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『杜少陵詩集』巻12~巻13

杜少陵詩集

巻12

12-1 《題郪原郭三十二明府茅屋壁》 杜甫

江頭且繫船。爲爾獨相憐。雲散灌壇雨。春靑彭澤田。頻驚適小國。一擬問高天。別後巴東路。逢人問幾賢。

《郪原の郭三十二明府が茅屋の壁に題す》
江頭 且く船を繫ぎ。爾が為めに独り相ひ憐む。雲は散ず 灌壇の雨。春は青し 彭沢の田。頻りに驚く 小国に適(ユ)くを。一に高天に問はんと擬す。別後 巴東の路。人に逢はば幾賢かあると問はん。

※●郪原:郪県は梓州の治所。原というのは後詩にいう「郪城西原」であろう ●郭三十二明府:県令の郭氏。三十二は排行 ●茅屋:官吏にして貧しいのは廉潔のあかし ●灌壇:地名。捜神記に収める話に、泰山の娘で西海の妻というものが周の文王の夢に出て、泰山のほうへ帰りたいが灌壇の令に妨げられてゆけぬ、自分の通るところは暴風雨がおこる、というので、灌壇の令をしていた太公望を召してたずねると、たしかに暴風雨が灌壇の外を通過したと答えた、というものがある ●彭澤:陶淵明。彭澤県令であった ●適小國:郪県のような小さな県にばかり赴任させられているということ ●問幾賢:郭明府ほどの賢者が幾人いるかと訊ねる

12-2 《奉送崔都水翁下峽》 杜甫

無數涪江筏。鳴橈總發時。別離終不久。宗族忍相遺。白狗黃牛峽。朝雲暮雨祠。所過憑問訊。到日自題詩。

《崔都水翁が峡を下るを送り奉る》
無数 涪江の筏。橈を鳴らして 総べて発する時。別離 終に久しからず。宗族 相ひ遺すに忍びんや。白狗 黄牛の峡。朝雲暮雨の祠。過ぐる所 憑りて問訊せん。到るの日 自ら詩を題されよ。

※●崔都水翁:都水監使者の崔氏。都水監使者は河渠諸津の監署を統括する官。杜甫の舅(母の兄弟)なので翁と呼ぶ ●宗族:洛陽にいる親族 ●白狗・黃牛:峡谷の名 ●朝雲暮雨祠:巫山県の東にあり。楚の襄王の夢に巫山の神女あらわれて朝には雲となり暮れには雨とならんと言ったという故事による祠

12-3 《郪城西原送李判官兄武判官弟赴成都府》 杜甫

憑高送所親。久坐惜芳辰。遠水非無浪。他山自有春。野花隨處發。官柳著行新。天際傷愁別。離筵何太頻。

《郪城の西原にて 李判官兄・武判官弟が成都府に赴くを送る》
高きに憑りて 所親を送り。久しく坐して 芳辰を惜しむ。遠水 浪 無きに非ず。他山 自づから春有り。野花 随処に発き。官柳 著行 新たなり。天際 愁別を傷む。離筵 何ぞ太だ頻りなる。

※●郪城:郪県の城。前々詩参照 ●李判官兄:判官の李氏。作者より年上のため兄と呼ぶ ●武判官弟:判官の武氏。作者より年下のため弟と呼ぶ ●著行:どの行列(柳の並木)も

12-4 《涪江泛舟送韋班歸京得山字》 杜甫

追餞同舟日。傷春一水閒。飄零爲客久。衰老羡君還。花雜重重樹。雲輕處處山。天涯故人少。更益鬢毛斑。

《涪江に舟を泛べて韋班が京に帰るを送る。山の字を得たり》
追餞 同舟の日。春を傷む 一水の間。飄零 客と為りて久しく。衰老 君の還るを羡む。花は雑はる 重重の樹。雲は軽し 処処の山。天涯 故人 少なし。更に益さん 鬢毛の斑。

※●韋班:人名。詳細不明 ●追餞:あとから追いかけてきて、送別の餞をする

12-5 《泛舟送魏十八倉曹還京因寄岑中允參范郞中季明》 杜甫

遲日深江水。輕舟送別筵。帝鄕愁緖外。春色淚痕邊。見酒須相憶。將詩莫浪傳。若逢岑與范。爲報各衰年。

《舟を泛べて魏十八倉曹が京に還るを送り 因りて岑中允参・范郎中季明に寄す》
遅日 深江の水。軽舟 送別の筵。帝郷 愁緒の外。春色 涙痕の辺。酒を見ては 須らく相ひ憶ふべし。詩を将って 浪りに伝ふ莫れ。若し岑と范とに逢はば。為めに報ぜよ 各〻衰年なりと。

※●魏十八倉曹:倉曹は倉曹参軍事、倉穀をつかさどる官名 ●岑中允參:岑参。このとき太子中允・殿中侍御史・関西節度判官 ●范郞中季明:郎中の范季明。詳細不明 ●將詩莫浪傳:私の詩をみだりに世間に伝えてくれるな

12-6 《送路六侍御入朝》 杜甫

童稚情親四十年。中閒消息兩茫然。更爲後會知何地。忽漫相逢是別筵。不分桃花紅似錦。生憎柳絮白於綿。劍南春色還無賴。觸忤愁人到酒邊。

《路六侍御の入朝するを送る》
童稚 情 親しみしより 四十年。中間の消息 両つながら茫然たり。更に後会を為すは 知んぬ 何れの地ぞ。忽ち漫に相ひ逢ふは 是れ別筵。分とせず 桃花の紅 錦に似るを。生憎や 柳絮は綿より白し。剣南の春色 還た無頼。愁人に触忤して 酒辺に到る。

※●路六侍御:侍御史の路氏 ●童稚情親:子供のころ仲良くした ●中閒消息:子供のころと今との間の消息 ●後會:後日の再会 ●不分:この分は仄字。本分としない ●生憎:生は俗語で動詞の前に後にもつく助字。あいにく。あやにく ●劍南:蜀 ●觸忤:こころに触れて逆なでする

12-7 《涪城縣香積寺官閣》 杜甫

寺下春江深不流。山腰官閣迥添愁。含風翠壁孤雲細。背日丹楓萬禾稠。小院廻廊春寂寂。浴鳧飛鷺晚悠悠。諸天合在藤蘿外。昏黑應須到上頭。

《涪城県の香積寺の官閣》
寺下の春江 深くして流れず。山腰の官閣 迥かに愁ひを添ふ。風を含みて 翠壁 孤雲 細やかに。日に背きて 丹楓 万禾 稠し。小院 廻廊 春 寂寂たり。浴鳧 飛鷺 晩 悠悠たり。諸天 合に藤蘿の外に在るべし。昏黒 応に須らく上頭に到るべし。

※●涪城縣:梓州の西北五十五里にありという ●香積寺:涪城縣の東南三里に香積山あり、その山上の寺 ●官閣:官によって建てたたかどの ●翠壁:青い山の絶壁 ●諸天:仏教でもろもろの天上界に住んで仏法を守護する神々。毘沙門天や帝釈天など ●上頭:頂上、山頂

12-8 《泛江送客》 杜甫

二月頻送客。東津江欲平。煙花山際重。舟楫浪前輕。淚逐勸杯下。愁連吹笛生。離筵不隔日。那得易爲情。

《江に泛びて客を送る》
二月 頻りに客を送る。東津 江 平らかならんと欲す。煙花 山際に重く。舟楫 浪前に軽し。涙は 勧杯を逐ひて下り。愁ひは 吹笛に連なりて生ず。離筵 日を隔てず。那ぞ 情を為し易きを得ん。

※●東津:《觀打魚歌》に見える綿州の渡し場 ●淚逐勸杯下:酒を勧めるそばから涙が落ちる ●愁連吹笛生:笛を吹く音に続いて愁いが起こる ●不隔日:毎日続く ●那得易爲情:反語。「難為情」に同じ。悲しみのあまり情が情たり得ない

12-9 《雙燕》 杜甫

旅食驚雙燕。銜泥入北堂。應同避燥濕。且復過炎涼。養子風塵際。來時道路長。今秋天地在。吾亦離殊方。

《双燕》
旅食 驚く 双燕の。泥を銜みて北堂に入るに。応に同じく燥湿を避け。且つ復た 炎涼を過ごすなるべし。子を養ふ 風塵の際。来る時 道路 長し。今秋 天地 在り。吾も亦た 殊方を離れん。

※●旅食:旅住まい。故郷を離れた生活 ●北堂:家屋の北に位置する婦人の部屋。杜甫の妻の部屋 ●殊方:異方、他方に同じ。他郷

12-10 《百舌》 杜甫

百舌來何處。重重秪報春。知音兼眾語。整翮豈多身。花密藏難見。枝高聽轉新。過時如發口。君側有讒人。

《百舌》
百舌 何処より来たる。重重として 秪だ春を報ず。音を知りて 衆語を兼ね。翮を整ふるも 豈に多身ならんや。花 密にして 蔵れて見え難く。枝 高くして 聴けば転た新たなり。時を過ぎて 如し口を発かば。君側に 讒人 有るなり。

※●百舌:日本語ではモズだが、中国語ではクロウタドリ(囀りの美しい大型のツグミ)をいう。しかし淮南子の高誘の注に「百舌、鳥名、能易其舌效百鳥之聲、故曰百舌也。以喩人雖多言無益於事也」とあるように「百舌」は他の鳥の鳴き真似をするとされており、クロウタドリはこれに当てはまらない。この点ではモズのほうが当てはまる。なお検討が必要と思われる ●兼眾語・豈多身:たくさんの鳥の鳴き声で囀るが、その体はいくつもあるわけではなく一つである、ということ。上述のとおり、クロウタドリは鳴き真似をしないので、これに当てはまらない。一方、モズは秋の高鳴きのイメージが強いが、春~夏の繁殖期には、様々な鳥の鳴き声を真似た複雑な囀りをするのでこの内容に一致する ●過時:時節をはずれて ●君側有讒人:『汲冢周書』に「反舌有聲、佞人在側」とあり。反舌は百舌に同じ。百舌はその巧みな鳴き声から、言葉巧みに讒言する佞臣にたとえられる

12-11 《上牛頭寺》 杜甫

靑山意不盡。衮衮上牛頭。無復能拘礙。眞成浪出遊。花濃春寺靜。竹細野池幽。何處啼鶯切。移時獨未休。

《牛頭寺に上る》
青山 意 尽きず。衮衮として 牛頭に上る。復た能く拘礙せらるる無く。真成に 浪りに出遊す。花 濃かにして 春寺 静かに。竹 細くして 野池 幽なり。何処の啼鶯ぞ 切にして。時を移すも 独り未だ休まず。

※●牛頭寺:梓州郪県の西南二里に牛頭山あり、その山上の寺という ●衮衮:絶えることなく続くさま ●浪出遊:気ままに遊びに出かける ●移時:時間がたっても

12-12 《望牛頭寺》 杜甫

牛頭見鶴林。梯徑繞幽深。春色浮山外。天河宿殿陰。傳燈無白日。布地有黃金。休作狂歌老。廻看不住心。

《牛頭寺を望む》
牛頭に 鶴林を見れば。梯径 幽深を繞る。春色 山外に浮び。天河 殿陰に宿す。灯を伝へて 白日を無みし。地に布きて 黄金 有り。狂歌の老と作るを休めて。廻看せん 不住の心。

※●牛頭寺:前詩参照 ●牛頭見鶴林:仇註は鶴林を寺の名とし、牛頭寺から鶴林寺を望み見ると解し、詩題に誤りありとするが、豹軒は、「鶴林」は単に寺の意であり、牛頭山で寺(すなわち牛頭寺)を見る、と解す ●梯徑:階段状になっている小径 ●傳燈:法灯を代々絶やさず伝えること ●無白日:太陽を圧倒するほどに法灯が明るく輝く ●布地有黃金:給孤独長者が黄金を地に敷いた園を寺とし釈迦に寄進したという話による ●不住心:執着しない心

12-13 《登牛頭山亭子》 杜甫

路出雙林外。亭窺萬井中。江城孤照日。山谷遠含風。兵革身將老。關河信不通。猶殘數行淚。忍對百花叢。

《牛頭山の亭子に登る》
路は出づ 双林の外。亭は窺ふ 万井の中。江城 孤にして日に照らされ。山谷 遠く風を含む。兵革 身 将に老いんとし。関河 信 通ぜず。猶ほ残す 数行の涙。百花の叢に対するに忍びんや。

※●牛頭山:前詩・前々詩参照 ●雙林:沙羅双樹の林。寺をいう ●萬井:万家に同じ。郪県の家並み ●江城:涪江のほとりの城。梓州の城 ●兵革:兵乱をいう

12-14 《上兜率寺》 杜甫

兜率知名寺。眞如會法堂。江山有巴蜀。棟宇自齊梁。庾信哀雖久。周顒好不忘。白牛車遠近。且欲上慈航。

《兜率寺に上る》
兜率 知名の寺。真如 会法の堂。江山 巴蜀を有し。棟宇 斉梁よりす。庾信 哀しむこと 久しと雖も。周顒 好むこと 忘れず。白牛の車 遠近。且つ慈航に上らんと欲す。

※●兜率寺:梓州の南にある寺。兜率陀は梵語で「足るを知る」の意という ●眞如會法堂:真如堂はその名のとおり真如の法を会する堂である。真如は変化することのない一切万有の真性 ●自齊梁:実際には兜率寺は隋の開皇年間の建立と伝わる。杜甫がここで齊梁以来と述べる意図は定かでない ●庾信:南朝の梁に生まれ、北周に仕えた。故郷を思い《哀江南賦》を作った ●周顒:南朝斉梁の人。仏教を好む ●白牛車:法華経で、衆生を皆ともに救う大乗の教えを白牛の引く牛車にたとえる ●上慈航:救いの船に乗る。説法を聴くことを指す

12-15 《望兜率寺》 杜甫

樹密當山徑。江深隔寺門。霏霏雲氣動。閃閃浪花翻。不復知天大。空餘見佛尊。時應淸盥罷。隨喜給孤園。

《兜率寺を望む》
樹 密にして 山径に当たり。江 深くして 寺門を隔つ。霏霏として 雲気 動き。閃閃として 浪花 翻る。復た天の大なるを知らず。空しく 仏の尊きを見るを余す。時 応に清盥し罷みて。給孤の園に随喜すべし。

※●兜率寺:前詩参照 ●不復知天大:天が大きいということもわからなくなる ●空餘見佛尊:仏の尊さを見ているという状態だけが残る ●淸盥:きれいな盥の水で手を浄める ●給孤園:給孤独長者が釈迦に寄進した寺。ここでは兜率寺を指す

12-16 《甘園》 杜甫

春日淸江岸。千甘二頃園。靑雲羞葉密。白雪避花繁。結子隨邊使。開籠近至尊。後於桃李熟。終得獻金門。

《甘園》
春日 清江の岸。千甘 二頃の園。青雲 葉の密なるに羞ぢ。白雪 花の繁きを避く。子を結びて 辺使に随ひ。籠を開きて 至尊に近づく。桃李の熟するより後るるも。終に金門に献ぜらるるを得。

※●甘園:甘は柑に同じ。ミカン園。梓州の城南十里にあったという ●邊使:辺地すなわち蜀から朝廷への使い ●金門:金馬門。漢代の未央宮にあった門。文学の士の出仕するところ。すなわち、この詩は杜甫自身の願望をミカンにたとえる

12-17 《陪李梓州王閬州蘇遂州李果州四使君登惠義寺》 杜甫

春日無人境。虛空不住天。鶯花隨世界。樓閣倚山巓。遲暮身何得。登臨意惘然。誰能解金印。瀟灑共安禪。

《李梓州・王閬州・蘇遂州・李果州の四使君に陪して恵義寺に登る》
春日 無人の境。虚空 不住の天。鶯花 世界に随ひ。楼閣 山巓に倚る。遅暮 身 何をか得ん。登臨して 意 惘然たり。誰か能く 金印を解きて。瀟灑として 共に安禅せん。

※●李梓州・王閬州・蘇遂州・李果州:それぞれ梓州・閬州・遂州・果州の刺史 ●惠義寺:慧義寺に同じ。梓州の北にあり ●不住天:とどまることなく変化する空 ●遲暮:晩年 ●惘然:うっとり、ぼんやりするさま ●解金印:官職を辞す

12-18 《數陪李梓州泛江有女樂在諸舫戲爲豔曲二首贈李 其一》 杜甫

上客廻空騎。佳人滿近船。江淸歌扇底。野曠舞衣前。玉袖凌風竝。金壺隱浪偏。競將明媚色。偸眼豔陽天。

《数〻李梓州に陪して江に泛び 女楽の諸舫に在る有り。 戯れに艶曲二首を為り 李に贈る 其の一》
上客 空騎を廻し。佳人 近船に満つ。江は清し 歌扇の底。野は曠し 舞衣の前。玉袖 風を凌ぎて並び。金壺 浪に隠るること偏へなり。競ひて明媚の色を将って。眼を偸む 艶陽の天。

※●李梓州:前詩に同じ ●女樂:音曲歌舞を芸とする女、またその音楽 ●艶曲:艶っぽい歌 ●上客:上等の客。歌妓から見た李梓州 ●廻空騎:迎えに来た騎兵について帰らず、騎兵らのみをそのまま帰らす ●明媚色:鮮やかに美しい顔つき ●偸眼:ぬすみ見る。あるいは人目をぬすむ

12-19 《數陪李梓州泛江有女樂在諸舫戲爲豔曲二首贈李 其二》 杜甫

白日移歌袖。靑霄近笛牀。翠眉縈度曲。雲鬢儼成行。立馬千山暮。廻舟一水香。使君自有婦。莫學野鴛鴦。

《数〻李梓州に陪して江に泛び 女楽の諸舫に在る有り。 戯れに艶曲二首を為り 李に贈る 其の二》
白日 歌袖に移り。青霄 笛床に近し。翠眉 縈りて曲を度し。雲鬢 儼として行を成す。馬を立つれば 千山 暮れ。舟を廻せば 一水 香し。使君 自づから婦有り。野鴛鴦を学ぶ莫れ。

※●度曲:歌をうたって音楽に合わせる ●成行:列をなして舞う ●使君自有婦:使君には当然奥様がいらっしゃる。楽府の《陌上桑》で太守に言い寄られた羅敷が拒絶する際の言葉 ●野鴛鴦:野で眠るオシドリのつがい

12-20 《送何侍御歸朝》 杜甫

舟楫諸侯餞。車輿使者歸。山花相映發。水鳥自孤飛。春日垂霜鬢。天隅把繡衣。故人從此去。寥落寸心違。

《何侍御の帰朝を送る》
舟楫にて 諸侯 餞し。車輿にて 使者 帰る。山花 相ひ映じて発き。水鳥 自づから孤り飛ぶ。春日 霜鬢 垂れ。天隅 繡衣を把る。故人 此れより去る。寥落として 寸心 違ふ。

※原注あり「李梓州泛舟、筵上作」という ●何侍御:侍御史の何氏 ●諸侯:州の刺史である李梓州を指す ●使者:何侍御を指す ●把繡衣:繡衣は侍御史の代名詞、その衣を手にとって別れを惜しむ

12-21 《江亭送眉州辛別駕昇之得蕪字》 杜甫

柳影含雲幕。江波近酒壺。異方驚會面。終宴惜征途。沙晚低風蝶。天晴喜浴鳧。別離傷老大。意緖日荒蕪。

《江亭にて眉州の辛別駕昇之を送る。蕪の字を得たり》
柳影 雲幕を含み。江波 酒壺に近し。異方 会面に驚き。終宴 征途を惜しむ。沙 晩れて 風蝶 低れ。天 晴れて 浴鳧 喜ぶ。別離 老大を傷み。意緒 日〻に荒蕪す。

※●眉州:成都の西南にあり ●辛別駕昇之:眉州の別駕である辛昇之。別駕は州の刺史の副官 ●雲幕:高く張った幕 ●異方:他郷 ●會面:面会

12-22 《行次鹽亭縣聊題四韻奉簡嚴遂州蓬州兩使君咨議諸昆季》 杜甫

馬首見鹽亭。高山擁縣靑。雲溪花淡淡。春郭水泠泠。全蜀多名士。嚴家聚德星。長歌意無極。好爲老夫聽。

《行くゆく塩亭県に次り 聊か四韻を題し 厳遂州・蓬州の両使君 咨議諸昆季に簡し奉る》
馬首に塩亭を見れば。高山 県を擁して青し。雲渓 花 淡淡たり。春郭 水 泠泠たり。全蜀 名士 多く。厳家 徳星 聚る。長歌 意 極まり無し。好し老夫が為めに聴け。

※●鹽亭縣:梓州の東九十里 ●嚴遂州蓬州兩使君:ともに厳氏の、遂州と蓬州の刺史 ●咨議諸昆季:咨議の官にある厳氏の兄弟。塩亭の人で厳震という者が粛宗のとき王符の諮議参軍であり、その弟の厳礪は徳宗のとき山南西道節度となったという。諸昆季はこの厳震・厳礪のことか ●聚德星:後漢の陳寔が、子姪とともに荀淑の家を訪れたとき、天に徳星あつまるの象あり、太史が「五百里内に賢人が集まっているはず」と奏したという故事を踏まえる。厳家には賢人ぞろいという意味

12-23 《倚杖》 杜甫

看花雖郭內。倚杖卽溪邊。山縣早休市。江橋春聚船。狎鷗輕白浪。歸雁喜靑天。物色兼生意。淒涼憶去年。

《杖に倚る》
花を看るは郭内なりと雖も。杖に倚るは即ち渓辺なり。山県 早くに市を休め。江橋 春 舫を聚む。狎鷗 白浪を軽んじ。帰雁 青天を喜ぶ。物色と生意と。淒涼 去年を憶ふ。

※原注あり「鹽亭縣作」という ●狎鷗:人に馴れたカモメ ●物色・生意:景物のようすと、その生き生きしたおもむき ●淒涼憶去年:去年、乱を避けてここを通ったときの淒涼たるさまを思い出す

12-24 《惠義寺送王少尹赴成都得峰字》 杜甫

苒苒谷中寺。娟娟林表峰。闌干上處遠。結構坐來重。騎馬行春徑。衣冠起暮鐘。雲門靑寂寂。此別惜相從。

《恵義寺にて王少尹が成都に赴くを送る。峰の字を得たり》
苒苒たり 谷中の寺。娟娟たり 林表の峰。闌干 上る処 遠く。結構 坐来 重なる。騎馬 春径を行き。衣冠 暮鐘に起く。雲門 青くして寂寂たり。此の別れ 相ひ従ふを惜しむ。

※●惠義寺:《陪李梓州王閬州蘇遂州李果州四使君登惠義寺》参照 ●王少尹:成都府少尹の王氏 ●苒苒:草のさかんなるさま ●娟娟:うつくしいさま ●衣冠:衣冠をつけた立派な役人。王少尹のこと ●雲門:雲の出る門。あるいは雲のかかる門。いずれにしても恵義寺、もしくはそのあたりを指すのだろう ●惜相從:もう少し一緒にいたいと思う

12-25 《惠義寺園送辛員外》 杜甫?

朱櫻此日垂朱實。郭外誰家負郭田。萬里相逢貪握手。高才仰望足離筵。

《恵義寺の園にて辛員外を送る》
朱桜 此の日 朱実を垂れ。郭外 誰が家ぞ 負郭の田。万里 相ひ逢ひて 握手を貪り。高才 仰望して 離筵 足る。

※豹軒、この詩は贋作ならんとして解釈を省く

12-26 《又送》 杜甫?

雙峰寂寂對春臺。萬竹靑靑照客杯。細草留連侵坐軟。殘花悵望近人開。同舟昨日何由得。竝馬今朝未擬廻。直到綿州始分首。江邊樹裏共誰來。

《又た送る》
双峰 寂寂として 春台に対し。万竹 青青として 客杯を照らす。細草 留連すれば 坐を侵して軟らかく。残花 悵望すれば 人に近づきて開く。同舟 昨日 何に由りてか得ん。並馬 今朝 未だ廻らんと擬せず。直ちに綿州に至りて始めて首を分かつ。江辺 樹裏 誰と共にか来たらん。

※豹軒、この詩も前詩同様の贋作として解釈を省く

12-27 《巴西驛亭觀江漲呈竇十五使君二首 其一》 杜甫

宿雨南江漲。波濤亂遠峰。孤亭凌噴薄。萬井逼舂容。霄漢愁高鳥。泥沙困老龍。天邊同客舍。攜我豁心胸。

《巴西の駅亭にて江の漲るを観て 竇十五使君に呈す二首 其の一》
宿雨 南江 漲り。波濤 遠峰に乱る。孤亭 噴薄たるを凌ぎ。万井 舂容たるに逼る。霄漢 高鳥 愁へ。泥沙 老竜 困ず。天辺 客舎を同じくす。我を携へて心胸を豁ならしむ。

※●巴西:綿州を指す ●江漲:涪江の増水 ●竇十五使君:どこかの州の(元?)刺史の竇氏。詩の内容からすれば綿州の刺史ではない ●波濤亂遠峰:波が峰をなし、本物の峰とまぎれて区別がつかない ●噴薄:水気のわきたつさま ●萬井:万家に同じ ●舂容:水のぶつかる声のさま ●同客舍:作者も竇使君もともに旅住まいである ●攜我:竇使君が作者を連れてこの増水を見せたことをいう

12-28 《巴西驛亭觀江漲呈竇十五使君二首 其二》 杜甫

轉驚波作惡。卽恐岸隨流。賴有杯中物。還同海上鷗。關心小剡縣。傍眼見揚州。爲接情人飮。朝來減片愁。

《巴西の駅亭にて江の漲るを観て 竇十五使君に呈す二首 其の二》
転た驚く 波の悪を作すに。即ち恐る 岸の流れに随はんことを。頼ひに 杯中の物 有り。還た 海上の鷗と同にす。関心 剡県を小とし。傍眼 揚州を見る。情人の飲に接するが為めに。朝来 片愁を減ず。

※●波作惡:波が大いに荒れる ●岸隨流:岸が水流に崩されて流れ去る ●同海上鷗:機心なきゆえカモメが逃げず一緒にいる。列子に見える故事を踏まえる ●小剡縣:剡県を大したものではないと思う。剡県には山水の美で知られる景勝地・剡渓がある ●傍眼:よそ目。軽視するさま ●揚州:長江下流北岸の大都市。隋の煬帝が開鑿した大運河に面し、物資の集積地として繫栄を誇った ●情人:情けのある人、すなわち竇使君

12-29 《又呈竇使君》 杜甫

向晚波微綠。連空岸卻靑。日兼春有暮。愁與醉無醒。漂泊猶杯酒。踟蹰此驛亭。相看萬里外。同是一浮萍。

《又た竇使君に呈す》
晩に向(ナンナ)んとして 波 微かに緑に。空に連りて 岸 却って青し。日は 春と兼(トモ)に暮るる有り。愁ひは 酔ひと与に醒むる無し。漂泊 猶ほ杯酒。踟蹰す 此の駅亭。相ひ看る 万里の外。同じく是れ 一浮萍。

※●踟蹰:ためらってぐずぐずする

12-30 《陪王漢州留杜綿州泛房公西湖》 杜甫

舊相恩追後。春池賞不稀。闕庭分未到。舟楫有光輝。豉化蓴絲熟。刀鳴膾縷飛。使君雙皁蓋。灘淺正相依。

《王漢州が杜綿州を留めて房公の西湖に泛ぶに陪す》
旧相 恩追の後。春池 賞すること稀ならず。闕庭 未だ到らざるを分とす。舟楫 光輝有り。豉 化して 蓴糸 熟し。刀 鳴りて 膾縷 飛ぶ。使君の双皁蓋。灘 浅くして 正に相ひ依る。

※●王漢州:漢州刺史の王氏。漢州は成都の東北、綿州への途上にあり ●杜綿州:綿州刺史の杜氏 ●房公西湖:漢州にあり。房公は房琯。上元元年4月、礼部尚書を罷免されて晋州刺史に貶され、8月漢州刺史に遷る。漢州で湖を造成し西湖と呼んだ ●恩追:いったん地方の刺史に貶された房琯が、宝応2年4月、刑部尚書として中央に召し返されたこと ●闕庭:天子のお庭、すなわち中央の朝廷 ●舟楫:この西湖での舟遊び ●豉化:豉は味噌・納豆の類、ここでは蓴につけて食べる。化は発酵して出来上がること ●膾縷:糸のように細切りにしたなます ●雙皁蓋:皁蓋は刺史が乗る車の黒い車蓋。王と杜と刺史が二人なので双という ●相依:車蓋がひっつきあう。すなわち二人の刺史が仲良いことをいう

12-31 《得房公池鵝》 杜甫

房相西池鵝一羣。眠沙泛浦白於雲。鳳凰池上應回首。爲報籠隨王右軍。

《房公が池の鵝を得たり》
房相が西池の鵝一群。沙に眠り 浦に泛びて 雲より白し。鳳凰池上 応に首を回らすべし。為めに報ぜよ 籠は王右軍に随へりと。

※●房公池:房琯が造成した漢州の西湖。前詩参照 ●鳳凰池:禁苑にある池の名。傍らに中書省があるので中書省あるいは宰相のことも指す ●應回首:房琯が振り返ってガチョウのことを思ったであろう ●王右軍:王羲之のこと。ガチョウ好きで知られる。あるとき道士が飼っているガチョウ十数羽を気に入り、道士のために道徳経両章を写して、かわりにガチョウを籠に入れて連れ帰った。詩中の籠はすなわちガチョウを入れた籠。王右軍は杜甫自身をたとえる

12-32 《答楊梓州》 杜甫

悶到房公池水頭。坐逢楊子鎭東州。卻向靑溪不相見。廻船應載阿戎遊。

《楊梓州に答ふ》
悶して到る 房公が池水の頭。坐ながらに逢ふ 楊子の東州を鎮するに。却つて 青渓に向ひて 相ひ見ず。船を廻らし 応に阿戎を載せて遊ぶべし。

※この詩、豹軒は古人の解に納得できず、自身も見解なしとして、字解・詩意を示さない ●楊梓州:梓州刺史の楊氏 ●房公池:前詩・前々詩参照 ●阿戎:晋の王渾の子、王戎。阮籍が王渾を訪ねるたびに「君と語るより阿戎と語るほうがおもしろい」と語ったという

12-33 《舟前小鵝兒》 杜甫

鵝兒黃似酒。對酒愛新鵝。引頸嗔船逼。無行亂眼多。翅開遭宿雨。力小困滄波。客散層城暮。狐貍奈若何。

《舟前の小鵝児》
鵝児 黄なること 酒に似たり。酒に対して 新鵝を愛す。頸を引きて 船の逼るを嗔り。行 無くして 眼を乱すこと多し。翅 開きて 宿雨に遭ひ。力 小さくして 滄波に困しむ。客 散じて 層城 暮る。狐狸 若を奈何んせん。

※原注あり「漢州城西北角官池作」という ●鵝兒:ガチョウの雛 ●無行:行列をなさない

12-34 《官池春雁二首 其一》 杜甫

自古稻粱多不足。至今鸂鶒亂爲羣。且休悵望看春水。更恐歸飛隔暮雲。

《官池の春雁二首 其の一》
古より 稲粱 多く不足す。今に至るも 鸂鶒 乱れて群を為す。且つ悵望を休めて 春水を看よ。更に恐る 帰飛 暮雲に隔てられんことを。

※●官池:前詩の原注に言う官池 ●鸂鶒:水鳥の一種。オシドリに似て大なりという ●看春水:春の水を見て北へ帰る季節であることを知れ、との意

12-35 《官池春雁二首 其二》 杜甫

靑春欲盡急還鄕。紫塞寧論尙有霜。翅在雲天終不遠。力微矰繳絕須防。

《官池の春雁二首 其の二》
青春 尽きんと欲す 急ぎ郷に還らん。紫塞 寧ぞ論ぜん 尚ほ霜有るを。翅 在れば 雲天も 終に遠からず。力 微なれば 矰繳は 絶だ須らく防ぐべし。

※●紫塞:紫色の瓦で築いたとりで。太原の雁門関下にありという ●翅在:翼が健在であれば ●矰繳:いぐるみ。鳥を射る器械

12-36 《投簡梓州幕府兼簡韋十郞官》 杜甫

幕下郞官安隱無。從來不奉一行書。固知貧病人須棄。能使韋郞跡也疎。

《簡を梓州の幕府に投じ 兼ねて韋十郎官に簡す》
幕下の郎官 安隠なりや無や。従来 奉ぜず 一行の書。固より知る 貧病 人の須らく棄つべきを。能く 韋郎をして 跡 亦た疎ならしめんや。

※●韋十郞官:郎官である韋氏 ●幕下郞官:州の幕僚たる郎官たち ●貧病:貧乏で病気の者。杜甫のこと

12-37 《漢川王大錄事宅作》 杜甫

南溪老病客。相見下肩輿。近髮看烏帽。催蓴煮白魚。宅中平岸水。身外滿牀書。憶爾才名叔。含悽意有餘。

《漢川の王大録事の宅にて作る》
南渓の 老病の客。相ひ見て 肩輿より下る。髪に近づきて 烏帽を看。蓴を催して 白魚を煮る。宅中 平岸の水。身外 満床の書。憶ふ 爾が才名の叔たるを。悽を含みて 意 余り有り。

※●漢川:豹軒の字解によれば、郭知達本には「漢州」に作り、「川」とするは仇本の誤りという。妥当と思うが、本文は「川」のまま改めていない。いま「川」に従う ●王大錄事:漢州の録事参軍の王氏。大は排行で一に相当、すなわち長男。《王錄事許修草堂貲不到聊小詰》の王録事と同一人物か ●南溪:杜甫の草堂のある浣花渓 ●催蓴:蓴を出せと催促する ●才名叔:豹軒は、叔は寂の誤りとするが、寂に作る本があるわけではない。いま仇本に従う

12-38 《短歌行送祁錄事歸合州因寄蘇使君》 杜甫

前者途中一相見。人事經年記君面。後生相勸何寂寥。君有長才不貧賤。君今起柂春江流。余亦沙邊具小舟。幸爲達書賢府主。江花未盡會江樓。

《短歌行。祁録事が合州に帰るを送り 因りて蘇使君に寄す》
前者 途中に 一たび相ひ見。人事 年を経るも 君が面を記す。後生 相ひ勧むる 何ぞ寂寥たる。君 長才 有りて 貧賤ならず。君 今 柂を起こす 春江の流れ。余も亦た 沙辺に小舟を具ふ。幸ひに為めに書を達せよ 賢府主に。江花 未だ尽きざるに 江楼に会せん。

※●祁錄事:録事参軍の祁氏 ●合州:涪陵郡、剣南東道府に属す。涪江が嘉陵江に合流するところ ●蘇使君:合州刺史の蘇氏 ●前者:さきに、先日、以前 ●人事經年:人事にまぎれて幾年が過ごした ●後生相勸:若者で、励まし勧奨するに足る人物 ●賢府主:賢明なる役所の主人、すなわち祁録事の上司である蘇使君

12-39 《送韋郞司直歸成都》 杜甫

竄身來蜀地。同病得韋郞。天下兵戈滿。江邊歲月長。別筵花欲暮。春日鬢俱蒼。爲問南溪竹。抽梢合過牆。

《韋郎司直が成都に帰るを送る》
竄身 蜀地に来たり。同病 韋郎を得たり。天下 兵戈 満ち。江辺 歳月 長し。別筵 花暮れんと欲し。春日 鬢 俱に蒼し。為めに問へ 南渓の竹。抽梢 合に牆を過ぐべし。

※●韋郞司直:司直の韋氏。郎は男子の敬称 ●竄身:身をかくして逃れる ●南溪:杜甫の草堂のある浣花渓 ●抽梢:ぬきんでた梢

12-40 《寄題江外草堂》 杜甫

我生性放誕。雅欲逃自然。嗜酒愛風竹。卜居必林泉。遭亂到蜀江。臥痾遣所便。誅茅初一畝。廣地方連延。經營上元始。斷手寶應年。敢謀土木麗。自覺面勢堅。亭臺隨高下。敞豁當淸川。惟有會心侶。數能同釣船。干戈未偃息。安得酣歌眠。蛟龍無定窟。黃鵠摩蒼天。古來賢達士。寧受外物牽。顧惟魯鈍姿。豈識悔吝先。偶攜老妻去。慘澹凌風煙。事跡無固必。幽貞貴雙全。尙念四小松。蔓草易拘纏。霜骨不堪長。永爲鄰里憐。

《江外の草堂に寄題す》
我 生まれながら 性 放誕なり。雅(ツネ)に自然に逃れんと欲す。酒を嗜みて 風竹を愛し。居を卜するは 必ず林泉。乱に遭ひて 蜀江に到り。痾に臥して 便とする所にて遣る。誅茅 初め一畝。広地 方に連延たり。経営す 上元の始め。手を断つ 宝応の年。敢へて土木の麗なるをを謀らんや。自づから覚ゆ 面勢の堅きを。亭台 高下に随ひ。敞豁 清川に当たる。惟だ 会心の侶 有り。数〻 能く 釣船を同じくす。干戈 未だ偃息せず。安んぞ酣歌して眠るを得ん。蛟竜 定窟 無く。黄鵠 蒼天を摩す。古来 賢達の士。寧ぞ外物の牽を受けん。顧みて惟ふ 魯鈍の姿。豈に 悔吝に先んずるを識らんや。偶〻 老妻を携へ去りて。惨澹として 風煙を凌ぐ。事跡 固必 無く。幽貞 双全を貴ぶ。尚ほ念ふ 四小松。蔓草 拘纏し易く。霜骨 長ずるに堪へず。永く隣里の憐れみを為さんことを。

※●江外草堂:錦江の外の浣花渓の草堂 ●放誕:思うまま好きなことをいう ●遣所便:都合のよいところで悶を遣る ●誅茅:茅を切って屋根を葺く ●上元・寶應:元号 ●斷手:作業をやめる ●面勢:向きや形 ●敞豁:からりと開けたさま ●悔吝:後悔してうらむ。悔恨 ●固必:こだわって融通のきかぬこと ●幽貞:しずかに引っ込んでいることと、正しい道を堅くまもること ●四小松:草堂に植えた四本の小さな松

12-41 《陪章留後侍御宴南樓得風字》 杜甫

絕域長夏晚。兹樓淸宴同。朝廷燒棧北。鼓角漏天東。屢食將軍第。仍騎御史驄。本無丹竈術。那免白頭翁。寇盜狂歌外。形骸痛飮中。野雲低度水。簷雨細隨風。出號江城黑。題詩蠟炬紅。此身醒復醉。不擬哭途窮。

《章留後侍御に陪して南楼に宴す。風の字を得たり》
絶域 長夏の晩。兹の楼 清宴 同じ。朝廷は 焼桟の北。鼓角は 漏天の東。屢〻将軍の第に食し。仍って 御史の驄に騎る。本より丹竈の術 無く。那んぞ白頭の翁たるを免れん。寇盗 狂歌の外。形骸 痛飲の中。野雲 低く水を度り。簷雨 細かに風に随ふ。号を出だせば 江城 黒く。詩を題すれば 蠟炬 紅なり。此の身 醒めて復た酔ひ。途窮に哭せんと擬せず。

※●章留後侍御:留後は節度使が朝廷へ帰る際におく留守役。東川節度使の留守役で侍御史でもある章彝という人物 ●南樓:梓州城の南楼 ●絕域:蜀をさす ●燒棧:焼かれた桟道。秦の滅亡後、劉邦が漢中・巴蜀の王に封じられて巴蜀に入る際、張良の進言により、項羽の警戒を解くため、桟道を焼いて中原に進出する野心がないようによそおった ●漏天:水の漏れる天。大雨の降る地方をいう。蜀にも漏天と称される地方がいくつかあるという ●將軍・御史:ともに章彝をさす ●丹竈術:不老長生の仙薬をかまどで錬る術 ●出號:章彝が部下に命令を出す ●哭途窮:阮籍の故事

12-42 《臺上得涼字》 杜甫

改席臺能迥。留門月復光。雲霄遺暑濕。山谷進風涼。老去一杯足。誰憐屢舞長。何須把官燭。似惱鬢毛蒼。

《台上。涼の字を得たり》
席を改めて 台 能く迥かなり。門に留まりて 月 復た光る。雲霄 暑湿を遺(ワス)れ。山谷 風涼を進む。老い去って 一杯にて足る。誰か憐れまん 屢〻舞ふことの長きを。何ぞ須ひん 官燭を把るを。鬢毛の蒼たるに悩まさるるに似たり。

※前詩の章氏の宴の続きである ●臺能迥:台上から遠くまで見渡せる ●留門:門内に留まる ●官燭:留後・侍御史である章氏の燭なので官燭という ●似:そういう気がする

12-43 《送王十五判官扶侍還黔中得開字》 杜甫

大家東征逐子回。風生洲渚錦帆開。靑靑竹筍迎船出。白白江魚入饌來。離別不堪無限意。艱危深仗濟時才。黔陽信使應稀少。莫怪頻頻勸酒杯。

《王十五判官の扶侍して黔中に還るを送る。開の字を得たり》
大家 東征し 子を逐ひて回る。風 生じて 洲渚 錦帆 開く。青青たる竹筍 船を迎へて出で。白白たる江魚 饌に入り来たる。離別 堪へず 無限の意。艱危 深く仗る 済時の才。黔陽は 信使 応に稀少なるべし。怪しむ莫かれ 頻頻として酒杯を勧むるを。

※●王十五判官:判官の王氏。十五は排行 ●扶侍:母に侍して扶ける ●黔中:郡または道の名。湖南の西部から四川の東南部にかかる ●大家:家は「こ」と読む。後漢の班昭のこと。息子の曹穀が陳留の長官となるとそれに従って陳留に赴き、《東征賦》を作った。老いて後、宮中に入り、女官の師となって女官たちから「大家」と呼ばれた。ここでは王判官の母をたとえる ●竹筍:三国呉の孟宗は孝行で知られ、母のため冬に竹林でタケノコを求め、哀歎したところタケノコが生えたという故事を踏まえ、王判官を孟宗にたとえる ●白白:仇本は「日日」に作る。この異同について豹軒の字解に言及なし ●江魚:後漢の姜詩もまた至孝、江水と膾を好む母のため妻とともに六七里離れた江から水を汲み、魚膾を求めて供した。ある日、家のそばに泉が湧き、その味は江水に同じく、また毎朝二尾のコイを出だしたという ●信使:手紙を持っていく使い

12-44 《喜雨》 杜甫

春旱天地昏。日色赤如血。農事都已休。兵戎況騷屑。巴人困軍須。慟哭厚土熱。滄江夜來雨。眞宰罪一雪。穀根小蘇息。沴氣終不滅。何由見寧歲。解我憂思結。崢嶸羣山雲。交會未斷絕。安得鞭雷公。滂沱洗吳越。

《雨を喜ぶ》
春旱 天地 昏く。日色 赤くして血の如し。農事 都て已に休す。兵戎 況んや騒屑たるをや。巴人 軍須に困しみ。慟哭す 厚土の熱するに。滄江 夜来の雨。真宰 罪 一雪す。穀根 小しく蘇息するも。沴気 終に滅せず。何に由りてか 寧歳を見。我が憂思の結びたるを解かん。崢嶸たる群山の雲。交会して未だ断絶せず。安んぞ得ん 雷公に鞭ちて。滂沱として呉越を洗ふを。

※原注に「浙右多盜賊」とあり ●巴人:このとき杜甫がいた梓州は巴の地方にあたる ●軍須:軍需に同じ。軍需のため物品を徴発されるのに苦しむ ●滄江:涪江をさす ●眞宰:造物主、天 ●罪一雪:旱をもたらした自らの罪をこの雨ですべてすすぎ清める ●沴氣:悪い気 ●交會:いりまじる ●吳越:浙江地方。宝応元年8月、台州の袁晁が謀叛して浙江の州郡を陥れ、広徳元年4月、李光弼がこれを討った

12-45 《述古三首 其一》 杜甫

赤驥頓長纓。非無萬里姿。悲鳴淚至地。爲問馭者誰。鳳凰從東來。何意復高飛。竹花不結實。念子忍朝饑。古來君臣合。可以物理推。賢人識定分。進退固其宜。

《古を述ぶ三首 其の一》
赤驥 長纓に頓し。万里の姿 無きに非ず。悲鳴 涙 地に至る。為めに問ふ 馭者は誰ぞと。鳳凰 東より従り来たる。何の意ぞ 復た高飛す。竹花 実を結ばず。念ふ 子が朝饑を忍ぶを。古来 君臣の合。物理を以て推すべし。賢人 定分を識り。進退 固より其の宜なり。

※●赤驥:栗毛の駿馬 ●頓長纓:長いひもが邪魔になって疲れる ●馭者誰:駿馬をこんな目にあわせる馭者はいったいどんな馭者か、すなわち馭者の無能をそしる意 ●竹花不結實:鳳凰は竹の実しか食わないという ●子:二人称。鳳凰をさす ●進退固其宜:進退いずれにしても宜しきにかなう

12-46 《述古三首 其二》 杜甫

市人日中集。於利競錐刀。置膏烈火上。哀哀自煎熬。農人望歲稔。相率除蓬蒿。所務榖爲本。邪贏無乃勞。舜擧十六相。身尊道何高。秦時任商鞅。法令如牛毛。

《古を述ぶ三首 其の二》
市人 日中に集まり。利に於いて錐刀を競ふ。膏を烈火の上に置き。哀哀として自ら煎熬す。農人 歳の稔るを望み。相ひ率ゐて 蓬蒿を除く。務むる所は榖を本と為す。邪贏は 乃ち労すること無からんや。舜は 十六相を挙げ。身 尊くして 道 何ぞ高き。秦時 商鞅に任じ。法令 牛毛の如し。

※●錐刀:錐や刀の先ほどのわずかな利益 ●置膏烈火上・哀哀自煎熬:荘子のいう「膏火自煎」のこと ●邪贏:よこしまなもうけ ●邪贏:よこしまなもうけ ●無乃勞:骨折りなことではなかろうか ●十六相:舜は八元八愷と呼ばれる十六人の賢者を大臣に用いた ●商鞅:戦国秦の孝公に仕え、法治によって富国強兵を推し進めたが、各所の反発を招き、最後は謀叛に追い込まれて敗死した ●如牛毛:きわめて細かいことをいう

12-47 《述古三首 其三》 杜甫

漢光得天下。祚永固有開。豈惟高祖聖。功自蕭曹來。經綸中興業。何代無長才。吾慕寇鄧勳。濟時信良哉。耿賈亦宗臣。羽翼共徘徊。休運終四百。圖畫在雲臺。

《古を述ぶ三首 其の三》
漢光 天下を得て。祚の永きは 固より開く有り。豈に惟だ 高祖の聖なるのみならんや。功は 蕭曹より来たる。中興の業を経綸するに。何れの代か 長才 無からん。吾は慕ふ 寇鄧の勲。済時 信に良なるかな。耿賈も 亦た宗臣。羽翼して 共に徘徊す。休運 終に四百。図画 雲台に在り。

※●漢光:後漢の光武帝 ●祚永:帝位の継承が長くつづいたこと ●固有開:そもそも最初に国を開いた人(すなわち漢の高祖劉邦)があったからである ●蕭曹:蕭何と曹参。漢の初代と二代目の相国 ●寇鄧・耿賈:寇恂・鄧禹と耿弇・賈復。いずれも光武帝の功臣で雲台二十八将にかぞえられる ●雲臺:後漢の明帝、前代の功臣を顕彰するため、二十八将を選んでその図像を南宮の雲台に画かせた

12-48 《陪章留後惠義寺餞嘉州崔都督赴州》 杜甫

中軍待上客。令肅事有恆。前驅入寶地。祖帳飄金繩。南陌旣留歡。兹山亦深登。淸聞樹杪磬。遠謁雲端僧。廻策匪新岸。所攀仍舊藤。耳激洞門飆。目存寒谷冰。出塵閟軌躅。畢景遺炎蒸。永願坐長夏。將衰棲大乘。羇旅惜宴會。艱難懷友朋。勞生共幾何。離恨兼相仍。

《章留後が恵義寺にて嘉州の崔都督が州に赴くを餞するに陪す》
中軍 上客を待ち。令 粛として 事 恒有り。前駆 宝地に入り。祖帳 金縄に飄へる。南陌 既に留歓し。兹の山 亦た深く登る。清く聞く 樹杪の磬。遠く謁す 雲端の僧。策を廻らすは 新岸に匪ず。攀づる所は 仍ほ旧藤。耳には激す 洞門の飆。目には存す 寒谷の氷。出塵 軌躅 閟づ。畢景 炎蒸を遺(ワス)る。永く願ふ 長夏に坐して。将に衰へんとして大乗に棲まんことを。羇旅 宴会を惜しみ。艱難 友朋を懐ふ。労生 共に幾何ぞ。離恨 兼ねて相ひ仍る。

※●章留後:《陪章留後侍御宴南樓得風字》参照 ●惠義寺:《陪李梓州王閬州蘇遂州李果州四使君登惠義寺》参照 ●嘉州:成都の南 ●中軍:本軍。章留後の率いる軍 ●事有恆:定まった決まりのとおりに事がおこなわれ、規律正しい ●寶地:寺のこと ●祖帳:別れの筵のとばり ●閟軌躅:車輪の跡も人の足跡もない ●畢景:終日に同じ ●勞生:この世に生きるために苦労すること

12-49 《送竇九歸成都》 杜甫

文章亦不盡。竇子才縱橫。非爾更苦節。何人符大名。讀書雲閣觀。問絹錦官城。我有浣花竹。題詩須一行。

《竇九が成都に帰るを送る》
文章も 亦た尽きず。竇子 才 縦横なり。爾が更に苦節なるに非ずんば。何人か 大名に符せん。書を読む 雲閣観。絹を問ふ 錦官城。我に浣花の竹有り。詩を題するに 一行を須つ。

※●竇九:成都の竇少尹(《章梓州橘亭餞成都竇少尹得涼字》参照)の子か ●符大名:持てる実力に相応するだけの高名を得る ●雲閣觀:成都にある道観 ●問絹:父を訪ねること。魏の胡質、荊州刺史となり、その子の威、都から驢馬に乗り野宿して訪ねてきた。質がこれに絹一匹を与えたところ、威は「清貧の父上がどうやってこんなものを手に入れたのですか」と聞き、質は「わしの俸給の残りで、少しお前の糧をたすけようというだけだ」と答えた

12-50 《章梓州水亭》 杜甫

城晚通雲霧。亭深到芰荷。吏人橋外少。秋水席邊多。近屬淮王至。高門薊子過。荆州愛山簡。吾醉亦長歌。

《章梓州が水亭》
城 晩れて 雲霧 通じ。亭 深くして 芰荷に到る。吏人 橋外に少なく。秋水 席辺に多し。近属 淮王 至り。高門 薊子 過ぐ。荊州 山簡を愛す。吾 酔ひて 亦た長歌す。

※原注に「時漢中王兼道士席謙在㑹、同用荷字韻」とあり。席謙は梓州にある肅明観の道士。碁にすぐれた ●章梓州:梓州の留後章彝 ●芰荷:菱と蓮 ●近屬:天子の近親 ●淮王:漢の淮南王劉安のこと。漢中王をたとえる ●薊子:薊子訓という仙人。都で二十三家の貴族の宅に同時に現れたという逸話がある。席謙をたとえる ●山簡:晋の山簡、襄陽に鎮するに、常に習家の池に遊んで酒を飲んだ。荊州の民はこれを愛して童謡にうたった。章留後をたとえる

12-51 《章梓州橘亭餞成都竇少尹得涼字》 杜甫

秋日野亭千橘香。玉杯錦席高雲涼。主人送客何所作。行酒賦詩殊未央。衰老應難爲離別。賢聲此去有輝光。豫傳籍籍新京兆。靑史無勞數趙張。

《章梓州が橘亭にて成都の竇少尹を餞す。涼の字を得たり》
秋日 野亭 千橘 香し。玉杯 錦席 高雲 涼し。主人 客を送るに 何の作す所ぞ。酒を行らし 詩を賦し 殊に未だ央きず。衰老 応に離別を為し難かるべく。賢声 此を去りて 輝光 有らん。予め伝ふ 籍籍たる新京兆。青史 趙張を数ふるを労する無し。

※●橘亭:ミカン畑の中にあるあずまや ●行酒:酒を客についでまわること ●應難爲離別:仇本は「應為難離别」に作るが、豹軒は意味が通じないとして、他本に従い改めている ●籍籍:噂のやかましいさま ●新京兆:新任の京兆尹。成都は至徳2年に南京とされているため、京兆と呼んだもの ●趙張:漢の趙広漢と張敞は二人あいついで京兆尹となったので、吏民は「前有趙張、後有三王」と言った

12-52 《隨章留後新亭會送諸君》 杜甫

新亭有高會。行子得良時。日動映江幕。風鳴排檻旗。絕葷終不改。勸酒欲無辭。已墮峴山淚。因題零雨詩。

《章留後が新亭の会に随ひて諸君を送る》
新亭に 高会 有り。行子 良時を得たり。日は動く 江に映ずるの幕。風は鳴る 檻に排するの旗。葷を絶つこと 終に改めず。酒を勧められて 辞すること無からんと欲す。已に堕とす 峴山の涙。因りて題す 零雨の詩。

※●行子:旅立つ人 ●排檻:欄檻に並べる ●絕葷:仏道にしたがい、臭いの強い食物を断つ ●峴山淚:晋の羊祜は民から慕われ、没後、民が襄陽の峴山に碑を建てた。碑文を読むもの涙せざるはなく、杜預がこれを堕涙碑と名付けた ●零雨詩:送別の詩。晋の孫楚の《陟陽候送别》詩に「晨風飄岐路。零雨被秋草」とあり

12-53 《客舊館》 杜甫

陳迹隨人事。初秋別此亭。重來梨葉赤。依舊竹林靑。風幔何時卷。寒砧昨夜聲。無由出江漢。愁緖日冥冥。

《旧館に客たり》
陳迹 人事に随ひ。初秋 此の亭に別る。重ねて来れば 梨葉 赤く。旧に依りて 竹林 青し。風幔 何れの時にか巻ける。寒砧 昨夜 声あり。江漢を出づるに由無く。愁緒 日〻に冥冥たり。

※●舊館:梓州の客舎。一度立ち去ってまた元の客舎に戻ったので旧という ●何時卷:いつの間に巻き去ったのか ●江漢:梓州地方をいう

12-54 《戲作寄上漢中王二首 其一》 杜甫

雲裏不聞雙雁過。掌中貪看一珠新。秋風嫋嫋吹江漢。只在他鄕何處人。

《戯れに作りて漢中王に寄せ上る二首 其の一》
雲裏 聞かず 双雁の過ぐるを。掌中 貪り看るならん 一珠の新たなるを。秋風 嫋嫋として 江漢を吹く。只だ他郷に在るは何処の人ぞ。

※原注に「王新誕明珠」という。明珠は男児のこと ●雙雁:手紙の意 ●一珠新:生まれたばかりの漢中王の男児を指す ●何處人:どこの者か、それは私ですの意

12-55 《戲作寄上漢中王二首 其二》 杜甫

謝安舟楫風還起。梁苑池臺雪欲飛。杳杳東山攜妓去。泠泠修竹待王歸。

《戯れに作りて漢中王に寄せ上る二首 其の二》
謝安が舟楫 風 還た起こり。梁苑の池台 雪 飛ばんと欲す。杳杳として東山に妓を携へ去る。泠泠たる修竹 王の帰るを待つ。

※●謝安舟楫:晋の謝安、孫綽らと海に舟を浮かべ、風浪起こって諸人懼れるに、謝安はひとり平然としていたという。漢中王を謝安にたとえる ●梁苑:漢時、梁の孝王の営んだ庭園。謝霊運の雪賦に「梁王遊於兎園、俄而微霰零、密雪下」とあり。漢中王の庭園を梁王の園にたとえる ●東山攜妓:謝安の故事 ●泠泠:ここでは風が竹を吹く音のさま ●修竹:梁王の園には修竹多く、枚乗の兎園賦に「修竹檀欒夾池水」とあり

12-56 《椶拂子》 杜甫

椶拂且薄陋。豈知身效能。不堪代白羽。有足除蒼蠅。熒熒金錯刀。濯濯朱絲繩。非獨顏色好。亦由顧盻稱。吾老抱疾病。家貧臥炎蒸。咂膚倦撲滅。賴爾甘服膺。物微世競棄。義在誰肯徵。三歲淸秋至。未敢闕緘縢。

《棕払子》
棕払 且つ薄陋なり。豈に知らんや 身に効能あるを。白羽に代るに堪へざるも。蒼蠅を除くに足る有り。熒熒たり 金錯刀。濯濯たり 朱糸縄。独り顔色の好きのみに非ず。亦た顧盻に称ふに由る。吾 老いて 疾病を抱き。家 貧にして 炎蒸に臥す。咂膚 撲滅に倦み。爾に頼りて 甘んじて服膺す。物 微なれば 世 競ひ棄つ。義 在るも 誰か肯へて徴せん。三歳 清秋 至れば。未だ敢へて緘縢を闕かず。

※●椶拂子:シュロ(棕櫚)の毛で作った払子。蠅や蚊をはらうのに用いる ●白羽:白羽扇。諸葛孔明は白羽扇にて軍を指揮した ●金錯刀:黄金の文字模様で飾った刀。払子の柄の部分に黄金の装飾があってそれをたとえたものか ●濯濯:鮮やかに清いさま ●朱絲繩:赤い絹糸の縄。払子の柄についている紐か ●咂膚:皮膚を噛むもの。蚊のたぐい ●服膺:胸につける。肌身離さない ●徵:召し求める ●三歲:ここでは長年の意 ●緘縢:払子を箱にしまったうえで縄でからげ大事にしまっておくことをいう。世の中の人のように秋が来たら捨ててしまうことはせず、毎年大事にしまっておくということ

12-57 《送陵州路使君之任》 杜甫

王室比多難。高官皆武臣。幽燕通使者。岳牧用詞人。國待賢良急。君當拔擢新。佩刀成氣象。行蓋出風塵。戰伐乾坤破。瘡痍府庫貧。眾寮宜潔白。萬役但平均。霄漢瞻佳士。泥塗任此身。秋天正搖落。回首大江濱。

《陵州の路使君が任に之くを送る》
王室 比(コノゴロ) 多難。高官は 皆 武臣。幽燕 使者を通ず。岳牧 詞人を用ふ。国 賢良を待つこと急にして。君 抜擢に当たること新たなり。佩刀 気象を成し。行蓋 風塵を出づ。戦伐 乾坤 破れ。瘡痍 府庫 貧し。衆寮 宜しく潔白なるべし。万役 但だ 平均たれ。霄漢 佳士を瞻。泥塗 此の身を任ず。秋天 正に揺落す。首を回らす 大江の浜。

※●陵州:成都の南 ●路使君:陵州刺史の路氏 ●幽燕:幽州および燕国の地。安史の乱の起こった地 ●通使者:安史の乱平定により使者が通じるようになった ●岳牧:地方の長官。上古の舜の時、四岳十二牧あり ●佩刀:晋の呂虔の佩刀は三公が佩びるべきものと言われていた。呂虔が刺史となるにあたり、別駕の王祥に「公輔の望」ありとしてその刀を与えた ●成氣象:呂虔の刀のごとく三公の位にも昇るきざしをあらわす ●行蓋:刺史として管内をめぐる馬車の車蓋 ●瘡痍:民力の傷つくこと

12-58 《送元二適江左》 杜甫

亂後今相見。秋深復遠行。風塵爲客日。江海送君情。晉室丹陽尹。公孫白帝城。經過自愛惜。取次莫論兵。

《元二の江左に適くを送る》
乱後 今 相ひ見え。秋 深くして 復た遠く行く。風塵 客と為るの日。江海 君を送るの情。晋室の丹陽尹。公孫の白帝城。経過 自ら愛惜し。取次に兵を論ずる莫かれ。

※●元二:原注に「元結也」という。しかし銭謙益によれば、元結はその伝に従えば蜀にも江東にも行ったことはなく元結ではあり得ない、という ●江左:江東 ●丹陽尹:丹陽は漢がはじめて置いた郡。晋代にはその治所は健康(今の南京)であった。西晋が滅んで、健康に東晋が立つと、丹陽郡は都を含むこととなり丹陽尹と改められた ●公孫:公孫述。前漢滅び王莽が新を建てた混乱期、蜀に自立し、帝を自称した ●白帝城:今の重慶市奉節県、長江三峡の西端入口に位置する城。公孫述が築き、城の井戸から白竜が現れたとして、自ら白帝と称し、城を白帝城となづけた ●取次:かりそめに、しばらく ●論兵:原注に「元、嘗應孫呉科舉」とあり。元二は孫呉科という兵法の試験科目に応じたことがあるほどの人ではあるが、この旅の間は兵を論ずるのはやめたまえ、という意

12-59 《九日》 杜甫

去年登高郪縣北。今日重在涪江濱。苦遭白髮不相放。羞見黃花無數新。世亂鬱鬱久爲客。路難悠悠常傍人。酒闌卻憶十年事。腸斷驪山淸路塵。

《九日》
去年 登高す 郪県の北。今日 重ねて在り 涪江の浜。苦しみて遭ふ 白髪の相ひ放たざるに。羞ぢて見る 黄花の無数に新しきを。世 乱れ 鬱鬱として 久しく客と為り。路 難く 悠悠として 常に人に傍ふ。酒 闌にして 却って憶ふ 十年の事。腸は断ゆ 驪山 清路の塵。

※●九日:重陽の節句 ●登高:重陽の節句に高所に登って親族友人等と酒を飲み厄を払う ●郪縣:梓州の治所。《題郪原郭三十二明府茅屋壁》参照 ●不相放:自分をつかまえて放してくれない ●十年事:このとき広徳元年秋、九年前の天宝14年冬に安禄山挙兵し天下大乱となる。十年というのは概数 ●驪山淸路:玄宗、楊貴妃とともにしばしば驪山の華清宮に行幸した。清路とは、天子行幸の際に道を掃き清めること

12-60 《對雨》 杜甫

莽莽天涯雨。江邊獨立時。不愁巴道路。恐濕漢旌旗。雪嶺防秋急。繩橋戰勝遲。西戎甥舅禮。未敢背恩私。

《雨に対す》
莽莽たり 天涯の雨。江辺 独り立つの時。愁へず 巴の道路。湿ほさんことを恐る 漢の旌旗。雪嶺 防秋 急にして。縄橋 戦勝 遅し。西戎 甥舅の礼。未だ敢へて 恩私に背かざらん。

※●江邊:涪江のほとり ●巴道路:このとき杜甫は梓州より閬州へ向かっており、その道をいう ●漢旌旗:漢はすなわち唐。官軍の軍旗が湿り、兵たちが濡れることを気遣う ●雪嶺:山名。《贈蜀僧閭丘師兄》参照 ●防秋:異民族を防ぐこと。秋には馬が肥え、北方異民族の侵入が盛んになることからいう。広徳元年7月、吐蕃が河隴地方を占拠した ●繩橋:《入奏行贈西山檢察使竇侍御》参照 ●甥舅禮:唐は吐蕃の王に公主を降嫁しており、唐の天子と吐蕃の王は舅と婿の関係にあった

12-61 《薄暮》 杜甫

江水長流地。山雲薄暮時。寒花隱亂草。宿鳥探深枝。故國見何日。高秋心苦悲。人生不再好。鬢髮白成絲。

《薄暮》
江水 長流の地。山雲 薄暮の時。寒花 乱草に隠れ。宿鳥 深枝を探る。故国 見るは何れの日ぞ。高秋 心 苦だ悲し。人生 再びは好からず。鬢髪 白くして糸を成す。

※●江水:嘉陵江の水 ●不再好:もう一度良いとき(若いとき)に戻ることはない ●白成絲:仇本は白を「自」に作る。豹軒が他本の「白」に従う理由について字解に言及はない

12-62 《閬州奉送二十四舅使自京赴任靑城》 杜甫

聞道王喬舄。名因太史傳。如何碧鷄使。把詔紫微天。秦嶺愁回首。涪江醉泛船。靑城漫汙雜。吾舅意凄然。

《閬州にて二十四舅使が京より青城に赴任するを送り奉る》
聞くならく 王喬が舄。名は 太史に因って伝ふと。如何ぞ 碧鶏の使ひ。詔を把る 紫微の天に。秦嶺 愁へて首を回らし。涪江 酔ひて船を泛べしならん。青城 漫りに汚雑なり。吾が舅 意 凄然たらん。

※●閬州:現在の四川省閬中市。四川盆地の北東部、嘉陵江と東河(東游水)の合流点に位置する ●二十四舅使:二十四は排行、舅は母の兄弟、よって姓は崔。使は天子の使者をつとめたことをいう ●靑城:県名 ●王喬舄:王喬双鳧の故事。後漢の王喬は神術で名あり。葉県の令のとき、その入朝に際して車騎見えず、つがいの鴨が飛んでくるだけだったので、その鴨をとらえてみると、一足の舄(くつ)であった ●碧鷄使:漢の王褒、宣帝の命により蜀の金馬碧鶏の神を祀るために使者として出された ●紫微:殿の名。開元24年、新任の県令をあつめて宴したという ●汙雜:風俗汚れ、居民雑多

12-63 《王閬州筵奉酬十一舅惜別之作》 杜甫

萬壑樹聲滿。千崖秋氣高。浮舟出郡郭。別酒寄江濤。良會不復久。此生何太勞。窮愁但有骨。羣盜尙如毛。吾舅惜分手。使君寒贈袍。沙頭暮黃鶴。失侶亦哀號。

《王閬州が筵にて十一舅が惜別の作に酬ひ奉る》
万壑 樹声 満ち。千崖 秋気 高し。浮舟 郡郭を出で。別酒 江濤に寄す。良会 復た久しからず。此の生 何ぞ太だ労す。窮愁 但だ 骨 有り。群盗 尚ほ毛の如し。吾が舅 分手を惜しみ。使君 寒くして袍を贈る。沙頭 暮れの黄鶴。侶を失ひて 亦た哀号す。

※●王閬州:閬州刺史の王氏 ●十一舅:排行が十一の母の兄弟。次の詩に「青城に赴く」とあるので、前詩の二十四舅に従ってゆくものらしい ●但有骨:肉やせおとろえ骨ばかり ●如毛:毛のように多い ●亦哀號:自分と同じく黄鶴もまた

12-64 《閬州東樓筵奉送十一舅往靑城得昏字》 杜甫

曾城有高樓。制古丹雘存。迢迢百餘尺。豁達開四門。雖有車馬客。而無人世喧。遊目俯大江。列筵慰別魂。是時秋冬交。節往顏色昏。天寒鳥獸伏。霜露在草根。今我送舅氏。萬感集淸樽。豈伊山川閒。回首盜賊繁。高賢意不暇。王命久崩奔。臨風欲慟哭。聲出已復吞。

《閬州の東楼の筵にて十一舅が青城に往くを送り奉る。昏字を得たり》
曽城に 高楼 有り。制 古りて 丹雘 存す。迢迢として 百余尺。豁達として 四門を開く。車馬の客 有りと雖も。而も 人世の喧しき無し。目を遊ばせて 大江に俯し。筵を列ねて 別魂を慰む。是の時 秋冬の交。節 往きて 顔色 昏し。天 寒くして 鳥獣 伏し。霜露 草根に在り。今 我 舅氏を送れば。万感 清樽に集まる。豈に 伊れ 山川の間(ヘダ)つるのみならんや。首を回らせば 盗賊 繁し。高賢は 意ふに 暇あらざらん。王命 久しく崩奔す。風に臨みて 慟哭せんと欲し。声 出でて 已に復た吞む。

※●閬州・十一舅:前詩参照 ●靑城:前々詩の二十四舅が県令として赴任する県。十一舅はそれに従ってゆくらしい ●制古:つくりが古い ●丹雘:朱色の鮮やかな土、顔料 ●秋冬交:秋と冬のかわりめ ●高賢:十一舅を持ち上げていう

12-65 《放船》 杜甫

送客蒼溪縣。山寒雨不開。直愁騎馬滑。故作放舟廻。靑惜峰巒過。黃知橘柚來。江流大自在。坐穩興悠哉。

《船を放つ》
客を送る 蒼渓県。山 寒くして 雨 開かず。直だ愁ふ 騎馬の滑らかならんことを。故らに舟を放ちて廻るを作す。青には惜しむ 峰巒の過ぐるを。黄には知る 橘柚の来たるを。江流 大いに自在なり。坐 穏やかにして 興 悠なるかな。

※●蒼溪縣:閬州の治所閬中県の北にある県 ●騎馬滑:馬にのっていく道が滑りやすい ●放舟廻:蒼渓県から舟にのって閬中にかえる ●江流:嘉陵江の流れ

12-66 《薄遊》 杜甫

淅淅風生砌。團團日隱牆。遙空秋雁滅。半嶺暮雲長。病葉多先墜。寒花只暫香。巴城添淚眼。今夕復淸光。

《薄遊》
淅淅として 風 砌に生じ。団団として 日 牆に隠る。遥空 秋雁 滅し。半嶺 暮雲 長し。病葉 多く先づ墜ち。寒花 只だ暫く香し。巴城 涙眼を添ふ。今夕 復た清光あり。

※●薄遊:ちょっとした客遊 ●巴城:閬中城 ●

12-67 《嚴氏溪放歌》 杜甫

天下兵馬未盡銷。豈免溝壑常漂漂。劍南歲月不可度。邊頭公卿仍獨驕。費心姑息是一役。肥肉大酒徒相要。嗚呼古人已糞土。獨覺志士甘漁樵。況我飄蓬無定所。終日慽慽忍羇旅。秋宿霜溪素月高。喜得與子長夜語。東遊西還力實倦。從此將身更何許。知子松根長茯苓。遲暮有意來同煮。

《厳氏渓に放歌す》
天下の兵馬 未だ尽くは銷せず。豈に溝壑に常に漂漂たるを免れんや。剣南の歳月 度るべからず。辺頭の公卿 仍ほ独り驕る。心を費すも姑息にして 是れ一役。肥肉 大酒 徒らに相ひ要(ムカ)ふ。嗚呼 古人 已に糞土。独り覚ゆ 志士の漁樵に甘んずるを。況んや 我 飄蓬にして定所無く。終日 慽慽として羇旅を忍ぶをや。秋 霜渓に宿すれば 素月 高く。喜ぶ 子と長夜に語るを得たるを。東遊 西還 力 実に倦む。此れより身を将(ひき)ゐるは 更に何許ぞ。知る 子が松根 茯苓を長ずるを。遅暮 来たりて同じく煮るに意 有り。

※●嚴氏溪:閬州にある渓流。厳家は閬州の累代の勢家のひとつで、それにちなんで名付けられたもの ●劍南:剣門(剣閣)の南、すなわち蜀 ●邊頭公卿:辺境の大臣。一説に章彝を指すという。章彝については《陪章留後侍御宴南樓得風字》参照 ●費心:心をくばる ●姑息:その場限り、一時しのぎ。礼記の檀弓上に「君子之愛人也以徳、細人之愛人也、以姑息」という ●是一役:もてなすのは下働きの役夫だけだ ●漁樵:当時の士大夫にとって漁師やきこりは世捨て人に近い存在として見られた ●子:厳家の主人 ●茯苓:ブクリョウ。生薬の一種。《路逢襄陽楊少府入城戲呈楊四員外綰》参照 ●遲暮:晩年

12-68 《警急》 杜甫

才名舊楚將。妙略擁兵機。玉壘雖傳檄。松州會解圍。和親知計拙。公主漫無歸。靑海今誰得。西戎實飽飛。

《警急》
才名 旧楚将。妙略 兵機を擁す。玉塁 檄を伝ふと雖も。松州 会らず囲を解かん。和親 計の拙なるを知る。公主 漫りに帰る無し。青海 今 誰か得る。西戎 実に飽きて飛ぶ。

※原注に「高公適、領西川節度」とあり。広徳元年(763年)2月、高適は西川節度使に任ぜられた ●警急:警戒を要する火急のこと、また急変をいましめ、その用意をすること。吐蕃の侵入についていう ●舊楚將:高適はかつて揚州左都督府長史、淮南節度使だったので、楚の故地の将軍と呼んだもの ●玉壘:山名。灌県の西 ●松州:吐蕃との国境を守る西山三城(松州、維州、 保州 )のひとつ ●公主:唐は吐蕃に公主を降嫁していた ●靑海:唐に服属していた吐谷渾の故地。吐蕃は吐谷渾を亡ぼし青海を支配した ●飽飛:鷹が飢えれば人に従い、飽けば飛び去るのにたとえる

12-69 《王命》 杜甫

漢北豺狼滿。巴西道路難。血埋諸將甲。骨斷使臣鞍。牢落新燒棧。蒼茫舊築壇。深懷喩蜀意。慟哭望王官。

《王命》
漢北 豺狼 満ち。巴西 道路 難し。血は埋む 諸将の甲。骨すら断ゆ 使臣の鞍。牢落たり 新焼桟。蒼茫たり 旧築壇。深く懐ふ 蜀に喩するの意。慟哭して 王官を望む。

※●王命:詩経に「王命南仲」とあり、南仲という武将に銘じて夷狄を征伐させたことをいうのを踏まえ、蜀を治めて吐蕃を征伐する将を任命されることを朝廷に求める ●漢北:漢中の北 ●豺狼:吐蕃をさす。広徳元年7月、吐蕃は河隴地方を占拠した ●骨斷使臣鞍:使臣は吐蕃に使いした李之芳・崔倫らを指す。抑留されて骨すら帰ってこない、の意 ●新燒棧:新たに焼かれた桟道。上元2年2月、奴刺黨項が宝鶏県を侵し大散関を焼いた ●旧築壇:かつて壇を築いて将軍を任命したこと ●喩蜀:漢の武帝のとき、唐蒙というもの、夜郎(雲南にいた異民族)に通じて巴蜀の吏卒を徴し暴挙をなしたので巴蜀の人民は大いに驚いた。武帝は司馬相如を遣わして唐蒙を責め、巴蜀の人民には唐蒙のしわざが天子の意ではないことを喩さしめた

12-70 《征夫》 杜甫

十室幾人在。千山空自多。路衢唯見哭。城市不聞歌。漂梗無安地。銜枚有荷戈。官軍未通蜀。吾道竟如何。

《征夫》
十室 幾人か在る。千山 空しく自づから多し。路衢 唯だ哭するを見る。城市 歌を聞かず。漂梗 安地 無く。銜枚 荷戈 有り。官軍 未だ蜀に通ぜず。吾が道 竟に如何。

※●十室:十戸に同じ ●漂梗:水にただよう棒切れ ●荷戈:戈をになうもの、すなわち兵卒 ●未通蜀:蜀への道を開けないでいる。吐蕃の侵寇によるものである

12-71 《西山三首 其一》 杜甫

夷界荒山頂。蕃州積雪邊。築城依白帝。轉粟上靑天。蜀將分旗鼓。羌兵助鎧鋋。西南背和好。殺氣日相纏。

《西山三首 其の一》
夷界 荒山の頂。蕃州 積雪の辺。城を築きて 白帝に依り。粟を転じて青天に上る。蜀将 旗鼓を分ち。羌兵 鎧鋋を助く。西南 和好に背き。殺気 日〻に相ひ纏ふ。

※●西山:雪嶺(雪山とも)をいう。吐蕃との境をなす ●白帝:西方をつかさどる神。その神のいるところ ●轉粟:兵糧を運ぶ ●羌兵:唐に降伏した羌族の兵 ●鎧鋋:よろいと小さな矛

12-72 《西山三首 其二》 杜甫

辛苦三城戍。長防萬里秋。煙塵侵火井。雨雪閉松州。風動將軍幕。天寒使者裘。漫山賊營壘。廻首得無憂。

《西山三首 其の二》
辛苦 三城の戍。長く防ぐ 万里の秋。煙塵 火井を侵し。雨雪 松州を閉づ。風は動く 将軍の幕。天は寒し 使者の裘。漫山 賊 塁を営む。首を廻らして 憂ひ無きを得んや。

※●三城:吐蕃との国境を守る西山三城(松州、維州、保州 ) ●防萬里秋:都から万里遠き辺境で秋を防ぐ。「防秋」は異民族の侵入を防ぐこと。秋には馬肥えて北方騎馬民族の侵入が盛んになったことからいう ●火井:邛州の火井県 ●漫山:山にはびこる

12-73 《西山三首 其三》 杜甫

子弟猶深入。關城未解圍。蠶崖鐵馬瘦。灌口米船稀。辯士安邊策。元戎決勝威。今朝烏鵲喜。欲報凱歌歸。

《西山三首 其の三》
子弟 猶ほ深く入るも。関城 未だ囲を解かず。蚕崖 鉄馬 痩せ。灌口 米船 稀なり。弁士 辺を安んずるの策。元戎 勝ちを決するの威。今朝 烏鵲 喜び。報ぜんと欲す 凱歌して 帰るを。

※●子弟:唐軍の若者たち ●關城:松州城を指す。吐蕃軍に包囲されていた ●蠶崖:関の名。導江県の西北七十里にあったという ●灌口:鎮の名。導江県の西六十里にあったという ●元戎:大きな兵車。また大軍。ここではそれを率いる将軍の意

12-74 《與嚴二郞奉禮別》 杜甫

別君誰暖眼。將老病纏身。出涕同斜日。臨風看去塵。商歌還入夜。巴俗自爲鄰。尙愧微軀在。遙聞盛禮新。山東羣盜散。闕下受降頻。諸將歸應盡。題書報旅人。

《厳二郎奉礼と別る》
君に別るれば 誰か暖眼ならん。将に老いんとして 病 身に纏ふ。涕を出だして 斜日を同にし。風に臨みて 去塵を見る。商歌 還た夜に入り。巴俗 自づから隣を為す。尚ほ愧づ 微軀の在るを。遥かに聞く 盛礼の新たなるを。山東 群盗 散じ。闕下 受降 頻りなり。諸将 帰すること応に尽くべし。書を題して 旅人に報ぜよ。

※●嚴二郞奉禮:奉礼郎の厳氏。二郎は排行。奉礼郎は儀式祭祀の実施をつかさどる官 ●暖眼:冷眼の反対。暖かい目でみてくれる ●去塵:厳二郎の去り行く道の塵 ●商歌:悲痛な調子の歌。転じて人に知られんことを求める歌。春秋時代、晋の寗戚、牛車の下で飯を炊ぎ、牛角を撃って商歌を歌って、斉の桓公に認められ取り立てられた ●巴俗:巴のいなかの習俗 ●受降頻:安史の乱の残党からの降伏を受け入れることが相次ぐこと ●諸將歸:賊軍に従っていた武将たちが朝廷に帰順すること

12-75 《贈裴南部》 杜甫

塵滿萊蕪甑。堂橫單父琴。人皆知飮水。公輩不偸金。梁獄書應上。秦臺鏡欲臨。獨醒時所嫉。羣小謗能深。卽出黃沙在。何須白髮侵。使君傳舊德。已見直繩心。

《裴南部に贈る》
塵は満つ 萊蕪の甑。堂には横たふ 単父の琴。人 皆 知る 水を飲みて。公が輩の 金を偸まざるを。梁獄 書 応に上るべく。秦台 鏡 臨まんと欲す。独醒は 時の嫉む所。群小 謗り 能く深し。即ち 黄沙を出でて在らん。何ぞ須ひん 白髪の侵すを。使君 旧徳 伝はる。已に見る 直縄の心。

※原注に「聞袁判官自來欲有按問」とあり。按問は取り調べ。裴南部は疑獄事件の容疑があったらしい ●裴南部:南部県令の裴氏。南部県は閬中県の南にあった ●萊蕪甑:後漢の范丹、字は史雲の故事。范丹は萊蕪県の県令をつとめ清貧で知られた。民はそれをたたえて「甑中生塵范史雲。釜中生魚范萊蕪」と唄った ●單父琴:孔子の門人の宓子賤は単父県の宰となり、琴を弾じて堂より下らずしてよく治まったという ●飮水:晋の鄧攸、呉郡の太守となると、米を載せて赴任し、俸禄は受けず、呉の水を飲むのみだったという ●梁獄書應上:漢の鄒陽、梁の孝王に従っていたが、讒言により獄に下された。獄中から書をたてまつって出獄できた ●秦臺鏡欲臨:秦に五臓六腑まで映し出す鏡があったという。袁判官の取り調べを受けることをこの鏡に臨むことにたとえる ●獨醒:屈原の故事 ●黃沙:黄沙の獄。黄沙は地名。晋の太康年間に初めて置くという ●使君:袁判官のこと ●直繩心:正直でまっすぐな心

12-76 《巴山》 杜甫

巴山遇中使。云自陜城來。盜賊還奔突。乘輿恐未回。天寒邵伯樹。地闊望仙臺。狼狽風塵裏。羣臣安在哉。

《巴山》
巴山にて 中使に遇ふ。云ふ 陜城より来たる。盗賊 還た奔突し。乗輿 恐らくは未だ回らざらんと。天は寒し 邵伯の樹。地は闊たり 望仙台。狼狽す 風塵の裏。群臣 安くに在りや。

※●巴山:巴嶺山脈。陝西から四川にかけて、東は三峡にいたる山地。大巴山 ●中使:宮中からの使い ●陜城:陝州城。広徳元年10月、吐蕃の軍が一時長安を陥れ、代宗は陝州に逃れた ●盜賊:吐蕃軍をさす ●乘輿:代宗の御輿 ●邵伯樹:その下で邵伯が民の訴えを聴いたという甘棠の樹。陝州府署に残っているといわれていた ●望仙臺:漢の武帝が建てた台。華州にあり

12-77 《早花》 杜甫

西京安穩未。不見一人來。臘日巴江曲。山花已自開。盈盈當雪杏。豔豔待春梅。直苦風塵暗。誰憂客鬢催。

《早花》
西京 安穏なりや未だしや。一人の来たるも見ず。臘日 巴江の曲。山花 已に自づから開く。盈盈として雪杏に当たり。艶艶として春梅を待つ。直だ 風塵の暗きに苦しむ。誰か客鬢の催すを憂へん。

※●早花:早咲きの花。桃であろう ●臘日:冬至後、三度目の戌の日。または陰暦の十二月八日 ●

12-78 《發閬中》 杜甫

前有毒蛇後猛虎。溪行盡日無村塢。江風蕭蕭雲拂地。山木慘慘天欲雨。女病妻憂歸意急。秋花錦石誰能數。別家三月一書來。避地何時免愁苦。

《閬中を発す》
前には毒蛇 有り 後ろには猛虎。渓行 尽日 村塢 無し。江風 蕭蕭として 雲 地を払ひ。山木 惨惨として 天 雨ふらんと欲す。女 病み 妻 憂へて 帰意 急に。秋花 錦石 誰か能く数へん。家に別れて 三月 一書 来たる。地を避けて 何れの時にか 愁苦を免れん。

※●發閬中:広徳元年12月、杜甫は閬中県から梓州へ戻る ●女病妻憂:娘が病気になり妻が心配している、と手紙で知ったのである ●誰能數:そんなものなど数えていられない

12-79 《江陵望幸》 杜甫

雄都元壯麗。望幸欻威神。地利西通蜀。天文北照秦。風煙含越鳥。舟楫控吳人。未枉周王駕。終期漢武巡。甲兵分聖旨。居守付宗臣。早發雲臺仗。恩波起涸鱗。

《江陵 幸を望む》
雄都 元より壮麗。幸を望みて 欻ち威神あり。地利 西のかた蜀に通じ。天文 北のかた秦を照らす。風煙 越鳥を含み。舟楫 呉人を控す。未だ枉げず 周王の駕。終に期す 漢武の巡。甲兵 聖旨より分かち。居守 宗臣に付す。早く雲台の仗を発して。恩波 涸鱗を起こさん。

※●江陵:江陵府。荊州。上元の初め、荊州に南都を置くべしとの議論あり、荊州を江陵府となし、その長官を尹とした。《建都十二韻》参照。広徳元年10月、吐蕃が長安を侵し、代宗が陝州に逃れるに及び、衛伯玉を江陵尹に任じ荊南節度観察等使に充てた。当時、代宗がさらに江陵に幸するとの噂があった ●天文:南方朱鳥の星座を指すという ●周王駕:周の穆王の車駕。穆王は天下あまねくその跡を残そうとした ●漢武巡:漢の武帝の巡幸。南方をひろく巡幸した ●甲兵分聖旨:代宗の意向により、江陵府に永平軍一万を置いたこと ●居守付宗臣:衛伯玉を江陵尹・荊南節度観察等使に任じたこと ●雲臺仗:御所の旗指物 ●涸鱗:水の涸れたところにいる魚。疲弊した人民のこと

12-80 《愁坐》 杜甫

高齋常見野。愁坐更臨門。十月山寒重。孤城水氣昏。葭萌氐種迥。左擔犬戎屯。終日憂奔走。歸期未敢論。

《愁坐》
高斎 常に野を見。愁坐して 更に門に臨む。十月 山寒 重く。孤城 水気 昏し。葭萌 氐種 迥かに。左担 犬戎 屯す。終日 奔走を憂ふ。帰期 未だ敢へて論ぜず。

※●葭萌:県名。梓州の東北。もと蜀王の弟の名。蜀王、葭萌を漢中に封じて苴侯と号す、よってその地名となる ●氐種:羌人を指す ●左擔:地名。その道険阻にして北から来る者は右肩で荷物を担うことができないため左担道の名ありという。梓州の北 ●犬戎:吐蕃を指す

12-81 《遣憂》 杜甫

亂離知又甚。消息苦難眞。受諫無今日。臨危憶古人。紛紛乘白馬。攘攘著黃巾。隋氏留宮室。焚燒何太頻。

《憂ひを遣る》
乱離 又た甚しきを知る。消息 真なり難きに苦しむ。諫を受くれば 今日 無かりしならん。危きに臨みて 古人を憶ふ。紛紛として 白馬に乗じ。攘攘として 黄巾を著く。隋氏 宮室を留む。焚焼 何ぞ太だ頻りなる。

※●消息:都からのたより ●受諫無今日:代宗は、吐蕃を警戒すべしという郭子儀の諫言を受け入れず、宦官の程元振を重用した。吐蕃の侵攻開始後、辺将は長安に急報したが、程元振は責めを問われることを恐れてこれを隠蔽した。代宗が事態を把握して兵を動員した時はすでに吐蕃軍は長安の間近に迫っており、代宗は長安を脱出して陝州へ逃れた ●乘白馬:南朝梁のとき、侯景叛く。白馬に乗る ●著黃巾:後漢末の黄巾の乱をいう ●隋氏留宮室:随は滅んでもその宮室を唐に残した ●焚燒何太頻:広徳元年10月、吐蕃軍は長安を陥れ、宮室を焼き払った

12-82 《冬狩行》 杜甫

君不見東川節度兵馬雄。校獵亦似觀成功。夜發猛士三千人。淸晨合圍步驟同。禽獸已斃十七八。殺聲落日廻蒼穹。幕前生致九靑兕。馲駝𡾋峞垂玄熊。東西南北百里閒。髣髴蹴踏寒山空。有鳥名鴝鵒。力不能高飛逐走蓬。肉味不足登鼎俎。胡爲見羇虞羅中。春蒐冬狩侯得用。使君五馬一馬驄。況今攝行大將權。號令頗有前賢風。飄然時危一老翁。十年厭見旌旗紅。喜君士卒甚整肅。爲我廻轡擒西戎。草中狐兔盡何益。天子不在咸陽宮。朝廷雖無幽王禍。得不哀痛塵再蒙。嗚呼得不哀痛塵再蒙。

《冬狩行》
君見ずや 東川節度の兵馬 雄なるを。校猟 亦た成功を観(シメ)すに似たり。夜 猛士 三千人を発す。清晨 合囲して 歩驟 同じ。禽獣 已に斃るること 十に七八。殺声 落日 蒼穹に廻る。幕前 生きながら致す 九青兕。馲駝 𡾋峞として 玄熊 垂る。東西南北 百里の間。髣髴たり 蹴踏して 寒山 空しきに。鳥 有り 鴝鵒と名づく。力 高飛する能はずして 走蓬を逐ふ。肉味 鼎俎に登らすに足らず。胡為れぞ 虞羅の中に羇せらるる。春蒐 冬狩 侯 用ふるを得。使君五馬 一馬は驄なり。況んや 今 摂行す 大将の権。号令 頗る前賢の風有り。飄然 時 危し 一老翁。十年 見るを厭ふ 旌旗の紅。喜ぶ 君が士卒 甚だ整粛なるを。我が為めに 轡を廻して 西戎を擒にせよ。草中の狐兎 尽くすも何ぞ益あらん。天子 咸陽宮に在らず。朝廷 幽王の禍 無しと雖も。哀痛せざるを得んや 塵 再び蒙れるを。嗚呼 哀痛せざるを得んや 塵 再び蒙れるを。

※原注に「時梓州刺史章彝、兼侍御史、留後東川」とあり。章彝および留後については《陪章留後侍御宴南樓得風字》を参照 ●冬狩:章彝が行った冬の狩猟 ●東川節度:東川節度使の留後である章彝 ●步驟同:歩くのも走るのも足並みが揃っている ●靑兕:黒毛の野牛 ●馲駝𡾋峞垂玄熊:ラクダのこぶが高くそびえ、そこに積んだ黒い熊の体が下に垂れさがる ●鴝鵒:ヒヨドリ ●春蒐冬狩:周礼に「春蒐夏苗秋獮冬狩」という ●使君五馬:太守の車は五頭の馬を用いる ●一馬驄:驄はあおうま。侍御史の代名詞。章彝は侍御史を兼ねていた ●天子不在咸陽宮:咸陽はすなわち長安。吐蕃の侵寇により代宗が長安を逃げ出したことは《巴山》等参照 ●幽王禍:周の幽王は犬戎に攻められ殺された

12-83 《山寺》 杜甫

野寺根石壁。諸龕遍崔嵬。前佛不復辯。百身一苺苔。雖有古殿存。世尊亦塵埃。如聞龍象泣。足令信者哀。使君騎紫馬。捧擁從西來。樹羽靜千里。臨江久徘徊。山僧衣藍縷。吿訴棟梁摧。公爲顧賓從。咄嗟檀施開。吾知多羅樹。卻倚蓮華臺。諸天必歡喜。鬼物無嫌猜。以兹撫士卒。孰曰非周才。窮子失淨處。高人憂禍胎。歲晏風破肉。荒林寒可廻。思量入道苦。自哂同嬰孩。

《山寺》
野寺 石壁に根す。諸龕 崔嵬に遍し。前仏 復たとは弁ぜず。百身 一に苺苔なり。古殿 存する有りと雖も。世尊も 亦た塵埃なり。竜象の泣くを聞くが如し。信者をして哀しましむるに足れり。使君 紫馬に騎り。捧擁されて 西より来たる。樹羽 千里 静かに。江に臨みて 久しく徘徊す。山僧 藍縷を衣て。告訴す 棟梁の摧くるを。公 為めに 賓従を顧み。咄嗟に 檀施 開く。吾 知る 多羅樹は。却って 蓮華台に倚り。諸天は 必ず歓喜し。鬼物も 嫌猜すること無きを。兹を以て 士卒を撫す。孰れか曰はん 周才に非ずと。窮子 浄処を失ひ。高人 禍胎を憂ふ。歳 晏れて 風 肉を破り。荒林 寒くして廻るべし。思量す 道に入るの苦を。自ら哂ふ 嬰孩に同じきを。

※●山寺:梓州の観音寺かという ●世尊:古殿の中の釈迦の像 ●龍象:学徳ともにすぐれた僧侶 ●使君:梓州刺史である章彝 ●捧擁:大切にかかえ守る ●樹羽:羽飾りのついた旗をたてる ●檀施:梵語の檀波羅蜜と、その漢語訳である布施を合わせた言葉 ●多羅樹:その葉は棕櫚(シュロ)に似、乾燥して文字を刻する ●蓮華臺:仏の座のこと ●窮子:杜甫自身をさす ●高人:高徳の人。山僧のことか、あるいは章彝 ●歲晏:仇本は「歲宴」に作る。この異同について豹軒の字解に言及なし。他本に「晏」に作るとの情報もないが、ここは豹軒に従う ●寒可廻:豹軒は「寒司廻」に作るが、その詩意(訳文)を読むと「寒可廻」を訳しているかのようである。ここは仇本に従って「可」を採る

12-84 《桃竹杖引贈章留後》 杜甫

江心磻石生桃竹。蒼波噴浸尺度足。斬根削皮如紫玉。江妃水仙惜不得。梓潼使君開一束。滿堂賓客皆歎息。憐我老病贈兩莖。出入爪甲鏗有聲。老夫復欲東南征。乘濤鼓枻白帝城。路幽必爲鬼神奪。拔劍或與蛟龍爭。重爲吿曰。杖兮杖兮爾之生也甚正直。愼勿見水踊躍學變化爲龍。使我不得爾之扶持。滅跡於君山湖上之靑峰。噫風塵澒洞兮豺虎咬人。忽失雙杖兮吾將曷從。

《桃竹杖の引。章留後に贈る》
江心の磻石 桃竹を生ず。蒼波 噴浸 尺度 足る。根を斬り 皮を削れば 紫玉の如し。江妃 水仙 惜しみ得ず。梓潼の使君 開くこと一束。満堂の賓客 皆 歎息す。我が老病を憐みて 両茎を贈る。出入するに 爪甲 鏗として声有り。老夫 復た 東南に征かんと欲し。濤に乗り 枻を鼓す 白帝城。路 幽にして 必ず鬼神の為めに奪はれん。剣を抜きて 或ひは蛟竜と争はん。重ねて為めに告げて曰く。杖や杖や 爾の生や 甚だ正直なり。慎しんで 水を見て踊躍して変化して竜と為るを学び。我をして 爾の扶持を得ず。跡を君山湖上の青峰に滅せしむること勿れ。噫 風塵澒洞 豺虎人を咬む。忽ち双杖を失はば 吾 将に曷くにか従はんとする。

※●桃竹杖:桃竹で作った杖。桃竹は竹の一種 ●章留後:章彝。《陪章留後侍御宴南樓得風字》を参照 ●噴浸:ふきつけ、ひたす ●尺度足:杖にするのに長さが十分ある ●梓潼使君:梓潼郡は梓州に同じ。章彝のこと ●變化爲龍:壺公という仙人が費長房に与えた竹杖は、それに乗れば瞬時に家に帰れた。費がこれを葛陂の中に投ずれば、青竜であったという ●君山:洞庭湖の中にある山 ●湖上之靑峰:君山の言い換え ●澒洞:相い連なるさま、雲のわきおこるさま ●豺虎:盗賊のこと

12-85 《將適吳楚留別章使君留後兼幕府諸公得柳字》 杜甫

我來入蜀門。歲月亦已久。豈惟長兒童。自覺成老醜。常恐性坦率。失身爲杯酒。近辭痛飮徒。折節萬夫後。昔如縱壑魚。今如喪家狗。旣無遊方戀。行止復何有。相逢半新故。取別隨薄厚。不意靑草湖。扁舟落吾手。眷眷章梓州。開筵俯高柳。樓前出騎馬。帳下羅賓友。健兒簸紅旗。此樂幾難朽。日車隱崑崙。鳥雀噪戶牖。波濤未足畏。三峽徒雷吼。所憂盜賊多。重見衣冠走。中原消息斷。黃屋今安否。終作適荆蠻。安排用莊叟。隨雲拜東皇。挂席上南斗。有使卽寄書。無使長廻首。

《将に呉楚に適かんとして 章使君留後と幕府諸公とに留別す。柳の字を得たり》
我 来たりて 蜀門に入り。歳月 亦た已に久し。豈に惟だ 児童を長ぜしめしのみならんや。自ら覚ゆ 老醜と成るを。常に恐る 性 坦率にして。身を失ふこと 杯酒の為めならんことを。近ごろ痛飲の徒を辞して。節を折る 万夫の後。昔は縦壑の魚の如く。今は喪家の狗の如し。既に遊方の恋 無く。行止 復た何か有らん。相ひ逢ふ 半ば新故。別を取る 薄厚に随ふ。意はざりき 青草湖への。扁舟 吾が手に落つ。眷眷たり 章梓州。筵を開きて 高柳に俯す。楼前 騎馬 出で。帳下 賓友 羅る。健児 紅旗を簸(アフ)る。此の楽しみ 幾んど朽ち難し。日車 崑崙に隠れ。鳥雀 戸牖に噪ぐ。波濤 未だ畏るるに足らず。三峡 徒らに雷吼す。憂ふる所は盗賊 多くして。重ねて衣冠の走るを見んことを。中原 消息 断え。黄屋 今 安きや否や。終に荊蛮に適くを作す。排に安んずるは 荘叟を用ふ。雲に随ひて 東皇を拝し。席を挂けて 南斗に上る。使ひ有らば 即ち書を寄せよ。使ひ無くば 長く首を廻らせ。

※●坦率:平らで飾り気がない ●折節:節操を曲げる。プライドを捨てる ●縱壑魚:谷川を自由に泳ぐ魚 ●喪家狗:葬儀のある家の犬は、立て込んで餌を与えられず空腹で痩せている ●無遊方戀:論語に父母在るときは子は「遊必有方」とあり、旅するにも決まった方位でなければならない。杜甫はもう父母はいないのでそのこだわりは不要であることを言う ●行止復何有:行くも止まるもどちらでもどうということもない。仇本は「止」を「此」に作り、この異同について豹軒の字解に言及なし ●半新故:新しい知り合いと古い知り合いとが半々 ●隨薄厚:つき合いの厚薄にしたがう ●靑草湖:別名巴丘湖。湖南の巴陵県の南にあり ●簸紅旗:赤い旗を振ってみせる ●衣冠走:高官たちが逃げまわる ●黃屋:車蓋の裏の黄色のもの。天子の乗るもののため、転じて天子をさす ●安排:造化に押しのけられるままに落ち着く。荘子にみえる言葉 ●用莊叟:荘子のやり方を用いる ●東皇:東方、春をつかさどる神。戦国楚の都・郢に祀られていたという ●南斗:呉の分野に当たる星宿 ●廻首:こうべをめぐらして私のことを思ってくれ

12-86 《舍弟占歸草堂檢校聊示此詩》 杜甫

久客應吾道。相隨獨爾來。熟知江路近。頻爲草堂廻。鵝鴨宜長數。柴荆莫浪開。東林竹影薄。臘月更須栽。

《舎弟 占 草堂に帰りて検校す。聊か此の詩を示す》
久しく客たるは 応に吾が道なるべし。相ひ随ふは 独り爾のみ来たれり。熟知す 江路 近きを。頻りに草堂の為めに廻る。鵝鴨 宜しく長(ツネ)に数ふべし。柴荊 浪りに開く莫れ。東林 竹影 薄くば。臘月 更に須らく栽うべし。

※●檢校:留守宅の様子をしらべる ●熟知:仇本は熟を「孰」に作り、他本「熟」に作る。豹軒は「孰は熟なり」とし、「孰(熟)」と併記する。ここでは熟に従う ●臘月:十二月

12-87 《歲暮》 杜甫

歲暮遠爲客。邊隅還用兵。煙塵犯雪嶺。鼓角動江城。天地日流血。朝廷誰請纓。濟時敢愛死。寂寞壯心驚。

《歳暮》
歳暮 遠く客と為り。辺隅 還た兵を用ふ。煙塵 雪嶺を犯し。鼓角 江城に動く。天地 日〻に血を流し。朝廷 誰か纓を請はん。時を済ふに 敢へて死を愛(オ)しまんや。寂寞 壮心 驚く。

※●歲暮:広徳元年の年の暮れ ●邊隅:蜀の西辺を指す。吐蕃の侵犯が続いていた ●雪嶺:山名。吐蕃との国境にあり ●請纓:漢の終軍の故事。上書して、長纓をたまわって必ず南粤王をつなぎ、これを闕下に置かんと請うた 

12-88 《送李卿曄》 杜甫

王子思歸日。長安已亂兵。霑衣問行在。走馬向承明。暮景巴蜀僻。春風江漢淸。晉山雖自棄。魏闕尙含情。

《李卿曄を送る》
王子 帰るを思ふの日。長安 已に乱兵。衣を霑して 行在を問ひ。馬を走らせて 承明に向ふ。暮景 巴蜀 僻にして。春風 江漢 清し。晋山 自ら棄つと雖も。魏闕 尚ほ情を含む。

※●李卿曄:李曄。皇族にして、淮安忠公李琇の子。官は刑部侍郎に登った ●王子:李曄のこと ●亂兵:吐蕃による長安占領をいう ●行在:天子の行在所。このとき代宗は陝州に逃れていた ●承明:承明廬。漢代、侍従の臣の宿直所 ●江漢:涪江と嘉陵江(西漢水) ●晉山:春秋時代、晋の介子推が隠れた綿上の山 ●自棄:介子推は晋の文公に棄てられたのではなく自らを棄てたのだということ。自身を介子推にたとえる ●含情:朝廷を慕う気持ちを胸の内に持っているということ

12-89 《釋悶》 杜甫

四海十年不解兵。犬戎也復臨咸京。失道非關出襄野。揚鞭忽是過湖城。豺狼塞路人斷絕。烽火照夜屍縱橫。天子亦應厭奔走。羣公固合思昇平。但恐誅求不改轍。聞道嬖孽能全生。江邊老翁錯料事。眼暗不見風塵淸。

《悶を釈く》
四海 十年 兵を解かず。犬戎も 也た復た 咸京に臨む。道を失ふは 襄野に出づるに関するに非ず。鞭を揚げて 忽ち是れ 湖城を過ぐ。豺狼 路を塞ぎて 人 断絶し。烽火 夜を照らして 屍 縦横。天子 亦た応に 奔走を厭ふべし。群公 固より合に 昇平を思ふべし。但だ恐る 誅求 轍を改めざるを。聞くならく 嬖孽 能く生を全うすと。江辺の老翁 錯って事を料る。眼 暗くして 見ず 風塵の清きを。

※●十年:安禄山挙兵からの約十年 ●犬戎:吐蕃をさす ●咸京:秦の都咸陽。長安をさす ●失道:道に迷う、道を誤る。代宗の陝州への出奔をいう ●出襄野:荘子に、黄帝が大隗を具茨の山に見んとして、襄城の野に至って七聖みな迷い途を問う所なし、という話あり ●湖城:漢代の湖県の城。霊宝県。陝州への出奔の途中に通るところ ●誅求:人民から財物を搾り取ること ●嬖孽:天子に寵愛される悪者。宦官の程元振を指すという。程元振については《遣憂》詩参照 ●江邊老翁:杜甫自身のこと

12-90 《贈別賀蘭銛》 杜甫

黃雀飽野粟。羣飛動荆榛。今君抱何恨。寂寞向時人。老驥倦驤首。蒼鷹愁易馴。高賢世未識。固合嬰飢貧。國步初反正。乾坤尙風塵。悲歌鬢髮白。遠赴湘吳春。我戀岷下芋。君思千里蓴。生離與死別。自古鼻酸辛。

《賀蘭銛に贈別す》
黄雀 野粟に飽き。群飛して 荊榛を動かす。今 君 何の恨みをか抱いて。寂寞として時人に向ふや。老驥 首を驤(ア)ぐるに倦み。蒼鷹 馴れ易きを愁ふ。高賢 世 未だ識らず。固より合に 飢貧に嬰(カカ)るべし。国歩 初めて正に反るも。乾坤 尚ほ風塵。悲歌して 鬢髪 白く。遠く赴く 湘呉の春。我は恋ふ 岷下の芋。君は思ふ 千里の蓴。生離と死別と 古より 鼻 酸辛なり。

※●賀蘭銛:人名。詳細不明 ●黃雀:平凡な人物のたとえ ●老驥:老いたる駿馬 ●反正:正しい状態にかえる。広徳元年12月、代宗が長安に帰還したことをいう ●岷下芋:岷山のふもとは大芋の産地として知られた。史記の貨殖伝に「岷山之下、沃野下有蹲鴟、至死不飢」という ●千里蓴:晋の陸機、王武子に呉の地のうまいものを問われて「千里の蓴羹」と答えたこと、世説新語にあり

巻13

13-1 《閬山歌》 杜甫

閬州城東靈山白。閬州城北玉臺碧。松浮欲盡不盡雲。江動將崩未崩石。那知根無鬼神會。已覺氣與嵩華敵。中原格鬭且未歸。應結茅齋著靑壁。

《閬山の歌》
閬州城東 霊山 白く。閬州城北 玉台 碧し。松には浮かぶ 尽くきんと欲して尽きざるの雲。江には動く 将に崩れんとして未だ崩れざるの石。那ぞ知らん 根に鬼神の会する無きを。已に覚ゆ 気 嵩華と敵するを。中原 格闘して 且つ未だ帰らず。応に茅斎を結びて 青壁に著くべし。

※●閬山:閬州の山 ●靈山:別名仙穴山。閬州城の東北十里にありという ●玉臺:山名。閬州城の北七里にありという ●根:山根。山のふもと ●與嵩華敵:五嶽に数えられる嵩山・華山にも匹敵する

13-2 《閬水歌》 杜甫

嘉陵江色何所似。石黛碧玉相因依。正憐日破浪花出。更復春從沙際歸。巴童蕩槳欹側過。水鷄銜魚來去飛。閬中勝事可腸斷。閬州城南天下稀。

《閬水の歌》
嘉陵江色 何の似たる所ぞ。石黛 碧玉 相ひ因り依す。正に憐む 日の浪花を破りて出づるを。更に復た 春に 沙際より帰る。巴童 槳を蕩かして 欹側して過ぎ。水鶏 魚を銜みて 来去して飛ぶ。閬中の勝事 可(マサ)に腸 断ゆ。閬州城南 天下に稀なり。

※●閬水:嘉陵江を指す ●因依:よりそう、くっつきあう ●巴童:閬州の子供たち ●蕩槳:櫂を動かす ●水鷄:クイナ ●可:この可は動詞の直前についておらず、「まさに」「あたかも」の意

13-3 《江亭王閬州筵餞蕭遂州》 杜甫

離亭非舊國。春色是他鄕。老畏歌聲繼。愁隨舞曲長。二天開寵餞。五馬爛生光。川路風煙接。俱宜下鳳凰。

《江亭の王閬州が筵にて蕭遂州を餞す》
離亭 旧国に非ず。春色 是れ他郷。老いては 歌声の継がんことを畏れ。愁ひは 舞曲に随ひて長し。二天 寵餞を開き。五馬 爛として光を生ず。川路 風煙 接す。俱に宜しく 鳳凰を下すべし。

※●王閬州:閬州刺史の王氏 ●蕭遂州:遂州刺史の蕭氏 ●離亭:お別れをするあずまや ●舊國:故郷 ●歌聲繼:歌声がやんでもまた引き継いで続いていくこと ●二天:天と、天にも匹敵する恩人と、あわせて二つの天。後漢の蘇章、冀州刺史となり、旧友である清河太守の不正を探知して、いつわって彼を歓待したところ、彼は蘇章が不正を見逃してくれるものと勘違いして「人はみな一天有り、自分だけは二天有り」と喜んだ。ここは不正云々は関係なく、王閬州が天にも匹敵するほどの人ということ ●五馬:太守の馬車は馬を五頭用いることから、借りて刺史をいう。蕭遂州のこと ●下鳳凰:天上から瑞鳥である鳳凰が下ってくるほどの良い政治をする

13-4 《陪王使君晦日泛江就黃家亭子二首 其一》 杜甫

山豁何時斷。江平不肯流。稍知花改岸。始驗鳥隨舟。結束多紅粉。歡娛恨白頭。非君愛人客。晦日更添愁。

《王使君に陪して 晦日 江に泛び 黄家の亭子に就く二首 其の一》
山 豁にして 何れの時にか断へたる。江 平らかにして 肯へて流れず。稍(ヤウヤ)く知る 花の岸に改まるを。始めて験す 鳥の舟に随ふを。結束 紅粉 多し。歓娯 白頭を恨む。君が 人客を愛するに非ずんば。晦日 更に愁ひを添へん。

※●王使君:前詩にいう閬州刺史の王氏 ●晦日:正月三十日の祝日。のち、徳宗の時に二月一日に移り「中和節」にあらためられた ●花改岸:舟が進むにつれて岸における花が変わっていく ●結束:妓女たちの装束

13-5 《陪王使君晦日泛江就黃家亭子二首 其一》 杜甫

有徑金沙軟。無人碧草芳。野畦連蛺蝶。江檻俯鴛鴦。日晚煙花亂。風生錦繡香。不須吹急管。衰老易悲傷。

《王使君に陪して 晦日 江に泛び 黄家の亭子に就く二首 其の二》
径 有りて 金沙 軟かに。人 無くして 碧草 芳し。野畦 蛺蝶 連なり。江檻 鴛鴦に俯す。日 晩れて 煙花 乱れ。風 生じて 錦繡 香し。須ひず 急管を吹くを。衰老 悲傷し易し。

※●徑:黄家の亭へ通じる小径 ●錦繡:にしきとぬいとりのある絹。美しいきもの。妓女の衣装をいう ●急管:急な調子の笛

13-6 《泛江》 杜甫

方舟不用楫。極目總無波。長日容杯酒。深江淨綺羅。亂離還奏樂。飄泊且聽歌。故國流淸渭。如今花正多。

《江に泛ぶ》
方舟 楫を用ひず。極目 総て波 無し。長日 杯酒を容れ。深江 綺羅に浄し。乱離にも 還た楽を奏し。飄泊にも 且つ歌を聴く。故国 清渭 流る。如今 花 正に多からん。

※●方舟:舟をならべる、また、並べてつなぎあわせた舟 ●綺羅:あやのある薄絹。妓女たちの衣装 ●淸渭:清らかな渭水

13-7 《收京》 杜甫

復道收京邑。兼聞殺犬戎。衣冠卻扈從。車駕已還宮。剋復誠如此。安危在數公。莫令回首地。慟哭起悲風。

《京を収む》
復た道ふ 京邑を収むと。兼ねて聞く 犬戎を殺すと。衣冠 却って扈従し。車駕 已に宮に還る。剋復 誠に此くの如し。安危 数公に在り。回首の地をして。慟哭して 悲風を起こさしむる莫れ。

※●收京:広徳元年10月に吐蕃に占領された長安を郭子儀が奪還し、12月に代宗が長安に帰還したこと。杜甫は年が明けてからこの知らせを聞いた ●犬戎:吐蕃をさす ●數公:数人の大臣 ●回首地:作者杜甫が首をめぐらしている地、すなわち今いる閬州

13-8 《巴西聞收京闕送班司馬入京二首 其一》 杜甫

聞道收宗廟。鳴鑾自陜歸。傾都看黃屋。正殿引朱衣。劍外春天遠。巴西敕使稀。念君經世亂。匹馬向王畿。

《巴西にて京闕を収むるを聞き 班司馬が京に入るを送る二首 其の一》
聞くならく 宗廟を収めて。鑾を鳴らして陜より帰ると。都を傾けて 黄屋を看。正殿には 朱衣 引(ミチビ)かん。剣外 春天 遠く。巴西 勅使 稀なり。念ふ 君が世乱を経て。匹馬 王畿に向ふを。

※●巴西:閬州をいう ●班司馬:司馬の班氏。司馬は州の属官 ●鳴鑾:車の衡(よこぎ)につけた鈴を鳴らしながら ●陜:陜州。代宗が出奔していたところ ●黃屋:天子の車。車蓋の裏を黄色の絹張りとしている ●朱衣:御史大夫の属官が着る衣。朝儀のとき彼らが百官を導いて位置につかせる。《至日遣興》其二を参照 ●劍外:剣門(剣閣)の外、すなわち蜀

13-9 《巴西聞收京闕字送班司馬入京二首 其二》 杜甫

羣盜至今日。先朝忝從臣。歎君能戀主。久客羨歸秦。黃閣長司諫。丹墀有故人。向來論社稷。爲話涕霑巾。

《巴西にて京闕を収むるを聞き 班司馬が京に入るを送る二首 其の一》
群盗 今日に至る。先朝 従臣を忝くす。歎ず 君が能く主を恋ふるを。久客 秦に帰るを羨む。黄閣 長(ツネ)に諫を司り。丹墀 故人 有り。向来 社稷を論ぜり。為めに話せよ 涕 巾を霑すと。

※●羣盜:安史の乱の賊軍にはじまり、長安まで攻め込んだ吐蕃などの異民族も含めていう ●先朝:先代の粛宗の朝廷 ●忝從臣:杜甫は左拾遺として粛宗に仕えた ●歸秦:秦は長安 ●黃閣:門下省。拾遺もこれに属す ●丹墀:宮殿の階下の赤く塗った土縁 ●論社稷:国家の大事について論ずる

13-10 《城上》 杜甫

草滿巴西綠。城空白日長。風吹花片片。春動水茫茫。八駿隨天子。羣臣從武皇。遙聞出巡狩。早晚徧遐荒。

《城上》
草 満ちて 巴西 緑に。城 空しくして 白日 長し。風 吹きて 花 片片たり。春 動きて 水 茫茫たり。八駿 天子に随ひ。群臣 武皇に従ふ。遥かに聞く 出でて巡狩すと。早晩(イツシカ) 遐荒に徧からん。

※●巴西:閬州をいう ●八駿:周の穆王が有していたという八頭の駿馬 ●天子:周の穆王。穆王は積極的に天下を巡幸した ●武皇:漢の武帝。武帝もまたさかんに巡幸し、その里程一万八千里とも伝わる。この聯、代宗の陝州出奔を、周の穆王や漢の武帝の巡幸にたとえて美化したもの ●巡狩:巡幸に同じ。出奔を美化して言う ●早晚:この早晩は「いつしか」の意 ●遐荒:都から遠い辺境

13-11 《傷春五首 其一》 杜甫

天下兵雖滿。春光日自濃。西京疲百戰。北闕任羣兇。關塞三千里。煙花一萬重。蒙塵淸路急。御宿且誰供。殷復前王道。周遷舊國容。蓬萊足雲氣。應合總從龍。

《春を傷む五首 其の一》
天下 兵 満つと雖も。春光 日〻に自づから濃かなり。西京 百戦に疲れ。北闕 群兇に任す。関塞 三千里。煙花 一万重。蒙塵 清路 急に。御宿 且つ誰か供せん。殷は復す 前王の道。周は遷る 旧国容。蓬萊 雲気 足る。応に合に 総て竜に従ふなるべし。

※●原注に「巴閬僻遠、傷春罷、始知春前已收宮闕」とあり。この詩の制作時点では官軍の長安奪還を知らなかった ●西京:長安 ●北闕:宮城の北門。転じて宮中、内裏 ●羣兇:長安に吐蕃軍を引き入れた涇州刺史の高暉・射生将の王献忠ら。邠王李守礼の孫・李承宏を立てて帝とした ●蒙塵:塵をこうむる。天子の出奔をいう ●淸路:天子の通られる道を掃除し清める ●殷復:殷の武丁(高宗)、行いを修めて先王の政を復した ●周遷舊國容:周は犬戎に攻められて平王のとき都を鎬京から東の洛邑に遷し、これにより旧来の国のかたちが変わった ●蓬萊:宮殿の名。転じて宮中 ●從龍:主語は雲気。易に「雲従竜、風従虎」とあるを踏まえ、雲たる群臣が竜たる天子に従う、という意味

13-12 《傷春五首 其二》 杜甫

鶯入新年語。花開滿故枝。天淸風卷幔。草碧水連池。牢落官軍遠。蕭條萬事危。鬢毛元自白。淚點向來垂。不是無兄弟。其如有別離。巴山春色靜。北望轉逶迤。

《春を傷む五首 其の二》
鶯は 新年に入りて語り。花は 開きて故枝に満つ。天 清くして 風 幔を巻き。草 碧くして 水 池に連なる。牢落として 官軍 遠く。蕭条として 万事 危し。鬢毛 元より自づから白く。涙点 向来 垂る。是れ 兄弟 無きに非ざるも。其れ 別離 有るを如んせん。巴山 春色 静かにして。北望 転た逶迤たり。

※●故枝:もとの枝。去年も咲いた枝 ●官軍遠:天子から遠い ●逶迤:はるかに遠く続くさま

13-13 《傷春五首 其三》 杜甫

日月還相鬭。星辰屢合圍。不成誅執法。焉得變危機。大角纏兵氣。鉤陳出帝畿。煙塵昏御道。耆舊把天衣。行在諸軍闕。來朝大將稀。賢多隱屠釣。王肯載同歸。

《春を傷む五首 其の三》
日月も 還た相ひ闘ひ。星辰 屢〻 合囲す。執法を誅するを成さずんば。焉んぞ 危機を変ずるを得ん。大角 兵気を纏ひ。鉤陳 帝畿に出づ。煙塵 御道に昏く。耆旧 天衣を把る。行在には 諸軍 闕け。来朝の 大将 稀なり。賢は多く屠釣に隠る。王 肯へて載せて同に帰らんや。

※●日月還相鬭:晋書天文志に「数日 俱に出でて闘ふが若くなれば、天下 兵を起こし 大戦あり。元帝の大興四年二月癸亥、日 闘ふ」とあり。その後、王敦の反乱が起こる ●星辰屢合圍:漢書天文志に「高祖七年、月暈 参・畢を囲むこと七重」とあり。その後、高祖は平城で匈奴軍に包囲される ●執法:星宿の名。法を執行する官、または内常侍官を象徴する星。漢書天文志に哀帝の元寿元年11月に歳星が執法の星宿をおかし、果たして執法の臣が免職され自殺したという話あり。ここでは宦官の程元振を指す。程元振は吐蕃の侵入を隠蔽して大事に至らせた人物 ●大角:史記天官書に「大角は天王の帝廷なり」とあり。帝の居所を象徴する ●鉤陳:紫微宮にある星宿の位置。闘訟・兵陣をつかさどる。ここでは宿衛の軍をさす ●把天衣:帝の衣をつかんで引き留める ●賢多隱屠釣:太公望の故事

13-14 《傷春五首 其四》 杜甫

再有朝廷亂。難知消息眞。近傳王在洛。復道使歸秦。奪馬悲公主。登車泣貴嬪。蕭關迷北上。滄海欲東巡。敢料安危體。猶多老大臣。豈無嵇紹血。霑灑屬車塵。

《春を傷む五首 其の四》
再び朝廷の乱有り。消息の真を知り難し。近ごろ伝ふ 王 洛に在りと。復た道ふ 使ひ 秦に帰ると。馬を奪はれて 公主 悲しみ。車に登りて 貴嬪 泣く。蕭関 北上に迷ひ。滄海 東巡せんと欲す。敢へて料らんや 安危の体。猶ほ多し 老大臣。豈に 嵇紹の血の。属車の塵に霑灑する無からんや。

※●再有朝廷亂:さきに安史の乱、いまは吐蕃の乱 ●使歸秦:張儀のような信用ならない使者が吐蕃に帰った、ということ ●奪馬悲公主:北魏の高歓が道に北郷長公主に逢い、その馬三百匹を奪った。吐蕃の掠奪行為をたとえる ●登車泣貴嬪:吐蕃が後宮の美女を捕虜にして連れ帰ったことをいう ●蕭關迷北上:漢の武帝、元封4年、雍に行幸して道を通じ、北のかた蕭関を出た ●滄海欲東巡:秦の始皇帝は統一後、東方に巡幸し渤海沿岸まで至った ●嵇紹血:晋の恵帝のとき八王の乱あり、侍中の嵇紹、身を以て帝をまもり、殺されて、その血は帝の衣に濺いだ ●屬車:おともの車

13-15 《傷春五首 其五》 杜甫

聞說初東幸。孤兒卻走多。難分太倉粟。競棄魯陽戈。胡虜登前殿。王公出御河。得無中夜舞。誰憶大風歌。春色生烽燧。幽人泣薜蘿。君臣重修德。猶足見時和。

《春を傷む五首 其の五》
聞くならく 初めて東に幸せしとき。孤児 却走するもの多しと。分かち難し 太倉の粟。競ひて棄つ 魯陽の戈。胡虜 前殿に登り。王公 御河に出づ。中夜の舞 無きを得んや。誰か憶はん 大風の歌。春色 烽燧に生じ。幽人 薜蘿に泣く。君臣 重ねて徳を修めなば。猶ほ 時和を見るに足らん。

※●東幸:代宗の陝州への出奔をいう ●孤兒:近衛兵のこと。漢の時、従軍して戦死した者の子を近衛兵に採用して武芸を教え、これを「羽林孤児」と呼んだことにちなむ ●卻走:しりぞきはしる。逃走する ●太倉:天子の米蔵 ●魯陽戈:魯陽公が韓と戦った時、沈みゆく太陽を矛で招き戻したという故事。ここでは頽勢を挽回する武器の意 ●胡虜:吐蕃をさす。仇本は「胡鹵」に作る。虜と鹵は音通 ●中夜舞:晋の混乱期、祖逖が劉琨とともに寝ていたとき、夜中に鶏が鳴いたので、起き上がって舞って「これは悪声ではない」と言った。世を憂えての舞である ●大風歌:漢の高祖が天下統一後、故郷での宴で詠んだ歌。「猛士を得て四方を守らせたい」と歌う。古文真宝前集収録《大風歌》参照 ●時和:四時の気候が順調なこと。ここでは世が平和でよく治まることをいう

13-16 《暮寒》 杜甫

霧隱平郊樹。風含廣岸波。沈沈春色靜。慘慘暮寒多。戍鼓猶長擊。林鶯遂不歌。忽思高宴會。朱袖拂雲和。

《暮寒》
霧は隠す 平郊の樹。風は含む 広岸の波。沈沈として 春色 静かに。惨惨として 暮寒 多し。戍鼓 猶ほ長(ツネ)に撃ち。林鶯 遂に歌はず。忽ち思ふ 高宴会。朱袖 雲和を払ひしを。

※●戍鼓:国境守備兵が夜に打ち鳴らす太鼓 ●長擊:絶え間なく打つ。ときに吐蕃が西山三城(松・維・保)を陥れ、戦塵おさまらず ●朱袖:妓女の赤い袖 ●雲和:もと地名。琴に適した良材を産したことから、転じて琴(日本のお箏とは異なる)の異称となる

13-17 《遊子》 杜甫

巴蜀愁誰語。吳門興沓然。九江春草外。三峽暮帆前。厭就成都卜。休爲吏部眠。蓬萊如可到。衰白問羣仙。

《遊子》
巴蜀の 愁ひ 誰にか語らん。呉門の 興 沓然たり。九江 春草の外。三峡 暮帆の前。成都の卜に就くを厭ひ。吏部の眠りを為すを休む。蓬萊 如し 到るべくんば。衰白 群仙を問はん。

※●吳門:ここは単に呉というに同じ ●興:呉へゆきたいという興 ●成都卜:漢の厳君平、成都の市中に売卜し、日に数人を見て、百銭を得れば店を閉じ、簾を下して老子を講授した。ここでは単に成都で身過ぎ世過ぎの暮らしをすることをいう ●吏部眠:晋の畢卓、吏部の郎となり、ある夜、隣舎の同僚の酒を盗み飲んで眠り、番人に見つかってとらえられた ●蓬萊:東海中にあるという仙山

13-18 《滕王亭子二首 其一》 杜甫

君王臺榭枕巴山。萬丈丹梯尙可攀。春日鶯啼修竹裏。仙家犬吠白雲閒。淸江錦石傷心麗。嫩蕊濃花滿目斑。人到於今歌出牧。來遊此地不知還。

《滕王の亭子二首 其の一》
君王の台榭 巴山に枕し。万丈の丹梯 尚ほ攀づべし。春日 鶯は啼く 修竹の裏。仙家 犬は吠ゆ 白雲の間。清江の錦石 心を傷ましめて麗しく。嫩蕊の濃花 目に満ちて斑なり。人 今に到るも 歌ふ 出牧せしとき。此の地に来遊して還るを知らずと。

※原注に「亭在玉臺觀内、王嘗典此州」とあり。玉台観については次の《玉臺觀二首》参照 ●滕王:李元嬰。唐の高宗の第22子。調露年間に閬州(当時は隆州)刺史たり ●巴山:巴地方の山。ここでは玉台山を指す ●丹梯:赤色土の石段 ●仙家犬吠:神仙伝にいわく、淮南王劉安、天に昇るとき、仙薬の器を庭に留め、鶏犬みなそれを食べて天に昇ったと ●人:州民 ●出牧:地方に出て牧(地方長官)となる。滕王が閬州刺史となったこと ●此地:亭がある玉台山

13-19 《滕王亭子二首 其二》 杜甫

寂寞春山路。君王不復行。古牆猶竹色。虛閣自松聲。鳥雀荒村暮。雲霞過客情。尙思歌吹入。千騎擁霓旌。

《滕王の亭子二首 其の二》
寂寞たり 春山の路。君王 復たとは行かず。古牆 猶ほ竹色。虚閣 自づから松声。鳥雀 荒村の暮。雲霞 過客の情。尚ほ思ふ 歌吹 入りて。千騎 霓旌を擁せしを。

※●歌吹:歌声と吹奏の音。現実の鳥雀の声から連想したもの ●霓旌:虹のような色彩の旗。現実の雲霞から連想したもの

13-20 《玉臺觀二首 其一》 杜甫

中天積翠玉臺遙。上帝高居絳節朝。遂有馮夷來擊鼓。始知嬴女善吹簫。江光隱見黿鼉窟。石勢參差烏鵲橋。更肯紅顏生羽翼。便應黃髮老漁樵。

《玉台観二首 其の一》
中天の積翠 玉台 遥かに。上帝の高居 絳節 朝す。遂に 馮夷の来たりて鼓を撃つ有り。始めて 嬴女の善く簫を吹くを知る。江光 隠見す 黿鼉の窟。石勢 参差たり 烏鵲の橋。更に肯へて 紅顔 羽翼を生ぜんや。便ち応に 黄髪 漁樵に老ゆべし。

※原注に「滕王造」とあり。滕王については前詩参照 ●玉臺觀:閬州城北七里の玉台山に滕王が建てた道教の寺 ●玉臺:玉台観内になるうてな。もともと玉台は道教で上帝の居所をいう。それになぞらえて作ったもの ●絳節朝:仙人たちが赤色の旗を立てて上帝のところへ参朝する ●馮夷來擊鼓:馮夷は河をつかさどる仙人。曹植の洛神賦に「馮夷擊鼓」とあり ●嬴女:嬴は秦の姓。秦の穆公の娘・弄玉のこと。《鄭駙馬宅宴洞中》等を参照 ●烏鵲橋:七夕に烏鵲が橋をなして織女を渡すという故事

13-21 《玉臺觀二首 其二》 杜甫

浩劫因王造。平臺訪古遊。彩雲蕭史駐。文字魯恭留。宮闕通羣帝。乾坤到十洲。人傳有笙鶴。時過北山頭。

《玉台観二首 其の二》
浩劫 王の造るに因り。平台 古遊を訪ふ。彩雲 蕭史 駐まり。文字 魯恭 留む。宮闕 群帝を通じ。乾坤 十洲に到る。人は伝ふ 笙鶴 有りて。時に北山の頭を過ぐと。

※●浩劫:いくつもの層からなる大きな塔。劫は塔の階層を数えることば ●王:滕王 ●平臺:漢代の梁の孝王の園にあったうてな。玉台をたとえる ●蕭史:前詩に出た弄玉の夫。簫の名手。《鄭駙馬宅宴洞中》等を参照 ●文字:道観内に残る滕王の詩 ●魯恭:漢代の魯の恭王。建築を好み、霊光殿を作る。滕王をたとえる ●羣帝:群仙 ●十洲:四方巨海の中にあるという十の仙山。仙境 ●笙鶴:仙人の王子喬、好んで笙を吹く。嵩山に上って三十年後、白鶴に乗って緱氏山の頂にとどまり、手を挙げて時人に謝して飛び去ったという ●北山:玉台観のある玉台山のこと。閬州の北にあり

13-22 《奉寄章十侍御》 杜甫

淮海維揚一俊人。金章紫綬照靑春。指揮能事廻天地。訓練强兵動鬼神。湘西不得歸關羽。河內猶宜借寇恂。朝覲從容問幽仄。勿云江漢有垂綸。

《章十侍御に寄せ奉る》
淮海 維揚の一俊人。金章 紫綬 青春を照らす。指揮の能事 天地を廻らし。強兵を訓練するは 鬼神を動かす。湘西 関羽に帰するを得ず。河内 猶ほ宜しく 寇恂を借るべし。朝覲するに 従容として幽仄を問ふも。云ふ勿れ 江漢に垂綸有りと。

※原注に「時初罷梓州刺史東川留後、將赴朝廷」とあり ●章十侍御:章彛。侍御史にして、梓州刺史・東川留後を兼ねていた。《陪章留後侍御宴南樓得風字》詩を参照 ●淮海維揚:揚州のこと。章彛の出身地 ●湘西:荊州をさす ●關羽:後漢末、劉備は蜀・漢中・荊州を領し、荊州を関羽に任せていたが、関羽が北の魏を攻めている隙に呉が荊州を攻め取り、関羽も呉に囚われて首をはねられた ●河內:漢代の郡名 ●寇恂:後漢の光武帝に仕え、河内・潁川・汝南の太守を歴任した。潁川に盗賊起こるや、その民は光武帝に向かって再び寇恂を一年お借りしたいと願い出た ●朝覲:天子に謁見すること ●幽仄:隠れて世にあらわれない人 ●垂綸:釣り糸を垂れている人。杜甫自身をさす

13-23 《南池》 杜甫

崢嶸巴閬閒。所向盡山谷。安知有蒼池。萬頃浸坤軸。呀然閬城南。枕帶巴江腹。菱荷入異縣。粳稻共比屋。皇天不無意。美利戒止足。高田失西成。此物頗豐熟。淸源多眾魚。遠岸富喬木。獨嘆楓香林。春時好顏色。南有漢王祠。終朝走巫祝。歌舞散靈衣。荒哉舊風俗。高皇亦明主。魂魄猶正直。不應空陂上。縹緲親酒肉。淫祀自古昔。非惟一川瀆。干戈浩茫茫。地僻傷極目。平生江海興。遭亂身局促。駐馬問漁舟。躊躇慰羈束。

《南池》
崢嶸たり 巴閬の間。向ふ所 尽く山谷。安んぞ知らん 蒼池の有りて。万頃 坤軸を浸すを。呀然たり 閬城の南。枕帯す 巴江の腹。菱荷 異県に入り。粳稲 比屋を共にす。皇天 意 無きにならず。美利 止足を戒む。高田 西成を失ふも。此の物 頗る豊熟す。清源 衆魚 多く。遠岸 喬木に富む。独り嘆ず 楓香の林。春時 顔色 好きを。南に漢王の祠 有り。終朝 巫祝 走る。歌舞 霊衣 散ず。荒なるかな 旧風俗。高皇も亦た明主。魂魄 猶ほ正直。応に空陂の上。縹緲として酒肉に親しむべからず。淫祀 古昔よりす。惟だ一川瀆のみに非ず。干戈 浩として茫茫たり。地 僻にして 極目 傷む。平生 江海の興。乱に遭ひて 身 局促たり。馬を駐めて 漁舟を問ひ。躊躇して 羈束を慰む。

※●南池:閬州城南十里にあり、東西二里、南北約五里という ●巴閬:閬州のこと。巴地方の閬州 ●呀然:谷などが大きく口をあけ、空しいさま ●比屋:並んでいる家。家並み ●美利:美しい利益。易に「始能以美利、利天下」とあり ●止足:足るを知り、止まるを知る ●西成:秋の収穫。西は五行にて秋 ●此物:菱荷・粳稻をいう ●漢王祠:漢の高祖の祠 ●高皇:漢の高祖 ●淫祀:祀るべからざるを祀る祠 ●川瀆:南池をさす ●江海興:江海に遊ばんとの興 ●問漁舟:釣をするため漁船の有無をたずねる ●躊躇:ぐずつく。去るのをためらう

13-24 《將赴荆南寄別李劍州》 杜甫

使君高義驅今古。寥落三年坐劍州。但見文翁能化俗。焉知李廣未封侯。路經灎澦雙蓬鬢。天入滄浪一釣舟。戎馬相逢更何日。春風廻首仲宣樓。

《将に荊南に赴かんとして 李剣州に寄別す》
使君の高義 今古を駆り。寥落 三年 剣州に坐す。但だ見る 文翁の能く俗を化するを。焉んぞ知らん 李広の未だ侯に封ぜざるを。路 灎澦を経ん 双蓬鬢。天 滄浪に入らん 一釣舟。戎馬 相ひ逢ふは更に何れの日ぞ。春風 首を廻らさん 仲宣が楼。

※●荆南:荊州(江陵) ●李劍州:剣州刺史の李氏。剣州は閬州の西北 ●驅今古:古今にたぐいなし ●文翁:漢の時、蜀郡の太守となり、成都に学宮を修め起こし、吏民大いに化す ●李廣:漢の武帝に仕えた武将。功あるも用いられず、「豈吾相不當侯耶」と言った ●灎澦:灎澦堆。瞿唐峡口にあり ●仲宣樓:王粲が後漢末、荊州の劉表のもとに身を寄せていたとき、城楼に登って故郷を思い「登楼賦」を作った

13-25 《奉寄別馬巴州》 杜甫

勳業終歸馬伏波。功曹非復漢蕭何。扁舟繫纜沙邊久。南國浮雲水上多。獨把漁竿終遠去。難隨鳥翼一相過。知君未愛春湖色。興在驪駒白玉珂。

《馬巴州に寄別し奉る》
勲業 終に帰す 馬伏波。功曹 復た漢の蕭何に非ず。扁舟 纜を繫ぐこと 沙辺に久しく。南国 浮雲 水上に多し。独り 漁竿を把りて 終に遠く去り。鳥翼に随ひて一たび相ひ過ぎり難し。知る 君が未だ春湖の色を愛せずして。興は 驪駒 白玉珂に在るを。

※原注に「時甫除京兆功曹、在東川」とあり。広徳2年春、杜甫は京兆府功曹参軍に任ぜられたが赴任しなかった。東川は東川節度使の治所たる梓州のこと ●馬巴州:巴州刺史の馬氏 ●馬伏波:後漢の伏波将軍馬援。馬巴州と同姓により用いる ●蕭何:漢の初代相国となった高祖の腹心。はじめ沛の主吏であった。主吏はのちの功曹にあたる。史記髙帝紀の孟康の注に「主吏功曹也」とあり ●扁舟繫纜:前詩のとおり、杜甫は荊州に赴こうとしていた ●驪駒白玉珂:黒駒に乗って白玉づくりの馬飾りを鳴らす。官職にあるものの姿

13-26 《奉待嚴大夫》 杜甫

殊方又喜故人來。重鎭還須濟世才。常怪偏裨終日待。不知旌節隔年回。欲辭巴徼啼鶯合。遠下荆門去鷁催。身老時危思會面。一生襟抱向誰開。

《厳大夫を待ち奉る》
殊方 又た喜ぶ 故人の来るを。重鎮 還た須つ 済世の才。常に怪しむ 偏裨 終日 待ちしを。知らず 旌節 隔年に回るを。巴徼を辞せんと欲すれば 啼鶯 合し。遠く荊門に下らんとして 去鷁 催す。身 老い 時 危くして 会面を思ふ。一生 襟抱 誰に向かってか開かん。

※●嚴大夫:厳武。《嚴中丞枉駕見過》 《奉送嚴公入朝十韻》等参照。広徳2年正月、黄門侍郎に成都尹・剣南節度使を兼ね、再び蜀に赴任することになった。大夫は節度使の敬称 ●殊方:異郷、他郷のこと ●偏裨:部下の将領 ●隔年回:厳武が朝廷に召されて蜀を去ってから中1年ということ ●巴徼:巴地方の境 ●荆門:荊州にある山の名 ●去鷁:去り行く船。鷁は鷁頸、水鳥をかたどった船首 ●襟抱:胸のうち

13-27 《渡江》 杜甫

春江不可渡。二月巳風濤。舟楫欹斜疾。魚龍偃臥高。渚花張素錦。汀草亂靑袍。戲問垂綸客。悠悠見汝曹。

《江を渡る》
春江 渡るべからず。二月 巳に風濤なり。舟楫 欹斜して疾く。魚竜 偃臥して高し。渚花 素錦を張り。汀草 青袍 乱る。戯れに問ふ 垂綸の客。悠悠 汝が曹を見ると。

※●欹斜:斜めにかたむく ●垂綸客:釣り糸を垂れる人

13-28 《自閬州領妻子卻赴蜀山行三首 其一》 杜甫

汩汩避羣盜。悠悠經十年。不成向南國。復作遊西川。物役水虛照。魂傷山寂然。我生無倚著。盡室畏途邊。

《閬州より妻子を領し 却って蜀に赴かんと山行す三首 其の一》
汩汩として 群盗を避け。悠悠として 十年を経たり。南国に向かふを成さず。復た西川に遊ぶを作す。物に役せられて 水 虚しく照らし。魂 傷みて 山 寂然たり。我が生 倚著する無し。尽室 畏途の辺。

※●卻赴蜀:荊州に下るつもりだったのに、反対に成都に引き返すということ ●汩汩:水がはやく奔流するさま。ここでは杜甫自身の流浪のさまをたとえる ●南國:荊州をさす ●物役:外物に使役される ●無倚著:頼りくっつく相手がない ●盡室:家族全員 ●畏途:おそろしい旅路

13-29 《自閬州領妻子卻赴蜀山行三首 其二》 杜甫

長林偃風色。廻復意猶迷。衫裛翠微潤。馬銜靑草嘶。棧懸斜避石。橋斷卻尋溪。何日干戈盡。飄飄愧老妻。

《閬州より妻子を領し 却って蜀に赴かんと山行す三首 其の二》
長林 風に偃すの色。廻復 意 猶ほ迷ふ。衫は 翠微を裛(マト)ひて潤ほひ。馬は 青草を銜みて嘶く。桟 懸りて 斜めに石を避け。橋 断えて 却って渓を尋ぬ。何れの日にか 干戈 尽きん。飄飄たること 老妻に愧づ。

※●廻復:めぐりかえる ●卻尋溪:引き返して渓谷沿いに代替ルートを探す ●飄飄:さまようさま

13-30 《自閬州領妻子卻赴蜀山行三首 其三》 杜甫

行色遞隱見。人煙時有無。僕夫穿竹語。稚子入雲呼。轉石驚魑魅。抨弓落狖鼯。眞供一笑樂。似欲慰窮途。

《閬州より妻子を領し 却って蜀に赴かんと山行す三首 其の三》
行色 逓ひに隠見し。人煙 時に有無。僕夫 竹を穿ちて語り。稚子 雲に入りて呼ぶ。石を転じて 魑魅を驚かし。弓を抨(ハジ)きて 狖鼯を落とす。真に一笑の楽しみに供す。窮途を慰めんと欲するに似たり。

※●行色:旅行中のようす、けしき ●穿竹:竹林の中を通り抜ける ●魑魅:もののけ、化け物 ●抨弓:弓の弦をはじいて響かせる ●狖:鼻が上向き、尾の長いサル ●鼯:ムササビ 

13-31 《別房太尉墓》 杜甫

他鄕復行役。駐馬別孤墳。近淚無乾土。低空有斷雲。對碁陪謝傅。把劍覓徐君。惟見林花落。鶯啼送客聞。

《房太尉の墓に別る》
他郷 復た行役す。馬を駐めて 孤墳に別る。涙に近きは 乾土 無く。空に低れて 断雲 有り。碁に対して 謝傅に陪し。剣を把りて 徐君を覓む。惟だ見る 林花の落つるを。鶯啼 客を送りて聞かしむ。

※●房太尉:房琯。玄宗が蜀に逃れたとき宰相に任じられたが、陳濤斜の敗戦の責を問われ、乾元元年六月邠州刺史に貶された。上元元年、礼部尚書に改められるが、再び罷免され、晋州刺史ついで漢州刺史に移される。宝応2年4月には刑部尚書として召し返されるが、その途上で病にかかり、8月、閬州の僧舎で没した。太尉を追贈された。《陪王漢州留杜綿州泛房公西湖》等参照 ●行役:成都へ行こうとするのをいう ●謝傅:東晋の謝安。没後太傅を追贈さる。淝水の戦いの捷報が届いたとき、客と碁の対局中で、顔に喜色をあらわすことなかったという。房琯をたとえる ●把劍覓徐君:春秋時代、呉の季札が、徐国の君の墓の樹に彼が欲しがっていた剣をかけた故事から、房琯の墓を徐君の墓にたとえる ●客:杜甫のこと

13-32 《將赴成都草堂途中有作先寄嚴鄭公五首 其一》 杜甫

得歸茅屋赴成都。直爲文翁再剖符。但使閭閻還揖讓。敢論松竹久荒蕪。魚知丙穴由來美。酒憶郫筒不用酤。五馬舊曾諳小徑。幾回書札待潛夫。

《成都の草堂に赴かんとして途中に作有り。先づ厳鄭公に寄す五首 其の一》
茅屋に帰らんと 成都に赴くを得るは。直ちに文翁の再び符を剖くが為めなり。但だ閭閻をして 還た揖譲せしめば。敢へて論ぜんや 松竹の久しく荒蕪するを。魚は知る 丙穴 由来 美なるを。酒は憶ふ 郫筒 酤ふを用ひざるを。五馬 旧と曽て 小径を諳ず。幾回か書札 潜夫を待ちたる。

※●嚴鄭公:厳武。《奉待嚴大夫》を参照。宝応2年鄭国公に封ぜられている ●文翁:漢代、蜀の教化に努めた人物。厳武をたとえる ●剖符:漢代、郡守を任命する際に、符を二つに切り分け、一方を朝廷に留め、一方を郡守に与えて、割符として用いた。ここから地方官を任命することをいう。厳武が再び成都尹に任じられたことを指す ●閭閻:村里 ●揖讓:あいさつし、譲り合う。教化に浴し道徳心を身に着けていることをいう ●松竹:杜甫の草堂に植えてある松竹 ●丙穴:嘉魚を産する洞穴の名。各所にあり。成都の西南百五十里の卭州にもあるという ●郫筒:成都の西五十里の郫県に産する大竹で作った筒。美酒を盛るのに用いる ●不用酤:ツケで買う必要がない。厳武が供してくれるからである ●五馬:太守のこと。漢代、太守の車は五頭の馬を用いたことから ●諳小徑:杜甫の草堂に通じる小径をそらで覚えている ●潛夫:杜甫を指す。隠遁して「潜夫論」を著わした王符にみずからをたとえる

13-33 《將赴成都草堂途中有作先寄嚴鄭公五首 其二》 杜甫

處處淸江帶白蘋。故園猶得見殘春。雪山斥候無兵馬。錦里逢迎有主人。休怪兒童延俗客。不敎鵝鴨惱比鄰。習池未覺風流盡。況復荆州賞更新。

《成都の草堂に赴かんとして途中に作有り。先づ厳鄭公に寄す五首 其の二》
処処 清江 白蘋を帯び。故園 猶ほ残春を見るを得ん。雪山の斥候 兵馬 無く。錦里の逢迎 主人 有り。怪しむを休めよ 児童の俗客を延くを。鵝鴨をして 比隣を悩ましめず。習池 未だ覚えず 風流の尽くるを。況んや復た 荊州の賞 更に新たなるをや。

※●故園:杜甫の草堂のある成都 ●雪山:別名、雪嶺、西山。吐蕃との境をなす山 ●錦里:錦江のほとり、草堂のある村里 ●習池:習家の池。晋の山簡が襄陽に赴任していたとき、常に習家の庭園を訪ね、その池のほとりで酒を飲んだ。杜甫の草堂をたとえる ●荆州:山簡のこと。征南将軍として荊州を都督す

13-34 《將赴成都草堂途中有作先寄嚴鄭公五首 其三》 杜甫

竹寒沙碧浣花溪。橘刺藤梢咫尺迷。過客徑須愁出入。居人不自解東西。書籤藥裹封蛛網。野店山橋送馬蹄。肯藉荒庭春草色。先𢬵一飮醉如泥。

《成都の草堂に赴かんとして途中に作有り。先づ厳鄭公に寄す五首 其の三》
竹 寒く 沙 碧なり 浣花渓。橘刺 藤梢 咫尺も迷ふ。過客 径ちに須らく 出入を愁ふなるべし。居人も 自ら東西を解せず。書籤 薬裹 蛛網に封ぜられ。野店 山橋 馬蹄を送る。肯へて 荒庭の春草の色を藉きて。先づ 一飲 酔ひて 泥の如くなるを𢬵せんや。

※●咫尺迷:ごく近い距離さえ迷う ●書籤:書物の題を記した札 ●藥裹:薬を包んだもの ●𢬵:もと拌の俗字。他本、判に作るも同義。唐代の俗語で「万事放擲してそのことを為す」の意

13-35 《將赴成都草堂途中有作先寄嚴鄭公五首 其四》 杜甫

常苦沙崩損藥欄。也從江檻落風湍。新松恨不高千尺。惡竹應須斬萬竿。生理祇憑黃閣老。衰顏欲付紫金丹。三年奔走空皮骨。信有人閒行路難。

《成都の草堂に赴かんとして途中に作有り。先づ厳鄭公に寄す五首 其の四》
常に苦しむ 沙 崩れて 薬欄を損ずるに。也た従す 江檻に 風湍の落つるに。新松 恨むらくは 高きこと千尺ならざるを。悪竹 応に須らく 万竿を斬るべし。生理 祇だ憑る 黄閣の老。衰顔 付せんと欲す 紫金丹。三年 奔走して 空しく皮骨。信に 人間 行路の難き有り。

※●藥欄:薬草園を囲う欄干 ●江檻:水檻に同じ。川に沿って設けた手すり。《江上値水如海𫝑聊短述》に「新添水檻供垂釣」とあり ●新松:《憑韋少府班覓松樹子栽》詩で分けてもらい草堂に植えた松 ●黃閣老:黄閣の元老、すなわち黄門侍郎の厳武 ●紫金丹:長生の仙薬 ●空皮骨:痩せ衰えて骨と皮だけ

13-36 《將赴成都草堂途中有作先寄嚴鄭公五首 其五》 杜甫

錦官城西生事微。烏皮几在還思歸。昔去爲憂亂兵入。今來已恐鄰人非。側身天地更懷古。回首風塵甘息機。共說總戎雲鳥陣。不妨遊子芰荷衣。

《成都の草堂に赴かんとして途中に作有り。先づ厳鄭公に寄す五首 其の五》
錦官城西 生事 微なるも。烏皮几 在りて 還た帰るを思ふ。昔 去りしは 乱兵の入るを憂ふるが為めにして。今 来たれば 已に恐る 隣人の非なるを。身を天地に側だてて 更に懐古し。首を風塵に回らして 息機に甘んず。共に説かん 総戎 雲鳥の陣。妨げず 遊子 芰荷の衣。

※●錦官城西:杜甫の草堂のある場所 ●生事微:生計をたてること、わずかばかり。暮らしが貧乏なこと ●烏皮几:烏羔(黒い子羊)の皮を張った脇息。杜甫の愛用品 ●鄰人非:隣人が逃げたり死んだりで昔のままでない ●息機:機心を息止すること ●總戎:軍を総べるもの。節度使である厳武を指す ●雲鳥陣:『握奇経』に八陣を説いて、「天・地・風・雲、為四正、飛龍・翼虎・鳥翔・蛇蟠、為四奇」とあり、種々の陣形をいう。吐蕃に対する防衛のため兵法を論じようということ ●芰荷衣:菱と蓮の葉で作った衣。隠遁者の服

13-37 《春歸》 杜甫

苔徑臨江竹。茅簷覆地花。別來頻甲子。歸到忽春華。倚杖看孤石。傾壺就淺沙。遠鷗浮水靜。輕燕受風斜。世路雖多梗。吾生亦有涯。此身醒復醉。乘興卽爲家。

《春に帰る》
苔径 江に臨むの竹。茅簷 地を覆ふの花。別来 頻りに甲子。帰り到れば 忽ち春華。杖に倚りて 孤石を看。壺を傾けて 浅沙に就く。遠鷗 水に浮かびて静かに。軽燕 風を受けて斜めなり。世路 梗 多しと雖も。吾が生 亦た涯り有り。此の身 醒めて復た酔ひ。興に乗ずれば 即ち家と為す。

※●頻甲子:甲子は干支。すなわち十干と十二支を組み合わせて日・月・年を記すに用いる。月日があっという間に過ぎたということ ●梗:梗塞、ふさがり、さまたげ ●乘興卽爲家:興に乗ずるところをそのまま家とする

13-38 《歸來》 杜甫

客裏有所適。歸來知路難。開門野鼠走。散帙壁魚乾。洗杓斟新醞。低頭拭小盤。憑誰給麴蘖。細酌老江干。

《帰来》
客裏 適く所 有り。帰来 路の難きを知る。門を開けば 野鼠 走り。帙を散ずれば 壁魚 乾く。杓を洗ひて 新醞を斟み。頭を低れて 小盤を拭ふ。誰に憑りてか 麴蘖を給せられ。細酌して 江干に老いん。

※●客裏有所適:成都での旅住まいのなか、さらに出かけていく先(梓州や閬州)があった ●壁魚:紙魚(シミ)。紙を食べる虫 ●麴蘖:こうじ。酒造りの材料 ●江干:錦江のほとり

13-39 《草堂》 杜甫

昔我去草堂。蠻夷塞成都。今我歸草堂。成都適無虞。請陳初亂時。反覆乃須臾。大將赴朝廷。羣小起異圖。中宵斬白馬。盟歃氣已麤。西取邛南兵。北斷劍閣隅。布衣數十人。亦擁專城居。其勢不兩大。始聞蕃漢殊。西卒卻倒戈。賊臣互相誅。焉知肘腋禍。自及梟獍徒。義士皆痛憤。紀綱亂相踰。一國實三公。萬人欲爲魚。唱和作威福。孰肯辯無辜。眼前列杻械。背後吹笙竽。談笑行殺戮。濺血滿長衢。到今用鉞地。風雨聞號呼。鬼妾與鬼馬。色悲充爾娛。國家法令在。此又足驚吁。賤子且奔走。三年望東吳。弧矢暗江海。難爲遊五湖。不忍竟舍此。復來薙榛蕪。入門四松在。步屧萬竹疎。舊犬喜我歸。低徊入衣裾。鄰里喜我歸。沽酒攜胡蘆。大官喜我來。遣騎問所須。城郭喜我來。賓客隘村墟。天下尙未寧。健兒勝腐儒。飄颻風塵際。何地置老夫。於時見疣贅。骨髓幸未枯。飮啄愧殘生。食薇不敢餘。

《草堂》
昔 我れ草堂を去りしとき。蛮夷 成都を塞ぐ。今 我 草堂に帰れば。成都 適〻虞れ無し。請ふ 初めて乱れし時を陳べん。反覆せること 乃ち須臾なり。大将 朝廷に赴き。群小 異図を起す。中宵 白馬を斬り。盟歃 気 已に麤なり。西のかた 邛南の兵を取り。北のかた 剣閣の隅を断つ。布衣 数十人。亦た専城の居を擁す。其の勢ひ 両大ならず。始めより聞く 蕃漢の殊なるを。西卒 却って戈を倒にし。賊臣 互ひに相ひ誅す。焉んぞ知らん 肘腋の禍。自づから梟獍の徒に及ばんとは。義士 皆 痛憤し。紀綱 乱れて相ひ踰ゆ。一国 実に三公あり。万人 魚為らんと欲す。唱和して 威福を作す。孰か肯へて 無辜を弁ぜん。眼前 杻械を列し。背後に 笙竽を吹く。談笑して殺戮を行ひ。濺血 長衢に満つ。今に到るも 鉞を用ひし地。風雨に 号呼するを聞く。鬼妾と鬼馬と。色悲するに 爾が娯しみに充つ。国家 法令在り。此れ又た驚吁するに足る。賤子 且つ奔走し。三年 東呉を望む。弧矢 江海に暗く。五湖に遊ぶを為し難し。竟に此を舎つるに忍びず 。復た来りて 榛蕪を薙ぐ。門に入れば 四松 在り。歩屧 万竹 疎なり。旧犬 我が帰るを喜び。低徊して 衣裾に入る。隣里 我が帰るを喜び。酒を沽ひて 胡芦を携ふ。大官 我が来るを喜び。騎を遣して 須つ所を問ふ。城郭 我が来るを喜び。賓客 村墟を隘にす。天下 尚ほ未だ寧からず。健児 腐儒に勝る。飄颻たる風塵の際。何れの地にか老夫を置かん。時に於て 疣贅とせらる。骨髄 幸ひに未だ枯れず。飲啄 残生に愧づ。薇を食して敢へて余さず。

※●蠻夷塞成都:徐知道の乱をいう。《從事行贈嚴二別駕》参照 ●大將:厳武のこと ●羣小起異圖:多くの小人どもが謀叛のくわだてを起こす ●斬白馬:盟をなすために白馬を切り殺してその血を用いる ●盟歃:口旁に血を塗って盟をたてる ●邛南:臨邛県の南、雅州の兵を率いて徐知道は乱を起こした ●西卒:反乱に加わっていた羌兵 ●肘腋禍:はなはだ身近なところから生じたわざわい。部下の李忠厚が羌兵を率いて裏切ったこと ●梟獍徒:反乱軍のかしらども。梟は母を食らうといい、獍(破獍)という獣は父を食らうといい、いずれも凶獣とされる ●唱和作威福:賊軍どもが互いに付和雷同して威をも福をも好き勝手になす ●杻械:手かせ足かせ ●胡蘆:ふくべ。瓢箪 ●疣贅:イボ。邪魔者のたとえ ●食薇不敢餘:他本に「食薇不願餘(薇を食して余を願はず)」に作るという。これは古詩の成句にあり

13-40 《四松》 杜甫

四松初移時。大抵三尺强。別來忽三嵗。離立如人長。會看根不拔。莫計枝凋傷。幽色幸秀發。疎柯亦昂藏。所插小藩籬。本亦有隄防。終然掁撥損。得悋千葉黃。敢爲故林主。黎庶猶未康。避賊今始歸。春草滿空堂。覽物嘆衰謝。及兹慰凄涼。淸風爲我起。灑面若微霜。足爲送老資。聊待偃葢張。我生無根蒂。配爾亦茫茫。有情且賦詩。事迹可兩忘。勿矜千載後。慘澹蟠穹蒼。

《四松》
四松 初めて移す時。大抵 三尺強。別来 忽ち三嵗。離立して 人の如く長し。会らず看ん 根の抜けざるを。計る莫し 枝の凋傷するを。幽色 幸ひに秀発し。疎柯も 亦た昂蔵たり。挿む所は 藩籬 小なるも。本 亦た 隄防有り。終然 掁撥して損ぜり。悋むを得たり 千葉の黄なるを。敢へて故林の主と為る。黎庶 猶ほ未だ康からず。賊を避けて 今 始めて帰る。春草 空堂に満つ。物を覧て 衰謝を嘆じ。兹に及んて 凄涼を慰む。清風 我が為めに起り。面に灑ぐこと 微霜の若し。老を送るの資と為すに足る。聊か偃葢の張るを待たん。我が生 根蒂 無く。爾に配するも亦た茫茫たり。情 有りて 且つ詩を賦す。事迹 両つながら忘るべし。矜る勿れ 千載の後。惨澹として穹蒼に蟠るを。

※●四松:前詩にいう「入門四松在」の松 ●如人長:豹軒は「人の如くに長ぜり」と訓じ、「長は生長」と解するが、生長の意味の「長」は仄字であり韻が合わない。「人と同じくらいの背丈である」という意味だろう ●掁撥:物に触れられてはねのけられる。謝恵運の《祭古冢文》に見える。棖撥とも ●無根蒂:付着するところがない ●穹蒼:押韻のため蒼穹を転倒したもの。倒押韻

13-41 《題桃樹》 杜甫

小徑升堂舊不斜。五株桃樹亦從遮。高秋總饋貧人實。來歲還舒滿眼花。簾戶每宜通乳燕。兒童莫信打慈鴉。寡妻羣盜非今日。天下車書已一家。

《桃樹に題す》
小径 堂に升るに 旧と 斜めならず。五株の桃樹 亦た遮るに従す。高秋 総べて 貧人に実を饋り。来歳 還た満眼の花を舒べん。簾戸 毎に 乳燕を通ずるに宜しく。児童 慈鴉を打つに信すこと莫し 。寡妻 群盗 今日に非ず。天下 車書 已に一家。

※●桃樹:《蕭八明府實處覓桃栽》詩で苗を分けてもらった桃の木であろう ●舊不斜:かつては真っ直ぐで斜めではなかったが、今では斜めになっている。理由は次句のとおり桃の木が茂ってもともとの小径を遮ってしまったからである ●乳燕:雛を養っているツバメ ●慈鴉:慈烏に同じ。カラスの子は成長してのち、親に餌を運び与える反哺の慈愛があるとされる ●寡妻:未亡人。ここでは戦乱のため夫を亡くした女性を指す ●非今日:もはや過去のことであり、今日のことではない ●車書:中庸に曰く、「今天下、車同軌、書同文」と。天下がひとつになること

13-42 《水檻》 杜甫

蒼江多風飆。雲雨晝夜飛。茅軒駕巨浪。焉得不低垂。遊子久在外。門戶無人持。高岸尙爲谷。何傷浮柱欹。扶顚有勸誡。恐貽識者嗤。旣殊大廈傾。可以一木支。臨川視萬里。何必欄檻爲。人生感故物。慷慨有餘悲。

《水檻》
蒼江 風飆 多く。雲雨 昼夜 飛ぶ。茅軒 巨浪 駕す。焉んぞ 低垂せざるを得ん。遊子 久しく外に在り。門戸 人の持する無し。高岸も 尚ほ谷と為る。何ぞ傷まん 浮柱の欹くを。扶顚 勧誡 有り。恐らくは 識者の嗤ひを貽さん。既に 大廈の傾くに殊なり。一木を以て支ふべし。川に臨みて 万里を視るは。何ぞ必ずしも 欄檻もて為さん。人生 故物に感ず。慷慨して余悲有り。

※●水檻:錦江に沿って設けた欄干。《江上値水如海𫝑聊短述》、《水檻遣心》参照 ●駕巨浪:大波が乗り越えて来る ●高岸尙爲谷:詩経の《十月之交》に「髙岸為谷。深谷為陵」とあり ●浮柱欹:水中に建てた柱がかたむく ●扶顚:論語の季氏篇に「危而不持、顚而不扶、則将焉用彼相矣」とあり ●恐貽識者嗤:顚れたものは扶けおこせという孔子の勧誡にさからって、放置していては識者の笑いものになるだろうということ ●故物:古くからある物、なじみの物

13-43 《破船》 杜甫

平生江海心。宿昔具扁舟。豈惟淸溪上。日傍柴門遊。蒼皇避亂兵。緬邈懷舊丘。鄰人亦已非。野竹獨脩脩。船舷不重扣。埋沒已經秋。仰看西飛翼。下愧東逝流。故者或可掘。新者亦易求。所悲數奔竄。白屋難久留。

《破船》
平生 江海の心。宿昔 扁舟を具ふ。豈に惟だ 清渓の上にて。日〻 柴門に傍ひて遊ぶのみならんや。蒼皇として乱兵を避け。緬邈として旧丘を懐ふ。隣人も 亦た已に非なり。野竹 独り脩脩たり。船舷 重ねては扣かず。埋没して已に秋を経たり。仰ぎては看る 西飛の翼。下りては愧づ 東逝の流れ。故き者 或ひは掘るべく。新たなる者 亦た求め易し。悲しむ所は 数〻奔竄して。白屋 久しく留まり難きことなり。

※●江海心:長江とその先の海、長江下流域に行かんとする心 ●避亂兵:徐知道の謀叛にはじまる騒乱を避けて成都を離れたこと ●緬邈:遥かなるさま ●舊丘:成都の草堂をさす ●故者:古い舟。埋没して壊れている舟 ●新者:新しい舟

13-44 《奉寄高常侍》 杜甫

汶上相逢年頗多。飛騰無那故人何。總戎楚蜀應全未。方駕曹劉不啻過。今日朝廷須汲黯。中原將帥憶廉頗。天涯春色催遲暮。別淚遙添錦水波。

《高常侍に寄せ奉る》
汶上に相ひ逢ひてより 年 頗る多し。飛騰 故人を那何んともする無し。戎を 楚蜀に総ぶるは 応に全く未だなるべく。駕を 曹劉に方ぶるは 啻だに過ぐるのみならず。今日 朝廷 汲黯を須ち。中原の将帥 廉頗を憶ふ。天涯の春色 遅暮 催し。別涙 遥かに添ふ 錦水の波。

※●高常侍:左散騎常侍の高適。宝応元年夏、入朝した厳武の後を受けて成都尹となったが、対吐蕃防衛で西山三城(松・維・保)を奪われるなど失策あり、広徳2年3月、前任の厳武と交替となり、都に戻されて刑部侍郎・左散騎常侍となる ●汶上:山東を流れる川、汶水のほとり ●飛騰:飛びあがる。飛びあがるような勢い、元気がある。また、飛びあがって高い地位にいる。高適のことをいう ●總戎楚蜀:楚や蜀において軍を統括する。高適はかつて揚州大都督・淮南節度使であり、直近は西川節度使である ●曹劉:曹植と建安七子のひとり劉楨 ●不啻過:単に過ぎるのみならず、遠くはるかに過ぎる ●汲黯:漢の武帝に仕え、直諫をよくした ●廉頗:戦国趙の猛将 ●天涯:天の果て。蜀をいう ●遲暮:晩年、老衰

13-45 《贈王二十四侍御契四十韻》 杜甫

往往雖相見。飄飄愧此身。不關輕紱冕。但是避風塵。一別星橋夜。三移斗柄春。敗亡非赤壁。奔走爲黃巾。子去何瀟灑。余藏異隱淪。書成無過雁。衣故有懸鶉。恐懼行裝數。伶俜臥疾頻。曉鶯工逬淚。秋月解傷神。會面嗟黧黑。含悽話苦辛。接輿還入楚。王粲不歸秦。錦里殘丹竈。花溪得釣綸。消中祇自惜。晚起索誰親。伏柱聞周史。乘槎有漢臣。鵷鴻不易狎。龍虎未宜馴。客則挂冠至。交非傾蓋新。由來意氣合。直取性情眞。浪迹同生死。無心恥賤貧。偶然存蔗芋。幸各對松筠。麤飯依他日。窮愁怪此辰。女長裁褐穩。男大卷書匀。漰口江如練。蠶崖雪似銀。名園當翠巘。野棹沒靑蘋。屢喜王侯宅。時邀江海人。追隨不覺晚。款曲動彌旬。但使芝蘭秀。何須棟宇鄰。山陽無俗物。鄭驛正留賓。出入竝鞍馬。光輝參席珍。重遊先主廟。更歷少城闉。石鏡通幽魄。琴臺隱絳脣。送終惟糞土。結愛獨荆榛。置酒高林下。觀碁積水濱。區區甘累趼。稍稍息勞筋。網聚黏圓鯽。絲繁煮細蓴。長歌敲柳癭。小睡凭藤輪。農月須知課。田家敢忘勤。浮生難去食。良會惜淸晨。列國兵戈暗。今王德敎淳。要聞除䝟貐。休作畫麒麟。洗眼看輕薄。虛懷任屈伸。莫令膠漆地。萬古重雷陳。

《王二十四侍御契に贈る四十韻》
往往 相ひ見ると雖も。飄飄 此の身を愧づ。関せず 紱冕を軽んずるに。只だ是れ 風塵を避くるのみ。一たび別る 星橋の夜。三たび移る 斗柄の春。敗亡 赤壁に非ず。奔走 黄巾の為めなり。子 去ること 何ぞ瀟洒たる。余 蔵るること 隠淪に異なる。書 成るも 過雁 無く。衣 故りて 懸鶉 有り。恐懼す 行装の数〻なるに。伶俜として 臥疾 頻りなり。暁鶯 工みに涙を逬せしめ。秋月 解く神を傷ましむ。会面 黧黒を嗟き。悽を含みて 苦辛を話す。接輿 還た楚に入り。王粲 秦に帰らず。錦里 丹竈 残し。花渓 釣綸を得たり。消中 祇だ自ら惜しむ。晩起 誰を索めてか親しまん。伏柱 周史を聞き。乗槎 漢臣有り。鵷鴻 狎れ易からず。竜虎 未だ馴るるに宜しからず。客は則ち冠を挂けて至り。交はりは蓋を傾くるの新たなるに非ず。由来 意気 合し。直ちに性情の真なるを取る。浪迹 生死を同じくし。賤貧を恥づるに心無し。偶然 蔗芋 存し。幸ひに各〻 松筠に対す。麤飯 他日に依り。窮愁 此の辰を怪しむ。女 長じて 褐を裁すること穏やかに。男 大にして 書を巻くこと匀し。漰口 江 練の如く。蚕崖 雪 銀に似たり。名園 翠巘に当たり。野棹 青蘋に没す。屢〻喜ぶ 王侯の宅の。時に江海の人を邀ふるを。追随して 晩を覚えず。款曲 動もすれば旬を弥る。但だ芝蘭をして秀でしめん。何ぞ須ひん 棟宇の隣るを。山陽 俗物 無く。鄭駅 正に賓を留む。出入 鞍馬を並べ。光輝 席珍に参はる。重ねて遊ぶ 先主の廟。更に歴たり 少城の闉。石鏡 幽魄を通じ。琴台 絳唇を隠す。終を送るは惟だ糞土のみ。愛を結ぶは独り荊榛のみ。酒を置く 高林の下。碁を観る 積水の浜。区区 累趼に甘んじ。稍稍 労筋を息はしむ。網 聚まりて 円鯽 粘し。糸 繁くして 細蓴を煮る。長歌して柳癭を敲き。小睡して 藤輪に凭る。農月 須らく課を知るべし。田家 敢へて勤めを忘れんや。浮生 食を去り難く。良会 清晨を惜しむ。列国 兵戈 暗く。今 王 徳教 淳し。䝟貐を除くを聞かんと要す。麒麟に画かるるを作すを休めよ。眼を洗ひて軽薄を看。虚懐 屈伸に任す。膠漆の地をして。万古 雷陳を重んぜしむること莫れ。

※●王二十四侍御契:侍御史の王契 ●紱冕:高官のつける礼服と礼冠。転じて高位をいう ●星橋:秦の李氷が蜀の太守のとき、七橋を造り、天上の北斗七星と対応させた。ここでは単に成都のこと ●懸鶉:吊るしたウズラ。ウズラの羽は斑にして散乱する。貧士の衣をこれにたとえて鶉衣という ●伶俜:おちぶれるさま ●接輿:楚の狂者の名。杜甫自身をたとえる ●王粲:秦川の出身だが、後漢末の戦乱を避けて長く流浪した。杜甫自身をたとえる ●消中:消渇に同じ。糖尿病 ●伏柱聞周史:老子が周の柱下史(蔵書室の役人)だったことから、侍御史の別称、柱下史にかけて、王侍御のことをいう ●乘槎有漢臣:張騫が黄河をさかのぼって天の川に行き着いたという伝説を踏まえ、王侍御をたとえる ●挂冠:官職を辞すること ●傾蓋:車蓋を傾けて親しく語り合う ●蔗芋:サトウキビとイモ ●漰口:豹軒は字解にて、漰は堋に作るべしとする。『太平寰宇記』に「導江縣有都安堰、蜀人謂堰為堋」とあり。すなわち漰口は都安堰の出口ということであろう ●蠶崖:導江県西北四十七里にありという。王侍御は導江に住んでいるらしい ●山陽:竹林の七賢がいたところ ●鄭驛:漢の鄭当時、長安諸郊に駅馬を置き、日々賓客を送迎したという ●更歷少城闉:仇本は「更」を「要」に作る。この異同について豹軒の字解に言及なし ●石鏡:《石鏡》詩参照 ●琴臺:《琴臺》詩参照 ●圓鯽:まるまる太ったフナ ●柳癭:柳の木のこぶのようなひさご。曹植の詩に「我有柳癭瓢」とあり ●藤輪:藤の蔓で編んだ円い座布団 ●䝟貐:人を害する凶獣。盗賊らをたとえる ●雷陳:後漢の雷義と陳重。親密な交際で知られ、当時の人に「膠膝自謂堅、不如雷與陳」といわれた

13-46 《登樓》 杜甫

花近高樓傷客心。萬方多難此登臨。錦江春色來天地。玉壘浮雲變古今。北極朝廷終不改。西山寇盜莫相侵。可憐後主還祠廟。日暮聊爲梁父吟。

《楼に登る》
花 高楼に近くして 客心を傷ましむ。万方 多難 此に登臨す。錦江の春色 天地より来たり。玉塁の浮雲 古今に変ず。北極の朝廷 終に改まらず。西山の寇盗 相ひ侵す莫れ。憐むべし 後主も還た祠廟あり。日暮 聊か為す 梁父の吟。

※●玉壘:山名。灌県の西北。唐の貞観年間にその下に関を設けた ●北極:北極星、北辰。天上の北極星は地上の天子に相応する ●西山:雪山(雪嶺)。吐蕃との国境をなす山 ●後主:蜀漢の後主・劉禅 ●還祠廟:「還」は「それでもなお」の意。劉禅のように暗愚であっても(孔明のような優れた補佐を得れば)祠廟にまつられる、ということ ●梁父吟:梁甫吟に同じ。孔明が詠んだとされる歌。ここでは自らを孔明になぞらえ、この詩を梁父吟にたとえたものか

13-47 《寄邛州崔錄事》 杜甫

邛州崔錄事。聞在果園坊。久待無消息。終朝有底忙。應愁江樹遠。怯見野亭荒。浩蕩風塵際。誰知酒熟香。

《邛州の崔録事に寄す》
邛州の崔録事。聞く 果園坊に在りと。久しく待つも 消息 無し。終朝 底(ナン)の忙か有る。応に江樹の遠きを愁へ。野亭の荒るるを見るを怯るなるべし。浩蕩たる風塵の際。誰か知らん 酒 熟して香しきを。

※●邛州:成都の西にあり ●果園坊:成都の街区の名 ●有底忙:どんな忙しいことがあるのか(あるはずがない)

13-48 《王錄事許修草堂貲不到聊小詰》 杜甫

爲瞋王錄事。不寄草堂貲。昨屬愁春雨。能忘欲漏時。

《王録事 草堂を修むるの貲を許すも到らず。聊か小詰す》
為めに瞋る 王録事が。草堂の貲を寄せざるを。昨 春雨を愁ふるに属す。能く忘れんや 漏れんと欲するの時を。

※●許修草堂貲:杜甫の草堂を修繕するための資金を出すことを承諾する ●屬:その時にあうこと。昨日ちょうど春雨の心配をしたところだ

13-49 《歸雁》 杜甫

東來千里客。亂定幾年歸。腸斷江城雁。高高正北飛。

《帰雁》
東来 千里の客。乱 定まりて 幾年にか帰らん。腸は断ゆ 江城の雁。高高として 正に北に飛ぶに。

※●亂定幾年歸:いつになったら兵乱おさまって故郷に帰れるのか ●北飛:北は成都からみて長安の方角

13-50 《絕句二首 其一》 杜甫

遲日江山麗。春風花草香。泥融飛燕子。沙煖睡鴛鴦。

《絶句二首 其の一》
遅日 江山 麗しく。春風 花草 香し。泥 融けて 燕子 飛び。沙 煖かにして 鴛鴦 睡る。

※●燕子:子は添え字。雛ではない

13-51 《絕句二首 其二》 杜甫

江碧鳥逾白。山靑花欲燃。今春看又過。何日是歸年。

《絶句二首 其の一》
江 碧にして 鳥 逾〻白く。山 青くして 花 燃えんと欲す。今春 看すみす又た過ぐ。何れの日か 是れ 帰る年ぞ。

※●歸年:故郷へ帰る年

13-52 《寄司馬山人十二韻》 杜甫

關內昔分袂。天邊今轉蓬。驅馳不可說。談笑偶然同。道術曾留意。先生早擊蒙。家家迎薊子。處處識壺公。長嘯峨嵋北。潛行玉壘東。有時騎猛虎。虛室使仙童。髮少何勞白。顏衰肯要紅。望雲悲轗軻。畢景羨沖融。喪亂形仍役。凄涼信不通。懸旌要路口。倚劍短亭中。永作殊方客。殘生一老翁。相哀骨可換。亦遣馭淸風。

《司馬山人に寄す十二韻》
関内に 昔 袂を分かち。天辺 今 転蓬なり。駆馳 説くべからず。談笑 偶然 同じ。道術 曽て意を留めしも。先生 早くに蒙を撃つ。家家 薊子を迎へ。処処 壺公を識る。長嘯す 峨嵋の北。潜行す 玉塁の東。時有ってか 猛虎に騎し。虚室 仙童を使ふ。髪 少くして 何ぞ白きに労せん。顔 衰ふるも 肯へて紅ならんと要せんや。雲を望みて 轗軻を悲しみ。畢景に沖融なるを羨む。喪乱 形に 仍ほ役せられ。凄涼 信 通ぜず。旌を懸く 要路の口。剣に倚る 短亭の中。永く殊方の客と作り。残生 一老翁。相ひ哀れまば骨 換ふべけん。亦た清風に馭せしめん。

※●不可說:言葉で言い尽くせない ●道術:道家の方術 ●擊蒙:無知蒙昧を開き智あらしめる ●薊子:仙人の名。後漢の薊子訓。彼が都に入ると公卿以下数百人が訪ねたという ●壺公:仙人の名。市場で薬を売り、終われば店に掛けてある壺の中に入った。市吏の費長房がこれを見つけ、頼んで一緒に壺の中に入った ●峨嵋:峨嵋山。蜀の名山 ●玉壘:山名。《登樓》参照 ●肯要紅:豹軒は「肯更紅(肯へて更に紅なり)」に作り、仇本との異同について言及せず。しかし「肯更紅」では意味が通じがたく、豹軒の訳文も何を言っているのかよくわからない。前句との対句の点からも「更」は適当とは思われない。ここは仇本に従う ●轗軻:不遇のさま ●畢景:夕陽のひかり ●沖融:水の虚空に似たるさま。司馬山人の姿、生き方をいう ●短亭:唐代の街道は、十里ごとに一長亭、五里ごとに一短亭を置いた。亭は休憩所 ●骨可換:わが凡人の骨を仙人の骨に換えてくださることもできるだろう。『漢武内伝』なる書によれば、仙法により、一年で気を易え、二年で血を易え、三年で精、四年で脈、五年で髄、六年で骨、七年で筋、八年で髪、九年で形を易えるという ●馭淸風:『荘子』に列子が風に御して冷然として善しと言える話あり

13-53 《黃河二首 其一》 杜甫

黃河北岸海西軍。椎鼓鳴鐘天下聞。鐵馬長鳴不知數。胡人高鼻動成羣。

《黄河二首 其の一》
黄河北岸 海西の軍。鼓を椎し 鐘を鳴らして 天下に聞こゆ。鉄馬 長く鳴きて 数を知らず。胡人 高鼻 動もすれば群を成す。

※●海西軍:漢の時、金城允吾県北に西海郡を置く。その故地を海西と呼んだもの。唐代にはここに軍を置いていたが、この詩の当時、侵入した吐蕃軍に占領されていた ●椎鼓鳴鐘:鼓を椎で打ち鳴らし、鐘を鳴らす。海西軍の威風堂堂たる進軍のさま ●鐵馬:鉄の鎧をつけた馬。吐蕃軍の軍馬 ●胡人:吐蕃兵のこと

13-54 《黃河二首 其二》 杜甫

黃河南岸是吾蜀。欲須供給家無粟。願驅眾庶戴君王。混一車書棄金玉。

《黄河二首 其の一》
黄河南岸 是れ吾が蜀。供給を須たんと欲すれど 家に粟無し。願はくは 衆庶を駆りて 君王を戴き。車書を混一して 金玉を棄てしめん。

※●須供給:糧食の供給を必要とする。蜀の軍の状況をいう ●混一車書:車は轍を同じくし、書は文を同じくす。天下をひとつにする ●棄金玉:奢侈贅沢をやめること

13-55 《揚旗》 杜甫

江風颯長夏。府中有餘淸。我公會賓客。肅肅有異聲。初筵閱軍裝。羅列照廣庭。庭空六馬入。駊騀揚旗旌。廻廻偃飛蓋。熠熠逬流星。來衝風飆急。去擘山嶽傾。材歸俯身盡。妙取略地平。虹蜺就掌握。舒卷隨人輕。三州陷犬戎。但見西嶺靑。公來練猛士。欲奪天邊城。此堂不易升。庸蜀日已寧。吾徒且加餐。休適蠻與荆。

《旗を揚ぐ》
江風 長夏に颯たり。府中 余清 有り。我が公 賓客を会し。粛粛として 異声 有り。初筵 軍装を閲し。羅列 広庭を照らす。庭 空しくして 六馬入り。駊騀として 旗旌を揚ぐ。廻廻として 飛蓋 偃し。熠熠として 流星 逬る。来たり衝けば 風飆 急に。去って擘(ワカ)てば 山岳 傾く。材は帰す 身を俯し尽くすに。妙は取る 地を略するの平らかなるに。虹蜺 掌握に就き。舒巻 人に随ひて軽し。三州 犬戎に陥り。但だ見る 西嶺の青きを。公 来りて 猛士を練り。奪はんと欲す 天辺の城。此の堂 升り易からざるに。庸蜀 日〻に已に寧し。吾が徒 且つ餐を加へん。蛮と荊とに適くを休めよ。

※原注に「二年夏六月、成都尹嚴公、置酒公堂、觀騎士試新旗幟」とあり。嚴公は厳武 ●餘淸:有り余る涼しさ ●異聲:特別な名声 ●駊騀:馬の頭をうごかすさま ●揚旗旌:旗をあおるようにふりまわす ●廻廻:回転するさま ●熠熠:あざやかに光るさま ●俯身盡:馬上ですっかり全身をかがめる ●略地平:旗で平らかに地面を払う ●三州陷犬戎:松・維・保の三州(西山三城)が吐蕃の手に落ちたこと ●庸蜀:蜀のこと。尚書の牧誓に見える言葉 ●適蠻與荆:王粲の《七哀》詩に「復棄中國去。遠身適荆蠻」とあるを踏まえる

13-56 《絕句六首 其一》 杜甫

日出籬東水。雲生舍北泥。竹高鳴翡翠。沙僻舞鵾鷄。

《絶句六首 其の一》
日は出づ 籬東の水。雲は生ず 舎北の泥。竹 高くして 翡翠 鳴き。沙 僻にして 鵾鶏 舞ふ。

※●籬東水:浣花渓の水 ●鵾鷄:大型のニワトリ

13-57 《絕句六首 其二》 杜甫

藹藹花蕊亂。飛飛蜂蝶多。幽棲身懶動。客至欲如何。

《絶句六首 其の二》
藹藹として 花蕊 乱れ。飛飛として 蜂蝶 多し。幽棲 身 動くに懶く。客 至らば 如何にかせんと欲す。

※●客至欲如何:仇註は「こんなところに客がやって来て、どうしようというのか」の意に解し、豹軒は「こんなところに客がやって来たら、自分はどうしようか」の意に解する

13-58 《絕句六首 其三》 杜甫

鑿井交椶葉。開渠斷竹根。扁舟輕裊纜。小徑曲通村。

《絶句六首 其の三》
井を鑿つところ 棕葉 交はり。渠を開くところ 竹根を断つ。扁舟 軽くして纜を裊(タワ)ませ。小径 曲がりて村に通ず。

※●椶葉:棕櫚(シュロ)の葉

13-59 《絕句六首 其四》 杜甫

急雨捎溪足。斜暉轉樹腰。隔巢黃鳥竝。翻藻白魚跳。

《絶句六首 其の四》
急雨 渓足を捎(ハラ)ひ。斜暉 樹腰に転ず。巣を隔てて 黄鳥 並び。藻を翻して 白魚 跳る。

※●溪足:渓流の根元

13-60 《絕句六首 其五》 杜甫

舍下筍穿壁。庭中藤刺簷。地晴絲冉冉。江白草纖纖。

《絶句六首 其の五》
舎下 筍 壁を穿ち。庭中 藤 簷を刺す。地 晴れて 糸 冉冉たり。江 白くして 草 繊繊たり。

※●絲冉冉:遊糸(かげろう)が次第にたちのぼる

13-61 《絕句六首 其六》 杜甫

江動月移石。溪虛雲傍花。鳥棲知故道。帆過宿誰家。

《絶句六首 其の六》
江 動きて 月 石に移り。渓 虚しくして 雲 花に傍ふ。鳥 棲みて 故道を知り。帆 過ぎて 誰が家にか宿する。

※●江動月移石:波立って川面が動くと、そこに映る月も動いて、川辺の石のほうへ移る ●故道:ねぐらへ帰るなじみの道

13-62 《絕句四首 其一》 杜甫

堂西長筍別開門。塹北行椒卻背村。梅熟許同朱老喫。松高擬對阮生論。

《絶句四首 其の一》
堂西の長筍に 別に門を開き。塹北の行椒に 却って村に背く。梅 熟して 朱老と同に喫するを許し。松 高くして 阮生に対して論ぜんと擬す。

※●別開門:タケノコを踏まないように道をつけかえ、門を別に開ける ●行椒:行列をなす山椒の木 ●朱老:《過南鄰朱山人水亭》詩に見える朱山人か ●阮生:《貽阮隱居》に見える阮隠居とする説あるが、郭本には自注として「朱阮剣外相知」とあり、これが正しければ秦州にいる阮隠居ではないことになる

13-63 《絕句四首 其二》 杜甫

欲作魚梁雲覆湍。因驚四月雨聲寒。靑溪先有蛟龍窟。竹石如山不敢安。

《絶句四首 其の二》
魚梁を作らんと欲すれば 雲 湍を覆ふ。因りて驚く 四月 雨声の寒きに。青渓 先んじて 蛟竜の窟有り。竹石 山の如きも 敢へて安んぜず。

※●先有:以前からある ●竹石:梁を作る材料 ●不敢安:梁を据え付けることをひかえる。安は安置する

13-64 《絕句四首 其三》 杜甫

兩箇黃鸝鳴翠柳。一行白鷺上靑天。窗含西嶺千秋雪。門泊東吳萬里船。

《絶句四首 其の三》
両箇の黄鸝 翠柳に鳴き。一行の白鷺 青天に上る。窓には含む 西嶺 千秋の雪。門には泊す 東呉 万里の船。

※●西嶺:西山、雪山、雪嶺に同じ。蜀と吐蕃との境をなす山 ●東吳萬里船:東の呉にむかって万里を下る船。杜甫の草堂の東にある万里橋の東に合江亭があり、呉へ向かう者はそこで乗船した

13-65 《絕句四首 其四》 杜甫

藥條藥甲潤靑靑。色過椶亭入草亭。苗滿空山慙取譽。根居隙地怯成形。

《絶句四首 其の三》
薬条 薬甲 潤ひて青青たり。色 棕亭を過ぎて 草亭に入る。苗は 空山に満ちて誉を取るを慙ぢ。根は 隙地に居りて 形を成すを怯る。

※●藥條:薬木の枝 ●藥甲:薬草の芽 ●椶亭:棕櫚の木のそばの亭 ●草亭:草ぶきの亭。あばらや。杜甫の草堂 ●苗:薬木薬草の苗 ●根:薬木薬草の根 ●成形:珍重される形を成してもてはやされること

13-66 《寄李十四員外布十二韻》 杜甫

名參漢望苑。職述景題輿。巫峽將之郡。荆門好附書。遠行無自苦。內熱比何如。正是炎天闊。那堪野館疎。黃牛平駕浪。畫鷁上凌虛。試待盤渦歇。方期解纜初。悶能過小徑。自爲摘嘉蔬。渚柳元幽僻。村花不掃除。宿陰繁素柰。過雨亂紅蕖。寂寂夏先晚。泠泠風有餘。江淸心可瑩。竹冷髮堪梳。直作移巾几。秋帆發敝廬。

《李十四員外布に寄す十二韻》
名は参はる 漢の望苑。職は述ぶ 景が題輿。巫峡 将に郡に之かんとす。荊門 書を附すに好し。遠行 自ら苦しむ無かれ。内熱 比(コノゴロ) 如何。正に是れ 炎天 闊し。那ぞ堪へん 野館の疎なるに。黄牛 平らかに浪を駕し。画鷁 上りて虚を凌がん。試みに盤渦の歇むを待ち。方に期せよ 解纜の初め。悶して能く小径に過ぎらば。自ら為めに 嘉蔬を摘まん。渚柳 元より幽僻にして。村花 掃除せず。宿陰 素柰 繁く。過雨 紅蕖 乱る。寂寂として 夏 先づ晩れ。泠泠として 風 余り有り。江 清くして 心 瑩(キヨ)くすべく。竹 冷やかにして 髪 梳るに堪ふ。直ちに 巾几を移すを作し。秋帆 敝廬を発せよ。

※原注に「新除司議郎、兼萬州别駕。雖尚伏枕、巳聞理裝」という ●李十四員外布:どこかの役所の員外郎の李布。原注によれば新たに司議郎に任ぜられ、万州の別駕を兼ねた。病気療養中だったが、赴任のため旅支度を始めたという ●望苑:漢の武帝のとき、皇太子のため博望苑を建て、賓客を通ぜしめた。司議郎は東宮に属するため用いたもの ●景題輿:後漢の周景、予州刺史となり、陳蕃を別駕となしたが、陳蕃が職に就かなかったので、別駕の輿に「陳仲挙(蕃の字)が座なり」と書きつけ、他のものを別駕に任じることもなかった。陳蕃は惶恐して職務についた ●內熱:体内、あるいは特に心臓に熱を発する病気 ●炎天闊:炎天下で道が遠い ●黃牛:黄牛峡。南岸に人が牛をひく形の岩があり、舟行する者、数日にわたってこれを望むという。長江の難所のひとつ ●平駕浪:黄牛峡の岩と同じ高さになって、波をのりきる ●畫鷁:船首のこと ●小徑:杜甫の草堂の庭の小径 ●素柰:白い花梨(カリン)の花。古くは唐梨(カラナシ)ともいう。バラ科の落葉高木、春から初夏にかけて白やピンクの花を咲かせる ●紅蕖:赤いハス(蓮)の花 ●移巾几:頭巾や肘かけを移す、杜甫のところに引き移る ●秋帆發敝廬:秋になるのを待って、杜甫の草堂から出帆する。草堂が乗船場に近いことは《絕句四首 其三》を参照

13-67 《軍中醉歌寄沈八劉叟》 杜甫または暢當

酒渴愛江淸。餘酣漱晚汀。軟沙欹坐穩。冷石醉眠醒。野膳隨行帳。華音發從伶。數杯君不見。都已遣沈冥。

《軍中の酔歌。沈八・劉叟に寄す》
酒渇 江の清きを愛し。余酣 晩汀に漱ぐ。軟沙 欹坐 穏やかに。冷石 酔眠 醒む。野膳 行帳に随ひ。華音 従伶より発す。数杯 君 見ずや。都て已に 沈冥ならしむ。

※この詩、文苑英華では暢当の作とする ●軍中:厳武の幕府の中 ●沈八・劉叟:人名。詳細不明 ●酒渇:飲酒による喉の渇き ●野膳:野外用のお膳 ●行帳:移動するとばり。出張した将軍の陣 ●從伶:随従の楽人 ●沈冥:深い静寂、ひっそりすること。あるいは仏教では生死の迷に沈み、無明の煩悩にくらまされること。ここでは酔いつぶれて前後不覚になることか

13-68 《丹靑引》 杜甫

將軍魏武之子孫。於今爲庶爲淸門。英雄割據雖已矣。文采風流今尙存。學書初學衞夫人。但恨無過王右軍。丹靑不知老將至。富貴於我如浮雲。開元之中常引見。承恩數上南薰殿。凌煙功臣少顏色。將軍下筆開生面。良相頭上進賢冠。猛將腰閒大羽箭。襃公鄂公毛髮動。英姿颯爽來酣戰。先帝御馬玉花驄。畫工如山貌不同。是日牽來赤墀下。迥立閶闔生長風。詔謂將軍拂絹素。意匠慘澹經營中。須臾九重眞龍出。一洗萬古凡馬空。玉花卻在御榻上。榻上庭前屹相向。至尊含笑催賜金。圉人太僕皆惆悵。弟子韓幹早入室。亦能畫馬窮殊相。幹惟畫肉不畫骨。忍使驊騮氣凋喪。將軍畫善蓋有神。必逢佳士亦寫眞。卽今漂泊干戈際。屢貌尋常行路人。途窮反遭俗眼白。世上未有如公貧。但看古來盛名下。終日坎壈纏其身。

《丹青引》
将軍は 魏武の子孫。今に於て庶為れども 清門為り。英雄 割拠 已んぬと雖も。文采 風流 今 尚ほ存す。書を学ぶに 初め衛夫人を学ぶ。但だ恨む 王右軍に過ぐる無きを。丹青 老いの将に至らんとするを知らず。富貴 我に於て浮雲の如し。開元の中 常に引見し。恩を承けて数〻上る 南薫殿。凌煙の功臣 顔色 少れなり。将軍 筆を下せば 生面を開く。良相 頭上の進賢冠。猛将 腰間の大羽箭。褒公 鄂公 毛髪 動き。英姿 颯爽として 酣戦より来たる。先帝の御馬は 玉花驄。画工 山の如く 貌(カタド)るも同じからず。是の日 牽き来たる 赤墀の下。迥かに閶闔に立てば 長風を生ず。詔して将軍に謂ふ 絹素を払へと。意匠 惨澹たり 経営の中。須臾にして 九重 真竜 出づ。万古の凡馬を一洗して空し。玉花 却つて御榻の上に在り。榻上 庭前 屹として相ひ向ふ。至尊 笑ひを含みて 金を賜へと催す。圉人 太僕 皆 惆悵す。弟子 韓幹 早くに室に入り。亦た能く馬を画きて 殊相を窮む。幹は惟だ肉を画きて 骨を画かず。驊騮をして 気 凋喪ならしむるに忍びんや。将軍 画善 蓋し神有り。必ず佳士に逢はば 亦た真を写さん。即今 漂泊す 干戈の際。屢〻貌る 尋常の行路の人を。途 窮して 反って 俗眼の白きに遭ふ。世上 未だ公の貧しきが如きは有らず。但だ看よ 古来 盛名の下。終日 坎壈 其の身に纏ふを。

※原注に「贈曹將軍霸」とあり ●將軍:左武衛将軍曹霸。三国魏の曹髦の子孫。開元年間すでに画で名声あり、天宝の末に詔により御馬・功臣の像を画いた ●魏武:魏の武帝、曹操 ●衞夫人:晋の衛鑠。隷書をよくし、若いころの王羲之も師事した ●王右軍:王羲之 ●凌煙功臣:凌煙閣に画かれた功臣の像。太宗のとき、勲臣二十四人を画かせた ●開生面:生き生きとした面もちがあらわれる ●襃公:輔国大将軍・揚州都督・褒国忠壮公段志玄 ●鄂公:開府儀同三司鄂国公尉遅敬徳 ●來酣戰:戦のさなかからやって来たかのようである。仇本は「來」を「猶」に作る。仇本の「猶」に従わず他本の「來」に従う理由について豹軒の字解に言及なし ●玉花驄:玄宗が乗っていた馬の名前 ●閶闔:宮殿の門 ●經營:ここでは画を書き上げること ●圉人:牧場を司り馬を養育する役人 太僕:天子の輿・馬を管理する官 ●入室:技能の奥義までつかむこと。論語の先進篇に「由也升堂矣、未入於室也」とあることから ●驊騮:周の穆王八駿の一。駿馬のこと ●必逢佳士:仇本は「必」を「偶」に作る。他本に従う理由について豹軒の字解に言及なし ●坎壈:不遇、逆境にあるさま

13-69 《韋諷錄事宅觀曹將軍畫馬圖歌》 杜甫

國初已來畫鞍馬。神妙獨數江都王。將軍得名三十載。人閒又見眞乘黃。曾貌先帝照夜白。龍池十日飛霹靂。內府殷紅瑪瑙盤。婕妤傳詔才人索。盤賜將軍拜舞歸。輕紈細綺相追飛。貴戚權門得筆跡。始覺屛障生光輝。昔日太宗拳毛騧。近時郭家獅子花。今之新圖有二馬。復令識者久嘆嗟。此皆騎戰一敵萬。縞素漠漠開風沙。其餘七匹亦殊絕。迥若寒空動煙雪。霜蹄蹴踏長楸閒。馬官廝養森成列。可憐九馬爭神駿。顧視淸高氣深穩。借問苦心愛者誰。後有韋諷前支遁。憶昔巡幸新豐宮。翠華拂天來向東。騰驤磊落三萬匹。皆與此圖筋骨同。自從獻寶朝河宗。無復射蛟江水中。君不見金粟堆前松柏裏。龍媒去盡鳥呼風。

《韋諷録事が宅にて 曹将軍が画ける馬の図を観る歌》
国初已来 鞍馬を画くは。神妙 独り数ふ 江都王。将軍 名を得る 三十載。人間 又た見る 真の乗黄。曽て貌(カタド)る 先帝の照夜白。竜池 十日 霹靂 飛ぶ。内府 殷紅の瑪瑙盤。婕妤 詔を伝へて 才人 索む。盤 将軍に賜ひて 拝舞して帰る。軽紈 細綺 相ひ追飛す。貴戚 権門 筆跡を得て。始めて覚ゆ 屛障 光輝を生ずるを。昔日 太宗の拳毛騧。近時 郭家の獅子花。今の新図に 二馬 有り。復た識者をして 久しく嘆嗟せしむ。此れ皆 騎戦 一もて万に敵す。縞素 漠漠として風沙を開く。其の余の七匹も 亦た殊絶。迥かに 寒空に煙雪 動くが若し。霜蹄 蹴踏す 長楸の間。馬官 廝養 森として列を成す。憐むべし 九馬 神駿を争ふ。顧視 清高にして 気 深穏。借問す 苦心 愛する者は誰ぞ。後には韋諷 前には支遁。憶ふ昔 巡幸す 新豊宮。翠華 天を払ひて 来たりて東に向ふ。騰驤 磊落 三万匹。皆 此の図と 筋骨 同じ。宝を献じて 河宗に朝せしめしより。復た蛟を江水の中に射る無し。君見ずや 金粟堆前 松柏の裏。竜媒 去り尽くして 鳥 風に呼ぶを。

※●韋諷錄事:録事参軍の韋諷 ●曹將軍:曹覇。前詩参照 ●畫馬圖:いわゆる九馬図。宋代に薛紹彭の家に伝わり、蘇東坡がその賛を作ることになる ●江都王:李緒。霍王李元軌の子。太宗の甥にあたる。書画をよくし、鞍馬にもっともすぐれた ●乘黃:駿馬 ●照夜白:玄宗の愛馬の名 ●龍池:長安の南薫殿の北にある池。玄宗の即位前の邸宅の井戸があふれて池となり、その中から黄竜があらわれたという ●內府:宝物蔵 ●婕妤・才人:女官の階級 ●拳毛騧:太宗の愛馬、六駿の一 ●郭家:郭子儀の家 ●獅子花:馬の名。代宗が陝州の行在から長安に帰還した際に郭子儀に賜った九花虯のこと ●騎戰:仇本は「戰騎」に作るが、豹軒は字解にて他本の「騎戰」に従うと述べる。理由は述べないが、騎戰のほうが意味が通じるからであろう ●動煙雪:仇本は「雜霞雪」に作る。豹軒が他本に従うことの言及は字解になし ●長楸:遠くまで連なる楸の木立。楸はトウキササゲ。11-7《三絕句 其一》参照 ●廝養:兵卒にして薪割りをするものを廝、炊事をなすものを養という ●苦心愛者:心を苦しめるほどに馬を愛する者 ●支遁:晋の僧侶。馬好きで数匹の馬を養った ●新豐宮:驪山の温泉宮(華清宮)を指す。新豊県の東南に位置した ●獻寶朝河宗:周の穆王西征して河宗氏を従わせ、河宗氏は宝物を献上して穆王に朝した。玄宗の蜀への出奔を美化して穆王の西征にたとえたもの ●射蛟江水中:漢の武帝、長江に船を浮かべ、みずから虯を射てこれを獲たという ●金粟堆:山名。玄宗の泰陵のあるところ ●龍媒:天馬のこと

13-70 《送韋諷上閬州錄事參軍》 杜甫

國步猶艱難。兵革未衰息。萬方哀嗷嗷。十載供軍食。庶官務割剝。不暇憂反側。誅求何多門。賢者貴爲德。韋生富春秋。洞澈有淸識。操持綱紀地。喜見朱絲直。當令豪奪吏。自此無顏色。必若救瘡痍。先應去蝥賊。揮淚臨大江。高天意悽惻。行行樹佳政。慰我深相憶。

《韋諷が閬州の録事参軍に上るを送る》
国歩 猶ほ艱難にして。兵革 未だ衰息せず。万方 哀しみて嗷嗷たり。十載 軍食を供す。庶官 割剝を務め。反側を憂ふるに暇あらず。誅求 何ぞ多門なる。賢者 徳を為すを貴ぶ。韋生 春秋に富み。洞澈 清識 有り。操持す 綱紀の地。喜び見る 朱糸の直なるを。当に豪奪の吏をして。此れより顔色無からしむべし。必ず若し瘡痍を救はんとせば。先づ応に蝥賊を去るべし。涙を揮ひて大江に臨めば。高天 意 悽惻たり。行く行く 佳政を樹てて。我が深く相ひ憶ふを慰めよ。

※●韋諷:前詩参照 ●嗷嗷:泣く声のさま ●割剝:人民の肉を割き皮を剥ぐ。厳しく租税を取り立てること ●反側:憂いのあまりあちこち寝返りをうつ。人民の心おちつかないことをいう ●誅求:税を人民にせめもとめる ●多門:ここでは、さまざまの役所役人がそれぞれに税を取り立てることをいう ●洞澈:見通すこと ●淸識:濁りないはっきりした見識 ●朱絲直:赤い琴糸のように真っ直ぐ。鮑照の《白頭吟》に「直如朱絲繩」とあり ●豪奪:力づくで人民から財物を奪い取る ●

13-71 《太子張舍人遺織成褥段》 杜甫

客從西北來。遺我翠織成。開緘風濤湧。中有掉尾鯨。逶迤羅水族。瑣細不足名。客云充君褥。承君終宴榮。空堂魑魅走。高枕形神淸。領客珍重意。顧我非公卿。留之懼不祥。施之混柴荆。服飾定尊卑。大哉萬古程。今我一賤老。裋褐更無營。煌煌珠宮物。寢處禍所嬰。嘆息當路子。干戈尙縱橫。掌握有權柄。衣馬自肥輕。李鼎死岐陽。實以驕貴盈。來瑱賜自盡。氣豪直阻兵。皆聞黃金多。坐見悔吝生。奈何田舍翁。受此厚貺情。錦鯨卷還客。始覺心和平。振我麤席塵。愧客茹藜羹。

《太子の張舎人 織成の褥段を遺らる》
客 西北より来たる。我に翠織成を遺る。緘を開けば 風濤 湧き。中に掉尾の鯨 有り。逶迤として 水族 羅なり。瑣細 名いふに足らず。客は云ふ 「君が褥に充てて。君が終宴の栄を承けしめん。空堂 魑魅 走り。高枕 形神 清し」と。客の珍重なる意を領す。顧みるに 我 公卿に非ず。之を留むるは不祥ならんことを懼り。之を施せば柴荊に混ず。服飾 尊卑を定む。大なるかな 万古の程。今 我は一賤老なり。裋褐 更に営なむこと無し。煌煌たり 珠宮の物。寝処するは 禍の嬰る所なり。嘆息す 当路の子。干戈 尚ほ縦横たり。掌握 権柄 有り。衣馬 自づから肥軽。李鼎 岐陽に死するは。実に驕貴の盈つるを以てなり。来瑱 自尽を賜ふは。気 豪にして 直ちに兵もて阻(タノ)めばなり。皆 聞く 黄金 多しと。坐ろに見る 悔吝の生ずるを。奈何ぞ 田舎の翁。此の厚貺の情を受せん。錦鯨 巻きて客に還し。始めて覚ゆ 心の和平なるを。我が麤席の塵を振ひ。客に藜羹を茹はしむるを愧づ。

※●太子張舍人:太子舎人の張氏。太子舎人は太子太傅(太子の輔導をつかさどる)の属官 ●褥段:しとねにする絨緞 ●風濤湧:褥段に波の模様があることをいう ●終宴榮:宴席のあいだじゅう敷いていただく栄誉 ●空堂魑魅走:ひと気のないさびしい部屋でも化け物は逃げ出す ●萬古程:はるか昔からかわらぬ規程 ●要無營:これ以上なにか求めて為すことはない、これで満足している。仇本には「更」を「要」に作る。この異同について豹軒の字解に言及なし ●寢處:褥段の上に寝たり居たりすること ●當路子:要職についている人 ●衣馬自肥輕:軽裘を着て肥馬に乗っているということ ●李鼎:粛宗のとき羽林大将軍。上元2年の黨項羌の侵寇に際し、隴右節度使に任じられこれを迎え撃った。その死について史書に記載がないが、この詩によれば隴右に到らずして岐陽で死んだらしい ●來瑱:宝応元年、山南東道節度使。裴茙が上表して、来瑱は倔強にして制しがたしとし、粛宗はひそかに裴茙に命じて来瑱を除く策を図ったが、来瑱は逆に裴茙を捕らえて入朝し、罪を謝した。しかし広徳元年正月、粛宗は来瑱を播州の尉に貶し、ついで死を賜った ●悔吝:後悔することと窮すること ●

13-72 《憶昔二首 其一》 杜甫

憶昔先皇巡朔方。千乘萬騎入咸陽。陰山驕子汗血馬。長驅東胡胡走藏。鄴城反覆不足怪。關中小兒壞紀綱。張后不樂上爲忙。至令今上猶撥亂。勞心焦思補四方。我昔近侍叨奉引。出兵整肅不可當。爲留猛士守未央。致使岐雍防西羌。犬戎直來坐御牀。百官跣足隨天王。願見北地傅介子。老儒不用尙書郞。

《憶昔二首 其の一》
憶ふ昔 先皇 朔方を巡り。千乗 万騎 咸陽に入る。陰山の驕子 汗血の馬。東胡を長駆して 胡 走り蔵る。鄴城 反覆するは 怪しむに足らず。関中の小児 紀綱を壊(ヤブ)る。張后 楽しまず 上 為めに忙がはし。今上をして猶ほ撥乱し。心を労し 思ひを焦がして 四方を補はしむるに至る。我 昔 近侍して 叨りに奉引ず。兵を出すこと 整粛 当るべからず。為めに猛士を留めて未央を守らしめしに。岐雍をして西羌を防がしむるを致す。犬戎 直ちに来たりて御床に坐す。百官 跣足して 天王に随ふ。願はくは見ん 北地の傅介子。老儒 用ひず 尚書郎。

※●先皇:粛宗のこと ●巡朔方:安史の乱で長安から出奔した先の霊武で即位したことを、北方を巡幸した、と美化していいかえたもの ●咸陽:秦の都。渭水をへだてて長安の北岸に位置する。長安の言い換え ●陰山驕子:もと匈奴を指すが、ここでは安史の乱鎮圧に協力した回紇をいう ●東胡:安慶緒率いる賊軍 ●胡走藏:官軍攻勢に出て、賊軍は洛陽を放棄し鄴城に籠城した ●鄴城反覆:九節度使を動員した官軍は鄴城を包囲したが、史思明率いる賊の援軍に大敗して形勢が逆転し、その後ふたたび洛陽を失う ●關中小兒:宦官の李輔国のこと。少小にして宦官となり高力士に仕えた。のち粛宗の朝で張皇后とともに権を専らにした ●今上:代宗をさす ●近侍叨奉引:かつて粛宗に左拾遺として仕えたことをいう ●出兵整肅不可當:至徳元年9月、粛宗は太子(後の代宗)を天下兵馬元帥となして兵権をにぎらせた ●爲留猛士守未央:代宗のために郭子儀を留めて長安の宮殿を守らせた。しかし粛宗没後、程元振の讒言により郭子儀は副元帥・節度使を解任された ●致使岐雍防西羌:岐雍は関中、西羌は吐蕃。長安の近くで吐蕃を防ぐ事態を招いたということ ●坐御牀:天子のこしかけに坐る。広徳元年10月、吐蕃軍は長安を陥れ、宮中まで乱入した ●跣足隨天王:あわてふためいて裸足のまま、陝州に出奔した代宗の後を追う ●傅介子:漢代、北地郡の人。西域の楼蘭に使いして、その王の不信を責め、首を斬って持ち帰り、北闕の下に置いた ●老儒:杜甫自身のこと ●尙書郞:尚書省における郎の官。ここでは工部員外郎。広徳2年6月、杜甫は厳武の推薦により節度参謀・検校工部員外郎となった

13-73 《憶昔二首 其二》 杜甫

憶昔開元全盛日。小邑猶藏萬家室。稻米流脂粟米白。公私倉廩俱豐實。九州道路無豺虎。遠行不勞吉日出。齊紈魯縞車班班。男耕女桑不相失。宮中聖人奏雲門。天下朋友皆膠漆。百餘年閒未災變。叔孫禮樂蕭何律。豈聞一絹直萬錢。有田種榖今流血。洛陽宮殿燒焚盡。宗廟新除狐兔穴。傷心不忍問耆舊。復恐初從亂離說。小臣魯鈍無所能。朝廷記識蒙祿秩。周宣中興望我皇。灑淚江漢身衰疾。

《憶昔二首 其の一》
憶ふ昔 開元の全盛の日。小邑 猶ほ蔵す 万家の室。稲米 脂を流して 粟米 白く。公私の倉廩 俱に豊実。九州の道路 豺虎 無く。遠行 吉日に出づるを労せず。斉紈 魯縞 車 班班たり。男耕 女桑 相ひ失はず。宮中には聖人 雲門を奏し。天下の朋友 皆 膠漆。百余年間 未だ災変あらず。叔孫の礼楽 蕭何の律。豈に聞かんや 一絹 直ひ万銭なるを。田有って 榖を種ゑしに 今は血を流す。洛陽の宮殿 焼焚し尽くし。宗廟の新除にも 狐兎 穴す。傷心 耆旧に問ふに忍びず。復た恐る 初めて乱離より説かんことを。小臣 魯鈍にして 能くする所無きも。朝廷 記識して 禄秩せらるるを蒙る。周宣の中興 我が皇に望む。江漢に涙を灑いで 身 衰疾なり。

※●開元:玄宗のときの元号。唐の最盛期 ●小邑猶藏萬家室:小さな町でも万戸ほどの人口を有した ●稻米:稲に実っている米 ●粟米:もみ殻のついた米 ●不勞吉日出:運勢の良い日を選んで出発するような面倒はいらない。運勢など関係なく、いつ出発したとて災難にあう心配がないほど治安が良いからである ●班班:道に続くさま ●奏雲門:雲門は楽曲の名。楽官に雲門を奏でさせる ●叔孫禮樂:叔孫通は漢の高祖に仕えた儒者。儒者嫌いだった高祖に礼樂の意義と有用性を認めさせ、儀礼を制定した。開元20年に開元通礼を制定したことなどをたとえる ●蕭何律:蕭何は漢の初代相国。前代の秦の法から時代にかなうものを採用して律九章を作った。唐が確立した律令制をたとえる ●新除:修繕したての土縁 ●周宣:周の宣王。夷狄を攘い中興をなした

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