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『杜少陵詩集』巻14~15巻
巻14
14-1 《寄董卿嘉榮十韻》 杜甫
聞道君牙帳。防秋近赤霄。下臨千仞雪。卻背五繩橋。海內久戎服。京師今晏朝。犬羊曾爛漫。宮闕尙蕭條。猛將宜嘗膽。龍泉必在腰。黃圖遭汙辱。月窟可焚燒。會取干戈利。無令斥候驕。居然雙捕虜。自是一嫖姚。落日思輕騎。高天憶射鵰。雲臺畫形像。皆爲掃氛妖。
《董卿嘉栄に寄す十韻》
聞くならく 君が牙帳。防秋 赤霄に近く。下は 千仞の雪に臨み。却って 五縄橋を背にすと。海内 久しく戎服し。京師 今 晏朝なり。犬羊 曽て爛漫たり。宮闕 尚ほ蕭条たり。猛将 宜しく胆を嘗むべし。竜泉 必ず腰に在らん。黄図 汚辱に遭ふ。月窟 焚焼すべし。会らず干戈の利なるを取り。斥候をして驕らしむる無かれ。居然 双捕虜たれ。自づから是れ 一嫖姚。落日 軽騎を思ひ。高天 射鵰を憶ふ。雲台 形像を画かるるは。皆 氛妖を掃ひしが為めなり。
※●董卿嘉榮:董嘉栄なる人物。卿は敬称 ●牙帳:本陣、本営 ●防秋:夷狄の秋の侵入を防ぐこと ●五繩橋:10-69《入奏行贈西山檢察使竇侍御》にいう縄橋に同じ。縄橋より吐蕃側に進出しているので、これを背にすると言っている ●戎服:軍服をつける ●晏朝:天子が朝廷より退出するのが遅い。国家多事のゆえである ●犬羊:吐蕃をさす ●尙蕭條:吐蕃の長安侵入で荒らされた宮殿は今なおものさびしい ●龍泉:名剣の名 ●黃圖:宮殿や陵廟などのことを記した書物の名。転じて宮殿、都 ●月窟:西域の月氏国の地。転じて、極西の地、西方の蕃族。ここでは吐蕃の根拠地を指す ●雙捕虜:二人の捕虜将軍。後漢の馬武が劉永を討って捕虜将軍になったのと同じように功を挙げて、もう一人の捕虜将軍になれ、との意 ●一嫖姚:嫖姚は漢の嫖姚将軍霍去病 ●射鵰:ワシ(あるいはクマタカ)を射落とす。射に巧みであることをいう ●雲臺:後漢の明帝、雲台に二十八将の功をたたえてその像を画かせた
14-2 《立秋雨院中有作》 杜甫
山雲行絕塞。大火復西流。飛雨動華屋。蕭蕭梁棟秋。窮途愧知已。暮齒借前籌。已費淸晨謁。那成長者謀。解衣開北戶。高枕對南樓。樹濕風涼進。江喧水氣浮。禮寬心有適。節爽病微瘳。主將歸調鼎。吾還訪舊丘。
《立秋 雨ふる。院中にて作有り》
山雲 絶塞に行き。大火 復た西に流る。飛雨 華屋に動jき。蕭蕭として 梁棟 秋なり。窮途 知已に愧づ。暮歯 前籌を借るを。已に費す 清晨の謁。那ぞ成さん 長者の謀。衣を解きて 北戸を開き。枕を高くして 南楼に対す。樹 湿ひて 風涼 進み。江 喧しくして 水気 浮ぶ。礼 寛にして 心 適する有り。節 爽やかにして 病 微(スコ)しく瘳ゆ。主将 調鼎に帰せば。吾 還りて 旧丘を訪はん。
※●院中:厳武の邸の奥座敷のなか ●大火:星の名。さそり座のアンタレス。夏の南の空に輝き、秋になると黄昏どきに西に沈む ●知已:厳武 ●暮齒:晩年。歯は「齢」に同じ ●借前籌:漢の高祖の参謀張良、高祖の前で御膳の箸を借りて漢の命運を占い策を立てた故事を借り、広徳元年6月、剣南節度使厳武の推薦により杜甫がその参謀となったことをいう ●淸晨謁:節度参謀の杜甫が節度使の厳武に朝の謁見をすること ●長者謀:厳武のためのはかりごと ●禮寬:厳武が杜甫に対し、礼儀について寛容であること ●主將:厳武を指す ●調鼎:鼎で煮ている料理の味をととのえる、転じて宰相として政務をになうこと ●舊丘:草堂のある浣花渓の林丘
14-3 《奉和嚴鄭公軍城早秋》 杜甫
秋風嫋嫋動高旌。玉帳分弓射虜營。已收滴博雲閒戍。欲奪蓬婆雪外城。
《厳鄭公が「軍城早秋」に和し奉る》
秋風 嫋嫋として 高旌に動く。玉帳 弓を分かちて 虜営を射さしむ。已に収む 滴博 雲間の戍。奪はんと欲す 蓬婆 雪外の城。
※●嚴鄭公:厳武。宝応2年鄭国公に封ぜられた ●軍城早秋:厳武が詠んだ詩の題 ●玉帳:厳武の立派な陣幕 ●分弓:部下に弓を分配する ●虜營:吐蕃の陣営 ●滴博:維州にある嶺の名 ●蓬婆:山名。別名大雪山
14-4 《院中晚晴懷西郭茅舍》 杜甫
幕府秋風日夜淸。澹雲疎雨過高城。葉心朱實看時落。階面靑苔老更生。復有樓臺銜暮景。不勞鐘鼓報新晴。浣花溪裏花饒笑。肯信吾兼吏隱名。
《院中の晩晴に西郭の茅舎を懐ふ》
幕府 秋風 日夜に清く。澹雲 疎雨 高城を過ぐ。葉心の朱実 看れば時に落ち。階面の青苔 老いて更に生ず。復た楼台の暮景を銜む有り。労せず 鐘鼓の新晴を報ずるを。浣花渓裏 花 饒く笑ふ。肯へて信ぜんや 吾 吏隠の名を兼ぬるを。
※●院中:前々詩参照 ●西郭茅舍:浣花渓の草堂 ●葉心:葉の茂りの真ん中 ●暮景:夕暮れの日の光 ●兼吏隱名:役人と隠者と二つの名を兼ねる
14-5 《宿府》 杜甫
淸秋幕府井梧寒。獨宿江城蠟炬殘。永夜角聲悲自語。中天月色好誰看。風塵荏苒音書絕。關塞蕭條行路難。已忍伶俜十年事。强移棲息一枝安。
《府に宿す》
清秋 幕府 井梧 寒く。独り宿せば 江城 蠟炬 残す。永夜の角声 悲しきは 自ら語り。中天の月色 好きは 誰か看ん。風塵 荏苒として音書 絶え。関塞 蕭条として 行路 難し。已に忍ぶ 伶俜 十年の事。強ひて棲息を移して 一枝に安んず。
※●府:厳武の幕府 ●江城:成都のこと ●自語:自分で自分に語る。独り言として語る ●荏苒:むなしく時が過ぎるさま ●伶俜:おちぶれるさま ●一枝:荘子の逍遙遊篇に「鷦鷯巢於深林、不過一枝」とあるのを踏まえる
14-6 《到村》 杜甫
碧澗雖多雨。秋沙先少泥。蛟龍引子過。荷芰逐花低。老去參戎幕。歸來散馬蹄。稻粱須就列。榛草卽相迷。蓄積思江漢。疎頑惑町畦。暫酬知已分。還入故林棲。
《村に到る》
碧澗 雨 多しと雖も。秋沙 先づ 泥 少なし。蛟竜 子を引きて過ぎ。荷芰 花を逐ひて低る。老い去って 戎幕に参じ。帰り来たりて 馬蹄を散ず。稲粱 須らく列に就くべく。榛草 即ち相ひ迷はしむ。蓄積 江漢を思ひ。疎頑 町畦に惑ふ。暫く知已の分に酬ひ。還た故林に入りて棲まん。
※●村:浣花渓の村 ●先少泥:他処よりも早く泥が少なくなる ●戎幕:軍中の役所。すなわち節度使の幕府 ●散馬蹄:馬であちこち行くこと ●稻粱:穀物。転じて生計をいう ●就列:官吏の列に就く。論語の季氏篇に「陳力就列、不能者止」とあり ●榛草:草堂の庭に生えたいばら ●蓄積:胸にためこんだ思い ●江漢:荊州方面。厳武が成都に戻ってくる直前まで杜甫は荊州行きを計画していた ●惑町畦:町畦は田のあぜ。転じてもののけじめ。ここでは自身の進退のこと ●知已分:知己(厳武)が友人として示してくれた情誼
14-7 《村雨》 杜甫
雨聲傳兩夜。寒事颯高秋。攬帶看朱紱。開箱覩黑裘。世情只益睡。盜賊敢忘憂。松菊新霑洗。茅齋慰遠遊。
《村雨》
雨声 両夜 伝はり。寒事 高秋に颯たり。帯を攬りて 朱紱を看。箱を開きて 黒裘を覩る。世情に 只だ睡りを益し。盗賊に 敢へて憂ひを忘れんや。松菊 新たに霑洗し。茅斎にて 遠遊を慰む。
※●朱紱:赤い革前垂れ。工部員外郎として賜ったもの ●黑裘:戦国時代の遊説家蘇秦がまだ浪人だったころボロボロの黒貂の裘を着ていた。無官に戻れば着ることになる服 ●霑洗:雨露にうるおい、洗われる
14-8 《獨坐》 杜甫
悲秋廻白首。倚杖背孤城。江斂洲渚出。天虛風物淸。滄溟恨衰謝。朱紱負平生。仰羨黃昏鳥。投林羽翮輕。
《独坐》
秋を悲しみて 白首を廻らし。杖に倚りて 孤城を背にす。江 斂まりて 洲渚 出で。天 虚しくして 風物 清し。滄溟 衰謝を恨み。朱紱 平生に負く。仰ぎて羨む 黄昏の鳥。林に投じて 羽翮 軽きを。
※●江斂:錦江の水位が低下する ●滄溟:青海原 ●朱紱:前詩参照 ●負平生:従来の志にそむく
14-9 《倦夜》 杜甫
竹涼侵臥內。野月滿庭隅。重露成涓滴。稀星乍有無。暗飛螢自照。水宿鳥相呼。萬事干戈裏。空悲淸夜徂。
《倦夜》
竹涼 臥内を侵し。野月 庭隅に満つ。重露 涓滴を成し。稀星 乍ち有無。暗(ヤミ)に飛びて 蛍 自ら照らし。水に宿して 鳥 相ひ呼ぶ。万事 干戈の裏。空しく悲しむ 清夜の徂くを。
※●臥內:ねやの中。寝室
14-10 《陪鄭公秋晚北池臨眺》 杜甫
北池雲水闊。華館闢秋風。獨鶴元依渚。衰荷且映空。采菱寒刺上。踏藕野泥中。素楫分曹往。金盤小徑通。萋萋露草碧。片片晚旗紅。杯酒霑津吏。衣裳與釣翁。異方初豔菊。故里亦高桐。搖落關山思。淹留戰伐功。嚴城殊未掩。淸宴已知終。何補參軍乏。歡娛到薄躬。
《鄭公が 秋晩 北池に臨眺するに陪す》
北池 雲水 闊く。華館 秋風に闢く。独鶴 元 渚に依り。衰荷 且つ空に映ず。菱を采る 寒刺の上。藕を踏む 野泥の中。素楫 分曹 往き。金盤 小径に通る。萋萋たる露草 碧にして。片片たる晩旗 紅なり。杯酒もて 津吏に霑し。衣裳もて 釣翁に与ふ。異方 初めて艶菊。故里 亦た高桐。揺落 関山の思ひ。淹留するは 戦伐の功。厳城 殊に未だ掩はず。清宴 已に終はるを知る。何ぞ補はん 参軍の乏。歓娯 薄躬に到る。
※●鄭公:鄭国公の厳武 ●北池:官邸の北にあたる池 ●寒刺:菱の寒々しいとげ ●素楫:素木のまま塗装などしていない楫 ●分曹:分けられたグループ ●金盤:採取した菱や蓮根をのせた黄金づくりの大皿 ●霑津吏:渡し場の役人に恩沢を及ぼす ●釣翁:手伝いの漁夫 ●搖落:木の葉が風に揺れ落ちること ●關山:故郷と成都の間をさえぎる関所や山々 ●嚴城:守りの厳重な城 ●殊未掩:特別にまだ戸締りしていない ●參軍乏:参軍(節度の参謀の職)の欠乏。自分は節度参謀として頭数だけは欠員を補っているが、実質の欠乏を補えていないことをいう
14-11 《遣悶奉呈嚴公二十韻》 杜甫
白水魚竿客。淸秋鶴髮翁。胡爲來幕下。祗合在舟中。黃卷眞如律。靑袍也自公。老妻憂坐痺。幼女問頭風。平地專欹倒。分曹失異同。禮甘衰力就。義忝上官通。疇昔論詩早。光輝仗鉞雄。寬容存性拙。剪拂念途窮。露裛思藤架。煙霏想桂叢。信然龜觸網。直作鳥窺籠。西嶺紆村北。南江繞舍東。竹皮寒舊翠。椒實雨新紅。浪簸船應坼。杯乾甕卽空。藩籬生野徑。斤斧任樵童。束縳酬知已。蹉跎效小忠。周防期稍稍。太簡遂悤悤。曉入朱扉啓。昏歸畫角終。不成尋別業。未敢息微躬。烏鵲愁銀漢。駑駘怕錦幪。會希全物色。時放倚梧桐。
《悶を遣りて厳公に奉呈す二十韻》
白水 魚竿の客。清秋 鶴髪の翁。胡為れぞ 幕下に来たる。祗だ合に 舟中に在るべきに。黄巻 真に律の如く。青袍 也た公よりす。老妻 坐痺を憂へ。幼女 頭風を問ふ。平地にも 欹倒を専らにし。分曹 異同に失す。礼は甘んず 衰力もて 就くるに。義は忝くす 上官の通ずるを。疇昔 詩を論ずること早く。光輝 鉞に仗ること 雄なり。寛容にして 性 拙なるを存し。剪払して 途の窮まるを念ふ。露裛 藤架を思ひ。煙霏 桂叢を想ふ。信然 亀 網に触るるのみ。直ちに作す 鳥 籠を窺ふを。西嶺 村北を紆り。南江 舎東を繞る。竹皮 旧翠 寒く。椒実 新紅に雨ふる。浪に簸られて 船 応に坼(サ)くるべし。杯 乾きて 甕 即ち空し。藩籬 野径を生じ。斤斧 樵童に任す。知已に酬ゆるに束縳され 。小忠を効すにも蹉跎たり。周防 期すること稍稍たり。太簡にして 遂に怱怱たり。暁に入るは 朱扉 啓くころ。昏に帰るは 画角 終はるころ。別業を尋ぬるを成さずんば。未だ敢へて微躬を息(ヤス)めしめず。烏鵲 銀漢に愁へ。駑駘 錦幪を怕る。会らず希ふ 物色を全うして。時に放ちて 梧桐に倚らしむるを。
※●嚴公:厳武 ●白水:澄んでいる川の水 ●祗合:ただ~すべきなのに ●黃卷:役人の功過を記録する書類 ●如律:掟のごとく自分をしばる ●靑袍:役人の着る青い上着 ●自公:詩経にいう「自公退食」の略。公の場から退出すること ●坐痺:坐っていて足がしびれる ●頭風:頭痛 ●分曹:分けられたグループ、部門 ●論詩早:厳公とは早くから詩を論じた仲だ ●仗鉞:兵馬の権を持つこと。節度使の職にあることを指す ●剪拂:馬の毛を剪り、ほこりを払う。転じてよく世話をすること ●藤架・桂叢:草堂の庭の藤棚と木犀の木立 ●信然:ほんとうに、まことに ●西嶺:西山。雪嶺・雪山に同じ ●周防:周囲を防御する ●太簡:簡略にすぎて敬を欠くこと ●別業:別荘。ここでは浣花渓の草堂のこと ●錦幪:馬の鞍を覆う錦 ●全物色:馬の毛色を傷つけないようにする ●倚梧桐:鳳凰のように梧桐の木にとまらせる
14-12 《送舍弟穎赴齊州三首 其一》 杜甫
岷嶺南蠻北。徐關東海西。此行何日到。送汝萬行啼。絕域惟高枕。淸風獨杖藜。時危暫相見。衰白意都迷。
《舎弟穎が斉州に赴くを送る三首 其の一》
岷嶺 南蛮の北。徐関 東海の西。此の行 何れの日にか到らん。汝を送りて 万行 啼く。絶域 惟だ高枕。清風 独り藜を杖つく。時 危くして 暫く相ひ見る。衰白 意 都て迷ふ。
※●舍弟穎:杜甫の弟の杜穎 ●齊州:山東の地名。今の済南 ●岷嶺:岷山。職の名山 ●南蠻:南詔国を指す。11-73《有感五首 其二》参照 ●徐關:斉の古い関所 ●暫相見:暫く会っただけでまた別れる ●衰白:老衰かつ白髪
14-13 《送舍弟穎赴齊州三首 其二》 杜甫
風塵暗不開。汝去幾時來。兄弟分離苦。形容老病催。江通一柱觀。日落望鄕臺。客意長東北。齊州安在哉。
《舎弟穎が斉州に赴くを送る三首 其の二》
風塵 暗くして開かず。汝 去りて 幾時にか来たらん。兄弟 分離に 苦しみ。形容 老病 催す。江は通ず 一柱観。日は落つ 望郷台。客意 東北に長からん。斉州 安くに在りや。
※●一柱觀:荊州の名所。邱家湖の中にあり。六朝宋の劉義慶の建てた道観 ●望鄕臺:成都の北九里にあり
14-14 《送舍弟穎赴齊州三首 其三》 杜甫
諸姑今海畔。兩弟亦山東。去傍干戈覓。來看道路通。短衣防戰地。匹馬逐秋風。莫作俱流落。長瞻碣石鴻。
《舎弟穎が斉州に赴くを送る三首 其の三》
諸姑は 今 海畔に。両弟も 亦た山東にあり。去くとき 干戈に傍ひて覓むるも。来たるときは 道路の通ずるを看ん。短衣 戦地を防ぎ。匹馬 秋風を逐ふ。俱に流落するを作す莫れ。長(ツネ)に瞻ん 碣石の鴻。
※●諸姑:杜甫兄弟のおばさんたち。杜審言の娘 ●兩弟:杜豊・杜観 ●傍干戈覓:戦場の近くで彼らを探し求める ●來看道路通:戻って来るころには安全に通行できるのを見たいものだ ●防戰地:戦場で危害に遭わないよう防備をなす ●俱:山東の弟ふたりとともに ●碣石:渤海湾秦皇島付近にある海中の石門。山東の名所 ●鴻:手紙を運んでくる雁鴻
14-15 《嚴鄭公階下新松得霑字》 杜甫
弱質豈自負。移根方爾瞻。細聲侵玉帳。疎翠近珠簾。未見紫煙集。虛蒙淸露霑。何當一百丈。欹蓋擁高簷。
《厳鄭公の階下の新松。霑の字を得たり》
弱質 豈に自負せんや。根を移して 方に爾を瞻る。細声 玉帳を侵し。疎翠 珠簾に近し。未だ見ず 紫煙の集まるを。虚しく蒙る 清露の霑すを。何(イツ)か当に 一百丈。欹蓋 高簷を擁すべき。
※●嚴鄭公:厳武 ●弱質:か弱い性質。まだ若い松であるため ●玉帳:とばりの美称 ●紫煙:紫色のもや ●何當:いつか必ず~してほしいものだ ●欹蓋:傾くかさ。広がる松の枝葉のこと
14-16 《嚴鄭公宅同詠竹得香字》 杜甫
綠竹半含籜。新梢纔出牆。色侵書帙晚。陰過酒樽涼。雨洗娟娟淨。風吹細細香。但令無剪伐。會見拂雲長。
《厳鄭公の宅にて同に竹を詠ず。香の字を得たり》
緑竹 半ば籜を含み。新梢 纔かに牆を出づ。色の 書帙を侵すこと 晩く。陰に 酒樽を過ごせば 涼し。雨に洗はれて 娟娟として浄く。風に吹かれて 細細として香し。但だ剪伐 無からしめば。会らず見ん 雲を払ひて長からんことを。
※●嚴鄭公:厳武 ●籜:竹の皮
14-17 《晚秋陪嚴鄭公摩訶池泛舟得溪字》 杜甫
湍駛風醒酒。船回霧起隄。高城秋自落。雜樹晚相迷。坐觸鴛鴦起。巢傾翡翠低。莫須驚白鷺。爲伴宿靑溪。
《晩秋 厳鄭公が摩訶池に舟を泛ぶるに陪す。渓の字を得たり》
湍 駛(ハヤ)くして 風 酒を醒まし。船 回りて 霧 隄に起こる。高城 秋 自づから落ち。雑樹 晩に相ひ迷ふ。坐 触れて 鴛鴦 起ち。巣 傾きて 翡翠 低る。白鷺を驚かすを須ふる莫し。伴を為して青渓に宿せん。
※●嚴鄭公:厳武 ●摩訶池:成都の少城内にあり。隋代、蜀王楊秀が築城に必要な土を掘った跡の池。ある胡僧が、この池には「摩訶宮毘羅(大きな竜)」がいる、と言ったことから摩訶池と名付けられたという ●坐觸:鴛鴦のすわっているところに船が触れる ●爲伴:連れだって ●靑溪:杜甫の草堂のある浣花渓
14-18 《奉觀嚴鄭公廳事岷山沱江畫圖十韻得忘字》 杜甫
沱水臨中座。岷山到北堂。白波吹粉壁。靑嶂插雕梁。直訝松杉冷。兼疑菱荇香。雪雲虛點綴。沙草得微茫。嶺雁隨毫末。川蜺飮練光。霏紅洲蕊亂。拂黛石蘿長。谷暗非關雨。楓丹不爲霜。秋城玄圃外。景物洞庭旁。繪事功殊絕。幽襟興激昂。從來謝太傅。丘壑道難忘。
《厳鄭公の庁事の岷山沱江の画図を奉観す。忘の字を得たり》
沱水 中座に臨み。岷山 北堂に到る。白波 粉壁に吹き。青嶂 雕梁に挿む。直ちに訝る 松杉の冷やかなるを。兼ねて疑ふ 菱荇の香しきかと。雪雲 虚しく点綴し。沙草 微茫を得たり。嶺雁 毫末に随ひ。川蜺 練光に飲む。霏紅 洲蕊 乱れ。払黛 石蘿 長し。谷 暗きは 雨に関するに非ず。楓 丹きは 霜の為めならず。秋城 玄圃の外。景物 洞庭の旁。絵事の 功 殊絶にして。幽襟には 興 激昂す。従来 謝太傅。丘壑の道 忘れ難し。
※●嚴鄭公:厳武 ●廳事:役所の広間 ●岷山・沱江:蜀の名山と名水 ●中座:座席のなかほど ●菱荇:ヒシとアサザ ●川蜺:沱江にかかる虹 ●飮練光:ねりぎぬのように白く輝く沱江で水を飲む。虹は竜の一種と考えられていた ●玄圃:西方の仙山・崑崙山にあるといわれた空中庭園 ●謝太傅:東晋の謝安のこと。山水を愛したことで知られる。厳武をたとえる ●丘壑:山水に同じ
14-19 《過故斛斯校書莊二首 其一》 杜甫
此老已云歿。鄰人嗟未休。竟無宣室召。徒有茂陵求。妻子寄他食。園林非昔遊。空餘繐帷在。淅淅野風秋。
《故 斛斯校書の荘に過ぎる二首 其の一》
此の老 已に云に歿す。隣人 嗟きて未だ休まず。竟に宣室の召 無く。徒らに茂陵の求め有り。妻子 他食に寄り。園林 昔遊に非ず。空しく 繐帷を余して在り。淅淅として 野風 秋なり。
※原注に「老儒艱難、病於庸蜀。歎其殁後方授一官」とあり ●斛斯校書:斛斯融。校書は官名。10-24《江畔獨步尋花七絕句 其一》に見える草堂の南隣に住む「酒伴」がこの斛斯融 ●宣室召:漢の賈誼、長沙に左遷されたのち、都に呼び戻されて、宣室(未央宮の前の正室)にて帝の鬼神についての質問に答える機会を得た ●茂陵求:漢のとき、茂陵に住んでいた司馬相如が病気になると、武帝は使者をつかわしたが、すでに相如は亡くなっており、封禅のことを記した遺著を得て帰った ●寄他食:よその居候になる ●繐帷:霊室にかけるとばり ●淅淅:風がさびしく吹く音
14-20 《過故斛斯校書莊二首 其二》 杜甫
燕入非傍舍。鷗歸祇故池。斷橋無復板。臥柳自生枝。遂有山陽作。多慙鮑叔知。素交零落盡。白首淚雙垂。
《故 斛斯校書の荘に過ぎる二首 其の二》
燕の入るは 傍舎に非ず。鷗の帰るは 祗だ故池なり。断橋 復たとは板 無く。臥柳 自づから枝を生ず。遂に有り 山陽の作。多く慙づ 鮑叔の知るに。素交 零落し尽くし。白首 涙 双すぢに垂る。
※●傍舍:隣の家 ●無復板:もはや橋板はない ●山陽作:山陽は竹林の七賢のいたところ。嵆康の没後、向秀が山陽の旧居を過ぎて《思舊賦》を作った。今回、斛斯校書の死を悼む詩を作ることになったことをたとえる ●鮑叔知:管鮑貧時の交わりで知られる斉の管仲は、「我を生む者は父母、我を知る者は鮑子なり」と言った。斛斯校書を鮑叔牙にたとえる ●素交:もとから交わりのあった人たち
14-21 《懷舊》 杜甫
地下蘇司業。情親獨有君。那因喪亂後。便有死生分。老罷知明鏡。悲來望白雲。自從失辭伯。不復更論文。
旧を懐ふ
地下の蘇司業。情親 独り 君 有るのみ。那に因りてか 喪乱の後に。便ち 死生の分かるる有る。老い罷むこと 明鏡に知り。悲しみ来たりて 白雲を望む。辞伯を失ひしより。復たとは更に文を論ぜず。
※原注に「公、前名預、避御諱、改名源明」とあり ●蘇司業:国子司業(国子監の次官)の蘇源明。原注によれば、初めの名は預、代宗の諱「豫」と同音なるを避けて源明に改名したらしい ●情親:情誼の親しいもの ●悲來:仇本は「歸來」に作る。豹軒の字解に、諸本「悲」に作るにより「悲」に従うと説明あり ●辭伯:詩伯、詞伯に同じ。文壇のリーダー
14-22 《哭台州鄭司戶蘇少監》 杜甫
故舊誰憐我。平生鄭與蘇。存亡不重見。喪亂獨前途。豪俊何人在。文章掃地無。羇遊萬里闊。凶問一年俱。白日中原上。淸秋大海隅。夜臺當北斗。泉路窅東吳。得罪台州去。時危棄碩儒。移官蓬閣後。穀貴歿潛夫。流慟嗟何及。銜冤有是夫。道消詩發興。心息酒爲徒。許與才雖薄。追隨跡未拘。班揚名甚盛。嵇阮逸相須。會取君臣合。寧詮品命殊。賢良不必展。廊廟偶然趨。勝決風塵際。功安造化罏。從容詢舊學。慘澹悶陰符。擺落嫌疑久。哀傷志力輸。俗依綿谷異。客對雪山孤。童稚思諸子。交朋列友于。情乖淸酒送。望絕撫墳呼。瘧病餐巴水。瘡痍老蜀都。飄零迷哭處。天地日榛蕪。
《台州の鄭司戸・蘇少監を哭す》
故旧 誰か我を憐れむ。平生 鄭と蘇となり。存亡 重ねては見えず。喪乱 独り前途あり。豪俊 何人か在る。文章 地を掃ひて無し。羇遊 万里 闊く。凶問 一年 俱にす。白日 中原の上。清秋 大海の隅。夜台 北斗に当たり。泉路 東呉 窅(ハル)かなり。罪を得て 台州に去るは。時 危くして 碩儒を棄つるなり。官を蓬閣に移しての後。穀 貴くして 潜夫 歿す。流慟するも 嗟(アア )何ぞ及ばん。銜冤 是れ有るかな。道 消して 詩 興を発し。心 息まるは 酒に 徒と為ればなり。許与 才 薄しと雖も。追随 跡 未だ拘らず。班揚 名 甚だ盛んなり。嵇阮 逸 相ひ須つ。会らず取る 君臣の合するを。寧ぞ詮らんや 品命の殊なるを。賢良 必ずしも展べず。廊廟 偶然に趨けり。勝は決す 風塵の際。功は安んず 造化の罏。従容として 旧学に詢ひ。惨澹として 陰符 悶づ。嫌疑を擺落すること 久しく。哀傷 志力 輸す。俗は依る 綿谷の異なれるに。客は対す 雪山の孤なるに。童稚より 諸子を思ひ。交朋 友于に列す。情は乖く 清酒の送。望みは絶ゆ 撫墳の呼。瘧病 巴水に餐し。瘡痍 蜀都に老ゆ。飄零 哭処に迷ふ。天地 日〻に榛蕪なり。
※●台州鄭司戶:台州の司戸参軍だった鄭虔。3-42《戲簡鄭廣文兼呈蘇司業》、5-35《送鄭十八虔貶台州司戶傷其臨老陷賊之故闕爲面別情見於詩》、6-22《題鄭十八著作丈故居》、7-18《有懷台州鄭十八司戶》、8-24《所思》など参照 ●蘇少監:秘書少監(秘書省の次官)の蘇源明。前詩参照 ●存亡:我は存し、彼らは亡す ●凶問:不吉のたより ●一年俱:一年のうちに二つ一緒に来た ●白日:仇本は「白首」に作るが、豹軒は、他本に従って「白日」を採ると字解に説く ●中原上:蘇のいた長安洛陽 ●大海隅:鄭のいた台州 ●夜臺:墓をいう。この句は蘇のこと ●泉路:黄泉の途。この句は鄭のこと ●得罪の二句:鄭が台州に貶されてことをいう ●移官二句:蘇が秘書少監に移り、その後、貧苦により亡くなったことをいう。蓬閣は秘書省のこと、穀貴は米価高騰をいう ●流慟:流涕慟哭 ●銜冤:無実の罪をのみこむ。鄭は賊軍から官を受けたかどで罪された ●有是夫:そんなひどいことがあるものなのか ●許與:二人が杜甫に対し、文才ありと許し与えたこと ●班揚:班固と揚雄。鄭・蘇ふたりの文名をたとえる ●嵇阮:嵆康と阮籍。ふたりの脱俗をたとえる ●品命殊:官人としての位階の違い ●造化罏:天地のこと ●詢舊學:旧学は、かつて教えを受けた人をいう。蘇はかつて太子論徳の官にあり、皇太子時代の粛宗の学問を指導する立場にあった ●悶陰符:陰符は太公望の兵書。鄭は兵法に通じていたが、流罪となり兵書を開いて知識を活かすこともなかったことをいう ●綿谷:綿州の谷 ●雪山:雪嶺、西山に同じ ●友于:兄弟のこと。尚書に「孝乎惟孝、友于兄弟」とあるによる ●
14-23 《別唐十五誡因寄禮部賈侍郞》 杜甫
九載一相見。百年能幾何。復爲萬里別。送子山之阿。白鶴久同林。潛魚本同河。未知棲集期。衰老强高歌。歌罷兩悽惻。六龍忽蹉跎。相視髮皓白。況難駐羲和。胡星墜燕地。漢將仍橫戈。蕭條四海內。人少豺虎多。少人愼莫投。多虎信所過。飢有易子食。獸猶畏虞羅。子負經濟才。天門鬱嵯峨。飄飄適東周。來往若崩波。南宮吾故人。白馬金盤陀。雄筆映千古。見賢心靡他。念子善師事。歲寒守舊柯。爲我謝賈公。病肺臥江沱。
《唐十五誡に別る。因りて礼部賈侍郎に寄す》
九載 一たび相ひ見ゆ。百年 能く幾何ぞ。復た万里の別れと為し。子を送る 山の阿。白鶴 久しく林と同じくし。潜魚 本より河を同じくす。未だ知らず 棲集の期。衰老 強ひて高歌す。歌ひ罷みて 両つながら悽惻す。六竜 忽ち蹉跎たり。相ひ視れば 髪 皓白なり。況んや 羲和を駐め難きをや。胡星 燕地に墜ち。漢将 仍ほ戈を横たふ。蕭条たり 四海の内。人 少なくして 豺虎 多し。人 少なきには 慎んで投ずる莫れ。虎 多きは 信に過ぐる所なり。飢ゑては子を易へて食する有り。獣すら猶ほ 虞羅を畏る。子 経済の才を負ふ。天門 鬱として嵯峨たり。飄飄として東周に適き。来往 崩波の若くならん。南宮の吾が故人。白馬 金盤陀。雄筆 千古に映ず。賢を見ては 心 他 靡(ナ)し。念ふ 子が善く師事して。歳寒 旧柯を守らんことを。我が為めに賈公に謝せよ。「肺を病みて江沱に臥す」と。
※●唐十五誡:唐誡、十五は排行。詳細不明。このとき科挙受験のため洛陽に赴くもので、杜甫に賈至を紹介されたようである ●禮部賈侍郞:礼部侍郎の賈至。広徳2年9月より洛陽の科挙をつかさどった。杜甫との交遊は 5-37《奉和賈至舍人早朝大明宮》、6-6《送賈閣老出汝州》、8-21《寄岳州賈司馬六丈巴州嚴八使君兩閣老五十韻》など参照 ●六龍忽蹉跎:日がたちまち傾くこと。日輪の乗る車は六匹の竜が引くとされた ●羲和:日輪の乗る車の馭者。転じて日輪をいう ●胡星墜燕地:史朝義が幽州で自殺し、安史の乱が終結したことを言う ●漢將仍橫戈:朝廷に降った元の賊将たちが河北諸鎮で武力を温存し、戦闘態勢を解除していないことを言う ●易子食:左伝の宣公十五年に見える故事。飢餓きわまるさま ●虞羅:猟師のこと ●東周:洛陽のこと。その都洛邑はのちの洛陽 ●南宮:礼部省を指す ●金盤陀:馬の鞍勒の飾り ●心靡他:あだごころがない ●歲寒守舊柯:逆境でも節操を守る
14-24 《初冬》 杜甫
垂老戎衣窄。歸休寒色深。漁舟上急水。獵火著高林。日有習池醉。愁來梁父吟。干戈未偃息。出處遂何心。
《初冬》
垂老 戎衣 窄く。帰休すれば 寒色 深し。漁舟 急水に上り。猟火 高林に著く。日〻に有り 習池の酔ひ。愁ひ来たれば 梁父の吟。干戈 未だ偃息せず。出処 遂に何れの心ぞ。
※●初冬:広徳2年の初冬 ●習池:晋の山簡が襄陽赴任時、地元の有力者の習氏の庭園に毎日遊び、その池のほとりで酔ったという故事。ここでは自身の草堂の池を指す ●梁父吟:出廬前の諸葛亮が吟じたという詩。梁甫吟に同じ。古文眞寶前集 9-3《梁甫吟》参照 ●出處遂何心:出処のいずれが本心なのか
14-25 《觀李固請司馬弟山水圖三首 其一》 杜甫
簡易高人意。匡牀竹火爐。寒天留遠客。碧海挂新圖。雖對連山好。貪看絕島孤。羣仙不愁思。冉冉下蓬壺。
《李固が司馬弟に請へる山水図を観る三首 其の一》
簡易なり 高人の意。匡床 竹の火炉。寒天 遠客を留め。碧海 新図を挂く。連山の好きに対すと雖も。絶島の孤なるを貪り看る。群仙は 愁思せず。冉冉として 蓬壺に下る。
※●李固請司馬弟山水圖:諸説あり。「李固請司馬弟」が一人の人名(司馬は官名、弟は年下への敬称)の可能性もあり ●簡易:簡略で飾らない ●匡床:安らかな腰掛け ●碧海挂新圖:挂碧海之新圖の意 ●蓬壺:蓬莱と方壺。いずれも東海中にある仙山
14-26 《觀李固請司馬弟山水圖三首 其二》 杜甫
方丈渾連水。天台總映雲。人閒長見畫。老去恨空聞。范蠡舟偏小。王喬鶴不羣。此生隨萬物。何處出塵氛。
《李固が司馬弟に請へる山水図を観る三首 其の二》
方丈 渾て水に連り。天台 総て雲に映ず。人間 長く画に見るのみ。老い去りて 空しく聞くを恨む。范蠡の舟 偏へに小さく。王喬の鶴 群ならず。此の生 万物に随ふ。何れの処にか塵氛を出でん。
※●方丈:東海中にあるという仙山 ●天台:浙江の台州にある名山 ●范蠡:越王勾践に仕えた謀臣。宿敵の呉を亡ぼすにあたっての勲功第一であったが、その後は越を去り、商人となって巨万の富を築き、五胡に舟を浮かべて遊んだとされる ●王喬:仙人の王子喬 ●不羣:並みのものではない
14-27 《觀李固請司馬弟山水圖三首 其三》 杜甫
高浪垂翻屋。崩崖欲壓牀。野橋分子細。沙岸繞微茫。紅浸珊瑚短。靑懸薜荔長。浮査竝坐得。仙老暫相將。
《李固が司馬弟に請へる山水図を観る三首 其の三》
高浪 屋を翻へすに垂(ナンナ)んとし。崩崖 床を圧せんと欲す。野橋 子細を分かち。沙岸 微茫を繞る。紅 浸されて 珊瑚は短く。青 懸りて 薜荔は長し。浮査 並坐し得たり。仙老 暫く相ひ将ゆ。
※●分子細:こまかに見分けられる ●浮査:仙人の筏
14-28 《至後》 杜甫
冬至至後日初長。遠在劍南思洛陽。靑袍白馬有何意。金谷銅駝非故鄕。梅花欲開不自覺。棣萼一別永相望。愁極本憑詩遣興。詩成吟詠轉凄涼。
《至後》
冬至の至後 日 初めて長し。遠く剣南に在りて 洛陽を思ふ。青袍 白馬 何の意か有る。金谷 銅駝 故郷に非ず。梅花 開かんと欲すれども 自らは覚えず。棣萼 一たび別れて 永く相ひ望む。愁ひ 極まれば 本より詩に憑りて興を遣る。詩 成りて 吟詠すれば 転た凄涼たり。
※●靑袍白馬:役人の服を着、役人の馬に乗る ●金谷:晋の石崇が豪華な庭園を営んだところ ●銅駝:洛陽の街区の名 ●非故鄕:もとのままの故郷ではない ●棣萼:常棣(ニワウメ)の萼(がく)。詩経の常棣に「常棣之華、鄂不鞾鞾」とあることから、兄弟のことをいう ●
14-29 《寄賀蘭銛》 杜甫
朝野歡娛後。乾坤震蕩中。相隨萬里日。總作白頭翁。歲晚仍分袂。江邊更轉蓬。勿云俱異域。飮啄幾回同。
《賀蘭銛に寄す》
朝野 歓娯の後。乾坤 震蕩の中。相ひ随ふ 万里の日。総て白頭の翁と作る。歳晩 仍ほ袂を分ち。江辺 更に転蓬。云ふ莫れ 俱に異域なりと。飲啄 幾回か同じからん。
※●賀蘭銛:12-90《贈別賀蘭銛》を参照。先の詩で送別したはずだが、事情あってまだ蜀に留まっていたらしい ●飮啄:食事すること
14-30 《送王侍御往東川放生池祖席》 杜甫
東川詩友合。此贈怯輕爲。況復傳宗匠。空然惜別離。梅花交近野。草色向平池。儻憶江邊臥。歸期願早知。
《王侍御が東川に往くを送る。放生池の祖席なり》
東川には 詩友 合せん。此の贈 軽為を怯る。況んや復た宗匠より伝へらるるをや。空然として 別離を惜しむ。梅花 近野に交はり。草色 平池に向ふ。儻し江辺に臥するを憶はば。帰期 早く知らしめんことを願ふ。
※●王侍御:王掄(10-64《王十七侍御掄許攜酒至草堂奉寄此詩便請邀高三十五使君同到》参照)あるいは王契( 13-45《贈王二十四侍御契四十韻》参照)のいずれか不明 ●東川:東川節度使の治所である梓州を指す ●放生池:放生会をおこなうための池。成都近郊にあったのだろう ●祖席:送別の宴席 ●輕爲:軽々しく作ること ●傳宗匠:宗匠たる王侍御から詩友たちへ伝えられる ●空然:むなしく。詩を贈ることなしで
14-31 《正月三日歸溪上有作簡院內諸公》 杜甫
野外堂依竹。籬邊水向城。蟻浮仍臘味。鷗泛已春聲。藥許鄰人斸。書從稚子擎。白頭趨幕府。深覺負平生。
《正月三日 渓上に帰りて 作有り。院内の諸公に簡す》
野外 堂 竹に依り。籬辺 水 城に向ふ。蟻浮 仍ほ臘味。鷗泛 已に春声。薬は 隣人の斸るを許し。書は 稚子の擎ぐるに従す。白頭 幕府にて趨る。深く覚ゆ 平生に負くを。
※●正月三日:永泰元年正月3日 ●溪上:浣花渓のほとり、すなわち草堂 ●院內諸公:節度使の幕府内の同僚たち ●蟻浮:酒のこと。発酵により生じた泡を水に浮かぶ蟻に見立てたもの ●臘味:旧年12月と同じ味 ●藥:薬草
14-32 《敝廬遣興奉寄嚴公》 杜甫
野水平橋路。春沙映竹村。風輕粉蝶喜。花暖蜜蜂喧。把酒宜深酌。題詩好細論。府中瞻暇日。江上憶詞源。跡忝朝廷舊。情依節制尊。還思長者轍。恐避席爲門。
《敝廬にて興を遣り 厳公に寄せ奉る》
野水 橋路に平らかに。春沙 竹村に映ず。風 軽くして 粉蝶 喜び。花 暖かにして 蜜蜂 喧し。酒を把りては 宜しく深酌すべし。詩を題しては 好し細論せん。府中 暇日を瞻る。江上 詞源を憶ふ。跡は忝くす 朝廷の旧。情は依る 節制の尊。還た思ふ 長者の轍。恐らくは席を門と為すを避けんことを。
※●嚴公:厳武 ●府中:節度使の幕府中 ●瞻暇日:厳武が暇な日はないかと眺めやる ●江上:錦江のほとり ●憶詞源:厳武の文章に淵源あることを思う ●朝廷舊:朝廷において知り合いだったこと。厳武が給事中だったとき、杜甫は左拾遺でともに朝廷にあった ●節制尊:節度使の権限の尊さ ●長者轍:厳武の車のわだち ●席爲門:漢の陳平は家貧しくして、蓆をもって門としていた。自身の草堂をたとえる
14-33 《營屋》 杜甫
我有陰江竹。能令朱夏寒。陰通積水內。高入浮雲端。甚疑鬼物憑。不顧剪伐殘。東偏若面勢。戶牖永可安。愛惜已六載。茲晨去千竿。蕭蕭見白日。洶洶開奔湍。度堂匪華麗。養拙異考槃。草茅雖薙葺。衰疾方少寬。洗然順所適。此足代加餐。寂無斤斧響。庶遂憩息歡。
《屋を営む》
我に陰江の竹有り。能く朱夏をして寒からしむ。陰は通ず 積水の内。高さは入る浮雲の端。甚だ疑ふ 鬼物の憑るかと。顧みず 剪伐して残(ソコナ)ふを。東偏 面勢に若(シタガ)ふ。戸牖 永く安んずべし。愛惜すること 已に六載。茲の晨 千竿を去る。蕭蕭として白日を見。洶洶として奔湍 開く。堂を度(ハカ)るも 華麗には匪ず。拙を養ふは 考槃に異なる。草茅 薙葺すと雖も。衰疾 方に少しく寛なり。洗然 適する所に順ふ。此れ 加餐に代ふるに足る。寂として 斤斧の響く無くならば。庶はくは憩息の歓を遂げん。
※●營屋:家屋を造営する ●陰江:陰は蔭に通じて「おおう」の意。江におおいかぶさる ●積水:江の水 ●度堂:堂を建てるのに広さの見積もりをする ●考槃:賢人が山澗に隠退して楽しむこと。詩経衛風に《考槃》篇あり ●草茅雖薙葺:みずから草を薙ぎ茅を葺いて大変だけれども ●寂無斤斧響:普請が完了して斧の響きがなくなったら
14-34 《除草》 杜甫
草有害於人。曾何生阻修。其毒甚蜂蠆。其多彌道周。淸晨步前林。江色未散憂。芒刺在我眼。焉能待高秋。霜露一霑凝。蕙葉亦難留。荷耡先童稚。日入仍討求。轉致水中央。豈無雙釣舟。頑根易滋蔓。敢使依舊丘。自茲藩籬曠。更覺松竹幽。芟夷不可闕。疾惡信如讐。
《草を除く》
草 人に害有り。曽て何ぞ 阻修に生ぜん。其の毒 蜂蠆よりも甚だしく。其の多きこと 道周に弥(ハビコ)る。清晨 前林に歩み。江色 未だ憂を散ぜず。芒刺 我が眼に在り。焉んぞ能く 高秋を待たん。霜露 一たび霑凝せば。蕙葉も 亦た留まり難し。耡を荷ひて 童稚に先んじ。日 入りて 仍ほ討求す。水の中央に転致するに。豈に双釣舟 無からんや。頑根 滋蔓し易し。敢へて 旧丘に依らしめんや。茲より 藩籬 曠しくして。更に覚ゆ 松竹の幽なるを。芟夷 闕くべからず。悪を疾むこと 信に讐の如し。
※原注に「去䕭草也」とあり。䕭は䕭麻、トウイラクサ。その別名は蕁麻で、蕁麻疹の語源。葉や茎に生えるトゲの基部にアセチルコリンとヒスタミンが蓄えられており、これが蕁麻疹を引き起こす ●阻修:へだてられて遠いところ ●蜂蠆:ハチとサソリ ●蕙葉亦難留:香り草も毒草と一緒に枯れて区別がつかなくなる。そして来年になればまた毒草は繁茂する。香り草は残し、毒草だけ除くには、双方が枯れる前の今しかないのである ●芟夷:刈り平らげる
14-35 《春日江村五首 其一》 杜甫
農務村村急。春流岸岸深。乾坤萬里眼。時序百年心。茅屋還堪賦。桃源自可尋。艱難昧生理。飄泊到如今。
《春日江村五首 其の一》
農務 村村 急にして。春流 岸岸 深し。乾坤 万里の眼。時序 百年の心。茅屋も還た賦するに堪へ。桃源も自づから尋ぬべし。艱難 生理に昧く。飄泊して 如今に到れり。
※●百年心:百年は人の生涯。生涯について思う心 ●生理:なりわい、生計
14-36 《春日江村五首 其二》 杜甫
迢遞來三蜀。蹉跎有六年。客身逢故舊。發興自林泉。過懶從衣結。頻遊任履穿。藩籬頗無限。恣意向江天。
《春日江村五首 其の二》
迢逓 三蜀に来たり。蹉跎 又た六年。客身 故旧に逢ひ。興を発するは 自づから林泉なり。過懶 衣の結ぶに従せ。頻遊 履の穿つに任す。藩籬 頗る限り無し。意を恣にして 江天に向ふ。
※●三蜀:蜀のこと。漢代、蜀郡・廣漢郡・犍為郡の三郡が置かれていたことから ●衣結:ぼろをつづり合わせる ●履穿:くつに穴があく ●藩籬頗無限:まがきはよそとの境目がない
14-37 《春日江村五首 其三》 杜甫
種竹交加翠。栽桃爛熳紅。經心石鏡月。到面雪山風。赤管隨王命。銀章付老翁。豈知牙齒落。名玷薦賢中。
竹を種うれば 交〻 翠を加へ。桃を栽うれば 爛熳として紅なり。心を経たり 石鏡の月。面に到る 雪山の風。赤管 王命に随ひ。銀章 老翁に付す。豈に知らんや 牙歯 落ちて。名は 薦賢の中に玷ずるを。
※●種竹:草堂を建てた際に植えた竹のこと。9-17《從韋二明府續處覓綿竹》参照 ●栽桃:同じく草堂に植えた桃のこと。9-16《蕭八明府實處覓桃栽》や13-41 《題桃樹》参照 ●經心:心に留める ●石鏡:成都の名所。10-12《石鏡》参照 ●雪山:雪嶺、西山に同じ ●赤管:軸の赤い大筆。漢代、尚書の丞・郎には毎月、赤管の大筆一双を給付した。杜甫が工部員外郎に任じられたことをいう ●銀章:銀魚袋のこと。官吏の身分を証明する魚形の割符。袋に入れて身に帯びるので魚袋という。紫衣を賜る者は金魚袋、緋衣を賜る者は銀魚袋を賜った。本来、紫衣は三品以上、緋衣は五品以上とされるが、それに及ばない者にもしばしば賜紫・賜緋の沙汰があり、対応する魚袋も下賜された。杜甫が就いた工部員外郎は六品であるが、次詩のごとくしばしば朱紱を詠じているから緋衣を賜ったことは確かで、銀魚袋も一緒に賜ったであろう ●玷:点に通ず。汚点をなす ●薦賢:天子に向かって賢者を推薦するリスト
14-38 《春日江村五首 其四》 杜甫
扶病垂朱紱。歸休步紫苔。郊扉存晚計。幕府愧羣材。燕外晴絲卷。鷗邊水葉開。鄰家送魚鼈。問我數能來。
《春日江村五首 其の四》
病を扶けられて 朱紱を垂れ。帰休して 紫苔に歩む。郊扉 晩計を存し。幕府 群材に愧づ。燕外 晴糸 巻き。鷗辺 水葉 開く。隣家 魚鼈を送り。我を問ひて 数〻能く来たる。
※●朱紱:赤い革の前垂れ。官服として下賜される緋衣に合わせる ●歸休:草堂に帰って休む ●晚計:晩年をすごす計画 ●晴絲:糸遊(かげろう)のことか ●魚鼈:さかなやスッポン
14-39 《春日江村五首 其五》 杜甫
羣盜哀王粲。中年召賈生。登樓初有作。前席竟爲榮。宅入先賢傳。才高處士名。異時懷二子。春日復含情。
《春日江村五首 其の五》
群盗に 王粲 哀しみ。中年 賈生を召す。楼に登りて 初めて 作 有り。席より前みて 竟に栄と為す。宅は入る 先賢の伝。才は高し 処士の名。異時 二子を懐へり。春日 復た情を含む。
※●王粲:後漢末、中原の戦乱を避けて荊州に逃れ、故郷を思って《登樓賦》を作った ●賈生:漢の賈誼。若くして文帝に召され博士となったが、朝臣と合わず長沙に貶せられた。のち再び召されて文帝から鬼神のことをたずねられた ●前席:賈誼から鬼神の話を聞かされた文帝は興が乗って席から前へ身を乗り出したという ●宅入先賢傳:王粲の宅について先賢の伝に記述があることをいう ●才高處士名:賈誼が出仕以前の処士のころから才名高かったことをいう ●異時:往時、かつて
14-40 《長吟》 杜甫
江渚翻鷗戲。官橋帶柳陰。花飛競渡日。草見踏靑心。已撥形骸累。眞爲爛漫深。賦詩新句穩。不覺自長吟。
《長吟》
江渚 翻鷗 戯れ。官橋 柳陰を帯ぶ。花は飛ぶ 競渡の日。草には見る 踏青の心。已に形骸の累を撥ひ。真に爛漫の深きを為す。詩を賦して 新句 穏やかなり。覚えず 自ら長吟す。
※●官橋:官設の橋。万里橋か ●競渡:ボートレース。汨羅に身を投げた楚の屈原をいたんで端午の節句に行われるものが有名だが、唐代は二月一日の中和節に行っていた時期があるという ●踏靑:青き踏む。春の野に出て楽しむこと。蜀では二月二日を踏青節としていたという ●形骸累:肉体上のしがらみ
14-41 《春遠》 杜甫
肅肅花絮晚。菲菲紅素輕。日長惟鳥雀。春遠獨柴荆。數有關中亂。何曾劍外淸。故鄕歸不得。地入亞夫營。
《春 遠し》
粛粛として 花絮 晩れ。菲菲として 紅素 軽し。日 長くして 惟だ鳥雀のみ。春 遠くして 独り柴荊。数〻 有り 関中の乱。何ぞ曽て 剣外 清からん。故郷 帰ること得ず。地 亜夫の営に入る。
※底本はこの詩を欠く。理由は不明。仇本により補う ●花絮:桃花と柳絮 ●紅素:赤と白 ●關中亂:広徳2年10月の吐蕃軍長安入城につづき、永泰元年2月には黨項(タングート)が京兆府の富平に侵寇した ●劍外:蜀のこと。西山方面にはなお吐蕃軍が居すわっていた ●亞夫營:漢の周亜夫の軍営。細柳に置かれた周亜夫の軍営を慰問した文帝が、その軍令きわめて厳粛であるのを賞賛した故事から、のちに細柳営または柳営という語は将軍の雅称となった。ここでは涇原に駐屯していた郭子儀の軍営をたとえる
14-42 《絕句三首 其一》 杜甫?
聞道巴山裏。春船正好行。都將百年興。一望九江城。
《絶句三首 其の一》
聞くならく 巴山の裏。春船 正に行くに好しと。都て 百年の興を将って。一望せん 九江城。
※豹軒は、この連作三首について、「他人の作に非ざるやを疑ふ、故に釋せず」とする ●九江:現在の江西省九江市。北は長江に臨み、南に廬山が聳える
14-43 《絕句三首 其二》 杜甫?
水檻溫江口。茅堂石筍西。移船先主廟。洗藥浣花溪。
《絶句三首 其の二》
水檻 温江の口。茅堂 石筍の西。船を移す 先主の廟。薬を洗ふ 浣花の渓。
※豹軒、杜甫の作なるを疑うこと前詩に同じ ●溫江:成都の西五十里にありという ●石筍:成都城の西門にあり。10-43《石筍行》参照 ●先主:蜀漢の昭烈帝劉備
14-44 《絕句三首 其三》 杜甫?
謾道春來好。狂風太放顚。吹花隨水去。翻卻釣魚船。
《絶句三首 其の三》
謾りに道ふ 春来 好しと。狂風 太だ 放顚なり。花を吹き 水に随ひ去り。却って翻す 釣魚の船。
※豹軒、杜甫の作なるを疑うこと前詩に同じ ●放顚:やりたい放題で無茶苦茶
14-45 《三韻三篇 其一》 杜甫
高馬勿捶面。長魚無損鱗。辱馬馬毛焦。困魚魚有神。君看磊落士。不肯易其身。
《三韻三篇 其の一》
高馬 面を捶(ムチウ)つ勿れ。長魚 鱗を損する無かれ。馬を辱しむれば 馬毛 焦す。魚を困しむるも 魚に神有り。君 看よ 磊落の士。肯へて其の身を易(ヤス)んぜず。
※●高馬:背の高い馬 ●磊落:志が大きく、細事にこだわらない ●易其身:自身を軽々しく考える
14-46 《三韻三篇 其二》 杜甫
蕩蕩萬斛船。影若揚白虹。起檣必椎牛。挂席集眾功。自非風動天。莫置大水中。
《三韻三篇 其の二》
蕩蕩たり 万斛の船。影 白虹を揚ぐるが若し。檣を起こすには 必ず牛を椎し。席を挂くるには 衆功を集む。風の天を動かすに非ざるよりは。大水の中に置く莫れ。
※●蕩蕩:大いなるさま ●椎牛:牛を椎で打ち殺し、船乗りたちにご馳走する ●挂席:蓆の帆をかける ●眾功:衆人の力 ●風動天:天を動かすほどの大風が吹く
14-47 《三韻三篇 其三》 杜甫
烈士惡多門。小人自同調。名利苟可取。殺身傍權要。何當官曹淸。爾輩堪一笑。
《三韻三篇 其の三》
烈士は 多門を悪み。小人は 自ら同調す。名利 苟しくも取るべくんば。身を殺すとも 権要に傍ふ。何(イツ)か当に 官曹 清かるべき。爾が輩 一笑に堪へたり。
※●多門:権門の家が多く並び立ち、それぞれが独自に政策を決定して、統一されていないこと ●同調:権力者に同調しおもねる ●殺身傍權要:死んでも権力者についていく
14-48 《天邊行》 杜甫
天邊老人歸未得。日暮東臨大江哭。隴右河源不種田。胡騎羌兵入巴蜀。洪濤滔天風拔木。前飛禿鶖後鴻鵠。九度附書向洛陽。十年骨肉無消息。
《天辺行》
天辺の老人 帰ること未だ得ず。日暮 東のかた大江に臨みて哭す。隴右 河源 田を種ゑず。胡騎 羌兵 巴蜀に入る。洪濤 天に滔(ミナギ)り 風 木を抜く。前には禿鶖を飛ばし 後には鴻鵠。九度 書を附して洛陽に向かはしむ。十年 骨肉 消息 無し。
※●大江:錦江 ●隴右・河源:甘粛西部から青海にかけての地方。吐蕃の侵寇を受けた地域 ●胡騎:吐蕃軍 ●羌兵:党項羌などの兵 ●禿鶖:鵚鶖、鶖鶬に同じ。ハゲコウ類と思われる大型水鳥。8-41《乾元中寓居同谷縣作歌七首 其三》参照 ●九度:何回も、の意
14-49 《莫相疑行》 杜甫
男兒生無所成頭皓白。牙齒欲落眞可惜。憶獻三賦蓬萊宮。自怪一日聲烜赫。集賢學士如堵牆。觀我落筆中書堂。往時文采動人主。此日飢寒趨路旁。晚將末契託年少。當面輸心背面笑。寄謝悠悠世上兒。不爭好惡莫相疑。
《莫相疑行》
男児 生まれて成す所無く 頭 皓白。牙歯 落ちんと欲す 真に惜むべし。憶ふ 三賦を献ず 蓬萊宮。自ら怪しむ 一日 声 烜赫たりしを。集賢の学士 堵牆の如く。観る 我が筆を落とす 中書堂。往時 文采 人主を動かすも。此の日 飢寒 路旁に趨る。晩に末契を将って 年少に託す。当面には 心を輸し背面には笑ふ。寄謝す 悠悠たる世上の児。好悪を争はず 相ひ疑ふこと莫れ。
※●獻三賦:杜甫は天宝10年、いわゆる「三大礼賦」(朝献太清宮賦・麻饗太廟賦・有事於南郊賦)を玄宗に奉献して賞賛を受け、集賢院に待制された ●蓬萊宮:大明宮のこと ●聲烜赫:名声が光り輝く ●如堵牆:学士たちが集まって人垣ができたことをいう ●中書堂:中書省内の政事堂。ここで文章が試験された ●此日:今 ●將末契託年少:若者たちの仲間のはしくれに加えてもらう ●當面:面と向かっては ●輸心:真心をいたす(ように振る舞う) ●悠悠:心が遠く離れて、薄情、無関心なさま
14-50 《赤霄行》 杜甫
孔雀未知牛有角。渴飮寒泉逢觝觸。赤霄玄圃須往來。翠尾金花不辭辱。江中淘河嚇飛燕。銜泥卻落羞華屋。皇孫猶曾蓮勺困。鮑莊見貶傷其足。老翁愼莫怪少年。葛亮貴和書有篇。丈夫垂名動萬年。記憶細故非高賢。
《赤霄行》
孔雀 未だ知らず 牛に角 有るを。渇して寒泉に飲みて 觝触に逢ふ。赤霄 玄圃 須らく往来すべし。翠尾 金花 辱を辞せず。江中の淘河 飛燕を嚇し。泥を銜むも 却って落として 華屋に羞づ。皇孫すら 猶ほ曽て 蓮勺に困しめられ。鮑荘も 貶せられて 其の足を傷ふ。老翁 慎んで少年を怪しむ莫れ。葛亮の貴和 書に篇有り。丈夫 名を垂れて万年を動かす。細故を記憶するは 高賢に非ず。
※●赤霄:仙山の赤い空 ●玄圃:懸圃に同じ。崑崙山上にあるという空中庭園 ●翠尾金花:クジャクの緑色の尾羽とその金色の紋 ●淘河:淘鵞、鵜鶘に同じ。ペリカンのこと ●嚇飛燕:魚を奪われるのではないかと邪推して飛燕を威嚇する。荘子に鴟が腐った鼠を取られないかと邪推して鵷雛(鳳凰の仲間)を威嚇する寓話があるのにちなむ ●皇孫:漢の宣帝のこと。祖父は武帝の皇太子だったが、巫蠱の禍により挙兵して敗死、父母を含めた一族をみな亡くした。自身も幼くして獄に下され、その後は民間で育てられた ●蓮勺困:民間で育ったのちの宣帝は遊侠を好み、蓮勺県の塩田で人に困辱せられることもあったという ●鮑莊:仇本は「衛莊」に作るが、豹軒は「鮑莊に作るべし」として改める。鮑荘は鮑荘子のこと、名は牽、荘子は諡。斉の霊公に仕え、その夫人である声姫(声孟子)と密通していた大夫の慶克を告発したが、逆に捕らえられて足切りの刑に処せられた ●葛亮:蜀漢の諸葛亮(孔明)。晋の陳寿が奉った『諸葛亮集』二十四篇の第十一篇に「貴和」あり ●細故:つまらぬ些細なことがら
14-51 《聞高常侍亡》 杜甫
歸朝不相見。蜀使忽傳亡。虛歷金華省。何殊地下郞。致君丹檻折。哭友白雲長。獨步詩名在。祇令故舊傷。
《高常侍の亡するを聞く》
朝に帰りしとき 相ひ見えず。蜀使 忽ち亡を伝ふ。虚しく金華省を歴たり。何ぞ地下の郎に殊ならん。君を致して 丹檻 折れ。友を哭すれば 白雲 長し。独歩の詩名 在り。祇だ 故旧をして傷ましむ。
※●高常侍:高適。このとき左散騎常侍として朝廷にあり。永泰元年正月に亡くなり、礼部尚書を贈られた。13-44 《奉寄高常侍》参照 ●歸朝:高適が成都尹を解任されて蜀から朝廷に戻るとき。すなわち杜甫が《奉寄高常侍》詩を詠んだとき ●蜀使:都から蜀へ来た使い ●金華省:漢代、未央宮の白虎殿の右にあった省。左散騎常侍が属する門下省をたとえる ●地下郞:王隠の晋書にある逸話に、蘇韶というもの亡くなり、従弟の蘇節の夢に出て、冥府には修文郎の官があって、孔子の弟子の顔回(顔淵)も卜商(子夏)も修文郎だと語ったという ●致君:「君を堯舜の上に致す」の意 ●丹檻折:「折檻」の故事。漢の成帝に仕えた朱雲は、宮殿の欄檻にすがりつき、欄檻を折りながらも、成帝を強く諫めた。高適を朱雲にたとえる ●獨步:ほかに並ぶ者がない
14-52 《去蜀》 杜甫
五載客蜀郡。一年居梓州。如何關塞阻。轉作瀟湘遊。萬事已黃髮。殘生隨白鷗。安危大臣在。不必淚長流。
《蜀を去る》
五載 蜀郡に客たり。一年 梓州に居る。如何んせん 関塞に阻まるるを。転じて作す 瀟湘の遊び。万事 已に黄髪。残生 白鷗に随はん。安危には 大臣 在り。涙の長(トコシ)へに流るるを必せず。
※●蜀郡:蜀郡の治所である成都 ●梓州:広徳元年は梓州(四川省綿陽市三台県)にいた ●瀟湘:洞庭湖の南、瀟水・湘水の合流するあたり ●不必:必要としない
14-53 《喜雨》 杜甫
南國旱無雨。今朝江出雲。入空纔漠漠。灑迥已紛紛。巢燕高飛盡。林花潤色分。晚來聲不絕。應得夜深聞。
《雨を喜ぶ》
南国 旱にして雨 無きも。今朝 江 雲を出だす。空に入りて 纔かに漠漠。迥かなるに灑ぎて 已に紛紛。巣燕 高飛 尽き。林花 潤色 分かる。晩来 声 絶えず。応に 夜深にも聞くを得べし。
※●南國:蜀を指す ●纔~已…:~するや、早くももう…
14-54 《宿靑溪驛奉懷張員外十五兄之緖》 杜甫
漾舟千山內。日入泊枉渚。我生本飄飄。今復在何許。石根靑楓林。猿鳥聚儔侶。月明遊子靜。畏虎不得語。中夜懷友朋。乾坤此深阻。浩蕩前後閒。佳期赴荆楚。
《青渓駅に宿して張員外十五兄之緒を懐ひ奉る》
舟を漾はす 千山の内。日 入りて 枉渚に泊す。我が生 本より飄飄たり。今 復た 何れの許にか在る。石根には 青楓の林。猿鳥は 儔侶を聚む。月 明らかにして 遊子 静かに。虎を畏れて 語るを得ず。中夜 友朋を懐ひ。乾坤 此に深く阻まる。浩蕩たり 前後の間。佳期 荊楚に赴く。
※●靑溪驛:嘉州にあった宿駅。四川省楽山市犍為県 ●張員外十五兄之緖:員外郎の張之緖、十五は排行、兄は敬称。宦官の李輔国によって当地に流された ●枉渚:曲がった渚 ●浩蕩:広く果てしないさま
14-55 《狂歌行贈四兄》 杜甫
與兄行年校一歲。賢者是兄愚者弟。兄將富貴等浮雲。弟竊功名好權勢。長安秋雨十日泥。我曹鞴馬聽晨鷄。公卿朱門未開鎖。我曹已到肩相齊。吾兄睡穩方舒膝。不韤不巾踏曉日。男啼女哭莫我知。身上須繒腹中實。今年思我來嘉州。嘉州酒重花繞樓。樓頭喫酒樓下臥。長歌短詠迭相酬。四時八節還拘禮。女拜弟妻男拜弟。幅巾鞶帶不掛身。頭脂足垢何曾洗。吾兄吾兄巢許倫。一生喜怒長任眞。日斜枕肘寢已熟。啾啾唧唧爲何人。
《狂歌行。四兄に贈る》
兄と行年 校(クラ)ぶるに一歳。賢者は是れ兄 愚者は弟。兄は 富貴を将って 浮雲に等しくし。弟は 功名を窃みて 権勢を好む。長安 秋雨 十日 泥あり。我が曹 馬を鞴(ヨソホ)ひて 晨鶏を聴く。公卿の朱門 未だ鎖を開かず。我が曹 已に到りて 肩 相ひ斉し。吾が兄 睡り 穏やかにして 方に膝を舒べ。韤せず 巾せず 暁日を踏む。男 啼き 女 哭するも 我を知る莫し。身上には繒を須ち 腹中には実。今年 我を思ひて 嘉州に来たる。嘉州 酒 重く 花 楼を繞る。楼頭に酒を喫し 楼下に臥す。長歌 短詠 迭ひに相ひ酬ゆ。四時八節 還た礼に拘る。女は弟が妻を拝し 男は弟を拝す。幅巾 鞶帯 身に掛けず。頭脂 足垢 何ぞ曽て洗はん。吾が兄 吾が兄 巣許の倫(トモガラ)。一生 喜怒 長(ツネ)に真に任す。日 斜めにして 肘に枕し 寝 已に熟す。啾啾 唧唧たるは 何人とか為す。
※●四兄:四は排行。上から四番目の従兄 ●將富貴等浮雲:論語の述而篇の「不義而富且貴、於我如浮雲」 ●不韤不巾:足袋をはかず、頭巾もかぶらず ●男啼女哭:息子や娘が声をあげて泣く ●酒重:酒が濃厚なるの意か。重を香に作る本あり、豹軒も字解にて「香字の訛ならんか」と疑う ●四時:春夏秋冬 八節:立春・立夏・立秋・立冬・夏至・冬至・春分・秋分 ●弟妻:杜甫の妻 ●弟:杜甫 ●幅巾:頭に巻く一幅のきれ ●鞶帶:おおおび。皮製の幅広の帯 ●巢許:巣父と許由。いにしえの隠者 ●啾啾唧唧:いびきの音。グーグー
14-56 《宴戎州楊使君東樓》 杜甫
勝絕驚身老。情忘發興奇。座從歌妓密。樂任主人爲。重碧拈春酒。輕紅擘荔枝。樓高欲愁思。橫笛未休吹。
《戎州の楊使君が東楼に宴す》
勝 絶にして 身の老いに驚き。情 忘れて 興の奇なるを発す。座は 歌妓の密なるに従せ。楽は 主人の為さしむるに任す。重碧 春酒を拈(ト)り。軽紅 荔枝を擘(サ)く。楼 高くして 愁思せんと欲するに。横笛 未だ吹くを休めず。
※●戎州:現・四川省宜賓市。前詩の嘉州からさらに長江を下る ●楊使君:戎州刺史の楊氏 ●樂:仇註は「音洛」とし「楽しみ」の意とするが、豹軒の字解はこれを難じて「音楽」の意とする ●重碧:濃い緑色。のちの宋代になって、この詩にもとづき、当地に産する酒を「重碧」と呼ぶようになった
14-57 《渝州候嚴六侍御不到先下峽》 杜甫
聞道乘驄發。沙邊待至今。不知雲雨散。虛費短長吟。山帶烏蠻闊。江連白帝深。船經一柱觀。留眼共登臨。
《渝州にて厳六侍御を候つも到らず。先んじて峡を下る》
聞くならく 驄に乗じて発すと。沙辺に待ちて今に至る。知らず 雲雨の散ぜしを。虚しく費やす 短長の吟。山は 烏蛮の闊なるを帯び。江は 白帝の深きに連なる。船 一柱観を経なば。眼を留めて 共に登臨せん。
※●渝州:現・重慶市。前詩の戎州からさらに長江を下る ●嚴六侍御:侍御史の厳氏 ●下峽:いわゆる三峡を下る ●雲雨散:別離のたとえ。王粲の《贈蔡子篤》詩に「風流雲散。一别如雨」とあり ●烏蠻:四川から雲南、貴州にかけて居住していた異民族 ●白帝:白帝城。 12-58《送元二適江左》参照 ●一柱觀:荊州の名所。10-33《所思》参照 ●留眼:見ずに残しておく
14-58 《撥悶》 杜甫
聞道雲安麴米春。纔傾一盞卽醺人。乘舟取醉非難事。下峽銷愁定幾巡。長年三老遙憐汝。捩柂開頭捷有神。已辦靑錢防雇直。當令美味入吾脣。
《悶を撥ふ》
聞くならく 雲安の麴米春。纔かに一盞を傾くれば 即ち人を醺せしむと。舟に乗じ 酔を取るは 難事に非ず。峡を下り 愁を銷するには 定めて幾巡ぞ。長年 三老 遥かに汝を憐み。柂を捩り 頭を開くの 捷きこと 神 有り。已に青銭を辦じて雇直を防ぐ。当に美味をして吾が唇に入らしむべし。
※●雲安:現・重慶市雲陽県 ●麴米春:銘酒の名 ●長年三老:三峡の方言で、篙師(船頭)を長年、舵取りのことを三老という ●遙憐汝:汝は麴米春のこと。憐はいとおしむ ●捩柂開頭:三老が舵をあやつり、長年が船の進路を開く ●捷有神:神業のように速い。早く麴米春を飲みたいからである ●雇直:雇い賃。ここでは長年・三老に払う船賃のこと。ただし、仇註は杜臆の「雇謂舟費、直謂酒資」を引き、豹軒の字解もこれに従って、船賃と酒代の意に解する
14-59 《宴忠州使君姪宅》 杜甫
出守吾家姪。殊方此日歡。自須遊阮舍。不是怕湖灘。樂助長歌逸。杯饒旅思寬。昔曾如意舞。牽率强爲看。
《忠州の使君姪が宅に宴す》
出でて守たり 吾が家の姪。殊方にて 此の日 歓ぶ。自ら須らく 阮舎に遊ぶべし。是れ湖灘を怕るるならず。楽に助けられて 長歌 逸にして。杯は饒かにして 旅思 寛なり。昔 曽てせる 如意の舞。牽率して 強ひて看るを為さしむ。
※●忠州:現・重慶市忠県 ●使君姪:忠州刺史である甥 ●殊方:異郷に同じ ●此日歡:仇本は歡を觀に作る。この異同について豹軒の字解に言及なし ●阮舍:阮籍の甥・阮咸の家。忠州刺史を阮咸に、杜甫自身を阮籍にたとえる ●湖灘:忠州より下流にある難所 ●如意舞:晋の王戎が得意としたという舞。鉄製の如意(麻姑の手状の棒)を手に取って舞う。この舞を甥の刺史が舞ったのか、杜甫が舞ったのか、両説あり ●牽率:引っ張る
14-60 《禹廟》 杜甫
禹廟空山裏。秋風落日斜。荒庭垂橘柚。古屋畫龍蛇。雲氣生虛壁。江聲走白沙。早知乘四載。疏鑿控三巴。
《禹廟》
禹廟 空山の裏。秋風 落日 斜めなり。荒庭には 橘柚 垂れ。古屋には 竜蛇を画く。雲気 虚壁に生じ。江声 白沙に走る。早に知る 四載に乗じて。疏鑿 三巴より控せしを。
※●禹廟:夏の禹を祀った廟。各地に存在するが、この詩の廟は忠州臨江県の南、長江南岸の屏風山にあるという ●生虛壁:空虚な谷の岩壁に生じる。仇本は「嘘靑壁」に作る。この異同について豹軒の字解に言及なし ●四載:四種類の乗り物。尚書の孔安国の伝によれば、禹は、水には舟に乗り、陸には車に乗り、泥には輴に乗り、山には樏に乗ったという ●疏鑿:切り開いて通す ●控:水を引く ●三巴:巴に同じ。後漢末、蜀の劉璋は巴郡を巴・巴東・巴西の三郡に分けたことから三巴という
14-61 《題忠州龍興寺所居院壁》 杜甫
忠州三峽內。井邑聚雲根。小市常爭米。孤城早閉門。空看過客淚。莫覓主人恩。淹泊仍愁虎。深居賴獨園。
《忠州竜興寺の居る所の院壁に題す》
忠州は 三峡の内。井邑 雲根に聚る。小市 常に米を争ひ。孤城 早くに門を閉づ。空しく看る 過客の涙。覓むる莫れ 主人の恩。淹泊するに 仍ほ虎を愁へ。深居して 独園に頼る。
※●忠州:現・重慶市忠県 ●井邑:周代の制度で、一里四方の土地を「井」の字に分かち、九戸で耕して、これを「井」とし、四つの井をあわせたものを「邑」とした。転じて集落の意 ●主人:忠州刺史である甥。前々詩参照 ●淹泊:ながく留まって宿泊する ●獨園:給孤独の園の略。給孤独長者が釈迦に寄進した僧園、転じて寺院をさす。ここでは竜興寺のこと
14-62 《哭嚴僕射歸櫬》 杜甫
素幔隨流水。歸舟返舊京。老親如宿昔。部曲異平生。風送蛟龍匣。天長驃騎營。一哀三峽暮。遺後見君情。
《厳僕射が帰櫬を哭す》
素幔 流水に随ひ。帰舟 旧京に返る。老親 宿昔の如く。部曲 平生に異なる。風は送る 蛟竜の匣。天は長し 驃騎の営。一哀して 三峡 暮れ。遺後 君の情を見る。
※●嚴僕射:成都尹・剣南節度使の厳武。永泰元年4月没す。享年四十。尚書左僕射を贈られた ●歸櫬:故郷へと帰る柩。柩を載せた舟が、成都から厳武の故郷・華陰県(長安近く)に向かう途中、杜甫が滞在する忠州を通過したのである ●素幔:葬送の舟に張られた白い幔幕 ●老親:このとき厳武の母親はまだ健在だった ●部曲:軍の部隊 ●蛟龍匣:蛟竜の紋様で装飾された箱。すなわち厳武の柩 ●驃騎營:漢の名将・驃騎将軍霍去病にもたとえるべき厳武の陣営 ●遺後:遺された後。厳武に先立たれ遺された後、の意にも、葬送の舟を見送って遺された後、の意にも取れる。豹軒は後説を採る
14-63 《旅夜書懷》 杜甫
細草微風岸。危檣獨夜舟。星垂平野闊。月湧大江流。名豈文章著。官應老病休。飄飄何所似。天地一沙鷗。
《旅夜 懐を書す》
細草 微風の岸。危檣 独夜の舟。星 垂れて 平野 闊く。月 湧きて 大江 流る。名は 豈に文章もて著はれんや。官は 応に老病にて休すべし。飄飄たること 何にか似たる。天地の一沙鷗。
※●獨夜:独りで過ごす夜。このとき家族も連れてきている(ただしこの詩の制作時期には異説あり)が、起きているのは自分一人であるからかく言う
14-64 《放船》 杜甫
收帆下急水。卷幔逐回灘。江市戎戎暗。山雲淰淰寒。荒林無徑入。獨鳥怪人看。已泊城樓底。何曾夜色闌。
《船を放つ》
帆を収めて 急水を下り。幔を巻きて 回灘を逐ふ。江市 戎戎として暗く。山雲 淰淰として寒し。荒林 径の入るべき無く。独鳥 人に看らるるを怪しむ。已に泊す 城楼の底。何ぞ曽て 夜色 闌ならん。
※●放船:纜をほどいて船を出すこと ●卷幔:幔幕を巻きあげる。日差しを遮る必要がないため ●戎戎:さかんなるさま ●淰淰:雲が散じて去来定まらないさま
14-65 《雲安九日鄭十八攜酒陪諸公宴》 杜甫
寒花開已盡。菊蕊獨盈枝。舊摘人頻異。輕香酒暫隨。地偏初衣袷。山擁更登危。萬國皆戎馬。酣歌淚欲垂。
《雲安にて 九日に鄭十八 酒を携ふ。諸公の宴するに陪す》
寒花 開くこと已に尽き。菊蕊 独り枝に盈つ。旧摘 人 頻りに異なり。軽香 酒 暫く随ふ。地 偏にして 初めて袷を衣る。山に擁せられて 更に危ふきに登る。万国 皆 戎馬。酣歌 涙 垂れんと欲す。
※●雲安:現・重慶市雲陽県 ●九日:重陽の節句 ●鄭十八:鄭賁。雲安の人という ●舊摘:過去、ともに菊花を摘んで重陽を過ごした人 ●頻異:毎年異なる ●戎馬:永泰元年9月、僕固懐恩が叛き、吐蕃・回紇・党項等の連合軍とともに陝西に攻め込んだ(ただし、僕固懐恩がまもなく急死したため、連合軍は撤退した)
14-66 《答鄭十七郞一絕》 杜甫
雨後過畦潤。花殘步屐遲。把文驚小陸。好客見當時。
《鄭十七郎に答ふ一絶》
雨後 過畦 潤ひ。花 残して 歩屐 遅し。文を把りて 小陸に驚く。客を好むこと 当時を見る。
※●鄭十七郞:前詩の鄭十八(鄭賁)の兄。排行の十七に郎をつけるのは、二郎、三郎、四郎というに同じ ●過畦:通り過ぎる畦道 ●小陸:晋の陸機・陸雲兄弟はともに文才で知られ、弟の雲は小陸と呼ばれた。ここでは鄭十八を陸雲にたとえたもの ●當時:漢の鄭当時。客を好んだことで知られる。13-45《贈王二十四侍御契四十韻》参照。ここでは同姓ということにもちなんで鄭十七をたとえる。
14-67 《別常徵君》 杜甫
兒扶猶杖策。臥病一秋强。白髮少新洗。寒衣寬總長。故人憂見及。此別淚相望。各逐萍流轉。來書細作行。
《常徴君に別る》
児に扶けられて 猶ほ策も杖く。病に臥すこと 一秋強。白髪 少なるも新たに洗ひ。寒衣 寛くして総べて長し。故人 憂ひ及ばる。此の別れ 涙 相ひ望む。各〻萍を逐ひて流転す。来書 細かに行を作されよ。
※●常徵君:徴士である常氏。徴士とは、学問徳行により天子から召されながら出仕に応じない隠者。徴君は徴士の尊称 ●一秋强:一秋は「一年」と「ひと秋」どちらの意味もあるが、ここは後者であろう ●來書:作者に向かって来る手紙。すなわち常徴君が送って来る手紙
14-68 《長江二首 其一》 杜甫
眾水會涪萬。瞿塘爭一門。朝宗人共挹。盜賊爾誰尊。孤石隱如馬。高蘿垂飮猿。歸心異波浪。何事卽飛翻。
《長江二首 其の一》
衆水 涪万に会し。瞿塘にて 一門を争ふ。朝宗 人 共に挹る。盗賊 爾は誰をか尊ばん。孤石 隠れて馬の如く。高蘿 垂れて猿に飲(ミヅカ)ふ。帰心 波浪に異なるに。何事ぞ 即ち飛翻せる。
※●涪萬:涪州(現・重慶市涪陵区)と萬州(現・重慶市万州区)。雲安よりやや上流 ●瞿塘:三峡の一つ ●爭一門:瞿塘峡の一つの入口を争うように流れ入ってくる ●朝宗:諸侯が春に天子にまみえるを朝といい、夏にまみえるを宗という。ここでは衆水がこぞって長江に合流するさまをたとえる ●爾誰尊:豹軒は「爾をば誰か尊ばん」と読むが、文脈からして爾が主語のほうが自然であろう ●孤石:瞿塘峡口の難所、灔澦堆の巨石のこと。「灔澦如馬、瞿唐莫下。灧澦如象、瞿唐莫上」といい、その見た目が水量を示す目安となり、航行の可否を判断する助けとなった
14-69 《長江二首 其二》 杜甫
浩浩終不息。乃知東極臨。眾流歸海意。萬國奉君心。色借瀟湘闊。聲驅灎澦深。未辭添霧雨。接上過衣襟。
《長江二首 其の二》
浩浩として 終に息まず。乃ち知る 東極に臨むを。衆流 海に帰するの意。万国 君を奉ずるの心。色は 瀟湘の闊なるに借し。声は 灎澦の深きを駆る。未だ辞せず 霧雨に添へ。接上して衣襟を過ぐるを。
※●東極:東の果て。海 ●瀟湘:洞庭湖に注ぐ瀟水と湘水 ●灎澦:灔澦堆。前詩参照 ●深:仇本は「沈」に作るが、豹軒は他本の「深」に従う ●接上:波しぶきが霧雨にくっついて上がる
14-70 《承聞故房相公靈櫬自閬州啓殯歸葬東都有作二首 其一》 杜甫
遠聞房太尉。歸葬陸渾山。一德興王後。孤魂久客閒。孔明多故事。安石竟崇班。他日嘉陵淚。仍霑楚水還。
《故の房相公の霊櫬 閬州より殯を啓き 東都に帰葬すと承聞して作有り二首 其の一》
遠く聞く 房太尉。陸渾の山に帰葬すと。一徳 興王の後。孤魂 久客の間。孔明 故事 多く。安石 竟に崇班なり。他日 嘉陵の涙。仍ほ楚水を霑して還る。
※●故房相公:亡き宰相の房琯。広徳元年没す。13-31《別房太尉墓》参照 ●靈櫬:霊柩に同じ。ひつぎ ●閬州:現・四川省閬中市。房琯が亡くなり、仮に埋葬されていた場所 ●啓殯:仮埋葬の墓を開けて掘り出す ●東都:洛陽 ●房太尉:房琯。没後に太尉を贈られた ●陸渾山:洛陽の南郊にある山。房琯は若いころこの山に十年ほど隠遁していたという ●一德:純一なる徳 ●興王:中興の天子。粛宗のこと ●孤魂:地方に左遷された房琯の孤独な魂 ●孔明:蜀漢の丞相、諸葛亮 ●故事:過去の業績 ●安石:晋の謝安の字 ●崇班:高い位。謝安は没後、太傅を贈られた ●他日嘉陵淚:かつて閬州で房琯の仮埋葬の墓を拝した際に流した涙
14-71 《承聞故房相公靈櫬自閬州啓殯歸葬東都有作二首 其二》 杜甫
丹旐飛飛日。初傳發閬州。風塵終不解。江漢忽同流。劍動親身匣。書歸故國樓。盡哀知有處。爲客恐長休。
《故の房相公の霊櫬 閬州より殯を啓き 東都に帰葬すと承聞して作有り二首 其の二》
丹旐 飛飛たるの日。初めて伝ふ 閬州を発すと。風塵 終に解けず。江漢 忽ち流れを同じくす。剣は動く 親身の匣。書は帰す 故国の楼。尽哀するに 処 有るを知るも。客と為りて長く休せんことを恐る。
※●丹旐:葬式に用いる旗。使者の姓名を記す ●飛飛:ひらひらとはためくさま ●江漢:長江と西漢水(嘉陵江) ●親身匣:屍のすぐそばに置かれた箱 ●書:房琯の生前愛読の書籍 ●盡哀:哀哭を尽くす ●知有處:ふさわしい場所(すなわち陸渾山に造られる墓地)があることを知っている
14-72 《將曉二首 其一》 杜甫
石城除擊柝。鐵鎖欲開關。鼓角愁荒塞。星河落曙山。巴人常小梗。蜀使動無還。垂老孤帆色。飄飄犯百蠻。
《将に暁けんとす二首 其の一》
石城 撃柝を除き。鉄鎖 関を開かんと欲す。鼓角 荒塞に愁へ。星河 曙山に落つ。巴人 常に小梗し。蜀使 動もすれば還ること無し。老いに垂(ナンナ)んとして 孤帆の色。飄飄として百蛮を犯す。
※●石城:岩石地帯に築かれた街 ●除擊柝:夜警の拍子木を打つのをやめる ●鼓角:守備兵が夜明けを告げて鳴らす太鼓や角笛 ●小梗:小規模のふさがり、小さな兵乱 ●蜀使:蜀への使い、すなわち蜀に赴任する節度使や兵馬使 ●無還:任地で命を落とし中央に帰ってくることがない。上元年間、剣南東川節度兵馬使の段子璋が謀叛して誅され、宝応年間には剣南西川兵馬使の徐知道が謀叛して誅され、その翌年にも剣南西川兵馬使の崔旰が謀叛して節度使の郭英乂を殺している ●百蠻:長江中下流域の南方は多種の少数民族が居住していた
14-73 《將曉二首 其二》 杜甫
軍吏廻官燭。舟人自楚歌。寒沙蒙薄霧。落月去淸波。壯惜身名晚。衰慙應接多。歸朝日簪笏。筋力定如何。
《将に暁けんとす二首 其の二》
軍吏 官燭を廻(カヘ)し。舟人 自づから楚歌す。寒沙 薄霧に蒙はれ。落月 清波を去る。壮には惜しむ 身名の晩きを。衰へては慙づ 応接の多きを。帰朝せば 日〻に簪笏せん。筋力 定めて如何。
※●軍吏:見送りに来た軍の小役人 ●廻官燭:燭を持って帰っていく ●蒙薄霧:仇本は「蒙」を「縈」に作るが、豹軒は他本の「蒙」を採る。この異同について字解に言及なし ●身名晚:功名を挙げるのが遅いこと ●歸朝:朝廷に帰ったなら
14-74 《懷錦水居止二首 其一》 杜甫
軍旅西征僻。風塵戰伐多。猶聞蜀父老。不忘舜謳歌。天險終難立。柴門豈重過。朝朝巫峽水。遠逗錦江波。
《錦水の居止を懐ふ二首 其の一》
軍旅 西征 僻にして。風塵 戦伐 多し。猶ほ聞く 蜀の父老。舜の謳歌を忘れずと。天険 終に立ち難く。柴門 豈に重ねて過ぎらんや。朝朝 巫峡の水。遠く錦江の波を逗(トド)む。
※●錦水居止:錦江のそばの住まい、すなわち浣花渓の草堂 ●不忘舜謳歌:玄宗が蜀に行幸(実際は出奔)してくれたことを今もたたえていることをたとえたもの ●天險:天然の険阻の地 ●柴門:草堂の柴の戸 ●巫峽:長江三峡の二番目の峡谷。重慶市巫山県~湖北省巴東県にまたがる ●遠逗錦江波:遥か上流の錦江から流れてきた波をとどめている
14-75 《懷錦水居止二首 其二》 杜甫
萬里橋西宅。百花潭北莊。層軒皆面水。老樹飽經霜。雪嶺界天白。錦城曛日黃。惜哉形勝地。回首一茫茫。
《錦水の居止を懐ふ二首 其の二》
万里橋西の宅。百花潭北の荘。層軒 皆 水に面し。老樹 飽くまで霜を経。雪嶺 天に界して白く。錦城 曛日 黄なり。惜しいかな 形勝の地。首を回らせば一に茫茫たり。
※●萬里橋:浣花渓草堂の近くの橋 ●百花潭:浣花渓のこと。9-28《狂夫》にも万里橋と百花潭がともに詠まれる ●界天:あるいは「天界」を転倒したものかもしれない。そのほうが曛日との対は緊密になる ●曛日:「天に界して」との対から「日に曛じて」と訓む解もあるが、その可否を判じがたく、ここは豹軒の訓みに従う
14-76 《靑絲》 杜甫
靑絲白馬誰家子。麤豪且逐風塵起。不聞漢主放妃嬪。近靜潼關掃蜂蟻。殿前兵馬破汝時。十月卽爲齏粉期。不如面縛歸金闕。萬一皇恩下玉墀。
《青糸》
青糸 白馬 誰が家の子ぞ。麤豪にして 且つ風塵を逐ひて起つ。聞かずや 漢主 妃嬪を放ちて。近ごろ 潼関を静めて蜂蟻を掃ふを。殿前の兵馬 汝を破る時。十月 即ち齏粉の期と為さん。面縛して金闕に帰すに如かず。万一 皇恩 玉墀より下らん。
※●靑絲白馬:青糸の手綱をとり白馬に乗って謀叛を起こした南朝・梁の侯景のこと。吐蕃や回紇、党項などを引き入れて反乱を起こした僕固懐恩をたとえる ●漢主放妃嬪:永泰元年2月、後宮から宮女千人を解放した ●近靜潼關:広徳元年10月の吐蕃の長安侵寇の際、涇州刺史高暉はこれに協力して先導をなし(13-11《傷春五首 其一》参照)、吐蕃が撤退すると驍騎三百を率いて東に逃走したが、潼関の守将李日越がこれを捕らえて誅した ●蜂蟻:賊徒の群れのこと ●齏粉:細かく砕いて粉々にする ●面縛:両手を後ろ手に縛り、面を前に向ける。死罪に甘んじる覚悟を示す態度
14-77 《三絕句 其一》 杜甫
前年渝州殺刺史。今年開州殺刺史。羣盜相隨劇虎狼。食人更肯留妻子。
《三絶句 其の一》
前年 渝州に刺史を殺し。今年 開州に刺史を殺す。群盗 相ひ随ひて虎狼よりも劇し。人を食ひて 更に肯へて妻子を留めんや。
※●渝州:現・重慶市中西部。山南西道に属し、巴・江津・万寿・南平の4県を管轄す ●開州:現・重慶市開州区。山南西道に属し、盛山・新浦・万歳の3県を管轄す
14-78 《三絕句 其二》 杜甫
二十一家同入蜀。惟殘一人出駱谷。自說二女齧臂時。廻頭卻向秦雲哭。
《三絶句 其の二》
二十一家 同じく蜀に入る。惟だ残す 一人のみ駱谷を出づるを。自ら説く 二女 臂を齧む時。頭を廻らして却って秦雲に向ひて哭せしと。
※●入蜀:蜀に逃げ込む。永泰元年9月、僕固懐恩が吐蕃、回紇などを引き入れて奉天・醴泉・鳳翔・同州に侵攻したため、蜀へ避難したもの ●駱谷:秦嶺山脈を南北に走り、長安方面と蜀を結ぶ渓谷道。現・陝西省周至県~洋県 ●齧臂:お互いに臂を噛み、血をすすって誓いを立てる。ここではいったん別れて別々に避難するに際し、再会を誓いあったもの
14-79 《三絕句 其三》 杜甫
殿前兵馬雖驍雄。縱暴略與羌渾同。聞道殺人漢水上。婦女多在官軍中。
《三絶句 其の三》
殿前の兵馬 驍雄なりと雖も。暴を縦にすること 略ぼ羌渾と同じ。聞くならく 人を漢水の上に殺し。婦女 多くは官軍の中に在りと。
※●殿前兵馬:天子の前にはべる軍隊。近衛兵などをいう。ここでは代宗の陝州への出奔時に魚朝恩が結成し、のち禁苑内に駐屯した神策軍を指す ●羌渾:羌と吐谷渾。吐蕃、回紇、党項など異民族をまとめていう ●婦女:掠奪した女性
14-80 《遣憤》 杜甫
聞道花門將。論功未盡歸。自從收帝里。誰復總戎機。蜂蠆終懷毒。雷霆可震威。莫令鞭血地。再濕漢臣衣。
《憤を遣る》
聞くならく 花門の将。功を論じて未だ尽くは帰らずと。帝里を収めしより。誰か復た戎機を総ぶる。蜂蠆 終に毒を懐く。雷霆 威を震ふべし。鞭血の地をして。漢臣の衣を再び湿さしむること莫れ。
※●花門:回紇のこと。7-14《留花門》・7-63《卽事》参照 ●論功未盡歸:永泰元年10月、回紇の武将薬葛羅は唐軍に協力して吐蕃を破った。これにより回紇軍二百人あまりを長安に迎え入れ、彼らに繒帛十万匹を贈ったため、京兆府の蔵は空になったが、回紇兵たちはこれに満足せず、長安に居坐り続けた ●蜂蠆:ハチとサソリ。回紇のこと ●雷霆:朝廷の厳しさ、力強さをたとえる ●鞭血地:鞭打たれた血がそそがれた地。宝応元年9月、兵馬元帥の雍王李适が回紇の可汗に面会した際、回紇の慣習にしたがって帳の前で舞踏することがなかったため、回紇側がこれに怒り、雍王の従者四人を鞭打ち、うち二人は亡くなった
14-81 《十二月一日三首 其一》 杜甫
今朝臘月春意動。雲安縣前江可憐。一聲何處送書雁。百丈誰家上瀨船。未將梅蕊驚愁眼。要取椒花媚遠天。明光起草人所羨。肺病幾時朝日邊。
《十二月一日三首 其の一》
今朝 臘月にして 春意 動く。雲安県前 江 憐むべし。一声 何処より書を送るの雁ぞ。百丈 誰が家の瀬を上る船なりや。未だ梅蕊を将って愁眼を驚かさず。椒花を取りて遠天に媚せんと要す。明光にて起草するは人の羨む所。肺病 幾時か 日辺に朝せん。
※●雲安縣:現・重慶市雲陽県 ●百丈:百丈の長さの竹縄。船を引いて川をさかのぼるのに用いる ●椒花:山椒の花。春から初夏にかけて開花するのでこの時には咲いていない。「楸花」に作る本もあるが妥当と思われない。愚按ずるに、この「椒花」は山椒の実のことではないか。カホクザンショウのことを「花椒」と呼ぶのは、その赤く熟した実がまるで花のように見えることに由来するのであるから、その実を「花」と表現することは至って自然である。果実が赤くなるのは7~10月にかけてなので、陰暦12月1日にその実を取るというのもまた自然である ●媚:よろこぶ ●遠天:都から遠くはなれた蜀の天地 ●明光起草:明光殿で詔勅を起草する。漢の王商が明光殿を借りて制詔を起草したという話がある。漢代は尚書の郎官が文章を起草した。杜甫は検校ながら工部員外郎であり、郎官であるつながりでかく言う ●日邊:天子の近く
14-82 《十二月一日三首 其二》 杜甫
寒輕市上山煙碧。日滿樓前江霧黃。負鹽出井此溪女。打鼓發船何郡郞。新亭擧目風景切。茂陵著書消渴長。春花不愁不爛漫。楚客惟聽棹相將。
《十二月一日三首 其の二》
寒 軽くして 市上 山煙 碧に。日 満ちて 楼前 江霧 黄なり。塩を負ひ 井を出づるは 此の渓の女。鼓を打ち 船を発するは 何れの郡の郎ぞ。新亭 目を挙ぐれば 風景 切なり。茂陵 書を著して 消渇 長し。春花 爛漫ならざるを愁へず。楚客 惟だ聴く 棹の相ひ将ゐるを。
※●負鹽:塩井で製した塩を背負う ●新亭擧目風景切:晋が中原を五胡に奪われ江南に逃れたのち、王導が新亭(亭の名)で宴を開き、その席上、周顗が「風景殊ならざるも、目を挙ぐれば江山の異有り」と嘆いた故事 ●茂陵:司馬相如は病によって官を退いたあと、茂陵に居をかまえ、著述に励んだ ●消渴:糖尿病 ●爛漫:仇本は爛熳に作る。意味は同じ
14-83 《十二月一日三首 其三》 杜甫
卽看燕子入山扉。豈有黃鸝歷翠微。短短桃花臨水岸。輕輕柳絮點人衣。春來準擬開懷久。老去親知見面稀。他日一杯難强進。重嗟筋力故山違。
《十二月一日三首 其の三》
即ち 燕子 山扉に入るを看るも。豈に黄鸝の翠微を歴る有らんや。短短たる桃花は 水岸に臨み。軽軽たる柳絮は 人衣に点ずるならん。春来 懐を開かんと準擬すること久しく。老ひ去って 親知 面を見ること稀なり。他日 一杯 強ひて進め難からん。重ねて嗟く 筋力 故山に違ふを。
※●卽看・豈有の句:この山中で燕は見られるだろうが、故郷のようにウグイスが囀りわたることはない、という意か ●短短・輕輕の句:故郷にいたならば見られる風景
14-84 《又雪》 杜甫
南雪不到地。靑崖霑未消。微微向日薄。脈脈去人遙。冬熱鴛鴦病。峽深豺虎驕。愁邊有江水。焉得北之朝。
《又た雪ふる》
南雪 地に到らずざるも。青崖は 霑ひて未だ消えず。微微として 日に向ひて薄(セマ)り。脈脈として 人を去ること遥かなり。冬 熱くして 鴛鴦 病み。峡 深くして 豺虎 驕る。愁辺 江水 有り。焉んぞ之を北せしめて朝するを得ん。
※●南雪:南国にふる雪 ●北之朝:江水を北に向かわせて、その流れに乗って朝廷に参内する
14-85 《雨》 杜甫
冥冥甲子雨。已度立春時。輕箑煩相向。纖絺恐自疑。煙添纔有色。風引更如絲。直覺巫山暮。兼催宋玉悲。
《雨》
冥冥たり 甲子の雨。已に度る 立春の時。軽箑 相ひ向ふを煩はし。繊絺 自らも疑ふを恐る。煙 添ひて 纔かに色 有り。風 引きて 更に糸の如し。直ちに覚ゆ 巫山の暮れ。兼ねて催す 宋玉の悲しみ。
※●甲子雨:大暦元年正月八日甲子の日の雨 ●輕箑:軽いうちわ ●纖絺:細い葛糸で編んだ衣。夏の服 ●自疑:正月から葛のかたびらを着ることを、これでいいのかと自分でも疑う ●巫山暮:巫山の神女が朝雲暮雨となると言った故事を踏まえる ●宋玉:宋玉の《悲秋賦》に秋の悲しみを旅の寂しさにたとえて「憀慄兮若在遠行」といい、また《九辯》に「悲哉秋之為氣也……坎廩兮貧士失職而志不平」という
14-86 《南楚》 杜甫
南楚靑春異。暄寒早早分。無名江上草。隨意嶺頭雲。正月蜂相見。非時鳥共聞。杖藜妨躍馬。不是故離羣。
《南楚》
南楚の青春 異なり。暄寒 早早に分かる。無名なり 江上の草。随意なり 嶺頭の雲。正月 蜂 相ひ見え。非時 鳥 共に聞ゆ。藜を仗つけば 馬を躍らすを妨げん。是れ 故らに群を離るるならず。
※●南楚:雲安のあたり。いにしえの楚の南のほう ●暄寒早早分:南国ゆえに、早々と、そして一気に暖かくなる ●妨躍馬:少年たちが馬を躍らせて遊ぶのを邪魔してしまう
14-87 《水閣朝霽奉簡雲安嚴明府》 杜甫
東城抱春岑。江閣鄰石面。崔嵬晨雲白。朝旭射芳甸。雨檻臥花叢。風牀展書卷。鉤簾宿鷺起。丸藥流鶯囀。呼婢取酒壺。續兒誦文選。晚交嚴明府。矧此數相見。
《水閣の朝霽。雲安の厳明府に簡し奉る》
東城 春岑に抱かれ。江閣 石面に隣る。崔嵬 晨雲 白く。朝旭 芳甸を射る。雨檻 花叢に臥し。風床 書巻を展ぶ。簾を鉤すれば 宿鷺 起ち。薬を丸めれば 流鶯 囀る。婢を呼びて 酒壺を取らしめ。児を続ぎて文選を誦す。晩に厳明府に交はる。矧(イハ)んや 此れ 数〻相ひ見ゆるをや。
※●嚴明府:雲安県令の厳氏 ●芳甸:草花におう郊外の野 ●鉤簾:簾を巻き上げてかぎにひっかける ●續兒誦文選:子供が暗誦していて止まってしまったところの後を杜甫が続けて朗誦する。豹軒の字解は「児に続がしめて文選を誦せしむ」と訓み、「前日の後を続けて子供に暗誦させる」と解くが不自然な訓みであろう ●晚:晩年
14-88 《杜鵑》 杜甫
西川有杜鵑。東川無杜鵑。涪萬無杜鵑。雲安有杜鵑。我昔遊錦城。結廬錦水邊。有竹一頃餘。喬木上參天。杜鵑暮春至。哀哀叫其閒。我見常再拜。重是古帝魂。生子百鳥巢。百鳥不敢嗔。仍爲餧其子。禮若奉至尊。鴻雁及羔羊。有禮太古前。行飛與跪乳。識序如知恩。聖賢古法則。付與後世傳。君看禽鳥情。猶解事杜鵑。今忽暮春閒。値我病經年。身病不能拜。淚下如逬泉。
《杜鵑》
西川に杜鵑有り。東川に杜鵑無し。涪万に杜鵑無く。雲安に杜鵑有り。我 昔 錦城に遊び。廬を結ぶ 錦水の辺。竹 有り 一頃余。喬木 上 天に参はる。杜鵑 暮春に至り。哀哀として 其の間に叫ぶ。我 見て 常に再拝す。是れ 古帝の魂なるを重んず。子を生む 百鳥の巣。百鳥 敢へて嗔らず。仍ほ為めに其の子に餧はしむ。礼は至尊に奉ずるが若し。鴻雁 及び羔羊。礼有り 太古の前。行飛と跪乳と。序を識りて 恩を知る。聖賢 古の法則。後世に付与して伝へしむ。君 看よ 禽鳥の情。猶ほ解く杜鵑に事ふ。今 忽ち 暮春の間。我が 病みて年を経るに値ふ。身 病みて 拝する能はず。涙 下りて 逬泉の如し。
※●杜鵑:ホトトギス。10-45《杜鵑行》を参照 ●西川・東川:蜀の西部と東部 ●涪萬:涪州と万州 ●鴻雁及羔羊:雁と子羊 ●行飛與跪乳:雁が行列をなして飛ぶことと、子羊が跪いて乳を飲むこと ●識序如知恩:この「如」は「而」に同じ ●
14-89 《子規》 杜甫
峽裏雲安縣。江樓翼瓦齊。兩邊山木合。終日子規啼。眇眇春風見。蕭蕭夜色凄。客愁那聽此。故作傍人低。
《子規》
峡裏の雲安県。江楼 翼瓦 斉し。両辺 山木 合し。終日 子規 啼く。眇眇として 春風に見え。蕭蕭として 夜色に 凄たり。客愁 那でか此を聴かん。故らに人に傍ひて低きを作す。
※●子規:ホトトギス。前詩参照 ●翼瓦:屋簷の瓦が鳥の翼のようにはねあがっているもの
14-90 《客居》 杜甫
客居所居堂。前江後山根。下塹萬尋岸。蒼濤鬱飛翻。蔥靑眾木梢。邪豎雜石痕。子規晝夜啼。壯士斂精魂。峽開四千里。水合數百源。人虎相半居。相傷終兩存。蜀麻久不來。吳鹽擁荆門。西南失大將。商旅自星奔。今又降元戎。已聞動行軒。舟子候利涉。亦憑節制尊。我在路中央。生理不得論。臥愁病腳廢。徐步視小園。短畦帶碧草。悵望思王孫。鳳隨其凰去。籬雀暮喧繁。覽物想故國。十年別荒村。日暮歸幾翼。北林空自昏。安得覆八溟。爲君洗乾坤。稷契易爲力。犬戎何足吞。儒生老無成。臣子憂四藩。篋中有舊筆。情至時復援。
《客居》
客居 居る所の堂。前には江 後には山根。下塹は 万尋の岸。蒼濤 鬱として飛翻す。葱青たり 衆木の梢。邪豎 石痕 雑はる。子規 昼夜に啼き。壮士 精魂を斂む。峡は開く 四千里。水は合す 数百源。人虎 相ひ半ばして居り。相ひ傷ふも 終に両存す。蜀麻 久しく来たらず。呉塩 荊門に擁せらる。西南 大将を失ひ。商旅 自づから星奔す。今 又た 元戎を降す。已に聞く 行軒を動かすを。舟子 利渉を候ひ。亦た憑る 節制の尊。我 路の中央に在り。生理 論ずるを得ず。臥して愁ふ 病脚の廃するを。徐歩して小園を視る。短畦 碧草を帯び。悵望して王孫を思ふ。鳳 其の凰に随ひて去り。籬雀 暮に喧繁なり。物を覧て 故国を想ふ。十年 荒村に別る。日暮 幾翼か帰る。北林 空しく自づから昏し。安んぞ得ん 八溟を覆へし。君が為めに乾坤を洗ふを。稷契 力を為し易し。犬戎 何ぞ吞むに足らん。儒生 老いて成る無く。臣子 四藩を憂ふ。篋中 旧筆 有り。情 至れば 時に復た援(ヒ)く。
※●客居:雲安にての寓居 ●邪豎:斜めに縦に ●四千里:峡谷から海までの道のり ●西南失大將:西川節度使の郭英乂が殺されたことをいう。《將曉二首 其一》参照 ●星奔:星が散るごとく逃げ走る ●降元戎:大暦元年2月、朝廷は蜀の混乱を収拾すべく、杜鴻漸を山南西道剣南東西川副元帥に任じ、蜀へ下向させた ●候利涉:都合よく江上を往来できるようになるかと状況をうかがい待つ ●節制尊:節度使の権限の尊いこと ●生理:生計 ●思王孫:楚辞の「王孫游兮不帰、春草生兮萋萋」を踏まえる。その含意については諸説あり ●鳳隨其凰去:豹軒の字解は杜甫が自身と妻を司馬相如と卓文君にたとえたものとする。仇註は玄宗と楊貴妃のことを言うとする ●覆八溟:八方の海をひっくりかえす ●稷契:稷と契。上古の賢臣 ●犬戎:吐蕃等の異民族
14-91 《石硯》 杜甫
平公今詩伯。秀發吾所羨。奉使三峽中。長嘯得石硯。巨璞禹鑿餘。異狀君獨見。其滑乃波濤。其光或雷電。聯坳各盡墨。多水遞隱見。揮灑容數人。十手可對面。比公頭上冠。貞質未爲賤。當公賦佳句。況得終淸宴。公含起草姿。不遠明光殿。致于丹靑地。知汝隨顧眄。
《石硯》
平公は 今の詩伯。秀発 吾が羨む所。使を奉ず 三峡の中。長嘯して石硯を得たり。巨璞 禹の鑿余。異状 君 独り見る。其の滑は 乃ち波濤。其の光は 或は雷電。坳を聯ねて 各〻墨を尽くし。水 多くして 逓ひに隠見す。揮灑 数人を容れ。十手 対面すべし。公の頭上の冠に比すれば。貞質 未だ賤しと為さず。公が佳句を賦するに当たる。況んや清宴を終ふるを得るをや。公 起草の姿を含む。明光殿に遠からず。丹青の地に致されん。知る 汝が顧眄に随ふを。
※●原注に「平侍御者」とあり ●長嘯:長くうそぶく。閑適のさま ●禹鑿餘:いにしえの禹が治水事業で水路を開鑿した際の余り物 ●盡墨:十分に墨を磨ることができる ●十手:十本の手、すなわち五人 ●公頭上冠:平公のかぶっている冠。侍御史の冠は鉄製であるという ●貞質:節操堅く質朴な性質 ●起草・明光殿:14-81《十二月一日三首 其一》参照 ●丹靑地:公卿の地位。《塩鉄論》に「公卿者神化之丹青」とあり。あるいは仇註は「丹墀青瑣之間」(すなわち都の宮殿のうち)の意とする ●汝:石硯を指す
14-92 《贈鄭十八賁》 杜甫
溫溫士君子。令我懷抱盡。靈芝冠眾芳。安得闕親近。遭亂意不歸。竄身跡非隱。細人尙姑息。吾子色愈謹。高懷見物理。識者安肯哂。卑飛欲何待。捷徑應未忍。示我百篇文。詩家一標準。羇離交屈宋。牢落値顏閔。水陸迷畏途。藥餌駐修軫。古人日已遠。靑史字不泯。步趾詠唐虞。追隨飯葵菫。數杯資好事。異味煩縣尹。心雖在朝謁。力與願矛盾。抱病排金門。衰容豈爲敏。
《鄭十八賁に贈る》
温温たる士君子。我をして懐抱 尽くさしむ。霊芝 衆芳に冠たり。安んぞ親近を闕くを得ん。乱に遭ひて 意は帰せず。身を竄すも 跡 隠るるには非ず。細人 姑息を尚ぶ。吾子 色 愈〻 謹しむ。高懐 物理を見る。識者 安んぞ肯て哂はん。卑飛 何をか待たんと欲する。捷径 応に未だ忍びざるべし。我に示す 百篇の文。詩家の 一標準なり。羇離 屈宋に交はり。牢落 顔閔に値ふ。水陸 畏途に迷ひ。薬餌 修軫を駐む。古人 日〻に已に遠く。青史 字 泯(ホロ)びず。歩趾 唐虞を詠じ。追随 葵菫を飯す。数杯 好事に資(ヨ)り。異味 県尹を煩はす。心 朝謁に在りと雖も。力 願ひと矛盾す。病を抱きて金門を排さば。衰容 豈に敏を為さんや。
※●鄭十八賁:14-65《雲安九日鄭十八攜酒陪諸公宴》参照 ●令我懷抱盡:私に胸の内をすべて語り尽くさせる ●意不歸:豹軒の字解は「意ふに帰らざらん」と訓み、「あるいは故郷へ帰れないかもしれない」と解く。あるいは可ならん。しかし次句の「跡」との対を考慮すれば、「意」は「心、思い」という名詞であるほうが好い。「歸」を「あるべき場所に落ち着く」の意に取れば、「意は帰せず」で意味が通じる。よってここは愚見に従う ●跡非隱:その行跡は隠者ではない ●細人尙姑息:礼記の檀弓上に「細人之愛人也以姑息」とあり。姑息は一時しのぎのこと ●吾子:あなた。鄭賁のこと ●卑飛:低く飛ぶ。出世せずにいること ●捷徑:近道。正当でないずるい方法で出世することを指す ●標準:目指すべき目印、手本 ●屈宋:屈原と宋玉 ●顏閔:顔回と閔損 ●駐修軫:車を駐めて逗留する。修軫は車の長い横木 ●葵菫:野菜の一種。甘菜。鮑照《放歌行》に「蓼蟲避葵菫」といい、注に「葵菫、甘菜也」という。あるいは豹軒の言うように「葵」と「菫菜(ノゼリ/ノダケ)」のことか ●縣尹:雲安県令の厳氏。14-87《水閣朝霽奉簡雲安嚴明府》参照 ●排金門:金馬門をおしひらく。金馬門は漢代の未央宮にあった門。文学の士の出仕するところ
14-93 《別蔡十四著作》 杜甫
賈生慟哭後。寥落無其人。安知蔡夫子。高義邁等倫。獻書謁皇帝。志已淸風塵。流涕灑丹極。萬乘爲酸辛。天地則瘡痍。朝廷多正臣。異才復閒出。周道日惟新。使蜀見知已。別顏始一伸。主人薨城府。扶櫬歸咸秦。巴道此相逢。會我病江濱。憶念鳳翔都。聚散俄十春。我衰不足道。但願子意陳。稍令社稷安。自契魚水親。我雖消渴甚。敢忘帝力勤。尙思未朽骨。復覩耕桑民。積水駕三峽。浮龍倚長津。揚舲洪濤閒。仗子濟物身。鞍馬下秦塞。王城通北辰。玄甲聚不散。兵久食恐貧。窮谷無粟帛。使者來相因。若馮南轅吏。書札到天垠。
《蔡十四著作に別る》
賈生 慟哭の後。寥落として其の人無し。安んぞ知らん 蔡夫子の。高義 等倫に邁(ス)ぐるを。書を献じて皇帝に謁し。志 已に風塵を清む。涕を流して丹極に灑ぎ。万乗 為めに酸辛たり。天地 則ち瘡痍なるも。朝廷 正臣 多し。異才 復た間出し。周道 日〻に惟れ新たなり。蜀に使して 知已を見。別顔 始めて一たび伸ぶ。主人 城府に薨じ。櫬を扶けて 咸秦に帰る。巴道 此に相ひ逢ひ。会〻 我 江浜に病む。憶念す 鳳翔の都。聚散 俄かに十春。我が衰ふるは 道ふに足らず。但だ願はくは 子が意の陳べられ。稍く社稷をして安からしめ。自づから魚水の親を契らんことを。我 消渇 甚だしと雖も。敢へて帝力の勤を忘れんや。尚ほ思ふ 未朽の骨。復た覩ん 耕桑の民。積水 三峡に駕し。竜を浮べて 長津に倚る。舲を揚ぐ 洪濤の間。仗る 子が済物の身。鞍馬 秦塞に下り。王城 北辰に通ぜん。玄甲 聚りて散ぜず。兵 久しくして 食 恐らくは貧しからん。窮谷 粟帛無きも。使者 来たりて相ひ因る。若し 南轅の吏に馮らば。書札 天垠に到らん。
※●蔡十四著作:著作郎の蔡氏 ●賈生慟哭:漢の賈誼、時事を憂えて流涕慟哭す ●其人:そのような人 ●丹極:丹塗りのむなぎ。天子の宮殿 ●萬乘:天子 ●見知已:成都で節度使の郭英乂に会ったこと ●主人薨城府:郭英乂が殺されたこと。剣南西川兵馬使の崔旰が謀叛したため、郭英乂はこれを討とうとして敗れ、簡州へ奔り、普州刺史韓澄に殺された。よって成都で亡くなったわけではないが、事実を述べるのが憚られるためかく言う ●鳳翔都:安史の乱当時、鳳翔に粛宗の行在所があった ●消渴:糖尿病 ●耕桑民:兵乱を恐れることなく農耕・養蚕にいそしむ民 ●濟物:万物を救済する ●玄甲:くろがねの鎧。それをまとう将卒 ●窮谷:奥深い峡谷にある、ここ雲安 ●南轅吏:都から南へやってくる役人 ●天垠:天の果て。ここ雲安を指す
14-94 《寄常徵君》 杜甫
白水靑山空復春。徵君晚節傍風塵。楚妃堂上色殊眾。海鶴階前鳴向人。萬事糾紛猶絕粒。一官羈絆實藏身。開州入夏知涼冷。不似雲安毒熱新。
《常徴君に寄す》
白水 青山 空しく復た春なり。徴君の晩節 風塵に傍ふ。楚妃 堂上 色 衆に殊なるにに。海鶴 階前 鳴 人に向かふ。万事 糾紛して 猶ほ粒を絶ち。一官に羈絆されて 実に身を蔵す。開州 夏に入りて 涼冷なるを知る。似ず 雲安の毒熱の新たなるに。
※●常徵君:14-67《別常徵君》参照 ●傍風塵:世俗の塵のそばにいる。常徴君は役人になったようである ●楚妃:常徴君の才徳が衆に異なることをたとえる ●海鶴:本来、海上の鶴のごとく自由なはずの常徴君があたら俗人に仕えて相応しくない仕事をしていることをたとえる ●萬事糾紛:役所仕事が複雑でごたごたすること ●絕粒:薄給のため貧乏で穀物がない ●開州:現・重慶市開州区。常徴君のいる所 ●雲安:杜甫が今いる所
14-95 《寄岑嘉州》 杜甫
不見故人十年餘。不道故人無素書。願逢顏色關塞遠。豈意出守江城居。外江三峽且相接。斗酒新詩終自疎。謝朓每篇堪諷誦。馮唐已老聽吹噓。泊船秋夜經春草。伏枕靑楓限玉除。眼前所寄選何物。贈子雲安雙鯉魚。
《岑嘉州に寄す》
故人を見ざること十年余。道はず 故人 素書 無しと。顔色に逢はんことを願ふも 関塞 遠し。豈に意はんや 出守して江城に居らんとは。外江 三峡 且つ相ひ接し。斗酒 新詩 終に自づから疎なり。謝朓 毎篇 諷誦するに堪へ。馮唐 已に老いて 吹噓するに聴(マカ)す。船を泊して 秋夜より 春草を経。枕に伏して 青楓 玉除を限る。眼前 寄する所 何の物をか選ぶ。子に贈る 雲安の双鯉魚。
※原注に「州、據蜀江外」とあり ●岑嘉州:岑参。当時、嘉州刺史。さらに杜鴻漸の口利きで職方郎中兼侍御史となり、杜鴻漸の幕府に加わった ●十年餘:実際は、少なくとも9年前の乾元元年、6-13《奉答岑參補闕見贈》を詠んだ際には会っている。表現の都合上、十年余りと言ったもの ●出守:朝廷から外に出て太守となる ●外江:原注にいう「蜀江外」に同じ。嘉州のあたりを流れる長江 ●謝朓:岑参をたとえる ●馮唐:漢の文帝のとき、白首にしてなお郎となった。老いて工部員外郎となった杜甫自身をたとえる ●秋夜經春草:杜甫の雲安滞在は前年の秋に始まり、いま春に及んでいた ●靑楓限玉除:青楓は雲安の眼前のもの、玉除は都の宮殿の土縁。限は遮断 ●雙鯉魚:故事により双鯉魚は手紙を意味する。ここは本物の鯉と手紙と二重の意味を持たせている
巻15
15-1 《移居夔州作》 杜甫
伏枕雲安縣。遷居白帝城。春知催柳別。江與放船淸。農事聞人說。山光見鳥情。禹功饒斷石。且就土微平。
《居を夔州に移さんとして作る》
枕に伏す 雲安県。居を遷す 白帝城。春とは 柳を催して別れしむるものと知り。江は 船を放つとき清きを与ふ。農事 人の説くを聞き。山光 鳥の情を見る。禹功 断石 饒し。且く就かん 土の微平なるに。
※●夔州:現・重慶市奉節県。杜甫が今いる雲安県より下流 ●白帝城:12-58《送元二適江左》参照 ●催柳別:柳の枝を折って環にし、旅立つ者に贈る風習にちなんで言う
15-2 《船下夔州郭宿雨濕不得上岸別王十二判官》 杜甫
依沙宿舸船。石瀨月娟娟。風起春燈亂。江鳴夜雨懸。晨鐘雲岸濕。勝地石堂煙。柔艣輕鷗外。含悽覺汝賢。
《船 夔州に下らんとして 郭宿す。雨に湿ひて岸に上るを得ず。王十二判官に別る》
沙に依りて 舸船 宿し。石瀬 月 娟娟たり。風 起こりて 春灯 乱れ。江 鳴りて 夜雨 懸かる。晨鐘 雲岸 湿ひ。勝地 石堂 煙る。柔艣 軽鷗の外。悽を含みて 汝が賢なるを覚ゆ。
※●郭宿:雲安県城の外郭に(船で)泊まる ●王十二判官:判官である王氏 ●含悽:物悲しさを胸のうちに含む
15-3 《漫成一首》 杜甫
江月去人只數尺。風燈照夜欲三更。沙頭宿鷺聯拳靜。船尾跳魚撥刺鳴。
《漫成一首》
江月 人を去ること 只だ数尺。風灯 夜を照らして三更ならんと欲す。沙頭の宿鷺は 聯拳 静かに。船尾の跳魚は 撥刺として鳴る。
※●聯拳:拳をつらねたように並ぶ。畳韻語同士で撥刺と対になる
15-4 《客堂》 杜甫
憶昨離少城。而今異楚蜀。捨舟復深山。窅窕一林麓。棲泊雲安縣。消中內相毒。舊疾甘載來。衰年得弱足。死爲殊方鬼。頭白免短促。老馬終望雲。南雁意在北。別家長兒女。欲起慙筋力。客堂序節改。具物對羈束。石暄蕨芽紫。渚秀蘆筍綠。巴鶯紛未稀。徼麥早向熟。悠悠日動江。漠漠春辭木。臺郞選才俊。自顧亦已極。前輩聲名人。埋沒何所得。居然綰章紱。受性本幽獨。平生憩息地。必種數竿竹。事業只濁醪。營葺但草屋。上公有記者。累奏資薄祿。主憂豈濟時。身遠彌曠職。修文廟算正。獻可天衢直。尙想趨朝廷。毫髮裨社稷。形骸今若是。進退委行色。
《客堂》
憶ふ 昨 少城を離れしを。而今 楚蜀を異にす。舟を捨つれば 復た深山。窅窕たり 一林麓。棲泊す 雲安県。消中 内に相ひ毒す。旧疾 甘んじて載せ来たり。衰年 弱足を得たり。死して 殊方の鬼と為るも。頭 白くして 短促を免る。老馬 終に雲を望み。南雁 意 北に在り。家に別れしより 児女 長じ。起たんと欲するも 筋力に慙づ。客堂 序節 改まり。具物 羈束に対す。石 暄かにして 蕨芽 紫に。渚 秀でて 芦筍 緑なり。巴鶯 紛として未だ稀ならず。徼麦 早くも熟すに向(ナンナ)んとす。悠悠として 日 江を動かし。漠漠として 春 木を辞す。台郎 才俊を選ぶ。自ら顧みるに 亦た已に極まれり。前輩 声名の人。埋没 何の得る所ぞ。居然として章紱を綰(ツガ)ね。受性 本より 幽独なり。平生 憩息の地。必ず数竿の竹を種う。事業 只だ濁醪。営葺 但だ草屋。上公 記する者有り。累奏せられて 薄禄に資る。主 憂ふるも 豈に時を済はんや。身 遠くして 弥〻職を曠しくす。修文 廟算 正しく。献可 天衢 直し。尚ほ想ふ 朝廷に趨して。毫髪 社稷を裨せんことを。形骸 今 是くの若し。進退 行色に委す。
※●客堂:夔州で寓居している座敷 ●消中:消渇に同じ。糖尿病 ●甘載來:甘を廿に作る本あり。廿のほうが意味はわかりやすいが、ここは底本に従う ●得弱足:仇本は弱を無に作るが、豹軒は他本の弱をまされりとして改める ●序節:季節の順序、節候 ●徼麥:辺境の麦 ●臺郞:尚書省の郎官。工部員外郎となったことをいう ●綰章紱:礼服を身に着ける ●上公:上官で、公位にあるもの。亡き厳武のこと。鄭国公 ●獻可:君主が否とすることでも、可なるものあればそれを献ずる ●裨:益する、たすける
15-5 《引水》 杜甫
月峽瞿唐雲作頂。亂石崢嶸俗無井。雲安沽水奴僕悲。魚復移居心力省。白帝城西萬竹蟠。接筒引水喉不乾。人生流滯生理難。斗水何直百憂寬。
《水を引く》
月峡 瞿唐 雲 頂と作し。乱石 崢嶸として 俗に井 無し。雲安 水を沽ひて 奴僕 悲しみ。魚復 居を移して 心力 省く。白帝城西 万竹 蟠り。筒を接し 水を引きて 喉 乾かず。人生 流滞して 生理 難し。斗水 何ぞ直(アタ)らん 百憂の寛なるに。
※●月峽:明月峡(四川省広元市)か。豹軒は遠すぎるをもって当たらずとし、雲安付近の峡谷の名なるべしという ●瞿唐:瞿唐峡。夔州(現・重慶市奉節県)にあり ●俗無井:一般に井戸がない ●魚復:魚復浦。夔州の東、長江北岸の浦 ●何直:直は値に同じ。同じ価値ではない
15-6 《示獠奴阿段》 杜甫
山水蒼蒼落日曛。竹竿裊裊細泉分。郡人入夜爭餘瀝。豎子尋源獨不聞。病渴三更廻白首。傳聲一注濕靑雲。曾驚陶侃胡奴異。怪爾常穿虎豹羣。
《獠奴 阿段に示す》
山水 蒼蒼として 落日 曛じ。竹竿 裊裊として 細泉 分かる。郡人 夜に入りて 余瀝を争ひ。豎子 源を尋ねて 独り聞かしめず。渇を病みて 三更 白首を廻らし。声を伝へて 一注 青雲を湿ほす。曽て驚く 陶侃の胡奴の異なるに。怪しむ 爾が常に虎豹の群を穿つを。
※●獠奴:獠という少数民族出身の奴僕。現在も重慶市の南部には少数民族の自治県がいくつもある ●阿段:獠奴の名。北史の獠伝によれば、獠族では漢民族のような名前はなく、生まれ順により、男子なら阿謩、阿段、…のように呼ぶのだという。ならば排行のようなもので、阿段は次郎のようなものか ●餘瀝:筧に残っているしずく ●豎子:阿段のこと ●獨不聞:自分ひとりで、主人にはそのことを聞かせず ●病渴:消渇(糖尿病)を病む ●傳聲:泉声を伝えて ●陶侃胡奴:陶侃は西晋の宰相にして、陶淵明の祖先。その第十子陶範の小字を胡奴というらしいが、彼のことかどうか不明。あるいは陶侃は陶峴の誤りともいう。陶峴は陶淵明の孫で、杜甫と同時代の人。江に剣を投げ入れ、崑崙奴の魔訶なる者に取りに行かせたところ、魔訶は蛟竜に害せられ、全身磔裂されて水に浮かんだという話がある
15-7 《上白帝城》 杜甫
城峻隨天壁。樓高望女牆。江流思夏后。風至憶襄王。老去聞悲角。人扶報夕陽。公孫初恃險。躍馬意何長。
《白帝城に上る》
城 峻にして 天壁に随ひ。楼 高くして 女牆を望む。江 流るるに 夏后を思ひ。風 至るに 襄王を憶ふ。老い去って 悲角を聞き。人に扶けられて 夕陽に報ず。公孫 初めて険を恃む。馬を躍らすの意 何ぞ長き。
※●白帝城:夔州の東、現在の重慶市奉節県、瞿唐峡の山の上(現在は三峡ダム内の島)にあり。公孫述築く。12-58《送元二適江左》参照 ●夏后:夏王朝の祖、禹をいう ●襄王:戦国楚の襄王。宋玉の風賦に「楚襄王遊於蘭臺之宮、有風颯然而至、王乃披襟、當之曰、快哉」とあり ●公孫:公孫述のこと ●躍馬:左思の蜀都賦に「公孫躍馬而稱帝」とあり
15-8 《上白帝城二首 其一》 杜甫
江城含變態。一上一回新。天欲今朝雨。山歸萬古春。英雄餘事業。衰邁久風塵。取醉他鄕客。相逢故國人。兵戈猶擁蜀。賦斂强輸秦。不是煩形勝。深愁畏損神。
《白帝城に上る二首 其の一》
江城 変態を含み。一たび上れば 一回 新たなり。天 今朝に雨ふらんと欲し。山 万古 春なるに帰す。英雄 事業を余し。衰邁 風塵を久しくす。酔ひを取る 他郷の客。相ひ逢ふ 故国の人。兵戈 猶ほ蜀を擁し。賦斂 強ひて秦に輸す。是れ 形勝を煩はしとするならず。深愁 神を損ふを畏る。
※●英雄:公孫述のこと ●衰邁:老衰し年のゆきすぎること。杜甫自身のことをいう ●故國人:故郷の人。ここでは一緒に城に上った同郷人のこと ●兵戈猶擁蜀:崔旰の乱をいう ●輸秦:長安へ運んでゆく ●損神:精神を損なう
15-9 《上白帝城二首 其二》 杜甫
白帝空祠廟。孤雲自往來。江山城宛轉。棟宇客徘徊。勇略今何在。當年亦壯哉。後人將酒肉。虛殿日塵埃。谷鳥鳴還過。林花落又開。多慙病無力。騎馬入靑苔。
《白帝城に上る二首 其の二》
白帝 祠廟 空しく。孤雲 自づから往来す。江山 城 宛転として。棟宇 客 徘徊す。勇略 今 何くにか在る。当年 亦た壮なるかな。後人 酒肉を将(オコナ)ふも。虚殿 日〻に塵埃なり。谷鳥 鳴きて還た過ぎ。林花 落ちて又た開く。多く慙づ 病みて力 無く。馬に騎りて青苔に入るを。
※●祠廟:公孫述を祀った廟 ●將酒肉:酒や肉を供えて祀る
15-10 《陪諸公上白帝城頭宴越公堂之作》 杜甫
此堂存古制。城上俯江郊。落構垂雲雨。荒階蔓草茅。柱穿蜂溜蜜。棧缺燕添巢。坐接春杯氣。心傷豔蕊梢。英靈如過隙。宴衎願投膠。莫問東流水。生涯未卽抛。
《諸公に陪して白帝城頭に上り 越公堂に宴するの作》
此の堂 古制を存し。城上 江郊に俯す。落構 雲雨 垂れ。荒階 草茅 蔓る。柱 穿たれて 蜂 蜜を溜(シタタ)らし。桟 欠けて 燕 巣を添ふ。坐には接す 春杯の気。心には傷む 艶蕊の梢。英霊 隙を過ぐるが如く。宴衎 膠を投ぜんことを願ふ。問ふ莫れ 東流の水。生涯 未だ即ち抛たず。
※原注に「越公楊素也。有堂在城上。畫像尚存」という ●越公堂:隋の楊素が建てた堂。前詩の白帝廟の南にあったという。楊素は隋の高祖に従って功あり、越国公に封ぜられた ●如過隙:荘子に「人生天地間、若白駒之過隙」という ●宴衎:さかもりして楽しむ ●投膠:親密になること。古楽府に「以膠投漆中 誰能别離此」という ●莫問東流水:歳月が東流の水のように去って二度と帰らないことなど問題にするな
15-11 《白帝城最高樓》 杜甫
城尖徑仄旌旆愁。獨立縹緲之飛樓。峽坼雲霾龍虎臥。江淸日抱黿鼉遊。扶桑西枝對斷石。弱水東影隨長流。杖藜嘆世者誰子。泣血逬空回白頭。
《白帝城の最高楼》
城 尖り 径 仄きて 旌旆 愁ふ。独り立つ 縹緲たるの飛楼。峡 坼け 雲 霾りて 竜虎 臥し。江 清く 日 抱きて 黿鼉 遊ぶ。扶桑の西枝 断石に対し。弱水の東影 長流に随ふ。藜を杖き 世を嘆ずる者は 誰が子ぞ。泣血 空に逬しらしめて 白頭を回らす。
※●扶桑西枝:扶桑は東海の仙山。そこに大桑の木あり、そこから日が昇る。その西の枝 ●弱水東影:弱水は甘粛の砂漠地帯を流れ、途中伏流水となって東流する。その東のほうの水影。曹植の詩に「東觀扶桑曜 西臨弱水流」という ●長流:長江の流れ 泣血:血の涙
15-12 《武侯廟》 杜甫
遺廟丹靑落。空山草木長。猶聞辭後主。不復臥南陽。
《武侯廟》
遺廟 丹青 落ち。空山 草木 長し。猶ほ聞くがごとし 後主に辞するを。復たとは南陽に臥せず。
※●武侯:蜀漢の丞相、諸葛亮(孔明) ●辭後主:後主劉禅に別れの挨拶をする。孔明が北伐に出発するに際して劉禅に「出師の表」を奉ったことを指す ●南陽:若き日の孔明は南陽の隆中(当時の襄陽城の西二十里)に廬を結び、世から隠れていた
15-13 《八陣圖》 杜甫
功蓋三分國。名成八陣圖。江流石不轉。遺恨失吞吳。
《八陣図》
功は蓋ふ 三分の国。名は成る 八陣の図。江 流るるも 石 転ぜず。遺恨 呉を吞むを失せり。
※●八陣圖:孔明が考案したという八つの陣形。それを石を積んで再現したものが魚復浦(15-5《引水》参照)の平沙にあり、長江が増水して水に没しても、水が引けば旧態に復したという ●遺恨:以下のことに恨みを遺す。以下のことが残念である
15-14 《曉望白帝城鹽山》 杜甫
徐步攜斑杖。看山仰白頭。翠深開斷壁。紅遠結飛樓。日出淸江望。暄和散旅愁。春城見松雪。始擬進歸舟。
《暁に白帝城・塩山を望む》
徐歩して 斑杖を携へ。山を看て 白頭 仰ぐ。翠 深くして 断壁を開き。紅 遠くして 飛楼を結ぶ。日 出でて 江望 清く。暄 和にして 旅愁を散ず。春城に 松雪を見て。始めて帰舟に進まんと擬す。
※●鹽山:白塩山。断崖絶壁が輝き、白い塩のようだったという ●暄和:日の暖かさがほどよく穏やか ●春城:春の町。杜甫がいる夔州の町
15-15 《灎澦堆》 杜甫
巨石水中央。江寒出水長。沈牛答雲雨。如馬戒舟航。天意存傾覆。神功接混茫。干戈連解纜。行止憶垂堂。
《灎澦堆》
巨石 水の中央。江 寒くして 水を出づること長し。牛を沈めて 雲雨に答へ。馬の如くにして 舟航を戒しむ。天意は 傾覆に存し。神功は 混茫に接す。干戈 連りに纜を解く。行止 垂堂を憶ふ。
※●灎澦堆:瞿唐峡にある難所。10-33《所思》参照 ●沈牛:生贄として長江に牛を沈める ●答雲雨:雨を降らせてくれたことに感謝してお礼をする ●如馬戒舟航:世に「灔澦如馬、瞿唐莫下」という ●神功:神のなせる仕事 ●混茫:天地開闢の初めに元気の未だ分かれざるさま。混沌 ●垂堂:「坐不垂堂」という戒め。坐る際に堂の端によることをしない。堂の端に坐れば、何かの拍子に堂から落ちる危険があるからである
15-16 《老病》 杜甫
老病巫山裏。稽留楚客中。藥殘他日裹。花發去年叢。夜足霑沙雨。春多逆水風。合分雙賜筆。猶作一飄蓬。
《老病》
老いて病む 巫山の裏。稽留す 楚客の中。薬は残す 他日の裹。花は発く 去年の叢。夜には足(オホ)し 沙を霑ほすの雨。春には多し 水に逆らふの風。合に双賜筆を分かたるべきに。猶ほ一飄蓬と作る。
※●巫山:現・重慶市巫山県にある山。夔州より下流 ●他日裹:先日分の薬包 ●雙賜筆:尚書省の郎官は天子から赤管の筆を二本賜る。杜甫は検校ながら工部員外郎である
15-17 《近聞》 杜甫
近聞犬戎遠遁逃。牧馬不敢侵臨洮。渭水逶迤白日靜。隴山蕭瑟秋雲高。崆峒五原亦無事。北庭數有關中使。似聞贊普更求親。舅甥和好應難棄。
《近聞》
近ごろ聞く 犬戎 遠く遁逃して。牧馬 敢へて 臨洮を侵さずと。渭水 逶迤として 白日 静かに。隴山 蕭瑟として 秋雲 高し。崆峒 五原も 亦た事無く。北庭 数〻 関中の使ひ有り。聞くに似たり 賛普 更に親を求むと。舅甥の和好 応に棄て難かるべし。
※●犬戎:吐蕃を指す。永泰元年10月、郭子儀が回紇と結んで吐蕃を撃退し、党項を降伏させた。翌大暦元年2月、吐蕃は使者を長安に派遣して和平を求めた ●臨洮:現・甘粛省定西市臨洮県 ●隴山:陝西と甘粛の境の山。吐蕃等異民族の侵入経路となる ●崆峒:現・甘粛省平涼市にある山 ●五原:唐の塩州。一時、五原郡に改められていた。現在の陝西省楡林市定辺県 ●北庭:地名としては北庭都護府の置かれた天山以北の西域を指す。吐蕃が撤退し、回紇も党項も唐に従ったため、西域との連絡が回復したことをいう ●贊普:吐蕃語の音訳。吐蕃の王のこと ●舅甥:かつて唐は公主を吐蕃の王に降嫁し、両国は姻戚関係にあった
15-18 《負薪行》 杜甫
夔州處女髮半華。四十五十無夫家。更遭喪亂嫁不售。一生抱恨長咨嗟。土風坐男使女立。男當門戶女出入。十有八九負薪歸。賣薪得錢應供給。至老雙鬟只垂頸。野花山葉銀釵竝。筋力登危集市門。死生射利兼鹽井。面妝首飾雜啼痕。地褊衣寒困石根。若道巫山女麤醜。何得北有昭君村。
《負薪行》
夔州の処女 髪 半ば華(シロ)し。四十 五十 夫家 無し。更に 喪乱に遭ひて 嫁 售れず。一生 恨みを抱きて 長(ツネ)に咨嗟す。土風 男を坐せしめ 女をして立たしむ。男は 門戸に当たり 女は出入す。十有八九 薪を負ひて帰る。薪を売りて銭を得て 供給に応ず。老いに至るも 双鬟 只だ頸に垂る。野花 山葉 銀釵に並ぶ。筋力 危きに登りて 市門に集まり。死生 利を射て 塩井を兼ぬ。面粧 首飾 啼痕を雑へ。地 褊にして 衣 寒く 石根に困しむ。若し 巫山の女 麤醜なりと道はば。何ぞ北に昭君村 有るを得ん。
※●處女:嫁がずに実家にいる女 ●半華:半ば白髪である ●嫁不售:嫁ぎ先がない ●當門戶:留守番をして家にいる ●十有八九:十人中八九人 ●野花山葉銀釵竝:野花や山の葉を銀のかんざしと一緒に髪に挿す ●死生射利兼鹽井:命がけで利益をねらって製塩所の仕事を掛け持ちする ●地褊:土地が狭小である ●昭君村:王昭君の生まれた村。夔州の北、現在の湖北省宜昌市興山県昭君鎮
15-19 《最能行》 杜甫
峽中丈夫絕輕死。少在公門多在水。富豪有錢駕大舸。貧窮取給行艓子。小兒學問止論語。大兒結束隨商旅。欹帆側柂入波濤。撇漩捎濆無險阻。朝發白帝暮江陵。頃來目擊信有徵。瞿唐漫天虎鬚怒。歸州長年行最能。此鄕之人器量窄。悞競南風疎北客。若道士無英俊才。何得山有屈原宅。
《最能行》
峡中の丈夫 絶だ死を軽んじ。公門に在るもの少なく 水に在るもの多し。富豪は銭有り 大舸に駕し。貧窮は給を取るに 艓子を行(ヤ)る。小児の学問は 止だ論語。大児は 結束して 商旅に随ふ。帆を欹て 柂を側けて 波濤に入り。漩を撇(ハラ)ひ 濆を捎(ハラ)ひて 険阻を無みす。朝に 白帝を発し 暮には江陵。頃来 目撃するに 信に徴有り。瞿唐 天に漫(ハビコ)り 虎鬚 怒る。帰州の長年 行(ヤ)ること最も能くす。此の郷の人 器量 窄く。悞(アヤマ)って 南風を競なりとし 北客を疎んず。若し 士に英俊の才無しと道はば。何ぞ 山に屈原の宅 有るを得ん。
※●在公門:役所で働く ●在水:水上で働く ●取給:船賃を取る ●行艓子:木の葉のような平べったい小舟をあやつる ●結束:旅支度をする ●漩・濆:ともに渦巻き。蜀の諺に「濆起如屋、漩下而井」という ●白帝:白帝城。15-7《上白帝城》など参照 ●江陵:荊州の中心である江陵県(現在の湖北省荊州市荊州区)。また荊州は一時、江陵郡と改められたこともあり、また上元元年に荊州は「南都」となり江陵府に改められた ●虎鬚:灘の名前。奉節県の東三十里にあったという ●歸州:現・湖北省宜昌市秭帰県。夔州より下流 ●長年:三峡の方言で、篙師(船頭)のこと。14-58《撥悶》参照 ●此鄕之人:夔州近辺 ●競南風:左伝の襄公十八年に、晋と楚の戦について楽師の師曠が「吾驟歌北風、又歌南風、南風不競、多死声、楚必無功」とあり ●屈原宅:帰州にあったという
15-20 《寄韋有夏郞中》 杜甫
省郞憂病士。書信有柴胡。飮子頻通汗。懷君想報珠。親知天畔少。藥餌峽中無。歸楫生衣臥。春鷗洗翅呼。猶聞上急水。早作取平塗。萬里皇華使。爲僚記腐儒。
《韋有夏郎中に寄す》
省郎 病士を憂へ。書信 柴胡 有り。飲子 頻りに汗を通じ。君を懐ひて 珠を報ぜんことを想ふ。親知 天畔に少なく。薬餌 峡中に無し。帰楫 衣を生じて臥し。春鷗 翅を洗ひて呼ぶ。猶ほ聞く 急水を上ると。早く平塗を取るを作せ。万里 皇華の使ひ。僚と為り 腐儒を記す。
※●韋有夏郞中:郎中の韋有夏。正しくは韋夏有か。杜甫の従孫・杜済(3-24《示從孫濟》参照)の妻の兄弟で、このとき考功郎中 ●柴胡:生薬の名。セリ科のミシマサイコの根。発汗させて体の熱を取ったり、気の滞りを改善したりする効果がある ●飮子:煎じ薬。ここでは柴胡を煎じたもの ●生衣臥:水衣(みずごけ)を生じて横たわる。豹軒の字解は、杜甫が生衣(練らぬ生地のままの衣)を着て病臥するの意に解するが、ここは仇註に引く杜臆の説に従う ●皇華使:天子の命を受けた使者。詩経の小雅「皇皇者華」篇にもとづく。韋郎中のこと ●爲僚:同僚となる。杜甫も工部員外郎である
15-21 《峽中覽物》 杜甫
曾爲掾吏趨三輔。憶在潼關詩興多。巫峽忽如瞻華嶽。蜀江猶似見黃河。舟中得病移衾枕。洞口經春長薜蘿。形勝有餘風土惡。幾時回首一高歌。
《峡中に物を覧る》
曽て掾吏と為って 三輔に趨く。憶ふ 潼関に在りて 詩興 多かりしを。巫峡 忽ち華岳を瞻るが如く。蜀江 猶ほ黄河を見るに似たり。舟中 病を得て 衾枕を移し。洞口 春を経て 薜蘿を長ず。形勝 余り有るも 風土 悪し。幾時か首を回らして 一たび高歌せん。
※●掾吏:地方長官の属官。杜甫は乾元元年、左拾遺から華州の司功参軍に左遷された。6-28《至德二載甫自京金光門出閒道歸鳳翔乾元初從左拾遺移華州掾與親故別因出此門有悲往事》参照 ●三輔:漢代、長安付近に置いた三つの行政区画。のち長安周辺の地方をいう。華州もそこに位置する ●潼關:長安の東を守る要衝 ●蜀江:長江のこと。蜀から流れ来る ●洞口:五渓蛮と呼ばれる奥地の異民族居住地域への入口
15-22 《憶鄭南》 杜甫
鄭南伏毒寺。瀟灑到江心。石影銜珠閣。泉聲帶玉琴。風杉曾曙倚。雲嶠憶春臨。萬里蒼茫外。龍蛇只自深。
《鄭南を憶ふ》
鄭南の伏毒寺。瀟灑 江心に到る。石影 珠閣を銜み。泉声 玉琴を帯ぶ。風杉 曽て曙に倚り。雲嶠 春に臨むを憶ふ。万里 蒼茫の外。竜蛇 只だ自ら深くす。
※●鄭南:華州鄭県の南 ●伏毒寺:鄭県にある寺
15-23 《贈崔十三評事公輔》 杜甫
飄颻西極馬。來自渥洼池。颯飁寒山桂。低徊風雨枝。我聞龍正直。道屈爾何爲。且有元戎命。悲歌識者知。官聯辭宂長。行路徙欹危。脫劍主人贈。去帆春色隨。陰沈鐵鳳闕。敎練羽林兒。天子朝侵早。雲臺仗數移。分軍應供給。百姓日支離。黠吏因封己。公才或守雌。燕王買駿骨。渭老得熊羆。活國名公在。拜壇羣寇疑。冰壺動瑤碧。野水失蛟螭。入幕諸彥集。渴賢高選宜。鶱騰坐可致。九萬起於斯。復進出矛㦸。昭然開鼎彝。會看之子貴。歎及老夫衰。豈但江曾決。還思霧一披。暗塵生古鏡。拂匣照西施。舅氏多人物。無慙困翮垂。
《崔十三評事公輔に贈る》
飄颻たり 西極の馬。渥洼の池より来る。颯飁たり 寒山の桂。低徊す 風雨の枝。我聞く 竜 正直なるを。道 屈する 爾 何為れぞ。且つ 元戎の命 有り。悲歌 識者 知る。官聯 冗長を辞し。行路 欹危に徙る。剣を脱して 主人 贈り。去帆 春色 随ふ。陰沈たり 鉄鳳の闕。教練す 羽林の児。天子 朝 早を侵し。雲台 仗 数〻 移る。軍を分かちて供給に応じ。百姓 日〻に支離す。黠吏 因りて己を封じ。公才 或ひは雌を守る。燕王 駿骨を買ひ。渭老 熊羆を得たり。国を活かすに 名公 在り。壇を拝して 群寇 疑ふ。氷壺 瑶碧 動き。野水 蛟螭を失す。幕に入りて 諸彦 集まり。賢に渇して高選 宜し。鶱騰 坐ながら致すべし。九万 斯れより起る。復た進みて 矛㦸を出だし。昭然として鼎彝を開かん。会らず看ん 之の子の貴きを。歎き及ぶ 老夫の衰。豈に但だ 江の曽(カサ)ねて決するのみならんや。還た思ふ 霧の一たび披かんことを。暗塵 古鏡に生じ。匣を払ひて 西施を照らさん。舅氏 人物 多し。慙づる無かれ 困翮の垂るるを。
※●崔十三評事公輔:評事の官にある崔公輔。杜甫の母方の従弟。評事は大理寺に属する、地方出張裁判官のような職。このときは誰かに幕僚として仕えていたが、禁軍に職を得たようである ●渥洼:川の名。西域を流れる党河の支流。漢の武帝のとき、その水中から神馬が生まれたという ●寒山桂:謝霊運の《入華子岡》詩に「桂水凌寒山」という ●官聯:各官が相い連絡して職務をおこなうこと ●主人:崔公輔が現在幕僚として仕えている上司 ●羽林兒:禁軍の兵 ●因封己:それにつけこんで自分の利益を厚くする ●守雌:消極的な態度をとる ●羣寇疑:盗賊どもが恐れて不安になる ●鶱騰:高く飛びあがる。高い地位に出世すること ●九萬:大鵬のように九万里も高く翔けること ●開鼎彝:鼎に功績を銘記する ●江曾決:崔公輔の弁舌の勢いを江河の決壊するにたとえる ●霧一披:霧が晴れて青空を見るように崔公輔の姿を見ること ●舅氏多人物:舅氏は母方のおじ、すなわち崔公輔の父。「多人物」はすぐれた人物を子に多く持つこと
15-24 《奉寄李十五祕書文嶷二首 其一》 杜甫
避暑雲安縣。秋風早下來。暫留魚復浦。同過楚王臺。猿鳥千崖窄。江湖萬里開。竹枝歌未好。畫舸莫遲回。
《李十五秘書文嶷に寄せ奉る二首 其の一》
暑を避く 雲安県。秋風 早くも下り来たる。暫く留る 魚復浦。同に過ぎる 楚王の台。猿鳥 千崖 窄く。江湖 万里 開く。竹枝の歌 未だ好からず。画舸 遅回する莫れ。
※●李十五祕書文嶷:秘書郎の李文嶷 ●楚王臺:陽雲台。巫山県の西北にあったという。楚の襄王と神女の朝雲暮雨の故事で有名 ●竹枝:巴渝地方の民謡。のちこれを真似て詠まれた民謡風の詩をも竹枝と呼ぶようになるが、ここでは当地で歌われていた本物の民謡
15-25 《奉寄李十五祕書文嶷二首 其二》 杜甫
行李千金贈。衣冠八尺身。飛騰知有策。意度不無神。班秩兼通貴。公侯出異人。玄成負文彩。世業豈沈淪。
《李十五秘書文嶷に寄せ奉る二首 其の二》
行李 千金の贈。衣冠 八尺の身。飛騰 策 有るを知り。意度 神 無きにあらず。班秩 通貴を兼ね。公侯 異人を出だす。玄成 文彩を負ふ。世業 豈に沈淪せんや。
※●行李:行理に同じ。使者 ●飛騰:高い地位に飛びあがる ●意度:意思度量 ●班秩:官位品級 ●通貴:異人と対であるから、通は貴を修飾する語であろう。豹軒の字解に説くごとく、天下に広く通じる貴さ、と取るのが妥当と思われる ●公侯:公爵侯爵の家 ●玄成:漢の韋玄成。元帝のときの丞相。父の韋賢も宣帝の丞相をつとめた。政治的功績は父に及ばないが、文采は父に勝ると評された
15-26 《雷》 杜甫
大旱山嶽焦。密雲復無雨。南方瘴癘地。罹此農事苦。封內必舞雩。峽中喧擊鼓。眞龍竟寂寞。土梗空僂俯。吁嗟公私病。稅斂缺不補。故老仰面啼。瘡痍向誰數。暴尩或前聞。鞭石非稽古。請先偃甲兵。處分聽人主。萬邦但各業。一物休盡取。水旱其數然。堯湯免親覩。上天鑠金石。羣盜亂豺虎。二者存一端。愆陽不猶愈。昨宵殷其雷。風過齊萬弩。復吹霾翳散。虛覺神靈聚。氣暍腸胃融。汗濕衣裳汙。吾衰尤計拙。失望築場圃。
《雷》
大旱 山岳 焦げ。密雲 復た雨 無し。南方 瘴癘の地。此の農事の苦しきに罹る。封内 舞雩を必し。峡中 撃鼓 喧し。真竜 竟に寂寞たり。土梗 空しく僂俯す。吁嗟(アア) 公私 病み。税斂 欠けて補はず。故老 面を仰ぎて啼く。瘡痍 誰に向かってか数へん。尩を暴(サラ)すは 或は前聞す。石を鞭つは 稽古に非ず。請ふ 先づ 甲兵を偃せ。処分 人主に聴(マカ)せん。万邦 但だ各〻業し。一物も 尽く取るを休めよ。水旱は 其の数 然り。尭湯も 親(ミヅカ)ら覩るを免れんや。上天 金石を鑠し。群盗 豺虎 乱る。二者 一端を存せば。愆陽は 猶ほ愈(マサ)らずや。昨宵 殷たる其の雷。風 過ぎて 万弩 斉し。復た霾翳を吹いて散ぜしめ。虚しく覚ゆ 神霊 聚まるを。気暍して腸胃 融(トホ)り。汗 湿して 衣裳 汚る。吾 衰へて 尤も計 拙し。望みを失ふ 場圃を築くに。
※●大旱:大暦元年春より旱魃が続き、六月になってようやく雨が降ったという ●必舞雩:雩(雨乞いの祭り)に舞うことを必要とする ●土梗:雨乞いの儀式に用いる泥人形 ●僂俯:背をかがめる。神に祈る姿勢 ●公私:公田と私田 ●暴尫:せむし(円背/脊柱後弯症)の人を日にさらす。雨乞いの儀式のひとつ ●鞭石:宜都郡に二大石あり、陽石を鞭打てば晴れ、陰石を鞭打てば雨降るという(初学雑記) ●堯湯免親覩:史記によれば堯のとき九年の長雨があり、説苑によれば湯のとき七年の旱があったという ●二者存一端:二者のうち一方だけを遺すとすれば ●愆陽不猶愈:陽気が誤って旱魃になるほうがまだましではないか ●氣暍腸胃融:暑気あたりで下痢する ●築場圃:春夏に圃(畑)であったところを秋冬に向けて築きかためて場(作業場)とする
15-27 《火》 杜甫
楚山經月火。大旱則斯擧。舊俗燒蛟龍。驚惶致雷雨。爆嵌魑魅泣。崩凍嵐陰昈。羅落沸百泓。根源皆太古。靑林一灰燼。雲氣無處所。入夜殊赫然。新秋照牛女。風吹巨燄作。河漢騰煙柱。勢欲焚崑崙。光彌焮洲渚。腥至焦長蛇。聲吼纏猛虎。神物已高飛。不見石與土。爾寧要謗讟。憑此近熒侮。薄關長吏憂。甚昧至精主。遠遷誰撲滅。將恐及環堵。流汗臥江亭。更深氣如縷。
《火》
楚山 経月の火。大旱には 則ち斯に挙ぐ。旧俗 蛟竜を焼けば。驚惶して 雷雨を致すと。嵌を爆すれば 魑魅 泣き。凍を崩して 嵐陰 昈(アキ)らかなり。羅落せられて 百泓 沸き。根源 皆 太古よりす。青林 一に灰燼。雲気 処所 無し。夜に入りて 殊に赫然たり。新秋 牛女を照らす。風 吹きて 巨焰 作(オコ)り。河漢まで 煙柱 騰がる。勢ひ 崑崙を焚かんと欲し。光 弥〻 洲渚を焮(アブ)る。腥 至りて 長蛇 焦げ。声 吼えて 猛虎に纏ふ。神物 已に高く飛び。石と土とを見ず。爾 寧ぞ 謗讟せんと要する。此に憑ふは 熒侮に近し。薄(イササ)か 長吏の憂ひに関す。甚だ至精の主に昧し。遠く遷らば 誰か撲滅せん。将た恐る 環堵に及ばんことを。汗を流して江亭に臥し。更 深くして 気 縷の如し。
※原注に「楚俗、大旱則焚山擊鼔。有合神農書」という ●爆嵌:山穴を激しく焼く ●崩凍:氷雪が残って凍っているところを焼き崩す ●羅落:敷きならべる。火が燃え広がることを指す ●處所:いどころ、定まったところ ●河漢騰煙柱:豹軒は字解にて、他本に「河掉騰煙拄(河 掉ひて 騰煙 拄ふ)とあるを引き、「これもおもしろし」とする ●神物:竜のこと ●不見:一本に「只見」に作る。豹軒これを「簡明なり」と評価するが、「不見」を否定はせず、「見ずや」と反語に訓む。ここでは単純に「竜は石や土など見もせず」の意に取ることとする ●謗讟:(竜のことを)そしり、うらむ ●熒侮:(竜を)惑わし侮る ●至精主:竜のこと
15-28 《熱三首 其一》 杜甫
雷霆空霹靂。雲雨竟虛無。炎赫衣流汗。低垂氣不蘇。乞爲寒水玉。願作冷秋菰。何似兒童歲。風涼出舞雩。
《熱三首 其の一》
雷霆 空しく霹靂。雲雨 竟に虚無。炎赫 衣 汗を流し。低垂 気 蘇せず。寒水玉と為らんことを乞ひ。冷秋菰と作らんことを願ふ。何似(イカ)んぞ 児童の歳。風 涼しくして 舞雩に出でしに。
※●低垂:ぐったりと頭をたれる ●寒水玉:冷たい水晶玉。あるいは冷たい水につかった玉 ●冷秋菰:冷えた秋のまこも。あるいは寒い秋のまこも ●出舞雩:雨乞いの舞をする場所へ出かける
15-29 《熱三首 其二》 杜甫
瘴雲終不滅。瀘水復西來。閉戶人高臥。歸林鳥卻回。峽中都是火。江上只空雷。想見陰宮雪。風門颯沓開。
《熱三首 其の二》
瘴雲 終に滅せず。瀘水 復た西より来たる。戸を閉ぢて 人 高臥し。林に帰るも 鳥 却回す。峡中 都て是れ火。江上 只だ空雷。想ひ見る 陰宮の雪。風門 颯沓として開くを。
※●瀘水:川の名。瀘江水。蜀の南部を流れて金沙江(長江)に合流する ●卻回:ねぐらが暑くて空へ戻って行く ●陰宮雪:涼を取るため宮殿の北面に積んだ雪
15-30 《熱三首 其三》 杜甫
朱李沈不冷。彫胡炊屢新。將衰骨盡病。被暍味空頻。欻翕炎蒸景。飄颻征戍人。十年可解甲。爲爾一霑巾。
《熱三首 其の三》
朱李 沈むるも冷えず。彫胡 炊ぐこと 屢〻新たなり。将に衰へんとして 骨 尽く病み。暍を被りて 味はひ 空しく頻りなり。欻翕たり 炎蒸の景。飄颻たり 征戍の人。十年にして 甲を解くべきに。爾が為めに 一に巾を霑ほす。
※●朱李:赤いスモモ。魏文帝《與呉質書》に「浮甘瓜於清泉、沈朱李於寒水」という ●彫胡:彫菰に同じ。マコモの実。食用とする ●炊屢新:暑くてすぐに腐るので保存がきかず、その都度炊き立てのものを食べる ●被暍:暑気あたりになる ●欻翕:すばやく吹き付けるさま ●爾:征戍人を指す
15-31 《夔州歌十絕句 其一》 杜甫
中巴之東巴東山。江水開闢流其閒。白帝高爲三峽鎭。瞿唐險過百牢關。
《夔州歌十絕句 其の一》
中巴の東 巴東の山。江水 開闢より 其の間を流る。白帝の高きは 三峡の鎮と為り。瞿唐の険は 百牢関に過(マサ)る。
※●中巴:後漢末、益州の劉璋は巴の地に、中巴(巴)・西巴(巴西)・東巴(巴東)の三郡を置いた。夔州はこのうちの巴東郡に位置した ●百牢關:漢中にあった関。孔明が設けたという。断崖絶壁が続く要害の地に築かれた
15-32 《夔州歌十絕句 其二》 杜甫
白帝夔州各異城。蜀江楚峽混殊名。英雄割據非天意。霸王幷吞在物情。
《夔州歌十絕句 其の二》
白帝 夔州 各〻 城を異にし。蜀江 楚峡 混たるも 名を殊にす。英雄 割拠するは天意に非ず。覇王 幷吞するは 物情に在り。
※●混殊名:この部分の解釈は諸説あり。愚按ずるに、蜀江といい楚峡というも両者混然としてはっきり区別できないのに名は別になっている、というだけのことならん ●霸王幷吞在物情:蜀や楚から興って天下を併呑できるかどうかは、その時々の世の事情、人心による
15-33 《夔州歌十絕句 其三》 杜甫
羣雄競起問前朝。王者無外見今朝。比訝漁陽結怨恨。元聽舜日舊簫韶。
《夔州歌十絕句 其の三》
群雄 競ひ起りて 前朝を問ふ。王者 外無きは 今朝に見る。比(コノゴロ) 訝る 漁陽の怨恨を結びしを。元より聴けり 舜日の旧簫韶。
※●問前朝:前朝は隋のこと。隋末、各地に群雄起こり、煬帝の罪を問うた ●無外:天下みな従って王土の「外」がない ●舜日:上古の聖天子の舜の治下のような天下泰平の日々。舜日堯年。ここでは玄宗全盛のころを指す ●簫韶:舜が用いた音楽の名。玄宗の宮廷内に流れていた音楽をたとえる
15-34 《夔州歌十絕句 其四》 杜甫
赤甲白鹽俱刺天。閭閻繚繞接山巓。楓林橘樹丹靑合。複道重樓錦繡懸。
《夔州歌十絕句 其の四》
赤甲 白塩 俱に天を刺し。閭閻 繚繞として 山巓に接す。楓林 橘樹 丹青 合し。複道 重楼 錦繡 懸る。
※●赤甲・白鹽:ともに夔州にある山。白塩山は15-14《曉望白帝城鹽山》に見える塩山に同じ ●複道:上下二重になった廊下 ●錦繡懸:錦繡が掛けられているかのように彩られている
15-35 《夔州歌十絕句 其五》 杜甫
瀼東瀼西一萬家。江北江南春冬花。背飛鶴子遺瓊蕊。相趁鳧雛入蔣牙。
《夔州歌十絕句 其の五》
瀼東 瀼西 一万家。江北 江南 春冬 花さく。背飛する鶴子は 瓊蕊を遺し。相ひ趁ふ鳧雛は 蔣牙に入る。
※●瀼東瀼西:夔州には大瀼水という谷川が南へ流れて長江に注ぐ。その水の東西 ●瓊蕊:語義としては玉のように美しい花。豹軒は白米のたとえとする説を採る ●蔣牙:真菰の芽
15-36 《夔州歌十絕句 其六》 杜甫
東屯稻畦一百頃。北有澗水通靑苗。晴浴狎鷗分處處。雨隨神女下朝朝。
《夔州歌十絕句 其の六》
東屯の稲畦 一百頃。北に澗水の青苗に通ずる有り。晴れて浴する狎鷗は 分かるること処処。雨ふりて随ふ神女は 下ること朝朝。
※●東屯:白帝城の東に東瀼水という川あり、公孫述がそのほとりに稲田を開墾したので、その地を東屯という ●雨隨神女:朝雲暮雨の故事の神女
15-37 《夔州歌十絕句 其七》 杜甫
蜀麻吳鹽自古通。萬斛之舟行若風。長年三老長歌裏。白晝攤錢高浪中。
《夔州歌十絕句 其の七》
蜀麻 呉塩 古より通ず。万斛の舟 行くこと風の若し。長年 三老 長歌の裏。白昼 銭を攤す 高浪の中。
※●長年・三老:14-58《撥悶》を参照 ●攤錢:銅銭を使った賭博の一種
15-38 《夔州歌十絕句 其八》 杜甫
憶昔咸陽都市合。山水之圖張賣時。巫峽曾經寶屛見。楚宮猶對碧峰疑。
《夔州歌十絕句 其の八》
憶ふ昔 咸陽の都市の合。山水の図 張売の時。巫峡 曽経(カツテ) 宝屛に見。楚宮 猶ほ碧峰に対して疑ふ。
※●咸陽:渭水を隔てて長安の北にあり。しばしば長安を指すのに用いる ●合:集まり、会合の意か。豹軒は「合」にては解する能わずとして、「舎の誤ならん」と推測するが、「舎」に作る本があるわけではない。ここは仇本ほかに従い「合」とする ●張賣:張り出して売る ●寶屛見:立派な屏風に描かれているのを見る
15-39 《夔州歌十絕句 其九》 杜甫
武侯祠堂不可忘。中有松柏參天長。干戈滿地客愁破。雲日如火炎天涼。
《夔州歌十絕句 其の九》
武侯の祠堂 忘るべからず。中に松柏の天に参して長き 有り。干戈 地に満つるも 客愁 破れ。雲日 火の如きも 炎天 涼し。
※●武侯祠堂:15-12《武侯廟》参照 ●客愁破:旅の身の愁いが消えてなくなる
15-40 《夔州歌十絕句 其十》 杜甫
閬風玄圃與蓬壺。中有高唐天下無。借問夔州壓何處。峽門江腹擁城隅。
《夔州歌十絕句 其の十》
閬風と玄圃と蓬壺と。中に高唐有り 天下に無し。借問す 夔州 圧するは何処ぞ。峡門 江腹 城隅を擁す。
※●閬風・玄圃:西方の仙境、崑崙山にある巓と空中庭園 ●蓬壺:東海中の仙山 ●高唐:高唐観。楚の襄王が雲夢沢に遊んだときに望み見た台観 ●壓何處:他を圧倒するところはどこか ●峽門江腹擁城隅:杜甫の寓居の地理的説明
15-41 《毒熱寄簡崔評事十六弟》 杜甫
大火運金氣。荆揚不知秋。林下有塌翼。水中無行舟。千室但掃地。閉關人事休。老夫轉不樂。旅次兼百憂。蝮蛇暮偃蹇。空牀難暗投。炎宵惡明燭。況乃懷舊丘。開襟仰內弟。執熱露白頭。束帶負芒刺。接居成阻修。何當淸霜飛。會子臨江樓。載聞大易義。諷詠詩家流。蘊藉異時輩。檢身非苟求。皇皇使臣體。信是德業優。楚材擇杞梓。漢苑歸驊騮。短章達我心。理爲識者籌。
《毒熱。簡を崔評事十六弟に寄す》
大火 金気を運らすも。荊揚 秋を知らず。林下 塌翼有り。水中 行舟 無し。千室 但だ地を掃ひ。関を閉ぢて人事 休す。老夫 転た楽しまず。旅次 百憂を兼ぬ。蝮蛇 暮れに偃蹇たり。空床 暗に投じ難し。炎宵 明燭を悪む。況んや乃ち 旧丘を懐ふをや。襟を開きて 内弟を仰ぎ。熱を執りて 白頭を露はす。束帯 芒刺を負ひ。接居 阻修を成す。何か当に 清霜 飛びて。子に 臨江の楼にて会せん。載(スナハ)ち聞く 大易の義。諷詠せん 詩家の流。蘊藉 時輩に異なり。検身 苟くも求むるに非ず。皇皇たり 使臣の体。信に是れ 徳業 優なり。楚材 杞梓 択ばれ。漢苑 驊騮 帰る。短章 我が心を達す。理 識者に籌られん。
※●崔評事十六弟:15-23《贈崔十三評事公輔》に見える崔公輔の弟か ●運金氣:仇註は「連金氣」に作る。この異同について豹軒の字解に言及なし ●大火:さそり座のアンタレス。真夏には南の空に輝き、秋になると西の空に出てすぐに沈む ●荆揚:荊州と揚州。ここではざっくり楚の地を指す ●塌翼:翼を垂れて飛べない鳥 ●執熱:熱い物を手に持つくらいに暑い ●束帶:衣冠をつけ帯をしめる。礼装 ●負芒刺:とげを背中に負うかのうようだ ●蘊藉:かどの取れた人柄 ●檢身:みずからの身を礼法でしばる ●楚材:楚の木材、転じて楚の人材。左伝に「楚材晋用」の語あり ●杞梓:オオチ(アフチ)とアズサ。器物を作る材としてすぐれる。崔十六をたとえる ●驊騮:駿馬の名。崔十六をたとえる ●理:この詩に述べる情理 ●爲識者籌:識者たる崔十六によって対処される
15-42 《信行遠修水筒》 杜甫
汝性不茹葷。淸淨僕夫內。秉心識本源。於事少凝滯。雲端水筒坼。林表山石碎。觸熱藉子修。通流與廚會。往來四十里。荒險崖谷大。日曛驚未餐。貌赤愧相對。浮瓜供老病。裂餠嘗所愛。於斯答恭謹。足以殊殿最。詎要方士符。何假將軍佩。行諸直如筆。用意崎嶇外。
《信行 遠く水筒を修む》
汝が性 葷を茹(クラ)はず。清浄なり 僕夫の内。心を秉るに 本源を識り。事に於て 凝滞 少なし。雲端 水筒 坼(サ)け。林表 山石 砕く。熱に触れて 子に藉(ヨ)りて修め。流れを通じて 厨と会せしむ。往来 四十里。荒険 崖谷 大なり。日 曛じて 未だ餐せざるに驚き。貌 赤くして 相ひ対するを愧づ。瓜を浮かべて 老病に供し。餅を裂きて 愛する所に嘗めしむ。斯に於て 恭謹に答ふ。以て殿最を殊にするに足る。詎ぞ要せん 方士の符。何ぞ仮らん 将軍の佩。行や 直きこと筆の如し。意を用ふ 崎嶇の外。
※原注に「引泉筒」という ●信行:奴僕の名 ●秉心:心を正しく保つ ●觸熱:暑さの中で ●所愛:作者杜甫が愛する対象。信行を指す ●殿最:官吏の成績をいう用語。上功を最、下功を殿という ●方士符:昔、葛玄が雨乞いのまじない札を書して廟社の中に貼ったところすぐに大雨が降ったという話をふまえる ●將軍佩:漢の将軍李広利、佩刀を抜いて山を刺したところ泉が湧き出たという話を踏まえる ●行諸:諸は「之乎」にして、意味は「乎」に同じ ●崎嶇:山の険しいさま。ここでは人の世の世知辛さをたとえる
15-43 《催宗文樹鷄柵》 杜甫
吾衰怯行邁。旅次展崩迫。愈風傳烏鷄。秋卵方漫喫。自春生成者。隨母向百翮。驅趁制不禁。喧呼山腰宅。踏藉盤案翻。終日憎赤幘。課奴殺靑竹。塞蹊使之隔。牆東有隙地。可以樹高柵。織籠曹其內。令入不得擲。稀閒苦突過。觜距還汙席。避熱時來歸。問兒所爲跡。我寬螻蟻遭。彼免狐貉厄。應宜各長幼。自此均勍敵。籠柵念有修。近身見損益。明明領處分。一一當剖析。不昧風雨晨。亂離減憂慼。其流則凡鳥。其氣心匪石。倚賴窮歲晏。撥煩及冰釋。未似尸鄕翁。拘留蓋阡陌。
《宗文を催して鶏柵を樹てしむ》
吾 衰へて 行邁を怯れ。旅次 崩迫を展ぶ。風を愈やすは 烏鶏と伝はる。秋卵 方に漫喫す。春より生成せし者。母に随ひて 百翮に向(ナンナ)んとす。駆趁 制すれども禁ぜず。喧呼す 山腰の宅。踏藉して 盤案を翻せば。終日 赤幘を憎む。奴に課して 青竹を殺せしめ。蹊を塞ぎて 之を隔てしむ。牆東 隙地 有り。以て高柵を樹つべし。籠を織りて 其の内を曹とし。入らしめば 擲(ハ)ぬるを得ざらん。稀間ならば 苦だ突過し。觜距 還た席を汚さん。熱を避けて 時に来たり帰り。児に問ふ 為す所の跡。我は 螻蟻の遭を寛にし。彼は 狐貉の厄を免る。応に宜しく 長幼を各〻し。此より勍敵を均しくすべし。籠柵 修むる有らんことを念ひ。身に近づけて 損益を見よ。明明 処分を領せば。一一 当に剖析すべし。昧からず 風雨の晨。乱離 憂慼を減ず。其の流は 則ち凡鳥なるも。其の気は 心 石に匪ず。倚頼す 窮歳の晏(クレ)。煩を撥して氷釈に及ぶ。未だ似ず 尸郷の翁の。拘留して 阡陌を蓋ひしに。
※この詩、仇氏が大幅に句の順番を整理し改めているが、豹軒はそれ以前の旧解に従って読解する。その意図についての説明はない。両者比較して仇氏の句順のほうがわかりやすいと感じるので、ここでは仇本に従う ●宗文:杜甫の息子 ●崩迫:いきづまるような窮屈な思い ●愈風:中風の病(脳卒中)をいやす ●烏鷄:黒いニワトリ ●百翮:五十羽(一羽に翼は二つあるため) ●赤幘:赤い頭巾。すなわち赤い鶏冠 ●殺靑竹:青竹を火であぶり油気を除く。竹を材として用いる前に必要な作業 ●曹其內:その中をニワトリの部屋とする ●擲:跳ねる、跳ねあがるの意ならん ●稀閒:柵の棒杭の数が少なく隙間があいている ●觜距:くちばしとけづめ。豹軒は「觜爪」に作るが、ここは仇本に従う ●我寬螻蟻遭:この句、豹軒は「螻蟻が鶏に食われる運命をゆるかにしてやれる」と解するが、同意しがたい。そもそも螻蟻はつまらないものの代表であって、それらを救うために労力をさくことに何の意義があるのか。普通に考えて「我々が螻蟻に遭遇するのを寛にする」と解するのが妥当だろう。鶏を柵内に閉じ込めれば衛生状態が改善して居住空間内でそのような虫を見ることが減るという意味か、あるいは螻蟻は穴を作るものであるから、鶏がやたら突っついて出来る穴のことをたとえているのかもしれない ●均勍敵:勍敵は強敵。鶏の強弱を平均させる ●窮歲晏:豹軒は「窮歳 晏(ヤス)し」と訓ずるが、ここは仇註に「窮歲晏、謂貧窮歲暮」とあるのに従う ●撥煩:煩雑を処理する ●冰釋:氷が融けるように消えてなくなる ●尸鄕翁:尸郷の北山の下にいた祝鶏翁。百年あまり鶏千羽を飼い、すべて名前をつけ、呼べば寄って来たという
15-44 《貽華陽柳少府》 杜甫
繫馬喬木閒。問人野寺門。柳侯披衣笑。見我顏色溫。竝坐石堂下。俛視大江奔。火雲洗月露。絕壁上朝暾。自非曉相訪。觸熱生病根。南方六七月。出入異中原。老少多暍死。汗踰水漿翻。俊才得之子。筋力不辭煩。指揮當世事。語及戎馬存。涕淚濺衣裳。悲風排帝閽。鬱陶抱長策。義仗知者論。吾衰臥江漢。但愧識璵璠。文章一小技。於道未爲尊。起予幸斑白。因是託子孫。俱客古信州。結廬依毀垣。相去四五里。徑微山葉繁。時危挹佳士。況免軍旅喧。醉從趙女舞。歌鼓秦人盆。子壯顧我傷。我驩兼淚痕。餘生如過鳥。故里今空村。
《華陽の柳少府に貽る》
馬を繫ぐ 喬木の間。人に問ふ 野寺の門。柳侯 衣を披きて笑ひ。我を見て 顔色 温かなり。並び坐す 石堂の下。俛して視る 大江の奔るを。火雲 月露に洗はれ。絶壁 朝暾 上る。暁に相ひ訪ふに非ざるよりは。熱に触れて 病根を生ぜん。南方 六七月。出入 中原に異なる。老少 多く暍死し。汗は踰ゆ 水漿の翻るに。俊才 之の子を得たり。筋力 煩を辞せず。指揮す 当世の事。語は及ぶ 戎馬の存するに。涕涙 衣裳に濺ぎ。悲風に 帝閽を排せん。鬱陶 長策を抱き。義 知者に仗りて論ず。吾 衰へて 江漢に臥し。但だ愧づ 璵璠として識らるるを。文章は 一小技。道に於て 未だ尊しと為さず。起予 斑白に幸ひなり。是れに因りて 子孫を託さん。俱に客たり 古信州。廬を結びて 毀垣に依る。相ひ去ること 四五里。径 微にして 山葉 繁し。時 危くして 佳士に挹す。況んや 軍旅の喧しきを免るるをや。酔ひては従ふ 趙女の舞。歌ひては鼓す 秦人の盆。子 壮んにして 我を顧みて傷む。我 驩(ヨロコ)びて 涙痕を兼ぬ。余生 過鳥の如し。故里 今 空村なり。
※●華陽:県名。現在の四川省成都市の成華区、錦江区、武侯区、双流県などにまたがる。乾元元年に蜀県から改名され、県治は成都城内に置かれた。成都城は西北が成都県、南東が華陽県に属していた ●柳少府:華陽県尉の柳氏。少府は県尉の尊称。この柳少府は成都で起こった崔旰の乱を避けて夔州に客寓していたのだという ●自非:~でない限りは ●暍死:暑気あたりで死ぬ。熱中症による死亡 ●水漿翻:飲み物がひっくり返る、ぶちまけられる ●排帝閽:天子の宮門を押し開く(そして柳少府の意見を奏聞する) ●知者:知己 ●識璵璠:(わが文章を)美玉として認識してくれる ●起予:予を起こす。自分を啓発してくれる。論語に「起予者商也」という ●古信州:夔州のこと。南朝梁の信州にあたり、唐でも一時、信州と呼ばれた ●免軍旅喧:他の州とちがって戦の騒乱がない ●如過鳥:目の前を通り過ぎる鳥のようにあっという間
15-45 《七月三日亭午已後校熱退晚加小涼穩睡有詩因論壯年樂事戲呈元二十一曹長》 杜甫
今茲商用事。餘熱亦已末。衰年旅炎方。生意從此活。亭午減汗流。比鄰耐人聒。晚風爽烏匼。筋力蘇摧折。閉目踰十旬。大江不止渴。退藏恨雨師。健步聞旱魃。園蔬抱金玉。無以供採掇。密雲雖聚散。徂暑終衰歇。前聖眘焚巫。武王親救暍。陰陽相主客。時序遞回斡。灑落惟淸秋。昏霾一空闊。蕭蕭紫塞雁。南向欲行列。欻思紅顏日。霜露凍階闥。胡馬挾雕弓。鳴弦不虛發。長鈚逐狡兔。突羽當滿月。惆悵白頭吟。蕭條遊俠窟。臨軒望山閣。縹緲安可越。高人鍊丹砂。未念將朽骨。少壯跡頗疎。歡樂曾倐忽。杖藜風塵際。老醜難剪拂。吾子得神仙。本是池中物。賤夫美一睡。煩促嬰詞筆。
《七月三日 亭午已後 校(ヤヤ) 熱 退き 晩に小涼を加へ 穏やかに睡る。詩 有り 因りて壮年の楽事を論じ 戯れに元二十一曹長に呈す》
今 茲に 商 事を用ふ。余熱も 亦た已に末なり。衰年 炎方に旅す。生意 此れより活きん。亭午 汗の流るるを減じ。比隣 人の聒しきに耐ふ。晩風 烏匼に爽やかに。筋力 摧折より蘇す。目を閉づること 十旬に踰え。大江 渇を止めず。退蔵 雨師を恨み。健歩 旱魃を聞く。園蔬 金玉を抱くも。以て採掇に供する無し。密雲 聚散すと雖も。徂暑 終に衰歇す。前聖 焚巫を眘(ツツ)しみ。武王 親ら暍を救ふ。陰陽 相ひ主客たり。時序 逓ひに回斡す。灑落なるは 惟だ清秋。昏霾 一に空闊なり。蕭蕭たり 紫塞の雁。南に向ひて 行列せんと欲す。欻(タチマ)ち思ふ 紅顔の日。霜露 階闥に凍る。胡馬 雕弓を挟み。弦を鳴らせば 虚しくは発せず。長鈚 狡兎を逐ひ。突羽 満月に当つ。惆悵す 白頭の吟。蕭条たり 遊俠の窟。軒に臨みて 山閣を望むも。縹緲として 安んぞ越ゆべけんや。高人 丹砂を錬り。未だ念はず 将に朽ちんとする骨。少壮 跡 頗る疎にして。歓楽 曽て倐忽たり。藜を杖つく 風塵の際。老醜 剪払し難し。吾子 神仙を得るも。本 是れ 池中の物。賤夫 一睡を美とするも。煩促して 詞筆に嬰る。
※●七月三日:大暦元年の7月3日にして立秋 ●曹長:尚書省の丞・郎官の異称 ●商用事:秋七月となるの意。商は孟秋(陰暦七月)に属する音調。礼記月令に「孟秋之月、其音商」とあり ●烏匼:黒い頭巾。豹軒は「字訛なり。匼匝に作るべし」とし、その理由も説明するが、同意しかねるため、仇本に従う ●旱魃:旱をもたらす化け物 ●園蔬抱金玉・無以供採掇:たとえ金玉を持っていても、それを差し出して野菜を収穫させてもらうことはできない ●焚巫:旱の際に巫を火あぶりにする風習 ●武王親救暍:周の武王が孟津から周に帰る途中、熱中症患者を見つけ、みずから介抱したという(帝王世紀) ●長鈚:長く薄い矢じり ●突羽:勢いよく飛ぶ羽箭 ●將朽骨:杜甫のこと ●吾子:あなた。元曹長のこと ●池中物:未だ天に昇らず池中にひそむ竜 ●煩促:さしせまる、急迫する
15-46 《牽牛織女》 杜甫
牽牛出河西。織女處其東。萬古永相望。七夕誰見同。神光竟難候。此事終蒙朧。颯然精靈合。何必秋遂逢。亭亭新妝立。龍駕具層空。世人亦爲爾。祈請走兒童。稱家隨豐儉。白屋達公宮。膳夫翊堂殿。鳴玉凄房櫳。曝衣遍天下。曳月揚微風。蛛絲小人態。曲綴瓜果中。初筵裛重露。日出甘所終。嗟汝未嫁女。秉心鬱忡忡。防身動如律。竭力機杼中。雖無舅姑事。敢昧織作功。明明君臣契。咫尺或未容。義無棄禮法。恩始夫婦恭。小大有佳期。戒之在至公。方圓苟齟齬。丈夫多英雄。
《牽牛織女》
牽牛 河西に出で。織女 其の東に処る。万古 永く相ひ望むも。七夕 誰か同じきを見ん。神光 竟に候(ウカガ)ひ難く。此の事 終に蒙朧たり。颯然 精霊 合す。何ぞ必ずしも 秋 遂に逢はんや。亭亭 新粧 立ち。竜駕 層空に具ふ。世人も 亦た爾が為めに。祈請して 児童 走る。家に称(カナ)ひて 豊倹に随ひ。白屋より 公宮に達す。膳夫 堂殿に翊(ツツ)しみ。鳴玉 房櫳に凄たり。衣を曝すこと 天下に遍く。月を曳きて 微風に揚がる。蛛糸は 小人の態。曲綴す 瓜果の中。初筵 重露に裛(ツツ)まれ。日出 終はる所に甘んず。嗟 汝 未嫁の女。心を秉りて 鬱として忡忡たり。身を防ぎて 動くこと律の如く。力を竭す 機杼の中。舅姑の事 無しと雖も。敢へて昧からんや 織作の功。明明たり 君臣の契。咫尺も 或ひは未だ容れず。義は 礼法を棄つる無し。恩は 夫婦の恭なるより始まる。小大 佳期 有り。之を戒むるは 至公に在り。方円 苟くも齟齬するも。丈夫には 英雄 多し。
※●河西:天の川の西 ●誰見同:反語。二つの星が一緒になるところなど、誰も見たことがない ●神光:(二つの星が会同することによる)不思議な光 ●精靈合:星そのものではなく、その魂が合体する ●何必:どうして~を必要とするだろうか、必要ない ●稱家隨豐儉:それぞれの家の財力にかなったやり方にしたがう ●膳夫:料理方 ●鳴玉:婦女が室より出るときに鳴らされる佩玉の音 ●曝衣:七夕には衣を日に曝す習慣があった ●蛛絲・瓜果:七夕の夜、婦女は裁縫の上達を祈願して、七孔針に五色の糸を通し、庭に瓜や果物を並べ、瓜の上に蜘蛛が網を張れば願いがかなうとされた ●秉心:正しい心を保持すること ●防身:節操を失わないように身を防ぐ ●咫尺或未容:ほんのわずかな距離のへだたりも容認されないことがある ●小大:小(夫婦関係)も大(君臣関係)も ●至公:公平の極み ●方圓:楚辞の九辯に「圓鑿而方枘兮、吾固知其齟齬而難入」とあり。方形のほぞはまるい穴にははまらない
15-47 《雨》 杜甫
峽雲行淸曉。煙霧相徘徊。風吹蒼江樹。雨灑石壁來。凄涼生餘寒。殷殷兼出雷。白谷變氣候。朱炎安在哉。高鳥濕不下。居人門未開。楚宮久已滅。幽珮爲誰哀。侍臣書王夢。賦有冠古才。冥冥翠龍駕。多自巫山臺。
《雨》
峡雲 清暁に行き。煙霧 相ひ徘徊す。風は吹く 蒼江の樹。雨は 石壁に灑ぎ来たる。凄涼 余寒を生じ。殷殷 兼ねて雷を出だす。白谷 気候を変ず。朱炎 安くに在りや。高鳥 湿ひて下らず。居人 門 未だ開かず。楚宮 久しく已に滅す。幽珮 誰が為めにか哀しむ。侍臣 王夢を書し。賦は 冠古の才有り。冥冥 翠竜の駕。多くは巫山の台よりす。
※●白谷:谷の名。杜臆は白帝城の谷をいうとするが定かではない ●朱炎:夏の暑さ ●楚宮:戦国時代楚王の宮殿 ●幽珮:巫山の神女が佩びる玉 ●侍臣書王夢:宋玉が高唐賦を作って楚王の夢を詠んだことをいう ●翠龍:天子の用いる駿馬の名という。ここでは神女の車を引く馬を指す
15-48 《雨》 杜甫
行雲遞崇高。飛雨靄而至。潺潺石閒溜。汩汩松上駛。亢陽乘秋熱。百穀皆已棄。皇天德澤降。燋卷有生意。前雨傷卒暴。今雨喜容易。不可無雷霆。閒作鼓增氣。佳聲達中宵。所望時一致。淸霜九月天。髣髴見滯穗。郊扉及我私。我圃日蒼翠。恨無抱甕力。庶減臨江費。
《雨》
行雲 逓ひに崇高なり。飛雨 靄として至る。潺潺として 石間に溜'(シタタ)り。汩汩として 松上に駛(ハヤ)し。亢陽 秋熱に乗じ。百穀 皆 已に棄つ。皇天 徳沢 降り。燋巻も 生意 有り。前雨は 卒暴なりしを傷み。今雨は 容易なるを喜ぶ。雷霆 無かるべからず。間作 鼓して気を増さん。佳声 中宵に達し。望む所 時に一致す。清霜 九月の天。髣髴たり 滞穂を見るに。郊扉にて 我が私に及び。我が圃 日〻に蒼翠たり。恨むらくは 甕を抱く力無きを。庶くは 江に臨むの費を減ぜん。
※●汩汩:速いさま ●燋卷:いわゆる「葉焼け」した草木。強い日光や高熱のため草木の葉や茎が変色すること ●卒暴:急に始まり、あまりに激しすぎること。ゲリラ豪雨のような状態 ●閒作:まじわり起こる。雨のあいまにまじって雷が起こる ●滯穗:拾われずに残っている落穂。詩経の大田に「彼有遺秉、此有滞穂」とあり。豊作の象徴 ●郊扉:城の近郊の家。杜甫の家を指す ●我私:我が私有の田。詩経の大田に「雨我公田、遂及我私」とあり ●抱甕力:水を汲んだ甕を抱えて運び圃にそそぐ力 ●臨江費:人を雇って江に臨んで水を汲ませる費用。雨が十分降ったから、この費用は減らしたい、ということ
15-49 《雨二首 其一》 杜甫
靑山澹無姿。白露誰能數。片片水上雲。蕭蕭沙中雨。殊俗狀巢居。層臺俯風渚。佳客適萬里。沈思情延佇。掛帆遠色外。驚浪滿吳楚。久陰蛟螭出。寇盜復幾許。
《雨二首 其の一》
青山 澹として姿 無く。白露 誰か能く数へん。片片たり 水上の雲。蕭蕭たり 沙中の雨。殊俗 巣居に状(ニ)たり。層台 風渚に俯す。佳客 万里に適き。沈思して 情 延佇す。帆を掛く 遠色の外。驚浪 呉楚に満つ。久しく陰れば 蛟螭 出づるも。寇盗 復た幾許ぞ。
※●白露:ここは雨雫のことをいう ●殊俗:この土地(夔州)の特殊な習俗 ●巢居:鳥の巣のような樹上の住まい。ここでは高い崖の上の住まいをたとえていう ●蛟螭:みづち。竜に似ているが角がなく、雌竜とも竜の子ともいい、水神であるともいう。豹軒は「人を害する水蟲なり」として盗賊をたとえるとするが、いかがなものか
15-50 《雨二首 其二》 杜甫
空山中宵陰。微冷先枕席。回風起淸曙。萬象萋已碧。落落出岫雲。渾渾倚天石。日假何道行。雨含長江白。連檣荆州船。有士荷戈㦸。南防草鎭慘。霑濕赴遠役。羣盜下辟山。總戎備强敵。水深雲光廓。鳴艣各有適。漁艇自悠悠。夷歌負樵客。留滯一老翁。書時記朝夕。
《雨二首 其の二》
空山 中宵に陰り。微冷なるは 先づ枕席。回風 清曙に起こり。万象 萋として已に碧なり。落落たり 岫を出づるの雲。渾渾たり 天に倚るの石。日は 何れの道をか仮りて行く。雨は 長江を含みて白し。檣を連ぬ 荊州の船。士 有り 戈㦸を荷ふ。南のかた 草鎮の惨たるを防ぎ。霑湿して 遠役に赴く。群盗 辟山より下り。総戎 強敵に備ふ。水 深くして 雲光 廓たり。艣を鳴らして 各〻 適く有り。漁艇 自づから悠悠たり。夷歌す 負樵の客。留滞す 一老翁。時を書して 朝夕を記す。
※●落落:種々の意あり。ここは数多いさまか ●渾渾:種々の意あり。ここは大いなるさまか ●草鎭:地名。一説に黄草峡(15-67《黃草》参照)を指し、黄草峡の西で兵乱が起こり、荊南節度使が軍を派遣したことを描いているという ●辟山:渝州の辟山県(現・重慶市璧山区) ●總戎:軍隊を率いる者。前述の説にしたがえば、荊南節度使の衛伯玉 ●自悠悠:仇本は「自」を「息」に作るが、豹軒は他本の「自」を採る。その理由については言及なし ●書時:時事を書き記す
15-51 《江上》 杜甫
江上日多雨。蕭蕭荆楚秋。高風下木葉。永夜攬貂裘。勳業頻看鏡。行藏獨倚樓。時危思報主。衰謝不能休。
《江上》
江上 日〻 雨 多し。蕭蕭たり 荊楚の秋。高風に 木葉 下り。永夜 貂裘を攬る。勲業 頻りに鏡を看る。行蔵 独り楼に倚る。時 危くして 主に報いんことを思ひ。衰謝せるも 休する能はず。
※●勳業:勲業のことを気に掛けながら、の意 ●行藏:行蔵について迷いながら、の意
15-52 《雨晴》 杜甫
雨時山不改。晴罷峽如新。天路看殊俗。秋江思殺人。有猿揮淚盡。無犬附書頻。故國愁眉外。長歌欲損神。
《雨晴》
雨時 山 改まらず。晴れ罷めば 峡 新たなるが如し。天路 殊俗を看。秋江 人を思殺す。猿の 涙を揮ひ尽くさしむる有り。犬の 書を附すること頻りなる無し。故国 愁眉の外。長歌 神を損せんと欲す。
※●天路:天の果ての路。今いる夔州を指す ●犬附書:晋の陸機の愛犬・黄耳は洛陽から故郷の呉へ手紙を運んだという故事
15-53 《雨不絕》 杜甫
鳴雨旣過漸細微。映空搖颺如絲飛。階前短草泥不亂。院裏長條風乍稀。舞石旋應將乳子。行雲莫自濕仙衣。眼邊江舸何悤促。未待安流逆浪歸。
《雨 絶えず》
鳴雨 既に過ぎて 漸く細微。空に映じて 揺颺し 糸の如く飛ぶ。階前の短草 泥 乱れず。院裏の長条 風 乍ち稀なり。舞石 旋た応に 乳子を将ゐるなるべし。行雲 自ら仙衣を湿す莫らんや。眼辺の江舸 何ぞ怱促なる。未だ安流を待たずして 浪に逆らひて帰る。
※●舞石:水経注に曰く、燕山に紺色で燕に似た石があり、大小あって、風雨のときには、小は大に随って飛び、乳子(子燕)をひきいるかのうようであると ●行雲:巫山の神女の朝雲暮雨の故事をふまえる ●悤促:せわしない
15-54 《晚晴》 杜甫
返照斜初徹。浮雲薄未歸。江虹明遠飮。峽雨落餘飛。鳧雁終高去。熊羆覺自肥。秋分客尙在。竹露夕微微。
《晩晴》
返照 斜めにして初めて徹し。浮雲 薄くして未だ帰らず。江虹 明らかにして遠く飲み。峡雨 落ちながら余飛す。鳧雁 終に高く去り。熊羆 自づから肥ゆるを覚ゆ。秋分 客 尚ほ在り。竹露 夕べに微微たり。
※●遠飮:虹は竜の一種と考えられていたため、江にかかる虹を、水を飲んでいると表現したもの ●餘飛:余勢で飛ぶ
15-55 《雨》 杜甫
萬木雲深隱。連山雨未開。風扉掩不定。水鳥過仍廻。鮫館如鳴杼。樵舟豈伐枚。淸涼破炎毒。衰意欲登臺。
《雨》
万木 雲に深く隠れ。連山 雨 未だ開けず。風扉 掩へども定まらず。水鳥 過ぎて仍ほ廻る。鮫館 杼を鳴らすが如し。樵舟 豈に枚を伐らんや。清涼 炎毒を破り。衰意 台に登らんと欲す。
※●鮫館:鮫人(人魚)の館。鮫人はここで綃を織り、陸に上がってこれを売るといい、その綃で衣を作れば水に入っても濡れないという ●伐枚:小枝を切る
15-56 《奉漢中王手札》 杜甫
國有乾坤大。王今叔父尊。剖符來蜀道。歸蓋取荆門。峽險通舟峻。江長注海奔。主人留上客。避暑得名園。前後緘書報。分明饌玉恩。天雲浮絕壁。風竹在華軒。已覺良宵永。何看駭浪翻。入期朱邸雪。朝傍紫微垣。枚乘文章老。河閒禮樂存。悲秋宋玉宅。失路武陵源。淹泊俱崖口。東西異石根。夷音迷咫尺。鬼物倚朝昏。犬馬誠爲戀。狐貍不足論。從容草奏罷。宿昔奉淸樽。
《漢中王の手札を奉ず》
国に乾坤の大なる有り。王は 今 叔父の尊なり。剖符 蜀道に来たり。帰蓋 荊門に取る。峡 険にして 舟を通ずること峻しく。江 長くして 海に注ぎて奔る。主人 上客を留め。暑を避けて 名園を得たり。前後 緘書もて報ず。分明なり 饌玉の恩。天雲 絶壁に浮かび。風竹 華軒に在り。已に覚ゆ 良宵の永きを。何ぞ看ん 駭浪の翻へるを。入るは期す 朱邸の雪。朝するに傍はん 紫微の垣。枚乗 文章 老い。河間 礼楽 存す。秋を悲しむ 宋玉の宅。路を失ふ 武陵の源。淹泊 俱に崖口。東西 石根を異にす。夷音 咫尺に迷ひ。鬼物 朝昏に倚る。犬馬 誠に恋ふるを為す。狐狸 論ずるに足らず。従容 草を奏し罷まば。宿昔 清樽を奉ぜしをおもへ。
※●漢中王:李瑀。11-46《戲題寄上漢中王三首 其一》等参照。このとき蓬州から長安への帰途で帰州におり、杜甫へ手紙を送ったもの ●叔父尊:漢中王は代宗の叔父にあたる ●剖符:身分と権限を証明する割符を与えられて地方官として下ること ●歸蓋:蓋は車蓋。都へ帰る車 ●主人:帰州の刺史 ●上客:漢中王のこと ●饌玉恩:ご馳走を受けた恩。漢中王からの手紙には何か施しが伴ったものか ●朱邸:長安の漢中王の邸を指す。王侯の邸宅の戸は朱色に塗られた ●紫微垣:星座の名。北極星とそれを取り巻く星々を含む。天帝の居所とされ、地上の天子の皇居の比喩に用いる ●枚乘:漢代の文人、梁の孝王の賓客となった。杜甫自身をたとえる ●河閒:河間の献王、劉徳。景帝の子。学を好み、儒者を敬した。漢中王をたとえる ●宋玉宅:帰州にありという ●崖口:三峡の両端 ●夷音:異民族の言葉 ●犬馬誠爲戀:犬馬が主人を恋い慕うように、杜甫が漢中王を慕っている、の意 ●狐貍:かつて漢中王を讒言した連中を指す ●宿昔奉淸樽:このことを思い出してもらいたい、という部分が省略されている
15-56 《返照》 杜甫
楚王宮北正黃昏。白帝城西過雨痕。返照入江翻石壁。歸雲擁樹失山村。衰年病肺惟高枕。絕塞愁時早閉門。不可久留豺虎亂。南方實有未招魂。
《返照》
楚王宮北 正に黄昏。白帝城西 過雨の痕。返照 江に入りて 石壁を翻へし。帰雲 樹を擁して 山村を失す。衰年 肺を病みて 惟だ枕を高くし。絶塞 時を愁ひて 早くに門を閉づ。久しく留まるべからず 豺虎の乱。南方 実に未だ魂を招かざる有り。
※●翻石壁:川面に映った絶壁の影をひるがえす ●失山村:山村を見えなくする ●未招魂:都へ招きかえされずにいる自身の魂をいう
15-58 《晴二首 其一》 杜甫
久雨巫山暗。新晴錦繡文。碧知湖外草。紅見海東雲。竟日鶯相和。摩霄鶴數羣。野花乾更落。風處急紛紛。
《晴二首 其の一》
久しく雨ふれば 巫山 暗く。新たに晴るれば 錦繡の文あり。碧には知る 湖外の草。紅には見る 海東の雲。竟日 鶯 相ひ和し。霄を摩して 鶴 数〻群す。野花 乾きて更に落ち。風 処 急にして紛紛たり。
※●碧知:眼前の草木の緑によって知る ●湖外草:洞庭湖の彼方の草 ●紅見:眼前の紅雲により思い浮かべて見る
15-59 《晴二首 其二》 杜甫
啼烏爭引子。鳴鶴不歸林。下食遭泥去。高飛恨久陰。雨聲衝塞盡。日氣射江深。回首周南客。驅馳魏闕心。
《晴二首 其の二》
啼烏 争ひて子を引き。鳴鶴 林に帰らず。下りて食すも 泥に遭ひて去り。高く飛びて 久しく陰るを恨む。雨声 塞を衝くこと尽き。日気 江を射ること深し。首を回らす 周南の客。駆馳するにも 魏闕の心あり。
※●下食:カラスの行為 ●高飛:ツルの行為 ●周南客:周南は洛陽。史記の太史公自序に「太史公留滞周南」とあり、司馬遷の父・談が洛陽に留まって封禅の儀式に参加できなかったことをいう。杜甫が南方に留まって志を得ない境遇を司馬談になぞらえたもの ●魏闕:宮城の門、朝廷。呂氏春秋に、中山の公子が「身在江湖之上、心居魏闕之下」と言った話が見える
15-60 《雨》 杜甫
始賀天休雨。還嗟地出雷。驟看浮峽過。密作渡江來。牛馬行無色。蛟龍鬭不開。干戈盛陰氣。未必自陽臺。
《雨》
始めて 天 雨を休むるを賀せしに。還た嗟く 地 雷を出だすを。驟かに 峡に浮かびて過ぐるを看れば。密に 江を渡りて来たるを作す。牛馬 行くに色 無く。蛟竜 闘ひて開かず。干戈あれば 陰気 盛んなり。未だ必ずしも 陽台よりせず。
※●干戈盛陰氣:兵乱があれば陰の気がさかんになって雨が降る ●陽臺:巫山の陽台。朝雲暮雨の故事
15-61 《殿中楊監見示張旭草書圖》 杜甫
斯人已云亡。草聖祕難得。及茲煩見示。滿目一悽惻。悲風生微綃。萬里起古色。鏘鏘鳴玉動。落落羣松直。連山蟠其閒。溟漲與筆力。有練實先書。臨池眞盡墨。俊拔爲之主。暮年思轉極。未知張王後。誰竝百代則。嗚呼東吳精。逸氣感淸識。楊公拂篋笥。舒卷忘寢食。念昔揮毫端。不獨觀酒德。
《殿中楊監 張旭の草書図を示さる》
斯の人 已に云に亡く。草聖の秘 得難し。茲に示さるるを煩はすに及びて。満目 一に悽惻たり。悲風 微綃に生じ。万里 古色 起こる。鏘鏘として 鳴玉 動き。落落として 群松 直し。連山 其の間に蟠り。溟漲 筆力を与ふ。練 有れば 実に先づ書し。池に臨めば 真に尽く墨にす。俊抜 之が主と為し。暮年 思ひ 転た極まる。未だ知らず 張王の後。誰か百代の則を並ぶる。嗚呼 東呉の精。逸気 清識を感ぜしむ。楊公 篋笥を払ひ。舒巻して 寝食を忘る。念ふ 昔 毫端を揮ひしを。独り酒徳を観るのみならず。
※●殿中楊監:殿中監の楊氏。殿中監は天子の衣食・乗輿をつかさどる殿中省の長官 ●張旭:草書の名人として知られた。2-1《飮中八仙歌》に「張旭三杯草聖傳」と詠まれている ●草聖:後漢の張芝、唐の張旭ともに草聖と呼ばれる ●微綃:草書が書きつけられた細微なうすぎぬ ●有練實先書:張芝は家に絹があると、とにかくまず筆をふるって書きつけたという。張旭も同様だったという趣旨 ●臨池眞盡墨:同じく張芝の、池の水が墨で真っ黒になったという故事も張旭に重ね合わせる ●俊拔:筆力が秀でて群を抜く ●爲之主:書法の主眼となす ●張王:張芝と王羲之 ●淸識:楊監の濁りのない鑑識眼
15-62 《楊監又出畫鷹十二扇》 杜甫
近時馮紹正。能畫鷙鳥樣。明公出此圖。無乃傳其狀。殊姿各獨立。淸絕心有向。疾禁千里馬。氣敵萬人將。憶昔驪山宮。冬移含元仗。天寒大羽獵。此物神俱王。當時無凡材。百中皆用壯。粉墨形似閒。識者一惆悵。干戈少暇日。眞骨老崖嶂。爲君除狡兔。會是翻韝上。
《楊監 又た画鷹十二扇を出だす》
近時 馮紹正。能く鷙鳥の様を画く。明公 此の図を出だす。乃ち 其の状を伝ふるなる無からんや。殊姿 各〻独立し。清絶 心 向ふこと有り。疾きことは 千里の馬に禁(タ)へ。気は 万人の将に敵す。憶ふ昔 驪山の宮。冬 含元の仗を移す。天 寒くして 大いに羽猟す。此の物 神 俱に王(サカン)なり。当時 凡材 無く。百中 皆 壮なるを用ふ。粉墨 形似の間。識者 一に惆悵す。干戈 暇日 少なく。真骨は 崖嶂に老ゆ。君が為めに狡兎を除く。会らず是れ 韝上に翻へらん。
※●楊監:前詩参照 ●十二扇:扇とは屏障の類かという ●馮紹正:唐代の画人。開元8年に戸部侍郎。鷹鶻鶏雉を描くに巧みであったという ●鷙鳥:猛禽 ●明公:楊監のこと ●驪山宮:驪山の温泉宮(華清宮) ●含元仗:含元殿の儀仗。含元殿は大明宮の正殿 ●此物:鷹を指す ●眞骨:本物の生きた鷹 ●韝:ゆがけ。革で作った臂のカバー。鷹匠はここに鷹を止まらせる
15-63 《送殿中楊監赴蜀見相公》 杜甫
去水絕還波。洩雲無定姿。人生在世閒。聚散亦暫時。離別重相逢。偶然豈足期。送子淸秋暮。風物長年悲。豪俊貴勳業。邦家頻出師。相公鎭梁益。軍事無孑遺。解榻再見今。用才復擇誰。況子已高位。爲郡得固辭。難拒供給費。愼哀漁奪私。干戈未甚息。綱紀正所持。汎舟巨石橫。登陸草露滋。山門日易夕。當念居者思。
《殿中楊監が蜀に赴きて相公に見ゆるを送る》
去水 還波 絶え。洩雲 定姿 無し。人 生きて 世間に在り。聚散も 亦た暫時なり。離別 重ねて相ひ逢ふは。偶然にして 豈に期すに足らんや。子を送る 清秋の暮。風物 長年 悲しむ。豪俊 勲業を貴び。邦家 頻りに師を出だす。相公 梁益を鎮し。軍事 孑遺 無し。榻を解きて 再び今に見ゆ。才を用ふる 復た誰をか択ばん。況んや 子 已に高位。郡を為(オサ)むること 固く辞するを得んや。供給の費を拒み難きも。慎しんで 漁奪の私を哀れめ。干戈 未だ甚だしくは息まず。綱紀 正に持する所。舟を汎ぶれば 巨石 横たはり。陸に登れば 草露 滋し。山門 日 夕べなり易く。当に念ふべし 居者の思ふを。
※●殿中楊監:前々詩参照 ●相公:杜鴻漸。黄門侍郎同平章事(宰相)にして、成都尹、剣南西川節度使等を兼ねた ●洩雲:飄散する雲 ●梁益:蜀の地方。唐の剣南道は禹の定めた九州のうち梁州にあたる。また蜀は漢代以降、益州と呼ばれる ●孑遺:遺失、遺漏 ●解榻:懸けてある榻の繋縄をほどいて席を設け、礼遇する。後漢の徐穉をもてなした太守の陳蕃の故事 ●供給費:州から節度使へ供給する軍費 ●漁奪私:漁撈するように民の財物を強奪し、私利をはかること ●居者:とどまり居る者。すなわち杜甫
15-64 《贈李十五丈別》 杜甫
峽人鳥獸居。其室附層巓。下臨不測江。中有萬里船。多病紛倚薄。少留改歲年。絕域誰慰懷。開顏喜名賢。孤陋忝末親。等級敢比肩。人生意氣合。相與襟袂連。一日兩遣僕。三日一共筵。揚論展寸心。壯筆過飛泉。玄成美價存。子山舊業傳。不聞八尺軀。常受眾目憐。且爲辛苦行。蓋被生事牽。北廻白帝棹。南入黔陽天。汧公制方隅。迥出諸侯先。封內如太古。時危獨蕭然。淸高金掌露。正直朱絲絃。昔在堯四岳。今之黃潁川。于邁恨不同。所思無由宣。山深水增波。解榻秋露懸。客遊雖云久。主要月再圓。晨集風渚亭。醉操雲嶠篇。丈夫貴知已。歡罷念歸旋。
《李十五丈に贈りて別る》
峡人 鳥獣のごと居り。其の室 層巓に附く。下は不測の江に臨み。中に万里の船 有り。多病 紛として倚薄し。少しく留まれば 歳年 改まらんとす。絶域 誰か懐を慰めん。顔を開きて 名賢を喜ぶ。孤陋 末親を忝くし。等級 敢へて肩を比せんや。人生 意気 合す。相ひ与に 襟袂 連なる。一日 両たび 僕を遣はし。三日 一たび筵を共にす。揚論 寸心を展べ。壮筆 飛泉に過(マサ)る。玄成 美価 存し。子山 旧業 伝ふ。聞かずや 八尺の軀。常に衆目の憐れみを受くるを。且つ辛苦の行を為す。蓋し生事に牽かる。北のかた白帝の棹を廻らし。南のかた黔陽の天に入る。汧公 方隅を制し。迥かに諸侯の先に出づ。封内 太古の如く。時 危けれども 独り蕭然たり。清高なること 金掌の露。正直なること 朱糸の絃。昔在ならば 尭の四岳。今の黄潁川。于邁 同じからざるを恨み。思ふ所 宣ぶるに由無し。山 深くして 水 波を増し。榻を解けば 秋露 懸る。客遊 久しと云ふと雖も。主は要む 月の再び円かなるを。晨に集まる 風渚の亭。酔ひて操(ト)る 雲嶠の篇。丈夫は 知已を貴ぶ。歓 罷みて 帰旋せんことを念ふ。
※●李十五丈:李文嶷。15-24《奉寄李十五祕書文嶷二首》参照 ●不測江:測り得ぬほど深い江 ●名賢:李のことをいう ●末親:親戚のはしくれ。杜甫の外祖父崔氏の妻・母ともに宗室の出身なので、李文嶷とは遠い親戚ということになる ●揚論:声高に議論する ●玄成:漢の韋玄成。15-25《奉寄李十五祕書文嶷二首 其二》参照。李をたとえる ●子山:庾信の字。李をたとえる ●八尺軀:李の体格をいう。身の丈八尺の偉躯 ●白帝:白帝城 ●黔陽:黔州の治所。現・重慶市彭水県 ●汧公:原注に「汧公、李勉也。宗室鄭惠王孫」とあり。汧国公李勉、粛宗の初めに梁州都督、のち河南尹(洛陽長官)を経て、このとき江西観察使、この詩の翌年大暦2年には入朝 ●如太古:太古の聖天子の世のごとく治まる ●金掌露:漢の武帝が長生のため建てた金茎の千人掌に降りた露 ●朱絲絃:鮑照の《白頭吟》に「直如朱糸縄 清如玉壺氷」とあり ●昔在:在昔に同じ。むかし、いにしえ。在は助語 ●堯四岳:堯のとき、四方の岳麓に牧(地方の長官)を置いた ●黃潁川:漢の黄覇。潁川の太守として治績あり ●解榻:前詩参照。李勉が李文嶷を礼遇するであろうということ ●雲嶠篇:李文嶷の留別の詩に「雲嶠」の語ありてかく言うものか
15-65 《種萵苣》 杜甫
陰陽一錯亂。驕蹇不復理。枯旱于其中。炎方慘如燬。植物半蹉跎。嘉生將已矣。雲雷欻奔命。師伯集所使。指揮赤白日。澒洞靑光起。雨聲先以風。散足盡西靡。山泉落滄江。霹靂猶在耳。終朝紆颯沓。信宿罷瀟灑。堂下可以畦。呼童對經始。苣兮蔬之常。隨事藝其子。破塊數席閒。荷鋤功易止。兩旬不甲拆。空惜埋泥滓。野莧迷汝來。宗生實於此。此輩豈無秋。亦蒙寒露委。翻然出地速。滋蔓戶庭毀。因知邪干正。掩抑至沒齒。賢良雖得祿。守道不封已。擁塞敗芝蘭。眾多盛荆杞。中園陷蕭艾。老圃永爲恥。登於白玉盤。藉以如霞綺。莧也無所施。胡顏入筐篚。
《萵苣を種う》
陰陽 一たび錯乱し。驕蹇 復た理あらず。枯旱 其中に于いてす。炎方 惨 燬くが如し。植物 半ば蹉跎たり。嘉生 将に已まんとす。雲雷 欻(タチマ)ち命に奔り。師伯 使ふ所を集む。赤白の日を指揮し。澒洞として 青光 起こる。雨声 先だつに風を以てし。散足 尽く西に靡く。山泉 滄江に落ち。霹靂 猶ほ耳に在り。終朝 紆りて颯沓たり。信宿 罷みて瀟灑たり。堂下 以て畦すべく。童を呼びて 対して経始す。苣や 蔬の常なり。事に随ひて其の子を芸(ウ)う。塊を破る 数席の間。鋤を荷ひて 功 止み易し。両旬 甲拆せず。空しく惜しむ 泥滓に埋まるを。野莧に 迷ふらくは 汝が来たりて。宗生 実に此に於てするを。此の輩も 豈に秋 無からんや。亦た 寒露に委(シホ)るるを蒙る。翻然 地を出づること速やかに。滋蔓して 戸庭を毀つ。因りて知る 邪 正を干(オカ)し。掩抑して 没歯に至るを。賢良 禄を得と雖も。道を守りて 已を封ぜず。擁塞して 芝蘭を敗るは。衆多 荊杞 盛んなればなり。中園 蕭艾に陥るは。老圃 永く恥と為す。白玉の盤に登され。藉くに霞の如き綺を以てす。莧や 施す所無きに。胡の顔あってか 筐篚に入る。
※この詩には序あり「既雨已秋。堂下理小畦、隔種一兩席許萵苣、向二旬矣。而苣不甲拆、獨野莧青青。傷時君子、或晚得微禄、轗軻不進。因作此詩」という ●萵苣:チシャ。レタスの仲間。玉レタスではなく、日本で掻きチシャと呼ばれていた、リーフレタス。中国には7世紀ごろ西域から伝わったと見られる ●驕蹇:陽気がたかぶり、陰気が屈して伸びないこと ●嘉生:立派な穀物 ●師伯:雨師(雨の神)と風伯(風の神) ●澒洞:雲気のもやもやしたさま ●散足:散らばった雨足。謝朓の詩に「森森散雨足」とあり ●信宿:二晩 ●罷瀟灑:雨がやんでさっぱりとした ●經始:始める。ここでは畑仕事 ●不甲拆:芽を出してこない ●野莧:イヌビユ。ヒユ科の一年草。ヒユ(ハゲイトウ)に似た野草 ●宗生:あるじのような顔をして生える ●沒齒:よわいの無くなるまで。一生涯 ●封已:自分の利益を厚くする
15-66 《白帝》 杜甫
白帝城中雲出門。白帝城下雨翻盆。高江急峽雷霆鬭。古木蒼藤日月昏。戎馬不如歸馬逸。千家今有百家存。哀哀寡婦誅求盡。慟哭秋原何處村。
《白帝》
白帝城中 雲 門を出で。白帝城下 雨 盆を翻へす。高江 急峡 雷霆 闘ひ。古木 蒼藤 日月 昏し。戎馬は 帰馬の逸なるに如かず。千家 今は 百家の存する有るのみ。哀哀たる寡婦 誅求され尽くし。慟哭するは 秋原 何処の村ぞ。
※●古木:仇本は「翠木」に作るが、豹軒は他本の「古木」に従う。その理由について言及なし ●歸馬:戦争が終わって耕地に帰された馬 ●逸:気楽である ●誅求:税をむしりとられる
15-67 《黃草》 杜甫
黃草峽西船不歸。赤甲山下人行稀。秦中驛使無消息。蜀道兵戈有是非。萬里秋風吹錦水。誰家別淚濕羅衣。莫愁劍閣終堪據。聞道松州已被圍。
《黄草》
黄草峡西 船 帰らず。赤甲山下 人行 稀なり。秦中の駅使 消息 無く。蜀道の兵戈 是非 有り。万里の秋風 錦水を吹き。誰が家の別涙 羅衣を湿す。愁ふる莫れ 剣閣 終に拠るに堪ふるを。聞くならく 松州 已に囲まると。
※●黃草峽:涪州の上流四十里。現・重慶市長寿区 ●船不歸:黄草峡の西で兵乱が起こり、荊南節度使が軍を派遣して対応していた。15-50《雨二首 其二》参照 ●赤甲山:夔州にある山 ●秦中驛使:長安からの使者 ●蜀道兵戈:崔旰の反乱 ●錦水:錦江 ●堪據:反乱する者が割拠するのに十分である ●松州:吐蕃との境をなす西山三城のひとつ
15-68 《白鹽山》 杜甫
卓立羣峰外。蟠根積水邊。他皆任厚地。爾獨近高天。白牓千家邑。淸秋萬估船。詞人取佳句。刻畫竟誰傳。
《白塩山》
卓立す 群峰の外。根を蟠らす 積水の辺。他は 皆 厚地に任すに。爾 独り 高天に近し。白牓 千家の邑。清秋 万估の船。詞人 佳句を取り。刻画するも 竟に誰か伝へん。
※●白鹽山:夔州にある山。15-14《曉望白帝城鹽山》に見える塩山に同じ ●積水:白塩山のふもとにある黄竜灘 ●白牓:白い扁額。白塩山の白い崖をたとえる ●萬估:たくさんの商人 ●刻畫:彫刻して飾る。ここでは、巧みな字句によって美しく詩に詠むこと
15-69 《謁先主廟》 杜甫
慘澹風雲會。乘時各有人。力侔分社稷。志屈偃經綸。復漢留長策。中原仗老臣。雜耕心未已。歐血事酸辛。霸氣西南歇。雄圖曆數屯。錦江元過楚。劍閣復通秦。舊俗存祠廟。空山立鬼神。虛簷交鳥道。枯木半龍鱗。竹送淸溪月。苔移玉座春。閭閻兒女換。歌舞歲時新。絕域歸舟遠。荒城繫馬頻。如何對搖落。況乃久風塵。孰與關張竝。功臨耿鄧親。應天才不小。得士契無鄰。遲暮堪帷幄。飄零且釣緍。向來憂國淚。寂寞灑衣巾。
《先主の廟に謁す》
惨澹として 風雲 会し。時に乗じて 各〻人 有り。力 侔(ヒト)しくして 社稷を分かち。志 屈して 経綸 偃す。漢を復するに 長策を留め。中原 老臣に仗る。雑耕 心 未だ已まず。欧血 事 酸辛なり。覇気 西南に歇み。雄図 暦数 屯す。錦江は 元より楚を過ぎ。剣閣は 復た秦に通ず。旧俗 祠廟を存し。空山 鬼神 立つ。虚簷 鳥道に交はり。枯木 半ば竜鱗。竹は送る 清渓の月。苔は移る 玉座の春。閭閻 児女 換はり。歌舞 歳時に 新たなり。絶域 帰舟 遠く。荒城 馬を繫ぐこと頻りなり。如何ぞ 揺落に対せん。況んや乃ち 風塵に久しきをや。孰(タレ)か 関張と並び。功 耿鄧に臨んで親からん。天に応じては 才 小ならず。士を得ては 契 隣 無し。遅暮 帷幄に堪へんや。飄零 且つ釣緍。向来 憂国の涙。寂寞として衣巾に灑ぐ。
※●先主廟:蜀漢の先主劉備を祀る廟。白帝城の西郊にあるという ●分社稷:天下を分かつ ●志屈偃經綸:呉を討つべく親征した劉備は大敗して白帝城に没し、漢王朝復興の志は遂げられず、天下を統一して治める計画は挫折した ●中原仗老臣:中原の恢復は諸葛亮に託された ●雜耕:蜀の北伐軍が屯田をおこない、農民にまじって耕したこと ●歐血:諸葛亮が五丈原で病にたおれたこと ●曆數屯:暦数は命数、命運。屯(ちゅん)はゆきなやむこと ●關張:関羽と張飛 ●耿鄧:耿弇と鄧禹。後漢の光武帝の功臣 ●遲暮:晩年。杜甫自身のことをいう
15-70 《古柏行》 杜甫
孔明廟前有老柏。柯如靑銅根如石。霜皮溜雨四十圍。黛色參天二千尺。君臣已與時際會。樹木猶爲人愛惜。雲來氣接巫峽長。月出寒通雪山白。憶昨路繞錦亭東。先主武侯同閟宮。崔嵬枝幹郊原古。窈窕丹靑戶牖空。落落盤踞雖得地。冥冥孤高多烈風。扶持自是神明力。正直元因造化功。大廈如傾要梁棟。萬牛廻首丘山重。不露文章世已驚。未辭剪伐誰能送。苦心豈免容螻蟻。香葉曾經宿鸞鳳。志士幽人莫怨嗟。古來材大難爲用。
《古柏行》
孔明の廟前 老柏 有り。柯は青銅の如く 根は石の如し。霜皮 雨を溜らす 四十囲。黛色 天に参ず 二千尺。君臣 已に時の与(タメ)に際会し。樹木 猶ほ人の為めに愛惜せらる。雲 来りて 気は 巫峡の長きに接し。月 出でて 寒は 雪山の白きに通ず。憶ふ 昨 路は繞る 錦亭の東。先主 武侯 閟宮を同じくす。崔嵬たる枝幹 郊原 古り。窈窕たる丹青 戸牖 空し。落落として盤踞するは 地を得たりと雖も。冥冥として孤高なれば 烈風 多し。扶持するは 自づから是れ 神明の力。正直なるは 元より因る 造化の功。大廈 如し傾きて 梁棟を要さば。万牛 首を廻らして 丘山のごと重からん。文章に露はさざれども 世 已に驚き。未だ剪伐を辞せざるも 誰か能く送らん。苦心 豈に 螻蟻を容るるを免れんや。香葉 曽経(カツテ) 鸞鳳を宿せしむ。志士 幽人 怨嗟する莫れ。古来 材 大なれば 用を為し難し。
※この詩、仇本は旧来の形を改めて雲來・月出の二句を君臣の句の前に置くが、豹軒はこれを不適当とし、原形に復す。豹軒に従う ●古柏:ヒノキ科コノテガシワの古木。コノテガシワは松とともに墓に植えられる ●孔明廟:武侯廟。前詩の先主廟の西にあったという。15-12《武侯廟》、15-39《夔州歌十絕句 其九》も参照 ●錦亭:成都浣花渓の杜甫の草堂 ●閟宮:廟のこと ●崔嵬:高くそびえるさま ●窈窕:奥深く美しいさま ●萬牛廻首丘山重:この巨木を運搬することになったらの話 ●苦心:この木の「苦い芯」の意味も兼ねる ●螻蟻:オケラやアリ。巨木に穴を掘ってむしばむ虫 ●曾經:仇本は「終經」に作るが豹軒は他本に従う。その理由について言及はなし
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