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『皇朝分類名家絶句』巻3 詠史・巻4 詠物
3 詠史
3-1 《讀神皇紀》 宮原節齋
櫻井訣兒期死身。越山流箭刎頭人。南風不競悲天數。?向筆端誅賊臣。
《神皇紀を読む》
桜井 児に訣る 死を期するの身。越山 流箭 刎頭の人。南風 競はず 天数を悲しみ。??筆端に向(オ)いて 賊臣を誅す。
※●神皇紀:北畠親房が著した『神皇正統紀』 ●櫻井:湊川の戦い向かう楠木正成が、死を覚悟して息子の正行と別れた桜井の駅 ●越山流箭:新田義貞が越前藤島の戦いで流れ矢に当たり、首を掻き切って自害したこと ●向筆端:底本において、この前の一字は蔵書印に隠されて読み取れない
3-2 《讀應仁紀》 奧野小山
白著剝民心曷憐。一閒錦障幾多錢。阿𡡉不顧四方亂。猶築迷樓迷醉仙。
《応仁紀を読む》
白著 民より剝いで 心 曷ぞ憐れまん。一間の錦障 幾多の銭。阿𡡉 顧みず 四方の乱。猶ほ迷楼を築きて酔仙を迷わす。
※●應仁紀:応仁の乱を描いた軍記物語。15世紀末から16世紀中頃の成立と考えられている ●白著:定まった税以外に勝手に取る税。足利義政は東山山荘を造営するにあたり、守護大名に費用負担を求めるとともに段銭(臨時の税)を庶民から取り立てた ●阿𡡉:隋の煬帝の幼名。ここでは足利義政をたとえる ●迷樓:隋の煬帝が築いたといわれる贅を尽くした迷宮のような楼閣。東山山荘(現在の銀閣寺)をたとえる
3-3 《讀吉野拾遺》 門田朴齋
五紀櫻花開復零。中原龍戰血猶腥。可憐一曲烏頭白。枉使君王帶笑聽。
《吉野拾遺を読む》
五紀の桜花 開き復た零つ。中原の竜戦 血 猶ほ腥し。憐れむべし 一曲の烏頭白。枉げて君王をして 笑ひを帯びて聴かしむ。
※●吉野拾遺:後醍醐・後村上天皇時代の南朝廷臣の逸話を集めた説話集 ●烏頭白:秦王が燕の太子丹を捕らえ、「烏の頭が白くなり馬に角が生えたら許そう」と述べた故事から、実現不可能な無理な注文、あるいは配所などから都や故郷へ帰ることのたとえ
3-4 《詠史》 廣瀨淡窗
禮樂傳來啓我民。當年最重入唐風。西風不爲歸帆便。莫說晁卿是叛臣。
《詠史》
礼楽 伝来して 我が民を啓く。当年 最も重んず 入唐の風。西風 帰帆の為めに便ならず。説く莫れ
晁卿は是れ叛臣と。
※●晁卿:阿倍仲麻呂。唐名を「晁衡」と名乗った
3-5 《讀史》 家里松島
徒慕李家文物盛。枉敎皇國武威輕。入唐畢竟成何事。遺恨當年留學生。
《史を読む》
徒らに慕ふ 李家の文物の盛んなるを、枉げて 皇国の武威をして軽からしむ。入唐 畢竟 何事をか成す。遺恨なり 当年の留学生。
※●李家:唐王朝。皇帝の性が「李」
3-6 《讀史》 遠山雲如
已被秋風弄赤旗。果然奢儉決安危。小松固有棟梁用。支得門牆能幾時。
《史を読む》
已に 秋風に赤旗を弄せらる。果然 奢倹は安危を決す。小松 固より棟梁の用 有るも。門牆を支え得ること 能く幾時ぞ。
※●赤旗:平家の赤旗 ●小松:平重盛。その邸宅の場所から「小松殿」と呼ばれた。清盛の嫡男だが、父に先んじて42歳で亡くなった。『平家物語』では平家随一の良識派として描かれ、江戸時代後期以降は、後白河法皇への「忠」と父清盛への「孝」の板挟みによる心労から命をすり減らした人格者という評価が定着した
3-7 《讀史》 春田九皐
春霧朦朧日失紅。可憐孤楫是行宮。須磨浦上煙波裏。吹落梅花一篴風。
《史を読む》
春霧 朦朧として 日 紅を失ふ。憐れむべし 孤楫 是れ行宮なるを。須磨の浦上 煙波の裏。梅花を吹き落とす 一篴の風。
※●行宮:安徳天皇の行宮 ●一篴:一笛に同じ。一之谷の戦いで笛の名手平敦盛も討ち取られた
3-8 《讀史》 大沼枕山
忠諫不行忠死耳。傳兒賴有寸心丹。賜刀幷付冰三尺。身後令他賊膽寒。
《史を読む》
忠諫 行はれざれば 忠死するのみ。児に伝ふるに 頼ひに寸心の丹 有り。刀を賜ひて 幷せ付す 氷三尺。身後 他の賊をして 胆 寒からしむ。
※●忠諫:湊川の戦いの直前、楠木正成は「洛中に足利尊氏軍を引き入れて迎撃する」という作戦を後醍醐天皇に進言したが聞き入れられなかった ●賜刀:桜井の別れで、正成は息子の正行に菊水の刀(後醍醐天皇から賜った、菊水紋の入った短刀)を形見として授けた
3-9 《讀史》 大槻盤溪
京刹狂炎殞此身。半生鴻業委灰塵。九原應悔貪奇利。誤賞當年餌母人。
《史を読む》
京刹の狂炎 此の身を殞し。半生の鴻業 灰塵に委ぬ。九原 応に悔ゆべし 奇利を貪りしを。誤り賞す 当年 母を餌とするの人。
※●京刹:京都の寺。本能寺のこと ●九原:冥土。あの世 ●餌母:母親を餌にする。織田軍の八上城攻めの際、明智光秀は母親を人質に差し出して開城を求めた。敵は開城して降伏したが、信長は約束を破って彼らを処刑し、敵方の家臣は怒って光秀の母を殺した
3-10 《讀史》 大槻盤溪
空與梟雄爭一隅。越公强戰計何疎。大聲如問父安在。慙服不唯頭痛書。
《史を読む》
空しく梟雄と一隅を争ふ。越公 強戦して 計 何ぞ疎なる。大声 如し 父 安くに在りやと問へば。慙服 唯だに頭痛の書のみならざらん。
※●梟雄:武田信玄を指す ●越公:上杉謙信を指す ●父安在:信玄が追放した父親(武田信虎)は今どこにいるのか、という嫌味。父親を追放して当主になった信玄に対する道徳的な非難 ●頭痛書:袁紹の幕下にあった陳琳は曹操を激しく罵倒する名文の檄を書いた。のち、袁紹を破った曹操は陳琳を赦して召し抱え、「陳琳の文章を読んで頭痛が治った」とその文才をたたえた
3-11 《讀史》 奧野小山
南山王氣漠然收。西鳥東魚貉一邱。恨殺當時天帝醉。獼猴容易取蜻洲。
《史を読む》
南山の王気 漠然として収まる。西鳥 東魚 貉 一邱。恨殺す当時天帝の酔えるを。獼猴容易に蜻洲を取る。
※●貉一邱:「一丘之貉」(同じ穴のムジナ、みな同類である意) ●獼猴:おおざる。豊臣秀吉のこと。底本は「獼」を「獮」に作るが意味が通じず、誤植であろう
3-12 《讀史》 村上佛山
奇相休嘲類沐猴。龍顏日角是同儔。朝三暮四不充腹。一口倂吞六十州。
《史を読む》
奇相 嘲るを休めよ 沐猴に類すると。竜顔の日角も 是れ 同儔。朝三暮四 腹に充たず。一口に併吞す 六十州。
※●日角:額の中央の骨が日の形に隆起していること
3-13 《源語六十帖單賦浮舟》 菅茶山
黃鳥藏身入柳堤。翠陰深處好安棲。奈何花氣來相襲。更向夭桃枝上啼。
《源語六十帖の単に浮舟を賦す》
黄鳥 身を蔵して 柳堤に入る。翠陰 深き処 安棲に好し。奈何せん 花気 来たりて相ひ襲ふを。更に夭桃の枝上に向(オ)いて啼く。
※●源語六十帖:源氏物語は五十四帖だが、後世に「雲隠六帖」という続編が創作され、本来の五十四帖とこれを合わせた六十帖の写本も伝わる。また五十四帖の概数として六十帖と呼ぶ場合もあった
3-14 《源語六十帖單賦浮舟》 菅茶山
可就花陰就柳陰。春光爭引兩端心。慙羞只有甘魚腹。恨不分身各抱衾。
《源語六十帖の単に浮舟を賦す》
花陰に就くべきか 柳陰に就くか。春光 争ひ引く 両端の心。慙羞 只だ魚腹に甘んずる有るのみ。恨むらくは 身を分かちて 各〻 衾を抱かざるを。
※●甘魚腹:入水自殺すること
3-15 《讀源語》 江馬細香
瓠花深巷見嬋娟。一扇相思兩世緣。香盡葩空根不絕。又抽柔蔓故纏綿。
《源語を読む》
瓠花 深巷に 嬋娟を見る。一扇の相思 両世の縁。香 尽き 葩 空しくして 根 絶えず。又た 柔蔓を抽いて 故らに纏綿。
※●瓠花:夕顔の花。「瓠」はひょうたん、夕顔、冬瓜などの総称
3-16 《詠稗史》 草場珮川
抖擻荒郊雪阻行。冥投有主太多情。盆栽燒代扊扅盡。何計寒門異日榮。
《稗史を詠ず》
荒郊に抖擻して 雪 行くを阻む。冥に投ずれば 主の太だ多情なる有り。盆栽 焼きて扊扅に代へ尽くす。何ぞ計らん 寒門 異日の栄。
※●抖擻:衣食住の煩悩を祓い清める修行。ここでは北条時頼が修行僧に身をやつして旅していたことを指す。謡曲『鉢木』で有名な逸話 ●扊扅:門のかんぬき。秦の宰相百里奚が貧しかったころ、薪がなく門のかんぬきを薪の代わりに燃やしたという故事から、薪の代用品の意味を持つ
3-17 《菅公》 劉石秋
偃禾拔木晝猶昏。未必周公自訴冤。天地唯留詩卷在。謗書不復傚龍門。
《菅公》
禾を偃し 木を抜いて 昼 猶ほ昏し。未だ必ずしも 周公 自ら冤を訴へず。天地 唯だ詩巻を留めて在り。謗書 復た 竜門に傚はず。
※●周公旦:周の武王の弟。武王没後は幼少の成王を助けて政治を行った。一時、周公が簒奪を企んでいるという流言が起こったが、周公は自ら無実を訴えることもせず、東都(洛邑)に身を引いた ●謗書:司馬遷の書いた『史記』をいう。漢王朝にとって不都合な事を多く書き残したため ●龍門:司馬遷のこと。菅原道真はすぐれた詩だけを世に残し、司馬遷のように自分の仕えた王朝をそしるようなことは書き残さなかった、という意味
3-18 《菅丞相》 河野鐵兜
西都風月付長嗟。回首浮雲是帝家。一去騎龍仙跡杳。空留正氣在梅花。
《菅丞相》
西都の風月 長嗟に付す。首を回らせば 浮雲 是れ帝家。一たび去りて 竜に騎れば 仙跡 杳たり。空しく正気を留めて 梅花に在り。
※●西都:菅原道真が左遷された大宰府
3-19 《謁大宰府菅廟》 草場珮川
恩敕由來配聖尼。菅家祠廟儼于斯。采將心字池中藻。欽想鴻臚摛掞時。
《大宰府菅廟に謁す》
恩勅 由来 聖尼に配す。菅家の祠廟 斯に儼たり。心字池中の藻を采り将って。欽想す 鴻臚 摛掞の時。
※●大宰府菅廟:太宰府天満宮 ●聖尼:聖人孔子(字は仲尼)の意 ●鴻臚:鴻臚館。古代、外国の使節を迎えた施設 ●摛掞:摛藻し掞藻する。詞藻を述べ発すること。
3-20 《抵大宰府謁菅廟》 武元登登庵
朝辭雲裏鳳皇城。暮宿洲閒狐兔䢚。誦得千行落淚句。深知當日謫居情。
《大宰府に抵りて菅廟に謁す》
朝に辞す 雲裏の鳳皇城。暮に宿す 洲間の狐兎の䢚。誦し得たり 千行 落涙の句。深く知る 当日 謫居の情。
※●菅廟:大宰府天満宮 ●鳳皇城:鳳凰城に同じ。御所、宮中のこと ●䢚:うさぎみち ●千行落淚句:菅原道真の詩句に基づく。底本割注に「延壽王院藏右相筆蹟云、離家三四月、落淚百千行、萬事皆如夢、時時仰彼蒼」とあり
3-21 《抵大宰府謁菅廟》 武元登登庵
帝意寧知期玉成。鬼神元自惡高明。如敎右相無遷謫。爭見蘋蘩千載榮。
《大宰府に抵りて菅廟に謁す》
帝意 寧んぞ知らん 玉成を期するを。鬼神 元より自ら 高明を悪(ニク)む。如し 右相をして 遷謫 無からしめば。争(イカ)でか見ん 蘋蘩 千載に栄ふるを。
※●右相:菅原道真。失脚前、右大臣だった ●蘋蘩:浮草と白よもぎ。神仏にささげる供え物。ここでは道真(天神様)に対する信仰、崇敬の象徴
3-22 《抵大宰府謁菅廟》 武元登登庵
竈門絕嶽寒雲外。宰府神祠古木中。猶有飛梅遺愛樹。年年春信報東風。
《大宰府に抵りて菅廟に謁す》
竈門の絶岳 寒雲の外。宰府の神祠 古木の中。猶ほ有り 飛梅 遺愛の樹。年年の春信 東風を報ず。
※●竈門:竈門山。大宰府の北東にある宝満山の別名 ●飛梅:飛び梅。道真が大宰府に左遷となり都を離れる際に、庭の梅に「東風吹かば 匂ひおこせよ 梅の花 あるじなしとて 春な忘れそ」と歌を詠んだところ、その梅は道真の後を追って、一夜にして京から大宰府まで飛んで行ったという
3-23 《季夏菅廟祀日舟中題》 中井竹山
羽衞迎神下水涯。侲童擊鼓絳巾垂。畫船綵舫觀如堵。不似西溟竄逐時。
《季夏 菅廟の祀日 舟中にて題す》
羽衛 神を迎へて 水涯に下る。侲童 鼓を撃ちて 絳巾 垂る。画船 綵舫 観 堵の如し。似ず 西溟 竄逐の時に。
※●菅廟祀日:天満宮の祭礼の日、すなわち天神祭。ここでは大阪天満宮の天神祭 ●羽衞:本来は羽飾りをつけた近衛兵のことだが、ここでは陸渡御に随従する華やかな行列を指す ●下水涯:陸渡御の行き先は船渡御の乗船場 ●侲童擊鼓絳巾垂:陸渡御の先頭をなす催太鼓の様子。太鼓の叩き手は、長い赤い布が垂れ下がった「投げ頭巾」をかぶっている ●畫船綵舫:船渡御に参加している、華やかに飾られた船
3-24 《阿部晁卿》 大沼枕山
其奈唐賢苦死留。月明滄海恨悠悠。西風若借一帆便。歸臥故山三笠秋。
《阿部晁卿》
其れ 奈ん 唐賢 苦死して留むるは。月 明らかにして 滄海 恨み悠悠たり。西風 若し一帆の便を借さば。故山 三笠の秋に帰臥せしならん。
※●阿部晁卿:阿倍仲麻呂のこと。唐名を晁衡といった ●唐賢:唐代の賢人たち。ここでは阿倍仲麻呂を唐に引き留めた唐の文人たちをいう ●苦死留:賢明に留める 杜甫《送孔巢父謝病歸遊江東兼呈李白》「惜君只欲苦死留 富貴何如草頭露」
3-25 《小野篁》 大沼枕山
隱島長篇字字珠。悟眞寺什比工夫。神游只讓香山好。不在兜天在酆都。
《小野篁》
隠島の長篇 字字 珠なり。悟真寺の什 工夫を比す。神游 只だ香山の好きに譲る。兜天に在らずして酆都に在り。
※●隱島長篇:小野篁は隠岐に遠流になった際に『謫行吟』という七言十韻(二十句)の詩を詠み名吟として流布したという(作品は現存しない) ●悟眞寺什:白楽天の長編詩『遊悟真寺』。「什」は詩歌の作品のこと ●香山:白楽天のこと、香山居士と号した ●兜天:兜率天。欲界六天の第四天で欲界の浄土。弥勒菩薩がここにいるという ●酆都:閻魔の住むところ。地獄。小野篁は昼間は朝廷に仕え、夜間は地獄において閻魔大王のもとで裁判の補佐をしていたという伝説が、さまざまな説話集に収められている
3-26 《源公淸》 大沼枕山
在澗能忘至貴身。絕交只與簡編親。流風傳播殆千載。歷歷嵯峨多逸民。
《源公清》
澗に在りて 能く忘る 至貴の身。交はりを絶って 只だ簡編と親しむ。流風 伝播すること 殆んど千載。歴歴として 嵯峨に 逸民 多し。
※●源公淸:源清。嵯峨天皇の皇子で臣籍降下して源氏となった。従四位下まで昇ったが出家して隠棲した
3-27 《源公融》 大沼枕山
造竈燒鹽巧思深。區區豈足見幽襟。當時唯有月橋月。照出斯人明哲心。
《源公融》
竈を造り 塩を焼きて 巧思 深し。区区 豈に 幽襟を見るに足らんや。当時 唯だ有り 月橋の月。照らし出だす 斯の人 明哲の心。
※●源公融:源融。嵯峨天皇の皇子。仁明~宇多の六代の天皇に仕え、官位は従一位左大臣に昇った。六条河原院の邸宅に陸奥国の塩竈(現在の松島湾一帯)の風景を模した庭園を作り、大阪湾から海水を運ばせて塩焼き(製塩)をおこなったことで有名。光源氏のモデルともされる
3-28 《在原業平》 大沼枕山
第五翻居第一流。才名冠絕六仙儔。歌辭楓葉共傳美。占斷龍田川上秋。
《在原業平》
第五 翻って居る 第一流。才名 冠絶す 六仙の儔。歌辞 楓葉 共に美を伝へ。占断す 竜田川上の秋。
※●第五:在原業平の位が従五位上であったことを指す ●六仙:六歌仙のこと。業平と、小野小町、僧正遍昭、喜撰法師、文屋康秀、大友黒主 ●歌辭:業平の有名な「千早ぶる神代もきかず竜田川からくれなゐに水くくるとは」の歌
3-29 《菅原文時》 大沼枕山
人謂才情比樂天。花閒竹裏好詩聯。我言忠讜亦如彼。封事憂時論幾篇。
《菅原文時》
人は謂ふ 才情 楽天に比すと。花間 竹裏 好詩聯。我は言ふ 忠讜も亦た彼の如しと。封事 時を憂ふるの論 幾篇。
※●菅原文時:菅原道真の孫。学識と文才を備えた実務官僚として、最終的には従三位に昇って公卿に列した。 ●樂天:白楽天。『和漢朗詠集』における漢詩文の収録数では、文時は白楽天に次いで2位となっている ●忠讜:忠義で正しいこと ●封事:文時は天徳元年(957年)、奢侈や売官の禁止など政治改革を主張する『意見封事三箇条』を提出した
3-30 《藤原保昌》 菅茶山
淸容吹笛夜街中。豪客何知是世雄。繡袴脫來無所惜。惜吾三弄未全終。
《藤原保昌》
清容 笛を吹く 夜街の中。豪客 何ぞ知らん 是れ世雄なるを。繍袴 脱ぎ来たりて 惜しむ所 無し。惜しむらくは 吾が三弄 未だ全終せざるを。
※●藤原保昌:円融~後一条期の中流貴族。武芸に優れるとともに笛の名手としても知られた。『今昔物語』によれば、ある月夜、笛を吹きながら道を行く保昌をみつけた袴垂という盗賊が、衣裳を奪おうと後をつけたが、どうにも恐ろしく手が出せず、結局、保昌のほうから衣を与え、袴誰は逃げ帰ったという
3-31 《八幡公》 賴山陽
結髮從軍弓箭雄。八州草木識春風。白旗不動兵營靜。立馬邊城數亂鴻。
《八幡公》
結髪 軍に従ひて 弓箭 雄なり。八州の草木 春風を識る。白旗 動かず 兵営 静かに。馬を辺城に立てて 乱鴻を数ふ。
※●八幡公:八幡太郎源義家 ●八州:関八州 ●數亂鴻:源義家が、後三年の役において、雁の列が乱れるのを見て伏兵を察知したという故事
3-32 《平相國》 菅茶山
片時宮闕戰防勳。二紀門庭鵷鷺羣。誰料魯陽回日手。卻麾朝旭一將軍。
《平相国》
片時 宮闕 戦防の勲。二紀 門庭 鵷鷺の群。誰か料らん 魯陽 回日の手。却て麾く 朝旭の一将軍。
※●平相國:平清盛 ●宮闕戰防勳:保元・平治の乱の戦功 ●二紀:紀は十二年、よって二十四年。平家が権勢を誇った期間の概数 ●魯陽:春秋時代、楚の魯陽公は戦の最中、日が沈むのを惜しんで、戈で太陽を招き返したという故事 ●回日手:清盛にも「音戸の瀬戸」を開削する際、沈みかけた夕日を金扇で招き返して一日で工事を完了させたという伝説がある ●朝旭一將軍:木曽義仲。平家を追い落として京の都に入った義仲は「旭将軍」と呼ばれた
3-33 《平相國》 石野雲嶺
塡海爲洲眞足倖。截岩通舶豈非雄。莫將權勢廿年事。枉掩濟民千歲功。
《平相国》
海を塡めて 洲と為すこと 真に倖とするに足る。岩を截りて 舶を通ずること 豈に雄に非ざらんや。権勢 廿年の事を将て。枉げて 済民 千歳の功を掩ふこと莫れ。
※●塡海爲洲:海を埋め立てて島を作る。平清盛が大輪田泊(現在の神戸港)を大修築し人工島(経ヶ島)を築いたこと。 ●截岩通舶:岩を切り開いて船舶が通れるようにする。平清盛が音戸の瀬戸の海峡を開鑿したという伝説のこと
3-34 《平忠度》 遠山雲如
絳雪紛紛混虜塵。鐵衣暫此假芳茵。可憐明日春同盡。也喚山花做主人。
《平忠度》
絳雪 紛紛として 虜塵に混ず。鉄衣 暫く此に 芳茵を仮る。憐れむべし 明日 春 共に尽くるを。也た山花を喚んで主人と做す。
※●平忠度:清盛の弟。平家一門随一の歌人として知られる。一之谷の戦いで討死する前夜、「行きくれて 木の下かげを やどとせば 花やこよひの あるじならまし」という歌を詠んだ
3-35 《平忠度》 村上佛山
狐川回馬叩師門。一首櫻花千載春。至竟風流無匹敵。源軍休說插梅人。
《平忠度》
狐川 馬を回して 師門を叩く。一首の桜花 千載の春。至竟 風流 匹敵 無し。源軍 説くを休めよ 梅を挿すの人。
※●平忠度:平家随一の歌人であった忠度は、平家都落ちの際、途中で引き返して、歌の師である藤原俊成を訪ね、自作の歌百余首を託した。俊成はそのうちの一首「さざなみや 志賀の都は 荒れにしを 昔ながらの 山桜かな」を『千載和歌集』に「詠み人知らず」として収録した ●插梅人:源氏方の梶原景季のこと。一之谷の戦いで箙に梅の花を挿して奮闘し、坂東武者にも風流を解する物がいると賞賛された
3-36 《經正》 遠山雲如
奈此鸞飄鳳泊何。回鑣獨扣法王家。生前一曲廣陵散。忍共檀槽埋海涯。
《経正》
此の鸞飄鳳泊を奈何んせん。鑣を回して 独り扣く 法王の家。生前 一曲 広陵散。檀槽と共に海涯に埋むるに忍びんや。
※●經正:平経正。清盛の甥。琵琶の名手として知られ、都落ちの際に、仁和寺の覚性入道親王を訪ね、下賜されていた琵琶の名器「青山」を返却したことで有名 ●廣陵散:琴曲の名。晋の嵆康が隠者から授けられたが、その死後伝えるものがなく絶えたという ●檀槽:栴檀の木で作った琵琶の胴。転じて琵琶
3-37 《敦盛》 遠山雲如
一枝玉笛百年身。似與仇讐有宿因。昨夜城頭明月下。何圖那是賞音人。
《敦盛》
一枝の玉笛 百年の身。仇讐と宿因 有るに似たり。昨夜 城頭 明月の下。何ぞ図らん 那れは是れ 賞音の人なるを。
※●敦盛:平敦盛。清盛の甥。笛の名手として知られたが、一之谷の戦いで若くして討死した。 ●賞音人:敦盛を討ち取った熊谷直実が、その前夜、平家の陣中から聞こえてくる敦盛の笛の音に聞きほれていたという話
3-38 《敦盛》 草場珮川
玉笛誰圖兆敗軍。梅花零落夜紛紛。平家公子知多少。今日路人唯吊君。
《敦盛》
玉笛 誰か図らん 敗軍を兆さんとは。梅花 零落して 夜 紛紛。平家の公子 知んぬ多少ぞ。今日 路人 唯だ君のみを吊ふ。
※●敦盛:平敦盛。清盛の甥。笛の名手として知られたが、一之谷の戦いで若くして討死した ●知多少:どれだけたくさんいたかわからない
3-39 《木曾義仲墓》 梁川星巖
更有何人薦藻蘩。澹煙微雨鎖黃昏。湖南三尺無情土。瘞卻英雄未死魂。
《木曽義仲の墓》
更に何人の藻蘩を薦むること有らんや。澹煙 微雨 黄昏を鎖す。湖南三尺無情の土。瘞却す 英雄未だ死せざるの魂。
※●藻蘩:藻としろよもぎ。神仏への質素な供え物
3-40 《兼平墓》 植村蘆洲
粟津原曠古墳孤。憶與主君窮失途。只合當時燒棧道。發揮朝日照岐岨。
《兼平の墓》
粟津の原 曠として 古墳 孤なり。憶ふ 主君と与に窮して途を失ひしを。只だ合に 当時 桟道を焼き。朝日を発揮して岐岨を照らすべかりしに。
※●兼平:今井兼平。木曽義仲の腹心で木曽四天王のひとり。粟津の戦いで義仲が討死した後を追って自害した ●岐岨:木曽
3-41 《源廷尉》 賴山陽
寶刀跨海斬鯨鯢。貝錦歸鄕忽斐萋。阿兄不識肥家策。枉煮同根養牝鷄。
《源廷尉》
宝刀 海を跨いで 鯨鯢を斬る。貝錦 郷に帰りて 忽ち斐萋たり。阿兄は識らず 肥家の策。枉げて同根を煮て 牝鶏を養う。
※●源廷尉:源義経。廷尉は検非違使のこと ●貝錦:貝殻の文様のように美しい錦。転じて、人を讒する者が錦を織りなすように巧みに罪をこしらえ組み合わせること。 ●斐萋:萋斐に同じ。文飾のあやあるさま。転じて讒言が巧みなさま。「萋斐貝錦」という ●阿兄:源頼朝
3-42 《源廷尉》 後藤松陰
海斬鯨鯢猛勝風。陸逢虺蜮蠕於蟲。唯傳韜略不傳忍。遺恨鞍山黃石公。
《源廷尉》
海に鯨鯢を斬って 猛きこと風に勝るも。陸に虺蜮に逢へば 虫よりも蠕く。唯だ韜略を伝へて 忍を伝へず。遺恨なり 鞍山の黄石公。
※●鞍山:鞍馬山 ●黃石公:漢の高祖劉邦の参謀張良に兵法を授けた謎の老人。ここでは幼少期の義経に鞍馬山で剣術を教えたという鞍馬天狗をたとえる
3-43 《源太景季》 菅茶山
插花魚箙叩轅門。拚命唯期芳譽存。騂角風流長未朽。村翁猶指老梅根。
《源太景季》
花を魚箙に挿して 轅門を叩く。命を拚てて 唯だ期す 芳誉の存せんことを。騂角の風流 長(トコシ)へに未だ朽ちず。村翁 猶ほ指さす 老梅の根。
※●源太景季:梶原源太景季。梶原景時の嫡男。一之谷の戦いで箙に梅の花を挿して奮闘し、坂東武者にも風流を解する物がいると賞賛された ●騂角:子牛が赤い毛色で立派な角を持つこと。親はまともでないが子が立派なことをいう
3-44 《佐佐木盛綱》 賴支峰
奮鞭躍馬破波光。智勇同功棣萼香。若把菟川比藤戶。四郞未必勝三郞。
《佐佐木盛綱》
鞭を奮ひ 馬を躍らせて 波光を破る。智勇 功を同じくして 棣萼 香し。若し菟川を把って 藤戸に比せば。四郎 未だ必ずしも 三郎に勝たず。
※●佐佐木盛綱:源頼朝の家臣。藤戸の戦いでは海峡を馬で渡って先陣を切り、平行盛が立てこもる城を攻め落とした ●棣萼:ニワウメの蕚。兄弟のことをいう ●菟川:宇治川。宇治川の戦いのこと。盛綱の弟の高綱が梶原景季と先陣争いをして勝ったことで有名。このとき高綱は景季に馬の腹帯が緩んでいることを指摘してそれを直させ、その間に先行した ●四郞:高綱のこと ●三郞:盛綱のこと
3-45 《二曾我》 石野雲嶺
吞恨多年共雌伏。報讐一夜忽雄飛。固於山嶽源公陣。不省原鴒入獵圍。
《二曽我》
恨を吞みて 多年 共に雌伏し。讐を報じて 一夜 忽ち雄飛す。山岳よりも固し 源公の陣。省みず 原鴒の猟囲に入るを。
※●二曾我:曽我兄弟。曽我十郎・五郎の兄弟が父の仇である工藤祐経を討った「曽我兄弟の仇討ち」は日本三大仇討ちのひとつに数えられる ●原鴒:野原に住むセキレイ。兄弟などの死喪をいたむ情に用いられる ●猟囲:狩猟で獲物を包囲すること。巻狩り。曽我兄弟の仇討ちは、源頼朝が催した富士の裾野での巻狩りの夜に陣中に忍び込んで決行された
3-46 《曾我兄弟墓》 澤井鶴汀
鴒原風冷暮蟬收。吊古誰能不涕流。豔骨同傳美人節。與他孝烈共千秋。
《曽我兄弟の墓》
鴒原 風 冷やかに 暮蟬 収まる。古を吊へば 誰か能く 涕流せざらん。艶骨 同じく伝ふ 美人の節。他の孝烈と共に千秋。
※●鴒原:鶺鴒の住む野原。「原鴒」という語が、兄弟などの死喪をいたむ情を表すことから、ここで用いているのだろう ●美人:曽我十郎の妾、虎御前。十郎の死後、出家し、以後亡くなるまで兄弟の供養を続けたという
3-47 《北条時宗》 廣瀨梅墩(旭莊)
棄甲成山大海濱。神風一夜靖胡塵。憐公處置妙相當。不殺南人殺北人。
《北条時宗》
棄甲 山を成す 大海の浜。神風 一夜 胡塵を靖んず。憐れむ 公の処置の妙 相当なるを。南人を殺さず北人を殺す。
※●南人:元軍のうち旧南宋出身の兵 ●北人:元軍の中核を占めるモンゴル人など北方出身の兵
3-48 《納言藤房》 大沼枕山
可耐禁垣妖祲侵。披緇去入白雲深。秋來夜夜空山月。照見爲僧未了心。
《納言藤房》
耐ふべけんや 禁垣 妖祲の侵すに。緇を披て去り入る 白雲 深きに。秋来 夜夜 空山の月。照らし見る 僧と為るも 未だ了せざるの心。
※●納言藤房:万里小路藤房。後醍醐天皇の側近として正二位中納言に昇り、建武政権でも要職に就いたが、突如出家して行方をくらました。『太平記』では建武政権の先行きを憂えて天皇に直言したものの受け入れられず出家した、と描写されており、これが一般に広く信じられたが、必ずしも史実ではない ●披緇:墨染の衣を着る。僧侶になること
3-49 《藤原藤房》 村上佛山
朝衣忽換法衣輕。聽取南風有死聲。莫道岩倉山月色。不如千古湊川淸。
《藤原藤房》
朝衣 忽ち換ふ 法衣の軽きに。聴取す 南風 死声 有るを。道ふ莫かれ 岩倉山月の色。千古 湊川の清きに如かずと。
※●藤原藤房:万里小路藤房。後醍醐天皇の側近として正二位中納言に昇り、建武政権でも要職に就いたが、突如出家して行方をくらました。『太平記』では建武政権の先行きを憂えて天皇に直言したものの受け入れられず出家した、と描写されており、これが一般に広く信じられたが、必ずしも史実ではない ●岩倉:『太平記』によれば藤房は岩倉で出家したとされる ●湊川:南朝の忠臣楠木正成が討死した場所
3-50 《新田義貞》 村上佛山
義兵一擧戮長蛇。千里退潮威力多。翻對佳人惜離別。只難防御是秋波。
《新田義貞》
義兵 一挙 長蛇を戮す。千里の退潮 威力 多し。翻って 佳人に対しては 離別を惜しむ。只だ 防御し難きは 是れ秋波。
※●千里退潮:義貞が鎌倉攻めの際、稲村ヶ崎で黄金作りの太刀を海に投げ入れて祈願すると潮が引き、進軍が可能になったという伝説 ●佳人:勾当内侍。鎌倉攻略の恩賞として後醍醐天皇から義貞に与えられて妻となったとされる。『太平記』では、義貞は彼女を愛するあまり、別れを惜しんで出陣が遅れる失態を犯したとされるが、史実かどうか疑わしい
3-51 《楠公》 貫名海屋
奮然許帝以馳驅。忠武忠謀亦曷殊。一卷留傳三世策。太贏雲鳥遺閒圖。
《楠公》
奮然 帝に許して 以て馳駆す。忠武 忠謀 亦た曷ぞ殊なる。一巻 留め伝ふ 三世の策。太だ贏れり 雲鳥 間図を遺すに。
※●楠公:楠木正成
3-52 《楠公》 篠崎小竹
兵機妙用恰如神。自是中興第一人。可憾君王無皁白。令臣累世作忠臣。
《楠公》
兵機の妙用 恰も神の如し。自づから是れ 中興 第一の人。憾むべし 君王 皁白 無く。臣をして 累世 忠臣と作らしむるを。
※●皁白:黒と白。是と非
3-53 《楠公》 關雪江
君是南朝梁棟臣。恨他君死業無成。請看南木堅如此。化石長留不朽名。
《楠公》
君は是れ 南朝 梁棟の臣。恨他す 君の死して 業の成る無きを。請ふ看よ 南木の堅きこと此くの如きを。石と化して 長(トコシ)へに留む 不朽の名。
※●梁棟:棟梁に同じ。梁(はり)と棟(むなぎ)。建物の屋台骨。転じて組織の中枢を担う人材 ●石:水戸光圀が建てた「嗚呼忠臣楠子之墓」の碑石
3-54 《拜楠公河州墓》 草場珮川
三世勤王奈命何。空憐一夢付南柯。貽謀當日唯忠膽。皜皜千秋暴湊河。
《楠公の河州の墓を拝す》
三世の勤王 命を奈何んせん。空しく憐れむ 一夢 南柯に付するを。貽謀 当日 唯だ忠胆のみ。皜皜として 千秋 湊河に暴(サラ)す。
※●南柯:『太平記』によれば、後醍醐天皇は夢の中で南向きに枝が伸びた大きな木を見、「木」と「南」をあわせて「楠」になることから、楠木正成を召し出したという ●貽謀:子孫に遺すはかりごと
3-55 《楠公墓》 森春濤
笠置山寒貉一邱。延元陵古水東流。南朝無限傷心淚。灑向楠公墓畔秋。
《楠公の墓》
笠置山 寒くして 貉 一邱。延元陵 古くして 水 東流す。南朝 無限の傷心の涙。楠公墓畔の秋に向(オ)いて灑ぐ。
※●笠置山:京都府笠置町にあり。元弘の乱で後醍醐天皇が立てこもり幕府軍と戦った。またその最中、後醍醐天皇は「霊夢」をきっかけに楠木正成を召し出して初めて対面した ●延元陵:後醍醐天皇の陵墓
3-56 《楠正儀》 奧野小山
海內何時兵氣沈。兩朝伺釁互相侵。老臣附賊有深意。誰測溫嶠當日心。
《楠正儀》
海内 何れの時か 兵気 沈まん。両朝 釁を伺ひて 互ひに相ひ侵す。老臣 賊に附くは 深意 有り。誰か測らん 温嶠 当日の心。
※●楠正儀:楠木正成の三男。兄・正行の戦死により楠木氏棟梁と南朝総大将を引き継いだ。武将として戦績を挙げる一方で北朝との和平を主導したが、南朝内で孤立を深め、北朝に降伏した。その後、北朝方における最大の理解者であった幕府管領・細川頼之の失脚を機に、南朝へ復帰した。復帰後は参議に昇ったが、南北朝の合一を見ることなく没した ●溫嶠:東晋の政治家。大将軍王敦が反乱を起こした際、王敦の側近に接近して親交を結び、王敦から信用を得た。これにより、王敦が再挙兵を企図していることを一早く把握し、朝廷に報告して臨戦体制を整え、反乱の鎮圧に活躍した。ここでは北朝にいったん降伏した正儀を温嶠にたとえたもの
3-57 《村上義光》 大沼枕山
驚見王旗賊裏懸。搏人奪取錦連翩。欲知之子功勞重。日月雙輪擔在肩。
《村上義光》
驚き見る 王旗の賊裏に懸かるを。人を搏って 奪取す 錦 連翩たるを。之の子が功労の重きを知らんと欲すれば。日月の双輪 担ひて肩に在り。
※●村上義光:村上義日。『太平記』では「義光」と表記され、こちらのほうがよく知られる。鎌倉時代末期の武将。護良親王に仕えて鎌倉幕府との戦いで活躍した。幕府方の土豪の手に渡った錦の御旗を単身取り返したという武勇伝が有名 ●之子:この子。この人。村上義光のこと
3-58 《北條早雲》 大沼枕山
兩杉如草一芟除。旋見八州雄志舒。總攬士心元了了。累人多事講兵書。
《北条早雲》
両杉 草の如く 一たび芟除し。旋ち見る 八州に雄志の舒ぶるを。士心を総攬すること 元より了了たり。人の多事 兵書を講ずるを累はす。
※●兩杉:関東管領を世襲する山内上杉家と扇谷上杉家。早雲は相模平定の過程で両上杉家と対立し、これに勝利した。『北条記』によれば、早雲は「二本の大きな杉の木を鼠が根本から食い倒し、やがて鼠は虎に変じる」という霊夢を見たという。 ●講兵書:早雲は学者に兵法書の『三略』を講義させた際、「夫れ主将の法は、務めて英雄の心を攬り、有功を賞禄し、志を衆に通ず」という最初の一節を聞いただけで、「それでもう十分」と言って講義を中止させたという
3-59 《過早雲寺》 中井竹山
八州封殖蔑三鄰。五世雄威役百神。今日空山鐘磬寂。老僧時掃墓前塵。
《早雲寺を過る》
八州の封殖 三隣を蔑し。五世の雄威 百神を役す。今日 空山 鐘磬 寂として。老僧 時に掃ふ 墓前の塵。
※●早雲寺:神奈川県箱根町にある臨済宗寺院。後北条氏の菩提寺
3-60 《詠甲越二公》 大槻盤溪
驚倒暗中跳銃丸。野田城上笛聲寒。誰知七十二疑塚。不似一棺湖底安。
《甲越二公を詠ず》
驚倒す 暗中 銃丸の跳ぶに。野田城上 笛声 寒し。誰か知らん 七十二の疑塚。一棺 湖底の安きに似ざるを。
※●甲越二公:甲斐の武田信玄と越後の上杉謙信。この詩は信玄のほうを詠んでいる ●野田城:三河遠征中の信玄が包囲していた城。信玄は城内から流れる笛の音に聞き惚れていたところを狙撃されたという伝説が知られている ●七十二疑塚:魏の曹操が自分の墓を暴かれないよう作ったとされる多くの偽の墓
3-61 《詠甲越二公》 大槻盤溪
春日山頭鎖晚霞。驊騮嘶盡有啼鴉。惜君獨賦能州月。不詠平安城外花。
《甲越二公を詠ず》
春日山頭 晩霞 鎖し。驊騮 嘶き尽くして 啼鴉 有り。惜しむらくは 君が 独り能州の月のみを賦して。平安城外の花を詠ぜざりしを。
※●甲越二公:甲斐の武田信玄と越後の上杉謙信。この詩は謙信のほうを詠んでいる ●能州月:能登の月。謙信が《九月十三夜陣中作》で「越山併得能州月」と詠んだこと
3-62 《藤肥州》 大沼枕山
遺孤存沒係將軍。避害唯應保老身。不向關原賣餘勇。負孤人是庇孤人。
《藤肥州》
遺孤の存没 将軍に係はる。害を避けて 唯だ応に 老身を保つべし。関原に向かって余勇を売らず。孤に負くの人は 是れ 孤を庇ふの人。
※●藤肥州:加藤清正 ●遺孤:父親が亡くなって遺された孤児。豊臣秀頼のこと ●將軍:清正のこと
3-63 《謁加藤侯廟》 廣瀨淡窗
風帆競入釜山雲。要立平韓第一勳。不道小西非壯士。啼兒偏畏鬼將軍。
《加藤侯の廟に謁す》
風帆 競ひ入る 釜山の雲。立つるを要す 平韓 第一の勲。道はず 小西 壮士に非ずと。啼児 偏へに畏る 鬼将軍。
※●加藤侯廟:加藤神社。加藤清正を主祭神として祀る ●鬼將軍:朝鮮出兵の際、清正はその猛烈な戦いぶりから鬼将軍と恐れられた
3-64 《謁加藤侯廟》 廣瀨淡窗
寸木難支大廈頹。丹心抵死未嘗灰。遺孤可託眞君子。夙誦曾參一語來。
《加藤侯の廟に謁す》
寸木 支へ難し 大廈の頽るるを。丹心 死に抵るも 未だ曽て灰ならず。遺孤 託すべし 真の君子。夙に曽参の一語を誦し来たる。
※●曾參:孔子の門人。孝にすぐれた人物として知られ、『孝経』の著者とされる。『論語』泰伯篇第八に登場し「以て六尺の孤を託すべく、以て百里の命を寄すべく、大節に臨んで奪うべからず。君子人か、君子人なり」と述べている。豊臣秀吉の没後、前田利家からこの一節を聞いた清正は、その時は意味がわからなかったが、これをきっかけに儒学者の藤原惺窩に師事して学ぶようになったという
3-65 《大堤村吊熊先生墓》 大槻盤溪
不歎遺骨託荒陬。傳得聲名噪上游。欲吊先生問心術。杜鵑哭遍古總州。
《大堤村にて熊先生の墓を吊ふ》
歎ぜず 遺骨の荒陬に託さるるを。声名を伝へ得て 上游に噪がし。先生を吊ひて 心術を問はんと欲すれば。杜鵑 哭き遍し 古総州。
※●熊先生:熊沢蕃山。陽明学者。岡山藩主・池田光政に招かれてその藩政を補佐した。のち、著作で幕政を批判したとされて、下総国古河藩に身柄を預けられ、その地で没し、古河藩の大堤村にある鮭延寺に葬られた ●上游:上流。転じて高位高官の身分
3-66 《詠花川戶助六》 大沼枕山
游冶誰圖有別腸。花川戶畔美聲揚。不令名妓歸髥叟。縱死猶聞侠骨香。
《花川戸助六を詠ず》
游冶 誰か図らん 別腸 有るを。花川戸畔 美声 揚がる。名妓をして髥叟に帰せしめず。縦ひ死するとも 猶ほ聞く 侠骨の香。
※●花川戶助六:古典歌舞伎の人気演目「助六」の主人公。侠客に身をやつしているが実は仇討ちで有名な曽我五郎という設定 ●別腸:本来の意味は①別離の心 ②いわゆる「別腹」、普段の食べ物が入る腸とは別の腸 だが、ここでは別の意図、別の狙い、の意味。助六(曽我五郎)は源氏の宝刀「友切丸」を探しており、遊客にわざと喧嘩を吹っ掛けて刀を抜かせるため、人の集まる吉原に通っていた ●名妓:助六と恋仲の花魁・揚巻 ●髥叟:揚巻に横恋慕して言い寄っている髭の意休(実は平家の残党・伊賀平内左衛門)
3-67 《有智子內親王》 菅茶山
皇女天才年尙童。同時詩賦壓唐宮。咲他晁監友王李。追琢還輸摻手工。
《有智子内親王》
皇女の天才 年 尚ほ童なり。同時の詩賦 唐宮を圧す。咲ふ 他の晁監の王李を友とするを。追琢 還って輸す 摻手の工みなるに。
※●有智子内親王:嵯峨天皇の第八皇女。漢詩にすぐれた才能を発揮し、『経国集』などに合計十首が収録される。 ●晁監:阿倍仲麻呂。唐名を「晁衡」といい、秘書監の官職をつとめた ●王李:王維と李白。王維には《送祕書晁監還日本國》、李白には《哭晁卿衡》の詩がある ●追琢:玉石を磨くこと。ここでは推敲してすぐれた詩文を作ることの比喩 ●摻手:細く美しい手。有智子内親王の詩の技量
3-68 《有智子內親王》 大沼枕山
寅直齋宮獨奉神。山莊一律足才情。呼爲有智副其實。始見吾邦離象明。
《有智子内親王》
寅(ツツ)しみて斎宮に直(アタ)り 独り神に奉ず。山荘の一律 才情 足る。呼んで有智と為すは 其の実に副ふ。始めて見る 吾が邦 離象の明かなるを。
※●齋宮:内親王は4歳で初代賀茂斎院となった ●山莊一律:嵯峨天皇が斎院へ行幸した際に内親王が詠んだ七言律詩《春日山莊》のこと
3-69 《小野小町》 大沼枕山
才色雙全小翠娥。不妨白髮意蹉跎。懷中錦繡殘生足。路上襤褸美句多。
《小野小町》
才色 双つながら全し 小翠娥。妨げず 白髪にして 意の蹉跎たるを。懐中の錦繡 残生 足る。路上の襤褸 美句 多し。
※●小野小町:平安時代中期の女流歌人。六歌仙のひとり。才色兼備と伝えられる一方で、晩年は容色衰えて乞食となったとする伝説も流布した
3-70 《泉式部》 大沼枕山
暗裏去來泡幻身。名姬何處認天眞。悟空唯仰摩尼照。書寫山端月一輪。
《泉式部》
暗裏 去来す 泡幻の身。名姫 何れの処にか 天真を認めん。空を悟りて 唯だ仰ぐ 摩尼の照らすを。書写山端 月一輪。
※●泉式部:和泉式部。平安中期の女流歌人。親王を含む数多くの男性と浮名を流した恋多き女性として知られる。 ●摩尼:摩尼珠の略。竜王の脳中にあるという清浄な玉 ●書寫山:説話によれば、晩年、娘を失った和泉式部は、性空上人に「暗きより暗き道にぞ入りぬべき 遙かに照らせ山の端の月」の和歌を送り、返しに袈裟を賜り亡くなる際にそれを着て往生したという。性空上人は書写山で修行し圓教寺を創建したことから「書写上人」とも呼ばれる。ただし、和泉式部の晩年には上人はすでに亡くなっており、史実ではない
3-71 《紫式部》 菅茶山
彤管文騷各競工。婉詞寓諷許誰同。最憐芳歲歌黃鵠。不逐鶉奔當日風。
《紫式部》
彤管 文騒 各〻 工を競ふ。婉詞 寓諷 誰か同じきを許さん。最も憐む 芳歳 黄鵠を歌ひ。鶉奔 当日の風を逐はざるを。
※●黃鵠:黄鵠曲。魯の陶嬰が夫を亡くした後、再婚を迫られた陶嬰が、節操を貫く意志を詠んだ歌 ●鶉奔:『詩経』鄘風の「鶉之奔奔篇」の略。男女の関係が乱れていることをいう
3-72 《紫式部》 廣瀨梅墩(旭莊)
休言彤管勸淫奢。節操皜然誰又加。能使此心如鐵石。廣平何害賦梅花。
《紫式部》
言ふを休めよ 彤管 淫奢を勧むると。節操 皜然として 誰か又た加へん。能く 此の心をして 鉄石の如くならしめば。広平 何ぞ害せん 梅花を賦するを。
※●廣平:唐の政治家・宋璟。広平郡開国公に封じられた。玄宗の治世に宰相となり、公正厳格な政治を徹底し、後宮の女性が政治に関与することを固く禁じた
3-73 《紫式部》 大沼枕山
閣匾慈雲亦選樓。條條源語寫風流。自玆湖月沒顏色。彤管煒然千古秋。
《紫式部》
閣 慈雲を匾するも 亦た楼を選ぶ。条条の源語 風流を写す。玆れより 湖月 顔色 没す。彤管 煒然たり 千古の秋。
※●源語:源氏物語
3-74 《淸少納言》 大沼枕山
歌句逢關情有餘。繼承翁祖占嘉譽。一篇奇著枕草紙。卻比淮南鴻寶書。
《清少納言》
歌句の逢関 情 余り有り。翁祖を継承して 嘉誉を占む。一篇の奇著 枕草紙。却って比す 淮南 鴻宝の書に。
※●歌句逢關:百人一首にも採られている清少納言の「夜をこめて 鳥のそらねは はかるとも よに逢坂の 関はゆるさじ」という歌 ●淮南鴻寶書:漢の劉安(淮南王)の著作に『鴻寶萬畢』三巻があり、神仙術を記した秘伝書というが、現存しない。劉安の著作として有名な『淮南子』は道家思想を中心としつつも雑多な内容を含んでおり、こちらのほうが枕草子に比するのにふさわしいように思えるので、淮南子のことを指しているかもしれない
3-75 《小督》 菅茶山
出宮潛避主恩專。金屋偏愁黃霧纏。宛見法輪三五月。照來一曲想夫憐。
《小督》
宮を出でて潜かに避く 主恩の専らなるを。金屋 偏に愁ふ 黄霧の纏ふを。宛も見る 法輪 三五の月。照らし来たる 一曲の想夫憐。
※●小督:小督局。高倉天皇の寵愛を一身に受けたものの、中宮徳子の父である平清盛の怒りを買って宮中から追放された ●法輪:嵯峨野の法輪寺。宮中を去った小督局は法輪寺近辺に隠れ住んでいたとされる ●想夫憐:雅楽の曲名。想夫恋とも書く。天皇から小督局を探すよう命じられた源仲国は法輪寺辺りまで来て、得意の笛で想夫憐を吹いた。するとそれに応えて見事な想夫憐の調べが聞こえてきたので、その音色のほうへ向かうと、果たして小督局であったという。
3-76 《小督》 篠崎小竹
幽僻逃來相國瞋。凄涼夜月鎖佳人。中丞應勝蓬萊使。連理呼回再度春。
《小督》
幽僻 逃げ来たる 相国の瞋り。凄涼たる夜月 佳人を鎖す。中丞 応に勝るべし 蓬萊の使ひに。連理 呼び回す 再度の春。
※●相國:平清盛 ●中丞:源仲国。高倉天皇の命を受け、宮中を去った小督局の行方を追い、見つけ出した ●蓬萊:東海中にあるという仙山
3-77 《小督怨》 奧野小山
緇衣換卻綺羅衣。薄命非緣恩幸稀。曾自中丞認琴調。生憎明月照柴扉。
《小督怨》
緇衣 換却す 綺羅の衣。薄命は恩幸の稀なるに縁るに非ず。曽て中丞の琴調を認めしより。生憎 明月 柴扉を照らす。
※●緇衣:墨染の衣。僧侶の衣。宮中を離れて嵯峨野に隠れ住んでいた小督局は源仲国に見つけられて、高倉天皇と再び逢瀬を重ねるようになったが、やがて清盛の知る所となり、怒った清盛の命により出家させられた
3-78 《小式部內侍》 大沼枕山
摛藻才高二八春。從他敎訓隔慈親。女中子建唯是君。生小篇章不倩人。
《小式部内侍》
摛藻の才は高し 二八の春。さもあらばあれ 教訓の慈親を隔つるは。女中の子建は 唯だ是れ君。生小の篇章 人を倩はず。
※●小式部内侍:和泉式部の娘 ●摛藻:詞章を作る。また巧みな詞章 ●子建:曹植。曹操の五男にして建安文学を代表する詩人。兄の曹丕から他人に代作してもらっているのではないかという疑いを受け、七歩あるく間に詩を作ってみせて疑いを晴らした故事で有名。小式部内侍も母の和泉式部が代作しているのではないかという噂があり、ある歌合の際、藤原定頼から「代作を頼む使者は帰ってきましたか」とからかわれ、即興で「大江山いく野の道の遠ければ まだふみもみず天の橋立」という歌を詠んで代作の疑いを晴らした。 ●生小:小さい時、幼少の時
3-79 《妓千壽》 村上佛山
燈暗數行虞氏淚。悲歌相和倚琵琶。妾身亦化美人草。長伴牡丹濃豔花。
《妓千寿》
灯 暗くして 数行 虞氏の涙。悲歌 相ひ和して 琵琶に倚る。妾身も亦た美人草と化し。長(トコシ)へに伴はん 牡丹 濃艶の花に。
※●妓千壽:千手の前。一之谷の戦いで捕虜となり源頼朝のもとへ送られてきた平重衡に仕えて束の間の愛を育んだが、まもなく重衡は処刑され、その三年後、千手も突如失神して亡くなったという ●虞氏淚:虞氏は項羽の愛人だった虞美人。重衡は生前、千手も同席する宴で「灯 暗ふしては 数行 虞氏の涙」と朗詠した ●牡丹濃豔花:平重衡のこと。容姿端麗で牡丹にたとえられたという
3-80 《千壽怨》 中井竹山
中將南冠慷慨多。通宵春宴奈情何。幽閨幾度尋思夢。泣斷虞兮一曲歌。
《千寿の怨》
中将南冠慷慨多し。通宵の春宴情を奈何せん。幽閨 幾度か 尋思の夢。泣断す 虞兮一曲の歌。
※●中將:平重衡のこと。正三位左近衛中将まで昇ったので「三位中将」と呼ばれた ●南冠:楚の鍾儀が南方の冠をかぶって晋にとらえられた故事から、捕虜をいう ●虞兮一曲歌:項羽が「虞や 虞や 若を奈何んせん」と詠んだ『垓下の歌』。重衡は生前、千手も同席する宴で「灯 暗ふしては 数行 虞氏の涙」と朗詠した
3-81 《坂額》 菅茶山
勁弓纖手勇如何。防遇攻兵曠日多。恨入鎌倉時已異。不聞妓靜繭絲歌。
《坂額》
勁弓 繊手 勇 如何。攻兵を防ぎ遇ひて 曠日 多し。恨むらくは 鎌倉に入るの時 已に異なり。妓静の繭糸の歌を聞かざるを。
※●坂額:板額(ばんがく)御前。表記は板額、坂額、飯額などさまざま。鎌倉時代初期の女武将。越後の城資盛が挙兵した建仁の乱で反乱軍の武将(板額は資盛の叔母にあたる)として奮闘し、その弓は百発百中、当たれば必ず死んだという。反乱鎮圧後、鎌倉に送られ、二代将軍頼家の前に引き出されたが、堂堂たる振る舞いで鎌倉の名だたる御家人たちを驚かせた。感銘を受けた甲斐源氏一族の浅利義遠が頼家に願い出て妻としてもらい受けた ●妓靜:静御前。源義経の妾。彼女もまた頼朝の前に引き出されても、怖気づくことなく、義経への思いを詠んだ歌を堂堂と披露した ●繭絲歌:静御前が頼朝の前で唄った「しづやしづ しづのをだまき くり返し 昔を今に なすよしもがな」の歌
3-82 《矢口女》 菅茶山
歌舞纔叨數日親。恩情堪捨百年身。幸他豔骨黃泉下。不見冤魂問水濱。
《矢口女》
歌舞 纔かに叨りにす 数日の親。恩情 捨つるに堪へたり 百年の身。幸ひとす 他の艶骨 黄泉の下。冤魂の水浜を問ふを見ざるを。
※●矢口女:矢口は武蔵国多摩川にある矢口の渡。新田義貞の次男・義興は関東で南朝勢力の拡大のために奮戦していたが、矢口の渡で敵方の罠にはまり謀殺された。この事件をもとに作られた人形浄瑠璃の『神霊矢口渡』では、その後、矢口の渡しを義興の弟、義岑(実在の義宗がモデルか)が訪れ、渡し守の娘・お舟は義岑に一目惚れした。渡し守は義興謀殺に加担して多大な褒美をもらっていたので、義岑も殺してさらに褒美をもらおうとしたが、お舟は身を挺して義岑を救った。義岑はお舟に向かって、来世で添い遂げようと語った ●冤魂問水濱:『太平記』でも『神霊矢口渡』でも、謀殺ののち、義興の亡霊が矢口の渡しにあらわれ、謀殺にかかわった者たちに祟りをなした
3-83 《政子》 篠崎小竹
一夜金函致白鳩。他年諸呂盡王侯。誰言爲妹買春夢。買得夫家六十州。
《政子》
一夜 金函 白鳩を致し。他年 諸呂 尽く 王侯。誰か言ふ 妹の為めに春夢を買ふと。買ひ得たり 夫家の六十州。
※●:政子:北条政子 ●金函致白鳩:『曽我物語』によれば、政子の妹・時子はある夜、太陽と月を袖にして手に橘を持っている夢を見たが、それを聞いた政子はそれが吉夢であると知りながら、時子には「凶夢だから禍を避けるため自分が買い取る」と持ちかけ、唐鏡と衣を渡して買い取った。その夜、政子は白鳩が金箱をくわえてやってくる夢を見、翌朝、頼朝からの恋文が届いて、やがて政子は頼朝の妻となった ●諸呂:漢の高祖劉邦の皇后、呂后の一族。劉邦没後、みな王侯に封じられ、専横をきわめた。ここでは北条氏が鎌倉幕府の実権を握ったことをたとえる
3-84 《鞆繪》 菅茶山
多爲姸姿難保節。非懷雄志豈完身。佛前今日拈香手。馬上當年斬將人。
《鞆絵》
多くは姸姿の為めに 節を保ち難し。雄志を懐くに非ずんば 豈に身を完うせんや。仏前 今日 香を拈ずるの手。馬上 当年 将を斬りし人。
※●鞆繪:巴御前。木曽義仲に仕えた女武将。『源平盛衰記』によれば義仲の妾でもあった ●佛前:『平家物語』長門本では、義仲討死後は越後に落ち延びて尼になったとされ、『源平盛衰記』では、鎌倉に召し出されて和田義盛の妻となったが、和田合戦で義盛が滅ぼされた後は越中で出家したとされる
3-85 《妓靜》 菅茶山
秋波有燭警將然。卻寇殊勳身最先。更怪舞臺回雪技。長刀傳法欲千年。
《妓静》
秋波 燭 有り 将に然らんとするを警しむ。寇を却くの殊勲 身 最も先んず。更に怪しむ 舞台 回雪の技。長刀 法を伝えて 千年ならんと欲するを。
※●妓靜:静御前 ●警將然:静御前が鎌倉に留め置かれていたとき、御家人たちが宿所に押しかけて酒宴をもよおし、酔っぱらった梶原景茂から艶言を投げかけられたが、「私は鎌倉殿の弟の妾。本来ならば御家人ごときは対面もできないはずなのに、どうしてそんな無礼なことを言うのか」としりぞけた ●寇:敵、かたき。ここでは下心を持ってやってきた御家人たちを指す ●長刀:近世薙刀術の一流派に「静流」があり、その祖は静御前であるという(諸説あり)
3-86 《靜姬怨》 中井竹山
被誤敎坊第一身。舞衣枉向鶴陵春。簾前花暖和風動。尤憶芳山雪裏人。
《静姫怨》
教坊 第一の身を誤られ。舞衣 枉げて向かふ 鶴陵の春。簾前 花 暖かに 和風 動くも。尤も憶ふ 芳山 雪裏の人。
※●靜姬:静御前 ●敎坊:唐代、都において音曲歌舞に従事するものを住まわせて教育した官営の施設。ここでは、京の都で第一の白拍子であったことを「教坊第一」と表現した ●鶴陵:鶴岡八幡宮。頼朝の命により静御前が舞を奉納した
3-87 《阿古屋》 遠山雲如
千秋心契眼波中。一雨簾前緣不空。也似楊家紅拂妓。早從燈背認英雄。
《阿古屋》
千秋の心契 眼波の中。一雨 簾前 縁 空しからず。也た似たり 楊家 紅払の妓。早に 灯背より 英雄を認むるに。
※●阿古屋:歌舞伎『壇浦兜軍記(だんのうらかぶとぐんき)』に登場するヒロイン。問注所に引き出され、愛人・平景清の行方を尋問されたが、琴・三味線・胡弓の三曲を演奏して音色に乱れがなかったことから嘘はついていないと認められて釈放された ●紅拂妓:唐代伝奇小説『虬髯客伝』に登場するヒロイン紅拂女。隋の司空・楊素の家妓であったが、楊家を訪れた李靖をみそめてその器量を見抜き、楊家を出奔して李靖と行動をともにした。その後、李靖は唐の太宗李世民に仕えて宰相に昇った
3-88 《淀嬪》 植村蘆洲
木家有女復思春。不愛謀臣愛佞臣。知得傾城由內亂。亂階全係未亡人。
《淀嬪》
木家に女 有りて 復た春を思う。謀臣を愛さず 佞臣を愛す。知り得たり 傾城は内乱に由るを。乱階 全て係はる 未亡人。
※●淀嬪:淀殿 ●木家:木下家、すなわち豊臣家 ●亂階:騒乱の端緒
3-89 《詠近世節女》 大沼枕山
抵死將酬主女恩。誰憐賤婢耐勞勤。手中隻履如椎鐵。加向仇頭重十斤。
《近世節女を詠ず》
死に抵りて 将に酬いんとす 主女の恩。誰か憐まん 賤婢 労勤に耐ふるを。手中の隻履 椎鉄の如く。仇頭に向かって加ふ 重さ十斤。
3-90 《詠近世節女》 大沼枕山
與郞生別斷情緣。養女幽棲節益堅。茶榻自今春寂寞。落花風冷一絲煙。
《近世節女を詠ず》
郎と生別して 情縁を断つ。女を養ひ 幽棲して 節 益〻 堅し。茶榻 今より 春 寂寞。落花 風 冷ややかなり 一糸の煙。
3-91 《華燭引》 中井竹山
戶外初更迓綵輿。靑衣左右笑相扶。雲屛暗處人如蟻。細語新孃認得無。
《華燭引》
戸外 初更 綵輿を迓ふ。青衣 左右 笑って相ひ扶く。雲屛 暗き処 人 蟻の如し。細語す 新嬢 認め得たりや無(イナ)やと。
※●靑衣:賤者の衣、転じて婢女。ここでは花嫁に仕える侍女 ●新孃:花嫁
3-92 《華燭引》 中井竹山
冒絮深深掩玉顏。素裝宛似雪梅寒。蕭郞登席對無語。侍女高擎仙島盤。
《華燭引》
冒絮 深深として 玉顔を掩ふ。素装 宛かも似たり 雪梅の寒きに。蕭郎 席に登って 対して語 無し。侍女 高く擎ぐ 仙島盤。
※●冒絮:冒は帽に同じ、絮は綿。すなわち新婦がかぶる綿帽子 ●素裝:新婦がまとう白無垢 ●蕭郞:もともと蕭氏の若者という意。転じて、愛する男子、夫のことをいう。ここでは新郎のこと ●仙島盤:蓬萊盤のこと。蓬萊山を模した飾りのついた、婚礼の祝い膳や引き出物を乗せる盤
3-93 《華燭引》 中井竹山
畫燭雲屛夜未央。侍兒瞻坐引新孃。傳酒翩翩雙蛺蝶。對筵默默兩鴛鴦。
《華燭引》
画燭 雲屛 夜 未だ央ならず。侍児 瞻坐して新嬢を引く。酒を伝ふ 翩翩たる双蛺蝶。筵に対す 黙黙たる両鴛鴦。
3-94 《相撲》 植村蘆洲
折臂摧胸幾勵精。擘鷹脫兔術方成。天生多力長身者。未必場中第一名。
《相撲》
臂を折り 胸を摧く 幾励精。擘鷹 脱兎の術 方に成る。天生 多力長身の者。未だ必ずしも 場中 第一名ならず。
※●折臂摧胸:相撲の起源とされる野見宿禰と当麻蹴速の一番では、宿禰が蹴速の脇骨を蹴り折り、腰骨を踏み折り、殺害しており、ここでは、それを想起させる語句を用いて、稽古の激しさを表現している
4 詠物
4-1 《櫻》 卷菱湖
山雲濃暖白成堆。幾日晴烘擁不開。忽被驚風掀起去。一團香雪漲空來。
《桜》
山雲 濃暖 白 堆を成す。幾日か晴烘して 擁して開かず。忽ち 驚風に掀げ起こし去られ。一団の香雪 空に漲り来たる。
4-2 《櫻花》 藤森弘庵
牡丹濃豔籠明皇。早被胡塵汙國香。萬古依然天上種。我櫻眞個是花王。
《桜花》
牡丹 濃艶にして 明皇を籠め。早に 胡塵に国香を汚さる。万古 依然たり 天上の種。我が桜は 真個 是れ花王。
※●明皇:唐の玄宗 ●胡塵:夷狄が起こす戦塵。安史の乱を指す
4-3 《詠櫻》 關雪江
東方名種世皆推。海外何曾見一枝。欲識我邦人品美。溫而如玉此花姿。
《桜を詠む》
東方の名種 世 皆な推す。海外 何ぞ曽て 一枝を見ん。我が邦 人品の美を 識らんと欲せば。温にして玉の如き 此の花の姿。
4-4 《戲詠櫻花》 大沼枕山
淸宜春雨豔春晴。絕勝穠紅滿錦城。若使放翁生此土。海棠不愛愛山櫻。
《戯れに桜花を詠む》
清きは 春雨に宜しく 艶なるは 春晴。絶だ勝れり 穠紅の錦城に満つるに。若し 放翁をして 此の土に生ぜしめば。海棠は愛さずして 山桜を愛さん。
※●豔春晴:「豔宜春晴」の「宜」が省略されている ●穠紅:咲き誇る赤い花。海棠を指す ●錦城:錦官城に同じ。蜀の成都 ●放翁:南宋の詩人陸游。蜀に赴任中に成都の海棠を「成都海棠十万株 繁華盛麗天下無」(《成都行》)と詠んだ
4-5 《早櫻》 大窪詩佛
腰肢纖細帶微香。一種風流淡薄妝。好箇報來春信早。西廂記裏小紅娘。
《早桜》
腰肢 繊細にして 微香を帯ぶ。一種の風流 淡薄の粧。好箇 春信を報じ来たること早し。西廂記裏の小紅娘。
※●西廂記:元代の王実甫による戯曲。張生と崔鶯鶯の恋物語 ●紅娘:『西廂記』で二人の恋の仲立ちをする機知に富んだ侍女。愛らしい顔に薄化粧の外見として描かれる
4-6 《晚櫻》 大沼竹溪
晚櫻最是多情樹。婪尾嬌容又一家。故著離離藍樣葉。初開豔豔肉般花。
《晩桜》
晩桜 最も是れ 多情の樹。婪尾の嬌容 又た一家。故より著く 離離たる藍様の葉。初めて開く 艶艶たる肉般の花。
※●婪尾:最後。春の最後を飾るという意味
4-7 《曉櫻》 大窪詩佛
淡淡輕風顚帽紗。征衫露濕欲啼鴉。及攀山上天全曙。看作白雲渾是花。
《暁桜》
淡淡たる軽風 帽紗を顚し。征衫 露 湿ひて 鴉 啼かんと欲す。山に攀じ上るに及んで 天 全く曙け。白雲と看作すは 渾て是れ花。
4-8 《雨櫻》 大窪詩佛
東海佳人肥不癯。爲君論價斗量珠。夢驚香汗透衣濕。幻出驪山出浴圖。
《雨桜》
東海の佳人 肥えて癯せず。君が為めに 価を論ずれば 斗量の珠。夢 驚きて 香汗 衣に透りて湿ほひ。幻出す 驪山出浴の図。
※●斗量:斗ますではかるほど多いこと ●驪山:唐の玄宗が離宮を置いた山。温泉があり、玄宗は楊貴妃とともに屡々行幸した
4-9 《風櫻》 大窪詩佛
滿山春色欲闌時。風拂花邊陣陣吹。萬點翻香散爲雪。卻勝梅蕊爛黏枝。
《風桜》
満山の春色 闌ならんと欲する時。風は花辺を払って 陣陣に吹く。万点 香を翻し 散って雪と為る。却って勝る 梅蕊の爛して枝に粘するに。
4-10 《元旦櫻花》 大沼枕山
春王正月號花王。官柳官梅讓色香。只與扶桑相映立。大東海靜受新陽。
《元旦桜花》
春王正月 花王と号し。官柳 官梅も 色香を譲る。只だ 扶桑と 相ひ映じて立ち。大東海 静かに 新陽を受く。
※●春王正月:『春秋』に出てくる言葉。春正月というに同じ。「王」は周王を指し、周王の正朔を奉じることを示したものだが、ここではかしこまった厳粛な雰囲気を出すために用いている ●官柳・官梅:官庁や官道に植えられた柳・梅 ●扶桑:東海中にあるという伝説の仙山。また日本の別称でもあるが、ここでは前者の意
4-11 《垂絲櫻》 釋六如
海棠顏面柳條腰。此種櫻中偏態饒。日濃風淡倦無力。咲搭欄干自養嬌。
《垂絲桜》
海棠の顔面 柳条の腰。此の種の桜中 偏へに態 饒(オホ)し。日 濃やかに 風 淡くして 倦んで力 無く。咲(ワラ)って 欄干を搭って 自ら嬌を養ふ。
※●垂絲櫻:枝垂れ桜 ●搭:うつ、たたく
4-12 《楊貴妃櫻》 草場珮川
一片芳魂野馬臺。花王叢裏托名來。怜他天寶皇家使。萬里唯攜鈿合回。
《楊貴妃桜》
一片の芳魂 野馬台。花王叢裏 名を托し来たる。怜れむ 他の天宝 皇家の使ひ。万里 唯だ鈿合を携へ回るを。
※●野馬臺:耶馬臺、邪馬臺に同じ。邪馬台国。転じて日本 ●楊貴妃櫻:大輪の淡紅色の八重花を咲かせるサトザクラの品種。江戸時代初めにはすでに記録がある ●天寶皇家使:白居易《長恨歌》の中で、唐の玄宗が楊貴妃の魂を探すために派遣した使者。「天寶」は玄宗時の元号 ●鈿合:螺鈿細工の蓋がついた箱。《長恨歌》で、仙界に転生した楊貴妃から使者が受け取って帰ってきた品
4-13 《瀑布櫻》 齋藤拙堂
山麓花開到絕巓。一條曳白似飛泉。靑蓮居士看何若。銀漢無聲落九天。
《瀑布桜》
山麓より 花 開きて 絶巓に到る。一条 白を曳くこと 飛泉に似たり。青蓮居士 看れば何若ぞ。銀漢 声 無く 九天より落つ。
※●瀑布櫻:滝桜。吉野山のいわゆる上千本で群生する桜。吉水神社からの眺めが有名。底本割注に「在吉水院丘、以形状名」とあり ●靑蓮居士:李白のこと。廬山の瀑布を「飛龍直下三千尺 疑是銀河落九天」と詠んだ
4-14 《隅田櫻花》 龜田鵬齋
長堤十里白無痕。訝似澄江共月渾。飛蝶還迷三月雪。香風吹渡水晶村。
《隅田の桜花》
長堤十里 白 痕 無し。訝る 澄江の月と共に渾たるに似たるを。飛蝶 還た迷ふ 三月の雪。香風 吹き渡る 水晶の村。
※●澄江:澄み切った川。訓読みの「すみえ」が「墨江」と通じるため、隅田川の意味も兼ねる ●渾:底本は「輝」に作るが韻が合わない。他本により改めた
4-15 《大石氏舊宅櫻花爲赤穗河原生》 大槻盤溪
曾執主讐功已多。寧知舊宅屬他家。殘櫻留得當年色。不負忠臣遺愛花。
《大石氏の旧宅の桜花 赤穂の河原の生 為り》
曽て主讐を執るの 功 已に多し。寧んぞ知らん 旧宅の他家に属すを。残桜 留め得たり 当年の色。忠臣 遺愛の花たるに負かず。
※●大石氏:大石内蔵助
4-16 《臥龍梅》 大槻盤溪
映發紅葩與素英。盆栽相競入宮庭。老龍獨抱南陽節。偃臥春風喚不醒。
《臥竜梅》
映発す 紅葩と素英と。盆栽 相ひ競ひて 宮庭に入る。老竜 独り抱く 南陽の節。春風に偃臥して 喚べども醒めず。
※●臥龍梅:地面を這うように枝や幹が伸びる梅の変種。磐渓が仕えた仙台藩の潘祖伊達政宗は朝鮮出兵の際、朝鮮から臥竜梅を持ち帰った。その梅とされる梅が若林城跡(現・宮城刑務所)や瑞巌寺に残っている ●南陽節:南陽に隠棲して守る節操。諸葛孔明が劉備の三顧の礼を受けるまで出仕することなく、南陽に隠棲していたことを指す。出庵前の孔明は「伏竜」の異名で知られていた
4-17 《龜井戶菅廟藤花》 野田笛浦
滿架花開廟北隅。桑枝弱蔓影相鋪。君看右府當時恨。終被藤家紫奪朱。
《亀井戸菅廟の藤花》
満架 花 開く 廟の北隅。桑枝 弱蔓 影 相ひ舗く。君 看よ 右府 当時の恨み。終に 藤家の紫に朱を奪はる。
※●龜井戶菅廟:亀戸天神。盛りの時期には境内を染め尽くす藤の花で有名 ●右府:右大臣。菅原道真のこと ●藤家:藤原氏 ●紫奪朱:間色の紫が正色の朱よりも艶美なため世人に悦ばれることから、佞者の耳障りのよい弁が用いられ正士が疎んぜられることをたとえる。『論語』陽貨篇の「子曰、悪紫之奪朱也」に基づく。
4-18 《棣棠》 龜田鵬齋
學士休言文選爛。春花還作菊花吟。靑條叢翠君無誤。個個黃葩如散金。
《棣棠》
学士 言ふを休めよ 文選の爛たるを。春花 還って作す 菊花の吟。青条 叢翠 君 誤ること無かれ。個個の黄葩 散金の如し。
※●棣棠:山吹
4-19 《枕岸棣棠》 菊池五山
紅紫已非時世妝。春風一樣換宮黃。萬畦塗抹菜花遍。更就池邊染棣棠。
《岸に枕する棣棠》
紅紫 已に時世の粧に非ず。春風 一様に 宮黄に換ふ。万畦 塗抹して 菜花 遍く。更に池辺に就いて 棣棠を染む。
※●時世妝:流行のメイク ●宮黃:女性が額に描いた黄色の模様、またそのような化粧
4-20 《子明家園連翹》 馭風樓
金花滿架挂春光。百尺垂條拂地長。風暖鶯梭聲斷續。碧紗窗外織流黃。
《子明が家園の連翹》
金花 架に満ちて 春光を挂く。百尺の垂条 地を払って長し。風 暖かに 鶯梭 声 断続し。碧紗窓外 流黄を織る。
※●鶯梭:枝の間を縫うようにして飛び交う鶯を、機織りの梭(杼)の動きにたとえた言葉 ●碧紗:緑のカーテン。底本は「碧沙」に作るが意味から考えて明らかに誤植のため改めた ●流黄:もえぎ色の絹布。留黄とも
4-21 《卯花》 植村蘆洲
晶簾雨過月華涼。鵑外籬叢認淨芳。恍訝馴遊梁苑夢。雪衣猶惹御爐香。
《卯の花》
晶簾 雨 過ぎて 月華 涼し。鵑外の籬叢 浄芳を認む。恍として訝る 梁苑の夢に馴遊するかと。雪衣 猶ほ惹く 御炉の香。
※●梁苑:漢代、梁の孝王が造築した豪華な庭園。南朝・宋の謝恵連が《雪賦》で、梁王と文人たちが雪を愛でる様子を描いたことから雪と縁が深い。
4-22 《窖花》 鹽田隨齋
紅紫般般破莟新。只言花戶巧偸春。冰枯雪槁已含氣。窖藏爭如樹藏眞。
《窖花》
紅紫 般般 莟を破って新たなり。只だ言ふ 花戸 巧みに春を偸むと。氷枯雪槁 已に気を含む。窖蔵 争んぞ如かん 樹蔵の真に。
※●窖花:温室で咲かせた花。底本には「ムロザキノハナ」と振り仮名をつける ●樹藏眞:花樹自身の中にかくされた真の力。底本割注に「順正理論、樹藏謂樹心也」とあり
4-23 《唐花》 菊池五山
一枝未遞江南信。驚怪嬌紅入眼新。咄咄花兒有機智。偸他桃杏隔年春。
《唐花》
一枝 未だ逓ぜず 江南の信。驚怪す 嬌紅の眼に入って新たなるを。咄咄 花児に 機智 有り。偸む 他の桃杏 隔年の春。
※●唐花:温室などで咲かせた花。底本には「ムロザキノハナ」と振り仮名あり ●咄咄:意外さに驚く声のさま
4-24 《唐花》 梁川星巖
已放桃花又海棠。般般春色窖中藏。園丁欲壓老韓筆。補裨化工恁地忙。
《唐花》
已に桃花を放ちて 又た海棠。般般の春色 窖中に蔵す。園丁 圧せんと欲す 老韓の筆。化工を補裨して 恁地に忙し。
※●唐花:温室などで咲かせた花 ●老韓:中唐の詩人韓愈 ●恁地:このように、あのように
4-25 《春楓》 辻元崧庵
簷滴無聲雨似絲。捲簾坐愛軟風吹。誰知小杜紅於句。翻在春園嫩葉時。
《春楓》
簷滴 声 無く 雨 糸に似たり。簾を捲いて 坐ろに愛す 軟風の吹くを。誰か知らん 小杜 紅於の句。翻って 春園 嫩葉の時に在るを。
※●小杜:晩唐の詩人杜牧 ●紅於:「霜葉紅於二月花」の句
4-26 《歲暮松》 菊池五山
蒼官歲晚最精神。風雪山中不記春。卻恨斧斤人伐出。搬來城市染紅塵。
《歳暮の松》
蒼官 歳晩 最も精神なり。風雪の山中 春を記せず。却って恨む 斧斤の人の伐り出だし。城市に搬び来たって 紅塵に染まるを。
※●歲暮松:歳の暮れの松。底本割注に「和歌題」とあり ●蒼官:松の異名
4-27 《黃楊》 大窪詩佛
誰道黃楊厄閏年。纖枝細葉總欣欣。不妨俗匠伐爲櫛。長爲佳人刷鬢雲。
《黄楊》
誰か道ふ 黄楊 閏年に厄せらるると。繊枝 細葉 総て欣欣たり。妨げず 俗匠の伐って櫛と為すを。長(トコシ)へに 佳人の為めに鬢雲を刷かん。
※●黄楊:ツゲ。ツゲ科の常緑低木。緻密で堅い材のため、印章や櫛に加工される ●厄閏年:ツゲは毎年一寸しか伸びず、うるう年には逆に三寸縮むといい、これを「黃楊厄」という
4-28 《新樹》 菊池五山
澹沱薰風吹雨收。園林競秀綠陰稠。何人新製瑠璃障。遮住前山不入樓。
《新樹》
澹沱たる薫風 雨を吹き収め。園林 秀を競ひて 緑陰 稠し。何人か 新たに製す 瑠璃の障。前山を遮り住めて 楼に入らしめず。
※●新樹:初夏の若葉が生い茂る木々。底本割注に「和歌題」とあり ●障:ついたて
4-29 《福壽草》 菊池五山
小草春抽第一科。磁盆寵得養陽和。黃金散盡無人賞。還與胡蘿不較多。
《福寿草》
小草 春に抽んづ 第一科。磁盆 寵し得て 陽和を養ふ。黄金 散じ尽くせば 人の賞する無く。還って胡蘿と 多を較べず。
※●胡蘿:胡蘿蔔。西洋人参。福寿草は花が散ったあと、西洋人参に似た葉を広げるが、食用になる人参と異なり、全草に有毒成分を含有する
4-30 《福壽草》 植村蘆洲
元是陶家一種芳。野人籬落駐春長。朱門別給新禧贈。小草名兼福壽祥。
《福寿草》
元 是れ 陶家 一種の芳。野人の籬落 春を駐めて長し。朱門 別に給す 新禧の贈。小草 名は兼ぬ 福寿の祥。
※●陶家:陶淵明のこと。福寿草は別名を「献歳菊」ともいい、陶淵明は菊を愛した詩人の代表であることから ●新禧:新年の慶び
4-31 《紫雲英》 植村蘆洲
曾飄紫袖舞靑春。態妙雲英掌上身。如今又試東郊步。抽得蓮花到處匀。
《紫雲英》
曽て紫袖を飄して 青春に舞ふ。態は妙なり 雲英 掌上の身。如今 又た試む 東郊の歩。蓮花を抽し得て 到る処 匀し。
※●紫雲英:レンゲソウ。底本には「レンゲソウ」と振り仮名あり ●雲英:唐代、鍾陵の名妓の名 羅隠《偶題》「鍾陵醉別十餘春 重見雲英掌上身」
4-32 《詠路傍草花》 遠山雲如
井字田塍雨乍晴。春風開遍紫雲英。村姑也做潘妃樣。小小蓮花趁步生。
《路傍の草花を詠ず》
井字の田塍 雨 乍ち晴れ。春風 開き遍し 紫雲英。村姑も也た做す 潘妃の様。小小の蓮花 歩を趁って生ず。
※●田塍:田んぼの畦 ●紫雲英:レンゲソウ ●潘妃:南朝斉の東昏侯の寵姫。王が地面に金で作った蓮の花を敷き、その上を彼女に歩かせて「歩歩 蓮華を生ず」と喜んだという「金蓮歩」の故事が有名
4-33 《箭頭草》 植村蘆洲
羽葉笴莖春更稠。相逢野雉莫深愁。近無獵騎執弓去。紫繡已能埋箭頭。
《箭頭草》
羽葉 笴茎 春 更に稠なり。相ひ逢ふ野雉 深く愁ふる莫かれ。近ごろ 猟騎の弓を執り去(ユ)く無し。紫繡 已に能く 箭頭を埋む。
※●箭頭草:スミレ。底本に「スミレ」と振り仮名あり ●羽葉笴茎:矢羽のような葉と、矢の柄(笴)のような茎 ●紫繡:紫色の刺繍。矢柄のような茎の先をつつむように咲くスミレの花のこと
4-34 《燕子花》 門田卜齋
識個前身栖畫梁。卻無一語說興亡。滿池花影風吹動。惟解映波時頡頏。
《燕子花》
識る 個の前身 画梁に栖みしを。却って一語の興亡を説くも無し。満池の花影 風 吹き動き。惟だ解く 波に映じて 時に頡頏す。
※●燕子花:カキツバタ。底本に「カキツバタ」と振り仮名あり ●頡頏:鳥が飛び上がったり、飛び下がったりすること
4-35 《胡蝶花》 菅茶山
嫩葉輕葩似欲翻。可憐韓蝶入香根。宋臺春晚東風急。開著幽花又斷魂。
《胡蝶花》
嫩葉 軽葩 翻らんと欲するに似たり。憐れむべし 韓蝶 香根に入るを。宋台 春晩 東風 急に。幽花を開き著けて 又た断魂。
※●胡蝶花:シャガ(射干、著莪)。アヤメ科の花 ●韓蝶:戦国時代、宋の康王の舎人韓憑は妻を王に奪われて自殺し、妻もまた後を追って自殺した。一説に、二人は死後、蝶に化したという
4-36 《洛陽花》 太田錦城
可憐媚嫵小欄中。意態依稀石竹同。休道春歸芳事歇。洛陽花節屬薰風。
《洛陽花》
可憐なる媚嫵 小欄の中。意態 依稀として 石竹に同じ。道ふを休めよ 春 帰りて 芳事 歇むと。洛陽花節 薫風に属す。
※●洛陽花:ナデシコ。底本に「ナデシコ」と振り仮名あり ●石竹:セキチク。ナデシコ科の多年草
4-37 《洛陽花》 市河米庵
細繒剪出簇紅霞。千瓣重臺豔更加。至境金錢籬落物。繁華何似洛陽花。
《洛陽花》
細繒 剪り出だして 紅霞を簇す。千弁の重台 艶 更に加はる。至境 金銭は籬落の物。繁華 何ぞ似ん 洛陽花。
※●重臺:複瓣の花 ●金錢:金銭花。キンセンカ
4-38 《瞿麥》 菊池五山
好向僧家托此身。瞿曇同姓定前因。只言脂粉損眞相。誰識麗容元絕塵。
《瞿麦》
好んで 僧家に向かって 此の身を托す。瞿曇 姓を同じくするは 定めし前因。只だ言ふ 脂粉 真相を損なふと。誰か識らん 麗容 元より塵を絶するを。
※●瞿麥:底本に「ナデシコ」と振り仮名あり。和歌などで女性のたとえとして用いられてきた ●瞿曇:ゴータマ(Gautama)の音訳。釈迦の姓
4-39 《牽牛花》 市河米庵
灌養家家勝舊時。小盆各種鬭新姿。人工奪取天工妙。紫白紅黃幻出奇。
《牽牛花》
灌養 家家 旧時に勝り。小盆の各種 新姿を闘はす。人工 奪取す 天工の妙。紫白紅黄 幻出して奇なり。
※●牽牛花:底本にアサガオと振り仮名あり ●勝舊時:江戸時代の日本では朝顔の栽培がさかんで、突然変異を利用した交配技術が経験的に磨かれ、特殊で珍しい色や形を持つ「変化朝顔」を生み出す品種改良が競われた
4-40 《胡枝花》 菊池溪琴
夢游昨夜謁虛皇。弄笛歸來騎白凰。玉女機頭秋錦冷。天風吹落一團香。
《胡枝花》
夢に游んで 昨夜 虚皇に謁し。笛を弄し 帰り来たりて 白凰に騎る。玉女の機頭 秋錦 冷ややかに。天風 吹き落とす 一団の香。
※●胡枝花:底本に「ハギ」と振り仮名あり ●虛皇:天上の神。天帝 ●玉女:仙女
4-41 《胡枝花》 植村蘆洲
薄命佳人寄梵家。柔荑日拂佛幢霞。秋風一曙生天去。石上唯留落帚花。
《胡枝花》
薄命の佳人 梵家に寄り。柔荑 日〻 払ふ 仏幢の霞。秋風 一曙 天に生じ去り。石上 唯だ留む 落帚の花。
※●胡枝花:萩の花 ●柔荑:やわらかなつばな。やさしい女子の手の比喩
4-42 《白胡枝》 藤井竹外
吹落銀河浪一堆。忽然怒立忽然頹。天明始認西風底。千縷胡枝花盡開。
《白胡枝》
吹き落とす 銀河の浪一堆。忽然として怒り立ち 忽然として頽る。天明 始めて認む 西風の底。千縷の胡枝花 尽く開くを。
※●白胡枝:白萩
4-43 《雨中萩 和歌題》 菊池五山
胡枝花發亂成叢。勾引遊人蹊自通。一雨黃昏秋冷淡。嬌容卻在濕紅中。
《雨中の萩 和歌題》
胡枝花 発き 乱れて叢を成し。遊人を勾引して 蹊 自づから通ず。一雨 黄昏 秋 冷淡。嬌容 却って 湿紅の中に在り。
※●濕紅:雨に濡れた赤い花
4-44 《名所萩 和歌題》 菊池五山
柔枝裊娜得風輕。一雨初過返照明。膩紫嬌紅秋滿野。直將宮錦裹宮城。
《名所の萩 和歌題》
柔枝 裊娜として 風を得て軽し。一雨 初めて過ぎて 返照 明らかなり。膩紫 嬌紅 秋野に満ち。直ちに宮錦を将って 宮城を裹む。
※●名所萩:ここでは歌枕になっている「宮城野の萩」を詠んでいる ●宮錦:宮中に貯え、使用する錦。「宮城野」という地名が「宮城」を含むことから連想して、萩の花をたとえたもの
4-45 《行路萩 和歌題》 六如
萬叢紫豔擁宮城。原路人歸老鹿鳴。白露秋風悟浮世。古來唯有一西行。
《行路の萩 和歌題》
万叢の紫艶 宮城を擁す。原路 人 帰れば 老鹿 鳴く。白露 秋風 浮世を悟るは。古来 唯だ有り 一西行。
※●宮城:萩の名所として歌枕になっていた「宮城野」 ●西行:西行は「行路草花」と題する歌で「折らで行く袖にも露ぞこぼれける萩の葉しげき野邊の細道」と萩を詠んでいる
4-46 《雨中菖蒲 和歌題》 六如
家家插戶答佳辰。雨裏靑莖久更新。聖代無人嘆獨醒。爭和壽斝嚥芳津。
《雨中の菖蒲 和歌題》
家家 戸に挿して 佳辰に答へ。雨裏の青茎 久しく更新。聖代 人の独醒を嘆く無し。争でか 寿斝と和(ワ)して 芳津に嚥(ノ)まん。
※●獨醒:楚の屈原が「世を挙げて皆濁りて、我独り清めり」と嘆いた故事による。伝説上、端午の節句は屈原を弔うために始まったとされる ●壽斝:長寿を祝うさかずき
4-47 《吉祥草爲友人》 菅茶山
托根幽處鎭凌寒。不似芳叢逐日殘。能避紛華守吾業。人閒自有吉祥蘭。
《吉祥草もて 友人と為す》
根を幽処に托して 鎮(ツネ)に寒を凌ぎ。芳叢の 日を逐ひて 残するに似ず。能く 紛華を避けて 吾が業を守るは。人間 自づから 吉祥蘭 有り。
※●吉祥草:スズラン亜科の常緑多年草、キチジョウソウ。秋に淡紫色の花をつける ●吉祥蘭:吉祥草の異名
4-48 《小盆萬年靑》 大窪詩佛
雙雙舒葉綠伶仃。恰似翠禽梳兩翎。非是壺公別天地。何能貯得萬年靑。
《小盆の万年青》
双双 葉を舒べて 緑 伶仃たり。恰も似たり 翠禽の 両翎を梳るに。是れ 壺公の別天地に非ざるに。何ぞ 能く 貯へ得たる 万年の青。
※●萬年靑:底本に「オモト」と振り仮名あり。スズラン亜科の常緑多年草。古くから人気の園芸植物で、江戸時代以降、投機の対象となるほどの高値のつくブームが何度も起きた ●壺公別天地:後漢のとき、市場に薬売りの翁がおり、毎日、市が終わると店頭の壺の中に入っていった。これに気付いた男が翁と仲良くなり、一緒に壺の中に入れてもらったところ、そこは別天地の仙境であったという
4-49 《葛西春菘》 六如
甘脆菘心飽雪霜。迎春細蕾裹微黃。便和芥子下鹽豉。一段精神裂鼻香。
《葛西春菘》
甘脆なる菘心 雪霜に飽き。春を迎へて 細蕾 微黄を裹む。便ち 芥子に和して 塩豉を下せば。一段 精神にして 鼻を裂きて香る。
※●葛西:武蔵国葛飾郡。中世までは下総国葛飾郡の西半分に相当したので葛西と呼ばれていたが、江戸時代初めに武蔵国に移管された。現在の東京都葛飾区・江戸川区を中心とする地域に当たるが、当時は農村地帯だった ●春菘:底本では「春菘」の二字にまたがるように「ナ」と振り仮名があるので、題全体で「葛西菜」となる。すなわち現在の小松菜のこと。 ●芥子:からしなの実、辛子 ●塩豉:味噌納豆のたぐい
4-50 《女山大蘿蔔》 草場珮川
休詫鎭州蘿蔔頭。女山名種大專牛。村鄰有個饞夫子。肚裏年年領幾疇。
《女山大蘿蔔》
詫ぶるを休めよ 鎮州の蘿蔔頭。女山の名種 大なること 牛を専らにす。村隣 個の饞夫子 有り。肚裏 年年 幾疇かを領す。
※●女山大蘿蔔:女山大根。旧・女山村(現・佐賀県多久市)を中心に栽培されてきた伝統野菜。大きいものでは重さ10kg以上になる巨大な大根 ●鎭州蘿蔔頭:『碧巌録』第三十則に、ある僧からの「南泉禅師にお会いになったというのは本等ですか」という質問に対する趙州従諗の回答として「鎭州出大蘿葡頭」とあり、鎮州は大きな大根の産地として知られていた ●專牛:牛でしか運べないということ。女山大根には「牛に大根4本を背負わせて殿様に献上した」というエピソードが伝わる
4-51 《筆頭菜》 六如
紫芽戢戢筆頭如。智永塚邊膏雨餘。無限春愁爭寫得。依前禿盡老中書。
《筆頭菜》
紫芽 戢戢として 筆頭如たり。智永が塚辺 膏雨の余。無限の春愁 争でか 写し得ん。前に依りて 禿げ尽くす 老中書。
※●筆頭菜:ツクシ ●戢戢:集まり寄るさま ●智永:南朝・陳の時代の僧・書家。王羲之七世の孫。使い古した筆を土に埋め、退筆塚と称した ●老中書:年老いた中書君。中書君は擬人化した筆の異名。韓愈の《毛穎傳》による
4-52 《栗菌》 館柳灣
瓦銚塼罏木葉焚。戛羹盈室有奇芬。仙家恐可無斯法。帶雨朝烹一朵雲。
《栗菌》
瓦銚 塼罏 木葉 焚く。戛羹 室に盈ちて 奇芬 有り。仙家も恐らくは 斯の法 無かるべし。雨を帯びて 朝に烹る 一朶の雲。
※●栗菌:底本には「菌」に「タケ」と振り仮名し、割注に「又名舞蕈」とあり。しかし、クリタケとマイタケは別種であり、この詩がどちらのキノコを詠んでいるのか定かではない ●戛羹:羹を烹る釜の空になった底を杓でたたく音。漢の高祖劉邦が貧しかったとき、兄の家に押しかけて羹を食べさせてもらっていたが、兄嫁がこれを嫌がり、釜の底をたたいて空になったことをアピールしたことから、兄嫁を指す語としても用いるが、ここでは本来の釜をたたく音の意味であろう
4-53 《秧鷄》 館柳灣
短宵格格苦催明。憐汝田閒應候鳴。但恐農翁殘夢底。聽爲租吏打門聲。
《秧鶏》
短宵 格格 苦だ明を催す。憐れむ 汝が田間に候に応じて鳴くを。但だ恐る 農翁 残夢の底。聴いて 租吏の門を打つ声と為すを。
※●秧鷄:底本には「クヒナ」と振り仮名あり。クイナ。ただし、日本の古典文学に詠まれる「くひな」は正確にはヒクイナである
4-54 《雲雀》 六如
軟日柔風悅鳥情。仰頭遙聽入雲聲。知他正有箋天事。應爲芳時乞一晴。
《雲雀》
軟日 柔風 鳥情を悦ばしむ。頭を仰いで 遥かに聴く 雲に入るの声。知る 他の 正に天に箋する事 有るを。応に 芳時の為めに 一晴を乞ふべし。
※●雲雀:底本「ヒバリ」と振り仮名あり
4-55 《吿天子》 菊池五山
野煙初暖散朝陰。茶褐衣輕春已深。決起寸揚三四尺。帶聲徑上幾千尋。
《告天子》
野煙 初めて暖かにして 朝陰 散ず。茶褐の衣 軽くして 春 已に深し。決起して 寸(ワヅ)かに揚がる 三四尺。声を帯びて 径ちに上がる 幾千尋。
※●吿天子:底本「ヒバリ」と振り仮名あり
4-56 《吿天子》 菊池五山
看看仰面眼將穿。午日薰人笠影圓。飛最高時乍相失。聲微杳在彩雲邊。
《告天子》
看看 面を仰ぎて 眼 将に穿たんとす。午日 人を薫じて 笠影 円かなり。飛ぶこと 最も高き時 乍ち相ひ失ふ。声 微かにして 杳として在り 彩雲の辺。
※●仰面:顔を上に向ける、仰ぎ見る
4-57 《吿天子》 菊池五山
一身容易下雲梯。叫罷天閽日未低。斜落籬閒無覓處。偶然認得菜花西。
《告天子》
一身 容易に 雲梯を下る。叫び罷んで 天閽 日 未だ低からず。斜めに落ちて 籬間に覓むる処 無く。偶然 認め得たり 菜花の西。
※●雲梯:雲まで届く高いはしご。また、仙人が上り下りする雲のはしご ●天閽:天の門、また天
4-58 《千鳥 和歌題》 皆川淇園
細羽翎毛各有文。霜洲雪渚動成羣。夜深更似情尤切。風際哀呼徹曉聞。
《千鳥 和歌題》
細羽 翎毛 各〻 文 有り。霜洲 雪渚 動(ヤヤ)もすれば群を成す。夜 深くして 更に似たり 情 尤も切なるに。風際の哀呼 暁に徹して聞く。
※●成羣:古来、和歌では、千鳥の群れが詠むものの孤独感を強める存在とされた
4-59 《千鳥 和歌題》 六如
荒灣野水寄微生。千隊嘈嘈不住鳴。直置老來睡難熟。月斜霜白二三更。
《千鳥 和歌題》
荒湾 野水 微生を寄せ。千隊 嘈嘈として 鳴くを住(ヤ)めず。直置 老来 睡り 熟し難し。月 斜めに 霜 白し 二三更。
※●直置:ただ、の意。ここでは「ただでさえ」という意味合いであろう
4-60 《寒夜千鳥 和歌題》 六如
獸炭添爐夜尙寒。暗知細雪灑林巒。眾禽報曉胡雲重。噪入回風往復還。
《寒夜千鳥 和歌題》
獣炭 炉に添へて 夜 尚ほ寒し。暗に知る 細雪の林巒に灑ぐを。衆禽 暁を報じて 胡雲 重く。回風に噪ぎ入って 往き復た還る。
※●獸炭:炭を粉にして獣の形に作ったもの、あるいは、獣骨を焼いて炭にしたもの
4-61 《河千鳥 和歌題》 菊池五山
小禽幾隊度霜旻。風冷去來千苦辛。河上翺翔知底事。當年猶想賦淸人。
《河千鳥 和歌題》
小禽 幾隊か 霜旻を度る。風 冷やかに 去来す 千苦辛。河上に翺翔するは 知んぬ 底事ぞ。当年 猶ほ想ふ 清人を賦すを。
※●淸人:『詩経』鄭風の篇名。鄭の文公が気に入らない家臣を遠ざけるため、清邑の人(清人)を率いさせて国境防衛に当たらせ、「河上に翺翔」せしめ、長らく呼び戻さなかった。結局、兵は離散し、その家臣は亡命した。鄭の人はこのことを諷刺して「清人」を賦したという
4-62 《春駒 和歌題》 六如
新齒纔齊未當馱。春風草軟戲平坡。他時倩汝踏花去。莫厭少游隨伏波。
《春駒 和歌題》
新歯 纔かに斉ひて 未だ駄に当たらず。春風 草 軟らかに 平坡に戯る。他時 汝を倩って 花を踏み去(ユ)かん。少游を厭ひて伏波に随ふこと莫れ。
※●纔齊:生えそろったばかり ●少游:後漢の伏波将軍馬援の従弟。馬援に向かって「生まれて一世、ただ衣食わずかに足れば十分」と語った ●伏波:後漢の伏波将軍馬援。光武帝に仕えてベトナム北部を平定するなど軍功を挙げ、最後も陣中で没した。「馬革を以て屍を裹む」という言葉でも有名
4-63 《野春駒 和歌題》 菊池五山
野坰煙暖草萋萋。自在春風任碧蹄。太勝天街金絡首。朝朝立仗仰宮奚。
《野春駒 和歌題》
野坰 煙 暖かにして 草 萋萋たり。自在の春風 碧蹄に任す。太だ勝る 天街の金絡首。朝朝 仗に立ちて宮奚を仰ぐに。
※●金絡首:金絡頭に同じ。黄金作りのおもがい ●立仗:儀仗を設けること。儀仗に並べる馬を立仗馬といい、声をあげるとすぐに退けられることから、官吏が保身のために気を使って思ったことを口にできないことのたとえとしても用いられる ●宮奚:宮中ではたらく下男
4-64 《駱駝》 菊池五山
跼蹐西來萬里餘。廟堂無路負當初。知風知水渾閒事。只解看錢博幾車。
《駱駝》
跼蹐して 西より来ること 万里の余。廟堂 路 無く 当初に負く。風を知り 水を知るも 渾て間事。只だ解く 看銭 幾車を博する。
※●跼蹐:天にせぐくまり地にぬきあしする。身の置き所もなくちぢこまること ●看錢:見せ物の観覧料 ●博幾車:車何台分をかせぐのか
4-65 《松魚》 大窪詩佛
新味初來上店時。萬錢爭買貴珠璣。吳人謾道鱸魚美。誰爲鱸魚典卻衣。
《松魚》
新味 初めて来たりて店に上る時。万銭 争い買ふこと 珠璣より貴し。呉人 謾りに道ふ 鱸魚の美を。誰か 鱸魚の為めに衣を典却せしや。
※●松魚:底本に「カツホ」と振り仮名あり。鰹 ●吳人:秋風を見て故郷・呉郡の鱸の美味を思い出して官職を辞した張翰の故事による ●典卻:質に入れてしまう
4-66 《白小魚》 大窪詩佛
一寸銀絲好膾材。擧罾潑剌雪花摧。小魚亦愛春光好。直遡落花流水來。
《白小魚》
一寸の銀糸 好膾材。罾を挙ぐれば 潑剌として 雪花 摧く。小魚も亦た愛す 春光の好きを。直ちに 落花流水を遡り来たる。
※●白小魚:底本に「シラウホ」と振り仮名あり ●罾:よつであみ
4-67 《大刀魚》 柏木如亭
吶喊聲消天日麗。波濤海靜太平初。折刀百萬沈沙去。一夜東風盡作魚。
《太刀魚》
吶喊の声 消えて 天日 麗かなり。波濤 海 静かなり 太平の初め。折刀 百万 沙に沈み去り。一夜 東風 尽く魚と作る。
※●大刀魚:タチウオ ●吶喊:戦いの鬨の声
4-68 《海參》 菅茶山
生在東溟萬里濤。微軀何得伴鯨鼇。可憐一入枯魚肆。鬻向唐山價始高。
《海参》
生まれて 東溟 万里の濤に在り。微軀 何ぞ得ん 鯨鼇に伴ふを。憐れむべし 一たび枯魚の肆に入れば。鬻がれて唐山に向(オ)いて 価 始めて高きを。
※●海參:底本に「イリコ」と振り仮名あり。干しナマコのこと
4-69 《詠平家蟹》 釋梅癡
豪華淘去浪悠悠。蘆荻叢邊浸古愁。今日英魂歸郭索。腥風怪雨海莊秋。
《平家蟹を詠ず》
豪華 淘(サラ)ひ去って 浪 悠悠たり。芦荻叢辺 古愁を浸す。今日 英魂 郭索に帰す。腥風 怪雨 海荘の秋。
※●平家蟹:ヘイケガニ。甲の模様が人間の怒りの表情に似る、さらに瀬戸内海や九州沿岸に多いことから、壇ノ浦でほろんだ平家の亡霊が乗り移ったという伝説がある ●郭索:蟹がガサガサと動く形容。転じて蟹の異名
4-70 《多賀城古瓦硯》 市河寬齋
未央銅雀是吾徒。藝圃功勳休道無。請看一千年外事。邊霜城上睨强胡。
《多賀城の古瓦硯》
未央 銅雀 是れ吾が徒。芸圃の功勲 無しと道ふ休かれ。請ふ看よ 一千年外の事。辺霜 城上 強胡を睨む。
※●多賀城:陸奥国にあった古代城柵。陸奥国府や鎮守府が置かれ、古代における東北地方統治の中心だった。江戸時代には仙台藩の学者らによ城跡の調査により礎石や瓦などが発見された ●瓦硯:瓦から作った硯 ●未央:未央宮。漢代の宮殿。その屋根瓦は後世、硯を作るのに珍重された ●銅雀:銅雀台。魏の曹操が鄴に築いた楼台。その瓦を硯にしたものは「銅雀硯」として有名
4-71 《詩筒》 六如
寫將吟緖著郵筒。一唱一酬西又東。兩節閒容盈尺地。江雲渭樹在其中。
《詩筒》
吟緒を写し将って 郵筒に著く。一唱 一酬 西 又た東。両節の間に容る 盈尺の地。江雲 渭樹 其の中に在り。
※●詩筒:詩を入れる竹の筒 ●盈尺:尺に盈ちる。一尺余り ●江雲渭樹:お互いのいる地が遠く隔たっていること。遠く離れた友を思う気持ちの象徴的表現 杜甫《春日憶李白》「渭北春天樹 江東日募雲」
4-72 《詠大石氏杯》 大沼枕山
森嚴酒令數條成。眾飮分明有典型。知是行杯如唱義。斷然一擧不容停。
《大石氏の杯を詠ず》
森厳なる酒令 数条 成る。衆飲 分明に 典型 有り。知る是れ 杯を行ふこと 義を唱ふるが如きを。断然 一挙 停むるを許さず。
※●大石氏:大石内蔵助 ●酒令:酒席で行う遊びなどの規則 ●典型:手本 ●行杯:杯をみなで回して飲むこと
4-73 《詠大石氏杯》 關雪江
一巡卌士醉皆霑。酒令嚴於軍令嚴。最是復讐風雪夜。此杯眾裏要先拈。
《大石氏の杯を詠ず》
一巡 卌士 酔ひ 皆な霑ふ。酒令は 軍令の厳なるよりも厳なり。最たるは是れ 復讐 風雪の夜。此の杯 衆裏 先づ拈ずるを要す。
※●卌士:四十人の士。赤穂四十七士
4-74 《梅符》 村上佛山
自在天神可敬哉。靈符徧布四方來。一翻調鼎和羹手。今日濟民還是梅。
《梅符》
自在の天神 敬すべきかな。霊符 徧く四方に布き来たる。一たび翻す 調鼎 和羹の手。今日 民を済ふは 還た是れ梅。
※●調鼎:飲食を調理することから転じて、宰相が国家を治めることをいう ●和羹:味を調和して作った羹、転じて政務をとりおこなう宰相
4-75 《大佛錢》 草場珮川
誰把毘盧遮那身。鎔成無數小眞人。爾來白水流天下。餘澤難霑唯赤貧。
《大仏銭》
誰か 毘盧遮那の身を把って。鎔かし成す 無数の小真人。爾来 白水 天下に流るるも。余沢 霑ほし難きは 唯だ赤貧。
※●大佛錢:寛永通宝の異称。豊臣氏が建立した方広寺の大仏を鋳つぶした銅を原料に用いたことから ●白水:二字を合わせて「泉」、銭・貨幣のことをいう
4-76 《大佛錢》 草場珮川
曾鑄金人是物妖。漫言兵氣待渠銷。化爲阿堵眞英斷。平賊況能扶聖朝。
《大仏銭》
曽て金人を鋳るは 是れ物妖。漫りに言ふ 兵気 渠を待って銷さんと。化して 阿堵と為すは 真の英断。賊を平らげ 況や 能く聖朝を扶くるをや。
※●金人:仏像のこと ●阿堵:これ、この、このもの、の意。転じて銭の異名。王衍が銭を指して「このもの」と言った故事から
4-77 《須磨琴》 牧野默庵
緩擪輕攏夜向深。一絃能具七絃音。松風村雨仍盈耳。想見當年謫客心。
《須磨琴》
緩やかに擪(オサ)へ 軽やかに攏(オサ)へて 夜 深きに向かふ。一絃 能く具(ソナ)ふ 七絃の音。松風 村雨 仍ほ耳に盈つ。想ひ見る 当年 謫客の心。
※●須磨琴:在原行平が須磨に蟄居していた際、浜辺の流木に一本の弦を張って弾いたという伝説に由来する一絃琴 ●松風・村雨:須磨で行平の愛人となった姉妹の名と、自然の松風・村雨の意をかける
4-78 《須磨琴》 廣瀨靑村
繰出松風村雨歌。玲瓏一柱小雲和。希音縹緲眞天籟。妙趣元來不在多。
《須磨琴》
繰り出だす 松風 村雨の歌。玲瓏たる一柱 小雲和。希音 縹緲として 真に天籟。妙趣 元来 多には在らず。
※●雲和:琴材を産出する山の名。転じて琴のこと ●不在多:(絃の)数の多さにはない
4-79 《紙鳶》 賴杏坪
湘筠爲骨紙爲膚。瑩淨塵埃一點無。縱使鴟鳴向天際。不因腐鼠嚇鵷雛。
《紙鳶》
湘筠 骨と為し 紙 膚と為す。瑩浄として塵埃 一点も無し。縦ひ 鴟をして 天際に向かって鳴かしむるも。腐鼠に因って鵷雛を嚇すにあらず。
※●瑩淨:つやがあって清らかなこと ●鴟:トビ ●不因腐鼠嚇鵷雛:『荘子』秋水篇の故事による。鵷雛(鳳凰の類)が通りかかった際、腐ったネズミを食べていたトビが、それを奪われると思って威嚇したという話
4-80 《風箏》 草場珮川
乍疑廣樂起鈞天。非樂風箏雲外懸。莫謂飄颻未如意。凌雲只賴一絲牽。
《風箏》
乍ち疑ふ 広楽の鈞天に起こるかと。楽に非ずして 風箏 雲外に懸かる。謂ふ莫かれ 飄颻として 未だ意の如くならずと。雲を凌ぐは 只だ一糸の牽くに頼る。
※●風箏:風で音を出す鳴り物をつけた凧 ●廣樂起鈞天:「鈞天広楽」は鈞天(天の中央、天帝の宮)で演奏される音楽
4-81 《道中雙六》 藤森弘庵
太平歲月奉春王。百里行程不裹糧。兒戲何人寓深意。葵心都向九陽光。
《道中双六》
太平の歳月 春王を奉じ。百里の行程 糧を裹まず。児戯 何人か 深意を寓せる。葵心 都て向かふ 九陽の光。
※●道中雙六:江戸から京都までの宿場町を舞台にしたすごろく ●春王:正月。『春秋』の「元年、春、王正月。」に基づく ●九陽:日の出るところ、また太陽。ここでは京の都のこと
4-82 《忍冬酒》 草場珮川
山花采采爛金銀。甘露和將堪釀春。肯許羽仙私美祿。享天一味醇乎醇。
《忍冬酒》
山花 采采として 金銀 爛たり。甘露 和し将って 春を醸すに堪へたり。肯へて 羽仙の美禄を私するを許さんや。天より享くる一味 醇よりも醇なり。
※●忍冬酒:スイカズラを漬け込んだ薬用酒 ●金銀:スイカズラの別名を「金銀花」という ●醇乎醇:前の「醇」は「味の濃い、こくがある」という形容詞、後の「醇」は「味の濃いこくのある酒」という名詞
4-83 《豆沙餻》 釋大典
顆顆新蒸筐裏隨。幽人煮茗賞相宜。不敎何氏誇十字。欲使劉郞入一詩。
《豆沙餻》
顆顆 新たに蒸して 筐裏に随ふ。幽人 茗を煮て 賞するに相ひ宜し。何氏をして 十字を誇らしめず。劉郎をして 一詩に入らしめんと欲す。
※●豆沙餻:蒸し羊羹。「豆沙」は餡のこと。水戸光圀『朱氏談綺』に「豆沙糕(ヤウカン)」という記述がある ●何氏:晋の何曽は贅沢な食事で知られ、蒸餅は十字の切れ込みが入っていないと食べなかったという ●劉郞:劉禹錫。重陽の詩を詠む際に「餻」の字を用いようとして、この字が経(儒教の経典)の中での用例がないことから用いるのをやめたという故事がある(『鶴林玉露』)
4-84 《凍豆府》 村瀨栲亭
合識神仙雲作糧。白雲山上凍如肪。果然不是人閒味。敢比時家小宰羊。
《凍豆府》
合に識るべし 神仙 雲もて糧と作すを。白雲 山上に凍りて肪の如し。果然 人間の味に非ず。敢えて比せんや 時家の小宰羊に。
※●凍豆府:凍り豆腐。現在の高野豆腐。 ●小宰羊:豆腐の異名
4-85 《詠於鐵牡丹餠》 辻元崧庵
阿娘纖手弄芳柔。魏紫姚黃甘露浮。春色依君書院畔。沈香亭北帶嬌羞。
《於鉄牡丹餅を詠ず》
阿娘の繊手 芳柔を弄す。魏紫 姚黄 甘露 浮かぶ。春色 君に依る 書院の畔。沈香亭北 嬌羞を帯ぶ。
※●於鐵牡丹餠:おてつぼた餅。天保年間から明治にかけて、江戸麹町三丁目で人気を博した三色ぼた餅。「おてつ」は看板娘の名前 ●阿娘:お嬢さん。おてつのこと ●魏紫姚黃:魏氏家伝の紫の牡丹と、姚氏家伝の黄色の牡丹。転じて各種の牡丹。ここでは、おてつぼた餅が三色あることをたとえる ●沈香亭:唐の宮中にあった東屋。李白が牡丹と楊貴妃を讃える詩(清平調詞)を詠んだ場所 李白《淸平調詞》「解釋春風無限恨 沈香亭北倚欄干」
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