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『杜少陵詩集』巻10~巻11
巻10
10-1 《漫成二首 其一》 杜甫
野日荒荒白。春流泯泯淸。渚蒲隨地有。村徑逐門成。只作披衣慣。常從漉酒生。眼邊無俗物。多病也身輕。
《漫成二首 其の一》
野日 荒荒として白く。春流 泯泯として清し。渚蒲 地に随ひて有り。村径 門を逐ひて成る。只だ披衣を作すに慣れ。常に漉酒に従りて生く。眼辺 俗物 無く。多病なるも 也た 身 軽し。
※●隨地:どこにでも ●披衣:服を着る。ここでは陶淵明の「相思則披衣。言笑無已時」を踏まえ、服を着て人を訪ねることをいう ●漉酒:陶淵明が頭巾で酒を漉した故事を踏まえる
10-2 《漫成二首 其二》 杜甫
江皐已仲春。花下復淸晨。仰面貪看鳥。回頭錯應人。讀書難字過。對酒滿壺頻。近識峨嵋老。知余懶是眞。
《漫成二首 其の二》
江皐 已に仲春。花下 復た清晨。面を仰ぎて 鳥を看るを貪り。頭を回らして 錯って人に応ず。書を読むに 難字 過ごし。酒に対して 満壺 頻りなり。近ごろ識る峨嵋の老。余が懶 是れ真なるを知る。
※●仰面:顔を上に向ける ●錯應人:間違って人に返答する ●難字過:難しい字は適当にやり過ごす ●滿壺頻:満壺を傾けること頻りなりの意 ●峨嵋老:原注に「東山隠者」とあり
10-3 《春夜喜雨》 杜甫
好雨知時節。當春乃發生。隨風潛入夜。潤物細無聲。野徑雲俱黑。江船火獨明。曉看紅濕處。花重錦官城。
《春夜 雨を喜ぶ》
好雨 時節を知り。春に当たって 乃ち発生す。風に随ひて 潜かに夜に入り。物を潤して 細にして声無し。野径 雲 俱に黒く。江船 火 独り明らかなり。暁に紅の湿ふ処を看れば。花 重からん 錦官城。
※●錦官城:成都の別名
10-4 《春水》 杜甫
三月桃花浪。江流復舊痕。朝來沒沙尾。碧色動柴門。接縷垂芳餌。連筒灌小園。已添無數鳥。爭浴故相喧。
《春水》
三月 桃花の浪。江流 復た旧痕。朝来 沙尾 没し。碧色 柴門に動く。縷を接して 芳餌を垂れ。筒を連ねて 小園に灌ぐ。已に添ふ 無数の鳥の。争ひ浴して 故らに相ひ喧しきを。
※●復舊痕:以前の増水のときの痕まで水位が戻る ●沙尾:砂洲の端 ●接縷:糸筋をつないで釣り糸にする ●連筒:筧の竹筒をつなぐ
10-5 《江亭》 杜甫
坦腹江亭暖。長吟野望時。水流心不競。雲在意俱遲。寂寂春將晚。欣欣物自私。故林歸未得。排悶强裁詩。
《江亭》
江亭の暖かなるに坦腹して。長吟す 野望の時。水 流れて 心 競はず。雲 在りて 意 俱に遅し。寂寂として 春 将に晩れんとし。欣欣として 物 自ら私す。故林 帰ること未だ得ず。悶を排し 強ひて詩を裁す。
※●坦腹:腹を平にして仰ぎ臥す ●野望:田野をながめる ●物自私:どの物も好きなように自己を全うしている
10-6 《早起》 杜甫
春來常早起。幽事頗相關。帖石防隤岸。開林出遠山。一邱藏曲折。緩步有躋攀。童僕來城市。甁中得酒還。
《早起》
春来 常に早く起く。幽事 頗る相ひ関す。石を帖して 隤岸を防ぎ。林を開きて 遠山を出だす。一邱 曲折を蔵し。緩歩 躋攀 有り。童僕 城市より来たる。瓶中 酒を得て還る。
※●幽事:しずかな仕事
10-7 《落日》 杜甫
落日在簾鉤。溪邊春事幽。芳菲緣岸圃。樵爨倚灘舟。啅雀爭枝墜。飛蟲滿院遊。濁醪誰造汝。一酌散千愁。
《落日》
落日 簾鉤に在り。渓辺 春事 幽なり。芳菲たり 岸に縁るの圃。樵爨す 灘に倚るの舟。啅雀 枝を争ひて墜ち。飛虫 院に満ちて遊ぶ。濁醪 誰か汝を造る。一酌 千愁を散ぜしむ。
※●樵爨:柴を刈って飯を炊く。仇本は「爨」を「㸑」に作るが、㸑は爨とは別字の「鼎の沸こうとするさま」であり、意味が通じない
10-8 《可惜》 杜甫
花飛有底急。老去願春遲。可惜歡娛地。都非少壯時。寬心應是酒。遣興莫過詩。此意陶潛解。吾生後汝期。
《惜しむべし》
花の飛ぶこと 底(ナン)の急か有る。老い去りては 春の遅からんことを願ふ。惜しむべし 歓娯の地。都て少壮の時に非ず。心を寛くするは 応に是れ酒なるべく。興を遣るは 詩に過ぐる莫し。此の意 陶潜 解す。吾が生 汝が期に後れたり。
※●後汝期:陶淵明が生きていた時代に後れる
10-9 《獨酌》 杜甫
步屧深林晚。開樽獨酌遲。仰蜂黏落絮。行蟻上枯梨。薄劣慙眞隱。幽偏得自怡。本無軒冕意。不是傲當時。
《独酌》
歩屧 深林 晩れ。樽を開きて 独り酌むこと遅し。仰蜂 落絮に粘し。行蟻 枯梨に上る。薄劣 真隠に慙ぢ。幽偏 自ら怡しむを得たり。本より 軒冕の意 無し。是れ 当時に傲るならず。
※●仰蜂:上を向くハチ ●行蟻:行列をなすアリ ●薄劣:才徳のないこと ●軒冕意:仕官して富貴を望む思い ●傲當時:当今の世に対して威張る。世俗を卑しんで自分を尊しとする
10-10 《徐步》 杜甫
整履步靑蕪。荒庭日欲晡。芹泥隨燕觜。蕊粉上蜂鬚。把酒從衣濕。吟詩信杖扶。敢論才見忌。實有醉如愚。
《徐歩》
履を整へて 青蕪を歩せば。荒庭 日 晡ならんと欲す。芹泥 燕觜に随ひ。蕊粉 蜂鬚に上る。酒を把って 衣の湿ふに従(マカ)せ。詩を吟じて 杖の扶くるに信す。敢へて才の忌まるるを論ぜんや。実に 酔ひて愚の如くなる有り。
※●整履:履物をきちんと履く ●才見忌:才能が他人に忌み嫌われる
10-11 《寒食》 杜甫
寒食江村路。風花高下飛。汀煙輕冉冉。竹日淨暉暉。田父要皆去。鄰家問不違。地偏相識盡。鷄犬亦忘歸。
《寒食》
寒食 江村の路。風花 高下に飛ぶ。汀煙 軽くして冉冉たり。竹日 浄くして暉暉たり。田父 要(ムカ)ふれば皆去(ユ)き。隣家 問(オク)れば違はず。地 偏にして 相ひ識り尽くす。鶏犬も亦た帰るを忘る。
※●寒食:冬至の後105日前後。清明節の直前。3日間火をたくことを禁じ、作り置いたものを食べる ●要皆去:迎えてくれるならば、誰のところでもすべて行く ●問不違:品を携えて挨拶に来てくれるならば、その意に違うことなく受け入れる ●忘歸:よその家へ行ったまま帰ってくるのを忘れる
10-12 《石鏡》 杜甫
蜀王將此鏡。送死置空山。冥寞憐香骨。提攜近玉顏。眾妃無復嘆。千騎亦虛還。獨有傷心石。埋輪月宇閒。
《石鏡》
蜀王 此の鏡を将って。死を送りて空山に置く。冥寞 香骨を憐み。提携して 玉顔に近からしむ。衆妃 復たとは嘆く無く。千騎も 亦た虚しく還る。独り傷心の石有り。輪を埋む 月宇の間。
※●石鏡:成都の北角にある武擔という塚の上にある厚さ五寸、径五尺の鏡のような石。伝説では、武都山の精が化して美女となり、蜀王の妃となったが、いくばくもなくして亡くなり、悲しんだ王が作らせたのが武擔の塚だという ●冥寞:暗くて見通せない。転じて死ぬこと ●提攜近玉顏:石鏡をもっていって、妃の遺体の近くに置く ●輪:石鏡の円形のこと ●月宇:月の世界
10-13 《琴臺》 杜甫
茂陵多病後。尙愛卓文君。酒肆人閒世。琴臺日暮雲。野花留寶靨。蔓草見羅裙。歸鳳求凰意。寥寥不復聞。
《琴台》
茂陵 多病の後。尚ほ愛す 卓文君。酒肆 人間の世。琴台 日暮の雲。野花 宝靨を留め。蔓草 羅裙を見る。帰鳳求凰の意。寥寥として復たとは聞かず。
※●琴臺:漢の司馬相如の遺跡。成都城外、浣花渓の近くにあり。相如が卓文君を見初め、琴歌に託して思いを伝えたという場所。二人は駆け落ちして酒屋を開き、卓文君が客の相手をし、相如はふんどし姿で皿洗いをした。その後、相如は文才を認められ出世して高官となるが、多病をもって官を辞し、茂陵(漢の武帝の陵墓)に隠遁した ●寶靨:宝玉のような美しいえくぼ。豹軒の字解では「靨」は頬の辺りにつける飾り(靨鈿、靨飾)のこととする ●歸鳳求凰:相如が卓文君への思いを託した琴歌に「鳳兮鳳兮歸故鄕、遨遊四海求其凰」とあり
10-14 《春水生二絕 其一》 杜甫
二月六夜春水生。門前小灘渾欲平。鸕鷀鸂鶒莫漫喜。吾與汝曹俱眼明。
《春水 生ず二絶 其の一》
二月六夜 春水 生ず。門前の小灘 渾て平らかならんと欲す。鸕鷀 鸂鶒 漫りに喜ぶ莫れ。吾 汝が曹と俱に 眼明なり。
※●鸕鷀:水鳥のウ ●鸂鶒:水鳥。オシドリに似てやや大という ●眼明:眼力分明にしてよくわかっている
10-15 《春水生二絕 其二》 杜甫
一夜水高二尺强。數日不可更禁當。南市津頭有船賣。無錢卽買繫籬旁。
《春水 生ず二絶 其の二》
一夜にして 水 高きこと 二尺強。数日 更に禁当すべからざらん。南市の津頭 船の売る有るも。即ち買ひて籬旁に繫ぐに 銭 無し。
※●禁當:当時の俗語。こらえる
10-16 《江上値水如海𫝑聊短述》 杜甫
爲人性僻耽佳句。語不驚人死不休。老去詩篇渾漫與。春來花鳥莫深愁。新添水檻供垂釣。故著浮槎替入舟。焉得思如陶謝手。令渠述作與同遊。
《江上 水の海𫝑の如くなるに値ひて 聊か短述す》
人と為り 性 僻にして 佳句に耽る。語 人を驚かさずんば 死すとも休まず。老い去って 詩篇 渾て漫与なり。春来 花鳥 深く愁ふる莫れ。新たに水檻を添へて 垂釣に供し。故より浮槎を著けて入舟に替ふ。焉んぞ 思ひ 陶謝の手の如きを得て。渠をして述作せしめて 与に同遊せん。
※●性僻:性格がかたよっている ●漫與:漫然に同じ ●陶謝:陶淵明・謝霊運
10-17 《水檻遣心二首 其一》 杜甫
去郭軒楹敞。無村眺望賖。澄江平少岸。幽樹晚多花。細雨魚兒出。微風燕子斜。城中十萬戶。此地兩三家。
《水檻にて心を遣る二首 其の一》
郭を去りて 軒楹 敞(アキラ)かなり。村 無くして 眺望 賖かなり。澄江 平らかにして岸 少く。幽樹 晩れて 花 多し。細雨に 魚児 出で。微風に 燕子 斜めなり。城中は 十万戸。此の地は 両三家。
※●水檻:前詩に「新添水檻」というところの欄干
10-18 《水檻遣心二首 其二》 杜甫
蜀天常夜雨。江檻已朝晴。葉潤林塘密。衣乾枕席淸。不堪秪老病。何得尙浮名。淺把涓涓酒。深憑送此生。
《水檻にて心を遣る二首 其の二》
蜀天 常に夜 雨ふり。江檻 已に朝晴なり。葉 潤ひて 林塘 密に。衣 乾きて 枕席 清し。堪へず 秪だ老病なるに。何ぞ得ん 尚ほ浮名あるを。浅く 涓涓たる酒を把り。深く憑りて 此の生を送る。
※●涓涓:少しのさま
10-19 《江漲》 杜甫
江發蠻夷漲。山添雨雪流。大聲吹地轉。高浪蹴天浮。魚鼈爲人得。蛟龍不自謀。輕帆好去便。吾道付滄洲。
《江 漲る》
江は発す 蛮夷の漲。山は添ふ 雨雪の流れ。大声 地を吹きて転じ。高浪 天を蹴りて浮かぶ。魚鼈 人の為めに得られ。蛟竜も 自ら謀らず。軽帆 去(ユ)くこと便なるを好む。吾が道 滄洲に付さん。
※●江漲:錦江の増水 ●蠻夷漲:錦江水源の異民族の居住地の増水 ●山添雨雪流:流域にある山々が雨水や雪解け水を添加する ●不自謀:自らの身の安全を謀れない ●滄洲:東海中にある仙山
10-20 《朝雨》 杜甫
涼氣曉蕭蕭。江雲亂眼飄。風鳶藏近渚。雨燕集深條。黃綺終辭漢。巢由不見堯。草堂樽酒在。幸得過淸朝。
《朝雨》
涼気 暁に蕭蕭たり。江雲 眼を乱して飄る。風鳶 近渚に蔵れ。雨燕 深条に集まる。黄綺 終に漢を辞し。巣由 尭に見えず。草堂 樽酒 在り。幸ひに 清朝を過ごすを得たり。
※●黃綺:夏黄公と綺里季。秦末漢初に商山に隠遁した四賢者「商山の四皓」のうちの二人 ●巢由:上古の聖天子・堯の時代の隠者
10-21 《晚晴》 杜甫
村晚驚風度。庭幽過雨霑。夕陽薰細草。江色映疏簾。書亂誰能帙。杯乾自可添。時聞有餘論。未怪老夫潛。
《晩晴》
村 晩れて 驚風 度り。庭 幽にして 過雨に霑ふ。夕陽 細草を薫じ。江色 疏簾に映ず。書 乱れて 誰か能く帙せん。杯 乾きて 自ら添ふべし。時に聞く 余論 有るを。未だ怪しまず 老夫の潜。
※●老夫潛:後漢の王符、隠居して『潜夫論』を著わし、時世を諷した。杜甫自身を王符になぞらえたもの
10-22 《高柟》 杜甫
柟樹色冥冥。江邊一蓋靑。近根開藥圃。接葉製茅亭。落景陰猶合。微風韻可聽。尋常絕醉困。臥此片時醒。
《高柟》
柟樹 色 冥冥たり。江辺 一蓋 青し。根に近く 薬圃を開き。葉を接して 茅亭を製す。落景にも 陰 猶ほ合し。微風にも 韻 聴くべし。尋常 絶だ 酔困するも。此に臥せば 片時に醒む。
※●高柟:高いクスノキ ●醉困:悪酔い
10-23 《惡樹》 杜甫
獨遶虛齋徑。常持小斧柯。幽陰成頗雜。惡木剪還多。枸杞因吾有。鷄棲奈汝何。方知不材者。生長漫婆娑。
《悪樹》
独り遶る 虚斎の径。常に持す 小斧の柯。幽陰 成って頗る雑なり。悪木 剪れば還た多し。枸杞 因りて吾が有とす。鶏棲 汝を奈何んせん。方に知る 不材の者は。生長するも漫りに婆娑たるを。
※●虛齋徑:誰もいない書斎のそばの小径 ●枸杞:クコ。ナス科の落葉低木。果実・根皮・葉ともに生薬として用いられ、強壮作用がある ●鷄棲:サイカチ。マメ科の落葉高木。幹や枝に鋭い棘が多数できる
10-24 《江畔獨步尋花七絕句 其一》 杜甫
江上被花惱不徹。無處吿訴只顚狂。走覓南鄰愛酒伴。經旬出飮獨空牀。
《江畔 独歩して花を尋ぬる七絶句 其の一》
江上 花に悩まされ徹せず。告訴するに処無く 只だ顚狂す。走りて 南隣の酒を愛する伴を覓むれば。経旬 出飲して 独り空床あるのみ。
※●被花惱不徹:悩まされきるところまでいかない ●南鄰愛酒伴:原注に「斛斯融吾酒徒」とあり ●出飮:外へ出かけて飲む
10-25 《江畔獨步尋花七絕句 其二》 杜甫
稠花亂蕊裹江濱。行步欹危實怕春。詩酒尙堪驅使在。未須料理白頭人。
《江畔 独歩して花を尋ぬる七絶句 其の二》
稠花 乱蕊 江浜を裹む。行歩 欹危として 実に春を怕る。詩酒 尚ほ駆使するに堪へて在り。未だ 白頭の人を料理するを須ひず。
※●料理:俗語。片づける、始末する。ここでは「くたばらせる」というほどの意味 ●白頭人:杜甫自身のこと
10-26 《江畔獨步尋花七絕句 其三》 杜甫
江深竹靜兩三家。多事紅花映白花。報答春光知有處。應須美酒送生涯。
《江畔 独歩して花を尋ぬる七絶句 其の三》
江 深く 竹 静かなり 両三家。多事に 紅花 白花に映ず。春光に報答するに 処 有るを知る。応に須らく 美酒もて 生涯を送るべし。
※●多事:余計な事、おせっかい ●報答:あいさつする ●有處:ここでは、手だてがあるの意
10-27 《江畔獨步尋花七絕句 其四》 杜甫
東望少城花滿煙。百花高樓更可憐。誰能載酒開金盞。喚取佳人舞繡筵。
《江畔 独歩して花を尋ぬる七絶句 其の四》
東に少城を望めば 花 満煙なり。百花の高楼 更に憐むべし。誰か能く 酒を載せて金盞を開き。佳人を喚取して 繡筵に舞はしめん。
※●少城:成都には大城・少城あり、少城は大城の西にあり、錦官城という。後には成都全体の総称としても錦官城と言うようになった
10-28 《江畔獨步尋花七絕句 其五》 杜甫
黃師塔前江水東。春光懶困倚微風。桃花一簇開無主。可愛深紅愛淺紅。
《江畔 独歩して花を尋ぬる七絶句 其の五》
黄師塔前 江水の東。春光に懶困して 微風に倚る。桃花 一簇 開いて主無し。深紅を愛すべきや 浅紅を愛すべきや。
※●黃師塔:黄という姓の法師の墓 ●懶困:だるくなる ●無主:所有者のいる果樹園などではなく、野に勝手に咲いているということ
10-29 《江畔獨步尋花七絕句 其六》 杜甫
黃四娘家花滿蹊。千朵萬朵壓枝低。留連戲蝶時時舞。自在嬌鶯恰恰啼。
《江畔 独歩して花を尋ぬる七絶句 其の六》
黄四娘が家 花 蹊に満ち。千朶万朶 枝を圧して低る。留連せる戯蝶 時時に舞ひ。自在の嬌鶯 恰恰として啼く。
※●黃四娘:黄家の四番目の娘
10-30 《江畔獨步尋花七絕句 其七》 杜甫
不是愛花卽欲死。只恐花盡老相催。繁枝容易紛紛落。嫩蕊商量細細開。
《江畔 独歩して花を尋ぬる七絶句 其の七》
是れ 花を愛するならずんば 即ち死せんと欲す。只だ恐る 花 尽きて 老 相ひ催すを。繁枝は 容易に 紛紛として落つ。嫩蕊は 商量して 細細に開け。
※●商量:よく考えはかる ●細細:少しずつ
10-31 《進艇》 杜甫
南京久客耕南畝。北望傷神坐北窗。晝引老妻乘小艇。晴看稚子浴淸江。俱飛蛺蝶元相逐。竝蒂芙蓉本自雙。茗飮蔗漿攜所有。瓷罌無謝玉爲缸。
《艇に進む》
南京の久客 南畝に耕す。北望 傷神して 北窓に坐す。昼は 老妻を引きて 小艇に乗じ。晴れには 稚子の清江に浴するを見る。俱に飛ぶ蛺蝶 元 相ひ逐ひ。並蒂の芙蓉 本 自づから双なり。茗飲 蔗漿 有る所を携ふれば。瓷罌も 玉もて缸と為すに謝する無し。
※●竝蒂:へたを並べる ●蔗漿:サトウキビの汁 ●瓷罌:陶器のかめ ●無謝:ひけをとらない
10-32 《一室》 杜甫
一室他鄕遠。空林暮景懸。正愁聞塞笛。獨立見江船。巴蜀來多病。荆蠻去幾年。應同王粲宅。留井峴山前。
《一室》
一室 他郷にて遠し。空林 暮景 懸る。正に愁へて 塞笛を聞き。独り立ちて 江船を見る。巴蜀に来りて多病。荊蛮に去るは幾年ぞ。応に同じくすべし 王粲の宅の。井を峴山の前に留むるに。
※●一室:一家全員 ●他鄕遠:他郷にありて故郷は遠い、の意 ●荆蠻:荊州 ●王粲:後漢末の動乱を避けて荊州にゆき、襄陽の峴山のふもとに寓居した。その宅前に井戸があり、人々これを仲宣井(仲宣は王粲の字)と呼んだという
10-33 《所思》 杜甫
苦憶荆州醉司馬。謫官樽酒定常開。九江日落醒何處。一柱觀頭眠幾回。可憐懷抱向人盡。欲問平安無使來。故憑錦水將雙淚。好過瞿唐灎澦堆。
《所思》
苦ろに憶ふ 荊州の酔司馬。謫官 樽酒 定めて常に開かん。九江 日落ちて 醒むるは何れの処ぞ。一柱観頭 幾回か眠る。憐むべし 懐抱 人に向かって尽くすを。平安を問はんと欲すれど 使ひの来たる無し。故らに錦水に憑りて 双涙を将(オク)る。好し過ぎよ 瞿唐の灎澦堆。
※●醉司馬:原注に「崔吏部漪」とあり ●九江:洞庭湖をさす。洞庭湖には九つの川の水が注ぐ ●一柱觀:南朝宋の臨川王劉義慶が建てた寺院。ただ一本の柱を用いて建てたという。荊州の名所 ●瞿唐灎澦堆:瞿唐は瞿唐峡、灎澦堆はその峡口にある石。その石が水量を示す目安となり、「灔澦如馬、瞿唐莫下。灧澦如象、瞿唐莫上」という。長江を航行する際の難所
10-34 《聞斛斯六官未歸》 杜甫
故人南郡去。去索作碑錢。本賣文爲活。翻令室倒懸。荆扉深蔓草。土銼冷疎煙。老罷休無賴。歸來省醉眠。
《斛斯六官 未だ帰らざるを聞く》
故人 南郡に去(ユ)き。去きて索む 作碑の銭。本 文を売りて活を為すも。翻って 室をして倒に懸らしむ。荊扉 蔓草 深く。土銼 疎煙 冷やかなり。老罷 無頼を休めて。帰来 酔眠を省け。
※●斛斯六官:六は排行、官は官人。《江畔獨步尋花七絕句 其一》の原注に言う斛斯融か ●南郡:荊州江陵府 ●作碑錢:碑文を作った謝礼金 ●令室倒懸:一家に逆さ吊りの苦しみを味わわせる ●土銼:土鍋 ●老罷:年老いて衰える。老疲。老憊
10-35 《赴靑城縣出成都寄陶王二少尹》 杜甫
老被樊籠役。貧嗟出入勞。客情投異縣。詩態憶吾曹。東郭滄江合。西山白雪高。文章差底病。回首興滔滔。
《青城県に赴かんと 成都を出で 陶・王二少尹に寄す》
老いて 樊籠に役せられ。貧にして 出入に労するを嗟く。客情 異県に投じ。詩態 吾が曹を憶ふ。東郭 滄江 合し。西山 白雪 高し。文章 底の病をか差(イヤ)さん。首を回らして 興 滔滔たり。
※●靑城縣:蜀州に属す。成都の西、灌県の南 ●少尹:成都の尹の下役。成都は南京とされたので長官は尹 ●樊籠:かご。世間のしがらみ ●
10-36 《野望因過常少仙》 杜甫
野橋齊渡馬。秋望轉悠哉。竹覆靑城合。江從灌口來。入村樵徑引。嘗果栗皺開。落盡高天日。幽人未遣回。
《野望 因りて 常少仙に過ぎる》
野橋 斉しく馬を渡し。秋望 転た悠なるかな。竹は 青城を覆ひて合し。江は 灌口より来たる。村に入れば 樵径 引(ミチビ)く。果を嘗めて 栗皺 開く。落ち尽くす 高天の日。幽人 未だ回らしめず。
※●常少仙:常徴君のことか ●靑城:前詩参照 ●灌口:山名。彭州導江県の西北 ●栗皺:栗の皮 ●幽人:常少仙のこと
10-37 《丈人山》 杜甫
自爲靑城客。不唾靑城地。爲愛丈人山。丹梯近幽意。丈人祠西佳氣濃。緣雲擬住最高峰。掃除白髮黃精在。君看他時冰雪容。
《丈人山》
青城の客と為りしより。青城の地に唾せず。愛するが為めなり 丈人山の。丹梯 幽意に近きを。丈人祠西 佳気 濃かに。雲に縁りて住せんと擬す 最高峰。白髪を掃除するに 黄精 在り。君 看よ 他時 氷雪の容なるを。
※●丈人山:青城県西北にあり。道教の書『王匱經』によれば、上古の天子・黄帝が五岳を遍歴して、青城山を封じて五岳丈人となしたという ●丹梯:赤いはしご。山の崖をたとえる ●黃精:薬草の名。《太平寺泉眼》を参照 ●冰雪容:氷雪のようなきれいな肌をした仙人のような容貌
10-38 《寄杜位》 杜甫
近聞寬法離新州。想見歸懷尙百憂。逐客雖皆萬里去。悲君已是十年流。干戈況復塵隨眼。鬢髮還應雪滿頭。玉壘題書心緖亂。何時更得曲江遊。
《杜位に寄す》
近ごろ聞く 寛法 新州を離ると。想ひ見る 帰懐 尚ほ百憂なるを。逐客 皆 万里に去ると雖も。悲しむ 君が已に是れ十年流さるるを。干戈 況んや復た 塵 眼に随ふをや。鬢髪 還た応に 雪 頭に満つべし。玉塁 書に題すれば 心緒 乱る。何れの時か更に曲江に遊ぶを得ん。
※●杜位:李林甫の婿。《杜位宅守歲》詩参照。李林甫没後、貶官されて新州に流されたらしい ●寬法:刑罰をゆるめる ●新州:嶺南道に属す ●塵隨眼:見るところ、どこもかしこも戦塵 ●玉壘:山名。このとき杜甫のいる青城県の近く ●題書:手紙に題を書く
10-39 《送裴五赴東川》 杜甫
故人亦流落。高義動乾坤。何日通燕塞。相看老蜀門。東行應暫別。北望苦銷魂。凜凜悲秋意。非君誰與論。
《裴五が東川に赴くを送る》
故人 亦た流落す。高義 乾坤を動かす。何れの日か 燕塞に通ぜん。相ひ看て 蜀門に老ゆ。東行 応に暫く別るべし。北望 苦だ魂を銷せしむ。凜凜たる悲秋の意。君に非ずんば 誰と与にか論ぜん。
※●東川:蜀の東部 ●燕塞:燕は安史の乱の賊軍の根拠地 ●蜀門:ここは単に蜀をいう
10-40 《送韓十四江東省覲》 杜甫
兵戈不見老萊衣。嘆息人閒萬事非。我已無家尋弟妹。君今何處訪庭闈。黃牛峽靜灘聲轉。白馬江寒樹影稀。此別應須各努力。故鄕猶恐未同歸。
《韓十四が江東に省覲するを送る》
兵戈には見ず 老萊の衣。嘆息す 人間 万事 非なるを。我 已に 弟妹を尋ぬるに家無し。君 今 何れの処にか 庭闈を訪ふ。黄牛峡 静かにして 灘声 転じ。白馬江 寒くして 樹影 稀なり。此の別れ 応に須らく 各〻努力すべし。故郷 猶ほ恐る 未だ同に帰らざらんことを。
※●省覲:両親に会いに帰省する ●老萊衣:楚に老萊という孝行息子があり、年七十にして身に五彩の衣をつけて赤子の真似をして親を楽しませたという ●庭闈:親の居場所 ●黃牛峽:峡谷の名。巨石があり、人が刀を背負って牛を牽くような形で、人は黒く、牛は黄色いという。行く者は「朝發黄牛、暮宿黄牛」と謡うという ●白馬江:このとき杜甫のいた蜀州の近くにある川 ●努力:自愛の意
10-41 《柟樹爲風雨所拔歎》 杜甫
倚江柟樹草堂前。古老相傳二百年。誅茅卜居總爲此。五月髣髴聞寒蟬。東南飄風動地至。江翻石走流雲氣。幹排雷雨猶力爭。根斷泉源豈天意。滄波老樹性所愛。浦上童童一靑蓋。野客頻留懼雪霜。行人不過聽竽籟。虎倒龍顚委榛棘。淚痕血點垂胸臆。我有新詩何處吟。草堂自此無顏色。
《柟樹 風雨の為めに抜かるるの歎き》
江に倚る柟樹 草堂の前。古老 相ひ伝ふ 二百年と。茅を誅し 居を卜するは 総て此れが為めなり。五月 髣髴として 寒蟬を聞く。東南の飄風 地を動かして至る。江 翻へり 石 走りて 雲気 流る。幹 雷雨を排して 猶ほ力争す。根 泉源に断ゆ 豈に天意ならんや。滄波 老樹 性の愛する所。浦上 童童たり 一青蓋。野客 頻りに留まりて雪霜を懼る。行人 過ぎず 竽籟を聴く。虎 倒れ 竜 顚れて 榛棘に委し。涙痕 血点 胸臆に垂る。我に新詩有るも何れの処にか吟ぜん。草堂 此れより 顔色 無し。
※●柟樹:クスノキ ●誅茅:屋根を葺くためにカヤを切る ●竽籟:笛の音。樹声をたとえる
10-42 《茅屋爲秋風所破歌》 杜甫
八月秋高風怒號。卷我屋上三重茅。茅飛渡江灑江郊。高者挂罥長林梢。下者飄轉沈塘坳。南村羣童欺我老無力。忍能對面爲盜賊。公然抱茅入竹去。脣焦口燥呼不得。歸來倚杖自歎息。俄頃風定雲墨色。秋天漠漠向昏黑。布衾多年冷似鐵。嬌兒惡臥踏裏裂。牀頭屋漏無乾處。雨腳如麻未斷絕。自經喪亂少睡眠。長夜沾濕何由徹。安得廣廈千萬閒。大庇天下寒士俱歡顏。風雨不動安如山。嗚呼何時眼前突兀見此屋。吾廬獨破受凍死亦足。
《茅屋 秋風の為めに破らるるの歌》
八月 秋高くして 風 怒号す。我が屋上 三重の茅を巻く。茅 飛びて 江を渡り 江郊に灑ぐ。高き者は長林の梢に挂罥し。下き者は飄転して塘坳に沈む。南村の群童 我が老いて力無きを欺(アナド)り。忍びて能く 対面に盗賊を為す。公然 茅を抱き 竹に入り去る。唇 焦れ 口 燥きて 呼び得ず。帰来 杖に倚りて 自ら歎息す。俄頃 風 定まりて 雲 墨色。秋天 漠漠として 昏黒に向(ナンナ)んとす。布衾 多年 冷 鉄に似たり。嬌児 悪臥にして 踏裏に裂く。床頭 屋 漏れて 乾く処無し。雨脚 麻の如く 未だ断絶せず。喪乱を経しより 睡眠 少し。長夜 沾湿 何に由りてか徹せん。安んぞ得ん 広廈 千万間。大いに天下の寒士を庇ひて俱に歓顔し。風雨にも動かずして 安きこと山の如きを。嗚呼 何れの時か眼前に突兀として此の屋を見ん。吾が廬 独り破れて凍死を受くるも亦た足れり。
※●塘坳:池のくぼみ ●忍能:よくもできたものだ、の意 ●對面:面と向かって ●悪臥:寝相が悪い ●何由徹:徹は長夜を受ける。長い夜をどうやって一晩過ごすのか
10-43 《石筍行》 杜甫
君不見益州城西門。陌上石筍雙高蹲。古來相傳是海眼。苔蘚蝕盡波濤痕。雨多往往得瑟瑟。此事恍惚難明論。恐是昔時卿相冢。立石爲表今仍存。惜哉俗態好蒙蔽。亦如小臣媚至尊。政化錯迕失大體。坐看傾危受厚恩。嗟爾石筍擅虛名。後來未識猶駿奔。安得壯士擲天外。使人不疑見本根。
《石筍行》
君 見ずや 益州城の西門。陌上 石筍 双びて高く蹲す。古来 相ひ伝ふ 是れ海眼と。苔蘚 蝕し尽くす 波濤の痕。雨多くして 往往 瑟瑟を得。此の事 恍惚として 明らかに論じ難し。恐らくは是れ 昔時の卿相の冢にして。石を立て 表と為して 今 仍ほ 存すならん。惜しいかな 俗態 蒙蔽を好む。亦た小臣の至尊に媚ぶるが如し。政化 錯迕して 大体を失ふも。坐(ヰナガ)らに傾危を看て 厚恩を受く。嗟 爾 石筍 虚名を擅にす。後来 未だ識らずして 猶ほ駿奔す。安んぞ得ん 壮士 天外に擲ち。人をして疑はずして本根を見せしむるを。
※●石筍:タケノコの形をした石 ●海眼:石筍の付近二三尺は毎年夏に大雨あれば陥没してその深さ知れず、これを「海の眼」と称したという ●蒙蔽:真相を覆い隠すこと ●駿奔:石筍のところへ走り赴く ●本根:根本に同じ。倒押韻である
10-44 《石犀行》 杜甫
君不見秦時蜀太守。刻石立作五犀牛。自古雖有厭勝法。天生江水向東流。蜀人矜誇一千載。泛溢不近張儀樓。今日灌口損戶口。此事或恐爲神羞。修築隄防出眾力。高擁木石當淸秋。先王作法皆正道。詭怪何得參人謀。嗟爾五犀不經濟。缺訛只與長川逝。但見元氣常調和。自免洪濤恣凋瘵。安得壯士提天綱。再平水土犀奔茫。
《石犀行》
君 見ずや 秦時 蜀の太守。石を刻して 立てて五の犀牛を作す。古より厭勝の法有りと雖も。天 江水を生じて 東に向かって流れしむ。蜀人 矜誇す 一千載。泛溢 張儀が楼に近づかずと。今日 灌口 戸口を損す。此の事 或ひは恐る 神の羞と為らんことを。隄防を修築するに 衆力を出だし。高く木石を擁して 清秋に当たる。先王 法を作すは 皆 正道。詭怪 何ぞ人謀に参ずるを得ん。嗟 爾 五犀 経済あらず。欠訛 只だ長川と逝け。但だ見る 元気 常に調和すれば。自づから 洪濤の凋瘵を恣にするを免るるを。安んぞ得ん 壮士 天綱を提げ。再び水土を平らげて 犀 奔茫するを。
※●石犀:石作りの犀。戦国時代、秦の孝文王の時、蜀の太守李氷、石犀を五体作って水の精を鎮めたのだという ●厭勝法:まじないの法 ●張儀樓:成都の少城(西城)は張儀が築いたという ●灌口:山名。彭州導江県の西北。上元2年7月長雨があり、灌口に損害が出た ●神羞:石犀の神通力の恥辱 ●詭怪:怪しい偽りのこと ●凋瘵:民力を疲弊させること ●奔茫:茫洋たるところに奔り消えゆくの意か
10-45 《杜鵑行》 杜甫
君不見昔日蜀天子。化爲杜鵑似老烏。寄巢生子不自啄。羣鳥至今爲哺雛。雖同君臣有舊禮。骨肉滿眼身羇孤。業工竄伏深樹裏。四月五月偏號呼。其聲哀痛口流血。所訴何事常區區。爾豈摧殘始發憤。羞帶羽翮傷形愚。蒼天變化誰料得。萬事反覆何所無。萬事反覆何所無。豈憶當殿羣臣趨。
《杜鵑行》
君 見ずや 昔日 蜀の天子。化して杜鵑と為りて 老烏に似たり。寄巣 子を生むも 自らは啄せず。群鳥 今に至るも 為めに雛に哺す。君臣に同じく 旧礼 有ると雖も。骨肉 満眼 身 羇孤なり。業(スデ)に工みに竄伏す 深樹の裏。四月五月 偏へに号呼す。其の声 哀痛にして 口 血を流す。訴ふる所 何事ぞ 常に区区たる。爾 豈に 摧残せられて 始めて発憤するや。羽翮を帯ぶるを羞ぢ 形の愚なるを傷む。蒼天の変化 誰か料り得ん。万事 反覆するは 何の無き所ぞ。万事 反覆するは 何の無き所ぞ。豈に憶はんや 殿に当たって 群臣の趨せしを。
※●杜鵑:ホトトギス。伝説では蜀の望帝が死して鳥に化し、これを杜鵑という ●寄巢:托卵する相手の鳥の巣 ●不自啄:自分では雛を育てない。「啄」は親鳥が卵の殻をつつくこと。雛が卵の中から殻をつつくことを「啐」と言い、啐と啄が同時になされることで卵が割れ孵化すると考えられていた ●何所無:何が無いものであろうか、無いものなどない、何でもあり得る ●當殿羣臣趨:杜鵑がまだ望帝であったころの様子
10-46 《逢唐興劉主簿弟》 杜甫
分手開元末。連年絕尺書。江山且相見。戎馬未安居。劍外官人冷。關中驛騎疎。輕舟下吳會。主簿意何如。
《唐興の劉主簿弟に逢ふ》
手を分つ 開元の末。連年 尺書 絶ゆ。江山 且つ相ひ見る。戎馬に 未だ安居せず。剣外 官人 冷に。関中より 駅騎 疎なり。軽舟 呉会に下らん。主簿の意 何如。
※●唐興:県名。成都の東 ●弟:年下の相手に親しみをこめた呼び方 ●劍外:剣門の外。蜀のこと ●官人:県令やその属官を指す俗語だという。ここでは劉主簿をいう ●冷:冷遇の「冷」 ●驛騎:駅亭に手紙を運んでくる馬 ●吳會:蘇州と会稽
10-47 《敬簡王明府》 杜甫
葉縣郞官宰。周南太史公。神仙才有數。流落意無窮。驥病思偏秣。鷹秋怕苦籠。看君用高義。恥與萬人同。
《敬しんで王明府に簡す》
葉県 郎官の宰。周南の太史公。神仙の才 数有り。流落の意 無窮なり。驥 病みて思ふは偏へに秣なり。鷹 秋にして 怕るるは苦だ籠なり。看る 君が高義を用ふること。万人と同じきを恥づるを。
※●王明府:唐興県令の王潜 ●葉縣郞官宰:後漢の王喬、葉県の令となり、神術あり、仙人王子喬の生まれ変わりといわれた。また後漢の明帝、郎官について「上應列宿、出宰百里」と言った。王明府は郎官から出でて県令になったらしく、この二つの故事を合わせて王明府をあらわす ●周南太史公:司馬遷の父・談は周南に留滞して漢家封禅の事にあずかれなかった。成都に留滞する杜甫自身をたとえる ●思偏秣:偏思秣を転倒したもの ●怕苦籠:苦怕籠を転倒したもの ●用高義:杜甫の貧窮を救ってくれることを美辞で表現したもの
10-48 《重簡王明府》 杜甫
甲子西南異。冬來只薄寒。江雲何夜盡。蜀雨幾時乾。行李須相問。窮愁豈有寬。君聽鴻雁響。恐致稻梁難。
《重ねて王明府に簡す》
甲子 西南は異なり。冬来 只だ薄寒。江雲 何れの夜にか尽きん。蜀雨 幾時にか乾かん。行李 須らく相ひ問ふべし。窮愁 豈に寛なること有らんや。君 聴け 鴻雁の響きを。恐らくは稲梁を致すこと難からん。
※●王明府:前詩参照 ●甲子:干支の第一番目、また干支のこと。転じて年月、時候、時節のこと ●西南:蜀のこと ●行李:王明府からの使者。前詩の援助依頼に応じてよこされるはずの使者
10-49 《百憂集行》 杜甫
憶年十五心尙孩。健如黃犢走復來。庭前八月梨棗熟。一日上樹能千廻。卽今倐忽已五十。坐臥只多少行立。强將笑語供主人。悲見生涯百憂集。入門依舊四壁空。老妻覩我顏色同。癡兒不知父子禮。叫怒索飯啼門東。
《百憂集行》
憶ふ 年十五 心 尚ほ孩なり。健なること 黄犢の如く 走り復た来たる。庭前 八月 梨棗 熟せば。一日 樹に上ること 能く千廻す。即今 倐忽として 已に五十。坐臥 只だ多く 行立 少なし。強ひて笑語を将って 主人に供す。悲しみ見る 生涯 百憂の集まるを。門に入れば 旧に依りて 四壁 空しく。老妻 我を覩て 顔色 同じ。痴児は知らず 父子の礼。叫怒し 飯を索めて 門東に啼く。
※●倐忽:たちまち ●主人:世話になる人。成都尹の崔光遠 ●顏色同:愁いに満ちた顔つきが自分と同じ
10-50 《徐卿二子歌》 杜甫
君不見徐卿二子生絕奇。感應吉夢相追隨。孔子釋氏親抱送。竝是天上麒麟兒。大兒九齡色淸徹。秋水爲神玉爲骨。小兒五歲氣食牛。滿堂賓客皆回頭。吾知徐公百不憂。積善衮衮生公侯。丈夫生兒有如此二雛者。異時名位豈肯卑微休。
《徐卿の二子の歌》
君 見ずや 徐卿の二子 生まれて絶奇なるを。感応して 吉夢 相ひ追随す。孔子 釈氏 親ら抱き送る。並びに是れ 天上の麒麟児なり。大児は 九齢 色 清徹。秋水もて 神と為し 玉もて骨と為す。小児は五歳 気 牛を食ふ。満堂の賓客 皆 頭を回らす。吾 知る 徐公の百 憂へざるを。積善 衮衮として 公侯を生ず。丈夫 児を生むに 此の二雛の如き者有り。異時 名位 豈に肯へて 卑微にして休まんや。
※●徐卿:西川兵馬使徐知道か ●孔子釋氏:孔子と釈迦 ●天上麒麟兒:梁の徐陵、数歳のとき、宝誌上人に謁し、上人から「天上石麒麟也」と言われた。同じ徐姓の人物の故事を用いたもの ●大兒・小兒:上の子・下の子
10-51 《戲作花卿歌》 杜甫
成都猛將有花卿。學語小兒知姓名。用如快鶻風火生。見賊惟多身始輕。綿州副使著柘黃。我卿掃除卽日平。子璋髑髏血糢糊。手提擲還崔大夫。李侯重有此節度。人道我卿絕世無。旣稱絕世無。天子何不喚取守東都。
《戯れに花卿の歌を作る》
成都の猛将 花卿 有り。語を学ぶ小児も 姓名を知る。用 快鶻の如く 風火 生ず。賊を見て惟だ多ければ 身 始めて軽し。綿州の副使 柘黄を著く。我が卿 掃除して 即日 平らぐ。子璋の髑髏 血 糢糊たり。手づから提げて擲還す 崔大夫。李侯 重ねて 此の節度 有り。人は道ふ 我が卿 絶世 無しと。既に絶世 無しと称す。天子 何ぞ喚び取って 東都を守らしめざる。
※●花卿:花驚定(花敬定とも)。上元2年4月、梓州刺史の段子璋が謀叛して東川節度使李奐を綿州に襲い、綿州に自立して梁王と自称した。5月、成都尹の崔光遠、花驚定を率いて綿州を奪還し、段子璋を斬る。乱の鎮圧後、花驚定は東蜀で掠奪をなし、天子は崔光遠の統制が及んでいないことを責めて、崔を成都尹から罷免した ●學語小兒:言葉を話し始めた子供 ●風火:風にあおられた火。勢いが猛烈なことのたとえ ●惟多身始輕:賊が多ければ、やっと身を軽く働かす ●綿州副使:段子璋を指す ●柘黃:天子の御衣の色 ●崔大夫:官軍の主将である崔光遠 ●李侯:東川節度使李奐。段子璋に攻められていったん成都に奔り、乱の鎮圧後、再び節度使として綿州へ戻った ●東都:洛陽。時に賊軍の史思明、洛陽に拠る。末尾2句は花驚定の悪行を踏まえての皮肉
10-52 《贈花卿》 杜甫
錦城絲管日紛紛。半入江風半入雲。此曲秪應天上有。人閒能得幾回聞。
《花卿に贈る》
錦城の糸管 日〻に紛紛たり。半ば江風に入り 半ば雲に入る。此の曲 秪だ応に天上に有るべし。人間 能く幾回か聞くを得ん。
※●花卿:前詩を参照 ●錦城:錦官城に同じ。成都のこと ●絲管:弦楽器と管楽器 ●秪應天上有:一説に、天上は天子のおわす宮中を指し、花驚定が武功に驕り、天子にのみ許されるような音楽を奏でさせたことを諷刺したものという
10-53 《少年行二首 其一》 杜甫
莫笑田家老瓦盆。自從盛酒長兒孫。傾銀注玉驚人眼。共醉終同臥竹根。
《少年行二首 其の一》
笑ふ莫れ 田家の老瓦盆。自づから従す 酒を盛りて 児孫を長ずるに。銀を傾け 玉に注ぐは 人の眼を驚かすも。共に酔へば 終に同じなり 竹根に臥すに。
※●老瓦盆:使い古した素焼きの鉢 ●傾銀注玉:銀樽を傾け、玉杯に注ぐ
10-54 《少年行二首 其二》 杜甫
巢燕引雛渾去盡。江花結子也無多。黃衫年少來宜數。不見堂前東逝波。
《少年行二首 其の二》
巣燕 雛を引きて 渾て去り尽くし。江花 子を結んで 也た多無し。黄衫の年少 来たること宜しく数〻すべし。見ずや 堂前 東逝の波を。
※●黃衫:黄色い上着。貴族子弟の着物 ●東逝波:東へと流れ去って帰ることない流れ。時の流れにたとえる
10-55 《贈虞十五司馬》 杜甫
遠師虞祕監。今喜識玄孫。形象丹靑逼。家聲器宇存。淒涼憐筆勢。浩蕩問詞源。爽氣金天豁。淸談玉露繁。佇鳴南嶽鳳。欲化北溟鯤。交態知浮俗。儒流不異門。過逢連客位。日夜倒芳樽。沙岸風吹葉。雲江月上軒。百年嗟已半。四座敢辭喧。書籍終相與。靑山隔故園。
《虞十五司馬に贈る》
遠く師とす 虞秘監。今 喜ぶ 玄孫を識るを。形象 丹青に逼り。家声 器宇 存す。淒涼 筆勢を憐れみ。浩蕩 詞源を問ふ。爽気 金天 豁く。清談 玉露 繁し。鳴かんことを佇(マ)つ 南岳の鳳。化せんと欲す 北溟の鯤。交態 浮俗を知り。儒流 門を異にせず。過逢 客位に連なり。日夜 芳樽を倒す。沙岸 風 葉を吹き。雲江 月 軒に上る。百年 嗟(アア) 已に半ばなり。四座 敢へて喧しきを辞せず。書籍 終に相ひ与へんも。青山 故園を隔つ。
※●虞祕監:虞世南。太宗に仕えて秘書監となり永興県子に封ぜられた。書家として有名、初唐三大家の一人 ●玄孫:虞十五司馬のこと。その名など詳細不明 ●形象丹靑逼:虞司馬の姿かたちが、画に描かれた虞世南にそっくり ●北溟鯤:荘子に「北海有魚、名曰鯤、化為大鵬」とあり ●過逢:訪ねて逢うこと ●書籍終相與:後漢の蔡邕が、王粲の若くして文才あるを愛し、「吾家書籍文章盡當與之」と言った故事を踏まえる。豹軒の字解は、「相與」とあれば「相ひともに」の義である、として「與」を「あたふ」と読むことを否定するが、ここは仇註に従う
10-56 《病柏》 杜甫
有柏生崇岡。童童狀車蓋。偃蹇龍虎姿。正當風雲會。神明依正直。故老多再拜。豈知千年根。中路顏色壞。出非不得地。蟠據亦高大。歲寒忽無憑。日夜柯葉改。丹鳳領九雛。哀鳴翔其外。鴟鴞志意滿。養子穿穴內。客從何鄕來。佇立久吁怪。靜求元精理。浩蕩難倚賴。
《病柏》
柏 有り 崇岡に生ず。童童として 車蓋に状(ニ)たり。偃蹇たり 竜虎の姿。正に 風雲の会に当たる。神明 正直に依り。故老 多く再拝す。豈に知らんや 千年の根。中路 顔色 壊るるを。出づること 地を得ざるに非ず。蟠拠するも亦た高大なり。歳寒 忽ち憑る無く。日夜 柯葉 改む。丹鳳 九雛を領し。哀鳴して 其の外に翔る。鴟鴞 志意満ち。子を養ふ 穿穴の内。客 何れの郷よりか来る。佇立して 久しく吁怪す。静かに元精の理を求むるに。浩蕩として倚頼し難し。
※●童童:こんもりしているさま ●偃蹇:うねるさま ●正當:仇本は「正」を「主」に作るが、豹軒は他本の「正」に従うべしとする。ここは豹軒に従う ●中路:千年つづくはずの途中で ●鴟鴞:フクロウ。悪鳥とされる ●志意滿:得意になる ●元精理:宇宙を動かす精気の原理
10-57 《病橘》 杜甫
羣橘少生意。雖多亦奚爲。惜哉結實小。酸澁如棠梨。剖之盡蠹蝕。采掇爽所宜。紛然不適口。豈只存其皮。蕭蕭半死葉。未忍別故枝。玄冬霜雪積。況乃廻風吹。嘗聞蓬萊殿。羅列瀟湘姿。此物歲不稔。玉食失光輝。寇盜尙憑陵。當君減膳時。汝病是天意。吾愁罪有司。憶昔南海使。奔騰獻荔支。百馬死山谷。到今耆舊悲。
《病橘》
群橘 生意 少なし。多しと雖も 亦た奚をか為さん。惜しいかな 結実 小さく。酸渋なること 棠梨の如し。之を剖けば 尽く蠹蝕す。采掇 宜しき所に爽(タガ)ふ。紛然として口に適せず。豈に只だ 其の皮を存するのみならんや。蕭蕭たり 半死の葉。未だ故枝に別るるに忍びず。玄冬 霜雪 積む。況んや乃ち 廻風の吹くをや。嘗て聞く 蓬萊殿。羅列す 瀟湘の姿。此の物 歳 稔らざれば。玉食 光輝を失ふと。寇盗 尚ほ憑陵たり。君が膳を減ずる時に当たる。汝が病むは是れ天意なり。吾は愁ふ 有司を罪せんことを。憶ふ昔 南海の使。奔騰して荔支を献ず。百馬 山谷に死し。今に到るまで 耆旧 悲しむ。
※●橘:ミカン ●棠梨:ヤマナシ ●采掇:採取する、収穫する ●蓬萊殿:長安の宮殿の名 ●瀟湘:瀟水・湘水の流域。美橘の産地として知られた ●玉食:天子の食事 ●寇盜:安史の乱の賊軍 ●憑陵:悪気さかんなるさま ●減膳:国家の禍に際して天子が自らを罪して食事の品数を減らす ●南海使:玄宗の時代、楊貴妃に好物の茘枝を献上するため蜀から送られた使い。南海というのは、後漢の和帝のとき、南海郡から茘枝を献上したことにちなんでいう ●奔騰:茘枝を運ぶ駅馬が奔り躍り上がる
10-58 《枯椶》 杜甫
蜀門多椶櫚。高者十八九。其皮割剝甚。雖眾亦易朽。徒布如雲葉。靑靑歲寒後。交橫集斧斤。凋喪先蒲柳。傷時苦軍乏。一物官盡取。嗟爾江漢人。生成復何有。有同枯椶木。使我沈嘆久。死者卽已休。生者何自守。啾啾黃雀啄。側見寒蓬走。念爾形影乾。摧殘沒藜莠。
《枯棕》
蜀門 棕櫚 多し。高き者は十八九。其の皮 割剝すること甚し。衆しと雖も 亦た朽ち易し。徒らに布く 雲の如き葉。青青たり 歳寒の後。交〻 横たはりて斧斤を集む。凋喪 蒲柳に先だつ。傷む 時の軍乏に苦しみ。一物までも 官 尽く取るを。嗟 爾 江漢の人。生成するも 復た何か有する。枯棕の木に同じき有り。我をして沈嘆すること久しからしむ。死者は 即ち已に休せり。生者は 何ぞ自ら守らん。啾啾として 黄雀 啄み。側に寒蓬の走るを見る。念ふ 爾が形影の乾きて。摧残せられて 藜莠に没するを。
※●蜀門:ここは単に蜀をさす ●椶櫚:シュロの木。ヤシ科の常緑高木。ヤシ科植物としては耐寒性にすぐれるが、中国北方には自生しない ●十八九:十のうち八九 ●斧斤:伐採のための斧やまさかり ●蒲柳:カワヤナギ。ヤナギ科の落葉低木。秋になると一早く葉を散らす ●軍乏:軍需物資の欠乏 ●江漢人:蜀の人民 ●生成復何有:自分たちが生産したもので、何を所有しているか、何も所有していまい、の意 ●寒蓬:蓬は日本語のヨモギではなく、ロシアアザミ(オカヒジキ)をいう。いわゆるタンブルウィードであり、枯れると根本からちぎれ球状になって風に吹かれて転がっていく ●藜莠:アカザやハグサ。蓬蒿とともに荒地を象徴する草
10-59 《枯柟》 杜甫
楩柟枯崢嶸。鄕黨皆莫記。不知幾百歲。慘慘無生意。上枝摩蒼天。下根蟠厚地。巨圍雷霆拆。萬孔蟲蟻萃。涷雨落流膠。衝風奪佳氣。白鵠遂不來。天鷄爲愁思。猶含棟梁具。無復霄漢志。良工古昔少。識者出涕淚。種楡水中央。成長何容易。截承金露盤。裊裊不自畏。
《枯柟》
楩柟 枯れて崢嶸たり。郷党 皆 記する莫し。知らず 幾百歳なるかを。惨惨として 生意 無し。上枝は 蒼天を摩し。下根は 厚地に蟠る。巨囲 雷霆 拆き。万孔 虫蟻 萃(アツマ)る。涷雨 流膠を落とし。衝風 佳気を奪ふ。白鵠 遂に来たらず。天鶏 為めに愁思す。猶ほ含む 棟梁の具。復たとは無し 霄漢の志。良工 古昔 少なく。識者 涕涙を出だす。楡を種う 水の中央。成長 何ぞ容易なる。截りて金露盤を承けしむ。裊裊として自ら畏れず。
※●楩柟:クヌギとクスノキ ●巨圍:太い幹まわり ●涷雨:にわか雨。暴雨 ●流膠:流れる樹液 ●天鷄:ヤケイ(野鶏)の一種。セキショクヤケイか。爾雅に「鶾、天雞」とあり、その注に「鶾雞、赤羽、逸周書曰、文鶾若彩雞、成王時、蜀人獻之」とあり、蜀にゆかりがある ●楡:ニレ。ニレ科の落葉広葉樹。湿潤で日当たりの良い場所を好み、成長が速く、移植が容易。材はしなやかさがあるが、「裊裊(なよなよ)」というほど軟弱ではない。しかし、材に樟脳を含むクスノキに比べれば、耐久性・保存性に劣る ●金露盤:天露を受ける大たらい。漢の武帝、不老長生を求めて、承露盤を作り、銅柱の上に置いた。この句、楡の木材を金露盤をのせる柱にする、の意
10-60 《不見》 杜甫
不見李生久。佯狂眞可哀。世人皆欲殺。吾意獨憐才。敏捷詩千首。飄零酒一杯。匡山讀書處。頭白好歸來。
《不見》
李生を見ざること久し。佯狂 真に哀れむべし。世人 皆 殺さんと欲す。吾が意 独り才を憐れむ。敏捷 詩 千首。飄零 酒 一杯。匡山 書を読む処。頭 白くして 好し 帰り来たれ。
※●李生:李白 ●佯狂:いつわって狂人のまねをする ●匡山:李白の故郷、綿州彭明県の南にある大匡山
10-61 《草堂卽事》 杜甫
荒村建子月。獨樹老夫家。雪裏江船渡。風前竹徑斜。寒魚依密藻。宿雁聚圓沙。蜀酒禁愁得。無錢何處賖。
《草堂即事》
荒村 建子の月。独樹 老夫の家。雪裏 江船 渡り。風前 竹径 斜めなり。寒魚 密藻に依り。宿雁 円沙に聚まる。蜀酒 愁ひに禁へ得るも。銭 無くして 何処にか賖らん。
※●建子月:子の刻に北斗七星の柄が建つ月。周暦の正月。夏暦の十一月にあたる。上元2年9月、詔して十一月を以て歳首とし、月の名は、北斗七星の柄が建つ時刻の十二支を用いて「建〇月」と呼ぶこととした(この月の呼び方自体は古くからある) ●賖:おぎのる。ツケで買う
10-62 《徐九少尹見過》 杜甫
晚景孤村僻。行軍數騎來。交新徒有喜。禮厚愧無才。賞靜憐雲竹。忘歸步月臺。何當看花蕊。欲發照江梅。
《徐九少尹 過ぎらる》
晩景 孤村 僻なり。行軍 数騎にて来たる。交はり新たにして 徒らに喜び有り。礼 厚くして 才 無きを愧づ。静かなるを賞して 雲竹を憐れみ。帰るを忘れて 月台を歩む。何か当に 花蕊を看るべき。発かんと欲す 江を照らすの梅。
※●少尹:南京成都府の副長官。尹の下に2人おかれた ●行軍:行軍司馬。徐九少尹が兼任していたと見える ●何當:いつか必ず~すべきだ、~したい
10-63 《范二員外邈吳十侍御郁特枉駕闕展待聊寄此作》 杜甫
暫往比鄰去。空聞二妙歸。幽棲誠簡略。衰白已光輝。野外貧家遠。村中好客稀。論文或不愧。重肯款柴扉。
《范二員外邈・呉十侍御郁 特に駕を枉ぐるに 展待を闕く。聊か此の作を寄す》
暫く比隣に往き去り。空しく聞く 二妙の帰るを。幽棲 誠に簡略にして。衰白 已に光輝あり。野外 貧家 遠く。村中 好客 稀なり。文を論じて 或ひは愧ぢざらん。重ねて肯へて 柴扉を款かんや。
※●范二員外邈:員外郎の范邈。二は排行 ●呉十侍御郁:侍御史の呉郁。十は排行。《兩當縣吳十侍御江上宅》参照 ●闕展待:接待することができなかった ●二妙:晋の尚書令・衛瓘と尚書郎・索靖は俱に草書を善くし、時の人は「一台二妙」と呼んだ。范邈・呉郁の二人をたとえる ●衰白:老い衰え、髪が白くなること ●已光輝:二人が訪ねてきてくれただけで、すでに輝きを与えてくれる
10-64 《王十七侍御掄許攜酒至草堂奉寄此詩便請邀高三十五使君同到》 杜甫
老夫臥穩朝慵起。白屋寒多暖始開。江鸛巧當幽徑浴。鄰鷄還過短牆來。繡衣屢許攜家醞。皁蓋能忘折野梅。戲假霜威促山簡。須成一醉習池廻。
《王十七侍御掄 酒を携へて草堂に至るを許す。此の詩を寄せ奉り 便ち 高三十五使君を邀へて同に到らんことを請ふ》
老夫 臥穏にして 朝 起きるに慵し。白屋 寒 多くして 暖にして始めて開く。江鸛 巧みに幽径に当って浴し。隣鶏 還た短牆を過ぎ来たる。繡衣 屢〻許す 家醞を携ふるを。皁蓋 能く忘れんや 野梅を折るを。戯れに霜威を仮りて 山簡を促し。須らく一酔を成して 習池を廻るべし。
※●王十七侍御掄:侍御史の王掄。十七は排行 ●高三十五使君:高適。このとき蜀州刺史 ●江鸛:川(錦江)にいるコウノトリ ●繡衣:侍御史のこと。ここでは王掄 ●家醞:自家製の酒 ●皁蓋:黒い車蓋。後漢書の輿服志に「二千石、皆皁蓋朱兩幡」とあり。二千石は地方長官の禄。ここでは高適をさす ●折野梅:仇本は「折」を「拆」に作り「音節」と注するが、ここは豹軒に従って「折」を採る ●霜威:御史の威。御史は刑罰の権あり、峻厳さを求められることから、御史台を霜台という ●山簡:山濤の子。晋の尚書左僕射、征南将軍。征南将軍として襄陽に鎮していたとき、地元の土豪の習氏の園池に常に遊び、大いに酒を飲んだ。ここでは高適をたとえ、習氏の池に比すべき杜甫の自宅を訪ねるよう促す
10-65 《王竟攜酒高亦同過共用寒字》 杜甫
臥病荒郊遠。通行小徑難。故人能領客。攜酒重相看。自愧無鮭菜。空煩卸馬鞍。移樽勸山簡。頭白恐風寒。
《王 竟に酒を携ふ。高も亦た同に過ぎる。共に寒字を用ふ》
臥病 荒郊 遠く。通行 小径 難し。故人 能く客を領し。酒を携へて 重ねて相ひ看る。自ら愧づ 鮭菜 無きを。空しく煩はす 馬鞍を卸すを。樽を移して 山簡に勧む。頭 白ければ 恐らくは風 寒からん。
※この詩、偸春体 ●王:王掄。前詩参照 ●高:高適。前詩参照 ●共用寒字:三人ともに、韻字に「寒」字を用いて詩を作る ●故人能領客:故人は王、客は高。領するはひきつれる ●山簡:高適をたとえる。前詩参照 ●頭白:高適が歳をとり、白髪になったことをいう
10-66 《陪李七司馬皁江上觀造竹橋卽日成往來之人免冬寒入水聊題短作簡李公》 杜甫
伐竹爲橋結構同。褰裳不涉往來通。天寒白鶴歸華表。日落靑龍見水中。顧我老非題柱客。知君才是濟川功。合歡卻笑千年事。驅石何時到海東。
《李七司馬に陪して皁江上に竹橋を造るを観る。即日 成る。往来の人 冬寒に水に入るを免る。聊か短作を題して李公に簡す》
竹を伐り 橋と為すも 結構は同じ。裳を褰げて渉らず 往来 通ず。天寒くして 白鶴 華表に帰り。日 落ちて 青竜 水中に見ゆ。顧みる 我が老いて題柱の客に非ざるを。知る 君が才 是れ 済川の功。合歓 却って笑ふ 千年の事。石を駆るも 何れの時か海東に到らん。
※●李七司馬:蜀州司馬の李。七は排行 ●皁江:別名鄩江。蜀州唐興県の東三里を流れるという(元和郡国志) ●結構同:仕組みは木の橋と同じ ●天寒白鶴歸華表:晋の太康2年の冬、大いに雪ふり、二羽の白鶴が橋の下で語り合い、「今冬の寒さは堯が崩じた年に劣らない」と言って飛び去ったという話、『異苑』に見ゆ。この句の華表は橋柱の意味に用いる ●靑龍:水に浮かぶ橋影のたとえ ●題柱客:司馬相如の故事。相如、故郷の蜀を去るとき、橋柱に題して高車駟馬に乗らずんばふたたびここを過ぎずと誓った ●濟川功:尚書の「説命」に「若濟巨川、用汝作舟楫」とあることから、本来は宰相として天子を補佐することを「済川」というが、ここでは文字通りに川を渡れるよう橋を架けた功績を意味する。ただし本来の意味も重ねて、宰相として天子を補佐する功績にも匹敵するというニュアンスを含むであろう ●合歡:橋が完成して主客ともによろこぶ ●驅石:秦の始皇帝の命で海に橋を架けようとした神人が、石を駆り立てて海へ入らせ、石が行くのが遅いとこれに鞭うったという伝説。即日完成した今回の竹橋とは大違いという趣旨
10-67 《觀作橋成月夜舟中有述還呈李司馬》 杜甫
把燭橋成夜。廻舟客坐時。天高雲去盡。江迥月來遲。衰謝多扶病。招邀屢有期。異方成此興。樂罷不無悲。
《橋を作りて成るを観る。月夜 舟中にて述ぶる有り。還りて李司馬に呈す》
燭を把る 橋 成るの夜。舟を廻らす 客 坐するの時。天 高くして 雲 去り尽くし。江 迥かにして 月 来ること遅し。衰謝 多く病を扶けられ。招邀 屢〻 期有り。異方にて 此の興を成す。楽しみ罷めば 悲しみ 無くんばあらず。
※●橋・李司馬:前詩参照 ●扶病:病体を支え助けてもらう ●異方:他郷におなじ
10-68 《李司馬橋成承高使君自成都回》 杜甫
向來江上手紛紛。三日功成事出羣。已傳童子騎靑竹。總擬橋東待使君。
《李司馬の橋 成る。高使君 成都より回ると承く》
向来 江上 手 紛紛たり。三日にして 功 成り 事 群を出づ。已に伝ふ 童子 青竹に騎り。総て橋東に使君を待たんと擬すと。
※●李司馬橋:前前詩参照 ●承:便りを受け取る ●高使君:高適。このとき蜀州刺史 ●向來:さきごろから ●手紛紛:橋を作る作業員の手が入り乱れてはたらく ●童子騎靑竹:後漢の郭伋が幷州牧となり、州内をめぐって始めて河西の美稷に到ったとき、童児数百が竹馬にのって出迎えたという故事を踏まえる
10-69 《入奏行贈西山檢察使竇侍御》 杜甫
竇侍御。驥之子。鳳之雛。年未三十忠義俱。骨鯁絕代無。炯如一叚淸冰出萬壑。置在迎風露寒之玉壺。蔗漿歸廚金盌凍。洗滌煩熱足以寧君軀。政用疎通合典則。戚聯豪貴耽文儒。兵革未息人未蘇。天子亦念西南隅。吐蕃憑陵氣頗麤。竇氏檢察應時須。運糧繩橋壯士喜。斬木火井窮猿呼。八州刺史思一戰。三城守邊卻可圖。此行入奏計未小。密奉聖旨恩宜殊。繡衣春當霄漢立。綵服日向庭闈趨。省郞京尹必俯拾。江花未落還成都。江花未落還成都。肯訪浣花老翁無。爲君酤酒滿眼酤。與奴白飯馬靑芻。
《入奏行。西山検察使 竇侍御に贈る》
竇侍御は。驥の子にして。鳳の雛なり。年 未だ三十ならずして 忠義 俱なり。骨鯁 絶代 無し。炯として 一叚の清氷 万壑より出づるが如し。置かれて 迎風 露寒の玉壺に在るが如し。蔗漿 厨に帰して 金椀 凍る。煩熱を洗滌して 以て君軀を寧んずるに足る。政 疎通を用ふるは 典則に合し。戚 豪貴に聯なりて 文儒に耽る。兵革 未だ息まず 人 未だ蘇せず。天子も亦た念ふ 西南の隅。吐蕃 憑陵として 気 頗る麤なり。竇氏 検察するは 時の須めに応ず。糧を縄橋に運べば 壮士 喜び。木を火井に斬れば 窮猿 呼ぶ。八州の刺史 一戦を思ひ。三城 辺を守ること 却つて図るべし。此の行 入奏 計 未だ小ならず。密かに聖旨を奉ず 恩 宜しく殊なるべし。繡衣 春 霄漢に当たりて立ち。綵服 日〻 庭闈に向かって趨す。省郎 京尹 必ず俯して拾はん。江花 未だ落ちずして 成都に還らん。江花 未だ落ちずして 成都に還らば。肯へて浣花の老翁を訪はんや無や。君が為めに酒を酤はん 満眼 酤はん。奴には白飯を与へ 馬には青芻。
※●入奏行:入朝して政情を上奏するのを送る歌 ●西山檢察使:吐蕃と境を接する雪嶺(雪山)周辺地方を検察する使者。主たる職務は糧食の運搬であったらしい ●竇侍御:侍御史の竇。名は不明 ●骨鯁:直諫をためらわない忠臣。主君の耳に逆らう忠言を、のどにささる魚の骨にたとえたもの ●迎風・露寒:漢代の宮殿内の館の名 ●蔗漿:サトウキビの汁 ●疎通:上下君民の意思の疎通 ●繩橋:縄で作った吊り橋。吐蕃への通路 ●斬木:木を斬って道を開く ●火井:蜀の各地に燃える水の湧く井戸の記録があり、太平寰宇記、蜀都賦、輿地紀勝などに見える ●八州:吐蕃に近い八つの州。松・維・恭・蓬・雅・黎・姚・悉 ●三城:諸説あり。一部が八州と重複するが、吐蕃との国境を守る西山三城(松・維・保の三州城 )と見るのが妥当 ●繡衣:御史の着る服 ●霄漢:大空。天の高いところ。朝廷の高い地位をさす ●綵服:老莱子が老親を喜ばすため五色の衣を着て赤子の真似をした故事 ●省郞・京尹:本省の郎官と、都の長官。高い官職 ●滿眼:眼前いっぱいに
10-70 《得廣州張判官叔卿書使還以詩代意》 杜甫
鄕關胡騎滿。宇宙蜀城偏。忽得炎州信。遙從月峽傳。雲深驃騎幕。夜隔孝廉船。卻寄雙愁眼。相思淚點懸。
《広州の張判官叔卿が書を得たり。使 還るに 詩を以て意に代ふ》
郷関 胡騎 満ち。宇宙 蜀城 偏なり。忽ち得たり 炎州の信。遥かに月峡より伝ふ。雲は深し 驃騎の幕。夜 隔たる 孝廉の船。却って寄す 双愁眼。相思 涙点 懸る。
※●廣州張判官叔卿:広州都督府の判官である張叔卿 ●宇宙:天地 ●炎州:南方の州、すなわち広州を意味する ●月峽:明月峡。渝州にあり。三峡の一つに数えることもある ●驃騎:漢の驃騎将軍霍去病。張叔卿が仕える広州都督をたとえる ●孝廉船:孝廉は科目の名、また孝廉に挙げられた人も孝廉という。昔、張憑という孝廉が丹陽尹の劉惔に謁して一晩宿泊し、翌日船に戻ったところ、劉惔がその船を探し求めて同乗したという故事あり。同じ張姓の故事をもって張叔卿の船を孝廉船という
10-71 《魏十四侍御就敝廬相別》 杜甫
有客騎驄馬。江邊問草堂。遠尋留藥價。惜別倒文場。入幕旌旗動。歸軒錦繡香。時應念衰疾。書疏及滄浪。
《魏十四侍御 敝廬に就きて相ひ別る》
客 有り 驄馬に騎り。江辺に草堂を問ふ。遠く尋ねて 薬価を留め。別れを惜しみて文場に倒る。入幕 旌旗 動き。帰軒 錦繡 香し。時に応に 衰疾を念ひて。書疏 滄浪に及ぶべし。
※●魏十四侍御:侍御史の魏氏 ●騎驄馬:桓典の故事より侍御史であることをいう ●留藥價:薬代として金銭を置いていく ●倒文場:諸説あり。豹軒は「文章の庭において酔いを尽くして倒れる」と解く ●入幕:魏侍御がどこかの武官の幕府に入る ●歸軒:故郷へ帰る車 ●錦繡香:故郷に錦を飾るの趣旨 ●衰疾:衰え病むこと。杜甫のこと ●書疏:手紙 ●滄浪:浣花渓のこと
10-72 《贈別何邕》 杜甫
生死論交地。何由見一人。悲君隨燕雀。薄宦走風塵。綿谷元通漢。沱江不向秦。五陵花滿眼。傳語故鄕春。
《何邕に贈別す》
生死 交地を論ずるは。何に由りてか一人を見ん。悲しむ 君が燕雀に随ひ。薄宦 風塵に走るを。綿谷 元 漢に通じ。沱江 秦に向かはず。五陵の 花 眼に満つ。伝語せよ 故郷の春に。
※●何邕:《憑何十一少府邕覓榿木栽》詩参照 ●交地:交際の境地 ●何由見一人:(君を除けば)一人として見ることは出来ない ●燕雀:凡人のこと ●綿谷:四川にある県名。何邕の通るところ ●沱江:川の名。漢書の地理志に「沱水在蜀郡郫縣西、東入大江」とあり。杜甫の居るところか ●漢・秦:漢の都長安と秦の都咸陽。いずれも関中 ●五陵:長安の地名。《哀王孫》参照 ●傳語:仇本は「傳與」に作る。この異同について豹軒の字解に言及なし
10-73 《絕句》 杜甫
江邊踏靑罷。回首見旌旗。風起春城暮。高樓鼓角悲。
《絶句》
江辺 青を踏み罷み。首を回らせば 旌旗を見る。風 起りて 春城 暮れ。高楼 鼓角 悲し。
※●踏靑:春に野を散歩すること ●旌旗:軍旗 ●鼓角:太鼓と角笛の音
10-74 《贈別鄭鍊赴襄陽》 杜甫
戎馬交馳際。柴門老病身。把君詩過日。念此別驚神。地闊峨眉晚。天高峴首春。爲於耆舊內。試覓姓龐人。
《鄭錬が襄陽に赴くに贈別す》
戎馬 交〻馳する際。柴門 老病の身。君が詩を把って日を過ごし。此の別れを念ひて神を驚かす。地 闊くして 峨眉 晩れ。天 高くして 峴首 春なり。為めに 耆旧の内に於て。試みに覓めよ 姓 龐なる人を。
※●鄭鍊:人名。詳細不明 ●戎馬交馳:このとき、史朝義が営州を落とし、羌の渾奴剌が梁州を落とし、河東・河中の官軍は混乱していた ●峨眉:峨眉山。蜀の名山 ●峴首:山名。襄陽の名山 ●耆舊:老人。晋の習鑿歯の著書に「襄陽耆旧伝」あり ●姓龐人:後漢の隠者龐徳のこと。襄陽の鹿門山に隠遁した
10-75 《重贈鄭鍊絕句》 杜甫
鄭子將行罷使臣。囊無一物獻尊親。江山路遠羇離日。裘馬誰爲感激人。
《重ねて鄭錬に贈る絶句》
鄭子 将に行かんとして 使臣を罷む。囊に 一物も尊親に献ずる無し。江山 路 遠し 羇離の日。裘馬 誰か感激の人為る。
※●鄭鍊:前詩参照 ●使臣:地方長官を含め、天子の命を受けて都の外に出ているものはみな使臣。鄭鍊の具体的な官職は不明 ●囊無一物獻尊親:官職を辞したときに財産がないのは清廉の証 ●裘馬:軽裘を着、肥馬に乗る、富貴の人 ●感激人:鄭鍊の清廉さに感激して憐れんでくれる人
10-76 《江頭五詠 丁香》 杜甫
丁香體柔弱。亂結枝猶墊。細葉帶浮毛。疎花披素豔。深栽小齋後。庶使幽人占。晚墮蘭麝中。休懷粉身念。
《江頭五詠 丁香》
丁香 体 柔弱にして。乱結 枝 猶ほ墊(タ)る。細葉 浮毛を帯び。疎花 素艶を披く。深く小斎の後に栽ゑ。庶くは幽人をして占めしめん。晩に蘭麝の中に堕つるも。粉身の念を懐くを休めよ。
※●丁香:チョウジノキ。フトモモ科の常緑樹。花蕾はチョウジ(丁字/丁子)、クローブと呼ばれ、生薬・香辛料として利用される。原産地はインドネシアのモルッカ諸島だが、中国では紀元前にすでに口臭予防などに用いられていた。丁子はすなわち釘子であり、釘の形をした花蕾が葉の上にかたまって生じる ●亂結:乱れ生じる花蕾 ●幽人:杜甫自身のこと ●蘭麝:花のランと麝香(ジャコウジカの分泌物から得る香料) ●粉身念:身を粉にして他のために働こうという思い
10-77 《江頭五詠 麗春》 杜甫
百草競春華。麗春應最勝。少須顏色好。多漫枝條賸。紛紛桃李姿。處處總能移。如何此貴重。卻怕有人知。
《江頭五詠 麗春》
百草 春華を競ふ。麗春 応に最も勝るべし。少なければ 須らく顔色 好かるべし。多ければ 漫りに枝条に賸る。紛紛たり 桃李の姿。処処 総て能く移る。如何ぞ 此れ貴重なる。却って怕る 人の知る有らんことを。
※●麗春:ヒナゲシ。別名に仙女蒿、長春花、虞美人花など。ケシ科の一年草 ●處處總能移:どこでも移植可能でよく育つ。桃李のことをいう。対してヒナゲシは移植が難しい
10-78 《江頭五詠 梔子》 杜甫
梔子比眾木。人閒誠未多。於身色有用。與道氣相和。紅取風霜實。靑看雨露柯。無情移得汝。貴在映江波。
《江頭五詠 梔子》
梔子 衆木に比するに。人間 誠に未だ多からず。身に於て 色 用有り。道と 気 相ひ和す。紅は取る 風霜の実。青は看る 雨露の柯。情 無く 汝を移し得たり。貴きは 江波に映ずるに在り。
※●梔子:クチナシ。アカネ科の常緑低木。夏に白い花を咲かせ、その強い芳香は、沈丁花や金木犀とならんで三大香木に数えられる。乾燥果実は生薬や黄色着色料として利用される ●與道氣相和:豹軒はこの句を、生薬としてのクチナシの効能と見て、人体の気を調和させると解するが疑問が残る。私見では、前句の「色」がクチナシ自身の色であるのと同じく、「氣」はクチナシ自身の香気と見る
10-79 《江頭五詠 鸂鶒》 杜甫
故使籠寬織。須知動損毛。看雲猶悵望。失水任呼號。六翮曾經剪。孤飛卒未高。且無鷹隼慮。留滯莫辭勞。
《江頭五詠 鸂鶒》
故らに籠をして織を寛にせしむ。須らく知るべし 動けば毛を損するを。雲を看て 猶ほ悵望し。水を失して 呼号するに任す。六翮 曽経(カツ)て剪られ。孤飛 卒に未だ高からず。且つ鷹隼の慮り無し。留滞して労を辞する莫れ。
※●鸂鶒:水鳥の一種。オシドリに似てやや大なりという ●寬織:目をあらく編む ●曾經:二字で「かつて」 ●鷹隼慮:猛禽に襲われる心配
10-80 《江頭五詠 花鴨》 杜甫
花鴨無泥滓。階前每緩行。羽毛知獨立。黑白太分明。不覺羣心妬。休牽眾眼驚。稻粱霑汝在。作意莫先鳴。
《江頭五詠 花鴨》
花鴨 泥滓 無く。階前 毎に緩行す。羽毛もて 独立するを知る。黒白 太だ分明なり。覚らず 群心の妬むを。衆眼の驚きを牽くを休めよ。稲粱 汝を霑して在り。意を作して 先んじて鳴く莫れ。
※●花鴨:美しいカモ ●作意:心を用いる ●莫先鳴:他の鳥より先に鳴くな
10-81 《野望》 杜甫
西山白雪三城戍。南浦淸江萬里橋。海內風塵諸弟隔。天涯涕淚一身遙。惟將遲暮供多病。未有涓埃答聖朝。跨馬出郊時極目。不堪人事日蕭條。
《野望》
西山の白雪 三城の戍。南浦 清江の万里橋。海内の風塵に 諸弟 隔たり。天涯 涕涙 一身 遥かなり。惟だ遅暮を将って 多病に供す。未だ涓埃の聖朝に答ふるも有らず。馬に跨り 郊に出で 時に目を極むれば。人事の日〻 蕭条なるに堪へず。
※●西山:雪嶺(雪山) ●三城:《入奏行贈西山檢察使竇侍御》を参照。吐蕃に備える三拠点 ●南浦:成都の南の水辺。浣花渓 ●淸江:錦江 ●萬里橋:杜甫の草堂の東にあった橋 ●遲暮:晩年 ●涓埃:しずくとほこり。ほんのわずかな量
10-82 《畏人》 杜甫
早花隨處發。春鳥異方啼。萬里淸江上。三年落日低。畏人成小築。褊性合幽棲。門徑從榛草。無心待馬蹄。
《人を畏る》
早花 随処に発き。春鳥 異方に啼く。万里 清江の上。三年 落日 低る。人を畏れて小築を成し。褊性 幽棲に合す。門径 榛草に従(マカ)せ。心の 馬蹄を待つ 無し。
※●畏人:他人の目をはがかる ●異方:他郷に同じ ●三年落日低:三年間、日々、夕陽が沈む ●褊性:かたくなな性質
10-83 《屛跡三首 其一》 杜甫
衰年甘屛跡。幽事供高臥。鳥下竹根行。龜開萍葉過。年荒酒價乏。日倂園蔬課。獨酌甘泉歌。歌長擊樽破。
《屛跡三首 其の一》
衰年 屛跡に甘んじ。幽事 高臥に供す。鳥 竹根に下りて行き。亀 萍葉を開いて過ぐ。年 荒にして 酒価 乏しく。日 併せて 園蔬に課す。独り甘泉を酌みて歌へば。歌 長くして 樽を撃ちて破る。
※●屛跡:跡をしりぞける。自分の行跡を世間から消し去る ●年荒:作柄が悪いこと。凶作であること ●酒價:酒を買う元手 ●日倂:一日に数日分の仕事をあわせてする ●課:仕事を割り当てる。ここでは自分で自分に数日分の仕事を一日分として割り当てるのである ●獨酌甘泉歌:他本に「獨酌酣且歌」に作るあり。豹軒はこちらのほうが自然ではないかというが、本文は仇本に従い改めていない
10-84 《屛跡三首 其二》 杜甫
用拙存吾道。幽居近物情。桑麻深雨露。燕雀半生成。村鼓時時急。漁舟箇箇輕。杖藜從白首。心跡喜雙淸。
《屛跡三首 其の二》
拙を用って 吾が道を存し。幽居 物情に近づく。桑麻 雨露 深く。燕雀 半ば生成す。村鼓 時時 急にして。漁舟 箇箇 軽し。藜を杖つき 白首に従す。心跡 双清を喜ぶ。
※●生成:生育して成体になる ●心跡:心と行跡
10-85 《屛跡三首 其三》 杜甫
晚起家何事。無營地轉幽。竹光團野色。舍影漾江流。失學從兒懶。長貧任婦愁。百年渾得醉。一月不梳頭。
《屛跡三首 其の三》
晩起 家 何の事かある。営む無くして 地 転た幽なり。竹光 野色に団たり。舎影 江流に漾ふ。失学 児の懶なるに従せ。長貧 婦の愁ふるに任す。百年 渾て酔ふを得ん。一月 頭を梳らず。
※●晩起:晏起に同じ。朝おそく起きる。寝坊する ●家何事:家に何の仕事があるか、何もない ●失學:学業を怠る ●百年:生涯
10-86 《少年行》 杜甫
馬上誰家白面郞。臨階下馬坐人牀。不通姓氏麤豪甚。指點銀甁索酒嘗。
《少年行》
馬上 誰が家の白面郎ぞ。階に臨み 馬より下りて 人の床に坐す。姓氏を通ぜず 麤豪 甚だし。銀瓶を指点して 酒を索めて嘗む。
※●白面郞:顔の白い若者 ●人牀:他人の椅子 ●不通姓氏:姓名を名乗らない ●麤豪:がさつで不躾なふるまい
10-87 《卽事》 杜甫
百寶裝腰帶。眞珠絡臂鞲。笑時花近眼。舞罷錦纏頭。
《即事》
百宝 腰帯に装ひ。真珠 臂鞲に絡ふ。笑ふ時 花 眼に近く。舞ひ罷みて 錦 頭に纏ふ。
※●臂鞲:臂衣、臂褠に同じ。左右の腕の衣を縛って動きやすくするもの ●花近眼:手に持った花を目に近づける ●纏頭:舞の褒美として受け取った錦綵を頭上にいただくこと
10-88 《奉酬嚴公寄題野亭之作》 杜甫
拾遺曾奏數行書。懶性從來水竹居。奉引濫騎沙苑馬。幽棲眞釣錦江魚。謝安不倦登臨費。阮籍焉知禮法疎。枉沐旌旗出城府。草茅無徑欲敎鋤。
《厳公が野亭に寄題したるの作に酬ひ奉る》
拾遺 曽て奉す 数行の書。懶性 従来 水竹に居る。奉引 濫りに騎る 沙苑の馬。幽棲 真に釣る 錦江の魚。謝安 倦まず 登臨の費。阮籍 焉んぞ知らん 礼法の疎なるを。枉げて沐す 旌旗 城府を出づるに。草茅 径 無し 鋤かしめんと欲す。
※●嚴公:厳武。上元2年12月、成都尹たり ●寄題野亭之作:厳武が杜甫に贈った《寄題杜二錦江野亭》詩 ●拾遺:杜甫はかつて左拾遺 ●奉引:天子の道案内をする。かつて粛宗に扈従して鳳翔から長安に帰ったことをさす ●沙苑馬:官馬。《沙苑行》参照 ●謝安:東山の別墅に遊宴を恣にし、山水を遊覧することをこよなく愛した。厳武をたとえる ●登臨費:登臨は登山臨水の意。「費」を「賞」に作る本あり、豹軒は「賞」を推すが、本文は「費」のまま改めていない ●阮籍:竹林七賢のひとり。礼法の士をにくんだことで有名。自らの不作法をたとえる
巻11
11-1 《嚴中丞枉駕見過》 杜甫
元戎小隊出郊坰。問柳尋花到野亭。川合東西瞻使節。地分南北任流萍。扁舟不獨如張翰。皁帽還應似管寧。寂寞江天雲霧裏。何人道有少微星。
《厳中丞 駕を枉げて過ぎらる》
元戎 小隊 郊坰に出づ。柳を問ひ 花を尋ねて 野亭に到る。川 東西を合し 使節を瞻。地 南北を分かち 流萍に任す。扁舟 独り張翰の如きのみならず。皁帽 還た応に管寧に似たるべし。寂寞たる江天 雲霧の裏。何人か道ふ 少微星 有りと。
※原注あり「嚴、自東川除西川。敕令兩川都節制」という。宝応元年のこと ●嚴中丞:御史中丞の厳武。東西両川節度使を兼ねる ●元戎:大いなる軍車のこと。ここではそれを率いる厳武をさす ●野亭:杜甫の草堂 ●川合東西:厳武が東西両川を合わせて管轄すること ●地分南北:杜甫が故郷のある北方の地と分かれて、今は南方の成都に身を寄せていること ●張翰:蓴羹鱸膾が恋しくなって故郷に帰った故事 ●管寧:魏に仕えず、中原の乱を避けて遼東におり、常に黒い帽をつけたという ●少微星:星座の名。別名、処士星といい、隠者の象徴たる星。自身をたとえたもの
11-2 《遭田父泥飮美嚴中丞》 杜甫
步屧隨春風。村村自花柳。田翁逼社日。邀我嘗春酒。酒酣誇新尹。畜眼未見有。廻頭指大男。渠是弓弩手。名在飛騎籍。長番歲時久。前日放營農。辛苦救衰朽。差科死則已。誓不擧家走。今年大作社。拾遺能住否。叫婦開大甁。盆中爲吾取。感此氣揚揚。須知風化首。語多雖雜亂。說尹終在口。朝來偶然出。自卯將及酉。久客惜人情。如何拒鄰叟。高聲索果栗。欲起時被肘。指揮過無禮。未覺村野醜。月出遮我留。仍嗔問升斗。
《田父が泥飲して厳中丞を美するに遭ふ》
歩屧 春風に随ひ。村村 自づから花柳。田翁 社日 逼りて。我を邀へて春酒を嘗めしむ。酒 酣にして新尹を誇る。蓄眼 未だ有るを見ずと。頭を廻らして 大男を指す。「渠は是れ 弓弩手なり。名は飛騎の籍に在り。長番 歳時 久し。前日 放たれて農を営み。辛苦して衰朽を救ふ。差科 死せば則ち已まん。誓って家を挙げて走らず。今年 大いに社を作す。拾遺 能く住まるや否や」と。婦を叫(ヨ)びて大瓶を開かしめ。盆中に吾が為めに取る。感ず 此の気の揚揚たるに。須らく知るべし 風化の首なるを。語 多くして 雑乱なりと雖も。尹を説きて 終に口に在り。朝来 偶然に出でたり。卯より将に酉に及ばんとす。久客 人情を惜しむ。如何ぞ 隣叟を拒まん。高声 果栗を索め。起たんと欲すれば 時に肘せらる。指揮 無礼に過ぐるも。未だ覚えず 村野の醜なるを。月 出でて 我を遮りて留め。仍ほ嗔りて升斗を問ふ。
※●社日:ここでは春の社日。立春後第五の戊の日。土地の神を祀り、豊作を祈る ●新尹:新任の成都尹、すなわち厳武 ●畜眼:我が目にこれまで見て蓄えてきた限りでは ●未見有:いるのを見たことがない、すなわち、見たことがないほど優れた人である ●大男:長男 ●長番:長い兵役期間 ●衰朽:田父のこと ●差科:雑役 ●拾遺:杜甫のこと。かつて左拾遺 ●風化首:厳武が徳風をもって民を感化する先導者であるということ ●終在口:ずっと口にして言っている ●被肘:田父に肘でおさえられ、立たせてくれない ●問升斗:家人にむかって残っている酒の量をたずねる
11-3 《奉和嚴中丞西城晚眺十韻》 杜甫
汲黯匡君切。廉頗出將頻。直詞才不世。雄略動如神。政簡移風速。詩淸立意新。層城臨暇景。絕域望餘春。旂尾蛟龍會。樓頭燕雀馴。地平江動蜀。天闊樹浮秦。帝念深分閫。軍須遠算緡。花羅封蛺蝶。瑞錦送麒麟。辭第輸高義。觀圖憶古人。征南多興緖。事業闇相親。
《厳中丞が西城晩眺に和し奉る十韻》
汲黯 君を匡すこと切にして。廉頗 出将 頻りなり。直詞 才 世ならず。雄略 動くこと 神の如し。政 簡にして 風を移すこと速かに。詩 清くして 意を立つること新たなり。層城 暇景に臨み。絶域 余春を望む。旂尾 蛟竜 会し。楼頭 燕雀 馴る。地 平かにして 江 蜀に動き。天 闊くして 樹 秦に浮ぶ。帝念 閫を分つに深く。軍須 緡を算するに遠し。花羅 蛺蝶を封じ。瑞錦 麒麟を送る。第を辞して 高義を輸し。図を観て 古人を憶ふ。征南 興緒 多し。事業 闇に相ひ親しむ。
※●嚴中丞:厳武。前詩等参照 ●西城晚眺:厳武の詠んだ詩の題。西城は成都の西城 ●汲黯:漢の武帝に仕え、大中大夫となってしばしば直諫した ●廉頗:戦国時代、趙の猛将 ●出將:将として出ていくこと ●不世:不世出であること ●移風:民の風俗を悪から善にかえる ●暇景:「暇」を「媚」に作る本あり。豹軒は「暇は遐の誤字なるべし」と推測する。いま「暇」に従い、改めない ●分閫:閫は門のしきみ。天子が城門の外のことは将軍に権限を一任する、すなわち権限において城門を境にしてその内外を明確に分かつこと ●軍須:軍需に同じ ●遠算緡:緡はここでは緡銭の意。銅銭の穴に糸を通し千枚弱をまとめたもので、これを一貫とする。緡銭を算するとは、民の財産を調べ数えて課税すること。軍需を満たすために人民に課税する状況からは遠いということ ●辭第:天子から下賜された邸宅を、未だ家に帰るいとまなしとして断る。漢の霍去病の故事 ●觀圖:蜀の図を見て統治に資する。魏の司馬昭が呉・蜀の地図を作らせて攻略の方策を練った故事による ●征南:杜甫の祖先、晋の杜預は呉を滅ぼす大功を立て、没後に征南大将軍を贈られた。南京成都の尹を兼ねる厳武を重ねる
11-4 《中丞嚴公雨中垂寄見憶一絕奉答二絕 其一》 杜甫
雨映行宮辱贈詩。元戎肯赴野人期。江邊老病雖無力。强擬晴天理釣絲。
《中丞厳公 雨中に憶はるる一絶を垂寄す。答へ奉る二絶 其の一》
雨 行宮に映ずと 贈詩を辱くす。元戎 肯へて 野人の期に赴かんとす。江辺 老病 力無しと雖も。強ひて 晴天に釣糸を理むんと擬す。
※●中丞厳公:厳武 ●雨映行宮:厳武が贈ってくれた詩中の字句 ●元戎:大いなる軍車のこと。ここではそれを率いる厳武をさす
11-5 《中丞嚴公雨中垂寄見憶一絕奉答二絕 其二》 杜甫
何日雨晴雲出溪。白沙靑石洗無泥。只須伐竹開荒徑。倚杖穿花聽馬嘶。
《中丞厳公 雨中に憶はるる一絶を垂寄す。答へ奉る二絶 其の二》
何れの日か 雨 晴れて 雲 渓を出で。白沙 青石 洗はれて泥 無からん。只だ須らく竹を伐りて荒径を開き。杖に倚り 花を穿ちて 馬嘶を聴くべし。
※●聽馬嘶:厳武の騎る馬のいななきを聞く。厳武を迎えること
11-6 《謝嚴中丞送靑城山道士乳酒一甁》 杜甫
山甁乳酒下靑雲。氣味濃香幸見分。鳴鞭走送憐漁父。洗盞開嘗對馬軍。
《厳中丞が青城山の道士の乳酒一瓶を送らるるを謝す》
山瓶の乳酒 青雲より下る。気味 濃香なる 幸ひに分かたる。鞭を鳴らして走り送らすは 漁父を憐れめばなり。盞を洗ひ 開き嘗めて 馬軍に対す。
※●嚴中丞:厳武 ●靑城山:丈人山に同じ。《丈人山》詩参照 ●乳酒:獣乳から作った酒 ●漁父:杜甫を指す ●馬軍:乳酒を届けてくれた騎兵。彼らの目の前で早速いただいたということ
11-7 《三絕句 其一》 杜甫
楸樹馨香倚釣磯。斬新花蕊未應飛。不如醉裏風吹盡。何忍醒時雨打稀。
《三絶句 其の一》
楸樹 馨香ありて 釣磯に倚る。斬新の花蕊 未だ応に飛ぶべからず。如かず 酔裏 風 吹き尽くすに。何ぞ忍びんや 醒時 雨 打ちて 稀なるに。
※●楸樹:トウキササゲ。ノウゼンカズラ科の落葉高木。初夏に微紅色の漏斗状の花を咲かせる ●雨打稀:雨に打ち落とされて、わずかばかり寂しく残る
11-8 《三絕句 其二》 杜甫
門外鸕鷀去不來。沙頭忽見眼相猜。自今已後知人意。一日須來一百廻。
《三絶句 其の二》
門外の鸕鷀 去って来らず。沙頭 忽ち見て 眼 相ひ猜す。今より已後 人意を知らば。一日 須らく来ること 一百廻すべし。
※●鸕鷀:鳥のウ ●眼相猜:作者を疑うような目つきをしている。「相」は動作に対象があることを明示する副詞 ●人意:ウを害するつもりがないという、作者の気持ち
11-9 《三絕句 其三》 杜甫
無數春筍滿林生。柴門密掩斷人行。會須上番看成竹。客至從嗔不出迎。
《三絶句 其の三》
無数の春筍 林に満ちて生ず。柴門 密かに掩ひて 人行 断ゆ。会らず須らく 上番 竹と成るを看るべし。客 至るも 嗔るに従せて 出で迎へず。
※●上番:最初に出たタケノコ ●看:見守る
11-10 《戲爲六絕句 其一》 杜甫
庾信文章老更成。凌雲健筆意縱橫。今人嗤點流傳賦。不覺前賢畏後生。
《戯れに六絶句を為る 其の一》
庾信が文章 老いて更に成る。凌雲の健筆 意 縦横。今人 嗤点す 流伝の賦。覚らず 前賢 後生を畏れしを。
※●庾信:もと南朝・梁に仕えたが、北朝の周に使いして留められ、周に仕えた ●嗤點:嘲笑して欠点を指摘する ●流傳賦:今の世まで伝わる庾信の賦 ●前賢畏後生:孔子が「後生畏るべし」と言ったこと。この詩における具体的な意味は諸説あり
11-11 《戲爲六絕句 其二》 杜甫
楊王盧駱當時體。輕薄爲文哂未休。爾曹身與名俱滅。不廢江河萬古流。
《戯れに六絶句を為る 其の二》
楊王盧駱 当時の体。軽薄 文を為りて 哂ひて未だ休まず。爾が曹 身と名と倶に滅す。廃せず 江河 万古の流れ。
※●楊王盧駱:楊炯・王勃・盧照隣・駱賓王。いわゆる初唐の四傑 ●輕薄:軽薄のやから ●爾曹:軽薄のやからを指す ●江河萬古流:長江黄河の永遠に尽きざる流れ。初唐四傑の作品をたとえる
11-12 《戲爲六絕句 其三》 杜甫
縱使盧王操翰墨。劣於漢魏近風騷。龍文虎脊皆君馭。歷塊過都見爾曹。
《戯れに六絶句を為る 其の三》
縦ひ 盧王をして 翰墨を操ること。漢魏の風騒に近きよりは劣らしむるも。竜文虎脊 皆 君が馭なり。塊を歴て都を過ぐるとき 爾が曹を見る。
※●縱使:たとえ~であっても ●盧王:盧照隣・駱賓王をもって初唐四傑を代表させる ●風騷:詩経国風と離騒 ●龍文虎脊:駿馬のすがた。四傑をたとえる ●君馭:「君所馭」の意。君主が御するに堪えるもの ●歷塊過都:漢の王褒の聖主得賢臣頌に「過都越國、蹶若歷塊」というを踏まえる。都大路を過ぎるとき土塊につまづく ●爾曹:四傑をわらう軽輩の徒。四傑は都大路をゆく駿馬、それがつまづく土塊が軽輩の徒
11-13 《戲爲六絕句 其四》 杜甫
才力應難跨數公。凡今誰是出羣雄。或看翡翠蘭苕上。未掣鯨魚碧海中。
《戯れに六絶句を為る 其の四》
才力 応に数公を跨ぎ難かるべし。凡そ今 誰か是れ 出群の雄なる。或ひは 翡翠を看る 蘭苕の上。未だ鯨魚を掣せず 碧海の中。
※●跨:またぐ、こえる ●數公:庾信や初唐四傑 ●蘭苕:ランのはなぶさ
11-14 《戲爲六絕句 其五》 杜甫
不薄今人愛古人。淸詞麗句必爲鄰。竊攀屈宋宜方駕。恐與齊梁作後塵。
《戯れに六絶句を為る 其の五》
今人を薄んぜず 古人を愛せば。清詞麗句 必ず隣を為す。窃かに屈宋を攀ぢて 宜しく駕を方(ナラ)ぶべし。斉梁と与に後塵と作らんことを恐る。
※●屈宋:屈原と宋玉 ●齊梁:南朝の斉・梁。その文学、華美に流れ、雄渾の風が失われたとされる ●作後塵:後塵を拝する人となる
11-15 《戲爲六絕句 其六》 杜甫
未及前賢更勿疑。遞相祖述復先誰。別裁僞體親風雅。轉益多師是汝師。
《戯れに六絶句を為る 其の六》
未だ前賢に及ばざるも 更に疑ふ勿れ。逓ひに相ひ 祖述するに 復た誰をか先にせん。別に偽体を裁して 風雅に親しめば。転た益〻 多師 是れ汝が師なり。
※●祖述:先人の道に基づき、受け継いで述べる ●復先誰:いったい誰を先にし、誰を後にするというのか、そのような優劣をつける必要はない ●裁僞體:まがいものは切り捨てる
11-16 《野人送朱櫻》 杜甫
西蜀櫻桃也自紅。野人相贈滿筠籠。數回細寫愁仍破。萬顆匀圓訝許同。憶昨賜霑門下省。退朝擎出大明宮。金盤玉筯無消息。此日嘗新任轉蓬。
《野人 朱桜を送る》
西蜀の桜桃も亦た自づから紅なり。野人 相ひ贈りて 筠籠に満つ。数回 細かに写して 仍ほ破るるを愁ふ。万顆 匀しく円かにして 許く同じきかと訝る。憶ふ 昨 賜霑す 門下省。退朝 擎出す 大明宮。金盤 玉筯 消息 無し。此の日 新を嘗めて 転蓬に任す。
※●朱櫻:赤いサクランボ ●細寫:少しずつ籠から移しかえる ●賜霑:天子からたまわり、その恵みにうるおう ●門下省:杜甫はかつて左拾遺。拾遺は門下省に属す ●退朝擎出:朝廷から退くときにささげて出る。唐代、四月一日に天子の御園から桜桃を取って宗廟に供え、儀式が終わると、それを各官に賜った ●金盤玉筯:桜桃を盛る黄金づくりの大皿と、桜桃をつかむ玉の箸 ●嘗新:野人から送られた桜桃のとれたての味
11-17 《嚴公仲夏枉駕草堂兼攜酒饌得寒字》 杜甫
竹裏行廚洗玉盤。花邊立馬簇金鞍。非關使者徵求急。自識將軍禮數寬。百年地僻柴門迥。五月江深草閣寒。看弄漁舟移白日。老農何有罄交歡。
《厳公 仲夏に 駕を草堂に枉げ 兼ねて 酒饌を携ふ。寒字を得たり》
竹裏 厨を行ひて 玉盤を洗ひ。花辺 馬を立てて 金鞍 簇る。使者 徴求の急なるに関するに非ず。自ら識る 将軍 礼数の寛なるを。百年 地 僻にして 柴門 迥かに。五月 江 深くして 草閣 寒し。看すみす 漁舟を弄して 白日を移す。老農 何ぞ交歓を罄くす有らんや。
※●嚴公:厳武 ●行廚:台所を設ける ●徵求:賢者を徴し求める。この句、戦国魯の顔闔が召し出しの使者をだまして逃げ出した故事を踏まえる。厳武は節度使であるから天子の使者であるが、杜甫を召し出しに来たわけではない(よって逃げ出す必要がない)という ●禮數寬:礼儀について寛大である ●百年:生涯。一生 ●老農:杜甫のこと
11-18 《嚴公廳宴同詠蜀道畫圖得空字》 杜甫
日臨公館靜。畫滿地圖雄。劍閣星橋北。松州雪嶺東。華夷山不斷。吳蜀水相通。興與煙霞會。淸樽幸不空。
《厳公の庁宴にて 蜀道の画図を同に詠ず。空字を得たり》
日 臨みて 公館 静かに。画 満ちて 地図 雄なり。剣閣は 星橋の北。松州 雪嶺の東。華夷 山 断えず。呉蜀 水 相ひ通ず。興 煙霞と会し。清樽 幸ひに空しからず。
※●嚴公:厳武。ときに成都府の尹 ●劍閣:剣門。蜀の北の入り口 ●星橋:成都にある橋 ●松州雪嶺東:元和郡国志に「雪山在松州嘉城縣東八十里」とあり。雪山はすなわち雪嶺
11-19 《戲贈友二首 其一》 杜甫
元年建巳月。郞有焦校書。自誇足膂力。能騎生馬駒。一朝被馬踏。脣裂板齒無。壯心不肯已。欲得東擒胡。
《戯れに友に贈る二首 其の一》
元年 建巳の月。郎に焦校書 有り。自ら誇る 膂力 足り。能く生馬駒に騎ると。一朝 馬に踏まれ。唇 裂けて 板歯 無し。壮心 肯へて 已まず。東のかた 胡を擒にするを得んと欲す。
※●元年:宝応元年 ●建巳月:巳の刻に北斗七星の柄が建つ月。夏暦の四月 ●郞有焦校書:焦という校書郎がいた ●生馬駒:飼いならされていない馬 ●板齒:前歯 ●東擒胡:東北で安史の賊軍を生け捕りにする
11-20 《戲贈友二首 其二》 杜甫
元年建巳月。官有王司直。馬驚折左臂。骨折面如墨。駑駘漫深泥。何不避雨色。勸君休嘆恨。未必不爲福。
《戯れに友に贈る二首 其の二》
元年 建巳の月。官に王司直有り。馬 驚きて 左臂を折る。骨 折れて 面 墨の如し。駑駘 深泥を漫りにす。何ぞ雨色を避けざる。君に勧む 嘆恨するを休めよ。未だ必ずしも福と為らざるにあらず。
※●元年建巳月:前詩参照 ●司直:東宮および大理寺に司直という官あり ●駑駘:駑馬 ●未必不爲福:この禍が福とならないとも限らない。人間万事塞翁が馬の故事をふまえていう
11-21 《大雨》 杜甫
西蜀冬不雪。春農尙嗷嗷。上天回哀眷。朱夏雲鬱陶。執熱乃沸鼎。纖絺成縕袍。風雷颯萬里。霈澤施蓬蒿。敢辭茅葦漏。已喜黍豆高。三日無行人。二江聲怒號。流惡邑里淸。矧兹遠江皐。荒庭步鸛鶴。隱几望波濤。沈疴聚藥餌。頓忘所進勞。則知潤物功。可以貸不毛。陰色靜壟畝。勸耕自官曹。四鄰耒耜出。何必吾家操。
《大雨》
西蜀 冬 雪ふらず。春農 尚ほ嗷嗷たり。上天 哀眷を回らす。朱夏 雲 鬱陶たり。執熱 乃ち鼎を沸かし。繊絺も 縕袍と成る。風雷 万里に颯たり。霈沢 蓬蒿に施す。敢へて辞せんや 茅葦の漏るるを。已に喜ぶ 黍豆の高きを。三日 行人 無く。二江 声 怒号す。悪を流して 邑里 清し。矧(イ)はんや 兹の遠き江皐をや。荒庭 鸛鶴 歩み。几に隠りて 波濤を望む。沈疴 薬餌を聚めしも。頓に進むる所の労を忘る。則ち知る 物を潤すの功。以て不毛に貸すべきを。陰色 壟畝 静かなり。耕を勧むること官曹よりす。四隣 耒耜 出づ。何ぞ必ずしも 吾が家 操らん。
※●冬不雪:この詩、宝応元年夏の作で、前年の上元2年10月以来、降水がなかったという ●嗷嗷:(雨が欲しいと)やかましく言うさま ●哀眷:憐れんで目をかけること ●繊絺:細い糸のかたびら ●茅葦漏:茅葺の屋根が雨漏りする ●沈疴聚藥餌:長い病気のせいでたくさんの薬を集めて服用していた ●所進勞:(たくさんの薬を)服用する苦労 ●貸不毛:不毛の地に施す
11-22 《溪漲》 杜甫
當時浣花橋。溪水纔尺餘。白石明可把。水中有行車。秋夏忽泛溢。豈惟入吾廬。蛟龍亦狼狽。況是鼈與魚。兹晨已半落。歸路跬步疎。馬嘶未敢動。前有深塡淤。靑靑屋東麻。散亂牀上書。不知遠山雨。夜來復何如。我遊都市閒。晚憩必村墟。乃知久行客。終日思其居。
《渓 漲る》
当時 浣花橋。渓水 纔かに尺余。白石 明らかにして把るべく。水中に 行車 有り。秋夏 忽ち泛溢す。豈に惟だ 吾が廬に入るのみならんや。蛟竜も亦た狼狽す。況んや是れ 鼈と魚とをや。兹の晨 已に半ば落つ。帰路 跬歩 疎なり。馬 嘶きて 未だ敢へて動かず。前に深き塡淤有り。青青たり 屋東の麻。散乱す 床上の書。知らず 遠山の雨。夜来 復た何如。我 都市の間に遊び。晩に憩ふは必ず村墟。乃ち知る 久行の客。終日 其の居を思ふことを。
※●當時:ふだんの時 ●歸路:城から村への帰り道 ●跬步疎:半歩一歩の歩き方がおろそか
11-23 《大麥行》 杜甫
大麥乾枯小麥黃。婦女行泣夫走藏。東至集壁西梁洋。問誰腰鎌胡與羌。豈無蜀兵三千人。簿領辛苦江山長。安得如鳥有羽翅。託身白雲歸故鄕。
《大麦行》
大麦は 乾枯し小麦は 黄なり。婦女は 行くゆく泣き 夫は 走りて蔵る。東は 集壁に至り 西は 梁洋。問ふ 誰か鎌を腰にすると 胡と羌となり。豈に蜀兵三千人無からんや。簿領 辛苦にして 江山 長し。安んぞ得ん 鳥の如く 羽翅 有りて。身を白雲に託して故郷に帰るを。
※●大麥乾枯小麥黃:後漢の桓帝の世の童謡に「小麥靑靑大麥枯。誰當穫者婦與姑。丈夫何在西擊胡」というに倣う ●集・壁・梁・洋:州の名。漢中から蜀にかけての地 ●簿領:帳面の記録をつかさどること。「部領」(軍隊の部曲を領する)に作る本あり、豹軒は字解にて部に従うべしとするも、本文・書き下しは仇本に従う
11-24 《奉送嚴公入朝十韻》 杜甫
鼎湖瞻望遠。象闕憲章新。四海猶多難。中原憶舊臣。與時安反側。自昔有經綸。感激張天步。從容靜塞塵。南圖廻羽翮。北極捧星辰。漏鼓還思晝。宮鶯罷囀春。空留玉帳術。愁殺錦城人。閣道通丹地。江潭隱白蘋。此生那老蜀。不死會歸秦。公若登台輔。臨危莫愛身。
《厳公の入朝を送り奉る十韻》
鼎湖 瞻望 遠く。象闕 憲章 新たなり。四海 猶ほ多難。中原 旧臣を憶ふ。時の与(タメ)に反側を安んず。昔より経綸有り。感激 天歩を張り。従容 塞塵を静む。南図 羽翮を廻らし。北極 星辰を捧ず。漏鼓 還た昼を思ひ。宮鶯 春に囀るを罷む。空しく留む 玉帳の術。愁殺す 錦城の人。閣道 丹地に通じ。江潭 白蘋に隠る。此の生 那ぞ蜀に老いん。死せずんば 会らず秦に帰らん。公 若し台輔に登らば。危に臨みて身を愛する莫れ。
※●嚴公入朝:宝応元年4月18日粛宗崩御、同月28日代宗即位、厳武を召して橋道使(山陵造営の長官)を命じた。厳武、夏に蜀を出発 ●鼎湖:黄帝が竜に乗って天に昇った場所。粛宗崩御を指す ●象闕:いにしえに法令を掲示した宮門の脇門 ●憲章新:新帝即位して法令新たに出づるをいう ●舊臣:厳武をさす ●玉帳:兵家におけるまじないの方位。その方位に軍帳を置けば犯すべからざること玉帳のごとしと ●錦城:錦官城、すなわち成都 ●丹地:宮殿の階下の赤く塗った土縁 ●台輔:宰相の地位
11-25 《送嚴侍郞到綿州同登杜使君江樓宴得心字》 杜甫
野興每難盡。江樓延賞心。歸朝送使節。落景惜登臨。稍稍煙集渚。微微風動襟。重船依淺瀨。輕鳥度曾陰。檻峻背幽谷。窗虛交茂林。燈光散遠近。月彩靜高深。城擁朝來客。天橫醉後參。窮途衰謝意。苦調短長吟。此會共能幾。諸孫賢至今。不勞朱戶閉。自待白河沈。
《厳侍郎を送りて綿州に到り 同に杜使君が江楼に登りて宴す。心字を得たり》
野興 毎に尽き難し。江楼 賞心を延く。帰朝 使節を送り。落景 惜しみて登臨す。稍稍として 煙 渚に集まり。微微として 風 襟を動かす。重船 浅瀬に依り。軽鳥 曽陰を度る。檻 峻にして 幽谷に背き。窓 虚にして 茂林に交はる。灯光 遠近に散じ。月彩 高深に静かなり。城は擁す 朝来の客。天は横たふ 酔後の参。窮途 衰謝の意。苦調 短長の吟。此の会 共にすること能く幾ばくぞ。諸孫 賢 今に至る。労せず 朱戸の閉づるを。自づから待つ 白河の沈むを。
※●嚴侍郞:厳武。このとき兵部侍郎という。前詩参照 ●綿州:成都の東北 ●杜使君:綿州刺史の杜氏。この詩によれば杜甫の血縁 ●歸朝送使節:帰朝する使節、すなわち厳武を送る。前詩参照 ●參:星座の名。オリオン座の三つ星 ●諸孫賢至今:従孫(兄弟の孫)たちの中に今や杜使君のごとき賢者が出た ●朱戶閉:江楼の立派な門を閉じる ●白河:天の川
11-26 《奉濟驛重送嚴公四韻》 杜甫
遠送從此別。靑山空復情。幾時杯重把。昨夜月同行。列郡謳歌惜。三朝出入榮。江村獨歸處。寂寞養殘生。
《奉済駅にて重ねて厳公を送る四韻》
遠く送りて 此より別る。青山 空しく復た情あり。幾時にか 杯 重ねて把らん。昨夜 月と同に行けり。列郡 謳歌して惜しみ。三朝に 出入して栄あり。江村 独り帰る処。寂寞として残生を養ふ。
※●奉濟驛:綿州の東三十里にありという ●嚴公:厳武。前詩等参照 ●列郡:厳武の施政下にあった各郡 ●謳歌惜:その治績をたたえて歌い、離任を惜しむ ●三朝:玄宗・粛宗・代宗 ●出入榮:朝廷の外に出て将軍・地方官となり、朝廷の中に入って大臣となって、栄誉をになう
11-27 《送梓州李使君之任》 杜甫
籍甚黃丞相。能名自潁川。近看除刺史。還喜得吾賢。五馬何時到。雙魚會早傳。老思筇竹杖。冬要錦衾眠。不作臨岐恨。惟聽擧最先。火雲揮汗日。山驛醒心泉。遇害陳公殞。于今蜀道憐。君行射洪縣。爲我一潸然。
《梓州の李使君が任に之くを送る》
籍甚なり 黄丞相。能名 潁川よりす。近ごろ看る 刺史に除せらるるを。還た喜ぶ 吾が賢を得たるを。五馬 何れの時にか到らん。双魚 会らず早く伝へん。老いて思ふ 筇竹もて杖つくを。冬には要す 錦衾に眠るを。作さず 岐に臨むの恨み。惟だ聴く 最に挙げらるること先なるを。火雲 汗を揮ふの日。山駅 心を醒ますの泉。害に遇ひて 陳公 殞ち。今に于ても 蜀道 憐れむ。君 射洪県に行かば。我が為めに 一たび潸然たれ。
※原注に「故陳拾遺、射洪人也。篇末有云」という。陳拾遺は初唐の詩人陳子昂。射洪は梓州管内の県 ●梓州:綿州の南にあり。東川節度使の治所 ●籍甚:名声のかまびすしいさま ●黃丞相:漢の黄霸。潁川太守として治績をあげて名を高め、のち丞相までのぼった。李使君をたとえる ●五馬:太守の車を牽く五頭の馬 ●雙魚:手紙 ●擧最:「最」は考課の成績が優等であること ●遇害陳公殞:陳子昂、父が射洪で県令の段簡に辱められるを聞き、射洪に帰ったところ、段簡は理由をつけて陳子昂を投獄し、陳子昂ために憤死した ●潸然:さめざめと泣くさま
11-28 《觀打魚歌》 杜甫
綿州江水之東津。魴魚鱍鱍色勝銀。漁人漾舟沈大網。截江一擁數百鱗。眾魚常才盡卻棄。赤鯉騰出如有神。潛龍無聲老蛟怒。廻風颯颯吹沙塵。饔子左右揮霜刀。膾飛金盤白雪高。徐州禿尾不足憶。漢陰槎頭遠遁逃。魴魚肥美知第一。旣飽驩娛亦蕭瑟。君不見朝來割素鬐。咫尺波濤永相失。
《打魚を観るの歌》
綿州 江水の東津。魴魚 鱍鱍として 色 銀に勝る。漁人 舟を漾はして 大網を沈む。江を截りて 一擁す 数百鱗。衆魚は常才なり 尽く却棄す。赤鯉は騰出して 神 有るが如し。潜竜 声 無く 老蛟 怒る。廻風 颯颯として 沙塵を吹く。饔子 左右に霜刀を揮ひ。膾 飛んで 金盤に白雪 高し。徐州の禿尾 憶ふに足らず。漢陰の槎頭 遠く遁逃す。魴魚の肥美 第一なるを知る。既に飽きては 驩娯も亦た蕭瑟たり。君 見ずや朝来 素鬐を割くを。咫尺の波濤 永く相ひ失す。
※●打魚:網を打って魚を取る ●綿州:成都の東北 ●魴魚:オシキウオ。コイ科の淡水魚トガリヒラウオのこと。長江流域に分布。頭は小さく、身は広く薄く、肉は美味。尾は白いが疲れると赤くなるという ●鱍鱍:魚がピチピチ跳ねるさま ●常才:平凡 ●老蛟怒:魚は同じ鱗族であるから捕られるのを怒る ●饔子:料理人 ●徐州禿尾:徐州の名物の魚。鰱(タナゴ類)または鱅(コノシロ類)だという ●漢陰槎頭:漢陰は漢水の南の地名。槎頭は槎頭鯿のことで、これも魴魚と同じオシキウオ ●素鬐:魴魚の白い鰭
11-29 《又觀打魚》 杜甫
蒼江漁子淸晨集。設網提綱取魚急。能者操舟疾若風。撐突波濤挺叉入。小魚脫漏不可記。半死半生猶戢戢。大魚傷損皆垂頭。屈强泥沙有時立。東津觀魚已再來。主人罷膾還傾杯。日暮蛟龍改窟穴。山根鱣鮪隨雲雷。干戈格鬭尙未已。鳳凰麒麟安在哉。吾徒胡爲縱此樂。暴殄天物聖所哀。
《又た打魚を観る》
蒼江の漁子 清晨に集まる。網を設け 綱を提げて 魚を取ること急なり。能者 舟を操りて 疾きこと風の若し。波濤に撐突して 叉を挺して入る。小魚の脱漏 記すべからず。半死半生 猶ほ戢戢たり。大魚は傷損して 皆 頭を垂る。泥沙に屈強して時に立つ有り。東津 魚を観るは 已に再来。主人 膾を罷めて 還た杯を傾く。日 暮れて 蛟竜 窟穴を改め。山根の鱣鮪 雲雷に随ふ。干戈 格闘 尚ほ未だ已まず。鳳凰 麒麟 安くにか在りや。吾が徒 胡為れぞ此の楽しみを縦にする。天物を暴殄するは 聖の哀れむ所なり。
※●挺叉:さすまたを突き出す ●戢戢:あつまるさま ●主人:綿州刺史杜使君か ●鱣鮪:詩経衛風の碩人に「鱣鮪發發」とあり。鱣はコイの一種、鮪は鱣に似て小なるものという ●暴殄天物:天の生じた物をむやみに殺戮すること
11-30 《越王樓歌》 杜甫
綿州州府何磊落。顯慶年中越王作。孤城西北起高樓。碧瓦朱甍照城郭。樓下長江百丈淸。山頭落日半輪明。君王舊跡今人賞。轉見千秋萬古情。
《越王楼の歌》
綿州の州府 何ぞ磊落たる。顕慶年中 越王 作る。孤城の西北 高楼を起こし。碧瓦朱甍 城郭を照らす。楼下の長江 百丈 清く。山頭の落日 半輪 明らかなり。君王の旧跡 今人 賞し。転た見る 千秋 万古の情。
※●越王樓:唐の太宗の第八子・越王李貞が建てた楼台。綿州城外西北にあって高さ百尺、州城を下瞰したという。越王李貞は則天武后が帝位を簒奪して周を建国した際、唐を復興せんと挙兵したが廃止した ●顯慶:高宗のときの元号(656~660)
11-31 《海椶行》 杜甫
左綿公館淸江濆。海椶一株高入雲。龍鱗犀甲相錯落。蒼稜白皮十抱文。自是眾木亂紛紛。海椶焉知身出羣。移栽北辰不可得。時有西域胡僧識。
《海棕行》
左綿の公館 清江の濆(ホトリ)。海棕 一株 高く雲に入る。竜鱗 犀甲 相ひ錯落し。蒼稜 白皮 十抱の文。自づから是れ 衆木 乱れて紛紛たり。海棕 焉んぞ知らん 身の群を出づるを。北辰に移栽するは得べからず。時に 西域の胡僧の識る有り。
※●海椶:海外からもたらされた棕櫚の意。ナツメヤシか ●左綿:綿州のこと。成都の東(南面する天子から見て左)にあることから ●龍鱗犀甲:竜の鱗、犀のかたい皮。樹皮の様子をたとえる ●十抱文:十かかえもある太い幹をいろどる紋様 ●移栽北辰:地上の北極星たる天子のもと(都)に移植すること ●西域胡僧:西域出身の異民族(ソグド人やペルシャ人)の僧
11-32 《姜楚公畫角鷹歌》 杜甫
楚公畫鷹鷹戴角。殺氣森森到幽朔。觀者貪愁掣臂飛。畫師不是無心學。此鷹寫眞在左綿。卻嗟眞骨遂虛傳。梁閒燕雀休驚怕。亦未摶空上九天。
《姜楚公が画く角鷹の歌》
楚公の画鷹は 鷹にして 角を戴く。殺気 森森として 幽朔より到る。観る者 貪愁す 臂を掣して飛ぶを。画師 是れ学ぶに心 無くきにあらず。此の鷹 真を写して 左綿に在り。却って嗟く 真骨の遂に虚しく伝はるを。梁間の燕雀 驚き怕るるを休めよ。亦た未だ空に摶ちて九天に上らず。
※●姜楚公:姜皎。玄宗に仕えて太常卿にのぼり、竇懐貞を誅した功で楚国公に封ぜられた。画家としても知られ鷹を画くのにすぐれた ●戴角:角のような飾り羽根を頭上にいただく。いわゆる羽冠を画いたもの ●幽朔:北方のえびすの地 ●掣臂飛:鷹匠の肘にとまっている鷹がその肘を引き抜く勢いで飛び出す ●不是無心學:学ぼうとする心がないわけではない(が、レベルが高すぎて学べない) ●左綿:綿州のこと。前詩参照 ●眞骨遂虛傳:鷹というのはこの画のとおりだということのみ伝わり、だれも実物を知らない
11-33 《東津送韋諷攝閬州錄事》 杜甫
聞說江山好。憐君吏隱兼。寵行舟遠泛。惜別酒頻添。推薦非承乏。操持必去嫌。他時如按縣。不得慢陶潛。
《東津にて韋諷が閬州の録事を摂するを送る》
聞くならく 江山 好しと。憐れむ 君が吏隠を兼ぬるを。寵行 舟 遠く泛び。惜別 酒 頻りに添ふ。推薦 承乏に非ず。操持 必ず嫌を去れ。他時 如し県を按ぜば。陶潜を慢るを得ず。
※●東津:綿州の涪江の東岸の渡し場 ●韋諷:人名。詳細不明 ●攝閬州錄事:閬州の録事という官の代理をつとめる ●吏隱兼:官吏と隠者を兼ねる ●寵行:行くを寵す。官の舟で特別に見送る待遇をなす ●承乏:不才をもって任を承ける ●操持:手に取り保持する ●去嫌:嫌疑を受けないようにする ●按縣:州内の県を巡察する ●慢陶潛:陶淵明のような県の属官をあなどる
11-34 《光祿坂行》 杜甫
山行落日下絕壁。南望千山萬山赤。樹枝有鳥亂鳴時。暝色無人獨歸客。馬驚不憂深谷墜。草動只怕長弓射。安得更似開元中。道路卽今多擁隔。
《光禄坂行》
山行して 落日に 絶壁を下り。南望すれば 千山 万山 赤し。樹枝 鳥 有り 乱れ鳴くの時。暝色 人 無し 独り帰るの客。馬 驚くも憂へず 深谷に墜つるを。草 動きて只だ怕る 長弓の射るを。安んぞ得ん 更に開元の中に似んことを。道路 即今 擁隔 多し。
※●光祿坂:梓州銅山県の地名 ●長弓射:盗賊が旅人に向かって弓を射ることをいう ●開元:玄宗治世の元号。唐の最盛期 ●擁隔:塞ぎ隔てられ通行できないこと
11-35 《苦戰行》 杜甫
苦戰身死馬將軍。自云伏波之子孫。干戈未定失壯士。使我嘆恨傷精魂。去年南行討狂賊。臨江把臂難再得。別時孤雲今不飛。時獨看雲淚橫臆。
《苦戦行》
苦戦して身は死す 馬将軍。自ら云ふ 伏波の子孫なりと。干戈 未だ定まらず 壮士を失ふ。我をして嘆恨して 精魂を傷ましむ。去年 南行 狂賊を討つ。江に臨み 臂を把ること 再びは得難し。別時の孤雲 今 飛ばず。時に独り雲を看て 涙 臆に横たはる。
※●馬將軍:詳細不明 ●伏波:後漢の伏波将軍馬援 ●狂賊:段子璋のことか。《戲作花卿歌》参照
11-36 《去秋行》 杜甫
去秋涪江木落時。臂槍走馬誰家兒。到今不知白骨處。部曲有去皆無歸。遂州城中漢節在。遂州城外巴人稀。戰場冤魂每夜哭。空令野營猛士悲。
《去秋行》
去秋 涪江 木 落ちし時。槍を臂にし 馬を走らせしは 誰が家の児ぞ。今に到るも知らず 白骨の処。部曲 去(ユ)く有りて 皆 帰る無し。遂州城中 漢節 在り。遂州城外 巴人 稀なり。戦場の冤魂 毎夜 哭し。空しく野営の猛士をして悲しましむ。
※●部曲:部隊 ●有去皆無歸:出征して誰も帰ってこなかった ●遂州:遂寧郡。剣南東道に属す ●漢節:漢はすなわち唐。節は天子から授かった使者のしるし ●巴人:賊を討伐に来た官軍
11-37 《廣州段功曹到得楊五長史譚書功曹卻歸聊寄此詩》 杜甫
衞靑開幕府。楊僕將樓船。漢節梅花外。春城海水邊。銅梁書遠及。珠浦使將旋。貧病他鄕老。煩君萬里傳。
《広州の段功曹 到りて 楊五長史譚が書を得たり。功曹 却帰するに 聊か此の詩を寄す》
衛青 幕府を開き。楊僕 楼船に将たり。漢節 梅花の外。春城 海水の辺。銅梁 書 遠く及び。珠浦 使 将に旋らんとす。貧病 他郷に老い。君を煩はして万里に伝へしむ。
※●段功曹:功曹参軍の段氏 ●楊五長史譚:広州都督府の長史楊譚。《寄楊五桂州譚》参照。桂州刺史から遷任したか ●卻歸:引き返す。戻る ●衞靑:漢の武帝に仕えた名将。楊譚の上司である広州都督をたとえる ●楊僕:漢の武帝に仕え、楼船将軍となって南越を征して功あり。楊譚をたとえる ●漢節:前詩参照。都督も天子の命を受けて外任するので節を持す ●梅花外:広東の北の大庾嶺は梅の名所 ●銅梁:山名。梓州にあり。杜甫の居所をさす ●珠浦:合浦のこと。真珠の産地として有名な広東の地名。楊譚の居所をさす
11-38 《送段功曹歸廣州》 杜甫
南海春天外。功曹幾月程。峽雲籠樹小。湖日蕩船明。交趾丹砂重。韶州白葛輕。幸君因旅客。時寄錦官城。
《段功曹の広州に帰るを送る》
南海 春天の外。功曹 幾月の程ぞ。峡雲 籠めて 樹 小さく。湖日 蕩きて 船 明らかならん。交趾 丹砂 重く。韶州 白葛 軽し。幸はくは 君 旅客に因りて。時に錦官城に寄せよ。
※●段功曹:前詩参照 ●交趾丹砂:交趾はベトナム。丹砂は硫化水銀。仙薬の原料と考えられていた。交趾の勾漏県で丹砂が産出したとき、葛洪が願い出てその県令となった故事あり ●韶州:始興郡。嶺南道に属す ●幸:こいねがう ●因旅客:旅人にことづけて
11-39 《題玄武禪師屋壁》 杜甫
何年顧虎頭。滿壁畫滄洲。赤日石林氣。靑天江海流。錫飛常近鶴。杯渡不驚鷗。似得廬山路。眞隨惠遠遊。
《玄武の禅師が屋壁に題す》
何れの年か 顧虎頭。満壁 滄洲を画ける。赤日 石林の気。青天 江海の流れ。錫 飛びて 常に鶴に近く。杯にて渡りて 鷗を驚かさず。得るに似たり 廬山の路に。真に恵遠に随ひて遊ぶを。
※●玄武:山名。梓州の玄武県にあり ●顧虎頭:晋の顧愷之。字が虎頭 ●滄洲:東海の仙山 ●錫飛常近鶴:南朝梁の時、宝誌上人と白鶴道人が舒州の潜山にゆくことを競い、上人は錫を飛ばし、道人は鶴を飛ばした ●杯渡:杯に乗って水を渡る ●廬山:江西九江の名山。晋の名僧恵遠、その山麓に東林寺を建て念仏修行の白蓮社を結ぶ
11-40 《悲秋》 杜甫
涼風動萬里。羣盜尙縱橫。家遠傳書日。秋來爲客情。愁窺高鳥過。老逐眾人行。始欲投三峽。何由見兩京。
《悲秋》
涼風 万里に動き。群盗 尚ほ縦横。家は遠し 書を伝ふるの日。秋は来たる 客と為るの情。愁へて 高鳥の過ぐるを窺ひ。老いて 衆人の行くを逐ふ。始めて 三峡に投ぜんと欲す。何に由りてか 両京を見ん。
※●投三峽:三峡を下る船に身を任せる ●兩京:長安と洛陽
11-41 《客夜》 杜甫
客睡何曾著。秋天不肯明。入簾殘月影。高枕遠江聲。計拙無衣食。途窮仗友生。老妻書數紙。應悉未歸情。
《客夜》
客睡 何ぞ曽て著せん。秋天 肯へて明らかならず。簾に入りて 残月 影あり。枕を高くせば 遠江 声あり。計 拙くして 衣食 無く。途 窮して 友生に仗る。老妻の書 数紙。応に未帰の情を悉くすなるべし。
※●客睡何曾著:客何曾睡著の睡と著を切り離したもの。また何は反語であるから、要は「客未曾睡著」というに同じ ●仗友生:友達に頼る ●未歸情:杜甫が梓州に滞在して草堂に帰らない気持ち
11-42 《客亭》 杜甫
秋窗猶曙色。落木更高風。日出寒山外。江流宿霧中。聖朝無棄物。衰病已成翁。多少殘生事。飄零任轉蓬。
《客亭》
秋窓 猶ほ曙色。落木 更に高風。日は出づ 寒山の外。江は流る 宿霧の中。聖朝 棄物 無きも。衰病 已に翁と成る。多少 残生の事。飄零 転蓬に任す。
※●無棄物:捨て置かれるものはない。誰一人取り残さない
11-43 《九日登梓州城》 杜甫
伊昔黃花酒。如今白髮翁。追歡筋力異。望遠歲時同。弟妹悲歌裏。乾坤醉眼中。兵戈與關塞。此日意無窮。
《九日 梓州城に登る》
伊れ昔 黄花の酒。如今 白髪の翁。追歓 筋力 異なり。望遠 歳時 同じ。弟妹 悲歌の裏。乾坤 酔眼の中。兵戈と関塞と。此の日 意 窮まり無し。
※●九日:重陽節 ●梓州:綿州の南にあり。東川節度使の治所 ●追歡筋力異:楽しみを追い求めるにも昔と今では体力が異なる ●望遠歲時同:遠くを望んで思いにふけることに関しては、この節句の時節変わることがない
11-44 《九日奉寄嚴大夫》 杜甫
九日應愁思。經時冒險艱。不眠持漢節。何路出巴山。小驛香醪嫩。重巖細菊斑。遙知簇鞍馬。回首白雲閒。
《九日 厳大夫に寄せ奉る》
九日 応に愁思すべし。時を経て 険艱を冒す。眠らずして 漢節を持し。何れの路か 巴山を出でん。小駅 香醪 嫩にして。重巌 細菊 斑らなり。遥かに知る 鞍馬を簇らして。首を白雲の間に回らさんことを。
※●九日:重陽節 ●漢節:漢はすなわち唐。天子から授かった使者・将軍のしるし ●巴山:陝西から四川にかけて連なる山脈。その南がいにしえの巴国
11-45 《秋盡》 杜甫
秋盡東行且未廻。茅齋寄在少城隈。籬邊老卻陶潛菊。江上徒逢袁紹杯。雪嶺獨看西日落。劍門猶阻北人來。不辭萬里長爲客。懷抱何時好一開。
《秋尽》
秋 尽きて 東行 且つ未だ廻らず。茅斎 寄せて少城の隈に在り。籬辺 老却す 陶潜の菊。江上 徒らに逢ふ 袁紹の杯。雪嶺 独り看る 西日の落つるを。剣門 猶ほ阻む 北人の来たるを。辞せず 万里 長く客と為るを。懐抱 何れの時にか 好く一開せん。
※●東行:このとき杜甫なお梓州にあり。草堂のある成都から東に出かけていることをいう ●少城:成都の西城。狭義の錦官城 ●江上:梓州を流れる涪江のほとり ●袁紹杯:袁紹が冀州で賓客をあつめて宴を催した際、使いを出して鄭玄を迎えた。梓州の李刺史を袁紹に、自らを鄭玄にたとえる ●雪嶺:松州嘉城県の東にある山。梓州より西にある ●劍門:剣閣。蜀の北側を扼する要害
11-46 《戲題寄上漢中王三首 其一》 杜甫
西漢親王子。成都老客星。百年雙白鬢。一別五秋螢。忍斷杯中物。秖看座右銘。不能隨皁蓋。自醉逐流萍。
《戯れに題して 漢中王に寄せ上る三首 其の一》
西漢の親王子。成都の老客星。百年 双白鬢。一別より 五秋蛍。忍びんや 杯中の物を断ちて。秖だ座右の銘を見るに。皁蓋に随ふこと能はず。自ら酔ひて 流萍を逐ふ。
※●漢中王:李瑀。玄宗の兄で玄宗に皇太子の地位を譲った譲帝の第六子。玄宗が蜀へ逃れたときこれに従い、漢中王に封ぜられた。その後、粛宗に諫言して怒りに触れ、蓬州長史に貶せられた ●西漢:いわゆる前漢。すなわち唐 ●老客星:杜甫自身をさす ●五秋蛍:五年たったということ ●杯中物:酒 ●座右銘:漢の崔瑗、その座右に銘して慎むべきことを挙げ自ら戒めた ●皁蓋:黒色の車蓋。地方官の車をいう。すなわち李瑀の車
11-47 《戲題寄上漢中王三首 其二》 杜甫
策杖時能出。王門異昔遊。已知嗟不起。未許醉相留。蜀酒濃無敵。江魚美可求。終思一酩酊。淨掃雁池頭。
《戯れに題して 漢中王に寄せ上る三首 其の二》
策もて杖つきて 時に能く出づ。王門 昔遊に異なる。已に知る 嗟して起たざるを。未だ許さず 酔ひて相ひ留むるを。蜀酒 濃やかなること敵する無く。江魚 美なるは求むべし。終に思ふ 一たび酩酊せんことを。浄く掃はん 雁池の頭。
※●王門:李瑀の邸の門 ●異昔遊:李瑀が王であったころに遊んだ時とは異なる ●雁池:漢代、梁の孝王が築いた兔園にあった池の名。李瑀の邸の池を指す
11-48 《戲題寄上漢中王三首 其三》 杜甫
羣盜無歸路。衰顏會遠方。尙憐詩警策。猶記酒顚狂。魯衞彌尊重。徐陳略喪亡。空餘枚叟在。應念早升堂。
《戯れに題して 漢中王に寄せ上る三首 其の三》
群盗に 帰路 無く。衰顔もて 遠方に会す。尚ほ憐れむ 詩の警策。猶ほ記す 酒の顚狂。魯衛 弥〻尊重。徐陳 略ぼ喪亡す。空しく 枚叟を余して在り。応に念ふべし 早くに堂に升りしを。
※●會遠方:遠方で李瑀に会う ●警策:いましめの鞭。詩中の目を引く言葉 ●魯衞:魯と衛は周王室と親戚の関係。李瑀をたとえる ●徐陳:魏の徐幹・陳琳。文才をもって魏の文帝に寵愛された。李瑀が漢中王であったころの多くの賓客をたとえる ●枚叟:漢の枚乗。梁王の賓客としてその文才を高く評価された。杜甫自身をたとえる ●堂:漢中王時代の李瑀の邸の堂
11-49 《翫月呈漢中王》 杜甫
夜深露氣淸。江月滿江城。浮客轉危坐。歸舟應獨行。關山同一照。烏鵲自多驚。欲得淮王術。風吹暈已生。
《月を翫びて漢中王に呈す》
夜 深くして 露気 清し。江月 江城に満つ。浮客 転た危坐し。帰舟 応に独行すべし。関山 同一に照らし。烏鵲 自づから多く驚く。得んと欲す 淮王の術。風 吹きて 暈 已に生ず。
※●漢中王:李瑀。前三首参照 ●危坐:姿勢正しく坐る ●歸舟:李瑀と別れて帰る舟 ●淮王術:月にかかる暈を取り除く術。淮王は淮南王劉安のこと。劉安の著わした『淮南子』に「畫蘆灰而月暈闕」とあり
11-50 《從事行贈嚴二別駕》 杜甫
我行入東川。十步一廻首。成都亂罷氣蕭索。浣花草堂亦何有。梓中豪俊大者誰。本州從事知名久。把臂開樽飮我酒。酒酣擊劍蛟龍吼。烏帽拂塵靑騾粟。紫衣將炙緋衣走。銅盤燒蠟光吐日。夜如何其初促膝。黃昏始扣主人門。誰謂俄頃膠在漆。萬事盡付形骸外。百年未見歡娛畢。神傾意豁眞佳士。久客多憂今愈疾。高視乾坤又可愁。一體交態同悠悠。垂老遇君未恨晚。似君須向古人求。
《従事行。厳二別駕に贈る》
我 行きて 東川に入り。十歩に一たび首を廻らす。成都 乱罷みて 気 蕭索たり。浣花の草堂 亦た何ぞ有らん。梓中の豪俊 大なる者は誰ぞ。本州の従事 名を知らるること久し。臂を把り 樽を開き 我に酒を飲ましむ。酒 酣にして 剣を撃てば 蛟竜 吼ゆ。烏帽には 塵を払ひ 青騾には 粟。紫衣は炙を将(スス)め 緋衣は走る。銅盤 蠟を焼きて 光 日を吐く。夜 如何其 初めて膝を促す。黄昏 始めて扣く 主人の門。誰か謂(オモ)はん 俄頃にして 膠 漆に在ると。万事 尽く付す 形骸の外。百年 未だ見ず 歓娯の畢るを。神 傾き 意 豁にして 真に佳士なり。久客 憂ひ多し 今 疾を愈やす。高く乾坤を視るに 又た愁ふべし。一体の交態 同じく悠悠たり。垂老 君に遇ふこと 未だ晩きを恨まず。君に似たるは 須らく古人に向かって求むべし。
※●嚴二別駕:梓州の別駕(刺史の副官)である厳氏。二は排行 ●成都亂罷:宝応元年7月、剣南兵馬使の徐知道が叛乱、8月部下の李忠厚に殺されて乱はおさまった ●從事:属官。ここでは刺史の属官である別駕、すなわち厳二をさす ●擊劍:剣舞をなす ●烏帽拂塵靑騾粟:主人たる厳別駕が客である杜甫の烏帽子のほこりを払い、騾馬には粟を食わせてくれる ●紫衣・緋衣:厳別駕の下の雑用係 ●夜如何其:詩経に「夜如何其、夜未央」とあり。其は助字。夜ふけて刻限を問うころ ●促膝:膝を前に進める ●膠在漆:膠が漆と合わさってくっつく。非常に親密であることのたとえ ●神傾意豁:精神を我がほうへ傾けてくれ、心が広い ●一體交態:世間一般の交際のさま ●悠悠:悠悠行路心の意。相手に対して路傍の人を見るように薄情であること ●
11-51 《贈韋贊善別》 杜甫
扶病送君發。自憐猶不歸。祗應盡客淚。復作掩荆扉。江漢故人少。音書從此稀。往還二十載。歲晚寸心違。
《韋賛善の別るるに贈る》
病を扶けて 君が発するを送る。自ら憐れむ 猶ほ帰らざるを。祗だ応に 客涙を尽くして。復た 荊扉を掩ふを作すべし。江漢 故人 少なく。音書 此れより稀ならん。往還 二十載。歳晩 寸心 違ふ。
※●韋贊善:賛善は賛善大夫、左右五人、東宮に属し、侍従・翊養をつかさどる ●猶不歸:まだ故郷に帰れない ●江漢:長江・漢水の流域。杜甫が今いる梓州の周辺を指す ●往還:韋賛善と行き来して交際したこと
11-52 《寄高適》 杜甫
楚隔乾坤遠。難招病客魂。詩名惟我共。世事與誰論。北闕更新主。南星落故園。定知相見日。爛漫倒芳樽。
《高適に寄す》
楚 隔たりて 乾坤 遠し。招き難し 病客の魂。詩名 惟だ我のみ共にす。世事 誰と与にか論ぜん。北闕 新主に更はり。南星 故園に落つ。定めて知る 相ひ見るの日。爛漫として 芳樽を倒さんことを。
※この詩の作成時期不明のため、解釈も諸説あり ●楚:蜀は戦国時代に楚が領有していたことから楚と呼んだもの ●詩名:高適の詩名 ●新主:粛宗が崩じて代宗が即位したこと ●南星:南極星の化身、南極老人。人の寿命をつかさどる。また南極星あらわれれば天下おさまるという。
11-53 《野望》 杜甫
金華山北涪水西。仲冬風日始淒淒。山連越嶲蟠三蜀。水散巴渝下五溪。獨鶴不知何事舞。饑烏似欲向人啼。射洪春酒寒仍綠。目極傷神誰爲攜。
《野望》
金華山の北 涪水の西。仲冬の風日 始めて淒淒たり。山は越嶲に連なりて 三蜀に蟠り。水は巴渝に散じて 五渓に下る。独鶴 知らず 何事にか舞ふ。饑烏 人に向かって啼かんと欲するに似たり。射洪の春酒 寒きも仍ほ緑なり。目 極まりて 神を傷ましむ 誰か 為めに携へん。
※●金華山:射洪県の北二里の山 ●越嶲:越嶲郡。唐代には一時、嶲州と呼ばれた。西南夷の拠る地方で、唐代に南詔国、宋代に大理国が立った ●三蜀:四川には秦漢のころ蜀郡・広漢郡・犍為郡の三郡が置かれたので三蜀という ●巴渝:巴州と渝州。四川の東南部 ●五溪:貴州北部の五つの渓流。北流して長江に入る ●射洪:県名。梓州の東南 ●春酒:春にできあがる酒。いまは仲冬なので出来上がっていない ●目極:仇本は「極目」に作る。豹軒は字解にて「一に極目に作る、同義なり」という ●誰爲攜:誰が我がために携えてきてくれるだろうか
11-54 《冬到金華山觀因得故拾遺陳公學堂遺跡》 杜甫
涪右眾山內。金華紫崔嵬。上有蔚藍天。垂光抱瓊臺。繫舟接絕壑。杖策窮縈回。四顧俯層巓。淡然川谷開。雪嶺日色死。霜鴻有餘哀。焚香玉女跪。霧裏仙人來。陳公讀書堂。石柱仄靑苔。悲風爲我起。激烈傷雄才。
《冬 金華山の観に到り 因って故の拾遺陳公の学堂の遺跡を得たり》
涪の右 衆山の内。金華 紫にして崔嵬たり。上に蔚藍の天有り。光を垂れて瓊台を抱く。舟を繫ぎて絶壑に接し。策を杖きて縈回を窮む。四顧 層巓より俯せば。淡然として川谷 開く。雪嶺 日色 死し。霜鴻 余哀 有り。香を焚きて 玉女 跪き。霧裏 仙人 来たる。陳公の読書堂。石柱 青苔に仄(カタム)く。悲風 我が為めに起り。激烈 雄才を傷む。
※●金華山:前詩参照 ●觀:道観。道教の寺 ●故拾遺陳公:陳子昂のこと。《送梓州李使君之任》参照 ●涪右:涪江の西 ●縈回:渓流のめぐるところ ●玉女・仙人:参詣に来る道教信者の男女をたとえる
11-55 《陳拾遺故宅》 杜甫
拾遺平昔居。大屋尙脩椽。悠揚荒山日。慘澹故園煙。位下曷足傷。所貴者聖賢。有才繼騷雅。哲匠不比肩。公生揚馬後。名與日月懸。同遊英俊人。多秉輔佐權。彥昭超玉價。郭震起通泉。到今素壁滑。灑翰銀鉤連。盛事會一時。此堂豈千年。終古立忠義。感遇有遺篇。
《陳拾遺の故宅》
拾遺 平昔の居。大屋 尚ほ脩椽あり。悠揚たり 荒山の日。惨澹たり 故園の煙。位 下(ヒク)きこと 曷ぞ傷むに足らん。貴き所の者は聖賢なり。才有り 騒雅を継ぐ。哲匠も 肩を比せず。公 揚馬の後に生まれ。名は 日月と懸る。同遊の英俊の人。多く輔佐の権を秉る。彦昭 玉価 超え。郭震 通泉より起こる。今に到るも 素壁 滑かにして。灑翰の銀鉤 連なる。盛事 会〻 一時のみ。此の堂 豈に千年ならんや。終古 忠義を立つ。感遇 遺篇有り。
※●陳拾遺:陳子昂。前詩参照。その故宅は射洪県の東七里にあったという ●脩椽:長いたるき ●位下:拾遺の官は位が低い ●所貴者聖賢:貴い所以の者は聖賢であるかどうかである ●騷雅:離騒と詩経の小雅・大雅 ●揚馬:揚雄と司馬相如。ともに蜀の人 ●彥昭:趙彥昭。中宗のとき、中書侍郎・同中書門下三品に累遷す ●郭震:武后のとき安西大都護、玄宗のもとで兵部尚書、朔方大総管となり、代国公に封ぜられた。《過郭代公故宅》参照 ●通泉:県名。梓州の東南百三十里。郭震の官歴はこの県の尉から始まった ●灑翰:揮毫。陳子昂の故宅には趙・郭の題壁の文字がありという ●銀鉤:書体の筆画の形容 ●感遇:陳子昂に「感遇」詩三十八篇あり
11-56 《謁文公上方》 杜甫
野寺隱喬木。山僧高下居。石門日色異。絳氣橫扶疎。窈窕入風磴。長蘿紛卷舒。庭前猛虎臥。遂得文公廬。俯視萬家邑。煙塵對階除。吾師雨花外。不下十年餘。長者自布金。禪龕只宴如。大珠脫玷翳。白月當空虛。甫也南北人。蕪蔓少耘鋤。久遭詩酒汙。何事忝簪裾。王侯與螻蟻。同盡隨丘墟。願聞第一義。廻向心地初。金篦刮眼膜。價重百車渠。無生有汲引。兹理儻吹噓。
《文公に上方に謁す》
野寺 喬木に隠れ。山僧 高下に居る。石門 日色 異なり。絳気 扶疎に横たはる。窈窕として 風磴に入り。長蘿 紛として巻舒す。庭前 猛虎 臥し。遂に文公の廬を得たり。俯して視る 万家の邑。煙塵 階除に対す。吾が師 雨花の外は。下らざること十年余。長者 自ら金を布き。禅龕 只だ宴如たり。大珠 玷翳を脱し。白月 空虚に当る。甫や 南北の人。蕪蔓 耘鋤すること少なし。久しく 詩酒の汚に遭へり。何事ぞ 簪裾を忝くする。王侯と螻蟻と。同じく尽きて丘墟に随ふ。願はくは第一義を聞き。心地の初めに廻向せん。金篦 眼膜を刮る。価は 百車渠よりも重し。無生 汲引 有らん。兹の理 倘しくは吹噓せられん。
※●文公:僧の名 ●上方:山上の寺 ●高下居:それぞれ高いところ低いところに住まいする ●扶疎:木の枝が四方に広がるさま ●猛虎臥:文公の徳に服して虎も大人しく臥せている ●雨花:仏法を説くこと。法雲が法華経を講じたとき天から花が雨の如く降り注いだという ●長者自布金:給孤独長者が祇陀太子の園池に黄金を敷きつめて買い取り、釈尊に寄進したという故事あり ●禪龕:禅室 ●南北人:東西南北に漂泊する人 ●簪裾:かんざしと礼服のすそ。官吏の服装 ●丘墟:墓場 ●第一義:仏法の根本義 ●金篦刮眼膜:金のへらで目をおおっている膜をけずりとる。仏法の導きにより真実が見えるようにすることのたとえ ●車渠:七宝のひとつ。西域に産した玉石の一種 ●吹噓:息をふきかける
11-57 《奉贈射洪李四丈》 杜甫
丈人屋上烏。人好烏亦好。人生意氣豁。不在相逢早。南京亂初定。所向色枯槁。遊子無根株。茅齋付秋草。東征下月峽。挂席窮海島。萬里須十金。妻孥未相保。蒼茫風塵際。蹭蹬騏驎老。志士懷感傷。心胸已傾倒。
《射洪の李四丈に贈り奉る》
丈人 屋上の烏。人 好ければ 烏も亦た好し。人生 意気 豁なるは。相ひ逢ふの早きには在らず。南京 乱 初めて定まり。向かふ所 色 枯槁す。遊子 根株 無く。茅斎 秋草に付す。東征して 月峡を下り。席を挂けて 海島を窮めんとす。万里 十金を須つ。妻孥 未だ相ひ保んぜず。蒼茫たり 風塵の際。蹭蹬として 騏驎 老ゆ。志士 感傷を懐き。心胸 已に傾倒す。
※●射洪:県名 ●李四丈:四は排行。丈は丈人の略。年長者に対する敬称。原注によれば字は明甫 ●屋上烏:説苑に「武王曰愛其人兼屋上之烏」とあり ●意氣豁:(李四丈の)心の広いこと ●不在相逢早:出会いの早さにあるわけではない。古くからの付き合いであるかどうかは関係ない ●南京亂初定:徐知道の乱が平定されたこと。《從事行贈嚴二別駕》参照 ●月峽:明月峡。長江の三峡の入口 ●挂席:むしろの帆をかける ●志士:李四丈のこと ●傾倒:我が方へ傾けてくれる
11-58 《早發射洪縣南途中作》 杜甫
將老憂貧窶。筋力豈能及。征途乃侵星。得使諸病入。鄙人寡道氣。在困無獨立。俶裝逐徒旅。達曙凌險澁。寒日出霧遲。淸江轉山急。僕夫行不進。駑馬若維縶。汀洲稍疎散。風景開怏悒。空慰所尙懷。終非曩遊集。衰顏偶一破。勝事難屢挹。茫然阮籍途。更灑楊朱泣。
《早に発す。射洪県南 途中にて作る》
将に老いんとして 貧窶を憂ふ。筋力 豈に能く及ばんや。征途 乃ち星を侵す。諸病をして入らしむるを得んや。鄙人 道気 寡く。困に在りて独立すること無し。俶装して徒旅を逐ひ。曙に達して険渋を凌ぐ。寒日 霧を出づること遅く。清江 山に転ずること急なり。僕夫 行けども進まず。駑馬 維縶するが若し。汀洲 稍く疎散なり。風景 怏悒を開く。空しく 尚ぶ所の懐を慰むるも。終に曩の遊集に非ず。衰顔 偶〻一たび破る。勝事 屢〻挹(ク)み難し。茫然たり 阮籍の途。更に楊朱の泣を灑ぐ。
※●侵星:まだ星が見えるうちに出発すること ●鄙人:杜甫自身をいう ●道氣:道士仙人の気象 ●俶裝:朝、旅装をととのえる ●若維縶:つながれているかのように進まない ●怏悒:胸の塞ぐさま ●阮籍途:阮籍が車を走らせて行き止まりに当たると泣いたという故事 ●楊朱泣:楊朱が岐路にて南すべきか北すべきか悩んで泣いたという故事
11-59 《通泉驛南去通泉縣十五里山水作》 杜甫
溪行衣自濕。亭午氣始散。冬溫蚊蚋集。人遠鳧鴨亂。登頓生曾陰。欹傾出高岸。驛樓衰柳側。縣郭輕煙畔。一川何綺麗。盡日窮壯觀。山色遠寂寞。江光夕滋漫。傷時愧孔父。去國同王粲。我生苦飄零。所歷有嗟嘆。
《通泉駅。南のかた通泉県を去ること十五里の山水に作る》
渓行 衣 自づから湿ほひ。亭午 気 始めて散ず。冬 温かにして 蚊蚋 集まり。人 遠くして 鳧鴨 乱る。登頓 曽陰を生じ。欹傾 高岸を出づ。駅楼は 衰柳の側。県郭は 軽煙の畔。一川 何ぞ綺麗なる。尽日 壮観を窮む。山色 遠くして寂寞たり。江光 夕べに滋漫す。時を傷むこと 孔父に愧じ。国を去ること 王粲と同じ。我が生 飄零に苦しみ。歴る所 嗟嘆 有り。
※●通泉驛:梓州の東南百三十里、射洪県の東南七十里 ●蚊蚋:蚊やコバエ ●登頓:登ったり休んだり ●滋漫:はびこり広がる ●孔父:孔子 ●王粲:魏の王粲、後漢末の中原の騒乱を避けて荊州に逃れ、故郷をおもって登楼賦を作った
11-60 《過郭代公故宅》 杜甫
豪俊初未遇。其迹或脫略。代公尉通泉。放意何自若。及夫登衮冕。直氣森噴薄。磊落見異人。豈伊常情度。定策神龍後。宮中翕淸廓。俄頃辯尊親。指揮存顧託。羣公有慙色。王室無削弱。迥出名臣上。丹靑照臺閣。我行得遺跡。池館皆疏鑿。壯公臨事斷。顧步涕橫落。精魄凜如在。所歷終蕭索。高詠寶劍篇。神交付冥漠。
《郭代公が故宅に過ぎる》
豪俊 初め未だ遇はず。其の迹 或ひは脱略せり。代公 通泉に尉たり。意を放(ホシイママ)にすること 何ぞ自若たる。夫(カ)の衮冕に登るに及んで。直気 森として噴薄す。磊落 異人を見る。豈に伊れ 常情もて度(ハカ)らんや。策を定めて 神竜の後。宮中 翕として清廓す。俄頃にして尊親を弁じ。指揮 顧託を存す。群公 慙色 有り。王室 削弱 無し。迥かに名臣の上に出で。丹青 台閣を照らす。我 行きて 遺跡を得るも。池館 皆 疏鑿せらる。公が 事に臨みて断ぜしを壮とす。顧歩して 涕 横ざまに落つ。精魄 凜として在るが如く。歴る所 終に蕭索たり。高詠す 宝剣の篇。神交 冥漠に付す。
※●郭代公:郭震、字は元振。魏州貴郷の人。代国公に封ぜられた ●故宅:通泉県の尉であったころの居宅 ●未遇:時世にいまだめぐりあわない ●其迹:行いのあと ●脫略:小事にしばられず自由 ●放意:郭震は、通泉県尉の時代、私銭を鋳造したり、金持ちから金を奪って四方の貧民にばらまくなどかなり破天荒であった ●登衮冕:宰相の地位にのぼる ●定策神龍後。宮中翕淸廓:策を定めて、神竜年間以来の宮中の混乱がすっかり清められた。神竜は中宗治世の元号、則天武后が退位し唐王朝が復活したが、その後、皇后・韋后が中宗を毒殺し、その韋后を太平公主と李隆基(のちの玄宗)が協力して打倒、李隆基の父・睿宗を即位させ、李隆基は皇太子となった。その後、権勢を極める太平公主は李隆基とも対立し、先天元年即位した玄宗は、太平公主によるクーデター計画を察知し、同2年自ら兵を率いて公主一派を打倒した。宮廷内の混乱に群臣の動揺きわまるなか、郭震は一貫して玄宗を支持し、混乱の収束に道筋をつけた ●丹靑:郭震の画像 ●寶劍篇:郭震が通泉県尉当時に詠んだ詩 ●神交:精神と精神のまじわり ●冥漠:暗くてはっきり見えない。ここでは、郭震の魂が存在するあの世の意
11-61 《觀薛稷少保書畫壁》 杜甫
少保有古風。得之陜郊篇。惜哉功名忤。但見書畫傳。我遊梓州東。遺跡涪水邊。畫藏靑蓮界。書入金牓懸。仰看垂露姿。不崩亦不騫。鬱鬱三大字。蛟龍岌相纏。又揮西方變。發地扶屋椽。慘澹壁飛動。到今色未塡。此行疊壯觀。郭薛俱才賢。不知百載後。誰復來通泉。
《薛稷少保が書画の壁を観る》
少保 古風 有り。之を 陜郊の篇に得たり。惜しいかな 功名 忤ふ。但だ見る 書画の伝はるを。我 梓州の東に遊ぶ。遺跡は 涪水の辺。画は 青蓮界に蔵せられ。書は金牓に入りて懸る。仰ぎ看る 垂露の姿。崩れず 亦た騫(カ)けず。鬱鬱たり 三大字。蛟竜 岌として相ひ纏ふ。又た西方の変を揮ひ。地より発して 屋椽を扶く。惨澹として 壁 飛動し。今に到るも 色 未だ塡(ヒサ)しからず。此の行 壮観を畳ぬ。郭薛は 俱に才賢なり。知らず 百載の後。誰か復た通泉に来らん。
※●薛稷:書画ともに天下に名あり。睿宗の時、黄門侍郎、太子少保を歴任したが、太平公主のクーデター未遂に関与したとして万年県の獄に下され死を賜った ●陜郊篇:薛稷に《秋日還京陝西十里作》あり、「駆車越陝郊」の句により陜郊篇と呼ばれる ●靑蓮界:仏寺のこと ●金牓:黄金づくりの扁額 ●垂露:書体の名 ●三大字:通泉県の慶善寺に、薛稷の手による「慧普寺」という三文字あり、字の径およそ三尺という ●西方變:西方諸仏の変相 ●郭薛:前詩の郭震と、この詩の薛稷
11-62 《通泉縣署壁後薛少保畫鶴》 杜甫
薛公十一鶴。皆寫靑田眞。畫色久欲盡。蒼然猶出塵。低昂各有意。磊落如長人。佳此志氣遠。豈惟粉墨新。萬里不以力。羣遊森會神。威遲白鳳態。非是倉鶊鄰。高堂未傾覆。常得慰嘉賓。曝露牆壁外。終嗟風雨頻。赤霄有眞骨。恥飮洿池津。冥冥任所往。脫略誰能馴。
《通泉県の署壁の後の薛少保の画鶴》
薛公の十一鶴。皆 青田の真を写す。画色 久しくして尽きんと欲するも。蒼然として 猶ほ塵を出づ。低昂 各〻 意 有り。磊落として 長人の如し。此の志気の遠きを佳とす。豈に惟だ 粉墨の新たなるのみならんや。万里 力を以てせず。群遊 森として神を会す。威遅たり 白鳳の態。是れ 倉鶊の隣に非ず。高堂 未だ傾覆せず。常に嘉賓を慰むるを得。牆壁の外に曝露し。終に嗟く 風雨の頻りなるを。赤霄 真骨 有り。洿池の津に飲むを恥づ。冥冥として 往く所に任す。脱略して 誰にか能く馴れん。
※●署壁後:役所の壁の背面 ●薛少保:薛稷。前詩参照 ●靑田:浙江にある山名。鶴の棲息地として有名 ●低昂:鶴が頭を下げたり上げたりしていること ●不以力:筆先の力によらない ●倉鶊:ウグイス(厳密にはコウライウグイス) ●眞骨:本物の鶴 ●脫略:他を気にせず思うままに行動して拘束されない
11-63 《陪王侍御宴通泉東山野亭》 杜甫
江水東流去。淸樽日復斜。異方同宴賞。何處是京華。亭景臨山水。村煙對浦沙。狂歌遇形勝。得醉卽爲家。
《王侍御に陪して通泉の東山の野亭に宴す》
江水 東流し去り。清樽 日 復た斜めなり。異方 同に宴賞すれば。何れの処か 是れ京華。亭景 山水に臨み。村煙 浦沙に対す。狂歌 形勝に遇ふ。酔ふを得れば 即ち家と為す。
※●王侍御:《王十七侍御掄許攜酒至草堂奉寄此詩便請邀高三十五使君同到》における王掄のことかどうか不明 ●異方:他郷 ●何處是京華:どこが都であろうがかまわない、の意
11-64 《陪王侍御同登東山最高頂宴姚通泉晚攜酒泛江》 杜甫
姚公美政誰與儔。不減昔時陳太丘。邑中上客有柱史。多暇日陪驄馬遊。東山高頂羅珍羞。下顧城郭銷我憂。淸江白日落欲盡。復攜美人登綵舟。笛聲憤怨哀中流。妙舞逶迤夜未休。燈前往往大魚出。聽曲低昂如有求。三更風起寒浪湧。取樂喧呼覺船重。滿空星河光破碎。四座賓客色不動。請公臨深莫相違。廻船罷酒上馬歸。人生歡會豈有極。無使霜露霑人衣。
《王侍御に陪して同に東山の最高頂に登りて宴す。姚通泉 晩に酒を携へて江に泛ぶ》
姚公の美政 誰か与に儔せん。減ぜず 昔時の陳太丘。邑中の上客 柱史 有り。暇 多くして 日〻 驄馬の遊に陪す。東山の高頂 珍羞を羅ね。下に城郭を顧みて 我が憂ひを銷す。清江 白日 落ちて尽きんと欲す。復た美人を携へて綵舟に登る。笛声 憤怨 中流に哀し。妙舞 逶迤として 夜 未だ休まず。灯前 往往 大魚出で。曲を聴きて低昂 求むる有るが如し。三更 風 起りて 寒浪 湧き。楽しみを取りて喧呼し 船の重きを覚ゆ。満空の星河 光 破砕し。四座の賓客 色 動かず。請ふ 公 深きに臨みて相ひ違ふこと莫れ。船を廻らし 酒を罷めて 馬に上って帰らん。人生の歓会 豈に極まり有らんや。霜露をして人衣を霑ほさしむる無かれ。
※●王侍御:前詩と同一人物か ●姚通泉:通泉県令の姚氏 ●陳太丘:後漢の陳寔。聞喜県令、太丘県令として任地をよく治めた ●柱史:御史の官をいう。王侍御を指す ●驄馬:桓典の故事により御史をいう ●船重:船が進まないことをいう ●色不動:帰ろうとする様子がない ●臨深莫相違:詩経小雅の小旻にある「如臨深淵、如履薄氷」という戒めにたがうことなかれ
11-65 《漁陽》 杜甫
漁陽突騎猶精銳。赫赫雍王都節制。猛將翻然恐後時。本朝不入非高計。祿山北築雄武城。舊防敗走歸其營。繫書請問燕耆舊。今日何須十萬兵。
《漁陽》
漁陽の突騎 猶ほ精鋭なるも。赫赫たる雍王 都て節制す。猛将 翻然として 時に後れんことを恐る。本朝に入らざるは高計に非ず。禄山 北のかた築く 雄武城。旧 敗走して其の営に帰るを防ぐ。書を繫ぎて請ひ問ふ 燕の耆旧。今日 何ぞ須ひん 十万の兵。
※●漁陽:郡または県の名。現在の北京あたり。安禄山の根拠地 ●雍王:李适。代宗の長男。宝応元年9月、雍王に封ぜられ、10月、天下兵馬元帥となって諸道の行営、回紇等の十余万の兵を統括し、進軍して史朝義を討ち洛陽を回復した。代宗没後に即位して徳宗となる ●猛將:賊軍の有力武将。薛嵩は四州、張志忠は五州をひきいて官軍に降伏した ●雄武城:安禄山が范陽の北に築いた城 ●防:防護する ●繫書:手紙を矢につなぐ。戦国時代、斉軍に包囲されて燕軍がたてこもる聊城に、魯仲連が矢文を射込み、それを読んだ燕の将軍は自害して城が落ちた ●燕:戦国時代の燕と、賊軍(安禄山とその後継者は国号を燕と称した)を重ねる
11-66 《花底》 杜甫
紫萼扶千蕊。黃鬚照萬花。忽疑行暮雨。何事入朝霞。恐是潘安縣。堪留衞玠車。深知好顏色。莫作委泥沙。
《花底》
紫萼 千蕊を扶け。黄鬚 万花を照らす。忽ち疑ふ 暮雨に行くかと。何事ぞ 朝霞に入る。恐らくは是れ 潘安が県ならん。衛玠が車を留むるに堪へたり。深く知る 好顔色なるを。泥沙に委するを作す莫れ。
※●行暮雨:花から露が落ちて来るのを雨にたとえる ●朝霞:咲き誇る花を朝焼けの雲にたとえる ●潘安縣:晋の潘岳は字は安仁、河陽県令のとき県の随所に花を植えた ●衞玠車:晋の衞玠は風神秀異、羊車に乗じて市に入ると、人々は玉人と呼んで果物を投げ与えたという
11-67 《柳邊》 杜甫
只道梅花發。那知柳亦新。枝枝總到地。葉葉自開春。紫燕時翻翼。黃鸝不露身。漢南應老盡。灞上遠愁人。
《柳辺》
只だ道ふ 梅花 発くと。那ぞ知らん 柳も亦た新たなるを。枝枝 総べて地に到り。葉葉 自づから春に開く。紫燕 時に翼を翻し。黄鸝 身を露はさず。漢南 応に老い尽くすべし。灞上 遠く人を愁へしむ。
※●漢南:漢水の南。北周の庾信の枯樹賦に「昔年楊柳、依依漢南」というのを踏まえる ●灞上:長安の東を流れる灞水のほとり。灞水にかかる灞橋は長安を去って東へ行く人を送る送別の場所で、ここで柳を折って輪にして贈る。庾信にとっての漢南は杜甫にとっての長安である
11-68 《聞官軍收河南河北》 杜甫
劍外忽傳收薊北。初聞涕淚滿衣裳。卻看妻子愁何在。漫卷詩書喜欲狂。白首放歌須縱酒。靑春作伴好還鄕。卽從巴峽穿巫峽。便下襄陽向洛陽。
《官軍 河南河北を収むと聞く》
剣外 忽ち伝ふ 薊北を収むと。初めて聞きて 涕涙 衣裳に満つ。却って妻子を看れば 愁ひ 何くにか在る。漫に詩書を巻きて 喜び 狂はんと欲す。白首 放歌して 須らく酒を縦にすべし。青春 伴を作して 好し郷に還らん。即ち 巴峡より 巫峡を穿ち。便ち 襄陽に下りて 洛陽に向かはん。
※●官軍收河南河北:広徳元年正月、賊軍の首領史朝義が敗走途中の広陽で自害し、賊将の田承嗣・李懐仙・安忠志(李宝臣)も官軍に降って、ここに安史の乱は終結した ●劍外:剣門(剣閣)の外、すなわち蜀 ●薊北:賊軍の根拠地 ●漫卷:いい加減に巻きおさめる ●作伴:一家連れだって ●巴峽・巫峽:長江にある峡谷
11-69 《遠遊》 杜甫
賤子何人記。迷方著處家。竹風連野色。江沫擁春沙。種藥扶衰病。吟詩解嘆嗟。似聞胡騎走。失喜問京華。
《遠遊》
賤子 何人か記せん。方に迷ひて 著処に家す。竹風 野色 連なり。江沫 春沙を擁す。薬を種ゑて 衰病を扶け。詩を吟じて 嘆嗟を解く。聞くに似たり 胡騎 走ると。失喜して 京華を問ふ。
※●賤子:自己を謙遜していうことば ●著處:到る処というに同じ ●似聞:聞くところでは~のようだ ●胡騎:仇本は「邊騎」に作る。豹軒の字解にこの異同についての言及なし ●失喜:喜びを抑えきれないこと
11-70 《春日梓州登樓二首 其一》 杜甫
行路難如此。登樓望欲迷。身無卻少壯。跡有但羇栖。江水流城郭。春風入鼓鼙。雙雙新燕子。依舊已銜泥。
《春日 梓州にて楼に登る二首 其の一》
行路 難きこと此くの如し。楼に登れば 望み 迷はんと欲す。身は 却って少壮なること無く。跡は 但だ羇栖なる有り。江水 城郭に流れ。春風 鼓鼙に入る。双双たる新燕子。旧に依りて已に泥を銜む。
※●行路難:人生の途をゆくことの難しいこと。楽府題に「行路難」あり ●卻少壯:昔に戻って若くさかんになる
11-71 《春日梓州登樓二首 其二》 杜甫
天畔登樓眼。隨春入故園。戰場今始定。移柳更能存。厭蜀交遊冷。思吳勝事繁。應須理舟楫。長嘯下荆門。
《春日 梓州にて楼に登る二首 其の二》
天畔 楼に登るの眼。春に随ひて故園に入る。戦場 今始めて定まり。移柳 更に能く存せんや。厭ふ 蜀の交遊 冷やかなるを。思ふ 呉の勝事 繁きを。応に須らく 舟楫を理めて。長嘯して荊門を下るべし。
※●戰場今始定:安史の乱平定されたこと ●移柳:移植した柳。庾信の哀江南賦に「釣臺移柳、非玉關之可望」とあるのを踏まえる ●勝事:風景のよいこと ●荆門:長江のほとりの山。荊州の宜昌
11-72 《有感五首 其一》 杜甫
將帥蒙恩澤。兵戈有歲年。至今勞聖主。何以報皇天。白骨新交戰。雲臺舊拓邊。乘槎斷消息。無處覓張騫。
《感有り五首 其の一》
将帥 恩沢を蒙るに。兵戈 歳年 有り。今に至りも聖主を労せしむ。何を以てか 皇天に報いん。白骨 新たに交戦し。雲台 旧(モト) 辺を拓く。槎に乗りて消息を断つ。張騫を覓むるに処無し。
※●有歲年:何年にもわたって続いている ●新交戰:吐蕃との戦いをいう ●雲臺:漢の時、雲台に功臣の像をえがいたことから、かつての功臣たちをいう ●乘槎斷消息:張騫が武帝の命を受けて黄河の源を探っていたところ、いかだはいつの間にか天の川に到ったという伝説がある。ここでは、吐蕃に使いした李之芳が抑留されて帰ってこないことをたとえる
11-73 《有感五首 其二》 杜甫
幽薊餘蛇豕。乾坤尙虎狼。諸侯春不貢。使者日相望。愼勿吞靑海。無勞問越裳。大君先息戰。歸馬華山陽。
《感有り五首 其の二》
幽薊 蛇豕を余し。乾坤 尚ほ虎狼あり。諸侯 春に貢せず。使者 日〻に相ひ望む。慎んで青海を吞む勿れ。越裳を問ふを労する無かれ。大君 先づ戦を息め。馬を帰華山の陽に帰されよ。
※●幽薊:現在の北京周辺。安史の賊軍の根拠地 ●蛇豕:官軍に降った元の賊将らを指す ●虎狼:吐蕃などの異民族。吐蕃は唐への侵攻をくりかえし、広徳元年10月には一時長安を占拠する ●諸侯春不貢:官軍に降った賊将らは懐柔のために節度使に任じられて強大な権限をみとめられ、いわゆる「河朔三鎮」と呼ばれる藩鎮を形成した。藩鎮は半独立状態となり、徴収した税も中央に送らなかった ●使者:藩鎮に対して朝廷の命に従うよう説得する使者 ●靑海:かつて吐谷渾という異民族が拠っていた地域。吐蕃の北東。吐谷渾は吐蕃に亡ぼされ、その君民は唐に亡命した。唐は高宗の時以来、吐谷渾を復すべく青海をめぐって吐蕃と争っていた ●越裳:古代に交阯の南にあったという国。ここでは南詔国を指す。南詔は現在の雲南にあり、もともと唐から雲南王として冊封を受けていたが、天宝年間以降、唐に叛いて吐蕃と結びしばしば辺境を侵した ●歸馬華山陽:周の武王が天下を平定したあと、馬を華山の南に帰したという故事
11-74 《有感五首 其三》 杜甫
洛下舟車入。天中貢賦均。日聞紅粟腐。寒待翠華春。莫取金湯固。長令宇宙新。不過行儉德。盜賊本王臣。
《感有り五首 其の三》
洛下 舟車 入り。天中 貢賦 均し。日〻に聞く 紅粟の腐るを。寒に待つ 翠華の春なるを。金湯の固きを取る莫れ。長く宇宙を新たならしめよ。倹徳を行ふに過ぎず。盗賊も 本 王臣なり。
※●天中:天下の中央 ●貢賦均:貢賦を運んでくる道のりが等しい ●紅粟腐:穀物が余り、もみが赤く変色して腐る ●翠華:天子の御旗。この時、洛陽遷都の議があり、洛陽の人が天子の御旗がやってきて春をもたらすことを待つという意味 ●金湯:金城湯池 ●宇宙新:政治改革をおこない天下を新たにする
11-75 《有感五首 其四》 杜甫
丹桂風霜急。靑梧日夜凋。由來强幹地。未有不臣朝。授鉞親賢往。卑宮制詔遙。終依古封建。豈獨聽簫韶。
《感有り五首 其の四》
丹桂 風霜 急にして。青梧 日夜 凋む。由来 強幹の地。未だ臣朝せざるは有らず。授鉞 親賢 往けり。卑宮 制詔 遥かなり。終に古の封建に依らん。豈に独り 簫韶を聴くのみならんや。
※●丹桂:キンモクセイ(金木犀)。漢の成帝の時の童謡に「桂樹華不実」という句があり、金木犀の花は赤色で漢王室の象徴とされた。唐詩において漢はすなわち唐であり、ここでは唐の王室を指す ●靑梧:アオギリは本幹から子枝孫枝がよく育つことから、唐王室の宗藩を指す ●强幹地:枝がよく幹を守って強い幹のあるところ ●臣朝:臣下として朝廷に参勤すること ●授鉞:兵馬の権限をあたえること ●親賢:天子の近親にして賢なる人。雍王李适(のちの徳宗)を指す ●卑宮:天子が宮殿を質素にする ●古封建:周の封建制。王の親族を諸国に封じて王室の藩屏とした ●簫韶:上古の天子・舜の音楽
11-76 《有感五首 其五》 杜甫
胡滅人還亂。兵殘將自疑。登壇名絕假。報主爾何遲。領郡輒無色。之官皆有詞。願聞哀痛詔。端拱問瘡痍。
《感有り五首 其の五》
胡 滅して 人 還た乱れ。兵 残して 将 自ら疑ふ。壇に登りて 名 仮を絶ち。主に報ずること 爾 何ぞ遅き。郡を領すれば 輒ち色 無く。官に之くに 皆 詞 有り。願はくは聞かん 哀痛の詔。端拱して瘡痍を問ふを。
※●胡滅:仇本は「冦滅」に作る。この異同について豹軒の字解に言及なし ●將自疑:降伏した賊将が身の安全を疑う(そのため自己の勢力拡大にのみ腐心する) ●登壇:漢の高祖が韓信を大将軍に任命するときにおこなった儀式 ●名絕假:韓信が斉の地を制圧して、高祖に「斉の仮王にしていただきたい」と望んだところ、高祖は「仮などといわず真の王になればよい」として斉王に封じた。ここでは、唐の朝廷が節度使たちに王並みの権限を与えている実情をいう ●爾:節度使たち ●領郡:文官が州の刺史になること ●有詞:怨みごとを言う ●端拱:端坐して手を拱く ●瘡痍:傷跡。民の苦難のこと
11-77 《春日戲題惱郝使君兄》 杜甫
使君意氣凌靑霄。憶昨歡娛常見招。細馬時鳴金騕褭。佳人屢出董嬌饒。東流江水西飛燕。可惜春光不相見。願攜王趙兩紅顏。再騁肌膚如素練。通泉百里近梓州。請公一來開我愁。舞處重看花滿面。樽前還有錦纏頭。
《春日 戯れに題して郝使君兄を悩ます》
使君の意気 青霄を凌ぐ。憶ふ 昨 歓娯 常に招かれしを。細馬 時に鳴く 金騕褭。佳人 屢〻 出づ 董嬌饒。東に流るるは江水 西に飛ぶば燕。惜しむべし 春光に 相ひ見えざるを。願はくは 王趙の両紅顔を携へ。再び騁せて 肌膚 素練の如からんことを。通泉は百里 梓州に近し。請ふ 公 一たび来りて我が愁ひを開け。舞処 重ねて看ん 花の面に満つるを。樽前 還た有り 錦纏頭。
※●郝使君兄:どこかの州の刺史(あるいは元刺史)の郝氏。兄は年長者への敬称 ●金騕褭:騕褭は駿馬の種類。黄金の装飾をつけた駿馬 ●董嬌饒:董嬌嬈。漢末の美女の名 ●王趙:二人の美妓 ●通泉・梓州:通泉は郝使君の居所、梓州は杜甫の居所 ●錦纏頭:舞妓へのチップとして頭にかける錦
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