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『皇朝分類名家絶句』巻5 題画
5 題画
5-1 《四條納涼圖》 菅茶山
士女挨攜幾萬人。時裝一樣越絺新。紫巾認得爲姣子。墨齒知他是近臣。
《四条納涼の図》
士女 挨携す 幾万人。時装 一様に 越絺 新なり。紫巾 認得す 姣子 為るを。墨歯 知他す 是れ近臣なるを。
※●四條:京都の四条河原 ●越絺:越後縮の夏衣 ●姣子:若衆のこと。前髪を隠すため頭巾をかぶっていた ●墨齒:お歯黒をした歯
5-2 《東山雪日圖》 菅茶山
買醉圓山雪暗林。愛着狂絮點杯心。下階雛妓爲何事。抽得銀釵手試深。
《東山雪日の図》
酔を買ふ円山 雪 林を暗くす。愛着す 狂絮の杯心に点ずるを。階を下りて 雛妓 何事をか為す。銀釵を抽き得て 手づから深きを試みる。
※●円山:京都東山の円山 ●狂絮:狂ったように舞う柳のわた。ここでは雪のたとえ ●雛妓:舞子の見習い
5-3 《題嵐山圖》 大沼枕山
碧松涵影碧潺湲。霽景催遊午正暄。好是一篙新漲裏。春船載美遡櫻源。
《嵐山の図に題す》
碧松 影を涵して 碧 潺湲たり。霽景 遊を催して 午 正に暄かなり。好きは是れ 一篙 新漲の裏。春船 美を載せて 桜源を遡る。
※●新漲:雨が降って新しく水がみなぎること ●櫻源:桃源郷のように桜が咲き誇る川の源
5-4 《題富士山圖》 葛西因是
傳聞日出拂扶桑。又說蓬萊不可航。東海崧高名富士。始知身已在仙鄕。
《富士山の図に題す》
伝へ聞く 日は出でて 扶桑を払ふと。又た説く 蓬萊は航るべからずと。東海の崧高名は富士。始めて知る 身の已に 仙郷に在るを。
※●崧高:山の高く大きいさま
5-5 《士嶽圖》 岡本花亭
玉容端正九霄閒。獨立無爭氣象閒。標得含仁君子圖。百蠻遙欲仰名山。
《士岳図》
玉容 端正なり 九霄の間。独立 争ふこと無く 気象 間なり。標し得たり 仁を含む君子の図。百蛮 遥かに名山を仰がんと欲す。
※●士嶽:富士山
5-6 《富嶽圖》 長戶得齋
昨夜天仙此聚班。宴終皆駕鳳驂還。猶留一片瑤杯在。倒掛南箕北斗閒。
《富嶽の図》
昨夜 天仙 此に班を聚め。宴 終りて 皆な鳳驂に駕して還る。猶ほ一片の瑶杯を留めて在り。倒しまに掛く 南箕 北斗の間。
※●南箕:星座の名。南方七宿のひとつ
5-7 《題文晁畫富士薄暮圖》 菅茶山
紅輪西沒隱三峰。峰色模糊別作容。非是東游經久客。誰知一種黑芙蓉。
《文晁が富士薄暮を画くの図に題す》
紅輪 西に没して 三峰 隠る。峰色 模糊として 別に容を作す。是れ 東游 久しきを経る客に非ざれば。誰か知らん 一種の黒芙蓉。
※●文晁:谷文晁。江戸時代後期の南画家
5-8 《日光瀑布圖》 篠崎小竹
天河傾倒萬奔雷。目眩耳聾肝膽摧。怪他探勝東歸客。只說金銀佛寺開。
《日光瀑布の図》
天河 傾倒す 万奔雷。目 眩み 耳 聾して 肝胆 摧く。怪しむ 他の探勝東帰の客。只だ金銀の仏寺 開くを説くのみなるを。
※●日光瀑布:日光の名瀑、華厳の滝
5-9 《題養老瀑圖》 梅辻春樵
山鳴溪響湧雲煙。滈瀑豈容敎近前。卻恨昔年經過日。巉巖逢旱遏潺湲。
《養老瀑の図に題す》
山 鳴り 渓 響きて 雲煙 湧く。滈瀑として 豈に近前せしむるを容(ユル)さんや。却って恨む 昔年 経過の日。巉巌 旱に逢ひて 潺湲を遏(トド)めしを。
※●滈瀑:水の湧きたつさま
5-10 《題奈古曾關圖》 菅茶山
關門形勢扼蝦夷。憶昔東征駐四騏。淸世窮邊路無梗。行人閒唱落花辭。
《奈古曽の関の図に題す》
関門の形勢 蝦夷を扼す。憶ふ昔 東征して 四騏を駐めしを。清世の窮辺 路に梗(フサ)がり 無く。行人 間(シヅ)かに唱ふ 落花の辞。
※●奈古曾關:勿来関(なこそのせき)。現在の福島県いわき市にあった古代の関所。有名な歌枕 ●落花辭:源義家が勿来関で詠んだ和歌「吹く風を勿来の関と思へども道もせに散る山桜かな」
5-11 《窟前奏樂圖》 小野湖山
律呂相和鼓吹聲。傞傞神女舞衣輕。當時非有謀臣在。安得千秋仰大明。
《窟前 楽を奏づるの図》
律呂 相ひ和す 鼓吹の声。傞傞たる神女 舞衣 軽し。当時 謀臣の在る有るに非ずんば。安くんぞ得ん 千秋 大明を仰ぐを。
※●窟前:天照皇大神が隠れた天岩戸(あまのいわと)の前 ●謀臣:岩戸を開くための策を練ったオモイカネノミコト。底本割注に「謀臣指思兼命」とあり
5-12 《廏戶皇子拜佛圖》 東條琴臺
憲法初成儲業昌。聰明智慧繼先皇。奉款僉同蕭叔達。悉心乾竺大雄王。
《厩戸皇子 仏を拝むの図》
憲法 初めて成りて 儲業 昌なり。聡明なる智慧 先皇を継ぐ。款を奉ずること 僉(コトゴト)く蕭叔達に同じく。心を悉くす 乾竺の大雄王。
※●廏戶皇子:聖徳太子 ●儲業:儲君(皇太子)としての業績 ●蕭叔達:南朝梁の初代皇帝・武帝。仏教に深く帰依し、「皇帝菩薩」と称せられた ●乾竺:天竺に同じ ●大雄王:仏の尊称
5-13 《延喜帝寒夜脫御衣圖》 齋藤拙堂
堪恨重華聽斷違。浮雲蔽日暗王畿。紫溟故相泣恩賜。卻爲寒民脫御衣。
《延喜帝 寒夜に御衣を脱ぐの図》
恨むに堪へたり 重華も聴断 違へるを。浮雲 日を蔽ひて 王畿 暗し。紫溟の故相 恩賜に泣くも。却って 寒民の為めに御衣を脱ぐ。
※●延喜帝:醍醐天皇。後世、その治世は、在位中の代表的元号をとって「延喜の治」と称される ●重華:古代中国の伝説上の聖天子、舜の名前。ここでは醍醐天皇をたとえる ●紫溟:筑紫の海の意か。大宰府は筑前にあり、その前身は筑紫大宰である ●故相:元の大臣。菅原道真 ●恩賜:道真がかつて恩賞として賜った御衣。道真の詩「恩賜御衣今在此 捧持毎日拜餘香」による ●脫御衣:醍醐天皇が寒夜に御衣を脱ぎ、人民の寒さを思ったという故事
5-14 《武內抱幼主圖》 菅茶山
絕海何名大出師。欲將遺詔撫邊陲。東方自古誇驍勇。誰及君臣盛一時。
《武内 幼主を抱くの図》
絶海 何の名にて 大いに師を出だす。遺詔を将って 辺陲を撫せんと欲す。東方 古より 驍勇を誇るも。誰か 君臣の一時に盛んなるに及ばん。
※●武內:武内宿禰。景行・成務・仲哀・応神・仁徳の5代の天皇に仕えた伝説的な忠臣 ●幼主:応神天皇。父は仲哀天皇、母は神功皇后。神功皇后の三韓征伐の帰途で生まれたという
5-15 《伊企灘罵新羅王圖》 大沼枕山
日本之刀氣共剛。爲擒不屈罵夷王。偸生瓊缶穢於土。何似死臣臀肉香。
《伊企灘 新羅王を罵るの図》
日本の刀 気 共に剛なり。擒と為りて 屈せず 夷王を罵る。生を偸む瓊缶は 土より穢る。何ぞ似ん 死臣の臀肉の香しきに。
※●伊企灘:調伊企儺(つき の いきな)。欽明天皇の時代、新羅討伐軍に従軍したが、敗れて捕虜となった。新羅の将から「我が尻をくらえ」と言われたのに対し、「新羅の王、我が尻をくらえ」と叫び続けて、殺された。 ●瓊缶:河辺瓊缶(かわべ の にえ)。新羅討伐軍の副将。新羅軍の捕虜となって命乞いをし、妻を身代わりにして解放された
5-16 《膳臣刺虎圖》 小野湖山
不知中夜失其兒。君子周身防或非。手刃於菟復仇去。珠邦幸不墜皇威。
《膳臣 虎を刺すの図》
知らず 中夜 其の児を失ふを。君子 周身の防 或ひは非なり。手づから於菟を刃して 復讐し去る。珠邦 幸いに皇威を墜さず。
※●膳臣:膳巴提便(かしわで の はすひ)。欽明天皇の時代の豪族。百済に派遣されたとき、息子を食べた虎を見つけ出し、刺し殺して復讐を果たしたという ●周身防:全身すきなく防ぐこと。危険を冒さないこと ●於菟:虎の異名 ●珠邦:異邦に同じ
5-17 《浦島子歸家圖》 劉石秋
天台無策駐劉郞。畢竟仙家事可量。卓識千秋漢成帝。溫柔不換白雲鄕。
《浦島子 家に帰るの図》
天台 劉郎を駐むるに策 無し。畢竟 仙家の事 量るべけんや。卓識 千秋 漢の成帝。温柔 換えず白雲郷。
※●浦島子:浦島太郎 ●劉郞:後漢の劉晨。阮肇と共に天台山に入って美女と結ばれてしばらく過ごしたが、故郷が恋しくなって山を下りると七代もの世代が過ぎていたという『幽明録』の話がある ●溫柔:温柔郷のこと。温かで柔らかな郷里の意から、転じて美人、美人のねや、色街などのことをいう ●白雲鄕:仙界のこと。『趙飛燕外傳』という稗史に、「(成帝)謂爲溫柔鄕曰、吾老是鄕矣、不能效武帝更求白雲鄕也」とある
5-18 《菅公畫像》 岡本黃石
千里飛梅夢寐深。應緣淸白愜孤襟。一枝持得修姱節。也似靈均紉蕙心。
《菅公の画像》
千里の飛梅 夢寐に深し。縁に応ふる清白 孤襟に愜ふ。一枝 持し得たり 修姱の節。也た似たり 霊均 蕙を紉ぶの心。
※●修姱:道をおさめて美しいさま。脩姱に同じ ●靈均:楚の屈原のこと
5-19 《菅公祈天圖》 鹽田隨齋
一片丹心已動天。遠遷豈有訴天牋。神威元自雷霆赫。枉被人閒作畫傳。
《菅公 天に祈るの図》
一片の丹心 已に天を動かす。遠遷 豈に天に訴ふるの牋 有らんや。神威 元より自づから 雷霆 赫たり。枉げて 人間に画と作りて伝へらる。
※●遠遷:遠く大宰府に左遷されたこと
5-20 《安部仲麻呂望月圖》 村上佛山
三笠山頭一輪月。孤舟海上欲歸人。千秋只有淸輝在。應識晁卿非叛臣。
《安部仲麻呂 月を望むの図》
三笠山頭 一輪の月。孤舟 海上 帰らんと欲するの人。千秋 只だ清輝の在る有り。応に識るべし 晁卿の叛臣に非ざるを。
※●晁卿:阿部仲麻呂のこと。唐名で晁衡と名乗った ●叛臣:底本割注に「先儒有譏仲麻呂仕唐以爲叛者」とある
5-21 《題義家畫像》 梅辻春樵
前九後三征賊軍。多年謀戰奏殊勳。治兵果出治經手。有似卻金虞允文。
《義家の画像に題す》
前九 後三 賊軍を征す。多年の謀戦 殊勲を奏す。兵を治むるの果は 経を治むるの手に出づ。金を却くる虞允文に似たる有り。
※●義家:八幡太郎源義家 ●虞允文:南宋の宰相。采石磯の戦い(1161年)で南進してきた金軍を破る軍功を挙げ、官位は左丞相・枢密使まで昇った。学者としても『唐書』『五代史』の注、春秋講義等の著作がある
5-22 《八幡太郞踰名古曾關圖》 菅茶山
三歲懸軍滯塞沙。英風猶不廢詞華。令嚴行伍無多事。卓馬關門詠落花。
《八幡太郎 名古曽の関を踰ゆるの図》
三歳の懸軍 塞沙に滞る。英風 猶ほ詞華を廃せず。令 厳にして 行伍に 多事 無し。馬を関門に卓てて 落花を詠ず。
※●名古曾關:勿来の関 ●行伍:軍隊 ●詠落花:義家が勿来の関で「吹く風を勿来の関と思へども道もせに散る山桜かな」という和歌を詠んだこと
5-23 《題八幡公過勿來關圖》 草場珮川
九載東征缺我牀。關山歸馬獨彷徨。春風無限英雄恨。幾陣花飛滿路傍。
《八幡公 勿来関を過ぐるの図に題す》
九載の東征 我が床を欠く。関山の帰馬 独り彷徨す。春風 限り無し 英雄の恨み。幾陣の花 飛んで 路傍に満つ。
※●幾陣花飛滿路傍:義家が勿来の関で詠んだ「吹く風を勿来の関と思へども道もせに散る山桜かな」という和歌にちなむ
5-24 《題八幡公過勿來關圖》 藤森弘庵
誓掃胡塵不顧家。懸軍萬里向邊沙。馬頭殘日東風惡。吹落關山幾樹花。
《八幡公 勿来関を過ぐるの図に題す》
誓って胡塵を掃はんと 家を顧みず。懸軍 万里 辺沙に向かふ。馬頭の残日 東風 悪し。吹き落とす 関山 幾樹の花。
5-25 《題八幡公過勿來關圖》 大沼枕山
鈐韜餘事尙詞雄。詠向關門駐鐵驄。部伍令嚴春晝寂。白旗不動落花風。
《八幡公 勿来関を過ぐるの図に題す》
鈐韜の余事 尚ほ詞雄。詠じて関門に向かひ 鉄驄を駐む。部伍 令 厳にして 春昼 寂たり。白旗 動かず 落花の風。
※●鈐韜:兵法、武術 ●鐵驄:青黒ずんだ毛色の馬
5-26 《題八幡公過勿來關圖》 大槻盤溪
白旆央央辭帝家。春風躍馬入煙霞。知君勝算無遺策。橫槊關門詠落花。
《八幡公 勿来関を過ぐるの図に題す》
白旆 央央として 帝家を辞し。春風 馬を躍らせて 煙霞に入る。知る 君が勝算 遺策 無きを。槊を関門に横たへて 落花を詠ず。
5-27 《題八幡公過勿來關圖》 小野湖山
誰言百戰不酬功。萬里東邊指掌中。身帶恩光出關去。征衣春暖落花風。
《八幡公 勿来関を過ぐるの図に題す》
誰か言ふ 百戦 功に酬いられずと。万里の東辺 指掌の中。身に 恩光を帯びて 関を出で去る。征衣 春 暖かなり 落花の風。
※●不酬功:後三年の役を平定した義家に対し、朝廷は恩賞を与えるどころか、「勝手に私戦を起こした」として陸奥守から解任した
5-28 《題八幡公過勿來關圖》 賴支峰
多年百戰不酬功。又擁征旄向海東。勒馬空吟惆悵句。勿來關外落花風。
《八幡公 勿来関を過ぐるの図に題す》
多年 百戦するも 功に酬いず。又た 征旄を擁して 海東に向かふ。馬を勒めて 空しく吟ず 惆悵の句。勿来関外 落花の風。
5-29 《題八幡太郞獻弓鎭夢魔圖》 賴山陽
百戰瘢痍未酬功。龍鍾白首爲誰雄。此身不及黑蛇影。得近五雲香暖中。
《八幡太郎 弓を献じて 夢魔を鎮むるの図》
百戦の瘢痍 未だ功に酬いず。竜鍾たる白首 誰が為めにか雄ならん。此の身 及ばず 黒蛇の影の。五雲香暖の中に近づくを得たるに。
※●八幡太郞獻弓鎭夢魔:『宇治拾遺物語』にある話。白河院が夢で物の怪に襲われたため、物の怪退治には枕元にしかるべき武具を置くのがよいということになり、源義家が黒塗りの弓を献上した。その弓を枕元に置くと悪夢を見ることはなくなった ●黑蛇影:献上した黒塗りの弓のこと
5-30 《新羅三郞足柄山吹笙圖》 大槻盤溪
邊塞兇徒未伏誅。吾兄幾歲苦馳驅。一聲吹徹離鴻曲。憑寄秋風到海隅。
《新羅三郎 足柄山に笙を吹くの図》
辺塞の兇徒 未だ誅に伏さず。吾が兄 幾歳か 苦(ネンゴ)ろに馳駆す。一声 吹き徹す 離鴻の曲。秋風に憑寄して 海隅に到らしむ。
※●新羅三郞:源義光。義家の弟。音律をよくし、笙の名手豊原時元から秘曲をさずけられていた。後三年の役の際、義光は兄・義家(八幡太郎)の救援のため奥州へ赴くことになったが、自らが戦死して秘曲の伝承が途絶えることを恐れ、後をおってきた時秋(時元の子)に足柄峠で秘曲を伝授したという(『古今著聞集』)
5-31 《宗任詠梅圖》 大沼枕山
當日王人亦暴哉。宸園惡折辱花魁。輸他東鄙累囚士。解道堂堂我國梅。
《宗任 梅を詠ずるの図》
当日 王人も亦た暴なるかな。宸園 悪しく折って 花魁を辱しむ。輸す 他の東鄙 累囚の士。堂堂たる我が国の梅を解道するに。
※●宗任:安倍宗任。奥州の豪族、前九年の役で捕らえられ都へ送られた。宗任を馬鹿にした都の貴族が梅の花を折って見せて「この花が何かわかるか」と嘲笑したところ、宗任は「わが国の 梅の花とは見つれども 大宮人はいかがいふらむ」と歌で答えて相手を驚かせた
5-32 《題鎭西八郞圖》 賴山陽
一箭曾期定八洲。豈圖失路老荒陬。剩將當日穿楊技。弋獲琉球葉大州。
《鎮西八郎の図に題す》
一箭 曽て期す 八洲を定むるを。豈に図らんや 路を失って 荒陬に老いんとは。剰え当日の穿楊の技を将って。弋獲す 琉球 葉大の州。
※●鎭西八郞:源為朝。為義の八男、義朝の弟。剛勇無双、弓の名手として知られる。保元の乱で崇徳上皇方について敗れ、伊豆大島に流された。伝説ではその後琉球に渡って、その子(舜天)が琉球の王になったという ●八洲:大八洲。日本の別名 ●穿楊:矢で楊の枝をうがつこと。弓の技術がきわめてすぐれていることのたとえ
5-33 《實盛戰沒圖》 岡本花亭
北陸殉身錦戰衣。如於東海更增輝。士川不洗頭絲墨。潰卻平軍水鳥飛。
《実盛 戦没の図》
北陸 身を殉ず 錦戦衣。如し 東海に於いてすれば 更に輝を増さん。士川 洗はず 頭糸の墨。平軍を潰却して 水鳥 飛ぶ。
※●實盛:斎藤実盛。平家に仕えた武将。平家と木曽義仲の篠原の戦いで討ち取られた。死を覚悟していた実盛は「最後こそ若々しく戦いたい」と考え白髪を黒く染めていた。首実験のため近くの池で首を洗ったところ染めていた髪が白髪になり、実盛だと確認された ●士川:富士川。実盛は富士川の戦いにも従軍していたが、奮戦の機会はなかった。実盛が東国武士の勇猛さをしきりに説いたため、平家の武将たちは恐怖心に駆られ、水鳥の羽音を夜襲と勘違いして総崩れになったとされる
5-34 《源爲朝射戰艦圖》 石野雲嶺
猿臂斷筋何足憂。水城一箭忽浮漚。朝家當日依吾策。此鏑粉齏平賊頭。
《源為朝 戦艦を射るの図》
猿臂 筋を断つも 何ぞ憂ふるに足らん。水城 一箭もて 忽ち浮漚。朝家 当日 吾が策に依らば。此の鏑 平賊の頭を粉齏せしならん。
※●源爲朝射戰艦:保元の乱後、とらえられて伊豆大島に流罪となった為朝は、そこでも暴れまわり、伊豆諸島を事実上支配してしまった。このため朝廷は追討軍を派遣し、為朝は奮戦ののち自害を決意し、最後に一矢むくいようと、敵の軍船に向かって矢を射たところ、軍船に命中したちまち沈没したという ●斷筋:保元の乱後にとらえられた為朝は、二度と弓矢を扱えないように、肘の関節をはずされた上で流罪となった ●粉齏:齏粉に同じ。粉微塵にくだく
5-35 《題牛稚從母奔圖》 賴山陽
索乳柔拳凍欲龜。白旄他日挽回春。可憐命薄成終始。又作芳山踐雪人。
《牛稚 母に従ひて奔るの図に題す》
乳を索むる柔拳 凍えて亀せんと欲す。白旄 他日 春を挽回す。憐れむべし 命 薄きこと 終始を成すを。又た作る 芳山に雪を践むの人。
※●牛稚:牛若丸。源義経の幼名 ●龜:ひび、あかぎれ。音はキン、真韻
5-36 《源廷尉流弓圖》 賴杏坪
虎蕡猿臂一門空。多力徒爲萬鬼雄。廷尉復讐如射鳥。休羞不挽六鈞弓。
《源廷尉 弓を流すの図》
虎蕡 猿臂 一門 空し。多力 徒らに万鬼の雄と為る。廷尉の復讐 鳥を射るが如し。羞づるを休めよ 六鈞の弓を挽かざるを。
※●源廷尉流弓:源義経の弓流しの話。壇ノ浦の戦いの最中、愛用の弓を誤って海に落とした義経は、敵に弓を拾われ、「源氏の大将は、この程度の弱い弓を使っているのか」と侮られることをおそれ、命がけで弓を拾った ●虎蕡:古代中国の官名。虎のような勇猛の士をあて、王の護衛を担った ●萬鬼雄:万鬼のかしら。英雄の亡霊をいう ●六鈞:百八十斤の重さの強い弓
5-37 《辨公仗叩源判官圖》 植村蘆洲
豪僧策妙主君安。免得嚴關吏卒看。客舌休誇脫函谷。叫鷄容易叩牛難。
《弁公の仗 源判官を叩くの図》
豪僧の策 妙にして 主君 安し。免れ得たり 厳関の吏卒の看。客舌 誇るを休めよ 函谷を脱するを。鶏を叫ぶは容易にして 牛を叩くは難し。
※●辨公:武蔵坊弁慶。安宅の関で主君・源義経を杖で叩き、疑いを晴らして窮地を脱した ●客舌:孟嘗君の食客の舌 ●叫鷄:孟嘗君の食客が鶏の鳴き真似をし、鶏たちが朝が来たと勘違いして一斉に鳴き、函谷関の門が開いて、孟嘗君は無事に函谷関を通過して逃げることができた ●牛:義経(幼名:牛若)のこと
5-38 《那須資隆射扇圖》 東條琴臺
兩軍相亂走艨艟。紅袂香翻屋島風。一箭若非穿扇彀。神謀還缺萬夫雄。
《那須資隆 扇を射るの図》
両軍 相ひ乱れて 艨艟 走る。紅袂 香は翻る 屋島の風。一箭 若し 扇彀を穿つに非ずんば。神謀 還た欠く 万夫の雄。
※●那須資隆:那須与一。屋島の戦いで、平家方の軍船に掲げられた扇の的を射抜いた ●扇彀:扇の的
5-39 《題北條時賴佐野某繡像》 廣瀨梅墩(旭莊)
儉以率身由祖訓。兒能鏖虜見孫謀。何須八使問民病。飛錫親巡六十州。
《北条時頼 佐野某の繡像に題す》
倹 以て身を率ゐるは 祖訓に由り。児 能く虜を鏖するは 孫謀を見る。何ぞ須ゐん 八使 民病を問ふを。飛錫 親(ミヅカ)ら巡る 六十州。
※●佐野某:佐野源左衛門。能の演目「鉢木」の登場人物。身分を隠して旅の僧として諸国行脚していた北条時頼に宿を貸し、貧しい暮らしで薪にも事欠くなか、秘蔵の鉢植えを火にくべて精一杯のもてなしをし、落ちぶれたとはいえ「いざ鎌倉」のときには馳せ参じるつもりだと覚悟を語った。まもなく鎌倉から諸国の御家人に招集がかかり、鎌倉に駆け付けた佐野の前に現れた時頼から恩賞をたまわった ●兒:北条時頼の嫡子、北条時宗 ●孫謀:子孫のためのはかりごと ●八使:後漢の順帝のとき、風俗視察のため全国に派遣した八人の使い
5-40 《題北條時賴佐野某繡像》 廣瀨梅墩(旭莊)
大雪壓檐檐勢危。爐紅一點欲消時。無薪何以留佳客。剪盡盆梅不自知。
《北条時頼 佐野某の繡像に題す》
大雪 檐を圧して 檐 勢ひ 危うし。炉紅 一点 消えんと欲する時。薪 無く 何を以てか 佳客を留めん。盆梅を剪り尽くして 自ら知らず。
※●佐野某:佐野源左衛門。能の演目「鉢木」の登場人物
5-41 《滑川拾錢圖》 大槻盤溪
不敎遺利委泥塗。此老通才卻似迂。一束松明何問價。夜江撈得十靑錢。
《滑川 銭を拾ふの図》
遺利をして泥塗に委ねしめず。此の老の通才 却って迂に似たり。一束の松明 何ぞ価を問はん。夜江 撈い得たり 十の青銭。
※●滑川拾錢:鎌倉時代の武士、青砥藤綱のエピソード。夜に滑川を通って銭十文を落とし、従者に命じて銭五十文で松明を買って探させた。「十文を探すのに五十文を使っては損ではないか」と嘲笑する人に対し、藤綱は「十文は少ないがこれを失えば天下の貨幣を永久に失うことになる。五十文は自分にとっては損になるが、他人を益するであろう。合わせて六十文の利は大ではないか」と答えた
5-42 《縋竹出城圖》 小野湖山
年僅十三筋力柔。妙機深算與神侔。誰圖玉葉金門子。獨向天涯刃父讐。
《竹に縋りて城を出づるの図》
年 僅かに十三 筋力 柔らかなり。妙機 深算 神と侔し。誰か図らん 玉葉金門の子。独り 天涯に向かって父の讐を刃せんとは。
※●縋竹出城:正中の変で、幕府の手により佐渡に流され処刑された日野資朝の子、邦光(幼名:阿新丸)の仇討ちのエピソード。敵討ちのため守護代の館に忍び込んだ阿新丸は、父の処刑を実行した仇を殺して館から逃げ出す際に、竹のしなりを利用して堀を飛び越えたという
5-43 《備後三郞題詩圖》 篠崎小竹
忠憤題詩感鬼神。山櫻應亦護西巡。他日南中花萬樹。開成正統一王春。
《備後三郎 詩を題するの図》
忠憤 詩を題して 鬼神を感ぜしむ。山桜 応に亦た 西巡を護るべし。他日 南中の花 万樹。開き成す 正統の一王春。
※●備後三郞:備後三郎児島高徳。『太平記』に登場する武将。鎌倉幕府によって隠岐に流されることになった後醍醐天皇の移送中に行在所に潜入し、桜の幹に「天莫空勾践、時非無范蠡」という十字を書きつけて立ち去ったという。 ●西巡:後醍醐天皇が幕府により流刑とされ隠岐に向かうことを「西に巡幸する」と表現したもの ●王春:周の王の春。『春秋』にある「元年、春王正月」という言葉から。正統な王のもとでの春、という意味
5-44 《備後三郞題詩櫻樹圖》 大槻盤溪
蠡也沼吳心自期。君王出狩且休悲。稜稜侠骨香千古。一樹櫻花十字詩。
《備後三郎 詩を桜樹に題するの図》
蠡や 呉を沼にする心 自ら期す。君王 出狩するも 且らく悲しむを休めよ。稜稜たる侠骨 千古に香る。一樹の桜花 十字の詩。
※●備後三郞:備後三郎児島高徳。『太平記』に登場する武将。鎌倉幕府によって隠岐に流されることになった後醍醐天皇の移送中に行在所に潜入し、桜の幹に「天莫空勾践、時非無范蠡」という十字を書きつけて立ち去ったという。
5-45 《高德題櫻圖》 大沼枕山
老蠡輔主是心期。一樹春風兩句詩。若得功成乃身退。攜花也合當西施。
《高徳 桜に題するの図》
老蠡 主を輔くるは 是れ 心に期す。一樹の春風 両句の詩。若し 功 成るを得なば 乃ち身を退かん。花を携ふるも 也た 合に 西施に当つべし。
※●高德:備後三郎児島高徳 ●老蠡:范蠡
5-46 《白樹題詩圖》 小野湖山
慨然白樹寫微誠。鬱勃胸中十萬兵。不比文人說虛美。眞成五字是長城。
《樹を白くして 詩を題するの図》
慨然 樹を白くして 微誠を写す。鬱勃たり 胸中 十万の兵。比せず 文人の虚美を説くに。真成 五字は是れ長城。
※●白樹題詩:樹皮をはいで白くし、詩をかきつける。児島高徳が桜の幹に詩をかきつけたという『太平記』のエピソード
5-47 《新田左中將吹笛圖》 葛西因是
百重圍解雪初晴。漁父船中天樂聲。爲惜南風無氣力。勤王志業竟難成。
《新田左中将 笛を吹くの図》
百重の囲み解けて 雪 初めて晴る。漁父の船中 天楽の声。惜しむらくは 南風 気力無きを。勤王の志業 竟に成り難し。
※●新田佐中將:新田義貞
5-48 《楠中將持杯圖》 菅茶山
決志無怨還誡子。陳謀不聽轉憂君。黃雲滿地山河暗。杯酒從容遲賊軍。
《楠中将 杯を持するの図》
志を決して怨み無く 還た子を誡む。謀を陳べて聴かれず 転た君を憂う。黄雲 地に満ちて 山河 暗し。杯酒 従容として 賊軍を遅(マ)つ。
※●楠中將:楠木正成 ※●陳謀不聽:九州で勢力を回復し京へ向けて迫りつつあった足利尊氏の軍に対し、正成は、京の中におびき入れて兵糧を断ち、四方から攻め立てて壊滅させる、という策を主張したが、後醍醐天皇には聞き入れられず、結局、正成は死を覚悟の上、湊川で足利軍を迎え撃つことになった
5-49 《楠公別子圖》 賴山陽
海甸陰風草木腥。史編特筆姓名馨。一腔熱血存餘瀝。分與兒曹灑賊庭。
《楠公 子に別るるの図》
海甸の陰風 草木 腥し。史編 特筆して 姓名 馨し。一腔の熱血 余瀝を存し。児曹に分与して 賊庭に灑がしむ。
※●楠公:楠木正成 ●子:楠木正行
5-50 《湊川戰死圖》 大槻盤溪
王事寧將成敗論。能知順逆是忠臣。斯公一死兒孫在。護得南朝五十春。
《湊川戦死の図》
王事 寧んぞ 成敗を以て論ぜん。能く 順逆を知るは 是れ忠臣。斯の公 一たび死して 児孫 在り。護り得たり 南朝五十の春。
※●湊川:楠木正成が足利軍に敗れ、自害した場所
5-51 《源准后》 菅茶山
陪臣强僭竟何如。霸府驕奢亦忽諸。王氏靑箱習家筆。中朝文獻未全虛。
《源准后》
陪臣の強僭 竟に何如。覇府の驕奢も 亦た忽諸。王氏の青箱 習家の筆。中朝の文献 未だ全くは虚しからず。
※●源准后:満済。室町時代前~中期の僧侶。僧としては破格の准三后を授かったことから満済准后と呼ばれる。二条家庶流の今小路家に生まれ、足利義満の猶子となった。義満、義持、義教の各将軍からの信任厚く、「黒衣の宰相」の異名を取った。 ●王氏靑箱:南朝・宋の王淮之の家は代々、江東の旧事を諳んじ、これを青箱に緘したため、世人はこれを「王氏の青箱」と呼んだ。満済が暦の裏にその日の出来事を詳細に記した貴重な史料『満済准后日記』をたとえたもの
5-52 《太田道灌借蓑圖》 齋藤拙堂
鬚眉卻愧對娥眉。感悟黃金花一枝。野路名篇他日雨。回恩村舍借蓑時。
《太田道灌 蓑を借りるの図》
鬚眉 却って愧づ 娥眉に対するを。感悟す 黄金の花一枝。野路の名篇 他日の雨。恩を回らす村舎に蓑を借る時。
※●太田道灌:室町時代後期、扇谷上杉家に仕えた武将。鷹狩りに出かけて雨にあい、一軒の農家をたずねて蓑を借りようとしたところ、出てきた娘は山吹の花を差し出すだけだった。これは兼明親王の「七重八重花は咲けども山吹の実の一つだになきぞ悲しき」という歌に掛けて「蓑一つだになき」ことを意味するものだったが、それを理解できなかった道灌は大いに恥じ、以後は歌の道にも励んで文武両道の名将となったという
5-53 《太田特資借蓑圖》 藤井竹外
風雨田家去扣扉。英雄何不悟危機。刀槍弓馬吾無缺。只缺靑蓑一領衣。
《太田特資 蓑を借るの図》
風雨の田家 去(ユ)きて扉を扣く。英雄 何ぞ危機を悟らざる。刀槍弓馬 吾に欠くる無し。只だ欠く 青蓑 一領の衣。
※●太田特資:太田道灌。農家に蓑を借りようとした際の「山吹の花」のエピソードが有名。名将の誉れ高かったが、主君・扇谷(上杉)定正によって暗殺された。暗殺時、道灌は入浴後に風呂場の小口を出たところを襲われた
5-54 《山中鹿介拜月圖》 藤井竹外
百敗何曾偃義旗。馬頭望拜月如眉。天荒地老無窮恨。獨有淸光似舊時。
《山中鹿介 月を拝するの図》
百敗するも 何ぞ曽て 義旗を偃せん。馬頭 望拝すれば 月 眉の如し。天 荒れ 地 老いて 無窮の恨み。独り 清光の旧時に似たる有り。
※●山中鹿介:山中鹿介(幸盛)。戦国・安土桃山時代の武将。尼子氏の再興に生涯を捧げ、「山陰の麒麟児」と称される。三日月に「願わくば、我に七難八苦を与えたまえ」と祈ったエピソードが有名
5-55 《桶狹閒野戰圖》 植村蘆洲
黃塵滿眼接陰雲。軍鼓陣鐘彷彿聞。卻憶西征煙雨暮。菖蒲亭畔吊松墳。
《桶狭間野戦図》
黄塵 眼に満ちて 陰雲に接す。軍鼓 陣鐘 彷彿として聞ゆ。却って憶ふ 西征 煙雨の暮。菖蒲亭畔 松墳を吊ふ。
5-56 《題信玄指麾扇畫》 篠崎小竹
指麾如法役精兵。不忝新羅烈祖名。當日峽中無壘壁。素紈一握是長城。
《信玄 指麾扇の画に題す》
指麾 法のごとく 精兵を役す。新羅烈祖の名を忝(ハヅカ)しめず。当日 峡中 塁壁 無し。素紈 一握 是れ長城。
※●指麾扇:軍配 ●信玄:武田信玄 ●新羅烈祖:武田氏の祖、新羅三郎源義光 ●峡中:甲斐の国 ●壘壁:土塁や城壁。信玄は躑躅ヶ崎館を根拠とし、居城を築かなかった ●素紈:白い絹。転じて扇。ここでは軍配のこと
5-57 《不識庵撃機山図》 頼山陽
鞭聲粛粛夜過河。暁見千兵擁大牙。遺恨十年磨一剣。流星光底逸長蛇。
《不識庵 機山を撃つの図》
鞭声 粛粛として 夜 河を過る。暁に見る 千兵の大牙を擁するを。遺恨なり 十年 一剣を磨くに。流星光底 長蛇を逸せんとは。
※●不識庵:上杉謙信(当時は政虎) ●機山:武田信玄 ●夜過河:第4次川中島の戦いで妻女山に布陣していた謙信は、武田軍の別動隊による背後からの攻撃(啄木鳥戦法)を事前に察知し、夜陰に乗じて山を下り、千曲川を渡って、武田本軍の布陣する八幡原へ出た。翌朝、上杉軍は武田本陣に襲い掛かり、裏をかかれた武田軍は防戦一方となり、謙信みずから信玄にきりかかる事態となったが、やがて武田軍別動隊が八幡原に駆け付けて上杉軍を挟撃すると形勢が逆転し、上杉軍は撤退した ●逸長蛇:信玄を討ち漏らしたことをいう
5-58 《不識庵撃機山図》 大槻盤溪
奔流激薄馬騰驤。長劍飛光逐北忙。笑殺兇髠狼狽甚。欲將麾扇捍冰鋩。
《不識庵 機山を撃つの図》
奔流 激薄して 馬 騰驤す。長剣 光を飛ばして 北(ニ)ぐるを逐ふこと忙し。笑殺す 兇髠の狼狽 甚だしく。麾扇を将って 氷鋩を捍(フセ)がんと欲するを。
※●不識庵:上杉謙信(当時は政虎) ●機山:武田信玄 ●激薄:激しくせまる ●騰驤:おどりあがる、とびあがる ●兇髠:凶悪な坊主。信玄のこと ●麾扇:軍配
5-59 《豐太閤裂明册圖》 藤井竹外
玉冕緋衣如糞土。册書信手裂縱橫。自從霹靂震萬里。直至如今尙有聲。
《豊太閤 明冊を裂くの図》
玉冕 緋衣 糞土の如し。冊書 手に信せて裂くこと縦横。霹靂 万里を震はしてより。直ちに如今に至るまで 尚ほ声 有り。
※●豐太閤:豊臣秀吉 ●明册:明国からの冊書(天子が臣下に与える書)。文禄の役後の講和に際して、明は秀吉を日本国王に封じることを伝える使者を送ってきたが、秀吉は自分の求めた講和条件が全く受け入れられていないことに激怒して使者を追い返した。ただし冊書を破り捨ててはおらず、大阪歴史博物館に現存している
5-60 《題加藤淸正像》 摩島松南
兒女到今猶記名。唯宜壯繆比威靈。不求更學春秋傳。自有圓珠一部經。
《加藤清正像に題す》
児女 今に到るまで 猶ほ名を記す。唯だ宜しく 壮繆のみ 威霊を比すべし。更に春秋の伝を学ぶを求めず。自ら有り 円珠一部経。
※●壯繆:三国・蜀の関羽のこと。南宋の高宗のとき、壮繆武安王を追贈されている ●圓珠一部經:法華経のこと。清正は熱心な日蓮宗の信徒だった
5-61 《題利休居士像》 六如
人言桑苧一流人。黃帔烏紗難認眞。應自松風入三昧。至今尸祝作茶神。
《利休居士の像に題す》
人は言ふ 桑苧 一流の人と。黄帔 烏紗 真を認め難し。応に松風より三昧に入るべし。今に至るまで 尸祝して茶神と作す。
※●桑苧:『茶経』の著者・陸羽の号、桑苧翁から、茶道のこと ●尸祝:崇拝する
5-62 《題利休居士像》 賴山陽
杯盌經評卽百城。可憐菹醢先韓彭。卻勝猿郞鬼長餒。淸風傳得一家聲。
《利休居士の像に題す》
杯椀 評を経れば 即ち 百城。憐れむべし 菹醢 韓彭を先とするを。却って勝る 猿郎の鬼 長(トコシ)へに餒(ウ)ふるに。清風 伝へ得たり 一家の声。
※●百城:百の城にも匹敵する価値 ●菹醢:殺して肉を塩漬けにする刑罰。転じて非常に苛酷な刑 ●韓彭:韓信と彭越。漢の高祖に仕えて大きな功績があったが、のちに処刑された ●猿郞鬼:豊臣秀吉の霊
5-63 《利休像》 大沼枕山
烏帽籠頭貌灑然。茶神以後有茶仙。一甌能取千金價。應笑陸家三十錢。
《利休像》
烏帽 頭を籠めて 貌 灑然たり。茶神以後 茶仙 有り。一甌 能く取る 千金の価。応に笑ふべし 陸家の三十銭。
※●茶神:『茶経』を著した陸羽 ●茶仙:千利休のこと ●三十錢:ある時、陸羽が粗末な身なりで李季卿という人物のもとを訪れた際、李季卿は陸羽を名高い茶人とは知らず、その風貌から卑しんで軽蔑し、茶を淹れさせた後、その報酬として「銭三十文」を渡したという
5-64 《利休像》 關雪江
雅會東山閱幾春。一筌抛撇手中神。當時豪傑多粗暴。茶禮先能化武人。
《利休像》
東山に雅会して 幾春をか閲する。一筌 抛撇す 手中の神。当時の豪傑 粗暴 多し。茶礼 先づ能く 武人を化す。
5-65 《利休像》 植村蘆洲
曾學古溪難悟玄。吞冤方悔不抛筌。烏甌一啜小齋寂。春半如秋花落天。
《利休像》
曽て古渓に学ぶも 玄を悟り難し。冤を吞んで 方に悔ゆ 筌を抛たざりしを。烏甌 一啜して 小斎 寂たり。春半 秋の如し 花 落つるの天。
※●古溪:大徳寺の住持、古渓宗陳(蒲庵古渓)。利休の禅の師 ●抛筌:古渓は利休に「抛筌齋」の号を授けている ●烏甌:黒い茶碗
5-66 《利休像》 植村蘆洲
好事于今競瀹茶。淸風傳得古千家。忍看夜落如春夢。甁撤金錢一朵花。
《利休像》
好事 今に到るまで 競ひて茶を瀹す。清風 伝へ得たり 古千家。看るに忍びんや 夜落 春夢の如きを。瓶より撤す 金銭 一朶の花。
※●好事:好事家 ●金錢:金盞花。茶室で飾るべきでない「禁花」のひとつ。利休が切腹する際に床に飾ってあったからとする説もあるが、利休自身が生前すでに金盞花を禁花に定めている
5-67 《題芭蕉翁》 六如
萬象經吟便覺淸。周流天下總知名。觀身自省芭蕉脆。卻爲後人金鑄成。
《芭蕉翁に題す》
万象 吟を経れば 便ち清きを覚ゆ。天下を周流して 総て名を知らる。身を観じ 自ら省みる 芭蕉の脆きを。却って 後人に 金もて鋳成せらる。
5-68 《芭蕉翁像贊》 梁川星巖
僅十七字宛天工。能寫人情近國風。持示村婆也能解。香山以後是蕉翁。
《芭蕉翁像の賛》
僅か十七字 宛も天工。能く人情を写して 国風に近し。持ちて村婆に示すも 也た能く解するは。香山 以後 是れ蕉翁。
※●國風:『詩経』の詩の一体。もともと諸国の民謡をあつめたもの ●香山:白居易(白楽天)。詩が完成すると、必ず文字の読めない老嫗に聞かせ、彼女が内容を理解できなかった場合、その箇所を書き直したというエピソードが伝わる
5-69 《芭蕉翁》 大沼枕山
非道非僧闢一門。嘲花哢月養心源。書生漫詫三千字。輸與斯翁十七言。
《芭蕉翁》
道に非ず 僧に非ず 一門を闢く。花を嘲り 月を哢して 心源を養ふ。書生 漫りに詫(ホコ)る 三千字。輸与す 斯の翁の十七言。
※●道:道教、また道教を奉ずる道士 ●輸與:負ける、かなわない
5-70 《芭蕉翁像》 村上佛山
藝圃爭開幾種花。紅黃紫白各相誇。誰如一個芭蕉樹。占得淸風別作家。
《芭蕉翁の像》
芸圃 争ひ開く 幾種の花。紅黄紫白 各〻 相ひ誇る。誰か如かん 一個の芭蕉樹の。清風を占め得て 別に家を成すに。
※●藝圃:文芸の園、文学界
5-71 《徂徠先生象》 大沼枕山
講學專心駮陸朱。修辭餘力辨孫吳。後生可畏公何說。自是皇朝第一儒。
《徂徠先生象》
講学 専心 陸朱を駮し。修辞の余力 孫呉を弁ず。後生 畏るべしと 公 何ぞ説かん。自づから是れ 皇朝 第一の儒。
※●陸朱:宋代の儒学者、陸象山と朱熹(朱子) ●孫吳:春秋戦国時代の兵法家、孫武(孫子)と呉起(呉子)
5-72 《題雪山像》 植村蘆洲
書訣親傳妙奈何。爭同摸帖促妖魔。知他獨立輸三立。手拔衡山筆力多。
《雪山像に題す》
書訣 親伝の妙 奈何。争でか同じからんや 摸帖の妖魔を促すに。知る 他の独立は 三立に輸するを。手づから衡山を抜いて 筆力 多し。
※●雪山:北島雪山。江戸時代前期の書家・陽明学者。肥後の人。たびたび長崎に遊学して中国からの渡来僧などから直接、文徴明や趙孟頫の書法を学び、唐様の書風で名を成し、雪山流を興した ●獨立:独立性易。中国出身の禅僧・文人・書家。雪山に唐様の書法を伝えた師匠のひとり ●三立:雪山の諱。 ●衡山:文徴明の号
5-73 《題雪山像》 植村蘆洲
擧扇何唯蔽庾塵。鮮衣手浣恐汙身。暮天沐雨東山宴。醉戲名花換妓人。
《雪山像に題す》
扇を挙ぐるは 何ぞ唯だに庾塵を蔽(ハラ)ふのみならん。鮮衣 手づから浣ひて 身を汚さんことを恐る。暮天 雨に沐す東山の宴。酔ひて名花に戯れて 妓人に換ふ。
※●雪山:北島雪山。江戸時代前期の書家・陽明学者。唐様の書風とともに奇行でも知られた ●庾塵:晋の王導が庾亮の権勢をねたみ、西風が起こって塵があがると、扇でもって塵をはらい、「庾亮の塵、人をけがす」と罵ったという故事による
5-74 《紫式部草源語圖》 東條琴臺
賢媛讀破漢唐書。裝點卮言五十餘。彤管有才存諷旨。幾人追慕費分疏。
《紫式部 源語を草するの図》
賢媛 読破す 漢唐の書。卮言を装点す 五十余。彤管 才 有りて 諷旨を存す。幾人か追慕して 分疏を費やす。
※●源語:源氏物語 ●卮言:臨機応変のことば。調子のよいことば。ここでは事実ではない空想の物語ということ ●五十餘:源氏物語が五十四帖であることを指す ●分疏:解釈や注釈
5-75 《常盤雪中抱孤圖》 莊原篁墩
雙珠完得璧成瑕。一代容光陰麗華。他日鎌臺歌白雪。歲寒更有女貞花。
《常盤 雪中に孤を抱くの図》
双珠 完くし得て 璧 瑕を成す。一代の容光 陰麗華。他日 鎌台 白雪を歌へば。歳寒 更に 女貞花 有り。
※●常盤:常盤御前。阿野全成(今若)・義円(乙若)・源義経(牛若)の母 ●陰麗華:後漢の光武帝の皇后。質素で聡明な才色兼備の女性として知られる ●女貞花:ネズミモチまたはトウネズミモチの花。その漢字名から常盤御前の貞節をたとえたもの
5-76 《常盤抱孤圖》 梁川星巖
雪灑笠檐風卷袂。呱呱索乳若爲情。他年鐵枴峰頭嶮。叱咤三軍是此聲。
《常盤 孤を抱くの図》
雪は笠檐に灑ぎ 風は袂を巻く。呱呱として 乳を索むるは 若為の情ぞ。他年 鉄枴峰頭の嶮。三軍を叱咤するは 是れ 此の声。
※●常盤:常盤御前。源義経(牛若)の母 ●鐵枴峰:一之谷の戦いで、義経の軍が駆け下りた鵯越の厓があったとされる峰
5-77 《常盤雪行圖》 岡本花亭
才否孩提未可知。興亡天運豈能期。夫讐奉帚腸何軟。難學貞松耐雪枝。
《常盤 雪行の図》
才否の孩提 未だ知るべからず。興亡の天運 豈に能く期せんや。夫讐に帚を奉ずるも 腸 何ぞ軟ならんや。学び難し 貞松 雪に耐ふるの枝。
※●常盤:常盤御前。阿野全成(今若)・義円(乙若)・源義経(牛若)の母 ●孩提:幼児 ●夫讐:夫(源義朝)のかたき、つまり平清盛
5-78 《常盤雪行圖》 大沼枕山
雪沒弓鞋不可行。呱呱含凍欲無聲。莫嗤一笠危將破。中匿亡讐數萬兵。
《常盤 雪行の図》
雪は弓鞋を没して 行くべからず。呱呱 凍を含んで 声 無からんと欲す。嗤ふ莫かれ 一笠の危ふく将に破れんとするを。中に匿す 讐を亡ぼす数万の兵。
※●常盤:常盤御前。阿野全成(今若)・義円(乙若)・源義経(牛若)の母
5-79 《妓靜鎌府奏舞圖》 菅茶山
舞袖蹁躚粉黛嬌。可憐心曲笑中焦。朱脣一闋繅絲唱。不補當年尺布謠。
《妓静 鎌府にて 舞を奏するの図》
舞袖 蹁躚として 粉黛 嬌なり。憐れむべし 心曲 笑中に焦がるるを。朱唇一闋 繅糸の唱も。補せず 当年の尺布の謡。
※●妓靜:静御前。源義経の愛妾 ●繅絲唱:静が頼朝の前で唄った「しづやしづ しづのをだまき くり返し 昔を今に なすよしもがな」の歌 ●尺布謠:兄弟不和を諷刺する歌。漢の文帝が弟の淮南王劉長を蜀に流罪にし、劉長が絶食して死んだのを、当時の人が批判して「一尺布尚可縫、一斗粟尚可舂、兄弟二人不能相容」と唄った故事による
5-80 《題妓靜舞圖》 大窪詩佛
嬌容裊娜太多情。柳弄腰肢風力輕。一曲霓裳羽衣舞。誰知中有鬩牆聲。
《妓静 舞ふの図に題す》
嬌容 裊娜として 太だ多情。柳腰 肢を弄して 風力 軽し。一曲の霓裳羽衣の舞。誰か知らん 中に鬩牆の声 有るを。
※●妓靜:静御前。源義経の愛妾 ●鬩牆:牆の内側でせめぎあう。兄弟相い争うこと
5-81 《靜妓奏舞圖》 長谷川昆溪
貞心堅固賦繅草。唱立堂前舞袖長。郞母當年空蹈雪。事讐俯伏只柔腸。
《静妓 舞を奏するの図》
貞心 堅固にして 繅草を賦し。唱へて堂前に立てば 舞袖 長し。郎が母の当年 空しく雪を蹈み。讐に事へて俯伏するは 只だ柔腸。
※●靜妓:静御前。源義経の愛妾 ●繅草:静が頼朝の前で唄った「しづやしづ しづのをだまき くり返し 昔を今に なすよしもがな」の歌 ●郞母:義経の母、常盤御前
5-82 《靜妓奏舞圖》 石野雲嶺
舞衣掩淚上場遲。別鳳離鸞入曲時。銅鼓從敎大臣拍。更無和樂及塤篪。
《静妓 舞を奏するの図》
舞衣もて 涙を掩ひ 場に上ること遅し。別鳳 離鸞 曲に入るの時。銅鼓 大臣をして拍たしむるに従(マカ)せん。更に 和楽の塤篪に及ぶ無し。
※●靜妓:静御前。源義経の愛妾 ●塤篪:土笛と竹笛。「塤篪相和」で兄弟の仲がよいことをいう
5-83 《奈良左近妹》 菅茶山
名花常抱折枝憂。佳色多成招禍由。猶快女郞松柏節。一刀幷復母兄讐。
《奈良左近の妹》
名花 常に抱く 折枝の憂ひ。佳色 多く成す 禍を招くの由。猶ほ快し 女郎 松柏の節。一刀もて 幷せ復す 母兄の讐。
※●奈良左近妹:底本に「永禄時人」と割注あり
5-84 《題大原賣薪女圖》 大窪詩佛
束薪賣與向誰家。載得重重壓鬢鴉。知是深山春未老。數枝剩插晚櫻花。
《大原の売薪女の図に題す》
束薪 売与せんと 誰が家にか向かふ。載せ得て 重重 鬢鴉を圧す。知る是れ 深山 春 未だ老いざるを。数枝 剰へ挿す 晩桜の花。
※●大原賣薪女:いわゆる大原女(おおはらめ)。京都・大原から頭に柴(薪)を載せて京の町へ売りに出向いた伝統的な行商人
5-85 《美人摘菜圖》 鷲津毅堂
春園月落曉沈沈。一片尖寒逼繡襟。又爲籠鶯朝餉急。玉纖和露摘薹心。
《美人 菜を摘むの図》
春園 月 落ちて 暁 沈沈。一片の尖寒 繡襟に逼る。又た 籠鶯の朝餉 急なるが為めに。玉繊 露に和して 薹心を摘む。
5-86 《南極老人圖》 賴山陽
風月西湖他日愁。軟紅塵裏酒如油。星精寧計途差遠。不向杭州向汴州。
《南極老人の図》
風月 西湖 他日の愁ひ。軟紅塵裏 酒 油の如し。星精 寧んぞ計らん 途の差(ヤヤ) 遠きを。杭州に向かはず 汴州に向かふ。
※●南極老人:南極星の化身 ●星精:星の精 ●杭州:現在の浙江省杭州市。南宋の都・臨安 ●汴州:現在の河南省開封市。北宋の都・開封。底本の割注に「宋人諺云西湖風月不如東萊軟紅香土」とあり
5-87 《題福祿壽三星像》 市河寬齋
福星抱子祿星寂。南極星芒夜更寒。此事人閒誰倂得。馮君莫作等閒看。
《福禄寿三星像に題す》
福星子を抱き 禄星は寂たり。南極星芒 夜 更に寒し。此の事 人間 誰か併せ得ん。君に馮りて 等間の看を作す莫れ。
※●福祿壽:福と禄と寿命の三つの徳 ●南極星芒:南極星の光。南極星は人の寿命を司るという
5-88 《鐵枴仙圖》 市河寬齋
埋卻形軀無處歸。路頭借得乞兒衣。一條鐵枴人休笑。依托風雲自在飛
《鉄枴仙の図》
形軀を埋却して 帰する処 無し。路頭 借り得たり 乞児の衣。一条の鉄枴 人 笑ふを休めよ。風雲に依托して 自在に飛ぶ。
※●鐵枴仙:中国の仙人・李鉄枴。魂を遊離させて崋山の太上老君に会いに行っている間に肉体を焼かれてしまったため、近くにあった足の不自由な物乞いの死体を借りてよみがえった
5-89 《鐵枴仙圖》 梁川星巖
般精運氣化爲神。身外有身千億身。鐵枴木瓢皆幻相。不知孰是本來眞。
《鉄枴仙の図》
精を般(メグ)らし 気を運(メグ)らして 化して神と為る。身外に 身 有り 千億の身。鉄枴 木瓢 皆な幻相。知らず 孰れか是れ 本来の真なるを。
※●般精運氣:精気を巡らしコントロールすること
5-90 《蝦蟇仙圖》 市河寬齋
身與蝦蟇同一流。浮沈人世幾千秋。從來不乏藏形術。卻被丹靑畫得留。
《蝦蟇仙の図》
身は蝦蟇と同一流。人世に浮沈すること 幾千秋。従来 乏しからず 形を蔵するの術。却って丹青に画き得て留めらる。
※●蝦蟇仙:蝦蟇仙人。中国の仙人で、青蛙神(三本足のヒキガエルの霊獣)を従えて妖術を使う。中国ではマイナーな仙人だが、日本では画題として人気があった
5-91 《蝦蟇仙圖》 梁川星巖
寶鏡新開丹桂香。蝦蟇得意正跳梁。一條靈氣串天地。散作金華萬道光。
《蝦蟇仙の図》
宝鏡 新たに開いて 丹桂 香し。蝦蟇 意を得て 正に跳梁す。一条の霊気 天地を串(ツラヌ)き。散じて 金華 万道の光と作る。
※●蝦蟇仙:蝦蟇仙人。中国の仙人で、青蛙神(三本足のヒキガエルの霊獣)を従えて妖術を使う。中国ではマイナーな仙人だが、日本では画題として人気があった ●寶鏡:明月のたとえ ●丹桂:キンモクセイ。月には桂樹が生えているとされる
5-92 《菊童子圖》 篠崎小竹
南陽人飮黃花水。耆壽依然童稚姿。未及陶翁能愛菊。樂夫天命復奚疑。
《菊童子の図》
南陽の人は飲む 黄花の水。耆寿 依然たり 童稚の姿。未だ及ばず 陶翁の能く菊を愛するに。夫の天命を楽しみ 復た奚をか疑はん。
※●菊童子:中国の仙人・菊慈童。周の穆王に仕えて寵せられたが、過失により深山に流罪となった。憐れんだ王が与えた二句の偈を朝夕となえ、また野菊の葉にその二句を書きつけたところ、その葉にかかった雨露は不老不死の薬となり、菊慈童は七百年以上、童子の姿のまま長寿を保ったという ●陶翁:陶淵明のこと
5-93 《高砂翁媼圖》 太田錦城
結髮夫妻生耳毫。雙頭載雪識年高。掃收落葉古松下。老健擬更孫子勞。
《高砂の翁媼の図》
結髪の夫妻 耳毫を生ず。双頭 雪を載せて 年 高きを識る。落葉を掃き収む 古松の下。老健 孫子の労に更へんと擬す。
※●高砂翁媼:能の演目『高砂』に登場する老夫婦。それぞれ高砂の松と住吉の松の精であり、夫婦相老の象徴
5-94 《題翁媼刈薪浣衣圖》 寺門靜軒
刈盡浮榮浣盡塵。溪山偕老幾年春。想應當日秦臺上。吹徹洞簫騎鳳人。
《翁媼 薪を刈り 衣を浣ふの図に題す》
浮栄を刈り尽くし 塵を浣ひ尽くし。渓山に偕に老ゆ 幾年の春。想へらく 応に 当日 秦台の上。洞簫を吹徹して 鳳に騎るの人なるべし。
※●吹徹洞簫騎鳳人:春秋時代、秦の穆公の娘・弄玉は簫の名手・蕭史に嫁ぎ、蕭史から簫を教わり、簫の音で鳳凰を呼び寄せられるようになった。そこで穆公は二人のために鳳台を作ったが、その後、弄玉は鳳に乗り、簫史は龍に乗って、ともに天に昇ってしまったという
5-95 《布袋圖》 菅茶山
聞君到處每醫貧。纔有斯聲便醉人。底事平生帶微笑。笑他戶戶祭爲神。
《布袋の図》
聞くならく 君 到る処に 毎に貧を医すと。纔かに斯の声 有れば 便ち人を酔はす。底事ぞ 平生 微笑を帯ぶる。笑ふ 他の戸戸 祭って神と為すを。
※●布袋:唐松~五代の伝説的僧侶。日本では七福神の一神として信仰されるようになった
5-96 《布袋圖》 市河寬齋
人疑和尙未離世。腹肚便便袋不虛。休問此中何所有。此中一物本來無。
《布袋の図》
人 疑ふらくは 和尚 未だ世を離れざるかと。腹肚 便便として 袋 虚しからず。問ふを休めよ 此の中 何の有る所ぞと。此の中 一物も 本来 無し。
※●布袋:唐松~五代の伝説的僧侶。大きな袋を背負った太鼓腹の僧侶の姿で知られる ●一物本來無:有名な禅語「本来無一物」にちなむ
5-97 《布袋圖》 梁川星巌
日飲亡何米汁仏。酔来酔去総真如。莫歎一口憨皮袋。容得大千猶有餘。
《布袋の図》
日〻飲んで何も亡し 米汁の仏。酔ひ来たり 酔ひ去って 総て真如。歎く莫かれ 一口の憨皮袋。大千を容れ得て猶お余り有り。
※●亡何:ほかに何事もない ●米汁:米のしる。ここでは酒のことか ●大千:仏教語。大千世界。一世界を百万個あつめた世界。全宇宙
5-98 《布袋和尙圖》 篠崎小竹
聖賢道術有窮通。豪傑功名無始終。安得借來師布袋。人閒萬事擲其中。
《布袋和尚図》
聖賢の道術 窮通 有り。豪傑の功名 始終 無し。安くんぞ得ん 師の布袋を借り来たり。人間の万事 其の中に擲つを。
※●布袋:唐松~五代の伝説的僧侶。大きな袋を背負った太鼓腹の僧侶の姿で知られる ●布袋:ここでは布袋和尚の持つ大きな布袋のこと
5-99 《布袋和尙圖》 藤森弘庵
踏破枯禪文字關。游嬉自許出區寰。那知腐臭殘皮袋。寫在塵塵劫劫閒。
《布袋和尚図》
踏破す 枯禅 文字の関。游嬉 自ら許す 区寰を出づるを。那んぞ知らん 腐臭 残皮の袋。写して 塵塵劫劫の間に在るを。
※●枯禪:すべてを打ち棄てて坐禅すること ●塵塵劫劫:「塵劫」の強調。仏教語で久遠の年代、永劫
5-100 《能因禪師曝首圖》 菅茶山
誰言一點得癡名。情自癡生癡自情。今古無情人滿目。枉將黠計日營營。
《能因禅師 首を曝すの図》
誰か言ふ 一黠 痴名を得たりと。情は痴より生じ 痴は情よりす。今古 無情の人 満目。枉げて黠計を将て 日に営営たり。
※●能因禪師:平安中期の僧・歌人。あるとき「都をば霞とともに立ちしかど秋風ぞ吹く白河の関」という歌が出来上がった。この歌を実際に白河の関で詠んだことにするため、自分は旅に出たという噂を流し、家に隠れこもって日焼けをしてから、歌を発表したというエピソードで有名 ●曝首:顔を日に焼く。「首」は日本語の「くび」より上全体 ●一點:ちょっとしたずるがしこさ
5-101 《題西行像》 鹽田隨齋
一抛弓矢道心深。任口閒吟卓古今。畢竟逃名逃不得。行雲流水有淸音。
《西行像に題す》
一たび弓矢を抛って 道心 深し。口に任せて間吟し 古今に卓(スグ)る。畢竟 名を逃るるも 逃れ得ず。行雲流水 清音 有り。
※●西行:平安末期~鎌倉初期の歌人。もと北面の武士だったが、身分を捨てて出家し、旅を続けながら多くの名歌を詠んだ
5-102 《題西行像》 鹽田隨齋
一夜談兵亦上乘。纖塵不汙玉壺冰。將軍何異兒童見。漫把銀貓瞞老僧。
《西行像に題す》
一夜 兵を談ずるも 亦た上乗。繊塵も汚さず 玉壺の氷。将軍 何ぞ異ならん 児童の見。漫に銀猫を把って 老僧を瞞く。
※●一夜談兵:西行は源頼朝に招かれて弓馬の道のことを尋ねられて、「一切忘れはてた」ととぼけたという ●銀貓:西行は頼朝から拝領した純銀の猫を、通りすがりの子供に与えたとされている
5-103 《題僧西行野望圖》 賴山陽
秋泖禽飛殘照沈。蕭條人事暗侵尋。獨將冷眼憐衰色。誰識無心是有心。
《僧西行 野望の図に題す》
秋泖 禽 飛びて 残照 沈む。蕭条たる人事 暗に侵尋。独り 冷眼を将て 衰色を憐れむ。誰か識らん 無心は 是れ 有心なるを。
※●侵尋:次第に進みいたる、ひろがる ●無心是有心:西行の「心なき 身にもあはれは しられけり 鴫立たつ澤の 秋の夕ぐれ」の歌をふまえる
5-104 《西行法師抛銀貓圖》 賴山陽
銀毛出袖眾兒呼。肯使渠儂礙念珠。當日早收擒虎手。愧擎拳大小貍奴。
《西行法師 銀猫を抛つの図》
銀毛 袖を出でて 衆児 呼ぶ。肯えて渠儂をして念珠を礙げしめんや。当日 早に収む 擒虎の手。愧づらくは 拳大の小狸奴を擎ぐるを。
※●抛銀貓:西行は頼朝から拝領した純銀の猫を、通りすがりの子供に与えたとされている ●擒虎手:虎をとりこにするほどのすぐれた武勇の腕前
5-105 《日蓮上人像》 植村蘆洲
卽身成佛說非空。妙在蓮花一卷中。四十餘年方便耳。見他眞實是斯公。
《日蓮上人の像》
即身成仏の説 空に非ず。妙は蓮花一巻の中に在り。四十余年は方便のみ。他の真実を見るは 是れ 斯の公。
※●蓮花一卷:法華経(妙法蓮華経) ●四十餘年:法華経に説かれる教えにたどりつくまでに釈迦が費やした年月
5-106 《題兼好讀書圖》 賴春水
避俗山邱花繞家。生知閱得有無涯。半夜燈前足尙友。幽窗聽雨讀南華。
《兼好 書を読むの図に題す》
俗を山邱に避けて 花 家を繞る。生知 閲し得たり 有無の涯。半夜 灯前 尚友 足(オホ)し。幽窓 雨を聴いて 南華を読む。
※●兼好:吉田兼好(兼好法師)。『徒然草』の著者 ●南華:南華真経。『荘子』のこと
5-107 《兼好法師像》 關雪江
徒然草就悟禪初。宿昔勤王心未疎。欲伺北朝奸賊隙。爲人破戒寫情書。
《兼好法師像》
徒然草 就る 禅を悟るの初め。宿昔 勤王の心 未だ疎ならず。北朝 奸賊の隙を伺はんと欲し。人の為めに破戒して 情書を写す。
※●勤王心:江戸時代中期の和学者・土肥経平が、兼好は南朝に心を寄せる忠臣であって、北朝と幕府に接近したのは内情を探るためであったとする「兼好南朝忠臣説」を唱え、その後の兼好観に影響を与えた ●情書:恋文。『太平記』によると兼好は高師直に頼まれて塩冶高貞の妻に送る恋文を代筆したという
5-108 《戲題和合神圖》 梁川星巖
雲雨多情歡喜天。禽蟲庶物亦皆然。老夫不免雙神笑。辜負香衾二十年。
《戯れに和合神の図に題す》
雲雨 多情なり 歓喜天。禽虫 庶物も 亦た皆な然り。老夫 免れず 双神の笑ひを。香衾を辜負すること 二十年。
※●歡喜天:二身相抱の象頭人身の形を本尊とする
5-109 《題窮鬼圖》 大窪詩佛
顏淵陋巷簞瓢耳。揚子草堂儋石無。如識多財損吾志。一生應免子揶揄。
《窮鬼の図に題す》
顔淵の陋巷 簞瓢のみ。揚子の草堂 儋石 無し。如し 多財の吾が志を損なふを識らば。一生 応に子の揶揄を免るべし。
※●窮鬼:貧乏神 ●顏淵:孔子の弟子、顔回 ●揚子:前漢の学者・揚雄 ●儋石:一、二石ほどのわずかな量。若いころの揚雄は貧しく、わずかな米の貯えもなかった
5-110 《夜叉念佛圖》 村瀨栲亭
獠牙難入苾芻羣。試取袈裟換豹裙。斯心明鏡如相照。多怕人閒不若君。
《夜叉念仏の図》
獠牙 苾芻の群に入り難し。試みに袈裟を取って 豹裙に換ふ。斯の心 明鏡 如し相ひ照らさば。多く怕る 人間 君に若かざるを。
※●夜叉念佛圖:江戸時代に近江国(滋賀県)大津で売られていた「大津絵」の代表的な画題である「鬼の念仏」 ●苾芻:僧侶のこと
5-111 《夜叉念佛圖》 館柳灣
眞實信心誰得眞。儼然爲現夜叉身。安知念佛扣鉦者。不是含牙藏角人。
《夜叉念仏の図》
真実の信心 誰か真を得ん。儼然 為めに現はす 夜叉の身。安くんぞ知らん 仏を念じ鉦を扣く者。是れ 牙を含み 角を蔵すの人ならざるを。
※●夜叉念佛圖:江戸時代に近江国(滋賀県)大津で売られていた「大津絵」の代表的な画題である「鬼の念仏」
5-112 《住吉舞圖》 館柳灣
現來街上叫花身。莫是西天古應眞。阿難唱歌迦葉舞。于今瞞殺滿城人。
《住吉舞の図》
現来す 街上に花を叫ぶの身。是れ 西天の古応真なる莫からんや。阿難は唱歌し 迦葉は舞ふ。今において 瞞殺す 満城の人。
※●住吉舞:住吉踊り。大阪府の住吉大社の年中行事のひとつである御田植神事のときに奉納される田楽舞 ●應眞:煩悩を断ち尽くし小乗の悟りを極めたもの。阿羅漢 ●阿難・迦葉:いずれも釈迦十大弟子のひとり
5-113 《題蝦夷人圖》 賴山陽
懸崖雪採羆熊膽。絕海冰叉膃肭臍。千島侏離歸版籍。桑弧鐵戟是鋤犂。
《蝦夷人の図に題す》
懸崖の雪に採る 羆熊の胆。絶海の氷に叉す 膃肭の臍。千島の侏離 版籍に帰す。桑弧 鉄戟 是れ鋤犂。
※●蝦夷人:アイヌ ●侏離:西戎の音楽。転じて夷狄の言葉
5-114 《題畫櫻花》 六如
妖冶風標百卉王。東方宜笑占韶光。若令川洛有玆種。寧可二花矜夜郞。
《画桜花に題す》
妖冶なる風標 百卉の王。東方 宜笑して 韶光を占む。若し 川洛をして玆の種を有らしめば。寧くんぞ二花をして 夜郎を矜らしめんや。
※●宜笑:美しく笑う
5-115 《題櫻花圖》 辻元崧庵
淡煙疎雨柳成絲。寒食淸明忽地移。絹上春風終不斷。櫻花長滿萬年枝。
《桜花の図に題す》
淡煙 疎雨 柳 糸を成す。寒食 清明 忽地に移る。絹上の春風 終に断えず。桜花 長(トコシ)へに満つ 万年の枝。
※●絹上:絵の中。絹はキャンバス
5-116 《松竹梅圖》 市河寬齋
怪松落落竹森森。招取梅花契更深。結友閒園俱老健。百年不負歲寒心。
《松竹梅の図》
怪松 落落として 竹 森森たり。梅花を招取して 契り 更に深し。友を間園に結んで 俱に老健。百年 負かず 歳寒の心。
5-117 《報春花圖》 鹽田隨齋
銀沙密布玉盆中。金盞擎來淑氣融。懷得東都花市鬧。臘天早已賣春風。
《報春花の図》
銀沙 密に布く 玉盆の中。金盞 擎げ来たりて 淑気 融なり。懐ひ得たり 東都 花市の鬧しきを。臘天 早くも已に 春風を売る。
※●報春花:福寿草の別名
5-118 《人日七種菜圖》 村瀨栲亭
縹茸藿靡放毫生。七種坐輸人日羹。犯雪冷鑱何用荷。春風自在倚罏迎。
《人日七種菜の図》
縹茸 藿靡 毫に放(マカ)せて生ず。七種 坐ろに輸す 人日の羹。雪を犯す冷鑱 何ぞ荷ふを用ゐん。春風 自在に 罏に倚って迎ふ。
※●藿靡:花などの散るさま
5-119 《七菜圖》 篠崎小竹
曾聞淡泊志能明。喫菜應期百事成。七種傳來舊風俗。古人人日戒人情。
《七菜の図》
曽て聞く 淡泊にして 志 能く明らかなりと。菜を喫すれば 応に期すべし 百事の成るを。七種 伝へ来たり 旧風俗。古人 人日 人を戒むるの情。
※●七菜:春の七草 ●淡泊志能明:欲にとらわれず淡泊に過ごすことで志を明らかにできる。淡泊明志。 諸葛孔明《誡子書》「非淡泊無以明志、非寧静無以致遠」
5-120 《吳岸諸子合畫七種秋花圖》 村瀨栲亭
秋寧寂寞藻人家。瀟灑似優春苑霞。黃葛白茅蘭瞿麥。胡枝日及鹿腸花。
《呉岸の諸子 七種秋花の図を合画す》
秋寧 寂寞として 人家を藻す。瀟灑として 春苑の霞に優るに似たり。黄葛 白茅 蘭 瞿麦。胡枝 日及 鹿腸の花。
※●瞿麥:ナデシコ ●胡枝:萩 ●日及:ムクゲ ●鹿腸:オミナエシ
5-121 《畫款冬花》 賴山陽
蔬圃春風長嫩芽。綠苞孕得小黃葩。馬蹄紫陌思陳迹。逢着僧房是此花。
《款冬花を画く》
蔬圃の春風 嫩芽を長ず。緑苞 孕み得たり 小黄葩。馬蹄の紫陌 陳迹を思ふ。僧房に逢着するは 是れ 此の花。
※●款冬花:フキノトウ
5-122 《柿實圖》 鹽田隨齋
霜威一夜凜山園。錯落珠紅碩果繁。緬懷簞食迎師日。大柿供來取大垣。
《柿実の図》
霜威 一夜 山園に凜たり。錯落たる珠紅 碩果 繁し。緬かに懐ふ 簞食 師を迎ふるの日。大柿 供し来たりて 大垣を取る。
※●大垣:関ケ原合戦時、大垣へ向かう徳川家康のもとに大柿が献上され、家康は「もう大柿(大垣)が手に入った」と言って喜んだという
5-123 《海旭松鶴圖》 大沼枕山
一輪紅日萬株松。鶴頂如霞海氣濃。昨夢分明蓬嶠曙。長人磊落駕蒼龍。
《海旭松鶴の図》
一輪の紅日 万株の松。鶴頂 霞の如く 海気 濃なり。昨夢 分明に 蓬嶠 曙け。長人 磊落として 蒼竜に駕す。
※●蓬嶠:蓬莱山。東海中の仙山 ●長人:仙人
5-124 《杜鵑叫月圖》 岡本花亭
夏立新鵑叫過時。居人喜聽旅人悲。夜來齊破兩家夢。月照水精花一籬。
《杜鵑 月に叫ぶの図》
夏 立ちて 新鵑 叫び過ぐるの時。居人は聴くを喜び 旅人は悲しむ。夜来 斉しく破る 両家の夢。月は照らす 水精の花 一籬。
※●水精花:水晶花に同じ。ウノハナ(ウツギ)
5-125 《畫牛》 古賀精里
誤呈鼻孔任人穿。去去來來苦掣牽。午餉片時容我睡。平原日暖草芊綿。
《画牛》
誤って 鼻孔を呈して 人の穿つに任し。去去 来来 掣牽に苦しむ。午餉 片時 我が睡るを容(ユル)す。平原 日 暖かにして 草 芊綿たり。
5-126 《猴戲圖》 賴山陽
失腳何年隨鎖繮。朝三暮四枉跳梁。倦眠猶夢故林否。柿栗累累方飽霜。
《猴戯の図》
失脚 何年 鎖繮に随ふ。朝三暮四 枉げて跳梁す。倦眠 猶ほ故林を夢みるや否や。柿栗 累累として 方に霜に飽くならん。
※●猴戲:猿回し ●鎖繮:鎖の手綱
5-127 《弄猴圖》 梁川星巖
朝四暮三瞞眾望。狙公此段好商量。半生誤作猢猻主。我亦平江周一郞。
《猴を弄するの図》
朝四暮三 衆望を瞞く。狙公 此の段 好商量。半生 誤り作る 猢猻の主。我も亦た 平江の周一郎。
※●弄猴:猿回し ●猢猻主:寺子屋の師匠や学校の教師を「猢猻王」というに同じ ●平江周一郞:『武林舊事』という書物に出てくる伝説的な猿回し。底本の割注に「武林舊事、弄猢猻人、平江周一郎」とあり
5-128 《獼猴捉月圖》 梁川星巖
一輪影落井中波。連臂倒懸如汝何。人畜異形同意見。老獼猴主卽提婆。
《獼猴 月を捉ふるの図》
一輪の影は落つ 井中の波。連臂 倒懸して 汝を如何せん。人畜 形を異にするも 意見を同じくす。老獼猴の主は 即ち提婆。
※●提婆:提婆達多(デーヴァダッタ)のことか。釈迦の弟子で、後に違背して分派活動をおこなったとされる人物
5-129 《狐羨油鼠圖》 草場珮川
藏尾寧知有畫工。分明早已奪神通。世閒名利亦油鼠。多少才人罟獲中。
《狐 油鼠を羨むの図》
尾を蔵すも 寧んぞ 画工 有るを知らんや。分明に 早や已に 神通を奪はる。世間の名利も 亦た油鼠。多少の才人 罟獲の中。
※●神通:神通力。狐の化ける能力 ●罟獲:網にかかること
5-130 《老貍鼓腹圖》 館柳灣
談論三日出愈新。欲屈當年博物人。如今無復張華輩。閒學昇平鼓腹民。
《老貍 腹を鼓するの図》
談論 三日 出づること 愈〻 新たなり。当年の博物 人を屈せんと欲す。如今 復た張華の輩 無し。間に学ぶ 昇平 鼓腹の民。
※●張華:西晋の政治家・学者。『博物志』の著者。きわめて博学で知られ、『捜神記』に、博識な書生に化けた「斑貍」の正体を見破ったという逸話が収められている
5-131 《老貍拜月圖》 大沼枕山
皂衣郞老已非癡。被辱張華彼一時。拜得素娥欺阿紫。千年華表月如霜。
《老狸 月を拝むの図》
皂衣の郎 老いて 已に痴に非ず。張華に辱めらるるは 彼の一時。素娥を拝し得て 阿紫を欺く。千年の華表 月 霜の如し。
※●阿紫:狐の異称
5-132 《題源語初音卷畫册》 小野湖山
淺笑低顰兩有情。紅樓相對詠初鶯。當時閨閤風流甚。不數蘭英與蕙英。
《源語の初音巻の画冊に題す》
浅笑 低顰 両つながら 情 有り。紅楼 相ひ対して 初鶯を詠ず。当時の閨閤 風流 甚だし。数へず 蘭英と蕙英とを。
※●初音:源氏物語の第二十三帖の巻名 ●蘭英・蕙英:元代、呉郡の姉妹。ともに詩をよくし、詩集に『聯芳集』あり
5-133 《弄盌珠圖》 館柳灣
盌中空有轉來頻。翻覆誰能辨幻眞。請汝休誇藏擫巧。世閒多少弄珠人。
《椀珠を弄するの図》
椀中 空しく 転じ来ること頻なる有り。翻覆 誰か能く 幻真を弁ぜん。汝に請ふ 蔵擫の巧を誇るを休めよ。世間 多少の弄珠の人。
※●弄盌珠:品玉、玉取り。ジャグリング ●藏擫:宋代の手品の一種
5-134 《題南部曆》 大沼枕山
古來陸奧倣伊勢。一紙今頒春立時。誰道山中無曆日。能將景物寫干支。
《南部暦に題す》
古来 陸奥は 伊勢に倣ふ。一紙 今 頒つ 春立つの時。誰か道ふ 山中 暦日 無しと。能く 景物を将って 干支を写す。
※●南部曆:江戸時代に南部藩(現在の岩手県)で発行された、文字の読めない人でも絵や記号で月日や農事の時期がわかる「絵暦」の一種 ●倣伊勢:伊勢暦(江戸時代に伊勢神宮の門前である宇治および山田の暦師が製作し頒布していた暦)に従っていたということ ●山中無曆日:唐・太上隠者の《答人》詩中の言葉
5-135 《寶船圖》 藤森弘庵
吉凶誰悟總由人。聚寶船頭畫福神。夢裏得祥祥是夢。黃梁榮達豈關身。
《宝船の図》
吉凶 誰か悟らん 総て人に由る。聚宝船頭 福神を画く。夢裏に祥を得るも 祥は是れ夢。黄梁の栄達 豈に身に関せんや。
※●黃梁榮達:「黄梁一炊の夢」の故事のような、夢の中だけのはかない栄達
5-136 《寶船圖》 石野雲嶺
鶴翎風送錦帆斜。天下滔滔望福遐。萬寶滿船神不管。漕輸積德累仁家。
《宝船の図》
鶴翎 風 送りて 錦帆 斜めなり。天下 滔滔として 福を望むこと遐かなり。万宝 船に満つるも 神は管せず。漕輸す 積徳 累仁の家に。
5-137 《擣衣圖》 劉石秋
合歡衾裏每宵情。寧有寒衣寄遠征。秋好長安城下月。家家笑語雜砧聲。
《擣衣の図》
合歓衾裏 毎宵の情。寧んぞ 寒衣の遠征に寄する有らんや。秋は好し 長安城下の月。家家の笑語 砧声を雑ふ。
5-138 《擣衣圖》 村上佛山
嬌歌斷續和砧聲。永夜搗殘山月明。時泰曾無遠征苦。秋風何動玉關情。
《擣衣の図》
嬌歌 断続して 砧声に和す。永夜 搗き残して 山月 明らかなり。時 泰らかにして 曽て遠征の苦しみ無し。秋風 何ぞ動かさんや 玉関の情。
※●玉關情:玉関への遠征に従軍している夫を遥かに思う気持ち。玉関は玉門関。西域防衛のために築かれた関。李白《子夜呉歌》「秋風吹不盡 總是玉關情」
完