の故事を踏まえる。12-62《閬州奉送二十四舅使自京赴任靑城》参照

17-15 《西閣二首 其一》 杜甫

巫山小搖落。碧色見松林。百鳥各相命。孤雲無自心。層軒俯江壁。要路亦高深。朱紱猶紗帽。新詩近玉琴。功名不早立。衰疾謝知音。哀世非王粲。終然學楚吟。

《西閣二首 其の一》
巫山 小しく揺落し。碧色 松林を見る。百鳥 各〻相ひ命じ。孤雲 自心 無し。層軒 江壁に俯し。要路も 亦た高深なり。朱紱 猶ほ紗帽。新詩 玉琴に近づく。功名 早くには立たず。衰疾 知音を謝す。世を哀しむこと 王粲に非ざるも。終然として楚吟を学ぶ。

※●相命:互いを呼び合う ●自心:自分の心 ●要路:重要な道、主要道路 ●高深:山中高く奥深いところ ●朱紱:朱色の革製の前垂れ。工部員外郎として賜ったもの ●紗帽:紗で作った帽子。隠者のかぶりもの ●近玉琴:前句の「猶」との対を考えると「近ごろ」と読みたいが、意味が通じがたい。新詩を吟じながら玉琴に親しむの意か ●謝知音:知音の人々とも交わりを断つ ●王粲:後漢末、中原の争乱を避けて荊州に身を寄せ、七哀詩を作る。また荊州で登楼賦を作って故郷を思った ●楚吟:楚の地で歌う故郷の歌。むかし越の人莊舄は楚に仕えて高官となったが、病の床につき、ふるさと越の歌を歌って懐かしんだという

17-16 《西閣二首 其二》 杜甫

懶心似江水。日夜向滄洲。不道含香賤。其如鑷白休。經過凋碧柳。蕭瑟倚朱樓。畢娶何時竟。消中得自由。豪華看古往。服食寄冥搜。詩盡人閒興。兼須入海求。

《西閣二首 其の二》
懶心 江水に似て。日夜 滄洲に向ふ。含香 賤しと道はざるも。其れ 鑷白にして休するを如んせん。経過して 碧柳 凋み。蕭瑟として 朱楼に倚る。畢娶 何れの時にか竟(ヲハ)り。消中に自由を得ん。豪華は 古往を看るのみ。服食して 冥捜を寄せん。詩に 人間の興を尽くさば 。兼ねて須らく 海に入りて求むべし。

※●滄洲:東海中の仙山 ●含香:尚書省の郎官。天子に奏上する際、鶏舌香を口に含んだことから。杜甫は検校工部員外郎 ●鑷白:鑷子(毛抜き。ピンセット)で白髪を抜く。転じて年老いること ●畢娶:息子や娘の結婚を終える。後漢お向子平が息子と娘の結婚を終えると、隠者となって五岳に遊んだという故事を踏まえる ●消中:消渇の別名 ●服食:仙薬を服用すること ●冥搜:目を閉じて、心に考え探る。孫綽の《遊天台山賦》に「非夫遠寄冥搜、篤信通神者、何肯遙想而存之」とあり 

17-17 《西閣夜》 杜甫

恍惚寒江暮。逶迤白霧昏。山虛風落石。樓靜月侵門。擊柝可憐子。無衣何處村。時危關百慮。盜賊爾猶存。

《西閣の夜》
恍惚たり 寒江の暮れ。逶迤として 白霧 昏し。山 虚しくして 風 石を落とし。楼 静かにして 月 門を侵す。柝を撃つは 憐れむべきの子。衣 無くして 何処の村ぞ。時 危きことに 百慮 関す。盗賊 爾 猶ほ存す。

※●山虛:山中の草枯れ、木の葉落ち尽くしていることをいう ●擊柝:夜警の拍子木を撃つ

17-18 《月》 杜甫

四更山吐月。殘夜水明樓。塵匣元開鏡。風簾自上鉤。兔應疑鶴髮。蟾亦戀貂裘。斟酌姮娥寡。天寒奈九秋。

《月》
四更 山 月を吐き。残夜 水 楼に明らかなり。塵匣 元 鏡を開き。風簾 自づから鉤に上る。兎 応に鶴髪を疑ふべく。蟾も亦た 貂裘を恋はん。斟酌するに 姮娥は寡なり。天 寒くして 九秋を奈んせん。

※●四更:日没から日出までを五等分したうちの四番目の時間帯。この時間帯にようやく月が出るということは、いわゆる有明の月であり、月齢26前後の逆三日月である ●塵匣・風簾二句:鏡と鉤に月の姿をたとえたもの。ただし豹軒は風簾の句はたとえではなく、実際の簾と鉤だとする ●兔・蟾:月にはウサギがいて薬を搗くといい、また姮娥の化身のヒキガエルが住むという ●姮娥:夫の羿の不始末で天上から追放され、羿の得た不死の薬を盗み飲んで月に逃げたところ、ヒキガエルに変身してしまったという ●寡:寡婦。やもめ

17-19 《宗武生日》 杜甫

小子何時見。高秋此日生。自從都邑語。巳伴老夫名。詩是吾家事。人傳世上情。熟精文選理。休覓彩衣輕。凋瘵筵初秩。欹斜坐不成。流霞分片片。涓滴就徐傾。

《宗武の生日》
小子 何れの時にか見(アラハ)る。高秋 此の日 生まれたり。都邑にて語りしより。巳に伴ふ 老夫の名。詩は是れ 吾が家の事。人の伝ふるは 世上の情。熟精せよ 文選の理。覓むるを休めよ 彩衣の軽きを。凋瘵 筵 初めて秩し。欹斜 坐ること成らず。流霞 分かつこと片片。涓滴 就きて徐ろに傾く。

※●宗武:杜甫の次男。幼名は驥子。 4-30《遣興》にも詠まれる。この詩の当時(大暦元年か)、十二三歳頃と見られる ●老夫名:杜甫の名 ●人傳:人々が杜審言以来の杜甫の家の詩を伝える ●彩衣輕:昔、老莱子という者、年七十にして五色の彩衣を着て赤子の真似をして老親を喜ばせたという故事に基づく ●凋瘵:衰え病むこと ●筵初秩:誕生日を祝う宴席に客が順序に従って席につく ●欹斜:(病のため)体が傾く ●流霞:酒のこと ●涓滴:ひとしずく ●就:席につく

17-20 《第五弟豐獨在江左近三四載寂無消息覓使寄此二首 其一》 杜甫

亂後嗟吾在。羇棲見汝難。草黃騏驥病。沙晚鶺鴒寒。楚設關城險。吳吞水府寬。十年朝夕淚。衣袖不曾乾。

《第五弟豊 独り江左に在り。近ごろ三四載 寂として消息無し。 使ひを覓めて此れを寄す二首 其の一》
乱後 嗟(アア) 吾 在り。羇棲 汝に見ゆること難し。草 黄にして 騏驥 病み。沙 晩れて 鶺鴒 寒し。楚は設く 関城の険。呉は呑む 水府の寛なるを。十年 朝夕の涙。衣袖 曾て乾かず。

※●第五弟豐:五番目の弟・杜豊。14-14《送舍弟穎赴齊州三首 其三》に見える ●騏驥:駿馬。杜甫自身をたとえる ●鶺鴒:セキレイ。詩経の常棣篇により仲のよい兄弟をたとえるのに用いる ●吳:当時、杜豊は江東にいた ●吞水府寬:水府は竜宮のたぐい。呉は河川湖沼が豊かであることを言う ●

17-21 《第五弟豐獨在江左近三四載寂無消息覓使寄此二首 其二》 杜甫

聞汝依山寺。杭州定越州。風塵淹別日。江漢失淸秋。影著啼猿樹。魂飄結蜃樓。明年下春水。東盡白雲求。

《第五弟豊 独り江左に在り。近ごろ三四載 寂として消息無し。 使ひを覓めて此れを寄す二首 其の二》
聞く 汝 山寺に依ると。杭州なるか 定めて越州ならん。風塵 別日を淹しくし。江漢 清秋を失す。影は著く 啼猿の樹。魂は翩る 結蜃の楼。明年 春水を下らば。東のかた 白雲を尽くして求めん。

※●越州:現・浙江省紹興市 ●別日:別れて過ごしている日々 ●失淸秋:また一回の秋をむなしく過ごした ●啼猿樹:杜甫のいる夔州の近く、巫峡は「断腸」の故事の舞台であり、猿の哀しい鳴き声で有名 ●結蜃樓:杜豊のいる呉の海に立つ蜃気楼 ●盡白雲:白雲の奥まで行き尽くして

17-22 《聽楊氏歌》 杜甫

佳人絕代歌。獨立發皓齒。滿堂慘不樂。響下淸虛裏。江城帶素月。況乃淸夜起。老夫悲暮年。壯士淚如水。玉杯久寂寞。金管迷宮徵。勿云聽者疲。愚智心盡死。古來傑出士。豈特一知已。吾聞昔秦靑。傾側天下耳。

《楊氏の歌を聴く》
佳人 絶代の歌。独り立って 皓歯を発く。満堂 惨として楽しまず。響きは下る 清虚の裏。江城 素月を帯ぶ。況んや乃ち 清夜に起こるをや。老夫 暮年を悲しみ。壮士 涙 水の如し。玉杯 久しく寂寞たり。金管 宮徴に迷ふ。云ふ勿れ 聴者 疲ると。愚智 心 尽く死す。古来 傑出の士。豈に特(タ)だに 一知已あるのみならんや。吾 聞く 昔 秦青は。天下の耳を傾側せしむと。

※●楊氏:女性歌手。詳細不明 ●淸虛:虚空のこと ●老夫:杜甫自身のこと ●暮年:晩年 ●玉杯:歌を聴く者が手にしている杯。豹軒は「玉柱」(玉製の琴柱)の誤りである可能性に触れるが、ここは玉杯に従う ●久寂寞:歌に心奪われるあまり、口に運ばれることもなく空しく手に持たれているだけ ●宮徵:五音のうちの二音。転じて音律。歌が見事すぎて伴奏の笛も音律に迷うということ ●愚智:愚者も智者も ●秦靑:列子に名の見えるいにしえの名歌手。その歌声は林の木々を震わせ、響きは空行く雲をとどめたという ●傾側:傾けそばだてさせる

17-23 《秋風二首 其一》 杜甫

秋風淅淅吹巫山。上牢下牢修水關。吳檣楚柂牽百丈。暖向成都寒未還。要路何日罷長㦸。戰自靑羌連白蠻。中巴不得消息好。暝傳戍鼓長雲閒。

《秋風二首 其の一》
秋風 淅淅として 巫山を吹く。上牢 下牢 水関を修む。呉檣 楚柂 百丈に牽かれ。暖かきに成都に向かひ 寒きに未だ還らず。要路 何れの日にか 長㦸を罷めん。戦は 青羌より 白蛮に連なる。中巴 消息の好きを得ず。暝(クレ)に伝ふ 戍鼓 長雲の間。

※●上牢下牢:関の名。上牢は巫峡の入口、下牢は西陵谷の出口にあった ●修水關:水上に設けた関所を修繕する ●吳檣楚柂:呉や楚の船 ●百丈:船を引くための竹縄をいう ●靑羌:西北辺の異民族 ●白蠻:蜀の南にいた異民族 ●中巴:後漢末、益州牧の劉璋は巴郡を巴・巴東・巴西の三郡に分けた。新たな巴郡を別名で中巴と言った

17-24 《秋風二首 其二》 杜甫

秋風淅淅吹我衣。東流之外西日微。天淸小城擣練急。石古細路行人稀。不知明月爲誰好。蚤晚孤帆他夜歸。會將白髮倚庭樹。故園池臺今是非。

《秋風二首 其の二》
秋風 淅淅として 我が衣を吹く。東流の外 西日 微なり。天 清くして 小城 練を擣くこと急に。石 古りて 細路 行人 稀なり。知らず 明月 誰が為めにか好き。蚤晩 孤帆にて 他夜に帰らん。会らず白髪を将って庭樹に倚らん。故園の池台は 今 是か非か。

※●擣練:ねりぎぬをうつ。出征した夫に送る冬服のためである ●蚤晚:早晩に同じ。ここでは「いつか」の意 ●是非:昔のままにあるのか、そうではないのか

17-25 《九日諸人集于林》 杜甫

九日明朝是。相要舊俗非。老翁難早出。賢客幸知歸。舊采黃花賸。新梳白髮微。漫看年少樂。忍淚已沾衣。

《九日 諸人 林に集まる》
九日 明朝 是なり。相ひ要(ムカ)ふるも 旧俗 非なり。老翁 早くは出で難く。賢客 幸ひに帰するを知る。旧より 黄花を采ること賸(アマ)れるも。新たに白髪を梳けば微なり。漫りに年少の楽しむを看れば。涙を忍ぶも 已に衣を沾す。

※●相要:要はむかえる、招待する。主催者が杜甫を招待したということ ●舊俗非:故郷長安の習俗とは異なる ●知歸:仇註は「林中に帰し集まるところを知る」と解し、豹軒は「諸人(賢客)の心が作者に向かい帰するを知る」と解する ●舊采黃花賸:仇註は「昔は菊の花を採るのも趣多かった」と解し、豹軒は「この地の菊花は昔採った菊の余りである」と解する。鄙見では「(重陽の節句では)昔から菊の花を採れば余りあることに変わりないが」と次句につなげる意と解する

17-26 《秋興八首 其一》 杜甫

玉露凋傷楓樹林。巫山巫峽氣蕭森。江閒波浪兼天湧。塞上風雲接地陰。叢菊兩開他日淚。孤舟一繫故園心。寒衣處處催刀尺。白帝城高急暮砧。

《秋興八首 其の一》
玉露 凋傷す 楓樹の林。巫山 巫峡 気 蕭森たり。江間の波浪 天を兼ねて湧き。塞上の風雲 地に接して陰る。叢菊 両たび開くは 他日の涙。孤舟 一に繫ぐは 故園の心。寒衣 処処 刀尺を催し。白帝城 高くして 暮砧 急なり。

※●兼天湧:水上のみならず天をも巻き込んで湧きたつ ●叢菊兩開:前年(永泰元年)の秋と今年(大暦元年)の秋と二度 ●他日淚:後日に思い出して涙を流す。あるいは去年流した涙をまた今も流す。「他日」には過去・未来両方の用法がある ●一繫:(峡を下る準備として)もっぱら繋ぎ置く。あるいは「一たび繋げば(いったん繋げば)」と解する見方もあり ●刀尺:布を截る小刀とものさし。裁縫道具、転じて裁縫

17-27 《秋興八首 其二》 杜甫

夔府孤城落日斜。每依北斗望京華。聽猿實下三聲淚。奉使虛隨八月槎。畫省香爐違伏枕。山樓粉堞隱悲笳。請看石上藤蘿月。已映洲前蘆荻花。

《秋興八首 其の二》
夔府の孤城 落日 斜めなり。毎に北斗に依りて京華を望む。猿を聴きて実に下す 三声の涙。使ひを奉じて虚しく随ふ 八月の槎。画省の香炉 違ひて枕に伏せ。山楼の粉堞 隠れて悲笳あり。請ふ看よ 石上 藤蘿の月。已に洲前 芦荻の花に映ずるを。

※●依北斗:北斗星を目印にして ●三聲淚:巫峡は猿の哀しい鳴き声で有名。水経注に引く《漁者歌》に「巴東三峽巫峽長。猿鳴三聲淚沾裳」という ●八月槎:博物志に引く逸話。昔、毎年8月に槎が海辺に流れて来るので、ある人がそれに乗って海に出たところ天の川に行き着いた。この句は旧来、節度使として蜀に赴任した厳武に随い幕僚となったことを指すとする。豹軒はこれを否定し、「奉使」は杜甫自身が工部員外郎を拝したことを指し、槎(舟)を空しく随えるのみで出航することができないという意味に解く ●畫省:門下省のこと。杜甫がかつて左拾遺として所属した ●伏枕:現在、病臥の身であることをいう ●粉堞:白壁のひめがき

17-28 《秋興八首 其三》 杜甫

千家山郭靜朝暉。日日江樓坐翠微。信宿漁人還汎汎。淸秋燕子故飛飛。匡衡抗疏功名薄。劉向傳經心事違。同學少年多不賤。五陵衣馬自輕肥。

《秋興八首 其の三》
千家の山郭 朝暉 静かなり。日日 江楼 翠微に坐す。信宿の漁人 還た汎汎。清秋の燕子 故らに飛飛。匡衡のごと 疏を抗ぐるも 功名 薄く。劉向のごと 経を伝ふるは 心事 違ふ。同学の少年 多く賤しからず。五陵の衣馬 自づから軽肥。

※●信宿:二晩泊まること ●汎汎:舟がぷかぷか浮かぶさま ●匡衡:漢の元帝に仕えた学者。しばしば上疏し、光禄大夫・太子少傅となった ●劉向:漢の劉向、禁中の経書を校して世に遺した ●五陵:漢の高祖以下、五帝の陵墓のある地区。長安の北に位置し、貴顕富豪の居住した地区

17-29 《秋興八首 其四》 杜甫

聞道長安似奕棊。百年世事不勝悲。王侯第宅皆新主。文武衣冠異昔時。直北關山金鼓震。征西車馬羽書馳。魚龍寂寞秋江冷。故國平居有所思。

《秋興八首 其の四》
聞くならく 長安は 奕棋に似たりと。百年の世事 悲しみに勝へず。王侯の第宅は 皆 新主。文武の衣冠は 昔時に異なる。直北の関山 金鼓 震ひ。征西の車馬 羽書 馳す。魚竜 寂寞として 秋江 冷やかなり。故国 平居 思ふ所 有り。

※●奕棊:囲碁。唐の建国以来、長安の形勢めまぐるしく変化することをたとえる ●直北:長安の真北 ●金鼓:鐘鼓に同じ。戦中の合図に用いる鐘や太鼓。回紇等との戦闘を指す ●征西:吐蕃に対する戦争 ●魚龍寂寞:水中の魚や竜が冬眠に入って静かになる。自身の暮らしぶりをも暗示する ●平居:平生に同じ

17-30 《秋興八首 其五》 杜甫

蓬萊宮闕對南山。承露金莖霄漢閒。西望瑤池降王母。東來紫氣滿函關。雲移雉尾開宮扇。日繞龍鱗識聖顏。一臥滄江驚歲晚。幾回靑瑣點朝班。

《秋興八首 其の五》
蓬萊の宮闕 南山に対す。承露の金茎 霄漢の間。西に望む瑶池には 王母 降り。東より来たる紫気は 函関に満つ。雲のごと雉尾を移して 宮扇 開き。日 竜鱗を繞りて 聖顔を識る。一たび滄江に臥して 歳の晩るるに驚く。幾回か 青瑣にて 朝班に点ぜられしぞ。

※●蓬萊宮闕:仇本は「宮」字重出を避けるため「高闕」に改めるが、豹軒はこれを勝手な変更として批難し、旧に復す。豹軒を是とし、これに従う。蓬莱宮は大明宮の別名 ●南山:終南山。長安の南にあり ●承露金莖:漢の武帝が建章宮に設けた承露盤。金莖は盤をささえる銅柱で高さ二十丈だったという。盤に承けた露に玉の粉を混ぜて飲むことで不老長生を求めた。唐代には残存していないが、玄宗も神仙を好んだので、借りて持ち出したもの ●瑤池:西方の仙山・崑崙山にあるという池 ●王母:西王母。崑崙山に住む仙女。楊貴妃をたとえるか ●紫氣滿函關:昔、函谷関の令・尹喜が楼に登って東から紫の気がやってくるのを見て、聖人の到来を予言し、果たして老子がやって来たという。唐室は老子を始祖として尊崇し玄元皇帝と諡していた ●雉尾:キジの尾羽で作った団扇。天子おでましの際、左右からこの団扇を合わせて玉座を隠し、天子が座につき終われば団扇を引いて天子の姿をあらわす。雲移はこの団扇の動きをたとえたもの ●龍鱗:天子の御衣に描かれた竜の鱗 ●靑瑣:宮門のこと ●點朝班:朝廷百官の列に加わる際の点呼を受ける

17-31 《秋興八首 其六》 杜甫

瞿唐峽口曲江頭。萬里風煙接素秋。花萼夾城通御氣。芙蓉小苑入邊愁。珠簾繡柱圍黃鵠。錦纜牙檣起白鷗。回首可憐歌舞地。秦中自古帝王州。

《秋興八首 其の六》
瞿唐峡口と 曲江の頭。万里の風煙 素秋に接す。花萼の夾城 御気 通じ。芙蓉の小苑 辺愁に入る。珠簾 繡柱 黄鵠に囲まれ。錦纜 牙檣 白鷗を起たす。首を回らせば 憐れむべし 歌舞の地。秦中は 古より帝王の州。

※●瞿唐峽:長江三峡のひとつ。いま杜甫のいる夔州にあり ●曲江:長安の東南隅にあった池 ●花萼夾城:興慶宮の西南隅に花蕚相輝楼あり、玄宗は開元26年、この楼を拡張し、夾城(両側に高い障壁を設けた通路)を築いて曲江にある芙蓉苑までつなげた ●黃鵠:黄色を帯びた白鳥 ●錦纜牙檣:錦のともづなと象牙の帆柱。舟遊びに用いる豪華な船 ●秦中:関中に同じ。長安を指す

17-32 《秋興八首 其七》 杜甫

昆明池水漢時功。武帝旌旗在眼中。織女機絲虛夜月。石鯨鱗甲動秋風。波漂菰米沈雲黑。露冷蓮房墜粉紅。關塞極天唯鳥道。江湖滿地一漁翁。

《秋興八首 其の七》
昆明池水 漢時の功。武帝の旌旗 眼中に在り。織女の機糸 夜月に虚しく。石鯨の鱗甲 秋風に動く。波は 菰米を漂はして 沈雲 黒く。露は 蓮房に冷やかにして 墜粉 紅なり。関塞 天を極めて 唯だ鳥道あるのみ。江湖 地に満ちて 一漁翁あり。

※●昆明池:漢の武帝が長安に作らせた人工池。雲南の昆明国を討つために水軍の訓練をさせたところ ●在眼中:彷彿として目に浮かぶ ●織女:昆明池の東西に牽牛と織女の石像を立て、池を天の川に見立てていたという ●石鯨:昆明池には玉を彫刻した鯨の像があり、雷雨になると吼え、鰭や尾が動いたという ●菰米:マコモの実 ●蓮房:ハスの花房 ●一漁翁:自身のこと

17-33 《秋興八首 其八》 杜甫

昆吾御宿自逶迤。紫閣峰陰入渼陂。香稻啄餘鸚鵡粒。碧梧棲老鳳凰枝。佳人拾翠春相問。仙侶同舟晚更移。綵筆昔曾干氣象。白頭吟望苦低垂。

《秋興八首 其の八》
昆吾 御宿 自づから逶迤たり。紫閣峰陰 渼陂に入る。香稲 啄み余す 鸚鵡の粒。碧梧 棲み老ゆ 鳳凰の枝。佳人 翠を拾ひて 春に相ひ問ひ。仙侶 舟を同じくして 晩に更に移る。綵筆 昔 曽て 気象をも干(オカ)し。白頭 吟望して 低垂に苦しむ。

※●昆吾・御宿:長安東南の地名 ●紫閣峰:終南山中の峰 ●渼陂:つつみの名。3-12《渼陂行》参照 ●啄餘:仇本は啄殘に作るが、豹軒は他本の啄餘に従う。この句は「鸚鵡啄餘香稻粒」の倒置である ●碧梧棲老鳳凰枝:この句「鳳凰棲老碧梧枝」の倒置 ●拾翠:春の野に遊んで草を摘むこと ●相問:相手の様子をたずねる ●仙侶同舟:後漢の李膺・郭泰の二人が一緒に舟に乗って川を渡るのを望み見て人々は神仙のように見なしたという故事を踏まえ、作者が岑参らと舟で遊んだことを指す ●綵筆:すぐれた文筆のこと ●吟望:仇註は「今望」に改めるが、豹軒はこれを非とし旧に復す。豹軒に従う。吟じながら(長安のほうを)望むこと

17-34 《詠懷古跡五首 其一》 杜甫

支離東北風塵際。漂泊西南天地閒。三峽樓臺淹日月。五溪衣服共雲山。羯胡事主終無賴。詞客哀時且未還。庾信生平最蕭瑟。暮年詩賦動江關。

《懐ひを古跡に詠ず五首 其の一》
支離たり 東北 風塵の際。漂泊す 西南 天地の間。三峡の楼台 日月 淹しく。五渓の衣服 雲山を共にす。羯胡 主に事ふるは 終に無頼。詞客 時を哀しみて 且つ未だ還らず。庾信 生平 最も蕭瑟。暮年の詩賦 江関を動かす。

※●支離:離散してばらばらになっているさま ●東北風塵:安史の乱による戦塵。安禄山の根拠地の幽燕は唐の国土の東北に位置する。豹軒は、杜甫が居住した長安、鳳翔、秦州、同谷などをまとめて東北と言うとするが、陝西・甘粛あたりを東北と呼ぶのは納得しかねる ●西南天地:蜀から今いる夔州あたりまで ●五溪:武陵五渓。夔州の南に位置する、少数民族「五渓蛮」の居住地域。彼らは五色の衣服を好んだという ●羯胡:安禄山らを指す ●詞客:杜甫自身を指す ●庾信:南朝梁の右衛将軍だったが、北朝の西魏に使いしたときに西魏滅んで北周に代わり、そのまま北周の長安に留まった。望郷の念を《哀江南賦》に詠んだ ●蕭瑟:庾信の《哀江南賦》に「寒風蕭瑟」とあるのをふまえる ●暮年:庾信の《傷心賦》に「坐長河而暮年」とあるのをふまえる ●江關:江南と関中(長安)

17-35 《詠懷古跡五首 其二》 杜甫

搖落深知宋玉悲。風流儒雅亦吾師。悵望千秋一灑淚。蕭條異代不同時。江山故宅空文藻。雲雨荒臺豈夢思。最是楚宮俱泯滅。舟人指點到今疑。

《懐ひを古跡に詠ず五首 其の二》
揺落して 深く知る 宋玉の悲しみ。風流 儒雅 亦た吾が師。千秋を悵望して 一に涙を灑ぎ。異代に蕭条として 時を同じくせず。江山の故宅 空しく文藻。雲雨の荒台 豈に夢思ならんや。最たるは是れ 楚宮 俱に泯滅し。舟人 指点して 今に到りて疑ふ。

※●宋玉悲:宋玉は悲秋文学の元祖。その《九辨》に「悲哉秋之為氣也、蕭瑟兮草木搖落而變衰」という ●蕭條異代:異なる時代にものさびしく生きて ●故宅:宋玉の故宅。15-56《奉漢中王手札》に見える帰州の故宅のほか、荊州にもあったという ●空文藻:美しい詩文のみが空しく残る、の意 ●雲雨荒臺:神女が楚王と契りを結んだ「朝雲暮雨」の故事で有名な巫山の陽台。宋玉が《高唐賦》に詠んだ ●夢思:夢の中の想像、夢物語 ●到今疑:今となっては定かではなく疑い迷う

17-36 《詠懷古跡五首 其三》 杜甫

羣山萬壑赴荆門。生長明妃尙有村。一去紫臺連朔漠。獨留靑塚向黃昏。畫圖省識春風面。環珮空歸夜月魂。千載琵琶作胡語。分明怨恨曲中論。

《懐ひを古跡に詠ず五首 其の三》
群山 万壑 荊門に赴き。明妃を生長して 尚ほ村 有り。一たび紫台を去りて 朔漠に連り。独り 青塚を留めて 黄昏に向かふ。画図 省識す 春風の面。環珮 空しく帰る夜月の魂。千載 琵琶 胡語を作し。分明に 怨恨 曲中に論ず。

※●荆門:山名。長江南岸にあり北岸の虎牙山と相対す。現・湖北省宜都市 ●明妃:王昭君。晋代、文帝(司馬昭)の諱を避けて明君と改められ、さらに明妃と呼ばれるようになった ●尙有村:王昭君が生まれ育った村とされる昭君村が、現・湖北省宜昌市興山県にあり ●紫臺:紫宮に同じ。天子の宮殿 ●靑塚:王昭君の墓。そこだけが青々と草が茂っていたことから、かく呼ぶという ●省識:諸説あるが、王昭君の故事に照らし合わせれば、仇註に言うように「少し識る」と解するのが妥当と思われる。すなわち、本来の美貌を大幅に減じて、ほんの少ししか知ることができなかったということ ●胡語:匈奴の言葉

17-37 《詠懷古跡五首 其四》 杜甫

蜀主窺吳幸三峽。崩年亦在永安宮。翠華想像空山裏。玉殿虛無野寺中。古廟杉松巢水鶴。歲時伏臘走村翁。武侯祠屋長鄰近。一體君臣祭祀同。

《懐ひを古跡に詠ず五首 其の四》
蜀主 呉を窺ひて三峡に幸す。崩年 亦た永安宮に在り。翠華 想像す 空山の裏。玉殿 虚無なり 野寺の中。古廟の杉松に 水鶴 巣くひ。歳時 伏臘に 村翁 走る。武侯の祠屋 長へに隣近。一体の君臣 祭祀 同じ。

※●蜀主窺吳:蜀漢の先主劉備、関羽の仇を報ぜんと呉へ親征した ●永安宮:章武2年、蜀軍は呉軍に大敗し、劉備は魚服(のちの白帝城の地)に逃れ、そこを永安と改名して留まり、翌年4月に病没した ●野寺中:原注に「殿今爲臥龍寺、廟在宮東」とあり。すなわち宮殿はすべて寺となって跡形もなく、その東に劉備の廟がある。この廟はすなわち15-69《謁先主廟》に詠まれる廟である ●伏臘:夏の伏日と冬の臘日 ●走村翁:廟の祭祀をおこなうためである ●武侯:蜀漢の丞相・諸葛亮の諡

17-38 《詠懷古跡五首 其五》 杜甫

諸葛大名垂宇宙。宗臣遺像肅淸高。三分割據紆籌策。萬古雲霄一羽毛。伯仲之閒見伊呂。指揮若定失蕭曹。運移漢祚終難復。志決身殲軍務勞。

《懐ひを古跡に詠ず五首 其の五》
諸葛の大名 宇宙に垂る。宗臣の遺像 粛として清高。三分 割拠 籌策を紆らし。万古 雲霄 一羽毛。伯仲の間に 伊呂を見る。指揮 若し定まらば 蕭曹を失せん。運 移りて 漢祚 終に復し難く。志は決するも 身は殲く 軍務の労に。

※●諸葛:諸葛亮(孔明)のこと ●宗臣:後世の尊び仰ぐ所の臣。孔明を指す ●紆籌策:豹軒の字解は「紆」を「めぐらす」と読み、「運」または「回」の意に解する。他の説では、「まぐ(まげる)」と読み、「屈」すなわち思うように伸ばすことができないという意に解する ●萬古雲霄一羽毛:諸説あり定まらず。万古は永遠、雲霄は大空。孔明の偉大さはその中の一羽毛のごとく唯一無比である、という意か ●伊呂:殷の伊尹と周の呂尚(太公望)。ともに創業の功臣 ●指揮若定:(現実は蜀は地方政権であったが)もし天下がその指揮のもとに従ったなら ●失蕭曹:漢の高祖の参謀であった蕭何と曹参も相手にならない

17-39 《寄韓諫議注》 杜甫

今我不樂思岳陽。身欲奮飛病在牀。美人娟娟隔秋水。濯足洞庭望八荒。鴻飛冥冥日月白。靑楓葉赤天雨霜。玉京羣帝集北斗。或騎騏驎翳鳳凰。芙蓉旌旗煙霧落。影動倒景搖瀟湘。星宮之君醉瓊漿。羽人稀少不在旁。似聞昨者赤松子。恐是漢代韓張良。昔隨劉氏定長安。帷幄未改神慘傷。國家成敗吾豈敢。色難腥腐餐楓香。周南留滯古所惜。南極老人應壽昌。美人胡爲隔秋水。焉得置之貢玉堂。

《韓諫議注に寄す》
今 我 楽しまず 岳陽を思ふ。身 奮飛せんと欲すれど 病みて床に在り。美人 娟娟として 秋水を隔て。足を洞庭に濯ひて 八荒を望む。鴻 冥冥に飛びて 日月 白く。青楓 葉 赤くして 天 霜を雨(フ)らす。玉京の群帝 北斗に集まり。或ひは騏驎に騎り 鳳凰に翳(オホ)はる。芙蓉の旌旗 煙霧に落ち。影 倒景に動きて 瀟湘に揺らぐ。星宮の君 瓊漿に酔ひ。羽人 稀少にして 旁に在らず。聞くに似たり 昨者の赤松子。恐らくは是れ 漢代の韓張良。昔 劉氏に随ひて長安を定め。帷幄 未だ改まらざるに 神 惨傷す。国家の成敗 吾 豈に敢へてせんや。色 腥腐を難(ハバカ)りて 楓香を餐す。周南に留滞するは 古より惜しむ所。南極の老人 寿昌に応ず。美人 胡為れぞ 秋水を隔つ。焉んぞ得ん 之を置いて 玉堂に貢ずるを。

※●韓諫議注:諫議大夫の韓注。名は韓汯の誤りという。玄宗のとき宰相だった韓休の子。安史の乱では粛宗の行在所にかけつけ左補闕を授けられた。このとき左拾遺だった杜甫と親交を持つ。上元2年には諫議大夫となっているが、この詩の時点では岳陽に退隠していたらしい ●美人:韓汯をたとえる ●濯足:楚辞漁父篇の「滄浪之水清兮、可以濯吾纓。滄浪之水濁兮、可以濯吾足」をふまえる ●鴻飛冥冥:揚子法言に「鴻飛冥冥、弋人何簒焉」とあるのを踏まえる。冥冥は遠方の空、弋はいぐるみ ●玉京:道教に言う天の都。長安をたとえる ●羣帝:道教では、世界に三十六洞天があるとされるが、その各洞天をつかさどる神仙のこと。ここでは高位顕官の人々をたとえる ●北斗:天の中心。天子の象徴 ●翳:一説に意味のない語助詞とするが、賛同しがたい。豹軒は「鳳凰が群がり来たり、それに蔽われて暗い」と解く。愚按ずるに、この句の主語は前句の群帝、つまり実際は都の高位顕官であり、騏驎は彼ら騎乗の駿馬をたとえたものであるから、鳳凰もまた彼らの乗り物に関するもののたとえであろう。車蓋あたりであれば「翳」との整合性も取れると思う ●倒景:日月が下から照らすような天上の非常に高い所 ●瀟湘:瀟水と湘水。洞庭湖の南 ●星宮之君:天上の宮殿につどう人たち。天子の側近たちをたとえる ●羽人:仙人、特に飛仙(空を飛ぶ仙人)をいう。ここでは韓汯のような人が天子のそばにいないことをたとえて言う ●昨者:昔、以前。豹軒はこれでは意味が通じないとして、勝手に「昨追」に改めるが、従いかねる ●赤松子:上古の仙人 ●韓張良:漢の高祖劉邦の創業を助けた参謀の張良。戦国・韓の貴族出身。晩年に「人の世を捨て、赤松子に従って自由に生きたい」と述べた ●昔隨劉氏定長安:張良の功績を述べながら、韓汯が粛宗に従って長安奪還に貢献したことをたとえる ●帷幄:陣中で作戦を立てる場所。張良は「運籌帷幄之中、決勝於千里之外」と評された ●神慘傷:(韓汯の)心が傷つき痛む ●國家成敗吾豈敢:吾を韓汯とする説と杜甫とする説あるが、韓汯であろう ●色:顔色、表情 ●腥腐:生臭く腐った肉。汚れた世のたとえ ●楓香:楓樹(フウ。マンサク科の落葉高木)の樹脂。仙薬に混ぜるという ●周南留滯:司馬遷の父・談、周南に留滞して天子の封禅に関われなかった。韓汯の境遇をたとえる ●南極老人:南極星の化身。南極星見えるときは治平であり、寿昌を掌るとされる。韓汯はそのような人であるという趣旨 ●美人:才徳すぐれる人。韓汯のこと ●置之貢玉堂:豹軒は「貢之置玉堂」の誤りとして改めるが、無理に改める必要は感じないため、従わない

17-40 《解悶十二首 其一》 杜甫

草閣柴扉星散居。浪翻江黑雨飛初。山禽引子哺紅果。溪女得錢留白魚。

《悶を解く十二首 其の一》
草閣 柴扉 星散して居す。浪 翻り 江 黒く 雨 飛ぶの初め。山禽 子を引きて 紅果を哺し。渓女 銭を得て 白魚を留む。

※●草閣柴扉:草葺きの屋敷、柴の扉。庶民の粗末な家 ●星散:星のように散らばる ●哺紅果:赤い果実を口移しで食べさせる ●留白魚:白魚(鯉に似た川魚。白花魚)を買い手のところに留め置く

17-41 《解悶十二首 其二》 杜甫

商胡離別下揚州。憶上西陵故驛樓。爲問淮南米貴賤。老夫乘興欲東遊。

《悶を解く十二首 其の二》
商胡 離別して 揚州へ下る。憶ふ 西陵の故駅楼に上りしを。為めに問へ 淮南の米の貴賤を。老夫 興に乗じて 東遊せんと欲す。

※●商胡:異民族の商人 ●西陵:地名。現・浙江省杭州市蕭山区。杜甫が若いころ呉越を旅した際に訪れた街 ●爲問:我がために尋ねてくれ

17-42 《解悶十二首 其三》 杜甫

一辭故國十經秋。每見秋瓜憶故丘。今日南湖采薇蕨。何人爲覓鄭瓜州。

《悶を解く十二首 其の三》
一たび故国を辞して 十たび秋を経たり。秋瓜を見る毎に 故丘を憶ふ。今日 南湖に薇蕨を采る。何人か為めに覓めん 鄭瓜州。

※●南湖:荊州にあった湖。鄭審(鄭虔の甥)の謫せられた所 ●薇蕨:ノエンドウとワラビ。貧しくて穀物が手に入らないので山野草を採取して食べる。伯夷・叔斉が周の粟を食らうを拒み首陽山に薇蕨を採ってついに餓死した故事を重ねる ●鄭瓜州:原注に「鄭秘監審」とあり。秘書少監をつとめた鄭審のこと。瓜州は長安の南にあった村の名。鄭審の居があった

17-43 《解悶十二首 其四》 杜甫

沈范早知何水部。曹劉不待薛郞中。獨當省署開文苑。兼泛滄浪學釣翁。

《悶を解く十二首 其の四》
沈范 早くに知る 何水部。曹劉 待たず 薛郎中。独り 省署に当たりて 文苑を開き。兼ねて滄浪に泛びて 釣翁を学ぶ。

※●沈范:梁の文壇を代表する沈約と范雲 ●何水部:何遜。水部郎中であった。沈約と范雲ともに、後輩にあたる何遜の詩文の才を高く評価し忘年の交わりを結んだ ●曹劉:魏の曹植と劉楨。建安文学の代表 ●薛郞中:原注に「水部郞中薛據」とあり。薛拠は天宝6年に風雅古調科に及第して水部郎中となる。杜甫との交流は 2-9《同諸公登慈恩寺塔》などに見える ●省署:尚書省の役所。水部は尚書省工部に属す

17-44 《解悶十二首 其五》 杜甫

李陵蘇武是吾師。孟子論文更不疑。一飯未曾留俗客。數篇今見古人詩。

《悶を解く十二首 其の五》
李陵 蘇武 是れ吾が師と。孟子の文を論ずること 更に疑はず。一飯 未だ曽て俗客を留めず。数篇 今見る 古人の詩。

●李陵・蘇武:漢の武帝のとき、匈奴に降伏して仕えた将軍の李陵と、匈奴に抑留されても仕えることを拒否した蘓武。両者が交わしたとされる詩は五言詩の祖といわれた ●孟子:原注に「校書郎孟雲卿」とあり。杜甫との交流は6-27《酬孟雲卿》、6-45《冬末以事之東都湖城東遇孟雲卿復歸劉顥宅宿宴飮散因爲醉歌》などに見える ●一飯:一回の食事だけであっても

17-45 《解悶十二首 其六》 杜甫

復憶襄陽孟浩然。淸詩句句盡堪傳。卽今耆舊無新語。漫釣槎頭縮頸鯿。

《悶を解く十二首 其の六》
復た憶ふ 襄陽の孟浩然。清詩 句句 尽く伝ふるに堪ふ。即今の耆旧 新語 無く。漫りに釣る 槎頭 縮頸の鯿。

※●孟浩然:盛唐の詩人。自然田園詩の名手として王維・韋応物・柳宗元と並び称される。杜甫は 7-23《遣興五首 其五》でも孟浩然を詠じている ●槎頭縮頸鯿:鯿はオシキウオ。コイ科の淡水魚トガリヒラウオのこと。頭が小さいので「縮頸鯿」「縮項鯿」と呼び、また肉が美味で人がみな槎(木の枝)で水をせき止めて捕らえるので「槎頭鯿」とも呼んだ。この句は孟浩然自身の詩に「試垂竹竿釣。果得槎頭鯿」また「鳥泊隨陽雁。魚藏縮項鯿」とあるのにちなむ

17-46 《解悶十二首 其七》 杜甫

陶冶性靈存厎物。新詩改罷自長吟。熟知二謝將能事。頗學陰何苦用心。

《悶を解く十二首 其の七》
性霊を陶冶するは 厎物か存する。新詩 改め罷みて 自ら長吟す。熟知す 二謝の将(ホトン)ど事を能くするを。頗る学ぶ 陰何 苦(ネンゴ)ろに心を用ふるに。

※●厎物:何物に同じ ●二謝:南朝宋の謝霊運、斉の謝朓 ●將:豹軒は「もってす」と訓じ、「能事をもって心を用いる」の意とするがわかりにくい。次句との対偶性を考えれば、「事を能くする」を修飾する副詞と見るのが妥当で、「ほとんど」の意ではないか ●陰何:陳の陰鏗、梁の何遜

17-47 《解悶十二首 其八》 杜甫

不見高人王右丞。藍田丘壑蔓寒藤。最傳秀句寰區滿。未絕風流相國能。

《悶を解く十二首 其の八》
見ず 高人の王右丞。藍田の丘壑 寒藤 蔓(ハビコ)る。最も秀句を伝へて寰区に満つ。未だ 風流を絶やさず 相国の能。

※●王右丞:王維。監察御史、太子中允などを経て、晩年は尚書右丞に至る。乾元2年没。杜甫との交流は6-14《奉贈王中允維》などに見える ●藍田:県名。長安の東南。王維の別荘、輞川荘があった ●相國:原注に「右丞弟、今相國縉」とあり。王維の弟で、代宗の広徳2年に同平章事(宰相)に登った王縉のこと

17-48 《解悶十二首 其九》 杜甫

先帝貴妃今寂寞。荔枝還復入長安。炎方每續朱櫻獻。玉座應悲白露團。

《悶を解く十二首 其の九》
先帝 貴妃 今 寂寞。荔枝 還た復た 長安に入る。炎方 毎に朱桜に続きて献ず。玉座 応に悲しむべし 白露の団(マド)かなるを。

※●先帝:玄宗 ●貴妃:楊貴妃 ●荔枝:茘枝を好んだ楊貴妃を喜ばすため、南方から馬を走らせて届けさせたと伝わる ●朱櫻:桜桃の実。礼記の月令に「仲夏之月、天子以含桃、先薦寢廟」とあり、毎年五月、内園に植えた桜桃から採れた実を天子が宗廟に供えた ●玉座:仇註は玄宗の神霊の意と解くも、豹軒はその説首肯しがたしとして、素直に現在の天子代宗の玉座と解く

17-49 《解悶十二首 其十》 杜甫

憶過瀘戎摘荔枝。靑楓隱映石逶迤。京華應見無顏色。紅顆酸甜只自知。

《悶を解く十二首 其の十》
憶ふ 瀘戎を過ぎて荔枝を摘みしを。青楓 隠映して 石 逶迤たり。京華 応に見るべし 顔色 無きを。紅顆の酸甜 只だ自ら知る。

※●瀘戎:瀘州(現・四川省瀘州市)と戎州(現・四川省宜賓市)。永泰元年5月成都を出発し9月に雲安に到着した杜甫一家が途中で通過した街。14-56《宴戎州楊使君東樓》に「輕紅擘荔枝」とあるように茘枝の産地 ●無顏色:新鮮な茘枝の色つやがない ●紅顆:赤い粒。茘枝の実のこと ●只自知:自分だけが知る

17-50 《解悶十二首 其十一》 杜甫

翠瓜碧李沈玉甃。赤梨蒲萄寒露成。可憐先不異枝蔓。此物娟娟長遠生。

《悶を解く十二首 其の十一》
翠瓜 碧李は 玉甃に沈められ。赤梨 蒲萄は 寒露に成る。憐むべし 先づは枝蔓を異にせざるに。此の物 娟娟として長へに遠く生ずるを。

※●玉甃:美しい瓦を積んで井側となした井戸 ●此物:茘枝のこと ●この詩、種々の解があり得る。転句の主語を瓜・李・梨・葡萄と解するか、茘枝と解するかによって趣旨が大きく異なる。豹軒は後者の解を採る。今、豹軒に従う

17-51 《解悶十二首 其十二》 杜甫

側生野岸及江浦。不熟丹宮滿玉壺。雲壑布衣鮐背死。勞人害馬翠眉須。

《悶を解く十二首 其の十二》
野岸に側生して 江浦に及び。丹宮に熟さざるに 玉壺に満つ。雲壑の布衣 鮐背にして死するに。人を労し 馬を害して 翠眉 須つ。

※●側生:(茘枝が)他のもののかたわらに生じる。《蜀都賦》に「旁挺竜目、側生茘枝」とあり ●江浦:仇本は江蒲に作るが、豹軒は他本に従って改める。浦に改めると韻が合わなくなるが、そもそもこの詩の起承は対句であって起句は踏み落とすほうが正格である ●鮐背:鮐(フグ)のようなシミのある老人の背中 ●翠眉:美しい眉の美人。楊貴妃を指す

17-52 《洞房》 杜甫

洞房環珮冷。玉殿起秋風。秦地應新月。龍池滿舊宮。繫舟今夜遠。淸漏往時同。萬里黃山北。園陵白露中。

《洞房》
洞房 環珮 冷やかに。玉殿 秋風 起こる。秦地 応に新月なるべく。竜池 旧宮に満つ。繫舟 今夜 遠く。清漏 往時 同じ。万里 黄山の北。園陵 白露の中。

※●洞房:奥深い部屋 ●環珮:婦人がアクセサリーとして身に着ける「おびだま」 ●龍池:長安の興慶宮の池 ●舊宮:興慶宮 ●繫舟:夔州に滞在している杜甫が繋いている舟 ●淸漏:清らかな水時計の音 ●黃山:漢代の宮殿、黄山宮。その北には漢の武帝の茂陵をはじめ、諸帝の陵墓あり、玄宗の秦陵もある

17-53 《宿昔》 杜甫

宿昔靑門裏。蓬萊仗數移。花嬌迎雜樹。龍喜出平池。落日留王母。微風倚少兒。宮中行樂祕。少有外人知。

《宿昔》
宿昔 青門の裏。蓬萊より 仗 数〻 移る。花 嬌(ナマメカ)しくして 雑樹 迎へ。竜 喜びて 平池より出づ。落日 王母を留め。微風 少児に倚る。宮中 行楽の秘。外人の知る有ること少なり。

※●靑門:長安城の東門 ●蓬萊:蓬莱宮。大明宮の別名 ●仗:儀仗 ●雜樹:桃・李・梨・杏など様々な花の樹。或いは一説に、興慶池の東、沈香亭前に植えられた四色の牡丹を指すとも ●平池:興慶宮の竜池。李徳裕の『明皇十七事』によれば、天宝年間、この池に小竜棲み、いつも池から出て宮垣水溝の中に遊んだ。後、玄宗が蜀へ出奔すると、雲雨に乗じ西南を望んで去ったという ●王母:西王母。西極の崑崙山に住む仙女。楊貴妃をたとえる ●少兒:漢の武帝の衛皇后の姉の名。楊貴妃の姉妹をたとえる ●外人:宮廷の外の人

17-54 《能畫》 杜甫

能畫毛延壽。投壺郭舍人。每蒙天一笑。復似物皆春。政化平如水。皇明斷若神。時時用抵戲。亦未雜風塵。

《能画》
能画の毛延寿。投壺の郭舎人。毎に蒙る 天の一笑。復た似る 物 皆 春なるに。政化 平らかなること水の如く。皇明 断ずること神の若し。時時 抵戯を用ふるも。亦た未だ風塵を雑へず。

※●毛延壽:前漢元帝の時代の画家。賄賂をもらえなかったため王昭君を醜く描いたことで有名 ●投壺:矢を壺の中に投げ入れる遊戯 ●郭舍人:前漢の武帝のときの滑稽家で投壺の名人として知られた ●抵戲:角抵戯。相撲のような格闘技

17-55 《鬭鷄》 杜甫

鬭鷄初賜錦。舞馬旣登牀。簾下宮人出。樓前御柳長。仙遊終一閟。女樂久無香。寂寞驪山道。淸秋草木黃。

《闘鶏》
闘鶏 初めて錦を賜はり。舞馬 既に床に登る。簾下 宮人 出で。楼前 御柳 長し。仙遊 終に一閟。女楽 久しく香無し。寂寞たり 驪山の道。清秋 草木 黄なり。

※●鬭鷄:玄宗は即位前から民間の清明節の闘鶏を楽しみ、即位後は両宮の間に鶏坊を設け、精悍な軍鶏を千羽以上も集めて飼育訓練したという ●舞馬:ダンスする馬 ●登牀:舞台となる板床にのぼる ●宮人:豹軒は見物の宮女と解く ●御柳:御所の柳。仇本は「御曲」(玄宗自ら作った曲)に作るが、豹軒は御曲では平凡として他本の御柳を採る。もし御曲を採るならば、前句の「宮人」は音楽を演奏する宮人であろう ●仙遊:玄宗の昇天仙遊つまり崩御 ●一閟:すっかり閉じて終わる ●女樂:宮女たちの音楽隊 ●驪山:長安の東にある山の名。ふもとの温泉に離宮(華清宮)が築かれ、玄宗は頻繁に行幸した

17-56 《歷歷》 杜甫

歷歷開元事。分明在眼前。無端盜賊起。忽已歲時遷。巫峽西江外。秦城北斗邊。爲郞從白首。臥病數秋天。

《歴歴》
歴歴たり 開元の事。分明に 眼前に在り。端 無くも 盗賊 起こり。忽ち已に 歳時 遷る。巫峡は 西江の外。秦城は 北斗の辺。郎と為るも 白首に従(マカ)す。病に臥して 秋天を数ふ。

※●開元:玄宗治下の元号。唐の最盛期 ●盜賊起:安史の乱の勃発 ●西江:長江のこと。長安から見て西南にある ●秦城:長安 ●北斗邊:いま杜甫がいる夔州から望めば長安は北にある ●爲郞:郎官となる ●數秋天:秋の日数を数える

17-57 《洛陽》 杜甫

洛陽昔陷沒。胡馬犯潼關。天子初愁思。都人慘別顏。淸笳去宮闕。翠蓋出關山。故老仍流涕。龍髥幸再攀。

《洛陽》
洛陽 昔 陥没し。胡馬 潼関を犯す。天子 初めて愁思し。都人 別顔 惨たり。清笳 宮闕より去り。翠蓋 関山を出づ。故老 仍ち流涕し。竜髥 幸に再び攀る。

※●陷沒:天宝14年12月、安禄山、洛陽を落とす ●犯潼關:天宝15年6月、哥舒翰率いる官軍を破り、賊軍、潼関に入る ●別顏:天子と別れる顔 ●淸笳去宮闕:豹軒は「賊軍の鳴らす笳(蘆笛)の音の中、玄宗が宮闕から去る」と解する。仇註は「(至徳2年9月、郭子儀による洛陽奪還により)賊軍の笳の音が宮闕を去った」と解する。尾聯へのつながりを考えると仇註のほうが妥当と思う ●翠蓋出關山:豹軒は「玄宗の車が関山へむかって出た」と解し、仇註は「関山を出て都に向かう」と解するが、前句同様、仇註を是としたい ●龍髥幸再攀:上古の天子、黄帝とその臣下・宮女七十余人が竜に騎って天に昇った際、その他の小臣が竜の髯につかまって攀じ登ろうとしたところ髯が抜け落ちた。この故事を踏まえ、玄宗の帰還を、つかまりそこねた竜の髯にもう一度つかまることができた、と表現したもの

17-58 《驪山》 杜甫

驪山絕望幸。花萼罷登臨。地下無朝燭。人閒有賜金。鼎湖龍去遠。銀海雁飛深。萬歲蓬萊日。長懸舊羽林。

《驪山》
驪山 望幸 絶え。花萼 登臨を罷む。地下には 朝燭 無く。人間には 賜金 有り。鼎湖 竜の去ること遠く。銀海 雁の飛ぶこと深し。万歳 蓬萊の日。長へに懸かる 旧羽林。

※●驪山:長安の東にある山の名。ふもとの温泉に離宮(華清宮)が築かれ、玄宗は頻繁に行幸した ●絕望幸:臣民が行幸を望むことがなくなった。玄宗が亡くなったからである ●花萼:花萼相輝楼、略して花萼楼。長安の興慶宮の西南隅に位置した ●地下:冥土。あの世 ●朝燭:未明からの参朝にともす明かり ●人閒:人の世。ここではあの世に対するこの世 ●賜金:玄宗の遺詔により群臣に賜った金 ●鼎湖龍去遠:黄帝の故事 ●銀海雁飛深:驪山の麓の秦始皇帝陵には、水銀で江海が作られ、黄金で鴨や雁が作られたという ●蓬萊日:蓬莱宮を照らした太陽 ●舊羽林:かつての近衛兵。玄宗在位時、これを万騎軍、のち竜武軍と呼んだ。玄宗没後、この軍は陵墓の守備兵となった

17-59 《提封》 杜甫

提封漢天下。萬國尙同心。借問懸車守。何如儉德臨。時徵俊乂入。莫慮犬羊侵。願戒兵猶火。恩加四海深。

《提封》
提封 漢の天下。万国 尚ほ心を同じくす。借問す 懸車もて守るは。何ぞ如かん 倹徳もて臨むに。時に 俊乂を徴して入らしめ。犬羊の侵すを慮る莫れ。願はくは 兵の猶ほ火のごときに戒め。恩の四海に加はること深からんことを。

※●提封:領土内をすべて合計すること ●漢天下:漢は唐の言い換え ●懸車:車を吊るして通らねばならぬほどの険阻の地。国語に「懸車束馬、以踰太行」とあり ●何如:反語。「如かず」に同じ ●儉德臨:倹約の徳をもって天下に臨む ●俊乂:すぐれた人物と賢才 ●犬羊:異民族 ●戒兵猶火:「兵は猶ほ火のごとし」ということに用心する。左伝に「兵猶火也。不戢將自焚也」とあり

17-60 《鸚鵡》 杜甫

鸚鵡含愁思。聰明憶別離。翠衿渾短盡。紅嘴漫多知。未有開籠日。空殘舊宿枝。世人憐復損。何用羽毛奇。

《鸚鵡》
鸚鵡 愁思を含み。聡明にして 別離を憶ふ。翠衿 渾て短かく尽き。紅嘴 漫りに多く知る。未だ有らず 籠を開くの日。空しく残す 旧 宿りし枝。世人 憐めども復た損す。何ぞ用ひん 羽毛の奇なるを。

※●翠衿:緑の襟。オウムの羽毛をたとえる ●短盡:短くなり果てる。あるいは短時間になくなってしまう、とも読める。次句との対としては後者のほうが好ましいように思える ●舊宿枝:人に飼われるようになる以前に宿っていた故郷の枝 ●憐復損:諸解は「可愛がる一方で傷つける」とし、豹軒は「可愛がってくれはするが、どうせその羽毛は損なわれてしまう」と解する。いずれが是とも判じがたく、さらに別解あるようにも思われるが、いま豹軒に解に従う

17-61 《孤雁》 杜甫

孤雁不飮啄。飛鳴聲念羣。誰憐一片影。相失萬重雲。望盡似猶見。哀多如更聞。野鴉無意緖。鳴噪亦紛紛。

《孤雁》
孤雁 飲啄せず。飛び鳴きて 声 群を念ふ。誰か憐まん 一片の影。相ひ失ふ 万重の雲。望み 尽くるも 猶ほ見るに似。哀しみ 多くして 更に聞くが如し。野鴉に 意緒 無く。鳴噪するも 亦た紛紛たり。

※●不飮啄:飲まず食わずで ●相失:仲間を見失う ●望盡:仲間を望み見ることが尽きる。仲間が見えなくなる ●哀多:泣き声に哀しみが多い ●如更聞:仲間の声が聞こえているかのようだ ●無意緖:何の思いもない

17-62 《鷗》 杜甫

江浦寒鷗戲。無他亦自饒。卻思翻玉羽。隨意點靑苗。雪暗還須浴。風生一任飄。幾羣滄海上。淸影日蕭蕭。

《鷗》
江浦に 寒鷗 戯れ。他 無きも 亦た自ら饒しとす。却って思ふ 玉羽を翻して。随意に 青苗に点ぜしを。雪 暗きも 還た須らく浴すべく。風 生ずれば 一に飄すに任す。幾たびか群れたる 滄海の上。清影 日〻に蕭蕭たり。

※仇註は、尾聯をのんびりした海鷗の姿を頸聯までの江鷗の姿と対比させたものとし、豹軒は、頷聯を春の楽しい思い出、頸聯を冬の苦労、尾聯はかつて海で群れていたが今は江浦でものさびしいとの趣旨と解く。いま豹軒に従う ●無他亦自饒:ほかに楽しむこともないが自分では満足している

17-63 《猿》 杜甫

裊裊啼虛壁。蕭蕭挂冷枝。艱難人不免。隱見爾如知。慣習元從眾。全生或用奇。前林騰每及。父子莫相離。

《猿》
裊裊として 虚壁に啼き。蕭蕭として 冷枝に挂る。艱難 人は免れず。隠見 爾 知るが如し。慣習 元より衆に従ひ。全生 或ひは奇を用ふ。前林 騰がること 毎に及び。父子 相ひ離るる莫し。

※●裊裊:ここでは声を長く引くさま ●隱見:状況に応じて隠れたり現れたりする ●從眾:群れに従って行動する ●全生:生命を全うする ●用奇:奇策を用いる、思いもよらぬ行動を取る ●騰每及:猿が飛びあがることがつねに前林に及ぶ

17-64 《麂》 杜甫

永與淸溪別。蒙將玉饌俱。無才逐仙隱。不敢恨庖廚。亂世輕全物。微聲及禍樞。衣冠兼盜賊。饕餮用斯須。

《麂》
永く清渓と別れ。玉饌と俱にするを蒙る。才の仙隠を逐ふ無く。敢へて 庖厨を恨まず。乱世 全物を軽んじ。微声 禍枢に及ぶ。衣冠と盗賊と。饕餮 用ふること斯須なり。

※●麂:従来「おおのろ」と訓ずるが、正しくはノロ属ではなく、ホエジカ(キョン)属の鹿を指す。長江流域にはマエガミホエジカ(中国名:黒麂)が棲息する。長江下流にはキョン(黄麂)も棲息するが、このとき杜甫が滞在していた長江中流にはいなかっただろう ●淸溪:清らかな谷川。麂のすみか ●蒙將玉饌俱:料理されて立派なご馳走と一緒に食べられる。同属のキョンが大陸でも台湾でも高級食材であることを考えれば、かつては黒麂も同様であったろう(現在は保護対象動物) ●全物:物を保全すること ●禍樞:災いのかなめ ●衣冠:役人 ●饕餮:財を貪ることと、食を貪ること ●用斯須:あっという間に(食材として)使ってしまう

17-65 《鷄》 杜甫

紀德名標五。初鳴度必三。殊方聽有異。失次曉無慙。問俗人情似。充庖爾輩堪。氣交亭育際。巫峽漏司南。

《鶏》
徳を紀するに 名 五を標す。初めて鳴くは 度 必ず三なり。方を殊にすれば 聴くに異なる有り。次を失して 暁くるも慙づる無し。俗を問へば 人情も似たり。庖を充つるに 爾が輩 堪ふ。気は交はる 亭育の際。巫峡 漏 南を司る。

※●紀德:徳を分かち理める ●名標五:徳目の名は五つを掲げ示す。韓詩外伝にいわく、鶏が頭に冠を戴くのは文、足に距(けづめ)を傅くるは武、敵を見て闘うは勇、食を得て相い呼ぶは義、鳴くに時を失わざるは信、と ●度必三:鳴く回数は必ず三回である。鶏は夜明けまでに三回鳴くとされた ●殊方:地方が異なれば ●失次:順序を誤る。鳴くべきタイミングを逃す ●無慙:仇註は反語とするが、豹軒は直叙と解する。豹軒に従う ●人情:杜甫が今いる夔州の人情 ●充庖:料理して食べる ●氣交:陰陽の気が交錯する ●亭育際:万物を区別して育成する際。仇註は夜中のこととし、豹軒は暁のこととする ●漏:水時計 ●司南:鶏は火徳の精であり、五行で南は火徳に属す。よって司南は、鶏が本来果たすべき役割を指す。他にも諸説あるが、豹軒は顧震のこの説を採る

17-66 《黃魚》 杜甫

日見巴東峽。黃魚出浪新。脂膏兼飼犬。長大不容身。筒桶相沿久。風雷肯爲伸。泥沙卷涎沫。回首怪龍鱗。

《黄魚》
日〻に見る 巴東の峡。黄魚 浪に出でて新たなるを。脂膏 兼ねて犬を飼ひ。長大にして 身を容れず。筒桶 相ひ沿ふこと久しく。風雷 肯へて為めに伸びんや。泥沙にて 涎沫を巻けば。首を回らして 竜鱗かと怪しむ。

※●黃魚:カラチョウザメ。古代には中国各地に生息していた。現在も長江などに棲息するが絶滅が危惧される。『説文通訓定声』に「鱣、大魚、似鱏而短、鼻口在頷下、體有邪行、甲無鱗、肉黄、大者長二三丈。江東呼爲黃魚。今所謂鱘鰉魚」という。夔州の上流四十里の黄草峡(15-67《黃草》参照)は黄魚の産地として有名だった ●兼飼犬:人の腹を満たすだけでなく、余った分で犬を養うこともできるほどである ●長大:カラチョウザメは全長2~5m、体重は200~500kgに達する ●不容身:身を容れるところがない ●筒桶:仇註は漁のための道具とし、豹軒は魚を盛る器とする ●風雷肯爲伸:もし蛟竜なら、風雷起これば天に駆け上り、志を伸べるところだが、そんなことはない ●涎沫:唾や泡

17-67 《白小》 杜甫

白小羣分命。天然二寸魚。細㣲霑水族。風俗當園蔬。入肆銀花亂。傾筐雪片虛。生成猶拾卵。盡取義何如。

《白小》
白小 群れて 命を分つ。天然 二寸の魚。細㣲なるも 水族を霑し。風俗 園蔬に当つ。肆に入れば 銀花 乱れ。筐を傾くれば 雪片 虚し。生成するに 猶ほ卵を拾ふ。尽く取るは 義 何如。

※●白小:シラウオの類 ●分命:天命を分与される ●霑水族:他の魚介類の餌となって恵みを与える ●風俗:ここ夔州の風俗 ●當園蔬:畑の野菜の代わりの食料とする ●生成猶拾卵:豹軒は他本により「猶捨卵」に改め「物の生成からいうと卵でさえもこれを捨て置いて採らぬが聖人の仁徳である」と解するが、従い難い。よって仇本に従う。シラウオは十分生育しているのに、さらに卵まで採ってしまう、の意であろう

17-68 《哭王彭州掄》 杜甫

執友驚淪沒。斯人已寂寥。新文生沈謝。異骨降松喬。北部初高選。東牀早見招。蛟龍纏倚劍。鸞鳳夾吹簫。歷職漢庭久。中年胡馬驕。兵戈闇兩觀。寵辱自三朝。蜀路江干窄。彭門地里遙。解龜生碧草。諫獵阻靑霄。頃壯戎麾出。叨陪幕府要。將軍臨氣候。猛士塞風飆。井渫泉誰汲。烽疎火不燒。前籌自多暇。隱几接終朝。翠石俄雙表。寒松竟後凋。贈詩焉敢墜。染翰欲無聊。再哭經過罷。離魂去住銷。之官方玉折。寄葬與萍漂。曠望渥洼道。霏㣲河漢橋。夫人先卽世。令子各淸標。巫峽長雲雨。秦城近斗杓。馮唐毛髮白。歸興日蕭蕭。

《王彭州掄を哭す》
執友 淪没するに驚く。斯(カカ)る人 已に寂寥なり。新文 沈謝 生じ。異骨 松喬 降る。北部 初めて高選し。東床 早くに招かる。蛟竜 倚剣に纏はり。鸞鳳 吹簫を夾む。職を歴ること 漢庭に久しく。中年 胡馬 驕る。兵戈 両観に闇く。寵辱 自づから三朝。蜀路 江干 窄く。彭門 地里 遥かなり。亀を解きて 碧草を生じ。猟を諫めて 青霄を阻つ。頃(コノゴロ) 壮とす 戎麾 出づるを。叨りに陪す 幕府の要。将軍 気候に臨み。猛士 風飆を塞ぐ。井 渫(サラ)はれて 泉 誰か汲まん。烽 疎にして 火 焼かず。前籌 自づから 暇 多く。几に隠りて接すること 終朝。翠石 俄かに双表。寒松 竟に後凋。贈詩 焉んぞ敢へて墜とさんや。染翰 聊る無からんと欲す。再哭 経過 罷み。離魂 去住 銷す。官に之きて 方に玉折し。寄葬 萍漂と与にす。曠望す 渥洼の道。霏㣲たり 河漢の橋。夫人 先づ世に即き。令子 各〻 清標なり。巫峡 長へに雲雨。秦城 斗杓に近し。馮唐 毛髪 白く。帰興 日〻に蕭蕭たり。

※●王彭州掄:彭州刺史の王掄。10-64《王十七侍御掄許攜酒至草堂奉寄此詩便請邀高三十五使君同到》に見える王十七侍御掄。侍御史をもって官を罷め、厳武の幕府で勤めたのち、彭州(現・四川省彭州)刺史となったものらしい ●執友:志を執ること同じ友 ●斯人:このような(立派な)人。豹軒は「同輩」の意とするが従いかねる ●沈謝:梁の沈約、宋の謝霊運 ●異骨:非凡な骨相 ●松喬:赤松子と王子喬。ともに著名な仙人 ●北部:洛陽北部の尉。魏の曹操は二十の若さで孝廉に挙げられ洛陽北部の尉となった。王掄が長安近くの県尉となったことをたとえる ●東牀:王羲之の「東牀坦腹」の故事。東床に腹ばいになっていた王羲之が名家の婿に選ばれたように王掄も婿に選ばれて宗室の姻戚となったことをいう ●倚劍:王掄が倚る所の剣 ●鸞鳳夾吹簫:簫史・弄玉の故事。弄玉は秦の穆公の娘であったことから、王掄とその妻(皇族)をたとえる ●胡馬驕:安史の乱が起こる ●兩觀:宮門の両脇の物見台 ●三朝:玄宗・粛宗・代宗 ●彭門:山名。彭州の西北にあり ●地里遙:都からの里程はるか ●解龜:亀の形の取手のついた印璽を解く。辞職すること ●生碧草:諸説あり。豹軒は辞職したのが春であったことをいうとする ●諫獵:司馬相如が漢の武帝の狩猟を諫めた故事 ●阻靑霄:朝廷から隔たる ●戎麾出:軍を指揮する旗が地方(蜀)に出て来る。厳武が節度使として蜀へ赴任したことを指す ●井渫泉誰汲:辺境が安定したので、軍用に井戸をさらう必要もない ●烽疎火不燒:前句に同じく烽火も必要ない ●前籌:張良が漢の高祖の食前の籌を借りて天下をうらなった故事。王掄が厳武のために籌策を献じたことをたとえる ●接終朝:杜甫が王掄に接すること朝のあいだじゅう続いた ●雙表:墓門にたてる二本の石柱 ●贈詩:王掄が杜甫に贈った詩 ●染翰:杜甫が筆を染めて王掄を悼む詩文を作る ●再哭經過罷:墓が立つに際しての再度の哭礼に行くこともしないままになった ●離魂:王掄と杜甫の離れ離れの魂 ●玉折:亡くなること ●寄葬:客地に葬られること ●渥洼:西域の川の名。水中から神馬が生まれたという ●河漢橋:天の川にかかる橋。牽牛織女が出会うための橋 ●卽世:あの世へ行く ●淸標:風采が気高く凛々しい ●長雲雨:巫山の神女の「朝雲暮雨」の故事を踏まえる ●秦城:長安 ●斗杓:北斗七星 ●馮唐:漢の文帝に仕え、年老いて白髪となってようやく郎官となった。杜甫自身をたとえる

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