スポンサーリンク

『杜少陵詩集』巻7~巻9

杜少陵詩集

巻7

7-1 《新安吏》 杜甫

客行新安道。喧呼聞點兵。借問新安吏。縣小更無丁。府帖昨夜下。次選中男行。中男絕短小。何以守王城。肥男有母送。瘦男獨伶俜。白水暮東流。靑山猶哭聲。莫自使眼枯。收汝淚縱橫。眼枯卽見骨。天地終無情。我軍取相州。日夕望其平。豈意賊難料。歸軍星散營。就糧近故壘。練卒依舊京。掘壕不到水。牧馬役亦輕。況乃王師順。撫養甚分明。送行勿泣血。僕射如父兄。

《新安の吏》
客 行く 新安の道。喧呼 兵を点するを聞く。新安の吏に借問すれば 。「県 小にして 更に丁 無し。府帖 昨夜 下る。次に中男を選びて行く」と。中男 絶だ短小なり。何を以てか 王城を守らん。肥男は母の送る有り。痩男は独り伶俜たり。白水 暮に東流し。青山 猶ほ哭声。自づから眼をして枯れしむる莫れ。汝が涙の縦横たるを収めよ。眼 枯れて 即ち骨を見はすも。天地 終に情無し。我が軍 相州を取る。日夕 其の平らかなるを望む。豈に意はんや 賊 料り難く。帰軍 営に星散せんとは。糧に就きて 故塁に近づき。卒を練りて 旧京に依る。壕を掘るも水に到らず。馬を牧する役も亦た軽し。況んや乃ち 王師の順なるをや。撫養 甚だ分明なり。行くを送るも血に泣く勿れ。僕射 父兄の如し。

※原注あり「収京後作。雖収両京、賊猶充斥」 ●新安:河南の県 ●丁・中男:唐では民を年齢によって黄・小・中・丁・老に分けた。丁は23歳以上、中男は18~22歳 ●府帖:府が出した兵籍。府は県の上の地方官庁 ●伶俜:ひとりぼっちのさま ●見骨:悲しみで瘦せ衰え顔面の骨をあらわす ●相州:鄴城。乾元元年10月、九節度使からなる官軍20万は安慶緒の拠る鄴城を包囲したが、翌年3月、史思明率いる賊軍に敗れて退却した ●舊京:洛陽。鄴での敗北後、朔方節度使・郭子儀は洛陽の防衛を固めて賊軍の反攻に備えた。新安での徴兵も洛陽への増派のためのもの ●僕射:郭子儀

7-2 《潼關吏》 杜甫

士卒何草草。築城潼關道。大城鐵不如。小城萬丈餘。借問潼關吏。修關還備胡。要我下馬行。爲我指山隅。連雲列戰格。飛鳥不能踰。胡來但自守。豈復憂西都。丈人視要處。窄狹容單車。艱難奮長㦸。萬古用一夫。哀哉桃林戰。百萬化爲魚。請囑防關將。愼勿學哥舒。

《潼関の吏》
士卒 何ぞ草草たる。城を築く 潼関の道。大城は鉄も如かず。小城は万丈余。潼関の吏に借問すれば。「関を修めて還た胡に備ふ」と。我を要(ムカ)へて下馬して行かしめ。我が為めに山隅を指す。雲に連なりて戦格を列す。飛鳥も 踰ゆる能はず。「胡来たらば但だ自ら守らん。豈に復た西都を憂へんや。丈人 要処を視よ。窄狭にして単車を容るるのみ。艱難に 長㦸を奮ふに。万古 一夫を用ふ」と。哀しいかな 桃林の戦。百万 化して魚と為る。請ふ 防関の将に嘱せん。慎んで哥舒を学ぶ勿れ と。

※●萬丈餘:城の築かれている場所の高さ。山城である ●戰格:防御用の柵 ●丈人:年長者への敬称。杜甫を指す ●桃林戰:天宝15年6月、潼関で賊軍を防ぐことを命じられた哥舒翰が大敗し、潼関を失った戦い。戦場の一帯はかつて周の武王が牛を桃林の野に放ったところに当たることから ●化爲魚:哥舒翰の軍、霊宝の野で賊軍に大敗し、黄河に落ちて溺死したもの数万人に及んだ

7-3 《石壕吏》 杜甫

暮投石壕村。有吏夜捉人。老翁踰牆走。老婦出門看。吏呼一何怒。婦啼一何苦。聽婦前致詞。三男鄴城戍。一男附書至。二男新戰死。存者且偷生。死者長已矣。室中更無人。惟有乳下孫。有孫母未去。出入無完裙。老嫗力雖衰。請從吏夜歸。急應河陽役。猶得備晨炊。夜久語聲絕。如聞泣幽咽。天明登前途。獨與老翁別。

《石壕の吏》
暮に石壕の村に投ずれば。吏有り 夜に人を捉ふ。老翁 牆を踰えて走り。老婦 門を出でて看る。吏 呼ぶこと 一に何ぞ怒る。婦 啼くこと 一に何ぞ苦しめる。婦 前みて 詞を致すを聴く。「三男 鄴城に戍る。一男 書を附して至る。二男 新たに戦死す。存する者も且く生を偷むのみ。死する者は長へに已みぬ。室中 更に人無く。惟だ乳下の孫有るのみ。孫 母有りて未だ去らず。出入に 完裙無し。老嫗 力 衰へたりと雖も。請ふ 吏の 夜 帰るに従はんことを。急ぎ応ぜん 河陽の役。猶ほ晨炊を備ふるを得ん」と。夜 久しくして 語声 絶え。泣いて幽咽するを聞くが如し。天明 前途に登り。独り老翁と別る。

※●石壕:石壕鎮。陝州の東、新安の西 ●三男:3人の男児 ●一男・二男:3人の男児のうちの、一人と二人 ●未去:夫に先立たれても実家に帰らずこの家にいる ●夜歸:戦場に戻る ●猶得備晨炊:兵士としては役に立たないが、朝飯をこしらえることぐらいはできる

7-4 《新婚別》 杜甫

兔絲附蓬麻。引蔓故不長。嫁女與征夫。不如棄路傍。結髮爲君妻。席不煖君牀。暮婚晨吿別。無乃太悤忙。君行雖不遠。守邊赴河陽。妾身未分明。何以拜姑嫜。父母養我時。日夜令我藏。生女有所歸。鷄狗亦得將。君今生死地。沈痛迫中腸。誓欲隨君去。形勢反蒼黃。勿爲新婚念。努力事戎行。婦人在軍中。兵氣恐不揚。自嗟貧家女。久致羅襦裳。羅襦不復施。對君洗紅妝。仰視百鳥飛。大小必雙翔。人事多錯迕。與君永相望。

《新婚の別れ》
兎糸 蓬麻に附す。蔓を引くこと 故より長からず。女を嫁して征夫に与ふるは。路傍に棄つるに如かず。髪を結びて君が妻と為る。席 君が床を煖めず。暮に婚して晨に別れを告ぐ。乃ち太だ怱忙なる無からんや。君が行 遠からずと雖も。辺を守りて河陽に赴く。妾が身 未だ分明ならず。何を以てか 姑嫜を拝せん。父母 我を養ひし時。日夜 我をして蔵せしむ。女を生みて帰(トツ)がしむる所有らば。鶏狗だも亦た将(オク)るを得。君 今 死地に赴く。沈痛 中腸に迫る。誓って君に随ひて去かんと欲するも。形勢 反って蒼黄たり。新婚の念を為す勿れ。努力して 戎行を事とせよ。婦人 軍中に在らば。兵気 恐らくは揚がらざらん。自ら嗟く 貧家の女にして。久しく羅襦裳を致せしを。羅襦 復たとは施さず。君に対して紅粧を洗はん。仰ぎて百鳥の飛ぶを視れば。大小 必ず双び翔く。人事 錯迕 多し。君と与に永く相ひ望まん。

※●兔絲:ネナシカヅラ。草にまつわる蔓草のため、樹木にまつわる蔓草のように長くない。蔓の短さを新婚生活の短さにたとえたもの ●未分明:立場がはっきりしない。古の礼では、婦人は嫁して3カ月にして夫の家の廟に報告し初めて正式な成婚となる ●努力:仇註は「弩力」に作る

7-5 《垂老別》 杜甫

四郊未寧靜。垂老不得安。子孫陣亡盡。焉用身獨完。投杖出門去。同行爲辛酸。幸有牙齒存。所悲骨髓乾。男兒旣介胄。長揖別上官。老妻臥路啼。歲暮衣裳單。孰知是死別。且復傷其寒。此去必不歸。還聞勸加餐。土門壁甚堅。杏園度亦難。勢異鄴城下。縱死時猶寬。人生有離合。豈擇衰盛端。憶昔少壯日。遲廻竟長嘆。萬國盡征戍。烽火被岡巒。積屍草木腥。流血川原丹。何鄕爲樂土。安敢尙盤桓。棄絕蓬室居。塌然摧肺肝。

《垂老の別れ》
四郊 未だ寧静ならず。老いに垂んとして 安らかなるを得ず。子孫 陣亡し尽くす。焉んぞ用ひん 身の独り完きを。杖を投じて 門を出で去けば。同行 為めに辛酸たり。幸ひに牙歯の存する有るも。悲しむ所は骨髄の乾くを。男児 既に介胄し。長揖して上官に別る。老妻 路に臥して啼く。歳 暮れて 衣裳単なり。孰か知らん 是れ死別なるを。且つ復た其の寒からんことを傷む。此を去らば必ず帰らず。還た聞く 加餐を勧むるを。土門 壁 甚だ堅く。杏園 度るも亦た難し。勢ひは鄴城の下に異なる。縦ひ死するも 時 猶ほ寛ならん。人生 離合有り。豈に衰盛の端を択ばんや。憶ふ 昔 少壮の日を。遅廻して竟に長嘆す。万国 尽く征戍。烽火 岡巒に被る。積屍 草木 腥く。流血 川原 丹し。何れの郷か 楽土為る。安んぞ敢へて尚ほ盤桓せん。蓬室の居を棄絶して。塌然として肺肝を摧く。

※●陣亡:戦死する ●出門去:家を出て従軍しに行く ●男兒:老人の自称 ●土門:諸説あるが、いずこかの砦の名 ●杏園:諸説あり。いずこかの黄河に面する地 ●鄴城下:乾元2年3月、鄴城を包囲していた官軍が賊軍に大敗したときのこと ●時猶寬:時間にまだ余裕がある、切迫していない ●衰盛端:仇註は「衰老端」に作るが、豹軒は字解にて、「衰」と「盛」だから選ぶ対象になるのであり、「衰老」では片方だけで選びようがないとして、他本の「衰盛」を採る ●塌然:地面の低下して落ちるさま、意気の崩れる様

7-6 《無家別》 杜甫

寂寞天寶後。園廬但蒿藜。我里百餘家。世亂各東西。存者無消息。死者爲塵泥。賤子因陣敗。歸來尋舊蹊。久行見空巷。日瘦氣慘悽。但對狐與貍。豎毛怒我啼。四鄰何所有。一二老寡妻。宿鳥戀本枝。安辭且窮棲。方春獨荷鋤。日暮還灌畦。縣吏知我至。召令習鼓鞞。雖從本州役。內顧無所攜。近行止一身。遠去終轉迷。家鄕旣盪盡。遠近理亦齊。永痛長病母。五年委溝溪。生我不得力。終身兩酸嘶。人生無家別。何以爲蒸黎。

《無家の別れ》
寂寞たり 天宝の後。園廬 但だ蒿藜。我が里 百余家。世 乱れて 各〻 東西す。存する者は消息無く。死する者は塵泥と為る。賤子 陣敗に因り。帰り来たって旧蹊を尋ぬ。久しく行きて 空巷を見れば。日 痩せて 気 慘悽たり。但だ狐と狸とに対す。毛を豎てて 我を怒りて啼く。四隣 何の有る所ぞ。一二の老寡妻のみ。宿鳥 本枝を恋ふ。安んぞ辞せん 且つ窮棲するを。方に春にして 独り鋤を荷ひ。日 暮るるも 還た畦に灌ぐ。県吏 我が至るを知り。召して鼓鞞を習はしむ。本州の役に従ふと雖も。内に顧みるに携ふる所無し。近く行くに止だ一身。遠く去らば終に転た迷はん。家郷 既に盪尽し。遠近 理 亦た斉し。永く痛む 長病の母。五年 溝渓に委ぬるを。我を生むも力を得ず。終身 両りながら酸嘶す。人生 無家の別れ。何を以てか蒸黎と為さん。

※●無家別:家族がいない家に別れること ●賤子:この詩の主人公の一人称 ●豎毛:毛を逆立てて ●本州役:自宅の属する州の仕事 ●所攜:妻子眷属 ●委溝溪:溝や谷にうちすててある。亡くなってしまったことをいう ●不得力:息子を生んだが息子の助力を得ることはできなかった 

7-7 《夏日歎》 杜甫

夏日出東北。陵天經中街。朱光徹厚地。鬱蒸何由開。上蒼久無雷。無乃號令乖。雨降不濡物。良田起黃埃。飛鳥苦熱死。池魚涸其泥。萬人尙流宂。擧目惟蒿萊。至今大河北。化作虎與豺。浩蕩想幽薊。王師安在哉。對食不能餐。我心殊未諧。眇然貞觀初。難與數子偕。

《夏日の歎》
夏日 東北より出で。天を陵ぎて中街を経る。朱光 厚地に徹し。鬱蒸 何に由りてか開けん。上蒼 久しく雷無し。乃ち号令の乖くなる無からんや。雨 降るも 物を濡さず。良田に 黄埃 起こる。飛鳥 熱に苦しみて死し。池魚 其の泥に涸す。万人 尚ほ流冗。目を挙ぐれば 惟だ蒿萊。今に至りて 大河の北。化して虎と豺と作る。浩蕩として幽薊を想ふ。王師 安くに在りや。食に対するも餐する能はず。我が心 殊に未だ諧はず。眇然たり 貞観の初め。数子と偕にし難し。

※●夏日:夏の太陽 ●中街:天の中央の道 ●號令:易において雷を号令の象とする ●乖:正を失う ●流宂:定居なく漂泊すること ●眇然:高遠なさま ●貞觀:唐の太宗治世の年号。「貞観の治」とたたえられる ●數子:太宗の貞観の治を補佐した名臣たち

7-8 《夏夜歎》 杜甫

永日不可暮。炎蒸毒我腸。安得萬里風。飄颻吹我裳。昊天出華月。茂林延疎光。仲夏苦夜短。開軒納微涼。虛明見纖毫。羽蟲亦飛揚。物情無巨細。自適固其常。念彼荷戈士。窮年守邊疆。何由一洗濯。執熱互相望。竟夕擊刁斗。喧聲連萬方。靑紫雖被體。不如早還鄕。北城悲笳發。鸛鶴號且翔。況復煩促倦。激烈思時康。

《夏夜の歎》
永日 暮るるべからず。炎蒸 我が腸を毒す。安んぞ得ん 万里の風。飄颻として我が裳を吹くを。昊天 華月 出で。茂林 疎光を延く。仲夏 夜の短きに苦しみ。軒を開きて微涼を納る。虚明 繊毫を見る。羽虫も亦た飛揚す。物情 巨細 無く。自ら適するは固より其の常なり。念ふ 彼の戈を荷ふの士。窮年 辺疆を守るを。何に由りてか一たび洗濯せん。熱を執りて互ひに相ひ望まん。竟夕 刁斗を撃ち。喧声 万方に連なる。青紫 体に被ると雖も。早く郷に還るには如かず。北城 悲笳 発し。鸛鶴 号び且つ翔く。況んや復た 煩促に倦むをや。激烈 時の康からんことを思ふ。

※●荷戈士:従軍の兵士 ●刁斗:大きな銅鑼のたぐい ●靑紫:高位高官の佩びる印綬の色

7-9 《立秋後題》 杜甫

日月不相饒。節序昨夜隔。玄蟬無停號。秋燕已如客。平生獨往願。惆悵年半百。罷官亦由人。何事拘形役。

《立秋の後に題す》
日月 相ひ饒さず。節序 昨夜 隔たる。玄蟬 号ぶを停むる無きも。秋燕 已に客の如し。平生 独往の願ひ。惆悵す 年半百。官を罷むるも亦た人に由る。何事ぞ 形役に拘せられん。

※●饒:大目に見る。唐代の俗語 ●玄蟬:ヒグラシの類 ●獨往:世俗を離れ、独り自分の行きたいところへ行く ●年半百:五十歳

7-10 《貽阮隱居》 杜甫

陳留風俗衰。人物世不數。塞上得阮生。迥繼先父祖。貧知靜者性。白益毛髮古。車馬入鄰家。蓬蒿翳環堵。淸詩近道要。識子用心苦。尋我草徑微。褰裳踏寒雨。更議居遠村。避喧甘猛虎。足明箕潁客。榮貴如糞土。

《阮隠居に貽る》
陳留 風俗 衰へ。人物 世に数へず。塞上 阮生を得たり。迥かに先父祖を継ぐ。貧には知る 静者の性。白は益す 毛髪の古なるを。車馬 隣家に入り。蓬蒿 環堵に翳し。清詩 道要に近し。識る 子が心を用ふるの苦しめるを。我を尋ぬ 草径の微なるに。裳を褰げて寒雨を踏む。更に議す 遠村に居すを。喧を避けて猛虎に甘んぜんと。明らかにするに足る 箕潁の客。栄貴は糞土の如きを。

※●阮隠居:題注に「名昉」とあり ●陳留:阮昉の祖先、阮籍の出身地 ●塞上:秦州をさす ●道要:道徳の肝要 ●箕潁客:隠遁の士。上古の堯帝のころ、許由・巣父という隠者あり、箕山潁水の地方に隠遁したことから

7-11 《遣興三首 其一》 杜甫

下馬古戰場。四顧但茫然。風悲浮雲去。黃葉墜我前。朽骨穴螻蟻。又爲蔓草纏。故老行歎息。今人尙開邊。漢虜互勝負。封疆不常全。安得廉頗將。三軍同晏眠。

《興を遣る三首 其の一》
馬より下る 古戦場。四顧すれば 但だ茫然たり。風 悲しみて 浮雲 去り。黄葉 我が前に墜つ。朽骨 螻蟻 穴し。又た 蔓草に纏はる。故老 行くゆく歎息す。今人 尚ほ辺を開くと。漢虜 互ひに勝負し。封疆 常には全からず。安んぞ 廉頗の将を得て。三軍 同じく晏眠せん。

※●互勝負:互いに勝ったり負けたりする ●廉頗:戦国時代の趙の名将

7-12 《遣興三首 其二》 杜甫

高秋登寒山。南望馬邑州。降虜東擊胡。壯健盡不留。穹廬莽牢落。上有行雲愁。老弱哭道路。願聞甲兵休。鄴中事反覆。死人積如丘。諸將巳茅土。載驅誰與謀。

《興を遣る三首 其の二》
高秋 寒山に登り。南に 馬邑州を望む。降虜 東 胡を撃ち。壮健なるは 尽く留まらず。穹廬 莽として牢落たり。上に行雲の愁ふる有り。老弱 道路に哭し。甲兵の休するを聞かんと願ふ。鄴中 事 反覆し。死人 積むこと丘の如し。諸将 巳に茅土。載(スナハ)ち駆るも 誰と与にか謀らん。

※●馬邑州:秦州の南の地名 ●降虜:降伏した異民族 ●胡:安史の乱の残党 ●鄴中事反覆:鄴を攻めていた官軍が反対に賊軍に大敗したこと ●載驅:馬を走らせること。詩経の「載馳」に「載馳載駆」とあるのを借用する

7-13 《遣興三首 其三》 杜甫

豐年孰云遲。甘澤不在早。耕田秋雨足。禾黍已映道。春苗九月交。顏色同日老。勸汝衡門士。勿悲尙枯槁。時來展才力。先後無醜好。但訝鹿皮翁。忘機對芝草。

《興を遣る三首 其の三》
豊年 孰れか遅しと云はん。甘沢 早きに在らず。耕田 秋雨 足り。禾黍 已に道に映す。春苗 九月の交。顔色 同日に老す。汝 衡門の士に勧む。悲しむ勿れ 尚ほ枯槁するを。時 来らば 才力を展べん。先後 醜好 無し。但だ訝る 鹿皮の翁の。機を忘れて芝草に対せしを。

※●不在早:早いことが貴いわけではない ●九月交:九月・十月のかわりめ ●同日老:同時に老熟する ●先後無醜好:先んずることが好ましく、後れることが醜いわけではない ●鹿皮翁:いにしえの仙人

7-14 《留花門》 杜甫

花門天驕子。飽肉氣勇決。高秋馬肥健。挾矢射漢月。自古以爲患。詩人厭薄伐。修德使其來。羈縻固不絕。胡爲傾國至。出入暗金闕。中原有驅除。隱忍用此物。公主歌黃鵠。君王指白日。連雲屯左輔。百里見積雪。長㦸鳥休飛。哀笳曙幽咽。田家最恐懼。麥倒桑枝折。沙苑臨淸渭。泉香草豐潔。渡河不用船。千騎常撇烈。胡塵踰太行。雜種抵京室。花門旣須留。原野轉蕭瑟。

《花門を留む》
花門は天の驕子。肉に飽きて 気 勇決なり。高秋 馬 肥健にして。矢を挟みて 漢月を射る。古より以て患へと為す。詩人 薄伐を厭ふ。徳を修めて其れを来たらしむ。羈縻 固より絶えず。胡為れぞ 国を傾けて至り。出入 金闕に暗きや。中原 駆除 有り。隠忍して此の物を用ふ。公主 黄鵠を歌ひ。君王 白日を指す。雲に連なりて左輔に屯し。百里 積雪を見る。長㦸 鳥 飛ぶを休め。哀笳 曙に幽咽す。田家 最も恐懼す。麦 倒れ 桑枝 折るるを。沙苑 清渭に臨み。泉香ばしく 草 豊潔たり。河を渡るに 船を用ひず。千騎 常に撇烈たり。胡塵 太行を踰え。雑種 京室に抵らんとす。花門 既に留むるを須たば。原野 転た蕭瑟たらん。

※●花門:回紇にある砦の名。転じて回紇自体を指す ●天驕子:天の駄々っ子 ●詩人:詩経の作者 ●薄伐:征伐すること。詩経の六月の詩からの借用 ●暗金闕:宮城を暗くするほど大人数であるをいう ●驅除:駆除すべきもの。すなわち安史の乱の賊軍 ●公主歌黃鵠:粛宗が皇女の寧国公主を回紇の可汗に降嫁したことを指す。漢の武帝のとき、烏孫に降嫁した公主が「願為黄鵠兮歸故郷」と歌った故事を踏まえる ●指白日:誓約する際の太陽を指さす儀式。粛宗が回紇と盟約を結んだことを指す

7-15 《佳人》 杜甫

絕代有佳人。幽居在空谷。自云良家子。零落依草木。關中昔喪亂。兄弟遭殺戮。官高何足論。不得收骨肉。世情惡衰歇。萬事隨轉燭。夫壻輕薄兒。新人美如玉。合昏尙知時。鴛鴦不獨宿。但見新人笑。那聞舊人哭。在山泉水淸。出山泉水濁。侍婢賣珠廻。牽蘿補茅屋。摘花不插髮。采柏動盈掬。天寒翠袖薄。日暮倚修竹。

《佳人》
絶代 佳人有り。幽居して 空谷に在り。自ら云ふ 良家の子。零落 草木に依る。関中 昔 喪乱あり。兄弟 殺戮に遭ふ。官 高きも何ぞ論ずるに足らん。骨肉を収むるを得ず。世情 衰歇を悪み。万事 転燭に随ふ。夫婿 軽薄の児。新人 美なること 玉の如し。合昏すら尚ほ時を知る。鴛鴦 独り宿せず。但だ見る 新人の笑ふを。那ぞ聞かんや 旧人の哭するを。山に在れば泉水 清く。山を出づれば泉水 濁る。侍婢 珠を売りて廻る。蘿を牽きて茅屋を補ふ。花を摘むも髪に挿まず。柏を采れば動もすれば掬に盈つ。天 寒くして 翠袖 薄く。日暮れて 修竹に倚る。

※●關中昔喪亂:安禄山による長安陥落をいう ●衰歇:容色の衰えること ●轉燭:燭の光が風に吹かれて定まらないようにコロコロと移り変わること ●新人:新たな妾 ●合昏:合歓に同じ。ねむの花。夕方になると葉が閉じる ●舊人:もともとの妻。つまりこの詩の主人公

7-16 《夢李白二首 其一》 杜甫

死別已吞聲。生別常惻惻。江南瘴癘地。逐客無消息。故人入我夢。明我長相憶。恐非平生魂。路遠不可測。魂來楓林靑。魂返關塞黑。君今在羅網。何以有羽翼。落月滿屋梁。猶疑照顏色。水深波浪闊。無使蛟龍得。

《李白を夢む二首 其の一》
死別 已に声を吞めり。生別 常に惻惻たり。江南は瘴癘の地。逐客 消息無し。故人 我が夢に入り。我が長く相ひ憶ふを明らかにす。恐らくは平生の魂に非ざらん。路 遠くして 測るべからず。魂 来たるとき 楓林 青く。魂 返れば 関塞 黒し。君 今 羅網に在り。何を以てか羽翼有るや。落月 屋梁に満つ。猶ほ疑ふ 顔色を照らすかと。水 深くして 波浪 闊し。蛟竜をして得せしむる無かれ。

※●死別:諸説あり。豹軒の字解は、過去に別れた時、死別したつもりだったためにかく言うとする ●逐客:李白は永王璘の叛乱に関係した罪で乾元元年に夜郎に流罪となった ●楓林:李白のいるところの楓林 ●關塞:杜甫のいる秦州のとりで ●君今在羅網・何以有羽翼:仇本はこの二句を「逐客無消息」の前に繰り上げたが、豹軒はこの改変を不適として旧に復す

7-17 《夢李白二首 其二》 杜甫

浮雲終日行。遊子久不至。三夜頻夢君。情親見君意。吿歸常局促。苦道來不易。江湖多風波。舟楫恐失墜。出門搔白首。若負平生志。冠蓋滿京華。斯人獨顦顇。孰云網恢恢。將老身反累。千秋萬歲名。寂寞身後事。

《李白を夢む二首 其の二》
浮雲 終日 行く。遊子 久しく至らず。三夜 頻りに君を夢み。情 親しむこと 君が意を見る。帰るを告げて 常に局促たり。苦ろに道ふ 「来ること易からず。江湖 風波 多く。舟楫 恐らくは失墜せん」と。門を出でて白首を搔く。平生の志に負くが若し。冠蓋 京華に満つ。斯の人 独り顦顇す。孰か云ふ 網 恢恢たりと。将に老いんとして 身 反って累せらる。千秋万歳の名は。寂寞たる身後の事なり。

※●局促:心がのびやかでないさま

7-18 《有懷台州鄭十八司戶》 杜甫

天台隔三江。風浪無晨暮。鄭公縱得歸。老病不識路。昔如水上鷗。今爲罝中兔。性命由他人。悲辛但狂顧。山鬼獨一腳。蝮蛇長如樹。呼號傍孤城。歲月誰與度。從來禦魑魅。多爲才名悞。夫子嵇阮流。更被時俗惡。海隅微小吏。眼暗髮垂素。鳩杖近靑袍。非供折腰具。平生一杯酒。見我故人遇。相望無所成。乾坤莽回互。

《台州の鄭十八司戸を懐ふ有り》
天台 三江を隔つ。風浪 晨暮 無し。鄭公 縦ひ帰るを得るも。老病 路を識らざらん。昔は水上の鷗の如く。今は罝中の兎と為る。性命 他人に由る。悲辛 但だ狂顧す。山鬼 独り一脚。蝮蛇 長くして樹の如し。呼号して孤城に傍ひ。歳月 誰と与にか度らん。従来 魑魅を禦ぐは。多く 才名に悞らる。夫子は 嵇阮の流。更に時俗の悪みを被る。海隅 小吏 微なり。眼 暗く 髪 素を垂る。鳩杖 青袍に近づくも。腰を折るの具に供するに非ず。平生 一杯の酒。我が故人の遇せしを見る。相ひ望むも成す所無し。乾坤 莽として回互す。

※●鄭十八司戶:鄭虔。至徳2年、台州司戸に貶せらる ●天台:台州にある名山 ●罝:うさぎ網 ●山鬼:化け物の名前。一本足で、かかとが前を向いている ●禦魑魅:罪人として貶せらるるをいう。上古の舜帝が四人の悪者を四方に流して魑魅を防がせたという故事から ●嵇阮:嵆康と阮籍 ●鳩杖:後漢のとき、八十歳・九十歳のものに賜った杖 ●靑袍:台州の田舎役人の着ている服

7-19 《遣興五首 其一》 杜甫

蟄龍三冬臥。老鶴萬里心。昔時賢俊人。未遇猶視今。嵇康不得死。孔明有知音。又如壟坻松。用舍在所尋。大哉霜雪幹。歲久爲枯林。

《興を遣る五首 其の一》
蟄竜 三冬に臥し。老鶴 万里に心あり。昔時の賢俊の人も。未だ遇はざりしときは猶ほ今を視るがごとくならん。嵇康は 死を得ず。孔明は 知音有り。又た壟坻の松の如し。用舎 尋ぬる所に在り。大なるかな 霜雪の幹。歳 久しくして 枯林と為る。

※●猶視今:自分が今の時代を見ているのと同じようである ●嵇康不得死:魏の嵇康は超俗に生き、讒言により司馬昭に殺された ●孔明有知音:知音は知己に同じ。劉備に才を認められ遇されたことをいう ●壟坻松:壟は隴に同じ。隴坻は甘粛地方の大きな坂。張華の鶺鴒賦に「慕隴坻之高松」とあり ●用舎:用いることと捨てること

7-20 《遣興五首 其二》 杜甫

昔者龐德公。未曾入州府。襄陽耆舊閒。處士節獨苦。豈無濟時策。終竟畏羅罟。林茂鳥有歸。水深魚知聚。擧家隱鹿門。劉表焉得取。

《興を遣る五首 其の二》
昔者 龐徳公。未だ曽て州府に入らず。襄陽の耆旧の間。処士 節 独り苦しむ。豈に時を済ふの策 無からんや。終竟 羅罟を畏る。林 茂れば 鳥 帰する有り。水 深ければ 魚 聚まるを知る。家を挙げて鹿門に隠る。劉表 焉んぞ取るを得ん。

※●龐德公:後漢末の隠者。襄陽の峴山に住んで城府に入らず、荊州刺史劉表の招きにも応じず、のち妻子を連れて鹿門山に薬を採りに入って返らなかった ●羅罟:網。罪禍の網にひっかかること 

7-21 《遣興五首 其三》 杜甫

陶潛避俗翁。未必能達道。觀其著詩集。頗亦恨枯槁。達生豈是足。默識蓋不早。有子賢與愚。何其掛懷抱。

《興を遣る五首 其の三》
陶潜は 俗を避くる翁なるも。未だ必ずしも能く道に達せず。其の詩集に著すを観れば。頗る亦た枯槁なるを恨む。達生 豈に是れ足らんや。黙識 蓋し早からず。子有り 賢と愚と。何ぞ其れ懐抱に掛けん。

※●達生:生死の境地を知りぬくこと ●默識:口には出さず心の中で道をさとること ●掛懷抱:気にする

7-22 《遣興五首 其四》 杜甫

賀公雅吳語。在位常淸狂。上疏乞骸骨。黃冠歸故鄕。爽氣不可致。斯人今則亡。山陰一茅宇。江海日淸涼。

《興を遣る五首 其の四》
賀公 雅(ツネ)に呉語す。位に在るも 常に清狂。疏を上りて骸骨を乞ひ。黄冠 故郷に帰る。爽気 致すべからず。斯の人 今は則ち亡し。山陰の一茅宇。江海 日に清涼たり。

※●賀公:賀知章。唐の玄宗につかえて秘書監となり、天宝3年、上書して故郷に帰ることを請い、玄宗は文を作って送り出し、鏡湖の一曲を賜った ※乞骸骨:辞職を申し出る ●黃冠:道士のかぶる冠 ●一茅宇:茅葺の粗末な家。賀知章の旧居 ●淸涼:他本、淒涼に作るあり、豹軒も字解にて淒涼よろしという

7-23 《遣興五首 其五》 杜甫

吾憐孟浩然。裋褐卽長夜。賦詩何必多。往往凌鮑謝。淸江空舊魚。春雨餘甘蔗。每望東南雲。令人幾悲咤。

《興を遣る五首 其の五》
吾は憐れむ 孟浩然が。裋褐にて 長夜に即きしを。詩を賦すること 何ぞ必ずしも多からんや。往往 鮑謝を凌ぐ。清江 空しく旧魚あり。春雨 甘蔗 余る。東南の雲を望む毎に。人をして幾たびか悲咤せしむ。

※●裋褐:粗末な毛織物のチョッキ ●卽長夜:亡くなること ●鮑謝:南朝・宋の鮑照・謝霊運 ●舊魚:孟浩然が生前釣っていた魚。孟浩然には釣に関する詩が多い ●甘蔗:孟浩然が生前に畑に植えたサトウキビ

7-24 《遣興二首 其一》 杜甫

天用莫如龍。有時繫扶桑。頓轡海徒湧。神人身更長。性命苟不存。英雄徒自强。吞聲勿復道。眞宰意茫茫。

《興を遣る二首 其の一》
天の用 竜に如くは莫し。時有ってか 扶桑に繫ぐ。轡を頓すれば 海 徒らに湧き。神人 身 更に長し。性命 苟くも存せず。英雄 徒らに自ら強うす。声を吞みて復た道ふ勿れ。真宰の意 茫茫たり。

※●天用莫如龍:史記の平準書に「天用莫如龍、地用莫如馬、人用莫如龜」とあり ●扶桑:東海中にある神木。ここから太陽が昇るとされる ●轡:竜を御するためのくつわ。伝説では太陽は車に乗って天空を行き、六匹の竜に車を引かせる ●神人:『神異経』に見える巨人。身の丈二千里という ●眞宰:造化の主、宇宙の支配者

7-25 《遣興二首 其二》 杜甫

地用莫如馬。無良復誰記。此日千里鳴。追風可君意。君看渥洼種。態與駑駘異。不雜蹄齧閒。逍遙有能事。

《興を遣る二首 其の二》
地の用 馬に如くは莫し。良 無きもの 復た誰か記する。此の日 千里に鳴き。追風 君が意に可なり。君 看よ 渥洼の種は。態 駑駘と異なり。蹄齧の間に雑はらず。逍遥として 能事 有るを。

※●地用莫如馬:前詩の注を参照 ●無良:諸説あり。豹軒の字解は「馬に良才なきこと」と解す ●記:認め、取り上げる ●追風:秦の始皇帝の七名馬のうちの一頭の名 ●渥洼:河の名。その一帯が名馬の産地 ●蹄齧:人を蹄にかけたり、噛んだりする駑馬 ●能事:特別にすぐれたわざ

7-26 《遣興五首 其一》 杜甫

朔風飄胡雁。慘澹帶砂礫。長林何蕭蕭。秋草萋更碧。北里富薰天。高樓夜吹笛。焉知南鄰客。九月猶絺綌。

《興を遣る五首 其の一》
朔風 胡雁を飄し。惨澹として砂礫を帯ぶ。長林 何ぞ蕭蕭たる。秋草 萋として更に碧なり。北里 富 天を薫し。高楼 夜 笛を吹く。焉んぞ知らん 南隣の客。九月 猶ほ絺綌なるを。

※●富薰天:金持ちの富が天を燻べんばかりである ●南鄰客:杜甫自身のこと ●絺綌:葛布のかたびら

7-27 《遣興五首 其二》 杜甫

長陵銳頭兒。出獵待明發。騂弓金爪鏑。白馬蹴微雪。未知所馳逐。但見暮光滅。歸來懸兩狼。門戶有旌節。

《興を遣る五首 其の二》
長陵の鋭頭児。出猟 明発を待つ。騂弓 金爪の鏑。白馬 微雪を蹴る。未だ知らず 馳逐せん所を。但だ見る 暮光の滅するを。帰り来たって両狼を懸く。門戸には旌節有り。

※●長陵:漢の高祖の陵墓 ●銳頭:頭の先が尖っている。勇武の相貌という ●騂弓:出来具合の良い弓。詩経の角弓に「騂騂角弓」とあり ●馳逐:馬を馳せて獲物を追いたてる ●兩狼:二匹のオオカミ。今日の獲物 ●旌節:節度使や大将が天子から賜る旗と節

7-28 《遣興五首 其三》 杜甫

漆有用而割。膏以明自煎。蘭摧白露下。桂折秋風前。府中羅舊尹。沙道尙依然。赫赫蕭京兆。今爲時所憐。

《興を遣る五首 其の三》
漆は 用有りて割かれ。膏は 明なるを以て自ら煎る。蘭は摧く 白露の下。桂は折る 秋風の前。府中 旧尹 羅なり。沙道 尚ほ依然たるに。赫赫たる蕭京兆は。今 時の憐む所と為る。

※●漆・膏の二句:荘子の人間世に「山木自宼也、膏火自煎也。桂可食、故伐之。漆可用、故割之」とあり。功用あるものはそれゆえに身をそこなうことのたとえ ●府中:宰相の役所の中 ●舊尹:かつて京兆尹を務めた者 ●沙道:宰相が通るため砂を敷いた道路 ●蕭京兆:蕭炅。宰相李林甫に取り入って京兆尹となり威勢をふるったが、収賄の罪で失脚した

7-29 《遣興五首 其四》 杜甫

猛虎憑其威。往往遭急縛。雷吼徒咆哮。枝撐已在腳。忽看皮寢處。無復睛閃爍。人有甚於斯。足以勸元惡。

《興を遣る五首 其の四》
猛虎 其の威を憑んで。往往 急縛に遭ふ。雷吼 徒らに咆哮するも。枝撐 已に脚に在り。忽ち 皮の寝処せらるるを看る。復た 睛の閃爍たる無し。人 斯より甚だしき有り。以て元悪を勧むるに足る。

※●枝撐:足枷 ●皮寢處:左伝に「臣食其肉而寢處其皮矣」とあり。「寝処」はその上で寝たり坐ったりすること ●勸:ここでは戒めるの意

7-30 《遣興五首 其五》 杜甫

朝逢富家葬。前後皆輝光。共指親戚大。緦麻百夫行。送者各有死。不須羨其强。君看束縛去。亦得歸山岡。

《興を遣る五首 其の五》
朝に富家の葬に逢ふ。前後 皆 輝光あり。共に指さす 親戚の大なるを。「緦麻 百夫の行あり」と。送者も 各〻死有り。其の強を羨むを須ひず。君 看よ 束縛し去られて。亦た山岡に帰するを得るを。

※●緦麻:細い糸の麻で作った喪服。服喪期間が三カ月の遠い親戚の着る喪服 ●束縛:死骸になって縛られる ●山岡:墓所のある丘

7-31 《秦州雜詩二十首 其一》 杜甫

滿目悲生事。因人作遠遊。遲廻度隴怯。浩蕩及關愁。水落魚龍夜。山空鳥鼠秋。西征問烽火。心折此淹留。

《秦州雑詩二十首 其の一》
満目 生事を悲しみ。人に因りて遠遊を作す。遅廻 隴を度りて怯に。浩蕩 関に及ばんとして愁ふ。水は落つ 魚竜の夜。山は空しからん 鳥鼠の秋。西征 烽火を問ふ。心 折れて 此に淹留す。

※●生事:生活上の事。ここでは暮らしが思うようにならないことをいう ●遠遊:このとき杜甫のいた華州から秦州までの遠い旅 ●遅廻:道のはかどらないさま ●度隴:陝西の隴州の西にある大きな坂・隴坂を経過する ●魚龍:河の名。隴州の南にあり ●鳥鼠:山の名。甘粛の蘭州の西にあり ●問烽火:烽火の有無を問う

7-32 《秦州雜詩二十首 其二》 杜甫

秦州城北寺。勝跡隗囂宮。苔蘚山門古。丹靑野殿空。月明垂葉露。雲逐度溪風。淸渭無情極。愁時獨向東。

《秦州雑詩二十首 其の二》
秦州 城北の寺。勝跡 隗囂が宮。苔蘚 山門 古く。丹青 野殿 空し。月は明らかなり 葉を垂るるの露に。雲は逐はる 渓を度るの風に。清渭 無情の極。愁時 独り東に向ふ。

●隗囂:前漢末から後漢初めの武将。王莽が新を建国して天下が乱れると、隴西に割拠し一勢力を築いた。最後は後漢の光武帝に叛いて討たれた

7-33 《秦州雜詩二十首 其三》 杜甫

州圖領同谷。驛道出流沙。降虜兼千帳。居人有萬家。馬驕朱汗落。胡舞白題斜。年少臨洮子。西來亦自誇。

《秦州雑詩二十首 其の三》
州図 同谷を領し。駅道 流沙に出づ。降虜 千帳を兼ね。居人 万家 有り。馬 驕りて朱汗 落ち。胡 舞ひて 白題 斜めなり。年少の臨洮子。西より来たりて 亦た自ら誇る。

※●同谷:郡名。秦州に属す ●流沙:もと西北方の沙漠をさす。唐の沙州あたり ●千帳:数多くの天幕。降虜が居住する ●居人:もともとの住民 ●白題:諸説あり。異民族の種族の名とも、毛織物をかぶせた笠ともいう。豹軒は、異民族の習俗により白土を塗った額、との説を採る ●臨洮:秦州の西にある地名

7-34 《秦州雜詩二十首 其四》 杜甫

鼓角緣邊郡。川原欲夜時。秋聽殷地發。風散入雲悲。抱葉寒蟬靜。歸山獨鳥遲。萬方聲一槪。吾道竟何之。

《秦州雑詩二十首 其の四》
鼓角 縁辺の郡。川原 夜ならんと欲する時。秋 聴けば 地に殷として発し。風に散じて 雲に入りて悲しむ。葉を抱きて 寒蟬 静かに。山に帰ること 独鳥 遅し。万方 声 一概。吾が道 竟に何くにか之かん。

※●緣邊郡:辺境沿いの郡 ●一槪:一様

7-35 《秦州雜詩二十首 其五》 杜甫

西使宜天馬。由來萬匹强。浮雲連陣沒。秋草徧山長。聞說眞龍種。仍殘老驌驦。哀鳴思戰鬭。迥立向蒼蒼。

《秦州雑詩二十首 其の五》
西使 天馬に宜し。由来 万匹強。浮雲 連陣に没し。秋草 徧山に長し。聞くならく 真の竜種。仍ほ 老驌驦に残り。哀鳴して戦闘を思ひ。迥かに立ちて蒼蒼に向ふと。

※●西使:西使では意味通じがたく、豹軒は「西地」の誤りとして解す。すなわち、隴西のあたりは名馬の産地なるによる ●萬匹强:一万頭あまり ●浮雲:馬の群れるさまをたとえる ●連陣:度重なる戦 ●徧山:このあたりのどの山にも ●蒼蒼:青々とした天

7-36 《秦州雜詩二十首 其六》 杜甫

城上胡笳奏。山邊漢節歸。防河赴滄海。奉詔發金微。士苦形骸黑。林疏鳥獸稀。那堪往來戍。恨解鄴城圍。

《秦州雑詩二十首 其の六》
城上 胡笳 奏し。山辺 漢節 帰る。河を防がんと 滄海に赴き。詔を奉じて 金微より発す。士 苦しみて 形骸 黒く。林 疏にして 鳥獣 稀なり。那ぞ堪へん 往来の戍の。鄴城の囲を解きしを恨むに。

※●漢節:漢はすなわち唐。唐から吐蕃へ派遣した使者 ●防河:河西地方の黄河の守備をする ●滄海:青海地方 ●金微:内蒙古の山名また郡名。唐代、単于都護府に属す ●往來戍:辺地へ向かう兵士と辺地から戻って来た兵士 ●解鄴城圍:乾元2年3月の九節度使を動員した鄴城包囲戦の敗北をいう

7-37 《秦州雜詩二十首 其七》 杜甫

莽莽萬重山。孤城石谷閒。無風雲出塞。不夜月臨關。屬國歸何晚。樓蘭斬未還。煙塵一長望。衰颯正摧顏。

《秦州雑詩二十首 其の七》
莽莽たり 万重の山。孤城 石谷の間。風 無くして 雲 塞を出で。夜ならざるに 月 関に臨む。属国 帰ること何ぞ晩き。楼蘭 斬らんとして未だ還らず。煙塵 一たび長望すれば。衰颯 正に顔を摧く。

※●不夜月臨關:昼間から暗いため月が見える ●屬國:典属国の略。漢代、漢に従属する異国をつかさどる官。ここでは吐蕃に派遣した使者をさす ●樓蘭:西域にあった国。漢代、傅介子、楼蘭に使いしてその王の首を斬り、帰国後、侯に封ぜられた。吐蕃をたとえる 

7-38 《秦州雜詩二十首 其八》 杜甫

聞道尋源使。從天此路廻。牽牛去幾許。宛馬至今來。一望幽燕隔。何時郡國開。東征健兒盡。羌笛暮吹哀。

《秦州雑詩二十首 其の八》
聞くならく 尋源の使。天より 此の路にて廻ると。牽牛 去ること幾許ぞ。宛馬 今に至るまで来たる。一望 幽燕 隔たる。何れの時か 郡国 開かれん。東征 健児 尽き。羌笛 暮吹 哀し。

※●尋源使:漢の張騫。後世作られた伝説で、武帝の使いとして黄河の源流を尋ねた張騫は、いつの間にか天の川にたどり着いたという ●牽牛:牽牛星 ●宛馬:大宛国(フェルガナ)に産する汗血馬 ●幽燕:今の河北省あたり。安禄山の根拠地

7-39 《秦州雜詩二十首 其九》 杜甫

今日明人眼。臨池好驛亭。叢篁低地碧。高柳半天靑。稠疊多幽事。喧呼閱使星。老夫如有此。不異在郊坰。

《秦州雑詩二十首 其の九》
今日 人眼 明らかなり。池に臨みて 駅亭 好し。叢篁 地に低れて碧に。高柳 天に半ばして青し。稠畳 幽事 多く。喧呼 使星 閲す。老夫 如し此れ有らば。郊坰に在るに異ならざらん。

※●明人眼:人の目をさまさせるほど美しいことをいう ●使星:使者。唐から吐蕃へ向かう使者 ●閱:幽事を数え立てる ●老夫:杜甫のこと ●此:駅亭のすばらしい景色 ●郊坰:別荘、隠居所

7-40 《秦州雜詩二十首 其十》 杜甫

雲氣接崑崙。涔涔塞雨繁。羌童看渭水。使客向河源。煙火軍中幕。牛羊嶺上村。所居秋草靜。正閉小蓬門。

《秦州雑詩二十首 其の十》
雲気 崑崙に接し。涔涔として塞雨 繁し。羌童 渭水を看。使客 河源に向ふ。煙火 軍中の幕。牛羊 嶺上の村。居る所 秋草 静かに。正に閉づ 小蓬門。

※●崑崙:崑崙山。西方の霊山で仙女の西王母が住み、黄河が源を発するところとかんがえられていた ●涔涔:雨の多いさま ●看渭水:増水を心配して水量を見る ●使客:吐蕃へ向かう使者

7-41 《秦州雜詩二十首 其十一》 杜甫

蕭蕭古塞冷。漠漠秋雲低。黃鵠翅垂雨。蒼鷹饑啄泥。薊門誰自北。漢將獨征西。不意書生耳。臨衰厭鼓鞞。

《秦州雑詩二十首 其の十一》
蕭蕭として 古塞 冷やかに。漠漠として 秋雲 低る。黄鵠 翅 雨に垂れ。蒼鷹 饑ゑて泥に啄む。薊門 誰か北よりす。漢将 独り西を征す。意はざりき 書生の耳。衰に臨みて 鼓鞞に厭かんとは。

※●薊門:地名。現在の北京の西北。その一帯は安禄山の根拠地だったところで、この当時は史思明の勢力がなお盛んだった ●漢將獨征西:唐の官軍が賊軍ではなく西の吐蕃に向かっていたことをいう

7-42 《秦州雜詩二十首 其十二》 杜甫

山頭南郭寺。水號北流泉。老樹空庭得。淸渠一邑傳。秋花危石底。晚景臥鐘邊。俛仰悲身世。溪風爲颯然。

《秦州雑詩二十首 其の十二》
山頭の南郭寺。水は号す 北流泉と。老樹 空庭に得。清渠 一邑に伝ふ。秋花 危石の底。晩景 臥鐘の辺。俛仰 身世を悲しみ。渓風も 為めに颯然たり。

※●一邑傳:秦州全体に注ぎ伝える ●臥鐘:鐘楼なく、地上に横たわる鐘

7-43 《秦州雜詩二十首 其十三》 杜甫

傳道東柯谷。深藏數十家。對門藤蓋瓦。映竹水穿沙。瘦地翻宜粟。陽坡可種瓜。船人近相報。但恐失桃花。

《秦州雑詩二十首 其の十三》
伝道す 「東柯の谷。深く蔵す 数十家。門に対して 藤 瓦を蓋ひ。竹に映じて 水 沙を穿つ。痩地 翻って粟に宜しく。陽坡 瓜を種ふべし」と。船人 近ごろ相ひ報ず。「但だ桃花を失せんかと恐る」と。

※●傳道:人々が伝えて言う ●東柯谷:秦州の東南にある谷の名 ●失桃花:早く移住しないと、桃源郷のようなその場所に住む機会を失ってしまう、ということ 

7-44 《秦州雜詩二十首 其十四》 杜甫

萬古仇池穴。潛通小有天。神魚今不見。福地語眞傳。近接西南境。長懷十九泉。何時一茅屋。送老白雲邊。

《秦州雑詩二十首 其の十四》
万古 仇池の穴。潜かに通ず 小有天。神魚 今 見えず。福地 語 真に伝ふ。近く接す 西南の境。長へに懐ふ 十九泉。何れの時か 一茅屋。老を送らん 白雲の辺に。

※●仇池:秦州の南にある山池の名。奇勝として知られた ●小有天:山西の王屋山にある洞の名。仇池とこの洞とは地下で通じていると言われていた ●神魚:仇池には神魚が住み、食せば仙人になれるという ●福地:仙人の住むところ ●十九泉:仇池の山上には九十九泉ありと称す。ここでは字数の都合で九十九を十九に略している

7-45 《秦州雜詩二十首 其十五》 杜甫

未暇泛滄海。悠悠兵馬閒。塞門風落木。客舍雨連山。阮籍行多興。龐公隱不還。東柯遂疎懶。休鑷鬢毛斑。

《秦州雑詩二十首 其の十五》
未だ滄海に泛ぶに暇あらず。悠悠たり 兵馬の間。塞門 風 木を落とし。客舎 雨 山に連なる。阮籍 行くゆく 興 多からん。龐公 隠れて還らず。東柯 疎懶を遂げん。鑷むを休めよ 鬢毛の斑なるを。

※●阮籍:途が窮まると慟哭したという阮籍のような自分でも、の意 ●龐公:龐徳公。妻子を連れて鹿門山に隠れて戻ってこなかった ●東柯:其十三に出てきた谷間の村 ●鑷:はさみ切る

7-46 《秦州雜詩二十首 其十六》 杜甫

東柯好崖谷。不與眾峰羣。落日邀雙鳥。晴天卷片雲。野人矜險絕。水竹會平分。採藥吾將老。兒童未遣聞。

《秦州雑詩二十首 其の十六》
東柯は 好崖谷。衆峰と群せず。落日 双鳥を邀へ。晴天 片雲を巻く。野人 険絶を矜り。水竹 会らず平分せん。薬を採りて 吾れ将に老いんとす。児童にも 未だ聞かしめず。

※●東柯:其十三・其十五を参照 ●兒童未遣聞:自分だけの決心で、まだ子供たちに聞かせていない

7-47 《秦州雜詩二十首 其十七》 杜甫

邊秋陰易夕。不復辯晨光。簷雨亂淋幔。山雲低度牆。鸕鷀窺淺井。蚯蚓上深堂。車馬何蕭索。門前百草長。

《秦州雑詩二十首 其の十七》
辺秋 陰りて 夕べなり易く。復た晨光をも弁ぜず。簷雨 乱れて幔に淋り。山雲 低れて 牆を度る。鸕鷀 浅井を窺ひ。蚯蚓 深堂に上る。車馬 何ぞ蕭索たる。門前 百草 長し。

※●鸕鷀:ウ(鵜) 

7-48 《秦州雜詩二十首 其十八》 杜甫

地僻秋將盡。山高客未歸。塞雲多斷續。邊日少光輝。警急烽常報。傳聞檄屢飛。西戎外甥國。何得迕天威。

《秦州雑詩二十首 其の十八》
地 僻にして 秋 将に尽きんとし。山 高くして 客 未だ帰らず。塞雲 多く断続し。辺日 光輝 少し。警急 烽 常に報じ。伝聞す 檄の屢〻飛ぶを。西戎は外甥の国。何ぞ天威に迕ふを得ん。

※●西戎外甥國:唐はしばしば公主を吐蕃の王に降嫁してきた

7-49 《秦州雜詩二十首 其十九》 杜甫

鳳林戈未息。魚海路常難。候火雲峰峻。懸軍幕井乾。風連西極動。月過北庭寒。故老思飛將。何時議築壇。

《秦州雑詩二十首 其の十九》
鳳林 戈 未だ息まず。魚海 路 常に難し。候火 雲峰 峻しく。懸軍 幕井 乾く。風は西極に連りて動き。月は北庭を過ぎて寒し。故老 飛将を思ふ。何れの時か 壇を築くを議せん。

※●鳳林:西域の蘭州府にあった関の名 ●魚海:湖の名。西域、吐蕃との境にあり ●幕井乾:幕営地の井戸が涸れる ●飛將:漢の名将・李広。匈奴から飛将軍と畏れられた ●築壇:大将を任命する儀式。漢の高祖が韓信を大将に任じたときの故事

7-50 《秦州雜詩二十首 其二十》 杜甫

唐堯眞自聖。野老復何知。曬藥能無婦。應門亦有兒。藏書聞禹穴。讀記憶仇池。爲報鴛行舊。鷦鷯在一枝。

《秦州雑詩二十首 其の二十》
唐尭 真に自づから聖たり。野老 復た何をか知る。薬を晒すに 能く婦 無からんや。門に応ずるに 亦た児有り。書を蔵する 禹穴ありと聞く。記を読んで 仇池を憶ふ。為めに報ず 鴛行の旧に。鷦鷯は 一枝に在りと。

※●唐堯:上古の聖天子。粛宗をたとえる ●禹穴:会稽にある禹の遺跡 ●仇池:其十四を参照 ●鴛行舊:朝廷で文官の行列をなす旧友 ●鷦鷯在一枝:荘子の逍遙遊に「鷦鷯巢於深林不過一枝」とあり

7-51 《月夜憶舍弟》 杜甫

戍鼓斷人行。邊秋一雁聲。露從今夜白。月是故鄕明。有弟皆分散。無家問死生。寄書長不達。況乃未休兵。

《月夜 舎弟を憶ふ》
戍鼓 人行 断ゆ。辺秋 一雁 声あり。露 今夜より白く。月は是れ 故郷のごと明かなり。弟 有れども 皆 分散し。家の死生を問ふ無し。寄書 長く達せず。況んや乃ち 未だ兵を休めざるをや。

※●露從今夜白:二十四節季のひとつ白露の節に入ることをいう ●無家問死生:生き死にをたずねるべき家(杜甫の実家)もない

7-52 《天末懷李白》 杜甫

涼風起天末。君子意如何。鴻雁幾時到。江湖秋水多。文章憎命達。魑魅喜人過。應共冤魂語。投詩贈汨羅。

《天末にて李白を懐ふ》
涼風 天末に起こる。君子 意 如何。鴻雁 幾時か到らん。江湖 秋水 多し。文章 命の達するを憎み。魑魅 人の過ぐるを喜ぶ。応に冤魂と共に語るなるべし。詩を投じて汨羅に贈る。

※●天末:このとき杜甫は秦州にあり。李白と遠く隔たるため天の果てという ●鴻雁:雁は手紙の運び手。李白からの手紙を指す ●命達:運命が開ける。往往にして人生が不遇であるほど文章に長ずることを表現した句 ●喜人過:化け物は人が通り過ぎればそれを捕まえて食うゆえ、喜ぶ ●冤魂:讒言により国を追われ汨羅に身を投げた屈原の魂

7-53 《宿贊公房》 杜甫

杖錫何來此。秋風已颯然。雨荒深院菊。霜倒半池蓮。放逐寧違性。虛空不離禪。相逢成夜宿。隴月向人圓。

《賛公が房に宿す》
錫を杖きて 何(イツ)か此に来たれる。秋風 已に颯然たり。雨には荒る 深院の菊。霜には倒る 半池の蓮。放逐 寧ぞ性に違はんや。虚空 禅を離(サ)らず。相ひ逢ひて 夜宿を成せば。隴月 人に向かひて円し。

※原注に「贊京師大雲寺主。謫此安置」とあり。 ●贊公:長安の大雲寺の僧。原注によれば、このとき罪を得て、杜甫のいる秦州に流されていた ●何來此:何は「何ぞ(どうして)」と訓むことも可能。豹軒は「いつか」と訓んで次の「秋風」の句をその答えと見る ●放逐:賛公が都から追放されたこと ●虛空:山谷の空虚の地 ●離:仄声に読み、「去る」の意

7-54 《赤谷西崦人家》 杜甫

躋險不自安。出郊已淸目。溪廻日氣煖。徑轉山田熟。鳥雀依茅茨。藩籬帶松菊。如行武陵暮。欲問桃源宿。

《赤谷の西崦の人家》
険に躋りて 自ら安んぜず。郊を出づれば 已に目を清くす。渓 廻りて 日気 煖かに。径 転じて 山田 熟す。鳥雀 茅茨に依り。藩籬 松菊を帯ぶ。武陵の暮に行くが如し。桃源を問ひて宿せんと欲す。

※●赤谷:秦州の西南にあり、谷の中を赤谷川が流れる ●西崦:赤谷の西のほうの山

7-55 《西枝村尋置草堂地夜宿贊公土室二首 其一》 杜甫

出郭眄細岑。披榛得微路。溪行一流水。曲折方屢渡。贊公湯休徒。好靜心跡素。昨枉霞上作。盛論巖中趣。怡然共攜手。恣意同遠步。捫蘿澁先登。陟巘眩反顧。要求陽岡煖。苦涉陰嶺冱。惆悵老大藤。沈吟屈蟠樹。卜居意未展。杖策廻且暮。層巓餘落日。草蔓已多露。

《西枝村に草堂を置く地を尋ね 夜 賛公が土室に宿す二首 其の一》
郭を出でて 細岑を眄。榛を披きて 微路を得たり。渓行すれば 一流水。曲折 方に屢〻 渡る。賛公は 湯休の徒。静を好みて 心跡 素なり。昨 霞上の作を枉げ。盛りに巌中の趣を論ず。怡然として共に手を携へ。意を恣にして同に遠歩す。蘿を捫りて先登するに渋り。巘に陟りて 反顧するに眩す。求めんと要す 陽岡の煖かなるを。渉るを苦しむ 陰嶺の冱なるを。惆悵す 老大の藤に。沈吟す 屈蟠の樹に。居を卜する意 未だ展べず。策を杖きて廻れば且に暮れんとす。層巓 落日を余すも。草蔓 已に露 多し。

※●西枝村:秦州近郊の村か ●贊公:前詩参照 ●土室:穴居の室。このあたりでは岩壁をくりぬいて住居とした ●湯休:湯恵休。南朝・宋の詩僧 ●心跡素:心と行いに飾り気がない ●霞上作:「霞上」の語を含む詩篇 ●澁:尻込みする

7-56 《西枝村尋置草堂地夜宿贊公土室二首 其二》 杜甫

天寒鳥已歸。月出山更靜。土室延白光。松門耿疎影。躋攀倦日短。語樂寄夜永。明燃林中薪。暗汲石底井。大師京國舊。德業天機秉。從來支許遊。興趣江湖迥。數奇謫關塞。道廣存箕潁。何知戎馬閒。復接塵事屛。幽尋豈一路。遠色有諸嶺。晨光稍朦朧。更越西南頂。

《西枝村に草堂を置く地を尋ね 夜 賛公が土室に宿す二首 其の二》
天 寒くして 鳥 已に帰り。月 出でて 山 更に静かなり。土室 白光を延き。松門 疎影 耿たり。躋攀 日の短きに倦み。語楽 夜の永きに寄す。明は燃やす 林中の薪。暗には汲む 石底の井。大師は 京国の旧。徳業 天機を秉る。従来 支許の遊び。興趣 江湖 迥かなり。数 奇にして関塞に謫せらる。道 広くして 箕潁に存す。何ぞ知らん 戎馬の間。復た塵事を屛(シリゾ)くるに接せんとは。幽尋 豈に一路ならんや。遠色 諸嶺 有り。晨光 稍く朦朧たらば。更に越えん 西南の頂。

※●延白光:白い月光を内に引き入れる ●語樂:語り楽しむ ●支許:晋代の僧支遁と許詢。賛公と杜甫との交際をたとえる ●數奇:命数がちぐはぐ ●箕潁:箕山潁水。いにしえの隠者、許由・巣父がのがれたところ

7-57 《寄贊上人》 杜甫

一昨陪錫杖。卜鄰南山幽。年侵腰腳衰。未便陰崖秋。重岡北面起。竟日陽光留。茅屋買兼土。斯焉心所求。近聞西枝西。有谷杉桼稠。亭午頗和暖。石田又足收。當期塞雨乾。宿昔齒疾瘳。徘徊虎穴上。面勢龍泓頭。柴荆具茶茗。徑路通林丘。與子成二老。來往亦風流。

《寄賛上人》
一昨 錫杖に陪して。隣を卜す 南山の幽。年 侵して 腰脚 衰へ。未だ便とせず 陰崖の秋。重岡 北面に起こり。竟日 陽光 留まる。茅屋 買うに土を兼ぬ。斯れぞ 心の求む所なり。近ごろ聞く 西枝の西。谷 有り 杉桼 稠し。亭午 頗る和暖にして。石田 又た収むるに足ると。当期 塞雨 乾き。宿昔 歯疾 瘳ゆ。徘徊せん 虎穴の上。面勢 竜泓の頭。柴荊 茶茗を具へ。径路 林丘に通ず。子と与に二老を成し。来往するも 亦た風流ならん。

※●贊上人:前詩等参照 ●卜鄰:新居を選ぶ前に、近隣の良し悪しをうらなう(調べる)こと ●買兼土:土地(田畑)も一緒に買う ●桼:ウルシ ●石田:石混じりのやせた田圃 ●面勢:向きや形。方面形勢 ●柴荆:あばらや

7-58 《太平寺泉眼》 杜甫

招提憑高岡。疎散連草莽。出泉枯柳根。汲引歲月古。石閒見海眼。天畔縈水府。廣深丈尺閒。宴息敢輕侮。靑白二小蛇。幽姿可時覩。如絲氣或上。爛熳爲雲雨。山頭到山下。鑿井不盡土。取供十方僧。香美勝牛乳。北風起寒文。弱藻舒翠縷。明涵客衣淨。細蕩林影趣。何當宅下流。餘潤通藥圃。三春濕黃精。一食生毛羽。

《太平寺の泉眼》
招提 高岡に憑り。疎散 草莽に連なる。出泉 枯柳の根。汲引 歳月 古し。石間 海眼を見。天畔 水府を縈る。広深 丈尺の間。宴息にも 敢へて軽侮せんや。青白の二小蛇。幽姿 時に覩るべし。糸の如く 気 或ひは上り。爛熳として雲雨と為る。山頭より山下に到るまで。井を鑿つに 土を尽くさず。取りて十方の僧に供せば。香美 牛乳に勝る。北風 寒文を起こし。弱藻 翠縷を舒ぶ。明かに客衣を涵して浄く。細かに林影を蕩かして趣あり。何(イツ)か当に 下流に宅し。余潤 薬圃に通じて。三春 黄精を湿ほし。一食 毛羽を生ずべき。

※●太平寺:秦州にあり ●泉眼:泉の湧き出るところ ●海眼:海に通じる穴。ここはたとえとして言う ●水府:竜宮のたぐい ●宴息:安らぎ、休息する ●不盡土:深くまで土を掘らない。浅く掘っただけで地下水が湧いてくるということ ●黃精:薬草の名。ナルコユリの類。仙人余糧、救窮草、竜銜などの異名あり ●生毛羽:羽が生えて飛べるようになる。仙人になること

7-59 《東樓》 杜甫

萬里流沙道。西行過此門。但添新戰骨。不返舊征魂。樓角凌風迥。城陰帶水昏。傳聲看驛使。送節向河源。

《東楼》
万里 流沙の道。西行 此の門を過ぐ。但だ添ふ 新戦骨。返らず 旧征魂。楼角 風を凌ぎて迥かに。城陰 水を帯びて昏し。伝声 看る 駅使が。節の河源に向ふを送るを。

※●流沙:秦州雑詩其三を参照 ●傳聲:駅の役人が先ぶれする声 ●河源:黄河の源。吐蕃をさす

7-60 《雨晴》 杜甫

天外秋雲薄。從西萬里風。今朝好晴景。久雨不妨農。塞柳行疎翠。山梨結小紅。胡笳樓上發。一雁入高空。

《雨晴》
天外 秋雲 薄く。西よりす 万里の風。今朝 好晴景。久雨 農を妨げず。塞柳 疎翠を行(ツラ)ね。山梨 小紅を結ぶ。胡笳 楼上に発(オコ)り。一雁 高空に入る。

※●久雨不妨農:長雨ではあったが、もう晴れたので収穫に支障ない

7-61 《寓目》 杜甫

一縣葡萄熟。秋山苜蓿多。關雲常帶雨。塞水不成河。羌女輕烽燧。胡兒掣駱駝。自傷遲暮眼。喪亂飽經過。

《寓目》
一県 葡萄 熟し。秋山 苜蓿 多し。関雲 常に雨を帯び。塞水 河を成さず。羌女 烽燧を軽んじ。胡児 駱駝を掣す。自ら傷む 遅暮の眼。喪乱 飽くまで経過するを。

※●苜蓿:ウマゴヤシ ●烽燧:のろし ●遲暮:晩暮、また晩年をいう

7-62 《山寺》 杜甫

野寺殘僧少。山園細路高。麝香眠石竹。鸚鵡啄金桃。亂水通人過。懸崖置屋牢。上方重閣晚。百里見秋毫。

《山寺》
野寺 残僧 少(マレ)に。山園 細路 高し。麝香 石竹に眠り。鸚鵡 金桃に啄む。乱水 人を通じて過ぎしめ。懸崖 屋を置くこと牢なり。上方 重閣の晩。百里 秋毫を見る。

※●山寺:秦州東南の麦積山上にある瑞應寺 ●麝香:ジャコウジカ ●上方:山寺 ●百里:十里四方。およそ当時の一県内に相当する

7-63 《卽事》 杜甫

聞道花門破。和親事卻非。人憐漢公主。生得渡河歸。秋思抛雲髻。腰支賸寶衣。羣凶猶索戰。回首意多違。

《即事》
聞くならく 花門 破れ。和親 事 却って非なりと。人は憐れむ 漢の公主。生きながら 河を渡りて帰るを得たるを。秋思 雲髻を抛ち。腰支 宝衣を賸す。群凶 猶ほ戦ひを索む。首を回らせば 意 多く違ふ。

※●花門:回紇のこと。賊軍討伐への協力を申し出た回紇が派遣した兵は、乾元元年10月からの鄴城包囲戦に参加したが、翌年3月、官軍は大敗し、回紇兵は長安へ敗走した ●漢公主:漢はすなわち唐。粛宗は娘・寧国公主を回紇の毘伽闕可汗に降嫁していた。《留花門》詩参照 ●渡河歸:乾元2年4月、毘伽闕可汗が没し、回紇はその習俗にしたがって寧国公主を殉葬しようとしたが、公主側は唐の礼によってこれを拒み、回紇流に顔面に刀で傷をつけて哀悼を示し、子もいなかったことから唐に帰ることを認められた ●羣凶:賊軍

7-64 《遣懷》 杜甫

愁眼看霜露。寒城菊自花。天風隨斷柳。客淚墮淸笳。水靜樓陰直。山昏塞日斜。夜來歸鳥盡。啼殺後棲鴉。

《懐ひを遣る》
愁眼 霜露を看。寒城 菊 自づから花さく。天風 断柳に随ひ。客涙 清笳に堕つ。水静かにして楼陰 直く。山 昏れて 塞日 斜めなり。夜来 帰鳥 尽き。啼殺す 後棲の鴉。

※●斷柳:ちぎれた柳の葉 ●後棲:他に後れてねぐらに帰ること

7-65 《天河》 杜甫

常時任顯晦。秋至轉分明。縱被微雲掩。終能永夜淸。含星動雙闕。伴月落邊城。牛女年年渡。何曾風浪生。

《天河》
常時 顕晦に任すも。秋 至れば 転た分明なり。縦ひ微雲に掩はるるも。終に能く 永夜 清し。星を含みて 双闕に動き。月に伴ひて 辺城に落つ。牛女 年年 渡る。何ぞ曽て 風浪 生ぜん。

※●常時:ふだん ●顯晦:はっきり見えたり、暗くて見えなかったりすること ●牛女:牽牛と織女

7-66 《初月》 杜甫

光細弦初上。影斜輪未安。微升古塞外。已隱暮雲端。河漢不改色。關山空自寒。庭前有白露。暗滿菊花團。

《初月》
光 細くして 弦 初めて上り。影 斜めにして 輪 未だ安からず。微かに升る 古塞の外。已に隠る 暮雲の端。河漢 色を改めず。関山 空しく自づから寒し。庭前 白露 有り。暗に菊花に満ちて団なり。

※●初月:新月。三日月 ●河漢:天の川

7-67 《擣衣》 杜甫

亦知戍不返。秋至拭淸砧。已近苦寒月。況經長別心。寧辭擣衣倦。一寄塞垣深。用盡閨中力。君聽空外音。

《擣衣》
亦た知る 戍の返らざるを。秋 至りて 清砧を拭ふ。已に近し 苦寒の月。況んや 長別の心を経たるをや。寧ぞ辞せん 擣衣に倦むを。一に塞垣の深きに寄す。用い尽くす 閨中の力。君 聴け 空外の音。

※●戍:辺境の守備兵。主人公の夫 ●空外音:天の外、空のかなたの音。主人公が衣を打つ音

7-68 《歸燕》 杜甫

不獨避霜雪。其如儔侶稀。四時無失序。八月自知歸。春色豈相訪。眾雛還識機。故巢儻未毀。會傍主人飛。

《帰燕》
独り霜雪を避くるのみならず。其れ儔侶の稀なるを如んせん。四時 序を失ふこと無く。八月 自づから帰るを知る。春色にも 豈に相ひ訪はんや。衆雛も 還た機を識る。故巣 倘し未だ毀たれずんば。会らず主人に傍ひて飛ばん。

※●其如:如は如何に同じ ●春色:来年の春景色

7-69 《促織》 杜甫

促織甚微細。哀音何動人。草根吟不穩。牀下意相親。久客得無淚。故妻難及晨。悲絲與急管。感激異天眞。

《促織》
促織は 甚だ微細にして。哀音 何ぞ人を動かす。草根 吟 穏かならず。床下 意 相ひ親しむ。久客 涙無きを得んや。故妻 晨に及び難し。悲糸と急管と。感激 天真に異なる。

※●促織:キリギリス ●難及晨:朝まで我慢して聞いていられない ●天眞:天然のもの。キリギリスの鳴き声のこと

7-70 《螢火》 杜甫

幸因腐草出。敢近太陽飛。未足臨書卷。時能點客衣。隨風隔幔小。帶雨傍林微。十月淸霜重。飄零何處歸。

《蛍火》
幸ひに 腐草に因りて出づ。敢へて太陽に近づきて飛ばんや。未だ書巻に臨むに足らざるも。時に能く客衣に点ず。風に随ひて 幔を隔てて小さく。雨を帯びて林に傍ひて微なり。十月 清霜 重し。飄零して何処にか帰る。

※●因腐草出:ホタルは腐った草から生じると考えられていた

7-71 《蒹葭》 杜甫

摧折不自守。秋風吹若何。暫時花戴雪。幾處葉沈波。體弱春苗早。叢長夜露多。江湖後搖落。亦恐歲蹉跎。

《蒹葭》
摧折 自ら守らず。秋風 吹くも若何せん。暫時 花 雪を戴き。幾処か 葉 波に沈む。体 弱くして 春苗 早く。叢 長くして 夜露 多し。江湖 揺落に後るるも。亦た恐る 歳に蹉跎たらんことを。

※●蒹葭:アシ ●江湖:長江、洞庭湖のあたり ●歲蹉跎:年ごとにつまづき、おちぶれる

7-72 《苦竹》 杜甫

靑冥亦自守。軟弱强扶持。味苦夏蟲避。叢卑春鳥疑。軒墀曾不重。剪伐欲無辭。幸近幽人屋。霜根結在兹。

《苦竹》
青冥にも 亦た自ら守り。軟弱なるも 強ひて扶持す。味 苦くして 夏虫 避け。叢 卑くして 春鳥 疑ふ。軒墀 曽て重んぜず。剪伐も 辞する無からんと欲す。幸ひに近し 幽人の屋。霜根 結んで兹に在り。

※●苦竹:マダケの別名。収穫後時間を経過したタケノコの苦味が強く食用に適さない ●靑冥:本来は青空の意。ここでは山深い高所の青々した気 ●軒墀:階上の堂の入口の前にある石庭で軒のあるもの。富貴の家をさす ●剪伐欲無辭:役に立つ用途があるなら伐採されることも辞さない。竹の気持ち

巻8

8-1 《除架》 杜甫

束薪已零落。瓠葉轉蕭疎。幸結白花了。寧辭靑蔓除。秋蟲聲不去。暮雀意何如。寒事今牢落。人生亦有初。

《架を除く》
束薪 已に零落し。瓠葉 転た蕭疎たり。幸ひに 白花を結び了る。寧ぞ青蔓の除かるるを辞せん。秋虫 声 去らず。暮雀 意 何如。寒事 今 牢落たり。人生も亦た初め有り。

※●架:たな。ここでは瓢の栽培のための棚 ●束薪:束ねた薪。棚の材料 ●有初:栄えていた初めのころがあった。詩経に「靡不有初 鮮克有終」という

8-2 《廢畦》 杜甫

秋蔬擁霜露。豈敢惜凋殘。暮景數枝葉。天風吹汝寒。綠霑泥滓盡。香與歲時闌。生意春如昨。悲君白玉盤。

《廃畦》
秋蔬 霜露に擁せらる。豈に敢へて凋残を惜しまんや。暮景 数枝葉。天風 汝を吹きて寒し。緑は 泥滓に霑ほされて尽き。香は 歳時と与に闌なり。生意 春は昨の如し。悲しむ 君が白玉の盤。

※●廢畦:すたれた畑のうね ●汝:秋蔬をさす ●泥滓:泥水、濁水 ●闌:ピークを過ぎる ●如昨:昨日のことのよう ●白玉盤:唐の朝廷では、立春節に白玉づくりの大皿に野菜を以て群臣に頒ち賜った

8-3 《夕烽》 杜甫

夕烽來不近。每日報平安。塞上傳光小。雲邊落點殘。照秦通警急。過隴自艱難。聞道蓬萊殿。千門立馬看。

《夕烽》
夕烽 来たること近からず。毎日 平安を報ず。塞上 光を伝ふること小さく。雲辺 落点 残す。秦を照らして 警急を通ず。隴を過ぐるは 自づから艱難なり。聞くならく 蓬萊殿。千門 馬を立てて看ると。

※●報平安:唐代、鎮戌は毎日初夜(日没~日出までの時間を5等分したうちの最初の時間帯)に平安火(無事を伝える烽火)をあげた ●照秦通警急:警急を通報する烽火が長安を照らし出す ●蓬萊殿:長安にあった宮殿

8-4 《秋笛》 杜甫

淸商欲盡奏。奏苦血霑衣。他日傷心極。征人白骨歸。相逢恐恨過。故作發聲微。不見秋雲動。悲風稍稍飛。

《秋笛》
清商 尽く奏せんと欲す。奏 苦しくして 血 衣を霑ほす。他日 傷心の極み。征人の白骨 帰る。相ひ逢ひて 恨みの過ぐるを恐れ。故らに発声の微なるを作す。見ずや 秋雲の動きて。悲風に 稍稍として飛ぶを。

※●淸商:清らかな商の音。商は五音のひとつ。五行の金に属し、四季では秋、方角では西にあたる ●恨過:恨めしい気持ちが過度に起こる ●稍稍:次第に

8-5 《日暮》 杜甫

日暮風亦起。城頭烏尾訛。黃雲高未動。白水巳揚波。羌婦語還笑。胡兒行且歌。將軍別換馬。夜出擁雕戈。

《日暮》
日暮れて 風 亦た起こり。城頭 烏尾 訛(ウゴ)く。黄雲 高くして未だ動かず。白水 已に波を揚ぐ。羌婦 語りて還た笑ひ。胡児 行くゆく且つ歌ふ。将軍 別に馬を換へ。夜 出でて 雕戈を擁す。

※●換馬:普段乗っている馬から戦場で乗る馬に乗り換える

8-6 《野望》 杜甫

淸秋望不極。迢遞起層陰。遠水兼天淨。孤城隱霧深。葉稀風更落。山迥日初沈。獨鶴歸何晚。昏鴉已滿林。

《野望》
清秋 望み極まらず。迢逓として 層陰 起こる。遠水 兼ねて 天 浄く。孤城 隠れて 霧 深し。葉 稀にして 風 更に落とし。山 迥かにして 日 初めて沈む。独鶴 帰ること何ぞ晩き。昏鴉 已に林に満つ。

※●遠水兼天淨・孤城隱霧深:「遠水 天の浄きを兼ね。孤城 霧の深きに隠る」と訓むも可能だが、豹軒は他詩の例も挙げて上掲の訓みを採る

8-7 《空囊》 杜甫

翠柏苦猶食。明霞高可餐。世人共鹵莽。吾道屬艱難。不爨井晨凍。無衣牀夜寒。囊空恐羞澁。留得一錢看。

《空囊》
翠柏 苦きも猶ほ食す。明霞 高きも餐すべし。世人 共に鹵莽にして。吾が道 艱難に属す。爨せずして 井 晨に凍り。衣 無くして 床 夜に寒し。囊 空しくば 恐らくは羞渋ならん。一銭を留め得て看る。

※●明霞:鮮やかな朝焼けの雲。仙人は霞を食べる ●鹵莽:粗末でおろそか ●爨:かしぐ。竈に火を焚く ●羞澁:恥ずかしくてはにかむさま

8-8 《病馬》 杜甫

乘爾亦巳久。天寒關塞深。塵中老盡力。歲晚病傷心。毛骨豈殊眾。馴良猶至今。物微意不淺。感動一沈吟。

《病馬》
爾に乗るも亦た已に久し。天 寒くして 関塞 深し。塵中 老いて力を尽くし。歳晩 病みて心を傷(ソコナ)ふ。毛骨 豈に衆と殊ならんや。馴良 猶ほ今に至る。物 微なるも 意 浅からず。感動して 一に沈吟す。

※●毛骨豈殊眾:他と比べて特にすぐれた素質があるわけではない ●物微:一頭の病馬などは大して価値のあるものではない

8-9 《蕃劍》 杜甫

致此自僻遠。又非珠玉裝。如何有奇怪。每夜吐光芒。虎氣必騰上。龍身寧久藏。風塵苦未息。持汝奉明王。

《蕃剣》
此れを致すは僻遠よりす。又た珠玉の装に非ず。如何ぞ 奇怪 有りて。毎夜 光芒を吐く。虎気 必ず騰上せん。竜身 寧ぞ久しく蔵せんや。風塵 未だ息まざるに苦しむ。汝を持して明王に奉ぜん。

※●虎氣:剣の気をいう。呉王闔閭死して剣とともに葬ったところ、白虎がそのうえにうずくまったという虎邱の故事から ●龍身:剣身 ●

8-10 《銅甁》 杜甫

亂後碧井廢。時淸瑤殿深。銅甁未失水。百丈有哀音。側想美人意。應悲寒甃沈。蛟龍半缺落。猶得折黃金。

《銅瓶》
乱後 碧井 廃す。時 清きとき 瑶殿 深し。銅瓶 未だ水を失はず。百丈 哀音 有り。側(ホノ)かに想ふ 美人の意。応に寒甃の沈めるを悲しむなるべし。蛟竜 半ば欠落するも。猶ほ折黄金を得。

※●美人:当時の宮女 ●蛟龍:銅瓶の飾り彫刻 ●折黃金:折れた黄金。蛟龍の材料として使っていたもの

8-11 《送遠》 杜甫

帶甲滿天地。胡爲君遠行。親朋盡一哭。鞍馬去孤城。草木歲月晚。關河霜雪淸。別離巳昨日。因見古人情。

《送遠》
帯甲 天地に満つ。胡為れぞ 君 遠く行く。親朋 尽く一哭し。鞍馬 孤城を去る。草木 歳月 晩れ。関河 霜雪 清し。別離 已に昨日。因りて見る 古人の情。

※●帶甲:鎧をつけた者、兵士 ●古人情:いにしえの人のような厚い人情。「故人情」に作る本もあり、そのほうが意味はわかりやすい

8-12 《送人從軍》 杜甫

弱水應無地。陽關巳近天。今君度砂磧。累月斷人煙。好武寧論命。封侯不計年。馬寒防失道。雪沒錦鞍韉。

《人の従軍するを送る》
弱水 応に 地 無かるべし。陽関 已に天に近し。今 君 砂磧を度り。累月 人煙 断ゆ。好武 寧んぞ命を論ぜん。封侯 年を計らず。馬 寒くして 道を失ふを防げ。雪は没せん 錦鞍韉。

※原注に「時有吐蕃之役」とあり ●弱水:川の名。甘粛を流れる ●無地:沙ばかりでちゃんとした土地がない ●巳近天:陽関まで行けばもう天に近い。当時の考えでは西北へ行くほど天に近づくとされた ●論命:生死を問題にする ●封侯不計年:軍功により侯爵に封ぜられるのがいつの年になるかなど計画しない 

8-13 《示姪佐》 杜甫

多病秋風落。君來慰眼前。自聞茅屋趣。只想竹林眠。滿谷山雲起。侵籬澗水懸。嗣宗諸子姪。早覺仲容賢。

《姪佐に示す》
多病にして秋風 落つ。君 来りて 眼前に慰す。茅屋の趣あるを聞きしより。只だ想ふ 竹林に眠るを。谷に満ちて 山雲 起こり。籬を侵して澗水 懸る。嗣宗が諸子姪。早に仲容が賢なるを覚ゆ。

※原注に「佐草堂在東柯谷」とあり。東柯谷については秦州雑詩其十三等を参照 ●姪佐:甥の杜佐 ●茅屋:杜佐の草堂 ●嗣宗:阮籍の字。杜甫自身をたとえる ●仲容:阮籍の甥、阮咸の字。杜佐をたとえる

8-14 《佐還山後寄三首 其一》 杜甫

山晚黃雲合。歸時恐路迷。澗寒人欲到。林黑鳥應棲。野客茅茨小。田家樹木低。舊諳疎懶叔。須汝故相攜。

《佐の山に還りて後に寄す三首 其の一》
山 晩れて 黄雲 合す。帰る時 路の迷ふを恐る。澗 寒くして 人 到らんと欲し。林 黒くして 鳥 応に棲むなるべし。野客 茅茨 小さく。田家 樹木 低し。旧より諳んず 疎懶の叔が。汝の故らに相ひ携ふるを須つを。

※●佐:甥の杜佐 ●茅茨:茅葺の粗末な家

8-15 《佐還山後寄三首 其二》 杜甫

白露黃梁熟。分張素有期。巳應舂得細。頗覺寄來遲。味豈同金菊。香宜配綠葵。老人他日愛。正想滑流匙。

《佐の山に還りて後に寄す三首 其の二》
白露 黄梁 熟す。分張 素より期有り。已に応に舂き得て細なるべし。頗る覚ゆ 寄せ来たるの遅きを。味 豈に金菊に同じからんや。香 宜しく緑葵に配すべし。老人 他日より愛す。正に想ふ 滑 匙に流るるを。

※●分張:もとは分離するの意。転じて分配、頒布すること ●他日:ここでは平生、普段の意

8-16 《佐還山後寄三首 其三》 杜甫

幾道泉澆圃。交橫落幔坡。葳蕤秋葉少。隱映野雲多。隔沼連香芰。通林帶女蘿。甚聞霜薤白。重惠意如何。

《佐の山に還りて後に寄す三首 其の三》
幾道かの 泉 圃に澆ぎ。交〻 横たはる 落幔の坡。葳蕤として 秋葉 少なく。隠映して 野雲 多し。沼を隔てて 香芰に連なり。林に通じて 女蘿を帯ぶ。甚だ聞く 霜薤の白きを。重ねて恵むの意 如何。

※●葳蕤:盛んなるさま、あるいは、しなだれる。豹軒は前者を採る ●秋葉少:「少」を「小」に作る本あり、豹軒「小」に従うべしと言い、葉が小さければ根が大きいと言う ●野雲:豹軒は実景ではなく、薤(ラッキョウ)の葉の叢生するさまのたとえとする ●重惠:前詩の黄粱に加えてラッキョウも恵む

8-17 《從人覓小胡孫許寄》 杜甫

人說南州路。山猿樹樹懸。擧家聞若咳。爲寄小如拳。預哂愁胡面。初調見馬鞭。許求聰慧者。童稚捧應癲。

《人に従ひて小胡孫を覓むるに 寄するを許さる》
人は説く 南州の路。山猿 樹樹に懸ると。家を挙げて 咳する若きを聞かんとす。為めに寄せよ 小さきこと拳の如きを。預め哂ふ 愁胡の面。初め調するに 馬鞭を見ん。聡慧の者を求むるを許す。童稚 捧げて応に癲するなるべし。

※●小胡孫:小さなサル ●若咳:サルの鳴き声が咳払いのようである ●癲:喜びのあまり正気を失う

8-18 《秋日阮隱居致薤三十束》 杜甫

隱者柴門內。畦蔬遶舍秋。盈筐承露薤。不待致書求。束比靑芻色。圓齊玉筯頭。衰年關鬲冷。味暖倂無憂。

《秋日 阮隠居 薤三十束を致す》
隠者 柴門の内。畦蔬 舎を遶りて秋なり。盈筐 露薤を承く。書を致して求むるを待たず。束は比す 青芻の色に。円は斉し 玉筯の頭に。衰年 関鬲 冷やかなり。味暖 併せて憂ひ無し。

※原注に「隱居名昉。秦州人」とあり ●盈筐:かごいっぱいに ●靑芻:刈りたての青い草 ●圓:ラッキョウの根のまるさ ●關鬲:関節や胸膈(横隔膜) ●味暖:味わいと暖かさ。薤は体を温める食材とされる

8-19 《秦州見敕目薛三璩授司議郞畢四曜除監察與二子有故遠喜遷官兼述索居凡三十韻》 杜甫

大雅何寥闊。斯人尙典型。交期余潦倒。材力爾精靈。二子聲同日。諸生困一經。文章開穾奧。遷擢潤朝廷。舊好何由展。新詩更憶聽。別來頭倂白。相見眼終靑。伊昔貧皆甚。同憂歲不寧。栖遑分半菽。浩蕩逐流萍。俗態猶猜忌。妖氛忽杳冥。獨慙投漢閣。俱議哭秦庭。還蜀秪無補。囚梁亦固扃。華夷相混合。宇宙一羶腥。帝力收三統。天威總四溟。舊都俄望幸。淸廟肅惟馨。雜種雖高壘。長驅甚建瓴。焚香淑景殿。漲水望雲亭。法駕初還日。羣公若會星。宮臣仍點染。柱史正零丁。官忝趨棲鳳。朝回歎聚螢。喚人看騕褭。不嫁惜娉婷。掘獄知埋劍。提刀見發硎。侏儒應共飽。漁父忌偏醒。旅泊窮淸渭。長吟望濁涇。羽書還似急。烽火未全停。師老資殘寇。戎生及近坰。忠臣詞憤激。烈士涕飄零。上將盈邊鄙。元勳溢鼎銘。仰思調玉燭。誰定握靑萍。隴俗輕鸚鵡。原情類鶺鴒。秋風動關塞。高臥想儀形。

《秦州にて勅目を見るに 薛三璩は司議郎を授けられ 畢四曜は監察に除せらる。二子と故有り 遠く遷官を喜び 兼ねて索居を述ぶ。凡そ三十韻》
大雅 何ぞ寥闊なる。斯の人 尚ほ典型。交期 余 潦倒。材力 爾 精霊。二子 同日に声あり。諸生 一経に困す。文章 穾奥を開き。遷擢 朝廷より潤さる。旧好 何に由りてか展べん。新詩 更に聴くを憶ふ。別来 頭 併せて白く。相ひ見ば 眼 終に青からん。伊れ昔 貧 皆 甚だしく。同じく憂ふ 歳の寧からざるを。栖遑 半菽を分かち。浩蕩 流萍を逐ふ。俗態 猶ほ猜忌し。妖氛 忽ち杳冥。独り慙づ 漢閣より投ずるを。俱に議す 秦庭に哭するを。蜀に還るも 秪だ補ひ無く。梁に囚はるるも亦た固より扃さる。華夷 相ひ混合し。宇宙 一に羶腥なり。帝力 三統を収め。天威 四溟を総ぶ。旧都 俄かに幸を望み。清廟 惟馨を肅しむ。雑種 塁を高くすと雖も。長駆 瓴を建つるより甚し。香を焚く 淑景殿。水を漲らす 望雲亭。法駕 初めて還るの日。群公 会星の若し。宮臣 仍ち点染し。柱史 正に零丁たり。官は忝くす 棲鳳に趨るを。朝より回りて聚蛍を歎ず。人を喚びて騕褭を看せしむ。嫁せざるに 娉婷を惜しむ。獄を掘りて埋剣を知り。刀を提げて発硎を見る。侏儒 応に共に飽くなるべし。漁父 偏醒を忌む。旅泊 清渭を窮め。長吟 濁涇を望む。羽書 還た急なるに似て。烽火 未だ全くは停まず。師 老いて 残寇に資し。戎 生じて 近坰に及ぶ。忠臣の詞 憤激し。烈士の涕 飄零す。上将 辺鄙に盈ち。元勲 鼎銘に溢る。仰いで思ふ 玉燭の調はんことを。誰か定めて青萍を握らん。隴俗 鸚鵡を軽んず。原情 鶺鴒に類す。秋風 関塞に動き。高臥して 儀形を想ふ。

※●薛三璩:薛拠(璩)。杜甫の友人。「璩」を「據」に作る本あり、豹軒も「據に作るべし」とする ●司議郞:官名。東宮の官属 ●畢四曜:畢曜。杜甫の友人 ●監察:観察御史 ●大雅:文章雅正の道 ●寥闊:さびしいさま ●穾奧:室の西南隅と東南隅。ここは文章の奥深い道をたとえていう ●栖遑:せわしきさま ●半菽:野菜に半分豆を混ぜること。貧しくて食物に乏しいさまをいう ●投漢閣:漢の揚雄が連座により捕らえられようとするに及んで天禄閣の上から身を投げた故事。杜甫が賊軍の中を逃げ回ったことを指す ●哭秦庭:春秋時代、呉に攻め込まれて都を落とされた楚の臣、申包胥が秦に赴き援軍を乞い七日間哭してついに受け入れられた故事 ●還蜀:司馬相如が志を遂げて故郷の蜀に錦を飾った故事。杜甫が左拾遺の官を得て羌村の自宅に帰った当時のことを指す ●無補:朝廷の事に何等の補益なかったの意 ●囚梁亦固扃:漢の鄒陽が、梁の孝王のために獄に下された故事。薛・畢の二氏も賊軍に拘禁されたものか ●三統:天地人の三統、夏殷周の三暦 ●舊都俄望幸:乾元元年10月、粛宗、長安に帰還 ●惟馨:祭供をいう。書経に「黍稷非馨、明徳惟馨」とあるによる ●雜種:賊軍の頭領らをいう ●甚建瓴:屋根の上の樋を高く建ててまっすぐに水を落とすよりも勢いが甚だしい。官軍の勢いをいう ●宮臣:現在東宮に仕える薛拠をさす ●點染:シミ、汚れ。汚点。賊軍に仕えたとみなされていたことをいう ●柱史:現在御史の官にある畢曜をさす ●騕褭:日に千里ゆく名馬。薛・畢二氏をたとえる ●娉婷:女子の美しいさま。二氏を嫁入り先のない美人にたとえる ●靑萍:剣の名 ●鸚鵡:鸚鵡の賦を作った禰衡のこと。杜甫をたとえる ●鶺鴒:兄弟助け合うことの象徴。杜甫から二氏に援助をもとめる気持ちをあらわす

8-20 《寄彭州高三十五使君適虢州岑二十七長史參三十韻》 杜甫

故人何寂寞。今我獨凄涼。老去才雖盡。秋來興甚長。物情尤可見。詞客未能忘。海內知名士。雲端各異方。高岑殊緩步。沈鮑得同行。意愜關飛動。篇終接混茫。擧天悲富駱。近代惜盧王。似爾官仍貴。前賢命可傷。諸侯非棄擲。半刺已翺翔。詩好幾時見。書成無信將。男兒行處是。客子鬭身强。羇旅推賢聖。沈綿抵咎殃。三年猶瘧疾。一鬼不銷亡。隔日搜脂髓。增寒抱雪霜。徒然潛隙地。有靦屢鮮妝。何太龍鍾極。於今出處妨。無錢居帝里。盡室在邊疆。劉表雖遺恨。龐公至死藏。心微傍魚鳥。肉瘦怯豺狼。隴草蕭蕭白。洮雲片片黃。彭門劍閣外。虢略鼎湖旁。荆玉簪頭冷。巴牋染翰光。烏麻蒸續曬。丹橘露應嘗。豈異神仙宅。俱兼山水鄕。竹齋燒藥竈。花嶼讀書牀。更得淸新否。遙知對屬忙。舊官寧改漢。淳俗本歸唐。濟世宜公等。安貧亦士常。蚩尤終戮辱。胡羯漫猖狂。會待妖氛靜。論文暫裹糧。

《彭州の高三十五使君適・虢州の岑二十七長史参に寄す三十韻》
故人 何ぞ寂寞たる。今 我 独り凄涼たり。老い去って 才 尽くと雖も。秋来 興 甚だ長し。物情 尤も見るべく。詞客 未だ忘るる能はず。海内 知名の士。雲端 各〻異方。高岑 殊に緩歩す。沈鮑 同行を得。意 愜ひて 飛動に関し。篇 終りて 混茫に接す。挙天 富駱を悲しみ。近代 盧王を惜しむ。爾が似きは 官 仍ほ貴し。前賢 命 傷むべし。諸侯は 棄擲せらるに非ず。半刺 已に翺翔す。詩 好きも 幾時か見ん。書 成りて 信の将ゐる無し。男児 行く処 是なり。客子 身強を闘はす。羇旅 賢聖を推し。沈綿 咎殃に抵る。三年 猶ほ瘧疾。一鬼 銷亡せず。隔日 脂髄を捜し。増寒 雪霜を抱く。徒然として隙地に潜み。有靦 屢〻鮮粧。何ぞ太だ竜鍾 極まる。今に於て出処 妨げらる。銭の 帝里に居るべき無く。室を尽くして辺疆に在り。劉表 恨みを遺すと雖も。龐公 死に至るまで蔵す。心 微にして 魚鳥に傍ひ。肉 痩せて 豺狼を怯る。隴草 蕭蕭として白く。洮雲 片片 黄なり。彭門 剣閣の外。虢略 鼎湖の旁。荊玉 頭に簪して冷やかに。巴牋 翰を染めて光る。烏麻 蒸して晒を続ぎ。丹橘 露に応に嘗むべし。豈に神仙の宅に異ならんや。俱に山水の郷を兼ぬ。竹斎 焼薬の竈。花嶼 読書の床。更に清新を得るや否や。遥かに知る 対属の忙しきを。旧官 寧ぞ 漢を改めんや。淳俗 本 唐に帰す。世を済ふは公等に宜し。貧に安んずるも亦た士の常なり。蚩尤 終に戮辱せられん。胡羯 漫りに猖狂なり。会らず妖氛の静まるを待ち。文を論ずるに暫く糧を裹まん。

※●彭州:四川の地名 ●高三十五使君適:高適。乾元元年5月から彭州刺史 ●虢州:河南の地名 ●岑二十七長史參:岑参。乾元2年4月から虢州長史 ●沈鮑:梁の沈約と宋の鮑照 ●富駱:富嘉謨と駱賓王。富嘉謨は経術に基づく文章で知られた。駱賓王は初唐四傑のひとり ●盧王:盧照隣と王勃。いずれも初唐四傑 ●諸侯:州の刺史をいう ●半刺:長史の官をさす。その任が刺史の半分であるということから ●搜脂髓:瘧鬼が人体の脂や髄をさぐる ●潛隙地:誰もいない空地に隠れる。瘧を避ける方法という ●有靦:靦は面目の醜いさま。詩経に「爲鬼爲蜮、有靦面目」とあり ●劉表・龐公:「遣興五首其二」を参照 ●對屬:対句を作ること

8-21 《寄岳州賈司馬六丈巴州嚴八使君兩閣老五十韻》 杜甫

衡岳啼猿裏。巴州鳥道邊。故人俱不利。謫宦兩悠然。開闢乾坤正。榮枯雨露偏。長沙才子遠。釣瀨客星懸。憶昨趨行殿。殷憂捧御筵。討胡愁李廣。奉使待張騫。無復雲臺仗。虛修水戰船。蒼茫城七十。流落劍三千。畫角吹秦晉。旄頭俯澗瀍。小儒輕董卓。有識笑苻堅。浪作禽塡海。那將血射天。萬方思助順。一鼓氣無前。陰散陳倉北。晴曛太白巓。亂麻屍積衞。破竹勢臨燕。法駕還雙闕。王師下八川。此時霑奉引。佳氣拂周旋。貔虎開金甲。麒麟受玉鞭。侍臣諳入仗。廏馬解登仙。花動朱樓雪。城凝碧樹煙。衣冠心慘愴。故老淚潺湲。哭廟悲風急。朝正霽景鮮。月分梁漢米。春給水衡錢。內蕊繁於纈。宮莎軟勝綿。恩榮同拜手。出入最隨肩。晚著華堂醉。寒重繡被眠。轡齊兼秉燭。書枉滿懷牋。每覺昇元輔。深期列大賢。秉鈞方咫尺。鎩翮再聯翩。禁掖朋從改。微班性命全。靑蒲甘受戮。白髮竟誰憐。弟子貧原憲。諸生老伏虔。師資謙未達。鄕黨敬何先。舊好腸堪斷。新愁眼欲穿。翠乾危棧竹。紅膩小湖蓮。賈筆論孤憤。嚴詩賦幾篇。定知深意苦。莫使眾人傳。貝錦無停織。朱絲有斷絃。浦鷗防碎首。霜鶻不空拳。地僻昏炎瘴。山稠隘石泉。且將棊度日。應用酒爲年。典郡終微眇。治中實棄捐。安排求傲吏。比興展歸田。去去才難得。蒼蒼理又玄。古人稱逝矣。吾道卜終焉。隴外翻投跡。漁陽復控弦。笑爲妻子累。甘與歲時遷。親故行稀少。兵戈動接連。他鄕饒夢寐。失侶自迍邅。多病加淹泊。長吟阻靜便。如公盡雄俊。志在必騰騫。

《岳州の賈司馬六丈・巴州の厳八使君 両閣老に寄す五十韻》
衡岳は 啼猿の裏。巴州は 鳥道の辺。故人 俱に利あらず。謫宦 両りながら悠然。開闢 乾坤 正しく。栄枯 雨露 偏なり。長沙に 才子 遠く。釣瀬に 客星 懸る。憶ふ 昨 行殿に趨り。殷憂 御筵を捧げしを。胡を討つに 李広を愁ひ。使を奉ずるに 張騫を待つ。復た 雲台の仗 無く。虚しく 水戦の船を修む。蒼茫 城 七十。流落 剣 三千。画角 秦晋に吹かる。旄頭 澗瀍に俯す。小儒 董卓を軽んじ。有識 苻堅を笑ふ。浪りに禽の海に塡するを作す。那ぞ血を将って天を射るや。万方 順を助くるを思ひ。一鼓 気 前を無みす。陰は散ず 陳倉の北。晴は曛ず 太白の巓。乱麻 屍 衛に積み。破竹 勢ひ 燕に臨む。法駕 双闕に還り。王師 八川に下る。此の時 奉引に霑ふ。佳気 払ひて周旋す。貔虎 金甲 開き。麒麟 玉鞭を受く。侍臣 入仗を諳んじ。厩馬 登仙を解す。花は動く 朱楼の雪。城には凝る 碧樹の煙。衣冠 心 惨愴。故老 涙 潺湲たり。哭廟 悲風 急に。朝正 霽景 鮮かなり。月に分かつ 梁漢の米。春には給す 水衡の銭。内蕊 纈より繁く。宮莎 軟かなること綿に勝る。恩栄 同じく拝手し。出入 最も肩を随ふ。晩には著す 華堂の酔ひ。寒には繡被を重ねて眠る。轡 斉しくして 兼ねて燭を秉り。書は枉ぐ 満懐の牋。毎に覚ゆ 元輔に昇らんことを。深く期す 大賢に列せられんと。秉鈞 方に咫尺。鎩翮 再び聯翩たり。禁掖 朋従 改まり。微班 性命 全し。青蒲 甘んじて戮を受く。白髪 竟に誰か憐まん。弟子 原憲 貧しく。諸生 伏虔 老ゆ。師資 謙して未だ達せずとす。郷党 敬すること何ぞ先にす。旧好 腸 断ゆるに堪へたり。新愁 眼 穿たれんと欲す。翠は乾く 危桟の竹。紅は膩なり 小湖の蓮。賈筆 孤憤を論じ。厳詩 賦すること幾篇ぞ。定めて知る 深意の苦しめるを。衆人をして伝へしむる莫れ。貝錦 停織 無く。朱糸 断絃 有り。浦鷗 砕首を防ぎ。霜鶻 空拳ならず。地 僻にして 炎瘴 昏く。山 稠くして 石泉 隘し。且つ棋を将って日を度るならん。応に酒を用ひて年と為すなるべし。典郡 終に微眇なり。治中 実に棄捐せらる。安排 傲吏を求め。比興 帰田を展ぶ。去去 才 得難く。蒼蒼 理 又た玄なり。古人 逝矣を称し。吾が道 終焉を卜す。隴外 翻って跡を投じ。漁陽 復た弦を控く。笑ふ 妻子に累せらるるを為すを。甘んじて歳時と与に遷る。親故 行くゆく稀少にして。兵戈 動もすれば接連す。他郷 夢寐 饒く。侶を失ひて 自づから迍邅なり。多病 淹泊を加へ。長吟 静便を阻まる。公の如きは尽く雄俊なり。志 必ず騰騫するに在らん。

※●岳州賈司馬六丈:岳州司馬の賈至 ●巴州嚴八使君:巴州刺史の厳武 ●長沙才子遠:漢の賈誼が長沙に流されたことをいい、賈至をたとえる ●釣瀨客星懸:後漢の光武帝の旧友厳光の故事。厳武をたとえる ●李廣:漢代の名将。哥舒翰をたとえる。哥舒翰は潼関に安禄山を防ぐことを命じられたが敗れた ●張騫:漢の武帝の命を受け西域に使いした。回紇に援兵を求めたことをたとえる ●董卓・苻堅:後漢末の董卓と、五胡十六国時代に一時華北を統一した前秦の苻堅。いずれも長安に拠り、最後は家臣に殺された。安禄山とその後継者らをたとえる ●屍積衞:乾元元年、郭子儀率いる官軍は衛州に賊軍を包囲し、来援した安慶緒の賊軍7万を破った ●伏虔:仇註も豹軒の字解も「伏」は「服」に作るべしとなす。服虔は後漢の儒者、左伝の解を作ったことで知られる ●騰騫:「騫」の字すでに押韻に使用しており不適。豹軒は「鶱」の誤りとする

8-22 《寄張十二山人彪三十韻》 杜甫

獨臥嵩陽客。三違潁水春。艱難隨老母。慘澹向時人。謝氏尋山屐。陶公漉酒巾。羣凶彌宇宙。此物在風塵。歷下辭姜被。關西得孟鄰。早通交契密。晚接道流新。靜者心多妙。先生藝絕倫。草書何太古。詩興不無神。曹植休前輩。張芝更後身。數篇吟可老。一字賣堪貧。將恐曾防寇。深潛託所親。寧聞倚門夕。盡力潔飧晨。疎懶爲名誤。驅馳喪我眞。索居尤寂寞。相遇益愁辛。流轉依邊徼。逢迎念席珍。時來故舊少。亂後別離頻。世祖修高廟。文公賞從臣。商山猶入楚。渭水不離秦。存想靑龍祕。騎行白鹿馴。耕巖非谷口。結草卽河濱。肘後符應験。囊中藥未陳。旅懷殊不愜。良覿眇無因。自古皆悲恨。浮生有屈伸。此邦今尙武。何處且依仁。鼓角凌天籟。關山倚月輪。官壕羅鎭磧。賊火近洮岷。蕭瑟論兵地。蒼茫鬬將辰。大軍多處所。餘孽尙紛綸。高興知籠鳥。斯文起獲麟。窮秋正搖落。回首望松筠。

《張十二山人彪に寄す三十韻》
独り臥す 嵩陽の客。三たび違ふ 潁水の春。艱難 老母に随ひ。惨澹 時人に向ふ。謝氏 山を尋ぬるの屐。陶公 酒を漉すの巾。群凶 宇宙に弥り。此の物 風塵に在り。歴下 姜被に辞し。関西 孟隣を得。早く交契を通ずること密に。晩に道流に接すること新たなり。静者 心 妙 多く。先生 芸 絶倫なり。草書 何ぞ太だ古なる。詩興 神 無くんばあらず。曹植 前輩 休む。張芝 更に後身あり。数篇 吟じて老すべし。一字 売れば貧なるに堪へたり。将恐 曽て寇を防ぐ。深く潜みて所親に託す。寧ぞ聞かんや 門に倚るの夕。力を尽くす 潔飧の晨。疎懶 名を誤らるるを為す。駆馳 我が真を喪ふ。索居 尤も寂寞。相ひ遇ひて 益〻 愁辛。流転 辺徼に依り。逢迎 席珍を念ふ。時 来りて 故旧 少なく。乱後 別離 頻なり。世祖 高廟を修め。文公 従臣を賞す。商山 猶ほ楚に入り。渭水 秦を離れず。想ひを存す 青竜の秘なるに。騎行す 白鹿の馴るるに。巌に耕すは谷口に非ず。草を結ぶは即ち河浜。肘後 符 応に験あるなるべし。囊中 薬 未だ陳ならず。旅懐 殊に愜はず。良覿 眇として因無し。古より皆 悲恨あり。浮生 屈伸 有り。此の邦 今 武を尚ぶ。何処にか且つ仁に依らん。鼓角 天籟を凌ぎ。関山 月輪に倚る。官壕 鎮磧に羅る。賊火 洮岷に近し。蕭瑟たり 論兵の地。蒼茫たり 闘将の辰。大軍 処所 多く。余孽 尚ほ紛綸たり。高興 籠鳥なるを知り。斯文 獲麟に起こらん。窮秋 正に揺落す。首を回して 松筠を望む。

※●張十二山人彪:張彪という隠者。潁水洛水の間に生まれ、天宝年間の末に母を奉じて乱を避けたという ●謝氏尋山屐:劉宋の謝霊運が山歩き用に特殊な下駄を作ったという故事 ●陶公漉酒巾:陶淵明が頭巾で酒を漉し、そのあと平気でそれをまたかぶったという故事 ●姜被:後漢の姜肱、継母に仕えて孝行を尽くしたことで知られた。兄弟四人同じ布被に寝たという ●孟鄰:孟子のお隣。孟母三遷の故事にちなみ、母を奉じて秦州に移ってきた張彪を孟子にたとえて、その隣人になれたという意味 ●張芝:後漢の人。草書にすぐれ、草聖と呼ばれた ●賣堪貧:古くは「賣」を「買」に作り、豹軒、これに従うべしとする。そうであれば、張彪の書は一字千金とも呼ばれたから、それを買えば貧乏になるのに十分な出費となるの意 ●世祖修高廟:世祖は後漢光武帝、高廟は漢の高祖の廟。粛宗が乾元元年4月に九廟を落成したことをたとえる ●文公賞從臣:春秋時代、晋の文公、長年諸国を放浪して国に帰るに及び、従者を賞した。至徳2年、玄宗・粛宗に従った諸臣に封爵を加えたことをたとえる ●獲麟:孔子が『春秋』の筆をおいた最後の言葉

8-23 《寄李十二白二十韻》 杜甫

昔年有狂客。號爾謫仙人。筆落驚風雨。詩成泣鬼神。聲名從此大。汩沒一朝伸。文彩承殊渥。流傳必絕倫。龍舟移棹晚。獸錦奪袍新。白日來深殿。靑雲滿後塵。乞歸優詔許。遇我宿心親。未負幽棲志。兼全寵辱身。劇談憐野逸。嗜酒見天眞。醉舞梁園夜。行歌泗水春。才高心不展。道屈善無鄰。處士禰衡俊。諸生原憲貧。稻粱求未足。薏苡謗何頻。五嶺炎蒸地。三危放逐臣。幾年遭鵩鳥。獨泣向麒麟。蘇武元還漢。黃公豈事秦。楚筵辭醴日。梁獄上書辰。巳用當時法。誰將此議陳。老吟秋月下。病起暮江濱。莫怪恩波隔。乘槎與問津。

《李十二白に寄す二十韻》
昔年 狂客 有り。爾を謫仙人と号す。筆 落つれば 風雨を驚かし。詩 成れば 鬼神を泣かしむ。声名 此れより大に。汩没 一朝に伸ぶ。文彩 殊渥を承く。流伝するは 必ず絶倫なり。竜舟 棹を移すこと晩く。獣錦 奪袍 新たなり。白日 深殿に来たり。青雲 後塵 満つ。帰るを乞ひて 優詔 許され。我に遇ひて 宿心 親しむ。未だ負かず 幽棲の志。兼ねて全うす 寵辱の身。劇談 野逸を憐み。嗜酒 天真を見る。酔舞す 梁園の夜。行歌す 泗水の春。才 高くして 心 展べず。道 屈して 善 隣無し。処士 禰衡 俊に。諸生 原憲 貧なり。稲粱 求むるに未だ足らず。薏苡 謗り何ぞ頻りなる。五嶺 炎蒸の地。三危 放逐の臣。幾年か鵩鳥に遭へる。独泣 麒麟に向ふ。蘇武 元 漢に還る。黄公 豈に秦に事へんや。楚筵 醴を辞せし日。梁獄 書を上りし辰。已に当時の法を用ふ。誰か此の議を将って陳せん。老吟 秋月の下。病起す 暮江の浜。怪しむ莫れ 恩波の隔たるを。槎に乗じて与(タメ)に津を問はん。

※●狂客:賀知章のこと。自ら四明狂客と号した ●汩沒:浮沈の意。ここでは沈の意を主とする ●移棹晚:玄宗が白蓮池に遊び、李白を呼び出したが、李白はすでに酔っぱらっており、高力士に支えられた李白が舟に乗るまで、舟を止めて待っていたという ●獸錦奪袍新:則天武后の時、臣下に詩を作らせ、出来たものに錦袍を賜った。東方虬が最初に詩を作り袍を賜ったが、次に出来た宋之問の詩のほうが優れていたため東方虬の袍を奪って新たに宋之問に賜った ●乞歸:実際には高力士の讒言により宮中を追放された ●禰衡:後漢末の文人。すぐれた才能で知られたが、傲岸不遜で曹操も持て余した ●原憲:孔子の門人 ●薏苡:ハトムギ。皮をむいた種子は生薬の薏苡仁(ヨクイニン)として知られる。後漢の馬援将軍が交趾(ベトナム)遠征の際に見つけて栽培用に種子を持ち帰ったが、これを誤解して、賄賂にもらった真珠を持って帰ったのだと謗る者がいたという。李白が受けた謗りをたとえる ●黃公:秦末、商山に隠遁した四皓のひとり ●楚筵辭醴:漢の穆生の故事 ●梁獄上書:漢の鄒陽の故事。楚筵・梁獄の二句、李白が永王璘の謀叛に加担していないことを主張する 

8-24 《所思》 杜甫

鄭老身仍竄。台州信始傳。爲農山澗曲。臥病海雲邊。世已疎儒素。人猶乞酒錢。徒勞望牛斗。無計斸龍泉。

《所思》
鄭老 身 仍ほ竄せらる。台州 信 始めて伝ふ。農と為る 山澗の曲。病に臥す 海雲の辺。世 已に儒素を疎んじ。人 猶ほ酒銭を乞(アタ)ふ。徒らに牛斗を望むに労す。竜泉を斸するに計 無し。

※原注に「得台州司戸䖍消息」とあり ●鄭老:鄭虔。貶せられて台州にあり ●儒素:儒者の素行 ●人:蘇源明 ●牛斗:星座の名。台州は牛斗の分野にあたる ●斸龍泉:龍泉は龍淵。唐の高祖李淵の諱を避けたもの。名剣の名。地をけずって剣を掘り出す。晋の孔章が牛斗を射る剣気を見て豊城の獄で剣を掘り出した故事にちなむ

8-25 《別贊上人》 杜甫

百川日東流。客去亦不息。我生苦飄蕩。何時有終極。贊公釋門老。放逐來上國。還爲世塵嬰。頗帶燋悴色。楊枝晨在手。豆子兩已熟。是身如浮雲。安可限南北。異縣逢舊友。初欣寫胸臆。天長關塞寒。歲暮饑凍逼。野風吹征衣。欲別向曛黑。馬嘶思故櫪。歸鳥盡斂翼。古來聚散地。宿昔長荆棘。相看俱衰年。出處各努力。

《別賛上人》
百川 日〻 東流し。客の去るも亦た息まず。我が生 飄蕩に苦しむ。何れの時か 終極 有らん。賛公は 釈門の老。放逐されて上国より来たる。還た世塵に嬰せられ。頗る燋悴の色を帯ぶ。楊枝 晨に手に在り。豆子 両たび已に熟す。是の身 浮雲の如し。安んぞ南北を限るべけん。異県 旧友に逢ひ。初めて欣ぶ 胸臆を写すを。天 長くして 関塞 寒く。歳暮 饑凍 逼る。野風 征衣を吹き。別れんと欲して 曛黒に向ふ。馬 嘶きて 故櫪を思ひ。帰鳥 尽く翼を斂む。古来 聚散の地。宿昔 荊棘 長ず。相ひ看るに 俱に衰年。出処 各〻 努力せん。

※●嬰:まつわる、つなぐ ●楊枝:送別のとき、柳の枝を折り輪にして帰還を願う ●豆子兩已熟:仇本は「兩」を「雨」に作り、底本も本文は「雨」とするが、豹軒の字解で、他本の「両」をよしとする。両を採れば、乾元元年長安で別れてから二回豆が熟したという意味になり文脈上矛盾がない。「雨」では文脈にそぐわないため、ここでは「兩」に従った ●古來聚散地:かつて諸友と集まり、また別れた地。長安の都

8-26 《兩當縣吳十侍御江上宅》 杜甫

寒城朝煙淡。山谷落葉赤。陰風千里來。吹汝江上宅。鵾鷄號枉渚。日色傍阡陌。借問持斧翁。幾年長沙客。哀哀失木狖。矯矯避弓翮。亦知故鄕樂。未敢思宿昔。昔在鳳翔都。共通金閨籍。天子猶蒙塵。東郊暗長㦸。兵家忌閒諜。此輩常接跡。臺中領擧劾。君必愼剖析。不忍殺無辜。所以分白黑。上官權許與。失意見遷斥。朝廷非不知。閉口休歎息。仲尼甘旅人。向子識損益。余時忝諍臣。丹陛實咫尺。相看受狼狽。至死難塞責。行邁心多違。出門無與適。於公負明義。惆悵頭更白。

《両当県の呉十侍御が江上の宅》
寒城 朝煙 淡く。山谷 落葉 赤し。陰風 千里より来たり。汝が江上の宅を吹く。鵾鶏 枉渚に号び。日色 阡陌に傍ふ。借問す 持斧の翁。幾年ぞ 長沙の客。哀哀たり 失木の狖。矯矯たり 避弓の翮。亦た故郷の楽しきを知れども。未だ敢へて宿昔を思はず。昔 鳳翔の都に在りて。共に金閨の籍を通ず。天子 猶ほ蒙塵。東郊 長㦸 暗し。兵家 間諜を忌む。此の輩 常に跡を接す。台中は 挙劾を領す。君 必ず 剖析を慎む。無辜を殺すに忍びず。所以に黒白を分つ。上官 権(カリ)に許与するも。意を失ひて遷斥せらる。朝廷 知らざるに非ず。口を閉ぢて歎息を休む。仲尼 旅人に甘んじ。向子 損益を識る。余 時に諍臣を忝くす。丹陛 実に咫尺。相ひ看て狼狽を受く。死に至るも責を塞ぎ難し。行邁 心 違ふこと多し。門を出づれば与に適ふもの無し。公に於て明義に負けり。惆悵 頭 更に白し。

※●兩當縣:漢中府鳳州に属す ●江上:嘉陵江のほとり ●鵾鷄:昆鶏、鶤鶏に同じ。大型のニワトリ ●持斧翁:漢の武帝のとき、繡衣の御史として知られる暴勝之は斧を持して盗賊の逐捕に当たった。呉侍御をたとえる ●長沙客:長沙に左遷された漢の賈誼のこと。呉侍御をたとえる ●失木狖:木から落ちたサル ●朝廷・閉口の二句:もと「向子識損益」の後にあったものを仇氏がここに引き上げた ●向子:後漢の向長。後漢書に「讀易至損益卦、喟然嘆曰、吾巳知富不如貧貴不如賤、但未知死何如生耳」とあり

8-27 《發秦州》 杜甫

我衰更懶拙。生事不自謀。無食問樂土。無衣思南州。漢源十月交。天氣如涼秋。草木未黃落。況聞山水幽。栗亭名更嘉。下有良田疇。充腸多薯蕷。崖蜜亦易求。密竹復冬筍。淸池可方舟。雖傷旅寓遠。庶遂平生遊。此邦俯要衝。實恐人事稠。應接非本性。登臨未銷憂。溪谷無異石。塞田始微收。豈復慰老夫。惘然難久留。日色隱孤戍。烏啼滿城頭。中宵驅車去。飮馬寒塘流。磊落星月高。蒼茫雲霧浮。大哉乾坤內。吾道長悠悠。

《秦州を発す》
我 衰へて更に懶拙なり。生事 自ら謀らず。食 無くして 楽土を問ひ。衣 無くして 南州を思ふ。漢源 十月の交。天気 涼秋の如し。草木 未だ黄落せず。況んや 山水の幽なるを聞くをや。栗亭 名 更に嘉し。下に良田疇 有り。腸に充つるに薯蕷 多く。崖蜜も亦た求め易し。密竹 復た冬筍あり。清池 舟を方(ナラ)ぶべし。旅寓の遠きを傷むと雖も。庶はくは 平生の遊を遂げん。此の邦 要衝に俯し。実に人事の稠きを恐る。応接 本性に非ず。登臨 未だ憂ひを銷せず。渓谷 異石 無く。塞田 始めて微しく収む。豈に復た老夫を慰めんや。惘然 久しく留まり難し。日色 孤戍に隠れ。烏 啼きて 城頭に満つ。中宵 車を駆り去り。馬に飲ふ 寒塘の流れ。磊落として星月 高く。蒼茫として 雲霧 浮ぶ。大なるかな 乾坤の内。吾が道 長く悠悠たり。

※原注に「乾元二年、自秦州赴同谷縣、紀行」とあり ●漢源:漢水の水源地 ●栗亭:県の名。秦州から百九十里 ●充腸:仇本は「克腸」に作る。この異同について豹軒の字解に説明なし ●薯蕷:ヤマノイモ ●崖蜜:ミツバチが崖に作った巣の密 ●微收:仇本は「徵收」に作る。この異同について豹軒の字解に説明なし 

8-28 《赤谷》 杜甫

天寒霜雪繁。遊子有所之。豈但歲月暮。重來未有期。晨發赤谷亭。險艱方自兹。亂石無改轍。我車已載脂。山深苦多風。落日童稚飢。悄然村墟迥。煙火何由追。貧病轉零落。故鄕不可思。常恐死道路。永爲高人嗤。

《赤谷》
天 寒くして霜雪 繁し。遊子 之く所有り。豈に但だ歳月の暮るるのみならんや。重ねて来たらんこと未だ期有らず。晨に発す 赤谷の亭。険艱 方に兹れよりす。乱石 改轍 無く。我が車 已に載ち脂さす。山 深くして 風 多きに苦しむ。落日 童稚 飢う。悄然たり 村墟 迥かなるに。煙火 何に由りてか追はん。貧病 転た零落し。故郷 思ふべからず。常に恐る 道路に死して。永く高人に嗤はるるを為さんことを。

※●赤谷:秦州の西南七里にあり、中に川ありという ●無改轍:轍を別に作ることをしない、すでにある轍に従う、同じ道を行く

8-29 《鐵堂峽》 杜甫

山風吹遊子。縹緲乘險絕。硤形藏堂隍。壁色立積鐵。徑摩穹蒼蟠。石與厚地裂。修纖無垠竹。嵌空太始雪。威遲哀壑底。徒旅慘不悅。水寒長冰橫。我馬骨正折。生涯抵弧矢。盜賊殊未滅。飄蓬踰三年。回首肝肺熱。

《鉄堂峡》
山風 遊子を吹き。縹緲として険絶に乗ず。硤形 堂隍を蔵し。壁色 積鉄を立つ。径は 穹蒼を摩して蟠り。石は 厚地と与に裂く。修繊なり 無垠の竹。嵌空なり 太始の雪。威遅たり 哀壑の底。徒旅 惨として悦ばず。水 寒くして 長氷 横たはり。我が馬 骨 正に折る。生涯 弧矢に抵り。盗賊 殊に未だ滅せず。飄蓬 三年を踰ゆ。首を回らせば 肝肺 熱す。

※●鐵堂峽:秦州の西南六十里にある峡谷 ●硤形:硤はここでは峡の意味に用いる。豹軒は写訛の可能性ありとす ●積鐵:積み重ねた鉄。仇本は旧本の「精」を「積」に改めた(この句の五字すべて入声であるのは読むに順ならずとの理由)が、豹軒はこれに従わない ●嵌空:玲瓏なるさま ●太始雪:天地のはじめ以来融けない雪 ●弧矢:易繋辞の「弧矢之利、以威天下」を借りて、官軍が武威をふるって賊軍を討つことをいう。すなわち、生涯の中心時期が安史の乱に重なるということ

8-30 《鹽井》 杜甫

鹵中草木白。靑者官鹽煙。官作旣有程。煮鹽煙在川。汲井歲搰搰。出車日連連。自公斗三百。轉致斛六千。君子愼止足。小人苦喧闐。我何良歎嗟。物理固自然。

《塩井》
鹵中 草木 白く。青き者は官塩の煙。官作 既に程有り。塩を煮れば 煙 川に在り。井を汲むこと 歳に 搰搰たり。車を出すこと 日に 連連たり。公よりす 斗に三百。転致す 斛に六千。君子 止足を慎み。小人 喧闐なるに苦しむ。我 何ぞ良(マコト)に歎嗟せん。物理 固より自づから然り。

※●鹽井:塩を汲み取る井戸。成州長道県の東三十里にありという ●官作:役所の作業。ここでは公営の製塩所の作業 ●搰搰:力を用いるさま ●出車:完成した塩を積んだ車を出す ●自公:官から塩を払い下げること ●斗三百:一斗につき三百銭 ●轉致:払い下げを受けた商人が消費者に転売する ●斛六千:一斛(十斗)につき六千銭。つまり一斗につき六百銭 ●愼止足:足るを知って慎む

8-31 《寒峽》 杜甫

行邁日悄悄。山谷勢多端。雲門轉絕岸。積阻霾天寒。寒硤不可度。我實衣裳單。況當仲冬交。遡沿增波瀾。野人尋煙語。行子傍水餐。此生免荷殳。未敢辭路難。

《寒峡》
行邁 日に悄悄たり。山谷 勢ひ 多端なり。雲門 絶岸 転じ。積阻 天寒に霾る。寒硤 度るべからず。我 実に 衣裳 単なり。況んや 仲冬の交に当り。遡沿 波瀾を増すをや。野人 煙を尋ねて語り。行子 水に傍ひて餐す。此の生 殳を荷ふを免る。未だ敢へて 路の難きを辞せず。

※●多端:一様ならざること ●天寒:寒天に同じ。倒押韻である ●寒硤:寒峡に同じ ●野人:付近の農民 ●尋煙語:霧の中に相手をたずねて話をする ●荷殳:兵役につくこと。殳は一丈二尺のほこ。詩経の伯兮に「伯也執殳、為王前驅」とあり

8-32 《法鏡寺》 杜甫

身危適他州。勉强終勞苦。神傷山行深。愁破崖寺古。嬋娟碧蘚淨。蕭摵寒籜聚。回回山根水。冉冉松上雨。洩雲蒙淸晨。初日翳復吐。朱甍半光炯。戶牖粲可數。拄策忘前期。出蘿巳亭午。冥冥子規叫。微徑不敢取。

《法鏡寺》
身 危くして 他州に適き。勉強するも 終に労苦なり。神は傷む 山行の深きに。愁は破る 崖寺の古きに。嬋娟として 碧蘚 浄く。蕭摵として 寒籜 聚る。回回たり 山根の水。冉冉たり 松上の雨。洩雲 清晨に蒙(オホ)ひ。初日 翳はれて復た吐かる。朱甍 半ば光炯。戸牖 粲として数ふべし。策を拄きて 前期を忘れ。蘿を出づれば 巳に亭午。冥冥 子規 叫ぶ。微径 敢へて取らざらん。

※●法鏡寺:所在不明 ●勉强:しんどいのを我慢して頑張る ●愁破:愁いが消える ●洩雲:山から漏れ出る雲 ●前期:前途の旅程期限 ●不敢取:敢を復に作る本あり、豹軒は字解にて、いずれも可なるも「復」字よろしかと思う、という

8-33 《靑陽峽》 杜甫

塞外苦厭山。南行道彌惡。岡巒相經亘。雲水氣參錯。林迥硤角來。天窄壁面削。磎西五里石。奮怒向我落。仰看日車側。俯恐坤軸弱。魑魅嘯有風。霜霰浩漠漠。昨憶踰隴坂。高秋視吳嶽。東笑蓮華卑。北知崆峒薄。超然侔壯觀。巳謂殷寥廓。突兀猶趁人。及兹歎冥漠。

《青陽峡》
塞外 苦だ山に厭き。南行すれば 道 弥〻悪し。岡巒 相ひ経亘し。雲水 気 参錯す。林 迥かにして 硤角 来たり。天 窄くして 壁面 削る。磎西 五里の石。奮怒 我に向ひて落つ。仰ぎて看る 日車の側くを。俯して恐る 坤軸の弱からんを。魑魅 嘯きて風 有り。霜霰 浩として漠漠たり。昨 憶ふ 隴坂を踰ゆるとき。高秋 呉岳を視しを。東に 蓮華の卑きを笑ひ。北に 崆峒の薄るを知る。超然として 壮観を侔(ヒト)しくす。巳に謂へらく 寥廓に殷(アタ)ると。突兀として猶ほ人を趁ひ。兹に及びて 冥漠なるを歎ず。

※●靑陽峽:所在不明 ●經亘:たてよこにつらなる ●參錯:入り交じる ●坤軸:地軸。大地をささえる柱 ●吳嶽:鳳翔府にある山 ●蓮華:華山 ●崆峒:甘粛にある山 ●冥漠:冥暗茫漠としてはっきり見えない。天道造化の力の測るべからざるをいう

8-34 《龍門鎭》 杜甫

細泉兼輕冰。沮洳棧道濕。不辭辛苦行。迫此短景急。石門雲雪隘。古鎭峰巒集。旌竿暮慘澹。風水白刃澁。胡馬屯成皐。防虞此何及。嗟爾遠戍人。山寒夜中泣。

《竜門鎮》
細泉と軽氷と。沮洳 桟道 湿ふ。辞せず 辛苦して行くを。此の短景の急なるに迫る。石門 雲雪 隘(フサ)ぎ。古鎮 峰巒 集まる。旌竿 暮に惨澹たり。風水 白刃 渋る。胡馬 成皐に屯す。防虞 此れ何ぞ及ばん。嗟 爾 遠戍の人。山 寒くして 夜中に泣かん。

※●龍門鎭:甘粛の階州成県の東にありという戌兵の駐屯地 ●沮洳:湿り気のある地 ●白刃澁:刃がさびて光らない ●成皐:漢代の県名。洛陽の東方にあたる。乾元2年9月、史思明ひきいる賊軍がふたたび洛陽を落とし、斉・汝・鄭・滑四州を押さえた ●此何及:洛陽から遠いこんな所に駐屯しても追いつかない

8-35 《石龕》 杜甫

熊羆咆我東。虎豹號我西。我後鬼長嘯。我前狨又啼。天寒昏無日。山遠道路迷。驅車石龕下。仲冬見虹霓。伐竹者誰子。悲歌上雲梯。爲官採美箭。五歲供梁齊。苦云直幹盡。無以應提攜。奈何漁陽騎。颯颯驚蒸黎。

《石龕》
熊羆 我が東に咆え。虎豹 我が西に号ふ。我が後には 鬼 長嘯し。我が前には 狨 又た啼く。天 寒くして 昏れて日 無く。山 遠くして 道路 迷ふ。車を駆る 石龕の下。仲冬 虹霓を見る。竹を伐る者は誰が子ぞ。悲歌して雲梯に上る。官の為めに美箭を採り。五歳 梁斉に供す。苦ろに云ふ 直幹 尽きて。以て提携に応ずる無しと。奈何ぞ 漁陽の騎。颯颯として蒸黎を驚かすや。

※●石龕:所在不明 ●狨:猱に同じ。サルの一種。キンシコウ(金絲猴)か ●五歲:安禄山挙兵以来の5年間 ●梁齊:河南地方と山東地方。対賊軍の最前線 ●直幹:まっすぐな幹の竹。仇本は「簳」(やがら)に作る。この異同について豹軒の字解に言及なし

8-36 《積草嶺》 杜甫

連峰積長陰。白日遞隱見。颼颼林響交。慘慘石狀變。山分積草嶺。路異鳴水縣。旅泊吾道窮。衰年歲時倦。卜居尙百里。休駕投諸彥。邑有佳主人。情如巳會面。來書語絕妙。遠客驚深眷。食蕨不願餘。茅茨眼中見。

《積草嶺》
連峰 長陰 積めり。白日 逓ひに隠見す。颼颼として 林響 交はり。惨惨として 石状 変ず。山は分かる 積草嶺。路は異なる 鳴水県。旅泊 吾が道 窮し。衰年 歳時に倦む。居を卜するは尚ほ百里。駕を休めて 諸彦に投ぜん。邑に佳なる主人有り。情 巳に会面するが如し。来書 語 絶妙にして。遠客 深眷に驚く。蕨を食して 余を願はず。茅茨 眼中に見ゆ。

※原注に「同谷界」という ●積草嶺:原注と詩の内容から秦州と成州の境にある嶺とおもわれる ●遞隱見:隠れたり見えたりする ●鳴水縣:県名。漢中府略陽県の西 ●諸彥:多くの立派な人たち。当地にいる旧知の人々のことを指す ●茅茨:茅葺の屋根。杜甫が住むことになる家

8-37 《泥功山》 杜甫

朝行靑泥上。暮在靑泥中。泥濘非一時。版築勞人功。不畏道途遠。乃將汨沒同。白馬爲鐵驪。小兒成老翁。哀猿透卻墜。死鹿力所窮。寄語北來人。後來莫悤悤。

《泥功山》
朝に行く 青泥の上。暮に在り 青泥の中。泥濘 一時に非ず。版築 人功を労す。道途の遠きを畏れざるも。乃ち将に 汨没 同じからんとす。白馬も 鉄驪と為り。小児も 老翁と成る。哀猿 透なるも却って墜ち。死鹿 力の窮る所。語を寄す 北来の人。後来するに 怱怱たる莫れ。

※●泥功山:同谷県西二十里にありという ●版築:板で土を止めて牆とし、杵で築き固める ●汨沒:沈むこと ●鉄驪:真っ黒な馬 ●悤悤:せわしく軽率なさま

8-38 《鳳凰臺》 杜甫

亭亭鳳凰臺。北對西康州。西伯今寂寞。鳳聲亦悠悠。山峻路絕蹤。石林氣高浮。安得萬丈梯。爲君上上頭。恐有無母雛。飢寒日啾啾。我能剖心血。飮啄慰孤愁。心以當竹實。炯然無外求。血以當醴泉。豈徒比淸流。所重王者瑞。敢辭微命休。坐看綵翮長。擧意八極周。自天銜瑞圖。飛下十二樓。圖以奉至尊。鳳以垂鴻猷。再光中興業。一洗蒼生憂。深衷正爲此。羣盜何淹留。

《鳳凰台》
亭亭たり 鳳凰台。北のかた 西康州に対す。西伯 今 寂寞たり。鳳声も亦た悠悠たり。山 峻しくして 路 踪を絶つ。石林 気 高く浮ぶ。安んぞ 万丈の梯を得て。君が為めに上頭に上らん。恐らくは無母の雛有りて。飢寒 日に啾啾たらん。我 能く心血を剖きて。飲啄 孤愁を慰めん。心は 以て竹実に当てん。炯然として 外に求むる無し。血は 以て醴泉に当てん。豈に徒だに 清流に比するのみならんや。重んずる所は王者の瑞なればなり。敢へて微命の休するを辞せんや。坐ろに看ん 綵翮 長じ。挙意 八極に周ねく。天より瑞図を銜み。飛び下らん 十二楼。図は以て至尊に奉じ。鳳は以て鴻猷を垂れ。再び中興の業を光(オホイ)にし。蒼生の憂を一洗せん。深衷 正に此れが為めなり。群盗 何ぞ淹留するや。

※●鳳凰臺:山名。同谷の東南十里にありという ●西康州:唐の武徳の初め、同谷に置いた州。貞観年間に廃されたが、古名で同谷で呼んだもの ●西伯:周の文王 ●寂寞:仇本は「寞寂」に作る。この異同について豹軒字解に言及無し ●竹實・醴泉:鳳凰は「竹実に非ざれば食はず、醴泉に非ざれば飲まず」という ●擧意:高く舞い上がる意をいだく ●十二樓:上古の黄帝の時、五城十二楼を作って神人を待ったという(漢書郊祀志) 

8-39 《乾元中寓居同谷縣作歌七首 其一》 杜甫

有客有客字子美。白頭亂髮垂過耳。歲拾橡栗隨狙公。天寒日暮山谷裏。中原無書歸不得。手腳凍皴皮肉死。鳴呼一歌兮歌已哀。悲風爲我從天來。

《乾元中 同谷県に寓居し 歌を作る七首 其の一》
客有り 客有り 字は子美。白頭 乱髪 垂れて耳を過ぐ。歳〻 橡栗を拾ひて 狙公に随ふ。天 寒く 日 暮る 山谷の裏。中原 書 無くして 帰り得ず。手脚は凍皴して 皮肉は死す。鳴呼 一歌す 歌 已に哀し。悲風 我が為めに天より来たる。

※●寓居:乾元2年11月同谷に到着、1か月寓居ののち、12月には蜀に移る

8-40 《乾元中寓居同谷縣作歌七首 其二》 杜甫

長鑱長鑱白木柄。我生託子以爲命。黃獨無苗山雪盛。短衣數挽不掩脛。此時與子空歸來。男呻女吟四壁靜。嗚呼二歌兮歌始放。閭里爲我色惆悵。

《乾元中 同谷県に寓居し 歌を作る七首 其の二》
長鑱 長鑱 白木の柄。我が生 子に託して 以て命と為す。黄独 苗 無く 山雪 盛んなり。短衣 数〻挽けども 脛を掩はず。此の時 子と与に空しく帰り来たる。男呻 女吟 四壁 静かなり。嗚呼 二歌す 歌 始めて放つ。閭里 我が為めに 色 惆悵す。

※●長鑱:長い犂鉄 ●黃獨:土芋。ホドイモ。マメ科の植物。塊茎が食用になり強壮効果があるとされる。山野に自生するが、栽培もされる。「黃精」に作る本もあり、その場合は薬草の名 ●空歸來:黄独の苗がみつからず、手ぶらで帰ってくる ●男呻女吟:「男女呻吟」の互文 ●四壁靜:家財なく四面の壁のみ静かにある

8-41 《乾元中寓居同谷縣作歌七首 其三》 杜甫

有弟有弟在遠方。三人各瘦何人强。生別展轉不相見。胡塵暗天道路長。東飛鴐鵝後鶖鶬。安得送我置汝傍。嗚呼三歌兮歌三發。汝歸何處收兄骨。

《乾元中 同谷県に寓居し 歌を作る七首 其の三》
弟有り 弟有り 遠方に在り。三人 各〻痩せたり 何人か強なる。生別 展転して 相ひ見ず。胡塵 天を暗くして 道路 長し。東に飛ぶは鴐鵝 後ろは鶖鶬。安んぞ我を送って 汝が傍に置くを得ん。嗚呼 三歌す 歌 三たび発す。汝 帰るも 何処にか兄が骨を収めん。

※●弟:杜甫の弟は穎・觀・豐・占の4人。うち占は杜甫に同行しており、他の3人は遠方にいた ●展轉:各地を転々とする ●鴐鵝:雁の一種。野鵝に同じという。シナガチョウの原種であるサツラガンか ●鶖鶬:南方の湖水に棲む大型の水鳥という。別名鵚鶖。本草綱目の説明によれば、頭部に毛がなく、のど袋を持つ。これに近いのはオオハゲコウあたりだが、当時中国に棲息していたか不明。コハゲコウは過去に中国に棲息していたが、のど袋がない

8-42 《乾元中寓居同谷縣作歌七首 其四》 杜甫

有妹有妹在鍾離。良人早歿諸孤癡。長淮浪高蛟龍怒。十年不見來何時。扁舟欲往箭滿眼。杳杳南國多旌旗。嗚呼四歌兮歌四奏。林猿爲我啼淸晝。

《乾元中 同谷県に寓居し 歌を作る七首 其の四》
妹有り 妹有り 鍾離に在り。良人 早く歿して 諸孤 痴たり。長淮 浪 高くして 蛟竜 怒る。十年 見ず 来たるは何れの時ぞ。扁舟 往かんと欲すれば 箭 眼に満つ。杳杳たる南国 旌旗 多し。嗚呼 四歌す 歌 四たび奏す。林猿 我が為めに清昼に啼く。

※●妹:「元日寄韋氏妹」詩に詠まれる杜甫の妹 ●鍾離:地名。淮水の南 ●長淮浪高蛟龍怒:盗賊が跋扈して交通困難なことをたとえる ●箭滿眼:見渡す限り矢が飛び交う

8-43 《乾元中寓居同谷縣作歌七首 其五》 杜甫

四山多風溪水急。寒雨颯颯枯樹濕。黃蒿古城雲不開。白狐跳梁黃狐立。我生何爲在窮谷。中夜起坐萬感集。嗚呼五歌兮歌正長。魂招不來歸故鄕。

《乾元中 同谷県に寓居し 歌を作る七首 其の五》
四山 風 多くして 渓水 急なり。寒雨 颯颯として 枯樹 湿ふ。黄蒿の古城 雲 開かず。白狐は跳梁し 黄狐は立つ。我が生 何為れぞ 窮谷に在る。中夜 起坐して 万感 集る。嗚呼 五歌す 歌 正に長し。魂 招けども来たらず 故郷に帰らん。

※●魂招不來歸故鄕:諸説あり。豹軒の字解は「我が体を離れた魂は招けども来たらず、しかし願わくばこれを招き寄せて共に故郷に帰らん」と解く。他の解として「我が体を離れた魂は招けど来たらず、我が体をおいて故郷に帰ってしまった」などが可能

8-44 《乾元中寓居同谷縣作歌七首 其六》 杜甫

南有龍兮在山湫。古木巃嵸枝相樛。木葉黃落龍正蟄。蝮蛇東來水上游。我行怪此安敢出。拔劍欲斬且復休。嗚呼六歌兮歌思遲。溪壑爲我廻春姿。

《乾元中 同谷県に寓居し 歌を作る七首 其の六》
南に竜有り 山湫に在り。古木 巃嵸として 枝 相ひ樛す。木葉 黄落して 竜 正に蟄す。蝮蛇 東より来たりて 水上に游ぶ。我 行きて 此を怪しむ 安んぞ敢へて出でん。剣を抜きて斬らんと欲して 且つ復た休す。嗚呼 六歌す 歌思 遅し。渓壑 我が為めに 春姿を廻さん。

※●龍:同谷県東南の万丈潭を指すという。「萬丈潭」詩参照 ●巃嵸:いかめしく茂りあうさま ●樛:枝が曲がり垂れ下がるさま ●歌思:歌の発想

8-45 《乾元中寓居同谷縣作歌七首 其七》 杜甫

男兒生不成名身已老。三年飢走荒山道。長安卿相多少年。富貴應須致身早。山中儒生舊相識。但話宿昔傷懷抱。嗚呼七歌兮悄終曲。仰視皇天白日速。

《乾元中 同谷県に寓居し 歌を作る七首 其の七》
男児 生まれて名を成さずして 身 已に老ゆ。三年 飢走す 荒山の道。長安の卿相 少年多し。富貴 応に須らく 身を致すこと早かるべし。山中の儒生は 旧相識。但だ宿昔を話すれば 懐抱を傷ましむ。嗚呼 七歌す 悄として曲を終ふ。仰ぎて 皇天を視れば 白日 速やかなり。

※●富貴應須致身早:富貴の地位というのは、早いうちに就かねばならぬものである。「致身」は「身を(ある地位・境遇に)持っていく)の意。

8-46 《萬丈潭》 杜甫

靑溪含冥寞。神物有顯晦。龍依積水蟠。窟壓萬丈內。跼步凌垠堮。側身下煙靄。前臨洪濤寬。卻立蒼石大。山危一徑盡。岸絕兩壁對。削成根虛無。倒影垂澹濧。黑知灣澴底。淸見光炯碎。孤雲到來深。飛鳥不在外。高蘿成帷幄。寒木壘旌旆。遠川曲通流。嵌竇潛洩瀨。造幽無人境。發興自我輩。吿歸遺恨多。將老斯遊最。閉藏修鱗蟄。出入巨石礙。何當炎天過。快意風雲會。

《万丈潭》
青渓 冥寞を含み。神物 顕晦 有り。竜は 積水に依りて蟠り。窟は 万丈の内に圧せらる。跼歩して垠堮を凌ぎ。身を側だてて 煙靄より下る。前みて洪濤の寛きに臨み。却きて 蒼石の大なるに立つ。山 危くして 一径 尽き。岸 絶えて 両壁 対す。削成 虚無に根ざし。倒影 澹濧に垂る。黒くして知る 湾澴たる底。清くして見る 光炯 砕くるを。孤雲 到来 深く。飛鳥 外に在らず。高蘿 帷幄を成し。寒木 旌旆を塁す。遠川 曲りて流れを通じ。嵌竇 潜みて瀬を洩らす。幽に造(イタ)る 無人の境。興を発するは我輩よりす。帰を告ぐる遺恨 多し。将に老いんとして 斯の遊 最たり。閉蔵 修鱗 蟄し。出入 巨石 礙ぐ。何か当に 炎天に過ぎりて。快意 風雲に会すべき。

※原注に「同谷縣作」とあり ●萬丈潭:同谷県東南七里にあり ●冥寞:豹軒の字解は、天のこととするが、普通に「うす暗くしずか」という意味に取っても通じると思う ●神物:竜をさす ●澹濧:清く湛えているさま ●灣澴:水の曲がり集まって流れるさま ●潛洩瀨:地下に潜り、その先で早瀬となって流水を洩らす ●修鱗:竜のこと ●炎天過:夏のさかりに訪ね来る ●風雲會:竜が風雲をまき起こすのに出会う

巻9

9-1 《發同谷縣》 杜甫

賢有不黔突。聖有不煖席。況我飢愚人。焉能尙安宅。始來兹山中。休駕喜地僻。奈何迫物累。一歲四行役。忡忡去絕境。杳杳更遠適。停驂龍潭雲。廻首虎崖石。臨岐別數子。握手淚再滴。交情無舊深。窮老多慘慼。平生懶拙意。偶値棲遁跡。去住與願違。仰慙林閒翮。

《同谷県を発す》
賢にして 突を黔にせざる有り。聖にして 席を煖かにざる有り。況んや 我 飢愚の人をや。焉んぞ能く 尚ほ宅に安んぜん。始めて兹の山中に来たり。駕を休めて地の僻なるを喜ぶ。奈何ぞ物累に迫られて。一歳に四たび行役するや。忡忡として絶境を去り。杳杳として更に遠く適く。驂を停む 竜潭の雲。首を廻らす 虎崖の石。岐に臨みて数子に別れ。手を握りて涙 再び滴る。交情 旧深 無く。窮老 惨慼 多し。平生 懶拙の意。偶〻 棲遁の跡に値ふ。去住 願ひと違ふ。仰ぎて 林間の翮に慙づ。

※原注に「乾元二年十二月一日、自隴右赴成都、紀行」とあり ●不黔突・不煖席:淮南子に「墨子無黔突、孔子無煖席」とあり。自身の生活を犠牲にして世のため奔走するさま ●忡忡:憂うるさま ●龍潭:竜の栖む潭。前詩の万丈潭 ●翮:鳥のたちばね、転じて鳥そのものを指す

9-2 《木皮嶺》 杜甫

首路栗亭西。尙想鳳凰村。季冬攜童稚。辛苦赴蜀門。南登木皮嶺。艱險不易論。汗流被我體。祁寒爲之暄。遠岫爭輔佐。千巖自崩奔。始知五嶽外。別有他山尊。仰干塞大明。俯入裂厚坤。再聞虎豹鬭。屢跼風水昏。高有廢閣道。摧折如斷轅。下有冬靑林。石上走長根。西崖特秀發。煥若靈芝繁。潤聚金碧氣。淸無沙土痕。憶觀崑崙圖。目擊玄圃存。對此欲何適。默傷垂老魂。

《木皮嶺》
首路 栗亭の西。尚ほ想ふ 鳳凰の村。季冬 童稚を携へ。辛苦 蜀門に赴く。南のかた木皮嶺に登る。艱険 論じ易からず。汗 流れて 我が体に被り。祁寒 之が為めに暄かなり。遠岫 争ひて輔佐し。千巌 自すから崩奔す。始めて知る 五岳の外。別に他山の尊き有るを。仰ぎ干(オカ)せば 大明を塞ぎ。俯して入れば 厚坤 裂く。再び虎豹の闘ふを聞き。屢〻 風水の昏きに跼す。高きには 廃れし閣道有り。摧折して 断轅の如し。下には 冬青の林有り。石上 長根 走る。西崖は 特に秀発。煥として霊芝の繁きが若し。潤にして 金碧の気を聚め。清くして 沙土の痕 無し。憶ふ 崑崙の図を観しを。目撃して玄圃 存す。此に対して何くにか適かんと欲す。黙して垂老の魂を傷ましむ。

※●木皮嶺:同谷の東南にあり ●栗亭:「發秦州」詩を参照 ●鳳凰村:鳳凰台の近くの村か ●蜀門:蜀の入り口、すなわち剣門 ●仰干:仇本は「干」ではなく「于」に作る。この点、豹軒の字解に言及なし。「干」「于」いずれにしても意味は取りがたい。「看」に作る本あり、これが一番わかりやすいが、ここは底本に従う ●冬靑:冬青樹。モチノキ。常緑広葉樹。樹皮からトリモチが採れる ●玄圃:崑崙にあるという屋上庭園

9-3 《白沙渡》 杜甫

畏途隨長江。渡口下絕岸。差池上舟楫。杳窕入雲漢。天寒荒野外。日暮中流半。我馬向北嘶。山猿飮相喚。水淸石礧礧。沙白灘漫漫。迥然洗愁辛。多病一疎散。高壁抵嶔崟。洪濤越凌亂。臨風獨回首。攬轡復三嘆。

《白沙渡》
畏途 長江に随ひ。渡口 絶岸を下る。差池として 舟楫 上り。杳窕として 雲漢に入る。天は寒し 荒野の外。日は暮る 中流の半。我が馬 北に向かひて嘶き。山猿 飲みて相ひ喚ぶ。水 清くして 石 礧礧たり。沙 白くして 灘 漫漫たり。迥然として 愁辛を洗ひ。多病 一に疎散なり。高壁 嶔崟たるに抵り。洪濤 凌乱たるを越ゆ。風に臨みて 独り首を回らし。轡を攬りて 復た三嘆す。

※●白沙渡:同谷から南下してはじめて嘉陵江を渡るところの渡し場という ●疎散:きえうせるさま ●嶔崟:険しいさま

9-4 《水會渡》 杜甫

山行有常程。中夜尙未安。微月沒已久。崖傾路何難。大江動我前。洶若溟渤寬。篙師暗理楫。歌笑輕波瀾。霜濃水石滑。風急手足寒。入舟已千憂。陟巘仍萬盤。廻晀積水外。始知眾星乾。遠遊令人瘦。衰疾慙加餐。

《水会渡》
山行 常程有り。中夜 尚ほ未だ安んぜず。微月 没して已に久しく。崖 傾きて 路 何ぞ難き。大江 我が前に動き。洶として溟渤の寛なるが若し。篙師 暗に楫を理め。歌笑して 波瀾を軽んず。霜 濃かにして 水石 滑らかに。風 急にして 手足 寒し。舟に入れば 已に千憂。巘に陟れば 仍ほ万盤。廻晀す 積水の外。始めて知る 衆星の乾くを。遠遊 人をして痩せしむ。衰疾 加餐に慙づ。

※●水會渡:嘉陵江が略陽を過ぎて東谷等の水が合流するあたりの渡し場という ●篙師:船頭 ●眾星乾:水上では星も水にひたって見えたが、山道から見ると星は水から離れている、つまり乾いている

9-5 《飛仙閣》 杜甫

土門山行窄。微徑緣秋毫。棧雲闌干峻。梯石結構牢。萬壑欹疎林。積陰帶奔濤。寒日外澹泊。長風中怒號。歇鞍在地底。始覺所歷高。往來雜坐臥。人馬同疲勞。浮生有定分。飢飽豈可逃。嘆息謂妻子。我何隨汝曹

《飛仙閣》
土門 山行すれば窄く。微径 秋毫に縁る。桟雲 闌干として峻しく。梯石 結構 牢し。万壑 疎林 欹き。積陰 奔濤を帯ぶ。寒日 外に澹泊に。長風 中に怒号す。鞍を歇めて地底に在り。始めて覚ゆ 歴る所の高きを。往来 雑はりて坐臥し。人馬 同じく疲労す。浮生 定分有り。飢飽 豈に逃るべけんや。嘆息して妻子に謂ふ。我 何ぞ 汝が曹を随ふるやと。

※●飛仙閣:略陽県の東南四十里にあるという閣道(桟道) ●闌干:さかんなるさま。ここでは雲がさかんに立ち上るさま ●往來:道を行き来する旅人

9-6 《五盤》 杜甫

五盤雖云險。山色佳有餘。仰凌棧道細。俯映江木疎。地僻無網罟。水淸反多魚。好鳥不妄飛。野人半巢居。喜見淳樸俗。坦然心神舒。東郊尙格鬭。巨猾何時除。故鄕有弟妹。流落隨丘墟。成都萬事好。豈若歸吾廬。

《五盤》
五盤 険なりと云ふと雖も。山色 佳 余り有り。仰ぎて桟道の細なるを凌ぎ。俯して江木の疎なるに映ず。地 僻にして 網罟 無く。水 清くして 反って魚 多し。好鳥 妄りには飛ばず。野人 半ば巣居す。喜び見る 淳樸の俗。坦然として 心神 舒ぶ。東郊 尚ほ格闘す。巨猾 何れの時にか除かれん。故郷 弟妹 有り。流落して 丘墟に随ふ。成都 万事 好しきも。豈に吾が廬に帰るに若かんや。

※●五盤:嶺の名 ●巨猾:巨悪。史思明らを指す

9-7 《龍門閣》 杜甫

淸江下龍門。絕壁無尺土。長風駕高浪。浩浩自太古。危途中縈盤。仰望垂線縷。滑石欹誰鑿。浮梁裊相拄。目眩隕雜花。頭風吹過雨。百年不敢料。一墜那得取。飽聞經瞿塘。足見度大庾。終身歷艱險。恐懼從此數。

《竜門閣》
清江 竜門を下り。絶壁 尺土 無し。長風 高浪に駕し。浩浩たること 太古よりす。危途 中ごろ 縈盤し。仰ぎ望めば 線縷 垂る。滑石 欹きて誰か鑿てる。浮梁 裊として相ひ拄ふ。目 眩みて雑花 隕ち。頭 風ふきて 過雨を吹く。百年 敢へて料らず。一たび墜ちなば 那んぞ取るを得ん。飽くまで聞く 瞿塘を経るを。見るに足る 大庾を度るを。終身 艱険を歴ん。恐懼 此より数へん。

※●龍門閣:桟道の名。利州綿谷県の東北八十二里にありという ●垂線縷:糸筋が垂れ下がる。上の方の桟道の見た目をいう ●目眩隕雜花:眼が眩み、目から火花が散って落ちるようである ●頭風:風は「風ふく」という動詞 ●百年:人の一生。生命 ●飽聞經瞿塘:瞿塘峡の険は聞き飽きた(ここはそれ以上だ) ●足見度大庾:大庾嶺の険と同じものをここで見ることができる

9-8 《石櫃閣》 杜甫

季冬日已長。山晚半天赤。蜀道多早花。江閒饒奇石。石櫃曾波上。臨虛蕩高壁。淸暉回羣鷗。暝色帶遠客。羇棲負幽意。感嘆向絕跡。信甘孱懦嬰。不獨凍餒迫。優游謝康樂。放浪陶彭澤。吾衰未自由。謝爾性所適。

《石櫃閣》
季冬 日 已に長し。山 晩れて 半天 赤し。蜀道 早花 多く。江間 奇石 饒し。石櫃 曽波の上。虚に臨みて 高壁を蕩かす。清暉 群鷗を回らし。暝色 遠客を帯ぶ。羇棲 幽意に負き。感嘆して 絶跡に向ふ。信に甘んず 孱懦に嬰るに。独り凍餒に迫らるるのみに非ず。優游す 謝康楽。放浪す 陶彭沢。吾 衰へて 未だ自由ならず。爾が性の適する所に謝す。

※●石櫃閣:桟道の名 ●曾波:層波に同じ ●孱懦:体のかよわいこと ●謝康樂:東晋の謝霊運 ●陶彭澤:陶淵明 ●謝爾性所適:謝霊運や陶淵明が自分の性分に適する所に従ったのに対して劣っている

9-9 《桔柏渡》 杜甫

靑冥寒江渡。架竹爲長橋。竿濕煙漠漠。江永風蕭蕭。連笮動嫋娜。征衣颯飄颻。急流鴇鷁散。絕岸黿鼉驕。西轅自兹異。東逝不可要。高通荆門路。闊會滄海潮。孤光隱顧盻。遊子悵寂寥。無以洗心胸。前登但山椒。

《桔柏渡》
青冥たり 寒江の渡。竹を架して 長橋と為す。竿 湿ひて 煙 漠漠たり。江 永くして 風 蕭蕭たり。連笮 動きて嫋娜たり。征衣 颯として飄颻す。急流 鴇鷁 散じ。絶岸 黿鼉 驕る。西轅 兹より異なり。東逝 要(トド)むべからず。高く通ず 荊門の路。闊く会す 滄海の潮。孤光 隠れて顧盻し。遊子 悵として寂寥たり。以て心胸を洗ふ無し。前みて登るは 但だ山椒のみ。

※●桔柏渡:渡し場の名。嘉陵江と白水の合流するところという ●架竹:仇本は「駕竹」に作るが意味が通じない。他本は「駕」を「架」に作り、豹軒も「架に作るべし」という。ここは「架」に従う ●連笮:長く連なった竹の縄 ●鴇鷁:鴇はシギ、鷁はサギに似て大、羽は蒼白色という ●黿鼉:大亀 ●西轅:車のかじ棒を西へ向ける ●東逝:嘉陵江の水が東へ流れ去ること ●荆門:山名。荊州の長江沿いにあり ●山椒:山の頂

9-10 《劍門》 杜甫

惟天有設險。劍門天下壯。連山抱西南。石角皆北向。兩崖崇墉倚。刻畫城郭狀。一夫怒臨關。百萬未可傍。珠玉走中原。岷峨氣悽愴。三皇五帝前。鷄犬各相放。後王尙柔遠。職貢道已喪。至今英雄人。高視見霸王。幷吞與割據。極力不相讓。吾將罪眞宰。意欲鏟疊嶂。恐此復偶然。臨風默惆悵。

《剣門》
惟れ天 険を設くる有り。剣門は 天下の壮なり。連山 西南を抱き。石角 皆 北に向ふ。両崖 崇墉 倚り。刻画 城郭の状あり。 一夫 怒りて関に臨めば。百万 未だ傍ふべからず。珠玉 中原に走り。岷峨 気 悽愴たり。三皇五帝の前。鶏犬 各〻相ひ放つ。後王 柔遠を尚ぶ。職貢 道 已に喪はる。今に至って 英雄の人。高視 覇王たるを見る。幷吞と割拠と。力を極めて 相ひ譲らず。吾 将に真宰を罪せんとし。意 畳嶂を鏟(ケヅ)らんと欲す。恐る 此れ復た偶〻然らんことを。風に臨みて黙して惆悵たり。

※●劍門:剣州剣門県の要害。剣閣とも。山名としては大剣山または梁山 ●崇墉:高い城壁。崖の比喩 ●刻畫:刻み飾りつける。彫刻する。ここは天然の岩の様子をたとえたものであろう ●岷峨:岷山と峨眉山 ●柔遠:遠方の民を懐柔する ●眞宰:造物主 ●偶然:たまたまそのように(自分が思ったとおりに)なる。自分の空想がふと実現する

9-11 《鹿頭山》 杜甫

鹿頭何亭亭。是日慰飢渴。連山西南斷。俯見千里豁。遊子出京華。劍門不可越。及兹險阻盡。始喜原野闊。殊方昔三分。霸氣曾閒發。天下今一家。雲端失雙闕。悠然想揚馬。繼起名硉兀。有文令人傷。何處埋爾骨。紆餘脂膏地。慘澹豪俠窟。仗鉞非老臣。宣風豈專達。冀公柱石姿。論道邦國活。斯人亦何幸。公鎭踰歲月。

《鹿頭山》
鹿頭 何ぞ亭亭たる。是の日 飢渇を慰む。連山 西南に断え。俯して千里の豁なるを見る。遊子 京華を出で。剣門 越ゆべからず。兹に及んで 険阻 尽き。始めて喜ぶ 原野の闊きを。殊方 昔 三分し。覇気 曽て間発す。天下 今 一家。雲端 双闕を失す。悠然として 揚馬を想ひ。継起 名 硉兀たり。有文 人をして傷ましむ。何れの処にか 爾が骨を埋むる。紆余たり 脂膏の地。惨澹たり 豪俠の窟。鉞に仗ること 老臣に非ずんば。風を宣するに 豈に専達せんや。冀公 柱石の姿。道を論じて 邦国 活す。斯の人 亦た何の幸ひぞ。公 鎮して 歳月を踰ゆ。

※●鹿頭山:漢州徳陽県にあり、山頂に鹿頭関あり、南の成都まで百五十里という ●昔三分:三国時代のこと ●揚馬:揚雄と司馬相如 ●仗鉞:まさかりを杖にする。誅罰の権を与えられること ●宣風:天子の徳風を宣布する ●專達:専権にてゆきわたらせる ●冀公:右僕射裴冕。至徳2年12月、冀国公に封ぜらる。乾元2年6月、成都尹を拝し、剣南西川節度使に充てらる ●斯人:この蜀の民

9-12 《成都府》 杜甫

翳翳桑榆日。照我征衣裳。我行山川異。忽在天一方。但逢新人民。未卜見故鄕。大江東流去。遊子日月長。曾城塡華屋。季冬樹木蒼。喧然名都會。吹簫閒笙簧。信美無與適。側身望川梁。鳥雀夜各歸。中原杳茫茫。初月出不高。眾星尙爭光。自古有羇旅。我何苦哀傷。

《成都府》
翳翳たり 桑榆の日。我が征衣裳を照らす。我 行きて 山川 異なり。忽ち天の一方に在り。但だ逢ふ 新人民。未だ卜せず 故郷を見るを。大江 東に流れ去り。遊子 日月 長し。曽城 華屋 塡まり。季冬 樹木 蒼たり。喧然たり 名都会。吹簫 笙簧に間わる。信に美なれど 与に適する無し。身を側だてて 川梁を望む。鳥雀 夜 各〻帰り。中原 杳として茫茫たり。初月 出でて高からず。衆星 尚ほ光を争ふ。古より 羇旅 有り。我 何ぞ苦しみて哀傷せん。

※●桑榆:日の落ちるところ。西方 ●信美:王粲の登楼賦に「信美而非吾土兮」とあるのを借用する 

9-13 《酬高使君相贈》 杜甫

古寺僧牢落。空房客寓居。故人供祿米。鄰舍與園蔬。雙樹容聽法。三車肯載書。草玄吾豈敢。賦或似相如。

《高使君の相ひ贈らるるに酬ゆ》
古寺 僧 牢落たり。空房 客 寓居す。故人 禄米を供し。隣舎 園蔬を与ふ。双樹 法を聴くを容(ユル)し。三車 肯へて書を載す。草玄 吾 豈に敢へてせんや。賦は 或ひは相如に似ん。

※●高使君:高適。ときに彭州刺史 ●古寺:成都に到着後の杜甫がしばらく寓居していた寺 ●雙樹:沙羅双樹。釈迦がその下で仏法を説いたという樹 ●三車:戦国時代魏の相をつとめた恵施が五車に書を載せた故事を踏まえ、十分な量の書を運び込めないことをいうか。他にも諸説あり ●草玄:太玄経を起草する。揚雄の故事

9-14 《卜居》 杜甫

浣花溪水水西頭。主人爲卜林塘幽。已知出郭少塵事。更有澄江銷客愁。無數蜻蜓齊上下。一雙鸂鶒對沈浮。東行萬里堪乘興。須向山陰上小舟。

《卜居》
浣花渓水 水の西頭。主人 為めに卜す 林塘の幽。已に知る 郭を出でて 塵事 少きを。更に 澄江の客愁を銷する有り。無数の蜻蜓 斉しく上下し。一双の鸂鶒 対して沈浮す。東行万里 興に乗ずるに堪へたり。須らく山陰に向かって 小舟に上るべし。

※●浣花溪:成都の西郊外にあり ●鸂鶒:水鳥。オシドリに似てやや大という ●山陰:晋のとき、山陰にいた王子猷が雪夜に剡溪にいる戴安道を尋ね、会わずに帰って来た故事にちなむ ●上小舟:仇本は「入小舟」に作る。豹軒は他本に従って「上」を採る

9-15 《王十五司馬弟出郭相訪遺營草堂貲》 杜甫

客裏何遷次。江邊正寂寥。肯來尋一老。愁破是今朝。憂我營茅棟。攜錢過野橋。他鄕唯表弟。還往莫辭勞。

《王十五司馬弟 郭を出でて相ひ訪ひ 草堂を営むの貲を遺る》
客裏 何ぞ遷り次る。江辺 正に寂寥たればなり。肯へて来たりて 一老を尋ぬ。愁ひを破るは是れ今朝。我が茅棟を営むを憂ひ。銭を携へて野橋に過ぎる。他郷 唯だ表弟あるのみ。還往 労を辞する莫れ。

※●王十五司馬弟:司馬の職にあるいとこの王氏。十五は排行 ●營草堂貲:杜甫が草堂をつくるための資金 ●表弟:父の姉妹の子で自分より年下の者。外弟。すなわち王十五司馬のこと

9-16 《蕭八明府實處覓桃栽》 杜甫

奉乞桃栽一百根。春前爲送浣花村。河陽縣裏雖無數。濯錦江邊未滿園。

《蕭八明府実が処より 桃栽を覓む》
乞ひ奉る 桃栽 一百根。春前 為めに送れ 浣花村。河陽県裏 無数なりと雖も。濯錦江辺 未だ園に満たず。

※●蕭八明府實:どこかの県令をつとめる蕭実、八は排行 ●桃栽:桃の苗木。豹軒は詩題を「桃を覓めて栽す」と訓むが、誤りであろう ●河陽縣:晋の潘岳が河陽の県令のとき花を植えたことから、蕭明府が県令をつとめている県を指す ●濯錦江邊:錦江のほとり。すなわち杜甫の草堂のあるあたり

9-17 《從韋二明府續處覓綿竹》 杜甫

華軒藹藹他年到。綿竹亭亭出縣高。江上舍前無此物。幸分蒼翠拂波濤。

《韋二明府続が処より 綿竹を覓む》
華軒 藹藹として 他年 到り。綿竹 亭亭として 県を出でて高し。江上の舎前 此の物 無し。幸(コヒネガ)ふ 蒼翠の波濤を払ふを分かつを。

※●韋二明府續:(元?)綿竹県令の韋続。二は排行 ●綿竹:綿州の綿竹県から産する竹 ●華軒:華やかな車 ●他年:過去または未来のいつかの年。ここでは過去 ●出縣:県庁の建物の上へ伸び出る 

9-18 《憑何十一少府邕覓榿木栽》 杜甫

草堂塹西無樹林。非子誰復見幽心。飽聞榿木三年大。與致溪邊十畝陰。

《何十一少府邕に憑りて 榿木の栽を覓む》
草堂塹西 樹林 無し。子に非ずんば 誰か復た 幽心を見ん。飽くまで聞く 榿木 三年にして大なりと。与(タメ)に致せ 渓辺 十畝の陰。

※●何十一少府邕:県の尉官の何邕。十一は排行 ●榿木:ハンノキの類。ブナ目カバノキ科の落葉広葉樹。マメ科植物などと同様に窒素固定細菌を根に共生させるため、やせた土地でも生育し、森林土壌の形成に貢献する「肥料木」の役割を果たし、森林形成の先駆樹種となる ●栽:苗 ●幽心:杜甫の静かな心

9-19 《憑韋少府班覓松樹子栽》 杜甫

落落出羣非欅柳。靑靑不朽豈楊梅。欲存老蓋千年意。爲覓霜根數寸栽。

《韋少府班に憑りて松樹子の栽を覓む》
落落として群を出づるは 欅柳に非ず。青青として朽ちざるは 豈に楊梅ならんや。存せんと欲す 老蓋 千年の意。為めに覓む 霜根 数寸の栽。

※●韋少府班:県尉の韋班 ●欅柳:ケヤキ ●楊梅:ヤマモモ ●老蓋:樹齢を重ねた松の葉がかさのように茂る姿 ●霜根:霜を経た根 ●栽:苗

9-20 《又於韋處乞大邑瓷盌》 杜甫

大邑燒瓷輕且堅。扣如哀玉錦城傳。君家白盌勝霜雪。急送茅齋也可憐。

《又た韋の処に於いて大邑の瓷椀を乞ふ》
大邑の焼瓷は 軽く且つ堅し。扣けば哀玉の如しと 錦城に伝ふ。君が家の白椀 霜雪に勝る。急ぎ茅斎に送らば 也た憐むべし。

※●韋:韋班。前詩参照 ●大邑:県名。卭州に属す ●瓷盌:焼き物のお椀 ●錦城:錦官城。成都のこと

9-21 《詣徐卿覓果栽》 杜甫

草堂少花今欲栽。不問綠李與黃梅。石筍街中卻歸去。果園坊裏爲求來。

《徐卿に詣りて果栽を覓む》
草堂 花 少なく 今 栽ゑんと欲す。緑李と黄梅とを問はず。石筍街中 却って帰り去らんと。果園坊裏 為めに求め来たる。

※●徐卿:《徐卿二子歌》の徐卿と同一人物か ●果栽:果樹の苗 ●石筍街:徐卿の宅から杜甫の草堂に帰る途中にある町

9-22 《堂成》 杜甫

背郭堂成蔭白茅。緣江路熟俯靑郊。榿林礙日吟風葉。籠竹和煙滴露梢。暫止飛烏將數子。頻來語燕定新巢。旁人錯比揚雄宅。懶惰無心作解嘲。

《堂 成る》
郭を背にする堂 成りて 白茅に蔭はる。江に縁ふ路 熟して 青郊に俯す。榿林 日を礙ぐ 風に吟ずるの葉。籠竹 煙に和す 露を滴らすの梢。暫く止まる飛烏 数子を将ゐ。頻りに来たる語燕 新巣を定む。旁人 錯って比す 揚雄の宅。懶惰にして 解嘲を作るに心無し。

※●路熟:路に歩き慣れる ●榿林:ハンノキ類の林。《憑何十一少府邕覓榿木栽》を参照 ●籠竹:竹の種類の名 ●揚雄:漢代の文人。その草する太玄経を世人の嘲るに対し、「解嘲」一篇を作った

9-23 《蜀相》 杜甫

丞相祠堂何處尋。錦官城外柏森森。映階碧草自春色。隔葉黃鸝空好音。三顧頻繁天下計。兩朝開濟老臣心。出師未捷身先死。長使英雄淚滿襟。

《蜀相》
丞相の祠堂 何れの処にか尋ねん。錦官城外 柏 森森たり。階に映ずる碧草 自づから春色。葉を隔つる黄鸝 空しく好音。三顧 頻繁なり 天下の計。両朝 開済す 老臣の心。師を出だして 未だ捷たずして 身 先づ死す。長へに英雄をして涙 襟に満たしむ。

※●蜀相:三国時代、蜀漢の丞相、諸葛亮、字は孔明 ●錦官城:成都の別名 ●三顧:劉備が三度にわたって孔明の草廬をたずねたこと ●兩朝:先主劉備と後主劉禅の二代 ●開濟:諸説あり。「開基済美」の義とも、「開物済務」の義とも、「開懐済事」の義ともいう

9-24 《梅雨》 杜甫

南京犀浦道。四月熟黃梅。湛湛長江去。冥冥細雨來。茅茨疎易濕。雲霧密難開。竟日蛟龍喜。盤渦與岸廻。

《梅雨》
南京 犀浦の道。四月 黄梅 熟す。湛湛として 長江 去り。冥冥として 細雨 来たる。茅茨 疎にして湿ひ易く。雲霧 密にして開き難し。竟日 蛟竜 喜び。盤渦 岸と与に廻る。

※●南京:成都のこと。至徳2年、成都府を改めて尹を置き、東西両京になぞらえて南京と号した ●犀浦:県名。成都の一部。杜甫の草堂がある浣花渓が属する

9-25 《爲農》 杜甫

錦里煙塵外。江村八九家。圓荷浮小葉。細麥落輕花。卜宅從兹老。爲農去國賖。遠慙勾漏令。不得問丹砂。

《農と為る》
錦里 煙塵の外。江村 八九家。円荷 小葉を浮かべ。細麦は軽花を落とす。宅を卜して 兹より老い。農と為りて 国を去ること賖かなり。遠く勾漏の令に慙づ。丹砂を問ふを得ず。

※●錦里:錦官城の里。浣花渓の地 ●煙塵:烽煙戦塵。故郷の戦火 ●勾漏令:晋の葛洪のこと。安南の勾漏県に丹砂(硫化水銀。不老不死の仙薬の原料と考えられていた)を産出すると聞いて、願い出て勾漏県令となった

9-26 《有客》 杜甫

患氣經時久。臨江卜宅新。喧卑方避俗。疎快頗宜人。有客過茅宇。呼兒正葛巾。自鋤稀菜甲。小摘爲情親。

《客 有り》
気を患ひて 時を経ること久しく。江を臨みて 宅を卜すること新たなり。喧卑 方に俗を避け。疎快 頗る人に宜し。客 有りて 茅宇に過ぎる。児を呼んで 葛巾を正す。自ら鋤きて 菜甲 稀なり。小しく摘むは情親の為めなり。

※●患氣:肺気をわずらう ●喧卑:やかましくて卑しい ●疎快:世に遠ざかり心地よい ●菜甲:蔬菜の初めて生じた葉 ●小摘:少しばかり摘む

9-27 《賓至》 杜甫

幽棲地僻經過少。老病人扶再拜難。豈有文章驚海內。漫勞車馬駐江干。竟日淹留佳客坐。百年麤糲腐儒餐。不嫌野外無供給。乘興還來看藥欄。

《賓 至る》
幽棲 地 僻にして 経過 少なく。老病 人 扶けて 再拝すること難し。豈に文章の海内を驚かす有らんや。漫りに車馬の江干に駐まるを労す。竟日 淹留して 佳客 坐し。百年 麤糲 腐儒 餐す。野外 供給 無きを嫌はずんば。興に乗じて還た来たって薬欄を看よ。

※●再拜:客に向かって二度おじぎする ●麤糲:粗くついた米。玄米 ●藥欄:薬草園の手すり

9-28 《狂夫》 杜甫

萬里橋西一草堂。百花潭水卽滄浪。風含翠篠娟娟淨。雨裛紅蕖冉冉香。厚祿故人書斷絕。恆飢稚子色凄涼。欲塡溝壑惟疎放。自笑狂夫老更狂。

《狂夫》
万里橋西の一草堂。百花潭水 即ち滄浪。風は含む 翠篠の娟娟として浄きを。雨は裛む 紅蕖の冉冉として香しきを。厚禄の故人 書 断絶。恒飢の稚子 色 凄涼。溝壑に塡せんと欲するも 惟だ疎放。自ら笑ふ 狂夫 老いて更に狂するを。

※●萬里橋:錦江にかかる橋 ●百花潭:浣花渓をさす ●翠篠:青々としたシノダケ ●紅蕖:赤い蓮の花 ●塡溝壑:溝や谷にはまって野垂れ死ぬ

9-29 《田舍》 杜甫

田舍淸江曲。柴門古道旁。草深迷市井。地僻懶衣裳。楊柳枝枝弱。枇杷對對香。鸕鷀西日照。曬翅滿漁梁。

《田舎》
田舎 清江の曲。柴門 古道の旁。草 深くして 市井に迷ひ。地 僻して衣裳に懶し。楊柳 枝枝 弱く。枇杷 対対 香し。鸕鷀 西日 照りて。翅を晒して漁梁に満つ。

※●對對:ビワの実の一対一対 、●鸕鷀:鳥のウ

9-30 《江村》 杜甫

淸江一曲抱村流。長夏江村事事幽。自去自來梁上燕。相親相近水中鷗。老妻畫紙爲棊局。稚子敲針作釣鉤。但有故人供祿米(多病所須惟藥物)。微軀此外更何求。

《江村》
清江 一曲 村を抱きて流る。長夏 江村 事事 幽なり。自ら去り 自ら来たる 梁上の燕。相ひ親しみ 相ひ近づく 水中の鷗。老妻 紙に画きて 棋局を為し。稚子 針を敲きて 釣鉤を作る。但だ 故人の禄米を供する有り(多病 須つ所は 惟だ薬物)。微軀 此の外 更に何をか求めん。

※●但有故人供祿米:仇本は文苑英華に従い、このように作る。他本はみな「多病所須惟藥物」に作り、豹軒もこれに従わんという。ここでは検索の便を考え、双方を併記する

9-31 《江漲》 杜甫

江漲柴門外。兒童報急流。下牀高數尺。倚杖沒中洲。細動迎風燕。輕搖逐浪鷗。漁人縈小楫。容易拔船頭。

《江 漲る》
江 漲る 柴門の外。児童 急流を報ず。床を下れば 高きこと数尺。杖に倚れば 中洲に没す。細かに動く 風を迎ふる燕。軽く揺らぐ 浪を逐ふ鷗。漁人 小楫を縈(マト)ひ。容易に船頭を抜く。

※●縈小楫:豹軒の字解は、小さな楫を流されぬよう縄でくくりつける、と解す。あるいは「小楫を縈(メグ)らす」とも読める ●拔船頭:舟人の用語で、舟の舳先の向きを変えることだという

9-32 《野老》 杜甫

野老籬邊江岸廻。柴門不正逐江開。漁人網集澄潭下。估客船隨返照來。長路關心悲劍閣。片雲何事傍琴臺。王師未報收東郡。城闕秋生畫角哀。

《野老》
野老の籬辺 江岸 廻る。柴門 正しからず 江を逐ひて開く。漁人の網は集まる 澄潭の下。估客の船は 返照に随ひて来たる。長路 関心 剣閣を悲しむ。片雲 何事ぞ 琴台に傍ふ。王師 未だ報ぜず 東郡を収むるを。城闕 秋 生じて 画角 哀し。

※●柴門不正:門の形が真っ直ぐではない ●琴臺:司馬相如の古跡。《琴臺》詩を参照 ●東郡:洛陽以東の諸郡。乾元2年9月、洛陽および済・汝・鄭・滑の四州、賊軍の手に落つ

9-33 《雲山》 杜甫

京洛雲山外。音書靜不來。神交作賦客。力盡望鄕臺。衰疾江邊臥。親朋日暮廻。白鷗元水宿。何事有餘哀。

《雲山》
京洛 雲山の外。音書 静かにして来たらず。神は交はる 作賦の客。力は尽く 望郷台。衰疾 江辺に臥し。親朋 日暮に廻る。白鷗 元より水に宿す。何事ぞ 余哀 有る。

※●神交:精神がまじわる ●作賦客:司馬相如。蜀の出身 ●望鄕臺:隋の蜀王秀の築いたうてなで、成都県北九里にありという ●

9-34 《遣興》 杜甫

干戈猶未定。弟妹各何之。拭淚霑襟血。梳頭滿面絲。地卑荒野大。天遠暮江遲。衰疾那能久。應無見汝期。

《興を遣る》
干戈 猶ほ未だ定まらず。弟妹 各〻 何くにか之く。涙を拭へば 襟を霑ほすの血。頭を梳れば 満面の糸。地 卑くして 荒野 大に。天 遠くして 暮江 遅し。衰疾 那んぞ能く久しからん。応に汝を見る期 無からるべし。

※●滿面絲:顔中にふりかかる白髪

9-35 《遣愁》 杜甫

養拙蓬爲戶。茫茫何所開。江通神女館。地隔望鄕臺。漸惜容顏老。無由弟妹來。兵戈與人事。回首一悲哀。

《愁ひを遣る》
拙を養ひて 蓬もて 戸と為す。茫茫として何の開く所ぞ。江は通ず 神女館。地は隔つ 望郷台。漸く惜しむ 容顔の老ゆるを。弟妹の来たるに由 無し。兵戈と人事と。首を回らせば 一に悲哀なり。

※●神女館:巫山の神女の廟。䕫州の巫山県治の西北二百五十歩にありという ●望鄕臺:前々詩参照

9-36 《杜鵑行》 杜甫 あるいは 司空曙

古時杜宇稱望帝。魂作杜鵑何微細。跳枝竄葉樹木中。搶佯瞥捩雌隨雄。毛衣慘黑貌憔悴。眾鳥安肯相尊崇。隳形不敢栖華屋。短翮惟願巢深叢。穿皮啄朽觜欲禿。苦飢始得食一蟲。誰言養雛不自哺。此語亦足爲愚蒙。聲音咽咽如有謂。號啼略與嬰兒同。口乾垂血轉迫促。似欲上訴於蒼穹。蜀人聞之皆起立。至今相效傳微風。迺知變化不可窮。豈思昔日居深宮。嬪嬙左右如花紅。

《杜鵑行》
古時 杜宇 望帝と称す。魂 杜鵑と作る 何ぞ微細なる。枝に跳り 葉に竄る 樹木の中。搶佯 瞥捩 雌 雄に随ふ。毛衣 惨黒 貌 憔悴す。衆鳥 安んぞ肯へて 相ひ尊崇せん。隳形 敢へて華屋に栖まず。短翮 惟だ深叢に巣くふを願ふ。皮を穿ち 朽に啄み 觜 禿せんと欲す。苦飢 始めて一虫を食するを得。誰か言ふ 雛を養ふに自ら哺せずと。此の語も亦た愚蒙と為すに足る。声音 咽咽として 謂ふ有るが如く。号啼 略ぼ嬰児と同じ。口 乾き 血を垂れて 転た迫促。上りて蒼穹に訴へんと欲するに似たり。蜀人 之を聞きて皆 起立す。今に至るも 相ひ効ひて 微風を伝ふ。迺ち知る 変化 窮むべからざるを。豈に思はんや 昔日 深宮に居り。嬪嬙 左右 花の如く紅なりしを。

※この詩、文苑英華には司空曙の作という。豹軒もこの詩は他人の作が杜甫の集にまぎれこんだものとし、内容も見るに足らずとして解釈を省略する

9-37 《題壁上韋偃畫馬歌》 杜甫

韋侯別我有所適。知我憐渠畫無敵。戲拈禿筆掃驊騮。欻見騏驎出東壁。一匹齕草一匹嘶。坐看千里當霜蹄。時危安得眞致此。與人同生亦同死。

《壁上の韋偃が画馬に題する歌》
韋侯 我に別れて 適く所有り。我が 渠の画 敵する無きを憐むを知る。戯れに禿筆を拈りて 驊騮を掃へば。欻ち見る 騏驎の東壁に出づるを。一匹は草を齕み 一匹は嘶く。坐ろに看る 千里 霜蹄に当たるを。時 危くして 安んぞ得ん 真に此を致して。人と生を同じくし 亦た死を同じくするを。

※●韋偃:馬を画くのに巧みで名あり。京兆の人で蜀に寓居す ●致此:画中の馬をこちらへ招致する

9-38 《戲題王宰畫山水圖歌》 杜甫

十日畫一水。五日畫一石。能事不受相促迫。王宰始肯留眞跡。壯哉崑崙方壺圖。挂君高堂之素壁。巴陵洞庭日本東。赤岸水與銀河通。中有雲氣隨飛龍。舟人漁子入浦漵。山水盡亞洪濤風。尤工遠勢古莫比。咫尺應須論萬里。焉得幷州快剪刀。剪取吳松半江水。

《王宰が画山水図に戯れに題する歌》
十日に一水を画き。五日に一石を画く。能事 相ひ促迫するを受けず。王宰 始めて肯へて真跡を留む。壮なるかな 崑崙 方壺の図。君が高堂の素壁に挂く。巴陵 洞庭 日本の東。赤岸の水は 銀河と通ず。中ごろ 雲気の飛竜に随ふ有り。舟人 漁子 浦漵に入る。山水 尽く亜ぐ 洪濤の風に。尤も遠勢に工みにして 古にも比する莫し。咫尺 応に須らく 万里を論ずべし。焉んぞ 幷州の快剪刀を得て。剪取せん 呉松 半江の水。

※●王宰:蜀の人。蜀の山水を画くのに巧みだったという ●促迫:せかす、催促する ●崑崙:西方にあるという仙山 ●方壺:東海中にあるという仙山 ●巴陵:山名。岳陽県治の西南隅、洞庭湖に臨む ●赤岸:山名。揚州江都県にあり ●亞:画のなかで下に位置する ●洪濤風:大波を吹く風 ●吳松:呉の地の松江。かつて杜甫が遊歴したところ

9-39 《戲爲韋偃雙松圖歌》 杜甫

天下幾人畫古松。畢宏已老韋偃少。絕筆長風起纖末。滿堂動色嗟神妙。兩株慘裂苔蘚皮。屈鐵交錯廻高枝。白摧朽骨龍虎死。黑入大陰雷雨垂。松根胡僧憩寂寞。龐眉皓首無住著。偏袒右肩露雙腳。葉裏松子僧前落。韋侯韋侯數相見。我有一匹好東絹。重之不減錦繡段。已令拂拭光凌亂。請君放筆爲直幹。

《戯れに韋偃が双松図の歌を為る》
天下 幾人か 古松を画く。畢宏は已に老い 韋偃は少し。筆を絶てば 長風 繊末より起こり。満堂 色を動かして 神妙を嗟す。両株 惨裂す 苔蘚の皮。屈鉄 交錯して 高枝 廻る。白なるは 朽骨 摧けて 竜虎 死し。黒なるは 大陰に入りて雷雨 垂る。松根の胡僧は 寂寞たるに憩ひ。龐眉 皓首 住著 無し。右肩を偏袒して 双脚を露はす。葉裏 松子は 僧前に落つ。韋侯 韋侯 数〻 相ひ見る。我に一匹の好東絹 有り。之を重んずること 錦繡段にも減ぜず。已に払拭せしめて 光 凌乱たり。請ふ 君 筆を放って 直幹を為れ。

※●韋偃:前々詩参照 ●畢宏:古松を画くに巧みで知られた。官は天宝年間に御史、その後、給事中、京兆少尹など ●絕筆:書き終わって筆をおく ●纖末:松の葉末 ●白・黑:松の幹の色 ●無住著:ひとところに留まらない ●東絹:諸説あり。関東の絹とも、成都の東、鵞渓の絹とも ●請君:仇本は君を公に作る ●直幹:まっすぐな幹の松。戯れでいう

9-40 《北鄰》 杜甫

明府豈辭滿。藏身方吿勞。靑錢買野竹。白幘岸江皐。愛酒晉山簡。能詩何水曹。時來訪老疾。步屧到蓬蒿。

《北隣》
明府 豈に満を辞せん。身を蔵さんと 方に労を告ぐ。青銭 野竹を買ひ。白幘 江皐に岸(カタム)く。酒を愛すること 晋の山簡。詩を能くすること 何水曹。時に来たって 老疾を訪ひ。歩屧 蓬蒿に到る。

※●明府:県令 ●辭滿:十分な禄高まで出世するのを待ってから官を辞する。謝霊運の詩に「辭滿豈多秩」とあり ●吿勞:公務の労苦を告げて辞職する ●晉山簡:山濤の子 ●何水曹:梁の詩人何遜。天監年間に建安王の水曹行参軍兼記室となる

9-41 《南鄰》 杜甫

錦里先生烏角巾。園收芋栗不全貧。慣看賓客兒童喜。得食階除鳥雀馴。秋水纔深四五尺。野航恰受兩三人。白沙翠竹江村暮。相送柴門月色新。

《南隣》
錦里先生 烏角巾。園に芋栗を収め 全くは貧ならず。賓客を看るに慣れて 児童 喜び。階除に食するを得て 鳥雀 馴る。秋水 纔かに深し 四五尺。野航 恰も受く 両三人。白沙 翠竹 江村の暮。相ひ送れば 柴門 月色 新たなり。

※●南鄰:後詩によれば朱山人という隠遁者 ●錦里先生:錦里は錦江の里。朱山人を指すという見方と、杜甫自身を指すという見方がある。後者の場合、この詩は朱山人が杜甫の草堂を訪ね来た様子を詠んでいることになる。豹軒は後者を推している

9-42 《過南鄰朱山人水亭》 杜甫

相近竹參差。相過人不知。幽花欹滿樹。細水曲通池。歸客村非遠。殘樽席更移。看君多道氣。從此數追隨。

《南隣の朱山人が水亭に過る》
相ひ近くして 竹 参差たり。相ひ過れども 人 知らず。幽花 欹きて樹に満ち。細水 曲りて池に通ず。帰客 村 遠きに非ず。残樽 席 更に移す。看る 君が道気 多きを。此れより数〻 追随せん。

※●歸客:杜甫自身のこと ●村非遠:遠い村まで帰るわけではない ●道氣:道家の雰囲気、風格

9-43 《因崔五侍御寄高彭州一絕》 杜甫

百年已過半。秋至轉飢寒。爲問彭州牧。何時救急難。

《崔五侍御に因りて高彭州に寄す一絶》
百年 已に半ばを過ぐ。秋 至りて 転た飢寒なり。為めに問へ 彭州の牧。何れの時か急難を救はんやと。

※●高彭州:高適。ときに彭州刺史 ●爲問:我がために、高適に問えと、崔五侍御に頼んでいる

9-44 《奉簡高三十五使君》 杜甫

當代論才子。如公復幾人。驊騮開道路。鷹隼出風塵。行色秋將晚。交情老更親。天涯喜相見。披豁對吾眞。

《高三十五使君に簡を奉る》
当代 才子を論ずるに。公の如きは 復た幾人ぞ。驊騮 道路 開け。鷹隼 風塵を出づ。行色 秋 将に晩れんとし。交情 老いて更に親し。天涯 喜ぶ 相ひ見て。披豁して吾が真に対するを。

※●高三十五使君:高適 ●開道路:前に道が開ける ●披豁:胸襟を開く

9-45 《和裴迪登新津寺寄王侍郞》 杜甫

何恨倚山木。吟詩秋葉黃。蟬聲集古寺。鳥影度寒塘。風物悲遊子。登臨憶侍郞。老夫貪佛日。隨意宿僧房。

《裴迪が新津の寺に登りて王侍郎に寄するに和す》
何をか恨んで 山木に倚る。詩を吟ずれば秋葉 黄ならん。蟬声 古寺に集まり。鳥影 寒塘を度る。風物 遊子を悲しませ。登臨 侍郎を憶ふ。老夫 仏日を貪り。随意に僧房に宿す。

※原注に「王、時牧蜀」とあり ●裴迪:詩人。王維の親友 ●新津:県名。成都の西南 ●王侍郞:詳細不明。原注によれば蜀州の刺史 ●佛日:太陽のごとき仏の徳

9-46 《贈蜀僧閭丘師兄》 杜甫

大師銅梁秀。籍籍名家孫。嗚呼先博士。炳靈精氣奔。惟昔武皇后。臨軒御乾坤。多士盡儒冠。墨客藹雲屯。當時上紫殿。不獨卿相尊。世傳閭丘筆。峻極逾崑崙。鳳藏丹霄暮。龍去白水渾。靑熒雪嶺東。碑碣舊製存。斯文散都邑。高價越璵璠。晚看作者意。妙絕與誰論。吾祖詩冠古。同年蒙主恩。豫章夾日月。歲久空深根。小子思疎闊。豈能達詞門。窮秋一揮淚。相遇卽諸昆。我住錦官城。兄居祇樹園。地近慰旅愁。往來當丘樊。天涯歇滯雨。粳稻臥不翻。漂然薄遊倦。始與道侶敦。景晏步修廊。而無車馬喧。夜闌接軟語。落月如金盆。漠漠世界黑。驅驅爭奪繁。惟有摩尼珠。可照濁水源。

《蜀僧 閭丘師兄に贈る》
大師は 銅梁の秀。籍籍たり 名家の孫。嗚呼 先博士。炳霊 精気 奔る。惟れ昔 武皇后。軒に臨みて乾坤を御す。多士 尽く儒冠。墨客 藹として雲屯す。当時 紫殿に上るは。独り卿相の尊きのみならず。世に伝ふ 閭丘の筆。峻極 崑崙に逾ゆと。鳳 蔵れて 丹霄 暮れ。竜 去って 白水 渾る。青熒たり 雪嶺の東。碑碣 旧製 存す。斯文 都邑に散じ。高価 璵璠に越ゆ。晩に看る 作者の意。妙絶 誰と与に論ぜん。吾が祖 詩 古に冠たり。同年 主恩を蒙る。予章 日月を夾み。歳 久しくして 空しく深根あり。小子 思ひ疎闊なり。豈に能く詞門に達せん。窮秋 一たび涙を揮ひ。相ひ遇へば 即ち諸昆なり。我は住す 錦官城。兄は居る 祇樹の園。地 近くして 旅愁を慰む。往来 丘樊に当る。天涯 滞雨 歇み。粳稲 臥して翻らず。漂然として薄遊 倦み。始めて道侶と敦くす。景 晏れて 修廊に歩し。而も車馬の喧しき無し。夜闌にして 軟語に接し。落月 金盆の如し。漠漠として 世界 黒く。駆駆として 争奪 繁し。惟だ摩尼の珠有り。濁水の源を照らすべし。

※原注に「太原博士均之孫」とあり ●閭丘師兄:原注によれば、この僧侶は閭丘均の孫。閭丘均は成都の人、文章を以て名あり、景竜年間に安楽公主の推薦で太常博士となる ●銅梁:蜀の山の名。涪江の南にあり ●鳳藏・龍去:閭丘均が没したことをいう ●雪嶺:松州嘉城県の東にある山。その東は蜀 ●璵璠:美玉 ●吾祖:杜甫の祖父・杜審言 ●空深根:根だけは深いが枝葉が茂らない。祖先は立派なのに子孫(杜甫)が振るわない ●秪樹園:祇園に同じ。寺の意 ●而無車馬喧:陶淵明の句を借用 ●軟語:しずかな話 ●摩尼珠:宝珠の名。仏法の清浄なる光明の象徴

9-47 《泛溪》 杜甫

落景下高堂。進舟泛廻溪。誰謂築居小。未盡喬木西。遠郊信荒僻。秋色有餘淒。練練峰上雪。纖纖雲表霓。童戲左右岸。罟弋畢提攜。翻倒荷芰亂。指揮徑路迷。得魚已割鱗。採藕不洗泥。人情逐鮮美。物賤事已睽。吾村靄暝姿。異舍鷄亦棲。蕭條欲何適。出處庶可齊。衣上見新月。霜中登故畦。濁醪自初熟。東城多鼓鼙。

《渓に泛ぶ》
落景に 高堂より下り。舟を進めて 廻渓に泛ぶ。誰か謂ふ 築居 小なりと。未だ尽くさず 喬木の西。遠郊 信に荒僻にして。秋色 余淒 有り。練練たり 峰上の雪。繊繊たり 雲表の霓。童は戯る 左右の岸。罟弋 畢く提携す。翻倒して 荷芰 乱れ。指揮して 径路 迷ふ。魚を得て 已に鱗を割き。藕を採りて 泥を洗はず。人情 鮮美を逐ふ。物 賤しければ 事 已に睽(ソム)く。吾が村 暝姿 靄たり。異舎 鶏も亦た棲む。蕭条 何くにか適かんと欲する。出処 庶はくは 斉しくすべし。衣上 新月を見。霜中 故畦 登(ミノ)る。濁醪 自づから初めて熟す。東城 鼓鼙 多し。

※●泛溪:浣花渓に舟をうかべる ●廻溪:曲がっている渓流。仇本は「迥溪」に作る。この異同について豹軒の字解に言及なし ●罟弋:魚をとる網と鳥をとる射くるみ ●異舍:よその家 ●東城:成都の街は浣花渓の東にある

9-48 《出郭》 杜甫

霜露晚凄凄。高天逐望低。遠煙鹽井上。斜景雪峰西。故國猶兵馬。他鄕亦鼓鼙。江城今夜客。還與舊烏啼。

《郭を出づ》
霜露 晩に凄凄たり。高天 望を逐ひて低る。遠煙は 塩井の上。斜景は 雪峰の西。故国は 猶ほ兵馬。他郷も 亦た鼓鼙。江城 今夜の客。還た旧烏と与に啼く。

※●遠煙:この煙は製塩の煙 ●雪峰:雪山。雪嶺とも。松州嘉城県の東にある山 ●故國:故郷の洛陽

9-49 《恨別》 杜甫

洛城一別四千里。胡騎長驅五六年。草木變衰行劍外。兵戈阻絕老江邊。思家步月淸宵立。憶弟看雲白日眠。聞道河陽近乘勝。司徒急爲破幽燕。

《別れを恨む》
洛城 一別 四千里。胡騎 長駆す 五六年。草木 変衰して 剣外に行き。兵戈 阻絶して 江辺に老ゆ。家を思ひ 月に歩して 清宵に立ち。弟を憶ひ 雲を看て 白日に眠る。聞くならく 河陽 近ごろ勝ちに乗ずと。司徒 急ぎ為めに 幽燕を破れ。

※●胡騎:安史の乱の賊軍の騎兵 ●劍外:剣門の外。蜀 ●河陽近乘勝:上元元年3月、李光弼、安太清を懐州城下に破り、4月には史思明を河陽の西渚に破る ●幽燕:現在の北京あたり。賊軍の根拠地

9-50 《散愁二首 其一》 杜甫

久客宜旋旆。興王未息戈。蜀星陰見少。江雨夜聞多。百萬傳深入。寰區望匪他。司徒下燕趙。收取舊山河。

《愁ひを散ず二首 其の一》
久客 宜しく旆を旋すべし。興王 未だ戈を息めず。蜀星 陰りて見ゆること少なく。江雨 夜に聞くこと多し。百万 深く入るを伝ふ。寰区 望むは他に匪ず。司徒 燕趙を下して。収取せよ 旧山河。

※●旋旆:旗をかえす。故郷へ戻る ●興王:中興の主。粛宗のこと ●寰區:天下 ●燕趙:賊軍の根拠地

9-51 《散愁二首 其二》 杜甫

聞道幷州鎭。尙書訓士齊。幾時通薊北。當日報關西。戀闕丹心破。霑衣皓首啼。老魂招不得。歸路恐長迷。

《愁ひを散ず二首 其の二》
聞くならく 幷州の鎮。尚書 士を訓すること斉(トトノ)ふと。幾時にか薊北に通じて。当日 関西に報ぜん。闕を恋ひて 丹心 破れ。衣を霑して 皓首 啼く。老魂 招き得ず。帰路 恐らくは長く迷はん。

※●幷州鎭:太原をいう。高祖挙兵の地であることから、唐では長安・洛陽に次ぐ北京とされた ●尙書:兵部尚書・王思礼。乾元2年7月、太原尹・北京留守を兼ねた ●通薊北:賊軍を亡ぼして、その根拠地である薊州の北の方まで道が通ずる ●關西:函谷関の西、すなわち長安

9-52 《建都十二韻》 杜甫

蒼生未蘇息。胡馬半乾坤。議在雲臺上。誰扶黃屋尊。建都分魏闕。下詔闢荆門。恐失東人望。其如西極存。時危當雪恥。計大豈輕論。雖倚三階正。終愁萬國翻。牽裾恨不死。漏網辱殊恩。永負漢庭哭。遙憐湘水魂。窮冬客江劍。隨事有田園。風斷靑蒲節。霜埋翠竹根。衣冠空穰穰。關輔久昏昏。願枉長安日。光輝照北原。

《都を建つ十二韻》
蒼生 未だ蘇息せず。胡馬 乾坤に半ばす。議は 雲台の上に在り。誰か 黄屋の尊を扶けん。都を建てて魏闕を分かち。詔を下して荊門を闢く。東人の望みを失ふを恐るるも。其れ 西極の存するを如んせん。時 危ふくして 当に恥を雪ぐべし。計 大なり 豈に軽〻しく論ぜんや。三階の正しきに倚ると雖も。終に愁ふ 万国の翻るを。裾を牽きて死せざりしを恨み。網より漏れて殊恩を辱なくす。永く負く 漢庭の哭。遥かに憐む 湘水の魂。窮冬 江剣に客たり。随事 田園 有り。風は断つ 青蒲の節。霜は埋む 翠竹の根。衣冠 空しく穣穣たり。関輔 久しく昏昏たり。願はくは長安の日を枉げて。光輝 北原を照さん。

※●建都:至徳2年、成都を南京、鳳翔を西京とし、長安を中京と改めたが、上元元年9月、改めて荊州に南都を置き、江陵府とした。この詩、このことに反対する ●黃屋尊:天子の尊きこと ●荆門:荊門山。借りて荊州をさす ●東人:荊州の人 ●西極:諸説あり。豹軒は当時西京たる鳳翔を指すとする ●雪恥:賊軍に負けた恥をそそぐ ●三階正:泰階という星座は、上中下三階より成り、三階平正なれば天下泰平であるという ●牽裾:天子の裾を引いて強諫すること。杜甫はかつて左拾遺 ●漏網:刑罰の網から漏れて罪を許されること ●漢庭哭:漢の賈誼が国事を憂えて痛哭した故事 ●湘水魂:楚の屈原が懐王を諫めて湘水のほとりに流され、汨羅に身を投じた故事 ●江劍:錦江と剣門。蜀をさす ●關輔:関中(長安)の輔けとなる周辺地域。長安の三輔は扶風・馮翊・京兆

9-53 《村夜》 杜甫

風色蕭蕭暮。江頭人不行。村舂雨外急。鄰火夜深明。胡羯何多難。樵漁寄此生。中原有兄弟。萬里正含情。

《村夜》
風色 蕭蕭として暮れ。江頭 人 行かず。村舂 雨外 急に。隣火 夜深に明らかなり。胡羯 何ぞ多難なる。樵漁に 此の生を寄す。中原に 兄弟有り。万里 正に情を含む。

※●村舂:村の水車が米をつく音 ●胡羯:北方の異民族。安史の乱の賊軍のこと ●此生:仇本は「生」を「身」に作るが、身では韻が合わない

9-54 《寄楊五桂州譚》 杜甫

五嶺皆炎熱。宜人獨桂林。梅花萬里外。雪片一冬深。聞此寬相憶。爲邦復好音。江邊送孫楚。遠附白頭吟。

《楊五桂州譚に寄す》
五嶺は 皆 炎熱。人に宜しきは 独り桂林のみ。梅花 万里の外。雪片 一冬 深し。此を聞きて 相憶を寛にず。邦を為むるは 復た好音。江辺 孫楚を送る。遠く附す 白頭の吟。

※原注に「因州參軍段子之任」とあり ●楊五桂州譚:桂州刺史の楊譚。五は排行。原注によれば、桂州の参軍として赴任する段某に託してこの詩を寄せたもの ●五嶺:広東・広西の北にある五つの嶺 ●桂林:桂州をさす ●梅花:五嶺の一つ、大庾嶺は梅花で有名 ●孫楚:晋の石苞の参軍。段某をたとえる

9-55 《西郊》 杜甫

時出碧鷄坊。西郊向草堂。市橋官柳細。江路野梅香。傍架齊書帙。看題檢藥囊。無人覺來往。疎懶意何長。

《西郊》
時に出づ 碧鶏坊。西郊より 草堂に向ふ。市橋 官柳 細く。江路 野梅 香し。架に傍ひて 書帙を斉へ。題を看て 薬囊を検す。人の来往を覚(サト)る無し。疎懶の意 何ぞ長き。

※●碧鷄坊:成都城の西南の街区 ●無人覺來往:作者の行き来に気づく人もいない

9-56 《和裴迪登蜀州東亭送客逢早梅相憶見寄》 杜甫

東閣官梅動詩興。還如何遜在揚州。此時對雪遙相憶。送客逢春可自由。幸不折來傷歲暮。若爲看去亂鄕愁。江邊一樹垂垂發。朝夕催人自白頭。

《裴迪が蜀州の東亭に登りて客を送り早梅に逢ひて相ひ憶ひて寄せらるるに和す》
東閣の官梅 詩興を動かす。還た 何遜が揚州に在りしが如し。此の時 雪に対して遥かに相ひ憶ふ。客を送り 春に逢ふ 自由なるべし。幸ひに 折り来たりて歳暮を傷ましめず。若為(イカデ)か 看去って 郷愁を乱さん。江辺の一樹 垂垂として発す。朝夕 人を催して 自づから白頭ならしむ。

※●蜀州:成都の西百里に在り ●何遜:梁の詩人。天監6年、揚州刺史建安王偉の記室として揚州にあり、早梅詩を作る ●折來傷歲暮:梅の枝を折ってよこして、年の暮れをいたむ気持ちを起こさせる

9-57 《暮登四安寺鐘樓寄裴十迪》 杜甫

暮倚高樓對雪峰。僧來不語自鳴鐘。孤城返照紅將斂。近市浮煙翠且重。多病獨愁常闃寂。故人相見未從容。知君苦思緣詩瘦。太向交游萬事慵。

《暮に四安寺の鐘楼に登りて裴十迪に寄す》
暮に高楼に倚りて 雪峰に対す。僧 来たりて語らず 自ら鐘を鳴らす。孤城の返照 紅 将に斂まらんとし。近市の浮煙 翠にして且つ重なる。多病 独愁 常に闃寂たり。故人 相ひ見るも 未だ従容たらず。知る 君が苦思 詩に縁りて痩せたるを。太だ交游に向かひて 万事 慵し。

※●四安寺:蜀州新津県の南二里の寺 ●裴十迪:裴迪 ●闃寂:さびしい ●從容:ゆっくり、ゆったり

9-58 《寄贈王十將軍承俊》 杜甫

將軍膽氣雄。臂懸兩角弓。纏結靑驄馬。出入錦城中。時危未授鉞。勢屈難爲功。賓客滿堂上。何人高義同。

《王十将軍承俊に寄贈す》
将軍 胆気 雄にして。臂に懸く 両角弓。纏結す 青驄馬。出入す 錦城の中。時 危くして 未だ鉞を授けられず。勢ひ 屈して 功を為し難し。賓客 堂上に満つるも。何人か 高義 同じからん。

※●王十將軍承俊:将軍の官にある王承俊。十は排行 ●纏結:馬の装飾具をまとい、結ぶ ●鉞:まさかり。賊を討伐する権限をさす

9-59 《奉酬李都督表丈早春作》 杜甫

力疾坐淸曉。來詩悲早春。轉添愁伴客。更覺老隨人。紅入桃花嫩。靑歸柳葉新。望鄕應未已。四海尙風塵。

《李都督表丈が早春の作に酬い奉る》
疾を力めて 清暁に坐し。来詩 早春を悲しむ。転た添ふ 愁ひの客に伴ふを。更に覚ゆ 老いの人に随ふを。紅は 桃花に入りて嫩かく。青は 柳葉に帰して新たなり。望郷 応に未だ已まざるべし。四海 尚ほ風塵。

※●表丈:表丈人。表伯叔。父の姉妹の夫、あるいは母の兄弟 ●力疾:やまいをおして ●來詩:送られて来た詩。李都督の早春の作

9-60 《題新津北橋樓》 杜甫

望極春城上。開筵近鳥巢。白花簷外朵。靑柳檻前梢。池水觀爲政。廚煙覺遠庖。西川供客眼。惟有此江郊。

《新津の北の橋楼に題す》
望みは極まる 春城の上。筵を開いて 鳥巣に近し。白花 簷外の朶。青柳 檻前の梢。池水に 為政を観。厨煙に 遠庖を覚ゆ。西川 客眼に供するは。惟だ此の江郊有るのみ。

※●新津:県名。蜀州に属す。成都の西南 ●池水觀爲政:池の水の清らかさから、まつりごとも清らかであるのを見る ●遠庖:礼記・玉藻に「君子遠庖厨」とあり。台所は殺生をなすところなので、君子はこれを遠くに置く

9-61 《遊修覺寺》 杜甫

野寺江天豁。山扉花竹幽。詩應有神助。吾得及春遊。徑石相縈帶。川雲自去留。禪枝宿眾鳥。漂轉暮歸愁。

《修覚寺に遊ぶ》
野寺 江天 豁(ヒロ)く。山扉 花竹 幽なり。詩 応に 神助 有るべし。吾 春遊に及ぶを得たり。径石 相ひ縈帯し。川雲 自づから去留す。禅枝 衆鳥 宿す。漂転 暮帰 愁ふ。

※●修覺寺:新津県治の東南五里の修覚山にある寺 ●漂轉:漂泊流転。自身の生涯をいう

9-62 《後遊》 杜甫

寺憶曾遊處。橋憐再渡時。江山如有待。花柳更無私。野潤煙光薄。沙暄日色遲。客愁全爲減。捨此復何之。

《後遊》
寺には憶ふ 曽遊の処。橋には憐む 再渡の時。江山 待つ有るが如く。花柳 更に私無し。野 潤ひて 煙光 薄く。沙 暄かにして 日色 遅し。客愁 全く為めに減ず。此を捨(オ)きて 復た何くにか之かん。

※●後遊:前詩のあと、ふたたび同寺に遊んだことをいう

9-63 《絕句漫興九首 其一》 杜甫

眼見客愁愁不醒。無賴春色到江亭。卽遣花開深造次。便敎鶯語太丁寧。

《絶句漫興九首 其の一》
眼に見る 客愁 愁へて醒めざるを。無頼の春色 江亭に到る。即ち花をして開かしむるも深く造次なり。便ち鶯をして語らしめむるも太だ丁寧なり。

※●無賴:ろくでなし ●造次:だしぬけ ●丁寧:くどい

9-64 《絕句漫興九首 其二》 杜甫

手種桃李非無主。野老牆低還是家。恰似春風相欺得。夜來吹折數枝花。

《絶句漫興九首 其の二》
手づから種うるの桃李 主無きに非ず。野老の牆 低きも 還た是れ家なり。恰も似たり 春風の相ひ欺(アナド)り得たるに。夜来 吹き折る 数枝の花。

9-65 《絕句漫興九首 其三》 杜甫

熟知茅齋絕低小。江上燕子故來頻。銜泥點汙琴書內。更接飛蟲打著人。

《絶句漫興九首 其の三》
茅斎の絶だ低小なるを熟知して。江上の燕子 故らに来たること頻なり。泥を銜みて点汚す 琴書の内。更に飛虫を接して 人を打著す。

※●接:連れて来る

9-66 《絕句漫興九首 其四》 杜甫

二月已破三月來。漸老逢春能幾回。莫思身外無窮事。且盡生前有限杯。

《絶句漫興九首 其の四》
二月 已に破れて 三月 来たる。漸老 春に逢ふこと 能く幾回ぞ。思ふ莫れ 身外 無窮の事。且つ尽くせ 生前 有限の杯。

※●破:残り少なくなる

9-67 《絕句漫興九首 其五》 杜甫

腸斷江春欲盡頭。杖藜徐步立芳洲。顚狂柳絮隨風舞。輕薄桃花逐水流。

《絶句漫興九首 其の五》
腸は断ゆ 江春 尽きんと欲する頭。藜を杖き 徐歩して 芳洲に立つ。顚狂の柳絮 風に随ひて舞ひ。軽薄の桃花 水を逐ひて流る。

9-68 《絕句漫興九首 其六》 杜甫

懶慢無堪不出村。呼兒日在掩柴門。蒼苔濁酒林中靜。碧水春風野外昏。

《絶句漫興九首 其の六》
懶慢 堪ふる無く 村を出でず。児を呼び 日〻に在りて 柴門を掩ふ。蒼苔 濁酒 林中 静かに。碧水 春風 野外 昏し。

※●無堪:物事に対処できる能力がない ●日在:毎日在宅している

9-69 《絕句漫興九首 其七》 杜甫

糝徑楊花鋪白氈。點溪荷葉疊靑錢。筍根雉子無人見。沙上鳧雛傍母眠。

《絶句漫興九首 其の七》
径に糝(マジ)はる楊花 白氈を舗き。渓に点ずる荷葉 青銭を畳む。筍根の雉子は 人の見る無く。沙上の鳧雛は 母に傍ひて眠る。

※●糝:乱雑に散らばっている

9-70 《絕句漫興九首 其八》 杜甫

舍西柔桑葉可拈。江畔細麥復纖纖。人生幾何春已夏。不放香醪如蜜甜。

《絶句漫興九首 其の八》
舎西の柔桑 葉 拈(ト)るべし。江畔の細麦 復た繊繊たり。人生 幾何ぞ 春 已に夏なり。放たず 香醪 蜜の如く甜きを。

※●不放:手から放さない

9-71 《絕句漫興九首 其九》 杜甫

隔戶楊柳弱嫋嫋。恰似十五女兒腰。誰謂朝來不作意。狂風挽斷最長條。

《絶句漫興九首 其の九》
戸を隔つる楊柳 弱くして嫋嫋たり。恰も 十五の女児の腰に似たり。誰か謂ふ 朝来 意を作さずと。狂風 挽き断つ 最長の条。

※●作意:風が柳の枝に対して思いを抱く

9-72 《客至》 杜甫

舍南舍北皆春水。但見羣鷗日日來。花徑不曾緣客掃。蓬門今始爲君開。盤飧市遠無兼味。樽酒家貧只舊醅。肯與鄰翁相對飮。隔籬呼取盡餘杯。

《客 至る》
舎南 舎北 皆 春水。只だ見る 群鷗の日日来たるを。花径 曽て客に縁りて掃はず。蓬門 今 始めて君が為めに開く。盤飧 市 遠くして 兼味 無く。樽酒 家 貧しくして 只だ 旧醅のみ。肯へて隣翁と相ひ対して飲まんや。籬を隔てて呼取して余杯を尽くさしめん。

※原注に「喜崔明府相過」とあり ●兼味:多くの種類のご馳走

9-73 《遣意二首 其一》 杜甫

囀枝黃鳥近。泛渚白鷗輕。一徑野花落。孤村春水生。衰年催釀黍。細雨更移橙。漸喜交游絕。幽居不用名。

《意を遣る二首 其の一》
枝に囀りて 黄鳥 近く。渚に泛びて 白鷗 軽し。一径 野花 落ち。孤村 春水 生ず。衰年 黍を醸すを催し。細雨 更に橙を移す。漸く喜ぶ 交游 絶ゆるを。幽居 名を用ひず。

※●釀黍:黍を原料に酒を醸造する ●移橙:ダイダイの木を移植する ●不用名:名誉名声は不用である

9-74 《遣意二首 其二》 杜甫

簷影微微落。津流脈脈斜。野船明細火。宿鷺起圓沙。雲掩初弦月。香傳小樹花。鄰人有美酒。稚子夜能賖。

《意を遣る二首 其の二》
簷影 微微として落ち。津流 脈脈として斜めなり。野船 細火 明らかに。宿鷺 円沙に起つ。雲は 初弦の月を掩ひ。香は 小樹の花より伝ふ。隣人 美酒有り。稚子 夜に能く賖る。

※●津流:渡し場の水流 ●初弦月:三日月 ●賖:ツケで買う

続きはこちら↓

タイトルとURLをコピーしました