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『皇朝分類名家絶句』巻1 時序
1 時序
1-1 《元日口號》 菊池五山
快意莫如元旦晴。烏輪生處彩雲擎。昨宵燈下看梅眼。移向嶽蓮殊覺明。
《元日口号》
快意 元旦の晴るるに如くは莫し。烏輪 生ずる処 彩雲 擎ぐ。昨宵 灯下 梅を看るの眼。移して 岳蓮に向ければ 殊に明らかなるを覚ゆ。
※●烏輪:太陽
1-2 《元日》 梁川星巖
喜無人客賀正來。初日搖光滿硯臺。免俗未能私自笑。一盤春餠一枝梅。
《元日》
喜ぶ 人客の正を賀し来たること無きを。初日 光を揺らして 硯台に満つ。俗を免るること未だ能はずして私かに自ら笑ふ。一盤の春餅 一枝の梅。
1-3 《辛酉元旦》 大沼枕山
纈纈東風破宿雲。書堂端座對初昕。案頭先展本朝紀。朗唱神皇登極文。
《辛酉元旦》
纈纈たる東風 宿雲を破り。書堂 端座して 初昕に対す。案頭 先づ展ぶ 本朝紀。朗唱す 神皇 登極の文。
※●辛酉:万延2年(2月に改元されて文久元年) ●神皇:神武天皇。辛酉の歳元旦(紀元前660年2月11日)に即位したとされる。
1-4 《辛酉元旦》 小野湖山
新逢寶曆屬辛酉。頻覺人閒氣霧消。仰想三千年上事。神皇卽位是今朝。
《辛酉元旦》
新たに逢ふ 宝暦の辛酉に属するに。頻りに覚ゆ 人間 気霧の消するを。仰ぎ想ふ 三千年上の事。神皇の即位 是れ今朝。
※●辛酉:万延2年(2月に改元されて文久元年) ●神皇:神武天皇。辛酉の歳元旦(紀元前660年2月11日)に即位したとされる。
1-5 《乙丑元旦》 大沼枕山
微臣草莽樂陶然。起拜城東旭日天。私賀晃山當大祭。昇平二百五十年。
《乙丑元旦》
微臣 草莽 楽しみ陶然たり。起ちて拝す 城東 旭日の天。私かに賀す 晃山 大祭に当たるを。昇平 二百五十年。
※●乙丑:慶應元年 ●晃山:日光山(日光東照宮) ●大祭:徳川家康(東照大権現)二百五十回忌の大祭
1-6 《元旦自述》 大槻磐渓
上衣張翼下衣襞。趁早公門拝歳初。却是山妻理家事。朝来蓬髪未遑梳。
《元旦自述》
上衣は翼を張り 下衣は襞。早きを趁ひ 公門に歳を拝するの初め。卻て是れ 山妻 家事を理し。朝来 蓬髪 未だ梳(クシケヅ)るに遑あらず。
※●上衣張翼:裃の肩の部分が翼のように張っている様子 ●下衣襞: 袴のひだ
1-7 《元旦自述》 大槻磐溪
戶戶松篁瑞靄多。女兒游戲趁春和。晴階交鬭彩毬影。唱出新年第一歌。
《元旦自述》
戸戸の松篁 瑞靄 多し。女児 游戯して 春和を趁ふ。晴階 交〻 闘はす 彩毬の影。唱へ出だす 新年 第一の歌。
※●松篁:松と竹。門松を指す ●彩毬:美しく彩色された手まり
1-8 《元旦詠門松》 藤井竹外
萬戶千門齊植松。梢梢早已引東風。卻思昨日上樵擔。來自深山冰雪中。
《元旦 門松を詠ず》
万戸 千門 斉しく松を植う。梢梢 早くも已に 東風を引く。却って思ふ 昨日 樵担に上り。深山 氷雪の中より来たるを。
※●樵擔: きこりの荷
1-9 《元旦洲崎觀日》 菊池五山
幾人鵠立拜新曦。一歲沙頭一度期。如此光華旦復旦。纔過今曉不聞知。
《元旦 洲崎にて日を観る》
幾人か鵠立して 新曦を拝す。一歳 沙頭 一度の期。此くの如き光華 旦 復た旦なるも。纔かに今暁を過ぐれば 聞き知らず。
※●旦復旦:朝な朝な。毎朝。《卿雲歌》「日月光華、旦復旦兮」
1-10 《宮詞》 後藤芝山
鷄鳴天子降東庭。口裏低低唱屬星。向曉黃櫨御衣冷。山陵拜罷出宸屛。
《宮詞》
鶏 鳴きて 天子 東庭に降る。口裏 低低として 属星を唱ふ。暁に向かひて 黄櫨の御衣 冷ややかに。山陵 拝し罷りて 宸屛を出づ。
※●宮詞:宮廷内の事物を詠んだ詩。ここでは天皇が元旦におこなう四方拝を詠んでいる。 ●屬星:陰陽道において人の運命を支配するとされる北斗七星の星。その人の生年干支に基づいて定められる本命星と、年ごとに周期的に変わる当年星とがある。 ●黃櫨:黄櫨染御袍(こうろぜんのごほう)。天皇のみが着用を許された特別な束帯装束。
1-11 《宮詞》 後藤芝山
元正朝賀鼓聲催。御帳褰時八字開。祥日初升龍尾道。華夷齊拜冕旒來。
《宮詞》
元正の朝賀 鼓声 催し。御帳 褰ぐる時 八字に開く。祥日 初めて升る 竜尾道。華夷 斉しく冕旒を拝し来たる。
※●御帳褰:高御座(たかみくら)の帳をまくり上げる ●龍尾道:大極殿の基壇である龍尾壇に登る東西二本の階段。
1-12 《二日雪作戲述》 大沼枕山
天公下雪白皚皚。松竹梅花掩映來。恰有寶船堪買取。擬浮銀海問蓬萊。
《二日 雪ふり 戯述を作す》
天公 雪を下して 白 皚皚。松竹 梅花 掩映し来たる。恰も 宝船の買ひ取るに堪ふる有り。銀海に浮かべて 蓬萊を問はんと擬す。
※●二日:正月二日 ●寶船:正月の縁起物として買い求める宝船の絵あるいは模型
1-13 《新正二日夜戲爲》 植村蘆洲
幽人試枕寶船圖。吉夢維何我問吾。茄子鷹兒仍富士。梅花帳底此皆無。
《新正二日夜戯為》
幽人 試みに枕す 宝船の図。吉夢 維れ何ぞ 我 吾に問ふ。茄子 鷹児 仍ほ富士。梅花帳底 此れ皆な無し。
※●仍:それに、おまけにの義
1-14 《新年雜述》 菊池五山
太平妝點是兒童。男女遊嬉到處同。彩鞠跳梁不離地。紙鳶跋扈欲凌空。
《新年雑述》
太平に粧点するは 是れ児童。男女の遊嬉 到る処 同じ。彩鞠は 跳梁して地を離れず。紙鳶は 跋扈して空を凌がんと欲す。
※●妝點:飾り立てる。着飾る。
1-15 《新年雜述》 菊池五山
年節逢場酒更加。蹣跚歸去近昏鴉。又尋鄰巷投名紙。便是今朝已了家。
《新年雑述》
年節 場に逢ひて 酒 更に加はる。蹣跚として帰り去れば 昏鴉 近し。又た 隣巷を尋ねて 名紙を投ずるも。便ち是れ 今朝 已に了せる家。
※●蹣跚:足もとがふらつくさま。千鳥足。 ●名紙:名刺。年始の挨拶の際に不在であれば置いていく。 ●已了家:すでに挨拶をすませた家
1-16 《新正書懷》 大沼枕山
寄迹江湖樂意長。拜年不復伴他忙。未能免俗眞堪笑。猶著官人上下裝。
《新正書懐》
迹を江湖に寄せて 楽意 長し。拝年 他に伴ひて忙しきこと 復たとはせず。未だ俗を免るる能わざるは 真に笑ふに堪へたり。猶ほ著す 官人 上下の装。
※●拜年:年始の挨拶回り ●官人上下裝:役人が着るような、裃(かみしも)の正装
1-17 《新正雨晝作》 植村蘆洲
深泥陋巷晝無譁。詩手偏宜靜處叉。豔曲一聲飛不到。陌頭煙雨壓楊花。
《新正雨昼作》
深泥の陋巷 昼 譁しき無し。詩手 偏へに宜しく静処に叉すべし。艶曲 一声も 飛び到らず。陌頭の煙雨 楊花を圧す。
※●叉:腕組みをして詩を考える。なお、晩唐の詩人温庭筠は八回腕組みする間に作詩できたことから「温八叉」と称せられた。
1-18 《平安早春》 中井竹山
東山雲日斂寒威。鴨水春聲入禁闈。應有風流貴公子。晴郊殘雪摘蔬歸。
《平安早春》
東山の雲日 寒威を斂め。鴨水の春声 禁闈に入る。応に 風流の貴公子 有るべし。晴郊の残雪 蔬を摘んで帰らん。
※●平安:京の都。
1-19 《早春雜興》 梁川星巖
堅臥貪眠不出廬。東風巷陌雪消初。暗知今日是人日。椎髻村姑叫賣蔬。
《早春雑興》
堅臥 眠りを貪って 廬を出でず。東風の巷陌 雪 消ゆるの初め。暗かに知る 今日は是れ人日なるを。椎髻の村姑 叫びて蔬を売る。
※●椎髻:髪を後ろに垂れて髻とする結び方。さいづちまげ。
1-20 《早春雜興》 梁川星巖
辨得羹材手自調。杳然回首一魂銷。故山山下還如此。綠滿畦町撥雪挑。
《早春雑興》
羹材を弁じ得て 手 自ら調す。杳然として 首を回らせば 一魂 銷ゆ。故山山下 還た此くの如し。緑 畦町に満ちて 雪を撥い挑ぐ。
※●手自調:手づから調理する
1-21 《早春雜興》 梁川星巖
黃昏沿路拾芳菲。綷縩有聲風掠衣。一角天西紅未了。村童仍放紙鳶飛。
《早春雑興》
黄昏 路に沿ひて 芳菲を拾へば。綷縩として 声有り 風 衣を掠む。一角の天西 紅 未だ了らず。村童 仍ほ紙鳶を放って飛ばしむ。
※●綷縩:絹物の擦れ合う音 ●紙鳶:凧
1-22 《春初雜題》 館柳灣
麗日光風開歲天。朱門松竹靄春煙。樓頭年少貴公子。高捲珠簾看紙鳶。
《春初雑題》
麗日 光風 開歳の天。朱門の松竹 春煙 靄たり。楼頭 年少の貴公子。高く珠簾を捲いて 紙鳶を看る。
※●朱門:朱塗りの門。転じて、貴人の家
1-23 《春初雜題》 館柳灣
霞關春色簇煙霞。侯邸相連大道斜。面面開窗歡醉客。爭抛錢物唱楊花。
《春初雑題》
霞関の春色 煙霞 簇る。侯邸 相ひ連なりて 大道 斜めなり。面面 窓を開く 歓酔の客。争って銭物を抛ち 楊花に唱はしむ。
※●霞關:江戸の霞ヶ関。大名屋敷が立ち並んでいた。 ●侯邸:大名屋敷 ●楊花:門付芸人。人家の門前で、歌・踊り・楽器演奏などの芸を披露し、金品を得て生計を立てていた旅芸人。
1-24 《春初雜題》 館柳灣
南閘北閘冰方解。新莊舊莊梅半開。妙義祠邊剛卯日。游人鬢上插符廻。
《春初雑題》
南閘 北閘 氷 方に解け。新荘 旧荘 梅 半ば開く。妙義祠辺 剛卯の日。游人 鬢上に符を挿して廻る。
※●妙義祠:亀戸天神社の東隣りにある御嶽神社の別称。亀戸妙義社。卯の神として親しまれ、正月初卯祭りで知られる ●剛卯日:正月初卯の日。本来、「剛卯」は漢代の官吏が邪気を避けるために佩びた飾りで、正月卯の日に作った。 ●游人:行楽客 符:ここではおみくじ。『東都歳時記』に「詣人神符を受けて髻に挟みて帰る」とある。 ●廻:底本は「歸」に作るが韻が合わないため、他本により改めた。
1-25 《新春室中作》 植村蘆洲
貧居翻幸似禪家。窄室留賓弄物華。佳卉一盆春影小。半叢香白雪蓮花。
《新春室中作》
貧居 翻って幸ひに 禅家に似たり。窄室 賓を留めて 物華を弄す。佳卉 一盆 春影 小なり。半叢 香は白し 雪蓮花。
※●雪蓮花:チベットや天山山脈の高山地帯に自生する薬用植物の名前だが、この詩中の雪蓮花がそれを指すのかは不明
1-26 《歌牌戲》 植村蘆洲
環坐燈前細語匀。歌牌爭賭戲新春。將言兒女解風雅。逢雪月花開笑脣。
《歌牌戯》
灯前に環坐して 細語 匀ふ。歌牌 賭を争ひて 新春に戯る。将に言わんとす 児女 風雅を解すと。雪月花に逢ひて 笑唇を開く。
※●歌牌戯:かるた遊び。百人一首。
1-27 《萬歲樂》 岡本花亭
逢逢拍節土伶歌。爲感驩虞恩澤多。二百年來軍鼓絕。太平基創自三河。
《万歳楽》
逢逢として 節を拍つ 土伶の歌。為めに感ず 驩虞の恩沢 多きを。二百年来 軍鼓 絶え。太平の基は三河より創(ハジ)む。
※●萬歲樂:本来は雅楽の曲名だが、ここでは江戸時代に全国に広まった芸能の萬歲を指す。二人一組でおこなう新年のことほぎの話芸として現代の漫才のルーツとなった。 ●逢逢:鼓を打つ音。萬歲では二人のうち一人が小鼓を打ってリズムを取った。 ●土伶:土地の楽人 ●驩虞:歓娯に同じ ●三河:徳川家康の出身地。また、萬歳のルーツとしても三河萬歳は最も古い部類に属し、徳川家からも優遇された。
1-28 《萬歲曲》 大沼枕山
氛祲盡消天日和。春風四海溢恩波。詞臣輸與田家子。先唱昇平萬歲歌。
《万歳曲》
氛祲 尽く消え 天日 和らぐ。春風 四海 恩波 溢る。詞臣 輸与す 田家子に。先んじて唱ふ 昇平万歳の歌。
※●氛祲:悪い気 ●輸與:ゆずりあたえる。勝ちをゆずる。
1-29 《江門節物詩》 藤森弘庵
楊花眞是可憐生。也似無情也有情。獻媚何曾分冷熱。家家門巷送春聲。
《江門節物詩》
楊花 真に是れ 可憐生。也た無情に似て也た有情。媚を献ずること 何ぞ曽て冷熱を分たん。家家の門巷 春声を送る。
※●楊花:文字通りには植物の楊の花だが、門付芸人(人家の門前で、歌・踊り・楽器演奏などの芸を披露し、金品を得て生計を立てていた旅芸人)の比喩でもある(江戸時代、門付芸人を「楊花」と呼んだ) ●可憐生:愛すべきもの、不憫なもの
1-30 《人日謝河邊伯氏送七種菜》 鹽田隨齋
臘八曾無七寶羹。滿籃忽見野香淸。今朝多幸作人日。咬菜唯期百事成。
《人日 河辺伯氏の七種菜を送らるるに謝す》
臘八 曽て無し 七宝の羹。満籃 忽ち見る 野香の清きを。今朝 多幸にして人日を作す。菜を咬んで 唯だ期す 百事の成るを。
※●七種菜:春の七草 臘八:陰暦十二月八日。釈迦が悟りを開いた日として臘八祭が催され、臘八粥を食べる。 ●七寶羹:七草がゆのこと。臘八粥のことも「七寶粥」と呼ぶ。臘八には七寶粥を食べるが、この七草粥ほどうまいものはかつてなかった、ということ。
1-31 《人日坐雨》 菊池五山
人日無人坐草堂。梅花猶是缺平章。雨膏偏沃東風菜。第一春羹舌自香。
《人日坐雨》
人日 人 無く 草堂に坐す。梅花 猶ほ是れ 平章を欠く。雨膏 偏へに沃(ソソ)ぐ 東風の菜。第一の春羹 舌 自ら香し。
※●平章:鑑賞して評価、品定めする
1-32 《宮詞》 後藤芝山
子日仙遊出九重。從車如水騎如龍。郊原春滿恩光遍。供奉千官引小松。
《宮詞》
子日の仙遊 九重を出づ。従車 水の如く 騎 竜の如し。郊原 春 満ちて 恩光 遍し。供奉の千官 小松を引く。
※●子日:平安時代の宮中では、正月の初子の日に野遊びを行い(子の日の遊び)、小松引きや若菜摘みなどに興じた。
1-33 《宮詞》 後藤芝山
暖回後院草將萌。禁樹無風春鳥鳴。子日菜蔬挑七種。進來內膳作和羹。
《宮詞》
暖 回りて 後院の草 将に萌えんとす。禁樹 風 無く 春鳥 鳴く。子日の菜蔬 七種を挑(エラ)び。内膳に進め来たって 和羹と作す。
※●子日:平安時代の宮中では、正月の初子の日に野遊びを行い(子の日の遊び)、小松引きや若菜摘みなどに興じた。 ●內膳:内膳司。宮中の食事を司る役所
1-34 《正月十日蛭子神祭》 廣瀨梅墩(旭莊)
求福何須懇禱深。翛然唯合絕貪心。生平不解世人算。擲我眞金買假金。
《正月十日蛭子神祭》
福を求むるに 何ぞ須ゐんや 懇禱の深きを。翛然として 唯だ合に 貪心を絶つべし。生平 解せず 世人の算。我が真金を擲ちて 仮金を買ふ。
※●正月十日蛭子神祭:十日戎。 買假金:十日戎で売られている縁起物の笹の小判の飾りなどを「にせ金」と見立て、本物の金でにせ金を買っている、と皮肉ったもの
1-35 《正月十六日戲述》 大沼枕山
千樹梅開新舊莊。寺樓放鑰錦旛揚。女兒不解尋芳去。漫擲金錢賽十王。
《正月十六日戯述》
千樹 梅 開く 新旧の荘。寺楼 鑰を放ちて 錦旛 揚がる。女児は解せず 芳を尋ね去(ユ)くを。漫に金銭を擲ちて 十王に賽す。
※●正月十六日:「初閻魔」の縁日。地獄の窯の蓋が開き、鬼も獄卒も休み、亡者も休める日という ●放鑰:鍵をあける。ここでは秘仏を御開帳すること ●十王:死後、冥界の審判を担当する十人の王。閻魔大王もそのうちの一人。
1-36 《二月元午賽稻荷》 釋六如
田祖祠邊梅柳春。今朝上午更良辰。闐闐伐鼓東風裏。餘胙殘壺饒醉人。
《二月元午 稲荷に賽す》
田祖祠辺 梅柳の春。今朝 上午 更に良辰。闐闐として 鼓を伐つ 東風の裏。余胙 残壺 酔人に饒(オホ)し。
※●二月元午:二月の初午。稲荷祭がおこなわれる。 ●田祖祠:田の神のほこら。稲荷神社。 ●上午:初午 ●餘胙:余ったひもろぎ(神に供えた肉を祭りの後で分配するもの)
1-37 《二月初午戲述》 大沼枕山
紅旆滿城蒼霧開。社頭趁曉鼓如雷。怪生鴉隊出林早。萬手鼕鼕敲起來。
《二月初午 戯れに述す》
紅旆 城に満ちて 蒼霧 開く。社頭 暁を趁って 鼓 雷の如し。怪生なり 鴉隊の林を出づること早きは。万手 鼕鼕として 敲き起し来たる。
※●二月初午:二月の初午。稲荷祭がおこなわれる ●怪生:怪しむには及ばない。楊萬里《舟過安仁》「怪生無雨都張傘 不是遮頭是使風」
1-38 《二月初午戲爲》 植村蘆洲
鼕鼕雷鼓湧春村。社酒吹香滿瓦盆。跋扈狐王大無狀。萬頭白虎忽平吞。
《二月初午 戯れに為る》
鼕鼕たる雷鼓 春村に湧き。社酒 香を吹いて 瓦盆に満つ。跋扈の狐王 大いに無状。万頭の白虎忽ち平呑す。
※●二月初午:二月の初午。稲荷祭がおこなわれる ●無狀:無礼、無作法なさま ●白虎:豆腐のこと。趙翼《儒餐》「儒餐自有窮奢處 白虎靑龍一口呑」
1-39 《宮詞》 後藤芝山
廟宮釋奠禮儀隆。盛德洋洋仰聖風。明日仙郞擎祭胙。進來朝餉入簾中。
《宮詞》
廟宮の釈奠 礼儀 隆なり。盛徳 洋洋として 聖風を仰ぐ。明日 仙郎 祭胙を擎げ。朝餉を進め来たって 簾中に入る。
※●釋奠:孔子をはじめとする儒教の先哲を祭る儀式。朝廷では、大学寮で二月・八月の上丁の日に行われた。 ●祭胙:神仏へのお供えの肉のお下がり
1-40 《宮詞》 東藍田
終日魚龍戲後庭。藥欄宵靜護花鈴。深宮粉黛燈光下。侍講同聽女孝經。
《宮詞》
終日 魚竜 後庭に戯る。薬欄 宵 静かなり 護花の鈴。深宮の粉黛 灯光の下。侍講 同に聴く 女孝経。
※●藥欄:薬草園の囲い。 ●護花鈴:花を守るための鳥除けの鈴。 ●女孝經:書名。唐の侯莫陳邈の妻鄭氏の撰。孝経にならって婦人の徳の涵養について説いたもの。
1-41 《春陰忽晴》 鹽田隨齋
惻惻春寒著帽行。輕雲忽散眼先明。梅花已老桃花未。欲折紅苞有小櫻。
《春陰 忽ち晴る》
惻惻たる春寒 帽を著て行けば。軽雲 忽ち散じて 眼 先づ明らかなり。梅花 已に老い 桃花は未だし。折らんと欲する紅苞 小桜 有り。
※●紅苞:赤いつぼみ
1-42 《春夜雨》 辻元崧庵
暖襲黃紬睡不輕。瞢騰欹枕向殘更。返魂丹在今宵雨。喚起東山彼岸櫻。
《春夜雨》
暖は黄紬を襲ひて 睡 軽からず。瞢騰として枕を欹てて 残更に向(ナンナ)んとす。返魂丹は今宵の雨に在り。喚起す 東山の彼岸桜。
※●黃紬:黄色いつむぎ。また黄色いつむぎの布団。
1-43 《春宵偶題》 辻元崧庵
籬畔簷端淡淡風。三杯遣興弄吟筒。芳櫻園裏春宵月。醉臥朦朧花影中。
《春宵偶題》
籬畔 簷端 淡淡たる風。三杯 興を遣って 吟筒を弄す。芳桜園裏 春宵の月。酔臥す 朦朧たる花影の中。
※●吟筒:詩筒。詩を入れる竹の筒。
1-44 《答人索櫻花詩》 菊池五山
名花豈可著凡詞。祇足汙他絕代姿。聖到少陵還自歉。一生不作海棠詩。
《人の桜花の詩を索むるに答ふ》
名花 豈に凡詞を著くべけんや。祇だ足る 他(カ)の絶代の姿を汚すに。聖なること少陵に至るも 還た自ら歉し。一生 作らず 海棠の詩。
※●少陵:杜甫。海棠の花を詠む詩を作らなかったという。 ●歉:飽き足らない。不満に思う。
1-45 《春晴》 鹽田隨齋
一隊兒童戲綠皐。幾絲紙鷂共爭繅。天公忽借東風便。跋扈騰空勢更豪。
《春晴》
一隊の児童 緑皐に戯れ。幾糸の紙鷂 共に争ひ繅る。天公 忽ち借す 東風の便。跋扈 空に騰りて 勢ひ 更に豪なり。
※●紙鷂:凧 天公:お天道様
1-46 《翫花戲述》 大沼枕山
單瓣輕如飛燕瘦。重葩豔似玉環姿。漢唐驕主驕輕我。燕瘦環肥一手持。
《花を翫んで 戯れに述す》
単弁 軽きこと 飛燕の痩せたるが如く。重葩 艶なること 玉環の姿に似たり。漢唐の驕主 驕りて我を軽んずるとも。燕痩 環肥 一手に持す。
※●單瓣:一重の桜 ●飛燕:前漢成帝の后、趙飛燕。身が軽く、掌の上で舞うことができるほどスレンダーだったという ●重葩:八重の桜 ●玉環:楊玉環すなわち楊貴妃。唐の玄宗から絶大な寵愛を受けた。グラマラスな美女であったとされる。
1-47 《宮詞》 後藤芝山
左近仗頭春日遲。聖人遊豫在花時。新題獻處同探韻。學士高吟御製詩。
《宮詞》
左近仗頭 春日 遅し。聖人の遊予 花時に在り。新題 献ずる処 同に韻を探り。学士 高吟す 御製の詩。
※●左近仗:左近衛府の仗舎(詰所)。議政官が集まって朝政を審議する場所(陣座)として用いられた。 ●遊豫:游豫に同じ。遊び楽しむこと。また帝王の游幸。
1-48 《觀妓》 大沼枕山
姊妹相攜玩物華。鸞裙鳳帶競紛奢。一年一度此時節。出看城東城北花。
《妓を観る》
姉妹 相ひ携へて 物華を玩び。鸞裙 鳳帯 紛奢を競ふ。一年一度 此の時節。出でて看る 城東 城北の花。
※●鸞裙鳳帶:鸞や鳳の刺繍をした裙(もすそ)や帯。きらびやかな装いのたとえ。
1-49 《觀妓》 大沼枕山
碧傘齊張障夕曛。隔花雜沓簇紅裙。一聲擊柝儼成列。也是人閒娘子軍。
《妓を観る》
碧傘 斉しく張りて 夕曛を障(サヘギ)り。花を隔つる雑沓 紅裙 簇る。一声 柝を撃ちて 儼として列を成す。也た是れ 人間の娘子軍。
※●擊柝:拍子木を打つ ●娘子軍:婦女子で組織した軍隊
1-50 《平安上巳書感》 賴山陽
吹血東風鬧萬蹄。角雄秦晉迭排擠。九門今日放金鑰。春苑縱民觀鬭鷄。
《平安の上巳 感を書す》
血を吹く東風 万蹄 鬧がし。雄を角(キソ)ふ秦晋 迭ひに排擠す。九門 今日 金鑰を放ち。春苑 民の闘鶏を観るに縦(マカ)す。
※平安:平安京。京の都 ●上巳:三月三日の節句。曲江の宴などとともに鶏合わせ(闘鶏)もおこなわれた ●秦晉:秦と晋。春秋時代の強国。ここでは勝負を争っている二つのチームのたとえ
1-51 《上巳雛遊》 朝川善庵
上巳雛遊女兒節。鏤金作勝羽儀新。香羹憐爾調晨膳。齊季今朝學采蘋。
《上巳雛遊》
上巳の雛遊 女児の節。金を鏤(チリバ)め 勝を作りて 羽儀 新たなり。香羹 憐れむ 爾が晨膳を調ふるを。斉季 今朝 采蘋を学ぶ。
※●勝:髪飾り
1-52 《上巳雛祭》 大沼枕山
皇俗重三冠令辰。紅桃白酒滿筵春。長期子母俱全樂。兒女團欒祭紙人。
《上巳雛祭》
皇俗 重三 令辰に冠たり。紅桃 白酒 満筵の春。長(トコシナ)へに期す 子母 俱に楽しみを全うするを。児女 団欒して 紙人を祭る。
※●皇俗:皇朝すなわち日本の風俗 ●白酒:ここでは甘酒のこと ●紙人:紙で作った人形。雛人形
1-53 《宮詞》 後藤芝山
翠華遊幸御溝邊。岸柳堤花錦繡連。禊飮流觴循故事。新詩應詔許多篇。
《宮詞》
翠華 遊幸す 御溝の辺。岸柳 堤花 錦繡 連なる。禊飲 流觴 故事に循ひ。新詩 詔に応ず 許多の篇。
※●翠華:カワセミの羽で作った旗飾り。天子の旗。 ●流觴:さかづきを流す。曲水の宴で流れてくるさかづきが自分の前を通り過ぎる前に詩を作る
1-54 《春夜喜雨》 藤井竹外
桃花紅謝菜花黃。細雨無聲濕夜廊。料得江船火明處。香魚入網十分香。
《春夜 雨を喜ぶ》
桃花の紅は謝して 菜花は黄なり。細雨 声 無く 夜廊を湿ほす。料り得たり 江船の火 明らかなる処。香魚 網に入りて 十分 香しきを。
※●作者自注に「吾鄕以蕪菁花放爲香魚初上候(吾が郷 蕪菁花の放くを以て 香魚 初めて上るの候と為す)」とあり ●香魚:アユ
1-55 《過某氏看櫻花草》 尾藤二洲
消盡林頭三月雪。盆中五彩別成雲。誰知蝶駭人愁日。春在君家猶十分。
《過某氏看桜花草》
消尽す 林頭 三月の雪。盆中の五彩 別に雲を成す。誰か知らん 蝶 駭き 人 愁ふるの日。春 君が家に在ること 猶ほ十分なるを。
※●桜花草:サクラソウ
1-56 《余太嗜筆頭菜人有嗤之者戲答》 釋六如
綠毫赤管天然筆。插地動遭農父鋤。客問放饞有何好。倩渠且寫腹中書。
《余 太だ筆頭菜を嗜む。人の之を嗤ふ者 有り。戯れに答ふ》
緑毫 赤管 天然の筆。地に挿すも 動(ヤヤ)もすれば農父の鋤に遭ふ。客 問ふ 放饞 何の好きこと有りやと。渠を倩ひて 且く写さん 腹中の書。
※●筆頭菜:土筆(つくし) ●放饞:ほしいままに貪る ●腹中書:腹の中に蓄えられた書物。
1-57 《睡起》 菊池溪琴
雨氣蒙瞢春暮天。南軒夢破日如年。自嫌言語沈無味。濕入金絲懶喫煙。
《睡起》
雨気 蒙瞢たり 春暮の天。南軒 夢 破れて 日 年の如し。自ら嫌ふ 言語の沈として味 無きを。湿は金糸に入って 煙を喫するに懶し。
※●金絲:ここではタバコの葉のこと。タバコの異名を「金絲醺」という。
1-58 《郊行所見》 菊池五山
碎盡瓊英雨始晴。村村籬落綠將成。一株認得梨花雪。不道人家有晚櫻。
《郊行所見》
瓊英を砕き尽くして 雨 始めて晴る。村村の籬落 緑 将に成らんとす。一株 認め得たり 梨花の雪。道はず 人家に晩桜 有るを。
※●瓊英:美しい花
1-59 《宮詞》 後藤芝山
供御更衣明日是。薰籠徹夜不停香。朝來殿上新鋪設。錦額畫帷都改張。
《宮詞》
供御の更衣 明日 是れなり。薫籠 夜を徹して 香を停めず。朝来 殿上 新たに舗設し。錦額 画帷 都て改張す。
※●供御:天子のお召しになるもの ●不停香:香を焚くことをやめない
1-60 《更衣惜春 和歌題》 釋六如
黃公聲老綠初匀。纖葛趁時刀尺新。節遲月進餘花在。只是人情已不春。
《衣を更へて春を惜しむ 和歌題》
黄公の声 老いて 緑 始めて匀ふ。繊葛 時を趁ひて 刀尺 新たなり。節 遅く 月 進んで 余花 在り。只だ是れ 人情は已に春ならず。
※●自注に「此歳四月十四日立夏」とあり ●黃公:ウグイス(黄鳥) ●刀尺:はさみと物差し、転じて裁縫のこと
1-61 《朝更衣 和歌題》 菊池五山
熟衣隨例換生衣。猶怯朝寒未解圍。卻是楊花無錯節。輕綿卸盡不停飛。
《朝 衣を更ふ 和歌題》
熟衣 例に随って 生衣に換ふ。猶ほ朝寒を怯れて 未だ囲を解かず。却って是れ 楊花 節を錯まること無く。軽綿 卸し尽くして 飛ぶを停めず。
※●熟衣:着慣れた冬服 ●生衣:まだなじまない夏服 ●錯節:通常は入り交じった木の節のことだが、「季節を錯(あやま)る」とも訓める。両方の意味をかけたものか
1-62 《早夏雜詩》 西島蘭溪
黍苗半寸似靑秧。穀板新成在石牀。鷺削螵蛸人縛草。幻來郊外雨餘涼。
《早夏雑詩》
黍苗 半寸 青秧に似たり。穀板 新たに成って 石床に在り。鷺は螵蛸を削り 人は草を縛す。幻じ来たり 郊外雨余の涼。
※●螵蛸:カマキリの卵の嚢
1-63 《灌佛會》 植村蘆洲
誰種無憂一樹根。卯花插處萬人屯。甘茶聊復調香水。學八龍王灌獨尊。
《灌仏会》
誰か種う 無憂 一樹の根。卯花 挿す処 万人 屯す。甘茶 聊か復た 香水を調へ。八竜王を学びて 独尊に灌ぐ。
※●無憂樹:その下で釈尊が生まれたという樹 ●八龍王:八大龍王。雨や水に関わる八人の竜王。そのうちの一人、跋難陀(ウパナンダ)は釈尊が生まれたとき天から雨を灌いだという
1-64 《宮詞》 後藤芝山
內中浴佛奉浮圖。絲瀑寶山排比殊。香鉢齊盛五色水。宮人頻灌小金軀。
《宮詞》
内中の浴仏 浮図を奉ず。糸瀑 宝山 排比 殊なり。香鉢 斉しく盛る 五色の水。宮人 頻りに灌ぐ 小金軀。
※●內中:宮中 ●浴佛:灌仏会 ●浮圖:仏 ●排比:順序良く並べること
1-65 《初夏雜興》 摩島松南
雨後靑山綠樹新。落花風裏送殘春。香魚上盡前湍水。又放瓜河摘紫蓴。
《初夏雑興》
雨後の青山 緑樹 新たなり。落花風裏 残春を送る。香魚 上り尽くす 前湍の水。又た瓜皮を放って 紫蓴を摘む。
※●瓜皮:瓜皮船。小舟の一種。
1-66 《聞鵑》 大沼枕山
一姓吾邦萬世尊。在天靈豈可吞冤。綠陰連叫無人拜。杜宇終非古帝魂。
《聞鵑》
一姓 吾が邦 万世に尊し。天に在る霊 豈に 冤を呑むべけんや。緑陰に連りに叫ぶも 人の拝する無し。杜宇 終に 古帝の魂に非ず。
※●一姓:万世一系の天皇家
1-67 《四月十七日作》 關雪江
焚香望拜晃山天。大典遙知事肅然。欽仰德輝如日月。照東二百五十年。
《四月十七日作》
香を焚いて 望拝す 晃山の天。大典 遥かに知る 事 粛然たるを。欽仰す 徳の輝くこと日月のごときを。東を照らすこと 二百五十年。
※●四月十七日:徳川家康の命日 ●晃山:日光山。日光東照宮。
1-68 《紀事》 大槻磐溪
拜山期迫肅長街。綠樹新鵑夜月開。三尺竹筳一條鐵。驚天動地警人來。
《紀事》
拝山の期 迫って 長街 粛たり。緑樹 新鵑 夜月 開く。三尺の竹筳 一条の鉄。天を驚かし地を動かして 人を警しめ来たる。
※●竹筳:竹の棒
1-69 《謝谷川無町餉佳蘇》 鹽田隨齋
八枝急櫓送佳蘇。晚上魚場人疾呼。一擔飛奔供快飮。堆盤紅玉壓銀鱸。
《谷川無町の佳蘇を餉(オク)るに謝す》
八枝の急櫓 佳蘇を送る。晩に魚場に上れば 人 疾く呼ぶ。一担 飛奔して 快飲に供すれば。堆盤の紅玉 銀鱸を圧す。
※●佳蘇:カツオ
1-70 《食松魚》 梁川星巖
鵑啼夏木綠扶疎。正是鉛錘入市初。劫火歷來能不死。天留饞口喫頭魚。
《松魚を食す》
鵑 啼き 夏木 緑 扶疎たり。正に是れ 鉛錘 市に入るの初め。劫火 歴来たるも 能く死せず。天は饞口を留めて 頭魚を喫せしむ。
※●松魚:カツオ ●鉛錘:鉛のおもり。カツオの比喩。 ●劫火:江戸の大火事 ●饞口:食いしん坊な口 ●頭魚:第一等の魚、あるいは初物の魚。ここでは後者。初ガツオ。
1-71 《夏日》 菊池五山
滿簾晴日手如烘。梧葉雲搖細細風。聽得紗幮賣深碧。曼聲一喚過牆來。
《夏日》
満簾の晴日 手 烘るが如し。梧葉 雲揺す 細細たる風。聴き得たり 紗幮 深碧を売るを。曼声 一喚 牆を過ぎ来たる。
※●雲搖:雲のようにゆれうごく ●紗幮賣深碧:深緑色の蚊帳を売る
1-72 《夏日雜題》 大沼枕山
新裁白紵製單衣。蒲綠榴紅兩霽時。又是城中端午近。家家旌旆畫鍾馗。
《夏日雑題》
新たに白紵を裁って 単衣を製す。蒲緑 榴紅 両つながら霽るる時。又た是れ 城中 端午 近し。家家の旌旆 鍾馗を画く。
※●鍾馗: 魔除けの神。端午の節句にその絵を掲げる
1-73 《刈菖蒲 和歌題》 菊池五山
碧抽蒲葉短交長。鎌手芟來亦太忙。賣與城中伴蒿艾。滿村梅雨近端陽。
《菖蒲を刈る 和歌題》
碧 抽んでて 蒲葉 短 長に交わる。鎌手 芟(カ)り来たるも亦た太だ忙し。城中に売与して蒿艾に伴なふ。満村の梅雨 端陽に近し
※●蒿艾:ヨモギ ●端陽:端午の節句
1-74 《謝簡堂君惠菖蒲》 藤森弘庵
水蒲三尺劍光磨。嘉貺優於獲太阿。若問野人何所用。不驅耗鬼伏詩魔。
《簡堂君の菖蒲を恵まるるに謝す》
水蒲 三尺 剣光 磨く。嘉貺 太阿を獲るよりも優れり。若し 野人 何の用うる所ぞと問はば。耗鬼を駆らず 詩魔を伏す。
※●嘉貺:よき賜りもの ●太阿: 伝説上の宝剣の名
1-75 《端午》 大沼枕山
驟暑逼人端午初。兒衣裁得纈紋疎。貧家一領苦多費。且省竿頭懸鯉魚。
《端午》
驟暑 人に逼る 端午の初め。児衣 裁ち得たりて 纈紋 疎なり。貧家の一領 苦だ費多し。且らく省く 竿頭 鯉魚を懸くるを。
※●纈紋:絞り染めの模様 ●一領:衣服などの一揃い。一着。 ●竿頭懸鯉魚:鯉のぼりを飾る
1-76 《端午》 劉石秋
親王一戰壯神州。遺策於今滿四陬。欲示西方羊與犬。家家畫幟幾貔貅。
《端午》
親王の一戦 神州 壮なり。遺策 今に於いても 四陬に満つ。西方の羊と犬とに示さんと欲す。家家 幟に画く 幾貔貅。
※●羊與犬:西洋人を蔑んで羊や犬と呼んだもの
1-77 《五日偶題》 梁川星巖
貧居何以答端陽。甁插菖蒲只漫香。想見朱門人賀節。葛衣滿背汗如漿。
《五日偶題》
貧居 何をもってか 端陽に答へん。瓶に菖蒲を挿せば 只だ漫に香る。想ひ見る 朱門の人 節を賀し。葛衣 背に満つる汗 漿のごときを。
※●端陽:端午の節句 ●朱門:貴人・権力者の家
1-78 《癸亥端午所見》 大沼枕山
節逼端陽海警頻。鐵戈金甲護通津。市街猶見昇平象。戶戶丹靑紙冑人。
《癸亥端午所見》
節は端陽に逼って 海警 頻なり。鉄戈 金甲 通津を護る。市街 猶ほ見る 昇平の象。戸戸 丹青 紙冑の人。
※●癸亥:嘉永六年(1853年)。ペリー来航の年。
1-79 《端午 和歌題》 菊池五山
榴花紅拆與晴宜。瀲灎蒲醪滿碧卮。醉興豪來鬼堪拉。且將一酌酹鍾馗。
《端午 和歌題》
榴花の紅 拆(ヒラ)きて 晴れと宜し。瀲灎たる蒲醪 碧卮に満つ。酔興 豪来 鬼も拉(クジ)くに堪へん。且に一酌を将って鍾馗に酹がんとす。
※●拆:花が開く ●蒲醪: 菖蒲を浸した酒。菖蒲酒 ●鍾馗: 魔除けの神。端午の節句にはその絵を掲げたり人形を飾ったりする
1-80 《宮詞》 後藤芝山
端午君王臨武殿。菖蒲戴著綴鵷行。宣須藥玉知恩遍。續命靈絲五彩長。
《宮詞》
端午 君王 武殿に臨み。菖蒲 戴著して 鵷行を綴る。薬玉を宣須して 恩の遍きを知る。続命の霊糸 五彩 長し。
※●武殿:武徳殿。平安京の大内裏にあった、武芸を観覧するための殿舎。 ●鵷行:鵷(おおとり)が列をなして飛ぶさま。朝廷の臣下が列をなして並ぶ様子をたとえる
1-81 《五月某日雨中游甫里桐村觀菖蒲花》 大槻磐溪
滿堤新漲欲侵田。綾瀨川頭甫里邊。濃紫淺紅兼淡白。黃梅雨裏鬭嬋娟。
《五月某日 雨中に甫里桐村に游び菖蒲花を観る》
満堤の新漲 田を侵さんと欲す。綾瀬川頭 甫里の辺。濃紫と浅紅と淡白と。黄梅雨裏 嬋娟を闘はす。
※●甫里桐村:武蔵国葛飾郡堀切村。現在の葛飾区堀切。江戸時代から花菖蒲の名所「堀切園」(現在の堀切菖蒲園)があり江戸近郊の行楽地であった
1-82 《梅雨晴》 菊池五山
城中昨夜送輕雷。日氣烘紅暑驟回。已作一年鹽漬計。家家蘆箔曬黃梅。
《梅雨晴》
城中 昨夜 軽雷を送る。日気 烘紅 暑 驟かに回る。已に作す 一年 塩漬の計。家家の芦箔 黄梅を晒す。
※●蘆箔:アシでできた簾
1-83 《宮詞》 後藤芝山
神泉池水綠波流。岸樹招涼氣若秋。釣線更垂香餌處。錦鱗先上至尊鉤。
《宮詞》
神泉の池水 緑波 流れ。岸樹 涼を招いて 気 秋の若し。釣線 更に香餌を垂るる処。錦鱗 先づ上る 至尊の鉤。
※●神泉:神泉苑。平安京の大内裏に接して造られた庭園。
1-84 《夜聽水鷄》 梁川星巖
月浸秧田角角鳴。江東羇客夢先驚。玉妃祠畔舊時聽。又聽玉妃祠畔聲。
《夜 水鶏を聴く》
月は秧田に浸り 角角と鳴く。江東の羇客 夢 先づ驚く。玉妃祠畔 旧時に聴き。又た聴く 玉妃祠畔の声。
※●水鷄:クイナ。実際には日本に夏鳥としてやってくるヒクイナを指す。 ●玉妃祠:玉姫稲荷神社か。この神社は隅田川に近く、付近は標茅が原と呼ばれ、クイナの多い地として知られた
1-85 《夜聽秧鷄》 大槻磐溪
池亭漸暗月將低。簾外秧鷄角角啼。幽客眠醒欹枕聽。聲聲轉在柳灣西。
《夜 秧鶏を聴く》
池亭 漸く暗く 月 将に低れんとし。簾外の秧鶏 角角と啼く。幽客 眠り醒めて 枕を欹てて聴けば。声声 転じて柳湾の西に在り。
※●秧鷄:クイナ。水鶏に同じ
1-86 《江門節物詩 開河》 藤森弘庵
畫舫叢中湧醉歌。人言今日是開河。太平樂事君須記。十里無由見寸波。
《江門節物詩 開河》
画舫叢中 酔歌 湧き。人は言ふ 今日は是れ開河なりと。太平の楽事 君 須らく記すべし。十里 寸波を見るに由無し。
※●開河:両国の川開き ●無由見寸波:屋形船が川面を覆い尽くして、わずかな波も見ることができない
1-87 《煙花戲》 梁川星巖
晴夜南山一道雷。迸星歷落半空來。中庭踞得胡牀穩。喚做吾家觀象臺。
《煙花戯》
晴夜 南山 一道の雷。迸星 歴落として 半空より来たる。中庭に踞し得て 胡床 穏やかなり。喚び做す 吾が家の観象台。
※●煙花戲:花火 ●觀象臺: 天体を観測する台。天文台
1-88 《煙花戲》 梁川星巖
人工奪得化工權。頃刻春風花滿天。絕似山中修煉士。丹飛汞走不成仙。
《煙花戯》
人工 奪ひ得たり 化工の権。頃刻 春風 花 天に満つ。絶だ似たり 山中の修煉士。丹 飛び 汞 走るも 仙を成さざるに。
※●煙花戲:花火 ●修煉士:山に籠もって不老不死の薬(仙丹)を作ろうとする修行者 ※丹:赤い絵の具、硫化第二水銀。また不老不死の仙薬。 ●汞:水銀
1-89 《夏日都門雜詠》 野村篁園
凌陰傳得周遺典。暑月朱門貯雪華。好是嚴城供進後。也分寒色到千家。
《夏日都門雑詠》
凌陰 伝へ得たり 周の遺典。暑月の朱門 雪華を貯ふ。好し是れ 厳城 供進の後。也た寒色を分かって 千家に到る。
※●凌陰:氷室
1-90 《六月十五日山王會》 牧野默庵
舞行歌隊逐番新。一國如狂恰此辰。錦綺滿街光炫目。誰知中有鬻妻人。
《六月十五日山王会》
舞行 歌隊 番を逐ひて新たなり。一国 狂ふが如きは 恰も此の辰。錦綺 街に満ちて 光 目を炫(クラ)ます。誰か知らん 中に妻を鬻ぐ人有るを。
※●山王會:山王祭
1-91 《夏夜卽事》 植村蘆洲
灌罷園林夜趣長。古松陰裏一虛堂。茶爐殘火猶嫌熱。點向籠燈影乍涼。
《夏夜即事》
園林に灌ぎ罷んで 夜趣 長し。古松陰裏 一虚堂。茶炉の残火 猶ほ熱きを嫌ひ。点じて籠灯に向かえば 影 乍ち 涼し。
※●茶爐:茶をわかす炉
1-92 《夏日睡起》 館柳灣
獨臥風牀睡味長。醒來殘日下西牆。門前時有賣蟲過。一擔秋聲報晚涼。
《夏日睡起》
独り風床に臥せば 睡味 長し。醒め来れば 残日 西牆に下る。門前 時に虫を売りて過ぐる有り。一担の秋声 晩涼を報ず。
※●風床:風通しのよい寝床
1-93 《名越祓 和歌題》 菊池五山
樹陰修禊枕淸流。燈影碎紅人影稠。炎毒一時全澡盡。洒然已飽舞雩秋。
《名越の祓 和歌題》
樹陰に修禊して 清流に枕す。灯影 紅を砕いて 人影 稠なり。炎毒 一時に全て澡ひ尽くし。洒然として 已に飽く 舞雩の秋。
※●名越祓:夏越の祓。6月晦日に半年分の穢れを落とし、残り半年の息災を願う神事 ●舞雩:雨乞いの祭り、また雨乞いをする祭壇
1-94 《江門節物詩 過夏》 藤森弘庵
村巫鼓笛晚涼催。紙偶茅繯野廟隈。柳外笑聲靑舫去。水邊扇影麗人來。
《江門節物詩 過夏》
村巫の鼓笛 晩涼を催す。紙偶 茅繯 野廟の隈。柳外の笑声 青舫 去り。水辺の扇影 麗人 来たる。
※●過夏:夏越の祓。6月晦日に半年分の穢れを落とし、残り半年の息災を願う神事 ●紙偶:紙で作った人形。形代。 ●茅繯:茅の輪。「繯」は仄声で平仄が合わない。「環」の誤りか
1-95 《七夕》 市河寬齋
百尺靑竿半紫虛。彩箋剪取五雲餘。天機元贊七襄妙。枉被人閒乞巧書。
《七夕》
百尺の青竿 半ば紫虚。彩箋 剪り取る 五雲の余。天機 元より賛す 七襄の妙。枉げて 人間に巧書を乞はる。
※●紫虛:青空 ●七襄:星が一日に七たび宿りを移すこと ●乞巧書:「乞巧」は裁縫や機織り、書道など技芸の上達を願う七夕の行事。ここでは書の上達を乞うている
1-96 《池塘七夕》 竹內雲濤
洗車雨歇曉天晴。風動碧荷珠露傾。又是今朝淸課在。家家臨水滌燈檠。
《池塘七夕》
洗車の雨 歇んで 暁天 晴れ。風は碧荷を動かして 珠露 傾く。又た是れ 今朝 清課 在り。家家 水に臨んで 灯檠を滌ふ。
※●洗車雨:七夕(またはその前日)に降る雨。牽牛星(彦星)が牛車を洗うために降る雨 ●滌燈檠:灯火を立てる台を洗う。詩の自注に「俗傳今日洗燈具能除油垢」とある
1-97 《江門節物詩 篠箋》 藤森弘庵
纖月生明斜漢流。佳期珍重一年秋。家家綵紙多閒語。應歎人閒不解愁。
《江門節物詩 篠箋》
繊月 明を生じて 斜漢 流る。佳期 珍重す 一年の秋。家家の綵紙 間語 多し。応に歎くべし 人間 愁ひを解かざるを。
※●篠箋:七夕の笹につけた短冊 ●閒語:ささやき。ひそひそ話
1-98 《宮詞》 後藤芝山
女伴同登乞巧樓。爭求蛛網列珍羞。含情斜倚闌干角。一炷爐香拜女牛。
《宮詞》
女伴 同に登る 乞巧楼。争ひて蛛網を求め 珍羞を列ぬ。情を含み 斜めに倚る 闌干の角。一炷の炉香 女牛を拝す。
※●乞巧樓:七夕に技芸の上達を願う行事「乞巧」のために登るたかどの ●蛛網:蜘蛛の網。乞巧の風習で、小さな箱にクモを閉じ込め翌朝までに網が張られていれば願いが叶うとする ●女牛:織女星と牽牛星
1-99 《小園卽事》 市河米庵
籬下牽牛種幾叢。認牌不與去年同。人閒變換花相似。白化輕黃碧化紅。
《小園即事》
籬下の牽牛 幾叢かを種う。牌を認むれば 去年とは同じからず。人間の変換 花も相ひ似たり。白は軽黄に化し 碧は紅に化す。
※●牽牛:朝顔の花 ●牌:品種などを記して地面に挿した札
1-100 《晨興》 大沼枕山
行商入郭趁晨涼。壓擔碧花吹露香。多少人家殘夢裏。沿他門口賣秋光。
《晨興》
行商 郭に入りて 晨涼を趁ふ。担を圧する碧花 露を吹きて香し。多少の人家 残夢の裏。他の門口に沿ひて 秋光を売る。
※●碧花:朝顔の花 ●他:その
1-101 《七月十三日途中口號》 梁川星巖
一線路通陂水西。涼風冷露草萋萋。黃昏祭掃人歸盡。唯有寒蛩抵死啼。
《七月十三日途中口号》
一線の路は通ず 陂水の西。涼風 冷露 草 萋萋。黄昏 祭掃の人 帰り尽くし。唯だ 寒蛩の死に抵りて啼く有り。
※●七月十三日:旧暦の盆の入り ●祭掃:祭り、掃き清めること。ここではお盆の墓参りを指す
1-102 《七月十三日祭掃》 梁川星巖
曾侍爺娘祭祖先。爺孃亦已到黃泉。今朝和淚薦蘋藻。滿地荒苔細滴穿。
《七月十三日祭掃》
曽て爺娘に侍して 祖先を祭る。爺嬢も亦た已に 黄泉に到る。今朝 涙に和して 蘋藻を薦むれば。満地の荒苔 細滴 穿つ。
※●爺娘・爺孃:父母。「娘」と「孃」は音義ともに違いはなく、この二字を使い分けている意図は不明。あるいは底本の誤植か ●蘋藻:水草と藻。粗末な供え物。
1-103 《盂蘭盆展墓》 廣瀨梅墩(旭莊)
樹森森又草森森。露上人衣墓石沈。一點殘燈小於豆。蟲聲如雨夜山深。
《盂蘭盆展墓》
樹 森森 又た草 森森。露は人衣に上りて 墓石 沈たり。一点の残灯 豆よりも小さく。虫声 雨の如くにして 夜山 深し。
※●展墓:墓参り ●森森:草木がさかんに茂っているさま
1-104 《中元》 廣瀬淡窗
日落家家燈火開。衣香人影乱徘徊。誰知市上婆娑者。方是今朝哭墓来。
《中元》
日 落ちて 家家 灯火 開き。衣香 人影 乱れ徘徊す。誰か知らん 市上 婆娑たる者。方に是れ 今朝 墓に哭し来たりしを。
※●中元:三元の一つ。旧暦七月十五日、お盆 ●婆娑:舞い踊るさま
1-105 《中元》 村上佛山
中元村巷亦繁華。處處踏歌燈似花。俯聽蟲聲仰看月。悲秋情只屬詩家。
《中元》
中元の村巷 亦た繁華。処処の踏歌 灯 花に似たり。俯しては虫声を聴き 仰いでは月を看る。悲秋の情は只だ 詩家に属す。
※●中元:三元の一つ。旧暦七月十五日、お盆 ●踏歌:足で地を踏み調子をとって歌う。ここでは盆踊りのこと
1-106 《中元偶作》 大槻磐溪
舌耕纔解養全家。無奈書生拙計何。一笑右文餘澤及。今年秋比去年多。
《中元偶作》
舌耕 纔かに解く全家を養ふ。書生の拙計 奈何んともする無し。一笑す 右文の余沢の及ぶこと。今年の秋は 去年に比して多なるを。
※●中元:三元の一つ。旧暦七月十五日、お盆 ●舌耕:学問の講義をして生計を立てること ●右文:政府などが学問をたっとぶこと
1-107 《戊子中元》 西島蘭溪
羹飯齊供祀祖初。招魂人客到僧廬。腐儒何誦冥文去。一盞秋燈讀父書。
《戊子中元》
羹飯 斉しく供ふ 祖を祀るの初め。招魂の人客 僧廬に到る。腐儒 何ぞ 冥文を誦し去らん。一盞の秋灯 父の書を読む。
※●中元:三元の一つ。旧暦七月十五日、お盆 ●腐儒:役に立たないつまらぬ学者。自身を謙遜して言ったもの ●冥文:お経のこと
1-108 《中元夜書事》 梁川星巖
一年燈事屬蘭盆。燈下游嬉人簇雲。只是無形看不見。也應燈下鬼成羣。
《中元夜書事》
一年の灯事 蘭盆に属す。灯下の遊嬉 人 簇雲。只だ是れ 無形にして 看れども見えざるも。也た 応に 灯下 鬼 群を成すべし。
※●蘭盆:盂蘭盆に同じ。お盆 ●鬼:死者の霊魂。幽霊
1-109 《中元夜卽事》 梅辻(祝)星舲
片片秋雲似裂羅。天風和月上桐柯。新涼正是中元夜。何處村街響踏歌。
《中元夜即事》
片片たる秋雲 裂羅に似たり。天風 月に和して 桐柯に上る。新涼 正に是れ 中元の夜。何処の村街か 踏歌 響く。
※●中元:三元の一つ。旧暦七月十五日、お盆 ●踏歌:足で地を踏み調子をとって歌う。ここでは盆踊りのこと
1-110 《中元夜卽事》 遠山雲如
林蟬響罷暮鐘鳴。鬼女如花連臂行。冥炬看看紅已滅。月明滿地踏歌聲。
《中元夜即事》
林蟬 響き罷んで 暮鐘 鳴る。鬼女 花の如く 臂を連ねて行く。冥炬 看看 紅 已に滅し。月明 地に満つ 踏歌の声。
※●中元:三元の一つ。旧暦七月十五日、お盆 ●踏歌:足で地を踏み調子をとって歌う。ここでは盆踊りのこと
1-111 《中元夜卽事》 遠山雲如
奢侈風移多蒨裙。昇平日久少靑燐。荒陬流落吾何意。羨見松楸掃墓人。
《中元夜即事》
奢侈の風 移りて 蒨裙 多く。昇平の日 久しくして 青燐 少なし。荒陬に流落して 吾 何の意ぞ。羨み見る 松楸 墓を掃ふの人。
※●蒨裙:茜色のもすそ ●靑燐:鬼火。火の玉 ●松楸:松とひさぎ。墓所に植える木。転じて、墓地、墓地のある故郷
1-112 《中元月》 梅辻春樵
火大字消徒吊天。誦經人散鴨堤煙。月從如意峰頭出。偏照橋空磯靜邊。
《中元月》
火大字 消えて 徒らに天を吊ふ。誦経の人 散じて 鴨堤 煙る。月は如意峰頭より出でて。偏へに照らす 橋 空しく 磯 静かなる辺。
※●火大字:京都五山の送り火の「大」の字 ●如意峰:如意ヶ岳
1-113 《中元月》 梅辻春樵
供佛萬家燈未殘。月明卻是少人看。牽牛花露盆荷影。獨占涼光到夜闌。
《中元月》
仏に供して 万家 灯 未だ残せず。月明 却って是れ 人の看ること少なし。牽牛花の露 盆荷の影。独り 涼光を占めて 夜闌に到る。
※●牽牛花:朝顔の花 ●盆荷:鉢植えの蓮
1-114 《七月十六日戲作》 植村蘆洲
蘭盆會過正新涼。結伴老姑升法堂。換卻平生夜叉相。學他菩薩媚空王。
《七月十六日 戯れに作る》
蘭盆会 過ぎて 正に新涼。伴を結ぶ老姑 法堂に升る。換却す 平生の夜叉の相。他の菩薩を学びて 空王に媚ぶ。
※●蘭盆會:盂蘭盆会。お盆 ●他:この「他」はほとんど意味のない添え字だが、あえて訳せば「あの」程度 ●空王:仏の尊称
1-115 《二十六夜待月》 植村蘆洲
一更更盡一擡頭。候月山亭七月秋。記得去年江墅宴。微涼殘夜水明樓。
《二十六夜待月》
一更 更に尽きて 一たび頭を擡ぐ。候月山亭 七月の秋。記し得たり 去年 江墅の宴。微涼 残夜 水明楼。
※●二十六夜:陰暦二十六日の月は逆三日月で、深夜になってようやく上ってくる。この月光中には阿弥陀如来ら三尊が現れるとして江戸時代には信仰された。特に七月二十六日は「二十六夜待ち」として宴を催して月の出を待つ行事がおこなわれた ●候月山亭:固有名詞でなければ「月を候つ山亭」となる
1-116 《藩大夫泉田君見惠宮城野鈴蟲(卽金鐘兒)賦此奉謝》 大槻磐溪
茅檐來伴讀書燈。露滴小籠秋氣澄。四壁吟蟲歸一竅。淸聲響徹磴稜稜。
《藩の大夫 泉田君 宮城野の鈴虫(即ち金鐘児)を恵まる 此れを賦して謝し奉る》
茅檐 来たり伴ふ 読書の灯。露は小籠に滴りて 秋気 澄む。四壁の吟虫 一竅に帰し。清声 響き徹りて 磴稜稜たり。
※●卽金鐘兒:この部分は割注。金鐘児は鈴虫の漢語名 ●竅:底本ではこの部分がはなはだ不鮮明で字の同定が困難なため、文脈と大まかな形から推定により補った ●磴稜稜:鈴虫の鳴き声の擬音語
1-117 《戲贈賣蟲人》 梁川星巖
纖腔各自奏淸商。蟋蟀琵琶紡績孃。能縮郊墟來入市。人閒復見費長房。
《戯れに虫を売る人に贈る》
繊腔 各自 清商を奏す。蟋蟀 琵琶 紡績嬢。能く 郊墟を縮めて 来たり市に入る。人間 復た見る 費長房。
※●紡績孃:はたおりむし。キリギリス ●費長房:後漢、汝南の人。仙人に従って修行するも仙術を会得できなかったが、鬼神を自由に操れる符を譲り受け、下界に戻って思いのまま鬼神を駆使した。最後は符を紛失して鬼神に殺された
1-118 《過光蓮寺看白萩花》 鹽田隨齋
夜放光明現白衣。滿身瓔珞綴珠璣。禪庭秋綻觀音菊。萬點素葩輕露飛。
《光蓮寺に過り 白萩花を看る》
夜 光明を放って 白衣を現じ。満身の瓔珞 珠璣を綴る。禅庭 秋に綻ぶ 観音菊。万点の素葩 軽露 飛ぶ。
※●瓔珞:菩薩の首や胸にかけられる珠玉の飾り ●觀音菊:萩の異名
1-119 《食香魚》 梁川星巖
芙蓉紅淺雨初涼。鱍鱍銀刀落夜梁。一段人生快心事。香魚時節在家鄕。
《香魚を食す》
芙蓉の紅 浅く 雨 初めて涼し。鱍鱍たる銀刀 夜 梁に落つ。一段 人生 快心の事。香魚の時節 家郷に在り。
※●香魚:アユ ●銀刀:銀の刀。アユの比喩 ●一段:ひときわ
1-120 《食香魚》 遠山雲如
潑剌銀梭飛晚香。出籃早已鼓饞腸。幾分省卻自家醉。大盌盛醪賞𦊔郞。
《香魚を食す》
潑剌たる銀梭 晩香を飛ばす。籃を出でて早くも已に饞腸を鼓す。幾分か省却す 自家の酔。大椀に醪を盛って𦊔郎を賞せん。
※●饞腸:食いしん坊の腸 ●省卻:省く、減らす。 ●𦊔郞:「𦊔」の字さだかではない。文脈からしてこの二字が漁師を意味する語であることは確かである
1-121 《十五夜戲詠》 梁川星巖
古往今來河水流。滿天風露又中秋。龍鍾未死將何幸。月下鋪筵啖芋頭。
《十五夜 戯れに詠ず》
古往今来 河水 流る。満天の風露 又た中秋。竜鍾たるも未だ死せず 将た何ぞ幸ひなる。月下 筵を舗きて 芋頭を啖はん。
※●龍鍾:年老いてやつれたさま
1-122 《江門節物詩》 藤森弘庵
老妻偏慣貧家樣。手製粉團如月圓。但使欒欒總依舊。何妨不醉綺羅筵。
《江門節物詩》
老妻 偏へに慣る 貧家の様。手製の粉団 月の円きが如し。但だ 欒欒として総て旧に依らしめば。何ぞ妨げん 綺羅の筵に酔はざるを。
※●粉團:月見の団子
1-123 《宮詞》 後藤芝山
北方貢馬幾多蹄。驥種龍媒齒始齊。御覽罷時須賜遍。殿前躞蹀向風嘶。
《宮詞》
北方の貢馬 幾多の蹄。驥種 竜媒 歯 始めて斉ふ。御覧 罷む時 須らく 賜 遍かるべし。殿前 躞蹀して 風に向かって嘶く。
※●驥種:名馬の血筋 ●龍媒:駿馬の異称。龍馬、龍駒に同じ ●躞蹀:往来するさま
1-124 《宮詞》 後藤芝山
秋夜淸涼御四絃。月前髣髴降飛仙。妙音劉亮分明語。此調人閒不許傳。
《宮詞》
秋夜 清涼 四絃を御す。月前 髣髴たり 飛仙 降るに。妙音 劉亮として 分明に語る。此の調べ 人間に伝ふるを許さず。
※●淸涼:清涼殿 ●四絃:琵琶 ●劉亮:音が清らかで澄んでいるさま。劉喨
1-125 《月夜步禁垣外聞笛》 柴野栗山
上苑西風送桂香。承明門外月如霜。何人今夜淸涼殿。一曲霓裳奉御觴。
《月夜 禁垣の外を歩みて笛を聞く》
上苑の西風 桂香を送り。承明門外 月 霜の如し。何人か 今夜 清涼殿。一曲の霓裳 御觴を奉ずる。
※●上苑:帝の庭園。御所 ●承明門:平安宮内裏の内郭門の一つで、紫宸殿南庭の南に位置した ●霓裳:唐の玄宗が楊貴妃のために作ったとされる「霓裳羽衣の曲」のような優雅な曲
1-126 《秋日雜詠》 菅茶山
矮松疎篠兩三家。芋圃蕎畦路幾叉。稚子歸來有矜色。數荃紫蕈貫茅花。
《秋日雑詠》
矮松 疎篠 両三家。芋圃 蕎畦 路 幾叉。稚子 帰り来たりて 矜色 有り。数荃の紫蕈 茅花に貫く。
※●矜色:誇らしげな様子 ●紫蕈:キノコの一種。ハツタケ。
1-127 《秋日雜詠》 菅茶山
洛陽花子已能生。寸許新芽綠欲平。更喜老根猶未死。嬌紅時亦發殘英。
《秋日雑詠》
洛陽花子 已に能く生ず。寸許の新芽 緑 平らかならんと欲す。更に喜ぶ 老根の猶ほ未だ死せずして。嬌紅 時に亦た 残英を発するを。
※●洛陽花子:牡丹の種。洛陽花は牡丹の異名 ●寸許:一寸ばかり
1-128 《秋日雜詠》 菅茶山
梧竹秋聲入晚晴。遙看遠水日添明。檐前風動觀音菊。露落窗欞點點淸。
《秋日雑詠》
梧竹の秋声 晩晴に入る。遥かに看る 遠水の日に明を添うるを。檐前 風は動く 観音菊。露は窓欞に落ちて 点点 清し。
※●觀音菊:萩の異名 ●窗欞:窓のれんじ、格子
1-129 《秋日雜詠》 菅茶山
鄰僧乞我小園芳。蕃菊胡枝秋海棠。忽挈一籃來作報。帶泥松蕈滿廚香。
《秋日雑詠》
隣僧 我に乞ふ 小園の芳。蕃菊 胡枝 秋海棠。忽ち一籃を挈げて 来たりて報いを作す。泥を帯ぶる松蕈 満厨に香る。
※●胡枝:萩 ●松蕈:マツタケ
1-130 《回鄕絕句》 菅茶山
絕佳風味聚吾鄕。白首歸來滿意嘗。好在溪山秋次第。鰮魚香老蕈花香。
《郷に回る絶句》
絶佳の風味 吾が郷に聚まる。白首 帰り来たりて 満意に嘗む。好在なり 渓山 秋の次第。鰮魚 香り老いれば 蕈花 香る。
※●次第:順序 ●鰮魚:イワシ
1-131 《西山採蕈》 六如
微蹊曲折肯空過。平處稀疎險處多。荆棘鉤衣何遏得。劃看張傘立前坡。
《西山に蕈を採る》
微蹊 曲折 肯へて空しく過ぎんや。平処に稀疎にして 険処に多し。荊棘 衣を鉤するも 何ぞ遏(トド)め得ん。劃として看る 傘を張りて前坡に立つを。
※●稀疎:(キノコが)まばらで少ない ●遏:とめる、やめる、停止する
1-132 《西山採蕈》 六如
穿谷凌峰各自鏖。一羣分散似相逃。有時絕叫振林木。得雋知他氣正豪。
《西山採蕈》
谷を穿ち 峰を凌ぎ 各自 鏖す。一群 分散して 相ひ逃ぐるに似たり。時 有りて 絶叫 林木を振はす。雋を得て 他の気 正に豪なるを知る。
※●鏖:みなごろしにする。ここではキノコを根こそぎ採り尽くすことを言う ●他:その人の
1-133 《西山採蕈》 六如
蒸炮脆滑若爲珍。放箸蕭然感又新。禾絹豈無金騕褭。傳馳已減玉精神。
《西山採蕈》
蒸炮すれば 脆滑 若為んぞ珍なる。箸を放って 蕭然として 感 又た新たなり。禾絹 豈に 金騕褭 無からんや。伝馳 已に減ぜん 玉精神。
※●蒸炮:蒸したり焙ったりする ●脆滑:やわらかく滑らか ●禾絹:天子をいう隠語 ●金騕褭:古の名馬の名 ●傳馳:早馬を乗り継いで伝え運ぶこと ●玉精神:玉のように美しい精神。松茸の絶妙な香りや味わいの比喩
1-134 《采蕈》 菅茶山
松閒鷺步入香風。苔滑泥黏路幾窮。不分前人先有獲。喜聲遙在白雲中。
《蕈を采る》
松間 鷺歩して 香風に入る。苔 滑かに 泥 粘りて 路 幾たびか窮まる。分かたず 前人の先に獲ること有るを。喜声 遥かに白雲の中に在り。
※●鷺步:サギのように抜き足差し足で慎重に歩く ●不分:はっきり聞き分けられない
1-135 《采蕈》 菅茶山
枯卉掀泥蘚氣陽。落釵埋屋露華香。心知此處多尤物。先掃松根安竹筐。
《采蕈》
枯卉 泥を掀げて 蘚気 陽なり。落釵 屋を埋めて 露華 香ばし。心に知る 此の処 尤物 多きを。先づ松根を掃きて 竹筐を安んず。
※●落釵:落ちた二股のかんざし。松の落葉の比喩 ●安:安置する
1-136 《采蕈》 菅茶山
倦呼諸伴急飛觴。來聚無人不帶香。較獲相誇筐裏重。笑聲應谷響磅硠。
《采蕈》
倦みて 諸伴を呼び 急ぎ觴を飛ばす。来たり聚まれば 人の香を帯びざるは無し。獲ものを較べて相ひ誇る 筐裏の重きを。笑声 谷に応じて 響き磅硠たり。
※●倦:マツタケ狩りに疲れて ●磅硠:太鼓の音の擬音語。ここでは人の声が太鼓を鳴らすように反響しているさま
1-137 《采蕈行》 村瀨栲亭
朝朝齎榼出城闉。箇箇無非采蕈人。踏破雲煙鬧如市。山靈何處避囂塵。
《采蕈行》
朝朝 榼を齎して 城闉を出づれば。箇箇 采蕈の人に非ざるは無し。雲煙を踏破すれば 鬧がしきこと市の如し。山霊 何れの処にか 囂塵を避けん。
※●城闉:城門 ●箇箇:それぞれどの人も ●囂塵:騒がしい世俗の喧騒
1-138 《采蕈行》 村瀨栲亭
趁香士女涉孱顏。鉤袂裂裳荆棘閒。貪多眄睞不離地。終日在山誰見山。
《采蕈行》
香を趁ふ士女 孱顔を渉る。袂を鉤し 裳を裂く 荊棘の間。多きを貪り 眄睞して 地を離れず。終日 山に在るも 誰か山を見る。
※●孱顏:山の高く険しいさま ●眄睞:にらみ見る
1-139 《采蕈行》 村瀨栲亭
遊蹤鏹續近城山。秋到都無一尺閒。山人日日無由給。買蕈通宵插樹閒。
《采蕈行》
遊踪 鏹続して 城山に近し。秋 到れば 都て一尺の間も無し。山人 日日 給するに由無し。蕈を買ひて 通宵 樹間に挿す。
※●鏹續:ぜにさしのように連なり続く、の意か
1-140 《斸蕈》 大窪詩佛
曉來催伴手攜籠。蕈蕩分搜入各叢。腳力未嘗無健在。應須得雋策元功。
《蕈を斸る》
暁来 伴を催して 手に籠を携ふ。蕈蕩 分かち捜して 各叢に入る。脚力 未だ嘗て 健在 無きことあらず。応に須らく 雋を得て 元功を策すべし。
※●蕈蕩:キノコの生えていそうなきざし、の意か ●策元功:第一の手柄を記録する
1-141 《斸蕈》 大窪詩佛
縋藤攀蔓上岩稜。朝露未乾苔似蒸。脆滑新抽三四箇。一聲大呼我先登。
《蕈を斸る》
藤に縋り 蔓を攀じて 岩稜に上る。朝露 未だ乾かず 苔 蒸すに似たり。脆滑 新たに抽んず 三四箇。一声 大呼す 我 先登せりと。
※●大呼:底本に「呼去聲」と割注あり。「呼」の字、「さけぶ」の意味の場合、平声と去声がある。 ●先登:真っ先に攻め入る、一番乗りをする
1-142 《斸蕈》 大窪詩佛
坡陀已過渡靑溪。密樹陰中晝欲迷。簇簇菌花張傘盡。更遲三日爛成泥。
《蕈を斸る》
坡陀 已に過ぎて 青渓を渡る。密樹陰中 昼も迷はんと欲す。簇簇たる菌花 傘を張り尽くす。更に三日を遅るれば 爛れて泥と成らん。
※●坡陀:斜めに傾いて平らでないさま
1-143 《斸蕈》 大窪詩佛
纔來城市色多蔫。爭似林閒香味全。如今初覺野人貴。玉食無妨嘗此鮮。
《蕈を斸る》
纔かに城市に来たれば 色 多くは蔫む。争でか 林間 香味の全きに似ん。如今 初めて覚ゆ 野人の貴きを。玉食 妨げ無く 此の鮮を嘗む。
※●纔:~しただけで、~するやいなや ●玉食:見事な食事。美食
1-144 《斸蕈》 大窪詩佛
瑩潔割珠酥面匀。蔬中無復此奇珍。不須湯渫火熏貯。急合分張及四鄰。
《蕈を斸る》
瑩潔として 珠を割り 酥面 匀ふ。蔬中 復た 此の奇珍 無し。湯渫 火熏して貯ふるを須ゐず。急ぎ 合に分かち張りて 四隣に及ぼすべし。
※●瑩潔:つやがあって清らかなこと ●酥面:酥はヨーグルトのような乳製品。なめらかなものの比喩に用いる ●湯渫:湯通しする ●火熏:火でいぶす
1-145 《采蕈》 齋藤拙堂
觸岩披棘步艱辛。深入猶期先獲珍。忽遇松根兩莖秀。隔雲狂喚後行人。
《蕈を采る》
岩に触れ 棘を披いて 歩み艱辛。深く入りて 猶ほ期す 先んじて珍を獲るを。忽ち遇ふ 松根に両茎 秀づるに。雲を隔てて 狂喚す 後行の人。
※●兩莖:二本の松茸 ●狂喚:狂ったように呼びかける
1-146 《采蕈》 齋藤拙堂
満籃香蕈佐行厨。同到山巓坐紫毹。落後老奴呼不応。茫茫滄海拾遺珠。
《蕈を采る》
満籃の香蕈 行厨を佐(タス)く。同に山巓に到りて 紫毹に坐す。落後せる老奴 呼べども応へず。茫茫たる滄海 遺珠を拾ふ。
※●行厨:旅行中の食事、野外での食事
1-147 《采蕈》 齋藤拙堂
就地爲爐火烈揚。蕈花煨熟滿盤香。全山任我下鹽豉。肯憶吳蓴千里羹。
《蕈を采る》
地に就いて炉を為せば 火 烈しく揚がる。蕈花 煨熟して 満盤 香ばし。全山 我が塩豉を下すに任せば。肯へて憶はんや 呉蓴 千里の羹。
※●煨熟:うずみ火でじっくり焼き上げる ●鹽豉:味噌のたぐい。調味料 ●吳蓴千里羹:遠い故郷の味。晋の張翰が故郷の蓴羹鱸鱠がなつかしくなって官を捨てて帰郷した故事
1-148 《宮詞》 後藤芝山
紫宸御帳遇重陽。繋著茱萸小絳囊。菊酒齊霑垣下座。翩翩詞翰弄秋芳。
《宮詞》
紫宸の御帳 重陽に遇ふ。茱萸を繋著す 小絳囊。菊酒 斉しく霑ほす 垣下の座。翩翩たる詞翰 秋芳を弄す。
※●茱萸・小絳囊:重陽の節句には、カワハジカミの実を盛った赤い袋を持って高所に登り菊花酒を飲んで邪気を払う ●詞翰:詩文をいう
1-149 《九月十三夜賞月》 長谷川昆溪
異域惟知三五月。不知斯夕壓中秋。偶然聖主爲吟賞。頓使素娥名更優。
《九月十三夜 月を賞す》
異域 惟だ知る 三五の月。知らず 斯の夕 中秋を圧するを。偶然 聖主 吟賞を為し。頓に 素娥をして 名 更に優ならしむ。
※●九月十三夜:陰暦九月十三夜の月をめでる日本独自の風習。「後の月」「栗明月」などともいう ●聖主:十三夜の起源は宇多法皇とされる ●素娥:月に住む仙女の嫦娥。転じて月を指す
1-150 《九月十三夜觀月》 村上佛山
節後黃花香未殘。倂將淸影上欄干。西人不識今宵月。付與海東隨意看。
《九月十三夜 月を観る》
節後の黄花 香 未だ残せず。清影を併せ将って欄干に上る。西人は識らず 今宵の月。海東に付与して 随意に看せしむ。
※●節後:重陽節の後 ●西人:日本からみて西、唐土の人 ●海東:日本
1-151 《九月十三夜》 柏木如亭
不似朱門絲竹遊。一夫一婦一丫頭。滿盤芋栗茅堂酒。亦是三杯後月秋。
《九月十三夜》
似ず 朱門 糸竹の遊。一夫 一婦 一丫頭。満盤の芋栗 茅堂の酒。亦た是れ 三杯 後月の秋。
※●朱門:貴人の邸宅。富貴な家 ●丫頭:あげまきに結んだ髪。幼女、または女中。 ●後月:後の月。十三夜の別名
1-152 《十三夜卽事》 菅茶山
中秋正閏竝淸明。今月今宵亦快晴。三度佳期無一負。況逢吟侶每尋盟。
《十三夜即事》
中秋 正閏 並びに清明なり。今月 今宵も 亦た快晴。三度の佳期に一も負く無し。況んや 吟侶の毎に盟を尋ぬるに逢ふをや。
※●正閏:この年は閏八月があったため、正八月十五日と閏八月十五日の二回、中秋があった ●三度佳期:正閏二度の十五夜と今宵の十三夜
1-153 《十三夜賞月》 大沼竹溪
紺滑寒空湛月華。林栖不定起啼鴉。數曲絲桐宜靜夜。半盤芋栗稱貧家。
《十三夜賞月》
紺滑たる寒空 月華を湛へ。林栖 定まらず 啼鴉を起こす。数曲の糸桐 静夜に宜しく。半盤の芋栗 貧家に称(カナ)ふ。
※●絲桐:琴の異名 ●稱:ふさわしい。似つかわしい
1-154 《十三夜》 大槻磐溪
弘仁以後足詩人。帝敕金岡盡寫眞。滿眼風流撐不得。又將明月補佳辰。
《十三夜》
弘仁以後 詩人 足(オホ)し。帝 金岡に勅して 尽く真を写さしむ。満眼の風流 撐へ得ず。又た明月を将って 佳辰を補ふ。
※●弘仁:嵯峨天皇のときの年号。嵯峨天皇は漢文学の興隆に力を入れたため、この時代は多くの漢詩が詠まれたが、このころはまだ十三夜の風習はない ●金岡:巨勢金岡か。宇多天皇らの寵愛を受けた伝説的絵師。十三夜との関係は不明
1-155 《十三夜》 大槻磐溪
賞月三更酒已醺。詞壇猶未策微勳。憶他英將幷能越。橫槊秋風送雁聲。
《十三夜》
月を賞して 三更 酒 已に醺ず。詞壇 猶ほ未だ 微勲を策せず。憶ふ 他の英将 能越を幷せ。槊を横たへて 秋風に雁声を送るを。
※●他英將:あのすぐれた武将。上杉謙信のこと。「他」は「あの」程度の意味。意味が弱いため前にくっつけて「憶他す」と訓ずる読み方もある ●能越:能登と越後。謙信の十三夜の詩「越山併得能州景」
1-156 《九月十三夜河邊伯氏見送靑荳賦二絕謝之》 鹽田隨齋
中秋空過月將團。只覺西風病骨寒。綠芋作羹如昨日。豆花成莢已登盤。
《九月十三夜 河辺伯氏 青荳を送らる。二絶を賦して之を謝す》
中秋 空しく過ぎ 月 将に団ならんとす。只だ覚ゆ 西風 病骨に寒きを。緑芋 羹と作すこと 昨日の如し。豆花 莢を成し 已に盤に登る。
※●青荳:青豆。八月十五夜は芋名月と呼ぶのに対し、九月十三夜は豆名月と呼ぶ
1-157 《十三夜無月友人宅席上作》 六如
不妨風雨妬佳期。護燭簾幃酒散遲。更有寒蛩能會意。替人喞喞說秋思。
《十三夜 月 無し 友人の宅の席上にて作る》
妨げず 風雨の佳期を妬むを。燭を護る簾幃 酒 散ずること遅し。更に 寒蛩の 能く意を会する有り。人に替わりて 喞喞として秋思を説く。
※●會意:人の気持ちにかなう、気持ちを理解する ●喞喞:コオロギの鳴く音
1-158 《秋晚》 菊池溪琴
偶向秋山攜孟光。草綿裘作野人裝。行行且摘霜餘蕈。不覺已吹盈把香。
《秋晩》
偶〻 秋山に向かって 孟光を携ふ。草綿の裘もて野人の装と作す。行く行く 且つ摘む 霜余の蕈。覚えず 已に吹く 盈把の香。
※●孟光:後漢の梁鴻の妻の名。梁鴻によく仕え、質素な暮らしを守り、ともに耕耘織作して衣食に供した。ここでは自身の妻を孟光にたとえたもの ●盈把:手に満ちる。手一杯
1-159 《秋晚》 菊池溪琴
落葉靑苔山路賖。林柯影倒夕陽斜。家姬貪採歸差晚。滿袖寒香野菊花。
《秋晩》
落葉 青苔 山路 賖かなり。林柯 影 倒(サカシ)まにして 夕陽 斜めなり。家姫 貪り採りて 帰ること差(ヤヤ) 晩し。満袖の寒香 野菊の花。
※●家姫:作者の妻
1-160 《秋寒》 寺門靜軒
霜染楓林秋可憐。雁來幾日早寒天。縕袍更別裁無布。徑把單衣著舊綿。
《秋寒》
霜楓 林を染めて 秋 憐れむべし。雁 来たりて幾日か 早寒の天。縕袍 更に別に裁するに布 無く。径(タダ)ちに単衣を把って 旧綿を著く。
※●早寒:他所や例年より早く寒くなること
1-161 《行圃》 梁川星巖
葛巾藜仗繞畦行。愛此曉園風露淸。老蔓花開碧囉叭。殘茄子結紫膨脝。
《圃に行く》
葛巾 藜仗 畦を繞りて行く。愛す 此の暁園の風露の清らかなるを。老蔓の花 開きて 碧 囉叭。残茄 実を結びて 紫 膨脝。
※●老蔓:古い蔓。この後に「碧囉叭」とあることから「碧花」(朝顔)の蔓 ●囉叭:ラッパ。朝顔の花の形をたとえたもの ●膨脝:腹がふくれるさま。茄子の実がまるまると実っているさま
1-162 《喫蕎》 六如
新蕎頓頓累廚監。信地貢餘尤不凡。偏覺淸癯稱淸味。遮渠不道老僧饞。
《蕎を喫す》
新蕎 頓頓 厨監を累はす。信地の貢余 尤も不凡なり。偏へに覚ゆ 清癯 清味に称ふを。渠を遮って 道(イ)はしめず 老僧 饞なりと。
※●頓頓:食事のたびごと。毎食毎食。 ●廚監:厨房の長官、責任者 ●信地:信州の地 ●貢餘:年貢を納めたあとの余り ●稱:かなう。ふさわしい ●渠:三人称代名詞。彼 ●饞:むさぼる、口がいやしい、食い意地が張っている
1-163 《碩茂供蕎麪云家所製》 市河寬齋
淸奇不減信中嘗。蘿葡霜寒氣更香。纖巧誰回機上手。銀絲繅出萬條長。
《碩茂 蕎麵を供す 家の製する所なりと云ふ》
清奇 減ぜず 信中に嘗むるに。蘿葡 霜 寒くして 気 更に香ばし。繊巧 誰か回らす 機上の手。銀糸 繅り出だす 万条の長きを。
※●不減:劣らない ●信中:信州の地 ●蘿葡:大根。薬味に使う大根おろしを指す
1-164 《過田家食新麪因戲作》 梁川星巖
銀絲十丈卷滹沱。風味竟知田舍多。不把一丸蘿菔火。小姑懊惱奈君何。
《田家に過り 新麺を食す 因りて戯れに作る》
銀糸 十丈 滹沱を巻く。風味 竟に知る 田舎に多きを。一丸の蘿菔を把って火せず。小姑 懊悩す 君を奈何せん。
※●滹沱:中国山西省の川の名前。ここでは長い麺を川にたとえたもの ●蘿菔:大根
1-165 《茶室開爐》 劉石秋
寒氣新時茗會新。焚檀插菊引佳賓。竹爐煙煖宜人意。占得煕煕一室春。
《茶室 炉を開く》
寒気 新たなる時 茗会 新たなり。檀を焚き 菊を挿して 佳賓を引く。竹炉 煙 煖かにして 人意に宜し。占め得たり 熙熙たる一室の春。
※●茶室開爐:茶室の炉開き。陰暦十月の最初の亥の日に、夏の間使っていた風炉をしまい、冬に使う炉に炭を入れ火をつける ●檀:紫檀や白檀などの香木
1-166 《十月二日震災記事》 大沼枕山
千家一瞥忽爲煙。檢火官來巡路邊。大地搖搖[餘/余]震在。知他乘馬似乘船。
《十月二日震災 事を記す》
千家一瞥 忽ち煙と為る。検火官 来たりて 路辺を巡る。大地 揺揺として 余震 在り。知他す 馬に乗るは船に乗るに似たるを。
※●十月二日:安政二年十月二日(1855年11月11日)。安政大地震(安政江戸地震)の発災日 ●検火官:火災の状況を検分する役人。定火消を指すか
1-167 《十月二日震災記事》 大沼枕山
破障縱橫護蔽氈。全家露坐五更天。有時四顧星連野。喚做寒江夜泊船。
《十月二日震災 事を記す》
破障 縦横 氈を護蔽し。全家 露坐す 五更の天。時 有りて 四顧すれば 星 野に連なる。喚び做す 寒江 夜泊の船と。
※●十月二日:安政二年十月二日(1855年11月11日)。安政大地震(安政江戸地震)の発災日 ●破障:壊れた障子 ●五更:日没から日の出までを5つに分けたうちの最後の時間区分。夜明け前
1-168 《十月二日震災記事》 大沼枕山
岩牆之下避其危。數口還能免仳離。五束濕薪三斗米。依人古竈試新炊。
《十月二日震災 事を記す》
岩牆の下 其の危きを避け。数口 還ほ能く 仳離を免る。五束の湿薪 三斗の米。人の古竈に依りて 新炊を試みる。
※●十月二日:安政二年十月二日(1855年11月11日)。安政大地震(安政江戸地震)の発災日 ●岩牆:石垣 ●數口:家族数人 ●仳離:離れ離れになること
1-169 《十月二日震災記事》 大沼枕山
將言天道果非耶。壓殺生靈似不知。載鬼一車今見此。長街趁暗挽橫屍。
《十月二日震災 事を記す》
将に言わんとす 天道 果たして非なりやと。生霊を圧殺して 知らざるに似たり。載鬼一車 今 此れを見たり。長街 暗を趁ひて 横屍を挽く。
※●十月二日:安政二年十月二日(1855年11月11日)。安政大地震(安政江戸地震)の発災日 ●似不知:まるで知らんぷりである ●載鬼一車:『易経』にある言葉。鬼(亡霊)が車に満ちている。はなはだしく怪異な事をいう
1-170 《宮詞》 後藤芝山
曆日履端欽昊天。中書進奏紫宸前。帳東掌侍開函候。主上親安式筥邊。
《宮詞》
暦日の履端 昊天を欽し。中書 進奏す 紫宸の前。帳東の掌侍 函を開いて候い。主上 親ら安んず 式筥の辺。
※●履端:暦を定める元点とする日。陰暦(太陽太陰暦)では19年を1章とし、その章の始まりは朔旦冬至(十一月の一日が冬至にあたること)とされた。履端には正月元旦の意味もあるが、この詩は新嘗祭の前に置かれており、元旦を詠んだ詩とは考えられない
1-171 《宮詞》 後藤芝山
新嘗祭後豐明節。白黑酒杯恩更深。帳外方調天樂處。書司來進六絃琴。
《宮詞》
新嘗祭の後 豊明の節。白黒の酒杯 恩 更に深し。帳外 方に天楽を調ふる処。書司 来たり進む 六絃の琴。
※●豐明節:豊明節会。かつて新嘗祭の翌日におこなわれていた儀式 ●白黑酒杯:白酒(しろき:濁り酒)と黒酒(白酒に草木の灰を入れて着色した酒) ●書司:ふみのつかさ。律令制で定められた役所のひとつ。書籍や文具のことをつかさどる。
1-172 《十一月初六日謁鷲神祠》 大槻磐溪
律中黃鐘其日酉。都人爭賽鷲神祠。水村不待寒梅發。到處晴風動酒旗。
《十一月初六日 鷲神祠に謁す》
律は黄鐘に中たり 其の日は酉。都人 争ひ賽す 鷲神の祠。水村 寒梅の発くを待たず。到る処の晴風 酒旗を動かす。
※●鷲神祠:浅草の鷲(おおとり)神社。十一月の例祭は「酉の市」として有名 ●律中黃鐘:月は十一月にあたるということ。黃鐘は音律の名で十二律の一つ、陰暦十一月に配することから十一月の異称に用いる 《礼記・月令》「其音羽、律中黃鐘」
1-173 《酉日市》 關雪江
鬢影衣香路作埃。祈祥皆賽酉神來。村商要客買歸遺。綰得竹枝穿芋魁。
《酉日市》
鬢影 衣香 路 埃を作す。祥を祈りて 皆な酉神に賽し来る。村商 客に要(モト)む 帰遺を買ふを。竹枝を綰ね得て 芋魁を穿つ。
●歸遺:持ち帰って(家族などに)贈るもの。みやげ ●芋魁: 酉の市名物の「頭の芋」。里芋の親芋で、子孫繁栄や出世(頭(かしら)になる)という縁起物
1-174 《冬晴》 館柳灣
九街晴色弄冬晴。撲面香埃陣陣馡。年少誰家賽神女。錦袿繡帶坐肩歸。
《冬晴》
九街の晴色 冬晴を弄す。面を撲つ香埃 陣陣として馡(カンバ)し。年少 誰が家の賽神の女ぞ。錦袿 繡帯 肩に坐して帰る。
※●賽神女: 神社にお参りした少女 ●坐肩:肩車されて
1-175 《冬日雜興》 竹內雲濤
演劇場仍角觝場。壯觀新戲各如狂。男兒東去女兒北。衝破尖寒趁曉光。
《冬日雑興》
演劇場 仍ほ角觝場。壮観 新戯 各〻 狂ふが如し。男児は東に去り 女児は北。尖寒を衝き破って 暁光を趁ふ。
※●演劇場:芝居小屋 ●角觝:力比べ。相撲
1-176 《宿山家》 大槻磐溪
縮身被底曲如弓。殘月影穿窗隙風。忽有鄰翁報奇事。獵人昨夜縛寒熊。
《山家に宿す》
身を縮め 被底 曲がること弓の如し。残月の影は穿つ 窓隙の風。忽ち 隣翁の奇事を報ずる有り。猟人 昨夜 寒熊を縛すと。
※●被底:布団のなか
1-177 《聞霰》 大沼枕山
瓦篩聽罷又階跳。欹耳沈吟坐半宵。上界應憐寒餓士。撒將玉粒墜層霄。
《霰を聞く》
瓦に篩ひ 聴き罷めば 又た階に跳る。耳を欹て 沈吟し 半宵に坐す。上界 応に寒餓の士を憐れむべし。玉粒を撒き将って 層霄より墜とす。
※●瓦篩:瓦に当たる霰が篩にかけられているような音をたてる ●玉粒:玉の粒。白米の比喩に用いる
1-178 《雪意》 關雪江
寒林風死暮悽然。垂地同雲壓馬韉。欲獲仙禽獻天子。將軍親獵小松川。
《雪意》
寒林 風 死して 暮 悽然たり。地に垂るる同雲 馬韉を圧す。仙禽を獲て 天子に献ぜんと欲し。将軍 親ら猟す 小松川。
※●同雲:空一面を覆い尽くした、雪を降らせそうな雲 ●馬韉:馬の鞍の下に敷く敷物 ●仙禽:鶴のこと ●小松川:現在の東京都江戸川区小松川。徳川将軍家の鷹場があり、冬には鷹狩りがおこなわれた
1-179 《宮詞》 後藤芝山
好文天子愛才賢。侍女能諳白氏編。猜得香爐峰雪謎。含羞起傍翠簾褰。
《宮詞》
好文の天子 才賢を愛し。侍女も能く諳んず 白氏の編。香炉峰の雪の謎を猜し得て。羞を含み 起って翠簾に傍ひて褰ぐ。
※●侍女:ここは中宮定子に仕えた清少納言のこと ●猜:おしはかる
1-180 《宮詞》 後藤芝山
雪夜君王親萬機。不言寒氣透書幃。聖心深恤凍民苦。試捲珠簾減御衣。
《宮詞》
雪夜 君王 万機を親す。言はず 寒気の書幃を透るを。聖心 深く恤む 凍民の苦しみ。試みに珠簾を捲いて 御衣を減ず。
※●親:親裁する ●捲珠簾減御衣:あえて簾を巻き上げ、お召しの衣も減らして、民が味わっている寒さを分かち合おうとする
1-181 《宮詞》 後藤芝山
瀧口潺湲凍不流。葭灰氣動大寒酬。司天奉詔行時令。半夜宮門立土牛。
《宮詞》
滝口の潺湲 凍りて流れず。葭灰 気 動きて 大寒に酬ゆ。司天 詔を奉じて 時令を行ひ。半夜の宮門 土牛を立つ。
※●葭灰:アシを焼いて作った灰。この灰を楽器の律管の中に置いて気候をうらなう。転じて時節、気候。 ●司天:天文のことをつかさどる役所。日本では陰陽寮など ●土牛:大寒の前夜に陰陽師が宮門に立てた土の牛の像。立春前夜に撤去された
1-182 《宮詞》 後藤芝山
園司選得紀家梅。去歲移栽內裏來。歌詠空留鶯宿號。九重春早雪中開。
《宮詞》
園司 選び得たり 紀家の梅。去歳 内裏に移し栽え来たる。歌詠 空しく留む 鶯宿の号。九重の春 早くして 雪中に開く。
※●園司:庭園のことをつかさどる役人 ●紀家梅:村上天皇の時、清涼殿前の梅が枯れたので紀内侍(紀貫之の娘)家の梅を移し植えたところ、その枝に「勅なればいともかしこしうぐひすの宿はと問はばいかが答へむ」という歌が結んであり、天皇はこれに深く感じて梅の木を返したという。後世この故事にちなんで梅の品種に「鶯宿梅」という名がつけられた
1-183 《宮詞》 後藤芝山
殘臘宮中排法筵。佛名唱遍萬三千。內人簾下催宣賜。如雪新綿被衲肩。
《宮詞》
残臘の宮中 法筵を排(ナラ)べ。仏名 唱へ遍し 万三千。内人 簾下 宣賜を催し。雪の如き新綿 衲肩に被す。
※●殘臘:十二月も残り少なくなるころ。宮中では12月中旬の3日間にわたって仏名会が催され、過去・現在・未来の諸仏の名をとなえ、罪の消滅と国家安寧を願った ●宣賜:上の方から賜ること ●衲肩:僧衣の肩。衲は僧侶の衣服。
1-184 《山村冬暮》 菊池五山
梯田繞屋晚禾稠。苦恐麏麚來作憂。一板鳴溪響如砲。山村防暴足奇謀。
《山村冬暮》
梯田 屋を繞って 晩禾 稠し。苦だ恐る 麏麚の来たりて 憂ひを作すを。一板 渓に鳴って 響き 砲の如し。山村 暴を防ぐに 奇謀 足(オホ)し。
※●梯田:棚田 ●麏麚:おじか
1-185 《歲晚偶興》 梁川星巖
藥餌香中晝掩扃。從他歲事太忙生。掃塵纔了又春餠。臥聽冬冬磔磔聲。
《歳晩偶興》
薬餌香中 昼 扃を掩ふ。さもあらばあれ 歳事 太だ忙生なるは。掃塵 纔かに了れば 又た春餅。臥して聴く 冬冬 磔磔の声。
※●從他:さもあらばあれ。以下のことはそれでかまいはしない、の意 ●太忙生:非常に忙しい。陸游《淨智西窗》「墻外蜜蜂來又去 可憐終日太忙生」 ●冬冬磔磔:餅つきのペタンペタンという音や、食器などの触れ合うガチャガチャおいう音の擬音語
1-186 《歲晚卽事》 大沼枕山
敢言多病故人疎。空際翩翩幾紙書。餽歲北南勞遠餉。濃州香米越州魚。
《歳晩即事》
敢へて言わんや 多病 故人 疎なりと。空際 翩翩たり 幾紙の書。餽歳 北南 遠餉を労す。濃州の香米 越州の魚。
※●敢言:反語。どうして言おうか ●故人:友人 ●餽歲:歳末の贈り物。お歳暮 ●遠餉:遠くから運ぶ食糧
1-187 《掃塵》 菅茶山
帙書裹藥事紛如。還咲塵囂難可除。晚斂帚箕纔出戶。已逢催稅走薰胥。
《塵を掃ふ》
書を帙し 薬を裹みて 事 紛如たり。還って咲ふ 塵囂 除くべき難きを。晩に帚箕を斂めて 纔かに戸を出づれば。已に逢ふ 税を催して薫胥に走るに。
※●塵囂:俗世間のけがれと騒がしさ ●帚箕:ほうきとちりとり ●薫胥:連座して罪を受けること。ここでは連帯責任に基づいて年貢を取り立てているところであろう
1-188 《臘市》 劉石秋
裙釵冠履聚成叢。臘市繁華逐歲雄。尤是多男昭運象。婦人都帶破魔弓。
《臘市》
裙釵冠履 聚まって叢を成す。臘市の繁華 歳を逐ひて雄なり。尤なるは是れ 多男 昭運の象。婦人 皆な帯ぶ 破魔の弓。
※●臘市:歳の市。 ●破魔弓:男の子の初正月に飾るもの。よって婦人がみなこれを持ち歩いているのは「多男昭運象」でだということ
1-189 《歲市》 植村蘆洲
蕭寺塵喧臘月過。人聲洶洶湧如波。爭私龍斷龍山市。誰是場中網利多。
《歳市》
蕭寺の塵喧 臘月 過ぎ。人声 洶洶として 湧くこと波の如し。争って竜断を私す 竜山の市。誰か是れ 場中 利を網すること多き。
※●歲市:歳の市 ●蕭寺:寺の通称。南朝梁の武帝が仏教を厚く保護し寺を多く作ったことから、その姓の「蕭」をつけたもの ●塵喧:けがれてやかましいこと ●龍斷:壟断に同じ。利益を独占すること ●龍山:金龍山(浅草寺)か ●網利:もうけを一手に収める
1-190 《撒豆》 藤森弘庵
撒豆家家鬧雹聲。誰知老境易傷神。婦孺茶熟燈前笑。欲爲衰翁算歲庚。
《豆を撒く》
豆を撒く家家 雹声 鬧がし。誰か知らん 老境 神を傷め易きを。婦孺 茶 熟して 灯前に笑ひ。衰翁の為めに歳庚を算せんと欲す。
※●撒豆:節分の豆まき ●歲庚:生まれ年の年月日とそれらの干支。転じて年齢。
1-191 《除夕》 梁川星巖
故去新來送且迎。百年此夕太忙生。爐頭淺酌聊成醉。臥聽叿叿歲市聲。
《除夕》
故 去り 新 来たりて 送り 且つ 迎ふ。百年 此の夕べ 太だ忙生。炉頭 浅酌して 聊か酔ひを成し。臥して聴く 叿叿たる歳市の声。
※●太忙生:非常に忙しい。陸游《淨智西窗》「墻外蜜蜂來又去 可憐終日太忙生」 ●叿叿:市人のかまびすしい声のさま ●歲市:歳の市
1-192 《宮詞》 後藤芝山
中書除夕點王卿。進奏諸門分配名。方相玄衣率侲子。黃金四目作儺聲。
《宮詞》
中書の除夕 王卿を点じ。進奏す 諸門 分配の名。方相 玄衣 侲子を率ゐ。黄金の四目 儺声を作す。
※●中書:中書省 ●方相:方相氏。周代の官の名前。古の神に扮して疫鬼を逐うのが仕事 ●玄衣・黄金四目:方相氏は玄衣朱裳(黒い服に朱色の袴)で黄金づくりの四つの目をつけた ●儺声:鬼やらいの声
1-193 《夜市買梅》 館柳灣
欲弄橫斜窗外影。買梅先揀峭寒姿。從敎市叟昂論價。白玉梢頭月上時。
《夜市にて梅を買ふ》
弄せんと欲す 横斜 窓外の影。梅を買ふに先ず揀(エラ)ぶ 峭寒の姿。さもあらばあれ 市叟の昂(タカブ)りて価を論ずるは。白玉梢頭 月 上る時。
※●從敎:さもあらばあれ。以下のことはそれでかまいはしない、の意
1-194 《梅市》 植村蘆洲
一路芳塵拂面飛。萬燈照歲耿春暉。恍然身入羅浮市。滿眼佳人盡縞衣。
《梅市》
一路の芳塵 面を払って飛び。万灯 歳を照らして 春暉 耿たり。恍然として身は入る 羅浮の市。満眼の佳人 尽く縞衣。
※●照歲:除夜にともす灯火を照歳灯という ●羅浮:山名。山麓は梅の名所として名高い。隋の趙師雄は羅浮の梅花村に宿し、夢の中で梅花の精に会った ●縞衣:白絹の衣服
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