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『山陽詩鈔』巻7・巻8
巻7
7-1 癸未(文政6年)
7-1-1 《新居》 頼山陽
新居逢元日。推戶晴曦明。階下淺水流。涓涓已春聲。臨流洗我硏。硏紫映山靑。地僻少賀客。自喜省送迎。棲息有如此。足以愜素情。所恨唯一母。迎養志未成。安得共此酒。慈顏一咲傾。磨墨作鄕書。醉字易縱橫。
《新居》
新居 元日に逢ふ。戸を推せば 晴曦 明らかなり。階下 浅水 流れ。涓涓として 已に春声。流に臨みて 我が研を洗へば。研の紫 山の青きに映ず。地 僻にして 賀客 少く。自ら喜ぶ 送迎を省くを。棲息 此くの如き有り。以て素情に愜ふに足る。恨む所は 唯だ一母。迎養の志 未だ成らず。安んぞ得ん 此の酒を共にし。慈顔 一咲して傾くるを。墨を磨りて郷書を作れば。酔字 縦横なり易し。
※●新居:東三本木通丸太町上ルの水西荘。文政5年11月に両替町押小路上ル(現在の中京区)から移り住んだ。のちにここに造営した書斎兼茶室が現在まで残る「山紫水明処」である
7-1-2 《示塾生》 頼山陽
憐我二三子。負笈向我依。紙窗與土壁。燈花聚唔咿。歲除宴妻孥。呼致共酒卮。唱和聊同樂。講誦且緩期。君輩皆人子。豈不憂睽離。爺孃當此際。當各說吾兒。已忍愛日意。勿失惜陰時。
《塾生に示す》
憐れむ 我が二三子。笈を負ひて我に向かって依るを。紙窓と土壁と。灯花 聚まりて唔咿す。歳除 妻孥と宴し。呼び致して酒卮を共にす。唱和 聊か楽しみを同じくし。講誦 且く期を緩くす。君が輩 皆 人の子。豈に睽離を憂へざらんや。爺嬢 此の際に当りては。各〻吾が児を説くべし。已に愛日の意を忍ぶ。陰を惜しむ時を失ふ勿れ。
※●二三子:師が弟子を呼ぶ言葉。論語の述而篇に「子曰、二三子以我為隠乎」とあり ●講誦:購読。書物を読んで意味を究明する ●緩期:日程をゆるめる。つまり年末年始は購読の授業を休講にする ●睽離:親子など親しいひととそむき離れること ●愛日意:日を愛惜して親孝行をしようとする心
7-1-3 《爲南洞相公題燕閒四適圖 琴》 頼山陽
淵明撫處兼松。摩詰彈時映竹。逸韻不成鳳聲。斷紋且愛蛇腹。
《南洞相公の為めに燕間四適の図に題す 琴》
淵明 撫する処 松を兼ぬ。摩詰 弾ずる時 竹に映ず。逸韻 鳳声を成さず。断紋 且く蛇腹を愛す。
※●南洞相公:権大納言日野資愛。南洞は号 ●淵明:陶淵明。無弦の琴を撫して「但知琴中趣」と言った。また《帰去来辞》に「撫孤松而盤桓」とある ●摩詰:王維。摩詰は字。《竹里館》詩に「独坐幽篁裏。弾琴複長嘯」とあり ●斷紋:木目が裂けて紋状になったもの。特に琴の面についていう ●蛇腹:断紋の一種
7-1-4 《爲南洞相公題燕閒四適圖 棊》 頼山陽
老妻畫紙堪喜。兒輩治軍覺譁。午院閑過漏點。夜窗敲落燈花。
《南洞相公の為に燕間四適の図に題す 棋》
老妻 紙に画くは 喜ぶに堪へたり。児輩の軍を治めて 譁しきを覚ゆ。午院 漏点を閑過し。夜窓 灯花を敲き落とす。
※●老妻畫紙:杜甫《江村》に「老妻畫紙爲碁局」とあるのを踏まえる ●兒輩治軍:東晋の謝安は客と棋を囲んでいるときに淝水の戦いの捷報を聞き、喜ぶこともなく「小児輩已破賊」とだけ言ったという ●漏點:水時計の水が滴り落ちること。転じて時計が時刻を告げる音
7-1-5 《爲南洞相公題燕閒四適圖 書》 頼山陽
唐碑晉帖心熟。蜀繭剡藤手生。洗墨池中魚唼。揮毫紙上蟹行。
《南洞相公の為に燕間四適の図に題す 書》
唐碑 晋帖 心に熟し。蜀繭 剡藤 手に生なり。墨を洗ふ池中 魚 唼り。毫を揮へば 紙上 蟹 行く。
※●唐碑:唐代の碑文。特に顔真卿による楷書の古典「千福寺多宝塔碑」など ●晉帖:晋代の法帖。特に王羲之のものなど ●蜀繭:蜀で産した繭紙(繭糸で作った紙。王羲之は繭糸を用いたという) ●剡藤:剡渓で産した藤紙(古藤皮で作った紙)
7-1-6 《爲南洞相公題燕閒四適圖 畫》 頼山陽
點皴眼底南北。渲染毫端古今。十丈軟紅寄跡。半縑殘墨娛心。
《南洞相公の為に燕間四適の図に題す 画》
点皴は眼底の南北。渲染は毫端の古今。十丈の軟紅 跡を寄せ。半縑の残墨 心を娯しましむ。
※●點皴:皴法のひとつ。点を重ねて山肌の質感を表現する ●南北:南画と北画 ●渲染:ぼかし ●軟紅:繁華の巷に起こる塵
7-1-7 《南極老人圖》 頼山陽
風月西湖他日愁。軟紅塵裏酒如油。星精寧計途差遠。不向杭州向汴州。
《南極老人の図》
風月の西湖 他日の愁ひ。軟紅塵裏 酒 油の如し。星精 寧ぞ計らんや 途の差(やや) 遠きを。杭州に向かはず 汴州に向かふ。
※●南極老人:南極星の精。寿老人 ●風月西湖:山陽自注に「宋人諺云、西湖風月不如東華軟紅香土」とあり。東華は開封のこと ●杭州・汴州:杭州は南宋の都・臨安。西湖に臨む。汴州は北宋の都・開封。宋の嘉祐年間に南極老人が汴州に降って酒を買ったという伝説がある
7-1-8 《得茶山翁書卻寄擬放翁答曾文淸詩體》 頼山陽
朝來獲君書。睹題已心怡。欲析未驟析。留俟呼酒時。書中雜詼咲。恍見掀厖眉。前日往陋製。仔細著黃雌。行閒字如蠅。批圈珠累累。彫獸雖吾拙。君作鱗之而。次展君詩册。老骨露離奇。怪松跨深壑。天風振鬣鰭。俯首瞰百家。紅紫紛榮萎。時賢漸凋落。獨君硯菓垂。謂余可與語。汪莽許測蠡。厚顏强解事。吹毛索瘢疵。僻性罕所偶。眇軀萃詆訾。寸心託文字。非君問向誰。夜闌酒又醒。呼燭重更披。
《茶山翁の書を得て却って寄す。放翁の曽文清に答ふる詩体に擬す》
朝来 君が書を獲たり。題を睹て 已に心怡ぶ。析かんと欲して 未だ驟かには析かず。留めて俟つ 酒を呼ぶの時。書中 詼咲を雑ふ。恍として見る 厖眉を掀(あ)ぐるを。前日 陋製を往(おく)りしに。仔細に黄雌を著く。行間 字 蠅の如し。批圏 珠 累累たり。彫獣 吾 拙なりと雖も。君 鱗之而を作す。次いで君が詩冊を展ぶれば。老骨 離奇を露はす。怪松 深壑を跨ぎ。天風 鬣鰭を振ふ。首を俯して百家を瞰れば。紅紫 紛として栄萎す。時賢 漸く凋落し。独り 君のみ 硯菓 垂る。余を与に語るべしと謂ふ。汪莽 測蠡を許す。厚顔 強ひて事を解し。毛を吹きて瘢疵を索む。僻性 偶する所 罕にして 。眇軀 詆訾を萃む。寸心 文字に託すも。君に非ずんば 問ひて誰にか向かはん。夜 闌にして 酒 又た醒む。燭を呼びて重ねて更に披く。
※●放翁:陸游 ●答曾文淸詩:陸游の《寄酬曾學士學宛陵先生體比得書云所寓廣教僧舍有陸子泉每對之輒奉懷》詩。五言古詩 ●鱗之而:鱗と頬毛。之は與と同じで、而は頬毛という。周礼の考工記、梓人に「必深其爪、出其目、作其鱗之而」とあり ●汪莽:水の広く深いこと ●測蠡:蠡(ひさご)を以て海を測るの意
7-1-9 《觀其角山人錄赤城義士事手札引爲紀儉卿作》 頼山陽
元祿壬午十二月。維十四日夜大雪。排雪四十六條鐵。斫仇家門門關折。白雪化爲模糊血。血戰何覺手皸裂。唯恐鄰竝認草竊。遣使致辭謝唐突。鄰方會客燭見跋。敢爲纓冠與披髮。客與使者素交結。出觀快劍抉虎穴。凍月在空光下徹。劍華和雪眼欲纈。寄書社友報顚末。縷敍義擧語勃勃。野乘紛紜輸此札。廿行亦可代碑碣。紀君獲之敬忠烈。況客義氣亦可說。出門嘗學軻離別。又擬欒布哭彭越。當時同僚血曾歠。變志鼠竄草閒活。若聞渠風當面熱。讀之猶聳懦夫骨。流傳一入權家闑。精光依舊未嘗缺。晉唐蹟遭賈相褻。秋壑印記不可割。何如此札無點衊。長比當時雪月潔。
《其角山人 赤城義士の事を録する手札を観るの引。紀倹卿の為に作る》
元禄 壬午 十二月。維れ十四日 夜 大雪。雪を排する 四十六条の鉄。仇家の門を斫りて 門関 折る。白雪 化して模糊の血と為る。血戦 何ぞ覚えん 手の皸裂するを。唯だ恐る 隣並 草窃と認むるを。使を遣はして辞を致し 唐突を謝す。隣 方に 客を会して 燭 跋を見る。敢へて為さんや 纓冠と披髪とを。客 使者と 素より交結す。出でて観る 快剣 虎穴を抉るを。凍月 空に在りて 光 下徹し。剣華 雪に和して 眼 纈らんと欲す。書を社友に寄して 顚末を報じ。義挙を縷叙して 語 勃勃たり。野乗 紛紜として 此の札に輸す。廿行 亦た碑碣に代ふべし。紀君 之を獲て 忠烈を敬す。況んや 客の義気 亦た説(ヨロコ)ぶべきをや。門を出でて嘗て学ぶ 軻離の別。又た擬す 欒布の彭越を哭するに。当時 同僚 血 曽て歠り。志を変じて鼠竄し 草間に活く。若し渠の風を聞かば 当に面熱すべし。之を読まば 猶ほ聳えん 懦夫の骨。流伝 一たび入る 権家の闑。精光 旧に依りて 未だ嘗て欠けず。晋唐の蹟 賈相の褻すに遭ひ。秋壑の印記 割くべからず。何ぞ如かん 此の札の点衊 無く。長く 当時の雪月の潔きに比すに。
※●其角山人:俳人の宝井其角。忠臣蔵では、赤穂義士のひとり大高源吾と親交があったことになっているが、後世の創作。この詩で取り上げている其角の手簡とされるものは、其角が吉良邸の隣の土屋主税邸の俳席にまねかれ一泊したところ、暁のころに門を叩く者があり、起き出してみたらそれが大高源五だったと記すもので、現在では偽文書とされている ●赤城義士:赤穂義士 ●紀儉卿:向藤左衛門之益。字は倹卿。下総佐倉藩の家老。藩財政再建のため、文政の改革と呼ばれる諸政策を実施したが、うまくいかなかった ●晉唐蹟:晋・唐代の名家の墨蹟 ●賈相:賈似道。晋・唐の墨蹟を収集し、ことごとくに己の蔵書印を押した ●秋壑:賈似道の号
7-1-10 《沙河》 頼山陽
雁齒橋東麂眼籬。一條路與岸相隨。人家半竹半梅處。游屐些寒些暖時。水碓無聲村巷靜。風箏有影夕陽遲。旗亭面熟留吾醉。還愧垂陽照鬢絲。
《沙河》
雁歯橋東 麂眼の籬。一条の路は 岸と相ひ随ふ。人家 半ば竹 半ば梅の処。游屐 些か寒く 些か暖かなる時。水碓 声無くして 村巷 静かに。風箏 影有りて 夕陽 遅し。旗亭 面 熟して 吾を留めて酔はしむ。還た愧づ 垂陽 鬢糸を照らすを。
※●沙河:砂川。当時、出町柳付近を流れていた鴨川の支流 ●雁齒橋:橋板を一枚一枚食い違いに並べた橋 ●麂眼籬:斜方形に編んだ垣根。麂(オオノロ)の目が斜方形であることから ●水碓:水車を動力にして擣く臼 ●風箏:凧 ●面熟:顔見知りである
7-1-11 《讀劉後村移居詩依其韻》 頼山陽
移宅鳧川第一灣。占來半野半城閒。成鄰嫌接笙歌市。對岸欣看紫翠山。玩世心何別喧寂。賣文身正雜忙閑。東軒客散斜陽在。目送遙林倦鳥還。
《劉後村の移居の詩を読み 其の韻に依る》
宅を移す 鳧川の第一湾。占め来る 半野 半城の間。隣を成すも 接するを嫌ふ 笙歌の市。岸に対して 看るを欣ぶ 紫翠の山。世を玩ぶ心 何ぞ喧寂を別たん。文を売る身 正に忙閑を雑ふ。東軒 客散じて 斜陽 在り。目送す 遥林 倦鳥 還るを。
※●劉後村:劉克荘。南宋の詩人。後村は号 ●笙歌市:歓楽街
7-1-12 《北郊》 頼山陽
人家斷續水縱橫。林表看山先眼明。貪傍梅花忘誤路。頻逢牛犢覺離城。風暄籬落禽爭語。雨足町畦麥怒生。五穀不分眞自愧。又遭佳日約朋行。
《北郊》人家 断続して 水 縦横。林表 山を看て 先づ眼 明らかなり。梅花に傍ふを貪りて 路を誤るを忘れ。頻りに牛犢に逢ひて 城を離るるを覚ゆ。風 暄かにして 籬落 禽 争ひ語り。雨 足りて 町畦 麦 怒り生ず。五穀 分たず 真に自ら愧づるも。又た佳日に遭ひて 朋と約して行く。
※●町畦:田圃のあぜ ●怒生:草木が勢いよく生える
7-1-13 《題西行法師抛銀貓圖》 頼山陽
銀毛出袖眾兒呼。肯使渠儂礙念珠。當日早收擒虎手。愧擎拳大小貍奴。
《西行法師 銀猫を抛つの図に題す》
銀毛 袖を出でて 衆児 呼ぶ。肯て渠儂をして 念珠を礙げしめんや。当日 早く収む 虎を擒ふるの手。擎ぐるを愧づ 拳大の小狸奴。
※●抛銀貓:西行法師、鎌倉で頼朝に招かれて兵法を談じ、頼朝から銀製の猫を拝領したが、邸を出ると門前にいた子供に与えて立ち去ったという ●貍奴:猫
7-1-14 《夜話》 頼山陽
昏鐘歇更鳴。棲鳥定還驚。夜砌乍花氣。春灘常水聲。酒醒聞雨至。談熟對燈明。緗帙供欣賞。紅塵未累情。
《夜話》
昏鐘 歇みて 更に鳴り。棲鳥 定まりて 還た驚く。夜砌 乍ち花気。春灘 常に水声。酒 醒めて 雨の至るを聞き。談 熟して 灯の明るきに対す。緗帙 欣賞に供す。紅塵 未だ情を累はさず。
※●緗帙:浅黄色の布で作った帙
7-1-15 《題畫》 頼山陽
枝上弄嬌梭。金衣搖日氣。美人春夢魂。能到遼陽未。
《画に題す》
枝上 嬌梭を弄し。金衣 日気に揺ぐ。美人 春夢の魂。能く遼陽に到るや未や。
※●到遼陽:金昌緒《春怨》詩に「打起黄鶯児。莫教枝上啼。啼時驚妾夢。不得到遼西」とあるのを踏まえる
7-1-16 《嵐山二首 其一》 頼山陽
行到嵯峨日已斜。嵐山一半暮煙遮。醉眸未必沒分曉。暗處松杉明處花。
《嵐山 二首 其の一》
行きて嵯峨に到れば 日 已に斜なり。嵐山 一半 暮煙 遮る。酔眸 未だ必ずしも分暁を没せず。暗き処は松杉 明き処は花。
※●未必沒分曉:見分けがつかないわけではない
7-1-17 《嵐山二首 其二》 頼山陽
釵裙影散斂游塵。稍見溪波金皺皴。月色花香誰主顧。一齊抛擲付吟人。
《嵐山 二首 其の二》
釵裙の影 散じて 游塵を斂む。稍(ヤウヤ)く見る 渓波の金皺皴。月色 花香 誰か主顧す。一斉に抛擲して 吟人に付す。
※●誰主顧:日が暮れて行楽客は姿を消し、誰も顧みるものがいない
7-1-18 《詠春秋戰國人物十二首 管夷吾》 頼山陽
姬旦經緯密。復見九州裂。海岱政令新。匡時須俊傑。夏葵吐異葩。不襲桃李轍。
《春秋戦国の人物を詠ず 十二首 管夷吾》
姫旦 経緯 密なるも。復た九州の裂くるを見る。海岱 政令 新たに。時を匡して 俊傑を須ふ。夏葵 異葩を吐き。桃李の轍を襲はず。
※●管夷吾:管仲。斉の桓公を補佐して覇者とならせた ●姬旦:周公旦のこと。「姫」は周王室の姓 ●九州:天下 ●海岱:山東の地。古の青州。春秋戦国時代は斉の領土 ●夏葵:夏に咲く葵。斉の桓公が葵丘の会盟を主催し、周王から覇者と認められたことを指す ●桃李轍:「桃李不言、下自成蹊」の路線。覇道ではなく王道、武力ではなく徳によるやり方という意味であろう
7-1-19 《詠春秋戰國人物十二首 狐偃》 頼山陽
操戈已嬰鱗。沈璧纔霽威。當時無此叟。蛟龍不出池。敎之藏頭角。最在稽顙時。
《春秋戦国の人物を詠ず 十二首 狐偃》
戈を操りて 已に鱗に嬰る。璧を沈めて 纔かに威を霽らす。当時 此の叟 無くんば。蛟竜 池を出でざらん。之をして 頭角を蔵めしめしは。最も 稽顙の時に在り。
※●狐偃:字は子犯。晋の文公に仕えた老臣 ●嬰鱗:逆鱗に触れる。文公が狐偃に激怒し、戈をとって狐偃を追った逸話は左伝僖公二十三年に見える ●沈璧:狐偃が文公のもとを去ろうとしたとき、文公は璧を河に沈めて河伯に誓いを立て、狐偃をなだめた(左伝僖公二十四年) ●稽顙:ぬかづく。額を地面につけて伏し拝む。文公が晋を脱出して諸国を放浪していたとき、土地の農民に食を乞うたが、農民は土塊を差し出した。文公は怒ったが、狐偃は「民が土を献じたのは、天からこの土地を賜るということ」と喜び、ぬかづいて土塊を受け取った(左伝僖公二十三年)
7-1-20 《詠春秋戰國人物十二首 公孫僑》 頼山陽
彈丸困四戰。百鍊出利器。應變如斬亂。鋤豪如擠墜。鑄刑爭錐刀。未免傍觀刺。
《春秋戦国の人物を詠ず 十二首 公孫僑》
弾丸 四戦に困しみ。百錬 利器を出だす。変に応ずること 乱を斬るが如く。豪を鋤(ノゾ)くこと 墜を擠すが如し。刑を鋳して 錐刀を争はしむるは。未だ免れず 傍観の刺(ソシ)り。
※●公孫僑:字は子産。鄭の賢大夫 ●彈丸:狭小な土地。鄭の領土のこと ●斬亂:乱麻を斬る ●擠墜:落ちつつあるものを押し落とす。何の苦もないこと ●鑄刑:公孫僑は中国史上初の成文法の制定者といわれ、刑法の条文を鼎に鋳込んだとされる ●爭錐刀:公孫僑が成文法を定めたことについて、晋の賢臣として知られた叔向は「民が錐の先のような小事を争うきっかけになる」と批判した
7-1-21 《詠春秋戰國人物十二首 晏嬰》 頼山陽
憂國中壘尉。全身長樂老。求比異代人。誰能窺其抱。狐裘三十年。知閱幾涼燠。
《春秋戦国の人物を詠ず 十二首 晏嬰》
国を憂ふるは 中塁尉。身を全うするは 長楽老。比を 異代の人に求むるも。誰か能く其の抱を窺はん。狐裘 三十年。知んぬ 幾涼燠をか閲したる。
※●晏嬰:斉の霊公・荘公・景公に仕えて相となった。上を恐れず諫言したことで知られ名宰相と評価されるが、儒家を中心に否定的な評も少なくない。その言行録は『晏子春秋』に収められている ●中壘尉:漢の劉向。中塁校尉の官にあった。前漢末期の外戚の専横を憂えて、著作をもってしばしば皇帝を諫めた ●長樂老:馮道。五代十国時代の後唐・後晋・遼・後漢・後周、五朝八姓十一君に仕えて宰相となった政治家。後世、無節操漢の代表として儒家から激しく批判された。晏嬰も、荘公が家臣の崔杼に弑せられた際にこれを事実上黙認するなどの保身を批判されることがある ●狐裘三十年:晏嬰の美徳として質素倹約が有名で、一着の裘を三十年着続けたという
7-1-22 《詠春秋戰國人物十二首 伍子胥》 頼山陽
鞭尸快生前。抉目憂身後。自謂復仇快。欲報知己厚。豈知天嫉楚。覆巢一借手。
《春秋戦国の人物を詠ず 十二首 伍子胥》
尸を鞭ちて 生前を快くし。目を抉りて 身後を憂ふ。自ら謂ふ 復讐の快。報いんと欲す 知己の厚。豈に知らんや 天 楚を嫉み。覆巣 一たび手を借るを。
※●伍子胥:楚の平王に父と兄を殺され、呉に逃れて呉王闔閭に仕えて楚を討った。楚の都に攻め入ったが、平王はすでに亡くなっていたため、その墓を暴いて死屍に鞭打った。闔閭の没後は後を継いだ夫差を助けて越を討ったが、やがて夫差から疎んじられ死を賜った。自死する際、「わが目をえぐって呉の東門の上に懸けよ、越が呉を滅ぼすのを見てやる」と言った ●知己厚:闔閭が自分のことを理解して厚遇してくれたこと
7-1-23 《詠春秋戰國人物十二首 季札》 頼山陽
曾讓禮樂地。去爲魚鼈長。顧視十五國。盛衰現影響。後身一北來。冷眼各指掌。
《春秋戦国の人物を詠ず 十二首 季札》
曽て礼楽の地を譲り。去りて魚鼈の長と為る。顧視すれば 十五国。盛衰 影響を現はす。後身 一たび北に来たり。冷眼 各〻指掌す。
※●季札:呉王寿夢の四男。若くして英明であったため、父も兄たちも季札に王位を継がせようと何度も試みたが、季札はこれをすべて拒んだ ●曾讓禮樂地・去爲魚鼈長:呉の伝説上の始祖・太伯のことを詠む。太伯は周の古公亶父の長男だったが、末弟の季歴に後継の地位を譲るために国を出奔して中原を去り、南方の蛮族の地に移って呉を建国したとされる ●十五國:詩経におさめられる十五の国風 ●後身:経歴の類似から、季札を太伯の後身と呼んでいる ●北來:季札は外交使節として中原諸国を訪れ、各国の未来について政変や滅亡を予言し、言い当てたとされる
7-1-24 《詠春秋戰國人物十二首 商鞅》 頼山陽
蒹葭露爲霜。其勁可爲箭。秦民卽周民。怯鬭而勇戰。豐鎬用武國。非待商君變。
《春秋戦国の人物を詠ず 十二首 商鞅》
蒹葭 露 霜と為れば。其の勁きこと 箭と為すべし。秦の民は 即ち周の民。闘ひに怯にして 戦に勇なり。豊鎬は 武を用ふるの国。商君の変を待つに非ず。
※●商鞅:秦の孝公に仕えて変法(国制改革)による富国強兵を断行して秦を強国に押し上げたが、その過程で国の内外から恨みを買ったため、後ろ盾の孝公が亡くなると、反対派の門閥勢力に讒訴されて謀反の罪を着せられ、他国への亡命も拒否され、追い詰められて挙兵して敗死した ●豐鎬:豊京と鎬京。周の旧都。文王が灃河西岸の豊京に都し、武王が灃河東岸の鎬京に遷都した。ここでは周の国を指す ●用武國:周はもともと武力によって殷を放伐して天下を取った国である
7-1-25 《詠春秋戰國人物十二首 蘇秦》 頼山陽
能合山河裂。寸舌有膠液。豈比張家兒。借威事恐嚇。六顆金印黃。二頃春蕪碧。
《春秋戦国の人物を詠ず 十二首 蘇秦》
能く山河の裂くるを合す。寸舌 膠液 有り。豈に比せんや 張家の児の。威を借りて 恐嚇を事とするに。六顆の金印 黄にして。二頃の春蕪 碧し。
※●蘇秦:縦横家。秦以外の六国が同盟して秦に対抗すること(合従策)を主張して各国を遊説し、六国の宰相を兼ねるに到った ●張家兒:張儀。蘇秦のライバルで、六国それぞれに対し秦との同盟による安全保障(連衡策)を勧めて、秦に有利な外交環境を構築していった ●事恐嚇:張儀の連衡策は秦の圧倒的な国力を背景にした恫喝の性格を帯びていた ●六顆金印:六ヶ国の宰相の印璽 ●二頃:蘇秦は成功したのち「自分がもし故郷に二頃の田を持っていたら、六国の相印を佩びることができただろうか」と述懐した
7-1-26 《詠春秋戰國人物十二首 張儀》 頼山陽
楚王同徽欽。魏地比淮江。諜賊爲國相。到處輒從容。秦檜膽智小。欺得一高宗。
《春秋戦国の人物を詠ず 十二首 張儀》
楚王 徽欽に同じく。魏地 淮江に比す。諜賊 国相と為り。到る処 輒ち従容す。秦檜は 胆智 小にして。一高宗を欺き得たるのみ。
※●張儀:縦横家。秦以外の六国それぞれに対し、秦との同盟による安全保障(連衡策)を勧めて、秦に有利な外交環境を構築していった ●徽欽:北宋の徽宗と欽宗。金に敗れて捕らえられ、朔北の五国城(現・黒竜江省)に幽閉され、二人ともその地で亡くなった。ここでは楚の懐王が秦に捕らえられて帰国することなく亡くなったことをたとえる。楚の懐王は張儀に翻弄されて失策を重ねたことで知られるが、ただし、秦に捕らえられるのは張儀没後のことである ●淮江:淮河と長江の間の地域。南宋にとって金に対する防衛の最前線 ●諜賊爲國相:張儀は魏と斉の接近を阻止するため、魏に仕官して宰相となり、魏王を説得して秦と同盟させた ●秦檜:南宋の高宗に仕えた宰相で、金との和平を主導し抗戦派を弾圧した
7-1-27 《詠春秋戰國人物十二首 魯仲連》 頼山陽
舌奮身輒逃。腸熱心如水。九州無淨土。海波踏可死。知否千載下。胡羯幾天子。
《春秋戦国の人物を詠ず 十二首 魯仲連》
舌 奮ひて 身 輒ち逃る。腸 熱くして 心 水の如し。九州 浄土 無く。海波 踏んで死すべし。知るや否や 千載の下。胡羯 幾天子なるかを。
※●魯仲連:遊説家。斉の出身。卓越した弁舌の才を発揮しながら、仕官も報酬も望まなかった ●舌奮身輒逃:魯仲連は弁舌によって救った相手が褒美を与えようとしても受け取らず立ち去ってしまう ●海波踏可死:魯仲連は、虎狼の国である秦の王が帝を称するなら、自分はその民になどなれないから、東海に入って死ぬしかない」と述べた ●胡羯:北方の異民族
7-1-28 《詠春秋戰國人物十二首 樂毅》 頼山陽
嗣王得豚犬。駿骨化罷駑。辛苦七十城。成就一紙書。知音遇諸葛。一表力臨摹。
《春秋戦国の人物を詠ず 十二首 楽毅》
嗣王に 豚犬を得。駿骨も 罷駑と化す。辛苦す 七十城。成就す 一紙の書。知音 諸葛に遇ふ。一表 力めて臨摹す。
※●樂毅:趙の人。燕の昭王が人材を尊ぶのを聞いて燕に仕官した。昭王の信を得て上将軍となり、斉を討って七十余城を攻略して斉を滅亡寸前に追い込んだ。昭王没後、後を継いだ恵王が斉の講じた離間の策にはまり楽毅を解任したため、趙に亡命した。楽毅がいなくなったことで斉は反攻に転じ、失地をすべて奪還した。後悔した恵王は楽毅に手紙を送り、解任したことの言い訳を述べる一方、楽毅の亡命を責めた。楽毅がこれに答えて送った返信は「報遺燕恵王書」と呼ばれ、三国蜀漢の諸葛亮の『出師表』と並んで「読んで泣かざるは忠臣にあらず」と称えられる
7-1-29 《詠春秋戰國人物十二首 屈原》 頼山陽
宗國看蠶食。墓田唯魚腹。可惜投汨羅。不得目鉅鹿。義帝江中魂。相遇雜笑哭。
《春秋戦国の人物を詠ず 十二首 屈原》
宗国 看〻(ミスミス) 蚕食せられ。墓田 唯だ魚腹。惜しむべし 汨羅に投じ。鉅鹿を目するを得ざりしを。義帝 江中の魂。相ひ遇ひて 笑哭を雑へしならん。
※●屈原:楚の名門出身の重臣だったが、讒言により失脚し、やがて祖国の将来に絶望して汨羅の淵に身を投じて命を絶った。『楚辞』に収められる《離騒》などの作者とされる ●鉅鹿:楚の項羽が秦の大軍を打ち破った場所。戦後、降伏した秦軍二十万人は皆殺しにされた ●義帝:楚の懐王の孫。反秦連合軍の盟主として楚王に擁立され、秦滅亡後は義帝と名乗ったが、実権は項羽に握られ、傀儡にすぎなかった。やがて義帝が邪魔になった項羽の命令により殺された。殺害の経緯は諸説あるが、一説では長江の水上で殺されたという
7-1-30 《士錦至賦示用進退韻》 頼山陽
回頭五歲是飛丸。憐汝重遊解我顏。葉色藏花春已老。溪聲帶雨夜方闌。一窗燈火昏明裏。千古文章得失閒。休向眼前爭尺寸。丈夫唯有晚成難。
《士錦 至る。賦して示す。進退韻を用ふ》
頭を回らせば 五歳 是れ飛丸。憐れむ 汝の重ねて遊び 我が顔を解くを。葉色 花を蔵して 春 已に老い。渓声 雨を帯びて 夜 方に闌なり。一窓の灯火 昏明の裏。千古の文章 得失の間。眼前に向かって 寸尺を争ふを休めよ。丈夫 唯だ晩成の難き有るのみ。
※●士錦:村瀬士錦。名は褧、藤城と号す。美濃の人。山陽の門人 ●進退韻:二種類の韻で交互に押韻すること。丸・闌・難は十四寒韻、顔・間は十五刪韻
7-1-31 《吾兩擧杜詩嚴話試問諸生又作此自對》 頼山陽
讀書筆有神。少陵訣最眞。萬卷積滿腹。有觸衝吻脣。光怪現筆底。不必費索掄。非如玉溪生。獺祭左右陳。韓蘇眾所慕。富賦本齊秦。使無驅使力。奚異錢無緡。所以嚴羽云。學無關詩人。此言便空肚。俚俗誇鮮新。風雅非兩途。稼嗇基百囷。性靈與學問。豈可分崖垠。譬如蜂造蜜。百花萃芳醇。蘊蓄其精華。釀成一家春。咀含不能化。其味何足珍。讀書而忘書。庶與古賢倫。
《吾 杜詩厳話を両挙し試みに諸生に問ふ。又た此を作りて自ら対ふ》
読書すれば 筆に神有り。少陵の訣 最も真なり。万巻 積みて腹に満ち。触るる有って 吻唇を衝けば。光怪 筆底に現はれ。必ずしも索掄を費やさず。玉渓生の。獺祭 左右に陳ぬるが如きに非ず。韓蘇は 衆の慕ふ所。富賦 本と斉秦。駆使の力無からしめば。奚ぞ 銭 緡無きに異ならん。所以に厳羽 云ふ。学は 詩人に関する無しと。此の言 空肚に便し。俚俗 鮮新を誇る。風雅 両途に非ず。稼嗇 百囷に基たり。性霊と学問と。豈に崖垠を分つべけんや。譬へば蜂の蜜を造るが如し。百花 芳醇を萃め。其の精華を蘊蓄し。一家の春を醸成す。咀含して化する能はずんば。其の味 何ぞ珍とするに足らん。読書して書を忘れなば。庶はくは古賢と倫せん。
※●杜詩:杜甫の《贈韋左丞》詩に「読書破万巻。下筆如有神」という ●嚴話:厳羽の『滄浪詩話』に「詩有別才、非関書也」という ●玉溪生:晩唐の李商隠の号 ●韓蘇:韓愈と蘇軾 ●齊秦:戦国時代の斉と秦。二大強国であり非常に豊かであった ●便空肚:学識の無い者にとって便利
7-1-32 《浪華泛遊邂逅田君彝》 頼山陽
一岸垂楊繋小船。相逢道舊咲囅然。岡城分手如前日。倒指悤悤已六年。
《浪華に泛遊す。田君彝に邂逅す》
一岸の垂楊 小船を繋ぐ。相ひ逢ひて旧を道ひ 咲ひ囅然たり。岡城に手を分かつこと前日の如し。指を倒せば 怱怱として 已に六年。
※●浪華:大坂 ●田君彝:田能村竹田 ●囅然:大いに笑うさま ●岡城:豊後国直入郡竹田(現・大分県竹田市大字竹田)にあった山城。別名豊後竹田城。岡藩(豊後竹田藩)の藩庁 ●倒指:指折り数える ●悤悤:底本は「囱囱」に作るが「囱」は窗の異体字、もしくは天窗の意であり、文脈に合わない。「悤悤」あるいは「匆匆」の誤りであろう
7-1-33 《君彝拉兒來過壁掛其嘗贈畫山水有詩題依韻賦示》 頼山陽
鬢絲相照共衰殘。一別來經十暑寒。長齒君兒扶杖屨。諳交我婦辨杯盤。黍鷄友約踐言晚。荆棘官途抽腳難。半幅雲煙當日贈。展來秉燭竝肩看。
《君彝 児を拉して来り過ぐ。壁に其の嘗て贈る画山水を掛く。詩題有り。韻に依りて賦して示す》
鬢糸 相ひ照らして共に衰残す。一別来 経たり 十暑寒。歯を長じて 君が児 杖屨を扶け。交を諳んじて 我が婦 杯盤を弁ず。黍鶏の友約 言を践むこと晩きは。荊棘の官途 脚を抽くこと難きならん。半幅の雲煙は 当日の贈。展べ来りて燭を秉り 肩を並べて看る。
※●君彝:田能村竹田 ●兒:竹田の子、田能村如仙(1808-1896)。京都に出て小石元瑞に医学を学んでいた ●長齒:「歯」は年齢
7-1-34 《多賀城瓦硏歌》 頼山陽
東奧昔建多賀城。城廢碑存空聞名。去京一千五百里。曾知碑本記道程。吾欲一往觀王略。未理鞋韤夢空行。田翁贈我瓦半玦。得之城阯手摩刮。鑿背爲硏發墨光。質如洮石聲如鐵。摩挲浪紋豁素心。恍登遺墟望靺鞨。憶昔重鎭扼要喉。臣東人置臣獦修。當時邊籌奉廟算。往往貂蟬出兜鍪。漢議不錄郅支頭。唐節遂委營胡酋。鬼武吞攫四十郡。此城定遭復隍秋。曾收狼邦歸衮黼。重睹鳳詔混文武。殘壘未復又沸羹。舊部入援聊破斧。河北終歸獨眼龍。猴公草草理疆封。豈暇文籍諮故吏。空將儲胥附老農。鴉觜無日劚蒙茸。鴛羽有時逢擊撞。謝君好古同吾病。使吾盪滌萬古胸。嗚呼遡自文政至寶字。無限變遷同此地。邊霜淬礪一片翠。製造猶見異澆季。昔曾受箭今受筆。多汝文事兼武備。作詩敍古汝應記。
《多賀城瓦研の歌》
東奥 昔 多賀城を建つ。城は廃して碑存し 空しく名を聞く。京を去ること一千五百里。曽て知る 碑本 道程を記すを。吾 一たび往きて王略を観んと欲するも。未だ鞋韤を理めずして夢 空しく行く。田翁 我に贈る 瓦 半玦。之を城阯に得て 手づから摩刮し。背を鑿ちて研と為し 墨光を発す。質は洮石の如く 声は鉄の如し。浪紋を摩挲して素心を豁く。恍として遺墟に登り靺鞨を望む。憶ふ昔 重鎮 要喉を扼すを。臣東人 置き 臣獦 修す。当時の辺籌 廟算を奉じ。往往 貂蟬 兜鍪を出だす。漢議 録せず 郅支の頭。唐節 遂に委ぬ 営胡の酋。鬼武 吞攫す 四十郡。此の城 定めて復隍の秋に遭ふならん。曽て狼邦を収めて衮黼に帰し。重ねて睹る 鳳詔の文武を混ずるを。残塁 未だ復せずして又た沸羹。旧部 入援して 聊か破斧。河北 終に帰す 独眼竜。猴公 草草として疆封を理む。豈に文籍 故吏に諮るに暇あらんや。空しく儲胥を将って老農に附す。鴉觜 日無くして蒙茸を劚り。鴛羽 時 有りて撃撞に逢ふ。謝す 君の好古 吾が病と同じく。吾をして万古の胸を盪滌せしむるを。嗚呼 文政より遡って宝字に至るまで。無限の変遷 此の地に同じ。辺霜 淬礪す 一片の翠。製造 猶ほ見る 澆季に異なるを。昔 曽て箭を受け 今 筆を受く。多とす 汝が文事 武備を兼ぬるを。詩を作りて古を叙す 汝 応に記すべし。
※●多賀城:現・宮城県多賀城市にあった古代城柵。陸奥国府や鎮守府が置かれた ●碑:多賀城碑。多賀城の入口に立っていた石碑。天平宝字6年(762年)に多賀城の修築を記念して藤原朝獦が建立したとされる ●去京一千五百里:多賀城碑の碑文にある記述 ●田翁:二本松藩家老の成田弥左衛門 ●洮石:山陽自注に「洮河唐西北辺、出硯材、青黒色」とあり ●靺鞨:隋唐時代に満洲・沿海州一帯に居住していたツングース系民族。いくつかの部族に分かれ、そのうち粟末部は渤海国を建国、黒水部はのちに女真族に発展して金を建国する。多賀城碑文には「去靺鞨國界三千里」とある ●東人:大野東人。多賀城を設置した ●獦:藤原朝獦。多賀城を修築し多賀城碑を建造した ●漢議不錄郅支頭:山陽自注に「後三年之戦、朝議以為私闘、不下官符、源氏乃棄武衡家衡首于途而帰。略似陳湯矯誅郅支而匡衡等議不下賞」とあり ●唐節遂委營胡酋:山陽自注に「安禄山営州雑胡、以喩秀衡襲祖父六郡酋長、而為鎮守府将軍」とあり ●鬼武:鬼武者。源頼朝の幼名 ●曾收狼邦歸衮黼~:山陽自注に「狼邦鳳詔、用源頼義表中字、而叙建武中興遣北畠氏鎮奥事。其時詔旨言文武古不岐。沸羹破斧、言足利犯闕、奥軍入援」とあり ●獨眼龍:伊達政宗。山陽自注に「李克用眇一目。称曰独眼竜」とある ●猴公:豊臣秀吉 ●儲胥:軍中の垣根。ここでは多賀城の遺跡を指す ●鴉觜:つるはし ●鴛羽:鴛瓦のこと。鴉觜と対にする関係で鴛羽としたもの。鴛瓦は鴛鴦瓦と同じで、ペアになっている瓦 ●寶字:天平宝字。多賀城修築時の元号 ●淬礪:焼きを入れ、磨く ●澆季:末世
7-1-35 《文治經卓歌》 頼山陽
含公經卓獲攝賈。製造雅質非粗窳。朱髤未剝光澤瑩。尺度勾股應規矩。背書經島寺所置。造於文治歲丙午。誰哉築島平相國。活埋童男代强弩。塡浪纔成梁武堰。遷都擬據董卓塢。經營總爲姦雄資。已爲前狼彼後虎。丙午正當變革年。軍號始膺總追捕。王澤一熄殺運旺。長使鋒鏑換干羽。國勢推移有機關。此器雖小感所聚。朅來天魔迭出降。眾生枉遭修羅苦。況此喉牙百戰地。白骨相撐誰噢咻。久矣琳宮亦滄桑。無復仙梵雜戰鼓。回頭塵界歷幾劫。獨有此物存寰宇。公且倚卓拈念珠。爲公歷指說萬古。
《文治経卓の歌》
含公の経卓 摂賈より獲たり。製造 雅質にして 粗窳に非ず。朱髤 未だ剝げず 光沢 瑩たり。尺度 勾股 規矩に応ず。背書す 経島寺の置く所。文治の歳丙午に造ると。誰ぞや島を築く 平相国。童男を活き埋めて 強弩に代ふ。浪を塡めて纔かに成る 梁武の堰。都を遷して拠らんと擬す 董卓の塢。経営 総て姦雄の資と為る。己は前狼為り 彼は後虎。丙午 正に当たる 変革の年。軍号 始めて膺たる 総追捕。王沢 一たび熄んで 殺運 旺んに。長く鋒鏑をして干羽に換へしむ。国勢の推移 機関 有り。此の器 小なりと雖も 感の聚まる所。朅来 天魔 迭〻 出で降り。衆生 枉げて修羅の苦に遭ふ。況んや 此の喉牙 百戦の地。白骨 相ひ撐へて 誰か噢咻せん。久しいかな 琳宮も亦た滄桑。復た仙梵の戦鼓に雑る無し。頭を回らせば塵界 幾劫をか歴たる。独り此の物のみ寰宇に存する有り。公 且く卓に倚りて念珠を拈れ。公が為めに歴指して万古を説かん。
※●文治經卓:文治年間に製造された経机 ●含公:雲華院大含。浄土真宗大谷派の僧侶。豊前国永添村の正行寺住職。東本願寺講師もつとめた。山陽の友人 ●攝賈:摂津の商人 ●朱髤:朱塗りの漆 ●經島寺:経島山来迎寺(築島寺)。平清盛が造成した人工島「経ヶ島」の埋め立て工事の際に海を鎮めるために人身御供となった松王丸という清盛の従者を弔うために建てた寺。現在の来迎寺は戦乱による焼失等を経て移転再建されたもの ●文治歲丙午:文治二年(1186年) ●代强弩:五代十国時代、呉越の王は海塘(防潮堤)建設の際、昼夜波がやまないので、強弩を数百発も波頭に打ち込んだところ、波が引いたという ●梁武堰:梁の武帝が檀渓に築いた堰。経ヶ島をたとえる ●董卓塢:後漢末、董卓は都を洛陽から長安に移し、長安近くの郿に郿塢(または郿城)と呼ばれる城塞を築いて30年分の食糧を貯えた。清盛の福原遷都をたとえる ●姦雄:源頼朝 ●軍號始膺總追捕:山陽の自注に「源右大将既滅平氏、余党伏匿所在。乃奏請置諸国守護地頭、随在追捕。而自総之。世称曰総追捕使。武門掌国権始此。実文治丙午歳也」とあり ●琳宮亦滄桑:琳宮は寺のこと。山陽の自注に「足利氏以還摂津常被兵、経島寺罹燹」とあり
7-1-36 《芳野竹笛歌》 頼山陽
有客手裏橫紫玉。就視蒼筤褪老綠。吹之一曲聲悲蹙。如蒼梧之狩不北還。淚亂湘雨斑痕簇。又如望帝之魂嗔百鳥。啼裂山竹夜濺血。問客何處得此物。延元天子古殿屋。敗椽敢學柯亭收。一條龍髥寄瞻矚。長舌有簧君樂聽。短夢重失中原鹿。劍器渾脫始犯聲。七道戰伐沸野哭。圍城聞笛非無人。凝碧管絃長胡曲。君不見芳野山中頭白烏。畢逋似呼返闕速。吉語誤人入歌詞。空止殿屋俛且啄。龍顏仰屋曾按劍。王愾或寄一尺竹。
《芳野竹笛の歌》
客有り 手裏に紫玉を横たふ。就きて視れば 蒼筤 老緑を褪す。之を吹けば一曲 声 悲蹙。蒼梧の狩 北還せずして。涙 湘雨に乱れて 斑痕 簇るが如く。又た望帝の魂 百鳥を嗔りて。啼きて山竹を裂き 夜 血を濺ぐが如し。客に問ふ 何処にか此の物を得たると。延元の天子の古殿屋。敗椽 敢へて学ぶ 柯亭の収。一条の竜髥 瞻矚を寄す。長舌 簧有り 君 聴くを楽しみ。短夢 重ねて失ふ 中原の鹿。剣器 渾脱 始めて声を犯し。七道の戦伐 野哭 沸く。囲城 笛を聞く 人無きに非ず。凝碧の管絃 胡曲を長ず。君 見ずや 芳野山中の頭白の烏。畢逋 呼ぶに似たり 返闕の速かなるを。吉語 人を誤らせて歌詞に入り。空しく殿屋に止まりて 俛し且つ啄む。竜顔 屋を仰ぎて曽て剣を按ず。王愾 或ひは寄る 一尺の竹。
※●芳野竹笛:南朝吉野の行宮の椽の竹を取って作った笛 ●蒼筤:若竹。底本は「蒼」の草冠を竹冠に作る ●蒼梧之狩不北還:舜帝は南に巡狩して蒼梧で没し、娥皇・女英の二人の妃の悲しみの涙が湘江の辺りの竹を染め、以来、湘竹には斑痕があるという ●望帝之魂:蜀の望帝の魂は杜鵑と化し、国を失った悲しみから血を吐いて鳴くという ●延元天子:後醍醐天皇 ●柯亭收:後漢の蔡邕が柯亭に宿したとき、館の椽が良い竹で作ってあるのを見て、それを取って笛を作ったところ、非常に良い音色で歴代に伝わったという ●長舌有簧:詩経の大雅・瞻仰篇に「婦有長舌。維厲之階」とあり、同じく小雅・巧言篇に「巧言如簧。顔之厚矣」とあり、讒言が耳に快いことをいう。ここでは笛の心地よい音色に、護良親王を陥れた阿野廉子の讒言を重ねている ●劍器渾脫:山陽自注に「剣器・渾脱二曲名。唐則天時以剣器入渾脱。渾脱宮声、剣器商声。識者以為臣犯君之兆。以喩足利叛反」とあり ●圍城聞笛:山陽の自注に「囲城聞笛張巡事。以喩楠・和田・北畠等城守」とあり。張巡は唐代の武将。安史の乱において孤立無援の睢陽を守って頑強に抵抗し決して降伏せず、落城後は賊軍に処刑された。《軍中聞笛》の詩がある ●凝碧管絃:山陽の自注に「凝碧胡曲、喩足利拠京、猿楽盛行」とあり ●芳野山中頭白烏:山陽自注に「吉野拾遺有頭白烏呼還幸之詞。禽言漢人毎填以入声。故不曰還幸、而曰返闕速」とあり。『吉野拾遺』(南朝関連の説話集)に載せる四条隆資の歌「還幸と鳴くや吉野の山がらすかしらも白しをもしろのよや」のことをいう ●按劍:山陽の自注に「延元帝臨崩、按剣遺詔滅賊」とあり
7-1-37 《興國鐵鈴歌》 頼山陽
古鈴銹帶土花紫。字認興國歲辛巳。金粉零落留古香。埋在南朝香雲裏。先皇吞恨不歸秦。柩前始立皇太子。行在寧刻乾樹鷄。金聲欲警義軍耳。問汝當時事茫茫。猶語君王數郞當。憶圖克復向舊都。此物或繋紫遊韁。箭集御鎧六龍騖。敗鱗紛雜雪萬樹。南轅寂寞終不回。菟水無情空北注。傷心父老望鑾和。春風吹斷芳山路。
《興国鉄鈴の歌》
古鈴の銹は帯ぶ 土花の紫。字は認む 興国 歳辛巳と。金粉 零落して 古香を留む。埋れて 南朝 香雲の裏に在り。先皇 恨みを吞んで秦に帰らず。柩前 始めて立つ 皇太子。行在 寧ぞ刻せんや 乾樹鶏。金声 警しめんと欲す 義軍の耳。汝に問ふも 当時の事 茫茫。猶ほ語る 君王 数郎当。憶ふ 克復を図りて旧都に向かふに。此の物 或ひは繋がる 紫遊韁。箭 御鎧に集まりて 六竜 騖せ。敗鱗 紛雑す 雪万樹。南轅 寂寞として終に回らず。菟水 情無く 空しく北に注ぐ。傷心の父老 鑾和を望むも。春風 吹き断つ 芳山の路。
※●興國鐵鈴:後村上天皇の興国二年に作られたとされる鉄製の鈴。田能村竹田の所有 ●不歸秦:山陽の自注に「不帰秦、翻用雨淋鈴詩中語」とあり。張祐《雨淋鈴》詩に「雨淋鈴夜却帰秦」とある ●柩前始立皇太子:山陽自注に「粛宗霊武之立、不待父命。興国則異諸。柩前以下言此意」とあり ●乾樹鷄:キクラゲ。山陽自注に「粛宗在霊武、与張良娣双陸。恐声外聞、以乾樹鶏刻其子」とあり。双陸はすごろく、其子とはすごろくの骰子(さいころ) ●南轅・北注:山陽自注に「南轅北注、暗用魏孝静帝西遷時語意」とあり。正しくは孝静帝ではなく孝武帝。北魏の孝武帝は大丞相・高歓を排除しようとして失敗し、洛陽から逃れて西へ向かったが、このとき黄河に臨んで「此水東流而朕西上」と言った
7-1-38 《題畫漁》 頼山陽
傾壺呼釣朋。杯泛暮山紫。憐殺劉文叔。終身不飮此。
《画漁に題す》
壺を傾けて 釣朋を呼ぶ。杯は泛ぶ 暮山の紫。憐殺す 劉文叔。終身 此れを飲まざるを。
※●劉文叔:後漢の光武帝。酒をたしなまなかったという。一方、若いころ光武帝と親友だった厳子陵は光武帝に招かれても応じず、釣と酒を愛して自由気ままに生きた
7-1-39 《題畫》 頼山陽
坐夾一溪水。洗杯杯數傾。溪聲奪人語。對面不分明。
《画に題す》
坐して夾む 一渓の水。杯を洗って 杯 数〻 傾く。渓声 人語を奪ひ。対面 分明ならず。
7-1-40 《君彝來宿》 頼山陽
一杯道舊綠鳧磯。十歲三逢事是非。此境他時亦成夢。燈光酒影兩依依。
《君彝 来り宿す》
一杯 旧を道ふ 緑鳧の磯。十歳 三たび逢ひて 事 是非あり。此の境 他時 亦た夢と成らん。灯光 酒影 両つながら依依たり。
※●君彝:田能村竹田 ●綠鳧:青く流れる鴨川 ●是非:逢えることは是、逢う回数の少ないことは非
7-1-41 《十六夜飮于淸輝樓卽事》 頼山陽
酒冷東樓燭淚乾。月斜簾額夜將闌。雪兒亦解吟人意。插撥絃中不敢彈。
《十六夜 清輝楼に飲む。即事》
酒冷えて 東楼 燭涙 乾く。月 斜めにして 簾額 夜 将に闌ならんとす。雪児も 亦た解す 吟人の意。撥を絃中に挿みて 敢へて弾ぜず。
※●雪兒:唐の李密の愛妓で歌舞に巧みであった。転じて歌妓を指す
7-1-42 《題僧西行野望圖》 頼山陽
秋泖禽飛殘照沈。蕭條人事暗侵尋。獨將冷眼憐衰色。誰識無心是有心。
《僧西行 野望の図に題す》
秋泖 禽飛びて 残照 沈む。蕭条たる人事 暗に侵尋す。独り冷眼を将って 衰色を憐れむ。誰か識らん 無心は 是れ有心なるを。
※●僧西行野望圖:西行の歌「心なき身にもあはれは知られけり鴫立つ沢の秋の夕暮」を画題とした図
7-1-43 《同君彝遊沙河》 頼山陽
乍陰嫩日菊花天。聯句沙堤行拍肩。憂雨奚奴先辨屐。怯寒病客欲裝綿。遊情不待重陽日。交態俱垂半百年。留取黃壚他日憶。衰楊旗店且觥船。
《君彝と同に沙河に遊ぶ》
乍ち陰る 嫩日 菊花の天。句を聯ねて 沙堤 行くゆく肩を拍つ。雨を憂へて 奚奴 先づ屐を弁じ。寒を怯れて 病客 綿を装はんと欲す。遊情 待たず 重陽の日。交態 俱に垂んとす 半百の年。留取せん 黄壚 他日の憶ひ。衰楊の旗店 且く觥船す。
※●君彝:田能村竹田 ●沙河:砂川。当時、出町柳付近を流れていた鴨川の支流 ●黃壚:晋の王戎が黄という酒壚を通り過ぎて、昔の飲み仲間の阮籍・嵆康を追憶した故事を踏まえる
7-1-44 《訪月峰師》 頼山陽
明淨秋山不起風。一瓢攜酒訪嵒櫳。繞檐霜葉留殘照。未醉人顏已帶紅。
《月峰師を訪ふ》
明浄の秋山 風を起こさず。一瓢 酒を携へて 嵒櫳を訪ふ。檐を繞る霜葉 残照を留め。未だ酔はざるに 人顔 已に紅を帯ぶ。
※●月峰師:京都東山の双林寺の僧 ●嵒櫳:隠者の住まい
7-1-45 《同君彝遊朱雀》 頼山陽
朱雀橋邊賣酒家。竹林匝水水穿沙。荷葉靑褪柿子赤。此處一醉魚可叉。昨日北城今南郭。莫辭頻頻同行樂。攝山靑露林缺處。知君歸帆從此去。
《君彝と同に朱雀に遊ぶ》
朱雀橋辺 売酒の家。竹林 水を匝りて 水 沙を穿つ。荷葉 青 褪せて 柿子 赤し。此の処の一酔 魚 叉すべし。昨日は北城 今は南郭。辞する莫れ 頻頻として行楽を同にするを。摂山の青は露はる 林 欠くる処。知る 君の帰帆 此れより去るを。
※●君彝:田能村竹田 ●朱雀:京都の朱雀通り(現在は千本通りが通る ●北城:京都北山を指す ●攝山:摂津の山。ここでは京に近い北摂の山々
7-1-46 《郊遊歸君彝來宿》 頼山陽
曾宿君家挑短檠。豐山深處怪禽鳴。何知今夜分衾枕。同聽鳧川流水聲。
《郊遊より帰る。君彝 来り宿す》
曽て君が家に宿して 短檠を挑ぐ。豊山 深き処 怪禽 鳴く。何ぞ知らんや 今夜 衾枕を分かち。同に 鳧川 流水の声を聴かんとは。
※●君彝:田能村竹田 ●豐山:豊後の山
7-1-47 《步遊沙河示君彝》 頼山陽
沙堤連袂步斜曛。行看秋風蹙水紋。豫識蓼花紅褪日。經過此路輒懷君。
《歩して沙河に遊び 君彝に示す》
沙堤 袂を連ねて斜曛に歩み。行くゆく看る 秋風 水紋を蹙むるを。予め識る 蓼花の紅褪するの日。此の路を経過すれば 輒ち君を懐はん。
※●沙河:砂川。当時、出町柳付近を流れていた鴨川の支流 ●君彝:田能村竹田
7-1-48 《題雲泉畫》 頼山陽
溫嶽山前舊釣師。時抛笭筲弄隃糜。畫毫輕妙君休怪。應得蜻蜓立釣絲。
《雲泉の画に題す》
温岳山前の旧釣師。時に笭筲を抛ちて隃糜を弄す。画毫の軽妙 君 怪しむを休めよ。応に得たるべし 蜻蜓の釣糸に立つを。
※●雲泉:釧(クシロ)雲泉。名は就、字は仲孚。肥前島原の画家。釣を好み、一日描けば一日釣るという風であったという ●笭筲:魚籠 ●隃糜:糜鹿の膠をまぜて作った香入りの墨 ●蜻蜓立釣絲:杜甫《重過何氏》に「翡翠鳴衣桁。蜻蜓立釣糸」とあり
7-1-49 《卽事》 頼山陽
疎柳斷橋山影長。漲痕猶帶蓼花香。家鳧戀水歸來晚。一半秋川已夕陽。
《即事》
疎柳 断橋 山影 長し。漲痕 猶ほ帯ぶ 蓼花の香。家鳧 水を恋ひて 帰り来たること晩し。一半の秋川 已に夕陽。
※●家鳧:アヒル
7-1-50 《牧信侯在我塾病疫少閒歸鄕作此與之》 頼山陽
疫厲如有鬼。乘隙逞窺窬。正氣以敵之。辟易不用驅。牧生在我塾。勤苦每起余。一旦觸沴邪。冰炭交攻軀。師友同骨肉。得不患難俱。相帥掖枕席。戒勿畏染汙。勝機卜潰陣。救援及入郛。挂念慮桑梓。輿病歸枌楡。不妨輟誦讀。且務全髮膚。譬如大亂後。瘡痍須煦噓。武宣養良吏。國脈復新圖。肅代翫殘寇。終致四海癯。養正以退邪。此理誠不誣。衞護苟有懈。恐來鬼揶揄。贈詩擬截瘧。得以血模糊。
《牧信侯 我が塾に在りて 疫を病む。少間し 郷に帰る。此を作りて之に与ふ》
疫厲 鬼有るが如く。隙に乗じて窺窬を逞しくす。正気 以て之に敵すれば。辟易して駆るを用ひず。牧生 我が塾に在りて。勤苦 毎に余を起こす。一旦 沴邪に触れて。氷炭 交〻軀を攻む。師友 骨肉に同じ。患難を俱にせざるを得んや。相ひ帥ゐて枕席を掖く。戒めて 染汚を畏るる勿らしむ。勝機 潰陣を卜し。救援 郛に入るに及ぶ。挂念 桑梓を慮り。病を輿して枌楡に帰る。誦読を輟むを妨げず。且く髪膚を全うするに務めよ。譬へば 大乱の後の如し。瘡痍 須らく煦噓すべし。武宣は 良吏を養ひて。国脈 新図を復す。粛代は 残寇を翫びて。終に四海を癯せしむ。正を養ひて以て邪を退く。此の理 誠に誣(アザム)かず。衛護 苟も懈る有らば。恐らくは鬼の揶揄を来たさん。詩を贈りて截瘧に擬す。血 模糊に似るを得ん。
※●牧信侯:牧百峰(1801~1863)。名は輗、字は信侯(信吾とも)。通称・善助(または善輔)。別号に戇斎。美濃國文殊の出身。山陽の門人。のち弘化4年、朝廷が設置した学習所(京都学習院)に教官として招聘される ●少閒:病が少しよくなる ●掖枕席:看病をする ●畏染汙:感染をこわがる ●桑梓:父母、あるいは郷里 ●枌楡:郷里 ●全髮膚:『孝経』に「身體髮膚、受之父母。不敢毀傷、孝之始也。」という ●武宣:前漢の武帝と宣帝。武帝は前漢最盛期を築き、宣帝は前漢中興の祖とされる ●粛代:唐の粛宗と代宗。いずれも安史の乱が続く中で即位した ●血模糊:杜甫《戲作花卿歌》に「子章髑髏血糢糊 。手提擲還崔大夫」とあり。杜甫の友人で詩書画三絶とうたわれた鄭虔の妻はこの句を読んで瘧(マラリア)が癒えたという
7-1-51 《詠史樂府二首 其一 煨芋行》 頼山陽
煨芋芋半熟。猶堪飽饑客。鼎鼐不調天下瘁。莫怪山人唯衣白。十年宰相味如何。憂人家國兩鬢華。許臣去餐衡嶽芋。奈君數摘黃臺瓜。
《詠史楽府二首 其の一 煨芋行》
芋を煨いて 芋 半ば熟せば。猶ほ饑客を飽かしむるに堪ふ。鼎鼐 調はざれば 天下 瘁る。怪しむ莫れ 山人 唯だ白を衣るを。十年の宰相 味 如何。人の家国を憂へて両鬢 華なり。臣に許せ 去って衡岳の芋を餐するを。君の数〻黄台の瓜を摘むを奈んせん。
※序文あり「癸未之冬、臥病経月、読史消遣。至唐宋之際而天太寒、終夜聞雪声撲窓。擁衾孤坐、戯作小楽府」という ●煨芋行:焼きいもの歌。唐の李泌の故事を詠む。山陽自注に「李泌少寓衡山僧舎、遇懶残者。夜自牛糞火中出半芋、啗之曰、勿多言領取十年宰相。粛宗欲相泌辞不拝帝殺建寧王。広平王不自安。泌勉求去、誦黄台瓜辞曰、一摘取其実、再摘絶其蔓」とあり
7-1-52 《詠史樂府二首 其二 燒肉行》 頼山陽
相公燒肉嫂行酒。紫貂裘溫大耳熱。酒籌倂運平南計。帳外方添幾寸雪。一榻安穩始著眠。何料兒孫被人奪。五國城寒衾如鐵。
《詠史楽府二首 其二 焼肉行》
相公 肉を焼き 嫂 酒を行なふ。紫貂裘 温かにして 大耳 熱す。酒籌 併せ運らす 平南の計。帳外 方に添ふ 幾寸の雪。一榻 安穏にして始めて眠りに著く。何ぞ料らんや 児孫 人に奪はれ。五国城 寒くして衾 鉄の如きを。
※●燒肉行:焼肉のうた。この詩、宋の太祖趙匡胤を詠む ●相公:趙普。趙匡胤が後周の節度使だった頃から仕えたブレーンで、趙匡胤を皇帝に擁立した立役者。建国後は宰相となった。太祖が大雪の夜に趙普の宅を訪れ、趙普が肉を焼いてもてなし、南征北伐について意見を述べて太祖を安心させたという逸話がある ●大耳:趙匡胤は大耳と伝わる ●五國城:趙匡胤の子孫である徽宗・欽宗は靖康の変により金軍に拉致され、満洲の五国城に幽閉され、帰国することなく亡くなった
7-1-53 《病閒》 頼山陽
誰道病可憂。病境殊不惡。支體雖有疚。此中未昏眊。夜長醒每早。窗白聞凍雀。家人報粥成。療饑腹猶綽。擁褥坐讀書。會心可充藥。不恨故人疎。尙友慰落莫。脩短已天定。堅脆豈人作。一知獨無涯。不受造物縛。
《病間》
誰か道ふ 病 憂ふべしと。病境 殊に悪しからず。支体 疚有りと雖も。此の中 未だ昏眊せず。夜長くして 醒むること毎に早く。窓 白くして 凍雀を聞く。家人 粥 成るを報じ。饑を療して 腹 猶ほ綽たり。褥を擁し 坐して書を読む。会心 薬に充つべし。故人の疎なるを恨まず。尚友 落莫を慰む。脩短 已に天定。堅脆 豈に人作ならんや。一知のみ 独り 涯無し。造物の縛を受けず。
※●腹猶綽:腹にまだ余裕がある ●會心可充藥:本を読んで会心のところがあれば、それが薬の代わりになる ●尙友:書を読んで古人を友とすること
7-1-54 《題陸羽像》 頼山陽
李白狂歌張旭顚。醉鄕無處著遊鞭。竹爐銅鼎別天地。儘付先生作一仙。
《陸羽の像に題す》
李白は狂歌し 張旭は顚す。酔郷 処として遊鞭を著くる無し。竹炉 銅鼎の別天地。儘 先生に付して一仙と作す。
※●陸羽:唐代の文人。『茶経』の著者。この詩、田能村竹田の描いた陸羽像につけた賛
7-1-55 《題畫》 頼山陽
水樹蕭蕭暗岸坳。峰陰暮早鳥歸巢。斜陽猶在溪南寺。煙外分明見塔梢。
《画に題す》
水樹 蕭蕭として 岸坳 暗し。峰陰 暮るること早くして 鳥 巣に帰る。斜陽 猶ほ在り 渓南の寺。煙外 分明に塔梢を見る。
※●塔梢:塔の先端
7-1-56 《除夜》 頼山陽
妻償舊債了。兒著新衣成。貧家粲洒掃。燈火亦覺明。合家相喚坐。煖杯聊同傾。一病不死舊顏面。又與梅花重相見。
《除夜》
妻は 旧債を償ひ了り。児は 新衣を著けて成る。貧家 粲として洒掃すれば。灯火も亦た明きを覚ゆ。合家 相ひ喚びて坐し。杯を煖めて 聊か同に傾く。一病 死せず 旧顔面。又た梅花と重ねて相ひ見ゆ。
巻8
8-1 甲申(文政7年)
8-1-1 《元旦》 頼山陽
東風搖水覺寒徂。想見輪蹄簇九衢。起倚衡門無個事。呼童開柵放家鳧。
《元旦》
東風 水を揺らして 寒の徂くを覚ゆ。想見す 輪蹄の九衢に簇るを。起ちて衡門に倚るも 個事も無し。童を呼びて柵を開き 家鳧を放つ。
※●個事:一個の事。あるいは「この事」とも読める
8-1-2 《送君夷下江次其韻》 頼山陽
勸杯還唱定風波。牽袂將歌莫渡河。滿𣾇雨絲與風片。看來不及別情多。
《君夷の江を下るを送り 其の韻に次す》
杯を勧めて還た唱ふ 定風波。袂を牽きて将に歌はんとす 莫渡河。𣾇に満つる雨糸と風片と。看来たれば及ばず 別情の多きに。
※●君夷:君彝に同じ。田能村竹田 ●定風波・莫渡河:いずれも詞牌(詞の形式・メロディーの種類)の名。その「風波を定む」「河を渡る莫れ」という名のもつ意味もこめる。後藤松陰によれば、詞(詩余)を好む竹田のためにこの両語を用いたのだという ●𣾇:淀川
8-1-3 《上浪華宿逆旅》 頼山陽
柵鎖聲收雨似塵。烏篷夜繋浪華津。篝燈呼酒臥相語。誰是行人誰送人。
《浪華に上りて逆旅に宿す》
柵鎖 声 収まりて 雨 塵に似たり。烏篷 夜 繋ぐ 浪華の津。篝灯 酒を呼びて臥し相ひ語る。誰か是れ行く人 誰か送る人。
※●柵鎖:河口や港口で夜間の船の航行を止める柵をつないだ鎖 ●烏篷:篷(竹製の天蓋)の表面に黒い油を塗った小舟 ●篝燈:行灯
8-1-4 《題待渡圖》 頼山陽
行人呼渡去。舟子如充耳。寸步有不及。放篙已離涘。舟子與行人。齊爭在寸晷。遲速有天數。世事總如此。且共班荆坐。坐看暮山紫。
《渡を待つの図に題す》
行人 渡を呼び去るも。舟子 充耳の如し。寸歩 及ばざる有り。篙を放って已に涘を離る。舟子と行人と。斉しく争ふは寸晷に在り。遅速 天数有り。世事 総て此くの如し。且く共に荊を班して坐し。坐ろに看る 暮山の紫。
※●船子:船頭 ●如充耳:聞こえないふりをしている。詩経の邶風・旄丘に「叔兮伯兮。褒如充耳」とあり ●寸晷:わずかな時間 ●班荆:草の上にすわる
8-1-5 《先君忌辰挂其和古菅二先生疊韻遺墨會含公至依韻敍懷》 頼山陽
違顏九換葛將裘。一逝音容不可留。久客忌辰心記日。孤兒衰齒鬢懸秋。遺文常懼蠹爲穴。往事追懷蜃吐樓。舊識賴餘蓮社侶。好同齋飯話從頭。
《先君の忌辰 其の古菅二先生に和する畳韻の遺墨を挂く。含公の至るに会し 韻に依りて懐を叙す》
顔を違(サ)って九たび換ふ 葛と裘と。一たび逝きて 音容 留むべからず。久客 忌辰 心に日を記し。孤児 衰歯 鬢 秋を懸く。遺文 常に懼る 蠹の穴を為すを。往事の追懐 蜃 楼を吐く。旧識 頼ひに余す 蓮社の侶。好し 斎飯を同にして 従頭を話さん。
※●先君忌辰:山陽の亡父・春水の九回忌。文政7年2月19日 ●古菅二先生:古賀精里・菅茶山 ●含公:雲華院大含。浄土真宗大谷派の僧侶。豊前国古城正行寺住職で、東本願寺学寮の講師。山陽の親友 ●依韻:春水の遺墨の韻を用いて ●蓮社:白蓮社。東晋の高僧・慧遠が僧俗の同志を集めて作った仏教修行の結社。ここでは大含師を慧遠になぞらえたもの ●齋飯:仏家において食事一般を言う。ここでは大含師とともにする食事なので斎飯と言うとともに、法事の後の精進落としの意味も含むであろう
8-1-6 《三日同士錦賦余因病久禁飮是日始醉》 頼山陽
養花天有暈。濕草雨生香。及此重三日。與君同一觴。佳辰病新起。淸酒醉殊長。隔歲貪酣暢。茂林方夕陽。
《三日 士錦と同に賦す。余 病に因りて久しく飲を禁ず。是の日 始めて酔ふ》
花を養ひて 天 暈有り。草を湿して 雨 香りを生ず。此の重三の日に及び。君と一觴を同にす。佳辰 病より新たに起ち。清酒 酔ひ 殊に長し。歳を隔てて酣暢を貪れば。茂林 方に夕陽。
※●士錦:門人の村瀬藤城 ●重三日:三月三日
8-1-7 《今春迎母京寓屬親信舟護而來俟之津上浹旬。阻風雨不時至》 頼山陽
待母津城對短檠。四簷點滴徹明鳴。茫茫赤石與兵庫。何處篷窗聽此聲。
《今春 母を京寓に迎ふ。親信に舟護を属して来たる。之を津上に俟つこと浹旬。風雨に阻まれて時に至らず》
母を待って 津城 短檠に対す。四簷の点滴 明に徹して鳴る。茫茫たり 赤石と兵庫と。何処にか 篷窓に此の声を聴かん。
※●屬:たのむ ●親信:親しく信用できる人 ●浹旬:十日間 ●不時至:予定どおりに到着しない
8-1-8 《宿世張新居》 頼山陽
海雨寒鳴屋。江雲濕壓城。賴君留客意。緩我待親情。斗酒貯春釀。一燈同夜明。板輿來幾日。數起候陰晴。
《世張の新居に宿す》
海雨 寒くして屋に鳴り。江雲 湿りて城を圧す。君が客を留むるの意に頼り。我が親を待つ情を緩くす。斗酒 春醸を貯へ。一灯 夜明を同にす。板輿 来ること幾日ぞ。数〻 起ちて 陰晴を候ふ。
※●世張:後藤松陰。山陽の門人。篠崎小竹の娘をめとって大坂に新居をかまえた。山陽は広島から母を迎えるため、松陰の新居に滞在していた
8-1-9 《送百谷東行用在薩別詩韻》 頼山陽
離亭把酒對櫻洲。曾是深秋欲盡頭。今日京城春又去。一杯送汝入東州。
《百谷の東行するを送る。薩に在りて別るるの詩韻を用ふ》
離亭 酒を把って 桜洲に対せしは。曽て是れ 深秋 尽きんと欲するの頭。今日 京城 春 又た去り。一杯 汝の東州に入るを送る。
※●百谷:小田百谷。海遷、月痴道人と号す。南画家。周防国の生まれ。長州藩御用絵師を経て京都で活動していた ●在薩別:山陽は西遊時に、九州遊学中の百谷に逢い、留別の詩を残している(→4-1-41)
8-1-10 《三條柏葉亭卽事》 頼山陽
脈脈渠流簾影搖。恰欣鄰席輟喧呶。呼魚未到洗杯坐。坐看斜陽升柳梢。
《三条柏葉亭即事》
脈脈たる渠流 簾影 揺れ。恰も欣ぶ 隣席 喧呶を輟めしを。魚を呼びて未だ到らず 杯を洗ひて坐す。坐ろに看る 斜陽の柳梢に升るを。
※●柏葉亭:三条橋そばにあった料亭。この夕、山陽は広島から迎えた母をここでもてなした
8-1-11 《送奧人大島生西遊》 頼山陽
出奧遊肥足未停。薰風蹈盡大蜻蜓。黃梅雨歇筑西路。溫嶽蘇山迎眼靑。
《奥人 大島生の西遊するを送る》
奥を出でて肥に遊ぶの足 未だ停まらず。薫風 蹈み尽くす 大蜻蜓。黄梅雨は歇む 筑西の路。温岳 蘇山 迎へて眼 青からん。
※●奧人:陸奥国の人 ●大島生:大島松洲(1793〜1832)。名は彦集、字は于木または子成、通称は精一郎。佐藤一斎らに師事し、四方遊歴ののち仙台に戻って藩儒となった。長崎で清楽(当時の中国の通俗音楽)を学び、月琴という楽器の奏者としても優れていた ●大蜻蜓:日本国 ●溫嶽蘇山:雲仙岳と阿蘇山 ●眼靑:晋の阮籍の青眼白眼の故事に山の青さをかける
8-1-12 《題畫》 頼山陽
夾水層巒翠插天。濛濛山驛雨成煙。黃梅時節岐蘇路。回首曾遊廿五年。
《画に題す》
水を夾む層巒 翠 天に挿む。濛濛たる山駅 雨 煙を成す。黄梅の時節 岐蘇の路。首を回らせば 曽遊 廿五年。
※●岐蘇:木曽
8-1-13 《七月旣望嵒城生邀飮吾母子於水樓戲作》 頼山陽
月亂銀燈趁舞腰。金波不及酒光饒。笑佗醒眼蘇團練。忍冷孤舟聽洞簫。
《七月既望 嵒城生 吾が母子を水楼に邀飲す。戯れに作る》
月 銀灯を乱して 舞腰を趁ふ。金波 及ばず酒光の饒きに。笑ふ 佗の醒眼の蘇団練。冷へを忍びて 孤舟 洞簫を聴くを。
※●七月旣望:七月十六日。蘇軾が赤壁に遊んだ日 ●嵒城生:岩城西坨。名は肅、字は恭侯。山陽の門人。本業は能登七尾の薬舗を営んだ ●蘇團練:蘇軾のこと。赤壁に遊んだ当時、黄州団練副使
8-1-14 《中秋無月侍母》 頼山陽
不同此夜十三回。重得秋風奉一卮。不恨尊前無月色。免看兒子鬢邊絲。
《中秋 月無く 母に侍す》
此の夜を同にせざること 十三回。重ねて 秋風に一卮を奉るを得たり。恨まず 尊前 月色 無きを。看るを免る 児子 鬢辺の糸。
8-1-15 《謝大鹽子起贈蘆雁圖歌》 頼山陽
曾醉君家公退餘。酒酣耳熱呼嗚嗚。怪底慘栗肌欲粟。壁掛霜渚宿雁圖。霜壓蘆荻花失色。老月欲墮影有無。四雁相偎眠半覺。兩隻縮頭噤不呼。一隻側翅如有伺。一隻張目是雁奴。誰哉畫者趙子璧。款題淋漓墨欲滴。入君樊籠朵吾頤。畫雁難於生雁獲。重遊蘆中舟同艤。對景談及舊畫姿。何圖君早察吾色。屬杯慨然許輟遺。繋舟君門出君雁。倂月倂霜卷懷之。酒醒燈底疑是夢。一幅嗷嗷信在玆。人稱寶繪煙過眼。語至得失其目睅。君獨割愛如刀斷。此情江水深無限。稻粱拙謀吾自知。繒弋賢路君不疑。隱顯雖異本同類。來去有信長相期。觀君羽儀漸雲逵。
《大塩子起 芦雁の図を贈らるに謝するの歌》
曽て君が家に酔ふ 公退の余。酒 酣に 耳 熱して 嗚嗚を呼ぶ。怪底す 惨栗として 肌 粟だたんと欲するを。壁に掛く 霜渚 宿雁の図。霜 芦荻を圧して 花 色を失ひ。老月 堕ちんと欲して 影 有無。四雁 相ひ偎みて 眠り半ば覚む。両隻 頭を縮めて 噤んで呼ばず。一隻 翅を側てて 伺ふ有るが如し。一隻 目を張るは 是れ雁奴。誰ぞや 画く者 趙子璧。款題 淋漓として 墨 滴らんと欲す。君が樊籠に入りて 吾が頤を朶せしむ。画雁は 生雁の獲よりも難し。重ねて芦中に遊び 舟 同じく艤し。景に対して談 旧画の姿に及ぶ。何ぞ図らん 君 早くに吾が色を察せんとは。杯を属して慨然として輟遺を許す。舟を君が門に繋ぎて 君が雁を出だし。月を併せ 霜を併せて 巻いて之を懐にす。酒 醒むれば 灯底 是れ夢かと疑ふ。一幅 嗷嗷として 信に玆に在り。人は称す 宝絵は 煙 眼を過ぐと。語 得失に至れば 其の目 睅る。君 独り愛を割くこと 刀もて断つが如し。此の情 江水の深きこと限り無し。稲粱の拙謀 吾 自ら知る。繒弋 賢路 君 疑はず。隠顕 異なると雖も 本 同類。来去 信有り 長く相ひ期し。観ん 君が羽儀 雲逵に漸(スス)むを。
※●大鹽子起:大塩平八郎。名は正高、のち後素、字は子起、号は中斎。大坂町奉行組与力で陽明学者。のち、世を憂い、民を救わんとして挙兵するも敗れて自死する(大塩平八郎の乱) ●蘆雁圖:この詩の序に「子起大坂府士、與聴訟獄、以廉幹称、邀余其宅、観趙子璧芦雁幅、余心欲之、而不敢言。子起知意、輟贈、謝以長句」とあり ●呼嗚嗚:声をあげて歌を歌う。「嗚嗚」は歌声 ●趙子璧:明末清初の画家(?~1646)。名は珣、字は十五。原名を之璧といい、子璧は之璧の誤りと思われる。福建莆田の人。その画は、黄檗宗の開祖・隠元をはじめとする福建からの来日僧によって日本にもたらされ、黄檗僧や彼らと交流のある文人らのネットワークを通じて広まった ●朵吾頤:欲しくてたまらないこと。易経の頤卦初九の爻辞に「観我朶頤、凶」とあり ●寶繪煙過眼:蘇軾の《宝絵堂記》に「譬之煙雲之過眼、百鳥之感耳」とあり。ここから物事に執着しないことを「雲煙過眼」という
8-1-16 《牧牛圖》 頼山陽
戀草牛行遲。長堤日欲晚。且吹腰底笛。曲闋家猶遠。
《牧牛の図》
草を恋ひて牛 行くこと遅く。長堤 日 晩れんと欲す。且く腰底の笛を吹くも。曲 闋りて 家 猶ほ遠し。
※●闋:音楽の一曲が終わる
8-1-17 《牧牛圖》 頼山陽
堤草如煙春雨餘。愛佗觳觫解馴余。角邊唯挂蓑衣綠。不識人閒有漢書。
《牧牛の図》
堤草 煙の如し 春雨の余。愛す 佗の觳觫として 解く余に馴るるを。角辺 唯だ挂く 蓑衣の緑。識らず 人間に漢書有るを。
※●觳觫:死地に向かう牛が恐れるさま。ここでは大人しく従順であるさまを誇張していうのであろう ●漢書:唐の李密が黄牛に乗り、漢書を角にかけて読んだという故事を踏まえる
8-1-18 《君彝去後周歲寫豆瓜題詩來寄賦答》 頼山陽
摘豆剖瓜與吾醉。多君能記去年事。炰鼈膏泣臙脂坡。膾鯉雪飛柳枝家。京城逢迎知幾處。獨憶吾家豆與瓜。應是淡交久不厭。屋梁殘月兩照面。赤閒關連白鶴崎。問君再遊何爲期。今歲已過刈豆節。明年猶及種瓜時。
《君彝 去りて後 周歳 豆瓜を写して詩を題し 来り寄す。賦して答ふ》
豆を摘み瓜を剖きて吾と酔ふ。多とす 君が能く 去年の事を記するを。鼈を炰きて 膏は泣く 臙脂の坡。鯉を膾して 雪は飛ぶ 柳枝の家。京城の逢迎 知んぬ 幾処ぞ。独り憶ふ 吾が家の豆と瓜と。応に是れ 淡交 久しくして厭はざるなるべし。屋梁の残月 両つながら面を照らす。赤間が関は連なる 白鶴崎。君に問ふ再遊 何(イツ)をか期と為すと。今歳 已に過ぐ 豆を刈るの節。明年 猶ほ及べ 瓜を種ふる時。
※●君彝:田能村竹田 ●炰鼈・膾鯉:スッポンを丸焼きにし、鯉を刺身にする。詩経の小雅・六月に「飲御諸友。炰鼈膾鯉」とあり ●臙脂坡:花街 ●柳枝家:柳枝は白楽天の愛妓の名。妓女の家 ●赤閒關:赤間ヶ関。下関 ●白鶴崎:豊後の鶴崎
8-1-19 《送梅坡自菟道至伏水》 頼山陽
長堤泥滑荻芽肥。紫楝花殘漁父扉。記取椋湖湖畔路。斜風細雨送君歸。
《梅坡を送りて 菟道より伏水に至る》
長堤 泥 滑らかにして荻芽 肥ゆ。紫楝の花は残す 漁父の扉。記取せん 椋湖 湖畔の路。斜風 細雨 君か帰るを送るを。
※●梅坡:小原梅坡。名は正脩、字は業夫、通称は大之助。備前岡山藩儒。詩書画にすぐれた ●菟道:宇治 ●伏水:伏見 ●紫楝花:オウチ(センダン)の花。春、葉の付け根に薄紫の花をつける ●椋湖:巨椋池。現在の京都市伏見区・宇治市・久御山町にまたがって、かつて存在していた湖。1933~1941年の干拓事業で姿を消した
8-1-20 《遡溪迂路歸自北郭。路上作》 頼山陽
石怒水與爭。樹攫沙未崩。一水知幾涉。蹋石降復登。行逢紅樹顧後人。水亂人聲呼不譍。
《渓を遡り 迂路にて北郭より帰る。路上の作》
石 怒りて 水 与に争ふ。樹 攫みて 沙 未だ崩れず。一水 知んぬ 幾たびか渉る。石を蹋みて 降り復た登る。行きて紅樹に逢ひて 後人を顧みれば。水 人声を乱して 呼べども譍へず。
8-1-21 《攝州路上》 頼山陽
酒家粉壁映晴波。官道乾沙度淤河。風景依然人欲老。楠公墓下十經過。
《摂州路上》
酒家の粉壁 晴波に映ず。官道の乾沙 淤河を度る。風景 依然として 人 老いんと欲す。楠公墓下 十たび経過す。
※●淤河:泥で濁った川 ●楠公墓:現在の神戸市中央区、湊川神社にあり。当時は湊川神社はまだなかったが、徳川光圀が建立した「嗚呼忠臣楠子之墓」の碑が存在し、尊皇思想の高まりとともに参拝者が増えていった
8-1-22 《一谷》 頼山陽
松際旗亭蕎麪香。山當人面古城牆。分明走狗將毚兔。誰把殘杯酹九郞。
《一谷》
松際の旗亭 蕎麵 香し。山は人面に当たる 古城牆。分明なり 走狗と毚兎と。誰か残杯を把って 九郎に酹がん。
※●一谷:一之谷。源平の古戦場 ●走狗・毚兔:成語の「狡兔死して走狗烹らる」を踏まえ、源義経を走狗に、平家を狡兔になぞらえる。毚兔は狡兔に同じ。攻め立てる義経軍と、逃げまどう平家軍がはっきりと目に浮かぶ、ということ
8-1-23 《侍輿短歌》 頼山陽
母坐籃輿兒草鞋。隔著輿窗相傳杯。小歇野店擘霜菓。兒獻母酬咲顏開。葛原聽妓酒如澠。華港泛鷁肴如陵。歸程一杯還可樂。回首兩都成陳迹。
《輿に侍するの短歌》
母は籃輿に坐し児は草鞋。輿窓を隔著して 相ひ杯を伝ふ。小らく野店に歇みて 霜菓を擘き。児 献じ母 酬して 咲顔 開く。葛原に 妓を聴きて 酒 澠の如く。華港に鷁を泛べて 肴 陵の如し。帰程の一杯 還た楽しむべし。首を回らせば 両都 陳迹と成る。
※●霜菓:霜果に同じ。霜を経て熟する果物。梨や柿、蜜柑など ●葛原:真葛が原。京都東山山麓一帯を指す古名 ●華港:浪華の港 ●兩都:京と大坂
8-1-24 《過片上驛驛西大池是熊澤先生所鑿觀之有感憩藤井旅店僦丁未至抽槖筆書此十月十三日也》 頼山陽
溝必因水勢。防必因地勢。吾昔讀周官。兩語心所會。備山犬牙處。瀦水如無際。地汙萃澗溪。山圍借鬱翳。吾未見其涸。其側曾五憩。此行會嚴冬。亦見須厲揭。聞昔熊子鑿。潤澤及氓隸。備藩數大川。疏理皆遺制。淹漲餘分寸。屹然堤不敝。穿池不相攸。未旱已乾洩。作堤如築牆。潰決又淤滯。不學謀人國。經綸無根蔕。學仕兩不負。君獨今陸贄。何唯治水然。百度曾獻替。賈生遇漢文。絳灌側睥睨。景略得符堅。親舊絕讒說。卓哉康濟才。懿矣君臣契。駕馭少王良。駿駑本一例。
《片上駅を過ぐ。駅西の大池は是れ熊沢先生の鑿つ所なり。之を観て感有り。藤井の旅店に憩ふ。丁を僦ふも未だ至らず。槖筆を抽きて此を書す。十月十三日なり》
溝は必ず水勢に因り。防は必ず地勢に因る。吾 昔 周官を読みて。両語 心の会する所。備山 犬牙の処。瀦水 際無きが如し。地 汚して 澗渓を萃め。山 囲みて 鬱翳を借す。吾 未だ其の涸るるを見ず。其の側 曽て五たび憩ふ。此の行 厳冬に会ふも。亦た見る 厲掲を須ふるを。聞く 昔 熊子 鑿ると。潤沢 氓隷に及ぶ。備藩の数大川も。疏理 皆 遺制なり。淹漲 分寸を余すも。屹然として堤 敝れず。池を穿ちて攸を相ざれば。未だ旱せざるに已に乾洩す。堤を作ること牆を築くが如くなれば。潰決して又た 淤滞せん。不学 人の国を謀るは。経綸に 根蔕無し。学仕 両つながら負かず。君 独り今の陸贄。何ぞ唯だ 治水の然るのみならんや。百度 曽て献替す。賈生 漢文に遇ふも。絳灌 側に睥睨す。景略 符堅を得て。親旧 讒説を絶つ。卓れるかな 康済の才。懿しきかな 君臣の契。駕馭 王良を少かば。駿駑 本 一例。
※●片上驛:片上宿。山陽道の宿場町。備前国和気郡片上村(現・岡山県備前市の中部) ●熊澤先生:熊沢蕃山(1619~1691)。名は伯継、字は良介、号は息遊軒。蕃山先生と諡された。中江藤樹に師事して陽明学を学び、備前岡山藩に出仕した。陽明学を信奉する藩主・池田光政に重用されて、飢民救済、治山治水、農業振興などに尽力した ●藤井:藤井宿。山陽道の宿場町。備前国上道郡藤井村(現・岡山市東区藤井) ●備山:備前の山 ●地汙:地面がくぼむ ●陸贄:唐の徳宗に仕えた名臣 ●賈生:前漢の賈誼。若くして学問に優れ、文帝に抜擢されて博士となった。数多くの献策を行い、それらは古来名文として名高い ●絳灌:絳侯周勃と灌嬰。賈誼を嫌い、讒言して地方に左遷させた ●景略:五胡十六国時代の前秦・符堅に仕えた宰相・王猛の字。符堅の華北統一を支えた最大の功労者。符堅の信頼篤く、王猛を讒言した重臣は失脚したため、その政策を妨げるものはいなくなった ●王良:周の穆王の名御者
8-1-25 《過吉備公墳》 頼山陽
黍國蒼茫帶夕曛。豐碑表道仰瞻君。張華博物丈夫愧。胡廣中庸天下聞。綿蕝禮誰興一代。狄鞮國總讀三墳。千年功罪須公論。休向當時徵檄文。
《吉備公の墳を過ぐ》
黍国 蒼茫として夕曛を帯ぶ。豊碑 道に表して 仰いで君を瞻る。張華の博物 丈夫 愧ぢ。胡広の中庸 天下に聞こゆ。綿蕝の礼 誰か 一代に興す。狄鞮の国 総て 三墳を読む。千年の功罪 公論を須つ。当時に向かって檄文を徴するを休めよ。
※●吉備公:吉備真備。奈良時代の学者・政治家。遣唐留学生として唐から膨大な典籍と学識を持ち帰り、国家建設に貢献した ●黍國:吉備国 ●豐碑:現・岡山県倉敷市真備町箭田にある吉備公廟に備中岡田藩主伊東長寛が建立した吉備公墓碑あり ●張華博物:晋の張華は『博物志』の著あり、博学洽聞で知られたが、当時権勢をふるった賈皇后に宰相として仕え、その横暴を止めなかった。女帝である孝謙(称徳)天皇と弓削道鏡の政権下で右大臣まで登った吉備公をたとえる ●胡廣中庸:胡広は後漢の政治家。安帝から霊帝まで6代に仕え、十数回にわたって三公(司空・司徒・太尉)の地位についた。儀礼や実務に精通し、外戚や宦官、清流派官僚が激しい権力闘争を繰り広げる中で巧みに立ち回って、長くその地位を保った。これもその実務能力や政治姿勢の面で吉備公をたとえたもの ●綿蕝禮:吉備公が釈奠の儀式服制を整えたことを、前漢の叔孫通が朝議の儀礼を確立したことにたとえる ●狄鞮國:中国西方の野蛮な国。ここでは当時後進国だった日本を指す ●三墳:古代にあったとされる古書で「三墳五典八索九丘」と呼ばれるものがあり、その内容は諸説ある。ここでは吉備公が唐から持ち帰った膨大な典籍を指す ●檄文:唐の則天武后の専横を打倒せんとする挙兵に参加した詩人の駱賓王が書いたような檄文を当時の吉備公に求めるのはやめよ、と言う意味。淳仁天皇を廃して重祚した称徳天皇を則天武后になぞらえ、それに異をとなえなかった吉備公を揶揄したもの
8-1-26 《至竹原》 頼山陽
吾家宿昔讀書山。紫翠依然窗几閒。愧使京塵染鬚面。歸來卻對舊孱顏。
《竹原に至る》
吾が家 宿昔 読書の山。紫翠 依然たり 窓几の間。愧づ 京塵をして鬚面を染めしむるを。帰来 却って対す 旧孱顔。
※●竹原:頼家の本籍地。山陽の叔父・春風が竹原の家を守っていた
8-1-27 《上隴》 頼山陽
迎母遊上國。送母還故園。情話未爲畢。相隨詣先墳。隧道曾所記。掃葉從墓門。累累高曾祖。展視塋域分。廉直培基本。膏澤流子孫。嗟吾獨狂放。汙漫自阻恩。回頭幾寒食。不得與祭墦。跪狀謝吾罪。引贊賴母存。母拜兒亦拜。霜風衣帶掀。
《隴に上る》
母を迎へて 上国に遊び。母を送りて 故園に還る。情話 未だ畢りを為さず。相ひ随ひて先墳に詣づ。隧道 曽て記する所。葉を掃ひて墓門に従ふ。累累たり 高曽祖。展視すれば 塋域 分かる。廉直 基本を培ひ。膏沢 子孫に流る。嗟 吾 独り 狂放。汚漫 自ら恩を阻む。頭を回らせば幾寒食。祭墦に与るを得ず。跪状して吾が罪を謝し。引賛 母の存するに頼る。母 拝し 児も亦た拝すれば。霜風 衣帯を掀す。
※●上隴:隴は壟に通じ、墓のこと。墓参り ●上國:王都に近い諸国のこと。上方 ●寒食:中国で清明節の直前、数日間、火を使用せず冷たい食事だけで過ごす年中行事で、墓参の風習がある ●祭墦:墓を祭ること ●引贊:手引きし助けること
8-1-28 《至廣島家宴得安字》 頼山陽
爭餉魚鰕皆活潑。相逢老稚竝平安。最欣新婦諳家法。纖手殷勤辨晚餐。
《広島に至り 家宴す。安字を得る》
争ひ餉りて 魚鰕 皆 活潑に。相ひ逢ひて 老稚 並びに平安なり。最も欣ぶ 新婦 家法を諳んじ。繊手 殷勤に晩餐を弁ずるを。
※●新婦:山陽の長男・聿庵の妻、皐子。広島藩士寺川茂次馬の妹。文政5年に結婚
8-1-29 《杏坪叔有詩次韻》 頼山陽
廿年病朽博閑身。私第愁君未角巾。退食每晡因職劇。傳杯連夜爲情親。關心家業終無續。提耳兒曹賴有人。滿腹精神須自惜。不妨遊躅託行春。
《杏坪叔に詩有り。次韻す》
廿年 病朽 閑身を博す。私第 愁ふ君が未だ角巾ならざるを。退食 毎に晡なるは 職の劇なるに因り。伝杯 連夜なるは 情の親しきが為めなり。家業に関心するも 終に続ぐ無きも。児曹に提耳するは 頼ひに人有り。満腹の精神 須らく自ら惜しむべし。妨げず 遊躅 行春に託するを。
※●未角巾:まだ隠居していない ●退食:朝廷から退いて家で食事することから、仕事を終えて帰宅するの意 ●晡:日暮れ。現代の感覚では日暮れに帰宅できるなら普通と思うかもしれないが、当時は早朝からの勤務なので長時間の勤務ということになる ●終無續:山陽が春水から頼氏本家の家督を継がなかったこと ●提耳:耳に口を近づけて話す。切に教え諭すこと ●兒曹:山陽の長男・聿庵のこと。祖父・春水から家督を継いだ
8-1-30 《發廣島東上元協送至海田驛賦與之》 頼山陽
相送不忍別。下轎又相。轎夫色帶倦。嗔吾移步遲。行行何所囑。劬勞北堂慈。弱婦與小姪。撫視莫或違。吾已辭桑梓。天涯分仳離。有汝吾不顧。愼勿涕淚垂。
《広島を発して東上す。元協 送りて 海田駅に至る。賦して之に与ふ》
相ひ送りて 別るるに忍びず。轎を下りて 又た相ひ攜ふ。轎夫 色 倦を帯び。吾が歩を移すの遅きを嗔る。行き行く 何の嘱する所ぞ。劬労す 北堂の慈。弱婦と小姪と。撫視 或ひは違ふ莫れ。吾 已に桑梓を辞し。天涯 仳離を分とす。汝 有り 吾 顧みず。慎んで涕涙 垂るる勿れ。
※●元協:山陽の長男・聿庵の名 ●海田驛:海田市(かいたいち)の宿場。現・広島県安芸郡海田町にあった。広島藩の蔵入り地で、西国街道の宿場として整備された ●劬勞:つとめ疲れる ●北堂慈:北堂は母の住まう場所、慈は慈母。山陽の母 ●弱婦・小姪:若い妻と幼い甥。聿庵の妻・皐子と、春水の養子(春風の実子)景譲の遺児・鉉(号:達堂 当時10歳)のこと。達堂は血統上は聿庵のはとこにあたるが、聿庵は景譲没後に春水の養子になっているため、達堂は義兄の子、つまり義理の甥ということになる
8-1-31 《竹原過別春風叔。依其贈詩韻》 頼山陽
板輿送罷返王畿。林飮重敲大阮扉。鶴出舊巢曾殺翮。烏離慈母復孤飛。一宵鄕味煨紅鬣。十歲京塵染素衣。情話未終還就路。度鴻在目五絃揮。
《竹原にて春風叔に過別す。其の贈らるる詩韻に依る》
板輿 送り罷めて 王畿に返る。林飲 重ねて敲く 大阮の扉。鶴 旧巣を出でて 曽て翮を殺(ソ)ぎ。烏 慈母を離れて 復た孤り飛ぶ。一宵の郷味 紅鬣を煨き。十歳の京塵 素衣を染む。情話 未だ終はらずして 還た路に就く。度鴻 目に在りて 五絃を揮ふ。
※●大阮:晋の阮籍。叔父の春風をたとえる。甥の山陽自身は阮籍の甥・阮咸(小阮)ということになる。竹原の林飲であるから「竹林」となり、竹林の七賢につながる ●殺翮:尾羽打ち枯らす。この聯いずれも山陽自身のこと ●紅鬣:鯛 ●染素衣:白い着物を染める。陸機《為全彦先作》に「京洛多風塵。素衣化為緇」とあり ●度鴻在目五絃揮:竹林七賢の嵆康《贈秀才入軍》に「目送帰鴻。手揮五絃」とあり
8-1-32 《又用杏翁韻》 頼山陽
漂泊紅塵寄此身。重來桑梓拂衣巾。讀書每覺功名假。閱世終知骨肉親。幸我承歡存阿母。看君貌老類先人。狂愚仍辱視猶子。一室咲言溫似春。
《又た杏翁の韻を用ふ》
紅塵に漂泊して 此の身を寄す。重ねて桑梓に来たりて 衣巾を払ふ。書を読みて 毎に覚ゆ 功名の仮なるを。世を閲して 終に知る 骨肉の親しきを。幸ひとす 我が歓を承くるに阿母の存するを。看る 君が貌 老いて 先人に類するを。狂愚 仍ほ辱くす 視ること猶ほ子のごときを。一室の咲言 温かきこと春に似たり。
※●承歡:歓心を得る。ご機嫌をとる。特に父母や主君を喜び楽しませる ●先人:山陽の亡父・春水
8-1-33 《上千光寺》 頼山陽
崖腹嵌僧寺。林頭露海門。波光分瓦色。梵唄壓人喧。鳥逝岸無影。舟過潮有痕。題名向怪石。幾日又東轅。
《千光寺に上る》
崖腹 僧寺を嵌め。林頭 海門を露はす。波光 瓦色を分かち。梵唄 人喧を圧す。鳥逝きて 岸に影無く。舟過ぎて 潮に痕有り。名を題して 怪石に向ふ。幾日か 又た東轅せん。
※●千光寺:尾道にある真言宗寺院。山号は太宝山。境内からは尾道の街並みと瀬戸内海が一望できる ●東轅:車の轅を東に向ける。東へ向かう。菅茶山はこの句について評語で「東恐西誤(東は恐らく西の誤ならん)」という
8-1-34 《神邊同菅翁賦。分韻得尤。翁老飮酒有限。近又減之》 頼山陽
曾侍母輿成往遊。重尋父執寫今憂。杜家獨樹寒飄葉。蘇酒三蕉老減籌。渠水有聲冰未結。園蔬無甲霜方稠。二毛非復狂童舊。喜許尊前脫帣韝。
《神辺にて菅翁と同に賦す。韻を分ちて尤を得たり。翁 老いて酒を飲むこと限り有り。近ごろ又た之を減ず》
曽て母の輿に侍して 往遊を成す。重ねて父執を尋ねて 今憂を写す。杜家の独樹 寒くして葉を飄らし。蘇酒の三蕉 老いて籌を減ず。渠水 声有りて 氷 未だ結ばず。園蔬 甲無くして 霜 方に稠し。二毛 復た旧狂童に非ず。喜ぶ 尊前に帣韝を脱するを許すを。
※●神辺:菅茶山の廉塾・自宅があった場所。現・広島県福山市神辺町 ●菅翁:菅茶山 ●杜家獨樹:杜甫《草堂即事》に「独樹老夫家」とあるのを踏まえ、茶山を杜甫にたとえる ●蘇酒三蕉:蕉は蕉葉、底の浅い小杯のこと。蘇軾は下戸で蕉葉三杯しか飲めなかったという。《東坡志林》「吾少時、望見酒盞而酔。今亦能飲三蕉葉矣」 ●園蔬無甲霜方稠:この句、下三字が平三連。茶山の評語に「霜恐雪或霰誤」とあり ●帣韝:帣は絭に通じ、たすきの意。韝はゆごて(弓を射るときに弦が当たるのを防ぐため左の臂につける革具)だが、弓を射るときだけでなく、作業時に衣を収めるのに使った。いずれも下働きする者がつけるもの
8-1-35 《神邊同菅翁賦。係進退韻》 頼山陽
疎柳寒梅小石渠。深深門巷認咿唔。階抛殘食爭鷄鶩。窗閱新文校魯魚。狂態愧曾追杜牧。隱蹤悔不伴林逋。此閒願洗京塵涴。閑讀平生未見書。
《神辺にて菅翁と同じく賦す。進退韻に係る》
疎柳 寒梅 小石渠。深深たる門巷 咿唔を認む。階に残食を抛てば 鶏鶩 争ひ。窓に新文を閲して 魯魚を校す。狂態 愧づ 曽て杜牧を追ひしを。隠踪 悔ゆ 林逋に伴はざるを。此の間 願はくは 京塵の涴れを洗ひて。閑かに読まん 平生 未だ見ざるの書。
※●神辺:菅茶山の廉塾・自宅があった場所。現・広島県福山市神辺町 ●菅翁:菅茶山 ●進退韻:二種類の韻で交互に押韻すること。渠・魚・書は魚韻、唔・逋は虞韻 ●校魯魚:魯魚の誤り(誤字)を校正する ●杜牧:晩唐の詩人。「贏得青楼薄倖名」など若いころの遊蕩で有名 ●林逋:宋の詩人。西湖のほとりに隠棲し、梅を妻とし鶴を子としたことで有名
8-1-36 《觀楠廷尉把杯圖圖蓋紀人所傳感而作歌》 頼山陽
蒼袍烏帽持酒匜。匜中泥金描菊水。和肅裏含神勇姿。不問知吾楠廷尉。獨怪畫手何所傳。燕安寧有肉生髀。或在千窟受圍初。談咲坐當萬虎貙。吾甲在心緩吾帶。聊澆心裏龍虎書。或在雙闕拜爵夕。退擎恩波金光凸。芳醇淪澈肺肝膽。添得陸離滿胸赤。否則櫻井訣飮杯。壓營戰鼓如萬雷。一杯擘斷生死路。玉山未頹長城摧。君不見三世骨肉傳醇液。賈勇猶與北風敵。
《楠廷尉 杯を把るの図を観る。図は蓋し紀人の伝ふる所。感じて歌を作る》
蒼袍 烏帽 酒匜を持し。匜中の泥金 菊水を描く。和粛裏に含む 神勇の姿。問はずして知る 吾が楠廷尉なるを。独り怪しむ 画手 何の伝ふる所ぞ。燕安 寧んぞ 肉の髀に生ずる有らんや。或ひは千窟 囲を受くる初めに在りて。談咲 坐して当たる 万虎貙。吾が甲 心に在り 吾が帯を緩め。聊か 心裏の竜虎の書に澆ぐ。或ひは 双闕 爵を拝するの夕に在りて。退きて擎ぐ 恩波 金光 凸く。芳醇 淪澈す 肺肝胆。添へ得たり 陸離 満胸の赤きに。否んば則ち 桜井 訣飲の杯。営を圧する戦鼓 万雷の如く。一杯 擘断す 生死の路。玉山 未だ頽れず長城 摧く。君見ずや 三世の骨肉 醇液を伝へ。勇を賈って 猶ほ北風に敵せしを。
※●楠廷尉:楠木正成 ●紀人:紀伊国の人 ●菊水:菊水の紋。楠木氏の家紋 ●燕安:宴安に同じ。心くつろぎ楽しむ ●千窟:千早城。現・大阪府南河内郡千早赤阪村千早。大楠公は元弘3年、千早城に籠城して、攻め寄せる幕府の大軍を奇策で翻弄して撤退に追い込んだ ●吾甲在心:五胡十六国時代の後燕の武将・慕容農の言葉「彼甲在外、我甲在心」をふまえる。『資治通鑑』晋紀二十七にあり ●櫻井:桜井駅。湊川の戦いへ向かう大楠公が小楠公に別れた地 ●玉山未頽:晋の嵆康の酔うこと玉山の崩れる如しと、晋書にあり。ここでは思う存分に酔うこともないうちに、の意 ●長城:国家を守護する大人物。楠公を指す
8-1-37 《發神邊菅翁送至丁谷梅林下有詩次韻言謝》 頼山陽
風樹蕭蕭歲幾更。每逢父執不堪情。籃輿忍凍遙相送。莫怪離杯惜未傾。
《神辺を発す。菅翁 送りて 丁谷梅林の下に至る。詩 有り。次韻して謝を言ふ》
風樹 蕭蕭として 歳 幾たびか更はる。父執に逢ふ毎に 情に堪へず。籃輿 凍を忍びて 遥かに相ひ送る。怪しむ莫れ 離杯 惜みて未だ傾けざるを。”
※●神辺:菅茶山の廉塾・自宅があった場所。現・広島県福山市神辺町 ●丁谷梅林:神辺にある梅林。読みは「ようろだに」 ●有詩:菅茶山《丁谷餞子成卒賦》「数宵閑話毎三更。未尽仳離十載情。送者停筇客頻顧。梅花香裏夕陽傾」 ●風樹:父母を喪って奉養できないことをいう ●惜未傾:李白《送儲邕之武昌》に「送爾難爲別。 銜杯惜未傾」とあり”
8-1-38 《發神邊菅翁送至丁谷梅林下有詩次韻言謝》 頼山陽
送者停轎行者斟。洗杯相屬澗流潯。平生唯愛梅花好。今日淸香別樣深。
《神辺を発す。菅翁 送りて 丁谷梅林の下に至る。詩 有り。次韻して謝を言ふ》
送る者は轎を停め 行く者は斟む。杯を洗ひて相ひ属す 澗流の潯。平生 唯だ愛す 梅花の好きを。今日 清香 別様に深し。
※●神辺:菅茶山の廉塾・自宅があった場所。現・広島県福山市神辺町 ●丁谷梅林:神辺にある梅林。読みは「ようろだに」 ●別樣:格別に
8-1-39 《宿福山最善寺》 頼山陽
歸艇將艤梔子浦。理裝且度木綿橋。休公相要吟詩榻。分得佛燈終夜挑。
《福山最善寺に宿る》
帰艇 将に艤せんとす 梔子の浦。装を理め 且く度る 木綿橋。休公 相ひ要す 吟詩の榻。仏灯を分ち得て 終夜 挑ぐ。
※●最善寺:広島県福山市にある浄土真宗寺院 ●梔子浦:梔子瀬戸。鞆の浦の阿伏兎岬のすぐ下に広がる海峡。潮流が複雑で「出口無し」が転じて「くちなし」になったという。ここでは、「木綿橋」と対にする必要性から「梔子浦」で鞆の浦を表現したもの ●木綿橋:当時、福山の城下町にあった橋。福山城の外堀と福山湾を結ぶ入川という運河にかかる橋で、橋の上で木綿市が開かれていたことから名付けられたという。昭和初期から入川の埋め立てが進んだため、昭和13年に姿を消した ●休公:唐代の詩僧・貫休のこと。最善寺住職の祐度(号:静庵)をたとえる。祐度も詩僧であった
8-1-40 《鞆浦示菅徵卿》 頼山陽
風聲捎小閣。雪意壓疎燈。節物催新歲。杯盤對舊朋。京書無一字。備嶺尙千層。憑汝忘飄泊。吟哦炙硏冰。
《鞆浦。菅徴卿に示す》
風声 小閣を捎め。雪意 疎灯を圧す。節物 新歳を催し。杯盤 旧朋に対す。京書 一字も無く。備嶺 尚ほ千層。汝に憑りて 飄泊を忘れ。吟哦 研氷を炙る。
※●菅徵卿:通称は良平、字は汝献。茶山の親戚で、鞆に住み、医業を営んだ ●備嶺尙千層:備嶺は備前・備中・備後の山々。京の自宅までの道のりにはまだ幾つもの山があるという意
8-1-41 《宿泉藏招月亭》 頼山陽
書樓臨小港。行客釋歸蓑。夜話知舟泊。寒聲覺雁過。交情窮倍見。酒態老逾加。談笑雖云樂。其如萍水何。
《泉蔵の招月亭に宿す》
書楼 小港に臨み。行客 帰蓑を釈く。夜話 舟の泊するを知り。寒声 雁の過ぐるを覚ゆ。交情 窮して倍〻見はれ。酒態 老いて逾〻加はる。談笑 楽しと云ふと雖も。其れ 萍水を如何んせん。
※●泉藏:小野泉蔵。小野櫟翁の弟。諱は達。招月と号す。備中国浅口郡長尾の人 ●招月亭:小野泉蔵の書楼(書斎) ●萍水:旅先でゆくりなくも出会うこと。ここでは旅先の出会いゆえにすぐにまた別れねばならぬこと
8-1-42 《招月亭卽事》 頼山陽
背村面水小樓居。水影搖窗日上初。插架粼粼皆異帙。亂抽未定讀何書。
《招月亭即事》
村を背にし 水に面す 小楼居。水影 窓に揺る 日 上るの初め。架に挿むは 粼粼として 皆 異帙。乱抽して未だ定めず 何れの書を読むかを。
※●招月亭:小野泉蔵(号:招月)の書楼(書斎)。備中国浅口郡長尾 ●粼粼:水が透き通って石がはっきり見えるさま。ここでは、珍しい本ばかりで目を見張らされるさまを言うのであろう ●亂抽:興味の惹かれるまま、本棚から手あたり次第に本を取り出す、ということ
8-1-43 《備播之際有作》 頼山陽
家鄕行已遠。背指只雲山。憶昨母偕往。如今吾獨還。酒家高樹側。驛店亂峰閒。每歷停輿處。依稀見笑顏。
《備播の際にて作有り》
家郷 行くゆく已に遠し。背指すれば 只だ雲山。憶ふ 昨 母と偕に往きしを。如今 吾独り還る。酒家 高樹の側。駅店 乱峰の間。輿を停めし処を歴る毎に。依稀として 笑顔を見る。
※●備播之際:備前と播磨の国境
8-1-44 《路上雜詩》 頼山陽
家家歲計競迎新。餽食驅儺又拂塵。飄泊半生成底事。窮陰尙作未歸人。
《路上雑詩》
家家の歳計 競ひて新を迎ふ。食を餽り 儺を駆り 又た塵を払ふ。飄泊の半生 底事をか成す。窮陰 尚ほ作る 未だ帰らざるの人。
※●歲計:年末の仕事 ●餽食:年の暮れに親戚友人等に食物を贈る。餽歳のこと ●驅儺:おにやらいをする。年末に疫鬼を追い払う儀式 ●窮陰:冬の末。当時の暦では年明けの前後に立春が来るから、歳末でもある
8-1-45 《路上雜詩》 頼山陽
鞋痕霜泫作輕泥。茆店呼茶正午鷄。總角竹弓童子戲。問年恰與我兒齊。
《路上雑詩》
鞋痕 霜 泫(ナガ)れて 軽泥を作す。茆店 茶を呼べば 正に午鶏。総角 竹弓 童子 戯る。年を問へば 恰も我が児と斉し。
※●總角:あげまき。幼児の髪の結び方 ●我兒:山陽の次男・辰蔵。この年5歳
8-1-46 《戲作攝州歌》 頼山陽
兵可用。酒可飮。海內何州當此品。屠販豪侠墮地異。腹貯五州水淰淰。阿吉不肯捐與人。阿藤營宅城如錦。龍顚虎倒兩逝波。戰血滿地化嘉禾。伊丹劍稜美如何。各酹一杯能飮麼。
《戯れに摂州の歌を作る》
兵 用ふ可し。酒 飲むべし。海内 何れの州か 此の品に当たらん。屠販の豪侠 地に堕ちて異なり。腹に貯ふ 五州の水 淰淰たるを。阿吉 捐てて人に与へるを肯ぜず。阿藤 宅を営んで 城 錦の如し。竜 顚し 虎 倒れて 両つながら逝波。戦血 地に満ちて 嘉禾に化す。伊丹の剣稜 美なること如何。各〻 一杯を酹がん 能く飲むや麼や。
※●攝州:摂津国。現在の大阪府北中部・兵庫県南東部 ●屠販:獣を屠り肉を販す。古代において荒くれ者の職業の代表であった ●墮地異:地に生まれ落ちたときから他国の人とは異なる ●五州:畿内五か国 ●阿吉:吉法師。織田信長の幼名。 ●阿藤:藤吉郎。豊臣秀吉 ●劍稜:剣菱。伊丹の津国屋の日本酒の銘柄。のち、経営母体を幾度か変えながら銘柄は引き継がれ、現在の剣菱酒造まで続いている。昭和4年の剣菱酒造設立により、伊丹から灘に移転したが、ラベルには今に至るまで「丹醸(伊丹の酒)」とある。この詩の山陽自注に「余書此詩與摂人。剣稜主人偶見奪取、即贄其酒来謁。定交始于此」とある。「剣稜主人」が津国屋主人の坂上桐陰(勘三郎)であり、稲寺屋から受け継いだ剣菱を名酒の代名詞にまで押し上げた剣菱中興の醸主として知られる
8-1-47 《尼崎》 頼山陽
寒樹蒼茫接港關。尼崎城下買舟還。那邊應有妻兒俟。依約雲閒得叡山。
《尼崎》
寒樹 蒼茫として 港関に接す。尼崎城下 舟を買ひて還る。那辺 応に妻児の俟つ有るべし。依約として雲間に叡山を得たり。
※●尼崎:摂津国川辺郡尼崎。桜井松平家が藩主の尼崎藩藩庁 ●叡山:比叡山
8-1-48 《除夜作》 頼山陽
細君拮据鬢蓬麻。婢辨辛盤僕掃家。獨有主翁無一時。出從村路覓梅花。
《除夜の作》
細君 拮据として 鬢 蓬麻たり。婢は辛盤を弁じ 僕は家を掃ふ。独り 主翁の一時も無き有り。出でて村路に従ひて 梅花を覓む。
※●拮据:手と口とともに動かすこと。忙しくはたらくさま
8-2 乙酉(文政8年)
8-2-1 《豬日招檉園春琴》 頼山陽
故山回首夢瞢騰。又入京塵十丈層。濁酒聊招素心友。甁梅影裏剪春燈。
《猪日 檉園・春琴を招く》
故山 首を回らせば 夢 瞢騰。又た入る 京塵 十丈の層。濁酒 聊か招く 素心の友。瓶梅影裏 春灯を剪る。
※●豬日:亥の日。この日、正月三日 ●檉園春琴:小石檉園と浦上春琴
8-2-2 《題醉杜圖集杜句》 頼山陽
詞客哀時猶未還。幾回靑鎖點朝班。臥龍躍馬終黃土。詩卷長留天地閒。
《酔杜図に題す。杜句を集む》
詞客 時を哀しみて 猶ほ未だ還らず。幾回か青鎖にて 朝班に点ず。臥竜 躍馬 終に黄土。詩巻 長く留む 天地の間。
※●集杜句:杜甫のさまざまな詩から句を集めて一首の詩としたもの。起句は《詠懷古跡五首 其一》の第6句。承句は《秋興八首 其五》の第8句。転句は《閣夜》の第7句。結句は《送孔巢父謝病歸遊江東兼呈李白》の第3句。ただし各句、版本により字の異同あり ●臥龍躍馬:臥竜は諸葛亮、躍馬は公孫述。左思《蜀都賦》に「公孫躍馬而称帝」
8-2-3 《讀隋煬紀》 頼山陽
總管揚州是阿𡡉。才情何減後庭花。牙檣錦纜春方好。不省中原付李家。
《隋煬紀を読む》
揚州を総管するは 是れ阿𡡉。才情 何ぞ減ぜん 後庭の花。牙檣 錦纜 春 方に好し。省みず 中原を李家に付すを。
※●隋煬紀:隋書煬帝本紀 ●阿𡡉:煬帝の幼名。一般には「阿摩」とされる ●後庭花:玉樹後庭花。南朝・陳の後主が自作して宮女たちに歌わせた歌曲 ●李家:唐を建国した李氏
8-2-4 《平安上巳書感》 頼山陽
吹血東風鬧萬蹄。角雄秦晉迭排擠。九門今日放金鑰。春苑縱民觀鬭鷄。
《平安上巳書の感》
血を吹いて 東風 万蹄 鬧がしく。雄を角べて 秦晋 迭ひに排擠す。九門 今日 金鑰を放ち。春苑 民の闘鶏を観るに縱(マカ)す。
※●平安:平安京。京の都 ●上巳:三月三日の節句 ●秦晉:秦は戦国七雄のひとつ。晋は春秋五覇のひとつ。かつて京都の支配をめぐって互いに争った勢力をたとえる。京都が戦場になった保元・平治の乱や応仁の乱を示唆して、転句以下の現在の平和な風景と対比させている
8-2-5 《仲春士錦實甫遠來見訪。遂同觀梅伏水。此日上午》 頼山陽
十里飛塵漲軟紅。狐王廟裏鼓鼕鼕。藤林一折看梅路。萬雪堆明夕照中。
《仲春 士錦・実甫 遠く来たりて 訪はる。遂に同に梅を伏水に観る。此の日 上午なり》
十里の飛塵 軟紅 漲り。狐王廟裏 鼓 鼕鼕たり。藤林 一折す 梅を看るの路。万雪 堆く明らかなり 夕照の中。
※●士錦:村瀬士錦。名は褧、藤城と号す。美濃の人。山陽の門人 ●實甫:神田実甫。名は充、柳渓または南宮と号す。美濃の人 ●伏水:伏見 ●上午:初午。仲春は旧暦では二月なので、二月の初午、すなわち稲荷祭の日にあたる ●狐王廟:稲荷神社。ここでは伏見稲荷大社 ●藤林:藤森。伏見稲荷の南、藤森神社のあたり
8-2-6 《詠三國人物十二絕句 先主》 頼山陽
長腕雙垂閑不勝。結髦織屨枉多能。幢幢一樹柔桑綠。展到蜀山靑萬層。
《三国人物を詠ずる十二絶句 先主》
長腕 双び垂れて 閑 勝へず。結髦 屨を織り 枉げて多能。幢幢たる一樹 柔桑の緑。展べ到る 蜀山の青万層。
※●先主:蜀の先主。劉備玄徳 ●長腕:劉備の腕が長かったことは蜀志・先主伝に「垂手下膝」とあり ●結髦:垂れ髪。幼児が髪を結んで角のように頭の両側に垂れ下げたもの。転じて少年のこと。蘇軾《宝絵堂記》に「劉備之雄才也、而好結髦」とあり ●屨:草鞋。劉備は幼くして父を亡くし、家が貧しかったため、母とともに草鞋や蓆を織って生計を立てた。先主伝に「先主少孤、與母販履織蓆為業」とあり ●幢幢一樹:劉備の家の前には大きな桑の木があった。先主伝「舍東南角籬上有桑樹生高五丈餘、遙望見童童如小車蓋」とあり。幢幢は羽毛の垂れ下がるさま。先主伝の童童は木陰の盛んなさま。
8-2-7 《詠三國人物十二絕句 孔明》 頼山陽
有魚頳尾泣窮冬。涸轍無人憐噞喁。誰料南陽半溝水。養渠忽地化爲龍。
《三国人物を詠ずる十二絶句 孔明》
魚 有り 頳尾 窮冬に泣くも。涸轍 人の噞喁を憐れむ無し。誰か料らん 南陽 半溝の水。渠を養ひて 忽地に化して竜と為らしめんとは。
※●頳尾:赬尾に同じ。赤い尾。魚が疲れると尾が赤くなるとされることから、転じて君子の苦労することをいう ●涸轍:たまった水の涸れかけている轍。涸れた轍で苦しむ鮒が人に助けを求める寓話(轍鮒の急)が荘子・外物篇にある ●噞喁:魚が口をぱくぱく動かすこと。起承の二句、劉備の不遇をたとえる ●南陽半溝水:孔明のこと。孔明の庵は南陽の隆中にあった。劉備は「自分にとっての孔明は、魚にとっての水だ」と言った
8-2-8 《詠三國人物十二絕句 關羽》 頼山陽
北伐長驅不備吳。髥公終被阿蒙愚。問君曾讀春秋日。卻記秦人殽役無。
《三国人物を詠む十二絶句 関羽》
北伐 長駆して 呉に備へず。髥公 終に 阿蒙に愚せらる。君に問ふ 曽て春秋を読むの日。却つて 秦人の殽の役を記するや無や。
※●北伐:荊州を任されていた関羽は、魏を攻めて樊城・襄陽を落とした。当初は呉が背後を衝くことを警戒していたが、呉の司令官を呂蒙から引き継いだ陸遜が関羽を非常に恐れてへりくだるさまを装ったことから、警戒心をゆるめて荊州の守備兵力を減らして魏への攻撃に振り向け、呉の荊州侵攻を許すこととなった ●髥公:関羽のこと。あごひげが立派で美髯公と呼ばれた ●阿蒙:呂蒙のこと。魯肅が呂蒙にむかって「呉下の阿蒙に非ず」と言った故事をふまえる ●殽役:殽の戦い。秦が軽々しく出兵して晋に大敗した。左伝僖公三十三年に記事あり
8-2-9 《詠三國人物十二絕句 張飛》 頼山陽
蛇矛欄住萬蹄塵。恢復神州機已新。應愧蹭蹬在江漢。自呼翼德是燕人。
《三国人物を詠ずる十二絶句 張飛》
蛇矛 欄住す 万蹄の塵。神州を恢復するの機 已に新たなり。応に愧づべし 蹭蹬 江漢に在るを。自ら呼ぶ 翼徳は是れ燕人と。
※●蛇矛:矛の一種。張飛は一丈八尺の蛇矛を用いていたという ●欄住:さえぎりとどめる。長坂の戦いで、張飛は敗走する劉備軍のしんがりを引き受け、曹操の大軍の前に立ちはだかり「身是張益德也、可來共決死」と言い放って曹軍をひるませた ●江漢:揚子江と漢水、またその流域 ●翼德是燕人:正史の『三国志』では張飛の字は「益徳」。『三国志演義』では字を「翼徳」とする。また長坂で「燕人張翼徳在此。誰敢来決死戦」と叫んだというのも『演義』の記述で、正史の『三国志』では「燕人」とは言っていない。大多数の日本人と同様、山陽の頭の中にあった「三国志」とは『三国志演義』だったのだろう。もちろん張飛の出身地の幽州はかつての燕の故地であるから燕人であることには間違いない
8-2-10 《詠三國人物十二絕句 趙雲》 頼山陽
七尺彭亨膽滿身。誰知鎧縫舍郞君。刀邊一塊收龍肉。留續岷峨半段雲。
《三国人物を詠ずる十二絶句 趙雲》
七尺の彭亨 胆 身に満つ。誰か知らん 鎧縫に郎君を舎すを。刀辺 一塊 竜肉を収めて。留続す 岷峨 半段の雲。
※●膽滿身:劉備、趙雲を評していわく「子龍一身都是肝」 ●郞君:若君。劉備の子・阿斗(のちの劉禅)。長坂の戦いで、趙雲は劉備とはぐれた阿斗と甘夫人を保護し、阿斗を懐に抱えて敵軍の中を突破して無事に劉備のもとへ送り届けた ●一塊收龍肉:一塊龍肉は帝王の幼児のこと。南宋末の楊太后の言葉「吾忍死至於此者、正為趙氏一塊肉耳」を用いる ●岷峨:岷山と峨眉山。蜀のこと
8-2-11 《詠三國人物十二絕句 本初》 頼山陽
冀北萬蹄麾蓋邊。羣雄用武孰齊肩。不蹂千里靑靑草。熟視阿瞞先著鞭。
《三国人物を詠ずる十二絶句 本初》
冀北の万蹄 麾蓋の辺。群雄 武を用ふること 孰か肩を斉しくせん。蹂まず 千里 青青の草。熟視す 阿瞞の先づ鞭を著くるを。
※●本初:袁紹の字 ●冀北:冀州の北部。良馬の産地として知られた。袁紹の実際の本拠地は冀州南部の鄴だが、この後につづく「萬蹄」との相性や平仄の関係で冀北としたものか ●千里靑靑草:山陽自注に「草千里、董字。当時童謡、指董卓也」とあり ●阿瞞:曹操の幼字 ●先著鞭:東晋の劉琨が「常恐祖生先吾著鞭」と言った故事による成語
8-2-12 《詠三國人物十二絕句 孟德》 頼山陽
金刀版籍得雄蹲。銅雀樓臺日月昏。七十二堆春草碧。更無寸土到兒孫。
《三国人物を詠ずる十二絶句 孟徳》
金刀の版籍 雄蹲するを得。銅雀の楼台 日月 昏し。七十二堆 春草 碧に。更に寸土も児孫に到る無し。
※●孟德:曹操の字 ●金刀:劉氏。漢王朝のこと。「劉」を分解すると「卯金刀」となることから ●雄蹲:力強くすわり込む。強大な勢力として割拠する ●銅雀樓臺:銅雀台。曹操が袁紹を滅ぼしたのち、鄴に築いた楼台 ●七十二堆:曹操は死後に墓を荒らされることを恐れ、偽の墓(疑塚)を七十二作り、どれが本物の墓かわからなくしたという
8-2-13 《詠三國人物十二絕句 仲達》 頼山陽
心甘蜀將遺巾幗。手辣魏軍歸戰幢。三馬同槽終幾日。回頭羣鬣去過江。
《三国人物を詠ずる十二絶句 仲達》
心は甘んず 蜀将 巾幗を遺るに。手 辣にして 魏軍 戦幢に帰す。三馬 同槽 終に幾日ぞ。頭を回らせば 群鬣 去って江を過(ワタ)る。
※●仲達:司馬懿 ●巾幗:婦人の髪飾り。蜀の北伐を迎え撃つ仲達は孔明の策を警戒し、守りに徹して陣に立てこもった。孔明は仲達をおびき出すため、巾幗を贈って挑発したが仲達は応じなかった ●手辣:辣腕であること ●三馬同槽:ある日、曹操は、三匹の馬がひとつの槽(飼葉桶)で餌を食べている夢を見た。三馬は三人の司馬(仲達と息子の師・昭)、槽は曹氏(魏)に通じ、仲達ら父子が魏を乗っ取る意味にとれる。後年、司馬昭の子・炎が魏を簒奪して晋を建国、夢の予知のとおりとなった ●羣鬣去過江:西晋が匈奴に滅ぼされて中原を奪われ、晋の皇族が江南に逃れて東晋を建国したことを指す
8-2-14 《詠三國人物十二絕句 荀彧》 頼山陽
八龍孫子獨騰驤。豢養誰誇吾子房。分得當塗萬年臭。坐閒三日果何香。
《三国人物を詠ずる十二絶句 荀彧》
八竜 孫子 独り騰驤す。豢養 誰か誇る 吾が子房と。分ち得たり 当塗 万年の臭。坐間 三日 果して何の香ぞ。
※●荀彧:曹操に仕えた参謀 ●八龍:荀彧の祖父・荀淑には八人の男子があり、皆才名あって、荀氏の八龍と呼ばれた ●吾子房:荀彧が袁紹を見限って曹操の幕下に入ったとき、曹操は「吾子房也」と大いに喜んだ。子房は漢の高祖劉邦の参謀・張良の字 ●當塗:魏のこと。当時の讖文(予言書)に「代漢者、当塗高」とあり ●坐閒三日果何香:荀彧は香を好み、その衣には常に香を焚いていたので、彼が坐ったところは三日間残り香が続いたという
8-2-15 《詠三國人物十二絕句 仲謀》 頼山陽
生子當如孫仲謀。不關天塹護金甌。可憐卻被曹瞞餌。力竭荆襄斗大州。
《三国人物を詠ずる十二絶句 仲謀》
子を生まば 当に孫仲謀の如くなるべし。関せず 天塹の金甌を護るに。憐むべし 却つて曹瞞に餌せられて。力は竭く 荊襄 斗大の州。
※●仲謀:呉の孫権の字 ●生子當如孫仲謀:曹操が濡須口で孫権と対陣した際に漏らした言葉をそのまま使用。《呉書》呉主伝の裴松之注に引く《呉歴》に見える ●天塹:天賦の塹壕。長江のこと ●曹瞞:曹操。幼字は阿瞞 ●荆襄:荊州のこと。もと荊州は七郡だったが、曹操が新たに襄陽郡・南郷郡を設置して「荊襄九郡」と呼ばれた ●斗大:一斗ますほどの大きさ。斗大の膽といえば大きな肝っ玉だが、ここでは広くもない土地の意であろう
8-2-16 《詠三國人物十二絕句 周瑜》 頼山陽
東風燒盡北軍船。煙滅長江不見痕。怪得頻頻曲邊顧。還無一顧向中原。
《三国人物を詠ずる十二絶句 周瑜》
東風 焼き尽くす 北軍の船。煙 滅して 長江 痕を見ず。怪しみ得たり 頻頻として 曲辺に顧みるも。還って 一顧も中原に向ふ無きを。
※●周瑜:呉の武将。赤壁で曹操を破る ●曲邊顧:周瑜は音律に詳しく、演奏されている曲に誤りがあれば必ず振り返ったという
8-2-17 《詠三國人物十二絕句 管寧》 頼山陽
瓜分鼎峙竟如何。幾個英雄未息戈。堅坐膝穿還自快。領來一榻我山河。
《三国人物を詠ずる十二絶句 管寧》
瓜分 鼎峙 竟に如何。幾個の英雄 未だ戈を息めず。堅坐して膝 穿つも 還た自づから快し。領し来たる 一榻の我が山河。
※●管寧:後漢末から三国にかけての学者。曹操や曹丕(文帝)、曹叡(明帝)から幾度となく招聘されたが全て辞退し高潔を貫いた ●膝穿:管寧は一榻に堅坐して学問に没頭し、その榻に穴があくほどであったという
8-2-18 《嵐山》 頼山陽
蝶翅春風趁茜裙。嵐山消息向誰聞。出城西望先成咲。遙見峰肩幾片雲。
《嵐山》
蝶翅 春風に 茜裙を趁ふ。嵐山の消息 誰に向かって聞かん。城を出で 西望して 先づ咲ひを成す。遥かに見る 峰肩 幾片の雲。
※●幾片雲:雲のように咲き誇る桜
8-2-19 《嵐山》 頼山陽
橋北橋南花影層。醉裙出沒各分朋。認來相識在前岸。隔水招招呼迭譍。
《嵐山》
橋北 橋南 花影 層なる。酔裙 出没して 各〻朋を分かつ。認め来たる 相識 前岸に在るを。水を隔てて 招招 呼びて迭ひに譍ふ。
※●相識:知り合い
8-2-20 《嵐山》 頼山陽
滿山絲肉響喧嘈。凝紫浮煙到濁醪。幾樹明明光在水。使人誤認日猶高。
《嵐山》
満山の糸肉 響き喧嘈。凝紫の浮煙 濁醪に到る。幾樹か 明明として 光 水に在り。人をして誤認せしむ 日 猶ほ高しと。
※●絲肉:絲は弦楽器、肉は肉声の歌
8-2-21 《橋本元吉奉母入京館定卽獨來訪》 頼山陽
軟塵撲地雜晴霞。卸駕都門正百花。紅紫叢中未著腳。先尋水竹到吾家。
《橋本元吉 母を奉じて京に入る。館 定まりて 即ち独り来訪す》
軟塵 地を撲ちて 晴霞に雑る。駕を都門に卸せば 正に百花。紅紫叢中 未だ脚を著けず。先づ 水竹を尋ねて 吾が家に到る。
※●橋本元吉:号は竹下。備後尾道の豪商 ●水竹:鴨川の水と山陽の邸の竹林
8-2-22 《雨日賦示元吉》 頼山陽
留客東橋白板扉。煙籠萬瓦影依微。春泥滑助燕巢就。朝雨斜和花片飛。四郭浮埃紅纔斂。一園嫩葉綠初肥。呼童剪韮同淸酌。未許都門理屐歸。
《雨日賦示元吉》
客を留む 東橋の白板扉。煙 万瓦を籠めて 影 依微たり。春泥 滑らかにして 燕巣を助け就し。朝雨 斜めにして 花片に和して飛ぶ。四郭の浮埃 紅 纔かに斂まり。一園の嫩葉 緑 初めて肥ゆ。童を呼びて韮を剪らしめ 清酌を同にせん。未だ許さず 都門 屐を理めて帰るを。
※●元吉:橋本元吉:号は竹下。備後尾道の豪商 ●四郭:東西南北四方の村里 ●理屐:下駄をととのえる。旅支度をすること。ここでは、元吉が尾道への帰り支度をすること
8-2-23 《鳴門短歌示山口君亨君亨家在鳴門側》 頼山陽
天風吹蹙廻瀾紫。鯨呿鼇擲誰正視。君家鳴門去咫尺。雙眼到處難爲水。鴨水潺湲不容刀。坳堂覆杯置盃膠。胸吞雲夢無芥蔕。知君對此徒哂嘲。嗟吾南海未果涉。空望海雲碧疊疊。何時訪君傾金尊。醉把盤渦當咲靨。
《鳴門短歌。山口君亨に示す。君亨が家は鳴門の側に在り》
天風 吹き蹙めて 廻瀾 紫なり。鯨呿 鼇擲 誰か正視せん。君 鳴門に家して 去ること咫尺。双眼 到る処 水と為し難からん。鴨水 潺湲として 刀を容れず。坳堂 杯を覆して杯を置けば膠す。胸に雲夢を吞みて芥蔕無し。知る 君 此に対して徒だ哂嘲するを。嗟 吾 南海 未だ渉るを果たさず。空しく望む 海雲の碧 畳畳たるを。何れの時にか 君を訪ひて 金尊を傾け。酔ひて盤渦を把って 咲靨に当てん。
※●山口君亨:1787~1859。名は之謙、号は睦斎または南浦。淡路国の生まれ。上方へ出て、山陽や篠崎小竹に儒学を、大江広海に国学を学んだ。「淡路廃帝山陵二所考」などの著作あり ●鯨呿鼇擲:鯨が潮を吹き、大亀が身を躍らせる ●刀:小舟 ●坳堂覆杯置盃膠:くぼんだ堂に杯水をこぼし、そこに杯を置けばくっついてしまうほどに水量が少ない。荘子の逍遥遊篇に「覆杯水於坳堂之上、則芥為之舟、置杯焉則膠」とあり ●雲夢:楚にある大沢。司馬相如の子虚賦に「呑若雲夢者八九於其胸中、曽不芥蔕」とあり ●南海:南海道。四国 ●盤渦:渦巻く。また渦。ここでは鳴門の渦潮 ●咲靨:えくぼ
8-2-24 《攜君亨遊鴨林旗店君亨去在近》 頼山陽
鴨林攜客趁新晴。紅意闌殘綠意生。杖向遊人疎處拄。杯隨詩句熟時傾。風花墮地團相逐。春水逢橋蹙復行。分手有期君莫起。一欄坐到月微明。
《君亨を携へて 鴨林の旗店に遊ぶ。君亨 去りて近きに在り》
鴨林 客を携へて 新晴を趁ふ。紅意 闌残して 緑意 生ず。杖は 遊人の疎なる処に向(オ)いて拄(ツ)き。杯は 詩句の熟する時に随ひて傾く。風花 地に堕ちて 団(カタマ)りて相ひ逐ひ。春水 橋に逢ひて 蹙(チヂ)みて復た行く。手を分つに期有り 君 起つ莫れ。一欄 坐して月 微明なるに到らん。
※●君亨:山口君亨。名は之謙、号は睦斎または南浦。淡路国の生まれ。上方へ出て、山陽や篠崎小竹に儒学を、大江広海に国学を学んだ ●鴨林:下鴨神社の糺の森
8-2-25 《春風丈人來遊京師侍飮吾水西莊書事》 頼山陽
貪看東山掀活簷。煙籠兩岸雨廉纖。爲嫌稚柳遮吟眼。手拗低枝露塔尖。
《春風丈人 京師に来遊す。吾が水西荘に侍飲す。事を書す》
東山を貪り看んとして 活簷を掀ぐれば。煙 両岸を籠めて 雨 廉繊たり。稚柳の吟眼を遮るを嫌ふが為めに。手づから 低枝を拗りて 塔尖を露はす。
※●春風:山陽の叔父。竹原で医業を営む ●水西莊:三本木の山陽自宅 ●活簷:つきあげ戸
8-2-26 《從春風丈人遊湖上賦此紀事》 頼山陽
吾父與吾叔。曾共扶吾祖。壯遊耳稔聞。湖樓酒同酤。故人平紀宗。來爲東道主。父祖及父執。相逐上鬼簿。獨有叔翁在。重遊尋往緖。小姪寓洛橋。提攜又傴僂。石場買小舟。同載聞柔艪。叔指屈前遊。四十年加五。叔曰晴湖淨。不似當時雨。湖上曾看山。歷歷皆快睹。逝者不可見。存者豈數聚。阮飮及時傾。謝墅何處賭。猶學磊磈澆。可追斑斕舞。唯恨姪家兒。關心困二豎。妻兒何足論。所重是諸父。作詩記今日。聊足補家譜。
《春風丈人に従ひて湖上に遊び 此を賦して事を紀す》
吾が父と吾が叔と。曽て共に吾が祖を扶く。壮遊 耳に稔聞す。湖楼 酒 同に酤ひ。故人の平紀宗。来りて東道の主と為ると。父祖 及び父執。相ひ逐ひて鬼簿に上る。独り叔翁の在る有るのみ。重遊 往緒を尋ぬ。小姪 洛橋に寓すれば。提携して又た傴僂す。石場 小舟を買ひ。同載して 柔艪を聞く。叔の指 前遊に屈すれば。四十年 五を加ふ。叔 曰く 晴湖 浄くして。当時の雨に似ず。湖上 曽て看たるの山。歴歴として 皆 快く睹ると。逝く者は 見ゆるべからず。存する者も 豈に数〻聚まらんや。阮飲 時に及びて傾く。謝墅 何処をか賭けん。猶ほ磊磈の澆を学び。斑斕の舞を追ふべし。唯だ恨む 姪が家の児。心に関す 二豎に困しむを。妻児 何ぞ論ずるに足らん。重んずる所は是れ諸父。詩を作りて今日を記す。聊か家譜を補ふに足らん。
※●春風:山陽の叔父。竹原で医業を営む ●湖上:琵琶湖上 ●吾祖:山陽の祖父・頼惟清(亨翁) ●壯遊:亨翁・春水・春風は明和7年、大坂から東海道、江戸、奥州、越後、信濃、近江、京をめぐり、安永7年には、吉野、京、大津をめぐっている ●平紀宗:平井紀宗(1735~1790)。名は義綱、字は紀宗、号は滄池軒など。敦賀藩士だったが、隣藩との水論をめぐって幕府に直訴した責任をとって辞職。大坂に出て混沌詩社に参加して春水と知り合った。その後近江の逢坂山に移住して幽暢園という名園を営み、多くの詩友を招いた。没後刊行の『滄池詩鈔』あり ●東道主:案内人 ●父執:父の友人。ここでは平井紀宗のこと ●小姪:甥。山陽のこと ●石場:大津にある地名。琵琶湖の南西岸に位置し、対岸の矢橋との間で渡し船が運航されていた ●阮飮:春風と山陽を、阮籍とその甥の阮咸にたとえたもの ●謝墅:東晋の謝安、兄弟と碁を囲み、別荘を賭けた。自分には賭ける別荘もないが、の意 ●磊磈澆:阮籍いわく、「澆於腹中之磊磈」 ●斑斕舞:周代、楚人の老萊子は、親を喜ばせるため、七十にして五綵斑斕の衣を着て赤子のまねをしたという。史記の孝子伝にあり ●姪家兒:山陽の次男、辰蔵 ●二豎:二人の童子の姿をした病魔。「病 膏肓に入る」の故事に登場する
8-2-27 《哭阿辰此日春盡》 頼山陽
別春又別兒。此日兩傷悲。春去有來日。兒逝無會期。幻華一現蹔娛目。造物戲人何獪哉。明年東郊尋春路。誰復挈瓢趁爺來。
《阿辰を哭す。此の日 春尽く》
春に別れ 又た児に別る。此の日 両つながら傷み悲しむ。春 去るも 来たる日 有り。児 逝きて 会ふ期 無し。幻華 一たび現じて蹔く目を娯しましむ。造物 人に戯ること 何ぞ獪なるかな。明年 東郊 春を尋ぬる路。誰か復た瓢を挈げて 爺を趁ひ来たらん。
※●阿辰:山陽の次男、辰蔵。疱瘡のため文政8年3月28日夭逝。享年六 ●春盡:旧暦三月が終わること。この年は3月29日
8-2-28 《題畫猴》 頼山陽
跳擲山嵒自戲娛。嗛餘養得婦將雛。秋林萬疊皆霜菓。未向狙公受指呼。
《画猴に題す》
山嵒に跳擲して 自ら戯娯す。嗛余 養ひ得たり 婦と雛と。秋林 万畳 皆 霜菓。未だ狙公に向かひて指呼を受けず。
※●嗛餘:食べ残りの貯え ●婦將雛:妻と子 ●霜菓:霜を受けて熟した果物 ●狙公:朝三暮四の故事に登場する、猿の飼い主。猿回し、猿使い ●受指呼:指図を受ける
8-2-29 《園栽芍藥初開是日野亞相公所贈感而有作》 頼山陽
一欄紅藥始離披。曾自相公宅裏移。緣是百花容不得。誰言顏色答春遲。
《園に栽うる芍薬 初めて開く。是れ 日野亜相公の贈る所なり。感じて作有り》
一欄の紅薬 始めて離披す。曽て相公の宅裏より移す。是れ 百花 容れ得ざるに縁る。誰か言ふ 顔色 春に答ふること遅しと。
※●日野亞相公:権大納言日野資愛。山陽を自宅に招くなど親交深かったが、日野周辺には山陽を快く思わない者多かった ●百花:日野周辺の取り巻きを百花に、自身を芍薬にたとえる ●答春:日野の恩遇に報いることをたとえる
8-2-30 《相公席上大島生彈月琴。公命詠之》 頼山陽
誰捉蟾蜍裁玉琴。團圓影裏帶淸音。四絃如語知何恨。碧海靑天夜夜心。
《相公席上 大島生 月琴を弾ず。公の命にて 之を詠ず》
誰か蟾蜍を捉へて 玉琴に裁す。団円影裏 清音を帯ぶ。四絃 語るが如し 知んぬ 何の恨みぞ。碧海 青天 夜夜の心。
※●相公:権大納言日野資愛 ●大島生:大島松洲。仙台藩儒。長崎で清楽(当時の中国の通俗音楽)を学び、月琴奏者として知られた ●月琴:清楽の演奏に用いる代表的な楽器。琵琶から派生した弦楽器で、胴が扁平な円形で満月に似る。四絃八柱で、撥で絃を弾いて演奏する ●蟾蜍:ヒキガエル。月の異名。太古、羿の妻・嫦娥は夫を裏切って仙薬を盗み飲み月に昇ったが、そこでヒキガエルに変身してしまった。この故事、結句につながる ●碧海靑天夜夜心:李商隠《嫦娥》の結句をそのまま借りる。「嫦娥応悔偸霊薬。碧海青天夜夜心」
8-2-31 《南遊途上》 頼山陽
甸麥將秋雲意闌。華城南去路彎環。惱心天氣陰晴際。適體人衣單袷閒。緇素攜來相識客。河泉閱過未看山。蛤蜊盧橘皆堪醉。咲釋腰瓢共解顏。
《南遊途上》
甸麦 将に秋ならんとし 雲意 闌なり。華城 南に去れば 路 彎環。心を悩ます天気 陰晴の際。体に適する人衣 単袷の間。緇素 携へ来る 相識の客。河泉 閲し過ぐ 未だ看ざるの山。蛤蜊 盧橘 皆 酔ふに堪へたり。咲って腰瓢を釈きて 共に顔を解く。
※●南遊:文政8年4月の紀伊旅行 ●甸麥:王城に近い土地の麦 ●華城:大坂の街。華は浪華 ●緇素:緇衣(僧侶)と素衣(俗人) ●河泉:河内と和泉 ●蛤蜊:ハマグリ ●盧橘:枇杷(ビワ)の異名
8-2-32 《入紀》 頼山陽
幾樹靑松夾路堆。遙看城堞樹閒開。沙川溶漾人呼渡。此水知從芳野來。
《紀に入る》
幾樹の青松 路を夾みて堆く。遥かに看る 城堞 樹間に開くを。沙川 溶漾として 人 渡を呼ぶ。此の水 芳野より来るを知る。
※●紀:紀伊国 ●此水:紀の川
8-2-33 《紀藩書感》 頼山陽
藩府形便接鎭臺。吾公昔日剪蒿萊。山分幾甸逶迤遠。海擁西南漭滉開。平蔡功勳憑胤武。殪殷戈戟馘廉來。移封二百星霜變。誰識孤臣頭數回。
《紀藩 感を書す》
藩府 形便にして 鎮台に接す。吾が公 昔日 蒿萊を剪る。山は 幾甸を分かちて 逶迤として遠く。海は 西南を擁して 漭滉として開く。蔡を平ぐるの功勲 胤武に憑り。殷を殪すの戈戟 廉来を馘る。移封 二百星霜 変ず。誰か識らん 孤臣 頭 数〻回らすを。
※山陽自注あり「紀与大坂脣歯、吾藝旧封、元和之役、帰順、戦于樫井、獲大坂驍将塙丹輪等、故頸聯云云、胤武用韓碑字」という。元和之役は大坂の陣、塙丹輪は塙団右衛門、韓碑は韓愈の「平淮西碑」のこと ●形便:地勢にすぐれ便利なこと ●鎭臺:大阪城を指す ●吾公:山陽の本籍地、広島藩の藩主浅野氏 ●剪蒿萊:雑草を刈り取って土地を切り開く。浅野幸長は関ケ原の功績により、和歌山37万石を与えられ初代和歌山藩主となった。 ●平蔡功勳憑胤武:唐の憲宗のとき、蔡の藩鎮・呉元済が謀叛し、光顔・烏重胤・韓公武が合力してこれを鎮圧した。このことを記した韓愈の平淮西碑には、この三名を「顔胤武」と表記しており、この句はこれを用いたものであること、山陽自注に述べるとおり。豊臣家を蔡の藩鎮にたとえ、それを滅ぼした大坂夏の陣で浅野家が貢献したことをいう ●殪殷戈戟馘廉來:廉来は、殷の紂王に仕えた驍将、飛廉と悪来。浅野家が討ち取った塙団右衛門ら大坂方の武将をたとえる ●移封:幸長の後を継いだ弟の長晟のとき、浅野家は広島藩に加増転封となった。元和5年(1619)のことであり、文政8年(1825)までおよそ二百年
8-2-34 《訪介石翁酒閒賦贈》 頼山陽
繩牀扶病笑欣然。吏隱高齋松竹邊。徵仲娛情非麴糵。大癡得壽是雲煙。筆端自有金剛力。墨派原非神秀禪。吾亦忘年同臭味。晴窗論畫且留連。
《介石翁を訪ひ酒間に賦して贈る》
縄床 病を扶けて 笑ひ欣然たり。吏隠の高斎 松竹の辺。徴仲 情を娯しましむるは 麴糵に非ず。大痴 寿を得るは 是れ雲煙。筆端 自づから金剛力 有り。墨派 原 神秀の禅に非ず。吾も亦た 忘年 臭味を同じくす。晴窓 画を論じて 且らく留連せん。
※●介石翁:野呂介石、名は隆。和歌山の人。山水画に巧み ●吏隱:官吏として生活しながら隠遁精神を備えた人のこと ●徵仲:明代の文人、文徴明。介石をたとえる ●麴糵:こうじかび。転じて酒のこと ●大癡:黄公望。大痴道人と称した。元末明初の画家。介石をたとえる ●雲煙:山水画 ●墨派:画の流派。底本は「派」を「泒」に作るが、意味が通じず、平仄も合わないため誤字であろう ●神秀禪:禅に南北二宗あり、北宗は李神秀が開いた。画にも南北二宗あることから、介石が画が南宗画であることを禅にたとえて言ったもの
8-2-35 《南州雜詩傚竹枝體》 頼山陽
麥秋時節鬧村家。夫往揮鎌婦打枷。誰道小姑無個事。又呼女伴搗紅花。
《南州雑詩。竹枝の体に傚ふ》
麦秋の時節 村家 鬧がし。夫は往きて鎌を揮ひ 婦は枷を打つ。誰か道ふ 小姑 個の事無しと。又た 女伴を呼びて 紅花を搗く。
※●南州:南国。ここでは紀伊を指す ●打枷:枷は殻竿(からさお)、穀物の脱穀に使用する農具。長い竹竿の先端に回転する短い棒を取り付けたもので、蓆の上に広げた穀物に短い棒をたたきつけて脱穀する ●小姑:こじゅうと。夫の妹。この詩ではまだ子供なのである ●女伴:女友達 ●紅花:ベニバナ。雅名は末摘花。紅色染料の原料となるため、商品作物として江戸時代、各地の農家で栽培された。花は黄色いが、収穫後、繰り返し水に晒して乾燥させることで水溶性の黄色色素が脱離し、紅色色素だけが残って紅色になる。その後、加水して杵でついたものを丸めて紅餅を作る。この紅餅が商品として流通し、染めに使われる
8-2-36 《南州雜詩傚竹枝體》 頼山陽
路傍摩耶十往還。隔海遙望葛城山。今日葛城山下過。摩耶卻在海雲閒。
《南州雑詩。竹枝の体を傚ふ》
路 摩耶に傍ひて 十たび往還す。海を隔て遥かに望む 葛城山。今日 葛城山下を過ぐれば。摩耶 却つて海雲の間に在り。
※●南州:南国。ここでは紀伊を指す ●摩耶:摩耶山。現在の神戸市灘区、六甲山地の中央に位置する。標高702メートル ●葛城山:和泉葛城山。現在の大阪府岸和田市と和歌山県紀の川市の境にあり。標高858メートル
8-2-37 《南遊往反數望金剛山想楠河州公之事慨然有作》 頼山陽
山勢自東來。如鳥開雙翼。遙夾大江流。相望列黛色。南者金剛山。插天最岐嶷。拖尾抵海垠。蜿蜒畫南域。隱與城郭似。擁護天王國。想見豫章公。孤壘扞羣賊。合圍百萬兵。陣雲繞麓黑。臣豈不自惜。受託由面敕。灑泣誓吾旅。爲君鏖鬼蜮。果然七尺軀。自有回天力。宕叡連武庫。隔江對正北。公死實在彼。在公盡臣職。所惜壞長城。寧支大廈仄。吾行歷泉紀。往反緣大麓。顧瞻山海閒。慷慨三大息。丈夫有大節。天地賴扶植。悠悠六百載。姦雄迭起踣。一時塗人眼。難洗史書墨。仰見山色蒼。萬古淨如拭。
《南遊して 往反 数〻 金剛山を望む。楠河州公の事を想ひ 慨然として作有り》
山勢 東より来たり。鳥の双翼を開くが如し。遥かに夾む 大江の流れ。相ひ望みて黛色を列ぬ。南なる者は金剛山。天に挿んで最も岐嶷たり。尾を拖きて海垠に抵り。蜿蜒として南域を画す。隠として城郭と似たり。擁護す 天王の国。想見す 予章公。孤塁に 群賊を扞ぐを。合囲 百万の兵。陣雲 麓を繞りて黒し。臣 豈に自ら惜しまざらんや。託を受くるは面勅に由る。泣を灑ぎて吾が旅に誓ひ。君が為めに鬼蜮を鏖す。果然 七尺の軀。自づから回天の力有り。宕叡 武庫に連なり。江を隔てて正北に対す。公の死 実に彼に在り。公に在りては臣職を尽くす。惜しむ所 長城を壊つ。寧ぞ 大廈の仄くを支へんや。吾が行 泉紀を歴。往反 大麓に縁る。山海の間を顧瞻し。慷慨 三たび大息す。丈夫 大節有り。天地 頼って扶植す。悠悠 六百載。姦雄 迭ひに起踣す。一時 人眼を塗すとも。洗ひ難し 史書の墨。仰ぎ見れば山色 蒼く。万古 浄きこと拭ふが如し。
※●金剛山:大阪府千早赤阪村と奈良県御所市の境にあり。山腹に千早城、赤坂城あり、楠公ゆかりの山 ●楠河州:楠木正成。河内守 ●豫章公:楠公のこと。豫章は樟(くすのき)をいう ●宕叡:愛宕山と比叡山 ●武庫:武庫山。六甲山のこと。現在の神戸市の西から北に位置する山系。古くから「むこ」と呼ばれ「武庫」などの字が当てられていた。「六甲」の字が当てられるようになるのは江戸中期以降とされる ●隔江:淀川を隔てて ●長城:国家を守護する大人物。楠公を指す ●支大廈仄:《文中子》に「大廈之將顚、非一木之所支也」という ●泉紀:和泉国と紀伊国
8-2-38 《與承弼別》 頼山陽
聯轎閑行對榻眠。河泉驛路共周旋。歸來興盡還分手。日本橋邊夜上船。
《承弼と別る》
轎を聯ねて閑行し 榻に対して眠る。河泉の駅路 共に周旋す。帰来 興 尽きて 還た手を分かつ。日本橋辺 夜 船に上る。
※●承弼:篠崎小竹。文政8年4月の紀州旅行に同行していた小竹と大坂で別れた ●河泉:河内と和泉 ●日本橋:大坂の日本橋(にっぽんばし)。道頓堀川にかかる堺筋の橋。元和5年架橋。道頓堀川で唯一の公儀橋(江戸幕府の公費で架設・維持された橋)
8-2-39 《別後舟中憶承弼》 頼山陽
燈影人聲過幾橋。滴篷江雨夜蕭蕭。知君新浴徐伸腳。婦辨盤餐女槌腰。
《別後 舟中にて承弼を憶ふ》
灯影 人声 幾橋をか過ぐ。篷に滴る江雨 夜 蕭蕭たり。知る 君 新たに浴して 徐ろに脚を伸べ。婦は盤餐を弁じ 女は腰を槌くを。
※●承弼:篠崎小竹。文政8年4月の紀州旅行に同行していた小竹と大坂で別れた
8-2-40 《春雨訪友圖》 頼山陽
橋外東風吹雨斜。來謀同醉故人家。年光瞥眼君看取。屐齒春泥半落花。
《春雨 友を訪ふ図》
橋外の東風 雨を吹きて斜めなり。来りて同酔を謀る 故人の家。年光 眼に瞥たり 君 看取せよ。屐歯の春泥 半ば落花。
※●瞥眼:ちらりと眼に見えて消えていく。あっという間に過ぎること
8-2-41 《同雲華士海遊朱雀》 頼山陽
雲裹炎曦翳復明。午風微動路塵輕。來憩朱雀橋邊店。萬柄芰荷聽雨聲。
《雲華・士海と同に朱雀に遊ぶ》
雲 炎曦を裹んで 翳り復た明らかなり。午風 微かに動きて 路塵 軽し。来たり憩ふ 朱雀橋辺の店。万柄の芰荷に 雨声を聴く。
※●雲華:雲華院大含。浄土真宗大谷派の僧侶。豊前国永添村の正行寺住職。東本願寺講師もつとめた ●士海:川那辺士海。名は岱、号は柳坡。東本願寺の宿老 ●朱雀:京都の朱雀通り(現在は千本通りが通る ●芰荷:菱と蓮
8-2-42 《折橋生招飮糾林》 頼山陽
貪談每覺杯酒淺。哦句何論字未安。坐久鄰棚人已散。一渠水石響珊珊。
《折橋生 糾林に招飲す》
談を貪りて毎に覚ゆ 杯酒の浅きを。句を哦して 何ぞ論ぜん 字の未だ安からざるを。坐すること久しくして 隣棚の人 已に散じ。一渠の水石 響き珊珊たり。
※●折橋生:宮原節庵(1806~1885)。生家は渡橋(おりはし)姓だが、のちに父方の祖先の姓である宮原を継いだため現在では宮原姓で通る。名は竜、通称は謙蔵、別号に潜叟。渡橋家は尾道の豪商で、山陽が宿泊した際に入門を許され、京に出て山陽の家塾で学んだ。山陽没後は江戸へ出て昌平黌に学んだ後、京に戻って塾を開き、幕末から明治にかけて儒学者・書家として名をなした ●糾林:下鴨神社の糺の森 ●鄰棚:隣の桟敷席
8-2-43 《東方朔圖》 頼山陽
鶴啄長憐尻益高。苦飢曾是謫仙曹。何知漢室一囊粟。不及瑤池三顆桃。
《東方朔図》
鶴啄 長く憐む 尻 益〻 高きを。飢えに苦しんで 曽て是れ 仙曹より謫せらる。何ぞ知らん 漢室 一囊の粟。瑶池 三顆の桃に及ばざるを。
※●東方朔:漢の武帝に仕えた政治家。才知とユーモアで武帝に気に入られ要職を歴任した。その博学多才と常識にとらわれない言動から、後世神格化され、地上の仙人として描かれる伝説が広まった ●尻益高:東方朔の隠語(なぞなぞ)に「尻益高者、鶴俛啄也。」という(漢書・東方朔伝) ●一囊粟:粟一袋の俸禄。東方朔いわく、「朱儒長三尺餘、奉一囊粟、錢二百四十。臣朔長九尺餘、亦奉一囊粟、錢二百四十。朱儒飽欲死、臣朔飢欲死。」(漢書・東方朔伝) ●瑤池三顆桃:仙女の西王母が植えた三千年に一度しか実らない桃を、東方朔は三回盗んだという話が、『漢武故事』や『博物志』に見える。瑤池は西王母が住む崑崙山にある池
8-2-44 《題杏堂畫》 頼山陽
尺幅溪山爾許長。雲嵐淸潤墨猶香。何妨紙尾無題識。數筆知吾老杏堂。
《杏堂の画に題す》
尺幅の渓山 爾許に長し。雲嵐 清潤にして 墨 猶ほ香し。何ぞ妨げん 紙尾に題識無きを。数筆にして知る 吾が老杏堂なるを。
※●杏堂:浜田杏堂(1766~1815)。名は世憲、字は子徴または子絢。大坂の生まれ。実家は名和氏だが、儒医の浜田氏の養子となって家業を継ぐ。医業のかたわら詩書画を学び一家を成した ●爾許:これほどに ●題識:しるすこと。作者を示す落款
8-2-45 《浪華舟遊卽事》 頼山陽
輟棹輕舟杙岸橫。兩三分隊上堤行。舟中堤上呼相答。十里菰蘆夕照明。
《浪華舟遊即事》
棹を輟めて 軽舟 岸に杙(クヒ)して横たふ。両三 隊を分かちて 堤に上り行く。舟中 堤上 呼び相ひ答ふ。十里の菰芦 夕照 明らかなり。
※●杙岸:岸の杭につなぐ
8-2-46 《過櫻井驛阯》 頼山陽
山崎西去櫻井驛。傳是楠公訣子處。林際東指金剛山。堤樹依稀河內路。想見警報交奔馳。促驅羸羊餧獰虎。問耕拒奴織拒婢。國論顚倒君不悟。驛門立馬臨路岐。遺訓丁寧垂髫兒。從騎肅聽皆含淚。兒伏不去叱起之。西望武庫賊氛惡。回頭幾度睹去旗。旣殲全躬支傾覆。爲君更貽一塊肉。剪屠空復膏賊鋒。頗似祁山與綿竹。脈脈熱血灑國難。大澱東西野草綠。雄志難繼空逝水。大鬼小鬼相望哭。
《桜井駅阯を過ぐ》
山崎 西に去れば 桜井の駅。伝ふらくは 是れ 楠公 子に訣るる処と。林際 東に指させば 金剛山。堤樹 依稀たり 河内の路。想見す 警報 交〻奔馳し。羸羊を促し駆りて 獰虎に餧せしを。耕を問ふに奴を拒み 織るに婢を拒み。国論 顚倒して 君 悟らず。駅門 馬を立てて 路岐に臨み。遺訓 丁寧なり 垂髫の児に。従騎 粛として聴き 皆 涙を含み。児 伏して去らず 叱して之を起たしむ。西のかた武庫を望めば 賊氛 悪し。頭を回らして 幾度か 去旗を睹る。既に全躬を殲くして 傾覆を支ふ。君が為めに更に貽す 一塊の肉。剪屠 空しく復た賊鋒に膏す。頗る似たり 祁山と綿竹とに。脈脈たる熱血 国難に灑ぐ。大澱の東西 野草 緑なり。雄志 継ぎ難く 空しく逝水。大鬼 小鬼 相ひ望みて哭す。
※●櫻井驛:湊川の戦いへ向かう大楠公が小楠公に別れた地。現在の史跡桜井駅跡史跡公園(大阪府三島郡島本町桜井) ●警報:足利尊氏軍の到来を知らせる警報 ●餧:食べさせる、餌を与える ●問耕拒奴織拒婢:物事は専門の者に問うべきなのにそれをしないこと。南朝の劉宋のとき、沈慶之、北伐に関して太祖を諫めていわく「耕當問奴、織當訪婢、陛下今欲伐國、而與白面書生輩謀之、事何由済」と。ここでは後醍醐天皇が楠公の献策を採用しなかったことをいう ●武庫:武庫山。六甲山のこと。現在の神戸市の西から北に位置する山系 ●一塊肉:血統を継ぐ子息。南宋末期、楊太后の言葉「吾忍死艱関至此者、正為趙氏一塊肉耳」(十八史略)による ●祁山與綿竹:祁山は蜀漢の北伐軍を率いる諸葛亮が魏の司馬懿と戦った場所。諸葛亮が陣没したのは五丈原だが、詩の都合で祁山を用いたのだろう。綿竹は諸葛亮の子・瞻が蜀漢滅亡時に戦死した地。大小楠公を諸葛父子にたとえる ●大澱:淀川。桜井駅址は淀川の西岸に位置する
8-2-47 《攝州道中》 頼山陽
郊畿行未了。阿淡喚將譍。黑見酒家瓦。紅知商舶燈。英雄迭經紀。形成尙飛騰。自笑書生拙。征塵屢笈簦。
《摂州道中》郊畿 行きて未だ了らず。阿淡 喚べば将に譍へんとす。黒きに見る 酒家の瓦。紅きに知る 商舶の灯。英雄 迭ひに経紀し。形成 尚ほ飛騰す。自ら笑ふ 書生の拙きを。征塵 屢〻笈簦す。
※●阿淡:阿波国と淡路国 ●經紀:国を治める筋道。また筋道を立てて国を治める
8-2-48 《入姬路界此行應其執政河合漢年之招也》 頼山陽
沿路愁聞蝗害深。此閒蟊賊不能侵。連雲䆉稏夕陽赤。見得大夫憂國心。
《姫路の界に入る。此の行 其の執政 河合漢年の招きに応ずるなり》
沿路 愁ひ聞く 蝗害の深きを。此の間 蟊賊 侵す能はず。連雲 䆉稏として 夕陽 赤し。見得たり 大夫 国を憂ふる心。
※●姬路界:姫路藩の領内 ●河合漢年:河合道臣(1767~1841)。通称は隼之介、号は白水、のちに寸翁。漢年は字。姫路藩酒井氏に4代50年にわたって仕え、家老として藩財政の再建をなしとげた。学問・文化を好み、私財を投じて設立した私塾・仁寿山黌に各地から教授を招聘して人材を育成した。山陽も招聘された教授の一人だった ●䆉稏:罷稏に同じ。稲の種類とも、稲の動きゆらぐさまともいう
8-2-49 《漢年招飮》 頼山陽
藩籬本倚要衝國。柱石常歸忠孝家。鞅掌卻存餘暇在。後園留客看秋花。
《漢年招飲》
藩籬 本 倚る 要衝の国。柱石 常に帰す 忠孝の家。鞅掌 却つて余暇を存して在り。後園 客を留めて 秋花を看る。
※●漢年:河合道臣。漢年は字。姫路藩酒井氏に4代50年にわたって仕え、家老として藩財政の再建をなしとげた ●鞅掌:鞅は荷うこと、掌は捧げることで、負荷捧持して外見にかまう暇のないほど多忙であること
8-2-50 《旅館卽事謝漢年》 頼山陽
一尊綠醥已娛予。又有靑緗分五車。更借端溪宜墨硏。醉鈔奇語大書書。
《旅館即事 漢年に謝す》
一尊の緑醥 已に予を娯しましむ。又た青緗の五車に分かつ有り。更に端渓の墨に宜しき研を借り。酔ひて奇語を鈔し 大書に書す。
※●漢年:河合道臣。漢年は字。姫路藩酒井氏に4代50年にわたって仕え、家老として藩財政の再建をなしとげた ●靑緗:青い絹。また青い絹を張った書帙 ●分五車:五台の車に分けて載せるほど書籍が多いこと ●端溪:名硯の産地 ●鈔奇語:大量の書籍の中から優れた語句を選び出す
8-2-51 《姬路懷古》 頼山陽
五疊城樓插晚霞。瓦紋時見刻桐花。兗州曾啓阿瞞業。淮鎭堪興匡胤家。甸服昔時隨臂指。勳藩今日扼喉牙。猶思經略山陰道。北走因州路作叉。
《姫路懐古》
五畳の城楼 晩霞に挿み。瓦紋 時に見る 桐花を刻するを。兗州 曽て啓く 阿瞞の業。淮鎮 興すに堪へたり 匡胤の家。甸服 昔時 臂指に随ひ。勲藩 今日 喉牙を扼す。猶ほ思ふ 山陰道を経略せしを。北のかた因州に走るの路 叉を作す。
※●五疊城樓:五重の天守閣。姫路城の大天守は5重6階の天守台と地下1階から成る ●刻桐花:姫路城の瓦紋は、築城や改修の際に、その時々の城主の家紋が刻まれたため様々な紋がある。桐花紋は豊臣秀吉の紋として有名であり、山陽もその意図であろうが、実際には桐花紋の瓦が豊臣時代のものかどうかはわからない。江戸時代に幕府は桐花紋の使用を一切制限しなかったため、諸大名から庶民まで桐花紋が野放図に使用されたからである ●兗州:後漢代13州のひとつ。現在の河南省東部から山東省西部にかけてに相当する ●阿瞞:曹操の幼字。曹操は兗州牧となって根拠地を確立し、長安を脱出した献帝を迎え入れて覇業の足がかりをつかんだ ●淮鎭:淮河のほとりの軍事拠点、という意味か ●匡胤:宋の太祖・趙匡胤。その父・弘殷もまた後周の世宗に仕えた軍人であり、父子ともに南唐攻略に活躍し、南唐から淮南の地を奪う功績を挙げて軍を掌握し、後に軍から皇帝に推戴される布石となる。兗州・淮鎮の句、いずれも簒奪者(曹操自身は正式には禅譲を受けていないが、お膳立てはすべて曹操が済ませたのであり、事実上の簒奪者であることに変わりない)を秀吉にたとえているのは、秀吉もまた織田氏の政権の簒奪者であると、この詩がみなしているからである ●甸服:王城に近い地域。ここでは播磨を指す ●臂指:腕が手指を使うように思いのまま人を使うこと。この句、秀吉が播磨一国を自在に経略したことをいう ●勲藩:山陽の当時、姫路藩主は酒井氏であり、家康の天下取りを支えた徳川四天王のひとつである ●經略山陰道:秀吉は天正8年から翌年にかけて但馬・因幡を攻略した
8-2-52 《山莊宴罷歸城》 頼山陽
出林燈火後先明。宴散山莊夜向城。呼渡未來還自好。停轎沙際聽溪聲。
《山荘の宴罷みて城に帰る》
林を出づる灯火 後先 明らかなり。宴 山荘に散じて 夜 城に向ふ。渡を呼んで未だ来らざるも 還た自づから好し。轎を停めて 沙際に 渓声を聴く。
※●山莊:姫路藩家老・河合道臣が設立した私塾・仁寿山黌
8-2-53 《書懷》 頼山陽
表海勳藩多士林。謬賖馬骨値千金。一經鉛槧白吾髮。滿眼英髦靑子衿。庖繼辱分登俎肉。弓招難奪首邱心。侯生偃蹇君休怪。欲報信陵知遇深。
《書懐》
海に表する勲藩 多士の林。謬りて馬骨を賖ふ 値千金。 一経の鉛槧 吾が髪を白くし。満眼の英髦 子の衿 青し。庖継 分かつを辱くす 登俎の肉。弓招 奪ひ難し首邱の心。侯生 偃蹇たること 君 怪しむを休めよ。報いんと欲す信陵 知遇の深きに。
※●表海:海に面する。『子華子』晏子問黨「斉之為国也、表海而負嵎」 ●勳藩:姫路藩のこと。藩主酒井氏は徳川四天王のひとつ ●賖馬骨:名馬を求めるため死馬の骨を大金で買った故事。自身を馬骨にたとえる ●鉛槧:文筆のこと ●英髦:すぐれた若者。姫路藩家老・河合道臣が設立した仁寿山黌の学生たち ●靑子衿:いにしえ、学生の衣服の衿は青かった。『詩経』鄭風・子衿「青青子衿。悠悠我心」 ●侯生:戦国・魏の侯嬴。もと門番であったが、信陵君に食客として迎えられ、その恩に報いるため信陵君に秘策を授けて自らは命を絶った。自身をたとえる ●信陵:戦国・魏の信陵君。戦国四君のひとり。三千人を超える多彩な食客をかかえた。山陽を仁寿山黌の教授に招いた河合道臣をたとえる
8-2-54 《題畫》 頼山陽
葉飛秋有痕。鳥盡天無迹。何處滯家書。淸江數帆白。
《画に題す》
葉 飛びて 秋 痕有り。鳥 尽きて 天 跡無し。何れの処にか 家書を滞むる。清江 数帆 白し。
8-2-55 《發播。示仁壽山校諸生》 頼山陽
來時秋淺去時深。已覺冰霜暗裏侵。欲囑滿山新草木。相扶勉副育材心。
《播を発す。仁寿山校諸生に示す》
来る時 秋浅く 去る時 深し。已に覚ゆ 氷霜の暗裏に侵すを。嘱せんと欲す 満山の新草木。相ひ扶け 勉めて 材を育つる心に副はんことを。
※●播:播磨国 ●仁壽山校:姫路藩家老・河合道臣が私財を投じて設立した私塾・仁寿山黌 ●滿山新草木:仁寿山黌の学生たちをたとえる
8-2-56 《三石驛示同行野本萬春》 頼山陽
蕭條煙火點寒雲。馬語荒涼簷日曛。一穗靑燈萬山底。與君擁被臥論文。
《三石駅にて同行の野本万春に示す》
蕭条たる煙火 寒雲に点じ。馬語 荒涼として 簷日 曛ず。 一穂の青灯 万山の底。君と与に被を擁して 臥して文を論ず。
※●三石驛:三石宿。現・岡山県備前市三石 ●野本萬春:名は耕、字は万春、号は狷庵。豊前国中津の人。山陽門人。その兄・真城も一時山陽に学んだ。また、江戸遊学時、山陽の長男・聿庵と親交を深めた
8-2-57 《卽事》 頼山陽
逢迎幾處竟分離。獨有山瓢與我隨。賴汝行裝生氣色。輿窗倂繋菊花枝。
《即事》
逢迎 幾処 竟には分離。独り 山瓢の我と随ふ有るのみ。汝に頼りて 行装 気色を生ず。輿窓 併せて繋ぐ菊花の枝。
※●汝:山瓢を指す
8-2-58 《尾道弔渡橋翁》 頼山陽
記吾昨歲滯君園。何料幽明忽判然。涓滴難酬投轄德。一杯白雪酹黃泉。
《尾道にて渡橋翁を弔ふ》
記す 吾 昨歳 君が園に滞りしを。何ぞ料らんや 幽明 忽ち判然たるを。涓滴 酬ひ難し 投轄の徳。一杯の白雪 黄泉に酹ぐ。
※●渡橋翁:山陽の門人・宮原節庵の実父、渡橋(おりはし)忠良、通称は貞兵衛。尾道の豪商。文政8年7月14日没。享年56。節庵は父方の祖先の姓を継いで宮原を名乗った ●投轄:客をねんごろに留めること。漢の陳遵、客を迎えて酒を飲む際、客の車の轄(車のくさび)を井戸に捨てて、客が帰れないようにした ●白雪:山陽の自注に「白雪酒名。余所携有」とあり。伊丹の蔵元・小西家(現・小西酒造株式会社)の清酒の銘柄。現存する最古の日本酒銘柄として知られる
8-2-59 《自尾路舟赴竹原謁春風丈人墓私賦志戚》 頼山陽
就涉潮平岸。維舟霜滿天。枌楡認舊里。涕淚灑新阡。門巷猶依昔。音容竟逝川。誰能迎小阮。竹飮醉同眠。
《尾路より舟にて竹原に赴き 春風丈人の墓に謁す。私かに賦して戚を志す》
渉に就けば 潮 岸に平らかに。舟を維げば 霜 天に満つ。枌楡 旧里を認め。涕涙 新阡に灑ぐ。門巷 猶ほ昔に依るも。音容 竟に逝川。誰か能く 小阮を迎へて。竹飲 酔ひて同に眠らん。
※●尾路:尾道 ●春風:山陽の叔父。頼家の本籍地竹原で医業を営んだ。文政8年9月12日没。山陽、10月4日竹原着、翌日墓参 ●小阮:晋の阮籍(大阮)に対して、甥の阮咸をいう。山陽は春風生前から、しばしば、春風を阮籍、自身を阮咸にたとえた
8-2-60 《入藝》 頼山陽
亂山高下夾輿窗。水落寒溝露石矼。傷雨綿花猶採擷。經蝗粟粒纔舂撞。往還成例秋冬節。豐歉關心父母邦。飄蕩寧期涓滴補。廿年愧負讀書釭。
《芸に入る》
乱山 高下 輿窓を夾み。水 落ちて 寒溝 石矼を露はす。雨に傷む綿花 猶ほ採擷し。蝗を経る粟粒 纔かに舂撞す。往還 例を成す 秋冬の節。豊歉 心に関す 父母の邦。飄蕩 寧ぞ期せん 涓滴の補。廿年 負くを愧づ 読書の釭。
※●往還:京都の自宅と広島の実家との間の往復 ●豐歉:豊作と不作
8-2-61 《到鄕》 頼山陽
依然行李太伶俜。千里歸飛鶴鎩翎。牢落素心輕晝錦。凋殘故老歎晨星。棗梨未果雕遺集。子姪猶堪守舊經。鄕社相逢交笑哭。連宵挑盡一燈靑。
《郷に到る》
依然 行李 太だ伶俜たり。千里 帰飛して 鶴 翎を鎩ぐ。牢落たる素心 昼錦を軽んじ。凋残の故老 晨星を歎ず。棗梨 未だ果たさず 遺集を雕るを。子姪 猶ほ堪へたり旧経を守るに。郷社 相ひ逢ひて 交〻笑哭す。連宵 挑げ尽くす 一灯の青。
※●伶俜:ひとりさまよい、おちぶれるさま ●晝錦:故郷に錦を飾る。項羽いわく「富貴而不帰故郷、如衣錦而夜行」(史記・項羽本紀) ●晨星:数少ないことのたとえ ●棗梨:版木 ●遺集:山陽の父・春水の遺稿。この詩、文政8年10月、春水遺稿が成るのは文政11年 ●子姪:山陽の長男・聿庵と、義弟・景譲の子(義理の甥)達堂
8-2-62 《過廉塾》 頼山陽
荷枯鴨相逐。菊老蝶猶翻。夜話綠尊酒。寒燈黃葉村。吾曹更誰望。父執有君存。臨別無佗語。加餐度旦昏。
《廉塾を過ぐ》
荷 枯れて 鴨 相ひ逐ひ。菊 老いて 蝶 猶ほ翻る。夜話 緑尊酒。寒灯 黄葉村。吾が曹 更に誰をか望まん。父執 君の存する有り。別れに臨みて 佗の語 無し。餐を加へて 旦昏を度られよ。
※●廉塾:菅茶山の家塾にして、福山藩の郷校。別名、黄葉夕陽村舎
8-2-63 《過曾根菅廟有公西遷時手植松樹見秋玉山題排律依韻作歌比至魚埼成之》 頼山陽
印南郡裏丞相廟。手栽松樹託忠貞。樹植不言擎天德。偃仰猶存捧日誠。撫汝盤桓猶戀闕。三宿何嫌濡滯名。拏空夭矯亢龍狀。逆風嘹唳老鶴聲。千載冤魂化琥珀。不論由孽顚復生。怪偉鐵幹赤心盡。猶憶相業虛稱成。且將支撐報拔擢。寧恨蟠屈讓滋榮。作詩愧無杜陵句。難學老柏弔孔明。
《曽根菅廟を過ぐ。公 西遷の時 手づから植うる松樹有り。秋玉山の題する排律を見る。韻に依りて歌を作り 魚埼に至るに比んで之を成す》
印南郡裏 丞相廟。手づから栽うる松樹 忠貞を託す。樹植 言はず 擎天の徳。偃仰 猶ほ存す 捧日の誠。汝を撫して 盤桓 猶ほ闕を恋ふ。三宿 何ぞ嫌はん 濡滞の名。空を拏んて 夭矯たり 亢竜の状。風に逆ひて 嘹唳たり 老鶴の声。千載の冤魂 琥珀と化す。論ぜず 由孽 顚じ 復た生ずるを。怪偉の鉄幹 赤心 尽く。猶ほ憶ふ 相業 虚しく成るを称するを。且く支撐を将て抜擢に報ず。寧ぞ恨まん 蟠屈 滋栄を譲るを。詩を作って 愧づ 杜陵の句 無きを。学び難し 老柏 孔明を弔ふを。
※山陽自注あり「公於延喜有定策功、第三語故云。亢龍善相公奏記中語」という。善相公は三善清行 ●曾根菅廟:曽根天満宮。播磨国印南郡曽根村(現・兵庫県高砂市曽根町)にあり。菅原道真の子・淳茂の創建と伝わる ●手植松樹:菅公大宰府左遷の途上、「我に罪なくば栄えよ」と松を手植えしたといい、「曽根の松」と呼ばれる。初代は寛政10年に枯死しており、山陽の当時は初代から実生した二代目「曽根の松」が存在した。令和8年現在の松は五代目 ●秋玉山:秋山玉山。名は儀、字は子羽。熊本藩儒で、詩人としては新井白石らとともに「正徳四家」に数えられる ●魚埼:摂津国武庫郡魚崎村(現・神戸市東灘区魚崎) ●撫汝盤桓:陶淵明《帰去来辞》に「撫孤松而盤桓」とあり ●三宿何嫌濡滯名:孟子・公孫丑下に「三宿而後出昼。是何濡滞也」とあり ●由孽顚復生:初代の松が枯れ、二代目になっていること。由孽はひこばえ。書経・盤庚に「若顚木之有由孽」とあり ●杜陵:杜少陵。杜甫のこと ●老柏:杜甫に諸葛亮(孔明)の廟を詠んだ《古柏行》の詩あり、「孔明廟前有老柏」という
8-2-64 《過菅士綏話舊士綏及先人門者》 頼山陽
共駭秋霜挂鬢邊。同挑夜燭話尊前。趨庭舊事誰能記。風樹回頭廿五年。
《菅士綏を過ぎりて旧を話す。士綏は先人の門に及びし者なり》
共に駭く 秋霜 鬢辺に挂るを。同に夜燭を挑げて 尊前に話す。趨庭の旧事 誰か能く記せん。風樹 頭を回らせば 廿五年。
※●菅士綏:菅野士綏。号は真斎。春水の門人。当時、姫路の仁寿山黌の督学 ●趨庭:子が父の教えをうけること。また師の家庭に入って親しく教えを受けること ●風樹:親を失って孝養できない悲しみをいう ●廿五年:士綏が春水に教えを受けていたころから二十五年
8-2-65 《尼崎僦舟入坂》 頼山陽
風顫蘆花亂櫓聲。一支寒港半時程。忽然轉舵大江口。舟傍萬檣林底行。
《尼崎にて舟を僦ひて坂に入る》
風 芦花を顫はして 櫓声 乱る。一支の寒港 半時の程。忽然 舵を転ず 大江の口。舟は 万檣 林底に傍ひて行く。
※●一支寒港:一筋の寒々しい航路
8-2-66 《入京》 頼山陽
隔林邪許曳舟聲。魚擔米車爭路行。明識長安居不易。念家亦有喜歸情。
《京に入る》
林を隔てて 邪許たり 舟を曳く声。魚担 米車 路を争ひて行く。明らかに識る 長安の居 易からざるを。家を念へば 亦た有り 帰るを喜ぶの情。
※●邪許:力仕事の際に前後で呼吸を合わせる掛け声 ●長安居不易:都での生活は容易ではない。白楽天が顧況に謁したとき、顧況は楽天の名「居易」にひっかけて「長安米貴、居太不易」と戯れた
8-2-67 《到家》 頼山陽
霜泥深巷歲將闌。只麼窗櫳容膝安。不獨妻兒皆好在。依然末麗與盆蘭。
《家に到る》
霜泥の深巷 歳 将に闌けんとす。只だ麼かに 窓櫳 膝を容れて安し。独り 妻児の 皆 好在なるのみならず。依然たり 末麗と盆蘭と。
※●末麗:茉莉に同じ。ジャスミン
8-2-68 《狂花粟津裕齋》 頼山陽
不待春風催萬妝。故驚人眼挂孤芳。恰如當日高陽酈。世喚做狂非是狂。
《狂花。粟津裕斎に和す》
待たず 春風の万粧を催すを。故らに人眼を驚かして 孤芳を挂く。恰も 当日 高陽の酈の如し。世は喚んで狂と做すも 是れ狂に非ず。
※●粟津裕齋:詳細不明 ●妝:底本は「籹」に作るが、意味も韻も合わない。あきらかに「妝」または「粧」の誤字 ●高陽酈:漢の高祖劉邦に向かって「吾は高陽の酒徒なり」と名乗った酈食其
8-2-69 《寄憶梁伯兔在尾路兼寄橋元吉龜伯秀。伯兔談詩喜擧金聖嘆說》 頼山陽
當門低月隱高桅。夜館遙知散帙堆。喚起細君添硏水。吟安單字攪爐灰。論詩休倣斬腰體。學醉宜持濡甲杯。有友瑰奇魚潑剌。可能卷裏沒頭來。
《憶ひを梁伯兎の尾路に在るに寄せ 兼ねて橋元吉・亀伯秀に寄す。伯兎 詩を談じて 喜びて金聖嘆の説を挙ぐ》
門に当たる低月 高桅に隠る。夜館 遥かに知る 散帙の堆きを。細君を喚び起して 研水を添へしめ。単字を吟安して 炉灰を攪す。詩を論ずるに 倣ふを休めよ 斬腰の体。酔を学んで 宜しく持すべし 濡甲の杯。友の瑰奇なる有り 魚は潑剌す。能く 巻裏に没頭し来たるべけんや。
※●梁伯兔:梁川星巌 ●橋元吉:橋本元吉(1790~1862)。名は徳聴、通称は吉兵衛、のちに荘右衛門、号は竹下、元吉は字。尾道の豪商・文人。はじめ菅茶山、のち山陽に学んだ ●龜伯秀:亀山伯秀(1797年~1863)。名は為綱、通称は正介、号は夢研。伯秀は字。尾道の豪商・文人。父の士綱は菅茶山の門人 ●金聖嘆:清代の評論家。水滸伝評で有名。律詩の評論において、前四句と後四句を截然と切り離して解したため、唐詩を腰斬するものと揶揄された。のち罪を得て自身が腰斬の刑に処せられた
8-2-70 《冬夜讀老蘇審勢審敵二策有感而作》 頼山陽
字挾風霜自斬新。優柔偏要咎眞仁。誰培國本遺孫子。保得江南半璧春。
《冬夜 老蘇の審勢・審敵の二策を読む。感有りて作る》
字は風霜を挟みて 自づから斬新。優柔 偏へに要す 真仁を咎むるを。誰か国本を培ひて 孫子に遺す。保ち得たり 江南の半璧の春。
※●老蘇:北宋の蘇洵。蘇軾・蘇轍の父 ●審勢審敵:蘇洵の著わした2篇の策(政を議して上進する文)。審勢策は宋の国勢を論じ、審敵策は北方異民族の実情を論じ、あわせて北虜への宥和政策を批判した ●優柔:優柔不断な対外政策 ●眞仁:真宗と仁宗。真宗は1004年に契丹族の遼との間に澶淵の盟を、仁宗は1044年にタングート族の西夏との間に慶暦の和約を結び、いずれも宋から遼・西夏へ毎年大量の財貨を支払うという内容であった ●江南半璧春:靖康の変で女真族の金に華北を奪われた後、宋王朝は南遷して江南で命脈を保ったことを指す
8-2-71 《冬夜讀老蘇審勢審敵二策有感而作》 頼山陽
薄海河山盡列藩。絲牽何肯許禽奔。東方封建還强勢。喚起老蘇重審論。
《冬夜 老蘇の審勢・審敵の二策を読む。感有りて作る》
海に薄(セマ)る河山 尽く列藩。糸牽 何ぞ肯へて禽奔を許さんや。東方の封建 還って強勢。老蘇を喚び起して 重ねて審らかに論ぜん。
※●老蘇:北宋の蘇洵。蘇軾・蘇轍の父 ●審勢審敵:蘇洵の著わした2篇の策(政を議して上進する文)。審勢策は宋の国勢を論じ、審敵策は北方異民族の実情を論じ、あわせて北虜への宥和政策を批判した ●薄海河山:海まで広がる山河すべて。日本の国土全体 ●絲牽:国の統治制度が張り巡らされていること。審勢策に「吾宋制治、有県令、有郡守、有転運使、似大系小、糸牽縄連、総合於上」とあり ●封建:もと古代の周王朝の統治制度。王の一族や功績のあった臣下に領地を与えてその支配を認める代わりに、軍事を含む役務や財貨の貢納を課した。山陽は江戸時代の幕藩体制を、周の封建体制に類似するものととらえた
8-2-72 《冬夜讀老蘇審勢審敵二策有感而作》 頼山陽
不怪金繒困內民。汴燕接壤怯蹄塵。鯨波萬里環天塹。亦有虛聲能擾人。
《冬夜 老蘇の審勢・審敵の二策を読む。感有りて作る》
怪しまず 金繒 内民を困しむるを。汴燕 壌を接して 蹄塵を怯る。鯨波 万里 天塹を環らすも。亦た虚声の能く人を擾す有り。
※●老蘇:北宋の蘇洵。蘇軾・蘇轍の父 ●審勢審敵:蘇洵の著わした2篇の策(政を議して上進する文)。審勢策は宋の国勢を論じ、審敵策は北方異民族の実情を論じ、あわせて北虜への宥和政策を批判した ●金繒:金と絹。宋は毎年、歳幣として遼と西夏に大量の銀と絹を支払った ●汴燕:汴京(開封。北宋の都)と燕京(現在の北京)。燕京は五代の後晋が契丹に割譲した燕雲十六州の中心であり、契丹(遼)の領土の南端、宋から見れば遼の脅威の最前線にあたる ●鯨波萬里環天塹:この句は日本のこと。天然の濠である海に守られていることをいう
8-2-73 《送萬春歸鄕兼寄乃兄伯玉萬春數奇故慰之》 頼山陽
夜堂話別撥爐灰。君去情懷誰與開。豐海波瀾遙挂席。京城風雪且銜杯。卷中歲月休虛擲。身外功名是儻來。歸見阿兄春已好。對牀細雨剪蘭煤。
《万春の郷に帰るを送り 兼ねて乃兄伯玉に寄す。万春は数奇なり。故に之を慰む》
夜堂 別れを話して 炉灰を撥す。君 去らば 情懐 誰か与に開かん。豊海の波瀾 遥かに席を挂け。京城の風雪 且く杯を銜む。巻中の歳月 虚しく擲つを休めよ。身外の功名 是れ儻来。帰りて阿兄に見ゆれば 春 已に好からん。床を対して 細雨 蘭煤を剪れ。
※●萬春:野本萬春:名は耕、字は万春、号は狷庵。豊前国中津の人。山陽門人。また江戸遊学時には、山陽の長男・聿庵と親交を深めた ●伯玉:万春の兄、野本真城。伯玉は字。号は白巌。帆足万雨、山陽に学んだのち、中津藩儒となった ●數奇:めぐり合わせが悪いこと ●挂席:むしろの帆をかける。ここでは単に帆をかけるというのに同じ
8-2-74 《有疾》 頼山陽
藥鼎猶煙氣。書窗乍雨聲。不眠知漏永。廢讀愧燈明。母在恐先死。兒亡寧再生。著書多鹵莽。誰肯助吾成。
《疾有り》薬鼎 猶ほ煙気。書窓 乍ち雨声。眠らずして 漏の永きを知り。読むを廃して 灯の明るきに愧づ。母 在れば 先んじて死するを恐れ。児 亡くして 寧ぞ再び生きんや。著書 鹵莽 多し。誰か肯へて吾を助けて成さん。
※●漏:水時計。転じて時間 ●兒:夭逝した次男・辰蔵 ●鹵莽:粗末なこと。おろそかなこと
8-2-75 《乙酉除夜》 頼山陽
寒燈孤館不須眠。周歲悲歡瞑目前。腐鼠嚇鵷供獨咲。老牛舐犢有誰憐。斗升終嬾屈雙膝。四十唯驚過六年。商略一杯娛現在。蠟梅花下且陶然。
《乙酉除夜》
寒灯 孤館 眠るを須ひず。周歳の悲歓 瞑目の前。腐鼠 鵷を嚇して 独咲に供し。老牛 犢を舐む 誰有ってか憐まん。斗升 終に双膝を屈するに嬾く。四十 唯だ驚く 六年を過ぐるを。商略す 一杯 現在を娯しむを。蠟梅花下 且らく陶然たり。
※●乙酉:文政8年 ●腐鼠嚇鵷:腐鼠を得た鴟(とび)が、近くを飛んでいく鵷雛(鳳凰のたぐい)を見て、腐鼠を奪われるのではないかと勝手に心配して威嚇したという荘子・秋水篇の寓話 ●老牛舐犢:子煩悩であることのたとえ。後漢書・楊彪伝に「猶懐老牛舐犢之愛」とあり ●斗升:斗升之禄に同じ。わずかばかりの俸禄
完
