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『山陽詩鈔』巻5・巻6
巻5
5-1 己卯(文政2年)
5-1-1 《奉母遊嵐山前此丁外艱尋西遊不遊五年矣》 頼山陽
不到嵐山已五年。萬株花木倍鮮姸。最忻阿母同衾枕。連夜香雲暖處眠。
《母を奉じて嵐山に遊ぶ。此れに前だちて外艱に丁(アタ)り 尋いで西遊し 遊ばざること五年なり》
嵐山に到らざること已に五年。万株の花木 倍〻鮮姸。最も忻ぶ 阿母 衾枕を同にし。連夜 香雲 暖かき処に眠るを。
※●丁外艱:父の喪にあたる ●香雲:満開の桜のこと
5-1-2 《芳山》 頼山陽
侍輿百里度嶙峋。花落南山萬綠新。筍蕨侑杯山館夕。慈顏自有十分春。
《芳山》
輿に侍して 百里 嶙峋を度る。花 落ちて 南山 万緑 新たなり。筍蕨 杯を侑(スス)む 山館の夕。慈顔 自づから有り 十分の春。
※●芳山:吉野山 ●嶙峋:険阻な山 ●南山:吉野山のこと。南朝が行宮を置いた山 ●慈顏:慈母の顔
5-1-3 《芳山》 頼山陽
萬堆香雪委塵埃。自恨芳山枉一來。澗道餘寒眞好意。勒花幾樹較遲開。
《芳山》
万堆の香雪 塵埃に委す。自ら恨む 芳山 枉げて一来せしを。澗道の余寒 真に好意。花を勒して 幾樹か較(ヤヤ)遅れて開く。
※●芳山:吉野山 ●勒花:花が咲くのを抑えとどめる
5-1-4 《芳山》 頼山陽
花蹊無處著啼鼯。寺寺樓臺鬧戲娛。杉檜參天春日黑。荒陵誰弔後醍醐。
《芳山》
花蹊 処として啼鼯を著くる無し。寺寺の楼台 戯娯 鬧がし。杉檜 天に参じて 春日 黒し。荒陵 誰か弔はん 後醍醐。
※●芳山:吉野山 ●啼鼯:啼くムササビ。人が寄り付かない寂しい場所の象徴
5-1-5 《和州路上》 頼山陽
小市平橋路幾叉。法隆寺遠接當麻。行人買醉和州路。滿野東風黃菜花。
《和州路上》
小市 平橋 路 幾叉。法隆寺は遠く当麻に接す。行人 酒を買ふ 和州の路。満野の東風 黄菜花。
※●和州:大和国 ●當麻:当麻寺
5-1-6 《題牛稚從母奔圖》 頼山陽
索乳柔拳凍欲龜。白旄佗日挽回春。可憐命薄成終始。又作芳山踐雪人。
《牛稚 母に従ひて奔るの図に題す》
乳を索むる柔拳 凍へて亀(キン)せんと欲す。白旄 佗日 春を挽回す。憐れむべし 命 薄きこと 終始を成すを。又た芳山に雪を践むの人と作る。
※●牛稚:牛若丸。のちの源義経 ●龜:平声真韻。ひび、あかぎれの意
5-1-7 《猴戲圖》 頼山陽
失腳何年墮鎖繮。朝三暮四枉跳梁。倦眠猶夢故林否。柿栗纍纍方飽霜。
《猴戯の図》
失脚 何れの年か 鎖繮に堕つ。朝三暮四 枉げて跳梁す。倦眠 猶ほ故林を夢みるや否や。柿栗 累累として 方に霜に飽く。
※●猴戲:猿回し ●鎖繮:鎖のたづな ●飽霜:霜を十分に受けて熟すること
5-1-8 《米元章書石圖》 頼山陽
雲動霜毫作擘窠。弩强劍快試如何。平生十紙總嫌軟。石丈堪爲吾質麼。
《米元章 石に書するの図》
雲は霜毫を動かして 擘窠を作す。弩強 剣快 如何を試む。平生 十紙 総て軟らかきを嫌ふ。石丈 吾が質と為すに堪ふるや麼や。
※●米元章:米芾。宋の画家 ●雲:古来、雲は山中の岩石から生ずると考えられ、岩石のことを「雲根」という ●擘窠:大字を書く書法 ●弩强劍快:弩の強度と剣の切れ味。黄庭堅が米芾の書を評して「如快剣斫陣強弩射千里、所当穿札」という ●石丈:米芾は奇石を好み、ある時、気に入った石を拝して「石丈」と呼んだ ●質:字を書く素材
5-1-9 《淵明漉酒圖》 頼山陽
缸面欣看綠蟻浮。急須露頂試新篘。傍人休道吾巾汙。巾上靑天已屬劉。
《淵明 酒を漉すの図》
缸面 欣び看る 緑蟻の浮かぶを。急ぎ 頂を露はして新篘を試むべし。傍人 道ふを休めよ 吾が巾 汚ると。巾上の青天 已に劉に属す。
※●淵明:陶淵明 ●綠蟻:発酵した酒の表面に浮かぶ泡 ●試新篘:篘は酒を漉すもの。ここでは脱いだ頭巾を酒漉しに使っている。南史・陶潜伝に「郡将候潜、逢其酒熟、取頭上葛巾、漉酒畢、復著之」とあり ●屬劉:晋の天下が宋の劉裕に簒奪されたということ
5-1-10 《畫鯉》 頼山陽
一江春水綠溶溶。綠藻深邊好噞喁。三十六鱗吾事了。厭聞故友化爲龍。
《画鯉》
一江の春水 緑 溶溶。緑藻 深き辺 噞喁するに好し。三十六鱗 吾が事 了す。聞くを厭ふ 故友の化して竜と為るを。
※●噞喁:あぎとう。魚が水面に口をパクパクさせて呼吸する ●三十六鱗:鯉の身にまとう三十六枚の鱗
5-1-11 《雜畫》 頼山陽
輸稅山城晚始歸。茅簷煙火飯香時。忍飢不食先喂馬。振鬣長鳴喜可知。
《雑画》
税を山城に輸して晩に始めて帰る。茅簷の煙火 飯 香る時。飢へを忍んで食らはず 先ず馬を喂(ヤシナ)ふ。鬣を振るって長く鳴く 喜び知るべし。
※●輸稅:年貢米を運ぶ。馬に負わせて運ぶのである ●喂馬:馬に餌をやる
5-1-12 《發尾道》 頼山陽
候潮昨夜未離津。晨看舟船作比鄰。誰識煙檣林立底。篷窗有個讀書人。
《尾道を発す》
潮を候ちて 昨夜 未だ津を離れず。晨に看る 舟船の比隣を作すを。誰か識らん 煙檣 林立の底。篷窓 個の書を読む人 有るを。
5-1-13 《發尾道》 頼山陽
愛聽鄰舟櫓軋咿。買魚篷底小傾卮。筐中抽得劍南集。閱到松滋晚泊詩。
《尾道を発す》
愛し聴く 隣舟の櫓 軋咿たるを。魚を買ひて 篷底 小らく卮を傾く。筐中より抽き得たり剣南集。閲し到る 松滋 晩泊の詩。
※●軋咿:舟の櫂を動かしてギイギイと鳴るさま ●劍南集:南宋陸游の詩集 ●松滋晚泊詩:陸游の《晩泊松滋渡口七律》詩
5-1-14 《遡秦水》 頼山陽
山彎疑到水窮處。岸豁還逢人住鄕。竹翠沙明家八九。門門魚網曬斜陽。
《秦水を遡る》
山 彎がりて疑ふ 水の窮まる処に到るかと。岸 豁けて 還た 人の住む郷に逢ふ。竹 翠に 沙 明らかにして 家 八九。門門の魚網 斜陽に晒す。
●秦水:秦は備中国下道郡秦村(現・岡山県総社市秦)。秦の東端は高梁川に接しており、高梁川を指しているものと思われる
5-1-15 《在備題山水圖》 頼山陽
雲光打水水搖欄。滿紙煙波墨未乾。吾亦有樓鳧水上。秋來明月附誰看。
《備に在りて山水図に題す》
雲光 水を打ちて 水 欄を揺らす。満紙の煙波 墨 未だ乾かず。吾も亦た楼 有り 鳧水の上。秋来 明月 誰に附して看せしめん。
※●備:備前・備中・備後。ここでは詩の並びから備前のことと思われる ●鳧水:鴨川
5-1-16 《發岡山》 頼山陽
農歌夾路競分秧。憶昨薰風理旅裝。三備淹留知幾日。隴雲滿目半成黃。
《岡山を発す》
農歌 路を夾んで 競ひて秧を分かつ。憶ふ昨 薫風に旅装を理めしを。三備に淹留すること 知んぬ幾日ぞ。隴雲 目に満ちて 半ば黄を成す。
※●農歌:田植え歌 ●三備:備後・備中・備前 ●隴雲:田圃に実った稲を雲にたとえたもの
5-1-17 《謝月峰師贈梅》 頼山陽
看梅如評字。瘦硬乃可貴。肥條將繁葩。何與桃李異。昨就遠公乞。欣然手剪貽。口謝腹未饜。爲花少佳致。歸家插且看。安排不愜意。撚杖擬再索。不忍重相累。何料君割愛。寄至更拭眥。其枝何槎牙。淸癯見嫵媚。枝老著花疎。珊瑚綴鮫淚。信手簪甁中。天然好位置。不煩改嚮背。恐觸蓓蕾墜。當吾觖望時。何曾形眼鼻。君心如鏡明。照臟無遯避。世念吾已灰。百美總屛棄。獨梅存夙因。貪愛如名利。看之已累花。剪之更肆恣。愛緣成冤業。刀鋸斷其臂。懺罪古先生。引接君家事。倂度梅與吾。來生同佛地。
《月峰師の梅を贈らるるに謝す》
梅を看るは字を評するが如し。痩硬 乃ち貴ぶべし。肥条と繁葩と。何ぞ桃李と異ならん。昨 遠公に就きて乞う。欣然 手づから剪りて貽る。口には謝すれども腹未だ饜かず。花に佳致少なきが為めなり。家に帰り 挿し且つ看るに。安排 意に愜はず。杖を撚りて再び索めんと擬すれども。忍びず 重ねて相ひ累はすに。何ぞ料らん 君 愛を割き。寄せ至って更に眥を拭はんとは。其の枝 何ぞ槎牙たる。清癯 嫵媚を見る。枝老いて 花 著くること疎らに。珊瑚 鮫涙を綴る。手に信せて 瓶中に簪せば。天然の好位置。煩はさず 嚮背を改むるを。恐る 蓓蕾に触れて墜ちんことを。吾が觖望の時に当たり。何ぞ曽て眼鼻に形(アラ)はさんや。君の心 鏡の如く明らかに。臓を照らして 遯避 無し。世念 吾 已に灰し。百美 総て屏棄す。独り梅のみ夙因を存し。貪愛すること 名利の如し。之を看るは 已に花を累はす。之を剪るば更に肆恣。愛縁 冤業を成し。刀鋸 其の臂を断つ。罪を懺す 古先生。引接は君が家の事。併せて梅と吾とを度して。来生 仏地を同じくせしめよ。
※●月峰師:京都東山の双林寺の僧。その子・大雅堂義亮は山陽の肖像を描いた画家 ●遠公:晋の僧・慧遠。月峰師をたとえる ●形眼鼻:顔色に出す ●引接:浄土へ導いて往生させる ●度:仏の教えを悟らせて救う
5-1-18 《鴨河寓居雜詩》 頼山陽
欄干亞字俯晴灣。水淨沙明落照閒。捲起緗簾拄頰坐。一痕雲影過前山。
《鴨河寓居雑詩》
欄干の亜字 晴湾に俯す。水 浄く 沙 明らかなり 落照の間。緗簾を捲き起して 頬を拄へて坐せば。一痕の雲影 前山を過ぐ。
※●鴨河:鴨川 ●緗簾:浅黄色のすだれ
5-1-19 《鴨河寓居雜詩》 頼山陽
書幌沈沈鎖月明。酒醒枕上剔殘檠。鄰樓咲語人初定。錯認水聲爲雨聲。
《鴨河寓居雑詩》
書幌 沈沈として 月明を鎖す。酒 醒めて 枕上 残檠を剔る。隣楼の咲語 人 初めて定まり。水声を錯認して 雨声と為す。
※●書幌:書斎のとばり
5-1-20 《鴨河寓居雜詩》 頼山陽
夜山幾尺出欄橫。俯聽蒼煙罩水聲。月黑橋身看不見。唯從燈影認人行。
《鴨河寓居雑詩》
夜山 幾尺 欄を出でて横たわる。俯して聴く 蒼煙の水声を罩むるを。月 黒くして 橋身 看れども見えず。唯だ灯影に従りて人の行くを認む。
※●燈影:提灯の明かり
5-1-21 《鴨河寓居雜詩》 頼山陽
幾股沙流蹙夕暉。樓樓向晚捲簾幃。誰家鴨陣記棲處。攪亂波紋相喚歸。
《鴨河寓居雑詩》
幾股の沙流 夕暉を蹙む。楼楼 晩に向(ナンナ)んとして 簾幃を捲く。誰が家の鴨陣か 棲処を記し。波紋を攪乱して 相ひ喚びて帰る。
5-1-22 《看甁梅偶書》 頼山陽
髤几銅甁護玉肌。滿窗初日影參差。去年耶馬溪頭路。衝雨征鞍逢一枝。
《瓶梅を看て 偶〻書す》
髤几 銅瓶 玉肌を護る。満窓の初日 影 参差たり。去年 耶馬渓頭の路。雨を衝いて 征鞍 一枝に逢へり。
※●髤几:漆塗りの机 ●耶馬溪:大分県中津市にある山国川の上・中流域及びその支流域を中心とした渓谷
5-1-23 《贈茶翁丹酒賦此爲副》 頼山陽
才高笑小詩。戶大嫌甜酒。白傅當日目昌黎。吾移贈君君宜受。時詩沾沾喜短律。掣鯨故應推老手。豪來引杯捲白波。詩才酒量皆八斗。聊致丹釀助吟筆。與君詩味鬭醇厚。小才甁缶非君敵。獨有周師稱富有。譬之泉酒釀萬斛。病在一甜終非耦。君詩雋辣餘味長。咀嚼吾袒不肯右。藍尾杯盡氣猶馥。此酒眞稱君紅友。
《茶翁に丹酒を贈り 此れを賦して副と為す》
才 高くして 小詩を笑ひ。戸 大にして 甜酒を嫌ふ。白傅 当日 昌黎を目す。吾は移して君に贈る 君 宜しく受くべし。時詩 沾沾として 短律を喜ぶ。掣鯨 故より応に老手を推すべし。豪来 杯を引きて 白波を捲く。詩才 酒量 皆な八斗。聊か丹醸を致して吟筆を助け。君が詩味と醇厚を闘はしむ。小才 瓶缶 君の敵に非ず。独り周師の富有を称する有り。之を譬ふれば 泉酒万斛を醸するも。病 一甜に在りて 終に耦に非ず。君が詩は 雋辣にして余味長し。咀嚼して 吾が袒 肯へて右せず。藍尾杯 尽きて 気 猶ほ馥たり。此の酒 真に君が紅友たるに称ふ。
※●茶翁:菅茶山 ●丹酒:伊丹の酒 ●白傅:唐の白居易。太子小傅の職にあったことから ●昌黎:唐の韓愈 ●周師:釈慈周。六如と号す ●泉酒:和泉国の酒 ●吾袒不肯右:決して右袒しない、必ず左袒する。左袒は味方すること。漢の周勃が呂氏を誅滅せんとして「為呂氏者右袒、為劉氏者左袒」と兵士に呼びかけた故事による ●藍尾:藍尾酒。最後に飲む酒杯
5-1-24 《兩瓢歌奉寄春風杏坪二叔》 頼山陽
一瓢黝而彎。疑是驪龍睡遺肝。一瓢頳而短。又訝赤鳳來墮卵。吾獲兩瓢薇山陽。肌密皮厚飽風霜。憶吾兩叔竝所愛。遙寄爲君充酒漿。黝者贈長叔。應稱玄德甘山谷。頳者贈少叔。欲頌火色飛食肉。采菊東籬插在腰。勸農杏村挈於僕。瓢腹量飮飮不饒。必能堅壽如此瓢。唯恐酒盡瓢輕時。輒念小姪跡飄飄。
《両瓢の歌。春風・杏坪二叔に寄せ奉る》
一瓢は黝くして彎す。疑ふらくは是れ 驪竜 睡りて肝を遺れたるかと。一瓢は頳くして短し。又た訝る 赤鳳の来たりて卵を堕とせるかと。吾 両瓢を獲たり 薇山の陽。肌 密に 皮 厚く 風霜に飽く。憶ふ 吾が両叔の並びに愛する所。遥かに寄せて君の為めに酒漿を充たさしむ。黝き者は長叔に贈る。応に称ふべし 玄徳の山谷に甘んずるに。頳き者は少叔に贈る。頌せんと欲す 火色の飛んで肉を食らふを。菊を東籬に采るに 挿んで腰に在れ。農を杏村に勧むるに 僕に挈へしめよ。瓢腹 飲を量って 飲 饒からず。必ず能く堅寿 此の瓢の如くなん。唯だ恐る 酒 尽きて 瓢 軽き時。輒ち念はん 小姪の跡 飄飄たるを。
※●春風:山陽の叔父。竹原で医儒を業とした ●杏坪:山陽の叔父。春風の弟。広島藩に仕え代官として藩政実務を担った ●火色飛食肉:立身して大禄を食むこと ●小姪:甥っ子。すなわち山陽のこと
5-1-25 《除夜》 頼山陽
寒燭光消猶吐煙。酒醒街柝伴愁眠。平頭四十驚吾老。何況明朝又一年。
《除夜》
寒燭 光 消えて 猶ほ煙を吐く。酒 醒めて 街柝 愁眠に伴ふ。平頭 四十 吾が老ひに驚く。何ぞ況んや 明朝 又た一年なるをや。
※●平頭:端数がないこと。ちょうど ●明朝又一年:高適の《除夜作》「故郷今夜思千里。霜鬢明朝又一年」をふまえる
5-2 庚辰(文政3年)
5-2-1 《開春初三日雪諸友來訪遂相攜遊東山》 頼山陽
追客屐痕初印處。及吾酒力未消時。自嘲狂態老依舊。逢雪已狂花可知。
《開春初三日 雪ふる。諸友 来訪す。遂に相ひ携へて東山に遊ぶ》
客の屐痕の初めて印する処を追ひ。吾が酒力の未だ消えざる時に及ぶ。自嘲す 狂態の老いても旧に依るを。雪に逢ひてすら已に狂ふ 花は知るべし。
※●東山:京都東山
5-2-2 《開春初三日雪諸友來訪遂相攜遊東山》 頼山陽
東樓賞雪未昏鴉。擬向山房乞椀茶。折竹礙人過不得。橫尋別路到君家。
《開春初三日 雪ふる。諸友 来訪す。遂に相ひ携へて東山に遊ぶ》
東楼 雪を賞して 未だ昏鴉ならず。山房に向かって椀茶を乞はんと擬す。折竹 人を礙げて 過ぐること得ず。横に別路を尋ねて 君が家に到る。
※●山房:山中の住まい。ここでは山陽の友人で双林寺の僧侶・月峰の庵
5-2-3 《上元日同諸友賞梅伏見》 頼山陽
去年大雪沒山坡。壓折溪梅塌地斜。玉骨雖摧心未死。猶能臥放半身花。
《上元の日 諸友と同に梅を伏見に賞す》
去年の大雪 山坡を没し。渓梅を圧し折りて 地に塌ちて斜めなり。玉骨 摧くと雖 も心 未だ死せず。猶ほ能く臥して放つ 半身の花。
※●臥放:折れた梅の枝が地上に落ちた状態で花を咲かせる
5-2-4 《題畫二首 其一》 頼山陽
雲氣遮峰腳。羣松在半天。遙知深翠底。應有劚苓仙。
《題画二首 其の一》
雲気 峰脚を遮り。群松 半天に在り。遥かに知る 深翠の底。応に 苓を劚る仙 有るべし。
※●苓:茯苓(ぶくりょう)。和名マツホド。松の根に寄生する菌類。現在にいたるまで生薬として利用されている。かつてはその採取には特殊な経験と技術を必要とした
5-2-5 《題畫二首 其二》 頼山陽
晚寒思小飮。買酒橋西市。歸路覺殊長。風吹堆葉起。
《題画二首 其の二》
晩寒 小飲を思ひ。酒を買ふ 橋西の市。帰路 殊に長きを覚ゆ。風 堆葉を吹いて起こる。
5-2-6 《春琴至》 頼山陽
小酌休嫌肴核空。猶能抵敵峭寒風。閑披畫軸評皴染。春燭剩燒幾寸紅。
《春琴 至る》
小酌 肴核の空しきを嫌ふを休めよ。猶ほ能く抵敵す 峭寒の風。閑かに画軸を披いて皴染を評す。春燭 剰し焼く 幾寸の紅。
※●春琴:浦上春琴。備前岡山の人。文人画家
5-2-7 《東山首春書事》 頼山陽
寒盡香臺春未生。冷雲殘雪護華鯨。一聲撞破千家夢。勾引綺羅爭出城。
《東山首春 事を書す》
寒 尽くるも 香台 春 未だ生ぜず。冷雲 残雪 華鯨を護る。一声 撞破す 千家の夢。綺羅を勾引して 争ひて城を出でしむ。
※●東山:京都東山 ●首春:初春。旧暦一月 ●香臺;仏殿の別称 ●華鯨:梵鐘と撞木
5-2-8 《寓樓所見》 頼山陽
日搖簾押午風暄。已認東山花事繁。寺寺紅雲供指點。高爲長樂下知恩。
《寓楼所見》
日 簾押に揺らぎて 午風 暄かなり。已に認む 東山の花事の繁きを。寺寺の紅雲 指点に供す。高きは長楽 為り 下きは知恩。
※●簾押:すだれの揺れを止める押さえ ●長樂:長楽寺。時宗寺院。ただしこの詩の当時は浄土宗西山派に改宗していた。山陽や息子・三樹三郎の墓がある ●知恩:知恩院。浄土宗総本山。山号は華頂山。
5-2-9 《錦城叟來訪待以所藏伊丹酒》 頼山陽
待君斗酒一開椷。不比京醪如蜜甘。胸裏九經成磊磈。澆餘勿惜發新談。
《錦城叟 来訪す。待するに 所蔵の伊丹酒を以てす》
君を待するに 斗酒 一たび椷を開く。京醪の蜜の如く甘きに比せず。胸裏の九経 磊磈を成さん。澆余 惜しむ勿れ 新談を発するを。
※●錦城叟:大田錦城。儒学者。名は元貞、字は公幹、通称は才佐。加賀の人。江戸に出て私塾を開き名を高めた。清朝考証学を踏まえた精密な注釈で知られた ●椷:木箱。ここでは酒を入れた樽 ●京醪:京都(伏見)の酒。伏見の酒は「女酒」と呼ばれ、口当たりが柔らかく、ほのかな甘味があるものが多い ●九經:錦城の著作に『九経談』あり。山陽自注に「叟云、九経談少作、更有新見」とある
5-2-10 《遊沙河》 頼山陽
泥乾郊路柳花飛。幽約追晴自不違。滴瀝山瓢攜酒冽。噞喁野店煮魚肥。遠林老綠映新綠。游客生衣交熟衣。更擬歸家爲一咲。村籬乘醉折薔薇。
《沙河に遊ぶ》
泥 乾きて 郊路 柳花 飛ぶ。幽約 晴れを追ひて 自づから違はず。滴瀝として 山瓢に酒の冽なるを携へ。噞喁として 野店に魚の肥えたるを煮る。遠林の老緑 新緑に映じ。游客の生衣 熟衣に交じる。更に家に帰りて一咲を為さんと擬し。村籬 酔ひに乗じて 薔薇を折る。
※●沙河:砂川。当時、出町柳付近を流れていた鴨川の支流 ●滴瀝:雨などがしたたる音のさま。ここでは瓢のなかで酒が音を立てるさま ●噞喁:魚が口をパクパクさせて呼吸するさま。ここでは調理されている魚が新鮮であることをいう
5-2-11 《同元瑞遊伏水遂至菟道》 頼山陽
江風吹雨動輕杉。柳外欄干酒半酣。俯看柳絲與雨腳。一齊斜作綠毿毿。
《元瑞と同に伏水に遊び 遂に菟道に至る》
江風 雨を吹きて 軽杉を動かす。柳外の欄干 酒 半ば酣なり。俯して看る 柳糸と雨脚と。一斉 斜めに作す 緑毿毿。
※●元瑞:小石檉園。医師 ●伏水:伏見 ●菟道:宇治 ●毿毿:細長く垂れるさま
5-2-12 《同元瑞遊伏水遂至菟道》 頼山陽
驟雨遙雷晚放晴。夾江綠樹暮煙生。一分斜照不收盡。猶傍鷺鶿飛處明。
《元瑞と同に伏水に遊び 遂に菟道に至る》
驟雨 遥雷 晩に晴れを放つ。江を夾む緑樹 暮煙 生ず。一分の斜照 収まり尽くさず。猶ほ 鷺鶿の飛ぶ処に傍ひて明らかなり。
※●鷺鶿:サギ。シラサギ
5-2-13 《題菅茶山先生詩卷》 頼山陽
草莽龍鍾一老臣。緖餘小技亦超倫。許身稷契自知拙。論世羲農誰復眞。永夜硏朱點周易。終年衣白是山人。高陽混跡甘韜晦。名字何圖達薦紳。
《菅茶山先生の詩巻に題す》
草莽に竜鍾たり 一老臣。緒余の小技も亦た超倫。身を稷契に許して 自ら拙きを知り。世を論じて 羲農 誰か真に復さん。永夜 朱を研ぎて周易を点じ。終年 白を衣たるは 是れ山人。高陽に 跡を混じて 韜晦に甘んず。名字 何ぞ図らん 薦紳に達するを。
※●稷契:古代の聖天子・舜に仕えた二人の名臣、稷と契 ●羲農:伏羲と神農 ●衣白是山人:唐の李泌は質素で常に白衣を着ていた。粛宗は常に李泌を連れて行動していたが、軍中これを見て「衣黄者聖人也、衣白者山人也」と言った(顧炎武《日知録》) ●高陽:酒飲みたちのたむろしている場所。漢の高祖に面会を求めた酈食其が「吾高陽酒徒也、非儒人也」と述べた故事による ●薦紳:縉紳に同じ。顕官高位の人
5-2-14 《題菅茶山先生詩卷》 頼山陽
唯許周師難弟兄。遠神獨覺幾籌贏。渡河無跡求香象。翻海何人掣巨鯨。一代風騷推老將。五言爾雅最長城。寸心得失知應確。卻索雌黃向後生。
《菅茶山先生の詩巻に題す》
唯だ許す 周師の弟兄たり難きを。遠神 独り覚ゆ 幾籌か贏(マサ)るを。河を渡りて 跡の香象を求むる無く。海を翻して 何人か巨鯨を掣せん。一代の風騒 老将を推し。五言の爾雅 最も長城。寸心 得失 知ること応に確たるべきに。却って雌黄を索めて後生に向かふ。
※●周師:釈慈周。六如と号す ●遠神:深遠ですぐれた趣がある ●幾籌贏:いくらか勝っている。籌は数とり、数をかぞえる棒 ●渡河無跡求香象:厳羽『滄浪詩話』に李杜の詩を評して「如香象渡河」とあり ●雌黃:黄色の顔料。転じて詩文の改作、添削をいう ●寸心:茶山の胸中 ●後生:山陽らのこと
5-2-15 《墨梅》 頼山陽
曾記前溪洗硏時。黑波倒蘸一枝枝。幻得冰魂將雪魄。驪珠萬顆照鬚眉。
《墨梅》
曽て記す 前渓に研を洗ふ時。黒波 倒(サカシマ)に蘸す 一枝枝。幻じ得たり 氷魂と雪魄とを。驪珠 万顆 鬚眉を照らす。
※●黑波:墨汁で黒くなった水面
5-2-16 《題田君彝畫蔬》 頼山陽
野蔬上筆寄情長。根葉經寒雜紫黃。憶得山園留我宿。帶霜摘到滿盤香。
《田君彝の画蔬に題す》
野蔬 筆に上りて 情の長きを寄す。根葉 寒を経て 紫黄を雑ふ。憶ひ得たり 山園 我を留めて宿せしめ。霜を帯び 摘み到りて 満盤 香しきを。
※●田君彝:田能村竹田。豊後竹田藩士。文人画家
5-2-17 《烹蕈》 頼山陽
竹筍與松蕈。菜中誰爭席。狎霸春與秋。各自標風格。其味足孤行。不用借外物。如何墮俗庖。腥臊動相戹。紫蓴小家數。猶嫌鹽豉迹。況此羣菜雄。一隊各拔戟。吾家有制度。百法從擺落。嫩蕈帶土香。紫玉不須擘。鐵鐺活火炰。玉脂泣瓊液。酒漿助其滋。橘柚發精魄。爽氣流齒閒。腹貯西山碧。此訣祕不傳。昔受採芝客。
《蕈を烹る》
竹筍と松蕈と。菜中 誰か席を争はん。狎〻(カハルガハル) 覇たり 春と秋とに。各自 風格を標す。其の味 孤行するに足れり。外物を借るを用ゐず。如何んせん 俗庖に堕ち。腥臊 動もすれば相ひ戹すを。紫蓴は小家の数なるも。猶ほ塩豉の迹を嫌ふ。況んや 此の群菜の雄。一隊 各〻 戟を抜くをや。吾が家 制度 有り。百法 擺落に従ふ。嫩蕈 土香を帯ぶ。紫玉 擘くを須ゐず。鉄鐺 活火に炰れば。玉脂 瓊液 泣く。酒漿 其の滋を助け。橘柚 精魄を発す。爽気 歯間に流れ。腹に貯ふ 西山の碧。此の訣 秘して伝へず。昔 採芝の客に受く。
※●松蕈:松茸(マツタケ) ●腥臊:なまぐさい食材 ●小家數:小物のなかま ●鹽豉:味噌の類 ●拔戟:隊の指揮官であること ●擺落:余計なものを払い除く
5-2-18 《寓樓所見》 頼山陽
郊樹秋深紅斕斑。霜融萬瓦午暉閒。客來徐捲湘簾起。露出檐閒錦繡山。
《寓楼所見》
郊樹 秋 深くして 紅 斕斑。霜は融く 万瓦 午暉の間。客 来たれば 徐ろに湘簾を捲き起こし。露はし出だす 檐間 錦繡の山。
5-2-19 《題畫》 頼山陽
近遮林樹遠遮山。誰道雲閑何肯閑。獨有泉聲遮不住。故穿深處作潺湲。
《画に題す》
近きは林樹を遮り 遠きは山を遮る。誰か 雲は閑なりと道ふ 何ぞ肯へて閑ならんや。独り 泉声の遮り住(トド)められざる有り。故らに深処を穿ちて潺湲を作す。
5-2-20 《題畫》 頼山陽
文章已愧老彫蟲。何暇含毫學畫工。此筆慣爲盤硬語。試描層巘勢橫空。
《画に題す》
文章 已に愧づ 彫虫に老ゆるを。何ぞ 毫を含みて画工を学ぶに暇あらんや。此の筆 盤硬の語を為すに慣る。試みに層巘を描けば 勢ひ空に横たはる。
※●盤硬語:大きく力強い言葉。韓愈《薦士》詩に「橫空盤硬語 。妥帖力排奡。」とあり
5-2-21 《糾林》 頼山陽
兩水縱橫燕尾分。平林古廟數家村。瀨多石處知魚脆。天稍寒時愛酒暖。吟坐怕驚棲鳥起。醉歸愁蹋板橋翻。密陰避暑猶如昨。早已稀疎露月痕。
《糾の林》
両水 縦横 燕尾に分かれ。平林 古廟 数家の村。瀬 石 多き処 魚の脆らかなるを知り。天 稍 寒き時 酒の暖かなるを愛す。吟坐して 棲鳥を驚かし起たすを怕れ。酔帰して 板橋を蹋んで翻すを愁ふ。密陰 暑を避くること 猶ほ昨の如きに。早くも已に 稀疎にして月痕を露はす。
※●糾林:京都下鴨神社境内にある「糺の森」
5-2-22 《高雄》 頼山陽
萬株楓葉疊秋霞。下有溪流一道斜。最是初陽射林隙。紅雲堆裏掣金蛇。
《高雄》
万株の楓葉 秋霞を畳ね。下に渓流の一道斜めなる有り。最たるは是れ 初陽 林隙に射し。紅雲堆裏 金蛇を掣く。
※●秋霞:霞は朝焼けや夕焼けに染まった雲や空のこと。ここでは朝焼け ●初陽:出たばかりの朝日 ●金蛇:木漏れ日に照らされて金色に光る渓流のたとえ
5-2-23 《通天橋》 頼山陽
上方山暝宿禽喧。澗底紅楓照酒尊。非有鐘聲相報道。何緣知得是黃昏。
《通天橋》
上方 山 暝くして 宿禽 喧し。澗底の紅楓 酒尊を照らす。鐘声の相ひ報道する有るに非ずんば。何に縁りてか知り得ん 是れ黄昏なるを。
※●通天橋:京都伏見の東福寺にあり。渓流の上にかかり、紅葉の名所として知られる
5-2-24 《余娶婦未幾丁艱至此獲一男兒志喜》 頼山陽
沒田沒宅一寒儒。生子猶慶得丈夫。數幅雲煙雙古硏。阿爺傳汝護持無。
《余 妻を娶りて未だ幾ばくならずして艱に丁(アタ)る。此に至り一男児を獲たり。喜びを志(シル)す》
田も没(ナ)く 宅も没し 一寒儒。子を生みて 猶ほ慶ぶ 丈夫を得たるを。数幅の雲煙 双古研。阿爺 汝に伝へん 護持するや無や。
※●丁艱:父・春水の喪に服したこと ●一男兒:辰蔵。のち夭逝した ●雲煙:書画のこと。杜甫《飲中八仙歌》に「揮毫落紙如雲煙」とあるによる
5-2-25 《余娶婦未幾丁艱至此獲一男兒志喜》 頼山陽
癡心祝汝誦詩書。措大生涯又擧雛。唯有呱呱聒人耳。此聲早晚化咿唔。
《余 妻を娶りて未だ幾ばくならずして艱に丁(アタ)る。此に至り一男児を獲たり。喜びを志(シル)す》
痴心 祝す 汝が詩書を誦せんことを。措大の生涯 又た雛を挙ぐ。唯だ 呱呱として人の耳に聒しき有り。此の声 早晩 咿唔に化さん。
※●祝:祈り願う ●呱呱:幼児の鳴き声の擬音語。オギャアオギャア ●咿唔:本を音読する声
5-2-26 《余娶婦未幾丁艱至此獲一男兒志喜》 頼山陽
拳如山蕨半舒芽。膚似海榴新脫花。只管啼號覓母乳。嬌瞳猶未識爺爺。
《余 妻を娶りて未だ幾ばくならずして艱に丁(アタ)る。此に至り一男児を獲たり。喜びを志(シル)す》
拳は山蕨の半ば芽を舒ぶるが如く。膚は海榴の新たに花を脱するに似たり。只管(ヒタスラ) 啼号して 母乳を覓む。嬌瞳 猶ほ未だ 爺爺を識らず。
※●海榴:ザクロ
5-2-27 《余娶婦未幾丁艱至此獲一男兒志喜》 頼山陽
病羸晚擧一嬌兒。愁絕家尊不及知。莫類乃翁師乃祖。竊慶面骨有遺姿。
《余 妻を娶りて未だ幾ばくならずして艱に丁(アタ)る。此に至り一男児を獲たり。喜びを志(シル)す》
病羸 晩く挙ぐ 一嬌児。愁絶す 家尊の知るに及ばざるを。乃翁に類する莫れ 乃祖を師とせよ。窃かに慶ぶ 面骨に遺姿 有るを。
※●家尊:父親。山陽の亡父・頼春水 ●乃翁:お前の父。すなわち山陽 ●乃祖:お前の祖父。すなわち春水 ●遺姿:春水の面影
5-2-28 《余娶婦未幾丁艱至此獲一男兒志喜》 頼山陽
桂玉艱難纔樹門。唯愁離隔北堂萱。家書新有承歡處。報向天涯獲一孫。
《余 妻を娶りて未だ幾ばくならずして艱に丁(アタ)る。此に至り一男児を獲たり。喜びを志(シル)す》
桂玉の艱難 纔かに門を樹つ。唯だ愁ふ 北堂の萱に離隔するを。家書 新たに承歓の処有り。天涯に向かって一孫を得たるを報ず。
※●桂玉:物価が高いこと ●樹門:ひとり立ちしてやっていく ●北堂萱:母親
5-2-29 《福井丹州裝舟張樂於嵐峽邀余賞楓》 頼山陽
觀楓有約卜今晴。曉枕愁聞雨滴聲。生怕門前泥一尺。謝君飛轎故相迎。
《福井丹州 舟を装ひて楽を嵐峡に張り 余を邀へて楓を賞す》
観楓 約 有り 今晴を卜す。暁枕 愁ひ聞く 雨滴の声。生怕す 門前 泥一尺。謝す 君が轎を飛ばして 故らに相ひ迎ふるを。
※●福井丹州:福井丹波守榕亭(1753〜1844)。禁裡御医(朝廷の典医)を務めた ●張樂:音楽の催しをする
5-2-30 《福井丹州裝舟張樂於嵐峽邀余賞楓》 頼山陽
排當小部助歡娛。無奈溪風寒逼膚。恰好炙笙兼炙手。人供宣德古銅爐。
《福井丹州 舟を装ひて楽を嵐峡に張り 余を邀へて楓を賞す》
小部を排当して歓娯を助く。奈んともする無し 渓風の寒 膚に逼るを。恰も好し 笙を炙り 兼ねて手を炙るに。人は供す 宣徳の古銅炉。
※●排當小部:少人数の楽団にパートを割り当てる ●宣德古銅爐:明の宣徳年間(1426~1435)に作られた銅火鉢
5-2-31 《遊山鼻》 頼山陽
隔水霜林密又疎。理筇恰及小春初。野橋分路行穿竹。村店臨流喚買魚。醉後索茶何待熟。談餘得句不須書。聯吟忘卻歸途遠。點點紅燈已市閭。
《山鼻に遊ぶ》
水を隔つる霜林 密 又た疎なり。筇を理めて恰も及ぶ 小春の初め。野橋 路を分かちて 行くゆく竹を穿ち。村店 流れに臨みて 喚んで魚を買ふ。酔後 茶を索るに 何ぞ熟するを待たん。談余 句を得るも 書するを須ゐず。聯吟 忘却す 帰途の遠きを。点点たる紅灯 已に市閭。
※●山鼻:山城国愛宕郡の山端(現・京都市左京区山端) ●村店:山端には「平八茶屋」という天正年間創業の有名な料理旅館が現在まで続いており、高野川に臨み、鯉こくなど川魚料理で知られた
5-2-32 《題香雪翁鼓琶小照短歌》 頼山陽
香雪作書畫。如其鼓琵琶。指所不到存雅韻。不必麻姑癢處爬。墨痕瘦硬拙藏巧。時爲梅竹亦槎牙。陸沈侯門五十歲。狡獪戲人笑啞啞。空留遺像在人眼。脫屣塵世如蛻蛇。吾題此詩卻趑跙。恐呵俗書著塗鴉。猶憶硏北夕呼酒。一聲裂帛墮燈花。
《香雪翁 琶を鼓す小照に題する短歌》
香雪の書画を作すこと。其の琵琶を鼓するが如し。指の到らざる所 雅韻を存す。麻姑 癢き処 爬するを必とせず。墨痕 痩硬にして 拙 巧を蔵す。時に梅竹を為るも亦た槎牙たり。侯門に陸沈すること五十歳。狡獪 人に戯れ 笑ひ啞啞たり。空しく遺像を留めて人の眼に在り。塵世を脱屣すること蛻蛇の如し。吾 此の詩を題すること 却って趑跙す。恐らくは呵せん 俗書 塗鴉を著くるを。猶ほ憶ふ 研北 夕べに酒を呼び。一声 裂帛 灯花を堕とせしを。
※●香雪翁:小林香雪。名は文和、字は亮適。近衛家の侍医。画家としても知られ、山陽の友人だった ●小照:肖像画 ●麻姑:爪の長い仙女 ●蛻蛇:蛇の抜け殻 ●研北:硯の北。机を南向きに置くと人は硯の北に坐ることになる ●裂帛:絹を裂くような激しい琴の音。白居易《琵琶行》に「四絃一声如裂帛」とあり
5-2-33 《畫款冬花》 頼山陽
蔬圃春風長嫩芽。綠苞孕得小黃葩。馬蹄紫陌思陳迹。逢著僧房是此花。
《画款冬花》
蔬圃の春風 嫩芽を長じ。緑苞 孕み得たり 小黄葩。馬蹄 紫陌 陳迹を思ふ。僧房に逢著せしは 是れ此の花。
※●款冬花:フキノトウ ●転結:唐の張籍《逢賈島》に「僧房逢著款冬花。出寺吟行日已斜。十二街中春雪遍。馬蹄今去入誰家」とあるのを踏まえる
5-2-34 《觀靑山人所藏介石翁畫那智瀑圖引》 頼山陽
靑山人壁挂山水。那智瀑泉著南紀。溪深霜重秋葉燃。白龍跳出紅雲裏。誰點染者介石翁。分明山脈與水理。翁與山人皆紀人。心眼所證筆筆是。聞畫脫㡧卷在几。誰持一觸紀侯視。侯曰吾土有洵美。呼翁依樣畫一紙。此我管內觀何難。不欲豫遊擾遠邇。張圖屛障朝夕遊。不須六騶裹庚癸。翁老久厭役手指。命不可拒重奏技。竊罵山人累老夫。舐毫和墨窮日晷。山人抃躍潛拊髀。畫媒姓名徹侯耳。更慶兩軸同圖樣。與侯分藏他無此。君不見五十萬封侯所履。山人蝸廬豈比擬。一幀雲煙臥遊境。所領幅員卻相似。
《青山人 所蔵の介石翁の画く那智瀑の図を観るの引》
青山人 壁に山水を挂く。那智の瀑泉 南紀に著はる。渓 深く 霜 重くして 秋葉 燃え。白竜 跳り出づ 紅雲の裏。誰か点染する者ぞ 介石翁。分明なり 山脈と水理と。翁と山人とは皆な紀の人。心眼の証する所 筆筆 是れなり。聞く 画は㡧を脱し 巻いて几に在り。誰か持して一たび紀侯の視に触る。侯 曰く 吾が土 洵に美なる有りと。翁を呼び様に依りて一紙に画かしむ。此れ 我が管内 観ること何ぞ難からん。予遊 遠邇を擾すを欲せず。図を屛障に張りて朝夕に遊ばん。六騶 庚癸を裹むを須ゐずと。翁 老いて 久しく手指を役するを厭へども。命 拒むべからず 重ねて技を奏す。窃かに罵る 山人 老夫を累はすを。毫を舐め 墨を和して 日晷を窮む。山人 抃躍して 潜かに髀を拊つ。画 姓名を媒して 侯の耳に徹す。更に慶す 両軸 図 同様。侯と分かち蔵して他に此れ無きを。君見ずや 五十万封侯の履む所。山人の蝸廬 豈に比擬せんや。一幀の雲煙 臥遊の境。領する所の幅員 却って相ひ似たり。
※●靑山人:人名。詳細未詳 ●介石翁:野呂介石。紀伊の人。山水画で有名 ●紀侯:紀州藩主 ●庚癸:食糧・飲料の軍中での隠語。庚は西方で穀物をつかさどり、癸は北方で水をつかさどる
5-2-35 《題自畫》 頼山陽
雲煙結習未曾除。硏凍毫枯廢靜娛。今日晴窗稍伸腕。矮縑又作小橫圖。
《自画に題す》
雲煙の結習 未だ曽て除かず。研 凍り 毫 枯れて 静娯を廃す。今日 晴窓 稍 腕を伸べ。矮縑 又た作る 小横図。
※●矮縑:小さい画絹
5-2-36 《題自畫》 頼山陽
一幅生縑不用礬。醉來雲壑手掀翻。傍人爲怕墨頻泫。何識模糊藏筆痕。
《自画に題す》
一幅の生縑 礬を用ゐず。酔来 雲壑 手づから掀翻す。傍人 為めに怕る 墨の頻りに泫ずるを。何ぞ識らん 模糊として筆痕を蔵すを。
※●生縑:練っていない絹地。画絹 ●礬:礬水。明礬(ミョウバン)と膠を混ぜたもの。画絹はそのままでは墨や顔料を吸い込みすぎるため、通常、にじみ止めとして礬水を引く
5-2-37 《題畫》 頼山陽
石路霜乾蹈葉行。秋林連日正牢晴。溪山深處有過雨。卻向峰前爲水聲。
《題画》
石路 霜 乾きて 葉を蹈んで行く。秋林 連日 正に牢晴。渓山 深き処 過雨 有るならん。却って峰前に向(オ)いて水声を為す。
5-2-38 《謝篠承弼惠牡蠣用東坡蜀菜詩韻》 頼山陽
插竹爲籪竹帶葉。撈泥不辭拳爲蕨。牡蠣之田獨我藝。天寒潮縮尤脆滑。鮮新不借鹽豉美。調理唯須桂姜辣。東來此味墮杳渺。回頭海天雲一抹。謝寄一籃明吾眼。肌膚膩白新脫甲。片片出岫矞雲皴。顆顆生煙寒玉茁。腹腴帶苦無佗腸。鄕味自知不可說。不須挂帆學張翰。一嚼羈愁忽如脫。
《篠承弼の牡蠣を恵まるに謝す。東坡が蜀菜の詩韻を用ゐる》
竹を挿んで籪と為し 竹は葉を帯ぶ。泥を撈して辞せず 拳 蕨と為るを。牡蠣の田は 独り我が芸のみ。天 寒く 潮 縮むとき 尤も脆滑。鮮新 借らず 塩豉の美。調理 唯だ須ゐる 桂姜の辣。東来 此の味 杳渺に堕つ。頭を回らせば 海天 雲一抹。謝す 一籃を寄せて我が眼を明らかにするを。肌膚 膩白にして 新たに甲を脱す。片片 岫を出でて 矞雲 皴あり。顆顆 煙を生じて 寒玉 茁たり。腹 腴え 苦を帯び 佗の腸 無し。郷味 自ら知る 説くべからず。帆を挂けて張翰に学ぶを須ゐず。一たび嚼めば 羈愁 忽として脱するが如し。
※●篠承弼:篠崎小竹 ●東坡蜀菜詩韻:蘇東坡《春菜》詩の韻字 ●籪:漁具のひとつ。水中に竹を連ねて魚を捕るもの。ここでは、浮遊する牡蠣の幼生を付着させる(採苗)ために干潟に挿す竹を指している。「ひび建」と呼ばれる養殖法で、江戸時代から戦前まで主流の養殖法だったが、その後は筏方式に取って代わられた ●藝:芸州。安芸国 ●矞雲:二色または三色のめでたい雲 ●張翰:故郷の鱸膾蓴羹の味が恋しくなって官を捨てて帰郷したことで有名
5-2-39 《倪文正公眞跡引》 頼山陽
賴襄之家徒四壁。僅置破硯與蠹籍。卻藏條幅長九尺。有明倪文正公跡。五言八句字拳大。墨色如漆入絹理。絹尾煌煌兩巨章。曰倪元璐太史氏。其詩贈石齋。書之示仲謀。石齋是姓黃。仲謀定名流。一幅聚三賢。每展正襟拜不休。憶昔大璫據國善類空。屠楊戮袁還磔熊。人亡邦瘁固其所。纔能枝梧有數公。思廟用公恨已晚。國勢一去難可返。親疾瀕死寧不藥。陳力就列空蹇蹇。四面黃雲壓城來。烽火燭天天下垂。五堵一卒盡鳥散。御衣血詔萬古悲。起整衣冠拜北闕。几上大書絕命詞。南都可爲死吾分。聊志我痛勿斂尸。其書想與此幅似。筆畫老勁無媚姿。渡海東來有意否。海若呵護辟蛟螭。襄也一見倒囊槖。奪來萬目徒眙愕。錢謙益。張瑞圖。非不善詩非不善書。納媚閹豎籍逆案。賣降仇讐曳長裾。吾怪世人珍手跡。金躞犀軸視琳瑜。吁嗟哉。何如我家四十字。字字忠魂毅魄之所寄。
《倪文正公 真跡の引》
頼襄の家は徒だ四壁。僅かに破硯と蠹籍を置く。却って蔵す 条幅の長さ九尺。有明の倪文正公の跡。五言八句 字は拳大。墨色 漆の如く 絹理に入る。絹尾 煌煌たり 両巨章。曰く 倪元璐太史氏。其の詩 石斎に贈り。之を書して仲謀に示す。石斎は是れ姓黄。仲謀 定めて名流ならん。一幅に三賢を聚む。展ずる毎に襟を正し 拝して休まず。憶ふ昔 大璫 国に拠り 善類 空しきを。楊を屠り 袁を戮し 還た熊を磔す。人 亡び 邦 瘁るは 固より其の所。纔かに能く枝梧するは 数公 有り。思廟 公を用ゐること已に晩きを恨む。国勢 一たび去りて 返すべきこと難きも。親 疾み 死に瀕す 寧ぞ薬せざらんや。力を陳べ 列に就き 空しく蹇蹇。四面の黄雲 城を圧して来たり。烽火 天を燭して 天 下垂す。五堵の一卒 尽く鳥散す。御衣の血詔 万古 悲し。起ちて衣冠を整へ 北闕を拝し。几上 大書す 絶命の詞。南都 為すべし 死は吾が分。聊か我が痛みを志す 尸を斂むる勿れと。其の書 想ふに此の幅に似たらん。筆画 老勁にして 媚姿 無し。海を渡り東来するは 意 有りや否や。海若 呵護して 蛟螭を辟く。襄や 一見して囊槖を倒にし。奪ひ来れば 万目 徒だ眙愕す。銭謙益。張瑞図。詩を善くせざるに非ず 書を善くせざるに非ず。媚を閹豎に納れて逆案を籍し。降を仇讐に売りて長裾を曳く。吾は怪しむ 世人 手跡を珍とし。金躞 犀軸 琳瑜と視るを。吁(アア) 嗟哉(アア)。何ぞ如かん 我が家の四十字。字字 忠魂 毅魄の寄する所に。
※●倪文正公:倪元璐。字は玉汝、号は鴻宝。文正は諡。明末の政治家、書家。崇禎16年(1643年)戸部尚書に任ぜられたが、翌年、反乱軍の李自成が北京を落とし、崇禎帝が自殺するに及んで、殉死した。 ●有明:明王朝のこと ●大璫:宦官のこと。明末に権勢をふるった魏忠賢を指す ●楊・袁・熊:楊漣・袁化仲・熊廷弼。いずれも魏忠賢に逆らい非業の死を遂げた ●五堵一卒:一堵は一丈四方。城壁の上では五堵ごとに一兵卒を置いて守らせた ●閹豎:宦官。魏忠賢のこと ●金躞:金で作った巻軸の芯
5-2-40 《得春風叔書依其除夕韻卻寄》 頼山陽
一出家園十歲除。都門桂玉計何如。敝衣顚倒裁兒褓。故紙縱橫校父書。桑梓丈人猶矍鑠。雁魚尺牘未稀疎。殷勤包裹傳鄕味。爲助儒餐意有餘。
《春風叔の書を得て 其の除夕の韻に依りて却寄す》
一たび家園を出でて 十たび歳除。都門の桂玉 計 何如。敝衣 顚倒して 児の褓を裁し。故紙 縦横 父の書を校す。桑梓の丈人 猶ほ矍鑠たり。雁魚の尺牘 未だ稀疎ならず。殷勤に包裹して 郷味を伝ふ。為めに儒餐を助けて 意 余り有り。
※●春風叔:頼春風。山陽の叔父。竹原在住 ●桂玉:物価の高いこと ●褓:むつき。幼児に着せるかいまき。産着 ●校父書:山陽の自注に「時校刊先君遺集」とあり ●桑梓丈人:郷里の長老。春風のこと ●儒餐:儒者の粗末な食事
5-2-41 《除夜》 頼山陽
生兒自慰遠遊心。燈底呱呱伴醉吟。說著吾儂倂說汝。遙知老母坐宵深。
《除夜》
児を生みて 自ら慰む 遠遊の心。灯底 呱呱として 酔吟に伴ふ。吾儂を説著し 併せて汝を説くならん。遥かに知る 老母の宵深きに坐するを。
※●呱呱:赤ん坊の鳴き声
巻6
6-1 辛巳(文政4年)
6-1-1 《元日》 頼山陽
故紙堆中歲過强。猶餘筆削志偏長。東窗掃几迎初日。讀起春王正月章。
《元日》
故紙堆中 歳 強を過ぐ。猶ほ筆削を余して 志 偏へに長し。東窓 几を掃ひて 初日を迎へ。読み起こす 春王正月の章。
※●强:四十歳 ●春王正月章:孔子が著わした『春秋』では年の初めには多く「何年春王正月」と記しており、周王の正朔を奉ずる意を示しているとされる
6-1-2 《得家書》 頼山陽
新歲得家書。先喜平安字。席裹與薦包。件件未開視。析書忙讀之。矮紙字纍纍。老母頗健飯。未至艱臥起。念吾嘗桂玉。儒餐乏肥美。紅魚買疎鬣。綠禽賖反觜。剖解鹽鼓貯。拮据勞手指。書中知詳悉。慈容違顏咫。脫包色味新。寸切片片是。爲羹何忍嚃。感泣遙拜跪。十年徒遠遊。何以供甘旨。反哺吾未能。仍使母哺子。回首愧烏鴉。眼斷暮山紫。
《家書を得たり》
新歳 家書を得たり。先づ喜ぶ 平安の字。席裹と薦包と。件件 未だ開き視ず。書を析きて忙しく之を読めば。矮紙 字 累累たり。老母 頗る健飯。未だ臥起に艱むに至らず。吾の 桂玉を嘗めて。儒餐 肥美 乏しきを念ひ。紅魚 疎鬣を買ひ。緑禽 反觜を賖る。剖解して塩鼓に貯へ。拮据して手指を労す。書中に詳悉を知れば。慈容 顔を違(サ)ること咫のみ。包を脱すれば 色味新たなり。寸切の片片 是れなり。羹と為すも 何ぞ嚃するに忍びんや。感泣して遥かに拝跪す。十年 徒らに遠遊す。何を以てか甘旨を供せん。反哺 吾 未だ能はず。仍ほ 母をして子に哺せしむ。首を回らせば烏鴉にも愧づ。眼断すれば 暮山 紫なり。
※●桂玉:物価の高いこと ●紅魚:鯛 ●綠禽:鴨 ●咫:八寸。距離の近いこと ●嚃:あらのみする。噛まずに飲み込む。底本では、この字の「辶」を欠いている ●反哺:親から餌をもらっていた雛が成長して逆に親に餌を与えるようになること。烏に反哺の孝ありという
6-1-3 《得家書》 頼山陽
協也已二十。老成足持家。賴汝不西顧。浪遊養我痾。辰也生京寓。夢兆非虺蛇。協喜得其弟。慶書寄天涯。分植紫荆樹。爭榮棣鄂花。不論異其胞。氣同受於爺。所恨齒相絕。如蘭抽晚芽。指拳太嫩脆。啼號徒咿啞。何日能作字。寄兄書塗鴉。
《家書を得たり》
協や 已に二十。老成 家を持するに足る。汝に頼って 西顧せず。浪遊 我が痾を養ふ。辰や 京寓に生まる。夢兆 虺蛇に非ず。協や 其の弟を得るを喜び。慶書 天涯に寄す。分かち植う 紫荊の樹。争ひ栄へん 棣鄂の花。其の胞を異にするを論ぜず。気は同じく爺に受く。恨む所は 歯(ヨハヒ) 相ひ絶(ヘダ)たり。蘭の晩芽を抽くが如きを。指拳 太だ嫩脆。啼号 徒らに咿啞。何れの日にか能く字を作り。兄に寄せて塗鴉を書せん。
※●協:山陽の長男。最初の妻との間の子。名は元協、通称は余一、字は承緒、聿庵と号した。祖父・春水の没後、広島頼家の家督を継ぎ、広島藩儒となった ●辰:山陽の次男。妻・梨影との間の最初の子。この詩の前年の生まれ。のちに夭逝する ●虺蛇:詩経の小雅・斯干に「維熊維羆。男子之祥。維虺維蛇。女子之祥」とあり
6-1-4 《五聲五影詩 雨聲》 頼山陽
午簾影滅送遙雷。一榻微風幽夢回。酒渴思茶茶未熟。愛聞琴筑遶檐來。
《五声五影詩 雨声》
午簾の影 滅して 遥雷を送り。一榻の微風 幽夢 回る。酒渇 茶を思ふも 茶 未だ熟せず。愛し聞く 琴筑 檐を遶りて来たるを。
※●酒渴:酒に酔って喉がかわくこと
6-1-5 《五聲五影詩 水聲》 頼山陽
夜宿溪亭燭影愁。閑聞簷溜瀉高秋。起推窗戶知非雨。石瀨娟娟碎月流。
《五声五影詩 水声》
夜渓 亭に宿せば 燭影 愁ふ。閑かに聞く 簷溜の高秋に瀉ぐを。起って窓戸を推せば 雨に非ざるを知る。石瀬 娟娟として 月を砕きて流る。
※●簷溜:軒の雨だれ
6-1-6 《五聲五影詩 鳥聲》 頼山陽
落紅狼藉曉煙深。何物閒關送好音。嫩日上簾人未醒。一聲喚起惜花心。
《五声五影詩 鳥声》
落紅 狼藉 暁煙 深し。何物ぞ 間関として 好音を送る。嫩日 簾に上りて 人 未だ醒めず。一声 喚起す 花を惜しむの心。
※●閒關:鳥が和やかに鳴きかわすさま。詩経の周南・関雎に「間関雎鳩在河之洲」とあり
6-1-7 《五聲五影詩 茶聲》 頼山陽
禪榻愛聞茶鼎鳴。細如寶瑟大如笙。十年一覺揚州夢。何識人閒有此聲。
《五声五影詩 茶声》
禅榻 愛し聞く 茶鼎の鳴るを。細なるは宝瑟の如く 大なるは笙の如し。十年 一たび覚む 揚州の夢。何ぞ識らん 人間に此の声 有るを。
※●十年一覺揚州夢:杜牧《遣懐》詩の転句をそのまま借用
6-1-8 《五聲五影詩 櫓聲》 頼山陽
一雙柔櫓下秋潭。咿軋聲中雨意酣。攪破高齋獨夜夢。誤聞雁語宿淮南。
《五声五影詩 櫓声》
一双の柔櫓 秋潭を下り。咿軋声中 雨意 酣なり。攪破す 高斎 独夜の夢。誤る 雁語を聞いて淮南に宿るかと。
※●咿軋:櫓を漕ぐときのギイギイときしる音 ●転結:韋応物の《聞雁》「淮南秋雨夜。高斎聞雁来」をふまえる
6-1-9 《五聲五影詩 簾影》 頼山陽
春煙著地弄輕明。不省微風動水晶。霧縠界筵看有色。瀟波侵座聽無聲。直隨雲片過時滅。斜向月光來處生。錦瑟側邊難掃去。依依相戀太多情。
《五声五影詩 簾影》
春煙 地に著きて 軽明を弄す。省みず 微風の水晶を動かすを。霧縠 筵に界して 看れば色有り。瀟波 座を侵して 聴けども声無し。直ちに雲片の過ぐる時に随って滅し。斜めに月光の来たる処に向(オ)いて生ず。錦瑟の側辺 掃ひ去り難し。依依として相ひ恋ひて 太だ多情。
※●霧縠:霧のように軽く薄いちぢみ絹
6-1-10 《五聲五影詩 橋影》 頼山陽
淡薄輕羅界碧流。一條虹現兩條秋。鮫綃出水新辭杼。鐵鎖橫江不礙舟。雲散葛陂龍已蛻。天明銀漢鵲猶浮。憧憧波底看人馬。還訝溫犀照渚洲。
《五声五影詩 橋影》
淡薄の軽羅 碧流を界し。一条の虹は現はす 両条の秋。鮫綃 水を出でて 新たに杼を辞し。鉄鎖 江に横たはりて 舟を礙げず。雲 散じて 葛陂 竜 已に蛻し。天 明けて 銀漢 鵲 猶ほ浮かぶ。憧憧として波底に人馬を看る。還た訝る 温犀の渚洲を照らすかと。
※●鮫綃:人魚のうすぎぬ。水に入れても濡れないという ●新辭杼:織り上がったばかり ●鐵鎖橫江:三国末期、晋が呉に攻め入った際、呉は長江に鉄の鎖を張って晋の軍船を阻もうとした ●葛陂:道士・費長房が投げ入れた杖が竜に化したという湖沼のある場所 ●溫犀照渚洲:晋の温嶠、牛渚磯で犀角を燃やして水底の怪物を照らしたという故事
6-1-11 《五聲五影詩 旗影》 頼山陽
滿磧寒光霜絕瑕。幾條獨見印胡沙。無風欲亂烽煙直。有月還隨弓影斜。旭日臨城閒虎豹。春雲蒸硯動龍蛇。東風別有昇平象。杏雨初晴認杜家。
《五声五影詩 旗影》
満磧の寒光 霜 瑕を絶つ。幾条か 独り見る 胡沙に印するを。風 無くして 烽煙の直きを乱さんと欲し。月 有りて 還た弓影に随って斜めなり。旭日 城に臨みて 虎豹に間はり。春雲 硯に蒸して 竜蛇 動く。東風 別に昇平の象 有り。杏雨 初めて晴れて 杜家を認む。
※●隨弓影斜:李白《塞下曲》に「辺月随弓影」とあり ●蒸硯動龍蛇:夏辣《及第》に「硯中旗影動竜蛇」とあり ●杜家:酒家。「杜」は始めて酒を作ったとされる杜康のこと
6-1-12 《五聲五影詩 水中梅影》 頼山陽
獨弄淸姿立雪晨。寒泓映出曉妝新。輕冰缺處霜無暈。細浪搖時玉有皴。近岸橫枝迷倦隺。點波芳蕊誤游鱗。幻痕猶奪水仙豔。未許渠儂誇韤塵。
《五声五影詩 水中梅影》
独り清姿を弄して 雪晨に立つ。寒泓 映出して 暁粧 新たなり。軽氷 欠くる処 霜に暈 無し。細浪 揺るる時 玉に皴 有り。岸に近き横枝 倦隺を迷はし。波に点ずる芳蕊 游鱗を誤らす。幻痕すら猶ほ奪ふ 水仙の艶。未だ許さず 渠儂が韤塵を誇るを。
※●倦隺:飛び疲れた鶴 ●幻痕:水に映る影 ●渠儂:かれら。水仙を指す ●韤塵:足袋の塵。曹植《洛神賦》「凌波微歩。羅韈生塵」を踏まえる
6-1-13 《五聲五影詩 美人影》 頼山陽
眠驚胡蝶認嬌痕。俯仰猶知笑語溫。靑鎖髻鬟煙黯淡。玉階裙帶月黃昏。湘簾燈滅春如夢。華帳香騰夜返魂。最是鞦韆日斜處。和他花影出芳園。
《五声五影詩 美人影》
眠り驚きて 胡蝶 嬌痕を認む。俯仰 猶ほ知る 笑語の温かなるを。青鎖の髻鬟 煙 黯淡。玉階の裙帯 月 黄昏。湘簾 灯 滅して 春 夢の如く。華帳 香 騰がって 夜 魂を返す。最たるは是れ 鞦韆 日 斜めなる処。他の花影に和して芳園に出づ。
※●靑鎖:青瑣に同じ。漢代の宮門の名 ●黯淡:うすぐらい
6-1-14 《寄懷江辛夷》 頼山陽
雲帆幾度趁冥鵬。混跡鴟夷興可乘。山館書聲交夜雨。海樓酒影亂春燈。經年蘭若護題墨。一咲黎渦猶舊朋。何日擘箋成唱和。片心相似玉壺冰。
《懐ひを江辛夷に寄す》
雲帆 幾度か 冥鵬を趁ふ。跡を鴟夷に混じて 興 乗ずべし。山館の書声 夜雨に交じり。海楼の酒影 春灯に乱る。経年 蘭若 題墨を護り。一咲 黎渦 猶ほ旧朋のごとし。何れの日にか箋を擘いて唱和を成さん。片心 相ひ似たり 玉壺の氷。
※●江辛夷:清国蘇州の人。辛夷は字。芸閣と号す。書で有名 ●鴟夷:范蠡のこと。呉を亡ぼしたあと、越を去り、名を鴟夷子皮と改めたという ●蘭若:寺院 ●黎渦:南宋の胡詮の馴染みの妓女・黎倩のえくぼ。胡詮の詩に「君恩許帰一事酔。傍有黎頬生微渦」とあり。ここは江辛夷なじみの芸者・袖笑を黎倩にたとえる
6-1-15 《寄懷江辛夷》 頼山陽
穿眼秋帆來底遲。奈何游跡巧參差。周年會晤無天合。隔海心情有月知。鴻雁纔傳寄吾字。玲瓏應唱憶君詩。擬聞錦瑟同尊酒。雲樹茫茫未可期。
《懐ひを江辛夷に寄す》
眼を穿つ秋帆 来ること底(ナン)ぞ遅き。奈何んせん 游跡の巧みに参差たるを。周年の会晤 天の合する無く。海を隔つる心情 月の知る有り。鴻雁 纔かに伝ふ 吾に寄するの字。玲瓏 応に唱ふべし 君を憶ふの詩。錦瑟を聞いて 尊酒を同にせんと擬すれど。雲樹 茫茫として 未だ期すべからず。
※●參差:不揃いのさま、食い違うさまをあらわす擬態語。ここでは江辛夷が唐船で長崎にやってくるのが遅れ、山陽の西遊のタイミングと合わなかったことを指す ●玲瓏應唱憶君詩:元稹《重贈商玲瓏兼寄楽天》「休遣玲瓏唱我詞。我詞多是寄君詩」を踏まえる ●雲樹:江雲渭樹の略。遠く離れた友を思う気持ちの象徴的表現。杜甫の《春日憶李白》「渭北春天樹。江東日暮雲」にもとづく
6-1-16 《寄懷江辛夷》 頼山陽
歸鴻來燕苦相尋。回首崎陽落日沈。曾得交書如接膝。未能識面且知心。扶桑枝脆猶棲息。行李途遐豈盍簪。筐底雲煙存縞紵。此情獨與墨痕深。
《懐ひを江辛夷に寄す》
帰鴻 来燕 苦ろに相ひ尋ぬ。首を回らせば 崎陽 落日 沈む。曽て書を交はすを得て 膝を接するが如く。未だ面を識る能はざるも 且つ心を知る。扶桑 枝 脆くして 猶ほ棲息す。行李 途 遐かにして 豈に盍簪せんや。筐底の雲煙 縞紵 存す。此の情 独り墨痕と与に深し。
※●崎陽:長崎 ●盍簪:友が集まり会うこと ●縞紵:友人の間の心のこもった贈り物。呉の季札と鄭の子産の故事
6-1-17 《移居築園雜詠》 頼山陽
家面東山常眼明。朝嵐夕翠机閒橫。吾儂怕折看山福。翻把琴書移入城。
《居を移して園を築く雑詠》
家は東山に面して 常に眼 明らかなり。朝嵐 夕翠 机間に横たはる。吾儂 山を看るの福を折くを怕るるも。翻って琴書を把って 移りて城に入る。
※●移居:文政4年4月、木屋町二条下ルの借家から両替町押小路上ルに引っ越した
6-1-18 《移居築園雜詠》 頼山陽
城居雖惡且棲遲。旋理荒園旋縛籬。昨日山妻相報道。新栽苦竹忽生兒。
《居を移して園を築く雑詠》
城居は悪しと雖も 且らく棲遅す。旋(スナハ)ち荒園を理め 旋ち籬を縛る。昨日 山妻 相ひ報道す。新たに栽うる苦竹 忽ち児を生ずと。
※●苦竹:マダケ
6-1-19 《移居築園雜詠》 頼山陽
幾弓茀地手犂鋤。碎瓦成堆難可除。誰料吟翁小經濟。築將場圃蓺秋蔬。
《居を移して園を築く雑詠》
幾弓の茀地 手づから犂鋤す。砕瓦 堆を成して 除くべきこと難し。誰か料らん 吟翁の小経済。場圃を築き将って 秋蔬を芸(ウ)う。
※●弓:長さの単位。一弓は六尺とも八尺ともいう ●茀地:荒地
6-1-20 《移居築園雜詠》 頼山陽
飯餘摩腹步晴曦。掌大吾園亦可嬉。瞿麥花開人未覺。何來小蝶聖先知。
《居を移して園を築く雑詠》
飯余 腹を摩して 晴曦に歩せば。掌大の吾が園も亦た嬉しむべし。瞿麦の花開きて 人 未だ覚らず。何来の小蝶 聖くして先づ知る。
※●瞿麥:ナデシコ
6-1-21 《移居築園雜詠》 頼山陽
灌泉階畔露淋漓。展簟牀頭蹙細漪。浴罷呼杯杯未到。一盆茉莉欲開時。
《居を移して園を築く雑詠》
泉を灌げば 階畔 露 淋漓たり。簟を展ぶれば 床頭 細漪 蹙(セマ)る。浴し罷みて 杯を呼ぶも 杯 未だ到らず。一盆の茉莉 開かんと欲する時。
※●茉莉:ジャスミン
6-1-22 《移居築園雜詠》 頼山陽
月黑湘簾燭影深。當階獨酌夜沈沈。暗香撲酒何花發。不是鬘華定玉簪。
《居を移して園を築く雑詠》
月黒くして 湘簾 燭影 深し。階に当りて独酌すれば 夜 沈沈たり。暗香 酒を撲つは 何れの花か発く。是れ鬘華ならずんば 定めて玉簪ならん。
※●鬘華:茉莉(ジャスミン)の異名 ●玉簪:玉簪花。リュウゼツラン亜科の多年草。トウギボウシ。
6-1-23 《移居築園雜詠》 頼山陽
曾養一盆魚子蘭。著花每怯露痕乾。避日移來簾影底。觸他金粟落闌珊。
《居を移して園を築く雑詠》
曽て養ふ 一盆の魚子蘭。花を著くれば 毎に怯る 露痕の乾くを。日を避けて移し来たる 簾影の底。他の金粟に触れて 落つること闌珊。
※●魚子蘭:蘭の一種。黄色い魚卵形の花をつける ●金粟:金粟蘭。魚子蘭の異名
6-1-24 《移居築園雜詠》 頼山陽
牽牛恣意上籬來。狂蔓爭高亂翠堆。昨夜被風吹倒了。房房向地卻花開。
《居を移して園を築く雑詠》
牽牛 恣意に 籬に上り来たり。狂蔓 高きを争ひて 乱翠 堆し。昨夜 風に吹き倒され了り。房房 地に向(オ)いて 却って花開く。
※●牽牛:牽牛花。アサガオ
6-1-25 《移居築園雜詠》 頼山陽
傍牆種桂養金葩。當砌栽蘭護玉芽。更記山僧許劚送。留將餘地待梅花。
《居を移して園を築く雑詠》
牆に傍ひて桂を種ゑて 金葩を養ふ。砌に当たりて蘭を栽ゑて 玉芽を護る。更に記す 山僧の劚って送るを許せしを。余地を留め将って梅花を待つ。
※●桂:モクセイ。金葩とあるので金木犀
6-1-26 《移居築園雜詠》 頼山陽
結楥殷勤扶菊苗。無如秋雨打柔條。隨扶隨倒花狼藉。不似先生愧折腰。
《居を移して園を築く雑詠》
楥を結んで殷勤に菊苗を扶くるも。秋雨の柔条を打つを如(イカ)んともする無し。随って扶くれば随って倒れ 花 狼藉たり。似ず 先生の腰を折るを愧づるに。
※●楥:添木 ●隨扶隨倒:助け起こすたびにすぐに倒れる
6-1-27 《移居築園雜詠》 頼山陽
凍蠅認暖鬧書窗。料得新霜壓瓦重。茉莉建蘭皆婦子。同居此室共過冬。
《居を移して園を築く雑詠》
凍蠅 暖を認めて 書窓に鬧がし。料り得たり 新霜 瓦を圧して重きを。茉莉 建蘭 皆な婦子なり。此の室に同居して共に冬を過ごさん。
※●建蘭:蘭の一種 ●婦子:婦人と子供。家族
6-1-28 《移居築園雜詠》 頼山陽
臨階置酒割浮瓜。今日寒窗深掩紗。不棄敗簾何所用。護霜蔽得牡丹芽。
《居を移して園を築く雑詠》
階に臨んで酒を置き 浮瓜を割りしに。今日 寒窓 深く紗を掩ふ。敗簾を棄てず 何の用ゐる所ぞ。霜より護りて蔽ひ得たり 牡丹の芽。
6-1-29 《題畫》 頼山陽
秋溪水縮露崖沙。秋樹葉脫夕陽多。誰結茅屋因溪樹。繞欄水光鏡新磨。十年容跡軟紅裏。開圖夢境依稀是。門無剝啄案有書。人世適意寧有此。應是讀倦倚欄角。棲禽定處聞魚躍。
《題画》
秋渓 水 縮みて 崖沙を露はし。秋樹 葉 脱して 夕陽 多し。誰か茅屋を結んで 渓樹に因る。欄を繞る水光 鏡 新たに磨く。十年 跡を容る 軟紅の裏。図を開けば 夢境 依稀として是れなり。門に剝啄無く 案に書有り。人世の適意 寧ぞ此れ有らんや。応に是れ 読み倦みて 欄角に倚り。棲禽 定まる処 魚の躍るを聞くなるべし。
※●剝啄:門をたたくノックの音
6-1-30 《題自畫山水學叔明法者》 頼山陽
山如解索樹蓬鬆。漫把工夫學阿蒙。莫道峰巒無赭色。寫他夕照沒殘紅。
《自画山水に題す。叔明の法を学ぶ者なり》
山は解索の如く 樹は蓬鬆たり。漫に工夫を把って阿蒙を学ぶ。道ふ莫れ 峰巒に赭色 無しと。写す 他の夕照 残紅を没するを。
※●叔明:王叔明。名は蒙、黄鶴山樵と号す。明初の画家 ●解索:画法の名。王叔明の用いた皴法。ほどけた縄のようであることからいう ●赭色:赤色。赤土色
6-1-31 《疊韻舊遊美濃詩示村瀨子錦》 頼山陽
病羸纔護蒲柳質。文章無復劍刃筆。獨餘傲骨猶崢嶸。不向車塵屈此膝。寒窗燈火自堪娛。富貴稔知一宿蘧。滿室古人皆吾友。攤書每學獺祭魚。
《旧く美濃に遊びたる詩に畳韻し 村瀬子錦に示す》
病羸 纔かに護る 蒲柳の質。文章 復た剣刃の筆 無し。独り余す 傲骨の猶ほ崢嶸たるを。車塵に向かって此の膝を屈せず。寒窓の灯火 自ら娯しむに堪へたり。富貴 稔知す 一宿の蘧なるを。満室の古人 皆な吾が友。書を攤きて毎に学ぶ 獺 魚を祭るを。
※●村瀨子錦:名は褧、子錦は字、号は藤城。山陽の門人。美濃の人 ●向車塵屈此膝:晋の石崇が賈謐の車の塵を望んで拝した故事を踏まえる。権力者に媚を売ること
6-1-32 《嵐山歸途口占》 頼山陽
逢花還憩太秦祠。嵐峽歸來未夕時。瀝瀝殘瓢傾欲盡。斜陽猶在最高枝。
《嵐山帰途口占》
花に逢ひて還た憩ふ 太秦の祠。嵐峡より帰り来たる 未だ夕べならざるの時。瀝瀝たる残瓢 傾けて尽くさんと欲す。斜陽 猶ほ最も高き枝に在り。
※●太秦祠:太秦(うずまさ)は現・京都市右京区にある地名。「祠」を神社とすれば、木嶋坐天照御魂神社(通称:木嶋神社、蚕ノ社)であろう ●瀝瀝:瓢の中に殘酒がチャプチャプと鳴るさま
6-1-33 《橋元元吉來寓我家》 頼山陽
煎茶呼酒總隨緣。匝月留君亦偶然。藏畫無多怕看盡。日開一幅品雲煙。
《橋元元吉 来たりて 我が家に寓す》
茶を煎 酒を呼ぶこと 総て縁に随ふ。匝月 君を留むるも亦た偶然。蔵画 多無し 看尽くすを怕れ。日に一幅を開きて 雲煙を品す。
※●橋元元吉:橋本元吉。号は竹下。備後尾道の豪商 ●匝月:まるまるひと月
6-1-34 《同內藤士謙遊糾林遇雨》 頼山陽
澗流受雨亂珠飛。乍霽林梢猶夕暉。把酒水亭看晚色。不嫌殘滴濕人衣。
《内藤士謙と同に糾林に遊び 雨に遇ふ》
澗流 雨を受けて 乱珠 飛び。乍ち霽れて 林梢 猶ほ夕暉。酒を把りて 水亭 晩色を看る。嫌はず 残滴の人衣を湿すを。
※●內藤士謙:名は実忠。静修と号す。長州藩の京都留守居役 ●糾林:下鴨神社の糺の森
6-1-35 《贈元瑞以茉莉》 頼山陽
一盆茉莉數花披。擬送嬌香侑晚卮。記否鳧川納涼夕。銀燈影裏看冰肌。
《元瑞に贈るに茉莉を以てす》
一盆の茉莉 数花 披く。嬌香を送りて晩卮を侑めんと擬す。記するや否や 鳧川 納涼の夕べ。銀灯影裏 氷肌を看しを。
※●元瑞:小石檉園。医師 ●茉莉:ジャスミン ●鳧川:鴨川 ●冰肌:氷のように白い肌の美人
6-1-36 《題竹洞山人畫》 頼山陽
雨後靑山越樣靑。流雲暖翠媚朝晴。繞溪欲訪同心友。滿路新泥不可行。
《竹洞山人の画に題す》
雨後の青山 越様に青し。流雲 暖翠 朝晴に媚ぶ。渓を繞りて訪はんと欲す 同心の友。満路の新泥 行くべからず。
※●竹洞山人:中林竹洞。名は成昌、字は伯明。尾張の生まれ。墨竹、山水画にすぐれた ●越樣:格別に
6-1-37 《聞河孔陽整理乃翁遺集寄此詩以慫慂之》 頼山陽
西野先生東隅起。藝苑不復說七子。登壇老將世稔聞。天明文政幾四紀。陶娛庵。鑄詩佛。左提右挈變詞風。享保餘黨膝盡屈。譬如二十四考中書令。瑊燧總自部下出。聞說令嗣整遺編。梨棗半彫人爭傳。討論潤色俊雄足。武庫弓戟定森然。君不見攻擊沈痼宜峻劑。激成別症固其勢。轉輾相學弊終生。逢蒙無罪況罪羿。末流自濁源自澄。此集眞可蘇醒世。吾知令嗣書法世所服。與翁詩學可相角。何不細楷手寫此。橋梓交映照人目。用曹蛾。擬麻姑。某卷靈飛某陰符。學詩者讀詩。學書者玩書。詩壘筆陣兩樹幟。如此奇帙曠代無。
《河孔陽が乃翁の遺集を整理するを聞き 此の詩を寄せて以て之を慫慂す》
西野先生 東隅に起こり。芸苑 復たとは七子を説かず、登壇の老将 世 稔聞す。天明 文政 幾んど四紀。娯庵を陶し。詩仏を鋳す。左提 右挈 詞風を変じ。享保の余党 膝 尽く屈す。譬えば 二十四考の中書令の如く。瑊燧 総て部下より出づ。聞くならく 令嗣 遺編を整ふと、梨棗 半ば彫りて 人 争ひ伝ふ。討論 潤色 俊雄 足る。武庫の弓戟 定めて森然たらん。君見ずや 沈痼を攻撃するは宜しく峻剤なるべし。激して別症を成すは固より其の勢ひなり、転輾 相ひ学びて 弊 終に生ずるも。逢蒙 罪 無し 況んや羿を罪せんや。末流 自づから濁るも 源は自づから澄めり。此の集 真に世を蘇醒すべし。吾 知る 令嗣の書法は世の服する所。翁の詩学と相ひ角すべきなるを。何ぞ 細楷 手づから此を写して。橋梓 交〻 映じて 人の目を照らさざる。曹蛾を用いて。麻姑に擬せば。某巻は霊飛し 某は陰符。詩を学ぶ者は詩を読み。書を学ぶ者は書を玩ぶ。詩塁 筆陣 両つながら幟を樹つ。此くの如き奇帙 曠代に無し。
※●河孔陽:市河米庵。名は三亥。孔陽は字。書家として幕末三筆のひとりに数えられる ●乃翁:米庵の父。市河寛斎。天明四家のひとりに数えられる詩人 ●西野先生:寛斎のこと ●七子:明代に擬古主義を提唱して盛唐の詩風を絶対視した前七子・後七子。唐詩選の編者として知られる李攀竜(後七子の筆頭)が代表格 ●娛庵・詩佛:菊池五山と大窪詩仏。寛斎の門弟 ●享保餘黨:享保期に詩壇を席捲した荻生徂徠ら古文辞派の流れをくむ者たち ●二十四考中書令:24年にわたって中書令だった郭子儀 ●瑊燧:渾瑊と馬燧。唐の徳宗時代の将軍 ●逢蒙・羿:羿は伝説上の弓の名人。逢蒙はその弟子で、のち、羿から学んだ弓の技術で羿を射殺した。孟子はこのことについて、殺された羿にも罪がある、とした ●橋梓:橋木は父道、梓木は子道。父と子をいう。ここでは父・寛斎の詩と、子・米庵の書をいう
6-1-38 《送大含師遊濃》 頼山陽
連雲大野半荆榛。仰看蘇山雪似銀。億萬離心曾暴骨。憑君停錫弔靑燐。
《大含師の濃に遊ぶを送る》
雲に連なる大野 半ば荊榛。仰ぎ看れば 蘇山の雪 銀に似たらん。億万 心を離して 曽て骨を暴す。君に憑む 錫を停めて青燐を弔へ。
※●大含師:豊前国正行寺住職。東本願寺講師もつとめた ●濃:美濃国 ●蘇山:木曽山を唐風に書きかえた岐蘇山の略 ●離心:気持ちをひとつにしない。心がばらばらである。『新論』に「万人離心、不如百人同力」とあり。この句、関ケ原の戦いでの西軍をいう
6-1-39 《校外史竟宴分賦近古英雄吾得安土公》 頼山陽
艱危寧料狐濡尾。顚躓誰悲狼跋胡。七道荆榛鋤未了。留將一半付家奴。
《外史を校し竟宴す。分かちて近古の英雄を賦す。吾は安土公を得たり》
艱危 寧ぞ料らんや 狐 尾を濡らすを。顚躓 誰か悲しむ 狼の胡を跋むを。七道の荊榛 鋤きて未だ了らず。一半を留め将って 家奴に付す。
※●外史:日本外史 ●竟宴:宮中での書物の講義や、勅撰和歌集の撰集作業が終わった後に設けられる宴。ここでは日本外史の校訂作業が完了したのを祝う宴 ●安土公:織田信長 ●狐濡尾:事業がほとんど成りかけて難にあうこと。易経・未済卦の彖辞に「小狐汔済濡其尾。无攸利」とあり ●狼跋胡:身から出た錆。詩経・豳風・狼跋に「狼跋其胡、載疐其尾」とあり ●七道:日本全国 ●家奴:家の召し使い。秀吉のこと
6-1-40 《中秋同薩人大河原世則飮。時世則將歸》 頼山陽
麑城鳧水幾雲岑。逢月何時又盍簪。同把一杯杯裏影。他年分照各天心。
《中秋 薩人の大河原世則と同に飲す。時に世則 将に帰らんとす》
麑城 鳧水 幾雲岑。月に逢ひて 何れの時にか又た盍簪せん。同じく把る 一杯 杯裏の影。他年 分かち照らさん 各天の心。
※●大河原世則:山陽の門人。都城島津家の家臣 ●麑城:鹿児島 ●鳧水:鴨川 ●盍簪:朋友があつまって会うこと
6-1-41 《是夜初雨後晴》 頼山陽
簷收點滴月揚明。獨起幽階夜幾更。欲暖殘樽妻已睡。雨痕滿地總蟲聲。
《是の夜 初め雨ふり 後に晴る》
簷は点滴を収めて 月 明を揚ぐ。独り起くれば 幽階 夜 幾更。残樽を暖めんと欲するも 妻 已に睡る。雨痕 満地 総て虫声。
6-1-42 《十六夜同諸友遊三樹坡酒樓》 頼山陽
捲簾水閣待嫦娥。呼酒高歌月出歌。月已來時酒亦到。杯中欄外共金波。
《十六夜 諸友と同に三樹坡の酒楼に遊ぶ》
簾を捲いて 水閣に嫦娥を待つ。酒を呼んで高歌す 月出の歌。月 已に来たる時 酒も亦た到る。杯中 欄外 共に金波。
※●三樹坡:三本木。京都市上京区にあり。江戸時代には花街として栄えた ●月出歌:詩経陳風の月出篇。月と美人をうたう。好色をそしる詩とも、男女相い悦び相い思う詩ともいう
6-1-43 《題利休居士像》 頼山陽
杯盌經評卽百城。可憐葅醢先韓彭。卻勝猿郞鬼長餒。淸風傳得一家聲。
《利休居士の像に題す》
杯椀 評を経れば 即ち百城。憐れむべし 葅醢の韓彭を先とするを。却って勝る 猿郎の鬼の長へに餒うるに。清風 伝へ得たり 一家の声。
※●利休居士:千利休 ●葅醢:殺して肉を塩漬けにする刑罰 ●韓彭:韓信と彭越。漢の高祖に仕えて大きな功績をあげたが、建国後、警戒されて処刑された ●猿郞:秀吉のこと。儒教の考えにもとづけば、豊臣家は滅亡し、子孫が絶えたため、霊を祭るものがないため永遠に餒えるのである
6-1-44 《卽事示柘生》 頼山陽
忍凍晨窗起讀書。憶曾負笈滯燕都。老我疎慵非復昔。臥聞童子誦咿唔。
《即事 柘生に示す》
凍を忍んで 晨窓 起きて書を読む。憶ふ 曽て笈を負ひて 燕都に滞りしを。老我 疎慵にして 復た昔に非ず。臥して聞く 童子の咿唔を誦するを。
※●柘生:柘植君績。葛城と号す。河内の人。山陽の門人 ●燕都:本来は北京のこと。ここでは江戸を指す
6-1-45 《半江生欲借余所藏明吳已山水。賦此謝之》 頼山陽
一幅江山欲借君。荆州何比鬭劉孫。唯因供養如魚水。鎖住雲煙不出門。
《半江生 余の所蔵する明の呉已の山水を借らんと欲す。此れを賦して之を謝す》
一幅の江山 君に借さんと欲す。荊州 何ぞ比せん 劉孫を闘はすに。唯だ 供養 魚水の如きに因り。雲煙を鎖し住めて 門を出ださず。
※●半江生:岡田半江。文人画家。大坂で米屋を営みながら津藩の下役もつとめていた。このとき津藩の京都藩邸詰めであったという ●呉已:明代の画家。春坡と号す ●劉孫:劉備と孫権。赤壁の戦い後、孫権は荊州の領有権を主張しつつも、劉備との同盟を維持するため、劉備に荊州を貸したことにしてその実効支配を容認した。劉備が益州(蜀)・漢中を征服するに及んで、孫権は劉備に荊州の返還を求めたが劉備は受け入れず、孫権はついに曹操と同盟して武力で荊州を奪取した ●供養:ここでは非常に大事にすること ●魚水:劉備と孔明の水魚の交わりを踏まえる
6-1-46 《題雜畫三首 其一》 頼山陽
壓流花幾樹。下有撐舟客。花影碎還生。舟行不見跡。
《雑画に題す三首 其の一》
流れを圧して 花 幾樹。下に舟を撐(サヲサ)すの客 有り。花影 砕けて還た生じ。舟行 跡を見ず。
6-1-47 《題雜畫三首 其二》 頼山陽
沙際蛇行水。塘頭雁齒橋。漁舟閣高處。日暮落寒潮。
《雑画に題す三首 其の二》
沙際 蛇行の水。塘頭 雁歯の橋。漁舟 高処に閣し。日暮 寒潮 落つ。
※●雁齒:材木が一枚一枚食い違って並んでいるさま
6-1-48 《題雜畫三首 其三》 頼山陽
畫筆秋毫末。游蹤春夢閒。茫茫靑幾點。莫是筑豐山。
《雑画に題す三首 其の三》
画筆 秋毫の末。游踪 春夢の間。茫茫たる青幾点。是れ 筑豊の山なる莫らんや。
※●秋毫末:獣の秋の細毛の先端。非常に微細なこと ●莫是:~ではなかろうか
6-1-49 《折園菊獻日野亞相公》 頼山陽
此花何可插金甁。霜壓風凌斜又橫。野菊眞如野人樣。亂頭粗服對公卿。
《園菊を折りて日野亜相公に献ず》
此の花 何ぞ金瓶に挿むべけんや。霜 圧し 風 凌ぎて 斜 又た横。野菊 真に野人の様の如し。乱頭 粗服 公卿に対す。
※●日野亞相公:日野資愛。亜相は大納言の唐名。当時、日野は権大納言。のちに従一位准大臣に登る。山陽を自邸に招くなど親交あり、『日本外史』に序を寄せている
6-1-50 《相公招飮卽事》 頼山陽
禁樹蕭蕭聚暮鴉。彤雲深處是天家。日短相公朝退晚。坐看銀燭落高花。
《相公 招飲す 即事》
禁樹 蕭蕭として 暮鴉 聚まる。彤雲 深き処 是れ 天家。日 短くして 相公 朝退 晩し。坐ろに看る 銀燭の高花を落とすを。
※●相公:権大納言日野資愛 ●禁樹:禁苑の樹木 ●朝退:朝廷からの退出
6-1-51 《栂尾山歌》 頼山陽
霜楓壓溪疑無水。架溪一橋斜通寺。晨霜漸融路猶濕。粥魚聲隔錦雲裏。認是辨公遁跡處。溪邊茗圃猶可指。一自法雲萌雀舌。靈液蘇得世界熱。誰洗鋋血聽麈言。想應予坐許對啜。一盌喚醒英雄夢。九世傳授淡泊訣。君不見佛圖待石虎如海鷗。孰若此公化武州。減騎知過此橋入。若個紅樹繋紫騮。且借僧榻談千古。不妨又呼雪乳甌。
《栂尾山の歌》
霜楓 渓を圧して 水無きかと疑ふ。渓に架する一橋 斜めに寺に通ず。晨霜 漸く融けて 路 猶ほ湿ひ。粥魚 声は隔つ 錦雲の裏。認む 是れ 弁公 遁跡の処なるを。渓辺の茗圃 猶ほ指さすべし。一たび法雲の雀舌を萌してより。霊液 蘇し得たり 世界の熱。誰か鋋血を洗ひて麈言を聴く。想ふ 応に坐を予へて対啜を許すなるべし。一椀 喚び醒ます 英雄の夢。九世 伝授す 淡泊の訣。君 見ずや 仏図 石虎を待つこと海鷗の如きを。孰若ぞや 此の公 武州を化すと。騎を減じて知る 此の橋を過ぎて入るを。若個の紅樹にか 紫騮を繋ぐ。且く僧榻を借りて千古を談ず。妨げず 又た 雪乳甌を呼ぶを。
※●栂尾山:京都の西北にあり、紅葉の名所。明恵上人高弁が隠棲した場所 ●粥魚:木魚 ●辨公:高弁のこと ●雀舌:茶の新芽 ●洗鋋血聽麈言:鋋血は矛の血、麈言は払子を持つ僧侶の言葉。承久の変の折り、軍を率いて京都に入った北条泰時は高弁を訪ねてその法話を聴いたという ●佛圖:仏図澄。西域の亀茲国出身の僧。後趙の石勒・石虎の信頼を得て重用された ●武州:武蔵国。武蔵守の北条泰時を指す ●減騎:泰時はわずかな従騎のみをともなって高弁を訪ねた ●若個:若箇に同じ。「どれ」「どの」「いずれの」の意 ●雪乳:茶のこと
6-1-52 《墨菜》 頼山陽
摘滿春盤露未乾。煙苗雨甲日供餐。十年誤落紅塵陌。鄕味空於畫裏看。
《墨菜》
摘みて春盤に満ち 露 未だ乾かず。煙苗 雨甲 日に餐に供す。十年 誤りて落つ 紅塵の陌。郷味 空しく画裏に於いて看る。
※●墨菜:水墨で描いた野菜
6-1-53 《鷦鷯圖》 頼山陽
飮啄逍遙爾許娛。一枝到處託微軀。寄語大鵬天大翼。南冥有樹可棲無。
《鷦鷯の図》
飲啄 逍遥 爾許 娯しむ。一枝 到る処 微軀を託す。語を寄す 大鵬 天大の翼。南冥 樹の棲むべきもの有りや無しや。
※●鷦鷯:ミソサザイ。スズメ目ミソサザイ科の小鳥 ●爾許:しかく。このように
6-1-54 《山水小景五首 其一》 頼山陽
幾樹麴塵煙。春江天已曙。唯聞鶯語聲。不見鶯棲處。
《山水小景五首 其の一》
幾樹 麴塵の煙。春江 天 已に曙く。唯だ聞く 鶯語の声。見ず 鶯の棲む処。
6-1-55 《山水小景五首 其二》 頼山陽
收帙獨支頤。前林見倦翼。哦詩字未安。檐角來冥色。
《山水小景五首 其の二》
帙を収めて 独り頤を支ふ。前林 倦翼を見る。詩を哦して字 未だ安らかならず。檐角 冥色 来る。
※●字未安:作っている詩の字句がうまく定まらない
6-1-56 《山水小景五首 其三》 頼山陽
出門逢友到。袖裏帶詩來。看詩爲未晚。且共去看梅。
《山水小景五首 其の三》
門を出でて 友の到るに逢ふ。袖裏 詩を帯びて来たる。詩を看るは 未だ晩からずと為す。且く共に去(ユ)きて梅を看ん。
6-1-57 《山水小景五首 其四》 頼山陽
菊老有餘香。空階寒日薄。秋林夕多風。木葉掃還落。
《山水小景五首 其の四》
菊 老いて 余香 有り。空階 寒日 薄し。秋林 夕べ 風多く。木葉 掃へば還た落つ。
6-1-58 《山水小景五首 其五》 頼山陽
木葉馬頭飛。揮鞭手欲裂。林梢風壓開。遠嶺皆成雪。
《山水小景五首五首 其の五》
木葉 馬頭に飛び。鞭を揮へば 手 裂けんと欲す。林梢 風 圧して開き。遠嶺 皆 雪を成す。
6-1-59 《畫蝶》 頼山陽
花房隨處卽吾廬。領略春風在鐵鬚。粉翅不輸鵬翼大。幻開蒙叟小華胥。
《画蝶》
花房 随処 即ち吾が廬。春風を領略するは 鉄鬚に在り。粉翅 輸せず 鵬翼の大に。幻開す 蒙叟の小華胥。
※●鐵鬚:蝶のひげ ●蒙叟:荘周(荘子)のこと。胡蝶の夢の故事で有名
6-1-60 《世張來訪賦示》 頼山陽
風雪京城喜汝過。寒窗偶坐夜如何。分襟肥港月搖酒。聯步筑山泥沒靴。話起舊遊燈數剔。吟成新句筆頻呵。老來日覺詩才退。此事當憑相刮磨。
《世張 来訪す。賦して示す》
風雪の京城 汝が過ぎるを喜ぶ。寒窓 偶坐して 夜 如何。襟を分かつ肥港 月 酒に揺れ。歩を聯ぬる筑山 泥 靴を没す。旧遊を話し起こせば 灯 数〻剔り。新句を吟じ成して 筆 頻りに呵す。老来 日に覚ゆ 詩才 退くを。此の事 当に憑むべし 相ひ刮磨するを。
※●世張:門人の後藤松陰 ●分襟:分袂と同じ。別れる ●肥港:長崎のこと。山陽の西遊に同行していた松陰は肥前長崎で母の病の知らせを受け郷里へ戻った
6-1-61 《四寒詠 寒僕》 頼山陽
渠亦人兒語惻然。腁胝此際最堪憐。雪郊尋路隨驢後。霜曉開門趁狗先。冰結長鬚汲泉夕。風吹禿髮送窮天。防寒瓢酒分餘瀝。豈可終朝勞汝肩。
《四寒詠 寒僕》
渠も亦た人の児の語 惻然たり。腁胝 此の際 最も憐むに堪へたり。雪郊 路を尋ねて 驢の後に随ひ。霜暁 門を開きて 狗の先を趁ふ。氷 長鬚に結ぶ 泉を汲むの夕べ。風 禿髪を吹く 窮を送るの天。寒を防ぐ瓢酒 余瀝を分つ。豈に終朝 汝が肩を労すべけんや。
※●四寒詠:題に続く序文に「蒋蔵園有十寒詠、大抵係無情物。余就有情中、抜痛痒最相関者、作四寒詩」とあり ●渠亦人兒:陶淵明は自分の子に下僕を給していわく、「此亦人子也。可善遇之」と ●腁胝:ひび、あかぎれ。また、たこ、まめ ●終朝:終日に同じ
6-1-62 《四寒詠 寒婢》 頼山陽
破屋猶從舊主人。履霜赤腳太酸辛。景忙寧暇眉成繭。水凍無論手欲龜。早起擷蔬遭雪沒。遲眠補綻與燈親。註詩鄭叟還呵筆。何忍泥中肆怒瞋。
《四寒詠 寒婢》
破屋 猶ほ旧主人に従ひ。霜を履みて 赤脚 太だ酸辛。景 忙しくして 寧んぞ暇あらんや 眉 繭を成すに。水 凍りて 論ずる無く 手 亀せんと欲す。早起し 蔬を擷みて 雪の没するに遭ひ。遅く眠り 綻びを補ひて 灯と親しむ。詩を註する鄭叟 還た筆を呵するも。何ぞ忍びんや 泥中 怒瞋を肆にするに。
※●景忙:日が短くて忙しい ●龜:ここは平声真韻。ひび、あかぎれの意味 ●鄭叟:後漢の儒者・鄭玄。山陽自身をたとえる ●何忍泥中肆怒瞋:鄭玄は気に入らない婢に怒って、泥中にひざまずかせたという逸話があるが、自分はとてもそんなことはできぬ、ということ
6-1-63 《四寒詠 寒犬》 頼山陽
五柳無陰風數驚。守門黃耳可憐生。看梅歸晚昏搖尾。賞雪期來曉發聲。檐短難逃霜氣重。巷深時警月光明。想他輞水淪漣處。僮僕眠醒聞豹鳴。
《四寒詠 寒犬》
五柳 陰無くして 風 数〻驚く。門を守る黄耳 可憐生。梅を看るの帰り 晩ければ 昏れて尾を揺り。雪を賞するの期 来たれば 暁 声を発す。檐 短くして逃れ難し 霜気の重きを。巷 深くして時に警む 月光の明きを。想ふ他の輞水 淪漣の処。僮僕 眠り醒めて 豹鳴を聞きしを。
※●五柳:陶淵明は隠棲する廬に五本の柳を植え「五柳先生」と称した ●黃耳:晋の陸機が飼っていた優秀な犬の名前。転じて良犬の意 ●輞水:輞川。王維の別荘のあった地にある川 ●豹鳴:ヒョウのような犬の鳴き声。王維の《山中与裴秀才迪書》に「深巷寒犬,吠聲如豹。」とあり
6-1-64 《四寒詠 寒貓》 頼山陽
冬烘瑟縮愛吾廬。自咲疎慵酷類渠。矮室旣熏寧有鼠。貧廚經凍最無魚。宵長衾角眠分半。午暖爐邊坐供餘。卻是咿咿呼儷去。鄰檐梅影月升初。
《四寒詠 寒猫》
冬烘 瑟縮して 吾が廬を愛す。自ら咲ふ 疎慵 酷だ渠に類するを。矮室 既に熏じて 寧んぞ鼠有らんや。貧厨 凍るを経て 最も魚無し。宵 長くして 衾角 眠るに半ばを分かち。午 暖かなる炉辺 坐るに余りを供す。却って是れ 咿咿として儷を呼びて去る。隣檐の梅影 月の升る初め。
※●冬烘:冬に火に暖まること ●瑟縮:寒さでちぢこまること ●渠:かれ。猫のこと ●咿咿:猫のミイミイという鳴き声 ●儷:連れ合い。配偶者
6-1-65 《冬日閑居雜詠》 頼山陽
桂玉雖艱猶逸居。紅塵僦得一廛廬。廢毫鋒退可爲畫。故紙背明猶學書。妻計禦冬親漬菜。客思娛夕手攜魚。休言此際無詩本。甁裏寒花香有餘。
《冬日閑居雑詠》
桂玉 艱なりと雖も 猶ほ逸居す。紅塵 僦り得たり 一廛廬。廃毫 鋒 退きて 画を為るべく。故紙 背 明らかにして 猶ほ書を学ぶ。妻は冬を禦ぐを計りて 親ら菜を漬け。客は夕を娯しむを思ひて 手づから魚を携ふ。言ふを休めよ 此の際 詩本無しと。瓶裏の寒花 香 余り有り。
※●桂玉:物価の高いこと ●故紙背明:反故紙の裏が白い ●詩本:詩の趣向
6-1-66 《冬日閑居雜詠》 頼山陽
喜晴檐瓦見晨霜。無事冬猶覺日長。室與盆蘭分半暖。杯從甁菊借餘香。蘇文偶讀愛奔放。米帖頻臨忘努張。自喜吾貧未到骨。一尊常有美醪藏。
《冬日閑居雑詠》
晴を喜びて 檐瓦 晨霜を見る。事無くして 冬 猶ほ日の長きを覚ゆ。室は盆蘭と半暖を分ち。杯は瓶菊より余香を借る。蘇文 偶ま読みて奔放を愛し。米帖 頻りに臨して努張を忘る。自ら喜ぶ 吾が貧 未だ骨に到らざるを。一尊 常に美醪の蔵する有り。
※●蘇文:蘇東坡の文 ●米帖:米芾の法帖 ●努張:筆勢に力強さを出そうとして、筆に力が入りすぎること。米芾は『海岳名言』で「世人は但だ、怒張を以て筋骨と為す。怒張せざるも、自づから筋骨有るを知らず」と述べている
6-1-67 《冬日閑居雜詠》 頼山陽
街柝聲聲伴客愁。短檐風霰夜殊稠。翻來舊稾時援筆。剔盡殘燈又呼油。詩力自嘆强弩末。鄕心敢望大刀頭。成名小技違初志。嬾向枌楡面友儔。
《冬日閑居雑詠》
街柝 声声 客愁に伴ふ。短檐の風霰 夜 殊に稠し。旧稿を翻し来たって 時に筆を援り。残灯を剔り尽くして 又た油を呼ぶ。詩力 自ら嘆ず 強弩の末。郷心 敢へて望まんや 大刀頭。名を小技に成して 初志に違ひ。枌楡に向(オ)いて友儔に面するに嬾し。
※●街柝:街中の夜回りの拍子木 ●强弩末:強力な大弓から放たれた矢でも、その届く距離の限界までくれば、もはや力が残っていないこと。彊弩末とも書く。《蜀志・諸葛亮伝》「此所謂彊弩末勢、不能穿魯縞者也」 ●大刀頭:「還」の隠語 ●枌楡:故郷のこと
6-1-68 《冬日閑居雜詠》 頼山陽
撥爐黃卷擁牛衣。老悟功名盡駭機。煨芋何曾期泌貴。食糠徒被怪平肥。燈花向榻開還落。雪片過窗歇又飛。聞說河湟新復舊。杜生迂論未全違。
《冬日閑居雑詠》
炉を撥(ヒラ)きて 黄巻 牛衣を擁す。老ひて悟る 功名 尽く駭機なるを。芋を煨きて 何ぞ曽て泌の貴きを期せんや。糠を食して 徒らに 平の肥ゆるを怪しまる。灯花 榻に向かって 開きて還た落ち。雪片 窓を過ぎて 歇みて又た飛ぶ。聞くならく 河湟 新たに旧に復すと。杜生の迂論 未だ全くは違はず。
※●牛衣:本来は牛に着せる粗末な服 ●駭機:あっという間に入れ替わること。ここでは非常にはかないもの、という意味 ●泌:唐の李泌。若いころ、衡山の僧・懶残に牛糞火中の芋を分け与えられて「勿多言、領取十年宰相」と言われた ●平:漢の陳平。太っていたため人から「何を食べてそんなに太っているのか」と怪しまれ、陳平の兄嫁が「糠覈を食らうのみ」と答えた ●河湟:黄河と湟水。またその流域である西戎の地 ●杜生迂論:杜牧の迂遠な策論。山陽自身の策論をたとえる
6-1-69 《冬日閑居雜詠》 頼山陽
送歲寒燈又帝州。酒醒爐冷暗生愁。有骨何論千里馬。無家自分一沙鷗。艪聲密雪濃川渡。鞭影斜陽薩嶺秋。回首萍蹤成昨夢。舊吟零落倩誰收。
《冬日閑居雑詠》
歳を送る寒灯 又た帝州。酒 醒め 炉 冷えて 暗に愁ひを生ず。骨 有るも 何ぞ論ぜん 千里の馬。家 無くして自ら分とす 一沙鷗。艪声 密雪 濃川の渡し。鞭影 斜陽 薩嶺の秋。首を回らせば 萍踪 昨夢と成り。旧吟 零落して 誰をか倩ひて収めしめん。
※●帝州:京都 ●千里馬:燕の郭隗が説いた、千里馬を求めるために死んだ馬の骨を大金で買ったという故事 ●濃川:美濃の川 ●薩嶺:薩摩の山
6-1-70 《除夕進退韻》 頼山陽
休論烏兔如跳丸。開宴全家且解顏。老婦製衣聊整楚。嬌兒學步尙槃跚。詩成酒醉酒醒裏。歲換燈明燈暗閒。韓叟木强甘世笑。送窮未必說寒酸。
《除夕進退韻》
論ずるを休めよ 烏兎 跳丸の如きを。宴を開きて全家 且く顔を解く。老婦 衣を製して 聊か整楚。嬌児 歩を学びて 尚ほ槃跚たり。詩は成る 酒酔 酒醒の裏。歳は換はる 灯明 灯暗の間。韓叟 木強にして 世の笑ひに甘んず。窮を送りて未だ必ずしも寒酸を説かず。
※●進退韻:二種類の韻で交互に押韻すること。丸・跚・酸は十四寒韻、顔・間は十五刪韻 ●韓叟:韓愈のこと。山陽自身をたとえる ●木强:武骨者。融通の利かない人 ●送窮:韓愈に《送窮文》あり
6-2 壬午(文政5年)
6-2-1 《卽事》 頼山陽
新年無客問寒家。閑試吟毫字似鴉。汲得一甁井華水。半供老硏半梅花。
《即事》
新年 客の寒家を問ふ無し。閑かに吟毫を試みれば 字 鴉に似たり。汲み得たり 一瓶の井華水。半ばは老研に供し 半ばは梅花。
※●試吟毫:詩を書く筆の試し書きをする。菅茶山の評に「試筆二字、足下嘗使余改之。今那用之。文衡山屢用。似謂歳首始書。如何」とあり ●井華水:朝最初に汲んだ井戸水
6-2-2 《訪春琴》 頼山陽
茶聲燈影稍生春。相見同知白髮新。知道閏年回暖晚。甁中寒玉未成皴。
《春琴を訪ふ》
茶声 灯影 稍 春を生ず。相ひ見て 同じく知る 白髪の新たなるを。知道す 閏年 暖に回ること晩きを。瓶中の寒玉 未だ皴を成さず。
※●春琴:浦上春琴。文人画家 ●寒玉:梅のこと ●成皴:しぼむ
6-2-3 《梅花水仙同甁圖》 頼山陽
槎牙鐵骨吐寒香。寧借緗裘護雪霜。知爲輕盈無氣力。倩君扶得過瀟湘。
《梅花 水仙 瓶を同じくするの図》
槎牙たる鉄骨 寒香を吐く。寧ぞ緗裘を借りて雪霜を護がんや。知る 軽盈 気力無きが為めに。君を倩ひて 扶け得て瀟湘を過るを。
※●鐵骨:梅のこと ●緗裘:絹の着物。水仙をたとえる
6-2-4 《雨竹》 頼山陽
寫個琅玕雨裏明。想聞窗外蟹沙鳴。故園兄弟應無恙。何夜連牀聞此聲。
《雨竹》
写す 個の琅玕 雨裏に明らかなるを。想ひ聞く 窓外 蟹沙の鳴るを。故園の兄弟 応に恙無かるべし。何れの夜にか 床を連ねて此の声を聞かん。
※●蟹沙鳴:蟹が砂上を走るような音がする。竹の葉に降り注ぐ雨の音のたとえ
6-2-5 《伴蘭竹》 頼山陽
煙梢露葉儘平安。誰貌淸姿墨未乾。應念孤寒無伴侶。爲將餘瀋寫幽蘭。
《蘭を伴ふ竹》
煙梢 露葉 儘く平安。誰か清姿を貌して 墨 未だ乾かず。応に念ふべし 孤寒の伴侶無きを。為めに余瀋を将って 幽蘭を写す。
※●餘瀋:余った墨汁
6-2-6 《懸崖竹》 頼山陽
根託懸崖苦節多。月明倒照影婆娑。記來羅漢寺邊路。鳳尾垂垂捎帽過。
《懸崖の竹》
根は懸崖に託して 苦節 多し。月明 倒に照らして 影 婆娑たり。記し来る 羅漢寺辺の路。鳳尾 垂垂として 帽を捎めて過ぎしを。
※●羅漢寺:豊前国耶馬渓近くにある寺。西遊時に訪れた ●鳳尾:鳳尾竹。竹の一種。孟宗竹。ここでは単に竹の葉をいう
6-2-7 《同士謙巨海遊沙河》 頼山陽
嫩麥抽針菜茁芽。東城已可岸烏紗。鴨鳧拍拍流初暖。牛犢牟牟日欲斜。雪盡總無無草處。林開時有有梅家。一瓢辨酒備微倦。返照橋邊魚可叉。
《士謙 巨海と同に沙河に遊ぶ》
嫩麦は針を抽き 菜は芽を茁す。東城 已に烏紗を岸くすべし。鴨鳧 拍拍として 流れ 初めて暖かに。牛犢 牟牟として 日 斜めならんと欲す。雪 尽きて 総て 草無き処無く。林開けて 時に梅有るの家有り。 一瓢 酒を弁じて 微倦に備ふ。返照 橋辺 魚 叉すべし。
※●士謙:内藤士謙。名は実忠。号は静修。長州藩京都留守居役 ●巨海:小田百谷。画家 ●沙河:当時、出町柳付近を流れていた鴨川の支流 ●岸烏紗:岸は高くかぶる。烏紗は烏紗帽。唐代の役人のかぶった帽。 ●拍拍:バタバタ。鳥の羽音の擬音語 ●牟牟:モーモー。牛の鳴き声の擬音語
6-2-8 《奉送日野相公東下》 頼山陽
馬頭東去背春暉。唯願還鑣期不違。巷柳園桃應未老。月團上路月團歸。
《日野相公の東下するを送り奉る》
馬頭 東に去りて 春暉に背く。唯だ願ふ 還鑣 期 違はざらんことを。巷柳 園桃 応に未だ老いざるべし。月 団にして 路に上り 月 団にして 帰らん。
※●日野相公:権大納言日野資愛 ●東下:江戸への下向。山陽の自注に「公二月望上途。往反卅日」とあり ●還鑣:くつわを還す。帰ってくること
6-2-9 《伊豫野閒生攜一硏山甚奇余見欲得之生曰苟謝以詩不敢不割愛因用東坡仇池石韻賦贈》 頼山陽
希榮愛朱紫。好色思粉綠。老悟一身外。百物皆蛇足。獨餘愛山障。飧秀未饜腹。腳跟堪踏雲。塵裏空瑟蹙。渴瞻如調飢。譬羊闕芻牧。見君一拳奇。呀窪縮嶽瀆。洞窈疑湧霧。峰秀如削玉。觸我煙霞痼。發動按難伏。昨夜燈生花。喜事忽可卜。輟君久周旋。與我新追逐。何圖坐市闤。居然撫山谷。煙雲瞥過眼。髥蘇戒物欲。他日石易畫。紛紛較直曲。孰與君曠懷。棄寶如此速。
《伊予の野間生 一研山を携ふ。甚だ奇なり。余 見て之を得んと欲す。生曰く 苟も謝するに詩を以てせば敢へて割愛せざるにあらずと。因りて東坡の仇池石の韻を用ひて賦して贈る》
栄を希ひては 朱紫を愛し 色を好みては 粉緑を思ふ。老いて悟る 一身の外。百物 皆 蛇足なるを。独り余す 山を愛するの障。秀を飧して未だ腹に饜かず。脚跟 雲を踏むに堪へ 塵裏 空しく瑟蹙す。渇瞻すること 調飢の如し。羊の芻牧を闕くに譬ふ。君の一拳の奇を見れば。呀窪 岳瀆を縮む。洞窈 霧の湧くかと疑ひ 峰秀 玉を削るが如し。我が煙霞の痼に触れて。発動 按ふれども伏し難し。昨夜 灯 花を生ず。 喜事 忽ち卜すべし。君と久しく周旋するを輟めて。我と新たに追逐す。何ぞ図らん 市闤に坐して。居然として山谷を撫せんとは。煙雲 瞥として眼を過ぐと。髥蘇 物欲を戒むるも。他日 石 画に易へんとし。紛紛として直曲を較ふ。孰れぞや 君の曠懐の。宝を棄つること此くの如く速かなるに。
※●野閒生:野間憲。字は文倩。号は竹隠。松山藩医。詩書画に巧み ●東坡仇池石:蘇東坡の《仇池石》詩 ●嶽瀆:五嶽(泰・衡・崋・恒・嵩)と四瀆(黄河・長江・淮河・漢水)。中国の名山大河 ●煙雲瞥過眼:蘇東坡の《宝絵堂記》に「譬之煙雲之過眼、百鳥之感耳」とあり。ここから物事に執着しないことを「雲煙過眼」という ●髥蘇:蘇東坡 ●石易畫:仇池石をめぐる別の詩の題で蘇東坡は「軾欲以石易画、晋卿難之」と言っている ●孰與~:~と比べてどうであるか(~のほうがすぐれているであろう)
6-2-10 《瀧生要我社嵐峽捕香魚》 頼山陽
繩聯木片截溪灣。一舟牽之勢彎環。舟行漸疾繩漸曲。驅得萬鱗聚岸閒。眾漁擲網爭神速。魚隊驚亂路迫蹙。大者跋扈落漁手。小者遁逃出網目。溪光涵鱗顋帶黃。苔氣沁腸腹含香。噞喁上串泣玉液。聶切下醬嚼蘭肪。錦街樵巷寧無此。翠鱗總化軟塵紫。遇君佳招割芳鮮。始知香魚香如是。
《滝生 我が社を要へ 嵐峡に香魚を捕る》
縄もて木片を聯ねて 渓湾を截る。一舟 之を牽きて 勢ひ 彎環。舟行 漸く疾くして 縄 漸く曲がり。万鱗を駆り得て 岸間に聚む。衆漁 網を擲ちて 神速を争ひ。魚隊 驚乱して 路 迫蹙す。大なる者は跋扈して漁手に落ち。小なる者は遁逃して網目を出づ。渓光 鱗を涵して 顋 黄を帯び。苔気 腸に沁みて 腹 香を含む。噞喁として串に上り 玉液に泣き。聶切 醬を下して 蘭肪を嚼む。錦街 樵巷 寧ぞ此れ無からんや。翠鱗 総て化す 軟塵の紫。君が佳招に遇ひて 芳鮮を割き。始めて知る 香魚の香 是くの如きを。
※●瀧生:滝氏 ●我社:山陽の詩社 ●嵐峽:嵐山を流れる大堰川の峡谷 ●香魚:アユ ●噞喁:魚が口をパクパクさせる ●聶切:薄く切ること ●錦街:京都の錦小路 ●樵巷:京都の木屋町 ●軟塵紫:新鮮さが失われて、身に張りもなく、色も悪くなったもの
6-2-11 《題柳陰待渡圖》 頼山陽
翠楊踠地蘸漣漪。舟子貪眠舟到遲。囑與奚童且休喚。綠陰籍草聽黃鸝。
《柳陰にて渡を待つの図に題す》
翠楊 地に踠んで 漣漪に蘸す。舟子 眠りを貪りて 舟 到ること遅し。奚童に嘱与して 且く喚ぶを休めしめ。緑陰 草を籍きて 黄鸝を聴く。
※●舟子:船頭
6-2-12 《竹田自杵築客舍寫海物題詩來寄。和韻書其傍卻答》 頼山陽
五年前爲南豐客。俯仰舊觀已陳跡。聞君杵城留遊槖。西望空見海煙碧。恨不海樓共酒卮。酒痕狼藉各汙衣。棘鬣出潮鬣猶怒。膾上金盤勢欲飛。嗟吾一自京輦還。思鮮四面皆隔山。騕褭馱致豈無路。眞味變在彈指閒。
《竹田 杵築の客舎より 海物を写し 詩を題して来り寄す。韻に和して其の傍らに書し 却って答ふ》
五年前 南豊の客と為る。俯仰すれば 旧観 已に陳跡。聞く 君 杵城に遊槖を留むと。西望 空しく見る 海煙の碧。恨むらくは 海楼 酒卮を共にし。酒痕 狼藉 各〻衣を汚さざるを。棘鬣 潮より出でて 鬣 猶ほ怒り。膾 金盤に上りて 勢ひ飛ばんと欲す。嗟(ああ) 吾れ一たび京輦に還りてより。鮮を思ふも 四面 皆 山を隔つ。騕褭 駄致するに 豈に路 無からんや。真味 変ずること弾指の間に在り。
※●竹田:田能村竹田 ●杵築:豊後の地名。現・大分県杵築市 ●南豐:豊後国 ●棘鬣:棘鬣魚。鯛のこと ●騕褭:いにしえの良馬の名 ●彈指閒:つまはじくほどのほんのわずかな時間
6-2-13 《題牡丹辛夷合圖爲南豐渡邊生生春來寓京今將歸也》 頼山陽
木末芙蓉欲破顏。理裝東上冒春寒。紛紛開落誰相管。淹滯洛陽看牡丹。
《牡丹 辛夷の合図に題す。南豊の渡辺生が為めにす。生は春来 京に寓し 今 将に帰らんとするなり》
木末の芙蓉 破顔せんと欲す。装を理めて 東に上り 春寒を冒す。紛紛たる開落 誰か相ひ管せん。洛陽に淹滞して 牡丹を見る。
※●南豐:豊後国 ●渡邊生:渡辺玉仙 ●木末芙蓉:辛夷の花のこと。王維《辛夷》に「木末芙蓉花。山中発紅蕚。澗戸寂無人。紛紛開且落」とあり
6-2-14 《中秋獨飮于銅駝橋茶店憶曾與亡友武景文爲此遊景文逝五年于今矣》 頼山陽
金波破碎小灘流。孤店傾瓢賞半秋。唯使老夫乘興著。蘆簾竹榻卽南樓。
《中秋 独り銅駝橋の茶店に飲む。曽て亡友 武景文と此の遊を為すを憶ふ。景文 逝きて今に五年なり》
金波 破砕して 小灘 流る。孤店 瓢を傾けて 半秋を賞す。唯だ老夫をして興に乗じ著せしめば。芦簾 竹榻も 即ち南楼。
※●銅駝橋:京都二条橋 ●武景文:武元登登菴。文化元年2月没。その前年(文化14年)の中秋、山陽と登登菴は二条橋で月見をしている ●南樓:武昌の南楼。晋の庾亮が殷浩らと月を賞したところ
6-2-15 《中秋獨飮于銅駝橋茶店憶曾與亡友武景文爲此遊景文逝五年于今矣》 頼山陽
水聲月色舊鳧河。五度中秋奈爾何。手酹流光一杯酒。不知滴到九泉麼。
《中秋 独り銅駝橋の茶店に飲む。曽て亡友 武景文と此の遊を為すを憶ふ。景文 逝きて今に五年なり》
水声 月色 旧鳧河。五度の中秋 爾を奈何せん。手づから流光に酹ぐ 一杯の酒。知らず 滴りて九泉に到るや麼や。
※●銅駝橋:京都二条橋 ●武景文:武元登登菴。文化元年2月没。その前年(文化14年)の中秋、山陽と登登菴は二条橋で月見をしている ●鳧河:鴨川
6-2-16 《夜半醉醒不寐獨起更飮》 頼山陽
繞枕蟲聲眠不成。起溫殘酒剔燈靑。此閒淸味無人共。獨有秋花立夜甁。
《夜半 酔ひ醒めて寐ねず。独り起きて更に飲む》
枕を繞る虫声 眠り成らず。起ちて残酒を温め 灯青を剔る。此の間の清味 人の共にする無し。独り 秋花の夜瓶に立つ有り。
※●燈靑:「靑燈」に同じ。韻字の都合で転倒させたもの
6-2-17 《題雜花游蜂圖》 頼山陽
桃花紅豔映梨花。引得游蜂鬧午衙。應有春閨人晏起。坐看花影疊窗紗。
《雑花 游蜂の図に題す》
桃花 紅艶にして 梨花に映ず。游蜂を引き得て 午衙 鬧がし。応に 春閨の人 晏く起き。坐して花影の窓紗に畳なるを見る有るべし。
※●午衙:昼時に官吏が役所に参集すること。蜂が集まってくるさまをたとえる。金涓《春日過繡湖》「茅菴兀坐無餘事。静看遊蜂報午官衙」
6-2-18 《賀半江生解官》 頼山陽
相逢每歎素心違。不待抽簪覺昨非。君是閑雲我野鶴。從今相伴自如飛。
《半江生の解官を賀す》
相ひ逢へば 毎に歎ず 素心 違へるを。待たず 簪を抽き 昨の非を覚ゆるを。君は是れ閑雲 我れは野鶴。今より相ひ伴ひて 自如に飛ばん。
※●半江生:岡田半江。文人画家。大坂で米屋を営みながら津藩の下役もつとめていた ●解官:官吏が父母の喪に服するため職を辞すること。半江の場合は妻を亡くしたのを機に退官したもの。題に付す割注に「半江向喪偶故及」とあり ●抽簪:冠を髪にとめる簪を引き抜いて冠をかぶるのをやめる。つまり官職を辞すこと ●自如:自若に同じ。外物に心動かされることなく自然のままに
6-2-19 《賀半江生解官》 頼山陽
偕隱無如宿志違。廿年同夢是耶非。出樊老鶴憐孤影。恨不江湖對對飛。
《半江生の解官を賀す》
偕隠 如んともする無し 宿志 違へるを。廿年の同夢 是か 非か。樊を出づる老鶴 孤影を憐れむ。恨むらくは 江湖に対対として飛ばざるを。
※●偕隱:夫婦そろって隠居生活を贈ること
6-2-20 《泛舟伏見遂至菟道觀楓》 頼山陽
攜朋載酒放輕橈。撐過漁家小板橋。竹籪萩籬曾醉處。門前繋纜買魚苗。
《舟を伏見に泛べ 遂に菟道に至りて楓を観る》
朋を携へ 酒を載せて 軽橈を放つ。撐して過ぐ 漁家の小板橋。竹籪 萩籬 曽て酔ひし処。門前 纜を繋ぎて 魚苗を買ふ。
※●菟道:宇治 ●籪:えり。水中に竹をつらねて魚をとる漁具。簗のようなもの ●魚苗:池で飼う魚の稚魚
6-2-21 《同佐竹邸監遊沙河次其韻。邸在鴨西與沙河相去數里而已》 頼山陽
疎槐高柳夕陽紅。旗店招人一水東。好個醉鄕途咫尺。官情不到酒杯中。
《佐竹邸監と同に沙河に遊び 其の韻に次す。邸は鴨西に在りて沙河と相ひ去ること数里のみ》
疎槐 高柳 夕陽 紅なり。旗店 人を招く 一水の東。好個の酔郷 途 咫尺。官情 到らず 酒杯の中。
※●佐竹邸監:佐竹勘兵衛。長州藩の京都留守居役 ●沙河:当時、出町柳近辺を流れていた鴨川の支流
6-2-22 《再遊沙河》 頼山陽
渠水寒漪蹙夕陽。買魚郊店小呼觴。侍童落後緣何事。擷得霜芹滿把香。
《再び沙河に遊ぶ》
渠水の寒漪 夕陽に蹙む。魚を買ひて 郊店 小(シバラ)く觴を呼ぶ。侍童 落後するは 何事にか縁る。霜芹を擷み得て 満把 香ばし。
※●滿把:両手いっぱい
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