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『皇朝分類名家絶句』巻2 名勝
2 名勝
2-1 《鴨東四時雜詞》 中島椶隱
不著荷花不受舟。樓樓住在岸東頭。只應萬斛臙脂水。瀉作潺潺一道流。
《鴨東四時雑詞》
荷花を著けず 舟を受けず。楼楼 住して岸東の頭に在り。只だ応に 万斛 臙脂の水。瀉ぎて 潺潺たる一道の流れと作るべし。
※●岸東頭:鴨川の東岸のほとり。鴨東花街。 ●臙脂:化粧用の紅色の顔料。
2-2 《東山》 劉石秋
丹宇雕梁映曉暾。東山壯觀屬知恩。萬花穿過兩行影。當道巍然華頂門。
《東山》
丹宇の雕梁 暁暾に映ず。東山の壮観 知恩に属す。万花 穿ち過ぐ 両行の影。道に当たって巍然たり 華頂門。
※●知恩:京都東山の知恩院。浄土宗の総本山。山号は華頂山 ●當道:道をさえぎる、道に立ちふさがる
2-3 《嵐山觀花》 藤井竹外
看花莫謾向花閒。泉落沙崩石更頑。一帶香雲橫翠壁。只宜隔水望全山。
《嵐山にて花を観る》
花を看るに謾に花間に向かふ莫れ。泉 落ち 沙 崩れ 石 更に頑なり。一帯の香雲 翠壁に横たふ。只だ宜しく 水を隔てて 全山を望むべし。
※●謾:みだりに、いいかげんに ●翠壁: 緑の岩壁、山肌
2-4 《月夜泛桂川》 柴野栗山
桂水涵秋秋似水。白雲紅樹鏡中開。廣寒宮殿應非遠。一棹仙槎貫月回。
《月夜 桂川に泛ぶ》
桂水 秋を涵して 秋 水に似たり。白雲 紅樹 鏡中に開く。広寒宮殿 応に遠きに非ざるべし。一棹の仙槎 月を貫いて回る。
※●廣寒宮殿:月にあるという伝説上の宮殿 ●仙槎:仙人が乗る、銀河を渡ることのできるいかだ
2-5 《同貫名海屋高臺寺看胡枝花》 梁川星巖
七里紅欄逐水斜。櫻脣桃面鬭容華。佳期別在秋山裏。來看雨餘閒澹花。
《貫名海屋と同に高台寺にて胡枝花を看る》
七里の紅欄 水を逐ひて斜めなり。桜唇 桃面 容華を闘はす。佳期 別に秋山の裏に在り。来たり看る 雨余 間澹の花。
※●胡枝花:萩の花 ●高臺寺:京都東山にあり。豊臣秀吉の正室である北政所が秀吉の冥福を祈るため建立した寺院 ●七里紅欄:仏殿をめぐる長い紅色の欄干。仏教で七里結界というに基づく ●閒澹:静かであっさりしていること
2-6 《京城出遊所見》 植村蘆洲
古矣高僧登化山。尙能留舃在池閒。雙鳧今日無人見。折葦風寒綠一灣。
《京城出遊所見》
古きかな 高僧 登化の山。尚ほ能く 舃を留めて 池間に在り。双鳧 今日 人の見る無し。葦を折る風は寒し 緑一湾。
※●舃:くつ。足跡
2-7 《京城出遊所見》 植村蘆洲
前山影暗夕陽收。歸路蒼茫看更幽。點白且疑棲樹鷺。八十八箇佛燈樓。
《京城出遊所見》
前山 影 暗くして 夕陽 収まる。帰路 蒼茫として 看〻 更に幽なり。点白 且らく疑ふ樹に棲む鷺かと。八十八箇 仏灯の楼。
※●看:みすみす。みるみるうちに
2-8 《高雄》 賴杏坪
文覺遺蹤秋染楓。人言慾火有餘紅。豈知四月滿山碧。看得上人空色空。
《高雄》
文覚の遺踪 秋 楓を染む。人は言ふ 慾火 余紅 有りと。豈に知らんや 四月 満山の碧。上人の空色空を看得たるを。
※●文覺:平安末期から鎌倉初期の僧。高雄の神護寺を再興した。 ●慾火:文覚は俗名を遠藤盛遠といい、人妻に恋して誤って殺してしまったことが出家の原因という ●空色空:般若心経に「色即是空、空即是色」という
2-9 《銀閣》 賴杏坪
佛前香灺一甁花。云是將軍投老家。滿閣銀泥蟲舐盡。空餘山月照庭沙。
《銀閣》
仏前の香灺 一瓶の花。云ふ是れ 将軍 老を投ずるの家と。満閣の銀泥 虫 舐め尽くし。空しく余す 山月の庭沙を照らすを。
※●香灺:香の燃えかす ●将軍:足利義政 ●蟲舐盡:銀閣に銀が塗られていないことを「虫が食いつくしてしまった」と皮肉ったもの ●結句下の割注に「閣前作壇曰迎月臺」とあり
2-10 《銀閣寺》 梁川星巖
一場富貴夢驚回。第邸連雲安在哉。大李將軍留粉本。夕陽金碧小樓臺。
《銀閣寺》
一場の富貴 夢 驚き回る。第邸 雲に連なりしは 安くに在るや。大李将軍 粉本を留む。夕陽 金碧の小楼台。
※●大李将軍。唐代の画家、李思訓。左羽林大将軍、右武衛大将軍に任じられた経歴があり、息子で同じく画家の李昭道との区別から「大李将軍」と呼ばれる。着色にこだわる金碧山水画を代表する ●粉本:絵の下書き。「絵の手本」という意味で用いるのは和製漢語だが、日本の漢詩人はしばしばこの意味で用いる
2-11 《詩仙堂》 菅茶山
一戰功成封大國。片言謀用上淸班。當時能作吾曹語。獨有高人石丈山。
《詩仙堂》
一戦 功 成りて 大国に封ぜられ。片言 謀 用ゐられて 清班に上る。当時 能く吾が曹の語を作すは。独り 高人の石丈山 有るのみ。
※●淸班:清貴の官。汚れなく立派な身分 ●吾曹:わが仲間
2-12 《詩仙堂》 賴杏坪
戎衣一脫住靑山。竹徑梅關小有天。不問雲臺三十六。草堂六六畫詩仙。
《詩仙堂》
戎衣 一たび脱して 青山に住す。竹径 梅関 小にして天 有り。問はず 雲台 三十六。草堂 六六 詩仙を画く。
※●雲臺:後漢の明帝のとき、南宮の雲台に先代の功臣二十八将の像を描かせた
2-13 《伏見觀梅豐氏故墟也》 藤井竹外
絕叫猴郞安在哉。野梅擁隴雪千堆。一杯欲倩玉纖酹。月下美人來不來。
《伏見観梅豊氏故墟也》
絶叫す 猴郎 安くにか在ると。野梅 隴を擁して 雪 千堆。一杯 玉繊を倩りて酹がんと欲す。月下美人 来たるや来たらざるや。
※●猴郎:豊臣秀吉のこと ●玉纖:玉のように美しい、か細い指。美人の手
2-14 《伏水桃山》 齋藤拙堂
城墟落莫夕陽閒。金屋髤橋蹤似刪。佳麗當年典型在。桃花如錦滿春山。
《伏水桃山》
城墟 落莫たり 夕陽の間。金屋 髤橋 踪 刪るに似たり。佳麗 当年の典型 在り。桃花 錦の如く 春山に満つ。
※●髤橋: 漆塗りの美しい橋 ●典型:手本、象徴的なありさま
2-15 《遡淀水》 庄原篁墩
篙夫呼許挽夫邪。寒霧朧朧遡澱河。水枕一川閒撼夢。瓜皮船輾軟沙過。
《淀水を遡る》
篙夫 許と呼べば 挽夫は邪。寒霧 朧朧として 澱河を遡る。水枕 一川 間に夢を撼かし。瓜皮船 軟沙を輾じ過ぐ。
※●篙夫:船頭 挽夫:岸から綱で船を引く人夫 ●許・邪:掛け声を漢字に写し取ったもの ●瓜皮船:小舟の種類 ●輾:ひきつぶす
2-16 《淀川舟中作》 植村蘆洲
十里蘆花秋半川。浪華城側水如天。豐公茗飮懷遺事。手汲中流試一煎。
《淀川舟中の作》
十里の芦花 秋 半川。浪華城側 水 天の如し。豊公の茗飲 遺事を懐ひ。手づから中流を汲んで 一煎を試みん。
※●浪華城:大阪城 ●茗飮:茶を飲むこと。茶会。 ●煎:底本はこの字を「烹」に作るが、韻が合わない。同じ「にる」でも先韻の「煎」の誤りであろう
2-17 《江戶四時詩 霞關朝霞》 竹內雲濤
風峭官溝尙結冰。天鷄三唱日方昇。侯門官舍瑞霞滿。紅抹城樓第幾層。
《江戸四時詩 霞関朝霞》
風 峭しく 官溝 尚ほ氷を結ぶ。天鶏 三唱して 日 方に昇る。侯門 官舎 瑞霞 満ち。紅は抹す 城楼の第幾層。
※●官溝:江戸城のお堀 ●侯門:大名屋敷の門
2-18 《東叡山觀花》 大窪詩佛
夢中昨夜謁虛皇。玉殿瓊樓月似霜。今日來登吉祥閣。花明三十六僧房。
《東叡山にて花を観る》
夢中 昨夜 虚皇に謁す。玉殿 瓊楼 月 霜に似たり。今日 来たり登る 吉祥閣。花は明らかなり 三十六僧房。
※●東叡山:上野の寛永寺。 ●虛皇:天上の神。天帝 ●吉祥閣:かつて寛永寺にあった高楼。文殊楼ともいう。眺望の見事さで知られた
2-19 《東台看花雜詠》 大沼枕山
家僮昨賽大師回。爲報千花一雨催。明曉先生須早探。未開之際豔於開。
《東台看花雑詠》
家僮 昨 大師に賽して回り。為に報ず 千花 一雨 催すと。明暁 先生 須らく早く探るべし。未だ開かざるの際は 開けるより艶なり。
※●東台:東叡山、すなわち上野の寛永寺。寛永寺は東の比叡山延暦寺(天台宗)に見立てて建立されたものなので、東の天台という。よってこの「台」は天台山・天台宗と同じく、正字としても「台」であり「臺」とは書かない ●一雨催:一雨ふって開花が催がされた
2-20 《東台看花雜詠》 大沼枕山
早起攀林帶睡思。曉蒼蒼處步遲遲。小垂櫻下先明眼。一榜金書兩大師。
《東台看花雑詠》
早に起き 林を攀づれば 睡思を帯ぶ。暁 蒼蒼たる処 歩 遅遅たり。小垂桜下 先づ眼に明らかなるは。一榜の金書 両大師。
※●東台:東叡山、すなわち上野の寛永寺。 ●小垂桜:小さな枝垂れ桜 ●兩大師:寛永寺にある開山堂のこと。寛永寺の開山である慈眼大師天海大僧正と、天海大僧正が尊崇していた慈恵大師良源大僧正の両大師を祀っていることから「両大師」と呼ばれる
2-21 《東台看花雜詠》 大沼枕山
臺殿吾稱小阿房。羣花豔勝美人妝。豪華現出昔時景。三十六宮多粉光。
《東台看花雑詠》
台殿 吾は称す 小阿房と。群花 艶なること 美人の粧に勝れり。豪華 現出す 昔時の景。三十六宮 粉光 多し。
※●東台:東叡山、すなわち上野の寛永寺 ●阿房:阿房宮。秦の始皇帝が建てた壮大な宮殿 ●羣花:寛永寺に咲き乱れる花 ●美人:かつて阿房宮にひしめいていた後宮の美女たち ●粉光:阿房宮をいろどったおしろいの光のような、桜のかがやき
2-22 《東台看花雜詠》 大沼枕山
人去花原夜氣凄。黯雲韜月法堂西。不妨二本長杉暗。一抹芳光路不迷。
《東台看花雑詠》
人 去りて 花原 夜気 凄たり。黯雲 月を韜む 法堂の西。妨げず 二本の長杉 暗きを。一抹の芳光 路に迷わず。
※●東台:東叡山、すなわち上野の寛永寺 ●韜:つつむ。つつみかくす
2-23 《遊東山看花》 鱸松塘
煙霞不隔舊仙臺。又逐東風千里來。身比劉郞贏一著。尋花兩度入天台。
《東山に遊んで花を看る》
煙霞 隔てず 旧仙台。又た東風を逐ひて 千里 来たる。身は劉郎に比して一著を贏す。花を尋ねて 両度 天台に入る。
※●東山:ここでは京都の東山ではなく東叡山(寛永寺)の略 ●劉郞:後漢の劉晨。阮肇と共に天台山に入って美女と結ばれてしばらく過ごしたが、故郷が恋しくなって山を下りると七代もの世代が過ぎていたという『幽明録』の話がある ●贏一著:わずかに勝っている。一著は将棋や囲碁の「一手」。一手分だけ勝っているということ
2-24 《遊東山看花》 鱸松塘
臺殿參差曉色分。滿林香露壓塵氛。萬花隱約如無路。中有金仙住絳雲。
《東山に遊んで花を看る》
台殿 参差として 暁色 分かる。満林の香露 塵氛を圧す。万花 隠約として 路 無きが如し。中に 金仙の絳雲に住する有らん。
※●東山:ここでは京都の東山ではなく東叡山(寛永寺)の略 ●隱約:はっきりせずぼんやりしているさま ●金仙:仏の別称
2-25 《東台看花雜詠 山王山》 關雪江
黌舍無基佛殿新。遺芳皕歲自成春。只餘學士手栽樹。懷古看花能幾人。
《東台看花雑詠 山王山》
黌舎 基 無く 仏殿 新なり。遺芳 皕歳 自づから春を成す。只だ余す 学士 手栽の樹。古を懐ひて花を看るは 能く幾人ぞ。
※●東台:東叡山、すなわち上野の寛永寺 ●山王山:寛永寺にあった山王信仰の神社山王社。 ●黌舍:山王社が祀られる以前は1690年(元禄3年)まで湯島聖堂の前身である先聖殿があった ●學士:かつて先聖殿で学んでいた儒学者たち
2-26 《東台看花雜詠 清水臺》 關雪江
花覆井欄風力輕。垂絲嬌嫩太多情。詠歌人去歲華杳。春色依然秋色櫻。
《東台看花雑詠 清水台》
花は井欄を覆ひて 風力 軽し。垂糸 嬌嫩として 太だ多情。詠歌の人 去って 歳華 杳なり。春色 依然たり 秋色桜。
※●東台:東叡山、すなわち上野の寛永寺 ●清水臺:清水観音堂 ●秋色櫻:秋色は菊后亭秋色。元禄の四俳女のひとり。十三歳のとき、寛永寺で「井戸端の桜あぶなし酒の酔」という注意喚起の句を詠み有名になった。その句に詠まれた井戸端の桜は「秋色桜」と呼ばれるようになり、後に清水観音堂の裏に移植された
2-27 《東台看花雜詠 烈祖廟》 關雪江
神宮樹秀最精神。一簇香雲擁瓦鱗。俯仰昇平多德澤。百花如海浴春人。
《東台看花雑詠 烈祖廟》
神宮 樹 秀でて 最も精神なり。一簇の香雲 瓦鱗を擁す。俯仰すれば 昇平 徳沢 多し。百花 海の如く 春人に浴せしむ。
※●東台:東叡山、すなわち上野の寛永寺 ●烈祖廟:寛永寺境内にある上野東照宮。烈祖は徳川家康のこと ●春人:春を楽しみ遊ぶ人
2-28 《東台看花雜詠 鐘樓》 關雪江
欄角雕龍稱妙工。傳言飛動有神通。如今莫飮西湖水。只恐花時雨與風。
《東台看花雑詠 鐘楼》
欄角の雕竜 妙工を称す。伝へ言ふ 飛動して 神通 有りと。如今 西湖の水を飲むこと莫かれ。只だ恐る 花時の雨と風とを。
※●東台:東叡山、すなわち上野の寛永寺 ●雕竜:龍の彫刻。寛永寺の鐘楼には、左甚五郎作と伝えられる「水呑みの龍」の彫刻がある ●西湖:不忍池のこと。不忍池はもともと琵琶湖を模して造られたものだが、文人たちは「小西湖」などと呼んで西湖になぞらえることがしばしばあった
2-29 《東台看花雜詠 車阪》 關雪江
暮觀朝賞入花行。花與詩人別有情。不問知他停錫地。山櫻今冒六如名。
《東台看花雑詠 車阪》
暮に観 朝に賞し 花に入りて行く。花と詩人と 別に情 有り。知他するを問わず 停錫の地。山桜 今も冒す 六如の名。
※●東台:東叡山、すなわち上野の寛永寺 ●車阪:車坂。寛永寺の東側の坂道 ●六如:詩人の六如(慈周)は寛永寺明静院の住持をつとめていた時期があった
2-30 《東台春興》 大沼枕山
淸曉游塵掃地空。上方臺殿五雲中。隔花喝道聲彷彿。知是何官謁閟宮。
《東台春興》
清暁 游塵 地を掃いて空し。上方の台殿 五雲の中。花を隔てて 喝道の声 彷彿たり。知る是れ 何れの官の閟宮に謁するかを。
※●東台:東叡山、すなわち上野の寛永寺 ●喝道:高官が道を行くときの先払い ●閟宮:霊廟
2-31 《東台春興》 大沼枕山
緇林變作綺羅叢。步屧尋春夕照中。揀取好花多處去。隨人且謁藥王宮。
《東台春興》
緇林 変じて作る 綺羅の叢。歩屧 春を尋ぬ 夕照の中。好花 多き処を揀取して去(ユ)き。人に随って 且らく謁す 薬王宮。
※●東台:東叡山、すなわち上野の寛永寺 ●緇林:寺院のこと ●歩屧:履物、またその歩み ●藥王宮:寛永寺の本堂(根本中堂)のこと。本尊の薬師如来を祀る
2-32 《東台游春雜詩 淸曙》 植村蘆洲
人稀初地可吟行。恰値靑山旭日生。花影春濃心地靜。磬音寺曙耳根淸。
《東台游春雑詩 清曙》
人 稀にして 初地 吟行すべし。恰も値ふ 青山 旭日の生ずるに。花影 春 濃やかにして 心地 静かなり。磬音 寺 曙けて 耳根 清し。
※●東台:東叡山、すなわち上野の寛永寺 ●初地:山のふもと。また仏教語で菩薩が仏果に到るまでの道のりの最初の段階で歓喜地とも言う。ここでは両方の意味を兼ねているのであろう ●磬:寺院で用いる石製のへの字形の楽器
2-33 《東台游春雜詩 雨朝》 植村蘆洲
偶趁春朝弄靜芳。滿山花雨細吹香。寺僮未捲樹閒席。濕竈猶供鶯粟湯。
《東台游春雑詩 雨朝》
偶〻 春朝を趁ひて 静芳を弄せば。満山の花雨 細やかに香を吹く。寺僮 未だ捲かず 樹間の席。湿竈 猶ほ供す 鶯粟湯。
※●東台:東叡山、すなわち上野の寛永寺 ●鶯粟湯:鶯粟(ケシの異名)の実などを煎じた飲み物
2-34 《不忍池寓園雜吟》 梁川星巖
千頃波平碧玦環。東台靑聳樹如山。爲移生計蹔相寄。便是梁家消夏灣。
《不忍池寓園雑吟》
千頃 波 平らかなり 碧玦環。東台 青く聳えて 樹 山のごとし。為めに生計を移して 蹔らく相ひ寄れば。便ち是れ 梁家 消夏の湾。
※●玦環:半円形のおびたま。不忍池の形をたとえたもの ※●東台:東叡山、すなわち上野の寛永寺 ●梁家:梁川家
2-35 《不忍池寓園雜吟》 梁川星巖
香霧濛濛水氣淸。逗簾殘月影朧明。每朝支枕費幽聽。髣髴錦苞初發聲。
《不忍池寓園雑吟》
香霧 濛濛として 水気 清し。簾に逗まる残月 影 朧明なり。毎朝 枕を支えて 幽聴を費やす。髣髴たり 錦苞 初めて発くの声。
※●朧明:おぼろなさま ●錦苞:美しいつぼみ。不忍池の蓮のつぼみ
2-36 《不忍池寓園雜吟》 梁川星巖
昏黑人皆扶醉回。留連誰復倚池臺。水妃一一閉房睡。卻倩月娥看夜來。
《不忍池寓園雑吟》
昏黒 人 皆な酔を扶けられて回る。留連 誰か復た 池台に倚る。水妃 一一 房を閉じて睡る。却って月娥を倩って 夜を看来たる。
※●留連:立ち去りがたくぐずぐずするさま ●水妃: 水の女神。ここでは蓮の花をたとえる
2-37 《小湖觀蓮》 植村蘆洲
月欄香滴浴餘肌。旭岸紅潮醉後姿。濃抹淡妝皆自好。小西湖是小西施。
《小湖に蓮を観る》
月欄 香は滴る 浴余の肌。旭岸 紅は潮す 酔後の姿。濃抹 淡粧 皆な自づから好し。小西湖は是れ小西施。
※●小西湖:文人たちは不忍池を中国の西湖になぞらえて小西湖と呼んだ
2-38 《小湖觀蓮》 植村蘆洲
鴛外舟衝淡霧香。也無嬌態認吳孃。紅蓮一柄何曾剪。雪藕今朝獻法王。
《小湖に蓮を観る》
鴛外 舟 衝きて 淡霧 香る。也た嬌態の呉嬢と認むる無し。紅蓮 一柄も何ぞ曾て剪らんや。雪藕 今朝 法王に献ず。
※●何曾剪:反語。これまで一本も切り取ったことがない ●雪藕:雪のように真っ白な蓮根 ●法王:寛永寺の貫主を務める法親王。寛永寺は出家した皇族が貫主を務める門跡寺院であり、輪王寺宮と呼ばれた歴代貫主は徳川政権の宗教政策に権威を与える重要な存在であった
2-39 《飮淸凌亭》 大沼枕山
一盤野味入脣美。千頃湖光經眼奇。不要朱門殘肉食。淸齋松下學王維。
《清凌亭に飲す》
一盤の野味は 唇に入って美にして。千頃の湖光は 眼を経て奇なり。要せず 朱門の残肉食。松下に清斎して 王維に学ぶ。
※●淸齋:底本は「淸齊」に作るが、文脈からして明らかに「淸齋」の誤り。心を清らかにして物忌みすること ●王維:王維の《輞川積雨》に「山中習靜觀朝槿 松下淸齋折露葵」とあるのによる
2-40 《三橋》 關雪江
月色滿街淸似霜。連檐燈火欲爭光。橋邊纔倚迎涼榻。便有佳人薦麥湯。
《三橋》
月色 街に満ちて 清きこと霜に似たり。連檐の灯火 光を争はんと欲す。橋辺 纔かに倚る 涼を迎ふるの榻。便ち 佳人の麦湯を薦むる有り。
※●三橋:上野広小路、忍川に架かっていた三つの橋。上野寛永寺への入り口として、茶屋や商店が立ち並んでいた ●纔:わずかに~しただけで、の意味から、「~するやいなや」の意味を持つ ●麦湯:煎り麦を煮出した飲み物。江戸時代、茶店や露店で親しまれた
2-41 《江戶四時詩 柳原雪柳》 竹內雲濤
滿堤也似鎖輕煙。難認霏霏雪片翩。不見風流驢背客。幾條空挂水晶鞭。
《江戸四時詩 柳原雪柳》
満堤 也た似たり 軽煙に鎖さるるに。認め難し 霏霏として 雪片の翩へるを。風流 驢背の客を見ず。幾条か 空しく挂く 水晶の鞭。
※●柳原:江戸の神田川沿いにあった堤。柳の名所として知られた ●雪柳:ユキヤナギ ●水晶鞭:水晶でできた美しい鞭。ユキヤナギの比喩。
2-42 《柳橋夏夕》 植村蘆洲
渡橋人趁晚涼微。蝙蝠時穿暗柳飛。出浴吳娃妝楚楚。削桐輕屐縮綿衣。
《柳橋夏夕》
橋を渡る人は趁ふ 晩涼の微。蝙蝠 時に暗柳を穿ちて飛ぶ。浴を出づる呉娃 粧ひ楚楚たり。削桐の軽屐 縮綿の衣。
※●柳橋:神田川が隅田川に合流する地点に架かる橋。周辺は舟宿や料亭が立ち並ぶ歓楽街だった ●吳娃:呉の地方の美女。ここでは単に小粋な美人ということ ●削桐輕屐:桐の木を削って作った軽い下駄 ●縮綿衣:ちぢみの浴衣
2-43 《兩國納涼》 大窪詩佛
小大船連橋下水。四鄰歌管響洶洶。欲求一段淸涼地。移櫂來維麈尾松。
《両国納涼》
小大の船は連なる 橋下の水。四隣の歌管 響き洶洶たり。求めんと欲す 一段の清涼の地。櫂を移し 来たり維がん 麈尾の松。
※●麈尾松:麈尾は払子のこと。枝葉が払子のような松。周景式『廬山記』によると、廬山の石門の絶壁に生えていたという
2-44 《兩國納涼》 關雪江
酒香燈影半川浮。橋上游人橋下船。花砲一聲人叫賞。今宵煙火是開頭。
《両国納涼》
酒香 灯影 半川に浮かぶ。橋上の游人 橋下の船。花砲 一声 人 叫び賞す。今宵の煙火 是れ開頭。
※●花砲:打ち上げ花火。造語であろうが違和感がない ●開頭:はじまり、最初。また、最初に咲く花。
2-45 《淺草雜詠》 宮澤雲山
裙履少年紛似林。買春爭擲幾多金。別有老人花底活。萬娥眉拜一觀音。
《浅草雑詠》
裙履の少年 紛として林に似たり。春を買ひて争ひ擲つ 幾多の金。別に老人の花底に活くる有り。万の娥眉は拝す 一観音。
※●買春:春の遊興のために金を使うこと ●娥眉:美人のこと
2-46 《金龍山》 大沼枕山
白光金相鬭玲瓏。錦帳初開曉閣風。知道今春晴日少。慈雲悲雨遍城中。
《金竜山》
白光 金相 玲瓏を闘はす。錦帳 初めて開く 暁閣の風。知道す 今春 晴日 少なきを。慈雲 悲雨 城中に遍し。
※●金龍山:浅草寺の山号 ●知道:知る ●慈雲悲雨:慈悲による雲雨
2-47 《今戶卽事》 市河米庵
人家隔岸斷還連。小艇撐來破卯天。炊霧未生鴉未起。柳梢一線上窯煙。
《今戸即事》
人家 岸を隔てて 断え還た連なる。小艇 撐し来たりて 卯天を破る。炊霧 未だ生ぜず 鴉 未だ起きず。柳梢 一線 窯煙 上る。
※●今戶:浅草の東北。隅田川岸の土を利用した焼き物「今戸焼」の産地として知られる ●卯天:卯の刻の夜明けの空 ●窯煙:今戸焼の窯から出る煙
2-48 《有明樓》 大沼枕山
誰復金波問舊名。新樓來訂酒中盟。不須更待黃昏月。紅燭春光恰有明。
《有明楼》
誰か復た金波に旧名を問はん。新楼 来たり訂す 酒中の盟。須ゐず 更に黄昏の月を待つを。紅燭の春光 恰も明 有り。
※●有明樓:今戸にあった有名な料亭。安政大地震で潰れた料亭玉庄(金波楼)跡に、芸者お菊によって開業した
2-49 《北里歌》 市河寬齋
柳堤花阪擁靑樓。一面肩輿一面舟。湧月秋江天自淨。斂雲春樹雨新休。
《北里歌》
柳堤 花阪 青楼を擁す。一面は肩輿 一面は舟。月に湧く秋江 天 自づから浄く。雲を斂むる春樹 雨 新たに休む。
※●北里:吉原の遊郭。殷の紂王が作った淫らな舞楽を「北里の舞」といったことにちなみ、唐の長安の遊里を「北里」と呼んだことにならったもの ●靑樓:遊女のいるたかどの。妓楼 ●肩輿:駕籠
2-50 《北里歌》 市河寬齋
柳花衫子梅花妝。翠竹簾前八月霜。若使元家當日見。爲裁新樣白衣裳。
《北里歌》
柳花の衫子 梅花の粧。翠竹の簾前 八月の霜。若し元家をして 当日 見せしめば。為めに裁せん 新様の白衣裳。
※●北里:吉原の遊郭
2-51 《北里歌》 市河寬齋
畫壁當中燃燭龍。紅衫羅列玉芙蓉。銀壺纔點二更漏。早報東山半夜鐘。
《北里歌》
画壁の当中 燭竜を燃やし。紅衫 羅列す 玉芙蓉。銀壺 纔かに点ず 二更の漏。早くも報ず 東山 半夜の鐘。
※●北里:吉原の遊郭 ●當中:真ん中、中間、中央 ●燭龍:中国の神話で鍾山に住むという神だが、ここでは竜をかたどった豪華な灯燭であろう。 ●紅衫:遊女がつけている赤い下着 ●銀壺:銀製の水時計 ●東山:東叡山寛永寺
2-52 《北里歌》 市河寬齋
桃花不敢隔天台。前度劉郞今復來。阿監錦鬼齊勸酒。金鼇捧出小蓬萊。
《北里歌》
桃花 敢へて天台を隔てず。前度の劉郎 今 復た来たる。阿監 錦鬼 斉しく酒を勧め。金鼇 捧げ出だす 小蓬萊。
※●北里:吉原の遊郭 ●劉郞:後漢の劉晨。阮肇と共に天台山に入って美女と結ばれてしばらく過ごしたが、故郷が恋しくなって山を下りると七代もの世代が過ぎていたという『幽明録』の話がある。劉晨と違って再びやってきた、ということ ●阿監:後宮の宮女を取り締まる役職。上臈頭。ここでは遊郭をとりしきる遣り手婆 ●小蓬萊:蓬莱飾り。仙人が住むという蓬莱山を模した縁起物
2-53 《北里歌》 市河寬齋
夜來病酒臥花晨。解醉香湯索得頻。下閣丫鬟不出戶。隔簾連喚對門人。
《北里歌》
夜来 酒に病みて 花晨に臥す。酔を解く香湯 索め得ること頻りなり。閣を下る丫鬟 戸を出でず。簾を隔てて連りに喚ぶ 対門の人。
※●北里:吉原の遊郭 ●丫鬟:あげまきに結んだ髪。転じて幼女や女中。ここでは遊女見習いとして遊女の身の回りの世話をしていた少女の禿(かむろ)を指す
2-54 《北里歌》 市河寬齋
日出三竿捲翠帷。宿妝殘粉亦多姿。嬌鬟未斂朝雲影。一響金鈴報午時。
《北里歌》
日 出でて三竿にして 翠帷を捲く。宿粧 残粉も 亦た多姿なり。嬌鬟 未だ斂めず 朝雲の影。一響の金鈴 午時を報ず。
※●北里:吉原の遊郭 ●多姿:美しい姿、なまめかしい姿 ●朝雲:客との情交で乱れた髪をたとえたもの。楚の懐王と契った巫山の女神が「旦には朝雲と為り、暮には行雨と為り、朝朝暮暮、陽台の下に在り」と言った故事を踏まえる
2-55 《北里歌》 市河寬齋
隨從阿姊幾春陽。朝熨衣裳暮換香。何日早移燈後坐。得專當面小蘭房。
《北里歌》
阿姉に随従して幾春陽。朝には衣裳を熨し 暮には香を換ふ。何れの日か早く灯後の坐に移り。当面の小蘭房を専らにすることを得ん。
※●北里:吉原の遊郭 ●當面:向き合う、目の当たり、眼前 ●蘭房:婦人のねや
2-56 《北里歌》 市河寬齋
玉屑霜秈結得工。素輪開出廣寒宮。淸光盈手誰家贈。影在香雲葉葉中。
《北里歌》
玉屑 霜秈 結び得て工みなり。素輪 開き出す 広寒宮。清光 手に盈つ 誰家にか贈らん。影は 香雲 葉葉の中に在り。
※●北里:吉原の遊郭 ●玉屑・霜秈:上等な美しい白米。秈はうるち米。 ●廣寒宮:月にあるとされた宮殿 ●誰家:この二字で「だれ」
2-57 《吉原詞》 柏木如亭
月暗長堤一路遙。竹輿桐屐換華鑣。女閭門內明如晝。金屋妝成千阿嬌。
《吉原詞》
月暗く 長堤 一路 遥かなり。竹輿 桐屐 華鑣に換ふ。女閭門内 明らかなること昼の如し。金屋 粧ひ成る 千の阿嬌。
※●華鑣:華やかな轡。飾り立てた馬 ●女閭:妓院。色街。花街。 ●阿嬌:漢の武帝が寵愛した美女。阿嬌のような美女たち
2-58 《吉原詞》 柏木如亭
金蓮裊裊弄輕柔。日暮香風逐步稠。滿面桃花春如海。迎郞笑入小迷樓。
《吉原詞》
金蓮 裊裊として 軽柔を弄す。日暮の香風 歩を逐いて稠し。満面の桃花 春 海の如し。郎を迎へ 笑って入る 小迷楼。
※●金蓮:女子の美しい纏足。ここでは単に小さく美しい足 ●迷樓:隋の煬帝が作った豪華な楼台は複雑に入り組んでいたため「迷楼」と呼ばれた
2-59 《吉原詞》 柏木如亭
舞閣歌樓連繡甍。夜闌無處不春情。誰知戶外秋風滿。明月橋頭擣紙聲。
《吉原詞》
舞閣 歌楼 繡甍を連ね。夜闌 処として 春情ならざるは無し。誰か知らん 戸外は秋風 満つるを。明月橋頭 紙を擣つ声。
※●擣紙声:煮沸した紙の原料をつきつぶす
2-60 《吉原詞》 柏木如亭
綢繆幾日雨留郞。占盡鴛鴦被裏香。小妹不知相別苦。簾前故掛掃晴娘。
《吉原詞》
綢繆すること幾日 雨 郎を留む。占め尽くす 鴛鴦被裏の香。小妹は知らず 相別るるの苦しみを。簾前 故らに掛く 掃晴娘。
※●綢繆:まとわりつく。遊女と客が片時も離れずにいるさま ●小妹:遊女に仕えて世話をしている禿(かむろ:遊女見習い) ●掃晴娘:女の子の形に切った紙を吊るして晴天を祈ったもの。てるてる坊主
2-61 《吉原詞》 柏木如亭
相思欲寄恨重重。永夜裁書和淚封。影暗銀釭玉蟲冷。風傳淺草寺中鐘。
《吉原詞》
相思 寄せんと欲して 恨み重重。永夜 書を裁して 涙に和して封ず。影 暗くして 銀釭 玉虫 冷やかなり。風は伝ふ 浅草寺中の鐘。
※●銀釭:銀製の灯火の台 ●玉蟲:灯心の燃え残り。灯花
2-62 《吉原詞》 柏木如亭
禦寒具就費千金。雨暖雲溫愜兩心。從此王孫歸意斷。鴛鴦褥上沒人深。
《吉原詞》
禦寒の具 就るに 千金を費やす。雨 暖かく 雲 温かにして 両心に愜ふ。此れより 王孫 帰意 断ず。鴛鴦褥上 人を没すること深し。
※●雨暖雲溫:男女の情愛を「雲雨」という。楚の懐王と巫山の女神の故事。
2-63 《續吉原詞》 菊池五山
雀尾交金緗帙堆。銅甁滿插牡丹開。多情倚柱尋思久。忽報仙郞入院來。
《続吉原詞》
雀尾 金を交へて 緗帙 堆し。銅瓶 満挿して 牡丹 開く。多情 柱に倚りて 尋思すること久し。忽ち報ず 仙郎 院に入り来たるを。
※●緗帙:浅黄色の絹で作った書物のおおい ●仙郞:唐の尚書省の各部の員外郎、また日本では五位蔵人を指す。ここでは地位のあるなじみ客
2-64 《續吉原詞》 菊池五山
憶昔垂髫始見收。月明花落不知愁。如今專得蘭房寵。羞被人推居上頭。
《続吉原詞》
憶ふ昔 垂髫にして 始めて収められ。月 明るきも 花 落つるも 愁ひを知らず。如今 専ら得たり 蘭房の寵。羞づらくは 人に推されて 上頭に居るを。
※●垂髫:さげ髪。うなゐ。うなじの辺りまで垂れ下がっている幼児の髪。転じて幼い子供 ●蘭房:婦人のねや ●上頭:先頭。上位者。娼妓が初めて客に接すること(水あげ)も上頭と言うが、ここでは文脈に合わないように思われる
2-65 《續吉原詞》 菊池五山
歡喜心中訴暗盟。今生何必要來生。彩燈新獻慈雲座。照出靑樓第一名。
《続吉原詞》
歓喜の心中 暗盟を訴ふ。今生 何ぞ必ずしも来生を要せん。彩灯 新たに献ず 慈雲の座。照らし出だす 青楼 第一の名。
※●暗盟:遊女と情夫(いろ:遊女が本気で惚れている相手)が人知れず結んだ秘密の誓い ●靑樓:遊女のいるたかどの。妓楼
2-66 《江戶四時詩 花街櫻花》 竹內雲濤
栽得滿街花一行。銀燈金燭照來長。名花傾國輸贏在。不語何如解語香。
《江戸四時詩 花街の桜花》
栽え得たり 満街の花 一行。銀灯 金燭 照らし来たること長し。名花 傾国 輸贏 在り。不語 何ぞ如かん 解語の香に。
※●花一行:大通りに一列に植えられた桜 ●傾國:君主が国を傾けるほどの絶世の美女。ここでは花街の遊女を指す ●輸贏:勝ち負け ●不語・解語:唐の玄宗が楊貴妃を「解語花(言葉を理解する花)」と呼んだことから、「不語」は本物の花、「解語」は花のような美女(ここでは遊女)
2-67 《新春游墨水》 植村蘆洲
三谷燈微水一方。綠蘋煙暗渡無航。暮寒誰店謀春醉。不上平岩入小倉。
《新春 墨水に游ぶ》
三谷 灯 微かなり 水の一方。緑蘋 煙 暗くして 渡るに航 無し。暮寒 誰が店にか 春酔を謀らん。平岩に上らず 小倉に入る。
※●三谷:山谷。山谷堀。今戸で隅田川に注ぐ水路で、吉原へ向かう水上交通路でもあった ●平岩・小倉:当時向島にあった料亭の名前。平岩は歌川広重の「江戸高名会亭尽」に描かれ、鯉料理で知られた。小倉庵は同じく広重の「隅田春妓女容性」に描かれ、「萩の露」という汁物で有名だった
2-68 《墨水游春雜詩》 大沼竹溪
醉步蹣跚墨水涯。櫻邊到處亂蜂衙。無端捲地東風急。茅店避塵斜看花。
《墨水游春雑詩》
酔歩 蹣跚たり 墨水の涯。桜辺 到る処 乱蜂 衙す。端無くも 地を捲いて 東風 急なり。茅店に塵を避けて 斜めに花を看る。
※●衙:まいる、役所に出勤する、参内する、あつまる。ここでは桜の花に蜂が集まっている、の意
2-69 《墨水游春雜詩》 大沼竹溪
醉歸扶仗出僧家。川路空明月照沙。篙子莫嗔舟較重。兩頭飽載許多花。
《墨水游春雑詩》
酔帰 仗に扶(ヨ)りて 僧家を出づれば。川路 空明にして 月 沙を照らす。篙子 嗔る莫れ 舟の較(ヤヤ) 重きを。両頭 飽くまで載す 許多の花。
※●篙子:船頭 ●兩頭:両方の端。舟の端から端まで、舟いっぱいに ●許多:あまた、たくさん
2-70 《墨水游春》 植村蘆洲
背指樓臺隔水遙。岸傍黃菜界塵囂。恍然一路春如夢。隨蝶迷花過枕橋。
《墨水游春》
背指すれば 楼台 水を隔てて遥かなり。岸傍の黄菜 塵囂を界す。恍然たる一路 春 夢の如し。蝶に随ひ 花に迷ひて 枕橋を過ぐ。
※●黃菜:菜の花 ●枕橋:隅田川に注ぐ源森川(現在の北十間川)にかかる橋。この橋が本所のはずれで、この橋を北に渡ると向島になる
2-71 《墨水游春》 植村蘆洲
石塔苔深塵點無。晚櫻芳靜兩三株。祠神也似人生老。縱得春風尙白鬚。
《墨水游春》
石塔 苔 深くして 塵点 無し。晩桜の芳 静かなり 両三株。祠神も也た似たり 人生の老いるに。縦(ホシイママ)に春風を得るも 尚ほ白鬚。
※●祠:ほこら。ここでは隅田川沿いの東向島にある白鬚神社を指す
2-72 《夏初過墨水》 關雪江
綠暗長堤午雨餘。磯邊只認一蓑漁。上罾白小猶多味。也是江東謝豹魚。
《夏初 墨水を過ぐ》
緑は暗し 長堤 午雨の余。磯辺 只だ認む 一蓑の漁。罾に上る白小 猶ほ味はひ多し。也た是れ 江東の謝豹魚。
※●罾:四手網 ●白小:白い小魚。杜甫の詩に《白小》「白小羣分命 天然二寸魚」とあり。シラウオ、シラウオ、シラスなど該当するが、いずれも春が旬で初夏の風物詩ではない ●猶多味:旬は過ぎているが、まだなお味わい深い ●謝豹魚:謝豹はホトトギスの異名。ホトトギスの鳴く頃に食す魚。
2-73 《夏日放舟墨水汲中流煮茶》 山地蕉窗
輕舟漾漾半江波。載得茶爐任槳牙。手汲中流試新味。瓦鐺五月煮霜花。
《夏日 舟を墨水に放ち 中流に汲みて茶を煮る》
軽舟 漾漾たり 半江の波。茶炉を載せ得て 槳牙に任す。手づから中流に汲みて 新味を試み。瓦鐺 五月 霜花を煮る。
※●霜花:茶の銘柄。割注に「霜花茶名」とあり
2-74 《墨水秋遊》 古賀侗庵
墨河勝景似揚州。橋畔長橋樓外樓。岸萩蕭疎雲雁叫。無人終解道悲秋。
《墨水秋遊》
墨河の勝景 揚州に似たり。橋畔の長橋 楼外の楼。岸萩 蕭疎として 雲雁 叫ぶも。人の終に悲秋を解道する無し。
※●解道:理解する
2-75 《中秋與枕山翁蘆洲兄同游墨水》 關雪江
稻神祠畔稻新成。村落煕煕祝太平。我缺晉翁祈夏雨。只能爲月禱秋晴。
《中秋 枕山翁・蘆洲兄と同に墨水に游ぶ》
稲神祠畔 稲 新たに成る。村落 熙熙として 太平を祝す。我は欠く 晋翁の夏雨を祈るを。只だ 能く 月の為めに 秋晴を禱る。
※●枕山:大沼枕山 ●蘆洲:植村蘆洲 ●稻神祠:稲荷神社
2-76 《中秋與枕山翁蘆洲兄同游墨水》 關雪江
林塢人稀秋寂然。葦簾圍榻古櫻邊。喫茶曾是觀花處。落葉風輕芋竈煙。
《中秋 枕山翁・蘆洲兄と同に墨水に游ぶ》
林塢 人 稀にして 秋 寂然たり。葦簾 榻を囲む 古桜の辺。喫茶するは 曽て是れ 花を観る処。落葉の風は軽し 芋竈の煙。
※●芋竈:芋を煮るかまど
2-77 《秋日戲題櫻餈店》 植村蘆洲
月華漸老猶專夜。花意縱狂亦領春。笑擲秋風無限恨。淡妝留客賣餈人。
《秋日 戯れに桜餈店に題す》
月華 漸く老ゆるも 猶ほ夜を専らにし。花意 縦ひ狂ふも 亦た春を領す。笑って擲つ 秋風 無限の恨み。淡粧 客を留む 餈を売るの人。
※●櫻餈:桜餅 ●專夜:夜を独占する ●狂:いわゆる狂い花。本来の開花時期でないときに咲くこと
2-78 《木母寺》 柏木如亭
隔柳香羅雜沓過。醒人來哭醉人歌。黃昏一片蘼蕪雨。偏傍王孫墓上多。
《木母寺》
柳を隔てて 香羅 雑沓して過ぐ。醒人は来たり哭し 酔人は歌ふ。黄昏 一片 蘼蕪の雨。偏へに王孫の墓上に傍ひて多し。
※●木母寺:隅田川東岸にある寺。梅若伝説で知られる ●王孫:梅若丸のこと。京都の貴族の子であったが、幼くして父を亡くし比叡山で仏門に入った。しかし人さらいに騙されて奥州に連れ去られる途中、隅田川で病死し、憐れんだ人々が木母寺に塚を作って弔った。これが梅若塚で、塚のそばには柳が植えられた
2-79 《三月十五日遊木母寺》 大沼枕山
墨田堤上落花塵。木母寺中香火人。只爲王孫留古墓。一株垂柳亦千春。
《三月十五日 木母寺に遊ぶ》
墨田堤上 落花の塵。木母寺中 香火の人。只だ王孫の為めに古墓を留む。一株の垂柳も 亦た千春。
※●木母寺:隅田川東岸にある寺。梅若伝説で知られる
2-80 《龜井戶看臥龍梅》 齋藤拙堂
蟠地臥龍珠玉鱗。淸香占得草廬春。滿園雜沓看花客。誰是風流三顧人。
《亀井戸にて臥竜梅を看る》
地に蟠る臥竜 珠玉の鱗。清香 占め得たり 草廬の春。満園の雑沓 看花の客。誰か是れ 風流 三顧の人ならん。
※●龜井戶:亀戸 ●臥龍梅:呉服商・伊勢屋彦右衛門の別荘「清香庵」にあった梅の名木。明治末に洪水で枯死して今はない ●三顧:劉備が諸葛孔明を迎えるためにその草廬を三度訪ねた故事。当時孔明が「伏竜」と称されていたことから臥竜梅を孔明にたとえたもの
2-81 《冬日與昆溪遊梅莊》 齋藤竹堂
半日林閒借榻停。坐看千樹雪瓏玲。吾曹於世眼常白。共向梅花便作靑。
《冬日 昆渓と梅荘に遊ぶ》
半日 林間に 榻を借りて停まる。坐ろに看る 千樹の雪 瓏玲たるを。吾が曹 世に於いて 眼 常に白きも。共に梅花に向かへば 便ち青と作る。
※●眼常白:常に俗世を白眼視している ●作靑:青眼(黒眼)になる
2-82 《深川竹枝》 菊池五山
江口連檣矗若麻。夕陽紅歇送歸鴉。佳期別在水雲裏。一葉扁舟盪豬牙。
《深川竹枝》
江口の連檣 矗たること麻の如し。夕陽 紅 歇みて 帰鴉を送る。佳期 別に在り 水雲の裏。一葉の扁舟 猪牙を盪かす。
※●矗:長くまっすぐなさま ●豬牙:猪牙舟。江戸の水路で広く使われた、細長い小舟
2-83 《深川竹枝》 菊池五山
結隊紅妝入畫樓。大娘押尾小當頭。對筵竝坐嬌無語。偏爲生人要學羞。
《深川竹枝》
隊を結んで 紅粧 画楼に入る。大娘は尾を押さへ 小は頭に当たる。筵に対して並坐し 嬌として語る無し。偏へに生人の為めに羞を学ぶを要す。
※●大娘:年長の芸者 ●押尾:最後尾を務める ●當頭:先頭に立つ ●生人:慣れていない客、うぶの客 ●學羞:恥じらっているふりをする
2-84 《深川竹枝》 菊池五山
凌晨姊妹兩相攜。社下焚香鬟髻低。小步階陰閒處立。手抛玉粒餧神鷄。
《深川竹枝》
凌晨 姉妹 両(ナラ)びて相ひ携へ。社下 香を焚きて 鬟髻 低(タ)る。階陰を小歩して 間処に立ち。手づから玉粒を抛ちて 神鶏に餧す。
※●玉粒:米粒の美称 ●餧:食べさせる
2-85 《深川竹枝》 菊池五山
紅橋翠陌簇香塵。簾幕家家管領春。舊日門前調馬地。珊鞭遺卻屬今人。
《深川竹枝》
紅橋 翠陌 香塵 簇がり。簾幕 家家 春を管領す。旧日 門前 調馬の地。珊鞭 遺却して 今人に属す。
※●調馬地:深川の富岡八幡宮の門前町は江戸時代はじめには幕府の馬場が置かれていた
2-86 《深川竹枝》 菊池五山
細草新裙相映宜。妙音宮畔踏靑時。蘆芽一寸堪爲管。玉指挑來信口吹。
《深川竹枝》
細草 新裙 相ひ映じて宜し。妙音宮畔 踏青の時。芦芽 一寸にして 管と為すに堪へたり。玉指 挑げ来たりて 口に信せて吹く。
※●妙音宮:妙音天(弁財天の別名)を祀る寺社。深川では冬木弁天堂が有名。ただし冬木弁天堂が一般に公開されたのは明治になってから ●管:笛
2-87 《深川竹枝》 菊池五山
穿過彎橋曲曲通。来舟斗與去舟逢。隔簾香霧難明了。纔認語聲軽喚儂。
《深川竹枝》
彎橋を穿ち過ぎて 曲曲として通ず。来舟 斗(タチマ)ち 去舟と逢ふ。簾を隔つる香霧 明了なり難く。纔かに語声を認めて 軽く儂を喚ぶ。
※●香霧:簾の向こうの人物(女性)の香り。 ●明了:はっきりしたこと、明らかなこと ●纔認語聲:声色からやっと気付く
2-88 《深川竹枝》 菊池五山
淺水蘆邊涼似秋。小姑學釣在船頭。玉纖未慣擡竿速。只道癡魚不上鉤。
《深川竹枝》
浅水 芦辺 涼 秋に似たり。小姑 釣を学んで 船頭に在り。玉繊 未だ慣れずして 竿を擡ぐること速く。只だ道ふ 痴魚 鉤に上らずと。
※●玉繊:玉のように美しい、細い指 ●擡竿速:竿を引き上げるのが速すぎる
2-89 《深川竹枝》 菊池五山
社頭賽會値中秋。戶戶珠簾夜不收。閒卻淸光一天月。滿街紅映萬星毬。
《深川竹枝》
社頭の賽会中秋に値れり。戸戸の珠簾夜収めず。間却す 清光 一天の月。満街 紅は映ず万星の毬。
※●賽會:大勢が集まって神を迎え祭祀をする。ここでは中秋節(旧暦八月十五日)に行われていた富岡八幡宮の例大祭(深川祭り)を指す
2-90 《深川竹枝》 菊池五山
月落江頭半夜潮。船家艤艇候歸橈。女奴扶得醉人上。先點毬燈照棧橋。
《深川竹枝》
月は落つ 江頭 半夜の潮。船家 艇を艤して 帰橈を候つ。女奴 酔人を扶け得て上らしめ。先づ 毬灯を点じて 桟橋を照らす。
※●艤:ふなよそおいをする。出船の準備をする
2-91 《深川竹枝》 菊池五山
歡去春寒惻五更。鸞衾獨自睡難成。招同姊妹閒相語。早到山鐘第一聲。
《深川竹枝》
歓 去り 春 寒くして 五更を惻む。鸞衾 独り自づから 睡 成り難し。招いて姉妹と同に間かに相ひ語れば。早くも到る 山鐘の第一声。
※●五更:日の入りから日の出までを五つに分けた時間区分の最後。
2-92 《深川竹枝》 菊池五山
夜深兩兩宿鴛鴦。屛掩春雲夢正香。知否眼前秋冷淡。漁篝月白滿天霜。
《深川竹枝》
夜は深し 両両たる宿鴛鴦。屛は春雲を掩ひて 夢 正に香し。知るや否や 眼前 秋の冷淡なるを。漁篝 月は白し 満天の霜。
※●兩兩宿鴛鴦:つがいで揃ってねぐらに眠るオシドリ。一夜をともにしている男女の比喩 ●春雲:春の雲のように暖かで気持ちの良い布団
2-93 《深川竹枝》 菊池五山
命薄新從北里移。紅衰只自向鸞知。眉心鬟樣妝成是。猶恐人看認舊時。
《深川竹枝》
命 薄くして 新たに北里より移る。紅 衰ふること 只だ自ら 鸞に向かひて知る。眉心 鬟様 粧ひて是れを成すも。猶ほ恐る 人の看て 旧時を認めんことを。
※●北里:吉原のこと ●鸞:鸞鏡。背面に鸞の文様がある鏡 ●舊時:吉原にいた頃の自分
2-94 《深川感懷》 關雪江
粉壁紅樓非舊時。漁家春寂柳如絲。一川風月船來去。不載絃歌載蛤蜊。
《深川感懐》
粉壁 紅楼 旧時に非ず。漁家 春 寂として 柳 糸の如し。一川の風月 船 来去するも。絃歌を載せず 蛤蜊を載す。
※●絃歌:音楽と歌。宴会の客 ●蛤蜊:ハマグリとアサリ
2-95 《丙辰首夏舟過深川》 植村蘆洲
夏淺不淺深川水。春殘不殘新地花。莫使鐘聲排戶入。有人猶夢舊繁華。
《丙辰首夏舟過深川》
夏 浅くして 浅からず 深川の水。春 残するも 残せず 新地の花。鐘声をして戸を排して入らしむること莫かれ。人の猶ほ旧繁華を夢みる有り。
※●丙辰:安政三年(1856年) ●新地:深川新地。隅田川河口東南部の干拓地。江戸の街の拡大にともない花街が形成され繁華街となったが、天保の改革により花街が取りつぶされて衰退していた
2-96 《江戶四時詩 洲崎蘆洲》 竹內雲濤
總水房山極目遐。秋潮退處露圓沙。波閒遙望模糊白。開遍洲蘆處處花。
《江戸四時詩 洲崎の芦洲》
総水 房山 極目 遐かなり。秋潮 退く処 円沙を露はす。波間 遥かに望めば 模糊として白し。開き遍し 洲芦 処処の花。
※●洲崎:現在の東京都江東区東陽1丁目。もともと湿地帯で元禄期に埋め立てられ、潮干狩りの名所として知られた ●総水房山:房総の山水。洲崎は東は房総半島、西は芝浦まで見渡せる景勝地でもあった ●圓沙:干潮時に丸く取り残された干潟
2-97 《飛鳥山》 野村篁園
茂樾千重掩水坡。路從飛鳥影邊通。躋攀不問花零落。獨向晴崖揖遠螺。
《飛鳥山》
茂樾千重水坡を掩う。路は飛鳥の影辺に従って通ず。躋攀花零落するを問わず。独り晴崖に向(オ)いて 遠螺に揖す。
※●飛鳥山:東京都北区王子にある小高い丘。享保年間に千本を超える桜が植えられ、花見の名所となった ●揖遠螺:遠くの山にあいさつする。飛鳥山は富士山や筑波山まで見渡せる眺望の良さでも人気だった
2-98 《目白不動》 館柳灣
豐嶺明王靈且神。林亭處士恐分身。曾於摩詰詩中見。白眼看他世上人。
《目白不動》
豊嶺の明王 霊にして且つ神なり。林亭の処士 恐らく分身。曽て摩詰の詩中に於いて見たり。白眼もて看他す 世上の人。
※●目白不動:目白不動堂。元和年間に現在の文京区関口に建立され東豊山浄竜院新長谷寺と号した。寛永年間に将軍家光の命により本尊の不動明王像が目白不動尊の号を与えられた。当時の目白不動堂は戦災で焼失し、高田の金乗院に合併されて今日に至る。 ●豐嶺:目白不動があった豊島ヶ丘(現在の文京区・豊島区にまたがる丘陵) ●摩詰:王維。字が摩詰
2-99 《赤羽橋有懷南郭悵然成詠》 大沼枕山
流水山前寒碧長。遺居何在草叢荒。一橋風月無人詠。漁唱商歌占夜涼。
《赤羽橋にて南郭を懐ふ有り 悵然として詠を成す》
流水 山前に 寒碧 長し。遺居 何くにか在る 草叢 荒れたり。一橋の風月 人の詠ずる無く。漁唱 商歌 夜涼を占む。
※●赤羽橋:芝増上寺の南、古川にかかる橋。橋の北東が芝増上寺の赤羽門にあたる ●南郭:服部南郭。荻生徂徠門下(蘐園学派)を代表する詩人
2-100 《三月八日同大沼子壽小金井看花》 釋梅癡
蝶意蜂情各自忙。板橋拄仗弄風光。溪流一道浮花去。流入城中飯甑香。
《三月八日 大沼子寿と同に 小金井にて花を看る》
蝶意 蜂情 各自に忙し。板橋 仗を拄いて 風光を弄す。渓流 一道 花を浮かべ去り。流れて城中に入れば 飯甑 香し。
※●大沼子壽:大沼枕山 ●小金井:江戸中期に小金井橋を中心とする玉川上水堤に全国各地のヤマザクラを移植したことから、江戸近郊の代表的な桜の名所となった ●溪流:玉川上水の流れ ●城中:江戸の町中
2-101 《南浦海苔詞》 館柳灣
雪霽風恬海色披。新苔著簇綠垂垂。天王洲上腰籃去。恰是前灣潮落時。
《南浦海苔詞》
雪 霽れ 風 恬かに 海色 披く。新苔 簇に著きて 緑 垂垂たり。天王洲上 籠を腰にして去(ユ)く。恰も是れ 前湾 潮 落つる時。
※●南浦:ここでは品川のこと ●天王洲:品川沖にあった砂洲。現在の品川区天王洲。幕末には海上砲台を建設するため埋め立てられたが未完に終わった
2-102 《品川雜題》 大沼枕山
新裁單布纈紋疎。正是祇園賽會初。一隊兒郞好身手。波心相喚洗神輿。
《品川雑題》
新裁の単布 纈紋 疎なり。正に是れ 祇園賽会の初め。一隊の児郎 身手 好し。波心に相ひ喚んで 神輿を洗う。
※●纈紋:絞り染めの模様 ●祇園賽会:北品川宿の鎮守は稲荷社(現在の品川神社)、南品川宿の鎮守は貴布袮社(現在の荏原神社)で、両社とも祇園午頭天王社の祭礼が6月に盛大におこなわれ、それぞれ「北の天王祭」「南の天王祭」と呼ばれた ●波心:波の真ん中。南の天王祭では神輿の海中渡御がおこなわれた
2-103 《品川雜題》 大沼枕山
南川北川殘月淸。前館後館班馬鳴。送郞五十三程去。獨聽寒潮坐到明。
《品川雑題》
南川 北川 残月 清く。前館 後館 班馬 鳴く。郎の五十三程に去るを送り。独り 寒潮を聴いて 坐ろに明に到る。
※●南川北川:南品川も北品川も ●前館後館:前の旅籠も後ろの旅籠も ●班馬:別れゆく馬 ●五十三程:東海道五十三次
2-104 《品川雜題》 大沼枕山
茫茫樓外水如天。總尾房頭望眼穿。一樣千帆風影白。不知若箇是郞船。
《品川雑題》
茫茫たる楼外 水 天の如し。総尾 房頭 望眼 穿つ。一様に千帆の風影 白く。知らず 若箇(イヅレ)か 是れ 郎が船なるかを。
※●總尾房頭:総州(上総・下総)の端、房州(安房)の端。房総の端から端まで。 ●穿:穴があくほどに見通す
2-105 《過泉岳寺》 大槻磐溪
三躍擊衣未成事。殉身海島亦徒爲。何似擐他國讐首。淋漓血滴故君碑。
《泉岳寺に過る》
三躍 衣を撃つも 未だ事を成さず。身を海島に殉ずるも 亦た徒為なり。何ぞ似ん 他の国讐の首を擐きて。淋漓たる血 故君の碑に滴らすに。
※●泉岳寺:赤穂義士の墓がある寺 ●三躍擊衣:春秋時代、晋の豫譲は滅ぼされた主君の仇を討とうとして果たせず、代わりにその衣を請い、三たび飛び上がってその衣に切りつけて「これで亡君に面目が立つ」と言って自害した
2-106 《東都春遊 御殿山》 大沼枕山
縦横舗席遍平岡。林婦招人媚夕陽。一串黎祁半壜酒。大桜樹下瞰春洋。
《東都春遊 御殿山》
縦横に席を舗きて 平岡に遍し。林婦 人を招いて 夕陽に媚ぶ。一串の黎祁 半壜の酒。大桜樹下 春洋を瞰る。
※●御殿山:北品川の高台。桜の名所であるとともに、品川の海を見渡せる景勝地でもあった ●黎祁:豆腐の異名
2-107 《殿山觀花有感於寬永大君遺阯》 釋梅癡
芳林閑澹襯斜陽。一半山光接海光。行殿無基春草合。風花空舞白霓裳。
《殿山にて花を観て 寛永大君の遺址に於いて感 有り》
芳林 閑澹として 斜陽に襯す。一半の山光 海光に接す。行殿 基 無く 春草 合し。風花 空しく舞ふ 白霓裳。
※●殿山:御殿山。北品川の高台。桜の名所であるとともに、品川の海を見渡せる景勝地でもあった ●寬永大君:寛永期の将軍。徳川家光。家光は御殿山を気に入り、鷹狩りや茶会などで頻繁に訪れたが、その当時の御殿などは元禄期の大火ですべて焼失した ●襯:近づく、くっつく
2-108 《海晏寺觀楓》 大槻磐溪
落木城南趁晚晴。寒山曲曲蹈紅行。殘陽倒照高楓上。一半糢糊一半明。
《海晏寺に楓を観る》
落木 城南 晩晴を趁ふ。寒山 曲曲として 紅を蹈んで行く。残陽 倒(サカシ)まに照らす 高楓の上。一半は糢糊として 一半は明らかなり。
※●海晏寺:南品川の寺院。北品川の御殿山と並ぶ桜の名所だった
2-109 《櫻祠》 篠崎小竹
晩維輕舸倚垂楊。領得陂塘五月涼。一飽旗亭荷葉飯。吟詩口吻有餘香。
《桜祠》
晩に軽舸を維ぎて 垂楊に倚る。領し得たり 陂塘 五月の涼。一たび 旗亭 荷葉の飯に飽きて。詩を吟ずれば 口吻に余香 有り。
※●櫻祠:大阪市都島区の桜宮(桜宮神社) ●荷葉飯:桜宮境内の料亭では夏になると「蓮飯」を出したという(『年中行事図譜』)。『本朝食鑑』には「荷葉飯」の記述があり、蓮の葉に飯を包んで蒸したものという。ただし他の料理書によれば、蓮の葉を刻んで米に混ぜて炊きこむ、蓮の葉を煎じた汁で米を炊く、など他の料理法もあったらしい
2-110 《桃谷》 篠崎小竹
遶郭桃花十里春。賞花羅綺起紅塵。尋得林深人少處。閒眠欲擬避秦民。
《桃谷》
郭を遶る桃花 十里の春。花を賞する羅綺 紅塵を起こす。尋ね得たり 林 深く 人 少なき処。間眠して 秦を避くるに擬せんと欲す。
※●桃谷:大阪市生野区にあり。もと土取場だったあとに18世紀後半、桃が植樹され「桃谷」と呼ばれるようになり、桃の花の名所となった
2-111 《天保山》 廣瀨梅墩(旭莊)
海勢北廻灣又灣。東南望豁紀泉閒。西風吹送千帆影。一一來朝天保山。
《天保山》
海勢 北に廻る 湾 又た湾。東南 望み豁く 紀泉の間。西風 吹き送る 千帆の影。一一 来朝す 天保山。
※●天保山:大阪市港区にあり。天保2年(1831年)に安治川とその港口を浚渫したときの土砂を積み上げてできた築山。その後、舟遊びなどの行楽地となり、幕末には砲台が建設され城塞となったが明治になって廃棄された。できた当初は標高20メートルほどあったが、土砂の採取や地盤沈下により現在は標高4.53メートル ●紀泉:紀伊と和泉
2-112 《尼崎》 賴山陽
寒樹蒼茫接港關。尼崎城下買舟還。那邊應有妻兒俟。依約雲閒得叡山。
《尼崎》
寒樹 蒼茫として 港関に接す。尼崎城下 舟を買ひて還る。那辺 応に妻児の俟つ有るべし。依約たる雲間 叡山を得たり。
※●尼崎:兵庫県尼崎市 ●叡山:比叡山。頼山陽の家があった京都の象徴
2-113 《湊川》 菅茶山
千年卽墨委丘墟。下馬碑前尙凜如。許國心肝三尺劍。傳家忠義一編書。
《湊川》
千年にして 即墨 丘墟に委すも。馬を下れば 碑前 尚ほ凜如たり。国を許す心肝三尺の剣。家に伝うる忠義一編の書。
※●湊川:楠木正成が足利尊氏に敗れて自決した地。 ●卽墨:戦国時代、斉の田単が燕軍を破り滅亡寸前だった斉を救った戦い ●碑:太閤検地で湊川に楠木正成の墓が見つかり、江戸時代に入ると徳川光圀によって「嗚呼忠臣楠子之墓」という碑が建てられた。湊川神社が創建されるのは明治になってからである
2-114 《一谷》 賴山陽
松際旗亭蕎麪香。山當人面古城牆。分明走狗將毚兔。誰把殘杯酹九郞。
《一谷》
松際の旗亭 蕎麵 香し。山 人面に当たる 古城牆。分明なり 走狗と毚兎と。誰か残杯を把って九郎に酹がん。
※●一谷:一之谷の古戦場 ●分明:当時の光景がはっきりと目に浮かぶさま ●走狗:よく走る猟犬。人の手先として使われたあと、用が済むと処分される存在のたとえ。ここでは源義経を指す ●毚兎:すばしっこい兎。「狡兎死して走狗烹らる」の狡兎に同じ。ここでは一之谷で義経に敗れた平家を指す ●將:並列の「と」
2-115 《經一谷》 草場珮川
風鼓潮波嚙白沙。海畿途傍翠屛斜。春深空賸王孫草。日暮誰憐刺史花。
《一谷を経たり》
風 潮波を鼓して 白沙を嚙む。海畿 途は翠屛に傍ひて斜めなり。春 深くして 空しく賸す 王孫の草。日 暮れて 誰か憐れまん 刺史の花。
※●一谷:一之谷の古戦場 ●王孫草:敦盛草。一之谷の戦いで若くして討死した平敦盛にちなんで名づけられた ●刺史花:歌への思いを強く残して一之谷の戦いで討死にした平忠度が詠んだ桜の花。刺史は地方長官のこと。忠度は薩摩守であったことによる
2-116 《住吉》 植村蘆洲
祠前行盡水浪浪。岸畔姬松已老蒼。尙有梳風舊時樣。碧釵千股落斜陽。
《住吉》
祠前 行き尽くせば 水 浪浪たり。岸畔の姫松 已に老蒼。尚ほ有り 風に梳る旧時の様。碧釵 千股 斜陽に落つ。
※●住吉:大阪市住吉区 ●祠:住吉大社 ●姬松:住吉大社は埋め立てが進む以前もともと海に面しており、海岸には松林があって「岸の姫松」と呼ばれていた。「我見ても久しくなりぬ住吉の岸の姫松いく代へぬらむ」(伊勢物語)
2-117 《須磨》 遠山雲如
故關無趾白鷗飛。小謫王孫去不歸。村雨松風還一夢。暮寒倂上綠蓑衣。
《須磨》
故関 趾 無く 白鷗 飛び。小謫の王孫 去って帰らず。村雨 松風 還た一夢。暮寒 併せ上る 緑蓑衣。
※●須磨:神戸市須磨区。『源氏物語』の光源氏や、在原行平が一時蟄居していた場所として知られる ●王孫:ここでは在原行平のこと。 ●去不歸:京の都へ戻って行き、須磨には帰ってこなかった ●村雨松風:須磨で行平の愛人となった姉妹。行平が都へ去ったあとも行平を慕い、庵を結んで行平の無事を祈りながら暮らしたといい、その庵は「松風村雨堂」として今に残る
2-118 《須磨西濱》 賴春水
風光慘澹海之潯。想得當年簫笛音。吾愛平門相宴樂。不同鎌府鬩牆心。
《須磨西浜》
風光 惨澹たり 海の潯。想ひ得たり 当年 簫笛の音。吾は愛す 平門の相ひ宴楽して。鎌府 鬩牆の心に同じからざるを。
※●須磨:源平の古戦場。海と山に囲まれていることから油断していた平家軍に、源義経は一之谷から襲いかかり、敗れた平家軍は海上に逃れた ●簫笛:笛の名手であり、戦いで討死した平敦盛の笛の音 ●鬩牆:垣根の内側でせめぎあう。兄弟で相い争うこと。平家滅亡後、頼朝が弟の義経や範頼を除いたことを指す
2-119 《奈良宿中沼氏》 釋大典
遶城多是梵王家。無復春風駐翠華。夜半鐘聲孤枕下。猶思長樂舊時花。
《奈良にて中沼氏に宿す》
城を遶るは 多く是れ 梵王の家。復た 春風の翠華を駐むる 無し。夜半の鐘声 孤枕の下。猶ほ思ふ 長楽 旧時の花。
※●梵王家:寺院のこと ●翠華:天子が用いる旗かざり。転じて天子の一行 ●長樂:漢代長安の都の宮殿の名。ここではかつての平城京を指す
2-120 《芳野》 菅茶山
萬人買醉攪芳叢。感慨誰能與我同。恨殺殘紅飛向北。延元陵上落花風。
《芳野》
万人 酔を買ひて 芳叢を攪す。感慨 誰か能く 我と同じからんや。恨殺す 残紅の北に向かって飛ぶを。延元陵上 落花の風。
※●延元陵:後醍醐天皇の陵墓
2-121 《芳山》 賴山陽
花蹊無處著啼鼯。寺寺樓臺鬧戲娛。杉檜參天春日黑。荒陵誰吊後醍醐。
《芳山》
花蹊 処として啼鼯を著くる無し。寺寺の楼台 戯娯に鬧がし。杉檜 天に参じて 春日 黒し。荒陵 誰か吊はん 後醍醐。
※●芳山:吉野山。桜の名所であるとともに南朝の行宮があった場所
2-122 《芳野懷古》 梁川星巖
今來古往事茫茫。石馬無聲抔土荒。春入櫻花滿山白。南朝天子御魂香。
《芳野懐古》
今来 古往 事 茫茫たり。石馬 声 無く 抔土 荒れたり。春は桜花に入って 満山 白く。南朝の天子 御魂 香し。
※●抔土:ひとつかみの土。転じて陵墓
2-123 《芳野懷古》 大槻盤溪
也似越王棲會稽。南山半壁拄天時。春宵夢醒櫻花月。憶否三郞十字詩。
《芳野懐古》
也た似たり 越王の会稽に棲むに。南山 半壁 天を拄ふる時。春宵 夢は醒む 桜花の月。憶ふや否や 三郎十字の詩。
※●三郎:備後三郎児島高徳。『太平記』に登場する武将。鎌倉幕府によって隠岐に流されることになった後醍醐天皇の移送中に行在所に潜入し、桜の幹に「天莫空勾践、時非無范蠡」という十字を書きつけて立ち去ったという。
2-124 《芳野》 河野鐵兜
山禽叫斷夜寥寥。無限春風恨未消。露臥延元陵下月。滿身花影夢南朝。
《芳野》
山禽 叫断して 夜 寥寥たり。無限の春風 恨み未だ消えず。露臥す 延元陵下の月。満身の花影 南朝を夢む。
※●延元陵:後醍醐天皇の陵墓
2-125 《芳野》 藤井竹外
古陵松柏吼天飆。山寺尋春春寂寥。眉雪老僧時輟帚。落花深處說南朝。
《芳野》
古陵の松柏 天飆に吼ゆ。山寺 春を尋ねて 春 寂寥たり。眉雪の老僧 時に帚くを綴め。落花 深き処 南朝を説く。
2-126 《芳山懷古》 鱸松塘
靑山滿目恨難消。陵樹花飛春寂寥。猶有殘僧守蘭若。御容掛壁說南朝。
《芳山懐古》
青山 満目 恨み消え難し。陵樹の花 飛んで 春 寂寥たり。猶ほ残僧の蘭若を守る有り。御容を壁に掛けて 南朝を説く。
※●蘭若:寺院のこと
2-127 《芳野》 齋藤拙堂
靜女長留千歲名。遺芳又見滿山櫻。飛花彷彿羽衣舞。更想源郞踏雪行。
《芳野》
静女 長く留む 千歳の名。遺芳 又た見る 満山の桜。飛花 彷彿たり 羽衣の舞。更に想ふ 源郎 雪を踏んで行くを。
※●靜女:静御前。源義経の愛妾。頼朝の追手から逃れる途中、吉野山で義経と別れた ●羽衣舞:霓裳羽衣の舞。天女のような見事な舞。捕らえられて鎌倉に送られた静御前が、頼朝に命じられて披露した白拍子の舞を指す。 ●源郞踏雪行:頼朝の前で舞った際、静は「吉野山 峰の白雪 ふみわけて 入りにし人の 跡ぞ恋しき」と義経を慕う歌を詠んで頼朝を激怒させた
2-128 《桶峽》 賴杏坪
一懈何知百禍隨。桶閒風雨幾人悲。請看京刹狂炎底。復著當年吉法師。
《桶峡》
一懈 何ぞ知らん 百禍の随ふを。桶間の風雨 幾人か悲しむ。請ふ看よ 京刹 狂炎の底。復た著す 当年の吉法師。
※●桶峽:桶狭間。 ●一懈:わずかな心の緩み、油断 ●京刹:都の寺院。本能寺のこと ●吉法師:織田信長のこと。信長の幼名
2-129 《桶狹閒》 太田錦城
荒原吊古古墳前。戰克將驕何得全。怪風吹雨晝如晦。驚破奇兵降自天。
《桶狭間》
荒原 古を吊ふ 古墳の前。戦 克つとも 将 驕らば 何ぞ全きを得ん。怪風 雨を吹いて 昼 晦の如し。驚破す 奇兵 天より降るかと。
※●晦:みそか、つごもり。陰暦の月の最終日。月の出ない闇夜
2-130 《桶狹閒懷古》 植村蘆洲
茅塞幽蹊露浸裳。孤松陰冷一墳荒。輿夫不解興亡事。笑撫苔碑話夕陽。
《桶狭間懐古》
茅は幽蹊を塞ぎ 露 裳を浸す。孤松 陰 冷やかにして 一墳 荒る。輿夫は解せず 興亡の事。笑って 苔碑を撫でて 夕陽に話る。
※●輿夫:駕籠かきの人夫
2-131 《渡天龍川》 柴野栗山
寶曆天明第八年。維正月吉涉龍川。天風吹雨川雲黑。知是天龍飛上天。
《天竜川を渡る》
宝暦 天明 第八年。維れ正月の吉 竜川を渉る。天風 雨を吹いて 川雲 黒し。知る是れ 天竜の飛んで天に上るを。
※●天明第八年:天明八年(1788年)
2-132 《渡天龍川》 植村蘆洲
田忽成淵淵忽洲。廻流深淺困行舟。素緇一躍懷當日。鴉鷺飛過斷岸頭。
《天竜川を渡る》
田は忽ち淵と成り 淵は忽ち洲。廻流 深浅 行舟 困しむ。素緇 一躍 当日を懐ふ。鴉鷺 飛び過ぐ 断岸の頭。
2-133 《大井川》 劉石秋
不建一橋微旨存。立功誰是憚勞煩。洪濤滾滾長江險。乂養凌波幾部軍。
《大井川》
一橋をも建てざるは 微旨 存す。功を立つるに 誰か是れ 労煩を憚らん。洪濤 滾滾たる 長江の険。乂養す 波を凌ぐ幾部の軍。
※●大井川:幕府の政策により架橋や渡船が禁止されたため、人力による「川越し」しか認められず、東海道最大の難所とされた
2-134 《不二》 賴春水
東道連年幾往還。名山處處拄孱顏。四面削成無向背。始知天下更無山。
《不二》
東道 連年 幾往還。名山 処処 孱顔を拄ふ。四面 削り成して 向背 無し。始めて知る 天下 更に山 無きを。
※●不二:富士山 ●東道:東海道 ●向背:正面と背面の区別
2-135 《富士山》 朝川善庵
萬壑千峰劍戟攢。爭高競秀幾孱顏。就中富士獨渾厚。便是東方第一山。
《富士山》
万壑 千峰 剣戟 攢まり。高きを争ひ 秀を競ふ 幾孱顔。就中(ナカンヅク) 富士は独り渾厚。便ち是れ 東方第一の山。
※●渾厚:大きくてどっしりしていること
2-136 《富士山》 安積艮齋
秦皇採藥竟難逢。東海仙山是此峰。萬古天風吹不斷。靑空一朵玉芙蓉。
《富士山》
秦皇 薬を採らんとして 竟に逢ひ難し。東海の仙山 是れ此の峰。万古 天風 吹き断えず。青空 一朶の玉芙蓉。
※●秦皇:秦の始皇帝。東海の仙山にあるという不老不死の霊薬を求めて徐福を派遣した
2-137 《蓮嶽》 藤井竹外
天邊淨植是何蓮。根壓四州東海連。笑殺西人誇玉井。開花十丈藕如船。
《蓮岳》
天辺に浄植するは 是れ 何の蓮ぞ。根は四州を圧して 東海に連なる。笑殺す 西人の玉井を誇るを。開花 十丈 藕 船の如しと。
※●蓮嶽:富士山 ●玉井:中国の崋山(華山)の山頂にあるという伝説の井戸で、そこには巨大な蓮が生えているという ●開花十丈藕如船:玉井を詠んだ韓愈の詩の句をそのまま用いたもの。韓愈《古意》「太華峰頭玉井蓮 開花十丈藕如船」
2-138 《望嶽》 太田南畝
日出扶桑海氣重。靑天白雪秀芙蓉。誰知五嶽三山外。別有東方不二峰。
《岳を望む》
日 扶桑に出でて 海気 重なる。青天 白雪 芙蓉 秀づ。誰か知らん 五岳 三山の外。別に 東方不二の峰 有るを。
※●五嶽:中国で国の鎮めとして尊崇した五つの山。泰山、崋山など ●三山:中国で東海に存在すると信じられた仙山。蓬莱・方丈・瀛州。
2-139 《望富嶽》 龜田鵬齋
雪嶽寒光入馬鞭。亂山如黛遶腰連。白蓮獨在靑天外。擎出玉皇香案前。
《富岳を望む》
雪岳の寒光 馬鞭に入る。乱山 黛の如く 腰を遶って連なる。白蓮 独り在り 青天の外。擎げ出だす 玉皇 香案の前。
※●玉皇:道教で説く天界の最高神。天帝 ●香案:香炉を載せる机
2-140 《望富嶽》 舟橋晴潭
西南諸嶽翠微連。中有一峰抽玉蓮。想像廬陵歐太守。眾賓座上醉頹然。
《富岳を望む》
西南の諸岳 翠微 連なり。中に 一峰 玉蓮を抽んづる有り。想像す 廬陵の欧太守。衆賓座上 酔ひて頽然たるを。
※●廬陵:宋代の地名。現在の江西省吉安市。欧陽脩の出身地 ●歐太守:欧陽脩のこと。歐陽脩《醉翁亭記》「太守謂誰。廬陵歐陽修也。」 ●眾賓座上醉頹然:歐陽脩《醉翁亭記》に「起坐而諠譁者、眾賓歡也、蒼顔白髮、頹然乎其間者、太守醉也。」とあり
2-141 《秋日望富士山》 石野雲嶺
山山錦樣競秋光。恰似羣妃舞袖長。惟有富峰嫌俗態。脫然獨著白霓裳。
《秋日 富士山を望む》
山山 錦様に 秋光を競ふ。恰も似たり 群妃の舞袖 長きに。惟だ 富峰の俗態を嫌ふ 有り。脱然として 独り著す 白霓裳。
※●錦樣:錦のように美しく。紅葉しているさま
2-142 《吉原望不二峰》 市河米庵
玉立撐天八朵重。巍然自作眾山宗。秋晴一點無雲翳。眞箇東方不二峰。
《吉原より不二峰を望む》
玉立 天を撐へて 八朶 重なり。巍然として 自づから作る 衆山の宗。秋晴 一点も雲翳 無し。真箇 東方 不二の峰。
※●八朵:富士山を八枚の花びらからなる蓮の花に見立てたもの ●眞箇:本当に
2-143 《過三保松原口占》 澤井鶴汀
滿眼松原連海靑。此鄕便是小仙京。一曲羽衣人不見。風琴徒入舊濤聲。
《三保松原を過ぐる口占》
満眼の松原 海に連なりて青し。此の郷 便ち是れ 小仙京。一曲の羽衣 人 見えず。風琴 徒らに入る 旧濤声。
※●三保松原:静岡市清水区にあり。駿河の名勝。羽衣伝説の舞台でもある。
2-144 《溫泉寺》 大槻盤溪
熱海靈泉天下奇。沸騰晝夜有常期。遠公不用蓮花漏。只聽雷轟禮六時。
《温泉寺》
熱海の霊泉は 天下の奇なり。沸騰すること昼夜 常期 有り。遠公も用ゐず 蓮花漏。只だ雷轟を聴いて 六時に礼す。
※●溫泉寺:清水山温泉寺。熱海七湯のひとつ大湯間歇泉のそばに位置する ●遠公:中国東晋の名僧、慧遠 ●蓮花漏:慧遠の弟子の慧要が作った時計。慧遠はこれを用いて規則正しい修行生活を送ったという ●雷轟:雷の轟き。間歇泉の噴き出す音をたとえた ●禮六時:昼夜六時、規則正しく礼拝を行う。張喬《寄山僧》「遠公獨刻蓮華漏。猶向山中禮六時。」
2-145 《箱根》 菅茶山
山氛和雨曉冥冥。亂石危橋步且停。前隊已臨高峻處。仰看炬火蔟如星。
《箱根》
山氛 雨に和して 暁 冥冥たり。乱石 危橋 歩み且つ停まる。前隊 已に高峻に臨む処。仰ぎ看る 炬火 蔟がりて星の如きを。
※●蔟:むらがる、あつまる。ここでは簇に同じ
2-146 《浴塔澤溫泉數日小詩紀事》 市河寬齋
僧房密被濕雲封。石磴苔深蔭怪松。祇有遊人破岑寂。連聲來叩不時鐘。
《塔沢温泉に浴すること数日 小詩もて事を紀す》
僧房 密かに湿雲に封ぜられ。石磴 苔 深くして 怪松に蔭(カク)さる。祇だ 遊人の岑寂を破る有り。連声 叩き来たる 不時の鐘。
※●蔭:おおう。かくす ●岑寂:さびしく静かなこと。また静かに高くそびえること ●不時鐘:割注に「寺名淨福院。無僧侶住。但有古鐘、任游人縱撞」とあり、観光客が無住寺の鐘を勝手に鳴らしていたらしい
2-147 《浴塔澤溫泉數日小詩紀事》 市河寬齋
向來未盡愛山情。霽後溪橋倚仗行。樵徑雲遮人不到。傍岩閒摘石長生。
《塔沢温泉に浴すること数日 小詩もて事を紀す》
向来 未だ尽きず 山を愛するの情。霽後の渓橋 仗に倚りて行く。樵径 雲 遮りて 人 到らず。岩傍 間かに摘む 石長生。
※●石長生:割注に「石長生俗喚做箱根草」とあり。箱根草は箱根シダとも呼ぶシダ植物
2-148 《足柄山》 大沼枕山
祕曲抽傳憐業斷。長途跋涉患軍危。笙聲一一寓誠意。恰有靑山明月知。
《足柄山》
秘曲 抽き伝へて 業の断ゆるを憐れみ。長途 跋渉して 軍の危うきを患ふ。笙声 一一 誠意を寓す。恰も 青山明月の知る有り。
※●足柄山:駿河と相模の国境の峠。源義光(新羅三郎)は音律をよくし、笙の名手豊原時元から秘曲をさずけられていた。後三年の役の際、義光は兄・義家(八幡太郎)の救援のため奥州へ赴くことになったが、自らが戦死して秘曲の伝承が途絶えることを恐れ、後をおってきた時秋(時元の子)に足柄峠で秘曲を伝授したという(『古今著聞集』)
2-149 《鷸立澤》 植村蘆洲
澤畔孤吟鷸影懸。西行遺跡暮籠煙。無心未必臨秋水。消盡官情已幾年。
《鷸立沢》
沢畔 孤吟すれば 鷸影 懸かる。西行の遺跡 暮に煙に籠もる。無心 未だ必ずしも 秋水に臨まず。官情を消し尽くして 已に幾年。
※●鷸立澤:鴫立沢。神奈川県中郡大磯町西部の渓流。西行の歌「心なき身にもあはれは知られけり鴫立つ沢の秋の夕暮」にちなんで名づけられた。実際に西行がここでこの歌を詠んだという言い伝えもあり、ここではそのように詠まれている
2-150 《小田原懷古》 市河寬齋
平家霸業恃金湯。五世功名一旦亡。剗卻箱根作平地。未應容易屬猿郞。
《小田原懐古》
平家の覇業 金湯を恃むも。五世の功名 一旦に亡ぶ。箱根を剗却して 平地と作さば。未だ応に 容易に猿郎に属すべからず。
※●小田原:後北条氏の根拠地 ●平家:後北条氏は平氏の流れ ●金湯:金城湯池。守りが堅固であること。ここでは後北条氏が箱根の険を恃みとしたこと ●猿郞:豊臣秀吉
2-151 《白旗祠》 龜田綾瀨
狡兔已死良狗烹。千載英魂怒未平。雷雨暗時奔石馬。猶聽鐵枴建甁聲。
《白旗祠》
狡兎 已に死して 良狗 烹らる。千載の英魂 怒り 未だ平らかならず。雷雨 暗き時 石馬 奔り。猶ほ聴く 鉄枴 建瓶の声。
※●白旗祠:白旗神社。静岡県藤沢市にあり。底本割注に「在相州藤沢駅。祀源廷尉」とある。源廷尉は源義経 ●鐵枴:鉄枴山。一之谷の戦いで義経軍が「逆落とし」で駆け下りた断崖のある山とされる
2-152 《畫島》 大槻盤溪
籠蔥島樹映波光。沙路通人一線長。誰道神仙不可接。蓬山宛在水中央。
《画島》
籠葱たる島樹 波光に映ず。沙路 人を通じて 一線 長し。誰か道ふ 神仙 接すべからずと。蓬山 宛かも在り 水の中央。
※●畫島:江の島。絵の島とも書かれたことから、それをさらに唐風に書きかえたもの ●籠蔥:草木が繁茂するさま。蘢蔥に同じ ●蓬山:蓬莱山。東海にあるという伝説の仙山
2-153 《望鎌倉舊府作》 草場珮川
中原鷄鬭競先鳴。當日齊東朝已盈。伊喔無端何老牝。家亡果識不祥聲。
《鎌倉の旧府を望みて作る》
中原 鶏 闘ひて 先鳴を競ふ。当日 斉東 朝 已に盈つ。伊喔 端 無くも 何ぞ 老牝なる。家 亡んで 果たして識る 不祥の声。
※●齊東:斉は春秋戦国時代の国。現在の山東省一帯を支配し、中原からは東に位置した。ここでは源頼朝が挙兵した東国を指す ●伊喔:ニワトリの鳴き声の擬音語 ●不祥聲:中国では古来「牝鶏 晨す」は禍を招くとされた
2-154 《望鎌倉舊府作》 草場珮川
豆萁何世不相煎。回顧行吟七步篇。腰越亦應諸越地。敎人一去隔胡天。
《鎌倉の旧府を望みて作る》
豆萁 何れの世か 相ひ煎ざらん。回顧して行吟す 七歩の篇。腰越も亦た応に諸越の地なるべし。人をして一たび去って胡天を隔てしむ。
※●豆萁:曹操の後継者争いに勝利した曹丕は、ライバルであった弟の曹植をとらえ、七歩あるくうちに詩を作るよう命じ、曹植は「煮豆燃豆萁、豆在釜中泣。本是同根生、相煎何太急。」と詠み、豆と萁は同じ根から生まれた兄弟なのに、どうして萁を燃やして豆を煮るのかと、兄である曹丕に理不尽さを訴えた。 ●腰越:頼朝の不興をかった義経は平家を滅ぼした功労者でありながら、腰越をこえて鎌倉に入ることを許されなかった。ここでは「越」の字があることから、腰越も「諸越(中国の南方)」のうち、といっている
2-155 《望鎌倉舊府作》 草場珮川
鎌山霸府鎭東陬。吊古遙憐建保秋。世業不振徒費力。難行一隻渡西舟。
《鎌倉の旧府を望みて作る》
鎌山の覇府 東陬を鎮む。古を吊して 遥かに憐れむ 建保の秋。世業 振はず 徒らに力を費やすも。行ひ難し 一隻 西に渡るの舟。
※●鎌山霸府:鎌倉幕府 ●建保:源実朝の時代の元号(1213~1219) ●渡西舟:実朝が宋にわたるために建造させた船。完成したが重すぎて海に浮かばず、砂浜で朽ち果てたという
2-156 《望鎌倉舊府作》 草場珮川
王子窟腥苔尙碧。將軍營廢柳空枯。似爲滅後守墳計。僧刹今仍存幾區。
《鎌倉の旧府を望みて作る》
王子窟 腥くして 苔 尚ほ碧なり。将軍の営 廃れて 柳 空しく枯れたり。滅後 墳を守るの計を為すに似て。僧刹 今 仍ほ 幾区か存す。
※●王子窟:鎌倉幕府滅亡の際、北条高時らが自害したと伝わる東勝寺の「腹切りやぐら」のことか
2-157 《望鎌倉舊府作》 草場珮川
應皇古廟擁崔嵬。華表月寒誰復來。唯聽金牌和淸唳。千年無恙鶴飛回。
《鎌倉の旧府を望みて作る》
応皇の古廟 崔嵬を擁す。華表 月 寒くして 誰か復た来らん。唯だ聴く 金牌の清唳に和するを。千年 恙 無く 鶴 飛び回る。
※●應皇古廟:応神天皇を祀る古い廟、つまり鶴岡八幡宮 ●華表:墓所や城郭、役所などの入口に立てる飾りの門。日本では神社の鳥居の漢訳語として用いる ●淸唳:鶴の清らかな鳴き声
2-158 《鎌倉吊古》 長谷川昆溪
東海老鯨波底斃。南山白虎土中昏。當年想見噬刀恨。碧草無邊舊血痕。
《鎌倉吊古》
東海の老鯨 波底に斃れ。南山の白虎 土中に昏し。当年 想ひ見る 刀を噬(カ)むの恨み。碧草 無辺 旧血痕。
※●東海老鯨:鎌倉幕府滅亡とともに自害した北条一族を指すか ●南山白虎:鎌倉の土牢に幽閉され、足利直義の命で殺された護良親王を指すか ●噬刀恨:『太平記』によれば、護良親王は自分の首を切ろうとする刀の剣先をくわえ、刃を噛み折り、首を取られたあともその口には折れた刀をくわえたままであったという
2-159 《鎌倉懷古》 大沼枕山
愚若蒲公猶見疑。論功安用豫州爲。禍機別在蕭牆內。卻是將軍不得知。
《鎌倉懐古》
愚なること蒲公の若きも 猶ほ疑わる。功を論ずるに 安んぞ予州の為すを用ゐんや。禍機は別に蕭牆の内に在り。却って是れ 将軍 知るを得ず。
※●蒲公:蒲冠者。源範頼。義経と比べ、ほとんど軍功をあげることがなかった ●豫州:源義経。平家追討の功により後白河法皇から伊予守に任じられた ●蕭牆:君臣の会見所にもうけられる屏風。転じて内部、身内。ここでは、頼朝にとって妻の実家である北条氏
2-160 《鎌倉懷古》 大沼枕山
隆準空歸土一抔。雌鷄何物早招憂。終然諸呂能吞漢。獨怪當年缺絳侯。
《鎌倉懐古》
隆準 空しく帰す土一抔。雌鶏 何物ぞ 早く憂いを招く。終然 諸呂 能く漢を吞む。独り怪しむ 当年 絳侯を欠くを。
※●隆準:高い鼻柱。漢の高祖劉邦の人相。源頼朝を劉邦にたとえたもの ●諸呂:劉邦の皇后、呂后の一族。劉邦の死後に実権を握って専横をきわめた。ここでは北条氏をたとえたもの ●絳侯:漢の功臣。呂后の死後、呂氏一族による簒奪の企て(呂氏の乱)を鎮圧して劉氏の天下を守った
2-161 《鎌倉》 大槻盤溪
羣山競秀翠周遭。孤廟巍然俯海濤。鶴去千年華表古。一株銀杏刺天高。
《鎌倉》
群山 秀を競ひて 翠 周遭す。孤廟 巍然として 海濤を俯す。鶴 去って 千年 華表 古び。一株の銀杏 天を刺して高し。
※●華表:鶴岡八幡宮の鳥居
2-162 《鶴岡謁八幡祠》 大沼枕山
靈光千古巋然存。赫赫明威日月新。一自諸平伏神戮。兵權長屬姓源人。
《鶴岡にて八幡祠に謁す》
霊光 千古 巋然として存す。赫赫たる明威 日月 新たなり。一たび諸平 神戮に伏してより。兵権 長く属す 姓源の人。
※●諸平:平氏の一族 ●姓源人:源を姓とする人。源氏の血を引く一族
2-163 《大塔王土牢》 賴杏坪
一道封章淚萬行。誰將隻字上君王。可憐黃壤無窮恨。春蚓到今書訴長。
《大塔王の土牢》
一道の封章 涙 万行。誰か隻字を将って君王に上げん。憐れむべし 黄壌 無窮の恨み。春蚓 今に到るも 訴へを書して長し。
※●大塔王:大塔宮護良親王。後醍醐天皇の第3子。鎌倉幕府打倒に活躍、建武新政下で征夷大将軍に任じられたが、足利尊氏と対立し、讒言によって失脚して捕らえられ、鎌倉の土牢に幽閉された。中先代の乱で北条軍が鎌倉に迫る混乱にまぎれて、足利直義の命により殺害された。
2-164 《土牢》 庄原篁墩
長樂鐘聲恍不眞。朝衣夢拂紫微塵。太陽非是有遺照。窮谷陰崖自閉春。
《土牢》
長楽の鐘声 恍として真ならず。朝衣 夢に払ふ 紫微の塵。太陽 是れ 遺照 有るに非ず。窮谷 陰崖 自づから春を閉ざす。
※●土牢:護良親王が幽閉された鎌倉の土牢のこと ●長樂:長楽宮。漢の長安にあった宮殿。ここでは京の都の内裏を指す ●紫微:北斗の北にある星の名、天帝の住むところ。転じて、都や宮中、中書省などを指す
2-165 《金澤》 大槻盤溪
水煙茫渺樹糢糊。十里湖光澹欲無。笑把金岡投後筆。淋漓寫出雨奇圖。
《金沢》
水煙 茫渺として 樹 糢糊たり。十里の湖光 澹くして無からんと欲す。笑って把る 金岡 投後の筆。淋漓として写し出ださん 雨奇の図。
※●金澤:武蔵国久良岐郡六浦荘にあった景勝地。現在の横浜市金沢区南東部一帯。当時は風光明媚な入り江が続いていた。 ●金岡:平安時代の伝説的絵師、巨勢金岡。金沢の美しい景色を描こうとして描き切れず、あきらめて松の根本に筆を投げ捨てたという「筆捨ての松」の伝承が残っている
2-166 《能見堂》 大沼枕山
画到金岡写不真。愧余詩筆枉労神。廿年幾度占八勝。能見堂中能見人。
《能見堂》
画 金岡に到るも 写して真ならず。愧づ 余が詩筆の枉げて神を労するを。廿年 幾度か 八勝を占る。能見堂中 能く人を見る。
※●能見堂:武蔵国の景勝地金沢を見渡す山上にあった地蔵堂。ここから眺めた八つの景色が金沢八景として有名になった ●金岡:平安時代の伝説的絵師、巨勢金岡。能見堂から金沢の美しい景色を描こうとして描き切れず、あきらめて松の根本に筆を投げ捨てたという「筆捨ての松」の伝承が残っている ●八勝:金沢八景
2-167 《小金原》 關雪江
平郊煙暖草抽芳。羣馬閒游嘶夕陽。不要一朝增市價。世無伯樂復何妨。
《小金原》
平郊 煙 暖かにして 草 芳を抽んづ。群馬 間游して 夕陽に嘶く。要せず 一朝 市価を増すを。世に伯楽 無くとも 復た何ぞ妨げん。
※●小金原:下総国で幕府が運営していた軍馬の放牧場、小金牧。本来、小金原は小金牧の一部の地名だが、牧全体、あるいは近隣の牧も含めて小金原と呼ぶことも多かった ●市價:小金牧で育った馬のうち、良馬は江戸の幕府に送られたが、それ以外の馬はせりにかけられて百姓に払い下げられ、農作業などに使役された。よって値打ちがないと思われたほうが牧でのんびり暮らし続けることができた
2-168 《登筑波山絕頂》 安積艮齋
突兀奇峰雲外浮。天風吹上絕巓秋。山河歷歷雙鞋下。但恐一呼驚八州。
《筑波山の絶頂に登る》
突兀たる奇峰 雲外に浮かぶ。天風 吹き上ぐ 絶巓の秋。山河 歴歴たり 双鞋の下。但だ恐る 一呼 八州を驚かさんことを。
2-169 《夏初游土浦》 關雪江
霞浦霞消煙雨暗。櫻川櫻落綠陰涼。此行自恨尋春晚。明歲重游及豔陽。
《夏初 土浦に游ぶ》
霞浦 霞 消えて 煙雨 暗く。桜川 桜 落ちて 緑陰 涼し。此の行 自ら恨む 春を尋ぬることの晩きを。明歳 重ねて游び 艶陽に及ばん。
※●土浦:霞ヶ浦の西岸に位置する地名 ●櫻川:茨城県の南西部を流れ土浦で霞ヶ浦へ流入する川。桜の名所として知られた ●豔陽:あでやかで美しい春の時節
2-170 《霞浦》 關雪江
香墨湖平硯面寬。野田經界似絲闌。翰場物物由天造。筑嶺仍爲筆架看。
《霞浦》
香墨湖 平らかにして 硯面 寛し。野田の経界 糸闌に似たり。翰場の物物 天造に由る。筑嶺 仍ほ為す 筆架の看。
※●香墨湖:霞ヶ浦。「かすみ」の音に当て字したもの ●絲闌:罫線を施した紙、またその罫線 ●筆架:筆掛け。筆を載せかけておく台
2-171 《鹿島》 大槻盤溪
湖山十里紫霞濃。一棹淸流載酒從。莫是仙眞棲隱處。雙松夾立鶴來峰。
《鹿島》
湖山 十里 紫霞 濃やかなり。一棹の清流 酒を載せて従ふ。是れ 仙真 棲隠の処なる莫からんや。双松 夾み立つ 鶴来たるの峰。
※●鶴來峰:鹿島神宮の北に鶴来ヶ丘というところあり。むかし卜部活麿という鹿島神宮の神官がその丘でいつも鶴を可愛がっていたが、ある日、鶴に乗って姿を消し、3年後戻って来て長生きし、亡くなったあとその丘の塚に葬られたという。
2-172 《銚港雜詠》 大槻盤溪
港口人煙萬戶稠。危檣林外海悠悠。紅輪輾上金鼇背。先照扶桑第一州。
《銚港雑詠》
港口の人煙 万戸 稠し。危檣林外 海 悠悠たり。紅輪 輾じ上る 金鼇の背。先づ照らす 扶桑 第一の州。
※●銚港:銚子の港 ●金鼇:金色の大すっぽん。仙人の住む蓬莱山あるいは蓬莱殿をその背中に載せているとされる
2-173 《銚港雜詠》 大槻盤溪
海門暮色已蒼然。只看洋洋水接天。穿眼金華靑一髮。蝦夷赤狄更何邊。
《銚港雑詠》
海門の暮色 已に蒼然たり。只だ看る 洋洋たる水 天に接するを。眼を穿てば 金華 青一髪。蝦夷 赤狄 更に何れの辺ぞ。
※●金華:陸奥国石巻の金華山 ●蝦夷:北海道 ●赤狄:極東ロシア。当時ロシアは赤蝦夷と呼ばれていた
2-174 《銚港雜詠》 大槻盤溪
滿船海鰮網來初。抃舞沙頭祝大漁。誰信波臣中賤族。一時威福壓紅魚。
《銚港雑詠》
満船の海鰮網来たるの初め。抃舞して 沙頭に 大漁を祝す。誰か信ぜん 波臣の中の賤族も。一時の威福 紅魚を圧するを。
※●海鰮:イワシ ●波臣:魚のこと ●紅魚:鯛のこと
2-175 《銚港雜詠》 大槻盤溪
遙天霞紫夕陽低。海色蒼茫望轉迷。九十九灣何處是。水禽啼過赤崖西。
《銚港雑詠》
遥天 霞 紫にして 夕陽 低し。海色 蒼茫として 望み 転た迷ふ。九十九湾 何れの処か是れなる。水禽 啼き過ぐ 赤崖の西。
※●九十九灣:九十九里浜 ●赤崖:屛風ヶ浦の赤い断崖
2-176 《潮來竹枝詞》 遠山雲如
霜落菰浦淺水淸。碧瑠璃上畫船行。外湖忽入裏湖去。十二橋頭盡月明。
《潮来竹枝詞》
霜 落ちて 菰浦 浅水 清し。碧瑠璃上 画船 行く。外湖より 忽ち 裏湖に入り去り。十二橋頭 尽く月明。
※●潮來:茨城県南東部に位置する水郷地帯。霞ヶ浦や常陸利根川に囲まれた水運の要所であった ●十二橋:潮来では張り巡らされた水路に多くの橋が架けられており、それらを「潮来十二橋」と呼んだ
2-177 《潮來竹枝詞》 遠山雲如
常總中閒一水通。芳期幾日阻狂風。情書一紙無由寄。郞在水西妾水東。
《潮来竹枝詞》
常総の中間 一水 通ず。芳期 幾日か 狂風に阻まる。情書 一紙 寄するに由無し。郎は水西に在り 妾は水東。
※●常總:常陸と下総。両国の境を常陸利根川(北利根川)が流れる。なお、底本では「常相(常陸と相模)」に作るが、明らかに意味が通じないため改めた
2-178 《滋賀有感》 賴杏坪
湖田麥秀菜花黃。偶問舊都過樂浪。豈料周公升帝位。華山底處吊成王。
《滋賀にて感 有り》
湖田 麦 秀でて 菜花 黄なり。偶〻 旧都を問ひて 楽浪を過ぐ。豈に料らんや 周公 帝位に升らんとは。華山 底れの処にか 成王を吊はん。
※●舊都:天智天皇が築いた大津京 ●樂浪:「ささなみ」と読み、琵琶湖西南部一帯を指す古称であるとともに、大津京を指す「志賀」の枕詞でもある ●周公:周の武王の弟、周公旦。ここでは、兄(天智天皇)の死後に政権を握った大海人皇子(天武天皇)をたとえたもの ●成王:周の武王の子。父の死後、幼くして即位し、叔父の周公旦に補佐されて政治をおこなった。ここでは、武王にたとえた天智天皇の子、大友皇子(弘文天皇)を指す。成王とは反対に、大友皇子は叔父の大海人皇子に滅ぼされた
2-179 《赤坂觀東照宮營》 賴山陽
原田每每繞高岡。想見觀師備韅鞅。行覺芒鞋無著處。滿山荆棘總甘棠。
《赤坂にて東照宮営を観る》
原田 毎毎 高岡を繞る。想ひ見る 観師 韅鞅を備ふるを。行くゆく覚ゆ 芒鞋 著くる処 無きを。満山の荊棘 総て甘棠。
※●韅鞅:韅も鞅も驂馬も飾り。韅は背につけるほだし、鞅は腹帯 ●甘棠:周の時代、召公という名君の善政に感謝した民が、召公ゆかりの甘棠の木を彼の死後も大切にした故事から、人民が名君の遺徳を慕う思いを象徴する
2-180 《關原》 六如
艱難創業想慶長。正賭乾坤在此場。春草茫茫營柵地。村人不敢牧牛羊。
《関が原》
艱難の創業 慶長を想ふ。正に乾坤を賭するは 此の場に在り。春草 茫茫たり 営柵の地。村人 敢へて牛羊を牧せず。
※●慶長:関ケ原の戦い時の元号(1596年〜1615年)
2-181 《關原》 太田錦城
仁人無敵有誰爭。烏合三軍何所成。五百餘年昏濁世。一朝四海屬淸明。
《関が原》
仁人 敵 無し 誰有ってか争はん。烏合の三軍 何の成す所ぞ。五百余年 昏濁の世。一朝にして 四海 清明に属す。
2-182 《關原》 梁川星巖
龍鬭蛇爭五百春。山河大地入兵塵。誰敎百姓免塗炭。百戰功夫一字仁。
《関が原》
竜闘蛇争 五百春。山河 大地 兵塵に入る。誰か百姓をして塗炭を免れしむ。百戦の功夫 一字の仁。
2-183 《關原懷古》 大槻盤溪
羣雄曾此賭乾坤。每每原田跡已陳。誰擧寰區奉眞主。到頭石豎是忠臣。
《関原懐古》
群雄 曽て此に 乾坤を賭す。毎毎 原田 跡 已に陳(フル)びたり。誰か 寰区を挙げて真主に奉ぜし。到頭 石豎は 是れ忠臣。
※●寰區:天子の治める区域。天下 ●石豎:石田三成のことを蔑んで呼んだ言葉
2-184 《養老泉》 廣瀨梅墩(旭莊)
岩石中分瀑布斜。浪花成酒不須賖。願將一滴瓢心水。灑向人閒千萬家。
《養老泉》
岩石 中分して 瀑布 斜めなり。浪花 酒と成って 賖るを須ゐず。願はくは 一滴の瓢心の水を将って。人間の千万家に向かって灑がん。
※●養老泉:養老の滝。岐阜県養老町にある名瀑。酒好きな父を思う孝行息子の真心が天に通じて滝の水が酒に変わったという伝説がある ●賖:おぎのる。ツケで買う
2-185 《淺閒嶽》 釋南山
焦煙鬱勃起遙空。燒劫曾霾關以東。憶得都門讀書日。灰塵千里暗簾櫳。
《浅間岳》
焦煙 鬱勃として 遥空に起こる。焼劫 曽て霾る 関以東。憶ひ得たり 都門 読書の日。灰塵 千里 簾櫳を暗くす。
※●淺閒嶽:浅間山。天明3年(1783年)の天明大噴火では関東一帯に大規模な降灰をもたらした ●焦煙:物が燃えて生じる煙。ここでは噴煙のこと ●霾:つちふる。土砂や灰などが天から降ってくること ●都門:みやこ。ここでは江戸のこと ●簾櫳:すだれの掛かったれんじ窓。
2-186 《伊香保溫泉》 橫山湖山
一道靈泉流不休。潺湲已度幾春秋。欲知無限回生力。枯草萎花君試投。
《伊香保温泉》
一道の霊泉 流れて休まず。潺湲として 已に度る 幾春秋。無限の回生の力を知らんと欲せば。枯草 萎花 君 試みに投ぜよ。
※●伊香保溫泉:群馬県渋川市にある名湯
2-187 《伊香保溫泉》 橫山湖山
樓臺高架白雲邊。不是村樵不是仙。又見化工多妙用。皕家生計一條泉。
《伊香保温泉》
楼台 高く架かる 白雲の辺。是れ 村樵にあらず 是れ 仙にあらず。又た見る 化工の妙用 多きを。皕家の生計 一条の泉。
※●化工:天の造化のしわざ ●皕家:温泉の地元の二百件の家家
2-188 《伊香保溫泉》 橫山湖山
地湧溫泉已屬奇。奇中更似此山稀。請看藥氣薰蒸際。無數游魚潑剌飛。
《伊香保温泉》
地の温泉を湧かすこと 已に奇に属す。奇中 更に此の山に似たるは稀なり。請ふ 看よ 薬気 薫蒸の際。無数の游魚 潑剌として飛ぶを。
※●藥氣:薬の成分を含む蒸気 ●薰蒸:いぶし蒸す
2-189 《華嚴瀑布》 市河米庵
崚嶒幾折達中禪。斗聽雷聲殷絕巓。竦立膽寒肌起粟。銀龍百尺下靑天。
《華厳瀑布》
崚嶒 幾折 中禅に達す。斗ち聴く 雷声の絶巓に殷たるを。竦立すれば 胆 寒く 肌に粟を起こす。銀竜 百尺 青天より下る。
※●崚嶒:山が高く険しいさま ●中禪:中禅寺湖近辺を指す。中禅寺湖から流れ出る大尻川が崖を流れ落ちるのが華厳の滝 ●斗:たちまち ●竦立:そびえたつ、つま先立つ ●肌起粟:鳥肌が立つ
2-190 《松島》 賴春水
一碧瑠璃澹不波。平灣無數點靑螺。月明宛似龍燈出。分付光輝夜色多。
《松島》
一碧の瑠璃 澹として波だたず。平湾 無数に 青螺を点ず。月明 宛も竜灯の出づるに似たり。光輝を分付して 夜色 多し。
※●龍燈:海上につらなる火の玉。竜神のともす灯に見立てたもの
2-191 《金山雜詠》 館柳灣
靈洞雲蒸紫彩凝。蒼巖相護勢崚嶒。要知昭代多嘉瑞。看取深山寶藏興。
《金山雑詠》
霊洞 雲 蒸して 紫彩 凝る。蒼巌 相ひ護りて 勢ひ崚嶒たり。知るを要す 昭代に嘉瑞の多きを。看取す 深山に宝蔵の興るを。
※●金山:佐渡の金山 ●寶藏:宝物の蔵、宝の山、転じて産物の多く出る地、天然の資源
2-192 《金山雜詠》 館柳灣
鎚聲遠響白雲涯。細聽硜硜金石諧。山卒下來相報道。礦光今日不勝佳。
《金山雑詠》
鎚声 遠く響く 白雲の涯。細かに聴く 硜硜として 金石 諧ふを。山卒 下り来たりて 相ひ報道す。礦光 今日 佳きに勝へず。
※●硜硜:石をたたく硬い音の響くさま ●山卒:金山ではたらく鉱夫
2-193 《金山雜詠》 館柳灣
老孃持板石牀跏。汰去汰來整復斜。五尺方池波拍岸。山陽也見浪淘沙。
《金山雑詠》
老嬢 板を持して 石床に跏す。汰し去り 汰し来たり 整 復た 斜。五尺の方池 波 岸を拍つ。山陽にも也た見る 浪淘沙。
※●板:細かく砕いた鉱石から金をえり分けるための板。汰り板(ゆり板)と呼ばれる。底本の割注に「淘金板方三尺有奇、形似箕而淺、汰礦粉去、去沙取金。謂之板取、金山婦人之職也。」とある ●跏:あぐらをかく
2-194 《金山雜詠》 館柳灣
斫來而燒燒而碎。煉石誰知勞苦深。千碓萬磨成粉後。爐中始化一星金。
《金山雑詠》
斫り来たりて焼き 焼きて砕く。煉石 誰か知らん 労苦の深きを。千碓 万磨 粉と成るの後。炉中 始めて化す 一星の金。
※●煉石:石を溶かして金を精錬する
2-195 《明光浦》 菊池溪琴
水畔樓臺映落霞。石欄人影過橋斜。伽羅山上廉纖雨。飛濕仙娥廟裏花。
《明光浦》
水畔の楼台 落霞に映ず。石欄の人影 橋を過ぎて斜めなり。伽羅山上 廉繊たる雨。飛びて湿す 仙娥廟裏の花。
※●明光浦:和歌の浦(和歌山市)の別名。聖武天皇が行幸の際にその美しさをたたえて名付けたという ●伽羅山:和歌の浦にある玉津島神社の背後の山、奠供山。『紀伊国名所図会』で伽羅山と呼ばれる。岩肌が香木の伽羅に似た「伽羅岩」がある ●仙娥廟:玉津島神社。仙娥は仙女、天女。玉津島神社の祭神は3柱とも女神であり、特に衣通姫(そとほりひめ)は絶世の美女とされていることからこう呼んだものか
2-196 《明石浦》 齋藤拙堂
山光帆影憶當年。播海楚江名句傳。誰識東西同一想。歌仙何肯讓詩仙。
《明石浦》
山光 帆影 当年を憶ふ。播海 楚江 名句 伝ふ。誰か識らん 東西 同一の想。歌仙 何ぞ肯へて 詩仙に譲らん。
※●明石浦:兵庫県明石市 ●播海:播磨の海 ●楚江:岷江の別名。岷山に源を発し岳陽楼の前で洞庭湖に注ぐ ●東西:日本と中国 ●歌仙:明石に柿本神社もあり歌聖とたたえられる柿本人麻呂のことと思われる ●詩仙:李白
2-197 《舞妓灣》 森田梅礀
鷗背揚揚帆影孤。濃雲低水午陰鋪。遠風吹送黿鼉窟。隔海泉山淡欲無。
《舞妓湾》
鷗背 揚揚として 帆影 孤なり。濃雲 水に低れて 午陰 舗く。遠風 吹き送る 黿鼉の窟。海を隔つる泉山 淡くして無からんと欲す。
※●舞妓灣:舞子浜。神戸市垂水区。白砂青松の景勝地として知られた ●黿鼉:オオガメとワニ ●泉山:和泉国の山々
2-198 《藝南江村竹枝》 賴杏坪
靑裙一隊戴盤行。盤重翻知步步輕。商略得錢多少數。妻兒頭上是權衡。
《芸南江村竹枝》
青裙の一隊 盤を戴いて行く。盤 重くして 翻って知る 歩歩 軽きを。商略して銭を得る 多少の数。妻児の頭上 是れ権衡。
※●藝南:安芸国の南部 ●戴盤:魚など売り物を入れたたらいを頭上に載せて ●商略:商売上のかけひき ●妻兒:一家の主人たる夫ではなく、妻と子の、という意味 ●權衡:はかりの重りとさお。転じて物事のつりあい。ここでは家計のバランスということか
2-199 《藝南江村竹枝》 賴杏坪
開墾年年及山頂。旱田隨處種甘藷。海商爭買三冬後。滿窖寒儲戶有餘。
《芸南江村竹枝》
開墾 年年 山頂に及ぶ。旱田 随処に 甘藷を種う。海商 争ひ買ふ 三冬の後。満窖の寒儲 戸に余り有り。
※●甘藷:さつまいも。中南米原産で日本へは琉球を経て江戸時代に伝わった。やせた土地でも育つため、飢饉を救う救荒作物として栽培が奨励された ●寒儲:冬の間の貯え
2-200 《藝南江村竹枝》 賴杏坪
南村桃李北村柿。栽柿也看生計長。七月擣成千石漆。靑椑翻不待秋霜。
《芸南江村竹枝》
南村の桃李 北村の柿。柿を栽うるも也た看る 生計の長きを。七月 擣き成す 千石の漆。青椑 翻って秋霜を待たず。
※●檮成:臼でついて作る ●漆:ここでは柿渋のこと。防腐・防水にすぐれた塗料として利用された ●青椑:青柿。青柿をつきつぶして出る汁から柿渋を作った
2-201 《廣島城南凡三十餘里皆爲鹹池遍插刺竹望之若水柵然卽牡蠣田也》 賴杏坪
匝地笆犂不得潮。時淸斥鹵也豐饒。淘淘三萬六千頃。一夜寒風長蠣苗。
《広島城南 凡そ三十余里 皆な鹹池と為し 遍く竹を挿刺す 之を望めば水柵の若く然たり 即ち牡蠣田なり》
地を匝る笆犂 潮を得ず。時 清ければ 斥鹵も也た豊饒なり。淘淘たり 三万六千頃。一夜の寒風 蠣苗を長ず。
※●鹹池:塩水の池 ●水柵:水流をせきとめる柵 ●斥鹵:塩分が多く作物が育たない土地 ●蠣苗:養殖中の牡蠣の幼生
2-202 《赤馬關懷古》 朝川善庵
維昔天皇壽永春。厓山一敗自傷人。寺僧幸說當年事。免把興亡問水濱。
《赤馬関懐古》
維れ昔 天皇 寿永の春。厓山の一敗 自づから人を傷ましむ。寺僧 幸ひに説く 当年の事。興亡を把って 水浜に問ふを免る。
※●赤馬關:赤間が関。下関の別名。平家が滅亡した壇ノ浦の戦いが行われた場所。 ●壽永:安徳天皇の時の年号(1182~1184)。寿永4年春3月24日に壇ノ浦の戦いが行われた ●厓山:南宋が元軍との最終決戦に敗れ、幼帝と共に滅亡した地。壇ノ浦をたとえたもの
2-203 《赤馬關懷古》 朝川善庵
御裳水古玉琤琮。忍向煙波問舊蹤。海底便知帝都存。百川無日不朝宗。
《赤馬関懐古》
御裳の水 古りて 玉 琤琮たり。煙波に向かって 旧踪を問ふに忍びんや。海底 便ち知る 帝都の存するを。百川 日として宗に朝せざるは無し。
※●御裳水:御裳川の水。本来、伊勢の五十鈴川の別名だが、安徳天皇とともに入水した二位尼の辞世の歌「今ぞ知る みもすそ川の 御ながれ 波の下にも みやこありとは」にちなんで、関門海峡に注ぐ小川の名前となった
2-204 《高野山》 劉石秋
千村萬落互綢繆。高野山靑壓一州。誰料沙門衣鉢業。大封終古敵諸侯。
《高野山》
千村万落 互ひに綢繆す。高野山 青くして 一州を圧す。誰か料らん 沙門 衣鉢の業。大封 終古 諸侯に敵するを。
※●一州:高野山のある紀伊の国全体 ●沙門:僧侶のこと ●衣鉢:袈裟と飯鉢。禅宗で相伝して法統継承の証としたもの。転じて学問技芸等を弟子などに伝えること
2-205 《高野山》 劉石秋
樓臺樹杪層層出。蘆笠岩肩累累行。行到山巓平衍處。方三十里梵王城。
《高野山》
楼台 樹杪 層層として出づ。芦笠 岩肩 累累として行く。行きて 山巓 平衍の処に到れば、方三十里 梵王城。
2-206 《高野山》 劉石秋
泉下樂邦開別天。秦皇漢武枉希仙。請看不死千金藥。難及埋屍數貫錢。
《高野山》
泉下の楽邦 別天を開く。秦皇 漢武 枉げて仙を希ふ。請ふ看よ 不死 千金の薬。及び難し 屍を埋むる数貫の銭に。
※●泉下:あの世 ●秦皇:秦の始皇帝。不老不死の仙薬を求めて徐福に東海の仙山を探させた ●漢武:漢の武帝。不老不死を願って神仙思想に傾倒した
2-207 《高野玉川》 關雪江
高僧一闋看歌詞。玉水千年在口碑。混混泉流消昔毒。萬家今日仰晨炊。
《高野玉川》
高僧 一闋 歌詞を看る。玉水 千年 口碑に在り。混混たる泉流 昔毒を消す。万家 今日 晨炊を仰ぐ。
※●玉川:高野山の奥之院へ向かう途中にある川 ●高僧:弘法大師空海のこと ●一闋:一回歌い終わること。ここでは和歌の一首 ●歌詞:弘法大師が玉川を詠んだ和歌の歌詞「忘れてもくみやしつらむ旅人の高野のおくの玉川の水」 ●口碑:世間の言い伝え ●昔毒:かつて玉川の水に含まれていると考えられていた毒。『風雅集』に収められた弘法大師の「忘れても・・・」の歌には「高野の奥院へまゐる道に、玉川という川の水上に、毒蟲の多かりければ、此ながれをのむまじきよしをしめしおきてのちよみ侍る」という詞書がついている
2-208 《象山雜詩》 村上佛山
香火南州第一場。威靈不獨遍扶桑。漢兒亦禱風濤穩。金榜高懸輝夕陽。
《象山雑詩》
香火 南州 第一場。威霊 独り扶桑に遍きのみならず。漢児も 亦た祷る 風濤の穏やかならんことを。金榜 高く懸かりて 夕陽に輝く。
※●象山:香川県琴平町の象頭山。中腹に金刀比羅宮がある ●香火:仏に供える香を焚く火 ●南州:南方の州。ここでは南海道、もしくは四国を指す ●漢兒:中国人。金刀比羅宮内の旭社の社殿の楼上に掲げられる「降神観」の扁額は清国の文人・王文治の筆によるもので、清国人の劉雲臺という人物が献納したもの。このことは十返舎一九の「金毘羅参詣続膝栗毛」でも触れられており、金毘羅参りが盛んだった当時は広く知られていたようである ●金榜:金文字で書かれた扁額。「降神観」の扁額のこと
2-209 《象山雜詩》 村上佛山
此是金陵響屧廊。畫橋有屋聳斜陽。迎來送去女郞屐。踏碎遊人木石腸。
《象山雑詩》
此れは是れ 金陵の響屧廊。画橋 屋 有りて 斜陽に聳ゆ。来るを迎へ 去るを送る 女郎の屐。踏み砕く 遊人 木石の腸。
※●金陵:琴平の街のこと。頼山陽がこの地を中国の金陵(現在の南京)になぞらえた ●響屧廊:春秋時代、呉王夫差が王宮内に作った特殊な廊下。歩くと音が鳴るようにできていた ●畫橋有屋:琴平を流れる金倉川にかかる鞘橋には屋根があり、当時から有名だった
2-210 《三笠山》 劉石秋
唐宮明月照吟思。瞻望美人天一涯。三笠山前今夜客。臨風獨詠使臣辭。
《三笠山》
唐宮の明月吟思を照らす。美人を瞻望す天の一涯。三笠山前今夜の客。風に臨んで独り詠ず使臣の辞。
※●三笠山:奈良・若草山の別名。●使臣辭:遣唐使として派遣され、唐で亡くなった阿倍仲麻呂の「天の原 ふりさけみれば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも」の歌
2-211 《三笠山有懷安部仲麿》 梁川星巖
風華想見晁常侍。皇國使臣唐客卿。山色依然三笠在。一輪明月古今情。
《三笠山にて安部仲麿を懐ふ有り》
風華 想ひ見る 晁常侍。皇国の使臣 唐の客卿。山色 依然として 三笠 在り。一輪の明月 古今の情。
※●晁常侍:阿倍仲麻呂のこと。唐名「晁衡」、官界に入って左拾遺、左補闕、秘書監などを歴任し、左散騎常侍にも任じられた
2-212 《長崎謠十解》 賴山陽
入港西洋賈客船。譙樓信砲數聲傳。兩藩戌卒森旌戟。萬炬如星夜不眠。
《長崎謡十解》
港に入る 西洋 賈客の船。譙楼の信砲 数声 伝はる。両藩の戌卒 旌戟 森たり。万炬 星の如く 夜 眠らず。
※●譙樓:城門の上のやぐら。物見やぐら ●信砲:合図の砲声 ●兩藩:福岡藩と佐賀藩。交替で長崎警衛の軍役をつとめた
2-213 《長崎謠十解》 賴山陽
金鬣芳柔壓海腴。百杯泉釀瀉眞珠。客誇拇戰成高手。昨夜三贏吳下奴。
《長崎謡十解》
金鬣芳柔海腴を圧す。百杯の泉醸真珠を瀉ぐ。客は誇る 拇戦 高手と成るを。昨夜 三たび呉下の奴に贏つ。
※●金鬣:金色の胸鰭。立派で美しい魚 ●海腴:人参(高麗人参)の異名。非常に高価な薬草だった ●拇戰:本拳(長崎拳)と呼ばれる酒席の遊び ●高手:技芸にすぐれること、また、その人。名人
2-214 《崎陽雜詩》 廣瀨林外
海門晝暗火輪煙。淸世不煩烽燧傳。喇叭啾啾胡樂動。鎭臺今日在英船。
《崎陽雑詩》
海門 昼 暗し 火輪の煙。清世 烽燧の伝はるを煩はさず。喇叭 啾啾として 胡楽 動き、鎮台 今日 英船に在り。
※●崎陽:長崎のこと ●火輪:火輪船。蒸気船のこと ●鎭臺:地方を鎮め守るための部隊、役所、またその司令官、長官。ここでは長崎奉行
2-215 《崎陽雜詩》 廣瀨林外
十里珠簾枕碧灣。管絃聲湧海雲閒。鄂人昨饗英人去。席上銀錢積似山。
《崎陽雑詩》
十里の珠簾 碧湾に枕し。管絃の声は湧く 海雲の間。鄂人 昨 英人を饗し去り。席上の銀銭 積んで山の似し。
※●鄂人:鄂羅斯(オロス)人。ロシア人
2-216 《蝦夷雜詩》 嶺田楓江
短衣窄袖敵寒風。凍指一呵抨硬弓。怖獸無聲竄陰壑。滿天飛雪晝濛濛。
《蝦夷雑詩》
短衣 窄袖 寒風に敵す。凍指 一呵して 硬弓を抨く。怖獣 声 無く 陰壑に竄る。満天の飛雪 昼 濛濛たり。
※●蝦夷:アイヌ ●怖獣:おそれ驚いた獣
2-217 《蝦夷雜詩》 嶺田楓江
團欒炙肉坐沙場。碧眼黃髥傾酪漿。鼓腹嗚嗚歌未罷。九郞山下月如霜。
《蝦夷雑詩》
団欒 肉を炙って 沙場に坐す。碧眼 黄髥 酪漿を傾く。鼓腹 嗚嗚として 歌 未だ罷まず。九郎山下 月 霜のごとし。
※●碧眼黃髥:アイヌの容貌の形容。異民族を描く際の常套句を用いたもの ●酪漿:牛馬などの乳汁、またそれを煮詰めてつくった飲料。底本では「酪醬」に作るが、「醬」では韻が合わず、誤植であろう ●九郎山:北海道檜山郡乙部町の山。九郎は源義経。奥州平泉から落ち延びた義経が北海道に逃れてきて立ち寄ったという伝説による山名
2-218 《蝦夷雜詩》 嶺田楓江
羆熊採膽陰山雪。膃肭曬臍千島晴。今日獸租裝載去。滿帆春色向松城。
《蝦夷雑詩》
羆熊 胆を採りて 陰山 雪ふり。膃肭 臍を晒して 千島 晴る。今日 獣租 装載し去り。満帆の春色 松城に向かふ。
※●羆熊:ヒグマ ●陰山:中国北方の山。古代には北方異民族との境界をなした。ここでは北海道の果ての山を漠然と指す ●膃肭:オットセイ ●臍:ヘソ。この場合は陰茎を指す。強壮剤として高値で取引された。 ●千島:千島列島 ●松城:松前城
2-219 《蝦夷雜詩》 大沼枕山
八郞單身取琉球。九郞多士況善謀。蝦夷若用西征力。北斗以南皆我州。
《蝦夷雑詩》
八郎 単身 琉球を取る。九郎は多士 況んや謀を善くするをや。蝦夷に 若し西征の力を用ゐなば、北斗以南 皆な我が州ならん。
※●八郞:鎮西八郎源為朝。保元の乱で敗れた崇徳上皇方につき、伊豆大島に流罪となった。伝説では、その後、伊豆大島を抜け出して琉球に渡り、その子(舜天)が琉球の王になったという。 ●九郎:源義経 ●西征:西への遠征、つまり平家を滅ぼした戦い
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