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『杜少陵詩集』巻4~巻6

杜少陵詩集

巻4

4-1 《天育驃圖歌》 杜甫

吾聞天子之馬走千里。今之畫圖無乃是。是何意態雄且傑。騣尾蕭梢朔風起。毛爲綠縹兩耳黃。眼有紫熖雙瞳方。矯矯龍性含變化。卓立天骨森開張。伊昔太僕張景順。監牧攻駒閱淸峻。遂令大奴字天育。別養驥子憐神駿。當時四十萬匹馬。張公歎其材盡下。故獨寫眞傳世人。見之座右久更新。年多物化空形影。嗚呼健步無由騁。如今豈無腰褭與驊騮。時無王良伯樂死卽休。

《天育の驃の図の歌》
吾 聞く 天子の馬 千里を走ると。今の画図 乃ち是れなる無からんや。是れ 何の意態ぞ 雄 且つ傑。騣尾 蕭梢として 朔風 起る。毛は緑縹を為して 両耳 黄なり。眼に紫熖 有りて 双瞳 方なり。矯矯たる竜性 変化を含み。卓立せる天骨 森として開張す。伊れ昔 太僕 張景順。牧を監し 駒を攻して 清峻なるを閲す。遂に大奴をして 天育に字せしめ。別に驥子を養ひて 神駿なるを憐む。当時 四十万匹の馬。張公 其の材 尽く下れるを歎ず。故に独り真を写して 世人に伝ふ。之を座右に見れば 久しきも更に新たなり。年 多く 物 化して 空しく形影あり。嗚呼 健歩 騁するに由 無し。如今 豈に 腰褭と驊騮と無からんや。時に 王良 伯楽 無く 死して即ち休す。

※●天育:諸説あり。豹軒の字解は廐の名との説を採る ●驃:しらかげ。白ぶちの黄馬 ●張景順:唐の開元年間の人 ●攻駒:暴れ馬を飼いならす ●大奴:牧場で使っている奴隷のかしら ●字:生む、孕む、養う。つまり駿馬を種馬として繁殖させる ●久更新:いつまで長く見ていても、見るほどに目新しく感じる ●腰褭:鼻づらの赤い黒馬。一日に万里をゆくという ●驊騮:周の穆王の八駿の一 ●王良:いにしえの名御者

4-2 《驄馬行》 杜甫

鄧公馬癖人共知。初得花驄大宛種。夙昔傳聞思一見。牽來左右神皆竦。雄姿逸態何𡺚崒。顧影驕嘶自矜寵。隅目靑熒夾鏡懸。肉騣碨礧連錢動。朝來少試華軒下。未覺千金滿高價。赤汗微生白雪毛。銀鞍卻覆香羅帕。卿家舊賜公取之。天廏眞龍此其亞。晝洗須騰涇渭深。夕趨可刷幽幷夜。吾聞良驥老始成。此馬數年人更驚。豈有四蹄疾於鳥。不與八駿俱先鳴。時俗造次那得致。雲霧晦冥方降精。近聞下詔喧都邑。肯使騏驎地上行。

《驄馬行》
鄧公の馬癖 人 共に知る。初めて得たり 花驄 大宛の種。夙昔より伝聞して 一たび見んことを思ふ。牽き来れば 左右 神 皆 竦(アガ)る。雄姿 逸態 何ぞ𡺚崒たる。影を顧みて驕嘶し自ら寵を矜る。隅目 青熒として 夾鏡 懸り。肉騣 碨礧として 連銭 動く。朝来 少しく試む 華軒の下。未だ覚えず 千金の高価に満つるを。赤汗 微かに生ず 白雪の毛。銀鞍 却つて覆ふ 香羅帕。卿家の旧賜 公 之を取る。天厩の真竜 此れ 其の亜なり。昼洗 須らく騰るべし 涇渭の深きに。夕趨 刷くべし 幽幷の夜。吾 聞く 良驥は 老いて始めて成ると。此の馬 数年 人 更に驚かん。豈に 四蹄の鳥より疾くして。八駿と俱に先づ鳴かざること有らんや。時俗 造次に 那んぞ致すを得ん。雲霧 晦冥にして 方に精を降す。近く聞く 詔を下して 都邑に喧しと。肯へて騏驎をして地上に行かしめんや。

※原注あり「太常梁卿敕賜馬也。李鄧公愛而有之。命甫製詩」という ●夾鏡:左右からはさむ鏡。馬の両目をたとえていう ●連錢:銅銭をつらねたような模様 ●八駿:周の穆王の八頭の駿馬 ●造次:急遽あわただしく、かりそめの間 ●都邑:底本の白文は「都色」に作るが、書き下し文・字解は「都邑」となっている。仇註も「都邑」であり、「都色」は単なる誤植と思われる

4-3 《魏將軍歌》 杜甫

將軍昔著從事衫。鐵馬馳突重兩銜。被堅執銳略西極。崑崙月窟東嶄巖。君門羽林萬猛士。惡若哮虎子所監。五年起家列霜㦸。一日過海收風帆。平生流輩徒蠢蠢。長安少年氣欲盡。魏侯骨聳精爽緊。華嶽峰尖見秋隼。星纏寶校金盤陀。夜騎天駟超天河。欃槍熒惑不敢動。翠蕤雲旓相蕩摩。吾爲子起歌都護。酒闌插劍肝膽露。鉤陳蒼蒼玄武暮。萬歲千秋奉明主。臨江節士安足數。

《魏将軍の歌》
将軍 昔 従事の衫を著け。鉄馬 馳突して 両銜を重ぬ。堅を被り 鋭を執りて 西極を略し。崑崙 月窟 東に嶄巌たり。君門 羽林 万の猛士。悪 哮虎の若くなるは 子の監する所。五年 家より起って 霜㦸を列し。一日 海を過ぎて 風帆 収まる。平生の流輩 徒らに蠢蠢たり。長安の少年 気 尽きんと欲す。魏侯 骨 聳えて 精爽 緊なり。華岳 峰 尖りて 秋隼を見る。星纏の宝校 金の盤陀。夜 天駟に騎りて 天河を超ゆ。欃槍 熒惑 敢へて動かず。翠蕤 雲旓 相ひ蕩摩す。吾 子が為めに起って 都護を歌ふ。酒 闌にして 剣を挿みて 肝胆 露はる。鉤陳 蒼蒼として 玄武 暮る。万歳 千秋 明主に奉ぜん。臨江の節士 安んぞ数ふるに足らん。

※●重兩銜:くつわを二重に嚙ませる ●星纏寶校:顔延年の赭白馬賦に「寶鉸星纏」とあり、「校」は「鉸」が正しい。星がちりばめられたように美しい馬具の装飾 ●欃槍・熒惑:ほうきぼしと火星。いずれも兵乱の兆し ●鉤陳:星宿の名 ●玄武:星の名。玄武星が暮れに見えるのは秋だという ●臨江:漢の景帝、太子を廃して臨江王となり、王はのち自殺した

4-4 《白水明府舅宅喜雨得過字》 杜甫

吾舅政如此。古人誰復過。碧山晴又濕。白水雨偏多。精禱旣不昧。歡娛將謂何。湯年旱頗甚。今日醉絃歌。

《白水明府の舅が宅にて雨を喜ぶ。過字を得たり》
吾が舅 政 此くの如し。古人 誰か復た過ぎん。碧山 晴れて又た湿ひ。白水 雨 偏へに多し。精禱 既に昧ならず。歓娯 将に何をか謂はんとす。湯の年も 旱 頗る甚し。今日 酔ひて絃歌す。

※●白水:県名 ●明府:県令の尊称 ●舅:母方のおじ ●湯年:殷の湯王の時代。湯王は夏の暴君・桀王を討って殷王朝を建てた名君とされるが、その時代でさえも旱害は避けられなかった、ということ

4-5 《九日楊奉先會白水崔明府》 杜甫

今日潘懷縣。同時陸浚儀。坐開桑落酒。來把菊花枝。天宇淸霜淨。公堂宿霧披。晚酣留客舞。鳧舄共差池。

《九日 楊奉先 白水崔明府を会す》
今日の潘懐県。同時の陸浚儀。坐れば開く 桑落の酒。来りて把る 菊花の枝。天宇 清霜 浄く。公堂 宿霧 披く。晩酣 客を留めて舞はしむれば。鳧舄 共に差池たり。

※●楊奉先:奉先県令の楊氏 ●白水崔明府:前詩の「白水明府舅」。杜甫の母方は崔氏 ●潘懷縣:晋の潘岳。河内懐県の令をつとめた。楊奉先をなぞらえる ●陸浚儀:晋の陸機。浚儀県の令をつとめた。崔明府をなぞらえる ●鳧舄:鴨の形をしたくつ

4-6 《自京赴奉先縣詠懷五百字》 杜甫

杜陵有布衣。老大意轉拙。許身一何愚。竊比稷與契。居然成濩落。白首甘契闊。蓋棺事則已。此志常覬豁。窮年憂黎元。歎息腸內熱。取笑同學翁。浩歌彌激烈。非無江海志。蕭灑送日月。生逢堯舜君。不忍便永訣。當今廊廟具。構廈豈云缺。葵藿傾太陽。物性固難奪。顧惟螻蟻輩。但自求其穴。胡爲慕大鯨。輒擬偃溟渤。以兹悟生理。獨恥事干謁。兀兀遂至今。忍爲塵埃沒。終愧巢與由。未能易其節。沈飮聊自遣。放歌破愁絕。歲暮百草零。疾風高岡裂。天衢陰崢嶸。客子中夜發。霜嚴衣帶斷。指直不能結。凌晨過驪山。御榻在嵽嵲。蚩尤塞寒空。蹴踏崖谷滑。瑤池氣鬱律。羽林相摩戛。君臣留歡娛。樂動殷膠葛。賜浴皆長纓。與宴非短褐。彤庭所分帛。本自寒女出。鞭撻其夫家。聚斂貢城闕。聖人筐篚恩。實願邦國活。臣如忽至理。君豈棄此物。多士盈朝廷。仁者宜戰慓。況聞內金盤。盡在衞霍室。中堂有神仙。煙霧蒙玉質。煖客貂鼠裘。悲管逐淸瑟。勸客駝蹄羹。霜橙壓香橘。朱門酒肉臭。路有凍死骨。榮枯咫尺異。惆悵難再述。北轅就涇渭。官渡又改轍。羣水從西下。極目高崒兀。疑是崆峒來。恐觸天柱折。河梁幸未拆。枝撐聲窸窣。行李相攀援。川廣不可越。老妻寄異縣。十口隔風雪。誰能久不顧。庶往共饑渴。入門聞號咷。幼子餓已卒。吾寧捨一哀。里巷亦嗚咽。所愧爲人父。無食致夭折。豈知秋禾登。貧窶有倉卒。生常免租稅。名不隸征伐。撫跡猶酸辛。平人固騷屑。默思失業徒。因念遠戍卒。憂端齊終南。澒洞不可掇。

《京より奉先県に赴き 懐を詠ず五百字》
杜陵に布衣有り。老大にして意 転た拙なり。身を許すこと一に何ぞ愚なる。窃かに稷と契とに比す。居然として濩落を成し。白首 契闊に甘んず。棺を蓋へば 事 則ち已まん。此の志 常に豁なるを覬ふ。窮年 黎元を憂へ。歎息して 腸内 熱す。笑ひを同学の翁に取るも。浩歌 弥〻激烈なり。江海の志 無きに非ず。蕭灑として日月を送るも。生まれて 尭舜の君に逢へば。便ち永訣するに忍びず。当今 廊廟の具。構廈 豈に欠けたりと云はんや。葵藿 太陽に傾く。物性 固に奪ひ難し。顧みて惟ふに 螻蟻の輩。但だ自ら其の穴を求む。胡為れぞ大鯨を慕ひて。輒ち溟渤に偃せんと擬するや。兹を以て生理を悟るも。独り干謁を事とするを恥づ。兀兀として遂に今に至れり。塵埃に没せらるるに忍びんや。終に巣と由とに愧づるも。未だ其の節を易ふる能はず。沈飲 聊か自ら遣り。放歌 愁絶を破る。歳 暮れて 百草 零ち。疾風 高岡 裂く。天衢 陰りて崢嶸たり。客子 中夜に発す。霜 厳しくして 衣帯 断え。指 直くして 結ぶ能はず。晨を凌ぎて 驪山を過ぐ。御榻 嵽嵲に在り。蚩尤 寒空を塞ぎ。蹴踏すれば 崖谷 滑らかなり。瑶池 気 鬱律たり。羽林 相ひ摩戛す。君臣 留まりて歓娯し。楽 動きて 膠葛に殷なり。浴を賜ふは 皆 長纓。宴に与るは 短褐に非ず。彤庭 分かつ所の帛。本 寒女より出づ。其の夫の家を鞭撻して。聚斂して城闕に貢す。聖人 筐篚の恩。実に邦国の活せんことを願ふ。臣 如し至理を忽(ユルガ)せにせば。君 豈に此の物を棄てんや。多士 朝廷に盈つるも。仁者 宜しく戦慓すべし。況んや聞く内の金盤。尽く衛霍の室に在りと。中堂に 神仙有り。煙霧 玉質を蒙ふ。煖客 貂鼠の裘。悲管 清瑟を逐ふ。客に勧む 駝蹄の羹。霜橙 香橘を圧す。朱門 酒肉 臭し。路に凍死の骨 有り。栄枯 咫尺に異なる。惆悵として再びは述べ難し。轅を北にして涇渭に就き。官渡 又た轍を改む。群水 西より下り。極目 高くして崒兀たり。疑ふらくは是れ崆峒より来るかと。恐るらくは触れなば天柱も折れん。河梁 幸ひに未だ拆けず。枝撐 声 窸窣たり。行李 相ひ攀援し。川 広くして 越ゆべからず。老妻 異県に寄す。十口 風雪を隔つ。誰か能く久しく顧みざらん。庶くは往きて 饑渇を共にせん。門に入れば 号咷を聞く。幼子 餓ゑて已に卒すと。吾 寧ぞ一哀を捨かんや。里巷も亦た嗚咽す。愧づる所は人の父と為りて。食 無くして夭折を致せしを。豈に知らんや 秋禾 登るを。貧窶 倉卒たる有り。生 常に租税より免かる。名 征伐に隷せず。跡を撫すれば 猶ほ酸辛。平人は 固に騒屑たり。黙思す 失業の徒。因りて念ず 遠戍の卒。憂端 終南に斉しく。澒洞として掇ふべからず。

※●稷・契:上古の天子・舜に仕えた賢臣 ●契闊:勤苦のさま ●江海志:仕官せず隠遁する志 ●葵藿:ヒマワり ●巢・由:巣父と許由。古代の隠者 ●蚩尤:太古の王の名、転じて星の名、旗雲の名となる ●筐篚:恩賜の物を盛る竹かご ●衞霍:衛青と霍去病。漢の武帝に仕えた大将軍。ともに外戚の故をもって出世した。ここは楊国忠ら楊貴妃の実家をたとえる ●終南:終南山

4-7 《奉先劉少府新畫山水障歌》 杜甫

堂上不合生楓樹。怪底江山起煙霧。聞君掃卻赤縣圖。乘興遣畫滄洲趣。畫師亦無數。好手不可遇。對此融心神。知君重毫素。豈但祁岳與鄭虔。筆跡遠過楊契丹。得非玄圃裂。無乃瀟湘翻。悄然坐我天姥下。耳邊已似聞淸猿。反思前夜風雨急。乃是蒲城鬼神入。元氣淋漓障猶濕。眞宰上訴天應泣。野亭春還雜花遠。漁翁暝踏孤舟立。滄浪水深靑溟闊。欹岸側島秋毫末。不見湘妃鼓瑟時。至今斑竹臨江活。劉侯天機精。愛畫入骨髓。自有兩兒郞。揮灑亦莫比。大兒聰明到。能添老樹巓崖裏。小兒心孔開。貌得山僧及童子。若耶溪。雲門寺。吾獨胡爲在泥滓。靑鞋布韤從此始。

《奉先の劉少府の新たに画ける山水の障の歌》
堂上 合に楓樹を生ずべからず。怪しむ 底の江山か 煙霧 起る。聞く 君が赤県の図を掃却して。興に乗じて 滄洲の趣を画かしむと。画師 亦た無数なるも。好手 遇ふべからず。此れに対すれば 心神 融す。知る 君が毫素を重んずるを。豈に但だ 祁岳と鄭虔とのみならんや。筆跡 遠く過ぐ 楊契丹。玄圃の裂くるに非ざるを得ば。乃ち瀟湘の翻へるなる無からんや。悄然として我を天姥の下に坐せしむ。耳辺 已に清猿を聞くに似たり。反って思ふ 前夜 風雨 急なりしを。乃ち是れ 蒲城に鬼神 入る。元気 淋漓として 障 猶ほ湿ふ。真宰 上訴して 天 応に泣くなるべし。野亭 春 還りて 雑花 遠く。漁翁 暝に孤舟を踏みて立つ。滄浪 水 深くして 青溟 闊し。欹岸 側島 秋毫の末。湘妃 瑟を鼓する時を見ざるも。今に至るまで斑竹 江に臨みて活す。劉侯 天機 精にして。画を愛すること骨髄に入る。自づから 両児郎の。揮灑も 亦た比 莫き 有り。大児は聡明 到り。能く老樹を添ふ 巓崖の裏。小児は 心孔 開き。貌し得たり 山僧 及び 童子。若耶の渓。雲門の寺。吾 独り 胡為れぞ 泥滓に在る。青鞋 布韤 此より始めん。

※●劉少府:奉先県の尉官・劉単。少府は尉官の敬称 ●滄洲:東海に浮かぶ仙山 ●祁岳・鄭虔:ともに唐代の名画家 ●楊契丹:随の参軍にして、画を善くした ●玄圃:崑崙にある仙苑 ●天姥:浙江の山名。杜甫旧遊の地 ●蒲城:奉先の旧名 ●若耶溪・雲門寺:いずれも会稽の南にあり ●靑鞋布韤:わらじと靴下。旅支度のこと

4-8 《奉同郭給事湯東靈湫作》 杜甫

東山氣濛鴻。宮殿居上頭。君來必十月。樹羽臨九州。陰火煮玉泉。噴薄漲巖幽。有時浴赤日。光抱空中樓。閬風入轍跡。曠原延冥搜。沸天萬乘動。觀水百丈湫。幽靈斯可怪。王命官屬休。初聞龍用壯。擘石摧林丘。中夜窟宅改。移因風雨秋。倒懸瑤池影。屈注滄江流。味如甘露漿。揮弄滑且柔。翠旗澹偃蹇。雲車紛少留。簫鼓蕩四溟。異香泱漭浮。鮫人獻微綃。曾祝沈豪牛。百祥奔盛明。古先莫能儔。坡陀金蝦蟇。出見蓋有由。至尊顧之笑。王母不遣收。復歸虛無底。化作長黃虬。飄飄靑瑣郞。文采珊瑚鉤。浩歌淥水曲。淸絕聽者愁。

《郭給事が湯東の霊湫の作に同じ奉る》
東山 気 濛鴻たり。宮殿 上頭に居る。君 来るは 必ず十月。羽を樹てて 九州に臨む。陰火 玉泉を煮る。噴薄 巌に漲って幽なり。時有って 赤日を浴せしむ。光 空中の楼を抱く。閬風 轍跡に入り。曠原 冥捜を延(ヒ)く。天に沸きて 万乗 動き。水を観る 百丈の湫。幽霊 斯れ怪しむべし。王 官属に命じて休せしむ。初め聞く 竜 壮を用ひ。石を擘きて 林丘を摧く。中夜 窟宅 改まり。移るは 風雨の秋に因ると。倒に懸く 瑶池の影。屈して注ぐ 滄江の流れ。味 甘露の漿の如く。揮弄すれば 滑かにして 且つ柔かなり。翠旗 澹として偃蹇たり。雲車 紛として少しく留まる。簫鼓 四溟を蕩かし。異香 泱漭として浮ぶ。鮫人 微綃を献じ。曽祝 豪牛を沈む。百祥 盛明に奔り。古先も 能く儔たる莫し。坡陀たる金の蝦蟇。出見するは 蓋し由有り。至尊 之を顧みて笑ひ。王母 収めしめず。復た虚無の底に帰し。化して長黄虬と作る。飄飄たる青瑣の郎。文采 珊瑚の鉤。浩歌 淥水の曲。清絶 聴く者 愁ふ。

※●湯東:驪山の温泉の東 ●靈湫:竜が住む不思議な池 ●東山:驪山のこと ●噴薄:湯気が下から噴き出すさま ●閬風入轍跡:崑崙山の一角を閬風の巓という。轍跡は周の穆王が八駿に駕して崑崙に遊んだ際の轍の跡。驪山を崑崙山に、玄宗を周の穆王にたとえる ●鮫人:南海の人魚。時々陸に上がって薄絹を売るという。ここでは地元の舟人が靈湫に捧げ物をすることをたとえる ●曾祝:代々続くシャーマン ●金蝦蟇:安禄山をたとえる ●王母:崑崙に住む仙女の西王母。楊貴妃をたとえる ●靑瑣郞:給事中、すなわち郭給事をいう ●淥水曲:いにしえの歌曲の名

4-9 《後出塞五首 其一》 杜甫

男兒生世閒。及壯當封侯。戰伐有功業。焉能守舊丘。召募赴薊門。軍動不可留。千金裝馬鞭。百金裝刀頭。閭里送我行。親戚擁道周。斑白居上列。酒酣進庶羞。少年別有贈。含笑看吳鉤。

《後出塞五首 其の一》
男児 世間に生まれて。壮に及びては 当に侯に封ぜらるべし。戦伐すれば 功業 有り。焉んぞ能く 旧丘を守らん。召募せられて 薊門に赴き。軍 動きて 留まるべからず。千金もて 馬鞭を装ひ。百金もて 刀頭を装ふ。閭里 我が行を送り。親戚 道周を擁す。斑白なるは 上列に居り。酒 酣にして 庶羞を進む。少年 別に贈有り。笑ひを含みて呉鉤を見る。

※●舊丘:故郷の丘 ●薊門:安禄山の根拠地である漁陽郡(薊州)にある地名。薊丘に同じ ●千金裝馬鞭:仇註では「千金買馬鞭」に作る。仇註に従っていない理由は不明であり、誤植の可能性もあるが、いま底本に従う ●庶羞:もろもろのご馳走 ●吳鉤:呉の地方で作られた湾曲した剣

4-10 《後出塞五首 其二》 杜甫

朝進東門營。暮上河陽橋。落日照大旗。馬鳴風蕭蕭。平沙列萬幕。部伍各見招。中天懸明月。令嚴夜寂寥。悲笳數聲動。壯士慘不驕。借問大將誰。恐是霍嫖姚。

《後出塞五首 其の二》
朝 東門の営より進み。暮 河陽の橋に上る。落日 大旗を照らし。馬 鳴きて 風 蕭蕭たり。平沙 万幕 列なり。部伍 各〻招かる。中天 明月 懸かり。令 厳にして 夜 寂寥たり。悲笳 数声 動き。壮士 惨として驕らず。借問す 大将は誰ぞと。恐らくは是れ 霍嫖姚ならん。

※●見招:点呼を受ける ●霍嫖姚:漢の武帝に仕えた名将・霍去病。嫖姚校尉となる

4-11 《後出塞五首 其三》 杜甫

古人重守邊。今人重高勳。豈知英雄主。出師亘長雲。六合已一家。四夷且孤軍。遂使貔虎士。奮身勇所聞。拔劍擊大荒。日收胡馬羣。誓開玄冥北。持以奉吾君。

《後出塞五首 其の三》
古人は 守辺を重んじ。今人は 高勲を重んず。豈に知らんや 英雄の主。師を出だして 長雲 亘るを。六合 已に一家なるに。四夷 且つ孤軍。遂に貔虎の士をして。身を奮って 聞く所に勇ならしむ。剣を抜きて 大荒を撃ち。日に 胡馬の群を収め。誓って 玄冥の北を開き。持して以て吾が君に奉ぜん。

※●亘長雲:長い雲が天をわたるかのようである ●玄冥:北方の神の名

4-12 《後出塞五首 其四》 杜甫

獻凱日繼踵。兩蕃靜無虞。漁陽豪俠地。擊鼓吹笙竽。雲帆轉遼海。粳稻來東吳。越羅與楚練。照耀輿臺軀。主將位益崇。氣驕凌上都。邊人不敢議。議者死路衢。

《後出塞五首 其の四》
凱を献ずること 日に踵を継ぐ。両蕃 静かにして虞れ無し。漁陽は 豪俠の地。鼓を撃って 笙竽を吹く。雲帆 遼海に転じ。粳稲 東呉より来る。越羅と楚練と。輿台の軀に照耀す。主将 位 益〻崇く。気 驕りて上都を凌ぐ。辺人 敢へて議せず。議する者は路衢に死す。

※●獻凱:凱歌を献ずる。戦勝を報じ奉る ●兩蕃:奚と契丹。安禄山によって打ち破られた ●遼海:遼東方面の海 ●輿臺:召使のような低い身分の者 ●軀:仇註は「驅」に作る。仇註との齟齬について豹軒の字解に言及はない。いま底本に従う ●主將:安禄山 ●死路衢:街中で殺される。大阪で「南港に沈められる」というのに同じ

4-13 《後出塞五首 其五》 杜甫

我本良家子。出師亦多門。將驕益愁思。身貴不足論。躍馬二十年。恐孤明主恩。坐見幽州騎。長驅河洛昏。中夜閒道歸。故里但空村。惡名幸脫免。窮老無兒孫。

《後出塞五首 其の五》
我 本 良家の子なり。出師も 亦た門 多し。将 驕りて 益〻 愁思す。身 貴きは 論ずるに足らず。馬を躍らすこと 二十年。明主の恩に孤(ソム)かんことを恐る。坐ながらに見る 幽州の騎。長駆して 河洛 昏きを。中夜 間道より帰れば。故里 但だ空村。悪名は 幸ひに脱免せるも。窮老にして 児孫 無し。

※●多門:出るところが多い。多くのところから出る ●將驕:安禄山が増長していったこと ●幽州騎:安禄山の軍 ●河洛:黄河と洛水。洛陽周辺 ●閒道歸:抜け道を通って安禄山の軍から脱走する

4-14 《蘇端薛復筵簡薛華醉歌》 杜甫

文章有神交有道。端復得之名譽蚤。愛客滿堂盡豪傑。開筵上日思芳草。安得健步移遠梅。亂插繁花向晴昊。千里猶殘舊冰雪。百壺且試開懷抱。垂老惡聞戰鼓悲。急觴爲緩憂心擣。少年努力縱談笑。看我形容已枯稾。座中薛華善醉歌。歌辭自作風格老。近來海內爲長句。汝與山東李白好。何劉沈謝力未工。才兼鮑照愁絕倒。諸生頗盡新知樂。萬事終傷不自保。氣酣日落西風來。願吹野水添金杯。如澠之酒常快意。亦知窮愁安在哉。忽憶雨時秋井塌。古人白骨生靑苔。如何不飮令心哀。

《蘇端・薛復の筵にて薛華に簡せる酔歌》
文章には神有り 交には道有り。端復 之を得て 名誉 蚤(ハヤ)し。客を愛して 満堂 尽く豪傑。筵を開きて 上日に芳草を思ふ。安んぞ得ん 健歩 遠梅を移し。繁花を乱挿して 晴昊に向かふを。千里 猶ほ残す 旧氷雪。百壺 且つ試みて 懐抱を開く。垂老 聞くを悪む 戦鼓の悲しきを。急觴 為めに緩うす 憂心の擣くを。少年 努力して談笑を縦にす。看よ 我が形容 已に枯稿せるを。座中の薛華 善く酔歌す。歌辞 自づから風格の老ゆるを作す。近来 海内 長句を為(ツク)るは。汝と山東の李白と好し。何劉沈謝は 力 未だ工ならず。才 鮑照を兼ぬ 絶倒せんことを愁ふ。諸生 頗る尽くす 新知の楽しみ。万事 終に傷む 自ら保せざるを。気 酣に 日 落ちて 西風 来る。願はくは野水を吹きて 金杯に添へ。澠の如きの酒 常に意を快くせん。亦た知る 窮愁 安くに在るや。忽ち憶ふ 雨時 秋井の塌(クヅ)るるを。古人の白骨 青苔を生ず。如何ぞ 飲まずして 心をして哀しましめん。

※●端復:蘇端と薛復のふたり ●上日:一日をいう。ここでは元旦 ●何劉沈謝:何遜・劉孝綽・沈約・謝朓。いずれも南朝斉梁時代の詩人 ●鮑照:南朝宋の詩人 ●新知樂:新たに知り合いになる楽しみ

4-15 《晦日尋崔戢李封》 杜甫

朝光入甕牖。尸寢驚敝裘。起行視天宇。春氣漸和柔。興來不暇嬾。今晨梳我頭。出門無所待。徒步覺自由。杖藜復恣意。免値公與侯。晚定崔李交。會心眞罕儔。每過得酒傾。二宅可淹留。喜結仁里懽。況因令節求。李生園欲荒。舊竹頗脩脩。引客看掃除。隨時成獻酬。崔侯初筵色。已畏空樽愁。未知天下士。至性有此不。草芽旣靑出。蜂聲亦暖遊。思見農器陳。何當甲兵休。上古葛天民。不貽黃屋憂。至今阮籍等。熟醉爲身謀。威鳳高其翔。長鯨吞九州。地軸爲之翻。百川皆亂流。當歌欲一放。淚下恐莫收。濁醪有妙理。庶用慰沈浮。

《晦日 崔戢・李封を尋ぬ》
朝光 甕牖に入る。尸寝して 敝裘に驚く。起行して天宇を視れば。春気 漸く和柔なり。興 来りて 嬾なるに暇あらず。今晨 我が頭を梳る。門を出づるに 待つ所 無く。徒歩 自由なるを覚ゆ。杖藜 復た意を恣にし。公と侯とに値ふを免る。晩に定む 崔李の交はり。会心なること 真に儔 罕なり。過ぐる毎に 酒を得て傾く。二宅 淹留すべし。仁里の懽を結ぶを喜ぶ。況んや 令節に因りて求むるをや。李生の園 荒れんと欲し。旧竹 頗る脩脩たり。客を引きて看るみる掃除す。時に随ひて献酬を成す。崔侯 初筵の色。已に畏る 空樽の愁ひ。未だ知らず 天下の士。至性 此れ有るや不や。草芽 既に青く出で。蜂声 亦た暖かに遊ぶ。農器の陳ぜらるるを見んと思ふ。何か当に甲兵 休すべき。上古 葛天の民。黄屋の憂ひを貽さず。今に至りて 阮籍の等。熟酔して 身の謀を為す。威鳳 高く 其れ翔り。長鯨 九州を吞む。地軸 之が為めに翻り。百川 皆 乱流す。当歌 一放せんと欲するも。涙 下りて 恐らくは収むる莫からん。濁醪 妙理 有り。庶くは用って沈浮を慰めん。

※●甕牖:もたいで塞いだ土窓。貧屋の窓 ●罕儔:匹敵するものが稀である ●引客看掃除:客を案内しながら見る見る間に掃除する ●葛天:太古の天子 ●黃屋:天子のこと。天子の馬車の幌の裏が黄色の絹で作られたため

4-16 《白水崔少府十九翁高齋三十韻》 杜甫

客從南縣來。浩蕩無與適。旅食白日長。況當朱炎赫。高齋坐林杪。信宿游衍闃。淸晨陪躋攀。傲睨俯峭壁。崇岡相枕帶。曠野迥咫尺。始知賢主人。贈此遣愁寂。危階根靑冥。曾冰生淅瀝。上有無心雲。下有欲落石。泉聲聞復息。動靜隨所激。鳥呼藏其身。有似懼彈射。吏隱適情性。兹焉其窟宅。白水見舅氏。諸翁乃仙伯。杖藜長松下。作尉窮谷僻。爲我炊雕胡。逍遙展良覿。坐久風頗怒。晚來山更碧。相對十丈蛟。欻翻盤渦坼。何得空裏雷。殷殷尋地脈。煙氛靄𡺚崒。魍魎森慘戚。崑崙崆峒巓。回首如不隔。前軒頹反照。巉絕華嶽赤。兵氣漲林巒。川光雜鋒鏑。知是相公軍。鐵馬雲霧積。玉觴淡無味。胡羯豈强敵。長歌激屋梁。淚下流衽席。人生半哀樂。天地有順逆。慨彼萬國夫。休明備征狄。猛將紛塡委。廟謀蓄長策。東郊何時開。帶甲且未釋。欲吿淸宴罷。難拒幽明迫。三歎酒食傍。何由似平昔。

《白水の崔少府十九翁が高斎 三十韻》
客 南県より来たる。浩蕩として与に適する無し。旅食 白日 長し。況んや 朱炎の 赫たるに当たるをや。高斎 林杪に坐し。信宿 游衍 闃たり。清晨 陪して躋攀し。傲睨 峭壁に俯す。崇岡 相ひ枕帯す。曠野 迥かにして咫尺。始めて知る 賢主人。此を贈りて愁寂を遣らしむるを。危階 青冥に根ざし。曽氷 淅瀝たるに生ず。上に無心の雲有り。下に落ちんと欲する石 有り。泉声 聞こえて復た息む。動静 激する所に随ふ。鳥 呼びて 其の身を蔵し。弾射を懼るるに似たる有り。吏隠 情性に適ひ。兹焉に 其れ窟宅とす。白水にて 舅氏に見ゆ。諸翁は 乃ち仙伯なり。藜を杖つく 長松の下。尉と作る 窮谷の僻なるに。我が為めに雕胡を炊ぐ。逍遥 良覿を展ぶ。坐 久しくして 風 頗る怒り。晩来 山 更に碧なり。相ひ対す 十丈の蛟。欻ち盤渦を翻へして 坼く。何ぞ得ん 空裏の雷。殷殷として地脈を尋ぬるを。煙氛 靄として𡺚崒。魍魎 森として惨戚。崑崙 崆峒の巓。首を回らせば 隔たらざるが如し。前軒 反照 頽れ。巉絶 華岳 赤し。兵気 林巒に漲り。川光 鋒鏑に雑はる。知る是れ 相公の軍。鉄馬 雲霧 積めるを。玉觴 淡くして味 無く。胡羯 豈に強敵ならんや。長歌 屋梁に激す。涙 下りて 衽席に流る。人生 哀楽 半ばし。天地 順逆 有り。慨す彼の万国の夫。休明には 征狄に備へしを。猛将 紛として塡委し。廟謀 長策を蓄ふ。東郊 何れの時か開けん。帯甲 且つ未だ釈けず。告げんと欲す 清宴の罷るを。幽明の迫るを拒み難し。三歎す 酒食の傍。何に由ってか平昔に似ん。

※●白水:県名 ●少府:尉官の敬称 ●雕胡:彫胡に同じ。マコモの実。菰米 ●良覿:良き会合 ●相公:哥舒翰をさす。安禄山が挙兵すると、朝廷は哥舒翰を尚書左僕射・同中書門下平章事とし、二十万の兵で潼関を守らせた ●萬國夫:夷狄に備えるために置かれていたのに、安禄山に従った諸国の兵士

4-17 《三川觀水漲二十韻》 杜甫

我經華原來。不復見平陸。北上惟土山。連天走窮谷。火雲出無時。飛電常在目。自多窮岫雨。行潦相豗蹙。蓊匌川氣黃。羣流會空曲。淸晨望高浪。忽謂陰崖踣。恐泥竄蛟龍。登危聚麋鹿。枯査卷拔樹。礧磈共充塞。聲吹鬼神下。勢閱人代速。不有萬穴歸。何以尊四瀆。及觀泉源漲。反懼江海覆。漂沙圻岸去。潄壑松柏禿。乘陵破山門。廻斡裂地軸。交洛赴洪河。及關豈信宿。應沈數州沒。如聽萬室哭。穢濁殊未淸。風濤怒猶蓄。何時通舟車。陰氣不黲黷。浮生有蕩汩。吾道正羈束。人寰難容身。石壁滑側足。雲雷屯不已。艱險路更跼。普天無川梁。欲濟願水縮。因悲中林士。未脫眾魚腹。擧頭向蒼天。安得騎鴻鵠。

《三川にて水の漲るを観る二十韻》
我 華原を経て来たれば。復たと平陸を見ず。北上すれば惟だ土山。天に連りて 窮谷に走る。火雲 出づるや 時 無く。飛電 常に目に在り。自づから窮岫の雨 多し。行潦 相ひ豗蹙す。蓊匌として川気 黄なり。群流 空曲に会す。清晨 高浪を望み。忽ち謂ふ 陰崖の踣るるかと。泥まんことを恐れて 蛟竜 竄れ。危きに登りて 麋鹿 聚まる。枯査 抜樹を巻き。礧磈として 共に充塞す。声は 鬼神を吹きて下し。勢ひは 人代の速やかなるを閲す。万穴の帰する有らずんば。何を以てか四瀆を尊しとせん。泉源の漲るを観るに及び。反って江海の覆るを懼る。沙を漂はして圻岸 去り。壑に潄ぎて松柏 禿す。乗陵 山門 破れ。廻斡 地軸 裂く。洛に交りて 洪河に赴く。関に及ぶ 豈に信宿ならんや。応に数州を沈めて没せしむるなるべし。万室の哭するを聴くが如し。穢濁 殊に未だ清からず。風濤 怒り猶ほ蓄ふ。何れの時か舟車を通じて。陰気 黲黷ならざらん。浮生 蕩汩 有り。吾が道 正に羈束せらる。人寰 身を容れ難く。石壁 滑らかにして足を側つ。雲雷 屯 已まず。艱険 路 更に跼す。普天 川梁 無し。済らんと欲して水の縮まんことを願ふ。因りて悲しむ 中林の士。未だ衆魚の腹より脱せず。頭を挙げて蒼天に向かふ。安んぞ鴻鵠に騎るを得ん。

※●三川:県名。華池水・黒水・洛水の三つの川が合流する地 ●水漲:大水。増水 ●枯査:水中に浮かぶ流木。査は楂に同じ ●泉源:淵源に同じ。唐の高祖李淵の諱を避けて泉で代用したもの 

4-18 《月夜》 杜甫

今夜鄜州月。閨中只獨看。遙憐小兒女。未解憶長安。香霧雲鬟濕。淸輝玉臂寒。何時倚虛幌。雙照淚痕乾。

《月夜》
今夜 鄜州の月。閨中 只だ独り看ん。遥かに憐む 小児女の。未だ長安を憶ふを解せざるを。香霧 雲鬟 湿ひ。清輝 玉臂 寒からん。何れの時にか虚幌に倚りて。双(ナラ)び照らされて 涙痕 乾かん。

※●鄜州:長安の北。杜甫の妻子のいる場所 

4-19 《哀王孫》 杜甫

長安城頭頭白烏。夜飛延秋門上呼。又向人家啄大屋。屋底達官走避胡。金鞭折斷九馬死。骨肉不得同馳驅。腰下寶玦靑珊瑚。可憐王孫泣路隅。問之不肯道姓名。但道困苦乞爲奴。已經百日竄荆棘。身上無有完肌膚。高帝子孫盡隆準。龍種自與常人殊。豺狼在邑龍在野。王孫善保千金軀。不敢長語臨交衢。且爲王孫立斯須。昨夜東風吹血腥。東來槖駝滿舊都。朔方健兒好身手。昔何勇銳今何愚。竊聞天子已傳位。聖德北服南單于。花門剺面請雪恥。愼勿出口他人狙。哀哉王孫愼勿疎。五陵佳氣無時無。

《王孫を哀れむ》
長安城頭 頭白の烏。夜 延秋門上に飛びて呼ぶ。又た人家に向って大屋に啄み。屋底の達官 走って胡を避く。金鞭 折断して 九馬 死し。骨肉 同じく馳駆するを得ず。腰下の宝玦 青珊瑚。憐むべし 王孫 路隅に泣くを。之に問へど肯へて姓名を道はず。但だ道ふ 困苦して奴と為らんことを乞ふと。已に百日 荊棘に竄るるを経たり。身上 完き肌膚 有ること無し。高帝の子孫 尽く隆準。竜種 自ら常人と殊なる。豺狼 邑に在り 竜 野に在り。王孫 善く保て 千金の軀。敢へて長語して交衢に臨まず。且つ王孫の為めに立つこと斯須。昨夜 東風 血を吹いて腥し。東来の槖駝 旧都に満つ。朔方の健児は 好身手。昔 何ぞ勇鋭にして 今 何ぞ愚なる。窃かに聞く 天子 已に位を伝ふと。聖徳 北のかた 服せしむ 南単于。花門 面を剺(サ)きて恥を雪がんと請ふ。慎んで口より出だす勿れ 他人に狙はれん。哀しい哉 王孫 慎んで疎なること勿れ。五陵の佳気 時として無きは無し。

※●王孫:安禄山の軍が長安に迫るに及び、玄宗は楊貴妃とその一族、側近の官人、宦官らを連れて長安を脱出して蜀へ向かったが、それ以外の多くの皇族が置き去りにされた。彼らのうち、賊軍から逃れるため民間に身を潜めていた皇族を哀れんで詠んだもの ●頭白烏:変異の象徴。南朝・梁で侯景が叛いたときも頭白烏が朱雀門楼に集まったという ●延秋門:長安の西南の門 ●隆準:鼻が高い ●朔方健兒:哥舒翰のこと。河西・隴右節度使として戦功を重ね、勇名を馳せた。安禄山の乱が起こると、二十万の兵を率いて潼関を守ったが、敗れた ●南單于:かつて匈奴が南北分裂したのち、その南側の君主。ここでは回紇(ウイグル)を指す ●花門:西域にあった回紇の塞 ●剺面:刀を以て顔面の皮を剥ぐ。誠意をあらわす回紇の風習という

4-20 《悲陳陶》 杜甫

孟冬十郡良家子。血作陳陶澤中水。野曠天淸無戰聲。四萬義軍同日死。羣胡歸來雪洗箭。仍唱夷歌飮都市。都人廻面向北啼。日夜更望官軍至。

《陳陶を悲しむ》
孟冬 十郡 良家の子。血は 陳陶沢中の水と作る。野 曠しく 天 清くして 戦声 無し。四万の義軍 同日に死す。群胡 帰り来たって 箭を雪洗し。仍って夷歌を唱へて都市に飲む。都人 面を廻らして 北に向かって啼き。日夜 更に望む 官軍の至るを。

※●陳陶:咸陽の東にある山沢。至徳元年10月21日、官軍と安禄山の賊軍が戦い、官軍が大敗した ●廻面:賊軍から顔をそむける ●向北:北には粛宗がいる霊武がある

4-21 《悲靑坂》 杜甫

我軍靑坂在東門。天寒飮馬太白窟。黃頭奚兒日向西。數騎彎弓敢馳突。山雪河冰晚蕭瑟。靑是烽煙白是骨。焉得附書與我軍。忍待明年莫倉卒。

《青坂を悲しむ》
我 青坂に軍して 東門に在り。天 寒く 馬に飲(ミヅカ)ふ 太白の窟。黄頭の奚児 日に西に向かふ。数騎 弓を彎きて 敢へて馳突す。山雪 河氷 晩に蕭瑟たり。青は是れ烽煙 白は是れ骨。焉んぞ得ん 書を附して我が軍に与へ。忍んて明年を待ちて倉卒する莫からしむるを。

※●靑坂:咸陽の東門外の地名。前詩に詠まれた官軍敗北の直後、23日に再びここで官軍が敗れた ●黃頭奚兒:頭を黄色い布で包んだ奚(東北の異民族)の兵士

4-22 《避地》 杜甫

避地歲時晚。竄身筋骨勞。詩書遂牆壁。奴僕且旌旄。行在僅聞信。此生隨所遭。神堯舊天下。會見出腥臊。

《地を避く》
地を避けて 歳時 晩る。身を竄して筋骨 労す。詩書 遂に牆壁。奴僕すら 且つ旌旄。行在 僅かに信を聞き。此の生 遭ふ所に随ふ。神尭の旧天下。会ず腥臊より出づるを見ん。

※●避地:賊軍のはびこる地を避ける ●牆壁:牆壁の中に隠してしまうということ ●旌旄:旌旄を押し立てる将軍になるということ

4-23 《對雪》 杜甫

戰哭多新鬼。愁吟獨老翁。亂雲低薄暮。急雪舞廻風。瓢棄樽無淥。爐存火似紅。數州消息斷。愁坐正書空。

《雪に対す》
戦哭 多くは新鬼。愁吟するは 独り老翁。乱雲 薄暮に低れ。急雪 廻風に舞ふ。瓢 棄てられて 樽に 淥無く。炉 存して 火 紅を似(シメ)す。数州の消息 断え。愁坐して 正に空に書す。

※●淥:醁に同じ。緑色の酒 ●書空:空中に文字を書く。晋の殷浩、官を退いてのち、終日、手で空中に「咄咄怪事」の四字を書いていたという。不平のさま

4-24 《元日寄韋氏妹》 杜甫

近聞韋氏妹。迎在漢鍾離。郞伯殊方鎭。京華舊國移。秦城廻北斗。郢樹發南枝。不見朝正使。啼痕滿面垂。

《元日 韋氏妹に寄す》
近く聞く 韋氏妹。迎へられて漢の鍾離に在りと。郎伯は 殊方を鎮し。京華は 旧国 移る。秦城 北斗 廻り。郢樹 南枝 発かん。朝正の使を見ず。啼痕 満面に垂る。

※●韋氏妹:韋氏に嫁している妹 ●漢鍾離:漢代の鍾離郡の地 ●郞伯:夫をいう ●舊國移:旧都長安から首都が移ってしまったということ。安禄山の乱により、玄宗は蜀へ逃れ、新帝の粛宗は霊武で即位したので、長安には天子はいない ●朝正使:地方官から朝廷へ送られる元旦祝賀の使者。例年であればこの使者から鍾離にいる妹の消息が聞ける

4-25 《春望》 杜甫

國破山河在。城春草木深。感時花濺淚。恨別鳥驚心。烽火連三月。家書抵萬金。白頭搔更短。渾欲不勝簪。

《春望》
国 破れて山河 在り。城 春にして草木 深し。時に感じて花にも 涙を濺ぎ。別れを恨みて鳥にも 心を驚かす。烽火 三月に連り。家書 万金に抵る。白頭 搔けば 更に短く。渾て簪するに勝へざらんと欲す。

4-26 《得舍弟消息二首 其一》 杜甫

近有平陰信。遙憐舍弟存。側身千里道。寄食一家村。烽擧新酣戰。啼垂舊血痕。不知臨老日。招得幾時魂。

《舎弟の消息を得たり二首 其の一》
近ごろ 平陰の信 有り。遥かに憐む 舎弟の存するを。身を側だつ 千里の道。食を寄す 一家の村。烽は挙がる 新酣戦。啼は垂る 旧血痕。知らず 老に臨むの日。幾時の魂をか招き得ん。

※●平陰:地名。河南府孟津県の東という ●側身:危害にあわぬよう脇へ身を傾けながら歩く ●寄食:他人の所に身を寄せて暮らす ●一家村:僻村 

4-27 《得舍弟消息二首 其二》 杜甫

汝懦歸無計。吾衰往未期。浪傳烏鵲喜。深負鶺鴒詩。生理何顏面。憂端且歲時。兩京三十口。雖在命如絲。

《舎弟の消息を得たり二首 其の二》
汝 懦にして 帰るに計 無く。吾 衰へて 往くに期あらず。浪りに伝ふ 烏鵲の喜び。深く負く 鶺鴒の詩。生理 何の顔面ぞ。憂端 且つ歳時。両京の三十口。在りと雖も 命 糸の如し。

※●烏鵲喜:弟が帰ってくるのではという喜び。「乾鵲噪而行人至」という諺をふまえる ●鶺鴒詩:詩経の常棣に「脊令在原。兄弟急難」とあり。鶺鴒は兄弟助け合うことの象徴

4-28 《憶幼子》 杜甫

驥子春猶隔。鶯歌暖正繁。別離驚節換。聰慧與誰論。澗水空山道。柴門老樹村。憶渠愁只睡。炙背俯晴軒。

《幼子を憶ふ》
驥子 春 猶ほ隔たる。鶯歌 暖かくして正に繁し。別離 節の換はるに驚き。聡慧 誰と与にか論ぜん。澗水 空山の道。柴門 老樹の村。渠を憶ひて 愁へて只だ睡る。背を炙りて晴軒に俯す。

※●幼子:杜甫の次男、宗武。幼名:驥子 ●聰慧:成長して利口になったこと 

4-29 《一百五日夜對月》 杜甫

無家對寒食。有淚如金波。斫卻月中桂。淸光應更多。仳離放紅蕊。想像顰靑蛾。牛女漫愁思。秋期猶渡河。

《一百五日の夜 月に対す》
家 無くして 寒食に対し。涙の金波の如き有り。月中の桂を斫却せば。清光 応に更に多きなるべし。仳離したるに 紅蕊を放つ。想像す 青蛾 顰まんことを。牛女 漫りに愁思す。秋期には 猶ほ河を渡るに。

※●一百五日:寒食節のこと。前年の冬至の後、一百五日をいう ●仳離:分かれ離れていること ●牛女:牽牛・織女

4-30 《遣興》 杜甫

驥子好男兒。前年學語時。問知人客姓。誦得老夫詩。世亂憐渠小。家貧仰母慈。鹿門攜不遂。雁足繫難期。天地軍麾滿。山河戰角悲。儻歸免相失。見日敢辭遲。

《興を遣る》
驥子は 好男児。前年 語を学びし時。問ひて知る 人客の姓。誦し得たり 老夫の詩。世 乱れて 渠の小なるを憐み。家 貧しくして 母の慈しみを仰ぐ。鹿門 携ふること遂げず。雁足 繫くること 期し難し。天地 軍麾 満ち。山河 戦角 悲し。儻しくは帰りて相失ふを免れば。見る日 敢へて遅きを辞せんや。

※●驥子:杜甫の次男・宗武の幼名 ●鹿門:山の名。後漢の龐徳公、妻子を携えて鹿門山に入り、帰ってこなかった

4-31 《塞蘆子》 杜甫

五城何迢迢。迢迢隔河水。邊兵盡東征。城內空荆杞。思明割懷衞。秀巖西未已。迥略大荒來。崤函蓋虛爾。延州秦北戶。關防猶可倚。焉得一萬人。疾驅塞蘆子。岐有薛大夫。旁制山賊起。近聞昆戎徒。爲退三百里。蘆關扼兩寇。深意實在此。誰能叫帝閽。胡行速如鬼。

《芦子を塞ぐ》
五城 何ぞ迢迢たる。迢迢として河水を隔つ。辺兵 尽く東征し。城内 空しく荊杞あり 。思明は 懐衛を割き。秀巌 西して未だ已まず。迥かに大荒を略し来たらば。崤函は 蓋し虚ならんのみ。延州は 秦の北戸。関防 猶ほ倚るべし。焉んぞ得ん 一万人もて。疾駆して 芦子を塞ぐを。岐に薛大夫有り。旁ら山賊の起るを制す。近く聞く 昆戎の徒。為めに三百里を退くと。芦関は 両寇を扼す。深意 実に此に在り。誰か能く帝閽に叫ばん。胡の行くは 速かなること鬼の如し。

※●蘆子:陝西の延州にあった関の名 ●五城:朔方節度使の領する五つの城 ●思明:史思明:安禄山の部下。懐・衛の二州を占領した ●秀巖:高秀巖。もと哥舒翰の部下で、賊軍に寝返って史思明のもとで河東節度使となった ●崤函:崤山と函谷。河南から長安への途上に位置する要害 ●薛大夫:扶風の太守・薛景山 ●昆戎:昆夷・犬戎。周代の西方異民族。ここでは安史の乱と連携の構えを見せていた吐蕃を指す

4-32 《哀江頭》 杜甫

少陵野老吞聲哭。春日潛行曲江曲。江頭宮殿鎖千門。細柳新蒲爲誰綠。憶昔霓旌下南苑。苑中萬物生顏色。昭陽殿裏第一人。同輦隨君侍君側。輦前才人帶弓箭。白馬嚼齧黃金勒。翻身向天仰射雲。一笑正墜雙飛翼。明眸皓齒今何在。血汙遊魂歸不得。淸渭東流劍閣深。去住彼此無消息。人生有情淚沾臆。江草江花豈終極。黃昏胡騎塵滿城。欲往城南望城北。

《哀江頭》
少陵の野老 声を吞みて哭す。春日 潜行す 曲江の曲。江頭の宮殿 千門 鎖し。細柳 新蒲 誰が為めにか緑なる。憶ふ昔 霓旌 南苑に下りしを。苑中の万物 顔色を生ず。昭陽殿裏の第一の人。輦を同じくし君に随ひて君側に侍す。輦前の才人 弓箭を帯ぶ。白馬 嚼齧す 黄金の勒。身を翻し天に向かって 仰ぎて雲を射る。一笑 正に墜つ 双飛翼。明眸皓歯 今 何くにか在る。血 汚して 遊魂 帰り得ず。清渭は東流し 剣閣は深し。去住 彼此 消息 無し。人生 情有り 涙 臆を沾す。江草 江花 豈に終に極あらんや。黄昏 胡騎 塵 城に満つ。城南に往かんと欲して 城北を望む。

※●生顏色:生き生きとした様子になる ●昭陽殿裏第一人:楊貴妃のこと。昭陽殿は漢の成帝の寵姫・趙合徳のいた宮殿 ●遊魂:楊貴妃のさまよえる魂

4-33 《大雲寺贊公房四首 其一》 杜甫

心在水精域。衣霑春雨時。洞門盡徐步。深院果幽期。到扉開復閉。撞鐘齋及兹。醍醐長發性。飮食過扶衰。把臂有多日。開懷無愧辭。黃鸝度結構。紫鴿下罘罳。愚意會所適。花邊行自遲。湯休起我病。微笑索題詩。

《大雲寺の賛公の房四首 其の一》
心は 水精の域に在り。衣は霑ふ 春雨の時。洞門 尽く徐歩。深院 果して幽期。到扉 開き復た閉づ。撞鐘 斎 兹に及ぶ。醍醐 長へに性を発し。飲食 衰を扶くるに過ぐ。臂を把ること 多日 有り。懐を開くに 愧辞 無し。黄鸝 結構を度り。紫鴿 罘罳より下る。愚意 適する所に会ひ。花辺 行くこと自づから遅し。湯休 我が病めるを起たしむ。微笑して題詩を索む。

※●贊公:大雲寺の僧侶 ●水精域:寺域をいう ●醍醐:精純な牛乳・乳製品 ●把臂:仲良くすること、親しく交わること ●愧辞:自分を偽り飾る言葉 ●紫鴿:紫の毛色のハト ●罘罳:めかくし、ついたて。ここでは軒端に張る鳥除けの網 ●湯休:南朝・宋の僧侶・湯恵休。詩を善くし、のち還俗して吏となる。賛公をたとえる

4-34 《大雲寺贊公房四首 其二》 杜甫

細軟靑絲履。光明白㲲巾。深藏供老宿。取用及吾身。自顧轉無趣。交情何尙新。道林才不世。惠遠德過人。雨瀉暮簷竹。風吹春井芹。天陰對圖畫。最覺潤龍鱗。

《大雲寺の賛公の房四首 其の二》
細軟なる青糸の履。光明なる白㲲巾。深く蔵して老宿に供するに。取用 吾が身に及ぶ。自ら顧みるに 転た趣 無し。交情 何ぞ尚ほ新たなる。道林 才 世ならず。恵遠 徳 人に過ぐ。雨は瀉ぐ 暮簷の竹。風は吹く 春井の芹。天 陰りて 図画に対すれば。最も覚ゆ 竜鱗の潤ふを。

※●道林:晋代の高僧・支遁の字 ●恵遠:晋代の高僧 ●圖畫:大雲寺の壁画

4-35 《大雲寺贊公房四首 其三》 杜甫

燈影照無睡。心淸聞妙香。夜深殿突兀。風動金琅璫。天黑閉春院。地淸棲暗芳。玉繩迥斷絕。鐵鳳森翺翔。梵放時出寺。鐘殘仍殷牀。明朝在沃野。苦見塵沙黃。

《大雲寺の賛公の房四首 其の三》
灯影 照らして睡る無し。心 清くして 妙香を聞く。夜深くして 殿 突兀たり。風動かして 金 琅璫たり。天 黒くして春院 閉ぢ。地 清くして 暗芳 棲む。玉縄 迥かに断絶し。鉄鳳 森として翺翔す。梵 放たれて 時に寺を出で。鐘 残して 仍ほ床に殷たり。明朝 沃野に在りて。塵沙の黄なるを見るに苦しまん。

※●玉繩:北斗の玉衡星の北の両星をいう ●鐵鳳:屋根の棟の中央にすえつける鉄製の鳳凰

4-36 《大雲寺贊公房四首 其四》 杜甫

童兒汲井華。慣捷甁上手。霑灑不濡地。掃除似無箒。明霞爛複閣。霽霧搴高牖。側塞被徑花。飄颻委墀柳。艱難世事迫。隱遁佳期後。晤語契深心。那能總鉗口。奉辭還杖策。暫別終回首。泱泱泥汙人。㹞㹞國多狗。旣未免羈絆。時來憩奔走。近公如白雪。執熱煩何有。

《大雲寺の賛公の房四首 其の四》
童児 井華を汲み。捷きに慣れて 瓶 手に上る。霑灑 地を濡らさず。掃除 箒 無きに似たり。明霞 複閣に爛たり。霽霧 高牖に搴ぐ。側塞たり 径に被れる花。飄颻たり 墀に委せる柳。艱難 世事 迫り。隠遁 佳期に後る。晤語 深心 契る。那ぞ能く総て口を鉗せん。辞を奉じて 還た 策を杖かん。暫く別るるにも 終に首を回らす。泱泱として 泥 人を汚し。㹞㹞として 国に 狗 多し。既に未だ羈絆を免れず。時に来たりて奔走を憩はしむ。公に近づけば 白雪の如し。熱を執る煩 何ぞ有らん。

※●霑灑:打ち水 ●㹞㹞:犬の吠えるさま 

4-37 《雨過蘇端》 杜甫

鷄鳴風雨交。久旱雨亦好。杖藜入春泥。無食起我早。諸家憶所歷。一飯跡便掃。蘇侯得數過。歡喜每傾倒。也復可憐人。呼兒具梨棗。濁醪必在眼。盡醉攄懷抱。紅稠屋角花。碧秀牆隅草。親賓縱談謔。喧鬧慰衰老。況蒙霈澤垂。糧粒或自保。妻孥隔軍壘。撥棄不擬道。

《雨に 蘇端に過ぎる》
鶏 鳴きて風雨 交はる。久旱には 雨も亦た好し。藜を杖いて 春泥に入り。食 無くして 我を起たしむる早し。諸家 歴し所を憶ふに。一飯にして 跡 便ち掃ふ。蘇侯には 数〻過ぎるを得たり。歓喜す 毎に傾倒するを。也た復た 可憐の人なり。児を呼びて梨棗を具へしむ。濁醪 必ず眼に在り。酔ひを尽くして 懐抱を攄ぶ。紅は稠し 屋角の花。碧は秀づ 牆隅の草。親賓 談謔を縦にし。喧鬧 衰老を慰む。況んや 霈沢の垂るるを蒙るをや。糧粒 或ひは自ら保たん。妻孥 軍塁を隔つるも。撥棄して道はんと擬せず。

※●蘇端:杜甫の友人。原注に「端置酒」とあり ●無食起我早:食べ物が無く空腹で早く目が覚めるのである 

4-38 《喜晴》 杜甫

皇天久不雨。旣雨晴亦佳。出郭眺西郊。肅肅春增華。靑熒陵陂麥。窈窕桃李花。春夏各有實。我饑豈無涯。干戈雖橫放。慘澹鬬龍蛇。甘澤不猶愈。且耕今未賖。丈夫則帶甲。婦女終在家。力難及黍稷。得種菜與麻。千載商山芝。往者東門瓜。其人骨已朽。此道誰疵瑕。英賢遇轗軻。遠引蟠泥沙。顧慙昧所適。回首白日斜。漢陰有鹿門。滄海有靈査。焉能學眾口。咄咄空咨嗟。

《晴を喜ぶ》
皇天 久しく雨ふらず。既に雨ふれば 晴れも亦た佳し。郭を出でて西郊を眺むれば。粛粛として 春 華を増す。青熒たり 陵陂の麦。窈窕たり 桃李の花。春夏 各〻実 有り。我が饑ゑ 豈に涯 無からんや。干戈 横放して。惨澹として竜蛇 鬬ふと雖も。甘沢 猶ほ愈らずや。且耕 今 未だ賖かならず。丈夫 則ち甲を帯ぶるも。婦女 終に家に在り。力 黍稷に及び難きも。菜と麻とを種うるを得。千載 商山の芝。往者 東門の瓜。其の人 骨 已に朽つ。此の道 誰か疵瑕とせん。英賢 轗軻に遇へば。遠く引いて泥沙に蟠る。顧みて慙づ 適く所に昧きを。首を回らせば 白日 斜めなり。漢陰に鹿門 有り。滄海に霊査 有り。焉んぞ能く衆口を学びて。咄咄として空しく咨嗟せん。

※●且耕:且は鉏に同じ。田畑を鋤き、耕すこと ●商山芝:商山は長安の南東の山。四人の老人が秦の乱を避けて山に隠れ芝(霊草)を食べて暮らした ●東門瓜:秦の東陵侯だった者が秦滅亡後、長安の東門外で瓜を作って売った故事 

巻5

5-1 《送率府程錄事還鄕》 杜甫

鄙夫行衰謝。抱病昏忘集。常時往還人。記一不識十。程侯晚相遇。與語才傑立。薰然耳目開。頗覺聰明入。千載得鮑叔。末契有所及。意鍾老柏靑。義動脩蛇蟄。若人可數見。慰我垂白泣。吿別無淹晷。百憂復相襲。內愧突不黔。庶羞以賙給。素絲挈長魚。碧酒隨玉粒。途窮見交態。世梗悲路澁。東風吹春冰。泱漭后土濕。念君惜羽翮。旣飽更思戢。莫作翻雲鶻。聞呼向禽急。

《率府の程録事が郷に還るを送る》
鄙夫 行くゆく衰謝す。病を抱きて昏忘 集まる。常時 往還の人。一を記して 十を識らず。程侯 晩に相ひ遇ふ。与に語れば 才 傑立す。薫然として耳目 開き。頗る聡明 入るを覚ゆ。千載 鮑叔を得て。末契 及ぶ所 有り。意は 老柏の青きに鍾り。義は 脩蛇の蟄するに動く。若(カクノゴト)き人 数〻見るべくんば。我が垂白の泣を慰めん。別れを告げて 淹晷 無く。百憂 復た相ひ襲ぐ。内に愧づ 突の黔せざるを。庶羞 以て賙給す。素糸 長魚を挈げ。碧酒 玉粒 随ふ。途 窮して 交態を見。世 梗して 路渋を悲しむ。東風 春氷を吹き。泱漭として后土 湿ふ。念ふ 君が羽翮を惜しみて。既に飽くも 更に戢めむことを思ふを。作す莫れ 翻雲の鶻の。呼を聞きて禽に向かふこと急なるを。

※原注あり「程攜酒饌。相就取別」という ●率府:太子左・右衛率府。杜甫も右衛率府に属す ●昏忘:頭脳明らかならず物忘れ多いこと ●薰然:相手から薫陶を受けるさま ●淹晷:久しい時間 ●突不黔:竈を使うことがないので煙突が黒くならない。墨子の故事 ●戢:羽をすぼめる ●向禽:獲物の鳥に飛びかかる

5-2 《鄭駙馬池臺喜遇鄭廣文同飮》 杜甫

不謂生戎馬。何知共酒杯。燃臍郿塢敗。握節漢臣回。白髮千莖雪。丹心一寸灰。別離經死地。披寫忽登臺。重對秦簫發。俱過阮宅來。留連春夜舞。淚落强徘徊。

《鄭駙馬が池台にて 鄭広文に遇ひ同に飲むを喜ぶ》
謂はざりき 戎馬を生ぜんとは。何ぞ知らん 酒杯を共にせんとは。臍を燃やして 郿塢 敗れ。節を握りて 漢臣 回る。白髪 千茎の雪。丹心 一寸の灰。別離 死地を経。披写 忽ち台に登る。重ねて秦簫の発するに対し。俱に阮宅に過ぎり来たる。留連して 春夜 舞へば 。涙 落ちて 強ひて徘徊す。

※●燃臍:後漢末の董卓の肥満した屍のへそに蝋燭の芯を挿して点火したところ、朝まで燃え続けたという。この句、安禄山が子の慶緒に殺されたことをたとえる ●郿塢:董卓が長安防衛のため築いた砦 ●握節漢臣回:漢の蘓武、匈奴に囚われながら降ることなく、19年ののち、節(使者のしるし)を持して漢に帰還した。賊軍にとらわれながら生還した鄭広文(鄭虔)をたとえる ●披寫:心を開き、胸の内をぶちまける ●秦簫:秦の穆公の娘・弄玉の婿・簫史。簫の名手。鄭駙馬(玄宗の娘・臨晋公主の婿)をたとえる ●阮宅:阮咸の宅。阮咸は阮籍の甥。鄭駙馬は鄭虔の甥であるため、阮咸にたとえたもの

5-3 《自京竄至鳳翔喜達行在所三首 其一》 杜甫

西憶岐陽信。無人遂卻回。眼穿當落日。心死著寒灰。茂樹行相引。連山望忽開。所親驚老瘦。辛苦賊中來。

《京より竄れて鳳翔に至り行在所に達するを喜ぶ三首 其の一》
西のかた岐陽の信を憶ふに。人の遂に却回する無し。眼 穿たれて 落日に当たる。心 死して 寒灰を著く。茂樹 行くゆく相ひ引き。連山 望み忽ち開く。親しむ所 老瘦に驚く。辛苦して 賊中より来たれり。

※●行在所:粛宗の行在所 ●卻回:戻ってくる ●眼穿:目に穴があくほど見つめる

5-4 《自京竄至鳳翔喜達行在所三首 其二》 杜甫

愁思胡笳夕。凄涼漢苑春。生還今日事。閒道暫時人。司隸章初睹。南陽氣巳新。喜心翻倒極。嗚咽淚沾巾。

《京より竄れて鳳翔に至り行在所に達するを喜ぶ三首 其の二》
愁思す 胡笳の夕。凄涼たり 漢苑の春。生還 今日の事。間道 暫時の人。司隷の章 初めて睹。南陽の気 巳に新たなり。喜心 翻倒の極み。嗚咽して 涙 巾を沾す。

※●漢苑:漢はすなわち唐。長安の宮苑 ●司隸章:後漢の光武帝がまだ更始帝のもとで司隷校尉だったとき、章(法令)は旧来のとおりにさせた ●南陽氣:南陽は光武帝の生地。王莽のとき、南陽を訪れた望気者が帝王の興る気を見た

5-5 《自京竄至鳳翔喜達行在所三首 其三》 杜甫

死去憑誰報。歸來始自憐。猶瞻太白雪。喜遇武功天。影靜千官裏。心蘇七校前。今朝漢社稷。新數中興年。

《京より竄れて鳳翔に至り行在所に達するを喜ぶ三首 其の三》
死し去らば 誰に憑ってか報ぜん。帰り来たって始めて自ら憐む。猶ほ瞻る 太白の雪。喜びて遇ふ 武功の天。影 静かなり 千官の裏。心 蘇る 七校の前。今朝 漢の社稷。新たに数ふ 中興の年。

※●太白・武功:太白山と武功県。太白山は武功県の南にあり ●七校:漢の武帝が置いた八校尉のうち、常置でない胡騎校尉を除く七校尉。ここでは行在所を護衛する武官たちを指す

5-6 《送樊二十三侍御赴漢中判官》 杜甫

威弧不能弦。自爾無寧歲。川谷血橫流。豺狼沸相噬。天子從北來。長驅振凋敝。頓兵岐梁下。卻跨沙漠裔。二京陷未收。四極我得制。蕭索漢水淸。緬通淮湖稅。使者紛星散。王綱尙旒綴。南伯從事賢。君行立談際。坐知七曜曆。手畫三軍勢。冰雪淨聰明。雷霆走精銳。幕府輟諫官。朝廷無此例。至尊方旰食。仗爾布嘉惠。補闕暮徵入。柱史晨征憩。正當艱難時。實藉長久計。廻風吹獨樹。白日照執袂。慟哭蒼煙根。山門萬重閉。居人莽牢落。遊子方迢遞。徘徊悲生離。局促老一世。陶唐歌遺民。後漢更列帝。我無匡復資。聊欲從此逝。

《樊二十三侍御の漢中判官に赴くを送る》
威弧 弦する能はず。爾りしより 寧歳 無し。川谷 血 横流し。豺狼 沸として相ひ噬む。天子 北より来たり。長駆 凋敝を振ふ。兵を頓す 岐梁の下。却って 沙漠の裔に跨る。二京 陥ちて未だ収めざるも。四極 我 制するを得たり。蕭索として 漢水 清し。緬かに淮湖の税を通ず。使者 紛として星散し。王綱 尚ほ旒綴す。南伯 従事 賢なり。君 行きて 立談の際。坐ろに知る 七曜の暦。手づから画す 三軍の勢。氷雪 聡明 浄く。雷霆 精鋭 走る。幕府 諫官を輟る。朝廷 此の例 無し。至尊 方に旰食す。爾に仗りて嘉恵を布く。補闕 暮に徴し入る。柱史 晨に征かんとして憩ふ。正に艱難の時に當り。実に長久の計に藉る。廻風 独樹を吹き。白日 執袂を照らす。慟哭す 蒼煙の根。山門 万重 閉づ。居人 莽として牢落たり。遊子 方に迢逓たり。徘徊して生離を悲しみ。局促として一世に老ゆ。陶唐 遺民に歌はれ。後漢 烈帝を更ふ。我 匡復の資 無し。聊か此より逝かんと欲す。

※●威弧不能弦:強い弓に弦をかけることができない。弦をかけなければ弓の用をなさない。玄宗が早い段階で安禄山に刑罰を用いることができなかったことをいう ●南伯:漢中王・李瑀 ●輟:この字、仇註は「綴」に作るべしとし、豹軒の字解もこれに従う。綴はつなぎつけておくの意 ●諫官:侍御史をいう。すなわち樊氏 ●陶唐:帝堯の氏

5-7 《送韋十六評事充同谷防禦判官》 杜甫

昔沒賊中時。潛與子同遊。今歸行在所。王事有去留。偪側兵馬閒。主憂急良籌。子雖軀幹小。老氣橫九州。挺身艱難際。張目視寇讐。朝廷壯其節。特詔令參謀。鑾輿駐鳳翔。同谷爲咽喉。西扼弱水道。南鎭枹罕陬。此邦承平日。剽劫吏所羞。況乃胡未滅。控帶莽悠悠。府中韋使君。道足示懷柔。令姪才俊茂。二美又何求。受詞太白腳。走馬仇池頭。古色沙土裂。積陰雲雪稠。羌父豪豬靴。羌兒靑兕裘。吹角向月窟。蒼山旌旆愁。鳥驚出死樹。龍怒拔老湫。古來無人境。今代橫戈矛。傷哉文儒士。憤激馳林丘。中原正格鬬。後會何緣由。百年賦命定。豈料沈與浮。且復戀良友。握手步道周。論兵遠壑靜。亦可縱冥搜。題詩得秀句。札翰時相投。

《韋十六評事が同谷の防禦判官に充てらるるを送る》
昔 賊中に没せし時。潜かに子と与に同遊せり。今 行在所に帰し。王事 去留 有り。偪側たり 兵馬の間。主 憂ひて良籌を急にす。子 軀幹 小なりと雖も。老気 九州に横たはる。身を挺す 艱難の際。目を張りて寇讐を視る。朝廷 其の節を壮とし。特に詔して 参謀たらしむ。鑾輿 鳳翔に駐し。同谷は 咽喉為り。西は扼す 弱水の道。南は鎮す 枹罕の陬。此の邦 承平の日。剽劫は 吏の羞づる所。況んや乃ち 胡 未だ滅せず。控帯 莽として悠悠たるをや。府中の韋使君。道 懐柔を示すに足る。令姪 才俊茂なり。二美 又た何をか求めん。詞を受く 太白の脚。馬を走らす 仇池の頭。古色 沙土 裂け。積陰 雲雪 稠し。羌父 豪猪の靴。羌児 青兕の裘。角を吹きて月窟に向かひ。蒼山 旌旆 愁ふ。鳥 驚きて 死樹を出で。竜 怒りて 老湫より抜く。古来 無人の境。今代 戈矛を横たふ。傷ましいかな 文儒の士。憤激して林丘に馳す。中原 正に格闘す。後会 何にか縁り由らん。百年 賦命 定まふ。豈に沈と浮とを料らんや。且つ復た良友を恋ひ。手を握りて道周に歩す。兵を論じて遠壑 静かならば。亦た冥捜を縦にすべし。詩を題して 秀句を得ば。札翰 時に相ひ投ぜよ。

※●同谷:甘粛の地名 ●枹罕:県名。河州の治所 ●剽劫:人の物を暴力で奪うこと ●令姪:韋評事のこと ●豪豬靴:イノシシの革の靴 ●靑兕裘:青い野牛の革の裘 

5-8 《述懷》 杜甫

去年潼關破。妻子隔絕久。今夏草木長。脫身得西走。麻鞋見天子。衣袖見兩肘。朝廷慜生還。親故傷老醜。涕淚受拾遺。流離主恩厚。柴門雖得去。未忍卽開口。寄書問三川。不知家在否。比聞同罹禍。殺戮到鷄狗。山中漏茅屋。誰復依戶牖。摧頹蒼松根。地冷骨未朽。幾人全性命。盡室豈相偶。嶔岑猛虎場。鬱結廻我首。自寄一封書。今巳十月後。反畏消息來。寸心亦何有。漢運初中興。生平老耽酒。沈思歡會處。恐作窮獨叟。

《述懐》
去年 潼関 破れ。妻子 隔絶すること久し。今夏 草木 長じ。身を脱して西に走るを得たり。麻鞋にて 天子を見。衣袖は 両肘を見す。朝廷 生還を慜(アハ)れみ。親故 老醜を傷む。涕涙して 拾遺を受け。流離 主恩 厚し。柴門 去(ユ)くを得と雖も。未だ 即ち口を開くに忍びず。書を寄せて三川に問ふ。知らず 家 在りや否や。比(コノゴ)ろ聞く 同じく禍に罹りて。殺戮 鶏狗に到ると。山中の漏茅屋。誰か復た戸牖に依らん。摧頽せる蒼松の根。地 冷かにして 骨 未だ朽ちざらん。幾人か性命を全うせん。室を尽くして 豈に相ひ偶せんや。嶔岑たる猛虎の場。鬱結として 我が首を廻す。一封の書を寄せしより。今 巳に十月の後。反って消息の来るを畏る。寸心 亦た何か有らん。漢運 初めて中興し。生平 老いて酒に耽る。沈思す 歓会の処。恐らくは窮独の叟と作らん。

※●去年:天宝15年/至徳元年。7月改元 ●慜:愍に通ず ●拾遺:至徳2年5月、杜甫は左拾遺に任ぜられた ●柴門:鄜州羌村の自宅の門 ●三川:鄜州地方 ●漏茅屋:雨漏りのするボロ家 ●盡室:一家全員欠けることなく揃う

5-9 《得家書》 杜甫

去憑遊客寄。來爲附家書。今日知消息。他鄕且舊居。熊兒幸無恙。驥子最憐渠。臨老羇孤極。傷時會合疎。二毛趨帳殿。一命侍鸞輿。北闕妖氛滿。西郊白露初。涼風新過雁。秋雨欲生魚。農事空山裏。眷言終荷鋤。

《家書を得る》
去くは遊客に憑りて寄せ。来たるは家書を附するが為めにす。今日消息を知る。他郷なるも 且つ旧居なり。熊児 幸ひに恙 無く。驥子 最も渠を憐む。老に臨みて羇孤 極まり。時を傷みて 会合 疎なり。二毛 帳殿に趨り。一命 鑾輿に侍す。北闕 妖氛 満ち。西郊 白露 初む。涼風 新たに雁 過ぎ。秋雨 魚を生ぜんと欲す。農事 空山の裏。眷みて言(ココ)に 終に鋤を荷はん。

※●他鄕且舊居:他郷ではあるが、まあ、以前のままの住まいである。鄜州羌村の自宅は杜甫にとって他郷であるが、それでもともかく他所へ避難などせず以前のまま無事に住んでいるということ ●熊兒:杜甫の長男、宗文の幼名 ●驥子:杜甫の次男、宗武の幼名

5-10 《送長孫九侍御赴武威判官》 杜甫

驄馬新鑿蹄。銀鞍被來好。繡衣黃白郞。騎向交河道。問君適萬里。取別何草草。天子憂涼州。嚴程到須蚤。去秋羣胡反。不得無電掃。此行收遺甿。風俗方再造。族父領元戎。名聲國中老。奪我同官良。飄颻按城堡。使我不能餐。令我惡懷抱。若人才思闊。溟漲浸絕島。樽前失詩流。塞上得國寶。皇天悲送遠。雲雨白浩浩。東郊尙烽火。朝野色枯槁。西極柱亦傾。如何正穹昊。

《長孫九侍御が武威判官に赴くを送る》
驄馬 新たに蹄を鑿ち。銀鞍 被り来たって好し。繡衣 黄白の郎。騎して向かふ 交河の道。君に問ふ 万里に適くに。別を取ること 何ぞ草草たると。天子 涼州を憂ふ。厳程 到ること須らく蚤かるべし。去秋 群胡 反す。電掃すること 無かるべからず。此の行 遺甿を収めん。風俗 方に再造せん。族父 元戎を領し。名声 国中の老なり。我が同官の良を奪ひ。飄颻として城堡を按ぜしむ。我をして餐する能はざらしめ。我をして懐抱を悪しくせしむ。若(カクノゴト)き人 才思 闊なり。溟漲 絶島を浸す。樽前 詩流を失し。塞上 国宝を得。皇天 送遠を悲しむ。雲雨 白くして浩浩たり。東郊 尚ほ烽火。朝野 色 枯槁す。西極の柱 亦た傾く。如何んが穹昊を正さん。

※●武威:県名。河西節度使の治所 ●繡衣:漢の武帝、侍御史のうちから繡衣直指を任じ、賊の討伐を命じた ●黃白:黄は金印、白は銀印 ●族父:杜甫の父の従兄弟。至徳2年5月河西節度使に任じられた杜鴻漸 ●元戎:大きな戦車

5-11 《送從弟亞赴河西判官》 杜甫

南風作秋聲。殺氣薄炎熾。盛夏鷹隼擊。時危異人至。令弟草中來。蒼然請論事。詔書引上殿。奮舌動天意。兵法五十家。爾腹爲筐笥。應對如轉丸。疎通略文字。經綸皆新語。足以正神器。宗廟尙爲灰。君臣俱下淚。崆峒地無軸。靑海天軒輊。西極最瘡痍。連山暗烽燧。帝曰大布衣。藉卿佐元帥。坐看淸流沙。所以子奉使。歸當再前席。適遠非歷試。須存武威郡。爲畫長久利。孤峰石戴驛。快馬金纏轡。黃羊飫不羶。蘆酒多還醉。踊躍常人情。慘澹苦士志。安邊敵何有。反正計始遂。吾聞駕鼓車。不合用騏驥。龍吟廻其頭。夾輔待所致。

《従弟亜が河西判官に赴くを送る》
南風 秋声を作し。殺気 炎熾に薄(セマ)る。盛夏 鷹隼 撃つ。時 危くして 異人 至る。令弟 草中より来たる。蒼然 事を論ぜんと請ふ。詔書 引きて殿に上らしむ。舌を奮ひて天意を動かす。兵法 五十家。爾が腹 筐笥為り。応対 転丸の如く。疎通 文字を略す。経綸 皆 新語。以て神器を正すに足れり。宗廟 尚ほ灰と為る。君臣 俱に涙を下す。崆峒 地に軸 無く。青海 天 軒輊す。西極 最も瘡痍あり。連山 烽燧 暗し。帝 曰く 大布衣。卿に藉りて元帥に佐たらしむ。坐ろに流沙を清むるを看る。子が使を奉ずる所以。帰らば 当に再び席を前むべし。遠きに適くは 歴試するに非ず。須らく武威郡を存し。為めに長久の利を画すべし。孤峰 石 駅を戴き。快馬 金 轡を纏ふ。黄羊 飫(ア)けども羶ならず。芦酒も 多ければ還た酔ふ。踊躍 常人の情。惨澹 苦士の志。辺を安んずるに 敵 何か有らん。正に反すの計 始めて遂げん。吾 聞く 鼓車に駕するには。合に騏驥を用ふべからず。竜吟 其の頭を廻らさん。夾輔 致す所を待つ。

※●亞:杜甫の従弟、杜亜 ●異人:非凡なる人物 ●如轉丸:玉を転がすように滞りない。立て板に水 ●元帥:河西節度使の杜鴻漸 ●前席:話に聞き入って席の前へ身を乗り出すこと。漢の文帝と賈誼の故事 ●蘆酒:アシの管で飲む酒

5-12 《送靈州李判官》 杜甫

羯胡腥四海。回首一茫茫。血戰乾坤赤。氛迷日月黃。將軍專策略。幕府盛才良。近賀中興主。神兵動朔方。

《霊州の李判官を送る》
羯胡 四海に腥し。首を回らせば一に茫茫たり。血戦して 乾坤 赤く。氛 迷ひて 日月 黄なり。将軍 策略を専らにし。幕府 才良 盛んなり。近ごろ賀す 中興の主の。神兵 朔方に動くを。

※●靈州:霊武。朔方節度使の治所 ●羯胡:安史の乱の賊軍

5-13 《奉送郭中丞兼太僕卿充隴右節度使三十韻》 杜甫

詔發山西將。秋屯隴右兵。凄涼餘部曲。燀赫舊家聲。鵰鶚乘時去。驊騮顧主鳴。艱難須上策。容易卽前程。斜日當軒蓋。高風卷旆旌。松悲天水冷。沙亂雪山淸。和虜猶懷惠。防邊詎敢驚。古來於異域。鎭靜示專征。燕薊奔封豕。周秦觸駭鯨。中原何墋黷。遺孽尙縱橫。箭入昭陽殿。笳吹細柳營。內人紅袖泣。王子白衣行。宸極妖星動。園陵殺氣平。空餘金盌出。無復繐帷輕。毀廟天飛雨。焚宮火徹明。罘罳朝共落。棆桷夜同傾。三月師逾整。羣胡勢就烹。瘡痍親接戰。勇決冠垂成。妙譽期元宰。殊恩且列卿。幾時廻節鉞。戮力掃欃槍。圭竇三千士。雲梯七十城。恥非齊說客。秪似魯諸生。通籍微班忝。周行獨坐榮。隨肩趨漏刻。短髮寄簮纓。徑欲依劉表。還疑厭禰衡。漸衰那此別。忍淚獨含情。廢邑狐貍語。空村虎豹爭。人頻墜塗炭。公豈忘精誠。元帥調新律。前軍壓舊京。安邊仍扈從。莫作後功名。

《郭中丞が太僕卿を兼ね 隴右節度使に充てらるるを送り奉る三十韻》
詔して 山西の将を発し。秋 隴右の兵を屯せしむ。凄涼 部曲 余り。燀赫 家声 旧りたり。鵰鶚 時に乗じて去り。驊騮 主を顧みて鳴く。艱難 上策を須つ。容易 前程に即く。斜日 軒蓋に當たり。高風 旆旌を巻く。松 悲しみて天水 冷かに。沙 乱れて 雪山 清し。虜に和するすら猶ほ恵に懐く。辺を防ぐに詎ぞ敢て驚かさんや。古来 異域に於けるは。鎮静して専征を示す。燕薊 封豕 奔り。周秦 駭鯨 触る。中原 何ぞ墋黷なる。遺孽 尚ほ縦横たり。箭は入る 昭陽殿。笳は吹かる 細柳営。内人 紅袖に泣き。王子 白衣にて行く。宸極 妖星 動き。園陵 殺気 平らかなり。空しく余す 金椀の出づるを。復た繐帷の軽き無し。廟を毀ちて 天 雨を飛ばし。宮を焚いて 火 明に徹す。罘罳 朝に共に落ち。棆桷 夜に同じく傾く。三月 師 逾〻整ひ。群胡 勢ひ 烹らるるに就く。瘡痍 親ら接戦す。勇決 垂成に冠たり。妙誉 元宰を期し。殊恩 且つ列卿。幾時か節鉞を廻らし。力を戮せて欃槍を掃はん。圭竇 三千の士。雲梯 七十城。恥づらくは 斉の説客に非ざるを。秪だ 魯の諸生に似たり。通籍 微班を忝くす。周行 独坐 栄ゆ。肩を随へて漏刻に趨り。短髪 簮纓に寄す。径ちに劉表に依らんと欲するも。還た疑ふ 禰衡を厭はむかと。漸く衰ふ 那ぞ此に別れん。涙を忍びて独り情を含む。廃邑 狐狸 語り。空村 虎豹 争ふ。人 頻りに 塗炭に墜つ。公 豈に精誠を忘れんや。元帥 新律を調へ。前軍 旧京を圧す。辺を安んじて仍りて扈従し。功名に後るるを作す莫れ。

※●郭中丞:御史中丞・郭英乂 ●山西將:郭英乂のこと。山西出身。漢書の趙充国伝に「山東出相、山西出将」と言うのにちなむ ●餘部曲・舊家聲:郭英乂の父は隴右諸軍節度大使であった。部曲は父の頃の部隊、家声は父以来の家の評判のこと ●封豕:大きなイノシシ。安禄山をたとえる ●周秦:長安と洛陽 ●駭鯨:驚く鯨。安禄山をたとえる ●遺孽:安禄山の養子・安慶緒 ●欃槍:ほうきぼし 

5-14 《送楊六判官使西蕃》 杜甫

送遠秋風落。西征海氣寒。帝京氛祲滿。人世別離難。絕域遙懷怒。和親願結歡。敕書憐贊普。兵甲望長安。宣命前程急。惟良待士寬。子雲淸自守。今日起爲官。垂淚方投筆。傷時卽據鞍。儒衣山鳥怪。漢節野童看。邊酒排金盌。夷歌捧玉盤。草肥蕃馬健。雪重拂廬乾。愼爾參籌畫。從兹正羽翰。歸來權可取。九萬一朝摶。

《楊六判官が西蕃に使するを送る》
遠きを送れば 秋風 落ち。征西 海気 寒し。帝京 氛祲 満ち。人世 別離 難し。絶域 遥かに怒りを懐き。和親して 歓を結ばんことを願ふ。勅書 憐れむ 賛普が。兵甲 長安を望むを。宣命 前程 急に。惟良 士を待つに寛なり。子雲 清くして自ら守り。今日 起ちて官と為る。涙を垂れて 方に筆を投ず。時を傷みて 即ち鞍に拠る。儒衣 山鳥 怪しみ。漢節 野童 看る。辺酒 金椀を排し。夷歌 玉盤を捧ぐ。草 肥えて 蕃馬 健に。雪 重くして 廬を払ひて乾く。慎んで 爾 籌画に参じ。兹より羽翰を正せ。帰り来たらば 権 取るべし。九万 一朝にして摶たん。

※●西蕃:吐蕃を指す。当初、安禄山の反乱軍と連携していたが、至徳2年3月、唐に使者を派遣して和睦し、逆に反乱鎮圧への協力を申し出た ●海氣:この海は砂漠のこと。青海地方 ●贊普:吐蕃語で「強雄なる丈夫」の意で、その君長を指す ●子雲:漢の揚雄の字。楊六判官をたとえる

5-15 《哭長孫侍御》 杜甫

道爲詩書重。名因賦頌雄。禮闈曾擢桂。憲府屢乘驄。流水生涯盡。浮雲世事空。惟餘舊臺柏。蕭瑟九原中。

《長孫侍御を哭す》
道は 詩書の為めに重く。名は 賦頌に因りて雄なり。礼闈 曽て桂として擢かれ。憲府 屢〻驄に乗ず。流水 生涯 尽き。浮雲 世事 空し。惟だ余す 旧台柏。蕭瑟たり 九原の中。

※この詩、高仲武『中興間気集』では杜誦の作とする ●詩書:詩経と書経 ●禮闈:尚書省の礼部。唐の開元末以後、進士の試験は礼部侍郎がつかさどった ●擢桂:桂林の一枝として抜擢される。優秀な成績で及第すること。晉の郄詵が武帝に応えて「臣舉賢良、對策為天下第一、猶桂林一枝」と言ったことによる ●憲府:御史の役所 ●乘驄:後漢の桓典が驄馬御史と呼ばれた故事

5-16 《奉贈嚴八閣老》 杜甫

扈聖登黃閣。明公獨妙年。蛟龍得雲雨。鵰鶚在秋天。客禮容疎放。官曹可接聯。新詩句句好。應任老夫傳。

《厳八閣老に贈り奉る》
聖に扈して黄閣に登り。明公 独り妙年なり。蛟竜 雲雨を得。鵰鶚 秋天に在り。客礼 疎放を容れ。官曹 接聯すべし。新詩 句句 好し。応に老夫の伝ふるに任すなるべし。

※●嚴八:厳武。八は排行。その父・厳梃之は杜甫の友 ●閣老:給事中を呼ぶ敬称 ●黃閣:門下省 ●明公:聡明な人。厳武のこと ●疎放:杜甫の無頓着

5-17 《月》 杜甫

天上秋期近。人閒月影淸。入河蟾不沒。搗藥免長生。只益丹心苦。能添白髮明。干戈知滿地。休照國西營。

《月》
天上 秋期 近く。人間 月影 清し。河に入りて 蟾 没せず。薬を搗きて 兎 長生す。只だ丹心の苦しきを益し。能く白髪の明かなるを添ふ。干戈 地に満つるを知る。国西の営を照すを休めよ。

※●蟾:ヒキガエル。月のこと 

5-18 《留別賈嚴二閣老兩院補闕得雲字》 杜甫

田園須暫往。戎馬惜離羣。去遠留詩別。愁多任酒醺。一秋常苦雨。今日始無雲。山路時吹角。那堪處處聞。

《賈・厳の二閣老 両院の補闕に留別す 雲字を得たり》
田園 須らく暫く往くべし。戎馬 離群を惜しむ。去ること遠くして 詩を留めて別れ。愁ひ 多くして 酒の醺するに任す。一秋 常に雨に苦しむに。今日 始めて雲 無し。山路 時に角を吹く。那ぞ堪へん 処処に聞くに。

※●賈嚴二閣老:中書舎人賈至と給事中厳武 ●兩院補闕:「兩院遺補諸公」に作る本が正しい。遺補は拾遺と補闕のこと 

5-19 《晚行口號》 杜甫

三川不可到。歸路晚山稠。落雁浮寒水。飢烏集戍樓。市朝今日異。喪亂幾時休。遠愧梁江總。還家尙黑頭。

《晩行口号》
三川には到るべからず。帰路 晩山 稠し。落雁 寒水に浮かび。飢烏 戍楼に集まる。市朝 今日 異なり。喪乱 幾時か休まん。遠く愧づ 梁の江総が。家に還りて 尚ほ黒頭なりしに。

※●三川:杜甫の自宅のある鄜州のあたり ●梁江總:南朝・梁の江総、年三十一のときに台城陥落し、以後十五年流離してのち家に帰ったが、なお髪が黒かったという

5-20 《獨酌成詩》 杜甫

燈花何太喜。酒綠正相親。醉裏從爲客。詩成覺有神。兵戈猶在眼。儒術豈謀身。苦被微官縛。低頭愧野人。

《独酌 詩を成す》
灯花 何ぞ太だ喜べる。酒 緑にして 正に相ひ親しむ。酔裏 客と為るに従(マカ)し。詩 成りて 神 有るを覚ゆ。兵戈 猶ほ眼に在り。儒術 豈に身を謀らんや。苦しむらくは 微官に縛られ。頭を低るること野人に愧づ。

※●微官:大したことのない官職。このとき杜甫は左拾遺 ●低頭:上官に頭を下げる

5-21 《徒步歸行》 杜甫

明公壯年値時危。經濟實藉英雄姿。國之社稷今若是。武定禍亂非公誰。鳳翔千官且飽飯。衣馬不復能輕肥。靑袍朝士最困者。白頭拾遺徒步歸。人生交契無老少。論心何必先同調。妻子山中哭向天。須公櫪上追風驃。

《徒歩帰行》
明公 壮年 時の危きに値ひ。経済 実に英雄の姿に藉る。国の社稷 今 是くの若し。武 禍乱を定むるは 公に非ずして誰ぞ。鳳翔の千官 且つ飯に飽くも。衣馬 復た軽肥する能はず。青袍の朝士 最も困ずる者。白頭の拾遺 徒歩して帰る。人生 交契 老少 無く。心を論ずるに何ぞ必ずしも同調を先にせん。妻子 山中 哭して天に向かふ。須つ 公が櫪上の追風の驃を。

※原注あり「贈李特進。自鳯翔赴鄜州、途經邠州作」とあり。李特進は李嗣業 ●明公:聡明な人。李嗣業のこと ●追風:秦の始皇帝の名馬の名

5-22 《九成宮》 杜甫

蒼山入百里。崖斷如杵臼。曾宮憑風迥。岌嶫土囊口。立神扶棟梁。鑿翠開戶牖。其陽產靈芝。其陰宿牛斗。紛披長松倒。揭蘖怪石走。哀猿啼一聲。客淚逬林藪。荒哉隋家帝。製此今頹朽。向使國不亡。焉爲巨唐有。雖無新增修。尙置官居守。巡非瑤水遠。跡是雕牆後。我行屬時危。仰望嗟嘆久。天王狩太白。駐馬更搔首。

《九成宮》
蒼山 入ること百里。崖 断えて 杵臼の如し。曽宮 風に憑りて迥かに。岌嶫たり 土囊の口。神を立てて 棟梁を扶け。翠を鑿ちて 戸牖を開く。其の陽には 霊芝を産し。其の陰には 牛斗 宿る。紛披として 長松 倒れ。掲蘖として 怪石 走る。哀猿 啼くこと一声。客涙 林藪に逬る。荒なるかな 隋家の帝。此を製するも 今は頽朽せり。向に国をして亡びざらしめば。焉んぞ巨唐の有と為らん。新たに増修する無しと雖も。尚ほ官を置きて居守せしむ。巡は瑶水の遠きに非ず。跡は是れ雕牆の後なり。我 行きて 時の危きに属す。仰望して嗟嘆すること久し。天王 太白に狩す。馬を駐めて 更に首を搔く。

※●九成宮:鳳翔にあり。もと隋の仁寿宮。唐の太宗のとき修繕して名を改め、避暑用の宮殿とした ●曾宮:層宮に同じ ●揭蘖:「蘖」の字、底本は山偏を有するが、ユニコードに存在しないため、ここでは蘖で代用する。この語、擬態語であり、「蘖」に山偏が有ってもなくても意味に影響はない。高くそびえるさま ●巡:巡幸 ●瑤水:瑶池に同じ。西王母が住む崑崙山にあるという池 ●天王狩太白:粛宗が鳳翔の行在所にいることをいう。太白は武功県にある山の名

5-23 《玉華宮》 杜甫

溪廻松風長。蒼鼠竄古瓦。不知何王殿。遺構絕壁下。陰房鬼火靑。壞道哀湍瀉。萬籟眞笙竽。秋色正蕭灑。美人爲黃土。況乃粉黛假。當時侍金輿。故物獨石馬。憂來藉草坐。浩歌淚盈把。冉冉征途閒。誰是長年者。

《玉華宮》
渓 廻りて 松風 長し。蒼鼠 古瓦に竄る。知らず 何れの王の殿ぞ。遺構 絶壁の下。陰房 鬼火 青く。壊道 哀湍 瀉ぐ。万籟 真に笙竽。秋色 正に蕭灑たり。美人 黄土と為る。況んや乃ち 粉黛の仮なるをや。当時 金輿に侍せしに。故物 独り石馬あるのみ。憂へ来って 草を藉きて坐し。浩歌すれば 涙 把に盈つ。冉冉たり 征途の間。誰か是れ長年の者ぞ。

※●玉華宮:唐の太宗が貞観21年に作った宮殿。きわめて質素で正殿以外は茅葺だったという。高宗のとき宮殿を廃して玉華寺となした。よってこの時すでに寺であったが、宮殿址として詠んでいるため玉華宮と題したもの ●長年者:永久の長寿をたもつもの

5-24 《羌村三首 其一》 杜甫

崢嶸赤雲西。日腳下平地。柴門鳥雀噪。歸客千里至。妻孥怪我在。驚定還拭淚。世亂遭飄蕩。生還偶然遂。鄰人滿牆頭。感歎亦歔欷。夜闌更秉燭。相對如夢寐。

《羌村三首 其の一》
崢嶸たる赤雲の西。日脚 平地の下。柴門 鳥雀 噪ぎ。帰客 千里より至る。妻孥 我の在るを怪しみ。驚き定まりて 還た涙を拭ふ。世 乱れて 飄蕩に遭ひ。生還 偶然に 遂ぐ。隣人 牆頭に満ち。感歎して亦た歔欷す。夜 闌にして 更に燭を秉り。相ひ対すれば 夢寐の如し。

※●羌村:鄜州の羌村。杜甫の自宅のあるところ ●怪我在:私の生きているのを怪しむ 

5-25 《羌村三首 其二》 杜甫

晚歲迫偷生。還家少歡趣。嬌兒不離膝。畏我復卻去。憶昔好追涼。故繞池邊樹。蕭蕭北風勁。撫事煎百慮。賴知禾黍收。巳覺糟牀注。如今足斟酌。且用慰遲暮。

《羌村三首 其の二》
晩歳 偷生に迫り。家に還るも 歓趣 少なし。嬌児 膝を離れず。我を畏れて 復た却き去る。憶ふ昔 好んで涼を追ひ。故らに池辺の樹を繞りしを。蕭蕭として 北風 勁く。事を撫すれば 百慮 煎る。頼ひに知る 禾黍の収めらるるを。巳に糟床の注ぐを覚ゆ。如今 斟酌するに足れり。且つ用って 遅暮を慰めん。

※●撫事:事に沿って考える ●糟牀:酒をしぼって酒粕と分離する台

5-26 《羌村三首 其三》 杜甫

羣鷄正亂叫。客至鷄鬭爭。驅鷄上樹木。始聞叩柴荆。父老四五人。問我久遠行。手中各有攜。傾榼濁復淸。莫從辭酒味薄。黍地無人耕。兵革旣未息。兒童盡東征。請爲父老歌。艱難愧深情。歌罷仰天歎。四座涕縱橫。

《羌村三首 其の三》
群鶏 正に乱叫し。客 至れば 鶏 闘争す。鶏を駆って 樹木に上らしめ。始めて聞く 柴荊を叩くを。父老 四五人。問ふ 我が久しく遠行せしを。手中 各〻携ふる有り。榼を傾くれば 濁 復た清。辞する莫れ 酒味の薄きを。黍地 人の耕す無し。兵革 既に未だ息まず。児童 尽く東征す。請ふ 父老の為めに歌はん。艱難 深情に愧づ。歌 罷みて 天を仰ぎて歎ず。四座 涕 縦横たり。

※●榼:酒器

5-27 《北征》 杜甫

皇帝二載秋。閏八月初吉。杜子將北征。蒼茫問家室。維時遭艱虞。朝野少暇日。顧慙恩私被。詔許歸蓬蓽。拜辭詣闕下。怵惕久未出。雖乏諫諍姿。恐君有遺失。君誠中興主。經緯固密勿。東胡反未已。臣甫憤所切。揮涕戀行在。道途猶恍惚。乾坤含瘡痍。憂虞何時畢。靡靡踰阡陌。人煙眇蕭瑟。所遇多被傷。呻吟更流血。回首鳳翔縣。旌旗晚明滅。前登寒山重。屢得飮馬窟。邠郊入地底。涇水中蕩潏。猛虎立我前。蒼崖吼時裂。菊垂今秋花。石戴古車轍。靑雲動高興。幽事亦可悅。山果多瑣細。羅生雜橡栗。或紅如丹砂。或黑如點漆。雨露之所濡。甘苦齊結實。緬思桃源內。益歎身世拙。坡陀望鄜畤。巖谷互出沒。我行已水濱。我僕猶木末。鴟鳥鳴黃桑。野鼠拱亂穴。夜深經戰場。寒月照白骨。潼關百萬師。往者散何卒。遂令半秦民。殘害爲異物。況我墮胡塵。及歸盡華髮。經年至茆屋。妻子衣百結。慟哭松聲廻。悲泉共幽咽。平生所嬌兒。顏色白勝雪。見耶背面啼。垢膩腳不韤。牀前兩小女。補綴才過膝。海圖拆波濤。舊繡移曲折。天吳及紫鳳。顚倒在裋褐。老夫情懷惡。嘔泄臥數日。那無囊中帛。救汝寒凜慄。粉黛亦解苞。衾裯稍羅列。瘦妻面復光。癡女頭自櫛。學母無不爲。曉妝隨手抹。移時施朱鉛。狼籍畫眉闊。生還對童稚。似欲忘飢渴。問事競挽鬚。誰能卽瞋喝。翻思在賊愁。甘受雜亂聒。新歸且慰意。生理焉得說。至尊尙蒙塵。幾日休練卒。仰觀天色改。坐覺妖氛豁。陰風西北來。慘澹隨回紇。其王願助順。其俗善馳突。送兵五千人。驅馬一萬匹。此輩少爲貴。四方服勇決。所用皆鷹騰。破敵過箭疾。聖心頗虛佇。時議氣欲奪。伊洛指掌收。西京不足拔。官軍請深入。蓄銳可俱發。此擧開靑徐。旋瞻略恆碣。昊天積霜露。正氣有肅殺。禍轉亡胡歲。勢成擒胡月。胡命其能久。皇綱未宜絕。憶昨狼狽初。事與古先別。姦臣竟葅醢。同惡隨蕩析。不聞夏殷衰。中自誅褒妲。周漢獲再興。宣光果明哲。桓桓陳將軍。仗鉞奮忠烈。微爾人盡非。於今國猶活。凄涼大同殿。寂寞白獸闥。都人望翠華。佳氣向金闕。園陵固有神。掃灑數不缺。煌煌太宗業。樹立甚宏達。

《北征》
皇帝 二載の秋。閏八月 初吉。杜子 北征して。蒼茫 家室を問はんとす。維れ時 艱虞に遭ひ。朝野 暇日 少なし。顧みて恩私の被るを慙づ。詔して 蓬蓽に帰るを許さる。拝辞して闕下に詣り。怵惕 久しくして未だ出でず。諫諍の姿 乏しと雖も。君に遺失 有るを恐る。君は 誠に中興の主。経緯 固より密勿たり。東胡 反して 未だ已まず。臣 甫 憤り切なる所。涕を揮ひて行在を恋ひ。道途 猶ほ恍惚たり。乾坤 瘡痍を含み。憂虞 何れの時か畢らん。靡靡として阡陌を踰ゆれば。人煙 眇として蕭瑟たり。遇ふ所 多く傷を被り。呻吟して更に血を流す。首を回らす 鳳翔県。旌旗 晩に明滅す。前みて寒山の重なれるに登り。屢〻 飲馬の窟を得たり。邠郊 地底に入り。涇水 中に蕩潏たり。猛虎 我が前に立ち。蒼崖 吼ゆる時 裂く。菊は垂る 今秋の花。石は戴く 古車轍。青雲 高興を動かし。幽事 亦た悦ぶ可し。山果 多くは瑣細 。羅生 橡栗を雑ふ。或ひは紅にして 丹砂の如く。或ひは黒くして 点漆の如し。雨露の濡す所。甘苦 斉しく実を結ぶ。緬かに思ふ 桃源の内。益〻歎ず 身世の拙なるを。坡陀として鄜畤を望めば。巌谷 互ひに出没す。我が行 已に水浜。我が僕 猶ほ木末。鴟鳥 黄桑に鳴き。野鼠 乱穴に拱す。夜深くして戦場を経れば。寒月 白骨を照らす。潼関 百万の師。往く者 散ずること何じ卒(ニハ)かなる。遂に半秦の民をして。残害 異物と為らしむ。況んや 我 胡塵に堕ちて。帰るに及びて尽く華髪なるをや。年を経て茆屋に至れば。妻子 衣 百結。慟哭すれば 松声 廻り。悲泉 共に幽咽す。平生の嬌とする所の児。顔色 白きこと雪に勝る。耶を見て 面を背けて啼く。垢膩 脚 韤せず。床前の両小女。補綴して才(ワヅ)かに膝を過ぐ。海図 波濤 拆け。旧繡 移りて曲折す。天呉 及び紫鳳。顚倒して裋褐に在り。老夫 情懐 悪し。嘔泄して臥すること数日。那ぞ囊中の帛の。汝が寒くして凜慄たるを救ふ無きや。粉黛 亦た苞を解き。衾裯 稍く羅列す。痩妻 面 復た光り。痴女 頭 自ら櫛けづる。母に学びて為さざる無し。暁粧 手に随ひて抹す。時を移して 朱鉛を施し。狼籍 画眉 闊し。生還して童稚に対すれば。飢渇を忘れんと欲するに似たり。事を問ひて競ひて鬚を挽く。誰か能く 即ち瞋喝せん。翻りて賊に在りし愁を思ひ。甘んじて雑乱の聒しきを受く。新たに帰りて且つ意を慰む。生理 焉んぞ説くを得ん。至尊 尚ほ塵を蒙る。幾日か 卒を練るを休めん。仰ぎて天色の改まるを観。坐ろに妖氛の豁なるを覚ゆ。陰風 西北より来たり。惨澹 回紇に随ふ。其の王 助順を願ひ。其の俗 善く馳突す。兵を送る 五千人。馬を駆る 一万匹。此の輩 少きを貴しと為す。四方 勇決に服す。用ふる所 皆 鷹騰。敵を破ること箭疾に過ぐ。聖心 頗る虚佇。時議 気 奪はれんと欲す。伊洛 掌を指して収めん。西京も 抜くに足らず。官軍 深く入らんと請ひ。鋭を蓄へて俱に発すべし。此の挙 青徐を開き。旋た恒碣を略するを瞻ん。昊天 霜露 積めり。正気 粛殺たる 有り。禍は転ず 胡を亡ぼすの歳。勢は成る 胡を擒にする月。胡の命 其れ能く久しからんや。皇綱 未だ宜しく絶ゆべからず。憶ふ 昨 狼狽の初め。事 古先と別なり。姦臣 竟に葅醢にせられ。同悪 蕩析に随ふ。聞かずや 夏殷の衰へしに。中 自ら褒妲を誅せしを。周漢 再興を獲。宣光 果して明哲なり。桓桓たり 陳将軍。鉞に仗りて 忠烈を奮ふ。爾 微かりせば 人 尽く非ならん。今に於て 国 猶ほ活す。凄涼たり 大同殿。寂寞たり 白獣闥。都人 翠華を望み。佳気 金闕に向ふ。園陵 固より神有り。掃灑 数 欠けず。煌煌たり 太宗の業。樹立 甚だ宏達なり。

※●皇帝二載:粛宗の至徳2年 ●初吉:朔日 ●石戴古車轍:仇註は「石帶」に作るが、底本は他本の「石戴」を採る。この点、字解に説明なし ●爲異物:死ぬことをいう ●褒妲:周の幽王の寵姫・褒姒と殷の紂王の寵姫・妲己。ともに亡国の美女。楊貴妃をたとえる。ただし、前句の「夏殷」と時代が合わない。仇註は「妺妲」に作る。「妺」は夏の桀王の寵姫・妺喜(末喜)を指し、このほうが時代が合う。底本が仇註に従わず、他本の「褒妲」を採る理由については不明

5-28 《行次昭陵》 杜甫

舊俗疲庸主。羣雄問獨夫。讖歸龍鳳質。威定虎狼都。天屬尊堯典。神功協禹謨。風雲隨絕足。日月繼高衢。文物多師古。朝廷半老儒。直詞寧戮辱。賢路不崎嶇。往者災猶降。蒼生喘未蘇。指麾安率土。盪滌撫洪鑪。壯士悲陵邑。幽人拜鼎湖。玉衣晨自擧。鐵馬汗常趨。松柏瞻虛殿。塵沙立暝途。寂寥開國日。流恨滿山隅。

《行くゆく昭陵に次る》
旧俗 庸主に疲れ。群雄 独夫を問ふ。讖は帰す 竜鳳の質。威は定む 虎狼の都。天属 尭典を尊び。神功 禹謨に協ふ。風雲 絶足に随ひ。日月 高衢に継ぐ。文物 多く古を師とし。朝廷 半ば老儒。直詞 寧ぞ戮辱せられん。賢路 崎嶇たらず。往者 災ひ 猶ほ降り。蒼生 喘ぎて未だ蘇らず。指麾 率土を安んじ。盪滌 洪鑪を撫す。壮士 陵邑に悲しみ。幽人 鼎湖に拝す。玉衣 晨に自づから挙がり。鉄馬 汗して常に趨る。松柏 虚殿を瞻。塵沙 暝途に立つ。寂寥たり 開国の日。 流恨 山隅に満つ。

※●昭陵:唐の太宗・李世民の陵墓 ●獨夫:悪逆非道の君主。ここでは隋の煬帝をいう ●虎狼都:長安のこと ●直詞:直諫のことば ●玉衣晨自擧:昔、漢の高祖の廟から御衣が出てきて殿上で舞ったという ●鐵馬汗常趨:潼関の戦いのとき、謎の部隊がたびたび現れ、賊軍と戦った。その日、昭陵の石人石馬から汗が流れていたという 

5-29 《重經昭陵》 杜甫

草昧英雄起。謳歌曆數歸。風塵三尺劍。社稷一戎衣。翼亮貞文德。丕承戢武威。聖圖天廣大。宗祀日光輝。陵寢盤空曲。熊羆守翠微。再窺松柏路。還有五雲飛。

《重ねて昭陵を経》
草昧 英雄 起こり。謳歌 暦数 帰す。風塵 三尺の剣。社稷 一戎衣。翼亮 文徳を貞しくし。丕承 武威を戢む。聖図 天のごと広大。宗祀 日のごと光輝。陵寝 空曲に盤り。熊羆 翠微を守る。再び松柏の路を窺へば。還た五雲の飛ぶ有り。

※●一戎衣:尚書・武成篇に「一戎衣天下大定」とあり。周の武王が一たび戎衣を着て殷の紂王を討ち天下を定めたことをいう。太宗をたとえる ●丕承:偉大なる継承。周の武王が文王の意思を受け継いだこと。太宗が高祖の後を継いだことをたとえる 

5-30 《彭衙行》 杜甫

憶昔避賊初。北走經險艱。夜深彭衙道。月照白水山。盡室久徒步。逢人多厚顏。參差谷鳥吟。不見遊子還。癡女飢咬我。啼畏虎狼聞。懷中掩其口。反側聲愈嗔。小兒强解事。故索苦李餐。一旬半雷雨。泥濘相攀牽。旣無禦雨備。徑滑衣又寒。有時經契闊。竟日數里閒。野果充糇糧。卑枝成屋椽。早行石上水。暮宿天邊煙。少留同家窪。欲出蘆子關。故人有孫宰。高義薄曾雲。延客巳曛黑。張燈啓重門。煖湯濯我足。剪紙招我魂。從此出妻孥。相視涕闌干。眾雛爛熳睡。喚起霑盤飧。誓將與夫子。永結爲弟昆。遂空所坐堂。安居奉我歡。誰肯艱難際。豁達露心肝。別來歲月周。胡羯仍構患。何當有翅翎。飛去墮爾前。

《彭衙行》
憶ふ昔 賊を避けし初め。北に走りて険艱を経たり。夜は深し 彭衙の道。月は照らす 白水の山。室を尽くして 久しく徒歩し。人に逢ひて 厚顔 多し。参差として 谷鳥 吟じ。遊子の還るを見ず。痴女 飢ゑて我を咬み。啼きて虎狼の聞こゆるを畏る。中に懐きて 其の口を掩へば。反側して声 愈〻嗔る。小児は 強ひて事を解し。故らに苦李を索めて餐す。一旬 半ば雷雨。泥濘 相ひ攀牽す。既に雨を禦ぐの備へ 無く。径 滑らかにして 衣 又た寒し。時有ってか 契闊たるを経。竟日 数里の間。野果 糇糧に充て。卑枝 屋椽と成す。早には行く 石上の水。暮には宿す 天辺の煙。少しく同家窪に留まり。芦子関を出でんと欲す。故人 孫宰 有り。高義 曽雲に薄る。客を延くとき 巳に曛黒。灯を張りて重門を啓く。湯を煖めて 我が足を濯はしめ。紙を剪りて我が魂を招く。此より妻孥を出だす。相ひ視て涕 闌干たり。衆雛 爛熳として睡る。喚び起して盤飧を霑はしむ。誓って将に夫子と。永く結びて弟昆と為らん。遂に坐する所の堂を空しくし。居を安んじて我が歓を奉ず。誰か肯へて艱難の際。豁達 心肝を露はさん。別来 歳月 周り。胡羯 仍ほ患を構ふ。何(イツ)か当に翅翎有って。飛び去りて爾が前に堕つべき。

※●彭衙:漢代の県の名。白水県の東北 ●盡室:一家そろって ●契闊:苦労するさま ●同家窪:白水の地名 ●孫宰:同家窪に住む杜甫の知人 ●剪紙:紙を切って、招魂の儀式に使う符などを作る ●出妻孥:妻子を前に出して紹介する

5-31 《喜聞官軍已臨賊境二十韻》 杜甫

胡騎潛京縣。官軍擁賊壕。鼎魚猶假息。穴蟻欲何逃。帳殿羅玄冕。轅門照白袍。秦山當警蹕。漢苑入旌旄。路失羊腸險。雲橫雉尾高。五原空壁壘。八水散風濤。今日看天意。遊魂貸爾曹。乞降那更得。尙詐莫徒勞。元帥歸龍種。司空握豹韜。前軍蘇武節。左將呂虔刀。兵氣回飛鳥。威聲沒巨鼇。戈鋋開雪色。弓矢向秋毫。天步艱方盡。時和運更遭。誰云遺毒螫。巳是沃腥臊。睿想丹墀近。神行羽衞牢。花門騰絕漠。拓羯渡臨洮。此輩感恩至。羸俘何足操。鋒先衣染血。騎突劍吹毛。喜覺都城動。悲憐子女號。家家賣釵釧。只待獻香醪。

《官軍 已に賊境に臨むと聞くを喜ぶ二十韻》
胡騎 京県に潜み。官軍 賊壕を擁す。鼎魚 猶ほ息を仮し。穴蟻 何くにか逃れんと欲す。帳殿 玄冕 羅なり。轅門 白袍 照る。秦山 警蹕に当たり。漢苑 旌旄に入る。路は 羊腸の険を失し。雲 横たはりて 雉尾 高し。五原 空しく壁塁。八水 風濤 散ず。今日 天意を看るに。遊魂 爾が曹に貸す。降を乞ふも那ぞ更に得ん。詐を尚ぶは徒らに労す莫らんや。元帥 竜種に帰し。司空 豹韜を握る。前軍 蘇武の節。左将 呂虔の刀。兵気 飛鳥を回し。威声 巨鼇を没せしむ。戈鋋 雪色 開き。弓矢 秋毫に向ふ。天歩 艱 方に尽き。時和 運 更に遭ふ。誰か云ふ 毒螫を遺すと。巳に是れ 腥臊に沃ぐ。睿想 丹墀 近く。神行 羽衛 牢し。花門 絶漠に騰り。拓羯 臨洮を渡る。此の輩 恩に感じて至る。羸俘 何ぞ操るに足らん。鋒 先だちて 衣 血に染まり。騎 突きて 剣 毛を吹く。喜びは覚ゆ 都城の動くを。悲しみは憐む 子女の号ぶを。家家 釵釧を売り。只だ待つ 香醪を献ずるを。

※●官軍:至徳2年9月、広平王率いる十五万の官軍が、賊軍の手にあった長安の西に迫った。この後、官軍は賊軍を破って長安を奪還する ●雉尾:雉尾扇。キジの尾で作った扇。天子の鹵簿に高く掲げる ●元帥:官軍を率いる広平王・李俶 ●司空:郭子儀。このとき官軍の副元帥 ●前軍:先鋒の軍。李嗣業が率いた ●左將:前方左廂兵馬使・僕固懐恩 ●呂虔刀:晋の呂虔、徐州刺使として王祥を召して司馬となした。呂虔は「三公が佩すべきもの」と評された剣を帯びていたが、これを王祥に与えた ●花門:回紇のこと ●拓羯:異民族の言葉で戦士の意味。ここでは西域の安西都護府からの兵を指す

5-32 《收京三首 其一》 杜甫

仙仗離丹極。妖星照玉除。須爲下殿走。不可好樓居。暫屈汾陽駕。聊飛燕將書。依然七廟略。更與萬方初。

《京を収む三首 其の一》
仙仗 丹極を離れ。妖星 玉除を照らす。須らく下殿の走を為すべし。楼居を好むべからず。暫く汾陽の駕を屈し。聊か燕将の書を飛ばす。依然たり 七廟の略。更に万方と与に初めん。

※●收京:京は長安。至徳2年9月、賊軍を破った官軍が長安を奪還、10月、粛宗が長安に入城 ●照玉除:仇註は「帶玉除」に作るが、この齟齬について豹軒の字解に言及なし ●下殿走:妖星のもたらすわざわいを払うために天子が御殿から下りて裸足で走ること。諺に「熒惑入南斗、天子下殿走」といい、梁の武帝はこれを実践したという ●好樓居:驪山における玄宗と楊貴妃の遊興を、仙人楼居にたとえる ●汾陽駕:玄宗が蜀に出奔したことを、上古の天子・堯が有道の人を見るため汾陽に出かけたことにたとえる ●燕將書:燕の将を降伏させる手紙。戦国時代、斉の田単は聊城に立てこもる燕の将に矢文を送り、それを読んだ燕将は自殺した。「燕」は安禄山が建てた国号でもある

5-33 《收京三首 其二》 杜甫

生意甘衰白。天涯正寂寥。忽聞哀痛詔。又下聖明朝。羽翼懷商老。文思憶帝堯。叨逢罪己日。灑涕望靑霄。

《京を収む三首 其の二》
生意 衰白に甘んず。天涯 正に寂寥たり。忽ち聞く 哀痛の詔。又た 聖明の朝より下るを。羽翼 商老を懐ひ。文思 帝尭を憶ふ。叨りに己を罪するの日に逢ひ。涕を灑ぎて青霄を望む。

※●商老:商山の四皓。四人の高名な学者で、漢の高祖からの招聘には応じなかったが、張良の計により、太子(のちの恵帝)からの招聘を受け入れた。廃太子を考えていた高祖はこれを知って「羽翼(補佐する体制)が成ったからにはもはや変更はできない」として廃太子を断念した ●罪己:仇註は「罪巳」に作る

5-34 《收京三首 其三》 杜甫

汗馬收宮闕。春城鏟賊壕。賞應歌杕杜。歸及薦櫻桃。雜虜橫戈數。功臣甲第高。萬方頻送喜。無乃聖躬勞。

《京を収む三首 其の三》
汗馬 宮闕を収め。春城 賊壕を鏟らん。賞は 応に杕杜を歌ふべし。帰るは 桜桃を薦むるに及ばん。雑虜 戈を横たふること数〻なり。功臣 甲第 高し。万方 頻りに喜を送る。乃ち 聖躬の労するなる無からんや。

●※春城:明春の長安城 ●杕杜:詩経・小雅の篇名。凱旋する将帥をねぎらう詩 ●薦櫻桃:天子が仲夏の月に寝廟に桜桃をすすめる儀式。ここではその儀式の頃をいう ●甲第:功臣にたまわる第一等の邸宅 ●無乃:~ではなかろうか

5-35 《送鄭十八虔貶台州司戶傷其臨老陷賊之故闕爲面別情見於詩》 杜甫

鄭公樗散鬢成絲。酒後常稱老畫師。萬里傷心嚴譴日。百年垂死中興時。蒼惶已就長途往。邂逅無端出餞遲。便與先生應永訣。九重泉路盡交期。

《鄭十八虔が台州の司戸に貶せらるるを送る。其の老に臨み賊に陥るの故を傷み 面別を為すを闕く。情 詩に見ゆ》
鄭公 樗散 鬢 糸を成す。酒後 常に称す 老画師と。万里 心を傷ましむ 厳譴の日。百年 死に垂んとす 中興の時。蒼惶として 已に長途の往に就く。邂逅 端無く 出餞 遅し。便ち先生と応に永訣するなるべし。九重の泉路 尽く交期。

※●鄭十八虔:鄭虔。賊軍から水部郎中の官を受けた罪により台州の司戸参軍に左遷された ●九重泉路:冥途。あの世への道

5-36 《臘日》 杜甫

臘日常年暖尙遙。今年臘日凍全消。侵凌雪色還萱草。漏洩春光有柳條。縱酒欲謀良夜醉。歸家初散紫宸朝。口脂面藥隨恩澤。翠管銀罌下九霄。

《臘日》
臘日 常年は 暖 尚ほ遥かなり。今年の臘日 凍 全く消す。雪色を侵凌するも 還た萱草。春光を漏洩するは 柳条 有り。酒を縦にして謀らんと欲す 良夜の酔。家に帰りて 初めて散ず 紫宸の朝。口脂 面薬 恩沢に随ひ。翠管 銀罌 九霄より下る。

※●臘日:唐代は、大寒ののちの辰の日を臘日とした ●常年:いつもの年。例年。平年 ●萱草:わすれぐさ ●口脂面藥:あかぎれなどを防ぐためのリップクリームとフェイスクリーム ●翠管銀罌:リップクリームを入れるための緑色の管と、フェイスクリームを入れるための銀色の容器

5-37 《奉和賈至舍人早朝大明宮》 杜甫

五夜漏聲催曉箭。九重春色醉仙桃。旌旂日暖龍蛇動。宮殿風微燕雀高。朝罷香煙攜滿袖。詩成珠玉在揮毫。欲知世掌絲綸美。池上于今有鳳毛。

《賈至舎人の「早に大明宮に朝す」に和し奉る》
五夜の漏声 暁箭を催し。九重の春色 仙桃に酔ふ。旌旂 日 暖かにして 竜蛇 動き。宮殿 風 微にして 燕雀 高し。朝 罷みて 香煙 携へて袖に満ち。詩 成りて 珠玉 揮毫に在り。世〻 糸綸を掌るの美を知らんと欲せば。池上 今に于いて 鳳毛 有り。

※●賈至舍人:賈至、字は幼隣。玄宗の蜀への出奔に従って起居舎人・知制誥となり、粛宗への譲位の冊文を撰す。その後、中書舎人となる ●詩成:賈至の原詩をいう ●世掌:代々にわたってつかさどる。賈至の父の賈曽も中書舎人 ●絲綸:詔勅

巻6

6-1 《宣政殿退朝晚出左掖》 杜甫

天門日射黃金牓。春殿晴曛赤羽旗。宮草霏霏承委珮。鑪煙細細駐游絲。雲近蓬萊常五色。雪殘鳷鵲亦多時。侍臣緩步歸靑瑣。退食從容出每遲。

《宣政殿より退朝して 晩に左掖より出づ》
天門 日は射る 黄金の牓。春殿 晴 曛ず 赤羽の旗。宮草 霏霏として 委珮を承け。鑪煙 細細として 游糸を駐む。雲 蓬萊に近くして常に五色。雪 鳷鵲に残るも 亦た多時。侍臣 緩歩して青瑣に帰る。退食 従容として 出づること毎に遅し。

※●宣政殿:長安の三大内(西内・東内・南内)のうちの東内に属す。左掖は東側の小垣門。左拾遺の杜甫が属する門下省は東内の東にあるため、宣政殿から退出して左掖を出て、門下省へ戻る ●牓:扁額 ●赤羽旗:朱雀を描いた旗 ●游絲:かげろう ●鳷鵲:漢代の観の名 ●靑瑣:門下省をさす 

6-2 《紫宸殿退朝口號》 杜甫

戶外昭容紫袖垂。雙瞻御座引朝儀。香飄合殿春風轉。花覆千官淑景移。晝漏稀聞高閣報。天顏有喜近臣知。宮中每出歸東省。會送夔龍集鳳池。

《紫宸殿より退朝する口号》
戸外の昭容 紫袖 垂れ。御座を双瞻して 朝儀を引く。香 飄りて 合殿 春風 転じ。花 千官を覆ひて 淑景 移る。昼漏 聞こゆること稀にして 高閣より報じ。天顔 喜び有りて 近臣 知る。宮中より 毎に出でて 東省に帰る。会送す 夔竜の鳳池に集まるを。

※●紫宸殿:長安の東内に属す。宣政殿の北 ●昭容:女官の階級の名。正二品 ●雙瞻御座引朝儀:昭容は左右各一人、文武両班の群臣を先導して殿内に入る。朝儀は参朝の儀列 ●高閣報:高閣から宮女が時刻を知らせに来る ●夔龍:宰相らを指す ●鳳池:中書省にある池

6-3 《春宿左省》 杜甫

花隱掖垣暮。啾啾棲鳥過。星臨萬戶動。月傍九霄多。不寢聽金鑰。因風想玉珂。明朝有封事。數問夜如何。

《春 左省に宿す》
花 隠れて 掖垣 暮れ。啾啾として 棲鳥 過ぐ。星は 万戸に臨みて動き。月は 九霄に傍ひて多し。寝ねずして金鑰を聴き。風に因りて玉珂を想ふ。明朝 封事 有り。数〻問ふ 夜 如何と。

※●左省:東省、すなわち門下省。このとき杜甫は左拾遺で門下省に属す ●金鑰:鑰は錠前に差し込む鍵 ●封事:密封した上書をたてまつること。

6-4 《晚出左掖》 杜甫

晝刻傳呼淺。春旗簇仗齊。退朝花底散。歸院柳邊迷。樓雪融城濕。宮雲去殿低。避人焚諫草。騎馬欲鷄棲。

《晩に左掖を出づ》
昼刻 伝呼 浅く。春旗 簇仗 斉し。退朝して 花底に散じ。帰院すれば 柳辺に迷ふ。楼雪 融けて城 湿ひ。宮雲 去りて殿 低し。人を避けて諫草を焚き。馬に騎れば鶏棲ならんと欲す。

※●左掖:東内の東側垣門 ●歸院:門下省の中の詰所に帰る ●焚諫草:天子を諫める文章の草稿を焼く。機密文書であるから人に見られぬように処分するため ●鷄棲:ニワトリがねぐらに戻るころ、夕方

6-5 《題省中院壁》 杜甫

掖垣竹埤梧十尋。洞門對霤常陰陰。落花遊絲白日靜。鳴鳩乳燕靑春深。腐儒衰晚謬通籍。退食遲廻違寸心。衮職曾無一字補。許身愧比雙南金。

《省中の院壁に題す》
掖垣の竹埤 梧 十尋。洞門 対霤 常に陰陰たり。落花 遊糸 白日 静かに。鳴鳩 乳燕 青春 深し。腐儒 衰晩 謬りて籍を通じ。退食 遅廻 寸心に違ふ。衮職 曽て一字の補ひ無し。身を許す 愧づらくは 双南金に比せしを。

※●省中院壁:仇註は「院」字を欠く。省は門下省 ●竹埤:竹で編んだ低いかきね ●對霤:向き合う屋根の雨おち ●通籍:禁中に本人確認用の名札を置く。禁中に出入りする官職に就くこと ●雙南金:二倍の価値ある南金(南方に産する高品質の金)。非常に貴重なもののたとえ

6-6 《送賈閣老出汝州》 杜甫

西掖梧桐樹。空留一院陰。艱難歸故里。去住損春心。宮殿靑門隔。雲山紫邏深。人生五馬貴。莫受二毛侵。

《賈閣老の汝州に出づるを送る》
西掖の梧桐の樹。空しく留む 一院の陰。艱難 故里に帰り。去住 春心を損す。宮殿 青門 隔たり。雲山 紫邏 深し。人生 五馬 貴し。二毛の侵すを受くる莫れ。

※●賈閣老:賈至。このとき中書舎人。河南の汝州に刺史として赴任 ●西掖:東内の西側の垣。中書省は東内の西にある ●故里:賈至の故郷は洛陽であり、汝州と同じ河南 ●靑門:長安城の東側の覇城門 ●紫邏:汝州にある山の名 ●五馬:太守の美称

6-7 《送翰林張司馬南海勒碑》 杜甫

冠冕通南極。文章落上台。詔從三殿去。碑到百蠻開。野館穠花發。春帆細雨來。不知滄海使。天遣幾時廻。

《翰林張司馬が南海に碑を勒するを送る》
冠冕 南極に通じ。文章 上台より落つ。詔して 三殿より去かしめ。碑は 百蛮に到りて開く。野館 穠花 発き。春帆 細雨 来たらん。知らず 滄海の使。天 幾時にか廻らしむる。

※原注に「相国製文」とあり ●勒碑:石碑に文字をほりつける ●上台:星の名。上・中・下三台のひとつ。天下の経緯をつかさどる文昌星に近い。宰相が碑文を製したことからこのように言う 

6-8 《曲江陪鄭八丈南史飮》 杜甫

雀啄江頭黃柳花。鵁鶄鸂鶒滿晴沙。自知白髮非春事。且盡芳樽戀物華。近侍卽今難浪跡。此身那得更無家。丈人才力猶强健。豈傍靑門學種瓜。

《曲江にて鄭八丈南史に陪して飲む》
雀は啄む 江頭 黄柳の花。鵁鶄 鸂鶒 晴沙に満つ。自ら知る 白髪 春事に非ざるを。且つ 芳樽を尽くして 物華を恋ふ。近侍 即今 跡を浪りにし難く。此の身 那ぞ更に 家 無きを得ん。丈人の才力 猶ほ強健。豈に青門に傍ひて瓜を種ふを学ばんや。

※●鄭八丈南史:八は排行、丈は年長者の尊称、南史は名 ●鵁鶄:ゴイサギ ●鸂鶒:水鳥の名。オシドリに似てやや大 ●浪跡:仕事をまじめにせずぶらつくこと ●無家:家族の養育を投げ出すことをいう ●種瓜:秦の東陵侯邵平の故事

6-9 《曲江二首 其一》 杜甫

一片花飛減卻春。風飄萬點正愁人。且看欲盡花經眼。莫厭傷多酒入脣。江上小堂巢翡翠。苑邊高塚臥麒麟。細推物理須行樂。何用浮名絆此身。

《曲江二首 其の一》
一片 花 飛ぶすら 春を減却す。風 万点を飄へせば 正に人を愁へしむ。且つ看る 尽きんと欲するの花 眼を経るを。厭ふ莫れ 多を傷なふの酒 唇に入るるを。江上の小堂 翡翠 巣くひ。苑辺の高塚 麒麟 臥す。細かに物理を推すに 須らく行楽すべし。何ぞ用ひん 浮名 此の身を絆すを。

※●苑:曲江のほとりの芙蓉苑 ●高塚:貴人の墓 ●麒麟:麒麟の石像

6-10 《曲江二首 其二》 杜甫

朝回日日典春衣。每日江頭盡醉歸。酒債尋常行處有。人生七十古來稀。穿花蛺蝶深深見。點水蜻蜓款款飛。傳語風光共流轉。暫時相賞莫相違。

《曲江二首 其二》
朝より回りて 日日 春衣を典し。毎日 江頭に酔ひを尽くして帰る。酒債 尋常 行処に有り。人生 七十 古来 稀なり。花を穿つの蛺蝶 深深として見え。水に点ずるの蜻蜓 款款として飛ぶ。語を風光に伝ふ 共に流転して。暫時 相ひ賞せん 相ひ違ふ莫れ。

※●傳語以下:この二句については古来諸々の解釈あり、豹軒の餘論にも各説を紹介するが、ここでは豹軒の解釈に従う

6-11 《曲江對酒》 杜甫

苑外江頭坐不歸。水精宮殿轉霏微。桃花細逐梨花落。黃鳥時兼白鳥飛。縱飮久判人共棄。懶朝眞與世相違。吏情更覺滄洲遠。老大徒傷未拂衣。

《曲江にて酒に対す》
苑外 江頭に坐して帰らず。水精の宮殿 転た霏微たり。桃花 細かに梨花を逐ひて落ち。黄鳥 時に白鳥と兼に飛ぶ。飲を縦にし久しく判して 人 共に棄て。朝するに懶く 真に世と相ひ違ふ。吏情 更に覚ゆ 滄洲の遠きを。老大 徒らに傷む 未だ衣を払はざるを。

※●梨花:楊花に作る本あり。豹軒も字解にて楊花に従うべしというが、ここは底本本文に従う ●判:拚に通じ、棄てること。ここは自棄の意 ●滄洲:東海の仙山 ●拂衣:衣の俗塵を払う

6-12 《曲江對雨》 杜甫

城上春雲覆苑牆。江亭晚色靜年芳。林花著雨燕支濕。水荇牽風翠帶長。龍武新軍深駐輦。芙蓉別殿漫焚香。何時詔此金錢會。暫醉佳人錦瑟傍。

《曲江にて雨に対す》
城上の春雲 苑牆を覆ひ。江亭の晩色 年芳 静かなり。林花 雨を著けて 燕支 湿ひ。水荇 風に牽かれ て翠帯 長し。竜武の新軍 深く輦を駐め。芙蓉の別殿 漫に香を焚く。何れの時にか 詔して此の金銭の会あって。暫く酔はん 佳人 錦瑟の傍。

※●燕支:臙脂に同じ ●水荇:アサザ。水草の一種 ●龍武新軍:竜武軍。禁中護衛のため新たに置かれた軍 ●深駐輦:上皇の玄宗が興慶宮にこもり、上巳にも出遊しないことをいう ●芙蓉別殿:曲江のほとりの芙蓉苑にある離宮 ●金錢會:余興として金銭を撒く宴会。開元元年9月に承天門に群臣を集めた宴会で実施された例がある

6-13 《奉答岑參補闕見贈》 杜甫

窈窕淸禁闥。罷朝歸不同。君隨丞相後。我往日華東。冉冉柳枝碧。娟娟花蕊紅。故人得佳句。獨贈白頭翁。

《岑参補闕の贈らるるに答へ奉る》
窈窕たり 清禁の闥。朝 罷みて 帰ること同じからず。君は丞相の後に随ひ。我は日華の東に往く。冉冉として 柳枝 碧に。娟娟として 花蕊 紅なり。故人 佳句を得て。独り白頭の翁に贈る。

※●岑參補闕:このとき岑参は右補闕。杜甫の推薦による任官 ●日華:宣政殿の前面に東西に伸びる廊下があり、その東の出口が日華門、その更に東に門下省(左省)があり、杜甫(左拾遺)はここの控えに帰る。西の出口が月華門、その西が中書省で、岑参はこちらに帰る 

6-14 《奉贈王中允維》 杜甫

中允聲名久。如今契闊深。共傳收庾信。不比得陳琳。一病緣明主。三年獨此心。窮愁應有作。試誦白頭吟。

《王中允維に贈り奉る》
中允 声名 久し。如今 契闊 深し。共に伝ふ 庾信を収むと。比せず 陳琳を得るに。一病 明主に縁る。三年 独り此の心。窮愁 応に作有るべし。試みに誦す 白頭の吟。

※●王中允維:王維。このとき太子中允の官にあり ●收庾信:梁の元帝が庾信を御史中丞に任じたこと。粛宗を元帝に、王維を庾信にたとえる ●得陳琳:曹操が陳琳を配下に加えたこと。陳琳は袁紹に仕えて曹操打倒の檄文を草し、その中で曹操とその父・祖父まで痛罵したが、袁氏滅亡後、許されて曹操に仕えた ●一病緣明主:安史の乱で賊軍に囚われた王維は病と称して賊軍のもとで官につくことに抵抗した ●白頭吟:古来諸説あり。豹軒は字解にて、白頭の杜甫自身の吟(つまり、この詩そのもの)の意とする

6-15 《送許八拾遺歸江寧覲省甫昔時嘗客遊此縣於許生處乞瓦棺寺維摩圖樣志諸篇末》 杜甫

詔許辭中禁。慈顏赴北堂。聖朝新孝理。祖席倍輝光。內帛擎偏重。宮衣著更香。淮陰淸夜驛。京口渡江航。竹引趨庭曙。山添扇枕涼。十年過父老。幾日賽城隍。看畫曾飢渴。追蹤恨淼茫。虎頭金粟影。神妙獨難忘。

《許八拾遺が江寧に帰りて覲省するを送る。甫 昔時 嘗て此の県に客遊し 許生の処に於て 瓦棺寺の維摩の図様を乞ひたり。諸を篇末に志す》
詔して 中禁を辞するを許され。慈顔 北堂に赴く。聖朝 孝理 新たに。祖席 倍〻 輝光あり。内帛 擎ぐること偏へに重く。宮衣 著けて更に香し。淮陰 清夜の駅。京口 渡江の航。竹 趨庭の曙を引き。山 扇枕の涼を添ふ。十年 父老に過ぎり。幾日か 城隍に賽せん。画を看て 曽(シキ)りに飢渇し。踪を追ひて 淼茫たるを恨む。虎頭 金粟の影。神妙 独り忘れ難し。

※●瓦棺寺:正しくは瓦官寺。江寧城の西南隅にあった寺 ●維摩圖樣:顧愷之の画いた維摩詰の像の摸写 ●聖朝新孝理:乾元元年正月、粛宗が父である玄宗に尊号をたてまつって孝の範を示したことを指す ●祖席:送別の宴席。道祖神をまつることから ●虎頭:顧愷之の字。瓦官寺の壁に維摩詰の像を描き、三日で百万銭を観衆から得て寺への布施にしたという ●金粟:金粟如来。維摩詰は過去世において金粟如来であったという

6-16 《因許八奉寄江寧旻上人》 杜甫

不見旻公三十年。封書寄與淚潺湲。舊來好事今能否。老去新詩誰與傳。棊局動隨幽澗竹。袈裟憶上泛湖船。問君話我爲官在。頭白昏昏只醉眠。

《許八に因りて江寧の旻上人に寄せ奉る》
旻公を見ざること 三十年。封書 寄与して 涙 潺湲たり。旧来の好事 今 能くするや否や。老い去って 新詩 誰か与(タメ)に伝へん。棋局 動もすれば随ふ 幽澗の竹。袈裟 憶ふ 泛湖の船に上りしを。君に問はば 話せよ 我が官と為りて在り。頭白く 昏昏として 只だ酔眠すと。

※●許八:前詩の許八拾遺 ●問君:旻上人が君(許八)に尋ねたならば

6-17 《題李尊師松樹障子歌》 杜甫

老夫淸晨梳白頭。玄都道士來相訪。握髮呼兒延入戶。手提新畫靑松障。障子松林靜杳冥。憑軒忽若無丹靑。陰崖卻承霜雪幹。偃蓋反走虬龍形。老夫平生好奇古。對此興與精靈聚。已知仙客意相親。更覺良工心獨苦。松下丈人巾屨同。偶坐似是商山翁。悵望聊歌紫芝曲。時危慘澹來悲風。

《李尊師が松樹の障子に題する歌》
老夫 清晨に白頭を梳り。玄都の道士 来たりて相ひ訪ふ。髪を握り 児を呼び 延きて戸に入らしむれば。手には提ぐ 新画の青松の障。障子の松林 静かにして杳冥たり。軒に憑れば 忽ち丹青無きが若し。陰崖 却つて承く 霜雪の幹。偃蓋 反って走らす 虬竜の形。老夫 平生 奇古を好む。此に対して 興 精霊と聚まる。已に知る 仙客の意 相ひ親しむを。更に覚ゆ 良工の心 独り苦しむを。松下の丈人 巾屨 同じ。偶坐 是れ商山の翁なるに似たり。悵望して 聊か歌ふ 紫芝の曲。時 危くして 惨澹 悲風 来たる。

※●李尊師:李という姓の道士。尊師は道士の敬称 ●玄都:長安にある道観の名 ●商山翁:いわゆる商山の四皓 ●紫芝曲:商山の四皓が作った歌

6-18 《得舍弟消息》 杜甫

風吹紫荆樹。色與春庭暮。花落辭故枝。風廻返無處。骨肉恩書重。漂泊難相遇。猶有淚成河。經天復東注。

《舎弟の消息を得》
風は吹く 紫荊樹。色は 春庭と与に暮る。花 落ちて故枝を辞し。風 廻りて返るに処 無し。骨肉 恩書 重く。漂泊 相ひ遇ひ難し。猶ほ涙の河を成す有り。天を経て 復た東に注ぐ。

※●紫荆樹:田氏の三兄弟、家の財産を分かとうとしたところ、庭の荊樹が枯れ、これを悲しんで家財の分割を思いとどまったところ、樹は元に戻ったという故事。ここでは兄弟離れ離れであることを象徴する ●花落辭故枝:子が親のいる家郷を離れていることのたとえ ●東:杜甫のいる長安からみて弟のいる河南は東

6-19 《送李校書二十六韻》 杜甫

代北有豪鷹。生子毛盡赤。渥洼騏驥兒。尤異是虎脊。李舟名父子。淸峻流輩伯。人閒好少年。不必須白晰。十五富文史。十八足賓客。十九授校書。二十聲輝赫。眾中每一見。使我潛動魄。自恐二男兒。辛勤養無益。乾元元年春。萬姓始安宅。舟也衣綵衣。吿我欲遠適。倚門固有望。斂衽就行役。南登吟白華。已見楚山碧。藹藹咸陽都。冠蓋日雲積。何時太夫人。堂上會親戚。汝翁草明光。天子正前席。歸期豈爛漫。別意終感激。顧我蓬屋資。謬通金閨籍。小來習性懶。晚節慵轉劇。每愁悔吝作。如覺天地窄。羨君齒髮新。行已能夕惕。臨岐意頗切。對酒不能喫。廻身視綠野。慘澹如荒澤。老雁春忍饑。哀號待枯麥。時哉高飛燕。絢練新羽翮。長雲濕襃斜。漢水饒巨石。無令軒車遲。衰疾悲宿昔。

《李校書を送る二十六韻》
代北に豪鷹有り。子を生めば 毛 尽く赤し。渥洼の騏驥の児。尤も異なるは是れ虎脊。李舟は 名父の子。清峻 流輩の伯なり。人間の好少年。必ずしも白晰なるを須ひず。十五にして 文史 富み。十八にして 賓客 足る。十九にして 校書を授けられ。二十にして 声 輝赫たり。衆中 一見する毎に。我をして潜かに魄を動かしむ。自ら恐る 二男児。辛勤 養ふも益 無からんことを。乾元元年の春。万姓 始めて宅に安んず。舟や 綵衣を衣て。我に告ぐ 遠く適かんと欲すと。門に倚る 固より望む有り。衽を斂めて行役に就く。南登 白華を吟じ。已に楚山の碧きを見る。藹藹たる咸陽の都。冠蓋 日に雲積す。何れの時にか 太夫人。堂上 親戚を会せん。汝が翁 明光に草す。天子 正に席より前む。帰期 豈に爛漫たらんや。別意 終に感激す。顧みるに 我が蓬屋の資。謬って金閨の籍を通ず。小来 習性 懶に。晩節 慵 転た劇し。毎に愁ふ 悔吝の作るを。天地の窄きを覚ゆるが如し。羨む 君が 歯髪の新たにして。已を行ひて 能く夕惕するを。岐に臨みて 意 頗る切なり。酒に対して喫する能はず。身を廻らして緑野を視れば。惨澹として荒沢の如し。老雁 春饑を忍び。哀号して枯麦を待つ。時なるかな 高飛の燕。絢練たり 新羽翮。長雲 褒斜を湿し。漢水 巨石 饒し。軒車をして遅らしむる無かれ。衰疾 宿昔を悲しむ。

※●李校書:校書郎の李舟。隴西の人。このとき蜀へ母を迎えに行く ●渥洼:西域の川の名 ●名父:李舟の父は岑。水部郎中、眉州刺史 ●二男兒:杜甫の二人の男子 ●綵衣:五色の衣。老莱子という人、老親を喜ばすため五色の衣を着、赤子の真似をしたという故事 ●倚門:母親が門にもたれてわが子の帰りを待つこと ●白華:詩経小雅の逸失した詩篇の名。孝子の潔白をもって親につかえる意を述べた詩であったという ●草明光:明光殿で詔策を起草する ●夕惕:夕べに自分の行いをおそれいましめること。易の経乾卦九三から ●襃斜:褒谷と斜谷。漢中にある谷の名

6-20 《偪側行贈畢四曜》 杜甫

偪側何偪側。我居巷南子巷北。可憐鄰里閒。十日不一見顏色。自從官馬送還官。行路難行澁如棘。我貧無乘非無足。昔者相過今不得。不是愛微軀。非關足無力。徒步翻愁官長怒。此心炯炯君應識。曉來急雨春風顚。睡美不聞鐘鼓傳。東家蹇驢許借我。泥滑不敢騎朝天。已令請急會通籍。男兒性命絕可憐。焉能終日心拳拳。憶君誦詩神凜然。辛夷始花亦已落。況我與子非壯年。街頭酒價常苦貴。方外酒徒稀醉眠。速宜相就飮一斗。恰有三百靑銅錢。

《偪側行。畢四曜に贈る》
偪側 何ぞ偪側なる。我は巷南に居り 子は巷北。憐むべし 隣里の間。十日 一たびも顔色を見ず。官馬 官に送還せしより。行路 行き難く 渋 棘の如し。我 貧にして 乗 無きも 足 無きに非ず。昔者 相ひ過ぎりしも 今は得ず。是れ 微軀を愛するならず。足の力無きに関するにも非ず。徒歩せば 翻って愁ふ 官長の怒らんことを。此の心 炯炯たり 君 応に識るべし。暁来 急雨 春風 顚す。睡 美にして 鐘鼓の伝はるを聞かず。東家の蹇驢 我に借すを許すも。泥 滑らかにして敢へて騎りて天に朝せず。已に急を請はしむ 会らず籍に通ぜん。男児の性命 絶だ憐むべし。焉んぞ能く 終日 心 拳拳たらん。憶ふ 君が詩を誦して 神 凜然たるを。辛夷 始めて花さくも 亦た已に落つ。況んや 我と子と壮年に非ざるをや。街頭の酒価 常に貴きに苦しみ。方外の酒徒も 酔眠する稀なり。速やかに宜しく相ひ就きて一斗を飲むべし。恰も三百の青銅銭有り。

※●偪側:場所がくっついていること ●畢四曜:詩友の畢曜。四は排行 ●請急:休暇を請う ●通籍:休暇で不参のことを簿籍にかきつける ●方外:世俗の外

6-21 《贈畢四曜》 杜甫

才大今詩伯。家貧苦宦卑。飢寒奴僕賤。顏狀老翁爲。同調嗟誰惜。論文笑自知。流傳江鮑體。相顧免無兒。

《畢四曜に贈る》
才 大なり 今の詩伯。家 貧しくして 宦の卑なるに苦しむ。飢寒 奴僕のごと賤しく。顔状 老翁の為(サマ)す。同調 嗟(アア) 誰か惜まん。論文 笑ひて自ら知る。流伝す 江鮑の体。相ひ顧みて 児無きを免る。

※●奴僕賤:この三字、諸説あり。豹軒の字解には「奴僕のように賤しい」と解く ●江鮑體:梁の江淹と宋の鮑照の詩体

6-22 《題鄭十八著作丈故居》 杜甫

台州地闊海冥冥。雲水長和島嶼靑。亂後故人雙別淚。春深逐客一浮萍。酒酣懶舞誰相拽。詩罷能吟不復聽。第五橋東流恨水。皇陂岸北結愁亭。賈生對鵩傷王傅。蘇武看羊陷賊庭。可念此翁懷直道。也霑新國用輕刑。禰衡實恐遭江夏。方朔虛傳是歲星。窮巷悄然車馬絕。案頭乾死讀書螢。

《鄭十八著作丈の故居に題す》
台州の地 闊くして 海 冥冥たり。雲水 長へに島嶼に和して青し。乱後 故人 双別涙。春 深くして 逐客 一浮萍。酒 酣にして 舞ふに懶し 誰か相ひ拽かん。詩 罷みて 能く吟ずるも 復たとは聴かず。第五橋東 恨みを流す水。皇陂岸北 愁ひを結ぶ亭。賈生 鵩に対して 王傅 傷み。蘇武 羊を看て 賊庭に陥る。念ふべし 此の翁 直道を懐き。也た霑ふ 新国の軽刑を用ひるに。禰衡 実に恐る 江夏に遭はんことを。方朔 虚しく伝ふ 是れ歳星と。窮巷 悄然として 車馬 絶え。案頭 乾死す読書の蛍。

※●鄭十八著作丈:鄭虔 ●台州:鄭虔の謫処 ●第五橋:長安郊外、韋曲付近の名勝 ●賈生對鵩傷王傅:漢の賈誼は長沙王の大傅に左遷され、あるとき鵩(ふくろう)が家に入るのを見て不吉として悲しんで賦を作った ●也霑新國用輕刑:鄭虔の死罪になるべきところ、減刑されて流罪になったことをいう ●方朔虛傳是歲星:東方朔は歳星の生まれ変わりという伝説があった

6-23 《瘦馬行》 杜甫

東郊瘦馬使我傷。骨骼硉兀如堵牆。絆之欲動轉欹側。此豈有意仍騰驤。細看六印帶官字。眾道三軍遺路旁。皮乾剝落雜泥滓。毛暗蕭條連雪霜。去歲奔波逐餘寇。驊騮不慣不得將。士卒多騎內廏馬。惆悵恐是病乘黃。當時歷塊誤一蹶。委棄非汝能周防。見人慘澹若哀訴。失主錯莫無晶光。天寒遠放雁爲伴。日暮不收烏啄瘡。誰家且養願終惠。更試明年春草長。

《痩馬行》
東郊の痩馬 我をして傷ましむ。骨骼 硉兀として 堵牆の如し。之を絆さんとすれば動かんと欲して 転た欹側す。此れ豈に 仍ほ騰驤せんとするに意 有るや。細かに看れば 六印 官字を帯ぶ。衆は道ふ 三軍 路旁に遺すと。皮 乾きて 剝落 泥滓 雑はり。毛 暗くして 蕭条 雪霜 連なる。去歳 奔波 余寇を逐ふ。驊騮 慣れず 将ゐるを得ず。士卒 多く騎す 内厩の馬。惆悵 恐らくは是れ 病める乗黄なりしならん。当時 歴塊 誤って一蹶す。委棄せらるること 汝の能く周防するに非ず。人を見れば 惨澹として哀訴する若く。主を失ひて錯莫として晶光 無し。天寒く遠く放たれて 雁を伴と為し。日暮れて収められず 烏 瘡に啄む。誰が家にか且つ養はん 願はくは恵を終へんことを。更に試みん 明年 春草の長きに。

※●六印:六個の焼き印 ●毛暗:毛の色つやが悪い ●連雪霜:毛色が白っぽくなっている ●歷塊誤一蹶:土塊を通過する際に誤ってつまづく ●終惠:最後まで恵みを与える

6-24 《義鶻行》 杜甫

陰崖二蒼鷹。養子黑柏顚。白蛇登其巢。吞噬恣朝餐。雄飛遠求食。雌者鳴辛酸。力强不可制。黃口無半存。其父從西歸。翻身入長煙。斯須領健鶻。痛憤寄所宣。斗上捩孤影。嗷哮來九天。修鱗脫遠枝。巨顙拆老拳。高空得蹭蹬。短草辭蜿蜒。折尾能一掉。飽腸皆已穿。生雖滅眾雛。死亦垂千年。物情有報復。快意貴目前。兹實鷙鳥最。急難心炯然。功成失所往。用舍何其賢。近經潏水湄。此事樵夫傳。飄蕭覺素髮。凜欲衝儒冠。人生許與分。只在顧盻閒。聊爲義鶻行。用激壯士肝。

《義鶻行》
陰崖の二蒼鷹。子を養ふ 黒柏の顚。白蛇 其の巣に登り。吞噬 朝餐を恣にす。雄は飛びて 遠く食を求む。雌者 鳴きて辛酸たり。力 強くして 制すべからず。黄口 半ば存する無し。其の父 西より帰り。身を翻して長煙に入る。斯須にして 健鶻を領す。痛憤 宣ぶる所に寄す。斗(タチマ)ち上りて 孤影を捩(ネヂ)り。嗷哮して九天より来たる。修鱗 遠枝を脱し。巨顙 老拳に拆く。高空に蹭蹬たるを得て。短草に蜿蜒たるを辞す。折尾 能く一たび掉ふも。飽腸 皆 已に穿たる。生 衆雛を滅すと雖も。死も亦た千年に垂る。物情 報復 有り。快意 目前なるを貴ぶ。兹れ実に鷙鳥の最たるなり。急難 心 炯然たり。功 成りて 往く所を失ふ。用舎 何ぞ其れ賢なる。近ごろ潏水の湄を経。此の事 樵夫 伝ふ。飄蕭として 覚ゆ 素髪の。凜として儒冠に衝かんと欲するを。人生 許与の分。只だ顧盻の間に在り。聊か義鶻行を為り。以て壮士の肝を激せしむ。

※●義鶻:義侠心のあるハヤブサ ●斯須:須臾に同じ。わずかな時間 ●領:ひきいる。つれてくる ●修鱗:長い鱗。蛇の体 ●巨顙:大きな額。蛇の頭 ●蹭蹬:足場を失う、よろめく ●蜿蜒:うねうねする ●飽腸:鷹の雛を食べて満足した腹 ●失所往:行方がわからなくなる ●用舍:用いらるれば行き、舎かるれば蔵る。出処進退 ●許與分:相手に許し与える心意気

6-25 《畫鶻行》 杜甫

高堂見生鶻。颯爽動秋骨。初驚無拘攣。何得立突兀。乃知畫師妙。巧刮造化窟。寫此神俊姿。充君眼中物。烏鵲滿樛枝。軒然恐其出。側腦看靑霄。寧爲眾禽沒。長翮如刀劍。人寰可超越。乾坤空崢嶸。粉墨且蕭瑟。緬思雲沙際。自有煙霧質。吾今意何傷。顧步獨紆鬱。

《画鶻行》
高堂に生鶻を見る。颯爽として秋骨を動かす。初め驚く 拘攣 無きに。何ぞ立つこと突兀たるを得るやと。乃ち知る 画師の妙。巧みに造化の窟を刮り。此の神俊の姿を写して。君が眼中の物に充つるを。烏鵲 樛枝に満ち。軒然として其の出づるを恐る。脳を側けて青霄を看る。寧ぞ衆禽の没を為さんや。長翮 刀剣の如く。人寰 超越すべし。乾坤 空しく崢嶸として。粉墨 且つ蕭瑟たり。緬かに思ふ 雲沙の際。自づから煙霧の質有るを。吾 今 意 何をか傷む。顧歩して 独り紆鬱たり。

※●生鶻:生きたハヤブサ。ここでは画中のハヤブサを生きているかのようと称える ●眾禽沒:多くの鳥のように目だ立つ埋没すること ●煙霧質:煙霧のごとき毛質。画ではない本物のハヤブサを指す

6-26 《端午日賜衣》 杜甫

宮衣亦有名。端午被恩榮。細葛含風軟。香羅疊雪輕。自天題處濕。當暑著來淸。意內稱長短。終身荷聖情。

《端午の日 衣を賜はる》
宮衣 亦た名有り。端午 恩栄を被る。細葛 風を含みて軟らかに。香羅 雪を畳みて軽し。天より題する処 湿ひ。暑に当たって 著来 清し。意内 長短に称ふ。終身 聖情を荷はん。

※●宮衣:宮女が作る衣 ●亦有名:宮衣を賜る者の名簿に、我もまた名前がある ●長短:着丈、袖丈などの長短

6-27 《酬孟雲卿》 杜甫

樂極傷頭白。更長愛燭紅。相逢難衮衮。吿別莫悤悤。但恐天河落。寧辭酒盞空。明朝牽世務。揮淚各西東。

《孟雲卿に酬ゆ》
楽しみ 極まりて 頭 白きを傷み。更 長くして 燭の紅なるを愛す。相ひ逢ふこと 衮衮たり難く。別れを告ぐること 怱怱たる莫れ。但だ恐る 天河の落つるを。寧ぞ辞せん 酒盞の空しきを。明朝 世務に牽かれ。涙を揮ひて 各〻 西東せん。

※●更:夜の時間 ●天河落:天の川が沈んで明け方になる

6-28 《至德二載甫自京金光門出閒道歸鳳翔乾元初從左拾遺移華州掾與親故別因出此門有悲往事》 杜甫

此道昔歸順。西郊胡正繁。至今猶破膽。應有未招魂。近侍歸京邑。移官豈至尊。無才日衰老。駐馬望千門。

《至徳二載 甫 京の金光門より出で 間道にて鳳翔に帰る。乾元の初め 左拾遺より華州掾に移され 親故と別る。因りて此の門を出づるに往事を悲しむ有り》
此の道 昔 帰順す。西郊 胡 正に繁し。今に至るも猶ほ胆を破る。応に未だ招かざるの魂 有るべし。近侍して京邑に帰る。官を移すこと 豈に至尊ならんや。才 無くして日〻衰老す。馬を駐めて千門を望む。

※●至尊:天子ご自身(の意向)

6-29 《寄高三十五詹事》 杜甫

安穩高詹事。兵戈久索居。時來知宦達。歲晚莫情疎。天上多鴻雁。池中足鯉魚。相看過半百。不寄一行書。

《高三十五詹事に寄す》
安穏なりや 高詹事。兵戈に 久しく索居す。時 来たらば 宦の達せんことを知る。歳 晩れて 情 疎なること莫れ。天上 鴻雁 多く。池中 鯉魚 足る。相ひ看て 半百を過ぐるに。一行の書も寄せず。

※●高三十五詹事:高適。至徳2年、揚州大都督長史・淮南節度使となったが、李輔国の讒言により、太子少詹事に貶された ●多鴻雁・足鯉魚:雁も鯉も手紙の伝達手段 ●半百:五十歳

6-30 《贈高式顏》 杜甫

昔別是何處。相逄皆老夫。故人還寂寞。削跡共艱虞。自失論文友。空知賣酒壚。平生飛動意。見爾不能無。

《高式顔に贈る》
昔 別れしは 是れ何処ぞ。相ひ逄へば 皆 老夫。故人 還た寂寞。跡を削られて 共に艱虞す。論文の友を失ひしより。空しく知る 売酒の壚。平生 飛動の意。爾を見ては無きこと能はず。

※●高式顏:高適の甥 ●削跡:貶官放逐される ●賣酒壚:晋の王戎、嵆康や阮籍らの死後に、彼らと昔いっしょに酒を飲んだ店を通り過ぎて嗟嘆したという故事

6-31 《題鄭縣亭子》 杜甫

鄭縣亭子澗之濱。戶牖憑高發興新。雲斷岳蓮臨大路。天晴宮柳暗長春。巢邊野雀羣欺燕。花底山蜂遠趁人。更欲題詩滿靑竹。晚來幽獨恐傷神。

《鄭県の亭子に題す》
鄭県の亭子 澗の浜。戸牖 高きに憑れば 興を発すること新たなり。雲 断えて 岳蓮 大路に臨み。天 晴れて 宮柳 長春に暗し。巣辺には 野雀 群れて燕を欺り。花底には 山蜂 遠く人を趁ふ。更に詩を題して青竹に満たさんと欲するも。晩来 幽独にして 恐らくは神を傷ましめん。

※●鄭縣:杜甫の左遷先の華州の県 ●岳蓮:華岳の蓮花峰 ●長春:長春宮。華州から黄河を隔てて東北にあり

6-32 《望岳》 杜甫

西岳崚嶒竦處尊。諸峰羅立似兒孫。安得仙人九節杖。拄到玉女洗頭盆。車箱入谷無歸路。箭栝通天有一門。稍待秋風涼冷後。高尋白帝問眞源。

《岳を望む》
西岳 崚嶒として 竦処すること尊し。諸峰 羅立して 児孫に似たり。安んぞ仙人の九節の杖を得て。拄へられて到らん 玉女の洗頭盆。車箱 谷に入れば 帰路 無く。箭栝 天に通じて 一門 有り。稍く 秋風の涼冷なる後を待ちて。高く白帝を尋ねて 真源を問はん。

※●西岳:華山のこと。五岳のうちの西岳 ●竦處:聳えて居ること ●玉女洗頭盆:華山の山頂の玉女祠前にあり。中の水は常に澄み、増減がないという ●車箱:車体のような谷の形状 ●箭栝:矢筈、矢の先。狭窄する道の形状 ●白帝:五行で白・西・秋はともに「金」に属す。西岳である華山は西方をつかさどる神の白帝の支配下にある

6-33 《早秋苦熱堆案相仍》 杜甫

七月六日苦炎蒸。對食暫餐還不能。常愁夜來皆是蝎。況乃秋後轉多蠅。束帶發狂欲大叫。簿書何急來相仍。南望靑松架短壑。安得赤腳踏層冰。

《早秋 熱に苦しむ。堆案 相ひ仍る》
七月六日 炎蒸に苦しむ。食に対して暫く餐せんとするも還た能はず。常に愁ふ 夜来 皆 是れ蝎なるを。況んや乃ち 秋後 転た蠅 多きをや。束帯 狂を発して 大いに叫ばんと欲す。簿書 何ぞ急に来たること相ひ仍るや。南望すれば 青松 短壑に架す。安んぞ得ん 赤脚にて層氷を踏むを。

※●簿書:役所の文書 ●來相仍:ひっきりなしに続けて来る ●短壑:「絶壑」に作る本あり。豹軒の字解も「短」は誤りならんかという

6-34 《觀安西兵過赴關中待命二首 其一》 杜甫

四鎭富精銳。摧鋒皆絕倫。還聞獻士卒。足以靜風塵。老馬夜知道。蒼鷹飢著人。臨危經久戰。用急始如神。

《安西の兵の過ぐるを観る。関中に赴きて命を待つなり二首 其の一》
四鎮 精鋭に富み。鋒を摧くこと 皆 絶倫。還た聞く 士卒を献ずと。以て風塵を静むるに足る。老馬 夜 道を知り。蒼鷹 飢ゑて人に著く。危に臨みて 久戦を経たり。急なるに用ふれば 始めて神の如くならん。

※●安西:安西都護府。鎮西節度使の旧称。乾元元年6月、李嗣業、懐州(河南にあり)刺史となり、鎮西北庭行営節度使に充てられた。安西の兵はすなわち、李嗣業の兵で、懐州から長安へ向かう途中で、杜甫の任地である華州を通過したもの ●老馬夜知道:春秋斉の管仲が道に迷って「老馬之智、可用也」と言い、老馬に案内させた故事。ここでは将兵が実戦経験豊富であることをいう ●用急:危急の時に用いる。他説に「用ふること急なれば(用兵の法が急速なれば)」の意にとる

6-35 《觀安西兵過赴關中待命二首 其二》 杜甫

奇兵不在眾。萬馬救中原。談笑無河北。心肝奉至尊。孤雲隨殺氣。飛鳥避轅門。竟日留歡樂。城池未覺喧。

《安西の兵の過ぐるを観る。関中に赴きて命を待つなり二首 其の二》
奇兵 衆に在らず。万馬 中原を救はんとす。談笑して 河北を無みす。心肝 至尊に奉る。孤雲 殺気に随ひ。飛鳥 轅門を避く。竟日 留まりて歓楽す。城池 未だ喧しきを覚えず。

※●奇兵不在眾:晋の安帝のとき、沈田子曰く「兵貴用奇、不必在衆」と ●無河北:河北を無視する、河北など眼中にない。このとき安慶緒、河北に拠る 

6-36 《九日藍田崔氏莊》 杜甫

老去悲秋强自寬。興來今日盡君歡。羞將短髮還吹帽。笑倩傍人爲正冠。藍水遠從千澗落。玉山高竝兩峰寒。明年此會知誰健。醉把茱茰仔細看。

《九日 藍田の崔氏が荘》
老い去って 悲秋 強ひて自ら寛うす。興 来たって 今日 君が歓を尽くす。羞づらくは 短髪を将て還た帽を吹かるるを。笑ふ 傍人を倩ひて 為めに冠を正すを。藍水 遠く千澗より落ち。玉山 高く両峰を並べて寒し。明年 此の会 知んぬ誰か健なる。酔ひて茱茰を把りて 仔細に看る。

※●藍田:長安の南にある県 ●藍水:藍田にある川 ●玉山:藍田山の別名 ●兩峰:諸説あり。豹軒の字解は玉山に属する二つの峰とする 

6-37 《崔氏東山草堂》 杜甫

愛汝玉山草堂靜。高秋爽氣相鮮新。有時自發鐘磬響。落日更見漁樵人。盤剝白鴉谷口栗。飯煮靑泥坊底芹。何爲西莊王給事。柴門空閉鎖松筠。

《崔氏の東山の草堂》
愛す 汝が玉山の草堂の静かなるを。高秋の爽気 相ひ鮮新。時有ってか 自ら発す 鐘磬の響き。落日 更に見る 漁樵の人。盤には剝ぐ 白鴉谷口の栗。飯には煮る 青泥坊底の芹。何為れぞ 西荘の王給事。柴門 空しく閉ぢて 松筠に鎖す。

※●東山:玉山(藍田山)のこと ●白鴉谷:藍田県の東南にある谷の名。栗の名産地という ●靑泥坊:藍田県の南にある青泥城の塘 ●芹:十二文韻であり、この詩の十一真韻と異なる。清の沈徳潜は「蓴」の誤りという ●王給事:王維のこと。藍田に輞川荘を営む

6-38 《遣興三首 其一》 杜甫

我今日夜憂。諸弟各異方。不知死與生。何況道路長。避寇一分散。飢寒永相望。豈無柴門歸。欲出畏虎狼。仰看雲中雁。禽鳥亦有行。

《興を遣る三首 其の一》
我 今 日夜 憂ふ。諸弟 各〻 方を異にす。死と生とを知らず。何ぞ況んや 道路の長きをや。寇を避けて 一たび分散し。飢寒 永く相ひ望む。豈に柴門の帰る無からんや。出でんと欲して虎狼を畏る。仰いで雲中の雁を看れば。禽鳥にも 亦た行有り。

※●柴門歸:柴門の帰るべきもの ●行:行列。兄弟が順序に従って並んでいると見ている

6-39 《遣興三首 其二》 杜甫

蓬生非無根。漂蕩隨高風。天寒落萬里。不復歸本叢。客子念故宅。三年門巷空。悵望但烽火。戎車滿關東。生涯能幾何。常在羇旅中。

《興を遣る三首 其の二》
蓬 生ずるは 根無きに非ず。漂蕩 高風に随ふ。天 寒くして 万里に落ち。復たとは本叢に帰らず。客子 故宅を念ふ。三年 門巷 空し。悵望すれば但だ烽火。戎車 関東に満つ。生涯 能く幾何ぞ。常に羇旅の中に在り。

※●故宅:洛陽のもとの邸

6-40 《遣興三首 其三》 杜甫

昔在洛陽時。親友相追攀。送客東郊道。遨遊宿南山。煙塵阻長河。樹羽成皐閒。回首載酒地。豈無一日還。丈夫貴壯健。慘戚非朱顏。

《興を遣る三首 其の三》
昔 洛陽に在りし時。親友 相ひ追攀す。客を送る 東郊の道。遨遊 南山に宿す。煙塵 長河を阻(ヘダ)つ。羽を樹つ 成皐の間。首を回らす 酒を載するの地。豈に一日の還るも無からんや。丈夫 壮健を貴ぶ。惨戚として朱顔に非ず。

※●追攀:追いすがる。互いにくっついていく ●樹羽:羽をつけた軍旗を立てる ●成皐:河南にある関の名 ●豈無一日還:一日も帰れる日がないことがどうしてあろうか。帰れる日がきっとあるだろう

6-41 《獨立》 杜甫

空外一鷙鳥。河閒雙白鷗。飄颻搏擊便。容易往來遊。草露亦多濕。蛛絲仍未收。天機近人事。獨立萬端憂。

《独立》
空外の一鷙鳥。河間の双白鷗。飄颻として 搏撃 便なるに。容易に 往来して遊ぶ。草露 亦た湿ひ多きに。蛛糸 仍ほ未だ収めず。天機 人事に近し。独り立ちて万端 憂ふ。

※●鷙鳥:強き鳥。猛禽のたぐい ●容易:仇註は反語とし、豹軒もこれに従って「容易ならんや」と訓ずるが、適否を判断しかねる。今、ごく普通に「容易に」と訓じ、「猛禽にとって搏撃するに都合がよいはずなのに、獲物となる鷗はたやすく行き来して遊んでいる」と解する

6-42 《至日遣興奉寄北省舊閣老兩院故人二首 其一》 杜甫

去歲兹晨捧御牀。五更三點入鵷行。欲知趨走傷心地。正想氤氳滿眼香。無路從容陪語笑。有時顚倒著衣裳。何人卻憶窮愁日。日日愁隨一線長。

《至日 興を遣り 北省の旧閣老 両院の故人に寄せ奉る二首 其の一》
去歳 兹の晨 御床を捧ず。五更三点 鵷行に入る。知られんことを欲す 傷心の地に趨走し。正に 氤氳たる満眼の香を想ふを。従容として語笑に陪するに 路 無く。時有ってか 顚倒して衣裳を著く。何人か 却って憶はん 窮愁の日。日日 愁ひは一線に随ひて長きを。

※●至日:冬至 ●北省:門下省・中書省 ●兩院:拾遺と補闕の詰所 ●去歲:去年。至徳2年。当時の杜甫は左拾遺 ●三點:時刻を知らせる合図を三つ打つ ●鵷行:群臣の行列 ●傷心地:杜甫が左遷された華州 ●顚倒著衣裳:あわてるあまり衣と裳をあべこべに着る

6-43 《至日遣興奉寄北省舊閣老兩院故人二首 其二》 杜甫

憶昨逍遙供奉班。去年今日侍龍顏。麒麟不動爐煙上。孔雀徐開扇影還。玉几由來天北極。朱衣只在殿中閒。孤城此日腸堪斷。愁對寒雲雪滿山。

《至日 興を遣り 北省の旧閣老 両院の故人に寄せ奉る二首 其の二》
憶ふ 昨 逍遥たり 供奉の班。去年今日 竜顔に侍す。麒麟 動かず 炉煙 上り。孔雀 徐ろに開きて 扇影 還(メグ)る。玉几は 由来 天の北極。朱衣は 只だ在り 殿の中間。孤城 此の日 腸 断ゆるに堪へたり。愁へて寒雲に対すれば 雪 山に満つ。

※●麒麟:麒麟をかたどった香炉 ●孔雀:クジャクの羽で作った団扇。朝会において、天子が玉座に昇るまでは左右両側から多数の団扇を合わせて隠し、玉座に坐り終わったら団扇を左右に開いて天子の姿を見せる ●朱衣:百官に着席をうながす御史大夫の従官が着る赤い衣 ●孤城:杜甫の左遷されている華州

6-44 《路逢襄陽楊少府入城戲呈楊四員外綰》 杜甫

寄語楊員外。山寒少茯苓。歸來稍暄暖。當爲斸靑冥。翻動龍蛇窟。封題鳥獸形。兼將老藤杖。扶汝醉初醒。

《路にて襄陽の楊少府が城に入るに逢ひ 戯れに楊四員外綰に呈す》
語を寄す 楊員外。山 寒くして 茯苓 少なし。帰来 稍く暄暖ならば。当に為めに青冥に斸るべし。竜蛇の窟を翻動し。鳥獣の形なるに封題せん。兼ねて老藤の杖を将って。汝が酔ひの初めて醒むるを扶けん。

※原注あり「甫赴華州日、許寄員外茯苓」という ●楊四員外綰:楊綰。粛宗が即位すると賊のもとから脱出して行在所にかけつけ、起居舎人・知制誥、ついで司勲員外郎・職方郎中に任ぜられた ●茯苓:生薬の名。マツホド。松の根に寄生するキノコの一種 ●斸:地中に埋まっている茯苓を切り出す ●靑冥:通常、青空の意だが、ここでは高山の中、あるいは松の青い色を指す ●鳥獸形:茯苓は鳥獸龜鼈の形のものが良いとされる

6-45 《冬末以事之東都湖城東遇孟雲卿復歸劉顥宅宿宴飮散因爲醉歌》 杜甫

疾風吹塵暗河縣。行子隔手不相見。湖城城東一開眼。駐馬偶識雲卿面。向非劉顥爲地主。懶回鞭轡成高宴。劉侯歡我攜客來。置酒張燈促華饌。且將款曲終今夕。休語艱難尙酣戰。照室紅爐簇曙花。縈窗素月垂秋練。天開地裂長安陌。寒盡春生洛陽殿。豈知驅車復同軌。可惜刻漏隨更箭。人生會合不可常。庭樹鷄鳴淚如霰。

《冬末 事を以て東都に之かんとし 湖城の東にて孟雲卿に遇ひ 復た劉顥の宅に帰りて宿す。宴飲 散じ 因りて酔歌を為す》
疾風 塵を吹きて 河県に暗し。行子 手を隔てて 相ひ見ず。湖城の城東 一たび眼を開けば。馬を駐めて 偶〻識る 雲卿の面。向に劉顥が地主たるに非ずんば。鞭轡を回らして高宴を成すに懶し。劉侯 我が客を携へ来たるを歓び。酒を置き 灯を張りて 華饌を促す。且つ款曲を将って 今夕を終へん。語るを休めよ 艱難 尚ほ酣戦すと。室を照らす紅炉 曙花を簇らし。窓を縈る素月 秋練を垂る。天 開け 地 裂く 長安の陌。寒 尽き 春 生ず 洛陽の殿。豈に知らんや 車を駆る 復た軌を同じくするを。惜しむべし 刻漏 更箭に随ふを。人生 会合 常にすべからず。庭樹 鶏鳴 涙 霰の如し。

※●湖城:県名 ●河縣:湖城県のこと ●縈窗:豹軒は「縈」字は「熒」の誤りではないかと疑うが、今、縈に従う ●驅車復同軌:杜甫が孟雲卿と同じ道をたどってきたこと ●更箭:時間の矢

6-46 《閿鄕姜七少府設膾戲贈長歌》 杜甫

姜侯設膾當嚴冬。昨日今日皆天風。河凍味魚不易得。鑿冰恐侵河伯宮。饔人受魚鮫人手。洗魚磨刀魚眼紅。無聲細下飛碎雪。有骨已刴觜春蔥。落碪何曾白紙濕。放筯未覺金盤空。偏勸腹腴愧年少。軟炊香飯緣老翁。新歡便飽姜侯德。淸觴異味情屢極。東歸貪路自覺難。欲別上馬身無力。可憐爲人好心事。於我見子眞顏色。不恨我衰子貴時。悵望且爲今相憶。

《閿郷の姜七少府 膾を設く。戯れに長歌を贈る》
姜侯 膾を設くは 厳冬に当たる。昨日今日 皆 天風。河 凍りて 味魚 得易からず。氷を鑿たば 恐らくは河伯の宮を侵さん。饔人 魚を受く 鮫人の手。魚を洗ひ 刀を磨けば 魚眼 紅なり。声 無くして 細かに下りて 砕雪 飛ぶ。骨有るは 已に刴し 春葱を觜(サ)く。碪に落つるも 何ぞ曽て 白紙 湿はん。筯を放(ホシイママ)にするも 未だ覚えず 金盤の空しきを。偏へに腹腴を勧められて 年少に愧づ。軟かに香飯を炊ぐは 老翁に縁る。新歓 便ち飽く 姜侯の徳。清觴 異味 情 屢〻極まる。東帰 路を貪るは 自ら難きを覚ゆ。別れんと欲して 馬に上れば 身 力無し。憐むべし 人と為り 好心事。我に於て見る 子が真顔色。恨まず 我が衰へて 子が貴き時を。悵望するは 且つ今の相憶の為めなり。

※●閿鄕:県名。潼関の東、函谷関の西 ●設膾:膾料理をこしらえる ●河伯宮:河の神のすみか ●饔人:料理人 ●鮫人:南海に住む人魚。ここは漁師を指す ●刴:切り砕く ●觜春蔥:諸説あり。豹軒は「觜」を誤字とする説を推すが、今「觜」に従う ●腹腴:腹まわりの脂ののったところ ●相憶:別れようとする今、ただちにもう君のことを思うこと

6-47 《戲贈閿鄕秦少府短歌》 杜甫

去年行宮當太白。朝回君是同舍客。同心不減骨肉親。每語見許文章伯。今日時淸兩京道。相逢苦覺人情好。昨夜邀歡樂更無。多才依舊能潦倒。

《戯れに閿郷の秦少府に贈る短歌》
去年 行宮 太白に当たる。朝より回れば 君は是れ 同舎の客。同心 減ぜず 骨肉の親に。毎語 許さる 文章の伯と。今日 時 清し 両京の道。相逢 苦だ覚ゆ 人情の好きを。昨夜 邀歓 楽しみ更に無し。多才 旧に依りて能く潦倒す。

※●去年:至徳2年。杜甫は左拾遺 ●當太白:太白山がまのあたりに見える ●邀歡:迎えて歓待すること ●能潦倒:文字通りには、落ちぶれることができる、の意。秦少府が多才でありながら低い官職に甘んずることができる人であり、そのおかげで今日は楽しい思いができた、という戯れ

6-48 《李鄠縣丈人胡馬行》 杜甫

丈人駿馬名胡騮。前年避賊過金牛。廻鞭卻走見天子。朝飮漢水暮靈州。自矜胡騮奇絕代。乘出千人萬人愛。一聞說盡急難才。轉益愁向駑駘輩。頭上銳耳批秋竹。腳下高蹄削寒玉。始知神龍別有種。不比俗馬空多肉。洛陽大道時再淸。累日喜得俱東行。鳳臆龍鬐未易識。側身注目長風生。

《李鄠県丈人が胡馬の行》
丈人の駿馬 胡騮と名づく。前年 賊を避けて 金牛を過ぐ。鞭を廻らし却走して天子に見ゆ。朝には漢水に飲(ミヅカ)ひ 暮れには霊州。自ら矜る 胡騮 奇なること絶代。乗り出づれば千人万人 愛すと。一たび急難の才を説き尽くすを聞けば。転た益〻愁ふ 駑駘の輩に向ふを。頭上の鋭耳は 秋竹を批ち。脚下の高蹄は 寒玉を削る。始めて知る 神竜 別に種有りて。俗馬の空しく肉多きに比せざるを。洛陽の大道 時 再び清し。累日 俱に東行するを得るを喜ぶ。鳳臆竜鬐 未だ識り易からざるも。身を側てて目を注げば 長風 生ず。

※●李鄠縣:鄠県の県令の李氏 ●金牛:四川にあった県名。つまり玄宗に従って蜀に向かったということ ●天子:粛宗をさす ●靈州:粛宗が即位した霊武の近く。霊武というのに同じ。韻の都合 ●絕代:絶世と同じ。太宗李世民の諱を避く ●急難才:乗りての急難を救う能力 ●鳳臆龍鬐:鳳凰のような胸、竜のようなたてがみを備えた名馬

6-49 《觀兵》 杜甫

北庭送壯士。貔虎數尤多。精銳舊無敵。邊隅今若何。妖氛擁白馬。元帥待琱戈。莫守鄴城下。斬鯨遼海波。

《観兵》
北庭 壮士を送る。貔虎 数 尤も多し。精鋭 旧より敵 無し。辺隅 今 若何。妖氛 白馬を擁し。元帥 琱戈を待つ。守る莫れ 鄴城の下。鯨を斬れ 遼海の波。

※●北庭:北庭節度使 ●白馬:梁の侯景の故事から賊将の馬をいう。ここでは史思明をさす ●元帥:郭子儀のこと。先に副元帥として洛陽を奪還した ●琱戈:天子から元勲に賜るほこ ●鄴城:乾元元年11月、九節度使からなる官軍は賊軍のたてこもる鄴城を包囲した ●遼海:遼東の海。賊軍の根拠地である范陽の近く

6-50 《憶弟二首 其一》 杜甫

喪亂聞吾弟。飢寒傍濟州。人稀書不到。兵在見何由。憶昨狂催走。無時病去憂。卽今千種恨。惟共水東流。

《弟を憶ふ二首 其の一》
喪乱に 聞く 吾が弟。飢寒して 済州に傍ふと。人 稀にして 書 到らず。兵 在りて 見ること何にか由らん。憶ふ昨 狂走を催がし。時として 病の憂ひを去ること無し。即今 千種の恨み。惟だ水と共に東流す。

※原注あり「時帰在河南陸渾荘」という ●濟州:山東の地名

6-51 《憶弟二首 其二》 杜甫

且喜河南定。不問鄴城圍。百戰今誰在。三年望汝歸。故園花自發。春日鳥還飛。斷絕人煙久。東西消息稀。

《弟を憶ふ二首 其の二》
且つ喜ぶ 河南の定まれるを。問はず 鄴城の囲み。百戦 今 誰か在る。三年 汝が帰るを望む。故園 花は自づから発き。春日 鳥は還た飛ぶ。 人煙を断絶すること久しく。東西 消息 稀なり。

※●河南定:官軍による洛陽奪還をいう ●鄴城圍:九節度使の官軍が鄴城を包囲していることをいう

6-52 《得舍弟消息》 杜甫

亂後誰歸得。他鄕勝故鄕。直爲心厄苦。久念與存亡。汝書猶在壁。汝妾已辭房。舊犬知愁恨。垂頭傍我牀。

《舎弟の消息を得たり》
乱後 誰か帰り得ん。他郷も 故郷に勝らん。直だに心の厄苦するを為すは。久しく 与に存亡せんことを念へばなり。汝が書 猶ほ壁に在り。汝が妾 已に房を辞す。旧犬 愁恨を知り。頭を垂れて 我が床に傍ふ。

※●他鄕:弟のいる済州

6-53 《不歸》 杜甫

河閒尙戰伐。汝骨在空城。從弟人皆有。終身恨不平。數金憐俊邁。總角愛聰明。面上三年土。春風草又生。

《帰らず》
河間 尚ほ戦伐す。汝が骨 空城に在り。従弟 人 皆 有り。終身 恨み平らかならず。数金 俊邁を憐み。総角 聡明を愛す。面上 三年の土。春風 草 又た生ず。

※●不歸:杜甫の従弟の死して帰らざるをいう ●河閒:直隷河間府 ●數金:お金を数える。漢代の童謡に「河間婦女工数銭」というのにちなんで、従弟が幼時に数を理解していたことをいう ●總角:童子の髪型 ●三年土:土は塵埃に同じ

6-54 《贈衞八處士》 杜甫

人生不相見。動如參與商。今夕復何夕。共此燈燭光。少壯能幾時。鬢髮各已蒼。訪舊半爲鬼。驚呼熱中腸。焉知二十載。重上君子堂。昔別君未婚。男女忽成行。怡然敬父執。問我來何方。問答未及已。驅兒羅酒漿。夜雨剪春韮。新炊閒黃粱。主稱會面難。一擧累十觴。十觴亦不醉。感子故意長。明日隔山[岳/嶽]。世事兩茫茫。

《衛八処士に贈る》
人生 相ひ見えざること。動もすれば参と商の如し。今夕 復た何の夕ぞ。此の灯燭の光を共にす。少壮 能く幾時ぞ。鬢髪 各〻 已に蒼たり。旧を訪へば半ば鬼と為る。驚呼して 中腸 熱す。焉んぞ知らん 二十載。重ねて君子の堂に上らんとは。昔 別れしとき 君 未だ婚せざるに。男女 忽ち行を成す。怡然として父執を敬して。我に問ふ 何れの方よりか来たると。問答 未だ已むに及ばず。児を駆りて酒漿を羅ぬ。夜雨に 春韮を剪り。新炊 黄粱を間す。主は称す会面の難きを。一挙 十觴を累ぬ。十觴も 亦た酔はず。子が故意の長きに感ず。明日 山岳を隔てば。世事 両つながら茫茫たらん。

※●參・商:星の名。遠く離れて会えないことの比喩に用いる常套句 ●君子:衛処士のこと ●男女:息子と娘

6-55 《洗兵行》 杜甫

中興諸將收山東。捷書夜報淸晝同。河廣傳聞一葦過。胡危命在破竹中。祗殘鄴城不日得。獨任朔方無限功。京師皆騎汗血馬。回紇餧肉蒲萄宮。已喜皇威淸海岱。常思仙仗過崆峒。三年笛裏關山月。萬國兵前草木風。成王功大心轉小。郭相謀深古來少。司徒淸鑑懸明鏡。尙書氣與秋天杳。二三豪俊爲時出。整頓乾坤濟時了。東走無復憶鱸魚。南飛覺有安巢鳥。靑春復隨冠冕入。紫禁正耐煙花繞。鶴駕通宵鳳輦備。鷄鳴問寢龍樓曉。攀龍附鳳勢莫當。天下盡化爲侯王。汝等豈知蒙帝力。時來不得誇身强。關中旣留蕭丞相。幕下復用張子房。張公一生江海客。身長九尺鬚眉蒼。徵起適遇風雲會。扶顚始知籌策良。靑袍白馬更何有。後漢今周喜再昌。寸地尺天皆入貢。奇祥異瑞爭來送。不知何國致白環。復道諸山得銀甕。隱士休歌紫芝曲。詞人解撰淸河頌。田家望望惜雨乾。布穀處處催春種。淇上健兒歸莫嬾。城南思婦愁多夢。安得壯士挽天河。淨洗甲兵長不用。

《洗兵行》
中興の諸将 山東を収む。捷書 夜 報じて 清昼に同じ。河の広きも 伝聞す 一葦 過ぐと。胡 危くして 命 破竹の中に在り。祗だ鄴城を残すも 日ならずして得ん。独り任ず 朔方 無限の功。京師 皆 騎す 汗血の馬。回紇 肉を餧す 蒲萄宮。已に喜ぶ 皇威の海岱を清むるを。常に思ふ 仙仗の崆峒に過ぎりしを。三年 笛裏の関山月。万国 兵前 草木の風。成王 功 大にして 心 転た小なり。郭相 謀 深くして 古来 少なり。司徒の清鑑 明鏡を懸け。尚書の気は 秋天と杳かなり。二三の豪俊 時の為めに出で。乾坤を整頓して 時を済ひ了る。東走して復た鱸魚を憶ふ無く。南飛して巣に安んずるの鳥有るを覚ゆ。青春 復た冠冕に随ひて入る。紫禁 正に煙花の繞るに耐へたり。鶴駕 通宵 鳳輦 備はり。鶏鳴 寝を問ふ 竜楼の暁。攀竜附鳳の勢ひ 当たる莫し。天下 尽く化して侯王と為る。汝等 豈に帝力を蒙るを知らんや。時 来たるも身の強に誇るを得ず。関中 既に留む 蕭丞相。幕下 復た用ふ 張子房。張公 一生 江海の客。身の長 九尺 鬚眉 蒼たり。徴され起って 適〻遇ふ 風雲の会。顚を扶けて始めて知る 籌策の良きを。青袍 白馬 更に何か有らん。後漢 今周 再び昌なるを喜ぶ。寸地 尺天 皆 入貢す。奇祥 異瑞 争ひ来たり送る。知らず 何れの国か白環を致す。復た道ふ 諸山 銀甕を得たりと。隠士 歌ふを休めよ 紫芝の曲。詞人 撰するを解す 清河の頌。田家 望望として 雨の乾くを惜しむ。布穀 処処 春種を催す。淇上の健児 帰るに嬾なること莫れ。城南の思婦 愁へて夢多し。安んぞ得ん 壮士 天河を挽きて。甲兵を浄洗して 長く用ひざらしむるを。

※原注に「収京後作」とあり ●中興諸將:乾元元年10月、賊軍に対して攻勢に出た郭子儀ら九節度使 ●朔方:朔方節度使郭子儀 ●回紇:ウイグルは賊軍討伐への協力を申し出て騎兵三千を派遣してきた ●蒲萄宮:漢代の宮殿の名。唐が回紇の兵を宮殿でもてなしたことをいう ●關山月:笛曲の名。従軍の思いをうたう ●成王:粛宗の子、李俶。乾元元年2月成王に封ぜられ、4月皇太子となる ●司徒:検校司徒・李光弼 ●尙書:兵部尚書・王思礼 ●蕭丞相:漢の高祖に仕えた蕭何。粛宗から「吾が蕭何なり」といわれた杜鴻漸をさす ●張子房:漢の高祖の軍師・張良。至徳2年5月宰相となり長安・洛陽奪還を実現した張鎬をたとえる ●靑袍白馬:梁の侯景が叛乱したときのいでたち。賊軍をたとえる ●紫芝曲:秦末漢初の隠者、商山の四皓が作った歌 ●淸河頌:南朝・宋の鮑照が河水の澄んだのをたたえて作ったうた

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